Coolier - 新生・東方創想話

東方儚郷~Ephemeroptera village~

2004/06/04 04:08:40
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 人の夢は儚いと言うが、人でないものの夢も、恐らく儚いのだろう。
 それは宛ら真夏に立つ陽炎の如く、ゆらゆらと揺らめき、一瞬で消える。
 
 ――これは、そんな物語。
 たった一夜で消える、夢幻―――。
                      『東方儚郷―――Ephemeroptera village』
                  ***
 この世界の何処かにある『幻想郷』。そのさらに何処かにある古道具屋『香霖堂』。
 幻想郷の季節は、異様に長かった冬も、妙に賑やかだった春も終わり、夏に移り変わろうとしていた。
 そしてそれはこの香霖堂にも等しくやってくる。
「あちー……」
「魔理沙。そのテーブルと椅子は売り物なんだけど……」
 店の主人である森近霖之助は、売り物のテーブルに突っ伏している、毎日のように店にやって来ては何も買わずに帰って行く黒い魔法使いに辟易しながら呟いた。
「良いじゃないか、どうせ客なんて滅多に来ないんだし」
「……さり気なく酷い事を言うね、魔理沙……」
 否定する事も出来ないのもまた事実なのだが……。尤も、彼にしてみればここで商売をするつもりなど、元々無かったといえば無かったのであるが。
「……夏……か」
「?」
 ふと窓の外を見上げ、感慨に耽るような表情をした霖之助に、魔理沙は顔を上げ、怪訝そうな視線を向ける。
「どうかしたのか?」
「ん? あぁ、いや、少し昔の事を思い出しててね」
「昔話に浸る程年寄りでも無いだろうに」
 笑いながらの魔理沙の言葉に、霖之助は「少なくとも君よりは年寄りなんだけどね」と苦笑してみせた。
「で、どんな話なんだ?」
「あまり面白い話では無いよ?」
「丁度暇だったんだ。面白い面白くないは聞いてから判断するさ」
 相変わらず売り物の椅子に座り、売り物のテーブルに頬杖をついている魔理沙に、霖之助は「そうだなぁ……」と、小さく呟くと、懐から古ぼけた小さな髪留めを取り出す。
「……あれは今日と同じ、よく晴れた日だったっけ……」
                   ***
「……参ったなぁ……道に迷ったかもしれない……」
 額を流れる汗をぬぐい、僕は小さく呟いた。辺りは見渡す限りの木木木……。入った時はこんなに深い森だったっけ……?
 太陽は既に傾きかけているというのに、森を抜ける様子は全く無い。このままでは日が沈んでしまうのは火を見るより明らかだ。とは言えこの辺りに人家がある様子も無いし……。
「……実はマヨヒガに辿り着いてましたー! ……なんてね」
 一人でボケてみたところで突っ込みを入れてくれる人が居るわけが無く。
 ……と言うかこれは最早遭難と言うべきじゃないだろうか?!

『身元不明の白骨死体発見。遭難したものと思われる』

 未来の新聞の見出しが一瞬頭をよぎる。……冗談になってない。
「うわ、マズイ、マズイって」
 面白い古道具を探しに来て遭難なんて冗談じゃない。
 慌ててあたりを見渡してみた所で、解決策が落ちているわけでもない。
「……どうしたの? お兄さん」
「うわ!」
 不意に聞こえた小さな声に、僕は思わず声を上げて飛び上がっていた。
「ななな……! ゆ、幽霊?!」
 しりもちをついたままきょろきょろと辺りを見渡すと、眼を丸くしてこちらを見ている女の子の姿が眼に入った。
「え……っと、さっきのは君……?」
 少しずれた眼鏡を直しながら問いかけると、彼女は小さくうなずいて見せた。……幽霊……じゃないよな。ちゃんと足あるし。というか、こんな森の中に女の子が一人……? おかしいと言えばおかしいけれど、多分、この辺りに住んでいるんだろう。……ということはこの近くに家があるのか!
「道に迷ったの……?」
 消え入りそうな小さな声に、僕はがくがくとうなずく。
「この辺りは……結界が弱いから……迷い込んだんだね」
 ……結界? 何の事だろう。
「君は、この辺りに住んでるのかい?」
 ようやく落ち着いてきたので、僕は立ち上がると彼女に問いかける。よく見るとずいぶん小さな子だ。いや、小さいと言うより、儚い、そんな感じがする。色は薄いし、体も細い。なんと言うか、今にも壊れてしまいそうな雰囲気だ。
「……住んでる……?」
 彼女は小さく首をかしげた。……意味が通じていないのだろうか。
「君の家とか、この辺りに無いの?」
「家……。みんなが居るところ?」
 ……なんか違うような気がするけれど、まぁ、集落とかそういう意味なんだろうと思い、僕はうなずいてみせた。
「案内してくれないかな。野宿は勘弁だ……」
「こっち」
 彼女はそう言うと、僕の手を取り、歩き出した。よかった……流石に何の準備もなしにサバイバルはキツイ。なんだか不思議な気分だったけれど、僕は彼女の後について行く。
「そういえば、君の名前聞いてなかったよね。僕は森近霖之助。君は?」
「……一夜(かずや)」
 僕の問いかけに、彼女、一夜はぽつりと答えた。
 
 彼女の住んでいる所までは、ものの10分程で辿り着いた。こんな近くにあったはずなのに、何故僕は気がつかなかったのだろう。
 そこは、小さな、本当に小さな集落だった。精々20人くらいしか住んでいないのだろう。だけど―――。
「……なんでこんなに賑やかなんだ」
 まるで祭りの真っ最中であるかのように、住人の喧騒があたり一杯に響いている。
「一夜、今日はお祭りか何かなのかい?」
 僕の問いかけに、一夜はふるふると首を振る。……若しかしてこれは素なのか? だとしたらもの凄くテンションの高い村だ……。
 僕が呆気に取られていると、僕らに気がついたのか男が一人近寄ってくる。
「おぉ、一夜、この方は客人か?」
「うん。霖之助って言うの」
「どうも。道に迷っちゃったみたいで、一晩お世話になります」
 そう言って、僕は男に頭を下げる。
「ははは! そう堅苦しくしなさんな、若いの。ほれ、どうせ皆、一夜の付き合いだ。あんちゃんも一夜も、共に逢瀬を楽しもうじゃないか!」
 ばしばしと僕の背中を叩きながら、彼は豪快に笑ってみせる。一夜も少し呆気に取られているようだった。
 僕と一夜は互いの顔を見て、それぞれ苦笑すると、手を繋いだまま村の中を歩く事にした。
 
 変な村と言えば変な村だ。
 何処を見渡してもお祭り騒ぎで、皆テンションが高い。まるで明日の事など気にしない、良い意味で刹那的な空気が村全体に満ちていて、皆がこの世界に生まれてきた事を感謝しているような、そんな雰囲気のする村だった。
 そしてそれは、眠る間ですら惜しむかのように、一晩中続いた。まるで、明日は無いものと思っているかのように―――。

 ――命短し 恋せよ乙女
    明日の命は 無いものを――
 
 村中に響くその歌声に、僕は何故か少しだけ悲しくなった。賑やかに奏でられているというのに、その声が持つ雰囲気は、何故か少し、辛い―――。
 
「霖之助」
 少し疲れたのか、離れた所から賑やかな集落を眺めながら、小さく、一夜が呟く。他人の家の縁側に、勝手に腰掛けているのだが、誰もそれを咎める様子も無い。
「世界って、綺麗だね」
 夜明けが近いのか、東の空が、うっすらと白み始めている。
 白い生まれたばかりの陽光に照らされる、彼女の姿は、凄く遠く、そして儚く見えた。
「あぁ」
 僕は素直にうなずく。世界は、何処までも綺麗だ。見る者が綺麗であるのなら、世界はどうあっても綺麗に見える。
「この世界が、ずぅっと綺麗なままでいてくれたら、私凄く嬉しいな」
 とん、とさっきまで座っていた縁側から地面に下り立つと、一夜は両手を上り始めた太陽に向ける。その光景はまるで、小さな子供が、新しい玩具に手を伸ばす様にも似ていた。
「霖之助は、この世界が好き?」
 くるりと僕の方を向くと、唐突に一夜は問いかけてくる。昇ってくる陽光に照らされて、一夜の表情はよく見えない。
「よくは解らない。この世界には辛い事や悲しい事が多すぎて、時々嫌になるけれど」
「けれど?」
「……僕は生まれてきた。生きている。とりあえずはそれだけで良しとすべきかな、と」
「そっか」
 僕の台詞に、何を満足したのか、一夜は嬉しそうに呟いた。逆光で表情はよく見えないけれど、きっと彼女は微笑んでいるのだろう。
「あぁ、そうだ」
 ふとそこで僕は懐から小さな髪留めを取り出してみせる。ここに来る前に立ち寄った小さな道具屋で、紅い色が綺麗だったから思わず衝動買いしてしまった物だ。
「一夜にあげるよ」
 男の僕が髪留めなんか持ってても仕方が無いってのもあるけど、色素の薄い彼女に、この紅色の髪留めはよく映えるように思えた。
 きょとん、とした顔で一夜は僕と髪留めを交互に見つめていたが、やがて髪留め手に取ると、ぎこちない手つきで、それを自身の髪に付けて見せた。
「うん、よく似合うよ」
 僕がそう言うと、一夜は照れたように微笑んで見せる。
 だけど……その笑顔が、僅かに歪んでいるのは何故だろうか?

 今にも泣き出しそうな、危うい笑顔は、凄く儚くて、頭がぼぅっとして……。
 
 ……ありがと、霖之助。
 薄れていく意識の向こうで、一夜の、そんな声が聞こえたような気がした。

「……あれ……?」
 ふと気がつくと、僕は古ぼけた廃屋の軒先で眠っていた。何で僕はこんな所に居るんだ……? 何故か記憶が曖昧だ。
「何か夢を見ていたような気がするんだけど……」
 凄く賑やかで、その反面、凄く儚かった、そんな夢―――。
 軽く頭を振って、立ち上がった瞬間、視界の端に何かが映った。
「……蜻蛉」
 小さな蜻蛉の屍。それも一匹や二匹じゃない。あたり一面に、蜻蛉の死骸が散らばっている。その数、およそ20匹以上。
「え? ちょ、何だこれ!」
 ふと、僕の一番近くに居た――いや、“あった”の方が良いのか――蜻蛉の死骸に視線が向いた。
 その蜻蛉は、薄い紅色をした髪留めの下で、その命を終えていた。
 ……これには、見覚えがある。確か、ここに来る前に買い取った古い髪留め。
 誰かにあげたはずの物。それが何でここにあるんだろう。
 いや、そもそもこれは、誰にあげた物だったか……。色の薄い彼女に、よく似合っていた、紅い、紅い髪留め―――。
「一……夜……?」
 呆然と呟く。
 何がなんだか解らなくなってきた。確か僕は道に迷って、一夜という名の女の子に案内されて、妙にテンションの高い村にやって来て、その村でその子にこの髪留めをあげて……。で、目覚めたらこれか?!
「どうなってるんだよ……」
 頭が混乱してきた。まさか、彼女たちがこの蜻蛉たちとでも言うのだろうか。
 その瞬間、風が吹きぬけ、あたり一面に散らばっていた蜻蛉の屍を持ち去ってゆく。
 ふわりと、足元に落ちていた蜻蛉が、僕の顔の目の前まで飛んできた。
 それはまるで僕に口付けでもするかのように、僕の唇を撫ぜてゆくと、そのまま青い、青い空に消えてゆく。
「…………」
 あの、誰も彼もが賑やかで、誰も彼もが幸せそうだった郷……。
 あれは夢なんかじゃなかった。
 一夜と言う名の蜻蛉は、確かにそこに居た。
 だけど彼女はもう居ない。残ったのは紅い、紅い髪留め一つ―――。
「――――――ッ!」
 その事を実感した瞬間、冗談のように涙が溢れ出してきた。
 何故僕は泣いているのだろう。
 その理由すら解らないまま、僕は一人、泣いた―――。
                    ***
「……まぁ、それだけの話なんだけどね……」
 僕はそう締めくくると、魔理沙の方に視線を向ける。
「…………寝てるしね」
 そんなにつまらない話だったろうか……。というか話せって言ったのは魔理沙の方じゃないか……。まぁ、その辺りは彼女らしいと言えば彼女らしいのだが。
「……一夜」
 思えば、僕がここで店を出そうと思ったのは、ここに居ればまた彼女と会えるような気がした所為もあるのかもしれない。
 今にして思えば、彼女たちの居たあの郷は、この幻想の郷の一角で、僕はそれに迷い込んだのかもしれない。

 夏になると顕れる、陽炎のような儚い郷。
 だがその郷は、毎日がお祭りのように賑やかで。
 誰も彼もが一生懸命に生きている、小さな小さな郷。

 成虫となったカゲロウは、次代への命を残し、たった数日でその命を終えるという。

 ならば、その一日を、僕と過ごした彼女には、一体何が残ったと言うのだろう……? もはや僕には窺い知る由も無い事だけれど、少なくとも僕の中には、確かに何かが残った。尤も、いまだに僕自身にすらそれが何か、解っていないのだけれど。
 以前に比べたら、彼女の事を思い出す機会は減っている。それは僕が彼女の事を忘れようとしているのではなくて、彼女の事がもはや僕の一部と化していると言う事なのだろう。
自身の事は誰も意識しないように、自身の一部と化した記憶は、もはや思い出す必要も無い事なのだろうと思う。まぁ、今が騒がしくて彼女の事を思い出す余裕など無いというのもあるのだけれど……。
 
「もうこんな時間か……」
 いつの間にか黄昏時。
真っ赤に染まった陽光は、店の中も、僕も、相変わらず売り物のテーブルに突っ伏して寝ている魔理沙も真っ赤に染めていく。
 あの時と同じ紅い空。あの時と同じ季節。
 また、今年もどこかであの賑やかな陽炎の郷が出来ているのだろう。
 そして、彼女もまた、この幻想の郷の空をふわりふわりと舞っているのだ。
 
 ―――明日も、良い天気になりそうだよ、一夜―――。
 
 店じまいの準備をしながら、あの時と同じ、紅い空に僕はそう呟いた。

 ――命短し恋せよ乙女
    明日の命は無いものを――。
 
 何処からか、そんな歌声が聞こえてきたような気がした―――。
始めまして。ミコトと申します。

……えー……とりあえず、すいません。出来心だったんですすいません。
衝動的犯行ですので突っ込みどころ満載かもしれません……。というか『東方香霖堂』の存在を知ったのが最近だから霖之助の性格とか魔理沙との関係とかそもそも幻想郷の設定とか色々間違ってる所とか突っ込みどころとか一杯あるかもしれません……。そもそも衝動的に書いたモノだし……。というかネタが被ってる可能性があるかも……。

以下真面目に。
何で霖之助が幻想郷のような商売にならないような場所(一応客は居るようですが……)で店を構えたのかな――と思い始めたのがそもそもの始まりでした。……いや、もしかしたら香霖堂のバックナンバーでその理由が書かれてるかもしれないなぁ……。確認のしようが無いのでその辺は許してください……(泣
……考えてみたら東方のSSなんて初めて書いたような……。
あ、因みにタイトルは「とうほうぼうきょう」と読みます。あとEphemeropteraはカゲロウの学名です。えーっと……それだけですー……(逃

いろいろすいませんすいません;;

追記:6/03 22時。色々と加筆&修正。

BGMに『春風の夢』を聞きつつ―――。
ミコト
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コメント



0.760簡易評価
7.60名無し削除
こう言う雰囲気は好みです。香霖堂は読んだ事がありませんが……
8.無評価ミコト削除
わ、わ、わ、何か学校行って昼寝したら点数&感想ががが(汗
こんな拙いSSに点数&感想をくださった皆様、大変ありがとうございます。今後の励みにいたしますので、今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m
と、こんな所で。
ではまた~
19.80名前が無い程度の能力削除
とてもよい。
20.80名前が無い程度の能力削除
こうゆう雰囲気の話は大好きですよ
24.90名前が無い程度の能力削除
感動しました
ぜひ続きが見てみたいです。一夜が消えたままなんて悲しすぎます。(>_<;)