人が来ない神社というものは、大層暇なものである。更に妖怪も来ないとあっては、仕事すら無い。
「今日も明日も、穀を潰し放題かしら」
そんな事など気にかけず、霊夢は今日も縁側で呑気にお茶を啜っていたりする。ここ最近、あの白黒の魔法使いが遊びに来なかったので、神社は静かだった。
「あ…茶柱、沈んでる」
茶柱の立つ立たないで幸不幸が決まるとは思っていない霊夢は、残り少ないお茶を一気に飲み干す。
「………ふう」
そして、一息吐いて、
「ふっ!」
懐から札を取り出し、空中へ放る。
ばしっ!
風に舞った札は、更に上空から飛んできた緑色の閃光と共に爆ぜ、消えた。
「さあ…説明して貰おうかしら―――魔理沙?」
霊夢は、ちらと空を見やる。そこに浮かんでいるのは、白黒の魔法使い、魔理沙。
「人に向かってマジックミサイルを撃っちゃいけないって、教わらなかった?」
「………ああ、教わらなかったな」
魔理沙は箒では無く、杖に跨り、帽子を目深に被って霊夢を見下ろしていた。
「…まあ、とりあえず…何でこんな事したのかくらいは、聞いてもいいのかしら?」
そう言って、霊夢は視線を元に戻した。そのまま、魔理沙の答えを待つ。…そして、魔理沙の方から帰ってきた答えは―――
「簡単だよ。霊夢と、戦いたいんだ」
きっぱりと、言った。その言葉を聞いた霊夢は、コトリと盆に湯呑みを置いて立ち上がった。
「…魔理沙。本気?」
今度は、しっかりと。魔理沙を見上げた。魔理沙は、降りてこない。
「ああ、本気だぜ。そうでもなけりゃ、こんな事するかよ」
「………」
ちょっとだけ、すると思った。それでも、魔理沙の声からは真剣さが伝わってきた。
「…はあ。どういうつもりよ、魔理沙。私、別にあんたと戦うつもりは無いんだけど」
「……それでも、だよ、霊夢。私は、霊夢と戦いたいんだ」
魔理沙の言葉に、揺らぎは無い。その体から発せられている魔力に、濁りは無い。
「そう………でも、どうして?」
霊夢にすれば、当然の疑問だろう。今まで当然の様に仲良くしていた訳で、霊夢としては、魔理沙がどうしてそんな行動に出たのかは、知りたい所だった。
「思い出したんだよ、昔の事をさ」
「昔? ……ああ」
それは、結構昔の出来事だとも思えたし、それほど昔で無い様な気もした。
あの日、あの時。霊夢と魔理沙は初めて出会い、そして戦った。
あの時と比べて、魔理沙は随分と変わった様な気がする。………見た目とか、言葉使いとか。
「それでさ…ふと、思ったんだ。あの時、私は霊夢に負けた。………じゃあ、今は? 私は昔と比べてどうなった? …色々魔法も覚えた。知識も増えた。………強くなった? 弱くなった? 霊夢と比べて―――私はどうなった?」
「…魔理沙、それは」
「霊夢、お前はこう思ってるんじゃないか? 『そんな事、関係無い』って………そうかもしれない。でも、一度そう思ったら、止められなくなった」
魔理沙の声が、強張る。そして、すう、と息を吸い込んで、きっぱりと告げた。
「だから………頼む。本気で―――戦ってくれ、霊夢」
ばさあっ!
「!」
風が舞い、うねり、魔理沙へと収縮した。
その暴風の中心にいるのは、白き翼を湛え、杖を携えた、宙に凛として立つ、モノクロカラーの魔法少女。
その周りに付き従うは、ダビデの星を描く六つの魔玉。
「………ああ、分かったわ。魔理沙―――本気、なのね」
その風に、思わず覆った顔を上げ、霊夢は魔理沙に言った。当然だ、という返事が返ってきた。
「本気…ね。修行なんてしてない私が、『本気』なんて出せるか分からないけど…」
ころん。
二つの球体が、霊夢にかしずく。
ばさばさばさばさ…
無数の札が、巫女服や袴の裾から湧き出す。
しゃらん。
最後に、長い大麻(おおぬさ)を手に持ち。
「―――いいわ、魔理沙。本気で戦ってあげる―――行くわよ!」
紅白の巫女が、空に駆けた。
* * *
どうんっ!
霊夢の跳躍と同時に打ち出される、札。それは槍の如きうねりを以って、魔理沙へと襲いかかる。
「はあっ……!」
そのうねりに向かって、魔理沙は杖をかざす。刹那、先端の宝玉から炎が迸り、札をことごとく灼いた。その炎は霊夢にも牙を剥くが、霊夢はそれをいつもの様なひらりとした最小限の動きでかわす。
「はっ!」
そのまま一気に魔理沙に接近し、大麻を振り下ろす。
がきっ…
しかし、間に割って入った魔玉に阻まれる。その魔玉の中心に光が宿るのを確認した霊夢は、すぐさま後退し、札の防壁を張る。瞬間、魔玉から放たれた雷撃が、札を灼き尽くした。
「パスウェイジョンっ!」
札の灰が吹き飛び、霊夢は再び魔玉と相対する―――その直前、霊夢は陰陽玉から針を抜き出し、魔玉へと投げつけていた。
―――びしぃっ
魔玉に亀裂が入り、間も無く破砕した。それに乗じて、霊夢はもう一度魔理沙に急接近して―――
がんっ!
「うぐっ…!」
横薙ぎに、吹っ飛ばされた。仲間の仇、とばかりに、魔玉が霊夢の脇腹を強かに打ち付けたのだ。
「瞬きする暇は無いぜっ―――霊夢っ!」
その隙に乗じて、魔理沙が加速する。星型に変わった魔玉の陣形が霊夢に向かって飛んで行き、そのまま中心に霊夢を据える様に、魔玉が宙に留まった。
「! …くっ…体が……」
星に捕らえられた霊夢の動きが、止まった。
「捕まえたぜ…霊夢!」
ここぞ、とばかりに魔理沙の杖が振られる。そして、その杖の先には霊夢の姿―――
「陰陽…」
霊夢が、呟く。ひゅん、と風を切り、それに応える様に二つの陰陽玉が魔玉の一つを挟み込む様に激突し、粉砕。星形の均衡が崩れた。
「ちっ!」
魔理沙が舌打ちする。菱形に変わった魔玉には霊夢を拘束する力は無く、霊夢はもう魔理沙の放った魔法から逃げおおせていた。
「そっちこそ、瞬きする暇は無いわよ―――魔理沙」
「………」
ぐっ、と魔理沙は杖を握り締めた。この短時間で、魔理沙は魔玉を二つ失った。対する霊夢は、大量の札を、幾許か燃やされただけだ。
(強い…)
魔理沙は思う。自分の努力は、所詮博麗の巫女には敵わないものだったのかと。自分が今までしてきた事は、無駄だったのか…
(違う! そんな事あるか―――!)
ネガティブな想像を振り払う。そんな事を考えている暇は無い。今振るうべきは、その手に持った杖のはず。魔玉はまだ四つある。そういえば、昔も四つしか持っていなかったっけ………!
「ノンディレクショナル、レーザーーーーーー!!」
ごおうっ…!
「っ!!」
四つの魔玉から迸る、無指向なる光の帯。それは巨大な剣の如く、霊夢に振り下ろされる。この速さ、この距離では回避不可能―――!
「エクスターミネーションっ……!!」
だが、霊夢は咄嗟に陰陽玉を盾にして、そこから魔理沙と同じ様に巨大な紅い楔を光の帯に打ち立てた。
ドゴオォォォオオォオオォォオォオ――――――ン………!!!
「うおっ…!」
「っあ……!」
巨大な力のぶつかり合いは、それに比例して反発の力も増大する。二人は爆風に吹き飛ばされ、地面へと落下していった…
* * *
もうもうと土煙が上がる中、杖を支えに魔理沙は立ち上がった。その向こうでは、同じ様に霊夢も立ち上がっているだろう。
「先手必勝だな…!」
杖を振り、魔玉達に一斉攻撃を命じる。それに魔玉が応じた、その時。
ひゅばっ、ひゅばっ!
「!」
土煙の向こうから、アミュレットが飛んできた。魔理沙はそれを紙一重で避けたが、その札は魔理沙を追ってきた。
「お得意の、ホーミングかっ…」
呟いて、また避ける。だが、それだけでは完全に避けきる事は出来ない。それは魔理沙も充分に知っているので、魔玉を急いで引き戻し、障壁を展開した。
ばちんっ!
ホーミングアミュレットを、障壁が弾く。安心したもの束の間、次々と飛んでくるアミュレットに辟易する。このまま攻め続けられたら、いずれ障壁が耐えられなくなる。
…その前に、押し切る。
「このおおおっ…!」
障壁を解いて、一転、霊夢に向かって突進する。速さに自信がある魔理沙は、それこそ電光石火の勢いで、霊夢に肉薄する。
「―――!」
その速さに、霊夢の顔に驚きの表情が浮かんだ。今の魔理沙は、魔玉のサポートによって魔力を増幅している。だから、霊夢の予想よりも魔理沙の動きは速かったのだ。
「くっ…!」
慌てて大麻を構える霊夢。が、遅い。
「防ぐ暇なんて、与えないぜ――――――ミルキーウェイ――――――!!!」
ドドンッ……!! ドン、ドンッッ…!!
「うああぁぁああぁぁああっ!!!」
星の奔流が、霊夢の姿を光の中にかき消す。同時に、魔理沙の魔玉が音を立てて砕け散った。
「はあ……はぁ………っと………やりすぎたか…?」
息を吐き、自分の周りをよく見てみる。翼は朽ち果て、魔玉も無ければ、もう魔力も殆ど残っていない。使えるのは、スペルカードぐらい。満身創痍だった。
しかし、恐らく霊夢はまだ終わっていない。魔理沙はミルキーウェイが霊夢を吹き飛ばす瞬間、陰陽玉が霊夢を守ったのを確かに見たから。
「少し、ヤバいかな…?」
博麗神社の秘宝、陰陽玉の力は半端では無い。今の魔理沙の状態で戦うのは、不利に思えた。でも…
「やるしか、ないよな…」
ここまで、来たんだ。確かに自分の攻撃は、博麗霊夢を吹き飛ばした。だからまだ、やれる…!
がさっ…
「!」
魔理沙がそう思った、その時。向こうの草むらから、巫女服をボロボロにした霊夢が姿を現した。
「けほっ…けほっ………ああ、酷い目にあったわ…」
彼女の足元には、煤けた陰陽玉と、大量の札の燃え滓。
「魔理沙………後で、お札作るの手伝ってよ?」
咳き込みながらも、しっかりとした足取りで魔理沙に近付いていく霊夢。そして、懐からある札を取り出した。
「アンタが滅茶苦茶やってくれたから、札を殆ど使っちゃった…もうこのスペルしか残ってないのよ。悪いけど、これで終わりにさせて貰うわよ?」
霊夢も、満身創痍だった。
「…上…等…!」
魔理沙はにやりと笑い、杖を捨てた。代わりにスペルカードを構える。
何故だろう、今、この時が堪らなく嬉しい。
「スペルカード一発勝負だ―――いくぜっ…霊夢!」
ばっ!
そして、同時に空に掲げられるスペルカード。
空気が、一瞬止まった。
「夢想妙珠!!」
「スターダストレヴァリエ!!」
ドオォォオォォォオオォオォオオ―――――――――!!!
光と音の瀑布が、博麗神社を覆った。
無数に広がる星の海が、魔理沙の周りを駆け巡る。
まるで意志を持っているかの様な光の珠が、敵に向かって飛んでゆく。
閃光。爆発。
「はあぁあぁあぁああぁ―――!!」
「うおぉおおぉおおぉぉ―――!!」
その中心に居る霊夢と魔理沙は、互いに一歩も動かなかった。否、動けなかった。動いたら、その暴威に呑まれる。
オオォオォォォォォォオオオォ―――――――――………………
―――やがて訪れる、静寂。
「………」
魔理沙は、ゆっくりと目を開けた。…そこに、霊夢の姿は無かった。
「……やった……のか…?」
まさか跡形も無く消し飛んだ、という事は無いだろうが、それならばまたどこかに吹き飛んだのだろうか。何にしても、確かめなければいけない。そう思った魔理沙が、一歩、踏み出した時。
「何処に行くの? 魔理沙」
「!!」
その声は、後ろから聞こえた。慌てて魔理沙が振り返った時には、霊夢の蹴りが鳩尾にめり込んでいた。
「昔から、キックは得意だったのよね」
「げほっ……!」
衝撃が体全体に伝わり、気付いた時には地べたに仰向けに倒れていた。体中がやけに痛い。今までの疲れや痛みが一気に押し寄せてきたかの様だった。
全身で受ける陽の光を、近付いてきた霊夢の影が遮る。霊夢はそのまま魔理沙の上に座り込む。
「……これで、終わりにする?」
「………」
無言の魔理沙。その瞳が霊夢を映しているかどうかは、分からない。
―――ガッ!
霊夢は大麻を振りかぶり、魔理沙の顔のすぐ横の地面に突き刺した。そのままぐいっと顔を魔理沙に近付ける。
「満足した? これでも私、結構本気だったのよ?」
「………」
「とにかく、魔理沙が強いってのはよく分かったわ。だから、もう終わり」
「………」
「…ちょっと、聞いてるの? 魔理沙―――」
「―――――――――ああ。終わり、だな」
次の瞬間。魔理沙は自分の服を強引に引き裂き、胸元を露わにした。
「―――!!」
霊夢の目が、見開かれる。そこにあったのは、一枚の、符。
『―――ラストスペル。ファイナルスパーク、だぜ』
自分の声をやけに遠くに感じながら、魔理沙の意識は光の中へ融けていった。
* * *
「あ――――――」
そして、目が覚めた。目の前には相変わらずの青い空と、魔理沙に乗りかかったまま、かなり疲れた表情の霊夢。
「…あんた、バカでしょ? 私を殺したって、十四代目の博麗にはなれないわよ?」
「……何言ってんだ……ごほっ……そんなもん、こっちから願い下げだぜ…?」
咳込むと、全身が軋んだ。ラストスペルの反動は、思った以上に魔理沙の体に負荷をかけていたらしい。
「そう思ってるんだったら、あんな距離でスペルをぶっ放すんじゃないわよ!」
がすん、と霊夢の頭突きが魔理沙の額にクリーンヒットする。
「痛え……怪我人に何て事するんだよ、この暴力巫女が…」
「だったら零距離スペルは止めなさい、この不良魔法使いが…」
はああ、と霊夢が大きな溜め息を吐く。よく見れば、霊夢も頭から一筋血を流している。その様子を見て、魔理沙はある疑問を口にした。
「……なあ…どうやって…ファイナルスパークを避けたんだ…?」
当然の疑問だった。あれは、魔理沙の持つスペルカードの中でも最強の威力を誇る魔砲だ。陰陽玉で防いだとしても、吹き飛ばされるのは必至。なのに、霊夢は発動前と変わらず、魔理沙に馬乗りになっている。
「あれは…防いだ…と、いうより、結界を張って無効化させて貰ったのよ…」
「マジ…かよ。霊夢って、そんな結界も張れるのか…?」
「違うわ………地の利は、我に有り…よ」
「……?」
そう言われた魔理沙は、考えた。ここは、博麗神社。霊夢は、そこの巫女。そして、この場所に存在する、幻想郷最大最強の結界―――
「博麗、大結界か―――」
「…そう。私だけじゃ無理だったから、ちょっと力を借りたんだけど…正直、しんどかったわ。博麗大結界を使うのって、割と骨が折れるのよ…」
霊夢が目を瞑る。そのままゆっくりと、魔理沙に覆い被さる様にその体が倒れ込んできた。
「れ、霊夢……?」
「…ごめん、ちょっと、休ませて……」
「あ? あ、ああ……」
少し面食らった魔理沙だったが、黙って霊夢の言うとおりにする。自分の顔のすぐ近くに、霊夢の顔がある。耳を澄ませば、微かな寝息が聞こえてきた。
「………私の………負けだな…」
魔理沙は空を見たまま、そう呟いた。自分の攻撃をことごとく防がれ、無意識の内に使っていた最後の切り札も無効化されてしまった。今、霊夢は無防備に眠っているが、もう自分も動けそうにない。
「はあ………」
空を見上げたまま、息を吐く。何故だか、悔しくはなかった。
「はははは………ま、いいか…」
自然と、こみ上げてくる笑い。妙に清々しい気分だった。
突き抜ける様な青空を見上げながら、心地の良い日差しと温かな霊夢の体に包まれて、魔理沙は目を閉じた。
それから、「パスウェイジョンニードル」と「ノンディレクショナルレーザー」を誤字ってます。…けど前者に関しては「パ」と「バ」のどちらでGoogle検索しても、ほぼ同数引っかかるんですよね…。いや多分「パ」のはずですけど。
これもEXボスならではですかなぅ。
もちろんオススメですが、題材にしやすい二人のバトルSSなので
もう少し何かが欲しかったかなーなカンジっす。