Coolier - 新生・東方創想話

博麗の巫女 -和人形-

2004/05/19 09:32:45
最終更新
サイズ
49.91KB
ページ数
1
閲覧数
2416
評価数
15/164
POINT
8040
Rate
9.78

 *私設定・サスペンス描写などがありますので、そうしたものに抵抗を持たれる方はお気をつけください。 
































 一人の魔女が空を翔ける。さながら空気の如く、風を切るかのように空に流線を描いていた。大空に羽ばたく鳥の王者でさえも顔色を失いかねない華麗さであった。
 服は淡い青色。頭にした赤いカチューシャが少女の愛らしさを醸し出していた。

 ――彼女の名はアリス・マーガトロイド。

 かつて魔界と幻想郷の存亡を賭けた戦いの――魔界側の生き残りであった。とはいっても、彼女は別にそのことを気に病むようなことはなかった。むしろ、広いようで狭い魔界から身を遠ざけ、幻想郷の魔法の森の片隅で自由気ままにやっていく方が性に合っていた。

 「そろそろ…ね」

 僅かに口元を歪め、アリスは前方を見下ろした。古びた――良く言えば年代的な趣を感じさせる鳥居があるのが確認出来る。幻想郷の唯一の神社、博麗神社がアリスの目的地であるということが伺えた。

 ならば用事があるのは博麗神社の巫女・博麗霊夢と見るのが妥当であったが、生憎と彼女の次なる怪しい行動を見るとそうでもなさそうに思われた。

 アリスは颯爽と鳥居の付近に着地すると、すぐさま鳥居の影に隠れて神社の中の様子を窺い始めた。内部に人っ子一人いないということが、彼女には気配で分かった。この辺は流石元魔界の住人と言ったところであろうか。

 もっとも、事前の調査で今日この日に、霊夢が留守にするのは予め知ってはいたのだが……。

 今日、アリスがここへ足を運んだのは霊夢に会うために非ず。では、一体何のためか? それは――とあるものを物色していくためであった。
 実のところ、直接霊夢に頂戴とでも頼めば、案外容易くそれは手に入ったかもしれなかったが、神社の巫女の性格を顧みれば難色を示される可能性の方が数段高いであろうことは誰の目にも明らかだった。

 そんなわけで、彼女は鬼の居ぬ間に何とやらという言葉に従い、このような行動の及んだのである。大丈夫、きっとあると、そう信じて、アリスは神社の中に足を踏み入れた。幻想郷であるが故、誰にも不法侵入を咎められることはあるまい。
 
 ………

 神社の巫女がよくいると思われる居間を重点的に探してみたが、どうしたことか全く目当てのものは見つからなかった。あんなものぐさそうな印象があるのに、実は意外にも律儀な性格をした人間だったのだろうか。それとも、単にタイミングの問題であるのかもしれなかったが。

 誰にも聞こえない程度にチッと舌打ちをすると、見切りをつけてアリスはさっさと鳥居の方へと踵を返した。これ以上不用意に誰かが居たという形跡を残さないがためである。

 どうせまたチャンスは有るだろうと、そう思いながら……。

 鳥居の側まで戻ってくると、アリスは眼下に綺麗な木箱があるのを発見した。自分が来たときは確かにこんなものはなかったはず……。と、するならば、物色中に誰かが持ってきたということだろう。
 よもや、自分がまたここに戻ってくると見越して、霊夢が故意に置いたなどとは考え難い。結論としては、全くの偶然と考えるしかなかった。

 どうして箱がこんなところに置き去りにされているのかはさておき、アリスは猛烈にこの箱の中身を見てみたいという衝動に駆られた。
 その箱の木目の何と美しいことよ。見る物の目を捉えて離さないといった気品に溢れている。装飾など一切ないにも拘わらず、こうまで人を惹きつけるとは一体いかなる箱や。そしてその肌触り、取っ掛かりなどまるで無いかのようで、手に吸い付くような感覚だった。

 しばし茫洋として、アリスはその箱を撫でていた。いや、取り憑かれたように…か。
 そんな状態のアリスが箱の中身に言い知れぬ興味を抱くのもまた当然の話と言えよう。

 ――カタン、と音を立て、アリスは蓋を外す。たかが物に対してここまで気持ちが昂揚したのは実に久しぶりだった。それから中を覗き込む――――。


 目に映るは、全身に鳥肌が立たんばかりの造形の整った美しい一体の和人形……。


 一瞬にして、魂でも奪われたかのように、アリスはその人形に陶酔した。感覚としては、美酒に酔いしれるのに似ている。アリスがそうなってしまったのも、彼女が人形師だからこそ理解し得る、職人芸の極みの一品だったからに他ならない。
 過去に一度だけ、アリス自身も『春の京人形』という題材で和式の人形を手掛けはしたが、この和人形に比べれば自分の作品の何と稚拙なことよ。脱帽とはまさにこのことか。

 …あまりにもアリスが受けた精神的な衝撃は大きく、アリスはもはや立っていられないほどに足が震えていた。ガクガクと膝が笑っている。
 今、これ以上眺めるは危険と踏み、途中幾度となくしくじりながらアリスは箱に蓋を取り付け直した。

 「ふぅ~……」

 ひとまず、落ち着きを取り戻すアリス。
 いつの間にやら額に滲んでいた汗を拭い、周囲に誰もいないことを確認すると、彼女は木箱を抱え足早に博麗神社から立ち去っていくのだった。



 *


 「ふ~ん。で、そのご大層な回想はそれでお仕舞い?」

 しかめっ面をしながら、紅白の装束を着た巫女――博麗霊夢は言った。
 
 「まだ半分ってとこかな。とにかくまぁ、話くらいは聞いてやってくれよ。霊夢からすれば全然愉快な話じゃないだろうけどな」

 笑いを噛み潰したような顔をして、白黒の洋服を着た魔女――霧雨魔理沙はそう返した。
 本日、魔理沙が霊夢の元へ持ってきた話は、彼女の言葉通り霊夢にしてみれば面白くも何ともないものであった。

 魔理沙の話によると、霊夢の留守中を見計らって何かを盗みに来たらしい人物が、その帰りに神社の鳥居辺りで見つけた人形入りの木箱を持って帰って怪異に見舞われるというものだった。
 その怪異とやらはこれから魔理沙によって話されるわけだが、つまるところ、その人物に降りかかった怪異を何とかしてやって欲しいというのが今回の魔理沙の持ってきた話というわけである。なお、その人物が誰であるのかは当面のところは霊夢には伏せてある。魔理沙に相談してきた人物たっての願いであった。

 しかしまあ、魔理沙がどう取り繕おうとも、その人物が如何に図々しく厚顔無恥なことを霊夢に言っているかは全く変わることが無い。そんな一方的な話を聞かされて、霊夢が激昂しなかったのがせめてもの救いと言えた。

「…一応聞いとくけど。そいつが盗みにきたものって何?」

 博麗神社には正直言って金目の物など無いに等しかった。強いてあげれば、霊夢の持つ陰陽玉くらいだろうが、これは誰がどう頼み込んだところで霊夢が譲るわけがない。もちろん、目の前にいる魔理沙とて例外ではない。

 「うーん、悪いがそいつは私も聞いちゃいないんだ。でもまぁ、話の感じからして大体察しはつくけどな。何せ私もあいつとは同ぎ……」

 と、そこまで言いかけて魔理沙は言いよどむ。そこまで言ってしまうと誰が相談してきたのかが一発で霊夢にバレてしまうからであった。

 「まぁ…いいわ。話を続けてちょーだい」

 厚焼きを頬張りながら、半ば投げ遣り気味に霊夢は魔理沙に話を続けさせた。ちなみに厚焼きは魔理沙からの手土産である。案外、このさり気ない魔理沙の心遣いというか、根回しが霊夢の怒りを中和させているのやもしれなかった。

 「ああ、分かったぜ…。で、そいつに起こった怪事件ってのは――――――」

 こうなればしめたもの、と魔理沙は意気揚々に語りだした。


 *


 何かがおかしいとアリスが気付いたのは、木箱を持ち帰って幾日か経ってからであった。

 最初、アリスは木箱から和人形を取り出した後、自分の創った数知れぬ人形たちの中にその和人形を並べて飾り立てておいた。
 これまでは、どの人形たちにも分け隔てのない暖かな視線を送っていたアリスであったが、和人形を飾ってからというもの、注視するのはいつしかその和人形だけとなっていた。
 
 無論、和人形があまりにも飛び抜けて精巧に出来ているからというのもある。この和人形というジャンルに限って言えば、間違いなくこれは自分の腕を遥かに凌駕する者の作品であったのだから……。

 しかし、だからと言ってほぼ一日中その和人形を眺め続けるのはいささか病的なのではないか? とアリスは思うようになった。思えば、この人形をあの日博麗神社で拾ってからというものの、自分は全く新たな作品の創作に取り掛かってはいない。
 自分の腕がこの人形の製作者に遠く及ばないのが恐いのか? 或いは、もし仮にこの作品を超える物を作ってしまったとき、自分はこの和人形を愛でなくなってしまうことが嫌なのか。かつて自分が創ったこの人形たちのように……。


 ―――はぁ…。


 溜息の回数も尋常ならざるほどに増えていた。和人形を眺めれば眺めるほど、過去の自分の作品をちらりと横目でみれば見るほど、胸に溜まったものを吐き出さずにはいられなかった。そうして、溜息を漏らせば漏らすほど自分の体から創作にかける情熱も抜け落ちていくように感じられた。

 毎日がそんな調子であった。ふと気付いた頃にはアリスはもう人形を創れなくなったいた。スランプでも何でもない。以前の人形創作にかける気が狂わんばかりの苦悩も消え失せていた。もはや、彼女は和人形を眺めるだけの生きた屍のごとくなりさらばえていたのである。


 …

 ……

 ………


 そうした折、会えば必ずといっていいほど諍いの絶えない人間の魔女――霧雨魔理沙がアリスの元へ訪ねてきた。久しぶりにお互いが顔を合わせたということもあって、魔理沙はひどくアリスの様子を見て驚いた。
 特にアリスの外見に変化があったわけではない。ただ、魔理沙に注ぐアリスの視線がゾッとするほどに虚ろだったからだ。魂が抜け出たように、まるで生気を感じさせなかった。

 「……何があった?」

 「…………」

 鬼気として魔理沙はアリスにそう尋ねたが、アリスは無言のままだった。取り付く島が無いというか、アリスは全く魔理沙に興味を示していないようだった。

 それから、一言も発することなくアリスは玄関のドアを閉めようとした。さしもの魔理沙もアリスのこの行動には少々焦った。いくら犬猿の仲とはいえ、今までにこんな反応をされたことなどなかったからだ。

 すぐさま、ドアを閉められまいと魔理沙はドアノブをパッと掴んだ。それでもなお、アリスはドアを閉めようとしていたが、やがて諦めたらしく、ドアを閉めるのを止めた。
 その反動で魔理沙が外で尻餅をつこうとも、これまた関心がないようにアリスはそそくさと邸内に姿を消していった。

 「ててて……。何なんだよ、ったく…」

 土埃のついたお尻をパッパと叩くと、魔理沙はひとまずアリス邸内に入ることにした。
 外からは全く気付かなかったが、一歩邸内に足を踏み入れた瞬間、魔理沙は邸内に渦巻く一種の怨念のようなものを感じ取った。

 数十…いや、数百年分くらい積み積もった悔恨怨嗟が邸内に犇いていた。
 
 ほぼ一瞬にして全身の毛が逆立つのを魔理沙は実感した。前に一度行った亡霊の巣窟、幽冥楼閣でもここまでの怨念は感じなかった。一体、一体ここで何が起こっている―――?

 とんでもない事態がアリス邸で起こっていることはもはや疑いようはなかった。魔理沙はドタドタと邸内を駆け巡る。そうしながら、同時にどこから怨念が発生しているのかを探った。


 こっちか……いや違う、あっちだな―――。
  
 ああ……あの場所は、アリスの部屋、か。

 …なんだか無性に、体が、ざわつくぜ……。


 魔理沙が邸内を走り回っていると、唯一光の漏れた部屋――アリスの部屋に行き着いた。 目には見えないが、ドアの隙間から霧のように怨念が沸いて出ているのが分かった。
 
 魔理沙は唾を飲み込むと、さっそくドアの横で聞き耳を立てる。人の気配はするものの、音などは一切聞こえなかった。長い沈黙―――。
 本当に中にアリスがいるのかは疑わしいが、ひとまず部屋の中に入ろうと魔理沙はノブに手をかけた……。

 ちゃんと回せるところを見ると、どうやら鍵はかかっていないらしかった。何があるか分からないので、魔理沙はゆっくりと音を立てぬように少しずつドアを開けていく。

 1センチ……5センチ………10センチ…と広げていき、漸く人一人入れるというスペースを開け、中に入ろうとしたその刹那――――。

 魔理沙は瞬時にその場から床を寝転がって離脱した。

 バキャンッッ! という強烈な破壊音と共にドアの辺りに高価そうな花瓶の欠片が散らばっていた。誰かが叩き付けたのだ。もう少しかわすのが遅れていたら頭を潰されていただろう。実戦で鍛えた勘の為せる業であった。
 魔理沙は起き上がりながら花瓶の残骸の側に人が立っているのを確認する。そこにいたのは青い服の魔女――アリスだった。

 えっ? と魔理沙は思う。確かに部屋の中から人の気配を感じたのに、どうしてアリスがここにいるのだろうと……。
 それにしてもアリスの表情のなんと恐ろしいことか。無機質な、人形のような顔をしていた。感情すらも消えて無くなったようで、魔理沙は先刻殺されかけたことよりもそっちの方に恐怖した。表情が亡いのが恐いのだ―――。


―――あまりのことに魔理沙の喉はひどく渇いていた……。


 *


 「――ブッ!!? って、あんた、そいつに殺されかけたわけ?」

 番茶を魔理沙の顔面に吹きながら、霊夢は声を上げる。
 熱いぜ、と返しながら魔理沙は自分の顔を拭いた。

 「まー、結局大事には至らなかったわけだし…。それよりも、まだ話は終らないぜ。ここからが相談者の悩みどころなんだからな…」

 「そりゃあ…感情も何もない殺人機械みたいな奴に相談なんかされるわけがないでしょうよ。…んで、どうなったの?」

 何枚目かの厚焼きを霊夢は手に取った。実はこれ、魔理沙からの手土産のようであるが、本当はアリスからのものだということを霊夢は知らなかった。
 持ってきた当人の魔理沙も、そのことはやはり霊夢には伏せておいた。話の方にもやっとこ食い付いてきている感があるので、ここでボロを出すわけにはいかない。後は、上手いこと話に乗せて、問題を解決させてしまえばいい。そうすれば……魔理沙はアリスからとっておきのグリモワールを一冊もらえるという手筈になっていた。
 
 ムフフ、と思わず笑みを魔理沙はこぼした。何笑ってるの? と霊夢に勘繰られたが、適当に魔理沙はその場を凌いだ。

 「…ああ、悪い悪い。で、ここからが肝心なんだが―――」


 今度は薄気味悪い笑みを浮かべ、魔理沙の語りが再開された。


 *
 

 空気がひどく淀んでいた。邸内全域がどす黒い瘴気に侵されているようで、居心地がすこぶる悪い。加えて、無機物と化したが如くの館の主の存在が不気味この上なかった。

 魔理沙は体勢を整えると、先刻入りそびれたアリスの部屋の方に目をやった。花瓶を叩き付けられた衝撃でドアは再び閉ざされ、中の様子を窺い知る事は適わない。
 さらには位置関係も拙いことになっていた。ちょうど、ドアの脇にアリスが茫として立っているので、彼女を掻い潜ってアリスの私室に侵入するのは困難を極める。
 部屋に入るためには、どうしても何動作かする必要があるので、その隙を突かれて何をされるか分かったものではない。弾幕ではなく、鈍器を用いた攻撃を仕掛けられたということが、事の異常さを物語っていた。

 ふと、何かがキラリとアリスの手元で煌めくのを魔理沙は見た。
 それが何なのか認識するのに一秒とかからなかった。


 ―――ああ、あれは……肉切り包丁なのだと。


 さっそく、その危険極まりない得物を振りかざし、アリスは陽炎のような動きでゆっくりと魔理沙に歩み寄る。
 反対に魔理沙はアリスの方を向いたまま、一歩、また一歩と後退する。背中を見せた時が自分の死ぬ時だと理解していたからだ。

 そのまま、じりじりと魔理沙は廊下の隅へ追いやられていく。後ろを向けば、今の感情も何も無いアリスの情け容赦ない肉切り包丁の洗礼を受ける事になるだろう。そうでなくとも、やがては間合いを詰められ、為す術もなく切り刻まれてしまうだろうに、何ゆえ魔理沙は後ろに下がるのだろうか?

 ――答えは彼女の口元にあった。魔理沙は常人には聞こえない程度の声で魔法を詠唱していたのである。後退はその時間稼ぎだ。そして、彼女の両手から放たれし魔法は―――。

 
 「ファイナルスパーーークッッ!!!!」


 館ごと吹き飛ばしかねない勢いで、魔理沙はアリスに向かって強力無比な極太のレーザーを放出した。本当に館を壊しかねない威力があったが、アリスの館には対魔法用防壁が施されているのでその辺は心配せずともよい。辺境に住む魔女ならではの防御策だった。

 しかし、館はともかくとしてアリスには非情にも衝撃とダメージが与えられた。一応、死にはしない程度に威力を抑えてあるのでたぶん大丈夫だろうと魔理沙は思う。あくまでたぶんだ。何せ、初めて使用してみた魔法だったのだから……。 

 土煙が館内に沸き立って視界は悪かったが、とりあえず魔理沙とアリスの間合いは遠のき、一応の安全は確保されたと言える。もし今の魔法で昏倒していていなかったのであれば、まだ安心とは言い切れないが…。

 魔理沙は今度は一歩一歩後退した分だけ前へと進んだ。足を踏み出す度に、この悪い視界の先から、ふいに肉切り包丁が振り下ろされるのではないかという幻影に怯えたが、そうも言っていられない。時間が経てば、どのみちその幻影は実体となって魔理沙を襲ってくるからだ。

 視界が悪いので壁を手探りに伝って一歩二歩と踏み出しているうちに、元のアリスの私室の前に戻ってきた。もう一度魔理沙は聞き耳を立ててみたが、やはり音は一切聞こえない。それでも、誰かしら人の気配がするのが訝しい。さっき自分と一応弾幕り合ったのが、正真正銘本物のアリスとするならば、この中にいるには一体何者であろうか?

 さっきは慎重すぎたために余計な手間を取った。石橋を叩き過ぎるということはないだろうが、状況が状況だ。まごまごしていると再びアリスに来襲されかねない。音も気配もなく近寄ってくるのだから始末が悪い。アリスの操る人形を相手にしているような感覚だった。

 
 ―――人形? …そうか、人形か。

 
 はたと魔理沙は思い立った。そうだ、アリスは今や何者かの手によって操り人形と化しているのだと。その張本人がこのアリスの部屋の中にいる…。アリスとて一流の魔女、その一流の魔女をこうも簡単に意のままに操るとはどれほど強大な力の持ち主であろうか。
 とにかく、敵はアリスではない事だけは確かだ。敵の正体は全く不明であったが、今更尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。それだけは、魔理沙のプライドが許さなかった。

 1…2…3…と心の中で数え、4といき、5と念じたところで魔理沙はアリスの部屋に突っ込んだ。ドアが壊れかねないくらいけたたましい音が邸内に響く。


 そこから魔理沙の目に飛び込んだ一種異様な光景―――。

 現実感があるのはレースのカーテンが風に靡いているという日常の光景だけ。しかし、その当たり前の光景と、たった今魔理沙が見てしまった非日常の光景とが折り合い、より魔理沙に、今自分が直面しているのは現実のものなんだということを痛感させた。

 部屋中に散乱するは人形という人形の首。いや、取り立てて目立つのが首と言うだけに過ぎない……。手も足も、無惨にも根元から千切られ部屋を埋め尽くすようにそこら中に転がっている。解れた糸や破損した接合部が妙に痛々しかった。
 
 サァーッと血の気が引いていくのを魔理沙は感じた。次いで、嘔吐感も込み上げてくる。まるで本物の人が死んでいるようだったからだ。流石は人形師アリスの御作といったところであるが…、あまりにも無惨過ぎた。

 
 そして、そんな凄惨たる現場の中で取り分け異質な物が一つ―――。


 周りに散らばる金髪の人形とは明らかに造りが違う。きめの細かい調和の取れた黒髪をした一体の和人形が人形台の上に鎮座していた。何も見えていないはずの黒い眼も、こちらの全てを見透かしているようで魔理沙は戸惑いを覚えた。

 ――ただの人形、のはずである。この世の者が創ったとは思えないほどの美を感じさせる至高の一品であろうとも、人形であることに違いはないはずなのだ。
 しかしなんだろう…、魔理沙にはこの和人形が人の意志を持っているように思えた。
 
 
 人の―――。なら、つまりは、これが…この人形が……


 ……ドア越しに魔理沙の感じた人ならぬ人の気配であった。そう魔理沙が理解せしめたとき、決して表情を変えることのない人形が嗤っているように見えた。
 寒気を感じると共に、魔理沙はさっと身構える。されど、相手は意志無き人形。意志などあるはずのない人形。さぁ、人の身の魔女よ、如何に出る?

 ――だが、身構えはしたものの、邸内を埋め尽くすほどの怨念を発生させる呪物を相手に魔理沙は手の出しようが無かった。ちゃちな怨念程度ならどうってこともないが、相手はあまりにも強大過ぎた。こんな小さな形代の中に、一体どれほど膨大な量の怨念が蓄積されているというのか?

 とても、太刀打ちなど出来ぬと本能が告げていた。じとりと魔理沙の背に嫌な汗が滲む。
 こうして、魔理沙が文字通り手も足も出ないと分かっていたから、先刻この和人形は嗤っているように見えたのかもしれない…。

 結局、この拮抗状態(といっても魔理沙に分が悪かったが)は、延々と続いた。
 いっそ、怨念の入れ物である和人形そのものを破壊してやろうとも魔理沙は思ったが、それも危険であることに変わりはない。魔理沙には怨念を一時的に散らすことは出来ても、滅することは出来ないからである。それも彼女が魔女であるがためだ。故に、事実上の打つ手無しであった。

 そうやって何分か経っただろうか。いい加減、魔理沙の心労も感極まってきた。どうやら、和人形から溢れ出る怨念の毒気に中てられてきたらしい。

 「…こりゃあ、まずいぜ……」

 打開策など何もなかった。ぽつりと漏らした魔理沙の言葉が全てを表わしていたと言ってもいい。いよいよとなれば逃げることも辞さないまでに魔理沙は追い詰められていた。もって後数分がいいとこだった。

 と、魔理沙と和人形がそうやって向き合っていると、唐突にキィと渇いた音がした――。
 この音は―――ドアの開く音……か。

 だとすれば何か? 魔理沙には、それが先程吹っ飛ばしたアリスが部屋に侵入してくる音だと言うことがすぐに分かった。そして、授かるは天啓。魔理沙はこの状況から活路を見出した。

 魔理沙の能力では怨念をどうこうすることは出来ない。
 ならば、同質の力を持ってして怨念を消し去ってやろうと、魔理沙は苦肉の策を考案した。魔理沙の考えが正しければ、怨念に操られている現在のアリスの力は怨念と同質のモノのはずだからだ。


 目には目を、怨念には―――怨念を。


 魔理沙は瞼を落し、一切の光を遮断した。心の目で、己の第6感で、音もなく忍び寄るアリスの動きを見切るためだった。手に取るように…とまではいかずとも、魔理沙にはアリスの無音の一撃をかわせるという確信があった。
 おあつらえむきなことに、ちょうどアリスの私室のドアの位置と、魔理沙と和人形が向かい合っている位置はちょうど同じベクトル上だった。

 さあ見よ、アリスから放たれる肉切り包丁の軌道を! 寸分と違わず魔理沙の心臓を背後から狙っていた。と同時にそれは、同じ軌道上にある和人形の心臓をも狙っているということを意味していた。
 
 飛燕の如く飛び寄る包丁を引きつけるに引きつけ、魔理沙はその身を鮮やかに左に反らした。お気に入りの服が一枚パックリと裂けはしたものの、体には傷一つ付いてはおらぬ。神域に達したチョン避けであった。


 ―――トスンと、刃物が何かに刺さる音を確かに魔理沙は聞いた。


 *

 
 「えっ、じゃあもう何も心配する必要はないんじゃないの?」

 魔理沙もこうして無事に博麗神社にいる。されば、事態は終息を向かえ、問題など一切残らないはずであるが、魔理沙の様子からするとそうでもなさそうであった。

 「いやな、霊夢。確かに私はその場を無事に切り抜けはしたんだ。だけど、100%包丁が突き刺さったはずの和人形が―――」

 
 ―――なかったんだ、どこにも。


 口に厚焼きを運ぼうとしていた手を止め、霊夢が訝しげな顔をする。そんな馬鹿な、とでも言わんばかりの表情だった。

 「…なかった、ね…。でも、それは同質の力をぶつけたことで人形諸共怨念とやらが消えちゃっただけじゃないの?」

 霊夢の言うことももっともであったが、それなら魔理沙がわざわざ霊夢のところに相談に来るはずが無いのである。そう、つまり、未だ怪異はアリスの館で継続中なのだ……。
 
 「…でもな、霊夢。人形は確かにその部屋から消えてなくなったんだ。だけど、今度は人を操ったりするような物騒なもんじゃなくて……、その出るんだよ」

 「ん、出るって……その、人形が?」

 ああ、と魔理沙は頷く。
 霊夢は番茶を啜り、最後の一枚の厚焼きを手に取ってから魔理沙の話に耳を傾けた。


 *


 再び魔理沙の両眼が見開かれたとき、すべては終っている―――はずだった。
 奇妙な事に肉切り包丁が深々と心臓部に突き刺さっているはずの和人形は、影も形も見えなかったのだ。
 
 もしや、今見たことはすべて幻だったんじゃないのか? と魔理沙は一瞬考え込んだが、自分の後ろで倒れ伏しているアリスを見る限り、それは有り得ない。
 ひとまず、ソファーに寝かせアリスが目を醒ますまで、魔理沙は部屋中をひっくり返して和人形を探した。結果は、言うまでも無く収穫無しだ。

 「ん…」

 ぜぇぜぇと息を切らせていると、アリスが目を醒ました。表情が柔いところを見ると、どうやら怨念のよる呪縛からは解放されたようであった。
 早速魔理沙は、病み上がり同然のアリスに何が起こったのか聞いてみる。
 
 「あ、起きたか。状況がよく分からないだろうけどな、何があったのか話してもらえると有り難いんだが…」

 何時頃からアリスは和人形の支配下にあったかは分からないが、少なからず有益な情報が得られるだろうと魔理沙はアリスにそう言った。けれど、肝心のアリスは最初混乱状態にあって、逆に魔理沙の方がいろいろと質問責めにあってしまった。
 
 掻い摘んでこれまでの過程をアリスに説明してやり、やっと二人の間で話が成立出来るようになった。ただし、アリスが魔理沙を殺そうと襲いかかって来たことなどは余計なこととして魔理沙は話さなかった。勝気な態度を取るくせに、実は妙にしおらしい繊細な精神の持ち主であると、魔理沙は見抜いていたからだ。

 その証拠に―――彼女は、アリスは自室の部屋の惨状を見て涙を零した。自分の創った人形たちに、しきりにごめんねごめんねと繰り返し謝った。意志などあるはずのない人形すらも慈しむ心を持っているのが、アリス・マーガトロイドという少女なのだった。
 
 人形に情をかける。つまり、人形を自分たちと同等の存在として扱うほどに精神が慈愛に満ちているのだ。だが、それ故に今回は人形に憑いた怨念に付け入られてしまったのかもしれないと魔理沙は思った。だとすれば、何と許し難いことか。

 「…ほらっ、いつまでも泣いてちゃ人形たちだって悲しむぜ? それよりも、早いとこ直してやった方がそいつらも喜ぶってもんさ」

 「…ええ、そうね。そうよね…」

 アリスは涙を拭うと自慢の裁縫道具を自分の机の引出しから取り出した。そして、魔理沙の見ている横で人形たちの修繕に取り掛かろうとしたときに、アリスは魔理沙の服の右脇腹部分が見事な横一文字に裂けているのに気付いた。

 「どうしたの…それ?」

 「ああいや、ちょっとドジっちまってな。折角の一張羅が台無しだぜ…ははは」

 少し引きつるような笑いをしながら、魔理沙は何事も無かったように振舞った。とてもではないが、お前に包丁を投げつけられたんだ、などとは口に出せなかった。

 「…それきっと、私が貴方にやってしまった何かの跡なのね」

 しかし、おぼろげなれどアリスもその服が裂けた跡が自分の手によって出来たものだと感付いたようだ。魔理沙がアリスの内面を理解しているのと同様に、アリスも魔理沙のそういった気遣いや内に秘めた優しさを理解していたのだった。
 こんなにもお互いを理解し合っているのに、普段は犬猿の仲というのが面白い。案外に二人は仲がいいのだ。そして、それを奇妙な意地で覆い隠すところが如何にも少女らしい。

 「まあ気にするなよ、そういうこともあるもんさ―――」

 よくない! とアリスは魔理沙の体を引き寄せた。それから裁縫道具を取り出して、人形よりもまず先に、己を窮地から救ってくれた友人のために服の修繕を開始した。

 「わわっ、強引な奴だな。それくらい自分でも出来るって…」

 「いいからいいから、貴方も私の裁縫の腕は知っているでしょう? まあ任せておきなさいって」

 恐るべき早業で、アリスは魔理沙の破れた一張羅を縫い始めた。といっても、魔理沙にはアリスがただ針をちくちくと破れ目にあてがっているようにしか見えなかった。それもそのはず、アリスは己の用いる不可視の魔法の糸によって、裁縫の痕跡など一切残さない縫合を得意としているのだった。ちなみに、縫合分が変によれたり、突っ張ったりするなどといったこともない。まるで最初から裂けてなどいなかったかのように修繕出来るのだ。

 アリスの創った人形たちもこの術式を持ってして、元と寸分違わぬように修繕されることだろうと魔理沙は思った。アリスの技を持ってすれば、如何にも縫い直しましたという跡は残す事が無いので、バラバラになっていた痛々しさなど微塵も感じさせない。

 「流石だな……。前に一度人形作ってるところ見せてもらったけど、その技には惚れ惚れするぜ」

 「ふふん、ありがと。さっ、直ったわよ」

 アリスの言葉通りに魔理沙の一張羅は直っていた。破れる前と質感が全然変わらないのが不思議である。大きさなど無いに等しい魔法の糸ならではの特権みたいなものだ。

 「サンキュー。それじゃあ、人形たちを直しながらでもいいから、話を聞かせてくれないか? 色々と不可解なもんでな…」

 「ええ、分かったわ。私はあの日――――」

 アリスは人形を一体床の上から抱き上げながら、こんな異常な自体がどうして起こったのかを自分が覚えている限りのことを話し始めるのであった。


 …

 ……

 ………


 この日、魔理沙はアリスの館に泊まる事になった。自分を助けてくれた感謝に是非にと、アリスにお願いされたからである。特に断る理由も無いので、魔理沙は二つ返事で承諾したのだった。

 ささやかな夕食会が行われた後、二人は一緒にお風呂に入ることにした。館の大きさに比例して、それなりに浴室が広いらしい。
 
 極度の緊張状態の中で必要以上に汗をかいていた魔理沙は、服を脱ぐと一番乗りで浴室に入る。アリスの言う通り、魔界人一人が住むにしては結構規模のある浴室だった。いつも一人優雅に湯船に浸かっているのかと思うと、魔理沙は少し羨ましくなってきた。今度どっかから温泉でも引っ張ってきて、自分も浴室を改造しようかなどとも考えていた。
 
 「あら、何考え込んでるの? 早いところ温まらないと風邪引くわよ」

 「ん、家の増築について、ちょっとな…」

 「増築?? まっ、いいわ。それよりも背中流したげるからいらっしゃい」

 タオル一枚のアリスにそう促され、魔理沙は照れくさがりながら、頼むぜとアリスに背中を預けた。誰かに背中を流してもらうなんて随分と魔理沙には久しぶりのことであった。 
 
 「こうして改めて貴方の肌を見るとさ…」

 唐突にアリスがそんなことを口にした。

 「んー?」

 「…すごく綺麗な肌してるわよね」

 いきなりそんなことを言われたので、魔理沙の顔は真っ赤になった。
 何を!? とねめつける勢いでアリスの顔を見る。

 「いやね、私も肖りたいかなーって」

 そう言ってクスクスと笑うアリスを見て、なおも魔理沙は紅潮した。
 お返しだと言わんばかりに、魔理沙も似たようなことをアリスに言う。

 「そういうお前だって……十分に綺麗な肌してると思う…ぜ」

 今度は逆にアリスの方が顔から火を吹いたみたいになった。
 
 「たはは……何だか変ね、私たちって………」

 「……全くだ」

 しばらくそうして取りとめのない話をしていると、ふいにアリスの手が動きを止めた。手が疲れたのかな? と魔理沙は思ったが、どうやらそうではないらしい。微動だにしないかと思えば、今度はカタカタとアリスの体の振動が魔理沙にも伝わってきた。

 「一体どうしたん―――」
 
 と魔理沙が後ろを振り向きつつ、アリスに尋ねた。そして、振り向きざまにアリスの顔を見ると何かに視線が釘付けになっており、口元がワナワナと震えていた。とても返事を返してくれるような状態ではなかった。

 ――もしや、と魔理沙はアリスの視線の先を追った。


 明かり取りのための窓が見える―――。
 湯煙で少し視界が覚束ないが、窓の外に微かに何か別のモノも見えた。
 
 魔理沙はじっとその何かを凝視した。
 あの形は…人形………人形か。

 
 人形だって―――!?

 
 たっぷりと湯を引っ被ったはずなのに、有り得ないほどの寒気を魔理沙は感じた。
 

 あいつは―――あの人形は……。

 
 二人の魔女が目視したもの、それは紛れもなくアリスの部屋から忽然と消えた、この世の物とは思えぬ美しさを持ったあの和人形であった――――。 
 
 
 …

 ……

 ………


 浴室をさっと出ると、二人は急いで服を着てから浴室の裏手へと走った。
 確認しなければ―――窓の外にいたのが確かにあの和人形なのかを。
 そして、今もそこにいるのかを。

 芝生を踏み分け、二人は浴室の裏手へと回ってきた。だが、窓に当たる部分には人形など影も形も見えなかった。錯覚だろうか? いや、それにしては二人とも同じモノを見ているというのがおかしい。こういう場合、片方の勘違いと言うのが常だが、如何せん今回は二人ともが実際窓の外にいたのを確認している。錯覚ではないことは明らかだった。
 
 「…いない、な」

 「ええ、でも確かにここに…」

 逃げた、のだろうか。何にせよ、気味が悪い事に変わりは無い。
 その後も、アリスの館の周辺なども当たってみたが、結果は芳しくなかった。またかかなくてもいい汗をかいたので二人はまた一緒にお風呂に入ることとなる。

 今度は窓に何も見えることはなかった………。


 
 それからも、度々アリスは館の中で肉切り包丁が胸に刺さった和人形の幻影に悩まされるようになった。
 
 食事をしているときに視線を感じて、ふと柱時計の陰を見るとその陰から哀しげにアリスを見ていたり。寝苦しいのでパチリと目を醒ますと、そのまん前に覆い被さるようにしていたこともある。夜中にトイレに起きたときも、廊下の奥でアリスが起きるのを待っていたかのように佇んでいたりとか。

 いずれの場合もアリスが大声で叫びを挙げた途端、霞のように消えていくのだが、だからと言って、とても年端のいかない少女に耐えられるような出来事ではなかった。
 このままではノイローゼになってしまう、とアリスが魔理沙に相談したのは当然の話と言えよう。しかし、相談を持ちかけられた当の魔理沙では怨念を祓うなんて出来やせぬということで、博麗神社第13代目の巫女である博麗霊夢へと話が及んだのであった。


 *


 「なるほど、話は分かったわ。要するにそこの館に取り憑いちゃったらしい人形の怨念を御祓いして欲しいってわけね」

 「まぁ、ぶっちゃけた話そういうことなんだが」

 霊夢の口ぶりからしてどうやら出馬してくれるらしい。半分はアリスのため、半分はグリモワールのためということもあって、魔理沙はホッとした。
 
 「また次もお茶菓子持ってきてよね。それじゃあ早速行こうかしら?」

 霊夢が手にするは愛用の御祓い棒、神棚に置いてある清めた御札。彼女の前にはいかなる魑魅魍魎の類も立ち塞がれぬ。いつもは面倒くさがりな彼女であるが、こうした事態の収拾にかけては誰にもひけを取らなかった。

 きっと霊夢なら―――と魔理沙は思った。

 「ああよろしく頼むぜ。って、また次もって、今度は霊夢が持って来る番だろ?」

 霊夢と魔理沙は互いの家に行くとき、かわりばんこにお茶請けを持っていくようにしていた。そういうわけで、次は霊夢が持って行かないといけないはずなのだが……。

 「ふふっ、だって今日の厚焼きはアリスからのものでしょ?」

 えっ? と魔理沙は狐につままれた感じがした。

 どうやら最初から見抜かれていたらしい。実は何気にするどいのが博麗霊夢という巫女であった。いや、巫女であればこそなのかもしれないが。

 魔理沙は苦笑しながら尋ねる。

 「はは…、なんだ、相談者がアリスだって最初から気付いてたのか。人が悪いぜ、霊夢」

 「…そりゃあ、人形がどうとか言われて、あんたと親しい奴っていったらアリスしかいないと思うけど」

 それもそうかと魔理沙は考え直した。だが、そうなると最初から名前を伏せて話をしていたのが馬鹿みたいだった。まあ、一応アリスから名前は言うなと念を押されていた手前、仕方のないことではあったのだが。
  
 「まあ、な…」

 ぐうの音も出ないでいる魔理沙に、霊夢は追い討ちをかけるように言う。

 「それにね、今日の厚焼きは、結構前にアリスがうちに持って来てくれた事があるのよ。たぶん、私が美味しいって言ったこと覚えてたから、魔理沙に持たせたんじゃないの?」

 どうやら最初からボロを出していたらしい。それとも、実はアリスは最初から霊夢が気付くと踏んで厚焼きを自分に持たせたんじゃないかと魔理沙は思った。名前を出さずとも、自分の悲痛な状況を察して霊夢が動いてくれるのを確信していたのではないか? 名前を出さなかったのは、単に盗みに入ったという後ろめたさがあったればこそだ。

 なんだ、お前ら息ぴったりじゃん、と魔理沙は心の中で笑った。

 「…分かった、次は奮発させてもらうぜ」

 「そーこなくっちゃね! んじゃ、暗くならないうちに行くわよ!」


 こうして、巫女と魔女という異質なカップリングは魔法の森へと向かうのだった。 

 
 *


 魔法の森へ到着する頃には、もう日は暮れかかっていた。
 霊夢と魔理沙はこれ以上暗くなる前に、と足の動きを早めてアリス邸へと急いだ。
 
 暗くなる頃に玄関にアリス邸の玄関の前に着くと、魔理沙がすぐに呼び鈴を鳴らす。
 少し間を置いて、霊夢が前に見たよりかは幾分かやつれたアリスが顔を出した。

 「…悪いわね、わざわざ出張って来てもらっちゃって……」

 申し訳なさそうにアリスが言った。魔理沙同様に、会えば諍いが絶えないはずの霊夢に対してここまで力ない言い方をするところを見ると、相当に参っているらしかった。

 「気にしない気にしない。じゃあ、早速だけどあんたんちを検分させてもらうわよ。見つけ次第こいつで祓ってあげるから」

 手を交差させ、商売道具(?)であるところの御祓い棒と御札をアリスに見せつける霊夢。その仕草を見てアリスの弱った顔に笑いが差した。
 
 「…ありがとう、霊夢」

 アリスの感謝の言葉に、霊夢はニコリと笑って返事とした。
 それからすぐに、霊夢と魔理沙はアリスに通され、館の中にいるであろう怨念の散策に乗り出したのだった。

 まずは和人形がしばらく安置されていたアリスの自室へと向かった。
 魔理沙の話によると見るも無惨にバラバラにされていたという人形も、アリスの縫合術によって完璧に修繕されていた。誰が見ても一度バラバラになった人形だとは思うまい。

 ひとしきり部屋を見た後で、霊夢が気にかかったのは木で出来た箱だった。どことなく気品が感じられるのが素人目に見ても分かった。

 「…これ、その人形が入っていたっていう箱?」

 霊夢がそう聞いた。ええそうよ、とアリスが答えると霊夢は箱に手をあてがった。何かしら感じるところがあるのだろう。

 「箱がどうかしたのか?」

 今度は魔理沙が霊夢に尋ねた。一応アリスと魔理沙とで一通り調べてはいたため、霊夢のやっていることが気に懸かったのだった。
 
 「ちょっとね……。もしかしたら、違うんじゃないかって…」

 「違うって、何が……?」

 当然の質問だったが、霊夢は答えず「まぁ…いいわ。次行きましょう」と言った。

 
 そうして、3人はアリスの前に和人形が現れた地点を虱潰しに検分して回った。
 その都度、霊夢は和人形が居たという場所に箱同様に手をかざしていた。表情が箱に手をかざしていたときと変わらなかったところを見ると、霊夢が先刻口走っていたことが真実なのかもしれなかった。もっとも、何が違うというのかはまだ分からないが……。

 邸内を歩きながら、霊夢はアリスに質問する。

 「ねぇ、アリス。あんたがその人形の幽霊みたいなのを見る時ってさ、その、魔理沙の言うようなドロドロとした怨念じみた気を感じた?」

 この質問にアリスは少々当惑した。そういえば、気味の悪いものがいる、という恐怖を己の中に感じる意外には、不思議と何も感じなかったことを思い出した。

 「言われてみれば、そういったものを感じたことは私はないわ。魔理沙の話だと、和人形からは毒々しいくらい怨念が沸き上がってたって……」

 自信薄そうな顔をしてアリスは魔理沙を見た。
 慌てるようにして魔理沙が弁明する。

 「いやいやいや、少なくとも私がその怨念を肌に感じたのは間違いないぜ。でもまぁ、人形が消えてからは全く感じなくなったな。風呂場で見たときもそういった気配はなかった」

 と、いうことはあの和人形は一体何なのだろうか? 二人の話を聞いて、ただ一人霊夢だけは事のすべてを理解しているように見えた。

 それから霊夢は少し考え込むようにして、「人形を探しに行くわよ」と言った。

 「人形を!?」

 「探しに行くですって!?!?」

 魔理沙とアリスの両名が驚くのも無理はない。さんざ館中を探し回っても影も形も見当たらなかったのだから。だが、それでも探しに行くと言っている辺り、霊夢にはどこに人形があるのかが分かっているようだった。


 
 外へ出ると日は完全に没し、墨を溶かしたかのような闇が魔法の森に広がっていた。霊夢は魔理沙とアリスに魔法で灯かりを燈させ、森の奥へと進む。
 
 ギチギチと奇妙な鳥の鳴く声がする。
 聞いても不快な気持ちになるだけあって、夜雀ではないらしい。

 と、三人は今そんなものに気を取られている場合ではなかった。この夜の森のどこかにある和人形を探すのが目下やるべきことだった。

 二人の魔女を先頭に据え、霊夢は件の和人形が入っていた木箱を携えて後ろを行く。わざわざ持ってきたのは、箱から僅かに感じる気を頼りにして和人形を探すためであった。

 「そっちを……右」
 
 霊夢がそんな風に指示をしながら森の奥へと歩を進めていく。
 夜の森は如何せん迷いやすい。しかも3人が歩いているのは獣道でも何でもなかった。霊夢の霊感頼りに強引に道無き道を3人は歩いていたのであった。

 「しかし霊夢、何だって森の中なんて探すんだ? あの人形が消えたのはアリスの館の中でのことなんだから、こんなとこ度外視するべきじゃないのか?」

 「そうでもないわよ。魔理沙は人形に包丁が刺さった音は聞いていても、刺さった後人形がどうなったかは見ていない。つまり、鍵はそこよ」

 魔理沙は自分が言った事を思い出す。そう、確か自分は、人形に包丁が刺さった音を聞いたときに目を瞑っていた。一瞬だけではない、完全に怨念の気配が消えたのを確認して、悟りを開いた聖者のように己が眼を開いたのだ。
 そうか!? 霊夢が言っているのは恐らくその間の時間のことか。自分が目を瞑って開くまでの間に予想もしなかったことが起こっていたのだ。
 もう一度よく思い出してみる、あのときの位置関係を。間違いないのは、一直線上にアリスと魔理沙と人形が並んでいたこと。ここから一体どうやれば人形が忽然と部屋から姿を消すのか? 

 まさか―――あれか? と魔理沙は一つの答えに行き当たった。あのとき、自分が部屋に入ったとき、カーテンが風に靡いていたではないか。そして思い返してみれば、一直線上の先は窓………。

 魔理沙はクックックと笑い出しながら霊夢に言う。

 「…傑作だな、霊夢。早い話が、包丁の威力が強過ぎて人形ごと外に落っこちたってわけかい。通りで部屋中をあれだけひっくり返してみても見つからないわけだぜ…」

 あのとき、魔理沙がかわした肉切り包丁の威力はよほど凄まじい威力だったと見える。貫いた後もその威力は衰えることなく、人形ごと魔法の森の遥か彼方へと持っていってしまったのだった。

 「貴方ねぇ…、包丁なんて目ェ開けて気合で避けなさいよ! おかげで時間と労力が無駄にかかったじゃないの!」

 ぽかんと口を開けずにはいられない顛末に、アリスは魔理沙に食ってかかった。

 「えぇい、やかましい! 元はといえばお前が人形なんて拾うからだろ!」

 魔理沙も負けじと文句を言い返した。

 「なぁんですってぇ!」

 「あ~ん?」

 女同士の修羅場の展開が期待されるところだが、生憎とお互い本気で言っているわけではなかった。その証拠に、二人とも口元は笑い出したくて堪らないといった風にむずむずとさせている。

 「ほらほらぁ、二人とも馬鹿やってないで前に進む! それにほら、目的の物はもうすぐそこだから……」

 霊夢に諭されて、二人の魔女は「は~い」と口にして前へと歩み出した。さっきのやり取りと今の反応を見て、あんたらいいコンビだわ、と霊夢はぼそっと呟いた。


 *


 妖怪でもパッと飛び出てきそうな洞の脇に、三人の捜し求めていた物はあった。
 アリスの館から消えて数日以上経っていたこともあって、全体は泥にまみれ、服は襤褸切れのようになっていた。さらに、深々と心臓部に突き刺さった錆びた肉切り包丁。いくら人形とはいえ、あまりにも惨たらしい有様であった。

 変わり果てた和人形を見て、アリスは少々複雑な思いに駆られた。自分を人形師として一時再起不能にまで追いやったほどの魔性の美を持つ人形。この人形さえ手元にあればもう何もいらないとさえ思わせしめた人形。しかし今となってはその名残は見る影もない。
 そんな哀れな姿を見て、アリスもまた霊夢同様に何かが違うのではないかと思い始めていたのであった。

 「よし、霊夢。さっさと御祓いやって、二度と化けて出てこれないようにしてやろうぜ」

 横でそう口にする魔理沙の言葉を聞いても、なぜだかアリスの胸は痛くなった。魔理沙からすれば殺されかけた憎き怨敵であるから仕方はないが、アリスとしてはこのまま持ち帰ってやりたいという気持ちにさえなっていた。今更ながらに、度々自分の前に姿を現していたのも、あれは本当は助けを求めていたのではないかと思い直した。

 「ん、まぁそれはいいんだけどね。その前に一寸いいかしら?」

 魔理沙に御払いをしろと言われるまで人形に手を翳していた霊夢が、立ち上がりながらそう言った。

 「え、えぇ…」とアリス。
 「ん~なんだ?」と魔理沙。
  
 「この人形ねぇ、怨念の蓄積された呪物の類とかじゃないわ。れっきとしたただの人形よ」

 アリスは何となくそうではないかと思い始めていたので特に驚かなかったが、魔理沙はそりゃないぜと言わんばかりに反論した。

 「しかし霊夢、それじゃあ私が気分が悪くなるほどに感じたあれは何だって言うんだよ。それとも、実は犯人はこの人形じゃなくて、別の何かがアリスの館に何かが取っ憑いてるとでも言うのかい?」

 納得いかぬという勢いの魔理沙であった。
 反論を受けた霊夢は首を横に振り、話を続ける。

 「まだ私の話は終ってないわよ、魔理沙。いい? 確かにこの人形はただの人形よ。ただし―――付喪神と化した、ね」

 付喪神――――それが、アリスの館に怪異をもたらしたものの正体であった。
 
 「何だって!? 付喪神といやぁ、捨てられたり使われなくなったりした物が長い年月が経つとと化けて出るっていうあれか!」

 ああやっぱり、と薄々アリスは気付いていたため特に声は上げなかった。ただ一人、和人形の正体は怨念の塊だと信じて疑わなかった魔理沙は目から鱗が出る思いだった。

 「そーゆうこと。でも、魔理沙が数百年分くらいの怨念云々って言ってたのもあながち間違いでもないわね。だってこの人形、数百年前に創られた物みたいだし、たぶんこれまでの過程でいろんな人間の手を渡ってきたんだと思うわ。そして最後には―――――」


 ―――博麗神社に捨てられた。


 恐らくは、化生の物へと変化してしまったための厄介払いとして。神社なら何とかしてくれると思って無責任にも捨て置いていったのだろう。それを偶然が重なってアリスが拾ってしまったのだった。

 しかしもしそうだとしても、魔理沙には一つ腑に落ちないことがあった。

 「じゃあ、あの私を殺そうとまでしたのは一体なんだって言うんだ? こいつが付喪神だとしてもさ、あれは行き過ぎだと思うんだが……」

 「たぶんそれはね、アリスとこいつの波調がすごく相性がよかったせいだと思う。アリスは人形師として絶対に手放したくないと思ったようだし、こいつとしてももう手放されたくなかったんじゃないの? まっ、ちょっと人形の思いの方が強過ぎてアリスに悪影響を与えちゃったみたいだけど……」

 「うえぇ、じゃあ私が偶々アリスの館に行ったとき、何を勘違いしたか知らないけど、この人形は絶対にアリスと引き離されまいと私を殺しにかかったわけかい。そうか、だから私にだけ強い怨念じみた気配が感じられたのか。あれは、こいつの敵意だったんだな…」

 とんだ目にあったものだが、そのおかげでアリスが正気に戻ったのだからよしとしようと魔理沙は思った。ついでに人形師も廃業しなくて済んだことだし。

 「それじゃあ、相手は結構大物だから手間取るかもしれないけど、御払いするわね」

 しゃん、と御払い棒を懐より取り出し、博麗神社第13代目の巫女は人形が変じた付喪神を祓い落とす儀を執り行い始めた。

 その様子を後ろで見ながら、魔理沙とアリスは、霊夢って本当に巫女なんだなぁ、などと考えていた。普段の立ち振る舞いから見て、一体誰が彼女を巫女と思うだろうか? 
 しかし、こうして小難しい祝詞なんかを暗誦しているあたり、やっぱり彼女は巫女なのだった。

 
 ―――ハッ!


 そうして、霊夢が掛け声を発すると同時に、しゃん、と御払い棒を一振りしたところで御払いの儀は終了した。それから、和人形から何か靄のようなものが出たかと思うと、夜の闇へと拡散していった。

 ふぅ、と胸を撫で下ろす霊夢、滞りなく御払いの儀が終ったことの証であった。

 「終ったの…ね」

 感慨深げにアリスが言った。
 これで毎夜彼女を悩ますものはないはずなのに、どこか哀しげだった。

 「ええ、でも後はこの人形の処分が待っているわ。ここでやるのもなんだし、あたしんちでやらせてもらうわね。んじゃ、帰ろっか」

 処分、と聞いてアリスはドキリとした。
 
 「れ、霊夢、処分…って?」

 「ん? 焼くのよ。元々人形(ひとがた)の物は霊そのものも憑きやすいし、それに創られて何百年と経ってるから、またどこかの家で付喪神にでもなられたら厄介でしょ?」

 それならいっそ燃やしてしまえばいい、霊夢はこう言っているのだった。
 だが、アリスはそれは嫌だった。たとえ過程がどうであれ、人形を非情にも焼き捨てるなんてことはアリスには出来なかった。それに今にして思えば、消失してから毎夜アリスの元へ現れたのも、あれは頼むから自分を見つけてくれという和人形からの救難信号だったのではないか? 人形を慈しみ、人形を愛する心優しい少女のもとにずっと居たいという悲痛なまでのメッセージだったのだ、きっと。

 「……霊夢、その人形は私が引き取るわ」

 強い意志のこもったアリスの一言であった。
 思わず、霊夢と魔理沙は顔を見合わせる。あれだけの事態を引き起こした人形を、あろうことか引き取るとまでアリスは言っているのだ。無理もない。

 「聞いてなかったのかアリス? その人形は歳を取り過ぎたんだ、またいつ厄介なことになるか分かったもんじゃないんだぜ?」
 
 冗談も大概にしろ! という感じに魔理沙は口走った。今回、ただ一人修羅場をくぐった故の発言である。またあんな目に合うのは御免だった。
 
 だが、霊夢の反応は魔理沙とは異なった。

 「そっか。優しいもんね、アリスは。ま、あんたがそれでいいって言うんなら私は何の異存もないわ。そっちの方がこいつも喜ぶってもんね」

 はい、と霊夢は和人形をアリスに手渡す。

 「おい、いいのかよ霊夢? また何か起こったらどうするんだ?」

 「いいじゃないの魔理沙。霊が憑きやすいって言っても、ひどい扱いでもしない限り滅多にないわ。付喪神に変じるのも、やっぱり捨てられたり、使わなくなって長い間しまい込んだりした場合だからね」

 ―――それにそっちの方が私も炭代が浮くし、と霊夢は付け加えておく。

 「まっ、そういうことなら心配はいらないな。アリスに限って人形にそんな仕打ちもしないだろーし」

 ―――大事にしろよ! と魔理沙は付け加えた。

 長いものには巻かれろではないが、そうした解決の方がアリスにとってもいいだろうと思って、霊夢に賛同したのだった。

 当然よ! とアリスは思い切り笑みを浮かべて返す。

 「あっ、でもこれだけは処分しとくわね」

 そう言ったかと思うと、霊夢は何気なく今の今まで和人形突き刺さっていた錆びた肉切り包丁を引き抜いた。名のある刀工が研いだ一品だそうだが、此度の一件で使い物にならなくなってしまっていた。

 「それ研ぎ直して香霖のところにでも持っていけよ。安く買い叩いてくれるかもしれないぜ?」

 妙にせこいことを考える魔理沙であった。

 「やーよ、そんなことして後で曰くつきのブツを流した事が知れたら出入り禁止になっちゃうじゃない。何かと便利なのよ、あそこは」

 「あー? 仮にそうなってもお前なら絶対不法侵入するな! って、今も変わらんか」

 「こらぁ! 人聞きの悪い事を言わない! それにそれはあんたもやってるでしょーが」
 
 「どうだったかな…」

 「どうもこうもない! とにかく、流しに行くのなら魔理沙がやってよね!」

 「ふん、それなら弾幕ごっこでケリをつけてやる! 負けた方が香霖のところに行くってのはどーだ?」

 「面白いわ、ついでに白黒もつけてあげる。あぁ、あんたのことじゃないわよ、念のため」

 明らかに挑発している霊夢。

 「ほー、それはそれは。表へ出ろ!」

 「もう表だけどね!」

 巫女と魔女は互いを罵りあいながら弾幕ごっこを開始した。
 そんな愉快な二人を見ながら、やっぱり二人には適わないなぁ、とアリスは思うのであった。

 
 *


 アリスの館に戻ってきたのはもう大分遅くなってからだった。
 弾幕ごっこに熱中しすぎて、時が経つのを忘れてしまったためである。しかも、食らいどころが悪くて魔理沙が気絶してしまったため、その魔理沙をおぶって帰るのに難儀したというのもあった。
 途中、何度も変わろうか? とアリスが申し出たが、自分で気絶させてしまったという責任もあってか、霊夢は頑としてその申し出は受けなかった。

 玄関口まで来ると、今日はもう解散という方向に話が進んだ。

 「霊夢、今日はおかげでいろいろと助かったわ。……ありがとう」

 「いいってことよ。それよりも、せいぜいその人形を綺麗にしてやりなさいよ!」

 魔理沙をおぶったまま話す霊夢はちょっと辛そうであった。

 「分かってるわ! でも、魔理沙を抱えたまま空飛べる? 落っことしたら洒落にならないわよ」

 「……まあ何とかするわ。…ああ、そうだわ、それよりも、ちょっと聞いておきたいことがあるんだけど」

 「ん、何かしら?」

 とりとめのないことかとアリスは思ったが、ちょっと違うようだった。

 「えーっとさ、魔理沙の話にも出てきたんだけど、最初アリスがうちに盗りに来た物って何? 一応事の発端だし、ついでだから聞いておこうと思って」

 ついにきた! とアリスは心の中で叫んだ。いずれは言わないといけないことではあったが、ちょっと言いにくい代物だった。

 「…怒らない?」

 「んー、物による」

 ここでまたアリスはうわぁ~と思った。相手は霊夢だし、やっぱり変に思われるかもしれない。しかしここまで来たらもう言うしかなかった。

 「んーと、それじゃあもう思い切って言っちゃうけど、髪の毛なの」

 霊夢の目は点になった。ついでに肩の力も抜け、担いでいた魔理沙を地面に落してしまった。その衝撃で目を醒ます魔理沙、これはちょっとラッキーだった。

 「か、髪の毛ぇ~? 何に使うのよ、そんなもん。……もしかして、そういう趣味?」

 「ば、馬鹿なこと言わないでよ! …ただ、その、霊夢の人形を創ろうと思って…。何でもいいから霊夢の体の一部が欲しかったのよ。そうすれば、離れていてもいつも一緒にいられる感じがするかなーなんて思ったりして…」

 ごめん、やっぱり変だよね…とアリスは言うなり俯いてしまった。
 すっかり呆れられてしまったのではないかと、シュンとしたアリスに霊夢は暖かな笑みを向けた。それから、徐に自分の御髪をプチンと一本抜き取ると、今にも泣き出しそうなアリスの手に握らせるのであった。
 
 「…これでいい? ほんと、知らない仲じゃないんだから、それならそうとはっきり言ってくれればよかったのに」

 闇に沈みかけていたアリスの顔に光が差す。
 軽く滲むように涙が出ているのに気付いたが、霊夢は知らない振りをした。

 「…そっか、そうだよね。ちょっと勇気が持てなくて、それで……」

 言いよどむアリスを制して、強引に話を断ち切るように霊夢は言う。

 「まっ、些細なことはもうどーでもいいわ。それよりもいい仕事を見せてもらうわよ?」

 「ええ! きっと素晴らしい貴方の人形を創ってみせるわ! 私が人形師として復活した記念第一号の作品としてね」 

 ビシッと人差し指を立てて、アリスはそう宣言した。

 「完成を楽しみにしてるわ。…でも、こいつが妬かない程度にしときなさいね?」

 そう言って、霊夢はアリスに抱かれる和人形を小突く。
 さあ、それはどうかしらね…、とアリスはニヤリとした。

 霊夢とアリスがそうやって仲睦まじくやっていると、霊夢に地面に落されたことさえ忘れられていた魔理沙がちゃちゃを入れてくる。

 「いやぁ、お二人さん仲がよろしいことで……」

 好色親父の如き口調をする魔理沙。
 その様子から、自分たちが揶揄されていると感じた霊夢は、もう一回眠りたいようね? と凄みを利かせる。威圧感が肉眼で確認出来そうな程であった。
 
 「お~~恐っ! おい、アリス。こいつは見た目とは裏腹に凶暴なんだ。今のうちに私に乗り換えておくことを勧めるぜ?」

 本気とも冗談ともつかない態度を魔理沙は取った。
 言われた言葉の意味を独自に解釈して、アリスの頭は一瞬にして沸騰する。
 ボン、と何かが破裂するような音を霊夢と魔理沙は聞いた気がした。
 
 「いや、私は、別に…そんな………」

 真っ赤になって指をもじもじとさせるその仕草は何とも愛らしい。
 
 「うふふふ、…これはちょっと軽く締めておかないといけないわね?」
 
 「来なっ!! 今度はこっちが失神させてやるぜー!」

 草木さえも眠ってしまいそうな時分の魔法の森で、一人の魔女を巡った(?)熾烈なる争いが展開されようとしていた。こうした展開も幻想郷ならではのものだろう。


 ―――事の成り行きを見守るアリス・マーガトロイド。
 ―――どこまで本気か霧雨魔理沙。
 ―――なんだかんだで楽しげな博麗霊夢。


 噛み合っているように見えて、実は微妙に噛み合っていない不思議な三人。
 しかし、それは表面上そう見えるだけで、内面では本人たちでさえも気付かない固い絆のようなもので繋がっているのかもしれない。
 普段の彼女たちの悪態に隠された真意は、実はそんなとこなのだろう。
 

 やがて、そう遠くもないところから世にも美しい歌声が聞こえてきた。夜雀の歌だ。
 その甘い旋律は、3人の少女の仲をまるで祝福しているかのようであった――――。







 

                                                         了
 






 ここまで呼んでくださった皆さんに感謝申し上げます( ´∀`)!
 突っ込みどころ満載なお話だったかと思いますが、ほんの少しでも文面から恐さとほんわかさが伝われば嬉しいです。 
オサキ狐
http://www.geocities.jp/osaki_fox/index.html
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.6880簡易評価
4.50IC削除
いいなぁ。この雰囲気ですよ。ベリグ~です。
22.80名前が無い程度の能力削除
あ~、駄目だ。言葉にならないや。
24.80いち読者削除
どこをどう突っ込めと…、と言いたくなる位、面白かったです。アリスが特にかわいいですね。
突っ込みではないですが、パッと見で読めなかった漢字が6つほどあった事を報告しておきます(自分がアフォなだけかも…)。
26.80sak削除
キャラの掛け合いがすごく良いです。期待を裏切らずに、不満を感じさせない良作ですね。
アリス可愛い~。
27.70鷲雁削除
読みやすく、わかりやすく、感じやすい。とても素敵でした。
30.60tom削除
その後の展開が気になる暖かい話でした
31.80空言霧居削除
素晴らしい!ほぼ理想通りの3人の関係です!!
イイものを読ませて頂きました。
38.無評価MDFC削除
ああああああ…ヤバい、これはヤバ過ぎる。素晴らしい。素晴らし過ぎですよ旦那!
かなりの長さのはずなのに全く気にせず読めました。
3人それぞれの個性も、キャラ同士の関係も実に自然で良かったです。

…フリーレスが浮いてますが、ここまで心にキた作品に点数なんかつけられません(笑)
42.40名前が無い程度の能力削除
ちょっと説明的な文章が多いですね。
それ以外はいいと思います。同様のネタの中でも完成度はかなり高いと思いますし。
53.70感想を書く程度の能力削除
テンポ良くすっきりと読めたのでとても楽しめました。
こういうノリっていいですねぇ。好きです。
ちょっと気になった事ですが情景描写に同語が重複したりしていました。
執筆お疲れ様でした~(^^)
55.無評価メアドを書き忘れる程度の能力(滅削除
次回作を作られるようでしたらまた拝見いたしますw
65.80かなりに名無し削除
怖さはあまり感じませんでしたが、だからこそなのか余計に3人の関係が可愛らしく、萌えました。
そして長さを感じさせず、読み易い。
次回作を見かければ是非読増せて頂きます。
66.無評価かなりに名無し削除
下でモロに誤字をしました・・。
言うまでも無く下記の通りです。
>読増せて頂きます→読ませて頂きます
102.100策謀琥珀削除
キャラの掛け合いがとても素敵です♪良い作品に感謝を。
114.90SSを読む程度の能力削除
キャラの設定がうまく活かされてますね。こういう作品が好きです。
123.80あーぱー貧血鬼削除
おもしろいです!
アリス萌え!
125.100朝夜削除
前半は怖く、後半はほっとするような展開でした。
とても楽しむことが出来ました。
そんなあなたに100点を。
165.100Yuya削除
面白かった上にレイアリ要素があって俺得でした