Coolier - 新生・東方創想話

注文の多い『紅魔館』

2004/05/01 04:45:55
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 その日、霊夢と魔理沙はだいぶ山奥を歩いていた。視界は最悪の、濃霧だった。

「全く…困った山ね。妖怪も妖精も一匹も居ないわ。こうまで何も無いなんて、随分と厄介な結界なのね」
「ああ。そうでもなけりゃ、あのすきま妖怪が迷う訳無いものな」


  *  *  *


 それは、その日の朝の事。霊夢と魔理沙は博麗神社にやってきた紫に頼まれて、何やら怪しげな結界が発生したという山に調査に来ていた。しかし、その案内してきた結界の専門家とも言える紫も、結界の中に侵入した途端に発生した濃霧の所為で、いつの間にかはぐれてしまったのだ。
 それに加えて、紫の式神二人も紫を探してどこかへ行ってしまっていた。

「何か…無駄に時間を過ごしている様な気がする…」
「本一冊分を読む時間は確実に損してるな」
 散々歩き回って何も見つからない。二人がそう思うのも無理は無い事だった。霊夢は少し考えて、じっと魔理沙の顔を見て、こう言った。
「…もう、戻らない?」
「ああ、あいつらなら大丈夫だろ。それに、ちょうど寒くなってきたしな。戻ろうぜ」
「それじゃ、これで切りあげましょうか…ま、戻りにマヨヒガで何かものでも持って帰ればいいか」
「朱鷺も居たよな。今夜は鍋にするか。そうすれば元は取れるだろ。じゃ、帰るか」
 ところが困った事に、二人が辺りを見回した時には、どっちへ行けば戻れるのかまるで見当がつかなくなっていた。
 風が吹き、木々がざわめく。
「参ったわね。この何だかよくない気配の所為でしょうけど……迷ったみたいね」
「…そうみたいだな。参ったぜ、実はさっきから腹も減ってきたってのに」
「全く、最初から有無も言わさず破ればよかったわ、こんな結界」
「ま、とりあえず今はここから出る事が先決だな……っと」
 霊夢と魔理沙は、ざわざわ鳴る木々の中でこんな事を話していた。

 その時、ふと後ろを見ると、立派な一軒の西洋造りの家があった。
 その玄関には、


 ---------------
      RESTAURANT      
        西洋料理店         
                      
  SCARLET DEVIL HOUSE 
         紅魔館          
 ---------------


 という札が出ていた。
「……何の冗談かしらね? これは」
「何だってこんな所に『紅魔館』なんてものがあるんだ? ………でも、何か食事が出来るみたいだな?」
「…何考えてるの? 魔理沙………まさか」
「入ろうじゃないか。私はもう腹が減って何か食べたいんだ」
「本気?」
「本気だぜ。もしかすると、この結界の元凶とかも居たりしてな? それだったら一石二鳥だと思わないか?」
「………はあ、しょうがないわね」
 今更魔理沙の行動を制するのにも疲れた霊夢は、意気揚揚と『紅魔館』へと歩いていく魔理沙の後を、溜め息を吐きながらついて行った。


  *  *  *


 二人は玄関の前に立った。玄関は紅い瀬戸の煉瓦で組んであって、まさに『紅魔館』といった出で立ちだった。そこには硝子の開き戸があって、そこに金文字でこう書いてあった。

 『どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません』

「『ご遠慮はありません』だとさ。きっとただでご馳走してくれるんだぜ」
「…そういう意味なの?」
「そういう事にしようぜ」
 なんやかんやと言いながら、二人は戸を押して中へ入った。そこはすぐ廊下になっていて、その硝子戸の裏側には、金文字でこう書いてあった。

 『ことに女性の方や若いお方は、大歓迎いたします』

「霊夢、私らは大歓迎されてるみたいだな」
「…そうみたいね。嬉しいかどうかは分からないけど」
 そのまま二人が廊下を進んで行くと、今度は紅色のペンキ塗りの扉があった。
「変な家ね。どうしてこんなに一杯扉があるのかしら?」
「これは露西亜式だ。寒い所や山の中はみんなこうだぜ」
 二人がその扉を開けようとした時、上に黄色な字でこう書いてあるのが見えた。

 『当館は注文の多い料理店ですから、どうかそこはご承知下さい』

「こんな山の中で、客が居るのかしら」
「そうかもな。そうでもなけりゃ、こんな書き込みはしないだろう」
 二人は言いながら、その扉を開ける。するとその裏側に、

 『注文は随分多いでしょうが、どうか一々堪えて下さい』

「これはどういう事かしら」
 霊夢は訝しげな顔をした。
「ああ、これはきっと、注文が多くて支度が手間取るからごめん下さい、とこういう事だろ?」
「…そうね。何にしても、早くどこかに着かないかしら」
「そして飯にありつきたいもんだな」
 ところが煩わしい事に、また扉が一つあった。そしてその脇に鏡が掛かって、その下には長い柄のついたブラシが置いてあった。
 扉には紅い文字で、

 『お客様方、ここで髪をきちんとして、それから履き物の泥を落して下さい』

 と書いてあった。
「随分きちんとしてるのね」
「作法の厳しい家だな。きっと家主が余程の綺麗好きなんだろ」
「それで、どうするの?」
「郷に行っては郷に従え、という言葉があるな。家主の機嫌を損ねて飯が食えなくなったら困る。ここは大人しく従っておこうか」
「仕方ないわね」
 そこで二人は、きれいに髪を梳いた後、靴の泥を落した。
 すると、ブラシを板の上に置くや否や、それはがぼうっとかすんで無くなって、風がどうっと部屋の中に入った。
「!」
「これは…中々面白い趣向だな?」
「どうなっても知らないわよ?」
 二人は驚きながらも次の扉をがたんと開ける。すると、その扉の内側には、また変な事が書いてあった。

 『オプションとスペルカードをここに置いて下さい』

 見ると、すぐ横に紅い台があった。
「幾ら何でも、それは拙いと思わない?」
「いや、これはこれでおもしろそうだぜ」
 そう言うと、魔理沙はスペルカードを取り出して、台の上に置いた。
「ちょっと、本気?」
「割と本気だぜ。それとも何か? スペルカードが無きゃ、何も出来ないか?」
「……よく言うわね。呆れを通り越して尊敬すら覚えるわ」
「照れるぜ」
「…本当に、どうなっても知らないわよ?」
 霊夢も渋々魔理沙に従い、スペルカードを台に置く。そして扉を開け、次の部屋に行くと、また紅い扉があった。

 『どうか帽子とリボンと靴をお取り下さい』

「取るの?」
「さっきのに比べりゃ、どうって事無いだろ?」
「段々何してるのか分からなくなってきたわ…」
 二人は帽子とリボンを釘にかけ、靴をぬいでぺたぺた歩いて扉の中に入っていった。
 次の扉の裏側には、

 『髪止めピン、カフスボタン、アクセサリ、魔法薬、その他宝石類、ことに魔力を帯びたものは、みんなここに置いて下さい』

 と書いてあった。扉のすぐ横には紅塗りの立派な金庫が口を開けて置いてある。更には、鍵まで添えてあった。
「もう訳が分からないわね」
「はははははは。ここまで来ると、もう怖いもんなんて無いぜ」
 二人は髪止めピンを外したり、カフスボタンを取ったり、みんな金庫の中に入れて、ぱちんと鍵をかけた。また少し行くと、また扉があって、その前に硝子の壷が一つあった。そして、扉にはこう書いてあった。

 『壷の中のクリームを顔や手足にすっかり塗って下さい』

 見ると、確かに壷の中のものは牛乳のクリームだった。
「これはね、このクリームを使って化粧をしろ、とこういう事なんだ」
「喋り方がおかしくなってない?」
「気にすんな。ここまで来れば、もう腹も括れたんじゃないか? 何でも来いってんだ」
「全然大丈夫じゃなさそうね」
 二人は壺のクリームを、顔に塗って手に塗ってそれから靴下をぬいで足に塗った。それでもまだ残っていた分は、魔理沙が喜んで平らげた。
 それから次の扉を開けると、その裏側には、

 『クリームをよく塗りましたか、耳にもよく塗りましたか』

 と書いてあって、小さなクリームの壺がここにも置いてあった。
「おお、忘れていた。危うくどこぞの琵琶法師と同じ目に遭う所だった」
「…魔理沙、琵琶なんて弾けたの?」
 そして、すぐその前に次の扉があった。

 『料理はもうすぐ出来ます。十五分とお待たせはいたしません。すぐ食べられます。早くあなたの頭に瓶の中の香水をよく振りかけて下さい』

 戸の前には、真っ赤な香水の瓶が置いてあった。もう二人は何も言わず、その香水を頭へ振りかけていく。しかし、その香水は、どうも酢の様な匂いがした。
「って言うかこれ、酢じゃない?」
「奴さんの魂胆が見えるようだぜ」
 扉を開けて中に入る。扉の裏側には、大きな字でこう書いてあった。

 『色々注文がうるさかったでしょう。お気の毒でした。もうこれだけです。どうか体中に、壺の中の塩を沢山よく揉み込んで下さい』

 そこにあったのは、立派な紅い瀬戸の塩壷。今度という今度は、二人ともお互いに顔を見合せた。
「なあ、つまりどういう事だと思う? 霊夢」
「どうもこうも無いわよ。多分魔理沙が考えてるのと同じ事よ」
「そうだな。沢山の注文というのは、向うがこっちへ注文してるんだよ。つまり、この西洋料理店というのは、西洋料理を来た人に食べさせるんじゃなくて、来た人を西洋料理にして食べてやる家―――と、こういう事だな………はあ」
「……どうするのよ?」
 大きな溜め息を吐きながら、霊夢が魔理沙の顔を見る。
「こんな茶番に付き合わされた礼をたっぷりしなくちゃ、な」
「喜んで付き合ってたのはどこの誰よ…?」
 そう言って、霊夢は奥の扉を見やる。その扉には大きな鍵穴が二つあり、銀色のフォークとナイフの形が切りだしてあって、

 『いや、わざわざご苦労です。大変結構に出来ました。さあさあおなかにお入り下さい』

 と書いてあった。おまけに鍵穴からは、きょろきょろ二つの紅い目玉がこっちを覗いていた。
「飛んで火に入る…何とやら、か?」
「…馬鹿正直に入る事は無いわね」
 二人はじっと扉の目を見つめる。すると、扉の中から、こんな声が聞こえてきた。

「駄目だよ、もう気が付いたよ。塩を揉み込まない様だよ」
「当たり前さ。親分の書きようが拙いんだ。『色々注文が多くてうるさかったでしょう、お気の毒でした』なんて、間抜けた事を書いたもんだ。第一さ、紅魔館の名を使うなんて、無茶にも程があるよ」
「そうだよな。『紅魔館なら侵入者には事欠かない。だから待ってるだけで食糧が手に入る』―――って、そんなの僕等にも無理だって分かるよ」
「そもそも、侵入者が律儀に注文を守るのか?」
「どっちでもいいよ。どうせ僕等には、骨も分けてくれやしないんだ」
「それはそうだ。でも、もしここへあいつらが入って来なかったら、理不尽だけどそれは僕等の責任だぜ」

 その声はこっそりと話し合いをしている様だったが、霊夢と魔理沙にはしっかりと聞こえていた。
「成る程、そういう事だったの」
「こんな、ニセ紅魔館に誘う為だけに結界を張ったってのか? 余程力が有り余ってる馬鹿なんだな、その親分とやらは」
 しかし二人の声は、扉の中の二人には聞こえていないらしい。その内、二人を呼ぶ声が扉の中から発せられた。

「呼ぼうか、呼ぼう。おい、お客さん方、早くいらっしゃい。いらっしゃい。いらっしゃい。お皿も洗ってありますし、うずら卵ももうよく茹でて置きました。あとはあなた方と、うずら卵をうまくとりあわせて、まっ白なお皿にのせるだけです。早くいらっしゃい」
「へい、いらっしゃい、いらっしゃい。それともうずら卵はお嫌いですか。そんならこれから火を起してフライにしてあげましょうか。とにかく早くいらっしゃい」

 あまり乗り気でなさそうな扉の向こうからの声を聞き、二人は顔を合わせる。
「…どうする? 私はこれ以上付き合いきれないわ」
「あー、同感だ。もうクリームも食っちまったし、帰るか?」
 二人は踵を返し、元来た道を戻ろうとした―――その時。

「式神『藍』! 『橙!』」

 という声がして、式神が二人、扉を突き破って部屋の中に飛び込んできた。鍵穴の目玉はたちまち無くなり、式神はしばらく室の中をくるくると回っていたが、今度はいきなり次の扉に飛びついた。扉はがたりと開き、式神は吸い込まれる様に飛んで行った。
「…その必要は無いみたいね」
「…だな」
 その扉の向こうの真っ暗闇の中で、どかんどかんという派手な爆音が響き、気が付くと部屋は煙の様に消え、二人は森の中に立っていた。


  *  *  *


 霊夢と魔理沙は辺りを見回す。結界の気配は消え、帽子や靴やスペルカードやアクセサリは、あっちの枝にぶらさがったり、こっちの根元に散らばったりしていた。風が吹き、木々がざわめく。その内に、二人の式神が戻ってきた。

「ご苦労様」
「すまない。少し、遅れたかな」
「二人共、大丈夫だった?」
「ああ、ぴんぴんしてるぜ」

 霊夢と魔理沙は、各々の持ち物を回収して再び身にまとった。
「これにて事件は解決ね」
 そう、式神の後ろでのんびりとしているすきま妖怪が言った。
「全く…はぐれないでよね? お陰で、私達は面倒事に巻き込まれたんだから」
「霊夢、それは言うな。こんな山に来ている時点で面倒事だぜ?」
「……そうね」
 霊夢は、今日何度目かになる溜め息を吐いた。何だか、ただ疲れただけの様に思えてくる。
「それで? このニセ紅魔館を作った、妖怪の親分と愉快な仲間達とやらはどうしたんだ?」
 魔理沙が紫に尋ねる。
「ああ、あの妖怪達? 取り合えず隙間送りにしておいたわ。後はどうなるかは私にも分からないわね」
「ああ、そりゃ殺生な事で」
「いいのよ、これくらい。こうでもしなきゃ、引っかかる者達が出たかもしれないし」
「そうかあ?」
「そうよ」
 気が付けば、森に光が差し込み始めた。結界の中で発生していた霧が消え、山全体が姿を現す。そこは何の変哲も無い山で、西洋料理店どころか一軒の小屋も立たない様な場所だった。

「本当、力の無駄遣いって居るのね」

 霊夢は誰とも無く呟く。それでも、そんな罠にわざわざ飛び込んでいった自分達も、案外無駄好きなのかもしれない。そう思うと、少し笑えた。


  *  *  *


 その後五人はマヨヒガに戻り、朱鷺鍋を食べた。

 その時に、鍋に入れる味噌の種類で揉めた事は言うまでも無い。
という訳で、書き直しました。何と言うか、ミステリアスな空気もサスペンスな雰囲気も、霊夢と魔理沙にかかれば霧消してしまいそうな気がしてなりません。

名も無き謎の妖怪一味(こう書くと凄くアホっぽく見える…)様、ご愁傷様ですw
謎のザコ
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コメント



0.1030簡易評価
1.30峰下翔吾(仮)削除
うーん、これ単体だと面白みが薄れている気がします。<BR>
原作忠実Verと併せての掲載だと比較できてもっと面白かったかも。
2.20IC削除
話の流れは原作どおり。しかし霊夢&魔理沙により恐怖感、緊迫感消滅。
その結果淡々と読んでしまいました。
猟師を別キャラにして(チルノ&橙とか…他のキャラじゃ何事にも動じなさそう)
思い切った話の改変とかしたら面白いかなと。せっかくのパロディですし。
勝手な事を言ってすみません。
29.30名前が無い程度の能力削除
オチが 弱い