○月×日 (晴れ)
明日から毎年恒例の音楽祭です。
私もお姉ちゃん達といっしょに演奏します。
あ、でも私は歌う人だから演奏とはいわないのかな?
今日はいっぱい練習しました。
○月△日 (晴れ)
すっごく緊張しました。けど、お客さんがいっぱい拍手してくれてうれしかった。
お姉ちゃんや、お父様やお母様も上手だったってほめてくれました。
明日はお父様とお母様の演奏があります。
ルナサお姉ちゃんもソロで演奏するのでとても楽しみです。
○月□日 (曇り)
すごい人がいました。
お父様もお母様も、もちろんルナサお姉ちゃんもすごかったけど、
その人には敵わなかったと思います。
ルナサお姉ちゃんのあの顔、ごめん笑いそうになっちゃった(これは秘密)。
あんなにぼぉっとしてるお姉ちゃんはじめて見ました。
実力もすごかったけど、その人のバイオリン
今まで聴いたことのない、とてもきれいな音色でした。
あれを使ったら私でも上手に弾けそうな……そんなわけないか。
○月☆日 (晴れ)
音楽祭はまだ続きます。
今日、ルナサお姉ちゃんがお父様たちと話しているのを聞いてしまいました。
立ち聞きしてごめんね。
すごく小さい声だったから詳しくは聞こえなかったけど。
ルナサお姉ちゃんはあの人のバイオリンを欲しがってるみたいでした。
驚きです。
だって、いままでルナサお姉ちゃんが何かを欲しがるなんてことなかったから。
でも、お父様たちが困ったような顔をしたら、すぐ謝っていってしまいました。
私、お姉ちゃんはもっと我侭言ってもいいと思うの。
お姉ちゃんのバイオリン、すごく古い物で(古いのが駄目ってわけじゃないけど)
ずっと大事にしてたけど、そろそろ限界みたいだし。
いつも自分の事は後回しにしちゃうんだから……一度くらいの我侭は許されるよね。
○月*日 (曇り)
お父様に昨日の事を聞いてみました。
それと、あの人にお願いしてってお願いしました。
だって、ルナサお姉ちゃんかわいそうだもん。
お父様は最初びっくりして、それから少し悲しそうな顔をして
(お父様達にとっても、ルナサお姉ちゃんの我侭は初めてだったそうです)
あのバイオリンの事を話してくれました。
あのバイオリンはストラディバリウスというものであること。
バイオリンの中でも最高のもので、神弦とまでいわれているということ。
数が少なく、とても高価であること。
それ以上に、ストラディバリウスは世界中のバイオリン奏者の憧れであり
よほどの事がない限り、手放す人はいないだろうということ。
最後に、お姉ちゃんもあれがストラディバリウスだとは知らないだろうということ。
それはそうです。知ってたら絶対にあんなことは言わないです。
ルナサお姉ちゃんはそういう人です。
お父様は最後だけ、ほんの少しうれしそうでした。
ルナサお姉ちゃんが、ちゃんといいものを見極めたのがうれしかったんだと思います。
○月◇日 (晴れ)
今日で音楽祭は終わりです。
ルナサお姉ちゃんは、今日もあの人の演奏を聴きにいっています。
あの音色をずっと覚えていたいんだと思います。
やっぱりルナサお姉ちゃんはかわいそうです。
だから、私は決めました。
私がお姉ちゃんのバイオリンを作ります。
あのバイオリンに負けないくらい、とてもきれいな音色のバイオリン。
私なら、それができるはずです。
○月♯日 (曇り時々雨)
音楽祭は終わったけど、あの人はしばらく私たちの家に滞在するそうです。
チャンスです。
あの人にお願いして、バイオリンを見せてもらいました。
まず、形を覚えないといけません。
正面から見て、上から見て、下から見て、バイオリンを支えてもらって裏から見て…
いろいろな角度から、隈なくみていきます。
流しに(ストリートの演奏会だそうです)出かけるそうなので、バイオリンを返しました。
明日も来ていいか聞いたら、いいと言ってくれました。
ちょっと不思議そうに首をかしげていたけど。
優しい人です。
○月▽日 (晴れ)
今日は絵を描く事にしました。
やっぱり見ただけだと、イメージがはっきりしないからです。
できるだけ、ううん、完全に正確に。
曲線の具合とか、全体の大きさとか、板の厚さとか…。
とにかく目に見えるものは全部です。
あの人は今日も出かけるまで付き合ってくれました。
とてもいい人です。
今度はすごく驚いていました。
絵描きになれるんじゃないかだって。
無理だよ。真似しかできないんだから。
○月∬日 (雨)
今日は昨日の続きをしました。
少し休憩をして休んでいたら、ルナサお姉ちゃんが来ました。
私がいたので少しびっくりしていましたが、私の方がもっとびっくりしました。
慌てて絵を全部隠しました。プレゼントする時まで秘密にするんだから。
あの人は微笑みながら演奏を始めました。今日は雨だから流すのはお休みだそうです。
ルナサお姉ちゃんは毎日聴きにいっていたみたいです。
私も一緒に聴きました。やっぱり音色をしっかりと覚えないといけないです。
というより、これが一番大事です。
演奏が終わって部屋を出るときに、あの人は小さい声で明日もおいでと言いました。
見ただけ、聴いただけじゃわからない事もあるからと言いました。
私が何をしようとしているのか気付いているみたいでした。
またびっくりしました。
○月Г日 (晴れ)
今日はバイオリンのいろいろなところを触らせてくれました。
ホントはあんまりやっちゃいけないみたいなので、今日だけ特別だそうです。
触ってみて、本当に見たり聴いたりしただけじゃわからないと思いました。
この感触を絶対に忘れないように、ものすごく集中して触りました。
こんなに集中したのは生まれて初めてです。
あの人は念入りに手入れをしてから出かけました。
多分ルナサお姉ちゃんも出かけたんじゃないかと思います。
○月∞日 (曇り)
今日、あの人は旅立ちました。
その前に今までのお礼だと言って、ルナサお姉ちゃんにバイオリンを弾かせてくれました。
ルナサお姉ちゃんはいつもと変わらないように見えたけど…
他の人にはわからないかもしれないけど…
私にはわかりました。
お父様やお母様、メルランお姉ちゃんやリリカ姉様(そう呼ばないと怒る)も
気付いてたと思います。
絶対、あのときルナサお姉ちゃんは泣いていました。
それからあの人は、とっておきの曲だと言って一曲だけ演奏してくれました。
今まで聴いたことのない、とてもとても優しい曲でした。
ある演奏家がいて、すごいバイオリンを持っていて、私達と出会った。
そんな偶然の積み重ねに過ぎないはずの出来事。
だけど、私は思います。
これは必然。全ては今この時の為にあった。
『運命』という言葉、信じても…いいかな。
気付いたら演奏が終わっていて、みんな泣いていました。
ルナサお姉ちゃんも泣いていました。今度は誰が見てもわかります。
最後にあの人はがんばってと言いました。
みんなに言ったのかもしれないけど、
あれは私に向けた言葉です。それと、多分ルナサお姉ちゃんにも。
私はあのバイオリンを越えるバイオリンを作りたいです。
ルナサお姉ちゃんも、あの人を越えるような奏者を目指すんだと思います。
あの言葉はそんな私達へのエールだったと思います。
・
・
・
◎月×日 (晴れ)
あれからいろいろあったけど、やっと準備が整いました。
作り方の基本を習ったり、いい材料の見分け方を覚えたりetcetc…。
みんなにばれないようにするのは大変でした。
もう半年も経つのかぁ。
いや、普通ならもっと全然時間がかかるんだろうけど、私はちょっとずるをするから。
それに、ルナサお姉ちゃんの誕生日に間に合わせなきゃ。
残り一月。
明日から取り掛かろう。
◎月△日 (曇り)
今日は、材料と道具に霊力を注ぎました。
材料が変質しちゃうと大変なので少しずつ、すこしずつ。
まだ時間はあるけど、失敗はできないもんね。
(お金がなくなっちゃったのだ)
明日もこの続きです。
それと、今日お父様とお母様が出かけました。
少し遠いところでのお仕事で、しばらく帰ってこないそうです。
◎月□日 (雨)
今日は昨日の続きをしました。
道具は大丈夫そうなので、明日は材料に集中します。
◎月☆日 (曇り)
材料にも霊力を通し終わりました。
少し疲れたので、明日はお休みにします。
◎月*日 (晴れ)
今日は久しぶりにお姉ちゃん達と演奏会をしました。
最近部屋に入れてあげないので、ルナサお姉ちゃんは少し寂しそうです。
(気のせいかな?)
ごめんね、ルナサお姉ちゃん。
リリカ姉様が問い詰めてきたけど、何とかごまかしました。
だって、リリカ姉様に知られたら秘密なんかすぐばれちゃうもん。
それはメルランお姉ちゃんも同じだから、やっぱり誰にも話せないです。
◎月◇日 (晴れ)
今日からいよいよ本番です。
まずは、材料と道具をチェックしました。大丈夫。
次に、完成したバイオリンをイメージをします。
これは鮮明であればあるほどいいです。
まずは全体の形。そこから少しずつ部分部分を思い描きます。
全部鮮明に覚えています。
あの時見た曲線を、あのときの手触り、滑らかさやかすかな凹凸を、あのときの音色を…。
全てを完成形のイメージに組み込み、霊力を通して材料と道具に伝えます。
そうすれば、あとは勝手に道具が材料を加工してくれます。
でも、少しでもイメージが崩れるとすぐ失敗してしまうので気が抜けません。
今日一日では無理なのでしばらくはこの繰り返しかな。
・
・
・
◎月Г日 (曇り)
もう一息、あとは最後の仕上げだけで完成です。
誕生日まではまだだいぶ日があるので大丈夫です。間に合いました
ここで失敗したら大変なので、仕上げは明日にして今日は休みます。
◎月∞日 (雨)
今 、お 紙が届 ました。
父様とお母 が、事 で った…
(文字が滲んでいて読めない)
・
・
・
◎月>日 (晴れ)
今日ルナサお姉ちゃんとお別れをしました。
ここに残る私を心配して、最後まで残ってくれました。
いっしょに来ないかと言ってくれるけど、やっぱりだめです。
私は、お姉ちゃん達の誰かを選ぶ事はできないです。
ここなら、みんないるから大丈夫。
そう言ったら、お姉ちゃんは私を抱きしめて言いました。
つらくなったら、いつでも来ていいから。私のところじゃなくても
メルランのところでもリリカのところでもいいから。
そういったお姉ちゃんの肩は震えていました。
長い間そうした後、離れたときのお姉ちゃんはいつものお姉ちゃんでした。
泣いてるのを気付かせたくなかったのかな。
けど、バレバレだよお姉ちゃん。
元気で。
そう言ってお姉ちゃんはこの家を後にしました。
◎月&日 (晴れ)
今日、信じられない事が起きました。
家の外…森の外の景色が変わっていました。
いつも来るはずの配達屋さんも来ませんでした。
何がおきたのかわからずに、歩き回っていたら村がありました。
村人に聞くとここは幻想郷というそうで
私がもといたところとは全然違う場所のようです。
途方にくれてしまった私でしたが、村の人たちは親切でした。
こういった出来事は神隠しといって、たまに起きるそうです。
とりあえず、食べ物とかはいただけそうなので、助かりました。
・
・
・
?月?日 (曇り)
しばらく忙しかったので日記をつけていませんでした。
もう今日が何月何日かというのもよくわかりません。
前いたところと気候が違うみたいです。
今日もお姉ちゃんから手紙は来ませんでした。
来るはずがないとわかっていても、寂しいです。
お姉ちゃん、会いたいよ…。
・
・
・
?月?日。 (晴れ)
私はお姉ちゃん達の騒霊を生み出してしまいました。
メルランお姉ちゃんはいつもの様に陽気で、
リリカ姉様は油断すると何するかわかりません。
そして、ルナサお姉ちゃんはやっぱりいつものように、
物静かで優しくて、自分の事を後回しにするところまでそっくりでした。
だけど、本当にこれでよかったの?
このお姉ちゃん達は本当にそっくりで、私も本物のお姉ちゃんたちのように思ってる。
けど、私は本当のお姉ちゃん達のかわりが欲しかっただけなんじゃないの?
だとしたらこのお姉ちゃん達は、私のせいでずっと苦しむ事になるんじゃないの…。
?月?日 (曇り)
今日はお姉ちゃん達と村で演奏会をしました。
みんなとても喜んでくれてうれしかった。
本当に、以前と変わらないような日々。
幸せなんだと思います。
でも、何か吹っ切れません。
なにか、きっかけがあればいいな。
?月?日 (雨)
部屋の掃除をしていたら、作りかけのバイオリンが出てきました。
ルナサお姉ちゃんへのプレゼントです……。
あの騒ぎの中、ずっとクローゼットの奥で眠っていたバイオリン。
あの時以来時が止まってしまったかのように、かわらない姿でした。
?月?日 (雨)
止まってしまった時を、動かそうと思います。
このバイオリン、ちゃんと作り上げてルナサお姉ちゃんにプレゼントします。
そうしたら、何かが変わる気がします。
誕生日は…わからなくなっちゃったから3日後。
そういうことにします。
♪月※日(わからないけどそう決めました)(曇り)
完成したバイオリンをイメージします。
はじめは朧げだったけど、少しずつはっきりしてきました。
とても時間はかかったけど、全部思い出すことができました。
あの時、この身に刻んだ全て。
私の中に、しっかり残っていました。
♪月〆日 (雨)
イメージを霊力で伝えるだけのはずだったのに、それができませんでした。
私の力はお姉ちゃん達を生み出したときに使いきってしまったみたいです。
どうしようとパニックになりました。誕生日は明日なのに。
♪月♪日 朝(晴れ)
今日はルナサお姉ちゃんの誕生日。まだ朝です。
だけど先に今日の日記の一回目を書いておきます。
覚悟を決めました。力が使えなくても、私には手があるんだから。
あの時、見て、聴いて、触って捉えた完成形。
それは、いまもくっきりと鮮明に思い浮かべる事ができます。
だから、最後は、この手で。力なんかに頼らずに。
神様、私に少しだけ勇気をください。
♪月♪日 夜(晴れ)
ルナサお姉ちゃんにバイオリンを渡したとき、はじめは驚いた様子だったけど
すごく喜んでくれました。
弾いてみていいか聞かれてドキッとしました。
実は、まだ一度もその音を聴いていなかったからです。
怖くて、聴く事ができませんでした。
みんなの前で、ルナサお姉ちゃんが最初の一音を鳴らしました。
ルナサお姉ちゃんが手を止めました。
失敗した。
そう思いました。
響いた音色はあの音色とよく似ていて、だけど少し違う気がしたからです。
ルナサお姉ちゃんは、もう一度構えて弾き始めました。
その音色は、優しく場を包んでいきました。
繊細さ 力強さ
相反する要素を内包し、かつ調和を失わない。
限りなく透明で、全て見透かす事ができそうな、しかいその深さゆえに底の見えない泉。
次々と繰り出される音によって紡がれる旋律。
それは、かつてただ一度だけ聴いた、あの曲。
あの人がとっておきだと言い、みなが聴きほれた名も知らぬ曲。
演奏が終わって、ルナサお姉ちゃんがどうだったと聞きました。
私が黙っていたのでルナサお姉ちゃんは不安そうでした。
だめだったか?
ルナサお姉ちゃんが重ねて聞きました。
違うの。
黙っているんじゃなくて、言いたい事がいっぱいあるの。
だけど、何も口からは出てこなくて…。
何も考えられなくなって、私はルナサお姉ちゃんに抱きついて泣きました。
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて…。
どれくらい泣いたのか、
気が付いたときはもう、二人の服はべしょべしょでした。
ルナサお姉ちゃんはずっと、私の頭を撫でていてくれました。
ルナサお姉ちゃんは言いました。
ありがとう、レイラ。
このバイオリン、大切にする。
大切にするよ…。
・
・
・
?月?日 (晴れ)
今年もまた季節が巡った。
こちらに来てずいぶんと経ったけど、まだまだ未体験のことは多い。
今日、その未体験が一つ消えた。
幻想郷の外からたくさんの荷物が届いた。
差出人はお姉ちゃん達-幻想郷の外にいる本物の-の家族の人たち。
何年かかっても構わないから、必ず届けて欲しいということだったそうだ。
いろいろな事が書かれてあった。
別れた後のお姉ちゃん達の様子。
私が行方知れずになって、必死に探していた事。
今まで、私に宛てて出された手紙も全て添えられていた。
届くはずのない、行き場を失った手紙たち。
それが、長い年月を経て今、やっとにたどり着いた。
――外の世界のお姉ちゃん達は、みな天に召されたそうだ。
そういえば、私も年をとったものだと思う。いつお迎えがきてもおかしくないだろう。
ルナサお姉ちゃんは、私を見つけられなかったことだけが心残りだといっていたそうだ。
そして、きっとメルランお姉ちゃんやリリカ姉様も同じだっただろうと。
荷物の中に一際目をひく包みがあった。
見て、すぐにわかった。
これはバイオリン。
それも、あの時、あの人がもっていたバイオリン。
どれだけ時が流れても、決してその姿を忘れる事はなかった。
ルナサお姉ちゃんはあの後、すごく練習して一流のバイオリニストになったそうだ。
私を探して旅をして、その折に再会したあの人からこれを譲り受けたのだと。
明日、ルナサお姉ちゃんに話そう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
どうした、レイラ。
ルナサお姉ちゃんが(もう私の方がずっとおばあちゃんだけど)入ってきた。
昨日、外の世界から荷物が来たのは知ってるでしょう。
ああ。だが、それが何か。
その中にね、これがあったの。
私はケースに入ったバイオリンを差し出した。
これは…ストラディバリウスか。いったいどうしたんだ。
意外そうな、といっても普段とあまり変わらないように見える表情で聞いた。
こういったことは昔とまったく変わっていない。
だけど、あのバイオリンだとは気が付いていないみたいだ。
私は手短に事情を説明した。
ルナサお姉ちゃんは今度こそ本気で驚いた。
言葉を続ける
だからね、これはルナサお姉ちゃんのバイオリンだよ。
言葉を結ぶ。
ルナサお姉ちゃんは少し考えるそぶりを見せた。
でも、あれはもう結論の出ているときのしぐさだ。
すぐそのポーズをやめ、まっすぐ私を見て言った。
ありがとう、レイラ。
続ける。
だけどな……。
ルナサお姉ちゃんはバイオリンを、ストラディバリウスをそっとしまって、
かわりに別のバイオリンを取り出しました。
これが、私のバイオリンだよ。
そう言って、構えた。
レイラが作ってくれたこのバイオリン。
私が最高の演奏をできるのは、このバイオリンなんだ。
ルナサお姉ちゃんはそういって、弓をひきます。
私たちが一番大好きなあの曲。
多分、向こうのお姉ちゃんたちも大好きだった曲。
バイオリンのソロの旋律が部屋を満たして…
唐突に演奏がとまった。
どうしたの。ルナサお姉ちゃん。
お姉ちゃんは恥ずかしそうに答えました。
久しぶりに、みんなで演らないか。
メルランとリリカを呼んでくる。
レイラ、また昔みたいに歌ってくれ。
え?
でも私は、もううまく歌えないよ。
そんな事はないさ。
これは私達の曲。いや、私達だけじゃない。
お父様やお母様、向こうの私達やあの人
みんなの想いがつまった曲なんだ。
レイラがいないと、駄目なんだよ。
ルナサお姉ちゃんがこんなにしゃべるのは珍しい。
それだけ、いまやりたいのだろうと思う。
だから私は答える。
うん。みんなで演りましょう。
ルナサお姉ちゃんは満面の笑みで答えた。これもまた珍しい。
よし、すぐ支度するから、外に出て待っててくれ。
今日もまた幻想郷には様々な音が響いている。
そのなかに、一際輝く澄んだ旋律。
意志ある者は時を忘れて聴き入る。
意志なき者は、せめてその旋律の邪魔をすまいと自らのざわめきを止める。
突如として現れた静寂の中、四人の紡ぐ旋律は何処までも伝わっていく。
遠く…遠く……
何処までも。
何時までも。
明日から毎年恒例の音楽祭です。
私もお姉ちゃん達といっしょに演奏します。
あ、でも私は歌う人だから演奏とはいわないのかな?
今日はいっぱい練習しました。
○月△日 (晴れ)
すっごく緊張しました。けど、お客さんがいっぱい拍手してくれてうれしかった。
お姉ちゃんや、お父様やお母様も上手だったってほめてくれました。
明日はお父様とお母様の演奏があります。
ルナサお姉ちゃんもソロで演奏するのでとても楽しみです。
○月□日 (曇り)
すごい人がいました。
お父様もお母様も、もちろんルナサお姉ちゃんもすごかったけど、
その人には敵わなかったと思います。
ルナサお姉ちゃんのあの顔、ごめん笑いそうになっちゃった(これは秘密)。
あんなにぼぉっとしてるお姉ちゃんはじめて見ました。
実力もすごかったけど、その人のバイオリン
今まで聴いたことのない、とてもきれいな音色でした。
あれを使ったら私でも上手に弾けそうな……そんなわけないか。
○月☆日 (晴れ)
音楽祭はまだ続きます。
今日、ルナサお姉ちゃんがお父様たちと話しているのを聞いてしまいました。
立ち聞きしてごめんね。
すごく小さい声だったから詳しくは聞こえなかったけど。
ルナサお姉ちゃんはあの人のバイオリンを欲しがってるみたいでした。
驚きです。
だって、いままでルナサお姉ちゃんが何かを欲しがるなんてことなかったから。
でも、お父様たちが困ったような顔をしたら、すぐ謝っていってしまいました。
私、お姉ちゃんはもっと我侭言ってもいいと思うの。
お姉ちゃんのバイオリン、すごく古い物で(古いのが駄目ってわけじゃないけど)
ずっと大事にしてたけど、そろそろ限界みたいだし。
いつも自分の事は後回しにしちゃうんだから……一度くらいの我侭は許されるよね。
○月*日 (曇り)
お父様に昨日の事を聞いてみました。
それと、あの人にお願いしてってお願いしました。
だって、ルナサお姉ちゃんかわいそうだもん。
お父様は最初びっくりして、それから少し悲しそうな顔をして
(お父様達にとっても、ルナサお姉ちゃんの我侭は初めてだったそうです)
あのバイオリンの事を話してくれました。
あのバイオリンはストラディバリウスというものであること。
バイオリンの中でも最高のもので、神弦とまでいわれているということ。
数が少なく、とても高価であること。
それ以上に、ストラディバリウスは世界中のバイオリン奏者の憧れであり
よほどの事がない限り、手放す人はいないだろうということ。
最後に、お姉ちゃんもあれがストラディバリウスだとは知らないだろうということ。
それはそうです。知ってたら絶対にあんなことは言わないです。
ルナサお姉ちゃんはそういう人です。
お父様は最後だけ、ほんの少しうれしそうでした。
ルナサお姉ちゃんが、ちゃんといいものを見極めたのがうれしかったんだと思います。
○月◇日 (晴れ)
今日で音楽祭は終わりです。
ルナサお姉ちゃんは、今日もあの人の演奏を聴きにいっています。
あの音色をずっと覚えていたいんだと思います。
やっぱりルナサお姉ちゃんはかわいそうです。
だから、私は決めました。
私がお姉ちゃんのバイオリンを作ります。
あのバイオリンに負けないくらい、とてもきれいな音色のバイオリン。
私なら、それができるはずです。
○月♯日 (曇り時々雨)
音楽祭は終わったけど、あの人はしばらく私たちの家に滞在するそうです。
チャンスです。
あの人にお願いして、バイオリンを見せてもらいました。
まず、形を覚えないといけません。
正面から見て、上から見て、下から見て、バイオリンを支えてもらって裏から見て…
いろいろな角度から、隈なくみていきます。
流しに(ストリートの演奏会だそうです)出かけるそうなので、バイオリンを返しました。
明日も来ていいか聞いたら、いいと言ってくれました。
ちょっと不思議そうに首をかしげていたけど。
優しい人です。
○月▽日 (晴れ)
今日は絵を描く事にしました。
やっぱり見ただけだと、イメージがはっきりしないからです。
できるだけ、ううん、完全に正確に。
曲線の具合とか、全体の大きさとか、板の厚さとか…。
とにかく目に見えるものは全部です。
あの人は今日も出かけるまで付き合ってくれました。
とてもいい人です。
今度はすごく驚いていました。
絵描きになれるんじゃないかだって。
無理だよ。真似しかできないんだから。
○月∬日 (雨)
今日は昨日の続きをしました。
少し休憩をして休んでいたら、ルナサお姉ちゃんが来ました。
私がいたので少しびっくりしていましたが、私の方がもっとびっくりしました。
慌てて絵を全部隠しました。プレゼントする時まで秘密にするんだから。
あの人は微笑みながら演奏を始めました。今日は雨だから流すのはお休みだそうです。
ルナサお姉ちゃんは毎日聴きにいっていたみたいです。
私も一緒に聴きました。やっぱり音色をしっかりと覚えないといけないです。
というより、これが一番大事です。
演奏が終わって部屋を出るときに、あの人は小さい声で明日もおいでと言いました。
見ただけ、聴いただけじゃわからない事もあるからと言いました。
私が何をしようとしているのか気付いているみたいでした。
またびっくりしました。
○月Г日 (晴れ)
今日はバイオリンのいろいろなところを触らせてくれました。
ホントはあんまりやっちゃいけないみたいなので、今日だけ特別だそうです。
触ってみて、本当に見たり聴いたりしただけじゃわからないと思いました。
この感触を絶対に忘れないように、ものすごく集中して触りました。
こんなに集中したのは生まれて初めてです。
あの人は念入りに手入れをしてから出かけました。
多分ルナサお姉ちゃんも出かけたんじゃないかと思います。
○月∞日 (曇り)
今日、あの人は旅立ちました。
その前に今までのお礼だと言って、ルナサお姉ちゃんにバイオリンを弾かせてくれました。
ルナサお姉ちゃんはいつもと変わらないように見えたけど…
他の人にはわからないかもしれないけど…
私にはわかりました。
お父様やお母様、メルランお姉ちゃんやリリカ姉様(そう呼ばないと怒る)も
気付いてたと思います。
絶対、あのときルナサお姉ちゃんは泣いていました。
それからあの人は、とっておきの曲だと言って一曲だけ演奏してくれました。
今まで聴いたことのない、とてもとても優しい曲でした。
ある演奏家がいて、すごいバイオリンを持っていて、私達と出会った。
そんな偶然の積み重ねに過ぎないはずの出来事。
だけど、私は思います。
これは必然。全ては今この時の為にあった。
『運命』という言葉、信じても…いいかな。
気付いたら演奏が終わっていて、みんな泣いていました。
ルナサお姉ちゃんも泣いていました。今度は誰が見てもわかります。
最後にあの人はがんばってと言いました。
みんなに言ったのかもしれないけど、
あれは私に向けた言葉です。それと、多分ルナサお姉ちゃんにも。
私はあのバイオリンを越えるバイオリンを作りたいです。
ルナサお姉ちゃんも、あの人を越えるような奏者を目指すんだと思います。
あの言葉はそんな私達へのエールだったと思います。
・
・
・
◎月×日 (晴れ)
あれからいろいろあったけど、やっと準備が整いました。
作り方の基本を習ったり、いい材料の見分け方を覚えたりetcetc…。
みんなにばれないようにするのは大変でした。
もう半年も経つのかぁ。
いや、普通ならもっと全然時間がかかるんだろうけど、私はちょっとずるをするから。
それに、ルナサお姉ちゃんの誕生日に間に合わせなきゃ。
残り一月。
明日から取り掛かろう。
◎月△日 (曇り)
今日は、材料と道具に霊力を注ぎました。
材料が変質しちゃうと大変なので少しずつ、すこしずつ。
まだ時間はあるけど、失敗はできないもんね。
(お金がなくなっちゃったのだ)
明日もこの続きです。
それと、今日お父様とお母様が出かけました。
少し遠いところでのお仕事で、しばらく帰ってこないそうです。
◎月□日 (雨)
今日は昨日の続きをしました。
道具は大丈夫そうなので、明日は材料に集中します。
◎月☆日 (曇り)
材料にも霊力を通し終わりました。
少し疲れたので、明日はお休みにします。
◎月*日 (晴れ)
今日は久しぶりにお姉ちゃん達と演奏会をしました。
最近部屋に入れてあげないので、ルナサお姉ちゃんは少し寂しそうです。
(気のせいかな?)
ごめんね、ルナサお姉ちゃん。
リリカ姉様が問い詰めてきたけど、何とかごまかしました。
だって、リリカ姉様に知られたら秘密なんかすぐばれちゃうもん。
それはメルランお姉ちゃんも同じだから、やっぱり誰にも話せないです。
◎月◇日 (晴れ)
今日からいよいよ本番です。
まずは、材料と道具をチェックしました。大丈夫。
次に、完成したバイオリンをイメージをします。
これは鮮明であればあるほどいいです。
まずは全体の形。そこから少しずつ部分部分を思い描きます。
全部鮮明に覚えています。
あの時見た曲線を、あのときの手触り、滑らかさやかすかな凹凸を、あのときの音色を…。
全てを完成形のイメージに組み込み、霊力を通して材料と道具に伝えます。
そうすれば、あとは勝手に道具が材料を加工してくれます。
でも、少しでもイメージが崩れるとすぐ失敗してしまうので気が抜けません。
今日一日では無理なのでしばらくはこの繰り返しかな。
・
・
・
◎月Г日 (曇り)
もう一息、あとは最後の仕上げだけで完成です。
誕生日まではまだだいぶ日があるので大丈夫です。間に合いました
ここで失敗したら大変なので、仕上げは明日にして今日は休みます。
◎月∞日 (雨)
今 、お 紙が届 ました。
父様とお母 が、事 で った…
(文字が滲んでいて読めない)
・
・
・
◎月>日 (晴れ)
今日ルナサお姉ちゃんとお別れをしました。
ここに残る私を心配して、最後まで残ってくれました。
いっしょに来ないかと言ってくれるけど、やっぱりだめです。
私は、お姉ちゃん達の誰かを選ぶ事はできないです。
ここなら、みんないるから大丈夫。
そう言ったら、お姉ちゃんは私を抱きしめて言いました。
つらくなったら、いつでも来ていいから。私のところじゃなくても
メルランのところでもリリカのところでもいいから。
そういったお姉ちゃんの肩は震えていました。
長い間そうした後、離れたときのお姉ちゃんはいつものお姉ちゃんでした。
泣いてるのを気付かせたくなかったのかな。
けど、バレバレだよお姉ちゃん。
元気で。
そう言ってお姉ちゃんはこの家を後にしました。
◎月&日 (晴れ)
今日、信じられない事が起きました。
家の外…森の外の景色が変わっていました。
いつも来るはずの配達屋さんも来ませんでした。
何がおきたのかわからずに、歩き回っていたら村がありました。
村人に聞くとここは幻想郷というそうで
私がもといたところとは全然違う場所のようです。
途方にくれてしまった私でしたが、村の人たちは親切でした。
こういった出来事は神隠しといって、たまに起きるそうです。
とりあえず、食べ物とかはいただけそうなので、助かりました。
・
・
・
?月?日 (曇り)
しばらく忙しかったので日記をつけていませんでした。
もう今日が何月何日かというのもよくわかりません。
前いたところと気候が違うみたいです。
今日もお姉ちゃんから手紙は来ませんでした。
来るはずがないとわかっていても、寂しいです。
お姉ちゃん、会いたいよ…。
・
・
・
?月?日。 (晴れ)
私はお姉ちゃん達の騒霊を生み出してしまいました。
メルランお姉ちゃんはいつもの様に陽気で、
リリカ姉様は油断すると何するかわかりません。
そして、ルナサお姉ちゃんはやっぱりいつものように、
物静かで優しくて、自分の事を後回しにするところまでそっくりでした。
だけど、本当にこれでよかったの?
このお姉ちゃん達は本当にそっくりで、私も本物のお姉ちゃんたちのように思ってる。
けど、私は本当のお姉ちゃん達のかわりが欲しかっただけなんじゃないの?
だとしたらこのお姉ちゃん達は、私のせいでずっと苦しむ事になるんじゃないの…。
?月?日 (曇り)
今日はお姉ちゃん達と村で演奏会をしました。
みんなとても喜んでくれてうれしかった。
本当に、以前と変わらないような日々。
幸せなんだと思います。
でも、何か吹っ切れません。
なにか、きっかけがあればいいな。
?月?日 (雨)
部屋の掃除をしていたら、作りかけのバイオリンが出てきました。
ルナサお姉ちゃんへのプレゼントです……。
あの騒ぎの中、ずっとクローゼットの奥で眠っていたバイオリン。
あの時以来時が止まってしまったかのように、かわらない姿でした。
?月?日 (雨)
止まってしまった時を、動かそうと思います。
このバイオリン、ちゃんと作り上げてルナサお姉ちゃんにプレゼントします。
そうしたら、何かが変わる気がします。
誕生日は…わからなくなっちゃったから3日後。
そういうことにします。
♪月※日(わからないけどそう決めました)(曇り)
完成したバイオリンをイメージします。
はじめは朧げだったけど、少しずつはっきりしてきました。
とても時間はかかったけど、全部思い出すことができました。
あの時、この身に刻んだ全て。
私の中に、しっかり残っていました。
♪月〆日 (雨)
イメージを霊力で伝えるだけのはずだったのに、それができませんでした。
私の力はお姉ちゃん達を生み出したときに使いきってしまったみたいです。
どうしようとパニックになりました。誕生日は明日なのに。
♪月♪日 朝(晴れ)
今日はルナサお姉ちゃんの誕生日。まだ朝です。
だけど先に今日の日記の一回目を書いておきます。
覚悟を決めました。力が使えなくても、私には手があるんだから。
あの時、見て、聴いて、触って捉えた完成形。
それは、いまもくっきりと鮮明に思い浮かべる事ができます。
だから、最後は、この手で。力なんかに頼らずに。
神様、私に少しだけ勇気をください。
♪月♪日 夜(晴れ)
ルナサお姉ちゃんにバイオリンを渡したとき、はじめは驚いた様子だったけど
すごく喜んでくれました。
弾いてみていいか聞かれてドキッとしました。
実は、まだ一度もその音を聴いていなかったからです。
怖くて、聴く事ができませんでした。
みんなの前で、ルナサお姉ちゃんが最初の一音を鳴らしました。
ルナサお姉ちゃんが手を止めました。
失敗した。
そう思いました。
響いた音色はあの音色とよく似ていて、だけど少し違う気がしたからです。
ルナサお姉ちゃんは、もう一度構えて弾き始めました。
その音色は、優しく場を包んでいきました。
繊細さ 力強さ
相反する要素を内包し、かつ調和を失わない。
限りなく透明で、全て見透かす事ができそうな、しかいその深さゆえに底の見えない泉。
次々と繰り出される音によって紡がれる旋律。
それは、かつてただ一度だけ聴いた、あの曲。
あの人がとっておきだと言い、みなが聴きほれた名も知らぬ曲。
演奏が終わって、ルナサお姉ちゃんがどうだったと聞きました。
私が黙っていたのでルナサお姉ちゃんは不安そうでした。
だめだったか?
ルナサお姉ちゃんが重ねて聞きました。
違うの。
黙っているんじゃなくて、言いたい事がいっぱいあるの。
だけど、何も口からは出てこなくて…。
何も考えられなくなって、私はルナサお姉ちゃんに抱きついて泣きました。
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて…。
どれくらい泣いたのか、
気が付いたときはもう、二人の服はべしょべしょでした。
ルナサお姉ちゃんはずっと、私の頭を撫でていてくれました。
ルナサお姉ちゃんは言いました。
ありがとう、レイラ。
このバイオリン、大切にする。
大切にするよ…。
・
・
・
?月?日 (晴れ)
今年もまた季節が巡った。
こちらに来てずいぶんと経ったけど、まだまだ未体験のことは多い。
今日、その未体験が一つ消えた。
幻想郷の外からたくさんの荷物が届いた。
差出人はお姉ちゃん達-幻想郷の外にいる本物の-の家族の人たち。
何年かかっても構わないから、必ず届けて欲しいということだったそうだ。
いろいろな事が書かれてあった。
別れた後のお姉ちゃん達の様子。
私が行方知れずになって、必死に探していた事。
今まで、私に宛てて出された手紙も全て添えられていた。
届くはずのない、行き場を失った手紙たち。
それが、長い年月を経て今、やっとにたどり着いた。
――外の世界のお姉ちゃん達は、みな天に召されたそうだ。
そういえば、私も年をとったものだと思う。いつお迎えがきてもおかしくないだろう。
ルナサお姉ちゃんは、私を見つけられなかったことだけが心残りだといっていたそうだ。
そして、きっとメルランお姉ちゃんやリリカ姉様も同じだっただろうと。
荷物の中に一際目をひく包みがあった。
見て、すぐにわかった。
これはバイオリン。
それも、あの時、あの人がもっていたバイオリン。
どれだけ時が流れても、決してその姿を忘れる事はなかった。
ルナサお姉ちゃんはあの後、すごく練習して一流のバイオリニストになったそうだ。
私を探して旅をして、その折に再会したあの人からこれを譲り受けたのだと。
明日、ルナサお姉ちゃんに話そう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
どうした、レイラ。
ルナサお姉ちゃんが(もう私の方がずっとおばあちゃんだけど)入ってきた。
昨日、外の世界から荷物が来たのは知ってるでしょう。
ああ。だが、それが何か。
その中にね、これがあったの。
私はケースに入ったバイオリンを差し出した。
これは…ストラディバリウスか。いったいどうしたんだ。
意外そうな、といっても普段とあまり変わらないように見える表情で聞いた。
こういったことは昔とまったく変わっていない。
だけど、あのバイオリンだとは気が付いていないみたいだ。
私は手短に事情を説明した。
ルナサお姉ちゃんは今度こそ本気で驚いた。
言葉を続ける
だからね、これはルナサお姉ちゃんのバイオリンだよ。
言葉を結ぶ。
ルナサお姉ちゃんは少し考えるそぶりを見せた。
でも、あれはもう結論の出ているときのしぐさだ。
すぐそのポーズをやめ、まっすぐ私を見て言った。
ありがとう、レイラ。
続ける。
だけどな……。
ルナサお姉ちゃんはバイオリンを、ストラディバリウスをそっとしまって、
かわりに別のバイオリンを取り出しました。
これが、私のバイオリンだよ。
そう言って、構えた。
レイラが作ってくれたこのバイオリン。
私が最高の演奏をできるのは、このバイオリンなんだ。
ルナサお姉ちゃんはそういって、弓をひきます。
私たちが一番大好きなあの曲。
多分、向こうのお姉ちゃんたちも大好きだった曲。
バイオリンのソロの旋律が部屋を満たして…
唐突に演奏がとまった。
どうしたの。ルナサお姉ちゃん。
お姉ちゃんは恥ずかしそうに答えました。
久しぶりに、みんなで演らないか。
メルランとリリカを呼んでくる。
レイラ、また昔みたいに歌ってくれ。
え?
でも私は、もううまく歌えないよ。
そんな事はないさ。
これは私達の曲。いや、私達だけじゃない。
お父様やお母様、向こうの私達やあの人
みんなの想いがつまった曲なんだ。
レイラがいないと、駄目なんだよ。
ルナサお姉ちゃんがこんなにしゃべるのは珍しい。
それだけ、いまやりたいのだろうと思う。
だから私は答える。
うん。みんなで演りましょう。
ルナサお姉ちゃんは満面の笑みで答えた。これもまた珍しい。
よし、すぐ支度するから、外に出て待っててくれ。
今日もまた幻想郷には様々な音が響いている。
そのなかに、一際輝く澄んだ旋律。
意志ある者は時を忘れて聴き入る。
意志なき者は、せめてその旋律の邪魔をすまいと自らのざわめきを止める。
突如として現れた静寂の中、四人の紡ぐ旋律は何処までも伝わっていく。
遠く…遠く……
何処までも。
何時までも。
神絃をも超えるのは全く道理です。
レイラの力のモデルは赤い外套の弓兵かな? 違ったら失礼。
もしかしてF○teのですか?
実はまだ未クリア…。
まぁ、あまり気にしない人間なので。
ただ、日記の日付の表記がもう少しシンプルでもよかったのでは?と思いました。
(個人的な好みみたいなものなのであまり気になさらないで下さい)
食事しながら読んでたけど、うまく飲み込めなくなるぐらいに感動しました。
言葉になるような感想が出てきてくれません。
いいものをありがとう。
しっとりと、それでいて暖かいお話でした。
このルナサが、ライブの時は、「このヴァイオリンはストラディバリウスも裸足で逃げ出すほどの名器だ」という口上を胸を張って言っていると思うと、思わず嬉しくなりますね。