私は、あの笑顔を忘れない。
「苦しいときこそ、笑え。心の底から」
一輪の花を手にし、師匠はそう云って笑った。
「必死の剣が通じるのは、生ける者のみよ。死人(しびと)には通じぬ」
花弁が輝く。
「そして、死人の心で生きる者にもな」
花が、輝きを増してゆく。師の剣気が花脈を溢れて迸る。
「だから笑え。死線を越えて、その先に或るものを視て、なお笑え」
師の手にはいまや、光を放つ一振りの剣。
「それが、我が魂魄の剣、最終奥義」
天を衝く様に掲げられた剣。師の顔は、かつて見たこともない、満面の笑み。
「見よや、『一念無量劫』!」
眩き光が弾け、花弁が、散った。
笑えるだろうか。今の私に。
「――これ以上踏み込んで」
心の底から笑えるだろうか。
「お嬢様に殺されても知らないわよ――」
眼前の人影は、死人だ。間違いなく生きている人間だけれど。
しかし普通の人間ならば、生きて冥界にいられる筈もなく。
身を掠める無数の殺気の中で、魂を絞り上げる霊気の渦に巻かれて。
それでも尚、涼しい顔で笑ってみせた。
彼女には視えるのか。死線の先に或るものが。
ならば、私とて笑ってみせよう。
「六道剣」
心からの笑みを浮かべて。
「一念無量劫!」
剣気が、光迸らせて、疾った――。
お師匠様、
私は、上手く笑えたでしょうか。