誰か この子を育ててやって下さい
名前は『理沙』です
彼女が『それ』を見つけたのは深い深い森の中。ポツポツと雨が降り始めた時だった。
目の前にあるのは大きな木の箱と白い張り紙、そしてその中にいる赤ん坊。つまり捨て子という事だ。
『理沙』というのはその子の名前だろう、見た目では分からないがどうやら女の子のようだ。
「やれやれ、最近の人間ときたら・・・子ども一人育てる事もできないのかねぇ」
そういう彼女は人間ではない。人間よりはるかに永い時を在り続け、遂には実体を持つに至った精神体。
『幽霊』とか『お化け』などと言われる事もあるが、彼女の実態は悪霊にして祟り神。精神体の中ではかなり上位に位置していたりする。
「自分で育てられずに捨てるんだったら最初から子どもなんて作るんじゃないよ、まったく・・・・・・」
他人事と言ってしまえばそれまでだし実際他人事なのだが、彼女は人間より人間らしい所がある。
だから目の前の捨て子を見て放って置くわけにもいかず、顔を知らぬこの子の親に怒りを覚えたりもしている。
そして寝息を立てている赤ん坊の顔をそっと覗き込む。
この子は自分が親に捨てられたという事を分かっていないだろう。そのまま放って置けばあっけなく死んでしまう事も分かっていないだろう。
彼女にしてみれば、見なかった事にして立ち去ってしまえばそれで全てが終わる。だがそんな事ができるほど自分は残酷であるとは思っていない。
だが、仮にも悪霊である自分が人間の赤ん坊を引き取ったなどと他に知れたらどうなるか?
何となく恥ずかしいし、祟り神としてのカリスマに傷が付きそうな気がする。周りから畏れられないようでは悪霊失格だ。
目の前の難問をどう解決するべきか・・・?うんうん悩んだ末、ようやく彼女は一つの結論を導き出した。
「・・・・・まだ何言っても分からないと思うけど、あんたを私の弟子にするよ。私が魔法でも何でも一杯教えて、あんたを一人前の人間にしてやる。
私としても、ただ独りで在り続けるだけってのは暇だしね。あんたがいれば少なくとも退屈する事はなさそうだ」
赤ん坊を抱き上げようとすると、その時突然赤ん坊が目を覚ました。
よくある黒や茶色の瞳ではなく、淡い金色の瞳。そういえば僅かに生えている髪もうっすらだが金に染まっている。
突然変異か何かだろう、と彼女は考えた。だが、そんなちょっとした変異でも『神の子だ』とか『忌み子だ』とか騒ぐ人間は必ずいる。
ならば今回の場合、忌み子として恐れられ捨てられたと考えられなくもない(だとしたら『育ててやって下さい』などと書かないだろうが)。
だが、どちらにしろその子が大人の勝手な都合で捨てられたという事に変わりはない。彼女は迷わずその赤ん坊を抱き上げていた。
「子どもを捨てるような人間がつけた名前をそのまま使うってのは癪だねぇ・・・・よし、私の名前を一字やろう!あんたは『魔理沙』、たった今から『霧雨 魔理沙』だ!」
そして彼女は『理沙』改め『魔理沙』を抱いて闇の中へ消えた。
彼女の名は魅魔、悪霊というにはいささか邪気の足りない存在である。
『ママぁ、いつものあれやって!』
『魔理沙は星が大好きなんだねぇ・・・そぉら!』
『うわぁ、きれ~!』
『フフ・・・その内あんたもできるようになるよ』
『え?わたしも?』
『その為にはいっぱい練習しないと駄目だけどね』
『うん、やるやる!わたしもおほしさまいっぱいだしたい!』
『じゃあ明日から練習・・・してみる?』
『わ~い!』
『ねぇねぇ魅魔さま!』
『どうしたの、魔理沙?』
『私も星が出せるようになったんだよ!』
『本当?』
『見ててよ~・・・・・・・う~ん・・・・・えいっ!』
『・・・・こんなに早く・・・・・大したもんだ』
『魅魔さまが教えてくれたおかげだよ。ありがとう!』
『これは魔理沙が毎日頑張って練習したからさ。凄いじゃないか』
『えへへ』
『魅魔様、誰か来る』
『・・・ああ、あれは博麗の巫女ね』
『魅魔様の知り合い?』
『知り合いっていうか・・・まあちょっとした腐れ縁ってとこかしら』
『すごい殺気・・・・・あいつ、魅魔様を倒すつもりなのかな?』
『そうでしょうね。あいつのいる神社に妖怪とか送り込んでやったから』
『・・・・・私も行っていい?』
『・・・まあいいでしょ。博麗の巫女、人の身で極めた封魔の力、私達には敵わないにしても見る価値はあるわ』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『魔理沙、あんたはそろそろ独り立ちすべきだと思う』
『ど、どうして・・・?』
『あんたには私の知る全てを教えてやった。そしてあんたは私に匹敵するくらいの力を持つまでになった。
さらに高みを目指すなら、あんたは独りで頑張った方がいいと思うのよ』
『そう・・・私、魅魔様と同じくらい強くなったんだ・・・・・嬉しいけど・・・・なんか寂しいな・・・・・・』
『・・・・たまには遊びに来てもいいのよ。もう会わないって言ってるわけじゃないんだから』
『うん・・・・・たまには遊びに来るよ、魅魔様』
『じゃあね、魔理沙。頑張りな・・・・・・』
『はい・・・ありがとう、魅魔様・・・・・・』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「久しぶりだねぇ、魔理沙」
「あ、魅魔様・・・・・・お久しぶり」
ここは博麗神社。神社に来た珍しい客は、霊夢・魔理沙両人に縁のある人物(?)だった。
青い服に青いとんがり帽子、そして緑色の髪。魔理沙の師にして育ての親、魅魔だ。
「『たまには遊びに来る』とか言っておきながら全然来なかった・・・・私、嫌われちゃったのかねぇ」
「そういうわけじゃないぜ、魅魔様。ここにいれば魅魔様がいつか必ず来ると思ってたんだ」
「そうかい?それにしても何ていうか、せっかくの再会なのに感動みたいなものが・・・・・」
「・・・・・・あ~魅魔様!会いたかったよ~!」
「・・・・・・魔理沙も大きくなったねぇ、嬉しいよ~」
棒読みの台詞と明らかに演技100%の表情で魅魔に抱きつく魔理沙。だが嫌そうな顔は全くしていない。
だから魅魔もあえて同じような演技でやり返す。幾らかの時を経ても二人の仲がいい証拠だ。
「・・・・・いやそれにしても。ほんのちょっと会ってないだけなのにずいぶん背が伸びたんじゃないかい、魔理沙?」
「今の私は成長期だぜ」
「言葉使いまで変わって・・・昔のかわいい魔理沙はどこに行っちゃったのさ」
「言葉使いが変わっても私は私、変わらないさ」
「昔みたいにもっと甘えてもいいんだよ・・・?」
「え、え、遠慮しとくぜ(霊夢の前で、恥ずかしい・・・)!」
「昔みたいに?甘える?面白そうねぇ」
横から霊夢が口を挟む。魅魔も嬉しそうな顔で話に乗ってくる。
この二人、かつては憎しみ合っていたはずの間柄なのに今ではそんな事を微塵も感じさせない。
霊夢と魔理沙も敵として戦った事があるのだが、今ではすっかり打ち解けてしまっていたりもするが。
「小さい頃の魔理沙ってばかわいかったのよぉ・・・いつも私の後について来て、私のする事を真似しててね」
「い、言うなよ魅魔様・・・恥ずかしいじゃないか・・・・・」
「魔理沙に魔法を教えたのは私なんだけどさ、この子は星を出す魔法がお気に入りでねぇ。毎日練習して真っ先に覚えちゃったのさ」
「ほぉ~、『かわいい魔理沙ちゃん』はその頃から努力家だったと?」
「あ~やめてくれ、人の恥ずかしい過去を~・・・・・」
「悪い事じゃないんだからいいじゃないのさ。それでね、小さい頃の魔理沙はとても甘えん坊で私の事をマ・・・・・」
「わ~~っ!!わ~~っ!!それ以上言うな~~っ!!」
「なるほど~、魔理沙は小さい頃魅魔の事をマ・・・・・とね」
顔を真っ赤にして騒ぎ立てる魔理沙と心底楽しそうな魅魔と言葉の続きが分かってしまった霊夢。
魔理沙と魅魔にしてみれば感動の再会のはずだが、いつも通りの騒がしくも穏やかな日常の中に埋もれてしまった。
「あんたと一緒に夜を過ごすのも久しぶりだね、魔理沙」
「・・・ひょっとして魅魔様のほうが寂しかったんじゃないの?」
「ばっ、馬鹿言わないでよ。あんたが寂しがってやいないか心配してきたんだから」
「はいはい、そういう事にしとくぜ」
「・・・・・・本当だってば」
夜の霧雨邸。
『せっかくの再会なんだから』と、魅魔が押しかける形で勝手に上がりこんで今は紅茶の時間というわけだ。
「元気そうで何よりだよ。甘えん坊のままのあんただったら、泣きながら私の所に来るかと思ったけどね」
「そりゃどこの魔理沙だよ・・・(汗)」
「・・・修行も真面目にやってるみたいだし」
「あ、分かる?」
「自分で言うな」
「はは・・・(^^;」
「そうだねぇ・・・目を見れば相手の状態は大体分かるもんだよ。あんたの目はキラキラ輝いてた」
「・・・・・・ありがと。褒め言葉と受け取っておくぜ」
「そうだ・・・目といえば、少し充血してるみたいだね。何かあったのかい?」
「・・・やっぱり魅魔様はよく見てるんだな」
魅魔に指摘された目をこすり、魔理沙がぼやく。
「知り合いから借りてきた古い魔道書の解読をやってるんだ。本自体がボロボロで使ってる文字も古いものときた。
1ページ読み進めるのに徹夜してどうにか・・・って所なんだ」
「ふぅん・・・・・・」
「悪魔の召喚とか儀式魔術の本でさ、私にはあまり縁のない本なんだけど解読するのが楽しくてつい・・・・徹夜しちゃう」
そこで大きな欠伸を一つ。そういえばまだ夜は永いというのにもう目がトロンとしている。
話し相手でもいなければとっくに眠りに就いているか、そうでなければまた徹夜をするだろう。
「眠いんだったら無理しないで寝ちゃいな。私の事は構わなくてもいいから」
「うん・・・・・・ゴメン、魅魔様」
「魔理沙、もしよければ・・・私が一緒に寝てあげようか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべる魅魔に、流石の魔理沙も一歩退く。
「い、いいよ・・・・一人で寝れるから。じゃあお休み、魅魔様」
「お休み、魔理沙・・・・・・」
魔理沙が読んでいるとかいう魔道書をパラパラとめくってみる。
魅魔にとっては見慣れた字だが、本の所々が破れているとなるとその字を理解できる彼女でさえ読むのは多少面倒になる。
ましてや魔理沙は文字を解読しながらの作業。1日1ページというのは嘘ではないようだ。
「この本・・・あの子が読み終わるには結構な時間がかかりそうね・・・」
その本だけではない。周りを見れば、山のように詰まれた魔道書の数々とマジックアイテムの数々。
見た事のある物から見た事のない物まで。そして魔理沙が書いたと思われるレポートの数々。
全て独り立ちしてから集めたものだろう。そしてレポートを書いているという事は何らかの研究や考察をしているという事だ。
「私の予想以上に頑張ってるみたいだね、魔理沙・・・・・・少し安心したよ」
さて、魔理沙は本当に眠っているだろうか。寝るとか言っておきながら、こっそり本を読んでいたりしてないだろうか。
夜更かしが身体に毒なのは分かっているはず、しかし魔理沙の性格を考えると寝床で本を読んでいても不思議はない。
物音を立てないよう、魅魔はゆっくりと寝室へ向かった。
寝室に入る際、最も気を遣ったのはドアの開閉だった。
物音を立てずに移動する事は問題ない。だが、彼女は霊体なのに実体を持つが故にドアをすり抜ける事ができない。
ドアの軋みが聞こえたら大変・・・と必要以上に慎重になって恐る恐るドアを開ける。そしてようやく部屋に入った時、
霊体なのに冷や汗が頬を伝うという有様だった。
ベッドの中の魔理沙は確かに眠っている。あれだけ眠そうな目をしていれば夜更かしなどしている余裕はないだろう。
「ちゃんと言いつけ守ってるね、偉い偉い」
こうして見ていると、昔の事を思い出す。
なかなか寝付かない魔理沙。お話を聞かせてと魅魔に頼み込む。
魅魔のお話が魔理沙にとっての子守唄。しかし必ずいい所で魔理沙は眠ってしまう。
「・・・・今夜はお話聞かせてあげられなかったか・・・・・・・むしろ、私が何か為になる話を聞かせてもらえるのかな?」
あんなに小さかった魔理沙もこんなに大きくなった。独りでもちゃんと頑張っていて、敵として戦ったはずの巫女とも今では普通に友達になっているようである。
心残りといえば、魔理沙が独り立ちしすぎてしまった事。魅魔には魔理沙の育ての親という自負がある。『娘』の成長した姿を見て嬉しかった反面、
もう少し『親』に甘えてくれてもよかったのに・・・・・・という思いがあるのだ。
ただ一つ、それだけが彼女にとっての心残りだった。
「魔理沙はもう・・・・大人だもんね・・・・・お休み」
「ん・・・・・・」
部屋を出ようと背を向けたその時、少し大きな魔理沙の寝息が聞こえてきた。
それは寝息というよりは寝言に近く、口をモゴモゴさせて何か言いたそうである。
魅魔の足は当然のように止まっていた。
「んっ・・・・マ・・・マぁ」
「・・・・・・・・!?」
「ママぁ・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・!」
昼間の魔理沙からは想像もつかない、まるで小さな子どものように甘えた声での寝言。
目の前でこんな事を言われては反応のしようもなく、魅魔といえども立ち尽くす他ない。
「そうか・・・男言葉なんか使ってるけどやっぱり本音は・・・・・・」
やはり、魔理沙は魔理沙だった。魅魔に匹敵する実力の持ち主になり、男言葉を使うようになったとしてもその本質は甘えん坊の寂しがりやなのだ。
久しぶりに見た魔理沙の本音。魅魔の顔が思わず綻ぶ。
「ウフフフ・・・やっぱりまだまだ子どもだねぇ、あんたは・・・・・・・それに、多分私も」
魅魔の心は一昔前のものに戻っていた。
小さい魔理沙に精一杯の愛を振りまき、『ママ』と慕われていたあの頃の心に。
『魔理沙が寂しがってやいないか心配してきた』と言っていたものの、本当は自分が寂しかったのかも知れない。
変な所で強がってみせる辺り、二人はまさに似たもの『親子』なのである。
「久しぶりに二人きりの夜なんだ・・・いいよね?」
魔理沙を起こしてしまわないように、そっとベッドの中へ。昔、毎晩やっていた事の再現だ。
寝言を言った後の魔理沙の顔は本当に子どものようで、あの頃の純粋さがそのまま残っている。
魔理沙が努力を怠っていない事に少しだけ安心した魅魔は、昔と変わらぬ魔理沙を見て完全に安心した。
ベッドに入った二人はまさに親子のように・・・・・・身体を寄せ合っていた。
『好きだよ、魔理沙・・・・・』
『うん・・・・・』
その後、偶然にも二人の寝言がシンクロしていたのだがそれは二人の知らないお話。
とても面白かったです