悪魔が住む館、紅魔館。
太陽が地平線へと沈もうとする時間。紅魔館の食堂では、賑やかに夕食が行われていた。
食卓に着いているのは、主人のレミリア・スカーレット、その妹のフランドール・スカーレット、レミリアの友人のパチュリー・ノーレッジ。給仕をしているのは、メイド長の十六夜 咲夜。
そのいつもの食卓に、今日は1人の客人が参加していた。魔法使いの霧雨 魔理沙である。
「「乾杯。」」
カチンと小さな音をたて、レミリアと魔理沙が、ワインの注がれたグラスを合わせた。そして、ゆっくりと飲み干す。
「…ふー。いいワインだ。うまい。」
「ええ。おいしいわ。咲夜、いいワインを手に入れたわね。」
「お褒めいただいて、光栄ですわ。」
咲夜は深々と頭を下げた。空になった2人のグラスにまたワインを注ぐ。
「パチュリー、飲まないのか?」
「私は…。」
「飲んだらいいじゃないの。いいワインよ。」
「…いただくわ。」
魔理沙とレミリアに進められ、すっと、グラスを差し出すパチュリー。咲夜がワインを注ぐ。
「………。」
パチュリーは手に持ったグラスを軽く振って、中のワインを回す。グラスを傾け、口にワインを含むと、口の中で転がしてから飲みこんだ。
「…いいワインね。香りがたまらないわ。」
「なんでそんなにちびちび飲むんだよ。」
「分かってないのね。これがワインの正しい楽しみ方なのよ。あなたはワインをビールと同じ感覚で飲んでいるわ。それでは、ワインの風味と微妙な味が感じ取れないわ。それに…。」
「あー説教はやめてくれ。せっかくのワインがまずくなる。」
パチュリーの言葉を無視して、魔理沙はワインを一気に飲み干した。
「…まったくもう…。」
「いいじゃないの。みんな好きな飲み方で。」
レミリアも、グラスを傾ける。
「もう、レミィまで。」
パチュリーは少々不機嫌な表情を見せた。だが、それ以上は何も言わなかった。ここでワインの飲み方講座を開くよりも、みんなでワインを楽しんだほうがいいことが、分かっているからだ。
レミリアがゆっくりとグラスを傾け、魔理沙ががぶ飲みし、パチュリーが口の中で転がす。3人が三様にワインを楽しんでいた。
そんな中。食卓に着いているメンバーの中で、ただ1人、会話に加われない者がいた。フランドールである。彼女の目の前に置かれたグラスには、ワインではなく、オレンジジュースが注がれていた。
…つまんない…せっかく魔理沙が遊びに来てくれているのに…。
魔理沙を夕食の席に誘ったのはフランドールだ。それなのに、魔理沙はワインに夢中になり、レミリアやパチュリーとばかりと話している。構ってもらえないのは寂しい。
「ん…ゴクン。」
フランドールはオレンジジュースを一気に飲み干す。目の前には空いたグラス。すると、咲夜がすっと現れ、グラスにオレンジジュースを注ごうとする。
「咲夜、オレンジジュースはもういいよ。」
「そうですか。ならばミルクを。」
「ミルクもいらないよ。」
「そうですか。ならば、トマトジュースですね。」
「………。」
目の前に置かれたのは、真っ赤なトマトジュースが入ったグラス。
そうじゃないよ!私はみんなと同じ物が飲みたいの!
そう言いたかった。だが、フランドールは黙っていた。
「なんだ、フラン。トマトジュースかよ。一緒にワインを飲めばいいのに。」
頬をほんのりと赤く染めた魔理沙が、フランドールに話しかけてきた。
「魔理沙、フランにお酒を勧めないで頂戴。」
レミリアが魔理沙に言った。
「何でだよ?いいじゃないか、ワインぐらい。」
「ダメよ。子供のフランにはまだ早いわ。」
「お姉様、私は…。」
もう子供じゃないよ!
そう言い返したかったが、ぎりぎり言葉を飲み込む。
「………トマトジュースでいいの。」
「そうね。だから、魔理沙もフランに飲ませちゃダメよ。」
「…ならいいが…。」
魔理沙がフランドールを見つめる。フランドールは黙っていた。
レミリアは、フランドールの飲酒を認めてくれなかった。レミリアにとって、フランドールはまだまだ子供。お酒はご法度らしい。
一方、フランドールは何時までも子ども扱いされて面白くなかった。今まで何度もお酒が飲みたいと駄々をこねた。しかし、いくら駄々をこねてもダメなものはダメで、レミリアの許可は下りない。仕方なく、お酒に関しては黙っていることにしたのだ。
…お姉様は何時なったら、私を子供扱いしなくなるんだろう。何時までも子供のまま?それはイヤ。
レミリアの方を見る。魔理沙達と会話をしながら食事をする姉。その姿は、どことなく気品があるように思える。
「妹様?どうかなされましたか?」
「え?」
咲夜が声をかけてきた。考え事でぼうっとしていたらしい。
「な、なんでもないよ。」
「そうですか?」
「うん。えっと、いただきます。」
フランドールは、スプーンを手にして、目の前の食事を食べ始めた。
食べながらもう一度レミリアを見つめる。ナイフとフォークを上手く使って食事する姉は、優雅だった。
…大人と子供の違いって何なのかな…。
夕食後、フランドールは腕組みしながら1人で館の廊下を歩いていた。
魔理沙と遊びたかったのだが、ワインを飲みすぎたらしく、早々にベッドにもぐりこんでしまったのだ。
フランドールは、夕食時の事を考えていた。
「大人と子供の違いって何なのかな?」
いろいろと考えてみる。
年齢は関係ないと思う。お姉様と自分は5歳しか違わない。吸血鬼にとっての5歳なんて、あっという間だもの。自分が子供なら、お姉様だって子供のはずだもの。
「…うーん…。」
「あれ、妹様?どうされました?」
「え?」
突然話しかけられて、フランドールは顔を上げた。そこに立っていたのは、門番の紅 美鈴だった。
「美鈴?なんでこんな所にいるの?」
「それはこちらのセリフです。ここは正門ですよ。」
フランドールは辺りを見渡す。そこは屋外だった。いつの間にか、正門をくぐって外に出てしまったらしい。
「どうかされたんですか?」
「ううん。ちょっと考え事をしていただけ。」
「そうですか。私にできることでしたら、相談に乗りますよ。」
「うん。」
…そういえば、美鈴は大人なのかな?
普段、何気なく接していたが、誰が大人なのかは、考えていなかった。
「ねえ、美鈴。」
「何ですか?」
「美鈴って大人なの?」
「へ?」
美鈴が間の抜けた返事をした。どうやら予想外の質問だったらしい。
「えっとですね…。まぁ、一応成人していますので、大人ですね。」
「成人?何それ?」
「産まれてから、一定の年月が過ぎますと、大人として認められる年齢のことです。」
「へえぇ。そんなのがあるんだ。」
「はい。でも、私達妖怪の場合、寿命と成長速度がまちまちですので、目安ぐらいにしかなりませんけど。」
「そうなの?」
「はい。年齢よりも、体と心の成長具合の方が重要です。」
「ふーん。」
確かにそう思う。年齢で大人と子供を分けられたら、自分と姉の年齢差では、2人とも大人になるはずだから。
「体かな…。」
美鈴の体を見つめる。背が高く、両腕、両足とも筋肉質。そして、胸が大きい。フランドールの目から見ても、美鈴は大人にしか見えない。
背の高さかな?でも、お姉様も低いよね。おっぱいの大きさかな?でも、お姉さまも小さいし。うーん…。
「うーん…。」
「一体、何を悩んでいるのです?」
美鈴がフランドールを見下ろす。フランドールは美鈴を見上げる。身長差でどうしてもそういう構図になってしまう。
…あ!そうだ!私がお姉様よりも大きくなれたら、私の事を大人って認めてくれるかも!
「美鈴!」
「はい?」
「美鈴みたいに、背が高くなる方法を教えて。」
「え?」
「それから、美鈴みたいに、おっぱいが大きくなる方法も教えて。」
「え、えええ?」
「お願い、美鈴。」
「そ、そう言われましても…。」
美鈴は困った表情を見せる。
「ダメなの?」
「そうではないのですが、私の背丈も胸も、意識して大きくなったわけではありませんので…。」
「えー。」
教えてもらえないと知り、フランドールの表情が暗くなった。
「あ、そ、その…私の生活習慣を教えることなら出来ます。参考になるかどうかは分かりませんけれど…。」
「本当?教えて教えて。」
一転して笑顔になるフランドール。
「こほん。私が子供の頃から心がけているのは、バランスの取れた食事をきちんと3食取ること。早寝早起きをすること。昼間は運動して体を鍛えること。この3つです。」
「え?それだけ?」
「はい。でも大事なことです。きちんと食事を取らないと、体は成長しません。夜更かしもいけません。寝る子は育つと言うでしょう。だからといって、寝てばかりいてはダメです。運動して筋肉を付けないといけません。」
「そっか。分かったよ。」
「参考になりましたか。」
「うん。さっそく試してみるよ。美鈴ありがとう。」
フランドールは紅魔館の中へと駆け出した。
ご飯はさっき食べたから、大丈夫。起きたのも夕方だから、今は寝なくてもいいし。運動といえば弾幕ごっこだよね。
フランドールが向かったのは、客間。ドアを思い切り開けて叫ぶ。
「魔理沙ー。弾幕ごっこしよう。」
返事は無かった。ベッドが膨らんでいる。魔理沙は眠っていた。
「魔理沙。起きてよ。弾幕ごっこしよう。」
「…うーん…。」
「魔理沙。起きるの。えい。」
毛布を剥ぎ取る。
「まり………え?パチュリー?」
フランドールが驚きの声を上げた。ベッドに横たわっていたのは、白黒のエプロンドレスの女性ではなく、薄紫色のパジャマを着た女性だった。
「…ん、なんだぁ…。」
女性がゆっくりと体を起こす。
「…ん?…フラン?」
「ま、魔理沙?」
女性は魔理沙だった。パチュリーが普段着ている服を着ている。帽子からはみ出す金髪と独特の口調が無ければ、パチュリーと見間違えてもおかしくない。
「魔理沙…どうしてパチュリーの服を着てるの?」
「…ああ、私は寝るときはいつもこのパジャマで………って、フラン?!何でここにいるんだ?!」
意識がはっきりとしたらしい。大慌てで毛布をつかみ、体を隠そうとする。
「フラン、見たのか?!見ちまったのか?!」
「え、えっと…。」
「くうう。この私としたことが、一生の不覚だ。この姿を見られるなんて…。」
顔を真っ赤にしてうずくまる魔理沙。
「魔理沙。」
「…なんだ?」
「すごくかわいいよ。」
「………。」
さらに顔を赤くする魔理沙。
「そ、それよりフラン。一体何の用なんだ?」
「あ、そうだった。魔理沙、弾幕ごっこしよう。」
「え?これからか?」
「うん。そういうことで、れっつごー。」
「ちょ、ちょっと待て。」
フランドールは、魔理沙の手を取り、廊下へと飛び出した。
「ま、待ってくれ、フラン。」
「ごーごー。」
フランドールが魔理沙を引っ張っていったのは、地下のフランドールの部屋。ここは、結界が張られているので、弾幕ごっこをしても壊れることはない。
「着いたよ。さ、始めよ。」
「ちょっと待て。私はまだ酒が抜けてないんだぞ。弾幕ごっこは無理だって。」
「大丈夫。パチュリーだったら、何があっても魔法を使って逃げるもん。」
「私はパチュリーじゃない…。」
「いくよ!禁忌 クランベリートラップ!」
「うぎゃぁぁぁ!」
魔理沙は数秒ももたず、黒焦げになった。
フランドールは、またも腕組みしながら、1人で廊下を歩いていた。
黒焦げになって気絶した魔理沙は、客間のベッドに寝かせておいた。息はしていたので、問題ないだろう。
余談だが、翌朝、魔理沙を起こしにきた咲夜が、パチュリー姿の魔理沙を見て大爆笑するというエピソードが起きるのであった。
閑話休題。
フランドールは、悩んでいた。
…良く考えれば、毎日のように、魔理沙と弾幕ごっこをしてるんだから、背が伸びるなら、とっくに伸びてるよね。それに、お姉様も背が低いんだから、背が伸びただけじゃダメだよね。
「うーん…。」
「あれ、フランドール様?どうしたんですか?」
「え?」
フランドールが顔を上げると、そこには図書館の司書、小悪魔がいた。
「小悪魔?何でこんなところにいるの?」
「何でって、ここは図書館ですよ。」
「あれ?図書館?」
辺りを見渡すと、そこはヴワル魔法図書館だった。いつの間にか図書館に来ていたのだ。
「どうしたんです?」
「うーん…ちょっと考えことをしてたの。」
「そうなんですか。それは難しいことなのですか?」
「…ちょっと難しいかも…。」
「そうですか。それなら紅茶をいれますから、飲みながら考えればどうですか?」
「…そうだね。もらうよ。」
「では、こちらへどうぞ。」
小悪魔はフランドールを図書館にあるテーブルへと招いた。
フランドールは椅子に腰掛ける。しばらく待っていると、小悪魔が、湯気の上がったポットを手にして戻ってきた。
「はい、どうぞ。」
「うん、いただきます。」
小悪魔から、紅茶の注がれたカップを受け取る。息を吹きかけ、少し冷ましてから、ゆっくりと喉を通す。ほんのり苦いが、良い香りと紅茶の甘味が口の中に残る。
「…この紅茶、おいしいね。」
「喜んでいただけて光栄です。」
「小悪魔がいれてくれた紅茶、咲夜がいれてくれた紅茶と味が違う気がする。」
「紅茶は、いれ方で味が変わるんです。この紅茶のいれ方は私のオリジナルですよ。」
「凄いね。どうやって覚えたの?」
「基本は本です。本で得た知識を基本にしまして、後は何度もいれてみるのです。繰り返していくうちに、一番いいいれ方を見つけたんです。」
「へえぇ、凄いね。」
「そんなに大した事じゃありません。紅茶をいれるのが好きなだけです。後、パチュリー様に飲んでもらうのが。」
「…それって、パチュリーで紅茶の実験をしてるんじゃないの?」
「いえいえ。そんなことは、ちょびっとだけです。」
「あーやっぱりー。」
「パチュリー様にはナイショですよ。」
小悪魔は、口の前で右手の人差し指を立てる。
「えへへ、もちろん。」
フランドールも同じポーズをとった。
「「あはははっ。」」
2人は笑った。小悪魔と話していると、ちょっとしたイタズラの話ができて面白い。
「そうそう、確かクッキーが残っていたはずです。お持ちしますので、食べましょう。」
「うん、ありがと。」
小悪魔が席を立った。
フランドールは、離れていく、小悪魔の背中を眺めていた。
…小悪魔って、大人なのかな?背丈は私とあんまり変わらない。歳は多分、私より年下。でも、沢山の本を読んでいて、いろんなことを知ってる。だから、私よりも大人の気がする。大人になるって、いろんなことを知っているってことなのかも。
「お待たせしました。」
小悪魔がクッキーの乗った皿を手に戻ってきた。
「どうぞ、召し上がってみてください。」
「うん、いただきます。」
クッキーを1つ手に取り、口の中へと入れる。サクサクと程よい歯ざわりと一緒に、バターの風味が口いっぱいに広がった。
「おいしいー。」
「そうですか。良かったです。」
「このクッキーも、小悪魔が作ったの?」
「はい、私の手作りです。」
「小悪魔、こんなにおいしいクッキーを作れるなんて凄いよ。」
「いえいえ。これは、料理の本に載っていたレシピのとおりに作っただけです。大した事じゃありませんよ。」
「ううん、凄いよ。」
フランドールは次々とクッキーに手を伸ばす。
「…そういえば、フランドール様。何か考え事をされていたのでしたね。答えは出たのですか?」
「あ、そうだったそうだった。クッキーがおいしくて、忘れるところだった。」
「一体どんな考え事を?私で力になれますか?」
「うん、力になってほしいの。」
「そうですか。何でも言ってください。」
「えっとね、本を読ませて欲しいの。」
「本ですか?それは構いませんけれど、一体どんな本ですか?」
「えっとね…、えっと…。」
フランドールは言葉に詰まってしまった。
頭の中では、大人になるための知識を得るために、本を読もう。そこまでは思いついたが、具体的にどんな本を読めばいいかまでは思いつかなかった。
「ちょっと、待って…。」
「はい。いいですよ。」
えっと、大人が読む本だから、凄く難しい本だよね。魔導書とか、禁断の書とか。あ、でも、小悪魔が読んでる料理の本も大人が読む本だよね。えっと、そういうのを全部まとめると…。えっと、えっと…。
「あ、あのね…。」
「はい?」
「お、大人が読む本を見せて欲しいの。」
「ぶっ!」
小悪魔が、飲みかけていた紅茶を吹いた。
「わっ?」
「ごほっ、ごほっ。す、すみません。」
小悪魔は、ハンカチを取り出して、口元を拭う。
「小悪魔、どうしたの?」
「い、いえ。ちょっと予想外の答えが返ってきたもので。」
「え?…そうなの…?」
フランドールがしょぼんとする。
…うう…。小悪魔も私を子供扱いするのかな…。
「あああ!違いますよ!決して、フランドール様が子供だとか、まだ早いとか、そういう意味ではありません!ちょっと驚いただけですから!」
「う、うん。」
「そ、それでですね。フランドール様が言われた、大人が読む本とは…やっぱり…あの…その…ああいう本のことなのですか?」
「何それ?」
「ですから…ええと…こ、子供が読んではいけない本のことですか?」
「えっと…。」
魔導書とか、禁断の書とかは、読んじゃダメって、パチュリーに言われてる。それは、私が子供だからだよね。大人になったら読める本。つまり、その本が読めれば、私は大人ってことになるよね。
「うん、そうだよ。」
「ああ…やっぱり。ついにフランドール様も大人への階段を上られるのですか…。」
「あ、うん…。」
な、なんだろ…小悪魔、ちょっと変だよ…。どうしちゃったの?
「そ、それで、フランドール様。その中でも、どのような本を探しておられるんです?」
「え、えっと…。」
どんな本って言われても…その場で探そうと思っただけだし…。
「小悪魔が考えている本だよ。」
分からなかったので、適当に言ってみた。
「ええっ?いきなりですか?さすがはフランドール様です。ああ、レミリア様、フランドール様の成長は素晴らしいです!」
「………。」
なんだか、会話がかみ合ってないような気がするんだけど…。
「小悪魔。とりあえず、本のあるところに案内して欲しいんだけど。」
「あ、はい。その場所なのですが、鍵が掛けられておりまして、立ち入り禁止なのです。」
「え、そうなの?」
「はい。フランドール様は、南西にある、鍵の掛かったドアをご存知ですか?」
「ああ、あのドアだね。知ってるよ。」
「あのドアの先に、その本は保管してあります。そのドアの鍵の開け方を知っているのは、パチュリー様と私だけなのです。その鍵の開け方をフランドール様にお教えします。」
「いいの?私に教えて?」
「はい。フランドール様が大人になろうとしているのです。それを邪魔することなど、私にはできません。」
「小悪魔、ありがとう!」
「いいえ。でも、パチュリー様には絶対ナイショですからね。」
「分かってるよ。」
2人は、口の前に人差し指を立てた。
「それでは、鍵の開け方を教えます。あのドアの鍵は、ナンバーロックになってまして、正しいナンバーを入力しないと開きません。」
「ふんふん。」
「そのナンバーは、『031398』です。」
「0313…えっと、もう一回言って。」
「『031398』です。『レミィ・サクヤ』と憶えてください。」
「レミィ・サクヤだね。なんで、お姉様と咲夜なの?」
「それは、私の口から言うわけにはいきません。それこそ禁断の…あああ…。」
「よく分かんないけど、よく分かった。」
「はい。」
「小悪魔、ありがとう。さっそく行ってみるよ。」
「フランドール様。御武運をお祈りします。」
「それじゃね、小悪魔。」
フランドールは飛び上がると、図書館の南西へと向かう。
「あ、あのドアだね。」
目的のドアを見つけると、その前に降り立つ。
ドアをよく見ると、数字の書かれたボタンが付いていた。
「えっと、レミィ・サクヤ…031398と…。」
ボタンを順番に押していく。すると、ガチャリと音がして、ドアの鍵が外れる音がした。
「よし、行こう。」
フランドールはゆっくりとドアを引き開けた。
フランドールは、またまた、腕組みしながら、1人で廊下を歩いていた。
「小悪魔の言ってたことは何だったんだろう。さっぱり分かんないよ。」
図書館のあの部屋には、沢山の本があった。しかし、いくら読んでも、意味がさっぱり分からなかったのだ。
「あの部屋の本。なんか、裸の女の人の絵が描いてあるのばっかりだったし…。魔導書とかが置いてあると思っていたのになぁ。あの本を理解出来ないと、大人になれないのかなぁ…。」
また余談になるのだが、フランドールが去った後、鍵が開いたままになっていることに気付いたメイド達が、好奇心で部屋に入り込み、部屋の中が鼻血の海と化すこととなるのだった。
閑話休題。
とぼとぼと歩く。考えても考えても、何も思い浮かばない。
「…あれ?」
ふと気が付いて顔を上げる。そこは、紅魔館の厨房だった。すでに、夕食の後片付けは終わっており、人影は無い。
「いつの間に厨房に来たのかな。別にお腹が空いている訳でも無いのに。…ん?厨房ってことは…もしかして…。」
フランドールは、厨房の中へと入っていった。
夕食の後片付けが終わったばかりってことは、まだ、お酒が残っているかも。
フランドールは、こっそりお酒を飲んでみようというのだ。レミリアに止められているとはいえ、好奇心を押さえるのは大変なのだ。
「どこに何があるんだろう?」
普段、厨房には入ってこないので、何がどこにあるのか分からない。
とりあえず、戸棚を開けてみる。そこに合ったのは食器だった。次に引き出しを開けてみる。入っていたのは、スプーンやナイフ。さらに、その下の戸棚を開けてみる。そこには、いくつかのビンが並んでいた。
「ここかな?」
フランドールは、1つずつ取り出して、ラベルを見ていく。油、醤油、ソース、ケチャップ。調味料が沢山出てきた。
「…あ!これかな?『酒』って書いてある。」
フランドールは透明な小ビンを手にした。中身は透明な液体が入っている。
蓋を取り外し、匂いを嗅いでみる。鼻にツンとくる香りだった。
「これが、お酒?おいしいのかな?よし。」
フランドールは、ビンに口をつけて、中身を飲みだした。
「………ぶっ!」
そして、思い切り吐き出した。
「げほっ。げほっ。…何これ、すごくすっぱい。なんだかむせるし。お姉様達、こんなのを飲んでるの?」
フランドールは、口元を拭うと、ビンのラベルをもう一度見た。
「………あう、間違えた。これ、お酒じゃなくて『酢』だった…。」
ラベルの文字を読み違えたらしい。
「紛らわしいよー。お酒無いのかなー。」
酢のビンを片付けて、戸棚の中をあさる。さらに、調理器具置き場、地下収納庫、ごみ置き場と、厨房のあらゆる場所を捜索したが、酒は出てこなかった。
「…無いー。もう、疲れたよー。」
フランドールは床に座り込んでしまう。
お酒、置いてないみたい。魔理沙が全部飲んじゃったのかな?うーん、それじゃ、ここにいてもしょうがないね。小悪魔に聞けば教えてくれるかも。図書館に行ってみようか。
フランドールは床に手を着いて立ち上がろうとした。
「あう?冷たい。」
床に着いた右手が冷たい。見てみると、さっきこぼした酢が溜まっていた。
「あ、まずいよ。見つかったら怒られる。」
フランドールは、立ち上がり、洗い場へと向かった。干してあった雑巾を手にすると、床の酢を拭き取る。
「うー、酢臭いよ。」
また洗い場へと向かい、雑巾を絞ってから、手を洗った。
「…ん?これなんだろ?」
洗い場の所に、小さなビンが置いてあった。茶色いビンだ。
…えっと…『なんとかアルコール』って書いてある。ラベルがかすれてて、読めないよ。でも、アルコールってお酒だよね。なんでこんなところにあるんだろ?
キャップを外してみる。匂いを嗅いでみるが、さっきの酢ほどは臭くない。
…ちょっとだけ、飲んでみようかな…。
ビンに口を付け、一口だけ飲んでみた。
「………味がない………あう?うえ?ひゃうっ?」
訳のわからない声を、フランドールが上げた。
「きゃう!の、のどが…のどが痛いよ!」
のどの奥がじりじりと焼けるように熱い。あまりの痛みに、フランドールはのたうち回った。
「…げほ、げほ…や、やっと治まったよ…。」
フランドールが落ち着いたのは、それから10分後だった。何とか体を起こして立ち上がる。
「うう、これがお酒なの?凄い酷いよ。これが飲めないと大人になれないのかなあ。だったらイヤだなあ…。」
ふらふらと厨房から出て行くフランドール。
フランドールが飲んだのは、アルコールはアルコールでも、『消毒用アルコール』だったのだ。
フランドールは、またまたまた、腕組みをして1人廊下を歩いていた。
よく考えれば、お酒が飲めたからって、大人になれる訳じゃないよね。大人になったから、お酒が飲めるだけで。どうしたらいいのかなぁ…。
「…あれ?…今度はお風呂に来ちゃった。」
ふと気付いて顔を上げれば、浴場の入り口に来ていた。
「…そうだ。お風呂に入ってゆっくりすれば、何かいい考えが浮かぶかも。」
フランドールは、浴室の扉を開けた。
「…ん?咲夜?」
脱衣所には、見慣れたメイド服の女性がいた。咲夜である。こちらに背を向けており、フランドールには気付いていないようだ。
…何してるのかな?
フランドールは、静かに近寄っていく。
「…すう…はあ…。よし。」
咲夜は大きく深呼吸をすると、一歩踏み出した。その足元に置かれているのは、体重計だ。
「………まずいわ…500gも増えてる…。ダイエットしないと…。」
「…ふうん、咲夜の体重って…。」
「うぎゃうわおうえあ!」
訳のわからない悲鳴を上げながら、咲夜は体重計から飛び降りた。
「い、い、い、妹様?な、な、な、何をされるんですか…。」
「何にもしてないけど?」
「あ、いえ、その…ど、どうしてここに?」
「お風呂に入ろうと思って。どうしたの咲夜?そんなに慌てて?」
「い、いえ。何でもありません…。」
咲夜は体を起こす。
「あの、妹様…。」
「何?」
「見ましたか?」
「何を?」
「わ、私の体重です…。」
「うん。咲夜凄いね、私よりにじゅ…。」
「それは言わないでください!」
「もごもご…。」
咲夜が顔を真っ赤にしながら、フランドールの口を押さえた。
「…ぷはっ。咲夜、何するの。」
「妹様、今見たことは忘れてください。」
「何で?」
「何ででもです。」
「ぶー。何でよ。別に咲夜の体重を知ったからって、どうもしないじゃない。」
「どうもするのです。妹様には分からないだけです。」
「何それ?何で私には分からないのよ?」
「それは、妹様がまだ子供だからです。」
「む。咲夜まで子供扱いする。子供と体重は関係ないじゃない。」
「関係あるのです。妹様も、もう少しすれば分かります。」
「そんなこと言っても分かんないよ。」
「今は分からなくても結構です。大人になると、体重は大切なものだとだけ憶えていてください。」
「………。」
「それでは私は失礼します。先ほどのことはお忘れください。それでは。」
咲夜は脱衣所から出て行ってしまった。
「………。」
1人残ったフランドールは、体重計を見つめてみる。
「大人と体重…分かんないよ。」
体重が増えると大人になれる?ううん、違う。太っている子供を見たことあるもん。それじゃ、痩せている大人は?痩せたからって、子供に戻るなんて事はないだろうし。うーん。
腕組みをして考えるフランドール。
「…体重計…。これに何かあるのかな?」
今まで何気なく使っていた体重計。フランドールは、体重計に乗ってみた。
…別に普通の体重計だよね。…なんだ、私、全然体重増えてないや。もっと増えてもいいのに…。…あれ?さっき咲夜は、ダイエットとか言ってたよね。大人になると、体重を減らしたがるの?なんでだろ?それに、私に忘れろって。体重って秘密にしないといけないのかな?
「…ちょっと試してみよう。」
フランドールは、大きく息を吸い込んだ。
「十六夜 咲夜の体重はー!!!」
「おやめください!!!」
「もぐっ。」
大声を上げたフランドールの口を、どこから現れたのか咲夜がふさいだ。
「い、妹様…何をなさるのですか…。」
「ちょっと実験。」
「何の実験なのです…。」
「ナイショ。」
「勘弁してください…。」
「大丈夫。もうやらないから。」
「本当ですか?」
「本当。」
「本当に本当?」
「本当に本当だよ。咲夜の体重も忘れるよ。」
「本当ですね?絶対にお願いしますよ?」
「大丈夫。約束するよ。」
「…分かりました。どうかよろしくお願いします…。」
咲夜はふらふらと出て行った。
これで、1つ分かった。大人は体重を秘密にするんだ。よし、私も体重を秘密にしよう。
フランドールの表情に笑みが浮かんだ。
これで大人に一歩近づいた………って、ちょっと待って。それは大人になってからやることだよね。子供の私がやっても意味無いんじゃ…。
「何だ。結局変わらないじゃない…。」
フランドールは落胆する。
「また、考えなきゃ…。とりあえず、お風呂に入ろう…。」
フランドールは浴室へと向かった。
フランドールは、またまたまたまた、腕組みをして、廊下を1人歩いていた。
結局、大人と子供の違いって分からなかったなぁ…。どうすれば大人になれるのかなぁ…。
「フラン。」
「え?」
顔を上げると、目の前に、姉のレミリアが立っていた。
「あ、お姉様。」
「さっきから、何をうろうろしているの?」
「えっと、ちょっと考え事を…。」
「何を悩んでいるの?」
「あ、うん、ちょっと。」
「どうやったら、大人になれるのか…かしら。」
「え?何でお姉様、知ってるの?」
「あなたの考えていることぐらい、分からないようでは、姉失格よ。」
「お姉様…。」
「フラン。私の部屋にいらっしゃい。あなたの相談に乗ってあげるわ。」
「う、うん。」
レミリアは踵を返すと、廊下を進んだ。フランドールも後を着いていく。
どうして、お姉様は、私の考えが分かったんだろう?何かやったのかな…。
「着いたわよ。入りなさい。」
「あ、うん。」
レミリアの部屋に着いた。レミリアは、フランドールに椅子を勧めると、自分も椅子に腰を下ろす。
「ねえ、お姉様…。」
「どうして自分の考えていることが分かったの…かしら。」
「う、うん。」
「あなたの夕食の時の表情よ。魔理沙があなたにワインを勧めた時、私は許さなかったでしょう。その時のあなたは、とてもつまらなそうだった。みんなの輪に交ざりたいのに、交ざれなくて。」
「………。」
「その時、あなたはこう思った。どうして自分は子供なんだろう。なんで姉は大人なんだろうって。」
「そこまで分かったの?」
「ええ。だから、あなたが、大人になる方法を探しているんだって、気付いたわ。」
「凄い、お姉様…。」
フランドールは、素直に驚いた。姉がここまで鋭いとは思っていなかったのだ。
「フラン。それで、どこまで分かったの?」
「え?」
「いろいろと試してみたんでしょう。話してごらんなさい。」
「う、うん。」
フランドールは、調べてみたことをレミリアに話した。
「…そういう訳なの。」
「なるほどね。がんばったわね。」
「でも、大人になる方法、分かんなかった。」
「それでいいのよ。答えが分からなくても、答えを出すために行動することが大切なのよ。」
「そうなの?」
「ええ。よくやったわ。」
「うん。」
お姉様に褒められるのは嬉しい。でも…。
「お姉様。大人になるってどういう事なの?」
フランドールは、思い切って、聞いてみた。
「…ねえ、フラン。」
「何?」
「そんなに大人になりたいの?」
「え?」
予想外の質問だった。フランドールは、言葉を失う。
「フラン。大人になるってどういう事か分かる?」
「………。」
「大人になるってことはね、責任を持つという事なの。」
「………。」
「大人は、自分の行動に全ての責任が付いてくる。自分の行動で、誰が幸せになるのか、誰が不幸になるのか、考えて行動しなくてはいけない。」
「………。」
「それでも、あなたは大人になりたい?」
「………。」
レミリアの目は真剣だった。フランドールは、こんなにも真剣な姉を見たことはない。
「………お姉様。」
「何?」
「私は、大人になりたい。」
「何で?」
「何でなのかはよく分からない。でもね、私は、大人の皆の仲間に入りたい。」
「………。」
「…ダメかな?」
「…そんなわけ無いでしょ。いいじゃないの。」
「…本当に?」
「当たり前よ。大人になるのに、許可なんていらないわ。」
レミリアの先ほどの真剣な表情がくずれ、笑顔が見えた。
「フラン、ごめんなさいね。実はあなたを試してみたのよ。」
「え?何で?」
「あなたが、大人というものを、どういう風に考えているのかを知りたかったのよ。いつの間にか、あなたは子供を卒業していたのね。」
「どういう事?」
「大人になるなんて、あなたが考えているようなことじゃないの。自分自身で、自分のことを大人と認めるだけでいいの。でも、安直に認めちゃダメ。さっき言ったように、責任が付いてくるもの。」
「………。」
「あなたは、自分で答えを出したわ。その答えに責任を持てるかしら。私は大丈夫だと思うわよ。」
「…うん、出来ると思う。」
「よろしい。いい返事よ。」
レミリアは椅子から立ち上がった。
「お姉様?」
「いいから座っていなさい。」
レミリアは部屋のキャビネットへ向かった。
「フランもいつの間にか成長したわね。魔理沙のおかげかしら。」
レミリアは、グラスを2つ手にする。
「私だって、今は偉そうなこと言ってるけれど、しばらく前までは、随分我侭を言ってたものね。霊夢と出会ったおかげかしら。」
さらに、小ビンを1つ取り出した。
「私もあなたも、霊夢達に感謝しないといけないわね。」
テーブルの上に、グラスと小ビンを置いた。
「フラン。これは私からのご褒美よ。」
「え?これってワイン?」
「飲んでみたかったんでしょう。」
「う、うん。」
ビンのコルクを抜き、ワインをグラスに注ぐ。
「さあ、飲んでごらんなさい。」
「う、うん。いただきます。」
グラスの中の赤い液体を口に含んだ。
「…ちょっとすっぱい。でも、おいしい…。」
「あら、初めてなのに、ワインの味が分かるのね。」
レミリアもグラスの中のワインを飲む。
「フラン。ゆっくり大人になるといいわ。時間はたっぷりあるのよ。」
「うん。大人になるんだ。」
2人はゆっくりとワインを飲み干した。
太陽が地平線へと沈もうとする時間。紅魔館の食堂では、賑やかに夕食が行われていた。
食卓に着いているのは、主人のレミリア・スカーレット、その妹のフランドール・スカーレット、レミリアの友人のパチュリー・ノーレッジ。給仕をしているのは、メイド長の十六夜 咲夜。
そのいつもの食卓に、今日は1人の客人が参加していた。魔法使いの霧雨 魔理沙である。
「「乾杯。」」
カチンと小さな音をたて、レミリアと魔理沙が、ワインの注がれたグラスを合わせた。そして、ゆっくりと飲み干す。
「…ふー。いいワインだ。うまい。」
「ええ。おいしいわ。咲夜、いいワインを手に入れたわね。」
「お褒めいただいて、光栄ですわ。」
咲夜は深々と頭を下げた。空になった2人のグラスにまたワインを注ぐ。
「パチュリー、飲まないのか?」
「私は…。」
「飲んだらいいじゃないの。いいワインよ。」
「…いただくわ。」
魔理沙とレミリアに進められ、すっと、グラスを差し出すパチュリー。咲夜がワインを注ぐ。
「………。」
パチュリーは手に持ったグラスを軽く振って、中のワインを回す。グラスを傾け、口にワインを含むと、口の中で転がしてから飲みこんだ。
「…いいワインね。香りがたまらないわ。」
「なんでそんなにちびちび飲むんだよ。」
「分かってないのね。これがワインの正しい楽しみ方なのよ。あなたはワインをビールと同じ感覚で飲んでいるわ。それでは、ワインの風味と微妙な味が感じ取れないわ。それに…。」
「あー説教はやめてくれ。せっかくのワインがまずくなる。」
パチュリーの言葉を無視して、魔理沙はワインを一気に飲み干した。
「…まったくもう…。」
「いいじゃないの。みんな好きな飲み方で。」
レミリアも、グラスを傾ける。
「もう、レミィまで。」
パチュリーは少々不機嫌な表情を見せた。だが、それ以上は何も言わなかった。ここでワインの飲み方講座を開くよりも、みんなでワインを楽しんだほうがいいことが、分かっているからだ。
レミリアがゆっくりとグラスを傾け、魔理沙ががぶ飲みし、パチュリーが口の中で転がす。3人が三様にワインを楽しんでいた。
そんな中。食卓に着いているメンバーの中で、ただ1人、会話に加われない者がいた。フランドールである。彼女の目の前に置かれたグラスには、ワインではなく、オレンジジュースが注がれていた。
…つまんない…せっかく魔理沙が遊びに来てくれているのに…。
魔理沙を夕食の席に誘ったのはフランドールだ。それなのに、魔理沙はワインに夢中になり、レミリアやパチュリーとばかりと話している。構ってもらえないのは寂しい。
「ん…ゴクン。」
フランドールはオレンジジュースを一気に飲み干す。目の前には空いたグラス。すると、咲夜がすっと現れ、グラスにオレンジジュースを注ごうとする。
「咲夜、オレンジジュースはもういいよ。」
「そうですか。ならばミルクを。」
「ミルクもいらないよ。」
「そうですか。ならば、トマトジュースですね。」
「………。」
目の前に置かれたのは、真っ赤なトマトジュースが入ったグラス。
そうじゃないよ!私はみんなと同じ物が飲みたいの!
そう言いたかった。だが、フランドールは黙っていた。
「なんだ、フラン。トマトジュースかよ。一緒にワインを飲めばいいのに。」
頬をほんのりと赤く染めた魔理沙が、フランドールに話しかけてきた。
「魔理沙、フランにお酒を勧めないで頂戴。」
レミリアが魔理沙に言った。
「何でだよ?いいじゃないか、ワインぐらい。」
「ダメよ。子供のフランにはまだ早いわ。」
「お姉様、私は…。」
もう子供じゃないよ!
そう言い返したかったが、ぎりぎり言葉を飲み込む。
「………トマトジュースでいいの。」
「そうね。だから、魔理沙もフランに飲ませちゃダメよ。」
「…ならいいが…。」
魔理沙がフランドールを見つめる。フランドールは黙っていた。
レミリアは、フランドールの飲酒を認めてくれなかった。レミリアにとって、フランドールはまだまだ子供。お酒はご法度らしい。
一方、フランドールは何時までも子ども扱いされて面白くなかった。今まで何度もお酒が飲みたいと駄々をこねた。しかし、いくら駄々をこねてもダメなものはダメで、レミリアの許可は下りない。仕方なく、お酒に関しては黙っていることにしたのだ。
…お姉様は何時なったら、私を子供扱いしなくなるんだろう。何時までも子供のまま?それはイヤ。
レミリアの方を見る。魔理沙達と会話をしながら食事をする姉。その姿は、どことなく気品があるように思える。
「妹様?どうかなされましたか?」
「え?」
咲夜が声をかけてきた。考え事でぼうっとしていたらしい。
「な、なんでもないよ。」
「そうですか?」
「うん。えっと、いただきます。」
フランドールは、スプーンを手にして、目の前の食事を食べ始めた。
食べながらもう一度レミリアを見つめる。ナイフとフォークを上手く使って食事する姉は、優雅だった。
…大人と子供の違いって何なのかな…。
夕食後、フランドールは腕組みしながら1人で館の廊下を歩いていた。
魔理沙と遊びたかったのだが、ワインを飲みすぎたらしく、早々にベッドにもぐりこんでしまったのだ。
フランドールは、夕食時の事を考えていた。
「大人と子供の違いって何なのかな?」
いろいろと考えてみる。
年齢は関係ないと思う。お姉様と自分は5歳しか違わない。吸血鬼にとっての5歳なんて、あっという間だもの。自分が子供なら、お姉様だって子供のはずだもの。
「…うーん…。」
「あれ、妹様?どうされました?」
「え?」
突然話しかけられて、フランドールは顔を上げた。そこに立っていたのは、門番の紅 美鈴だった。
「美鈴?なんでこんな所にいるの?」
「それはこちらのセリフです。ここは正門ですよ。」
フランドールは辺りを見渡す。そこは屋外だった。いつの間にか、正門をくぐって外に出てしまったらしい。
「どうかされたんですか?」
「ううん。ちょっと考え事をしていただけ。」
「そうですか。私にできることでしたら、相談に乗りますよ。」
「うん。」
…そういえば、美鈴は大人なのかな?
普段、何気なく接していたが、誰が大人なのかは、考えていなかった。
「ねえ、美鈴。」
「何ですか?」
「美鈴って大人なの?」
「へ?」
美鈴が間の抜けた返事をした。どうやら予想外の質問だったらしい。
「えっとですね…。まぁ、一応成人していますので、大人ですね。」
「成人?何それ?」
「産まれてから、一定の年月が過ぎますと、大人として認められる年齢のことです。」
「へえぇ。そんなのがあるんだ。」
「はい。でも、私達妖怪の場合、寿命と成長速度がまちまちですので、目安ぐらいにしかなりませんけど。」
「そうなの?」
「はい。年齢よりも、体と心の成長具合の方が重要です。」
「ふーん。」
確かにそう思う。年齢で大人と子供を分けられたら、自分と姉の年齢差では、2人とも大人になるはずだから。
「体かな…。」
美鈴の体を見つめる。背が高く、両腕、両足とも筋肉質。そして、胸が大きい。フランドールの目から見ても、美鈴は大人にしか見えない。
背の高さかな?でも、お姉様も低いよね。おっぱいの大きさかな?でも、お姉さまも小さいし。うーん…。
「うーん…。」
「一体、何を悩んでいるのです?」
美鈴がフランドールを見下ろす。フランドールは美鈴を見上げる。身長差でどうしてもそういう構図になってしまう。
…あ!そうだ!私がお姉様よりも大きくなれたら、私の事を大人って認めてくれるかも!
「美鈴!」
「はい?」
「美鈴みたいに、背が高くなる方法を教えて。」
「え?」
「それから、美鈴みたいに、おっぱいが大きくなる方法も教えて。」
「え、えええ?」
「お願い、美鈴。」
「そ、そう言われましても…。」
美鈴は困った表情を見せる。
「ダメなの?」
「そうではないのですが、私の背丈も胸も、意識して大きくなったわけではありませんので…。」
「えー。」
教えてもらえないと知り、フランドールの表情が暗くなった。
「あ、そ、その…私の生活習慣を教えることなら出来ます。参考になるかどうかは分かりませんけれど…。」
「本当?教えて教えて。」
一転して笑顔になるフランドール。
「こほん。私が子供の頃から心がけているのは、バランスの取れた食事をきちんと3食取ること。早寝早起きをすること。昼間は運動して体を鍛えること。この3つです。」
「え?それだけ?」
「はい。でも大事なことです。きちんと食事を取らないと、体は成長しません。夜更かしもいけません。寝る子は育つと言うでしょう。だからといって、寝てばかりいてはダメです。運動して筋肉を付けないといけません。」
「そっか。分かったよ。」
「参考になりましたか。」
「うん。さっそく試してみるよ。美鈴ありがとう。」
フランドールは紅魔館の中へと駆け出した。
ご飯はさっき食べたから、大丈夫。起きたのも夕方だから、今は寝なくてもいいし。運動といえば弾幕ごっこだよね。
フランドールが向かったのは、客間。ドアを思い切り開けて叫ぶ。
「魔理沙ー。弾幕ごっこしよう。」
返事は無かった。ベッドが膨らんでいる。魔理沙は眠っていた。
「魔理沙。起きてよ。弾幕ごっこしよう。」
「…うーん…。」
「魔理沙。起きるの。えい。」
毛布を剥ぎ取る。
「まり………え?パチュリー?」
フランドールが驚きの声を上げた。ベッドに横たわっていたのは、白黒のエプロンドレスの女性ではなく、薄紫色のパジャマを着た女性だった。
「…ん、なんだぁ…。」
女性がゆっくりと体を起こす。
「…ん?…フラン?」
「ま、魔理沙?」
女性は魔理沙だった。パチュリーが普段着ている服を着ている。帽子からはみ出す金髪と独特の口調が無ければ、パチュリーと見間違えてもおかしくない。
「魔理沙…どうしてパチュリーの服を着てるの?」
「…ああ、私は寝るときはいつもこのパジャマで………って、フラン?!何でここにいるんだ?!」
意識がはっきりとしたらしい。大慌てで毛布をつかみ、体を隠そうとする。
「フラン、見たのか?!見ちまったのか?!」
「え、えっと…。」
「くうう。この私としたことが、一生の不覚だ。この姿を見られるなんて…。」
顔を真っ赤にしてうずくまる魔理沙。
「魔理沙。」
「…なんだ?」
「すごくかわいいよ。」
「………。」
さらに顔を赤くする魔理沙。
「そ、それよりフラン。一体何の用なんだ?」
「あ、そうだった。魔理沙、弾幕ごっこしよう。」
「え?これからか?」
「うん。そういうことで、れっつごー。」
「ちょ、ちょっと待て。」
フランドールは、魔理沙の手を取り、廊下へと飛び出した。
「ま、待ってくれ、フラン。」
「ごーごー。」
フランドールが魔理沙を引っ張っていったのは、地下のフランドールの部屋。ここは、結界が張られているので、弾幕ごっこをしても壊れることはない。
「着いたよ。さ、始めよ。」
「ちょっと待て。私はまだ酒が抜けてないんだぞ。弾幕ごっこは無理だって。」
「大丈夫。パチュリーだったら、何があっても魔法を使って逃げるもん。」
「私はパチュリーじゃない…。」
「いくよ!禁忌 クランベリートラップ!」
「うぎゃぁぁぁ!」
魔理沙は数秒ももたず、黒焦げになった。
フランドールは、またも腕組みしながら、1人で廊下を歩いていた。
黒焦げになって気絶した魔理沙は、客間のベッドに寝かせておいた。息はしていたので、問題ないだろう。
余談だが、翌朝、魔理沙を起こしにきた咲夜が、パチュリー姿の魔理沙を見て大爆笑するというエピソードが起きるのであった。
閑話休題。
フランドールは、悩んでいた。
…良く考えれば、毎日のように、魔理沙と弾幕ごっこをしてるんだから、背が伸びるなら、とっくに伸びてるよね。それに、お姉様も背が低いんだから、背が伸びただけじゃダメだよね。
「うーん…。」
「あれ、フランドール様?どうしたんですか?」
「え?」
フランドールが顔を上げると、そこには図書館の司書、小悪魔がいた。
「小悪魔?何でこんなところにいるの?」
「何でって、ここは図書館ですよ。」
「あれ?図書館?」
辺りを見渡すと、そこはヴワル魔法図書館だった。いつの間にか図書館に来ていたのだ。
「どうしたんです?」
「うーん…ちょっと考えことをしてたの。」
「そうなんですか。それは難しいことなのですか?」
「…ちょっと難しいかも…。」
「そうですか。それなら紅茶をいれますから、飲みながら考えればどうですか?」
「…そうだね。もらうよ。」
「では、こちらへどうぞ。」
小悪魔はフランドールを図書館にあるテーブルへと招いた。
フランドールは椅子に腰掛ける。しばらく待っていると、小悪魔が、湯気の上がったポットを手にして戻ってきた。
「はい、どうぞ。」
「うん、いただきます。」
小悪魔から、紅茶の注がれたカップを受け取る。息を吹きかけ、少し冷ましてから、ゆっくりと喉を通す。ほんのり苦いが、良い香りと紅茶の甘味が口の中に残る。
「…この紅茶、おいしいね。」
「喜んでいただけて光栄です。」
「小悪魔がいれてくれた紅茶、咲夜がいれてくれた紅茶と味が違う気がする。」
「紅茶は、いれ方で味が変わるんです。この紅茶のいれ方は私のオリジナルですよ。」
「凄いね。どうやって覚えたの?」
「基本は本です。本で得た知識を基本にしまして、後は何度もいれてみるのです。繰り返していくうちに、一番いいいれ方を見つけたんです。」
「へえぇ、凄いね。」
「そんなに大した事じゃありません。紅茶をいれるのが好きなだけです。後、パチュリー様に飲んでもらうのが。」
「…それって、パチュリーで紅茶の実験をしてるんじゃないの?」
「いえいえ。そんなことは、ちょびっとだけです。」
「あーやっぱりー。」
「パチュリー様にはナイショですよ。」
小悪魔は、口の前で右手の人差し指を立てる。
「えへへ、もちろん。」
フランドールも同じポーズをとった。
「「あはははっ。」」
2人は笑った。小悪魔と話していると、ちょっとしたイタズラの話ができて面白い。
「そうそう、確かクッキーが残っていたはずです。お持ちしますので、食べましょう。」
「うん、ありがと。」
小悪魔が席を立った。
フランドールは、離れていく、小悪魔の背中を眺めていた。
…小悪魔って、大人なのかな?背丈は私とあんまり変わらない。歳は多分、私より年下。でも、沢山の本を読んでいて、いろんなことを知ってる。だから、私よりも大人の気がする。大人になるって、いろんなことを知っているってことなのかも。
「お待たせしました。」
小悪魔がクッキーの乗った皿を手に戻ってきた。
「どうぞ、召し上がってみてください。」
「うん、いただきます。」
クッキーを1つ手に取り、口の中へと入れる。サクサクと程よい歯ざわりと一緒に、バターの風味が口いっぱいに広がった。
「おいしいー。」
「そうですか。良かったです。」
「このクッキーも、小悪魔が作ったの?」
「はい、私の手作りです。」
「小悪魔、こんなにおいしいクッキーを作れるなんて凄いよ。」
「いえいえ。これは、料理の本に載っていたレシピのとおりに作っただけです。大した事じゃありませんよ。」
「ううん、凄いよ。」
フランドールは次々とクッキーに手を伸ばす。
「…そういえば、フランドール様。何か考え事をされていたのでしたね。答えは出たのですか?」
「あ、そうだったそうだった。クッキーがおいしくて、忘れるところだった。」
「一体どんな考え事を?私で力になれますか?」
「うん、力になってほしいの。」
「そうですか。何でも言ってください。」
「えっとね、本を読ませて欲しいの。」
「本ですか?それは構いませんけれど、一体どんな本ですか?」
「えっとね…、えっと…。」
フランドールは言葉に詰まってしまった。
頭の中では、大人になるための知識を得るために、本を読もう。そこまでは思いついたが、具体的にどんな本を読めばいいかまでは思いつかなかった。
「ちょっと、待って…。」
「はい。いいですよ。」
えっと、大人が読む本だから、凄く難しい本だよね。魔導書とか、禁断の書とか。あ、でも、小悪魔が読んでる料理の本も大人が読む本だよね。えっと、そういうのを全部まとめると…。えっと、えっと…。
「あ、あのね…。」
「はい?」
「お、大人が読む本を見せて欲しいの。」
「ぶっ!」
小悪魔が、飲みかけていた紅茶を吹いた。
「わっ?」
「ごほっ、ごほっ。す、すみません。」
小悪魔は、ハンカチを取り出して、口元を拭う。
「小悪魔、どうしたの?」
「い、いえ。ちょっと予想外の答えが返ってきたもので。」
「え?…そうなの…?」
フランドールがしょぼんとする。
…うう…。小悪魔も私を子供扱いするのかな…。
「あああ!違いますよ!決して、フランドール様が子供だとか、まだ早いとか、そういう意味ではありません!ちょっと驚いただけですから!」
「う、うん。」
「そ、それでですね。フランドール様が言われた、大人が読む本とは…やっぱり…あの…その…ああいう本のことなのですか?」
「何それ?」
「ですから…ええと…こ、子供が読んではいけない本のことですか?」
「えっと…。」
魔導書とか、禁断の書とかは、読んじゃダメって、パチュリーに言われてる。それは、私が子供だからだよね。大人になったら読める本。つまり、その本が読めれば、私は大人ってことになるよね。
「うん、そうだよ。」
「ああ…やっぱり。ついにフランドール様も大人への階段を上られるのですか…。」
「あ、うん…。」
な、なんだろ…小悪魔、ちょっと変だよ…。どうしちゃったの?
「そ、それで、フランドール様。その中でも、どのような本を探しておられるんです?」
「え、えっと…。」
どんな本って言われても…その場で探そうと思っただけだし…。
「小悪魔が考えている本だよ。」
分からなかったので、適当に言ってみた。
「ええっ?いきなりですか?さすがはフランドール様です。ああ、レミリア様、フランドール様の成長は素晴らしいです!」
「………。」
なんだか、会話がかみ合ってないような気がするんだけど…。
「小悪魔。とりあえず、本のあるところに案内して欲しいんだけど。」
「あ、はい。その場所なのですが、鍵が掛けられておりまして、立ち入り禁止なのです。」
「え、そうなの?」
「はい。フランドール様は、南西にある、鍵の掛かったドアをご存知ですか?」
「ああ、あのドアだね。知ってるよ。」
「あのドアの先に、その本は保管してあります。そのドアの鍵の開け方を知っているのは、パチュリー様と私だけなのです。その鍵の開け方をフランドール様にお教えします。」
「いいの?私に教えて?」
「はい。フランドール様が大人になろうとしているのです。それを邪魔することなど、私にはできません。」
「小悪魔、ありがとう!」
「いいえ。でも、パチュリー様には絶対ナイショですからね。」
「分かってるよ。」
2人は、口の前に人差し指を立てた。
「それでは、鍵の開け方を教えます。あのドアの鍵は、ナンバーロックになってまして、正しいナンバーを入力しないと開きません。」
「ふんふん。」
「そのナンバーは、『031398』です。」
「0313…えっと、もう一回言って。」
「『031398』です。『レミィ・サクヤ』と憶えてください。」
「レミィ・サクヤだね。なんで、お姉様と咲夜なの?」
「それは、私の口から言うわけにはいきません。それこそ禁断の…あああ…。」
「よく分かんないけど、よく分かった。」
「はい。」
「小悪魔、ありがとう。さっそく行ってみるよ。」
「フランドール様。御武運をお祈りします。」
「それじゃね、小悪魔。」
フランドールは飛び上がると、図書館の南西へと向かう。
「あ、あのドアだね。」
目的のドアを見つけると、その前に降り立つ。
ドアをよく見ると、数字の書かれたボタンが付いていた。
「えっと、レミィ・サクヤ…031398と…。」
ボタンを順番に押していく。すると、ガチャリと音がして、ドアの鍵が外れる音がした。
「よし、行こう。」
フランドールはゆっくりとドアを引き開けた。
フランドールは、またまた、腕組みしながら、1人で廊下を歩いていた。
「小悪魔の言ってたことは何だったんだろう。さっぱり分かんないよ。」
図書館のあの部屋には、沢山の本があった。しかし、いくら読んでも、意味がさっぱり分からなかったのだ。
「あの部屋の本。なんか、裸の女の人の絵が描いてあるのばっかりだったし…。魔導書とかが置いてあると思っていたのになぁ。あの本を理解出来ないと、大人になれないのかなぁ…。」
また余談になるのだが、フランドールが去った後、鍵が開いたままになっていることに気付いたメイド達が、好奇心で部屋に入り込み、部屋の中が鼻血の海と化すこととなるのだった。
閑話休題。
とぼとぼと歩く。考えても考えても、何も思い浮かばない。
「…あれ?」
ふと気が付いて顔を上げる。そこは、紅魔館の厨房だった。すでに、夕食の後片付けは終わっており、人影は無い。
「いつの間に厨房に来たのかな。別にお腹が空いている訳でも無いのに。…ん?厨房ってことは…もしかして…。」
フランドールは、厨房の中へと入っていった。
夕食の後片付けが終わったばかりってことは、まだ、お酒が残っているかも。
フランドールは、こっそりお酒を飲んでみようというのだ。レミリアに止められているとはいえ、好奇心を押さえるのは大変なのだ。
「どこに何があるんだろう?」
普段、厨房には入ってこないので、何がどこにあるのか分からない。
とりあえず、戸棚を開けてみる。そこに合ったのは食器だった。次に引き出しを開けてみる。入っていたのは、スプーンやナイフ。さらに、その下の戸棚を開けてみる。そこには、いくつかのビンが並んでいた。
「ここかな?」
フランドールは、1つずつ取り出して、ラベルを見ていく。油、醤油、ソース、ケチャップ。調味料が沢山出てきた。
「…あ!これかな?『酒』って書いてある。」
フランドールは透明な小ビンを手にした。中身は透明な液体が入っている。
蓋を取り外し、匂いを嗅いでみる。鼻にツンとくる香りだった。
「これが、お酒?おいしいのかな?よし。」
フランドールは、ビンに口をつけて、中身を飲みだした。
「………ぶっ!」
そして、思い切り吐き出した。
「げほっ。げほっ。…何これ、すごくすっぱい。なんだかむせるし。お姉様達、こんなのを飲んでるの?」
フランドールは、口元を拭うと、ビンのラベルをもう一度見た。
「………あう、間違えた。これ、お酒じゃなくて『酢』だった…。」
ラベルの文字を読み違えたらしい。
「紛らわしいよー。お酒無いのかなー。」
酢のビンを片付けて、戸棚の中をあさる。さらに、調理器具置き場、地下収納庫、ごみ置き場と、厨房のあらゆる場所を捜索したが、酒は出てこなかった。
「…無いー。もう、疲れたよー。」
フランドールは床に座り込んでしまう。
お酒、置いてないみたい。魔理沙が全部飲んじゃったのかな?うーん、それじゃ、ここにいてもしょうがないね。小悪魔に聞けば教えてくれるかも。図書館に行ってみようか。
フランドールは床に手を着いて立ち上がろうとした。
「あう?冷たい。」
床に着いた右手が冷たい。見てみると、さっきこぼした酢が溜まっていた。
「あ、まずいよ。見つかったら怒られる。」
フランドールは、立ち上がり、洗い場へと向かった。干してあった雑巾を手にすると、床の酢を拭き取る。
「うー、酢臭いよ。」
また洗い場へと向かい、雑巾を絞ってから、手を洗った。
「…ん?これなんだろ?」
洗い場の所に、小さなビンが置いてあった。茶色いビンだ。
…えっと…『なんとかアルコール』って書いてある。ラベルがかすれてて、読めないよ。でも、アルコールってお酒だよね。なんでこんなところにあるんだろ?
キャップを外してみる。匂いを嗅いでみるが、さっきの酢ほどは臭くない。
…ちょっとだけ、飲んでみようかな…。
ビンに口を付け、一口だけ飲んでみた。
「………味がない………あう?うえ?ひゃうっ?」
訳のわからない声を、フランドールが上げた。
「きゃう!の、のどが…のどが痛いよ!」
のどの奥がじりじりと焼けるように熱い。あまりの痛みに、フランドールはのたうち回った。
「…げほ、げほ…や、やっと治まったよ…。」
フランドールが落ち着いたのは、それから10分後だった。何とか体を起こして立ち上がる。
「うう、これがお酒なの?凄い酷いよ。これが飲めないと大人になれないのかなあ。だったらイヤだなあ…。」
ふらふらと厨房から出て行くフランドール。
フランドールが飲んだのは、アルコールはアルコールでも、『消毒用アルコール』だったのだ。
フランドールは、またまたまた、腕組みをして1人廊下を歩いていた。
よく考えれば、お酒が飲めたからって、大人になれる訳じゃないよね。大人になったから、お酒が飲めるだけで。どうしたらいいのかなぁ…。
「…あれ?…今度はお風呂に来ちゃった。」
ふと気付いて顔を上げれば、浴場の入り口に来ていた。
「…そうだ。お風呂に入ってゆっくりすれば、何かいい考えが浮かぶかも。」
フランドールは、浴室の扉を開けた。
「…ん?咲夜?」
脱衣所には、見慣れたメイド服の女性がいた。咲夜である。こちらに背を向けており、フランドールには気付いていないようだ。
…何してるのかな?
フランドールは、静かに近寄っていく。
「…すう…はあ…。よし。」
咲夜は大きく深呼吸をすると、一歩踏み出した。その足元に置かれているのは、体重計だ。
「………まずいわ…500gも増えてる…。ダイエットしないと…。」
「…ふうん、咲夜の体重って…。」
「うぎゃうわおうえあ!」
訳のわからない悲鳴を上げながら、咲夜は体重計から飛び降りた。
「い、い、い、妹様?な、な、な、何をされるんですか…。」
「何にもしてないけど?」
「あ、いえ、その…ど、どうしてここに?」
「お風呂に入ろうと思って。どうしたの咲夜?そんなに慌てて?」
「い、いえ。何でもありません…。」
咲夜は体を起こす。
「あの、妹様…。」
「何?」
「見ましたか?」
「何を?」
「わ、私の体重です…。」
「うん。咲夜凄いね、私よりにじゅ…。」
「それは言わないでください!」
「もごもご…。」
咲夜が顔を真っ赤にしながら、フランドールの口を押さえた。
「…ぷはっ。咲夜、何するの。」
「妹様、今見たことは忘れてください。」
「何で?」
「何ででもです。」
「ぶー。何でよ。別に咲夜の体重を知ったからって、どうもしないじゃない。」
「どうもするのです。妹様には分からないだけです。」
「何それ?何で私には分からないのよ?」
「それは、妹様がまだ子供だからです。」
「む。咲夜まで子供扱いする。子供と体重は関係ないじゃない。」
「関係あるのです。妹様も、もう少しすれば分かります。」
「そんなこと言っても分かんないよ。」
「今は分からなくても結構です。大人になると、体重は大切なものだとだけ憶えていてください。」
「………。」
「それでは私は失礼します。先ほどのことはお忘れください。それでは。」
咲夜は脱衣所から出て行ってしまった。
「………。」
1人残ったフランドールは、体重計を見つめてみる。
「大人と体重…分かんないよ。」
体重が増えると大人になれる?ううん、違う。太っている子供を見たことあるもん。それじゃ、痩せている大人は?痩せたからって、子供に戻るなんて事はないだろうし。うーん。
腕組みをして考えるフランドール。
「…体重計…。これに何かあるのかな?」
今まで何気なく使っていた体重計。フランドールは、体重計に乗ってみた。
…別に普通の体重計だよね。…なんだ、私、全然体重増えてないや。もっと増えてもいいのに…。…あれ?さっき咲夜は、ダイエットとか言ってたよね。大人になると、体重を減らしたがるの?なんでだろ?それに、私に忘れろって。体重って秘密にしないといけないのかな?
「…ちょっと試してみよう。」
フランドールは、大きく息を吸い込んだ。
「十六夜 咲夜の体重はー!!!」
「おやめください!!!」
「もぐっ。」
大声を上げたフランドールの口を、どこから現れたのか咲夜がふさいだ。
「い、妹様…何をなさるのですか…。」
「ちょっと実験。」
「何の実験なのです…。」
「ナイショ。」
「勘弁してください…。」
「大丈夫。もうやらないから。」
「本当ですか?」
「本当。」
「本当に本当?」
「本当に本当だよ。咲夜の体重も忘れるよ。」
「本当ですね?絶対にお願いしますよ?」
「大丈夫。約束するよ。」
「…分かりました。どうかよろしくお願いします…。」
咲夜はふらふらと出て行った。
これで、1つ分かった。大人は体重を秘密にするんだ。よし、私も体重を秘密にしよう。
フランドールの表情に笑みが浮かんだ。
これで大人に一歩近づいた………って、ちょっと待って。それは大人になってからやることだよね。子供の私がやっても意味無いんじゃ…。
「何だ。結局変わらないじゃない…。」
フランドールは落胆する。
「また、考えなきゃ…。とりあえず、お風呂に入ろう…。」
フランドールは浴室へと向かった。
フランドールは、またまたまたまた、腕組みをして、廊下を1人歩いていた。
結局、大人と子供の違いって分からなかったなぁ…。どうすれば大人になれるのかなぁ…。
「フラン。」
「え?」
顔を上げると、目の前に、姉のレミリアが立っていた。
「あ、お姉様。」
「さっきから、何をうろうろしているの?」
「えっと、ちょっと考え事を…。」
「何を悩んでいるの?」
「あ、うん、ちょっと。」
「どうやったら、大人になれるのか…かしら。」
「え?何でお姉様、知ってるの?」
「あなたの考えていることぐらい、分からないようでは、姉失格よ。」
「お姉様…。」
「フラン。私の部屋にいらっしゃい。あなたの相談に乗ってあげるわ。」
「う、うん。」
レミリアは踵を返すと、廊下を進んだ。フランドールも後を着いていく。
どうして、お姉様は、私の考えが分かったんだろう?何かやったのかな…。
「着いたわよ。入りなさい。」
「あ、うん。」
レミリアの部屋に着いた。レミリアは、フランドールに椅子を勧めると、自分も椅子に腰を下ろす。
「ねえ、お姉様…。」
「どうして自分の考えていることが分かったの…かしら。」
「う、うん。」
「あなたの夕食の時の表情よ。魔理沙があなたにワインを勧めた時、私は許さなかったでしょう。その時のあなたは、とてもつまらなそうだった。みんなの輪に交ざりたいのに、交ざれなくて。」
「………。」
「その時、あなたはこう思った。どうして自分は子供なんだろう。なんで姉は大人なんだろうって。」
「そこまで分かったの?」
「ええ。だから、あなたが、大人になる方法を探しているんだって、気付いたわ。」
「凄い、お姉様…。」
フランドールは、素直に驚いた。姉がここまで鋭いとは思っていなかったのだ。
「フラン。それで、どこまで分かったの?」
「え?」
「いろいろと試してみたんでしょう。話してごらんなさい。」
「う、うん。」
フランドールは、調べてみたことをレミリアに話した。
「…そういう訳なの。」
「なるほどね。がんばったわね。」
「でも、大人になる方法、分かんなかった。」
「それでいいのよ。答えが分からなくても、答えを出すために行動することが大切なのよ。」
「そうなの?」
「ええ。よくやったわ。」
「うん。」
お姉様に褒められるのは嬉しい。でも…。
「お姉様。大人になるってどういう事なの?」
フランドールは、思い切って、聞いてみた。
「…ねえ、フラン。」
「何?」
「そんなに大人になりたいの?」
「え?」
予想外の質問だった。フランドールは、言葉を失う。
「フラン。大人になるってどういう事か分かる?」
「………。」
「大人になるってことはね、責任を持つという事なの。」
「………。」
「大人は、自分の行動に全ての責任が付いてくる。自分の行動で、誰が幸せになるのか、誰が不幸になるのか、考えて行動しなくてはいけない。」
「………。」
「それでも、あなたは大人になりたい?」
「………。」
レミリアの目は真剣だった。フランドールは、こんなにも真剣な姉を見たことはない。
「………お姉様。」
「何?」
「私は、大人になりたい。」
「何で?」
「何でなのかはよく分からない。でもね、私は、大人の皆の仲間に入りたい。」
「………。」
「…ダメかな?」
「…そんなわけ無いでしょ。いいじゃないの。」
「…本当に?」
「当たり前よ。大人になるのに、許可なんていらないわ。」
レミリアの先ほどの真剣な表情がくずれ、笑顔が見えた。
「フラン、ごめんなさいね。実はあなたを試してみたのよ。」
「え?何で?」
「あなたが、大人というものを、どういう風に考えているのかを知りたかったのよ。いつの間にか、あなたは子供を卒業していたのね。」
「どういう事?」
「大人になるなんて、あなたが考えているようなことじゃないの。自分自身で、自分のことを大人と認めるだけでいいの。でも、安直に認めちゃダメ。さっき言ったように、責任が付いてくるもの。」
「………。」
「あなたは、自分で答えを出したわ。その答えに責任を持てるかしら。私は大丈夫だと思うわよ。」
「…うん、出来ると思う。」
「よろしい。いい返事よ。」
レミリアは椅子から立ち上がった。
「お姉様?」
「いいから座っていなさい。」
レミリアは部屋のキャビネットへ向かった。
「フランもいつの間にか成長したわね。魔理沙のおかげかしら。」
レミリアは、グラスを2つ手にする。
「私だって、今は偉そうなこと言ってるけれど、しばらく前までは、随分我侭を言ってたものね。霊夢と出会ったおかげかしら。」
さらに、小ビンを1つ取り出した。
「私もあなたも、霊夢達に感謝しないといけないわね。」
テーブルの上に、グラスと小ビンを置いた。
「フラン。これは私からのご褒美よ。」
「え?これってワイン?」
「飲んでみたかったんでしょう。」
「う、うん。」
ビンのコルクを抜き、ワインをグラスに注ぐ。
「さあ、飲んでごらんなさい。」
「う、うん。いただきます。」
グラスの中の赤い液体を口に含んだ。
「…ちょっとすっぱい。でも、おいしい…。」
「あら、初めてなのに、ワインの味が分かるのね。」
レミリアもグラスの中のワインを飲む。
「フラン。ゆっくり大人になるといいわ。時間はたっぷりあるのよ。」
「うん。大人になるんだ。」
2人はゆっくりとワインを飲み干した。
とても面白かったです。フランドールは正に適役で。
中々洒落てますね。
大人に成ってもお酒を飲めない人もいますよ・・・・
ココに。
ところで、禁断の書の意味すら分からない妹様の姿に、汚れた自分の眼から涙が止まりません。
とりあえずパチュリー服着た魔理沙は貰っていきますね
フラン可愛いなあ、もう!
まあ、どっちも天然な気がしますが。
美鈴健康的ってか大きい。魔理沙と咲夜かわいいってかご愁傷様。小悪魔多芸ってか器用ってか小悪魔。レミリア様お姉様。
って偉そうに書いてましたが、要約するとほのぼのできていいお話でしたww
二回目を読んだらやっと判った。フランちゃんの「~だよ」「~よ」って口調が萌えるんだ!!
>名前が無い程度の能力様
子供と大人の違い、とても難解ですよね。
>時空や空間を翔る程度の能力様
最後に姉妹でワインを飲み交わすシーンは、僕のお気に入りです。気に入っていただけてよかったです。
>翼様
フランドールなら、禁断の書の意味は多分分からないだろうなーと思って書いてみました。無邪気なフランドールなのです。
>2人目の名前が無い程度の能力様
パチュリー魔理沙、お持ち帰りです。ふと頭に浮かんだアイディアでした。
>3人目の名前が無い程度の能力様
可愛いフランドールが書けて、よかったです。
>俄ファン様
フランドールに愛を感じてもらえて嬉しいです。
>4人目の名前が無い程度の能力様
小悪魔もフランもとっても天然で素直だと思います。
>A・D・R様
ほのぼのが再現できたようでよかったです。
>5人目の名前が無い程度の能力様
フランの口調は「だよもん」を意識してみました。こんな感じのフランが好きです。
沢山の高評価、ありがとうございます。下手なコメント返しで、申し訳ありません。次回作の励みとさせていただきます。