旧き友は忘れ去られ、二度と思い返されないのだろうか。
さあ友よ、杯を取れ。
過日の思い出をともに語り合おうではないか。
神主を探して Phase 0
「~♪」
春。
杉菜。
蒲公英。
壷菫。
姫踊子草。
赤松。
野木瓜。
車前草。
野幌菊。
そして桜。
満開であった。
春告精に告げてもらうまでもなく、ここ、幻想郷は春真っ盛りであった。
色とりどりの花が咲き乱れる幻想郷を、普通の魔法少女霧雨魔理沙は飛んでいた。
箒である。
愛用の箒だ。
使っているうちに少しずつ魔力を帯び、枝が伸びたり葉が出たりする、なんとも愛嬌のある箒である。
その箒に跨り、鼻歌を歌いながら、魔理沙は飛んでいた。
「~♪」
曲目は、さくら。
この季節にぴったりの曲である。
楽しげに、本当に楽しげに歌っている。
彼女がこんなにも上機嫌なのには訳がある。
彼女は一つの計画を立てていた。
花見の計画である。
場所は、博麗神社――
幻想郷一の桜の名所である。
冥界の白玉楼の桜も見事なものであるが、博麗神社には敵わない。
思わず鬼神が――萃香が――言葉を失ってしまうくらい、見事な桜が咲く。
絶景である。
そして今まさに、神社の桜は見頃を迎えていた。
ならば、その花の下で一日花見をするのは当然の事である。
旨い酒。
旨いつまみ。
これだけあれば完璧だ。
さらに、心踊る音楽があればなおの事良い。
桜の花びらが舞い散る中で、美しい音楽を聞きながら酒とつまみをサカナに陽の元で、月の元で友と語らう。
想像しただけでもワクワクしてくる。
「~♪」
この季節に、花見をしないのはどうかしている。
少なくとも、人生のかなりの部分を損している。
短い人生、楽しまなければ損。
魔理沙は、そう考えていた。
ゆえに花見。
花見である。
花見をするためには、当然準備が要る。
幻想郷の宴会幹事長を自称する魔理沙にはやるべき事が沢山遭った。
紅魔館。
白玉楼。
永遠亭。
魔法の森。
人里。
その他、各所への招待状の配布。
招待状には、各人がそれぞれ一品酒かつまみを持ってくるように書いてある。
酒もつまみも、いろいろあったほうが良い。
そして、プリズムリバー三姉妹への演奏依頼。
彼女達の演奏は、花見にぴったりだ。
ルナサの弾くバイオリンの音は、気持ちを落ち着かせてくれる。
夜桜を眺めながら、友とゆっくり語らうのに彼女の演奏はしっくりくる。
メルランの吹くトランペットの音は、気持ちを盛り上げてくれる。
昼間の陽光の元、ワイワイと楽しく騒ぐのにうってつけだ。
そして、リリカなのだが、正直目立たない。
一番頑張っているのに目立たない。
頑張れ。
ただ、彼女の奏でる幻想の音は、それ自体が話のネタになる。
一体どうしてこんな音がするのだろうか?
なぜ、外の世界からこの音は消えてしまったのだろうか?
そんな風に思いを巡らせながら聞いていると、なかなか風流、かもしれない。
あと、音楽と言えば、忘れてはいけないのがミスティアだ。
あのみょうちくりんな格好に似合わない、激しい曲を歌う。
「ソウルで! ヒートに! ビートを刻め!」
とでもいわんばかりに歌う。
これまたワイワイ騒ぐのに向いている。
しかし、彼女は人間との折り合いが悪く、居ても居なくても良い程度の妖怪だったので、呼ばないことにした。
夜に目が見えなくなるというのもマイナスだ。
八目鰻の蒲焼はつまみとして魅力的だが、おそらくは花見で浮かれて蒲焼を焼くどころではなくなってしまうだろう。
それに、放っておいても来るのは目に見えていた。
去年の春の異変の時もそうだった。
いつの間にか宴会に乱入して、好き勝手に歌うのである。
酒やつまみには一切手をつけない。
ちょっと変わった妖怪である。
「~♪」
とにもかくにも、花見である。
うきうきしてしまう。
魔理沙がこんなにもウキウキしているのには、他にも訳がある。
花見というだけではない。
その日が、霊夢の誕生日なのである。
桜の花びらが、美しく舞い踊る中で霊夢は生まれたと魔理沙は聞いている。
本人が、その光景を覚えていると言うのである。
一般に、生まれた頃の記憶を持つ人間は少ない。
しかし、霊夢なら――
霊夢なら、それくらいのことは出来てもおかしくは無い。
また、霊夢の勘違いだというなら、それでもよかった。
降りしきる桜吹雪の中生まれたなんて風流ではないか。
それをことさらに否定したり疑義をさしはさんだりするのは、無粋というものである。
その程度の雅を解する心を、魔理沙は持っていた。
折角の誕生日なのだ。
盛大に祝ってやりたい。
そう魔理沙は考えた。
しかし、自分一人で出来る事――もちろんそれも大切なのだ――など、たかが知れている。
どうせなら、皆で祝ったほうが霊夢も嬉しいし、自分たちも楽しい。
自明の理である。
そこで、魔理沙は皆の協力を取り付けようとしている。
霊夢に秘密裏に、である。
こういうことは、やはり本人に秘密の方が良い。
サプライズ効果。
驚きの大きいほうが喜びも大きい。
これまでの所、魔理沙の計画はうまくいっていた。
これは、魔理沙よりは霊夢の人徳による所が大きい。
霊夢は、不思議な磁性のようなものを有している。
人を惹き付ける磁性――
人だけではない、妖怪もだ。
霊夢の周りには不思議と人や妖怪が集まる。
人妖分け隔てない態度がそうさせるのか、持ち前の美貌がそうさせるのか、何が原因なのかは判らない。
判らなくても良いのである。
そんなことが判った所で、誰も霊夢みたいにはなれない。
霊夢は霊夢なのである。
それで良いのだ。
かけがえの無い、魔理沙の親友である。
かけがえの無い、魔理沙のライバルである。
霊夢が居るからこそ、修行に張りが生まれるし、今現に、魔理沙の心はこんなにも浮き立っているのである。
霊夢にそのような感情を抱いているのは、魔理沙だけではない。
皆が、霊夢に対して好感を抱いている。
だからこそ、霊夢の誕生日を祝う計画に皆が諸手を挙げて賛同しているのである。
紅魔館の主レミリアも、そんな妖怪の一人だった。
紅魔館の従者咲夜も、そんな人間の一人だった。
この二人が協力するということは、紅魔館が協力するということである。
心強い。
その紅魔館に、魔理沙は打ち合わせをしに行くところであった。
紅魔館にはバースデーケーキを頼む事にしている。
苺ジャムをたっぷり塗ったスポンジケーキを細長く丸め、周りに生クリームをざっくりとかぶせる。
ブッシュドノエルという、なんでもイエスとかいうえらい人の生誕を祝うためのケーキらしい。
誕生日にはぴったりだ。
それと、咲夜には頼み事がある。
宴会の後片付けだ。
花見に限らず、宴会をするとどうしても散らかり、ゴミが出る。
博麗神社で宴会をした事は何度もあるが、山ほどと言うほどではないが、それでも一人で片付けるには大変な程度のゴミが出る。
霊夢一人に片付けさせるのは酷である。
ましてや、今回の宴会では主賓である。
しかし、皆が自分の目に付く所を片付けるようにするだけで、片付けは早く終わり、しかも綺麗になる。
もちろん、招待状には片付けを手伝うように書いてはいるが、よっぱらいが覚えているとは限らない。
だから、こんなときはしっかりした人間に頼むのが一番である。
そこで、魔理沙が目をつけたのが咲夜である。
十六夜咲夜。
紅魔館のメイド長。
紅魔館のメイドたちは基本的に質より量――愛嬌だけはあるのだが――といった具合なので、紅魔館の主要な仕事は実質彼女一人でこなしている。
そのためか、大抵の事はそつなくこなし、かつ速い。
たまに、すっとぼけたことをすることもあるが、それはまあ愛嬌のうちだろう。
とくに掃除が速い。
なにせ、紅魔館の掃除係――表の意味でも裏の意味でもだ――を自称するのだ。
宴会の後片付けを任せるのに、彼女以上の人物は居ない。
また、魔理沙と咲夜は妙に気が合う。
魔理沙は様々な物品を紅魔館から勝手に持ち出しているのだが、それをさまたげられたことはない。
「もらってくぜ」
「まあほどほどにしときなさいよ」
こういわれる程度である。
あきれているのか、というとそうでもない。
どうも、咲夜は魔理沙の事を気に入っているようなのだ。
紅魔館に寄ると、やれ新しいお菓子が出来たから試食していかないかだの、珍しい品が入ったから見ていかないかだの誘いを受ける事が結構あるのである。
年が近く――二歳しか違わないと知ったときは、さすがに魔理沙も驚いた――二人とも珍品コレクターということで気が合うのかもしれない。
そう、魔理沙は思っていた。
まあ、実の所は手のかかる妹のように思われていたのだが。
さて、片付けなどと言う嫌な仕事を頼むなら、できれば気の合う人間の方が良い。
そういうことで咲夜だった。
彼女に任せれば、うまくいくのは確実であった。
「~♪」
相変わらず、魔理沙は鼻歌を歌いながら飛んでいた。
全身で、春の大気を心地よさそうに受けている。
花の香り。
草の香り。
木の香り。
それらが混然となって魔理沙を包む。
深呼吸をすれば、体の隅々まで自然に満たされ、実に気分が良い。
箒の調子も絶好調。
今居る魔法の森を抜けて暫く飛べば、青い湖と紅い館の対比が目に映える紅魔館だ。
幻想郷の大自然の中を、魔理沙は飛んでゆく。
魔理沙の行く手を阻むものは何一つとしてなかった。
そのはず、だった。
「不幸だ、不幸だ、大いなる都、麻の布、また、紫の布や赤い布をまとい、金の宝石と真珠の飾りを着けた都。あれほどの富が、ひとときの間に、みな荒れ果ててしまうとは。」
神主を探して Phase 1
魔理沙が異変に気付いたのは、霧の湖上空にさしかかった時である。
虫が居ない。
鳥が居ない。
妖精が居ない。
普段、あれだけやかましく湖で遊びまわっている者たちが、居ない。
ただ草花が風に揺れ、湖面が波打っているだけであった。
誰も、いない。
「なんだこりゃ、レミリアの奴が癇癪でも起こしたか?」
湖で遊ぶ妖精たちは、チルノを除いて大した力を持たない、弱いものたちである。
レミリアがおどせば、どこかにひっこんでしまうだろう。
「それにしても――虫や鳥もいないってのは妙だな」
一体、どうしたというのか。
何があったというのか。
異変――
異変の匂いがする。
魔理沙の胸中で好奇心がうずいていた。
ただでさえ浮き立っていた心がさらに鼓動を速くする。
いつもそうだった。
異変となると、いつも魔理沙は目をキラキラと輝かせ、我先にと飛び出していったのだ。
紅霧異変の時も、春雪異変の時も、永夜異変の時も。
いつも、異変を解決してやろうと飛び出していったのだ。
しかし、上手くいったためしがない。
霊夢に、先を越されてしまうのである。
天性の勘と比類なき実力。
それで、異変解決と言う甘い果実を、霊夢はもぎとってしまう。
行動だけなら、自分の方が早いし速いと魔理沙は思っていたし、それは事実であった。
しかし、勝てない。
勝ったためしがない。
永夜異変の時に至っては、霊夢と紫の二人にボコられるはめになった。
本当に、霊夢と言う存在は、魔理沙にとって重く、大きな存在であった。
だから今度こそは――
今度こそは自分の手で異変を解決したい。
そう、魔理沙は思った。
ならば、する事は決まっている。
いそいで、魔理沙は家に引き返した。
「~♪」
きっちり半刻の後、魔理沙は紅魔館の正面上空にあった。
懐にはありったけのスペルカード。
服は裏地に防御用のお札を縫い込んである特別な代物だ。
そして丹。
まだ、完璧には程遠い代物だが、無いよりはずっとよい。
プラシーボ効果というものがあるように、こういうものは気合が大事である。
残念ながら飲み込める大きさにはならなかったので、それをかじってきた。
準備万端である。
愛用の箒にも、魔力を増幅するための符を貼り付けてある。
体中を撫で回し、チェックする。
腕良し。
手良し。
指良し。
脚良し。
腹良し。
背良し。
首良し。
頭脳はスッキリとして明澄。
愛用の帽子は、飛ばないようにちゃんと紐をつけている。
大丈夫――
どこも、痛んでいない。
すぐに、やれる。
いま、やれる。
もう異変よ、何処からでも来いと言いたくなる。
「~♪」
意気揚揚と魔理沙は紅魔館の正門を飛び越えた。
門番は、居ない。
外勤のメイドも、居ない。
そして紅魔館の中から時折伝わってくる振動と爆発音。
さあて――
まっ正面から飛び込むのも良い、実に良い。
だが、魔法使いは考え、準備し、最善の方法を選択してこそ一人前だ。
ならば――
紅魔館裏手、魔理沙がよく出入りしている魔法図書館が良い。
あの辺りの内装、家具の配置は知り尽くしている。
あそこにはパチュリーも居る。
パチュリー・ノーレッジ。
動かない大図書館のあだ名で知られる大魔女である。
頭が切れる。
本当に切れる。
あまりに切れすぎて、ときたまキレたことも言うのであるが、それも愛嬌のうちだ。
館の状況を聞くにはうってつけの人材だ。
なにせ、紅魔館で起こる騒動の半分には彼女が噛んでいる。
残り半分は、いうまでもなく館の主人、レミリアによるものだ。
パチュリーが、今回の異変の主犯かもしれない。
いや、しれないというよりほとんど確信に近い。
ならば――
見つけてとっちめる。
異変を解決する。
異変を解決するのは、何時の世でも人間の役目だ。
「私も困ったもんだな」
こんなに心が浮き立つのは久しぶりだ。
霊夢には悪いが、花見の計画なんかよりもワクワクしてしまう。
これから、どんな異変が自分を待っているのか?
大きくても小さくても良いのだ。
そこに異変のある限り、霧雨魔理沙は邁進する――
「さあて、楽しい楽しいショウの時間だ――」
魔理沙は、裏口から紅魔館の中へと入っていった。
これを人は、コソコソと裏口から忍び込むと言う。
「葬式の歌を歌ったのに、悲しんでくれなかった」
無かった。
何も、無かった。
誰も、居なかった。
いつもコーヒーを入れてくれるマイセンのカップとソーサーが、無かった。
いつもパチュリーが魔導書を書いているマホガニーの机が、無かった。
彼女が腰掛けている揃いの椅子が、無かった。
いつもやわらかな光を投げかけている、女神の姿を模した燭台が、無かった。
ムスリム文様の美しいペルシャ絨毯が、無かった。
彼女が仮眠をとるチェスターフィールドスタイルのソファーが、無かった。
見るだけで圧倒される巨大な本棚が、無かった。
そして、彼女が愛してやまない無数の本が、無かった。
ただがらんどうとした空間が、そこにあった。
ただ、あった。
「なんだ、引越しか?」
紅魔館自体が幻想郷に最近引っ越してきたものである。
有り得ない話では無い。
では、館にときおり響くこの爆発音は何なのか。
床や壁に残された焦げ跡や傷痕は何なのか。
嫌な予感がする。
それも、とてつもなく嫌な予感だ。
妙な寒気のようなものが、魔理沙を襲った。
魔法使いとしてではない、人間としての勘だ。
本能、といっても良いかもしれない。
それが、この先に進むなと告げている。
なぜ、こうも見事に何もかもが消えているのか。
いや、消されているのか――
引き返すなら、今が最後のチャンスかもしれない。
だが――
「ここまで来たんだ――」
霧雨魔理沙としての意地が、それを思いとどまらせた。
「私が、この異変を解決してやるぜ」
こうして魔理沙は、爆発音のする方へと箒を進めていった。
そこに何が待受けるかも、知らないままに。
「さよならを、教えて」
魔理沙は、爆発音のする方へと飛んでいく。
紅魔館を飾っていた豪奢な調度品は全て無くなっていた。
のっぺりとして空間が、ただそこにあった。
一体何がどうなっているというのか?
そう思いながら角を曲がった所、穴があった。
穴である。
真っ黒な穴があった。
どれほどの深さがあるのかも分からぬ穴があった。
その穴の上に、レミリアが居た。
そして、霊夢が居た。
「霊夢――」
二人は、闘っていた。
符。
殴。
符。
蹴。
符。
玉。
爪。
針。
手刀。
符。
針。
蹴。
針。
針。
殴。
符。
玉。
符。
玉。
目にも止まらぬ連撃であった。
その攻撃を、互いに受け、かわし、はじき、流した。
見事な動きであった。
レミリアは判る。
吸血鬼の持つ圧倒的な肉体のポテンシャル。
それが、人の及ばぬ動きを可能にする。
しかし、霊夢も負けていない。
むしろ、押している。
霊夢が、押しているのである。
おびただしい数のお札と針と陰陽玉がレミリアを襲っていた。
レミリアはそのほとんどを受け、かわし、はじき、流していた。
しかし、足りない――
お札に、針に、陰陽玉に、からめとられてしまう。
体のあちこちにお札が貼り付いている。
針が刺さっている。
陰陽玉の当ったアザがある。
レミリアの体は、ボロボロであった。
霊夢の体にも、あちこちに傷があった。
なぜそこまでしているのか――
弾幕ごっこでも怪我ぐらいする。
しかし、二人のそれは弾幕ごっこのそれを越えていた。
まさか――
弾幕ごっこではないのか?
弾幕ごっこ――
幻想郷の少女達が、擬似的に命を賭して戦うためのルールである。
このルールがあるからこそ、人間と妖怪が無闇な殺生をする事なしに、お互いの技量を磨く事が出来るのである。
なのに、それを、しないというのか――
己の命を賭して、闘っているというのか――
なぜだ。
なぜなのか。
なぜ二人が戦わなければならないのか?
そう、魔理沙が考えている間にも、二人の攻撃は止まらなかった。
符。
爪。
符。
掴。
流。
針。
玉。
叩。
受。
符。
符。
蹴。
流。
玉。
玉。
符。
爪。
符。
止まらなかった。
魔理沙の存在など無いかのように、お互いの攻撃に集中していた。
「なにやってるんだよ、二人とも――」
二人は、答えない。
「なにやってるんだよ二人とも!」
二人は、答えない。
ただ、闘っていた。
なぜ闘っているのか――
そして、下の穴は一体何か――
答えてくれる者は、いない。
ただ、二人から流れ出す殺気を、魔理沙はビリビリと感じ取っていた。
一体何がどうなっているというのか?
美鈴は、パチュリーは、咲夜は、一体何処にいってしまったというのか?
判らなかった。
「ああっ――」
悲鳴を聞いて、魔理沙は我に帰った。
レミリアの悲鳴であった。
「くそっ、くそっ」
レミリアが囲まれていた。
結界。
四重の結界である。
レミリアを包み込んだまま、結界はゆっくりと穴に向かって降下していた。
霊夢の造った結界から逃れられるものはほとんど無い。
レミリアは、四重の結界の中でもがいていた。
「はああっ!」
殴った。
殴った。
また殴った。
恐るべきはレミリアの、己の肉体に対する信頼。
四重結界を、己の拳で破壊しようとしているのである。
殴った。
凄まじい音を立てて、結界が大きくたわみ、火花を上げた。
殴った。
レミリアの拳がグズグズに圧壊した。
それでも殴った。
空間が歪む。
割れた。
四重の結界のうち、一枚が崩壊した。
驚くべき事に、拳一つで霊夢の結界を破壊したのである。
さらにもう片方の手で殴った。
殴った。
また殴った。
結界が一枚崩壊した。
これで、二枚。
しかし、レミリアを包む結界は、もう穴の淵まで来ていた。
「くそおおっ!」
蹴った。
結界は、びくともしなかった。
内側の結界よりも強固なものであるらしかった。
「割れろ!」
レミリアが、何度も体当たりをかました。
結界は、僅かにたわむだけだった。
レミリアは、結界ごとゆっくりと落下していく。
穴に向かって、落下していく。
「レミリア!」
魔理沙は、レミリアを助けようとした。
「やめなさい――」
針。
符。
針。
符。
針。
符。
「一度入ると出られないわよ」
駄目だった。
近寄る事すら出来なかった。
霊夢のお札と針に、足を止められてしまう。
なぜ、そこまでするのか――
レミリアは、どんどん小さくなっていく。
穴は、相当の深さがあるらしかった。
「神主に会え! 魔理沙!」
地の底から、レミリアの叫ぶ声が聞こえた。
「神主に会うんだ! 魔理沙!」
そう言い残し、レミリアは穴に飲まれた。
レミリアを飲み込むと、穴は閉じてしまった。
神主――
神主とは一体何者か――
なぜ、神主に会わなければいけないのか――
神主に会うとどうなるというのか――
「霊夢――」
「なによ」
「消えちまったぜ」
「そうね」
「これは、お前の仕業か?」
「そうよ」
何が、とも言わなかった。
何を、とも言わなかった。
「咲夜は、パチュリーは、美鈴は、フランドールは、メイド達は、何処に居るんだ?」
「みんなあの中に居るわ」
霊夢は平然と答えた。
「なあ? 何でこんな事したんだ?」
「あの人が決めたのよ」
あの人とは誰か――
それが――
「神主、か」
「そうよ、判ってるじゃない」
「なあ、なぜなんだ?」
魔理沙は問うた。
「なぜ神主が決めたからって、こんなことをしなけりゃならないんだ?」
血を吐くような問いだった。
「あの人の決める事は絶対なの。守らなければならないの」
「それはなぜなんだ?」
「知らないわ、そういうことに決まっているもの」
霊夢は平然と答えた。
「なあ。神主って一体何なんだ?」
「あの人はあの人よ」
「何を言っているか、判らないぜ」
「判らなくても良いのよ。あの人はあの人だから」
「レミリアを――」
魔理沙は問うた。
「咲夜を、パチュリーを、美鈴を、フランドールを、メイド達を、助ける事は出来ないのか?」
「助ける? どうして?」
霊夢は不思議そうに答えた。
「別に死んだわけじゃないわ。出て来れなくなっただけ」
「何で、何でそんな事が言えるんだよ――」
魔理沙は震えていた。
「レミリアは、咲夜は、お前の友達じゃなかったのかよ――」
「友達よ。だから何?」
魔理沙は絶句した。
これは何か――
目の前に居る、霊夢の姿をした物は一体何か――
「それじゃあ、私戻るから」
霊夢は、きびすを返し、飛び立った。
魔理沙は、動けなかった。
「泣け、叫べ、君にはその権利がある」
神主を探して Phase 2
判らない。
霊夢が、判らない。
なぜ、友達を消す事が出来るのか、判らない。
なぜ、友達を消して平然としていられるのか、判らない。
判らない。
自分が何をすべきか、判らない。
自分は何が出来るのか、判らない。
判らない。
魔理沙は鬱々と考えていた。
魔法の森にある自分の家の自分の部屋で。
机の上には、押し花が散らばっていた。
パチュリーに教わり、押し花で風景画を描こうとしているのだ。
桜舞い散る博麗神社を、押し花を組み合わせる事で再現しようとしていた。
大分苦戦したが、それでもかなり形にはなってきていた。
霊夢へのプレゼントに、と考えていたものだった。
プレゼント。
魔理沙だけではない、レミリアや咲夜も、霊夢のバースデーケーキを準備しようとしていた。
みんなで、霊夢の誕生日を祝おうとしていたのだ。
それなのに――
みんな、みんな消えてしまった。
よりにもよって、霊夢の手で――
なぜなんだ。
なぜ、消されなければならなかったんだ。
なぜ、消さなければならなかったんだ。
神主が、そうするように言ったのだという。
神主――
一体何者か――
何故、霊夢にあのような事をさせるのか――
神主――
何が目的なのか――
神主――
判らない。
「なにをグズグズと考えているのかしら?」
突然、虚空から声が聞こえた。
魔理沙は、顔を上げた。
空中に、生首が浮かんでいた。
「お前か、紫――」
スキマ妖怪、八雲紫であった。
「おまえは、まだ消えてなかったんだな。」
「ええ、おかげさまで」
「いい加減スキマから出てくれないか、首だけが浮かんでると、どうも落ち着かない」
「はいはい」
ぬっと虚空から体が滑り出した。
スキマから、首だけを出していたのだった。
「なあ――」
魔理沙はポツリと問うた。
「神主ってのは一体何なんだ? お前は知ってるか?」
「あの方は幻想郷の創世者。全ての式の王たるお方。アルファでありオメガであるお方。全ての始まりにして終わりであるお方。幻想郷の万物は、砂の一粒一粒に至るまで、あの方に依らずして生まれず、依らずして消えない―― そんなお方ね」
「訳が分からないぜ」
「あなたなんかに判ってもらえるはずもありません。私たちなんかが理解しようとする事もおこがましい、そんなお方なのです」
神主――
だから何だというのか――
「だからって――」
魔理沙は言った。
「なんで、霊夢に友達を消させるようなまねをするんだ?」
「友達だから何だというの? あの方にはあの方なりの考えがあるのです」
「お前までそんな言い方をするんだな。じゃあ、その考えってのは一体何なんだ?」
「そんなこと、私が知ろうはずも有りません」
ちろり、と紫は舌を出した。
「ただ、あの方は幻想郷を本当に愛していらっしゃいます。あの方のなさる事は、全て幻想郷のためなのですよ」
「判らないぜ。なぜ皆を消す事が幻想郷のためになるのか、判らない。判りたくも無い。私は――」
魔理沙は立ち上がり、言った。
「私はただ皆と一緒に泣いたり、笑ったり、酒を飲んだり、弾幕ごっこをしたりしたいだけなんだ。それだけなんだ。それを出来なくするっていうなら――」
「できなくするならなんだというの?」
「決めたぜ、神主に会う」
「――」
「神主に会って、こんな馬鹿げた事は止めさせるんだ」
「愚かね――」
「ああ、愚かさ。愚かで良いんだ。一生愚かなままで良いね。そういう訳だ、神主に会わせろ――」
「そんなことは出来ません」
「脅してでもいうことを聞かせるぜ」
「会わせたくないから会わせられないのではなく、不可能だから会わせられないのです。私が出来るのはスキマを操る事だけ。どんなスキマを操ったらあの方と会う事が出来るのか、想像もつきません」
「そうか、なら――」
魔理沙は部屋の出口へと歩を進めた。
「どこへ、行こうというの?」
「決まってるさ、神主っていうんだろ? 神主なら神社に居るに決まってるじゃないか」
「本当に愚かね」
「愚かで良いんだよ。じゃあな」
魔理沙は、神社に向かって飛び立った。
後には、紫が残された。
「良いのですか? 放っておいて?」
また、虚空から声が響いてきた。
紫の式、藍のものだった。
「良いのよ。あの子に何が出来るというの?」
「しかし――」
「それに、霊夢が何とかしてくれるわよ」
「そうでしょうか――」
「心配性ね。本当に放っておいても良いのよ。霊夢に任せましょう。じゃあ、私たちも消えましょうか」
「――」
「藍」
「紫様――」
「なあに?」
「紫様の式である事が出来て、私、本当に幸せでした。また、お会いできる事を祈っています」
「――」
紫は、答えなかった。
「ラマで声が聞こえた。激しく嘆き悲しむ声だ。ラケルは子供たちのことで泣き、慰めてもらおうともしない、子供たちがもういないから」
神主を探して Phase 3
幻想郷は、赤い夕日に照らされていた。
魔理沙は、神社に行く前に、幻想郷の各所を見て回る事にした。
紅魔館。
無かった。
のっぺりとした空間が、ただそこにあった。
白玉楼。
無かった。
のっぺりとした空間が、ただそこにあった。
永遠亭。
無かった。
のっぺりとした空間が、ただそこにあった。
人里。
無かった。
のっぺりとした空間が、ただそこにあった。
どこもどこも!
魔理沙の心の中に、怒りがあった。
神主――
必ず見つけてとっちめてやる。
そのためには、まずしなければならないことがある。
魔理沙は、神社に向かった。
魔理沙は、箒で降り立った。
博麗神社、境内。
霊夢は、夕陽を背にして立っていた。
影になって、表情はよく見えない。
傍らには、あの黒い穴があった。
「見つけたぜ、霊夢――」
「遅かったわね」
「おや、待たせちまったか?」
「ええ、次は私と、あんたの番なの」
「おおっと、言っとくが、私はそんな穴に大人しく入るつもりは無いぜ」
「判ってるわ。だから――」
霊夢の気が、一気に膨れ上がった。
殺気。
殺気だ。
殺気をびりびりと、肌で、魔理沙は感じていた。
「私が入れてあげる――」
博麗の巫女としての霊夢が、魔理沙の目の前に立っていた。
符。
針。
星。
星。
玉。
符。
星。
星。
針。
星。
符。
星。
玉。
星。
針。
星。
迫り来るお札を、針を、陰陽玉を、星弾で打ち落とす。
打ち落とせなかった分を、体を動かして受け、流し、かわした。
今の所、数はほぼ互角。
やや霊夢が押している。
いつまでこの状況が続くか――
魔理沙は考えていた。
攻撃をしながら、考えていた。
攻撃をかわしながら、考えていた。
どうすれば霊夢に勝てるか、考えていた。
霊夢は強い。
本当に強い。
全力を出しても、魔理沙が押されている。
しかも、まだ霊夢は全力を出していない。
そう感じさせる攻撃だ。
逆に言うなら、攻撃にまだ甘さがある。
ならば――
今が、チャンスかもしれない。
螺旋を描く星弾で霊夢を絡めとり、ファイナルマスタースパークで一気に刈り取る!
魔法は火力だ。
火力で一気にけりをつけてやる!
符。
星弾で逃げ道をふさぎ――
針。
精神を集中し――
星。
符に魔力をこめる――
星。
皆への思い――
玉。
霊夢への思い――
星。
「思い」をこめる――
針。
ありったけの「思い」をこめる!
星。
来い、来い霊夢。
符。
来た!
星。
今だ!
「いくぜ、霊夢!」
ファイナルマスタースパーク。
恋の大魔砲である。
放った。
一気に放った。
その時、だった。
「封」
打ち落としたはずのお札が合わさり、結界を形成した。
八重結界。
絶望があった。
ファイナルマスタースパークは、結界の一部を破壊しながら乱反射し、結界の内部を焼き尽くした。
罠だったのだ。
攻撃に甘さがあったのは、これを狙ったものだったのだ。
相手の魔力を生かしてとどめをさす。
流石は霊夢――
なんと非常で合理的な――
その思いを最後に、魔理沙の意識はブラックアウトした。
「事は成就した。わたしはアルファでありオメガである。初めであり、終わりである。渇いている者には、命の水の泉から価なしに飲ませよう。勝利を得る者は、これらのものを受け継ぐ。わたしはその者の神になり、その者はわたしの子となる。しかし、おくびょうな者、不信仰な者、忌まわしい者、人を殺す者、みだらな行いをする者、魔術を使う者、偶像を拝む者、すべてうそを言う者、このような者たちに対する報いは、火と硫黄の燃える池である。それが、第二の死である」
神主を探して Last Phase
一人の女性と、一人の女の子が、焚き火に当っている
女性はぐい呑みを持ち、女の子は少し大きめのマグカップをもっている。
マグカップからは湯気が立ち上っている。
ホットミルクだ。
女の子が、ホットミルクを飲んでいるのである。
舌を火傷せぬよう、ちびちびと飲んでいる。
凍えた両手を温めようと、両手でマグカップを包み込んでいる姿が、妙に愛らしい。
対して、女性が飲んでいるのは、酒だ。
度の強い蒸留酒を、ストレートで。
夜の大気で冷やされたそれを、うまそうにぐいぐい飲んでいる。
ふと、女性が口を開いた。
「ねえ、魔理沙。霊夢についてどう思う?」
「霊夢、ですか――」
魔理沙と呼ばれた女の子が答えた。
「霊夢はすごいです。でも、ずるいです」
「ずるい? なんでずるいんだい?」
「霊夢は修行が嫌いで、修行なんかほとんどしないのに、私より強くて、何をしても私より上手で、ずるいです」
「なるほどね――」
女性は、優しい笑みをして答えた。
「でもね、魔理沙。霊夢からしたらあんたの方がずるいかもよ」
「なんでですか? 私の何処が――」
「見てな」
女性が、何かつぶやいた。
呪文だ。
呪文を、唱えているのである。
すると――
「きゃあ!」
星。
星。
星。
星。
星。
星。
星の光が、シャワーのように二人に降り注いだ。
星の光は二人を取り囲み、まるでダンスを踊るかのように舞い踊った。
なんと――
なんと幻想的な光景だろうか。
魔理沙は、舞い踊る星々を食い入るように見つめていた。
「魔理沙、これをどう思う?」
「すごいです! 私もはやく、こんな魔法が使えるようになりたい――」
「それさ」
女性が、我が意を得たりというように言った。
「霊夢にはそれが無い」
「それ?」
「霊夢には感動がないのさ――」
女性は、ぞわりととんでもない事を言った。
「博麗の巫女、霊夢は天才さ。それはお前も良く知ってるだろう。同年代の子供はおろか、大人ですら、霊夢には及ばない。それだけの巫術的な素質を有している。何でも人並み以上にこなせちまう。すごいわな。だが、そんな天才にも一つない物がある。それが――」
「感動、ですか――」
「そうだよ、判ってるじゃないか。天才には感動が無い。苦労して修行して、その末に出来るようになったっていう経験が無いんだ。だから、霊夢はいつも退屈なんだ。毎日縁側でお茶を飲むしかない。修行でもすれば良いと思うかもしれないが、しなくても今出来ているんだからする必要が無い。魔理沙、お前は今、涙を、汗を、そして血を流し魔法を身に付けようとしている。霊夢には、それが無いんだ。だから、魔理沙――」
とても優しい笑みで、女性は言った。
「あんただけは、霊夢の――」
霊夢の――
霊夢の、何であったか。
私は一体、霊夢の何にならなければならなかったのか?
判らない。
思い出せない。
そうだ、今、私はどうなってるんだ?
ファイナルマスタースパークを撃とうとして――
霊夢にはめられたんだった。
ここは何処だ?
判らない。
生きているのか、死んでいるのかも判らない。
浮遊感。
ただただ、漂っている感じがする。
目の前には灰色の空間が広がっていた。
何も無い。
立っているのか寝ているのかも判らない。
ただただ、漂っていた。
ふと気が付くと、目の前に、一人の男が座っていた。
黒のトレーナーに、洗い晒しのジーンズという無造作な格好が、不思議とその男には似合っていた。
その男は、何かを一心不乱に飲んでいた。
麦酒だ。
独逸麦酒である。
軽やかな苦味とどっしりとしたコク、そして花のような香りが特徴の、ザクセン州の麦酒である。
それにしても、なんと旨そうに麦酒を飲むことか――
砂漠の遭難者が、久々に水にありついたとでもいうように、旨そうに麦酒を飲んでいる。
この男、何者か――
このような場所で、一人悠然と麦酒を飲むこの男は、一体何者か――
魔理沙は問うた。
「あんた、一体何者なんだ?」
「神主です」
男は、事も無げに答えた。
神主――
こんな所にいたのか――
そして、少女は神主と出会う
魔理沙の前に、一人の男が座っている。
柔和そうな微笑みを、顔に浮べている。
神主――
博麗神社神主――
神主である。
神主が、そう述べたのである。
幻想郷の創世者。
全ての式の王たる男。
アルファであり、オメガである男。
全ての始まりにして、終わりである男。
万物は全て、砂の一粒一粒にいたるまで、この男に依らずして生まれず、この男に依らずして消えない。
ぞわり、と魔理沙の背すじを、蟲が這いずるような悪寒が走った。
小刻みに、体が震えてしまう。
この男と――
この男と、私は、闘おうとしているのか。
この男と闘って、幻想郷を取り戻そうとしているのか。
皆とまた宴会をするために、私は、この男と闘おうとしているのか。
できるか、私に――
できるだろう、と思う。
それくらいの無鉄砲さは持っている。
だが、出来ないだろうとも思う。
私は、無意識のうちに、この男によって与えられた式に従ってしまうだろう。
神主には、それが無い。
そのような場合、戦いの結末は自ずと明らかである。
当然神主が勝つ。
魔理沙は、神主の攻撃に対して対策を練る事が出来ないが、神主にはそれが出来るからである。
勝負にすらならない。
その程度の判断力を、魔理沙は有していた。
勝てない――
だが、勝たなくてはならない。
この目の前の男に勝って、皆を取り戻さなければならない。
皆とまた宴会をするために――
魔理沙がそう考えていると、ふいに神主が口を開いた。
「そんなに怖い顔しないで下さい。弾幕ごっこなんてできませんよ」
「な―― じゃあ、何ができるっていうんだ?」
そういうと、ふと神主の顔から笑みが消えた。
「始原に言ありけり。光あれ」
光があった。
光と闇があった。
その中に、魔理沙と神主があった。
神主は、また困ったような笑みを浮べていた。
「ざっとまあこんな所です」
なんという――
なんという男か。
なんという大魔法を事も無げに使う男か。
いや、大魔法ではない。
創ったのだ。
言だけで、光を無から創ったのだ。
魔理沙はただ呆然としていた。
どうしろというのだ――
どうやってこの男に立ち向かえというのか。
どうやって元の幻想郷を取り戻せというのか。
判らない。
だが、あきらめるのは私らしくない。
そう、魔理沙は思い、口を開いた。
「なあ―― あんた神主なんだろ。お願いがあるんだ。皆を、元に戻して欲しい。私は、皆と一緒に泣いたり笑ったり酒を飲んだり弾幕ごっこをしたりしたいんだ。頼む! お願いだ!」
「良いですよ」
いともあっさりと神主は答えた。
「その代わり、貴女の未来を頂きます」
「――いいぜ、未来なんかくれてやる。皆と一緒にいられるっていうんならそんなもの欲しくないね」
「ところで――」
神主がさらに続けた。
「知らない人のいうことを聞くことは出来ません。貴女は誰ですか? 私が幻想郷を作ったときに貴女は一体何処で何をしていたのですか?」
「私は、霧雨魔理沙だぜ」
「私は貴女の名前を聞いているのではありません。貴女は、誰ですか?」
「私は、普通の魔法使いだぜ」
「私は貴女の職業を聞いているのではありません。貴女は、誰ですか?」
「私は普通の女だぜ」
「私は貴女の性別を聞いているのではありません。貴女は、誰ですか?」
「私は霧雨家の長女で――」
「私は貴女の家族を聞いているのではありません。貴女は、誰ですか?」
魔理沙は答えられなかった。
答えようが無かった。
一体何を求められているのか、判らなかった。
だが、この問いに答えなくてはならない。
皆とまた宴会をするために。
魔理沙は考えた。
必死で考えた。
「私は、私は――」
私は、何だというのか?
霧雨魔理沙でもなく、普通の魔法使いでもなく、少女でもなく、霧雨家の長女でもない私――
「私は――」
私は、何だというのか?
のどの所まで、答えが出てきているような気がする。
だが、それが出てこない。
ありとあらゆる属性を剥ぎ取った、裸の私とは一体何なのか?
属性を剥ぎ取って、何が残るというのか。
私は、霧雨魔理沙であり、普通の魔法使いであり、少女であり、霧雨家の長女だ。
ならば、それを剥ぎ取って何が残るというのか?
何が残るというのか?
何も、残らなかった。
いや違う。
残ってはいるのだが、恐らくそれは神主の求めている答えではない。
では答えは何だ?
無か?
私は無だというのか?
糞――
違う、私は――
ついに答えが、魔理沙の体を突き破って出てきた。
「私は私だ!」
「貴女は誰ですか?」
「霧雨魔理沙も私だ! 普通の魔法使いも私だ! 女も私だ! 霧雨家の長女も私だ! その他にもいろいろあるが、私は私なんだ!」
「貴女は誰ですか――」
「私は私だ! 私は霊夢の大親友なんだ! 私は霊夢を、感動させてやりたいんだ!」
「――そうです、貴女は正しい」
神主の顔に、笑みが戻って来た。
「貴女は貴女です」
答えた。
答えたのだ。
後は――
「では、求めなさい。そうすれば、与えられます。探しなさい。そうすれば、見つかります。門をたたきなさい。そうすれば開かれます。だれでも、求めるものは受け、探すものは見つけ、門をたたく者には開かれます」
「お願いだ。私は皆と弾幕ごっこをしたり、宴会で下らないことを語り合ったり、一緒にお菓子や料理をつくったり、お泊り会を開いたりしたいんだ。皆仲間なんだ。誰一人として無くしたくないんだ。お願いだ神主。皆を元に戻してくれ」
魔理沙は、おもわず涙していた。
「貴女の願いは叶う」
「悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる」
桜。
桜が咲いていた。
爛漫であった。
地を覆わんばかりであった。
天と地をつなぐ境界であった。
その下に、魔理沙は立っていた。
場所は、博麗神社境内。
「――」
「何をぼうっと突っ立ってるのよ魔理沙、あんたが幹事なんだからちゃんとしなさいよね」
霊夢が居た。
「貴女は食べられる妖精?」
ルーミアが居た。
「うう、チルノお姉ちゃんこわいよー」
大妖精が居た。
「ちょっとあんた、あたいの大妖精にへんなことするんじゃない!」
チルノが居た。
「一番美鈴。いっきまーす!」
美鈴が居た。
「パチュリー様、見てください。もう出来上がってますわ」
小悪魔が居た。
「ええっと。美鈴に宴会芸をさせる方法はっと」
パチュリーが居た。
「美鈴ったら。お片付けがたいへんだわ」
咲夜が居た。
「おとなしくしてなさいね」
レミリアが居た。
「してるってば。あーお酒怖い」
フランドールが居た。
「ううっ、溶ける……」
レティが居た。
「目が回る~~」
橙が居た。
「れ、霊夢の誕生日だからって、プレゼントをつくったりなんかしてないんだからね! これは家にたまたまあったから持ってきただけなんだから!」
アリスが居た。
「春ですよー 桜が満開です。幸せです」
リリーが居た。
「さあ、皆さん!」
ルナサが居た。
「プリズムリバー楽団の!」
メルランが居た。
「新春初ライブはっじまるよー!」
リリカが居た。
「ああ、おつまみがもう無い!」
妖夢が居た。
「美味しかったわ~」
幽々子が居た。
「ああ、橙。駄目じゃない。お酒なんか飲んじゃ」
藍が居た。
「まあまあ。今日くらいは大目にみてあげなさいな」
紫が居た。
「おらおらおらおら、飲めー!」
萃香が居た。
「やめてー私の可愛い虫たちがアルコール漬けにー!」
リグルが居た。
「月が闇を照らすとき夜雀が空を舞う~♪」
ミスティアが居た。
「こんなに妖怪が入り浸ってるなんて、霊夢は一体何をしているんだ。けしからん」
慧音が居た。
「幸せになる小箱。一個十銭で好評発売中でーす」
てゐが居た。
「うう、なんか馴染めない」
鈴仙が居た。
「無理して溶け込もうとしなくても良いのよ。ほら、姫についであげて」
永琳が居た。
「ありがとう。ところで、てゐがどれだけ儲けるか賭けない?」
輝夜が居た。
「ほらほら、慧音。今日は堅苦しい事はいいっこなしよ」
妹紅が居た。
「凄いです、完全自律人形! スクープです! 是非お話聞かせてください」
文が居た。
「スーさん。なんか変な人に絡まれてるんだけど」
メディスンが居た。
「霊夢も人気者になっちゃって。お姉さん嫉妬しちゃうな」
幽香が居た。
「ほらほら、映姫さまも。今日は固いことはいいっこなしでじゃんじゃん飲みましょうよ」
小町が居た。
「そんなことだからいけないのです。いかなる時にも正しい行いをする事を心掛けないといけないのよ。というわけで飲みましょうか」
映姫が居た。
「えへへっ、いまのうちにっピギャ!」
サニーミルクが居た。
「霊夢のドロワーズをっミギャ!」
ルナチャイルドが居た。
「ああ、サニーとルナがやられたー(棒読み)」
スターサファイアが居た。
「初めまして、かな?」
霖之助が居た
「ええ、初めてお目にかかります。外の世界の物品をぜひとも見てみたいものです」
阿求が居た。
「私を霊夢の隣の席にして欲しいのだが」
神主が居た。
「霊夢――」
「何?」
「お誕生日、おめでとう」
「ありがとう」
風がそよぐ。
枝が揺れる。
花びらが舞う。
彼女達は見ている。
今、終わるものが終わり、始まるものが始まろうとしていた。
彼女達は、静かにその時を待っている。
桜は宇宙であった。
桜が咲いていた。
神主を探して 完
さあ友よ、杯を取れ。
過日の思い出をともに語り合おうではないか。
神主を探して Phase 0
「~♪」
春。
杉菜。
蒲公英。
壷菫。
姫踊子草。
赤松。
野木瓜。
車前草。
野幌菊。
そして桜。
満開であった。
春告精に告げてもらうまでもなく、ここ、幻想郷は春真っ盛りであった。
色とりどりの花が咲き乱れる幻想郷を、普通の魔法少女霧雨魔理沙は飛んでいた。
箒である。
愛用の箒だ。
使っているうちに少しずつ魔力を帯び、枝が伸びたり葉が出たりする、なんとも愛嬌のある箒である。
その箒に跨り、鼻歌を歌いながら、魔理沙は飛んでいた。
「~♪」
曲目は、さくら。
この季節にぴったりの曲である。
楽しげに、本当に楽しげに歌っている。
彼女がこんなにも上機嫌なのには訳がある。
彼女は一つの計画を立てていた。
花見の計画である。
場所は、博麗神社――
幻想郷一の桜の名所である。
冥界の白玉楼の桜も見事なものであるが、博麗神社には敵わない。
思わず鬼神が――萃香が――言葉を失ってしまうくらい、見事な桜が咲く。
絶景である。
そして今まさに、神社の桜は見頃を迎えていた。
ならば、その花の下で一日花見をするのは当然の事である。
旨い酒。
旨いつまみ。
これだけあれば完璧だ。
さらに、心踊る音楽があればなおの事良い。
桜の花びらが舞い散る中で、美しい音楽を聞きながら酒とつまみをサカナに陽の元で、月の元で友と語らう。
想像しただけでもワクワクしてくる。
「~♪」
この季節に、花見をしないのはどうかしている。
少なくとも、人生のかなりの部分を損している。
短い人生、楽しまなければ損。
魔理沙は、そう考えていた。
ゆえに花見。
花見である。
花見をするためには、当然準備が要る。
幻想郷の宴会幹事長を自称する魔理沙にはやるべき事が沢山遭った。
紅魔館。
白玉楼。
永遠亭。
魔法の森。
人里。
その他、各所への招待状の配布。
招待状には、各人がそれぞれ一品酒かつまみを持ってくるように書いてある。
酒もつまみも、いろいろあったほうが良い。
そして、プリズムリバー三姉妹への演奏依頼。
彼女達の演奏は、花見にぴったりだ。
ルナサの弾くバイオリンの音は、気持ちを落ち着かせてくれる。
夜桜を眺めながら、友とゆっくり語らうのに彼女の演奏はしっくりくる。
メルランの吹くトランペットの音は、気持ちを盛り上げてくれる。
昼間の陽光の元、ワイワイと楽しく騒ぐのにうってつけだ。
そして、リリカなのだが、正直目立たない。
一番頑張っているのに目立たない。
頑張れ。
ただ、彼女の奏でる幻想の音は、それ自体が話のネタになる。
一体どうしてこんな音がするのだろうか?
なぜ、外の世界からこの音は消えてしまったのだろうか?
そんな風に思いを巡らせながら聞いていると、なかなか風流、かもしれない。
あと、音楽と言えば、忘れてはいけないのがミスティアだ。
あのみょうちくりんな格好に似合わない、激しい曲を歌う。
「ソウルで! ヒートに! ビートを刻め!」
とでもいわんばかりに歌う。
これまたワイワイ騒ぐのに向いている。
しかし、彼女は人間との折り合いが悪く、居ても居なくても良い程度の妖怪だったので、呼ばないことにした。
夜に目が見えなくなるというのもマイナスだ。
八目鰻の蒲焼はつまみとして魅力的だが、おそらくは花見で浮かれて蒲焼を焼くどころではなくなってしまうだろう。
それに、放っておいても来るのは目に見えていた。
去年の春の異変の時もそうだった。
いつの間にか宴会に乱入して、好き勝手に歌うのである。
酒やつまみには一切手をつけない。
ちょっと変わった妖怪である。
「~♪」
とにもかくにも、花見である。
うきうきしてしまう。
魔理沙がこんなにもウキウキしているのには、他にも訳がある。
花見というだけではない。
その日が、霊夢の誕生日なのである。
桜の花びらが、美しく舞い踊る中で霊夢は生まれたと魔理沙は聞いている。
本人が、その光景を覚えていると言うのである。
一般に、生まれた頃の記憶を持つ人間は少ない。
しかし、霊夢なら――
霊夢なら、それくらいのことは出来てもおかしくは無い。
また、霊夢の勘違いだというなら、それでもよかった。
降りしきる桜吹雪の中生まれたなんて風流ではないか。
それをことさらに否定したり疑義をさしはさんだりするのは、無粋というものである。
その程度の雅を解する心を、魔理沙は持っていた。
折角の誕生日なのだ。
盛大に祝ってやりたい。
そう魔理沙は考えた。
しかし、自分一人で出来る事――もちろんそれも大切なのだ――など、たかが知れている。
どうせなら、皆で祝ったほうが霊夢も嬉しいし、自分たちも楽しい。
自明の理である。
そこで、魔理沙は皆の協力を取り付けようとしている。
霊夢に秘密裏に、である。
こういうことは、やはり本人に秘密の方が良い。
サプライズ効果。
驚きの大きいほうが喜びも大きい。
これまでの所、魔理沙の計画はうまくいっていた。
これは、魔理沙よりは霊夢の人徳による所が大きい。
霊夢は、不思議な磁性のようなものを有している。
人を惹き付ける磁性――
人だけではない、妖怪もだ。
霊夢の周りには不思議と人や妖怪が集まる。
人妖分け隔てない態度がそうさせるのか、持ち前の美貌がそうさせるのか、何が原因なのかは判らない。
判らなくても良いのである。
そんなことが判った所で、誰も霊夢みたいにはなれない。
霊夢は霊夢なのである。
それで良いのだ。
かけがえの無い、魔理沙の親友である。
かけがえの無い、魔理沙のライバルである。
霊夢が居るからこそ、修行に張りが生まれるし、今現に、魔理沙の心はこんなにも浮き立っているのである。
霊夢にそのような感情を抱いているのは、魔理沙だけではない。
皆が、霊夢に対して好感を抱いている。
だからこそ、霊夢の誕生日を祝う計画に皆が諸手を挙げて賛同しているのである。
紅魔館の主レミリアも、そんな妖怪の一人だった。
紅魔館の従者咲夜も、そんな人間の一人だった。
この二人が協力するということは、紅魔館が協力するということである。
心強い。
その紅魔館に、魔理沙は打ち合わせをしに行くところであった。
紅魔館にはバースデーケーキを頼む事にしている。
苺ジャムをたっぷり塗ったスポンジケーキを細長く丸め、周りに生クリームをざっくりとかぶせる。
ブッシュドノエルという、なんでもイエスとかいうえらい人の生誕を祝うためのケーキらしい。
誕生日にはぴったりだ。
それと、咲夜には頼み事がある。
宴会の後片付けだ。
花見に限らず、宴会をするとどうしても散らかり、ゴミが出る。
博麗神社で宴会をした事は何度もあるが、山ほどと言うほどではないが、それでも一人で片付けるには大変な程度のゴミが出る。
霊夢一人に片付けさせるのは酷である。
ましてや、今回の宴会では主賓である。
しかし、皆が自分の目に付く所を片付けるようにするだけで、片付けは早く終わり、しかも綺麗になる。
もちろん、招待状には片付けを手伝うように書いてはいるが、よっぱらいが覚えているとは限らない。
だから、こんなときはしっかりした人間に頼むのが一番である。
そこで、魔理沙が目をつけたのが咲夜である。
十六夜咲夜。
紅魔館のメイド長。
紅魔館のメイドたちは基本的に質より量――愛嬌だけはあるのだが――といった具合なので、紅魔館の主要な仕事は実質彼女一人でこなしている。
そのためか、大抵の事はそつなくこなし、かつ速い。
たまに、すっとぼけたことをすることもあるが、それはまあ愛嬌のうちだろう。
とくに掃除が速い。
なにせ、紅魔館の掃除係――表の意味でも裏の意味でもだ――を自称するのだ。
宴会の後片付けを任せるのに、彼女以上の人物は居ない。
また、魔理沙と咲夜は妙に気が合う。
魔理沙は様々な物品を紅魔館から勝手に持ち出しているのだが、それをさまたげられたことはない。
「もらってくぜ」
「まあほどほどにしときなさいよ」
こういわれる程度である。
あきれているのか、というとそうでもない。
どうも、咲夜は魔理沙の事を気に入っているようなのだ。
紅魔館に寄ると、やれ新しいお菓子が出来たから試食していかないかだの、珍しい品が入ったから見ていかないかだの誘いを受ける事が結構あるのである。
年が近く――二歳しか違わないと知ったときは、さすがに魔理沙も驚いた――二人とも珍品コレクターということで気が合うのかもしれない。
そう、魔理沙は思っていた。
まあ、実の所は手のかかる妹のように思われていたのだが。
さて、片付けなどと言う嫌な仕事を頼むなら、できれば気の合う人間の方が良い。
そういうことで咲夜だった。
彼女に任せれば、うまくいくのは確実であった。
「~♪」
相変わらず、魔理沙は鼻歌を歌いながら飛んでいた。
全身で、春の大気を心地よさそうに受けている。
花の香り。
草の香り。
木の香り。
それらが混然となって魔理沙を包む。
深呼吸をすれば、体の隅々まで自然に満たされ、実に気分が良い。
箒の調子も絶好調。
今居る魔法の森を抜けて暫く飛べば、青い湖と紅い館の対比が目に映える紅魔館だ。
幻想郷の大自然の中を、魔理沙は飛んでゆく。
魔理沙の行く手を阻むものは何一つとしてなかった。
そのはず、だった。
「不幸だ、不幸だ、大いなる都、麻の布、また、紫の布や赤い布をまとい、金の宝石と真珠の飾りを着けた都。あれほどの富が、ひとときの間に、みな荒れ果ててしまうとは。」
神主を探して Phase 1
魔理沙が異変に気付いたのは、霧の湖上空にさしかかった時である。
虫が居ない。
鳥が居ない。
妖精が居ない。
普段、あれだけやかましく湖で遊びまわっている者たちが、居ない。
ただ草花が風に揺れ、湖面が波打っているだけであった。
誰も、いない。
「なんだこりゃ、レミリアの奴が癇癪でも起こしたか?」
湖で遊ぶ妖精たちは、チルノを除いて大した力を持たない、弱いものたちである。
レミリアがおどせば、どこかにひっこんでしまうだろう。
「それにしても――虫や鳥もいないってのは妙だな」
一体、どうしたというのか。
何があったというのか。
異変――
異変の匂いがする。
魔理沙の胸中で好奇心がうずいていた。
ただでさえ浮き立っていた心がさらに鼓動を速くする。
いつもそうだった。
異変となると、いつも魔理沙は目をキラキラと輝かせ、我先にと飛び出していったのだ。
紅霧異変の時も、春雪異変の時も、永夜異変の時も。
いつも、異変を解決してやろうと飛び出していったのだ。
しかし、上手くいったためしがない。
霊夢に、先を越されてしまうのである。
天性の勘と比類なき実力。
それで、異変解決と言う甘い果実を、霊夢はもぎとってしまう。
行動だけなら、自分の方が早いし速いと魔理沙は思っていたし、それは事実であった。
しかし、勝てない。
勝ったためしがない。
永夜異変の時に至っては、霊夢と紫の二人にボコられるはめになった。
本当に、霊夢と言う存在は、魔理沙にとって重く、大きな存在であった。
だから今度こそは――
今度こそは自分の手で異変を解決したい。
そう、魔理沙は思った。
ならば、する事は決まっている。
いそいで、魔理沙は家に引き返した。
「~♪」
きっちり半刻の後、魔理沙は紅魔館の正面上空にあった。
懐にはありったけのスペルカード。
服は裏地に防御用のお札を縫い込んである特別な代物だ。
そして丹。
まだ、完璧には程遠い代物だが、無いよりはずっとよい。
プラシーボ効果というものがあるように、こういうものは気合が大事である。
残念ながら飲み込める大きさにはならなかったので、それをかじってきた。
準備万端である。
愛用の箒にも、魔力を増幅するための符を貼り付けてある。
体中を撫で回し、チェックする。
腕良し。
手良し。
指良し。
脚良し。
腹良し。
背良し。
首良し。
頭脳はスッキリとして明澄。
愛用の帽子は、飛ばないようにちゃんと紐をつけている。
大丈夫――
どこも、痛んでいない。
すぐに、やれる。
いま、やれる。
もう異変よ、何処からでも来いと言いたくなる。
「~♪」
意気揚揚と魔理沙は紅魔館の正門を飛び越えた。
門番は、居ない。
外勤のメイドも、居ない。
そして紅魔館の中から時折伝わってくる振動と爆発音。
さあて――
まっ正面から飛び込むのも良い、実に良い。
だが、魔法使いは考え、準備し、最善の方法を選択してこそ一人前だ。
ならば――
紅魔館裏手、魔理沙がよく出入りしている魔法図書館が良い。
あの辺りの内装、家具の配置は知り尽くしている。
あそこにはパチュリーも居る。
パチュリー・ノーレッジ。
動かない大図書館のあだ名で知られる大魔女である。
頭が切れる。
本当に切れる。
あまりに切れすぎて、ときたまキレたことも言うのであるが、それも愛嬌のうちだ。
館の状況を聞くにはうってつけの人材だ。
なにせ、紅魔館で起こる騒動の半分には彼女が噛んでいる。
残り半分は、いうまでもなく館の主人、レミリアによるものだ。
パチュリーが、今回の異変の主犯かもしれない。
いや、しれないというよりほとんど確信に近い。
ならば――
見つけてとっちめる。
異変を解決する。
異変を解決するのは、何時の世でも人間の役目だ。
「私も困ったもんだな」
こんなに心が浮き立つのは久しぶりだ。
霊夢には悪いが、花見の計画なんかよりもワクワクしてしまう。
これから、どんな異変が自分を待っているのか?
大きくても小さくても良いのだ。
そこに異変のある限り、霧雨魔理沙は邁進する――
「さあて、楽しい楽しいショウの時間だ――」
魔理沙は、裏口から紅魔館の中へと入っていった。
これを人は、コソコソと裏口から忍び込むと言う。
「葬式の歌を歌ったのに、悲しんでくれなかった」
無かった。
何も、無かった。
誰も、居なかった。
いつもコーヒーを入れてくれるマイセンのカップとソーサーが、無かった。
いつもパチュリーが魔導書を書いているマホガニーの机が、無かった。
彼女が腰掛けている揃いの椅子が、無かった。
いつもやわらかな光を投げかけている、女神の姿を模した燭台が、無かった。
ムスリム文様の美しいペルシャ絨毯が、無かった。
彼女が仮眠をとるチェスターフィールドスタイルのソファーが、無かった。
見るだけで圧倒される巨大な本棚が、無かった。
そして、彼女が愛してやまない無数の本が、無かった。
ただがらんどうとした空間が、そこにあった。
ただ、あった。
「なんだ、引越しか?」
紅魔館自体が幻想郷に最近引っ越してきたものである。
有り得ない話では無い。
では、館にときおり響くこの爆発音は何なのか。
床や壁に残された焦げ跡や傷痕は何なのか。
嫌な予感がする。
それも、とてつもなく嫌な予感だ。
妙な寒気のようなものが、魔理沙を襲った。
魔法使いとしてではない、人間としての勘だ。
本能、といっても良いかもしれない。
それが、この先に進むなと告げている。
なぜ、こうも見事に何もかもが消えているのか。
いや、消されているのか――
引き返すなら、今が最後のチャンスかもしれない。
だが――
「ここまで来たんだ――」
霧雨魔理沙としての意地が、それを思いとどまらせた。
「私が、この異変を解決してやるぜ」
こうして魔理沙は、爆発音のする方へと箒を進めていった。
そこに何が待受けるかも、知らないままに。
「さよならを、教えて」
魔理沙は、爆発音のする方へと飛んでいく。
紅魔館を飾っていた豪奢な調度品は全て無くなっていた。
のっぺりとして空間が、ただそこにあった。
一体何がどうなっているというのか?
そう思いながら角を曲がった所、穴があった。
穴である。
真っ黒な穴があった。
どれほどの深さがあるのかも分からぬ穴があった。
その穴の上に、レミリアが居た。
そして、霊夢が居た。
「霊夢――」
二人は、闘っていた。
符。
殴。
符。
蹴。
符。
玉。
爪。
針。
手刀。
符。
針。
蹴。
針。
針。
殴。
符。
玉。
符。
玉。
目にも止まらぬ連撃であった。
その攻撃を、互いに受け、かわし、はじき、流した。
見事な動きであった。
レミリアは判る。
吸血鬼の持つ圧倒的な肉体のポテンシャル。
それが、人の及ばぬ動きを可能にする。
しかし、霊夢も負けていない。
むしろ、押している。
霊夢が、押しているのである。
おびただしい数のお札と針と陰陽玉がレミリアを襲っていた。
レミリアはそのほとんどを受け、かわし、はじき、流していた。
しかし、足りない――
お札に、針に、陰陽玉に、からめとられてしまう。
体のあちこちにお札が貼り付いている。
針が刺さっている。
陰陽玉の当ったアザがある。
レミリアの体は、ボロボロであった。
霊夢の体にも、あちこちに傷があった。
なぜそこまでしているのか――
弾幕ごっこでも怪我ぐらいする。
しかし、二人のそれは弾幕ごっこのそれを越えていた。
まさか――
弾幕ごっこではないのか?
弾幕ごっこ――
幻想郷の少女達が、擬似的に命を賭して戦うためのルールである。
このルールがあるからこそ、人間と妖怪が無闇な殺生をする事なしに、お互いの技量を磨く事が出来るのである。
なのに、それを、しないというのか――
己の命を賭して、闘っているというのか――
なぜだ。
なぜなのか。
なぜ二人が戦わなければならないのか?
そう、魔理沙が考えている間にも、二人の攻撃は止まらなかった。
符。
爪。
符。
掴。
流。
針。
玉。
叩。
受。
符。
符。
蹴。
流。
玉。
玉。
符。
爪。
符。
止まらなかった。
魔理沙の存在など無いかのように、お互いの攻撃に集中していた。
「なにやってるんだよ、二人とも――」
二人は、答えない。
「なにやってるんだよ二人とも!」
二人は、答えない。
ただ、闘っていた。
なぜ闘っているのか――
そして、下の穴は一体何か――
答えてくれる者は、いない。
ただ、二人から流れ出す殺気を、魔理沙はビリビリと感じ取っていた。
一体何がどうなっているというのか?
美鈴は、パチュリーは、咲夜は、一体何処にいってしまったというのか?
判らなかった。
「ああっ――」
悲鳴を聞いて、魔理沙は我に帰った。
レミリアの悲鳴であった。
「くそっ、くそっ」
レミリアが囲まれていた。
結界。
四重の結界である。
レミリアを包み込んだまま、結界はゆっくりと穴に向かって降下していた。
霊夢の造った結界から逃れられるものはほとんど無い。
レミリアは、四重の結界の中でもがいていた。
「はああっ!」
殴った。
殴った。
また殴った。
恐るべきはレミリアの、己の肉体に対する信頼。
四重結界を、己の拳で破壊しようとしているのである。
殴った。
凄まじい音を立てて、結界が大きくたわみ、火花を上げた。
殴った。
レミリアの拳がグズグズに圧壊した。
それでも殴った。
空間が歪む。
割れた。
四重の結界のうち、一枚が崩壊した。
驚くべき事に、拳一つで霊夢の結界を破壊したのである。
さらにもう片方の手で殴った。
殴った。
また殴った。
結界が一枚崩壊した。
これで、二枚。
しかし、レミリアを包む結界は、もう穴の淵まで来ていた。
「くそおおっ!」
蹴った。
結界は、びくともしなかった。
内側の結界よりも強固なものであるらしかった。
「割れろ!」
レミリアが、何度も体当たりをかました。
結界は、僅かにたわむだけだった。
レミリアは、結界ごとゆっくりと落下していく。
穴に向かって、落下していく。
「レミリア!」
魔理沙は、レミリアを助けようとした。
「やめなさい――」
針。
符。
針。
符。
針。
符。
「一度入ると出られないわよ」
駄目だった。
近寄る事すら出来なかった。
霊夢のお札と針に、足を止められてしまう。
なぜ、そこまでするのか――
レミリアは、どんどん小さくなっていく。
穴は、相当の深さがあるらしかった。
「神主に会え! 魔理沙!」
地の底から、レミリアの叫ぶ声が聞こえた。
「神主に会うんだ! 魔理沙!」
そう言い残し、レミリアは穴に飲まれた。
レミリアを飲み込むと、穴は閉じてしまった。
神主――
神主とは一体何者か――
なぜ、神主に会わなければいけないのか――
神主に会うとどうなるというのか――
「霊夢――」
「なによ」
「消えちまったぜ」
「そうね」
「これは、お前の仕業か?」
「そうよ」
何が、とも言わなかった。
何を、とも言わなかった。
「咲夜は、パチュリーは、美鈴は、フランドールは、メイド達は、何処に居るんだ?」
「みんなあの中に居るわ」
霊夢は平然と答えた。
「なあ? 何でこんな事したんだ?」
「あの人が決めたのよ」
あの人とは誰か――
それが――
「神主、か」
「そうよ、判ってるじゃない」
「なあ、なぜなんだ?」
魔理沙は問うた。
「なぜ神主が決めたからって、こんなことをしなけりゃならないんだ?」
血を吐くような問いだった。
「あの人の決める事は絶対なの。守らなければならないの」
「それはなぜなんだ?」
「知らないわ、そういうことに決まっているもの」
霊夢は平然と答えた。
「なあ。神主って一体何なんだ?」
「あの人はあの人よ」
「何を言っているか、判らないぜ」
「判らなくても良いのよ。あの人はあの人だから」
「レミリアを――」
魔理沙は問うた。
「咲夜を、パチュリーを、美鈴を、フランドールを、メイド達を、助ける事は出来ないのか?」
「助ける? どうして?」
霊夢は不思議そうに答えた。
「別に死んだわけじゃないわ。出て来れなくなっただけ」
「何で、何でそんな事が言えるんだよ――」
魔理沙は震えていた。
「レミリアは、咲夜は、お前の友達じゃなかったのかよ――」
「友達よ。だから何?」
魔理沙は絶句した。
これは何か――
目の前に居る、霊夢の姿をした物は一体何か――
「それじゃあ、私戻るから」
霊夢は、きびすを返し、飛び立った。
魔理沙は、動けなかった。
「泣け、叫べ、君にはその権利がある」
神主を探して Phase 2
判らない。
霊夢が、判らない。
なぜ、友達を消す事が出来るのか、判らない。
なぜ、友達を消して平然としていられるのか、判らない。
判らない。
自分が何をすべきか、判らない。
自分は何が出来るのか、判らない。
判らない。
魔理沙は鬱々と考えていた。
魔法の森にある自分の家の自分の部屋で。
机の上には、押し花が散らばっていた。
パチュリーに教わり、押し花で風景画を描こうとしているのだ。
桜舞い散る博麗神社を、押し花を組み合わせる事で再現しようとしていた。
大分苦戦したが、それでもかなり形にはなってきていた。
霊夢へのプレゼントに、と考えていたものだった。
プレゼント。
魔理沙だけではない、レミリアや咲夜も、霊夢のバースデーケーキを準備しようとしていた。
みんなで、霊夢の誕生日を祝おうとしていたのだ。
それなのに――
みんな、みんな消えてしまった。
よりにもよって、霊夢の手で――
なぜなんだ。
なぜ、消されなければならなかったんだ。
なぜ、消さなければならなかったんだ。
神主が、そうするように言ったのだという。
神主――
一体何者か――
何故、霊夢にあのような事をさせるのか――
神主――
何が目的なのか――
神主――
判らない。
「なにをグズグズと考えているのかしら?」
突然、虚空から声が聞こえた。
魔理沙は、顔を上げた。
空中に、生首が浮かんでいた。
「お前か、紫――」
スキマ妖怪、八雲紫であった。
「おまえは、まだ消えてなかったんだな。」
「ええ、おかげさまで」
「いい加減スキマから出てくれないか、首だけが浮かんでると、どうも落ち着かない」
「はいはい」
ぬっと虚空から体が滑り出した。
スキマから、首だけを出していたのだった。
「なあ――」
魔理沙はポツリと問うた。
「神主ってのは一体何なんだ? お前は知ってるか?」
「あの方は幻想郷の創世者。全ての式の王たるお方。アルファでありオメガであるお方。全ての始まりにして終わりであるお方。幻想郷の万物は、砂の一粒一粒に至るまで、あの方に依らずして生まれず、依らずして消えない―― そんなお方ね」
「訳が分からないぜ」
「あなたなんかに判ってもらえるはずもありません。私たちなんかが理解しようとする事もおこがましい、そんなお方なのです」
神主――
だから何だというのか――
「だからって――」
魔理沙は言った。
「なんで、霊夢に友達を消させるようなまねをするんだ?」
「友達だから何だというの? あの方にはあの方なりの考えがあるのです」
「お前までそんな言い方をするんだな。じゃあ、その考えってのは一体何なんだ?」
「そんなこと、私が知ろうはずも有りません」
ちろり、と紫は舌を出した。
「ただ、あの方は幻想郷を本当に愛していらっしゃいます。あの方のなさる事は、全て幻想郷のためなのですよ」
「判らないぜ。なぜ皆を消す事が幻想郷のためになるのか、判らない。判りたくも無い。私は――」
魔理沙は立ち上がり、言った。
「私はただ皆と一緒に泣いたり、笑ったり、酒を飲んだり、弾幕ごっこをしたりしたいだけなんだ。それだけなんだ。それを出来なくするっていうなら――」
「できなくするならなんだというの?」
「決めたぜ、神主に会う」
「――」
「神主に会って、こんな馬鹿げた事は止めさせるんだ」
「愚かね――」
「ああ、愚かさ。愚かで良いんだ。一生愚かなままで良いね。そういう訳だ、神主に会わせろ――」
「そんなことは出来ません」
「脅してでもいうことを聞かせるぜ」
「会わせたくないから会わせられないのではなく、不可能だから会わせられないのです。私が出来るのはスキマを操る事だけ。どんなスキマを操ったらあの方と会う事が出来るのか、想像もつきません」
「そうか、なら――」
魔理沙は部屋の出口へと歩を進めた。
「どこへ、行こうというの?」
「決まってるさ、神主っていうんだろ? 神主なら神社に居るに決まってるじゃないか」
「本当に愚かね」
「愚かで良いんだよ。じゃあな」
魔理沙は、神社に向かって飛び立った。
後には、紫が残された。
「良いのですか? 放っておいて?」
また、虚空から声が響いてきた。
紫の式、藍のものだった。
「良いのよ。あの子に何が出来るというの?」
「しかし――」
「それに、霊夢が何とかしてくれるわよ」
「そうでしょうか――」
「心配性ね。本当に放っておいても良いのよ。霊夢に任せましょう。じゃあ、私たちも消えましょうか」
「――」
「藍」
「紫様――」
「なあに?」
「紫様の式である事が出来て、私、本当に幸せでした。また、お会いできる事を祈っています」
「――」
紫は、答えなかった。
「ラマで声が聞こえた。激しく嘆き悲しむ声だ。ラケルは子供たちのことで泣き、慰めてもらおうともしない、子供たちがもういないから」
神主を探して Phase 3
幻想郷は、赤い夕日に照らされていた。
魔理沙は、神社に行く前に、幻想郷の各所を見て回る事にした。
紅魔館。
無かった。
のっぺりとした空間が、ただそこにあった。
白玉楼。
無かった。
のっぺりとした空間が、ただそこにあった。
永遠亭。
無かった。
のっぺりとした空間が、ただそこにあった。
人里。
無かった。
のっぺりとした空間が、ただそこにあった。
どこもどこも!
魔理沙の心の中に、怒りがあった。
神主――
必ず見つけてとっちめてやる。
そのためには、まずしなければならないことがある。
魔理沙は、神社に向かった。
魔理沙は、箒で降り立った。
博麗神社、境内。
霊夢は、夕陽を背にして立っていた。
影になって、表情はよく見えない。
傍らには、あの黒い穴があった。
「見つけたぜ、霊夢――」
「遅かったわね」
「おや、待たせちまったか?」
「ええ、次は私と、あんたの番なの」
「おおっと、言っとくが、私はそんな穴に大人しく入るつもりは無いぜ」
「判ってるわ。だから――」
霊夢の気が、一気に膨れ上がった。
殺気。
殺気だ。
殺気をびりびりと、肌で、魔理沙は感じていた。
「私が入れてあげる――」
博麗の巫女としての霊夢が、魔理沙の目の前に立っていた。
符。
針。
星。
星。
玉。
符。
星。
星。
針。
星。
符。
星。
玉。
星。
針。
星。
迫り来るお札を、針を、陰陽玉を、星弾で打ち落とす。
打ち落とせなかった分を、体を動かして受け、流し、かわした。
今の所、数はほぼ互角。
やや霊夢が押している。
いつまでこの状況が続くか――
魔理沙は考えていた。
攻撃をしながら、考えていた。
攻撃をかわしながら、考えていた。
どうすれば霊夢に勝てるか、考えていた。
霊夢は強い。
本当に強い。
全力を出しても、魔理沙が押されている。
しかも、まだ霊夢は全力を出していない。
そう感じさせる攻撃だ。
逆に言うなら、攻撃にまだ甘さがある。
ならば――
今が、チャンスかもしれない。
螺旋を描く星弾で霊夢を絡めとり、ファイナルマスタースパークで一気に刈り取る!
魔法は火力だ。
火力で一気にけりをつけてやる!
符。
星弾で逃げ道をふさぎ――
針。
精神を集中し――
星。
符に魔力をこめる――
星。
皆への思い――
玉。
霊夢への思い――
星。
「思い」をこめる――
針。
ありったけの「思い」をこめる!
星。
来い、来い霊夢。
符。
来た!
星。
今だ!
「いくぜ、霊夢!」
ファイナルマスタースパーク。
恋の大魔砲である。
放った。
一気に放った。
その時、だった。
「封」
打ち落としたはずのお札が合わさり、結界を形成した。
八重結界。
絶望があった。
ファイナルマスタースパークは、結界の一部を破壊しながら乱反射し、結界の内部を焼き尽くした。
罠だったのだ。
攻撃に甘さがあったのは、これを狙ったものだったのだ。
相手の魔力を生かしてとどめをさす。
流石は霊夢――
なんと非常で合理的な――
その思いを最後に、魔理沙の意識はブラックアウトした。
「事は成就した。わたしはアルファでありオメガである。初めであり、終わりである。渇いている者には、命の水の泉から価なしに飲ませよう。勝利を得る者は、これらのものを受け継ぐ。わたしはその者の神になり、その者はわたしの子となる。しかし、おくびょうな者、不信仰な者、忌まわしい者、人を殺す者、みだらな行いをする者、魔術を使う者、偶像を拝む者、すべてうそを言う者、このような者たちに対する報いは、火と硫黄の燃える池である。それが、第二の死である」
神主を探して Last Phase
一人の女性と、一人の女の子が、焚き火に当っている
女性はぐい呑みを持ち、女の子は少し大きめのマグカップをもっている。
マグカップからは湯気が立ち上っている。
ホットミルクだ。
女の子が、ホットミルクを飲んでいるのである。
舌を火傷せぬよう、ちびちびと飲んでいる。
凍えた両手を温めようと、両手でマグカップを包み込んでいる姿が、妙に愛らしい。
対して、女性が飲んでいるのは、酒だ。
度の強い蒸留酒を、ストレートで。
夜の大気で冷やされたそれを、うまそうにぐいぐい飲んでいる。
ふと、女性が口を開いた。
「ねえ、魔理沙。霊夢についてどう思う?」
「霊夢、ですか――」
魔理沙と呼ばれた女の子が答えた。
「霊夢はすごいです。でも、ずるいです」
「ずるい? なんでずるいんだい?」
「霊夢は修行が嫌いで、修行なんかほとんどしないのに、私より強くて、何をしても私より上手で、ずるいです」
「なるほどね――」
女性は、優しい笑みをして答えた。
「でもね、魔理沙。霊夢からしたらあんたの方がずるいかもよ」
「なんでですか? 私の何処が――」
「見てな」
女性が、何かつぶやいた。
呪文だ。
呪文を、唱えているのである。
すると――
「きゃあ!」
星。
星。
星。
星。
星。
星。
星の光が、シャワーのように二人に降り注いだ。
星の光は二人を取り囲み、まるでダンスを踊るかのように舞い踊った。
なんと――
なんと幻想的な光景だろうか。
魔理沙は、舞い踊る星々を食い入るように見つめていた。
「魔理沙、これをどう思う?」
「すごいです! 私もはやく、こんな魔法が使えるようになりたい――」
「それさ」
女性が、我が意を得たりというように言った。
「霊夢にはそれが無い」
「それ?」
「霊夢には感動がないのさ――」
女性は、ぞわりととんでもない事を言った。
「博麗の巫女、霊夢は天才さ。それはお前も良く知ってるだろう。同年代の子供はおろか、大人ですら、霊夢には及ばない。それだけの巫術的な素質を有している。何でも人並み以上にこなせちまう。すごいわな。だが、そんな天才にも一つない物がある。それが――」
「感動、ですか――」
「そうだよ、判ってるじゃないか。天才には感動が無い。苦労して修行して、その末に出来るようになったっていう経験が無いんだ。だから、霊夢はいつも退屈なんだ。毎日縁側でお茶を飲むしかない。修行でもすれば良いと思うかもしれないが、しなくても今出来ているんだからする必要が無い。魔理沙、お前は今、涙を、汗を、そして血を流し魔法を身に付けようとしている。霊夢には、それが無いんだ。だから、魔理沙――」
とても優しい笑みで、女性は言った。
「あんただけは、霊夢の――」
霊夢の――
霊夢の、何であったか。
私は一体、霊夢の何にならなければならなかったのか?
判らない。
思い出せない。
そうだ、今、私はどうなってるんだ?
ファイナルマスタースパークを撃とうとして――
霊夢にはめられたんだった。
ここは何処だ?
判らない。
生きているのか、死んでいるのかも判らない。
浮遊感。
ただただ、漂っている感じがする。
目の前には灰色の空間が広がっていた。
何も無い。
立っているのか寝ているのかも判らない。
ただただ、漂っていた。
ふと気が付くと、目の前に、一人の男が座っていた。
黒のトレーナーに、洗い晒しのジーンズという無造作な格好が、不思議とその男には似合っていた。
その男は、何かを一心不乱に飲んでいた。
麦酒だ。
独逸麦酒である。
軽やかな苦味とどっしりとしたコク、そして花のような香りが特徴の、ザクセン州の麦酒である。
それにしても、なんと旨そうに麦酒を飲むことか――
砂漠の遭難者が、久々に水にありついたとでもいうように、旨そうに麦酒を飲んでいる。
この男、何者か――
このような場所で、一人悠然と麦酒を飲むこの男は、一体何者か――
魔理沙は問うた。
「あんた、一体何者なんだ?」
「神主です」
男は、事も無げに答えた。
神主――
こんな所にいたのか――
そして、少女は神主と出会う
魔理沙の前に、一人の男が座っている。
柔和そうな微笑みを、顔に浮べている。
神主――
博麗神社神主――
神主である。
神主が、そう述べたのである。
幻想郷の創世者。
全ての式の王たる男。
アルファであり、オメガである男。
全ての始まりにして、終わりである男。
万物は全て、砂の一粒一粒にいたるまで、この男に依らずして生まれず、この男に依らずして消えない。
ぞわり、と魔理沙の背すじを、蟲が這いずるような悪寒が走った。
小刻みに、体が震えてしまう。
この男と――
この男と、私は、闘おうとしているのか。
この男と闘って、幻想郷を取り戻そうとしているのか。
皆とまた宴会をするために、私は、この男と闘おうとしているのか。
できるか、私に――
できるだろう、と思う。
それくらいの無鉄砲さは持っている。
だが、出来ないだろうとも思う。
私は、無意識のうちに、この男によって与えられた式に従ってしまうだろう。
神主には、それが無い。
そのような場合、戦いの結末は自ずと明らかである。
当然神主が勝つ。
魔理沙は、神主の攻撃に対して対策を練る事が出来ないが、神主にはそれが出来るからである。
勝負にすらならない。
その程度の判断力を、魔理沙は有していた。
勝てない――
だが、勝たなくてはならない。
この目の前の男に勝って、皆を取り戻さなければならない。
皆とまた宴会をするために――
魔理沙がそう考えていると、ふいに神主が口を開いた。
「そんなに怖い顔しないで下さい。弾幕ごっこなんてできませんよ」
「な―― じゃあ、何ができるっていうんだ?」
そういうと、ふと神主の顔から笑みが消えた。
「始原に言ありけり。光あれ」
光があった。
光と闇があった。
その中に、魔理沙と神主があった。
神主は、また困ったような笑みを浮べていた。
「ざっとまあこんな所です」
なんという――
なんという男か。
なんという大魔法を事も無げに使う男か。
いや、大魔法ではない。
創ったのだ。
言だけで、光を無から創ったのだ。
魔理沙はただ呆然としていた。
どうしろというのだ――
どうやってこの男に立ち向かえというのか。
どうやって元の幻想郷を取り戻せというのか。
判らない。
だが、あきらめるのは私らしくない。
そう、魔理沙は思い、口を開いた。
「なあ―― あんた神主なんだろ。お願いがあるんだ。皆を、元に戻して欲しい。私は、皆と一緒に泣いたり笑ったり酒を飲んだり弾幕ごっこをしたりしたいんだ。頼む! お願いだ!」
「良いですよ」
いともあっさりと神主は答えた。
「その代わり、貴女の未来を頂きます」
「――いいぜ、未来なんかくれてやる。皆と一緒にいられるっていうんならそんなもの欲しくないね」
「ところで――」
神主がさらに続けた。
「知らない人のいうことを聞くことは出来ません。貴女は誰ですか? 私が幻想郷を作ったときに貴女は一体何処で何をしていたのですか?」
「私は、霧雨魔理沙だぜ」
「私は貴女の名前を聞いているのではありません。貴女は、誰ですか?」
「私は、普通の魔法使いだぜ」
「私は貴女の職業を聞いているのではありません。貴女は、誰ですか?」
「私は普通の女だぜ」
「私は貴女の性別を聞いているのではありません。貴女は、誰ですか?」
「私は霧雨家の長女で――」
「私は貴女の家族を聞いているのではありません。貴女は、誰ですか?」
魔理沙は答えられなかった。
答えようが無かった。
一体何を求められているのか、判らなかった。
だが、この問いに答えなくてはならない。
皆とまた宴会をするために。
魔理沙は考えた。
必死で考えた。
「私は、私は――」
私は、何だというのか?
霧雨魔理沙でもなく、普通の魔法使いでもなく、少女でもなく、霧雨家の長女でもない私――
「私は――」
私は、何だというのか?
のどの所まで、答えが出てきているような気がする。
だが、それが出てこない。
ありとあらゆる属性を剥ぎ取った、裸の私とは一体何なのか?
属性を剥ぎ取って、何が残るというのか。
私は、霧雨魔理沙であり、普通の魔法使いであり、少女であり、霧雨家の長女だ。
ならば、それを剥ぎ取って何が残るというのか?
何が残るというのか?
何も、残らなかった。
いや違う。
残ってはいるのだが、恐らくそれは神主の求めている答えではない。
では答えは何だ?
無か?
私は無だというのか?
糞――
違う、私は――
ついに答えが、魔理沙の体を突き破って出てきた。
「私は私だ!」
「貴女は誰ですか?」
「霧雨魔理沙も私だ! 普通の魔法使いも私だ! 女も私だ! 霧雨家の長女も私だ! その他にもいろいろあるが、私は私なんだ!」
「貴女は誰ですか――」
「私は私だ! 私は霊夢の大親友なんだ! 私は霊夢を、感動させてやりたいんだ!」
「――そうです、貴女は正しい」
神主の顔に、笑みが戻って来た。
「貴女は貴女です」
答えた。
答えたのだ。
後は――
「では、求めなさい。そうすれば、与えられます。探しなさい。そうすれば、見つかります。門をたたきなさい。そうすれば開かれます。だれでも、求めるものは受け、探すものは見つけ、門をたたく者には開かれます」
「お願いだ。私は皆と弾幕ごっこをしたり、宴会で下らないことを語り合ったり、一緒にお菓子や料理をつくったり、お泊り会を開いたりしたいんだ。皆仲間なんだ。誰一人として無くしたくないんだ。お願いだ神主。皆を元に戻してくれ」
魔理沙は、おもわず涙していた。
「貴女の願いは叶う」
「悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる」
桜。
桜が咲いていた。
爛漫であった。
地を覆わんばかりであった。
天と地をつなぐ境界であった。
その下に、魔理沙は立っていた。
場所は、博麗神社境内。
「――」
「何をぼうっと突っ立ってるのよ魔理沙、あんたが幹事なんだからちゃんとしなさいよね」
霊夢が居た。
「貴女は食べられる妖精?」
ルーミアが居た。
「うう、チルノお姉ちゃんこわいよー」
大妖精が居た。
「ちょっとあんた、あたいの大妖精にへんなことするんじゃない!」
チルノが居た。
「一番美鈴。いっきまーす!」
美鈴が居た。
「パチュリー様、見てください。もう出来上がってますわ」
小悪魔が居た。
「ええっと。美鈴に宴会芸をさせる方法はっと」
パチュリーが居た。
「美鈴ったら。お片付けがたいへんだわ」
咲夜が居た。
「おとなしくしてなさいね」
レミリアが居た。
「してるってば。あーお酒怖い」
フランドールが居た。
「ううっ、溶ける……」
レティが居た。
「目が回る~~」
橙が居た。
「れ、霊夢の誕生日だからって、プレゼントをつくったりなんかしてないんだからね! これは家にたまたまあったから持ってきただけなんだから!」
アリスが居た。
「春ですよー 桜が満開です。幸せです」
リリーが居た。
「さあ、皆さん!」
ルナサが居た。
「プリズムリバー楽団の!」
メルランが居た。
「新春初ライブはっじまるよー!」
リリカが居た。
「ああ、おつまみがもう無い!」
妖夢が居た。
「美味しかったわ~」
幽々子が居た。
「ああ、橙。駄目じゃない。お酒なんか飲んじゃ」
藍が居た。
「まあまあ。今日くらいは大目にみてあげなさいな」
紫が居た。
「おらおらおらおら、飲めー!」
萃香が居た。
「やめてー私の可愛い虫たちがアルコール漬けにー!」
リグルが居た。
「月が闇を照らすとき夜雀が空を舞う~♪」
ミスティアが居た。
「こんなに妖怪が入り浸ってるなんて、霊夢は一体何をしているんだ。けしからん」
慧音が居た。
「幸せになる小箱。一個十銭で好評発売中でーす」
てゐが居た。
「うう、なんか馴染めない」
鈴仙が居た。
「無理して溶け込もうとしなくても良いのよ。ほら、姫についであげて」
永琳が居た。
「ありがとう。ところで、てゐがどれだけ儲けるか賭けない?」
輝夜が居た。
「ほらほら、慧音。今日は堅苦しい事はいいっこなしよ」
妹紅が居た。
「凄いです、完全自律人形! スクープです! 是非お話聞かせてください」
文が居た。
「スーさん。なんか変な人に絡まれてるんだけど」
メディスンが居た。
「霊夢も人気者になっちゃって。お姉さん嫉妬しちゃうな」
幽香が居た。
「ほらほら、映姫さまも。今日は固いことはいいっこなしでじゃんじゃん飲みましょうよ」
小町が居た。
「そんなことだからいけないのです。いかなる時にも正しい行いをする事を心掛けないといけないのよ。というわけで飲みましょうか」
映姫が居た。
「えへへっ、いまのうちにっピギャ!」
サニーミルクが居た。
「霊夢のドロワーズをっミギャ!」
ルナチャイルドが居た。
「ああ、サニーとルナがやられたー(棒読み)」
スターサファイアが居た。
「初めまして、かな?」
霖之助が居た
「ええ、初めてお目にかかります。外の世界の物品をぜひとも見てみたいものです」
阿求が居た。
「私を霊夢の隣の席にして欲しいのだが」
神主が居た。
「霊夢――」
「何?」
「お誕生日、おめでとう」
「ありがとう」
風がそよぐ。
枝が揺れる。
花びらが舞う。
彼女達は見ている。
今、終わるものが終わり、始まるものが始まろうとしていた。
彼女達は、静かにその時を待っている。
桜は宇宙であった。
桜が咲いていた。
神主を探して 完
雰囲気がでていた。
俺も神主大好きですw
大所帯の引越しみたいなものか。引越し業者がちょっと荒っぽかったですがw
新生幻想郷で今日も彼女達は楽しく酒を飲む、と。
前半はちょっと冗長に感じたのですが、終盤を読むにつれ、ああ、この文章量が必要だったのだなぁと納得させられたり。台詞回しもなかなかに好感触。しかし、「神主の作る幻想郷」や「キャラリセット」などをテーマにしたSSとしては今までに数々の書き手とSSが試みてきたレベルから逸脱できていないかと。「作者」には勝てないというメタものの宿命と申し上げましょうか。また、椒良徳様の前回のこんぺ作品も読ませて頂きましたが(面白かったです)、神主を聖書の神に見立てるという手法は面白かったのですが、ちょっと陳腐化してきたきらいがあります。
以上、メタものとして、何か別の可能性を見せて欲しかった、という、一読者のワガママでした。
この場をお借りして、皆様方には感謝したい。
読んでくださって本当に有難うございました。
神主が絶対的存在としてとはいえ、東方世界の登場人物の一人のように扱われてしまうのはなかなか受け入れられませんでした。なんだか世界観が壊れてしまうなぁと感じてしまったのです。前回ザントシュピールのように、神主が東方キャラたちの手が届かないところにいるのなら良かったのですが。
前半部分、魔理沙が花見を計画するところや異変に立ち向かおうとしているところでは、魔理沙のはりきっている気分が伝わってきて、読んでてワクワクしました。しかし紅魔館に乗り込んでからの魔理沙の感情はなかなかストレートに感じることができませんでした。あれだけ衝撃的なことにぶつかったのであれば、もっとしつこく描写してほしかったなぁと思います。
全体的にテンポが良くて読みやすかったです。
こんぺだったら5点をつけます。
読んでいただき、有難うございました。
ご指摘のあったように、もっと魔理沙の感情を緻密に書くことが出来たらよかったと自分でも思う。
文章の方は読みやすかったようでなにより。
神主さんを扱う作品では、大雑把に言うと自分の作品の中でどういった神主を創るかが一番難しいのではないかと思われます。
私は残念ながら神主さんをお目にかかったことがないので、作品(おまけ含む)、聞いた話、本人のHP等から想像することしかできません。
私の二次創作を読む上での焦点の一つは、原作を模倣できているか。というか、「自分が抱いているイメージ」とかけ離れていないか、ということです。
もちろんその範囲はかなり広くしてあるつもりですし、「あぁ。こんなのもアリだなぁ」みたいなことも多々あるわけですが。(作者が意図的に壊してる場合はもちろん考慮にいれて)
原作設定と全く異なる二次創作を書くなら一次創作すればいいわけですしね。
つまるところ私にとって、二次創作内の神主さんは「幻想郷を意のままに操れる」ってことしかわからない半分オリキャラみたいな存在なわけで、オリジナリティーとか妥当性くらいでしかはかれないんですよね。で、その面でちょっと減算してこの得点で。
長文駄文で失礼しましたが、全体をとおしてとてもよい作品でした。次回作も作者様を追いかけてみようと思える作品でありました。
最後にですが、神主さん大好きだ!
私のほかの作品も読んでいただければ本当に嬉しい。
というのは私の我儘か。
そのせいで辛めの評価となりますが、ご了承ください。
いうほどゆかりんの可愛らしさを感じることができず、残念です。
霊夢と魔理沙の関係もいい感じだ。