前回までのあらすじ
稗田のあっきゅんからアヤシゲな本を貰って、スキマ様にスペルカードをぶち込んだり、
稗田のあっきゅんに酒を飲まされ洗いざらい魔理沙や霊夢との関係を吐かされたアリスでした。
オリジナルの幼女がいたりします。お気をつけ下さい。
それでも構わなくてアリスが好きな方は、お時間の邪魔にならなければ是非一読ください。
この先二万マイル
↓
「私ったら……どこぞの妖精じゃないけど最強じゃないかしら……」
まさか、阿求さんから貰った本がここまで役に立つとは思わなかった。貰った当初は実に珍しい
理論に基づいて事細かに人形の作り方が書いてある本である、と喜んでいたが、まさか本当に実
用書として利用出来るとは……。
天恵ね、天啓ね。これは私が読む為に書かれた本だったんだわ。
阿求さんには幾ら感謝しても足りないほどだ。桃色幻想郷縁起なんてフザケタ本を出版して問題
にはなっていたけど、今なら全部許せそう。
そういえば、魔理沙は何時の間にか霧雨邸に戻っていたっけ。一体今まで何処にいたのやら。ほ
とぼりが冷めるまで隠れるつもりだったんでしょうけど。まぁ魔法使い一人居なくなったくらい
の事だし、幻想郷の皆が何時までも話題にしているとも思えないしね。
まぁ……私と霊夢とパチュリー辺りは死ぬ気で探し回ったけれど……。
それはそうと、うん。それはいいの。兎に角出来てしまったの。
駆動部関係は既存の技法を用いた一般的なもの。これは私の持つ知識と技術で再現は可能だった。
けれどそこからが問題で、大本の機関部には私が知るどの人形技師にも伝わっていない、まさに
幻の技術が要求されていた。
この人形秘術概略と名付けられた本は……概略なんて謙遜するような内容じゃない。
ここに書かれていたのは、私が長年夢を見てきた、人形師としての叡智である「自律型の人形」
作りに関しての知識だった。
「けれどぉ……ここが……ここが解らない」
しかし、物事には障害がつき物だ。
きっと根源に触れる禁忌でも隠れているに違いないとは踏んだのだけれど、肝心な動力源に関して
の記述が、どうにも読めない。定期的に魔力を注ぎ込んで動かすのかと考えていたけれど、これは
完全に自律。半永久。術者は作るだけ作ったら後は人形が勝手に動く、という夢のような動力があ
るらしいのだ。
けれど読めない。決して字が滲んでいる訳ではなく、意図的に歪まされている。
解呪を試みたけれども、魔術体系の違いがあるのか、私の会得している解呪術では解けそうにない。
もとより稗田の蔵から出てきた本であるし、神道仏教陰陽道の類なのかもしれない。
となると、あまりにも智恵がないのだ。
困ったわねぇ……。どうするべきかしらねぇ……。
「パチュリーに頼むのも……癪だしねぇ……」
そんなつまらない抵抗感を感じながら、形だけ完成した新しい人形の髪を撫で付ける。
なんて可愛らしいのかしら。我ながら天才的な出来栄えよね。
「ふふ……ふふふふ……」
あぁもう、これが動き出したらどうしちゃいましょうか。術者には決して攻撃しない仕様になって
いるみたいだし、つまりやりたい放題?
嗚呼神様仏様魔界神様許して。アリスは悪い子です。
「ほんっっっっっっっと魔理沙そっくりだわっ!」
「おうアリスー、飯食わせて欲しいんだぜー……って、何だそりゃ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「いやぁぁぁぁぁっっっ!!!馬鹿馬鹿えっち!見ないでっ出てってよ!!」
「おおおおおお前!本当に私をモデルにして作ったのか!?馬鹿か!?馬鹿だぜ!!ていうか、う
わなんだそりゃ、似すぎだろそれ!?一分の一モデルか!?ちょっ瓶とか投げるな危ないぜっ」
作業に没頭しすぎて結界張るの忘れてたわ……。魔理沙だって私モデル代貰ってる筈なんだから、
今更追い出す必要もないけれど、イザ完成してみたらだって貴方、似すぎなんですもん。オーク
ションなんてかけたら香霖さんとかパチュリー辺りが死ぬ気で競り落とすくらい、そのく
らい出来栄えがいいんですもん。
「はぁ……はぁ……、と、取り乱したわ」
「危ないぜ……しっかし良く出来てるな……というかこんなの作ってお前は何するきなんだ?」
「召使のようにこき使うわ。他意はないの。本当よ?」
「そりゃ酷いぜ」
「それでもってこれからは一家に一台自律人形の時代が来るかもしれないわ」
「自律っていってもどの程度自律出来るんだ?」
「主が命令した通り全てをこなすの」
「……い、え、いや……そいつぁ凄いぜ……」
「でしょう?」
「今は動くのか?」
「いいえ。動力が組み込まれていないから動かないわ」
「ならまだ一分の一ドールだな。それにしても本当に似てるぜ……並んでみるか」
「あ、ちょっと」
魔理沙が人形の隣りに並ぶ。あ、シャッフルするし。
「どーっちだ」
「喋ったほう」
「ばれたぜ」
あったりまえじゃないの。
「まぁいいや、それでその動力っていうのは何なんだ?」
「それがほら……」
魔理沙に人形秘術概略のページを開いてみせる。何度も頭を捻り、唸り、ワオキツネザルみたいな
目にしてみたりして解読しようとしている。
「読めないぜ。魔術か?」
「呪いの一種みたい。魔理沙が読めないなら仕方ないわ。パチュリーに頼みましょう」
「紫もやしならいけそうだぜ。何せ本しか読んでないし」
「そうね」
それにしても、どんな動力源が必要なのかしら。外の世界にしかないものだったりしたら、それは
もう稼動不可能といっても過言ではないし。
手元にある魔法石やキノコなんかでも試してみたけれど動かない。
まぁ、ヒントのない答えを考えるのも無理があるし、今日はこれくらいにしましょうか。
「魔理沙、ご飯にしましょう」
「お、気前がいいぜ」
「ふふ。気分がいいの」
「ホント一人上手だぜ」
魔理沙にアーティフルサクリファイスをブチかましてから、私は晩御飯の準備を始めた。
1 アリスと人形劇
「あらアリスじゃない。どうかしたの?」
次の日。私はあの本の文章を解読してもらう為に紅魔館にまで足を運んだ。パチュリーは何時も通
りの反応で私を迎え入れる。紅魔館に対してのお行儀のよさならきっと私が一番だったろうから、
正門から入館しても美鈴さんには止められないし、小悪魔ちゃんに大玉をぶつけられたりする心配
はない。
それにしても何時きてもかび臭いわね。パチュリーの喘息の原因ってこれじゃないのかしら。
「実は今日は本を借りに来た訳ではないの」
「その手に持っている本、魔力の匂いがするわ」
「ご明察通りよ」
私はパチュリーに本を手渡し、何時の間にか現れた咲夜に出された紅茶を一啜り。ホント神出鬼没ね。
「まぁ……随分難解なマジックロックの掛かった本ね」
「その一部だけ、なのよ」
「本当みたいね。ここだけ字が読めない」
「……貴女でも読めないのかしら?」
「この本の所有者は?」
「私だけれど、稗田の阿求さんから頂いたわ」
「稗田。ああ、幻想郷知識人第四号ね。稗田、すると神道か仏教か、陰陽道か、まかさ鬼道じゃな
いわよねぇ……んー、初見だけでは解らないわ。少し弄っても良い?」
「破いたりしない限り」
「そんな不遜な真似しないわ」
なにやら小道具を用意し、私では見たことの無いようなもので本の内容を解読し始める。
此方もまた数回頷き、唸り、首を捻る。魔理沙と同じ反応しないでよ。
「んっ」
「何かわかる?」
「ほら、この虫眼鏡で見て」
パチュリーに指示された通り、不思議な形をした虫眼鏡を用いて、読めなくなっている部分に目を
通す。するとどうだろう。なにやら、文字は浮かんできたけれど……これはぁ……。
「くく、ふふふ……これは酷いわねぇ」
「”汝、煩悩を捨てよ。色即是空”本に馬鹿にされたのは生まれて初めてだわ」
「と、いう囮よ」
「なんですって?」
「これはブラフ。大体ね、こんな欲望の集大成みたいな本を作った人間に煩悩が無いはずが無いじ
ゃない?二重で文字をぼかしてあるのね、だから複雑に見てたのだわ」
「巫山戯けてるわね」
「全くよ」
「それで、この文字の下にある本当の文章は読めるの?」
「ちょっと強い呪術、しかも日本式のが掛かっているから、ちょっと時間がかかるわ」
「それじゃあ時間をかければ読めるのね?」
「えぇ。解読出来しだい、使い魔で届けるわ」
「助かるわ。何かお礼しないと」
「洋書は見飽きていた所だし、丁度良い息抜きよ、只で構わないわ」
「あら、気前がいいのね。魔女の取引は等価交換でしょう?」
「だから、息抜きが等価よ」
なんだか人当たりの良いパチュリーを見るのは久しぶりだと感じる。こんな感じの良い子だったか
しら。でも、善意で引き受けてくれるならそれに越した事は無いわ。
私は改めてパチュリーに礼を言って紅魔館を後にする。
ふふふ、稼動出来たらパチュリーにも貸してあげようかしら?
それにしても、本当に楽しみだわ。勿論、失ったものも少なからずある訳だけれども。
さて失ったものといえば。
当然時間なんか有り余っている訳だからこれじゃないわよね。
人間関係?違うわ。
そう、資金よ。
数週間ばかり家に篭りっきり、最後に買い物をしたのは何時だったかしら。兎も角人形の材料費と
生活費だけで相当の被害を被ったし、その間内職は全て手をつけていないから、収入源がなかった
の。趣味と実益を兼ねた仕事な分、趣味だけを取ると無職になるのよね。
その失ったものをどう補給するか。
内職には手をつけていないのだから、当然販売すべき品なんてない。
では何を売るか?
えぇ、その通り。
私は人形師だもの。腕を売るわ。
「シャンハーイ」
「ホウラーイ」
「ささ、よってらっしゃい見てらっしゃい、大魔術師アリスマーガトロイドの不思議な人形劇。御
代は見てのお帰りよ~」
相当久しぶりだけれど、これは慣れたもの。宴会の度に半分酔っ払いながらでも出来るのだし。私
天才だしね。というか人形を動かすだけなら常時、戦闘で扱うなら相当な数をこなしているのだし、
忘れろと言われても忘れられない、記憶を消されても体が覚えている位朝飯前。
人里の子達は上海と蓬莱の呼びかけに次第と集まってくる。
閉鎖的だけれど、意外と懐っこいのよね、ここの子供達は。
「ささ、今日の演目は此方、お姉さんより悪い悪い魔女に攫われたお姫様のお話……」
あまり娯楽書の無い、というか児童書皆無なこの幻想郷で、西洋のお話は物珍しいらしく、子供達
は食い入るような目で私の人形劇を観賞する。
「『嗚呼、お姫様が攫われてもう二日、王様はもうずっと食事も喉が通らずゆっくり寝る事も出来
ていないのです。騎士様、どうかどうか御国の大事なお姫様を……』」
我ながら、少し恥かしい。ベタベタな話でも真剣に聞いてくれる子供達の目がとても純粋で、自称
都会派な私からするとその目は何か、忘れていたものを呼び起こすような、そんな気持ちにさせら
れてしまう。汚れてるのね私、嫌だわぁ。
「『うはwwお……いえ、この騎士山岡直三郎にお任せください。必ずや姫君を御国と平和の為に
取り戻して進ぜましょう。乾坤一擲、一人総火の玉、玉砕覚悟の大勝負で御座います』」
「『賭けかよ』」
物語が進んで行く。無垢な視線が私と人形を包む中、その一つに違うものを見つけた。
少女だ。
歳は6歳程度で、周りの子達とも変わりがない。それの何が違うのかといえば、視線だ。
少女はずっっっっと、私だけを見ている。
ああ、成る程。種が気になるのかしらね。
私はその少女の疑問を、更に深めてあげようと、馬に跨った山岡さんを、私の周りを何周も何周も
回らせた挙句、空まで飛ばせてみせた。
おお、と子供達が歓声をあげる。
どう、タネも仕掛けもないのよ?意味不明な人間があちら此方にいるでしょう?私ったら残念な事
にそれの類なのよ?
……しかし、その少女は人形劇を真剣に見始めるばかりか、ひまわりのような笑顔で私を見ていた。
「『取り巻き経験地うm……えぇい、ちょこまかとっ往生しろぉい!!』」
「『やかましいわっ!食らえ超絶究極無敵銀河最強魔法エターナルフォースブリザーーード!!』」
「『くくっ、貴様がまさかその術を使うとはな……ならば仕方あるまいっ』」
「『何!?その腕の紋章はぁぁぁぁっ!!!』」
人形劇もいよいよクライマックス。山岡は悪い魔法使いからたんまり経験値とレアドロップを奪い
取り、お姫様を救出する。
「『こうして騎士山岡は無事お姫様を救出し、王国をのっとりましたとさ、おしまい』」
「あら、ありがとう。またいらっしゃいね?」
「ばいばぁーい」
「ふふ、可愛らしいわねぇ」
無事人形劇が終了し、なけなしのおこずかいを搾取する罪悪感と優越感に浸りながら、私は子供達
の笑顔を見送る。
まぁ……悪い事してる訳じゃないしね。御代が少ないからってひっ叩くなんて真似しないし。
今日はもうこの位にしようかしら。思ったより集まったし、三日ぐらいは食いつなげるわ。(まぁ
そもそも食べる必要はないのだけれど、習慣だし)
ひぃふぅみぃよぉ……と、卑しくも小銭を数えていると、不意に服を引っ張られる感触。振り向け
ばそこには……先ほどからずっと私を見つめていた少女がたっていた。
「あら、どうかしたのかしら?」
「ね、ねぇお姉ちゃん」
「なあに?」
「で、弟子にしてくださいっ」
……。
どうしましょう。冷静にしているけれど私、そんなこと言われたの初めてよ?大体魔法使いにはな
りたてなのよ、実際。それにしても、成る程。別に種を明かそうとしていた訳でなく……純粋に魔
法に憧れていたのね。
「残念、お姉さんは弟子は取らないのよ」
「何故?魔法使いは子供を攫って弟子にするって、ばっちゃがいってたのに?」
どこのばっちゃよ。魔法使いに恨みでもあるの?
「うーん。お姉さんはね、弟子は取らない魔法使いなの」
「えー。なんでー?」
「それはその……」
人にもの教えた試しなんてないのよ。まぁ幻想郷なら修行すれば出来そうなものだけれど……。魔
理沙なんていい例ね。あれは道具に頼りすぎるけれど。
「前にも弟子を取ったのだけれど、あんまり才能がないから、食べてしまったわ?恐いでしょう?」
「そんなことないよ。妖怪も魔法使いも人間食べるのは知ってるもん」
「と、兎に角駄目なの。頭からガブリよ?」
「きゃっ」
なんで恥かしがるのよ。どこで覚えたのよそんな顔。幻想郷はマセガキが多いわねぇ。
どうしたものかしら……。簡単に引き下がってはくれなさそうだし。
「いいわ。じゃあ魔法使い体験コースね。それで駄目ならお帰りなさい?」
「うん!お父ちゃんに言ってくる!ところで何日体験?」
「一晩よ。友達の所に泊まってくるっていいなさいね」
「はぁい!」
ま、無難よね。一晩恐い思いさせれば、魔法使いになりたいなんて馬鹿な考え捨てるだろうし。別
に魔法使いになろうが妖怪になろうが構わないのだけれど、今後も付き纏われたら厄介だわ。
それに、パチュリーから答えが届くまでは暫くありそうだし、暇つぶしには良いわよね。
「うわっうわっうわうわうわっすごいすごいすごいっ!!」
「あーこら、上で暴れないの」
「だってほら、空飛んでるっ!妖精みたいっ!」
「気持ちよい?」
「うん!魔法使い凄い!なりたい!」
「そ、そう」
そりゃあもう暴れるわ騒ぐわ碌なもんじゃないわ。普段から飛んでるからあまり意識しなかったけ
れど、空飛べるのってやっぱり幻想郷でも人間には珍しいのよね。
何で巫女や魔理沙は飛べるのかしら。不思議ねぇ。幻想郷は不思議ねぇ。
そんなことを考えていると、やがて魔法の森にさしかかったので自宅近くに降り立つ。私は女の子
にハンカチを渡して呼吸に気をつけるように指示し、幾つか注意する。
「何故ハンカチを渡したか解る?」
女の子は頭を縦に振る。
「ここは瘴気が強くて、普通の人間では中てられてしまう。家の中にいれば安全だから、勝手に外
に出たりしてはいけないわ」
女の子は頭を縦に振る。
「外には恐い妖怪もいるし、一度迷うと私でも見つけられるかわからないの。お願いね?」
女の子は頭を縦に振る。
そこまで注意し、そういえば部屋の中を片付けていない事を思い出したので、一端女の子に外で待
つよう言いつけ、私は部屋の片付けに掛かる。
何が不味いって、勿論一番不味いのは愛しの魔理沙人形1/1人形だ。元から人形だらけの家だけれ
ども、幻想郷で本物の魔理沙を見かけるだろうし、そんな大きな人形が私の家にあったなんて噂を
立てられては厄介だし。
でも我ながらそれ以外は大分片付いているのよね。魔法使いでも大違いだわ、魔理沙。
ああ。魔理沙の部屋も掃除してみたいわねぇ。
「…………って、えぇ!?」
行き成りいなくなるし、あの子。というか名前も聞いてないわよ?
嗚呼、参ったわね……。適当に歩いて外に出れるほどこの森は簡単じゃあないのよ?
「上海!蓬莱!あの子をさが……」
「うわぁぁぁ、でっかいキノコ!でっかい!すごい!」
いた。自宅の横で何時の間にか生えた大きなキノコを眺めて、銀河系みたいな瞳を輝かせている。
「こぉら。勝手に動き回らないって約束したでしょう?食べるわよ?」
「えー」
えー、じゃないわよまったく。行き成り迷子になられてしかも死体であがったりなんかしたら、後
味悪すぎて夢に見るわ。
「はぁ……ほら、入って。約束守りなさいよ」
「はぁい」
先が思いやられるわ。なんだか、随分と無鉄砲な子ね。つれてくる選択肢は間違いだったかしら。
はぁ……今から戻りたいわねぇ。
2 アリスと少女
ここでも女の子はもう驚く驚く。
まぁ、初めて見た人は大概驚くけれど、そうね。人形の数、パンパじゃあないものね。
「ねぇ、貴女お名前は?」
「名前を名乗るときは聞いたほうから話すんだって!」
ど、どんな教育受けてるのよ。
「私はアリスマーガトロイド。アリスでいいわ」
「氷雨!四方坂氷雨!」
「ひさめちゃんね」
「ねねねねね!これは、この子は!?アリス動かせるの!?」
「えぇ、ほら」
慌しい氷雨の選んだ人形は、普段から私の身の回りで作業させている人形の一つだ。私は上海と蓬
莱を操って、その人形を揺り起こすような演出をする。
人形は上海と蓬莱に、まるで眠りから醒まされたようにして動き出し、氷雨にお辞儀をした。
「おぉぉぉ~……おぉぉぉ~……三つも動いてる……」
氷雨の反応が面白かったので、身の回りで作業させている全ての人形を動かしてみた。氷雨は目を
剥いて驚き、何度も何度も私と人形に視線を往復させた。
実に女の子らしい……というよりは、好奇心旺盛な男の子のようだわ。
「十個!十個も動いてる!」
「そうね、もっと動かせるけれど、流石に疲れちゃうからこれで許して頂戴」
「うん!わぁぁ……」
それにしても―――自分が人形を動かして喜ばれるのは、やっぱり気持ちがいいものね。別に超越
的な感覚を誇っているんじゃないの。私より凄い人間……基存在なんて幻想郷には五万といるし。
なんと言えば良いのか。
自分で作ったものを自分で動かす。それに楽しい振り付けをつけて、人を楽しませる。きっと職人
気質なのね。技術の粋を凝らして、時間とお金を掛けてものを作り出す。
しかもそれは人の感情を動かせる存在になる。自分の作った存在で人間の心を動かせる。
意外と素敵よね。
「師匠!」
「え?」
「やっぱり凄い。うんと昔に一度みてから、ずっとずっと気になってたの。やっぱりすごい。だか
らこれからアリスの事を師匠って呼ぶ!」
「そ、そう。好きにするといいわ」
永琳と被るわね。まぁ、どうせ一晩だけだし。
「アリス師匠凄い。本当に素敵。私も魔法使いになれる?」
「どうかしら、頑張り次第ね」
「頑張る!最初は何をすればいいの?」
「そうねぇ……じゃあ、上海?」
「シャンハーイ」
「この子シャンハイっていうの?」
「そう。私のお友達よ。この子は他の人形より魔力が通り易くなっているの」
「解った!この子を歩かせるのね!?」
「歩かせないわ。だから、集中する練習をしましょう。ここは魔法の森の中で、魔法の力が他より
強いから、もしかしたら立ち上げる事ぐらいは出来るかもしれないわ」
「うんうん!宜しくねシャンハイっ」
「シャンハーイ」
そんな感じで、一晩だけの魔法使い見習いの修行が始まる。
なんだかこの子……氷雨のペースに乗せられっぱなしね。恐い思いをさせて追い返すんじゃなかっ
たかしら。
……良心が痛いわね。
ま、兎も角晩御飯の用意でもしましょうか。お腹が空いてちゃ驚かせる演技も出来ないわ。
「私はご飯を作るから、貴女は上海相手に頑張っていなさい」
「アリス師匠!」
「何かしら」
「コツは?」
「やってる間にきがつくわよ」
「ぶー」
ふふ。
なぁんでかしらね?
別に明日には返しちゃうんだから、コツぐらい教えてやればいいのに、私。
でもね。何でかしらね。本当に、何でかしら?
気まぐれ?そもそも、何で連れてきちゃったのかしら。私あんまり、人付き合いは得意じゃあない
し、適当にあしらってしまうのだけれど。
「シャンハイうごけーうごけシャンハーイ!とべ!唸れ!走れ!てーんまでとどーけー」
「大人しくなさい」
「ご、ごめんなさい。でもでも、気合とかで動くかも……」
「動きません」
気合だけで飛んだらだぁれも苦労しないわよ……まったく、魔理沙じゃあないんだから……。
………………………………………………………………………………………………。
あぁ、そう。そういうこと私。
馬鹿ね、本当に馬鹿。こんな幼女捕まえてきて何してるのかしら。
この子ったら、何処となく似てるのよね、魔理沙に。顔に面影があるんじゃあなくって、雰囲気と
いうか。性格というか。
やぁね、ここまで来ると病気かしらね。ま、真っ当な人でない事は自分でも重々承知してるわよ。
そもそも人じゃないもの。人知を超えて存在していたからこそ、魔法使いになったんだもの。
「うごいた!」
「え、うそ!?」
「うそー」
「……真面目にやりなさい」
「はい……ぐす……あっ動いた!」
ポカン。
「いーたいー。師匠痛いー」
「食べるわよ?」
「ごめんなさいごめんなさい」
ひねくれてるところも……その。なんというか……はぁ。
氷雨を大人しくさせてから、やっとの事私は料理に取り掛かる。
……まぁ、一晩くらい大人しく置いてあげても、いいかしらね。
何作ろうかしら。甘めのカレーなんて好きかしら。
ニンジン、あったかなぁ―――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「そっちは、いないのか?」
「向うは沢だが……まさか落ちたなんてこたぁねぇよな?」
「妖怪に攫われたんじゃなかんべか」
「人里で妖怪はでねぇ。いるとしても、人を襲わねぇ妖怪だけだ」
「気まぐれで攫ったりしたんじゃねぇのか?」
「いいや。人里で人を攫わないと、ちゃんとした約束がある」
「しかし、妖怪のやることは俺達人間にゃ理解できんしな……」
「お、オジちゃんたち。ボクみたんだっ」
「何をみたって?」
「き、金髪の、人形つれたお姉ちゃんが、氷雨ちゃんを背負って飛んでくところ―――」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「動かないー。やっぱ気合かな」
「気合じゃ動かないわ。それよりご飯にしましょう。カレーは好き?」
「あんまり食べた事ないー」
「そう。なら一口」
「あむ」
「……どう?」
「おいしい!師匠美味しい!」
「私は美味しくはないわ」
「このかれーは、とても美味しいです!」
「はい。じゃ、食べましょうね」
「うん!」
自分の家で人と食卓を囲むなんて、魔理沙以外いなかったわね。
ホント、美味しそうに食べる姿を見てると、こっちまで嬉しくなっちゃう。ふふ、可愛らしいわね。
本当に攫っちゃおうかしら?
なぁんてね。
「アリス師匠は食べないんですか?」
「え?」
「お腹が空いてないなら、私が食べます。あむ」
「あーあー、こら。お行儀が悪い……口についちゃってるわ。拭いてあげるから顔寄せて」
「あはー」
子供。自分が子供だったのはいつだったか。
私もこんな顔をして、お母様に口元を拭かれたりしたんだっけ。何故か、遠い昔のように感じる。
普段自分の事しか考えていない私だけれど、いざ自分より小さなものと向き合うと違ってくるのか
もしれない。いや、ただの偽善なのかも。
母性本能?悪いわね、アブノーマルなのよ、私。
「アリス師匠、お母さんみたい」
「や、やぁね。貴女のお母さんもそうしてくれるの?」
「ううん。お母さんはいないの。お父ちゃんがするの」
「そう。じゃあなんでお母さんなの?」
「お父ちゃんが、私がもっと小さい頃はそうしてたって、言ってたから」
片親なんて珍しくはないし、あえてそれには触れない。
むしろ聞くべき事は他にある。
「ねぇ、氷雨ちゃん」
「なぁに師匠?」
「貴女、何故魔法を覚えたいの?」
「んと、えっと……」
氷雨ちゃんはスプーンを握ったまま、言ってよいのか悪いのか、顔をあげたり俯いたり。
むしろ此方の方が触れてはいけない話題だったかしら。
「何故?」
私はなるべく優しく、脅えてしまわないよう語り掛ける。
「友達が、欲しかったから」
「お友達はいないの?」
「うっ……ん。私、仲良くなりたくて皆に近づくんだけれど」
「……うん」
「ぐす……つい、いたずらしちゃって……みんなと遊びたいのに……んぐっ」
「うん」
「だから、友達は、いつも……お人形だけで……」
「うん……うん……」
「もし!もしお人形が動いたり喋ったりしたら、嬉しいなって……うぅぅぅ……」
「氷雨ちゃん、こっちいらっしゃい」
氷雨ちゃんは席を立つと、私にしがみ付くようにして嗚咽を漏らしながら涙を流す。
友達がいない、かぁ。
まぁ。しょっちゅう揶揄されるわね、私も。
……だからこそ、その人形を使って、人を集め様なんて考えるのかしら、ね。
「ふぅぅあ……アリス師匠をね、一度見てから、自分にも、できるんじゃ、ひぐっ……ないかって
思って……そうしたら、お人形のお友達も出来て、人間のお友達も……うぅぅぅ、うあぁぁっ」
「いいわ、もういいから」
このちっちゃい魔理沙みたいな子、本当は、そうか。
私みたいだったんだ。
友達いないって馬鹿にされるのは慣れたけれど、子供からしてみればやっぱり辛いものね。
ゆっくり、ゆっくり氷雨ちゃんの頭を撫でて落ち着かせる。
この前霊夢に宥められたのを思い出して自己嫌悪。私ったら本物の馬鹿ね。
「ふふ。妖精みたいな子ね。ちっちゃいけどイタズラ好きで」
「だから、あだ名が氷の妖精って……」
「いたずらずきで氷雨だから?ふんじばって袋たたきね」
「だ、だめ。食べちゃだめ……」
「だぁいじょうぶよ。アリス師匠、これでも大らかなの」
「よ、よかった……」
大分落ち着いた氷雨ちゃんは、私から離れるとごめんなさいとお辞儀をする。いいお父さんね。ち
ゃんとしつけは出来てるんだから。
ただちょっと無鉄砲で不器用なだけ。私と魔理沙を足して二で割った感じね。
とても他人とは思えないわ。
「さ、食べてしまって。そしたらこのアリス師匠が直々に人形の扱い方を教えてあげますから」
「本当?」
「えぇ。私ね、多分幻想郷で一番嘘をつかない女よ」
「うん!」
本当に素直で無垢で純粋で、可愛らしい。きっとお父さんは一日でも手放すのが惜しいでしょうに。
良くお泊りなんて許可したわ。
「夜分すいませんー、アリスさんー?」
「あら、誰かしら。食べ終わったら流し台においていて頂戴?」
「はぁい」
まだ夜はそんなに遅くないけれど、ここは魔法の森。大人だってそうそう通りはしない。私の名前
を呼んだのだから、迷子でもないだろうし……。
―――ああ、そっか。
「あ、アリスさん」
「こぁちゃんね。いらっしゃい。パチュリーからのおつかいね?」
「はい。解読が終りました。此方が本で、此方のメモが解読した文章です」
「お疲れ様。ご飯食べていく?」
「い、いえ。そんな厚かましい真似は出来ません」
「そう。貴女大人しいからとっつきやすくてお気に入りなのだけれど」
「そそ、そんなそんな。じゃ、じゃあ私はこれで」
「えぇ。パチュリーに宜しく伝えて頂戴」
「はい。失礼します」
やっぱり。
それにしても意外と早かった。二日ぐらい掛かるのかと思ったのだけれど。仕事が早いわね。
「アリス師匠、今のはー?」
「悪魔よ」
「わわ、悪魔にお友達がいるの?」
「……聞いちゃだめよ。魂を取られるわ」
「えぇ!」
知り合いよ。友達じゃないのよ。友達少ないのよ。ごめんね氷雨ちゃん、駄目師匠で……。
と、兎も角、早速解読された文章見てみないと。
「私はちょっとだけ読み物があるから、今度はこっち、蓬莱?」
「ホウラーイ」
「こっちで練習なさい。用量は同じよ」
「ホウライ宜しくっ!」
「ホウラーイ」
さて、洗い物なんか後でいいわ。
変な感傷に晒された後突然己が欲望に突き進むのもどうかと思うけれど、人の形をした人間と同じ
思考を持つ存在なんてそんなものよ。
ふふ、なんて書いてあるのかなぁ……♪
3 それでも少女はカラクリ人形の夢をみるのか
”私が思い描いた人の形は、まず到底の努力では辿り付けぬものであった。汗を垂らし血を飲み胃
液を吐き出し、異物の混ざった小便が出るほどに努力と研究を重ね、それでも辿り着かず。
この咎人が最後に何をしたか。同じ志を持つ、この書物に行き着いた者ならば想像に易かろう。
悪鬼に魂を売り渡しのだ。何の遠慮も躊躇もなかった。
自律人形。
まさに夢だ。
しかし、人が人に近しいものを生み出そうとした場合に生じる、隔たり。
そう、何物ともいいがたい隔たりだ。
人間は生を摂理に基づいた形で生み出せはすれど、単身にて
それを為した場合、きっと現世に弊害が出る故に、見えぬ壁があるのだと考えられる。では、私は
如何に自律人形を生み出したか。
それは、既存の物を用いる事だった。人形には絶対的限界がある。
幾ら肉体に近しい物が作れようとも、そう、魂だけは作れない。冥界の神は厳しく、いざ既に死し
た霊体を取り扱おうとした所で、魂魄の処理が難しく、容易には用いれない。私は閃いた。
最悪の閃きをもってそれを為した。それは、直接この手で、魂魄を取り出し、ヒトガタへと収める
法である。
冥府魔道を行く同志等なれば、容易かろう。
男のヒトガタであれば男の、少女のヒトガタであれば、少女の魂魄を用いればよい。
もし、私に続くものがあるなれば、覚悟せよ。咎人よ、覚悟せよ。人とは誠、強欲かつ吐き気を催
すほど、醜く美しいものであると、覚悟せよ”
*アリスへ
咎人の術。この幻想郷の事だから、もし手をかけたとなればすぐさま映姫様に処罰されるでしょう。
人形師よ、道誤る事なかれ。
「………………………」
ここまで来たのに。これか。
どれだけ長い間求めただろう。本当に近しいものまでは作り上げたけれど、そこから先には至れな
かった。言わば悲願だ。これを追い求めて永遠を手に入れたといっても、過言ではない。
「アリス師匠、まだー?」
「……」
男のヒトガタであれば男の―――
「師匠、どうしたの?」
少女のヒトガタであれば――――
「師匠?」
少女の魂魄を用いればよい―――
「……ねぇ、氷雨ちゃん」
「はい……?」
「私、いま―――」
そう、言い切ろうとしたところで……付近に、爆音が鳴り響いた。
「アリス・マーガトロイドっ!!!!」
「霊夢……?」
酷い怒鳴り声。あんな可愛い顔して、良くそんな声が張り上げられるわね。
私は氷雨ちゃんに大人しくしているよう指示すると、ドアを開けて外にでた。
「見損なったわ。貴女、人攫いなんてするのね。いつから妖怪のお仲間に?まぁ元より魔法使いで
すから?隠れてやってるんじゃないかとは、思ったのだけれどね!」
「酷いものいいね。何よ?」
「しらばっくれないで。私がこんな怒って、しかもアンタの前にいるのよ?私は誰でしたっけ?」
「博麗神社の貧乏巫女。一応、異変解決のエキスパートね」
「……女の子を返しなさい。人里で人攫いするのは、契約違反よ」
「馬鹿言わないで。あの子は自分から弟子になりたいと言って来たのよ?そもそも……」
「問答無用よ。言い訳なんて聞きたくないわ」
相当お冠で。
嫌よね……あぁ、でも。
強ち間違いじゃないかもしれないわ。
「いいわ。売られた喧嘩は買うのが魔法使いなの。それにほら、私って意外と好戦的でしょう?」
「そうね。なら―――行くわよっ!!!!」
霊夢が空に跳ね上がる。非常識な速度だ。人間のクセに、ホント何もかもの常識が通じない。まぁ
理屈すら通じないものね。当然か。
外に出てから、どれくらいの時間がたっただろうか。
私は上の空になりながら、霊夢の弾幕を交していた。
意外と、交せるものね。
向うのスペルカードも、此方のスペルカードもそろそろ限界。霊夢の目線が一層鋭くなる。あの真
剣な目は好き。普段陽気で、お賽銭の事ばかり考えている霊夢だけれど、一度事が起きれば好きに
なっちゃうほどカッコいい目をする。
でも、それが自分に向けられていると思うと……辛い所よね。
頭の中は、先ほどの咎人の文章で一杯だ。
次に霊夢の弾幕がくれば、当たるかもしれない。本当に何度見ても美しいのよ。見とれている間に
ガツンとやられるの。
「アリス……何で貴女が?何故?」
「さぁどうしてかしら。突然人間を食べたくなったのかもしれないわ」
「馬鹿なことを。貴女は食べずとも老化しないし死にもしない。お遊び半分なのでしょう?」
「ふふ。もしかしたら、私はあの子の魂を取り出して、咎人の術を用いるかもしれないわ。大変な
異変でしょう?冥界を巻き込んだ一大戦争になりかもしれないわ」
「止めて頂戴。また仕事が増えるじゃないっ!」
次弾がくる。スペルは……二重結界かぁ。苦手なのよね。
「くっ……!」
私の直ぐ横を大量のお札が通り過ぎていく。思いっきり掠れた為に、腕が切れた。
「あっ……」
次弾で……詰まった。右にも左にも、上にも下にも逃げられない。
つくづく、悪役に向いてないわ、私。
でもまぁ……霊夢にやられるならいいわ。嫌いじゃないもの。
「えっ……アリス!?」
「ああっ……!!」
被弾―――直撃。
急速に力を失った私は、崩れるようにして夜の森へと落下してゆく。落ちたら痛いだろうなと思った
けれど、衝撃を和らげる程の力は残っていない。
なぁるほど。これが不慮の事故は覚悟しておくこと、か。
今までなんであんな記述がルールブックに乗っているのかと思っていたけれど、これの事だったわ
けね。
どんどんどんどん落ちて行く。意識は朦朧とし、手足は動かない。ただ、スローモーションのよう
に、己が落下して行く姿を実況出来るだけ。
死に際は時間が止まって見えると聞いたことがある。
異常事態に対して脳が活発に働き、脳内物質を大量に分泌する。
通常では捉えられないであろう速度の動きも、その効果によってコマ送りに見えるのだという。
霊夢の顔が歪んでいた。あんなに可愛らしい顔が、絶句している。
酷い顔ね霊夢。今度は鴉天狗辺りに、一枚納めて貰うといいわ。
ごめんなさい。みんな。ごめんなさい、氷雨ちゃん。
貴女はきっといい子になるから。本当に、短い数時間の間だけれど―――
大切な何かを、与えてもらったような気がする。
「辞世の句は心の中で読み終わったかしら、人形師」
そんな雑音が聞こえたのは、きっと脳が異常を来たしているからだ、と、思う―――。
4 人と人形の境界
「ア……ス……アリス……アリス!!」
「んうぅ……魔理沙すてきぃ……♪」
「魔理沙は居ないわよ!おきなさいこの一人上手!!」
ガツン、と。思い切り鈍い一撃を食らった。
私の体はくの字にひん曲がり、ばね仕掛けの人形のように上半身を無理やり起される。
「アリス……無事?」
「弾幕より、今の一撃の方が痛かったと、私の脳は判断したわ」
「なら無事よ……ごめんなさい、良かった……」
ちょっとちょっと、抱きつかないでよ霊夢。ちょっと気持ちいいじゃない……。
あ、石鹸の香り……。
ところでここはどこだろう。
私は後ろ髪引かれる想いで霊夢の髪の毛から顔を上げて辺りを見回す。どうやら魔法の森、しかも
私の自宅付近だ。
「はぁ……なんで?」
「何が何で?」
「貴女……最後に諦めて被弾したでしょう?」
「違うわ。貴女の実力よ」
「嘘。最後のスペルカードを残してたの、知ってたんだから」
ばれてた。どうせ私は三面ボスが限界なのだから、それぐらいが丁度いいと思ったのに。空気が読
めない巫女ねぇ。
「どうして諦めたの?」
「霊夢にやられれば、諦めがつくと想って」
「……本当に何か企んでいたの?」
「……聞いてくれるかしら」
霊夢は私から離れて、聞く姿勢になる。こういうときは真剣なのよね。
「私って、自分の意志で考え自分の意志で行動する人形を作る事を目的としていたじゃない」
「そうね。良く聞かされたわ」
「……漸くそれに到達しそうだったのよ」
「何故それが、少女誘拐になるの?」
「話の前後が可笑しいのだけれど……少女が私に弟子入りしたいって言ったのは本当。一晩で返す
つもりで連れてきたのよ」
「誘拐ってきかされて、頭が沸騰したわよ……」
「私からお父さんにお話するべきだったわ。手違いね。えぇと、それでね。以前阿求さんの家の蔵
を掃除するとき、一冊の本を頂いたでしょう」
「私はやり繰り上手入門。貴女は人形秘術なんたら」
「そう。それの解読が、先ほどパチュリーから届いたの……そこに記述されていた術こそ……あま
りにもタイミングがよい、人の命を引き換えにして人形を作る術だったわ」
「……」
「悲願なの。念願なの。私が私で居る間に必ず為しえなきゃいけない事なの」
「だ、だからって、人の命を引き換えにって……本気だったの?」
「解らないわ……でも、心に引っかかっていたのは事実。たった数分でその文章を数百回反芻して
数百回後悔して、それで、目の前の女の子……氷雨ちゃんを見たとき……」
「アリス師匠!アリス師匠!!!」
……一番、きて欲しく無い時に来るのよね。世の中、タイミングで出来ているんだわきっと。
嗚呼どうしましょう。
なんだか……。
「アリス師匠……だいじょうぶ?物凄い音がしたから……」
「そこの巫女にやられたわ」
「師匠の仇!」
氷雨ちゃんは、ひっ捕まえた蓬莱人形で霊夢を叩く。霊夢はなんだか困った顔をして、それを甘ん
じて受け入れていた。
「いいのよ氷雨ちゃん……それより」
「はい、はい師匠。遺言?私、一人でも必ず魔法使いになるから……ふぁぁぁん……」
「ち、違うわよ」
改めて、氷雨ちゃんの幼い顔を見つめる。見つめられた氷雨ちゃんは、目をパチクリさせてそれに
答えてくれた。
嗚呼、馬鹿ね。馬鹿ね、本当に。
「私……いま……どんな顔してる?」
「……し、師匠はその……とても悲しそうな顔してる」
私ってば―――なんでこんな可愛らしい女の子を、一瞬でも殺してしまおうと想ったのかしら。
「ごめんなさい、謝らせて氷雨ちゃん……私ったら……」
「し、師匠泣かないで!この巫女私がやっつけるからっ」
「いいのよ、いいの……ごめんね……ありがとうね……」
もう、なんて言っていいか解らないわ。
とにかく、謝りたい。
一瞬でも咎人の術に手を染めようと考えた私が許せない。
ありえないわ。
たかが凡人の書いた書に惑わされるなんて。
そもそもよ?
そもそも、叡智がこの程度なの?
そんな筈、あるわけ無いわ。根源に触れる手法なんて、幾らでもあるはずよ。
アーカーシャガルバなんて、私にとってみれば、とりあえず触れないでおいてあげるわ、程度の簡
単な存在なのよ。
それに何よ。既存のものを使っちゃいました、はははって。
巫山戯けないで。
既存のものだけで作ろうなんてね、クリエイターとして有るまじき行為よ。
そこに必要なのは、思い入れのある存在に対して、どれだけ愛があるか。
どれだけ愛せるか。愛して、力を込められるかなのよ。
私はね、天才なの。
天才人形師―――アリス・マーガトロイドなのよ……!!!!!
「大変、お騒がせしました……」
「いやいや、とんでもない勘違いしまして、うちの娘が済みません……」
私は氷雨ちゃんのお父さんと何度も何度も頭を下げあう。
まさに無用心だったと思う。けれどそれ以上に幻想郷の秩序はなかなかどうして、強固に保たれて
いるのだなぁと改めて認識した。
暴力装置にして安全装置である博麗霊夢は、本当の意味でしっかりと機能している。
「アリス師匠、ごめんなさい。うれしくて、お父さんにお泊りするの伝えなくって……」
「いいのよ、私が直接挨拶に行くべきだったわ。私の不手際なの……だからこれ」
「これは……?」
「お詫びのしるし。上海そっくりに作ってあるわ」
「え?え?貰えるの?」
「ああそんな、マーガトロイドさんにそこまでしていただかなくても……」
「いえ。曲がりなりにもルールを破りましたから、当然ですわ……氷雨ちゃん、大事にして頂戴ね?」
氷雨ちゃんの頭を撫でる。柔らかい髪の毛が掌でふわふわ踊っていた。
本当にいい子。優しい子。
だから、それは私からのおまじない。
絶対、友達が出来るように。
「……うん!大事にする!凄く大事にする!有難う!絶対、動かせるようになるから!」
「えぇ。その時は、ふふ。本当に弟子にしちゃおうかしら」
その笑顔が眩しい。こんな笑顔が身近にある。
たった一つの、私が手作りした人形を受け取った子が、こんなにも喜んでくれる。
私はこれからも、自分に誇りをもっていけそうだ。
邪法など使わずとも
この笑顔を奪わない方法で。
必ず、自律する人形を、作ってみせる。
「また会いましょう、四方坂氷雨ちゃん?」
「うん!!!」
―――今日も、幻想郷は平和で、暖かかった。
稗田のあっきゅんからアヤシゲな本を貰って、スキマ様にスペルカードをぶち込んだり、
稗田のあっきゅんに酒を飲まされ洗いざらい魔理沙や霊夢との関係を吐かされたアリスでした。
オリジナルの幼女がいたりします。お気をつけ下さい。
それでも構わなくてアリスが好きな方は、お時間の邪魔にならなければ是非一読ください。
この先二万マイル
↓
「私ったら……どこぞの妖精じゃないけど最強じゃないかしら……」
まさか、阿求さんから貰った本がここまで役に立つとは思わなかった。貰った当初は実に珍しい
理論に基づいて事細かに人形の作り方が書いてある本である、と喜んでいたが、まさか本当に実
用書として利用出来るとは……。
天恵ね、天啓ね。これは私が読む為に書かれた本だったんだわ。
阿求さんには幾ら感謝しても足りないほどだ。桃色幻想郷縁起なんてフザケタ本を出版して問題
にはなっていたけど、今なら全部許せそう。
そういえば、魔理沙は何時の間にか霧雨邸に戻っていたっけ。一体今まで何処にいたのやら。ほ
とぼりが冷めるまで隠れるつもりだったんでしょうけど。まぁ魔法使い一人居なくなったくらい
の事だし、幻想郷の皆が何時までも話題にしているとも思えないしね。
まぁ……私と霊夢とパチュリー辺りは死ぬ気で探し回ったけれど……。
それはそうと、うん。それはいいの。兎に角出来てしまったの。
駆動部関係は既存の技法を用いた一般的なもの。これは私の持つ知識と技術で再現は可能だった。
けれどそこからが問題で、大本の機関部には私が知るどの人形技師にも伝わっていない、まさに
幻の技術が要求されていた。
この人形秘術概略と名付けられた本は……概略なんて謙遜するような内容じゃない。
ここに書かれていたのは、私が長年夢を見てきた、人形師としての叡智である「自律型の人形」
作りに関しての知識だった。
「けれどぉ……ここが……ここが解らない」
しかし、物事には障害がつき物だ。
きっと根源に触れる禁忌でも隠れているに違いないとは踏んだのだけれど、肝心な動力源に関して
の記述が、どうにも読めない。定期的に魔力を注ぎ込んで動かすのかと考えていたけれど、これは
完全に自律。半永久。術者は作るだけ作ったら後は人形が勝手に動く、という夢のような動力があ
るらしいのだ。
けれど読めない。決して字が滲んでいる訳ではなく、意図的に歪まされている。
解呪を試みたけれども、魔術体系の違いがあるのか、私の会得している解呪術では解けそうにない。
もとより稗田の蔵から出てきた本であるし、神道仏教陰陽道の類なのかもしれない。
となると、あまりにも智恵がないのだ。
困ったわねぇ……。どうするべきかしらねぇ……。
「パチュリーに頼むのも……癪だしねぇ……」
そんなつまらない抵抗感を感じながら、形だけ完成した新しい人形の髪を撫で付ける。
なんて可愛らしいのかしら。我ながら天才的な出来栄えよね。
「ふふ……ふふふふ……」
あぁもう、これが動き出したらどうしちゃいましょうか。術者には決して攻撃しない仕様になって
いるみたいだし、つまりやりたい放題?
嗚呼神様仏様魔界神様許して。アリスは悪い子です。
「ほんっっっっっっっと魔理沙そっくりだわっ!」
「おうアリスー、飯食わせて欲しいんだぜー……って、何だそりゃ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「いやぁぁぁぁぁっっっ!!!馬鹿馬鹿えっち!見ないでっ出てってよ!!」
「おおおおおお前!本当に私をモデルにして作ったのか!?馬鹿か!?馬鹿だぜ!!ていうか、う
わなんだそりゃ、似すぎだろそれ!?一分の一モデルか!?ちょっ瓶とか投げるな危ないぜっ」
作業に没頭しすぎて結界張るの忘れてたわ……。魔理沙だって私モデル代貰ってる筈なんだから、
今更追い出す必要もないけれど、イザ完成してみたらだって貴方、似すぎなんですもん。オーク
ションなんてかけたら香霖さんとかパチュリー辺りが死ぬ気で競り落とすくらい、そのく
らい出来栄えがいいんですもん。
「はぁ……はぁ……、と、取り乱したわ」
「危ないぜ……しっかし良く出来てるな……というかこんなの作ってお前は何するきなんだ?」
「召使のようにこき使うわ。他意はないの。本当よ?」
「そりゃ酷いぜ」
「それでもってこれからは一家に一台自律人形の時代が来るかもしれないわ」
「自律っていってもどの程度自律出来るんだ?」
「主が命令した通り全てをこなすの」
「……い、え、いや……そいつぁ凄いぜ……」
「でしょう?」
「今は動くのか?」
「いいえ。動力が組み込まれていないから動かないわ」
「ならまだ一分の一ドールだな。それにしても本当に似てるぜ……並んでみるか」
「あ、ちょっと」
魔理沙が人形の隣りに並ぶ。あ、シャッフルするし。
「どーっちだ」
「喋ったほう」
「ばれたぜ」
あったりまえじゃないの。
「まぁいいや、それでその動力っていうのは何なんだ?」
「それがほら……」
魔理沙に人形秘術概略のページを開いてみせる。何度も頭を捻り、唸り、ワオキツネザルみたいな
目にしてみたりして解読しようとしている。
「読めないぜ。魔術か?」
「呪いの一種みたい。魔理沙が読めないなら仕方ないわ。パチュリーに頼みましょう」
「紫もやしならいけそうだぜ。何せ本しか読んでないし」
「そうね」
それにしても、どんな動力源が必要なのかしら。外の世界にしかないものだったりしたら、それは
もう稼動不可能といっても過言ではないし。
手元にある魔法石やキノコなんかでも試してみたけれど動かない。
まぁ、ヒントのない答えを考えるのも無理があるし、今日はこれくらいにしましょうか。
「魔理沙、ご飯にしましょう」
「お、気前がいいぜ」
「ふふ。気分がいいの」
「ホント一人上手だぜ」
魔理沙にアーティフルサクリファイスをブチかましてから、私は晩御飯の準備を始めた。
1 アリスと人形劇
「あらアリスじゃない。どうかしたの?」
次の日。私はあの本の文章を解読してもらう為に紅魔館にまで足を運んだ。パチュリーは何時も通
りの反応で私を迎え入れる。紅魔館に対してのお行儀のよさならきっと私が一番だったろうから、
正門から入館しても美鈴さんには止められないし、小悪魔ちゃんに大玉をぶつけられたりする心配
はない。
それにしても何時きてもかび臭いわね。パチュリーの喘息の原因ってこれじゃないのかしら。
「実は今日は本を借りに来た訳ではないの」
「その手に持っている本、魔力の匂いがするわ」
「ご明察通りよ」
私はパチュリーに本を手渡し、何時の間にか現れた咲夜に出された紅茶を一啜り。ホント神出鬼没ね。
「まぁ……随分難解なマジックロックの掛かった本ね」
「その一部だけ、なのよ」
「本当みたいね。ここだけ字が読めない」
「……貴女でも読めないのかしら?」
「この本の所有者は?」
「私だけれど、稗田の阿求さんから頂いたわ」
「稗田。ああ、幻想郷知識人第四号ね。稗田、すると神道か仏教か、陰陽道か、まかさ鬼道じゃな
いわよねぇ……んー、初見だけでは解らないわ。少し弄っても良い?」
「破いたりしない限り」
「そんな不遜な真似しないわ」
なにやら小道具を用意し、私では見たことの無いようなもので本の内容を解読し始める。
此方もまた数回頷き、唸り、首を捻る。魔理沙と同じ反応しないでよ。
「んっ」
「何かわかる?」
「ほら、この虫眼鏡で見て」
パチュリーに指示された通り、不思議な形をした虫眼鏡を用いて、読めなくなっている部分に目を
通す。するとどうだろう。なにやら、文字は浮かんできたけれど……これはぁ……。
「くく、ふふふ……これは酷いわねぇ」
「”汝、煩悩を捨てよ。色即是空”本に馬鹿にされたのは生まれて初めてだわ」
「と、いう囮よ」
「なんですって?」
「これはブラフ。大体ね、こんな欲望の集大成みたいな本を作った人間に煩悩が無いはずが無いじ
ゃない?二重で文字をぼかしてあるのね、だから複雑に見てたのだわ」
「巫山戯けてるわね」
「全くよ」
「それで、この文字の下にある本当の文章は読めるの?」
「ちょっと強い呪術、しかも日本式のが掛かっているから、ちょっと時間がかかるわ」
「それじゃあ時間をかければ読めるのね?」
「えぇ。解読出来しだい、使い魔で届けるわ」
「助かるわ。何かお礼しないと」
「洋書は見飽きていた所だし、丁度良い息抜きよ、只で構わないわ」
「あら、気前がいいのね。魔女の取引は等価交換でしょう?」
「だから、息抜きが等価よ」
なんだか人当たりの良いパチュリーを見るのは久しぶりだと感じる。こんな感じの良い子だったか
しら。でも、善意で引き受けてくれるならそれに越した事は無いわ。
私は改めてパチュリーに礼を言って紅魔館を後にする。
ふふふ、稼動出来たらパチュリーにも貸してあげようかしら?
それにしても、本当に楽しみだわ。勿論、失ったものも少なからずある訳だけれども。
さて失ったものといえば。
当然時間なんか有り余っている訳だからこれじゃないわよね。
人間関係?違うわ。
そう、資金よ。
数週間ばかり家に篭りっきり、最後に買い物をしたのは何時だったかしら。兎も角人形の材料費と
生活費だけで相当の被害を被ったし、その間内職は全て手をつけていないから、収入源がなかった
の。趣味と実益を兼ねた仕事な分、趣味だけを取ると無職になるのよね。
その失ったものをどう補給するか。
内職には手をつけていないのだから、当然販売すべき品なんてない。
では何を売るか?
えぇ、その通り。
私は人形師だもの。腕を売るわ。
「シャンハーイ」
「ホウラーイ」
「ささ、よってらっしゃい見てらっしゃい、大魔術師アリスマーガトロイドの不思議な人形劇。御
代は見てのお帰りよ~」
相当久しぶりだけれど、これは慣れたもの。宴会の度に半分酔っ払いながらでも出来るのだし。私
天才だしね。というか人形を動かすだけなら常時、戦闘で扱うなら相当な数をこなしているのだし、
忘れろと言われても忘れられない、記憶を消されても体が覚えている位朝飯前。
人里の子達は上海と蓬莱の呼びかけに次第と集まってくる。
閉鎖的だけれど、意外と懐っこいのよね、ここの子供達は。
「ささ、今日の演目は此方、お姉さんより悪い悪い魔女に攫われたお姫様のお話……」
あまり娯楽書の無い、というか児童書皆無なこの幻想郷で、西洋のお話は物珍しいらしく、子供達
は食い入るような目で私の人形劇を観賞する。
「『嗚呼、お姫様が攫われてもう二日、王様はもうずっと食事も喉が通らずゆっくり寝る事も出来
ていないのです。騎士様、どうかどうか御国の大事なお姫様を……』」
我ながら、少し恥かしい。ベタベタな話でも真剣に聞いてくれる子供達の目がとても純粋で、自称
都会派な私からするとその目は何か、忘れていたものを呼び起こすような、そんな気持ちにさせら
れてしまう。汚れてるのね私、嫌だわぁ。
「『うはwwお……いえ、この騎士山岡直三郎にお任せください。必ずや姫君を御国と平和の為に
取り戻して進ぜましょう。乾坤一擲、一人総火の玉、玉砕覚悟の大勝負で御座います』」
「『賭けかよ』」
物語が進んで行く。無垢な視線が私と人形を包む中、その一つに違うものを見つけた。
少女だ。
歳は6歳程度で、周りの子達とも変わりがない。それの何が違うのかといえば、視線だ。
少女はずっっっっと、私だけを見ている。
ああ、成る程。種が気になるのかしらね。
私はその少女の疑問を、更に深めてあげようと、馬に跨った山岡さんを、私の周りを何周も何周も
回らせた挙句、空まで飛ばせてみせた。
おお、と子供達が歓声をあげる。
どう、タネも仕掛けもないのよ?意味不明な人間があちら此方にいるでしょう?私ったら残念な事
にそれの類なのよ?
……しかし、その少女は人形劇を真剣に見始めるばかりか、ひまわりのような笑顔で私を見ていた。
「『取り巻き経験地うm……えぇい、ちょこまかとっ往生しろぉい!!』」
「『やかましいわっ!食らえ超絶究極無敵銀河最強魔法エターナルフォースブリザーーード!!』」
「『くくっ、貴様がまさかその術を使うとはな……ならば仕方あるまいっ』」
「『何!?その腕の紋章はぁぁぁぁっ!!!』」
人形劇もいよいよクライマックス。山岡は悪い魔法使いからたんまり経験値とレアドロップを奪い
取り、お姫様を救出する。
「『こうして騎士山岡は無事お姫様を救出し、王国をのっとりましたとさ、おしまい』」
「あら、ありがとう。またいらっしゃいね?」
「ばいばぁーい」
「ふふ、可愛らしいわねぇ」
無事人形劇が終了し、なけなしのおこずかいを搾取する罪悪感と優越感に浸りながら、私は子供達
の笑顔を見送る。
まぁ……悪い事してる訳じゃないしね。御代が少ないからってひっ叩くなんて真似しないし。
今日はもうこの位にしようかしら。思ったより集まったし、三日ぐらいは食いつなげるわ。(まぁ
そもそも食べる必要はないのだけれど、習慣だし)
ひぃふぅみぃよぉ……と、卑しくも小銭を数えていると、不意に服を引っ張られる感触。振り向け
ばそこには……先ほどからずっと私を見つめていた少女がたっていた。
「あら、どうかしたのかしら?」
「ね、ねぇお姉ちゃん」
「なあに?」
「で、弟子にしてくださいっ」
……。
どうしましょう。冷静にしているけれど私、そんなこと言われたの初めてよ?大体魔法使いにはな
りたてなのよ、実際。それにしても、成る程。別に種を明かそうとしていた訳でなく……純粋に魔
法に憧れていたのね。
「残念、お姉さんは弟子は取らないのよ」
「何故?魔法使いは子供を攫って弟子にするって、ばっちゃがいってたのに?」
どこのばっちゃよ。魔法使いに恨みでもあるの?
「うーん。お姉さんはね、弟子は取らない魔法使いなの」
「えー。なんでー?」
「それはその……」
人にもの教えた試しなんてないのよ。まぁ幻想郷なら修行すれば出来そうなものだけれど……。魔
理沙なんていい例ね。あれは道具に頼りすぎるけれど。
「前にも弟子を取ったのだけれど、あんまり才能がないから、食べてしまったわ?恐いでしょう?」
「そんなことないよ。妖怪も魔法使いも人間食べるのは知ってるもん」
「と、兎に角駄目なの。頭からガブリよ?」
「きゃっ」
なんで恥かしがるのよ。どこで覚えたのよそんな顔。幻想郷はマセガキが多いわねぇ。
どうしたものかしら……。簡単に引き下がってはくれなさそうだし。
「いいわ。じゃあ魔法使い体験コースね。それで駄目ならお帰りなさい?」
「うん!お父ちゃんに言ってくる!ところで何日体験?」
「一晩よ。友達の所に泊まってくるっていいなさいね」
「はぁい!」
ま、無難よね。一晩恐い思いさせれば、魔法使いになりたいなんて馬鹿な考え捨てるだろうし。別
に魔法使いになろうが妖怪になろうが構わないのだけれど、今後も付き纏われたら厄介だわ。
それに、パチュリーから答えが届くまでは暫くありそうだし、暇つぶしには良いわよね。
「うわっうわっうわうわうわっすごいすごいすごいっ!!」
「あーこら、上で暴れないの」
「だってほら、空飛んでるっ!妖精みたいっ!」
「気持ちよい?」
「うん!魔法使い凄い!なりたい!」
「そ、そう」
そりゃあもう暴れるわ騒ぐわ碌なもんじゃないわ。普段から飛んでるからあまり意識しなかったけ
れど、空飛べるのってやっぱり幻想郷でも人間には珍しいのよね。
何で巫女や魔理沙は飛べるのかしら。不思議ねぇ。幻想郷は不思議ねぇ。
そんなことを考えていると、やがて魔法の森にさしかかったので自宅近くに降り立つ。私は女の子
にハンカチを渡して呼吸に気をつけるように指示し、幾つか注意する。
「何故ハンカチを渡したか解る?」
女の子は頭を縦に振る。
「ここは瘴気が強くて、普通の人間では中てられてしまう。家の中にいれば安全だから、勝手に外
に出たりしてはいけないわ」
女の子は頭を縦に振る。
「外には恐い妖怪もいるし、一度迷うと私でも見つけられるかわからないの。お願いね?」
女の子は頭を縦に振る。
そこまで注意し、そういえば部屋の中を片付けていない事を思い出したので、一端女の子に外で待
つよう言いつけ、私は部屋の片付けに掛かる。
何が不味いって、勿論一番不味いのは愛しの魔理沙人形1/1人形だ。元から人形だらけの家だけれ
ども、幻想郷で本物の魔理沙を見かけるだろうし、そんな大きな人形が私の家にあったなんて噂を
立てられては厄介だし。
でも我ながらそれ以外は大分片付いているのよね。魔法使いでも大違いだわ、魔理沙。
ああ。魔理沙の部屋も掃除してみたいわねぇ。
「…………って、えぇ!?」
行き成りいなくなるし、あの子。というか名前も聞いてないわよ?
嗚呼、参ったわね……。適当に歩いて外に出れるほどこの森は簡単じゃあないのよ?
「上海!蓬莱!あの子をさが……」
「うわぁぁぁ、でっかいキノコ!でっかい!すごい!」
いた。自宅の横で何時の間にか生えた大きなキノコを眺めて、銀河系みたいな瞳を輝かせている。
「こぉら。勝手に動き回らないって約束したでしょう?食べるわよ?」
「えー」
えー、じゃないわよまったく。行き成り迷子になられてしかも死体であがったりなんかしたら、後
味悪すぎて夢に見るわ。
「はぁ……ほら、入って。約束守りなさいよ」
「はぁい」
先が思いやられるわ。なんだか、随分と無鉄砲な子ね。つれてくる選択肢は間違いだったかしら。
はぁ……今から戻りたいわねぇ。
2 アリスと少女
ここでも女の子はもう驚く驚く。
まぁ、初めて見た人は大概驚くけれど、そうね。人形の数、パンパじゃあないものね。
「ねぇ、貴女お名前は?」
「名前を名乗るときは聞いたほうから話すんだって!」
ど、どんな教育受けてるのよ。
「私はアリスマーガトロイド。アリスでいいわ」
「氷雨!四方坂氷雨!」
「ひさめちゃんね」
「ねねねねね!これは、この子は!?アリス動かせるの!?」
「えぇ、ほら」
慌しい氷雨の選んだ人形は、普段から私の身の回りで作業させている人形の一つだ。私は上海と蓬
莱を操って、その人形を揺り起こすような演出をする。
人形は上海と蓬莱に、まるで眠りから醒まされたようにして動き出し、氷雨にお辞儀をした。
「おぉぉぉ~……おぉぉぉ~……三つも動いてる……」
氷雨の反応が面白かったので、身の回りで作業させている全ての人形を動かしてみた。氷雨は目を
剥いて驚き、何度も何度も私と人形に視線を往復させた。
実に女の子らしい……というよりは、好奇心旺盛な男の子のようだわ。
「十個!十個も動いてる!」
「そうね、もっと動かせるけれど、流石に疲れちゃうからこれで許して頂戴」
「うん!わぁぁ……」
それにしても―――自分が人形を動かして喜ばれるのは、やっぱり気持ちがいいものね。別に超越
的な感覚を誇っているんじゃないの。私より凄い人間……基存在なんて幻想郷には五万といるし。
なんと言えば良いのか。
自分で作ったものを自分で動かす。それに楽しい振り付けをつけて、人を楽しませる。きっと職人
気質なのね。技術の粋を凝らして、時間とお金を掛けてものを作り出す。
しかもそれは人の感情を動かせる存在になる。自分の作った存在で人間の心を動かせる。
意外と素敵よね。
「師匠!」
「え?」
「やっぱり凄い。うんと昔に一度みてから、ずっとずっと気になってたの。やっぱりすごい。だか
らこれからアリスの事を師匠って呼ぶ!」
「そ、そう。好きにするといいわ」
永琳と被るわね。まぁ、どうせ一晩だけだし。
「アリス師匠凄い。本当に素敵。私も魔法使いになれる?」
「どうかしら、頑張り次第ね」
「頑張る!最初は何をすればいいの?」
「そうねぇ……じゃあ、上海?」
「シャンハーイ」
「この子シャンハイっていうの?」
「そう。私のお友達よ。この子は他の人形より魔力が通り易くなっているの」
「解った!この子を歩かせるのね!?」
「歩かせないわ。だから、集中する練習をしましょう。ここは魔法の森の中で、魔法の力が他より
強いから、もしかしたら立ち上げる事ぐらいは出来るかもしれないわ」
「うんうん!宜しくねシャンハイっ」
「シャンハーイ」
そんな感じで、一晩だけの魔法使い見習いの修行が始まる。
なんだかこの子……氷雨のペースに乗せられっぱなしね。恐い思いをさせて追い返すんじゃなかっ
たかしら。
……良心が痛いわね。
ま、兎も角晩御飯の用意でもしましょうか。お腹が空いてちゃ驚かせる演技も出来ないわ。
「私はご飯を作るから、貴女は上海相手に頑張っていなさい」
「アリス師匠!」
「何かしら」
「コツは?」
「やってる間にきがつくわよ」
「ぶー」
ふふ。
なぁんでかしらね?
別に明日には返しちゃうんだから、コツぐらい教えてやればいいのに、私。
でもね。何でかしらね。本当に、何でかしら?
気まぐれ?そもそも、何で連れてきちゃったのかしら。私あんまり、人付き合いは得意じゃあない
し、適当にあしらってしまうのだけれど。
「シャンハイうごけーうごけシャンハーイ!とべ!唸れ!走れ!てーんまでとどーけー」
「大人しくなさい」
「ご、ごめんなさい。でもでも、気合とかで動くかも……」
「動きません」
気合だけで飛んだらだぁれも苦労しないわよ……まったく、魔理沙じゃあないんだから……。
………………………………………………………………………………………………。
あぁ、そう。そういうこと私。
馬鹿ね、本当に馬鹿。こんな幼女捕まえてきて何してるのかしら。
この子ったら、何処となく似てるのよね、魔理沙に。顔に面影があるんじゃあなくって、雰囲気と
いうか。性格というか。
やぁね、ここまで来ると病気かしらね。ま、真っ当な人でない事は自分でも重々承知してるわよ。
そもそも人じゃないもの。人知を超えて存在していたからこそ、魔法使いになったんだもの。
「うごいた!」
「え、うそ!?」
「うそー」
「……真面目にやりなさい」
「はい……ぐす……あっ動いた!」
ポカン。
「いーたいー。師匠痛いー」
「食べるわよ?」
「ごめんなさいごめんなさい」
ひねくれてるところも……その。なんというか……はぁ。
氷雨を大人しくさせてから、やっとの事私は料理に取り掛かる。
……まぁ、一晩くらい大人しく置いてあげても、いいかしらね。
何作ろうかしら。甘めのカレーなんて好きかしら。
ニンジン、あったかなぁ―――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「そっちは、いないのか?」
「向うは沢だが……まさか落ちたなんてこたぁねぇよな?」
「妖怪に攫われたんじゃなかんべか」
「人里で妖怪はでねぇ。いるとしても、人を襲わねぇ妖怪だけだ」
「気まぐれで攫ったりしたんじゃねぇのか?」
「いいや。人里で人を攫わないと、ちゃんとした約束がある」
「しかし、妖怪のやることは俺達人間にゃ理解できんしな……」
「お、オジちゃんたち。ボクみたんだっ」
「何をみたって?」
「き、金髪の、人形つれたお姉ちゃんが、氷雨ちゃんを背負って飛んでくところ―――」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「動かないー。やっぱ気合かな」
「気合じゃ動かないわ。それよりご飯にしましょう。カレーは好き?」
「あんまり食べた事ないー」
「そう。なら一口」
「あむ」
「……どう?」
「おいしい!師匠美味しい!」
「私は美味しくはないわ」
「このかれーは、とても美味しいです!」
「はい。じゃ、食べましょうね」
「うん!」
自分の家で人と食卓を囲むなんて、魔理沙以外いなかったわね。
ホント、美味しそうに食べる姿を見てると、こっちまで嬉しくなっちゃう。ふふ、可愛らしいわね。
本当に攫っちゃおうかしら?
なぁんてね。
「アリス師匠は食べないんですか?」
「え?」
「お腹が空いてないなら、私が食べます。あむ」
「あーあー、こら。お行儀が悪い……口についちゃってるわ。拭いてあげるから顔寄せて」
「あはー」
子供。自分が子供だったのはいつだったか。
私もこんな顔をして、お母様に口元を拭かれたりしたんだっけ。何故か、遠い昔のように感じる。
普段自分の事しか考えていない私だけれど、いざ自分より小さなものと向き合うと違ってくるのか
もしれない。いや、ただの偽善なのかも。
母性本能?悪いわね、アブノーマルなのよ、私。
「アリス師匠、お母さんみたい」
「や、やぁね。貴女のお母さんもそうしてくれるの?」
「ううん。お母さんはいないの。お父ちゃんがするの」
「そう。じゃあなんでお母さんなの?」
「お父ちゃんが、私がもっと小さい頃はそうしてたって、言ってたから」
片親なんて珍しくはないし、あえてそれには触れない。
むしろ聞くべき事は他にある。
「ねぇ、氷雨ちゃん」
「なぁに師匠?」
「貴女、何故魔法を覚えたいの?」
「んと、えっと……」
氷雨ちゃんはスプーンを握ったまま、言ってよいのか悪いのか、顔をあげたり俯いたり。
むしろ此方の方が触れてはいけない話題だったかしら。
「何故?」
私はなるべく優しく、脅えてしまわないよう語り掛ける。
「友達が、欲しかったから」
「お友達はいないの?」
「うっ……ん。私、仲良くなりたくて皆に近づくんだけれど」
「……うん」
「ぐす……つい、いたずらしちゃって……みんなと遊びたいのに……んぐっ」
「うん」
「だから、友達は、いつも……お人形だけで……」
「うん……うん……」
「もし!もしお人形が動いたり喋ったりしたら、嬉しいなって……うぅぅぅ……」
「氷雨ちゃん、こっちいらっしゃい」
氷雨ちゃんは席を立つと、私にしがみ付くようにして嗚咽を漏らしながら涙を流す。
友達がいない、かぁ。
まぁ。しょっちゅう揶揄されるわね、私も。
……だからこそ、その人形を使って、人を集め様なんて考えるのかしら、ね。
「ふぅぅあ……アリス師匠をね、一度見てから、自分にも、できるんじゃ、ひぐっ……ないかって
思って……そうしたら、お人形のお友達も出来て、人間のお友達も……うぅぅぅ、うあぁぁっ」
「いいわ、もういいから」
このちっちゃい魔理沙みたいな子、本当は、そうか。
私みたいだったんだ。
友達いないって馬鹿にされるのは慣れたけれど、子供からしてみればやっぱり辛いものね。
ゆっくり、ゆっくり氷雨ちゃんの頭を撫でて落ち着かせる。
この前霊夢に宥められたのを思い出して自己嫌悪。私ったら本物の馬鹿ね。
「ふふ。妖精みたいな子ね。ちっちゃいけどイタズラ好きで」
「だから、あだ名が氷の妖精って……」
「いたずらずきで氷雨だから?ふんじばって袋たたきね」
「だ、だめ。食べちゃだめ……」
「だぁいじょうぶよ。アリス師匠、これでも大らかなの」
「よ、よかった……」
大分落ち着いた氷雨ちゃんは、私から離れるとごめんなさいとお辞儀をする。いいお父さんね。ち
ゃんとしつけは出来てるんだから。
ただちょっと無鉄砲で不器用なだけ。私と魔理沙を足して二で割った感じね。
とても他人とは思えないわ。
「さ、食べてしまって。そしたらこのアリス師匠が直々に人形の扱い方を教えてあげますから」
「本当?」
「えぇ。私ね、多分幻想郷で一番嘘をつかない女よ」
「うん!」
本当に素直で無垢で純粋で、可愛らしい。きっとお父さんは一日でも手放すのが惜しいでしょうに。
良くお泊りなんて許可したわ。
「夜分すいませんー、アリスさんー?」
「あら、誰かしら。食べ終わったら流し台においていて頂戴?」
「はぁい」
まだ夜はそんなに遅くないけれど、ここは魔法の森。大人だってそうそう通りはしない。私の名前
を呼んだのだから、迷子でもないだろうし……。
―――ああ、そっか。
「あ、アリスさん」
「こぁちゃんね。いらっしゃい。パチュリーからのおつかいね?」
「はい。解読が終りました。此方が本で、此方のメモが解読した文章です」
「お疲れ様。ご飯食べていく?」
「い、いえ。そんな厚かましい真似は出来ません」
「そう。貴女大人しいからとっつきやすくてお気に入りなのだけれど」
「そそ、そんなそんな。じゃ、じゃあ私はこれで」
「えぇ。パチュリーに宜しく伝えて頂戴」
「はい。失礼します」
やっぱり。
それにしても意外と早かった。二日ぐらい掛かるのかと思ったのだけれど。仕事が早いわね。
「アリス師匠、今のはー?」
「悪魔よ」
「わわ、悪魔にお友達がいるの?」
「……聞いちゃだめよ。魂を取られるわ」
「えぇ!」
知り合いよ。友達じゃないのよ。友達少ないのよ。ごめんね氷雨ちゃん、駄目師匠で……。
と、兎も角、早速解読された文章見てみないと。
「私はちょっとだけ読み物があるから、今度はこっち、蓬莱?」
「ホウラーイ」
「こっちで練習なさい。用量は同じよ」
「ホウライ宜しくっ!」
「ホウラーイ」
さて、洗い物なんか後でいいわ。
変な感傷に晒された後突然己が欲望に突き進むのもどうかと思うけれど、人の形をした人間と同じ
思考を持つ存在なんてそんなものよ。
ふふ、なんて書いてあるのかなぁ……♪
3 それでも少女はカラクリ人形の夢をみるのか
”私が思い描いた人の形は、まず到底の努力では辿り付けぬものであった。汗を垂らし血を飲み胃
液を吐き出し、異物の混ざった小便が出るほどに努力と研究を重ね、それでも辿り着かず。
この咎人が最後に何をしたか。同じ志を持つ、この書物に行き着いた者ならば想像に易かろう。
悪鬼に魂を売り渡しのだ。何の遠慮も躊躇もなかった。
自律人形。
まさに夢だ。
しかし、人が人に近しいものを生み出そうとした場合に生じる、隔たり。
そう、何物ともいいがたい隔たりだ。
人間は生を摂理に基づいた形で生み出せはすれど、単身にて
それを為した場合、きっと現世に弊害が出る故に、見えぬ壁があるのだと考えられる。では、私は
如何に自律人形を生み出したか。
それは、既存の物を用いる事だった。人形には絶対的限界がある。
幾ら肉体に近しい物が作れようとも、そう、魂だけは作れない。冥界の神は厳しく、いざ既に死し
た霊体を取り扱おうとした所で、魂魄の処理が難しく、容易には用いれない。私は閃いた。
最悪の閃きをもってそれを為した。それは、直接この手で、魂魄を取り出し、ヒトガタへと収める
法である。
冥府魔道を行く同志等なれば、容易かろう。
男のヒトガタであれば男の、少女のヒトガタであれば、少女の魂魄を用いればよい。
もし、私に続くものがあるなれば、覚悟せよ。咎人よ、覚悟せよ。人とは誠、強欲かつ吐き気を催
すほど、醜く美しいものであると、覚悟せよ”
*アリスへ
咎人の術。この幻想郷の事だから、もし手をかけたとなればすぐさま映姫様に処罰されるでしょう。
人形師よ、道誤る事なかれ。
「………………………」
ここまで来たのに。これか。
どれだけ長い間求めただろう。本当に近しいものまでは作り上げたけれど、そこから先には至れな
かった。言わば悲願だ。これを追い求めて永遠を手に入れたといっても、過言ではない。
「アリス師匠、まだー?」
「……」
男のヒトガタであれば男の―――
「師匠、どうしたの?」
少女のヒトガタであれば――――
「師匠?」
少女の魂魄を用いればよい―――
「……ねぇ、氷雨ちゃん」
「はい……?」
「私、いま―――」
そう、言い切ろうとしたところで……付近に、爆音が鳴り響いた。
「アリス・マーガトロイドっ!!!!」
「霊夢……?」
酷い怒鳴り声。あんな可愛い顔して、良くそんな声が張り上げられるわね。
私は氷雨ちゃんに大人しくしているよう指示すると、ドアを開けて外にでた。
「見損なったわ。貴女、人攫いなんてするのね。いつから妖怪のお仲間に?まぁ元より魔法使いで
すから?隠れてやってるんじゃないかとは、思ったのだけれどね!」
「酷いものいいね。何よ?」
「しらばっくれないで。私がこんな怒って、しかもアンタの前にいるのよ?私は誰でしたっけ?」
「博麗神社の貧乏巫女。一応、異変解決のエキスパートね」
「……女の子を返しなさい。人里で人攫いするのは、契約違反よ」
「馬鹿言わないで。あの子は自分から弟子になりたいと言って来たのよ?そもそも……」
「問答無用よ。言い訳なんて聞きたくないわ」
相当お冠で。
嫌よね……あぁ、でも。
強ち間違いじゃないかもしれないわ。
「いいわ。売られた喧嘩は買うのが魔法使いなの。それにほら、私って意外と好戦的でしょう?」
「そうね。なら―――行くわよっ!!!!」
霊夢が空に跳ね上がる。非常識な速度だ。人間のクセに、ホント何もかもの常識が通じない。まぁ
理屈すら通じないものね。当然か。
外に出てから、どれくらいの時間がたっただろうか。
私は上の空になりながら、霊夢の弾幕を交していた。
意外と、交せるものね。
向うのスペルカードも、此方のスペルカードもそろそろ限界。霊夢の目線が一層鋭くなる。あの真
剣な目は好き。普段陽気で、お賽銭の事ばかり考えている霊夢だけれど、一度事が起きれば好きに
なっちゃうほどカッコいい目をする。
でも、それが自分に向けられていると思うと……辛い所よね。
頭の中は、先ほどの咎人の文章で一杯だ。
次に霊夢の弾幕がくれば、当たるかもしれない。本当に何度見ても美しいのよ。見とれている間に
ガツンとやられるの。
「アリス……何で貴女が?何故?」
「さぁどうしてかしら。突然人間を食べたくなったのかもしれないわ」
「馬鹿なことを。貴女は食べずとも老化しないし死にもしない。お遊び半分なのでしょう?」
「ふふ。もしかしたら、私はあの子の魂を取り出して、咎人の術を用いるかもしれないわ。大変な
異変でしょう?冥界を巻き込んだ一大戦争になりかもしれないわ」
「止めて頂戴。また仕事が増えるじゃないっ!」
次弾がくる。スペルは……二重結界かぁ。苦手なのよね。
「くっ……!」
私の直ぐ横を大量のお札が通り過ぎていく。思いっきり掠れた為に、腕が切れた。
「あっ……」
次弾で……詰まった。右にも左にも、上にも下にも逃げられない。
つくづく、悪役に向いてないわ、私。
でもまぁ……霊夢にやられるならいいわ。嫌いじゃないもの。
「えっ……アリス!?」
「ああっ……!!」
被弾―――直撃。
急速に力を失った私は、崩れるようにして夜の森へと落下してゆく。落ちたら痛いだろうなと思った
けれど、衝撃を和らげる程の力は残っていない。
なぁるほど。これが不慮の事故は覚悟しておくこと、か。
今までなんであんな記述がルールブックに乗っているのかと思っていたけれど、これの事だったわ
けね。
どんどんどんどん落ちて行く。意識は朦朧とし、手足は動かない。ただ、スローモーションのよう
に、己が落下して行く姿を実況出来るだけ。
死に際は時間が止まって見えると聞いたことがある。
異常事態に対して脳が活発に働き、脳内物質を大量に分泌する。
通常では捉えられないであろう速度の動きも、その効果によってコマ送りに見えるのだという。
霊夢の顔が歪んでいた。あんなに可愛らしい顔が、絶句している。
酷い顔ね霊夢。今度は鴉天狗辺りに、一枚納めて貰うといいわ。
ごめんなさい。みんな。ごめんなさい、氷雨ちゃん。
貴女はきっといい子になるから。本当に、短い数時間の間だけれど―――
大切な何かを、与えてもらったような気がする。
「辞世の句は心の中で読み終わったかしら、人形師」
そんな雑音が聞こえたのは、きっと脳が異常を来たしているからだ、と、思う―――。
4 人と人形の境界
「ア……ス……アリス……アリス!!」
「んうぅ……魔理沙すてきぃ……♪」
「魔理沙は居ないわよ!おきなさいこの一人上手!!」
ガツン、と。思い切り鈍い一撃を食らった。
私の体はくの字にひん曲がり、ばね仕掛けの人形のように上半身を無理やり起される。
「アリス……無事?」
「弾幕より、今の一撃の方が痛かったと、私の脳は判断したわ」
「なら無事よ……ごめんなさい、良かった……」
ちょっとちょっと、抱きつかないでよ霊夢。ちょっと気持ちいいじゃない……。
あ、石鹸の香り……。
ところでここはどこだろう。
私は後ろ髪引かれる想いで霊夢の髪の毛から顔を上げて辺りを見回す。どうやら魔法の森、しかも
私の自宅付近だ。
「はぁ……なんで?」
「何が何で?」
「貴女……最後に諦めて被弾したでしょう?」
「違うわ。貴女の実力よ」
「嘘。最後のスペルカードを残してたの、知ってたんだから」
ばれてた。どうせ私は三面ボスが限界なのだから、それぐらいが丁度いいと思ったのに。空気が読
めない巫女ねぇ。
「どうして諦めたの?」
「霊夢にやられれば、諦めがつくと想って」
「……本当に何か企んでいたの?」
「……聞いてくれるかしら」
霊夢は私から離れて、聞く姿勢になる。こういうときは真剣なのよね。
「私って、自分の意志で考え自分の意志で行動する人形を作る事を目的としていたじゃない」
「そうね。良く聞かされたわ」
「……漸くそれに到達しそうだったのよ」
「何故それが、少女誘拐になるの?」
「話の前後が可笑しいのだけれど……少女が私に弟子入りしたいって言ったのは本当。一晩で返す
つもりで連れてきたのよ」
「誘拐ってきかされて、頭が沸騰したわよ……」
「私からお父さんにお話するべきだったわ。手違いね。えぇと、それでね。以前阿求さんの家の蔵
を掃除するとき、一冊の本を頂いたでしょう」
「私はやり繰り上手入門。貴女は人形秘術なんたら」
「そう。それの解読が、先ほどパチュリーから届いたの……そこに記述されていた術こそ……あま
りにもタイミングがよい、人の命を引き換えにして人形を作る術だったわ」
「……」
「悲願なの。念願なの。私が私で居る間に必ず為しえなきゃいけない事なの」
「だ、だからって、人の命を引き換えにって……本気だったの?」
「解らないわ……でも、心に引っかかっていたのは事実。たった数分でその文章を数百回反芻して
数百回後悔して、それで、目の前の女の子……氷雨ちゃんを見たとき……」
「アリス師匠!アリス師匠!!!」
……一番、きて欲しく無い時に来るのよね。世の中、タイミングで出来ているんだわきっと。
嗚呼どうしましょう。
なんだか……。
「アリス師匠……だいじょうぶ?物凄い音がしたから……」
「そこの巫女にやられたわ」
「師匠の仇!」
氷雨ちゃんは、ひっ捕まえた蓬莱人形で霊夢を叩く。霊夢はなんだか困った顔をして、それを甘ん
じて受け入れていた。
「いいのよ氷雨ちゃん……それより」
「はい、はい師匠。遺言?私、一人でも必ず魔法使いになるから……ふぁぁぁん……」
「ち、違うわよ」
改めて、氷雨ちゃんの幼い顔を見つめる。見つめられた氷雨ちゃんは、目をパチクリさせてそれに
答えてくれた。
嗚呼、馬鹿ね。馬鹿ね、本当に。
「私……いま……どんな顔してる?」
「……し、師匠はその……とても悲しそうな顔してる」
私ってば―――なんでこんな可愛らしい女の子を、一瞬でも殺してしまおうと想ったのかしら。
「ごめんなさい、謝らせて氷雨ちゃん……私ったら……」
「し、師匠泣かないで!この巫女私がやっつけるからっ」
「いいのよ、いいの……ごめんね……ありがとうね……」
もう、なんて言っていいか解らないわ。
とにかく、謝りたい。
一瞬でも咎人の術に手を染めようと考えた私が許せない。
ありえないわ。
たかが凡人の書いた書に惑わされるなんて。
そもそもよ?
そもそも、叡智がこの程度なの?
そんな筈、あるわけ無いわ。根源に触れる手法なんて、幾らでもあるはずよ。
アーカーシャガルバなんて、私にとってみれば、とりあえず触れないでおいてあげるわ、程度の簡
単な存在なのよ。
それに何よ。既存のものを使っちゃいました、はははって。
巫山戯けないで。
既存のものだけで作ろうなんてね、クリエイターとして有るまじき行為よ。
そこに必要なのは、思い入れのある存在に対して、どれだけ愛があるか。
どれだけ愛せるか。愛して、力を込められるかなのよ。
私はね、天才なの。
天才人形師―――アリス・マーガトロイドなのよ……!!!!!
「大変、お騒がせしました……」
「いやいや、とんでもない勘違いしまして、うちの娘が済みません……」
私は氷雨ちゃんのお父さんと何度も何度も頭を下げあう。
まさに無用心だったと思う。けれどそれ以上に幻想郷の秩序はなかなかどうして、強固に保たれて
いるのだなぁと改めて認識した。
暴力装置にして安全装置である博麗霊夢は、本当の意味でしっかりと機能している。
「アリス師匠、ごめんなさい。うれしくて、お父さんにお泊りするの伝えなくって……」
「いいのよ、私が直接挨拶に行くべきだったわ。私の不手際なの……だからこれ」
「これは……?」
「お詫びのしるし。上海そっくりに作ってあるわ」
「え?え?貰えるの?」
「ああそんな、マーガトロイドさんにそこまでしていただかなくても……」
「いえ。曲がりなりにもルールを破りましたから、当然ですわ……氷雨ちゃん、大事にして頂戴ね?」
氷雨ちゃんの頭を撫でる。柔らかい髪の毛が掌でふわふわ踊っていた。
本当にいい子。優しい子。
だから、それは私からのおまじない。
絶対、友達が出来るように。
「……うん!大事にする!凄く大事にする!有難う!絶対、動かせるようになるから!」
「えぇ。その時は、ふふ。本当に弟子にしちゃおうかしら」
その笑顔が眩しい。こんな笑顔が身近にある。
たった一つの、私が手作りした人形を受け取った子が、こんなにも喜んでくれる。
私はこれからも、自分に誇りをもっていけそうだ。
邪法など使わずとも
この笑顔を奪わない方法で。
必ず、自律する人形を、作ってみせる。
「また会いましょう、四方坂氷雨ちゃん?」
「うん!!!」
―――今日も、幻想郷は平和で、暖かかった。
おまけで色々と台無しだ!w
ちなみに、オリキャラは出し方がきちんとしたものである限りは別にいいかと。メインはアリスですし。
アリスの魅力が溢れていて、ちょっぴり感動。
アリスが助かったのはスキマ様のおかげ?
一箇所脱字発見しました。
落ちら痛いだろうなと
アリスのいい味がよく出てて、オリキャラに関しても特に違和感というものは感じられず読みやすかったです。
おまけはっ・・・!!!www
あとこれは誤変換ぽいです
・九の字
>オリキャラに
>出し方が
ドキドキでした。冒険です。でも受け入れて貰えたので
よかったです。
>アリスの魅力
わたくしめの稚拙なる文章如きで皆様にアリスの魅力を
伝えられたのならば本望です。
嬉しくて小躍りしました、リアルに。
誤字修正しました。指摘してくださってありがとうございます。
嬉しいので今夜は好きにしてくださってかまいません。
関係ありませんがゴールデンウィークから東方初めて未だに
パチュリーに殺されます。ギャッフン
アリスが被弾した後もえらく心配してることだし…
しかしいいアリスでした。アリスは本当は優しい子。
! と? の後に文章が続くときには後ろにスペースを入れるものだと思います。
それはともかく。
>どうせ私は三面ボスが限界なのだから、それぐらいが丁度いいと思ったのに。
ちょww おまww
なんでアリスをいじめるのよ!
いいぞ、もっとやれ。
閑話休題。
貴方の書かれる幻想郷のあり方はなんかイイ感じですね。
どこがどうとは上手く言えないのですが。イイ感じです。
また貴方の作品を読んでみたいですね。
女の子ばっかりの東方ですが、一番女の子しているのはやっぱりアリスかなw
あとこういうオリキャラは普通にありじゃないかなと。
それがだめと突き詰めていくと里の人とかその他兎、その他メイドとかも出せなくなってしまいそうですしw
良いお話ありがとうございました。
まさか巫女がかっこよく仕事してるとはw
この一言がほしかったんですね、分かります。