Coolier - 新生・東方創想話

博麗霊夢とそのまったりした日常

2007/05/12 05:02:53
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 すやすやと、やたら幸せそうな寝息を立てて、事もあろうに社殿の縁側にお布団出してきてお昼寝している巫女が一人。
 彼女曰く。
 こんなにいい天気なんだから、お昼寝しないのはもったいないでしょ。ついでに、布団の虫干しもかねて、ということらしい。
 不敬な上罰当たりこの上ない行為なのだが、こやつがそうした常識的な面に大して気を遣うとは、どうしても考えづらいため、これはこれで彼女らしい行為なのかもしれなかった。もちろん、世間一般から見て、果たしてこの行為が認められるべきなのかは大いに議論の余地があるのが。
 それはともあれとして。

「霊夢、暇だから遊びに来てあげたわよ。この夜の王、レミリア・スカーレットがわざわざ訪ねてきてあげたのだから、涙を流して喜び踊り狂いなさいな」
「お嬢様。それは体のいい脅迫です」
「えっ!? そうなの!?」
「……素でボケてたんですね」
 意外でした、とツッコミ入れるは、紅の館で、この頃のんびりとメイドをこなしている十六夜咲夜嬢。そんな彼女の的確な指摘に驚きの声を上げるのは、その館でちんまりとした館主をしているちみっちゃいお嬢様。
 その二人が縁側に現れ、神社の主に声をかけたのだが、
「……寝ているようね」
「どう見ても寝ていますね」
「こんな日の高いうちから昼寝なんて不健康なこと」
 その、不健康な生活の代名詞、な生活サイクルが基本の吸血鬼は、この頃、早寝早起き規則正しいよい子生活をしていたりする。
「どれ、起こしましょうか」
「いえ、お嬢様。それはやめましょう」
「どうして? せっかく遊びに来たのよ? ここは一発、どかーんと」
「どかーんと、何するつもりですか。
 それに、彼女の幸せそうな寝顔の邪魔をするのはよくありませんよ」
「……むぅ」
 確かに、言われてみれば、という感じではある。
 しかし、レミリアとしては、せっかく足を運んだのに、その苦労が無駄骨になってしまうのがいやなのか、何とかして霊夢を起こそうと行動を試みる。とりあえず、くすぐったら起きるかしら? そんなことを思いながら、霊夢へと、抜き足差し足で近寄り、
「お嬢様」
「ふえっ!?」
 その首根っこを咲夜に掴まれ、宙づりにされてしまう。
「ちょっと、咲夜! 何よ、この子猫な扱い!」
「お嬢様。吸血鬼というのは、常に高貴であるべきです。そんなノーブルな存在が、こうした下々のものに対して、無意味なちょっかいをかけるというのは、吸血鬼としての尊厳が疑われる行為ですよ」
「い、言われてみれば正論だけど……とにかく下ろしなさいよ! わたしを誰だと思ってるのよ! 紅魔館の館主、紅い吸血鬼、レミリア・スカーレットよ! 下ろしなさい、咲夜、こらー!」
「どうやら、お嬢様には、少しお作法を教える必要がありそうですね」
「関係ないでしょ!?」
「いいえ、関係あります。そう言えば、最近、私が出したお勉強もサボっていらっしゃるようですし。
 今日は、予定が不意になってしまいましたから、その分、普段のおサボり分もこなしていただきます。これも、下のものに対する館主の務めですので」
「い、いやー! お勉強いやー! 霊夢助けてぇぇぇぇぇぇ!」
 と、やたら騒がしいお嬢様の叫び声も、幸せな睡眠時間を満喫している霊夢には届かないのだった。

「霊夢さーん、すいませーん。八意永琳医療相談所の、因幡薬局のものなのですがー」
 と、境内に入ったところで声を上げるのは、そこで局長を務めさせられている鈴仙・優曇華院・イナバだ。彼女の後ろには、さらにその相談所の所長兼主治医である八意永琳も続いている。
「先日、注文された胃薬と整腸剤、その他諸々をお届けに上がりましたー」
 返事、なし。
 あれー? と鈴仙は首をかしげる。
「普段なら、この時点で『はいはーい。勝手に入ってきてー』って声がするはずなのに」
「と言うか、あの子、ちゃんとお金を払っていたのね」
「そういうところには礼儀を尽くすんだ、って」
 してみると、霊夢さんって、常識人なのか非常識人なのかわかりませんよね、と鈴仙。当人が聞いていたらいきなり容赦なく右ストレートがひねりつきで叩き込まれそうな言葉だったが、どんな距離からも、今こそ駆け抜けてくるはずの霊夢は、未だに姿を現さない。
 留守かな、と思いつつ、彼女は永琳を伴って境内の中へと足を踏み入れた。
「えーっと……」
「あら」
「師匠?」
「あそこ」
 彼女が指さしたのは、社殿の縁側。
 そちらに足を運ぶと、布団をかぶって、やたら幸せそうに寝ている霊夢の姿があった。なるほど、だから出てこなかったのか、と納得して、
「どうしましょう?」
「寝ている子を起こすのは性に合わないわ。ウドンゲ、その薬を置いて、お代は後ほど払ってもらうようにしましょう」
「そうですね」
 片手にしていた鞄の中から、いくつもの瓶を取りだし、日光の避けられる日陰を選んで『お届け物です。鈴仙』というメモ書きを残す。
 さて、と彼女は一旦、息をつくと、ポケットからお賽銭を取り出して、それを、霊夢がある意味で命よりも大事にしている賽銭箱の中に放り込むと、ぱんぱんと柏手を叩いた。
「あらあら、どうしたの?」
「あ、いえ。何となく、神社に来たらやっておかないとなぁ、って」
 最近、霊夢さんが私に優しいのはこのせいかもしれません、と鈴仙。
 どうやら、彼女は、神社を訪れるたびに何らかの形で、この神社の財政に貢献しているらしい。律儀な性格というか、物好きというか。
 ともあれ、それで霊夢フラグが立っていくのだから、とりあえず問題はないだろう。
「師匠も何かお願いしませんか? 鰯の頭も信心から、ですよ」
 仮にも、きちんとした神社という形式を保っているこの空間に向けて、不敬きわまりないセリフを吐く鈴仙に、返事はなかった。
 あれ? と視線をやれば、そこでは永琳が、霊夢のほっぺたをぷにぷにとつついている。
「わっ、何してるんですか」
「あらあら。だって、面白いんですもの」
 ほっぺたをつんとつつくと、彼女はむにゅむにゅと口を動かして、布団の中に潜っていってしまう。そして、しばらく待つと、息苦しくなったのか、ぽこっと頭を出して、またもやむにゅむにゅ。
「……赤ちゃんみたいですね」
「誰だって、寝顔は天使と言うでしょう? たとえば、あなたとか?」
「……うぐぅ」
「さあ、帰りましょう。そろそろ、休憩時間も終わりよ」
「あ、は、はい」
「あらあら。それじゃ、霊夢さん。またよしなに」
 相変わらず、その場のペースを完全に握ってしまうスキルに長けている永琳に、これが返事というわけではないだろうが、霊夢はころんと寝返りを打ったのだった。

「霊夢殿、いらっしゃるか? 霊夢殿」
「なー、けーねー。何で博麗神社になんて来るんだよー。帰ろうよー」
「そうは行くか。彼女の協力が必要なんだから仕方ないだろう。
 大体、文句があるならついてこなければよかっただろう」
「……誘ったのそっちのくせに」
「何か言ったか?」
「い、いいえ! 何にも!」
 と、鳥居の前でやかましいやりとりをしていた二人は、その段階になっても神社の主が現れないことに首をかしげていた。
「おかしいな」
「普段なら、『あー、また来たの? とっとと用件すませて帰った帰った』って言い出してそうな頃合いなのに」
 つくづく、霊夢の、普段の人付き合いというものが垣間見える一言である。
 ともあれ、二人は鳥居をくぐって境内の中へ。
 そして、その視線は、社殿の縁側でお昼寝中の彼女を見つけて、そこで留まる。
「なるほど、こういうわけか」
「あー、羨ましいねぇ。何か、自由人、って感じで」
「お前も人のことは言えないだろう」
「いや、そりゃそうだけどさ」
 寝ている彼女を起こさないために、なるべく小声で会話しながら、上白沢慧音は「困ったな」と腕を組む。
「今度行われる、村の祭りへの出演依頼だったんだが……」
「今さら、巫女舞なんて流行らないって。やめにしようよ」
「だから、そういうわけにはいかないんだ。その祭りもだな、妹紅。元は、村から山の神に捧げる、五穀豊穣を感謝し、次の年の、村の平和と安寧充足を祈願するという由来があって――」
「だーっ! そう言う講釈はどうでもいいって!」
「静かにしろ。全く、礼儀作法のなってない奴だな」
「……普通、今の、不可効力、って言わない?」
 しかし、慧音としては聞く耳持たないのか、どうしたものだか、と悩む彼女に、藤原妹紅ご本人は、『やれやれ』と肩をすくめると、賽銭箱に視線をやって、適当に賽銭を放り込む。
「出演の時期などもあるから、なるべく早めに話を詰めておきたかったのだが……」
 起こすのもかわいそうだしな、と慧音。
 と言うか、ここで彼女を起こそうものなら、寝起きの不機嫌状態から放たれるスペルカードによって、この辺りが半径数百メートルに亘って壊滅しそうである。ここは、起こさぬ霊夢にたたりなし、と考えるのが妥当だろう。
「仕方ない。一旦、引き返そう。また夕方にでも訪ねればいいだろうさ」
「真夜中まで爆睡してそうだけど」
「彼女は……まぁ……ああ……だが……うん……。と、とりあえず、そこまで自堕落ではないさ!」
「……慧音、今、ものすっごく自信ないでしょ?」
「……ふっ、それは気のせいさ」
 とてもそうは見えないのだが。
 しかし、用事のある人間に用事を告げられない現状、どうすることも出来ないのが事実だ。ここは大人しく、言われなくともすたこらさっさするのが正しい選択肢だと判断した慧音に従い、妹紅も境内を後にする。
「けど、慧音。あの巫女が、そんなに『はいはいわかったわよ』って言い出すかな?」
「参加してくれれば、謝礼として米俵が一俵、与えられるからな」
「間違いなく来るわ」
「だろう?」
 つくづく、慧音は策略家である。

「霊夢さーん、お邪魔しまーす」
 と、またもや鳥居の前で声を上げるのは、片手に何やら風呂敷包みを持った魂魄妖夢である。
 彼女は、一度声を上げた後、再度、それを繰り返し、三度目に至ったところで首をかしげる。
「おかしいな?」
 その視線は、自分の手元の風呂敷包みへ。
 普段なら、これを見れば、真っ先に飛んでくるはずなのに、と。つくづく、彼女が霊夢をどう見ているかわかる考えを頭に浮かべた後、仕方ないなとばかりに境内の中に入っていく。
「霊夢さーん。どこですかー? いないんですかー?」
 きょろきょろと辺りを見回した後、おもむろに、その視線を一カ所に固定する。
 そうしてから、なるほど、と彼女はうなずいた。
「幽々子さまと同じか……」
 その瞳は、縁側で、気持ちよさそうにお昼寝している霊夢へと。
 そう言えば、今頃、幽々子さまもおんなじように寝てるんだろうなぁ、と思いながら、小さくため息。
 私だってお昼寝したいのに。
 そんな恨み節を胸中でつぶやいた後、さて、どうしようとばかりに思案する。
「いつ頃寝たのかはわからないけど……」
 さりとて、起こすのはかわいそうだなと思う。
 その理由は、もちろん、霊夢の浮かべている寝顔である。普段の彼女とは、また一風変わった、年頃の女の子らしさを浮かべたその顔は、端から見ていて、確かにかわいかった。だから、戸惑ってしまうのだ。
 果たして、ここで起こしてしまっていいものなのか、と。
「……ま、仕方ないか。
 じゃ、霊夢さん。これ、置いていきますから」
 白玉楼の名物まんじゅうですよ、と彼女の耳元でささやく。
 こうしておけば、絶対に、霊夢がこの風呂敷包みの存在を忘れることはないだろうと踏んでの行動である。
 何せ、博麗霊夢と言えば食欲魔人。時々、妖夢が務める冥界にすら「ご飯食べに来たわよー」とやってくるほどなのだ。そうして、彼女と、この幻想郷でも有名な食欲大魔神である幽々子が組めばどうなるか。
 ……あんまり思い出したくない記憶だったのか、それを頭の隅に押しやるようにして、妖夢はその場に背を向けた。
「私も、帰ったらお昼寝しようかなぁ」
 まだ太陽も高いし、と。
 空を見上げれば、ようやく、太陽は中天から下り始めた頃合いだ。まだ、あと一時間程度なら、白玉楼に戻ってからも余裕が持てることだろう。
 他人が寝ているのを見ると、なぜか、人間、眠たくなってしまうものである。妖夢は小さくあくびをすると、つと、博麗神社を後にしたのだった。

「霊夢さーん。本日の文ちゃん取材の時間ですよー」
 勝手にそのような時間を設定し、ほぼ毎日のように、定刻通りに博麗神社を訪れる、これまたゴーイングマイウェイな輩が鳥居の上に立って、神社全体に響くような大声を上げた。
 ところが、返事はなし。
「おや、これは一大事」
 果たして、何が一大事なのかよくわからないが、彼女――射命丸文は、ぴょんと鳥居から大地へと飛び降りると、片手にメモ帳、片手にペン、そしてさらにその手にカメラという取材スタイルを取った。
「白昼堂々と博麗神社で事件です!」
 何でそうなるんだろう、と彼女といつも一緒にいる烏は思う。
 とはいえ、文がそう考えるのも無理はない。基本的に、霊夢という人間の行動のテリトリーはこの神社のみだ。神社以外のところに出かけていると言うことは、すなわち、文にとっての一大事。魂の新聞に、特ダネを書けるかどうかの瀬戸際なのである。
「それに、この真っ昼間に霊夢さんがいないということは!」
『……ことは?』
「すなわち、それこそが事件の匂い! だって、霊夢さん、半分引きこもりですから!」
 そこまで言うか、とツッコミを入れたかったが、烏ご本人にも何やら思うところがあるのだろう。
 とりあえず、何も言わずに、文の肩の上で、彼女に悟られないようにため息をつく。文は、ふっふっふ、と怪しい含み笑いを漏らしながら、神社の境内を歩いていく。このように不敬な輩には神罰が下ってしかるべきなのだろうが、今のところ、彼女は無事を維持したまま、霊夢がお昼寝している縁側へとたどり着く。
「おお……!」
 なぜか、その、目の前の光景に打ち震える文。どうしたのだろうと烏が思っていると、おもむろにでっけぇ声を上げて、文がペンを走らせた。
「霊夢さんの寝顔! こんなかわいらしい、女の子っぽい顔が見られるなんて!
 ああ、もう! ああ~、もう! 私の記者魂が貫通ですよ! トルネードですよ! 素晴らしい! いっつあびゅーてぃほー! まーべらすっ! これを眺めずに何を眺めろと!」
『わわっ、文さま、もう少しお静かに! 起こしちゃいますよ!』
「はっ! 確かに!
 さすがは、君! 私のパートナーとしてふさわしい逸材です!」
『だから静かにしてくださいってば!』
 ぎゃいぎゃい喚く文と、それを押しとどめようとする烏の押し問答は、それからしばらくの間、続いたが、その間も霊夢は目を覚ますことはなかった。よっぽど熟睡しているのだろう。
 やがて、とりあえず静かになった文は、ふっふっふ、とまたもや怪しい笑みを浮かべて、片手にカメラを構える。
『……あの、文さま? 何するんですか?』
「当然、霊夢さんの寝顔の撮影です。これを、次回の新聞の記事にしましょう」
 この外道、と内心で烏は思ったとか思わないとか。
「何せ、霊夢さんですからね。その一挙手一投足がネタの宝庫たる彼女の、これほどまでに無防備な寝顔は撮影しておかなければ損です。記事にはしなくとも、私のメモリアルアルバムの中に保存しておくだけの価値がある、まさに歴史的いちぺぇじです!
 ですので、早速……」
 ――と。
 何やら、むにゅむにゅと霊夢が口を動かしていた。「寝言ですか。かわいいですね」と、その寝言の内容すらメモするつもりなのか、顔を近づける文の耳に、その言葉はきっかりと確かな音となって聞こえてきた。
「むそーふーいん」

 幻想郷歴199X年! 射命丸は弾幕の炎に包まれた!

『……だから言ったのに』
 つくづく懲りない人だな、この人は、と思いつつ眺める烏の目の前で、文は霊夢の切り札的一発の直撃をくらい、さすがに零距離攻撃はよけられなかったのか、真っ黒に焦げて大地へと倒れ伏していた。
『文さま、大丈夫ですか……?』
「ふ……ふふっ……。や、やはり、素晴らしい記事を書くために困難はつきぬもの……。で、ですが、この程度で、この射命丸文を倒したと思わないことですよ……。わ、私を倒しても、第二、第三の射命丸が……!」
 いるのかよ。
 もはや、ツッコミを入れるしかできない烏の前で、文は小さく、つぶやいた。
「あ、あいしゃるりたーん……ねばーぎぶあーっぷ……」
『……ダメだこの人』

「おーい、霊夢ー。いるかー? いるだろー? いないんなら蔵の中からごっそり持っていっちまうぜー? いない方が私としては嬉しいぜー」
 などという、傍若無人なセリフを吐きまくってやってくるのは、ここの神社の主と、ある意味、最も仲のいい魔法使いだった。
 彼女、霧雨魔理沙は、辺りをきょろきょろ見回し、返事がないのを確認してから、よっしゃ、とガッツポーズを作った。
「いつだって誰かがいる博麗神社! そこに今、私ただ一人!
 これはすなわち、この博麗神社に眠る記録を洗い、幻想郷の謎を解き明かせと言う、幻想郷の意思!」
 つくづく、とんでもない意思もあったもんである。
 しかし、魔理沙は自分のその行いを改めるはずもなく、うきうき気分で境内へと足を踏み入れた。
「あいつの家の蔵の中、そういえば覗いたことなかったなー。何があるのかなー。何があってもいいなー。ふっふっふっふっふ」
 お前、ここに何しに来たんだ、と誰かがツッコミを入れなくては、恐らく、正常には戻り得ない彼女は、社殿の前を横切って、神社が保有する蔵へと向かおうとして。
 ふと、足を止める。
「お?」
 その視線は、縁側でお昼寝している霊夢に向いた。ついでに、その足下で真っ黒に焦げた射命丸文らしき物体も見かけたが、とりあえずそちらは見なかったことにして、霊夢へと近づいてく。
「何だ、いるのか。
 ……そして昼寝中か。全く気楽なもんだぜ」
 羨ましいね、と彼女の寝顔を覗き込む。
 しばし、そうしていた魔理沙は、唐突に、何やら悪巧みを考えついたのか、服のポケットをごそごそとあさった。そして、そこから取り出されたのは、一本のマジック。もちろん油性。
「普段のお返しだぜ~っと」
 まぁ、基本的に、寝ている他人を見かけたらやりたくなるいたずらの典型である。しかしながら、それがもたらす被害は甚大だったりするのだが、ともあれ、魔理沙はキャップを取ると、マジックを霊夢に近づけていく。
「とりあえず、メガネとひげと……あと、額に肉は定石だな。ついでだから、『私は魔理沙さんの足元にも及びません』とでも書いておくか」
 にししし、と笑いながら、そのペン先が霊夢に触れる、まさにその瞬間。
「何っ!?」
 唐突に、真横から弾丸が降り注いだ。
 慌ててそれを回避し、そちらを見やると、空中にぷかぷか浮かんでいる、霊夢の陰陽玉が二つ。
「こいつ……寝ながらでもオプションを操作できるのか!?」
 そして、魔理沙めがけて容赦ない攻撃を仕掛けてくるそれに、彼女は驚愕する。
「ふっ……さすがは霊夢だぜ! 私の予想を遙かに上回ることをやってくれる……私だって、まだ、無意識での遠隔操作はできないのに……!」
 そこに、対抗意識が燃え上がる。
 くすぐられた彼女のプライドが、先ほどまで頭に浮かべていた、霊夢へのいたずらをきれいにかき消し、目の前の陰陽玉に全ての意識を向けさせる。
「いいぜ……やってやる! 霊夢の無意識と私の力と、どっちが強いか勝負だ……」
 ぜ、と続けようとした瞬間だった。
「はぅっ!?」
 その背中に、ぷすっ、と突き刺さる針が一本。
 見れば、霊夢の手が布団から出ていた。恐らく、これもまた、彼女の無意識がなせる技なのだろうが……。
「れ、れいむ……そ、そりゃないぜ……」
 どうやら、刺さったところが、いわゆる点穴か何かの類だったのか、へろへろと膝を折る魔理沙めがけて、霊夢の無意識の操る陰陽玉が集中攻撃を仕掛け、彼女をお空のお星様にしたのだった。
「ちっくしょ~~~! これで勝ったと思うなよ~~~~~!」
 火口に落ちて、剣を取り込んで復活しそうなセリフと共に、青空の彼方に吹っ飛ばされていく魔理沙に向けられる視線は、烏のものだけだったのだった。

「霊夢さん、いるかい?」
「姉さん、そんな小さな声じゃ聞こえないよ」
「そーそー。
 れーいむー! いるかー!?」
「リリカ。ここは神域だ、少しは節度をわきまえなさい」
「ぶー」
 久方ぶりと言えば久方ぶりの、珍しい来客が、鳥居の前で声を上げる。
 冥界のちんどん屋、プリズムリバー姉妹である。その末娘であるリリカがどでかい声を上げたのを、長女のルナサがたしなめ、「返事がないね」と状況を分析したメルランがつぶやく。
「どしたんだろ?」
「留守なんじゃないの?」
「……む、それは困るな」
「だよねー。次回のコンサートの会場、ここなんでしょ?」
 ああ、とうなずいて、片手に便せんを取り出すルナサ。なお、どうでもいいが、その裏面にはびっしりと譜面が描かれていた。どうやら、いい曲が思い浮かんだ際に、手元にあった紙がこれだけだったらしい。
「霊夢さんと話を進める予定だったんだが……」
「とりあえず、建物の中にいて聞こえないだけかもね」
「おーっし、このリリカが博麗神社の謎を解き明かしてやるぜー」
「やめないか、全く。
 ……誰に似て、こんなに無礼な子になったんだ」
「まあまあ、姉さん。あの年頃の子供は、色んな事に興味を持ちたがるものなのよ」
「な、何ですと!? このリリカちゃんを子供扱いとな!?」
「もっちろん。こんなにちっちゃいし」
「むきー! 頭をなでるなー!」
「静かにしないか、二人とも。
 とりあえず、霊夢さんを探してみよう」
 探して見つからなかったら、後日だ、とルナサ。そんな姉の言葉は、一応絶対なのか、へいへーい、と二人の妹はあっさりそれに従った。
 三人は境内へと足を進め、やがて程なく、社殿の縁側でお昼寝している霊夢の元に辿り着く。そしてやっぱり、その足下で焦げてぴくりともしない文を発見するのだが、それはさておき。
「寝てるのか……」
「これなら返事もしないはずだねー」
「どうする? 姉さん」
「……仕方ないね。一度、出直そう。私には、寝ている子供を起こす無礼をするつもりはない」
「子供って」
 メルランが苦笑する。
 確かに、年齢的なもので見れば、霊夢は彼女たちから比べて、ずっと年下。すなわち、子供である。しかしながら、自分たちの末娘であるリリカと比べれば、精神的にはずっと年上の、成熟した考えの持ち主でもある。一概にそうは言えないんじゃないかな、と思ったのだが、あえて言葉にするのはやめたらしい。
「あーあ、むだあしー」
「リリカ、そういうことは思っていても言わないものだ。
 帰りに、村の方で何か買ってあげるから。それで我慢してくれ」
「はいはーい」
「やれやれだーね」
 三人が、すっと踵を返す。
 その時、ざっ、と風が舞った。一瞬、三人は足を止め、
「あ」
 メルランが、後ろの霊夢を振り返って声を上げる。彼女につられる形で他の二人もそちらを振り返り、やはり同じように声を上げる。
 今ので、地面からか、あるいは舞ったものが落ちたのだろう。霊夢の顔の上に木の葉が落ちていた。
「これはこれで間抜けな絵だよねー」
 いたずらっ子の笑みを浮かべるリリカをたしなめて、ルナサが、そっと彼女に近寄る。
「そう言うことは言わないものだ」
 そう言ってから、そっと、霊夢の顔から木の葉を取って、地面へと。
 少しだけ、彼女に顔を寄せ、微笑んでから踵を返す。
「さあ、戻ろう」
「ま、いいんだけど。
 姉さんってさー、なんつーか、アレだよね」
「アレ?」
「だよねー」
「二人とも、どういう意味だ?」
「ま、端的に言うと」
 今の絵は、と二人は声をそろえ、
『眠れる王女様をキスで起こす王子様』
 果たして、その一言が聞こえたのかどうかはわからないが、黒こげの文が、『そ、それもまた記事になりそう……』とつぶやいたのだった。



「んー……っと」
 大きく、霊夢が伸びをして起きあがったのは、そろそろ太陽が山の端に沈む頃である。
 夕日の色も濃くなってくる頃合い、布団の虫干しには向かなくなってきたと、彼女の頭が判断したのだろうか。
 ともあれ、お昼寝から復活した霊夢は、大きなあくびをした後、立ち上がる。
「やー、よく寝たよく寝た」
 やっぱり、天気のいい日のお昼寝は格別よねー、と。
 そんなことをのたまって、彼女の視線は、未だに黒こげで放置されている文へと向いて、それを華麗にスルーする。
「お? これは?」
 そうして、軒先に置かれた荷物二つに、彼女は気づく。
 もちろん、一つは鈴仙達の、一つは妖夢からのものだ。彼女はそれを取り上げて、「あー、そっかそっか」と、まず、鈴仙達が置いていった薬を確認する。そしてもう一つの風呂敷包みを開いて、「わお、おまんじゅう! これから三日くらいのお茶が楽しみねー!」と、そこにぎっしりつまっていたまんじゅうに、顔をほくほく笑顔に変える。
「さあ、晩ご飯だ晩ご飯だ」
 布団をたたみ、やっぱり文は放置しながら、彼女は母屋へと舞い戻る。
 お日様の匂いと、彼女のまったりした空気が漂う布団を寝所に置いて、一路、台所へ。と言っても、そこにあるのは、まさしく一膳一汁一菜の精進料理くらいしか作れない代物ばかり。それを思い出すと憂鬱なのか、はぁ、とため息をついた。
 神社の台所は、彼女が普段、食事を取っている、言ってみればダイニングと襖一枚を隔てたところにある。
 彼女は、まず、そちらに続く襖を開いて。
「おーっす、れいむー」
「あれ? 萃香? あんた、何でここにいんのよ」
 樫の木で出来たテーブルについて、おつまみ片手にぐびぐびやってる萃香に視線を留める。
「んあー?
 んー……霊夢とお酒飲もうと思って来たのだ! お酒、いーっぱいあるよー」
 ちゃぷんと揺れるそれが入った、でっかい一升瓶を取り上げる彼女。へぇ、と霊夢が声を上げる。鬼の萃香が持ってくるお酒は、いつもいつも、それなり以上の高級品ばかりなのだ。
「それから、みすちーの屋台から持ってきた串焼きもあるぞー」
 取り出されるそれは、まだ温かかった。どうやら、ミスティアが気を利かせたか何かしたらしい。萃香は最近、彼女の屋台に入り浸っている、いわば屋台の常連だ。そんなお得意様に、感謝の気持ち、というところか。
「ま、お酒もいいけどさ。晩ご飯が先決でしょ?」
「あー、そうだねー。
 でも、それも気にしなくてよし!」
「は?」
 どういう意味よ、と問いかけて。
 その言葉とほぼ同時に、奥に続く襖が開く。
「あら、起きたの」
「げっ、紫」
「げっ、とは何。げっ、とは。
 霊夢、女の子がはしたない言葉遣いをするんじゃありません」
「あんだよー。あんた、あたしのははおやかー」
「そうよ。あなたは私がお腹を痛めて産んだのよ。だから、もう少し、女の子らしくしなさい」
 この頃、この二人の常套句となったやりとりを交わした後、「んで?」と霊夢は訊ねる。
「何であんたがここにいんの」
「何でとは、また心外ね。お昼寝霊夢を眺めていたら、親心を起こしてご飯を作りに来てあげただけなのに」
「親心って。
 ……けど、また珍しい」
「萃香が呼んだのよ」
 実はね、と紫。
 その話題に上がった鬼は、ぐびぐびやっていた一升瓶の中身が空っぽになったことに気づいたのか、またもやどこかから、同じサイズの一升瓶を取り出したところだった。
「それに、私が作る料理の方が、あなたのそれの万倍はマシでしょう?」
「言ってくれるわねぇ」
「何なら勝負してみる?」
「いややめとく」
「それは残念」
 心底、いやがる表情で言う霊夢に、紫は肩をすくめた。
 そんなやりとりの後、彼女は、手にしていたお盆の上から前菜の載った小皿を、テーブルの上へと置いて「少し待ってなさい」と踵を返した。
「おおー、おつけものー」
「漬け物って、個人の力量が、一番よく出る料理って言うわよねー」
 きゅうりとなすの漬け物は、確かにかじってみると、自分が作るそれよりずっと美味しかった。
 悔しいが、紫の言葉は認めざるを得ないと、霊夢がある意味での敗北宣言を思い浮かべた頃、紫が戻ってくる。
「今夜はお鍋よ~、っと」
「おおー! お鍋お鍋ー!」
「しかも、これまた霊夢には嬉しい、豚肉たっぷりの肉鍋」
「マジっすか! うわぁ、お肉が一杯! この光景は見ているだけで幸せよー!」
「あー、霊夢、ずるいー! 鍋は、最初にみんなで手を合わせるのが定石だぞー」
「何を言うか。ここは私の家、すなわち、私が何よりも優先されるのよ!」
 鍋の中でぐつぐつと音を立てて煮込まれている豚肉に、一緒に運ばれてきた箸を片手に、早速、霊夢がかぶりつく。それに負けじと、萃香も箸を構えるのだが、
「はしたないからやめなさい」
「いてっ」
「あいたっ」
 紫にはたかれてしまった。
 全くもう、と彼女は肩をすくめて、
「まだ持ってくるものがあるんだから。それが全部そろってからよ。
 うちのルールは、みんなにきちんとものがそろってからいただきますを言うの」
「あんたの家のことは、うちには関係ないじゃない」
「関係あるのよね、これが。
 あ、ちなみに、あとで藍と橙も材料を買って戻ってくるから。それを全部食べても、まだ追加があるから安心しなさい」
「やったね」
 喜ぶのは萃香だ。霊夢という強大な敵を前にして、優勢を維持しているのが難しいと言うことは、どうやら理解しているらしい。
 一度、踵を返した紫が戻ってくると、その手にはおひつと、「こんなものは食べるのも珍しいでしょ?」と、何としか肉の刺身を持ってきた。
「……しかって、堅いし臭うし、あんまり好きじゃないんだけど」
「ま、食べてご覧なさい。美味しいから。
 じゃ、これで全部そろったから。はい、おててあわせて」
『いただきまーす』
 霊夢がしか肉の刺身に手をつけて、「うっそ、マジで美味しい!」と感慨の声を上げ、萃香が「串焼きも美味しいぞー」とそれをかじり、紫が「霊夢。はしたないから、ご飯をかきこむのはやめなさい」とたしなめる。
 そんな夕餉の始まりから三十分ほどがして、そこに藍と橙の二人が加わる。

 そんな感じに、今日の霊夢の一日は過ぎていくのだった。




 なお。

『文さま。そろそろ起きあがれそうですか?』
「……まだ無理っぽいです」
『今夜は、ここでお泊まりですね』
「ねばーぎぶあーっぷ……」
 未だ、黒こげの文と。
「……あー。こっからどうやって降りようかなー」
 と、木々の枝とつるに絡まり、身動きしたくても身動きできない魔理沙の二人に関しては、また後日、ということで。
実はこんな感じに来客が多かったりするんじゃないか、と思ってしまうわけです。
それはそれとして、天気のいい日のお昼寝は気持ちいいですね。思わず色んなものを忘れてしまうほどに。
というわけで、次回東方新作を待ちつつ、まったりすごそうじゃありませんか。

PS
やっぱり黒竜は古いかな。
haruka
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コメント



0.3170簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
ずーっとほのぼのほのぼの。素晴らしい日常です。
アレ? ひどい目にあったままな人が二名ほど……
9.100時空や空間を翔る程度の能力削除
色んな人たちが遊びに相談事に訪れる
皆から信頼されてますね~。

霊夢の寝顔はさぞ可愛いのでしょうね~。
11.90名前が無い程度の能力削除
まったりまったり。いいよね、お昼寝。
よ~し、明日は夕方まで寝るぞ~
21.100名前が無い程度の能力削除
お久しぶりです。あいも変わらず最高ですね。
ルナ霊なんて……あんたはどこまで私を萌えさせてくれるのか!
24.90ハッピー削除
そういえば阿求さんが神社にはいつも人…じゃなくて妖怪たちが跳梁跋扈しているとか言ってましたねぇ。
なんだかほのぼのとした雰囲気ですので私もお昼寝を。
ちょうど三時ごろですし、気持ち良い時間帯ですね。

霊夢のそばとかで添い寝したいなぁ…よし、博霊神社にいってれいみゅたんの布団のなかn(夢想封印 集
25.90蝦蟇口咬平削除
えーと、コントローラーは、と
さあ、霊夢の寝顔目指して夢想封印カモン!
にしてもへたれみ様も良いですが、カリス魔レミ様も見たいです
28.90削除
はー…

…ね~む~い~の~で~お~や~す~み~な~zzz
35.100俄ファン削除
この前博麗神社を探しにいったら、自転車の整備不良を警察の方に
指摘されて起こられました。
霊夢かわいいよ霊夢ー
38.80reso削除
妖夢は霊夢に さん付け はしません。
普通に「霊夢」と呼びつけです。
敬語もナッシング。

とそれはともかく、ゆったりした感じでよかったです。
マリサの扱いがもうちょい良かったら最高でした。
71.100名前が無い程度の能力削除
まったり