幻想郷の何処かにあるマヨヒガ。現在は早朝。
「橙。朝だよー。」
「うーーん・・・・・後5分ーーーーー。」
「まったく・・・朝ご飯が冷めちゃうよ。」
毎朝の藍の日課。それは朝ご飯を作って橙と紫を起こす事。今日もいつものように朝ご飯を作り、まずは橙を揺り起こす。寝ぼけ眼で橙はゆっくりと起きる。
「あーーーーらんさま・・・おはようございますぅーーーー・・・・」
「さあ、早く着替えて布団を畳んどいてよ。」
「はーい・・・・・」
藍は、橙を促すと紫を起こしに向かった。
「紫様、朝ですよ。」
「うーーーーーーん。」
紫の部屋に行き、紫を揺り起こす。しかし、紫は起きそうにない。だんだん藍もイライラしてくる。
「ゆ・か・り・さ・ま?」
「あとーー135分ーーーー。」
「長 い で す 。」
布団に潜り込む紫。切れるわけにも行かないので、ぐっと藍は我慢し、とどめの一言を放つ。にっこりと笑って(額に青筋が浮いているが)、藍は言った。
「朝ご飯、ヌキにしますよー。」
「起きるーーーー。」
藍の言葉にコンマ5秒で反応する紫。すぐにむっくりと起き上がり、居間へと入って行った。布団を片づけるのは藍の仕事である。藍は,ため息をついて布団を持ち上げた。
「らーん。早くしないと朝ご飯ヌキにするわよー。」
「藍様ー。はーやーくー。」
紫と橙の催促の声が聞こえてくる。なんだかなあ・・・ハハハ・・・と思いつつ、布団を片づけ居間に向かった。
八雲家のいつもの朝ご飯。ご飯味噌汁卵焼き。これが変わらぬ毎朝のメニュー。
「紫様、今日のご予定は?」
「ああ、そうそう。今日は幽々子と用事ね。」
「あら珍しい。・・・何の用事で?」
「久しぶりに、私が見回りに行くのよ。一人じゃなんだから幽々子も誘ってね。」
「ほんと珍しいですねぇ。」
いつもは藍を向かわせるのに。
「たまには式神も休ませないとねぇ。今日はゆっくりしてなさい。」
そういわれても、活動派の藍としてはじっとしているのは性に合わない。
「分かりました。じゃあ掃除でもしてますよ。」
「じゃあ私もお手伝いするー。」
橙が話に飛びつく。すでに朝ご飯は食べ終わっていた。
「折角主人が休んでいいって言ってるのにねぇ・・・まあ、その方がいいのだけれど。」
「行ってらっしゃーい。」
紫を送り出し、藍は息をつく。さて、掃除を始めるか。
自分から提案しておいてなんだが、マヨヒガは以外と広い。一人で掃除をするとなると一日では確実に終わらない。橙が手伝ってくれて本当に良かったと思いつつ、掃除を進める。
庭、居間、台所と進め、昼頃、そろそろ休憩でも入れようかと思っていた時、
「藍様ーー。」
「おお。どうした橙。」
「ちょっと来てくださいー。」
橙に呼ばれた。
「どうします?これ。」
紫の寝室に呼ばれた藍が見た物は、部屋の真ん中に浮かぶ「スキマ」。両端にはこれ以上の決壊を防ぐようなリボンが巻いてある、間違いなく紫のスキマ。
「紫様・・・・・。締め忘れたな・・・・・。」
トホホ、と落ち込む藍に、橙が裾を引っ張り聞く。
「藍様。あれって紫様のスキマでしょ?」
「そうだけど?」
「藍様は閉じられないの?」
「無論さ。紫様のお力に比べれば私は赤子同然だよ。スキマを操る事は、紫様並のお力でないと。」
スキマを閉じる事とファスナーを閉じる事は違うのだ。
「ふーーん。・・・じゃあ、どうするの?」
「放って置くしかないね。」
夕刻にもなれば帰ってくるだろう。そのときに閉めてもらえばいいか。そう考えていると、橙が物珍しそうにスキマを調べている。藍はあわてて橙を抱き上げた。
「危ないじゃないか!何をしてるんだ!」
「うーーーー。だって、見たいんだもん。」
「誤って中にでも入ってしまったらどうするつもりだ!出られなくなって、死んでしまうかもしれないんだぞ!」
「でも、でも紫様は簡単に使ってるし・・・」
藍に叱られ、しゅんとして涙目になる橙。流石にこれ以上説教するのは止め、藍は橙を降ろす。
「紫様は、紫様だからこそ使えるんだ。私達が簡単に使える物じゃないんだよ。スキマは、それほど危険な物なんだ。」
「はい。・・・わかりました。」
「とにかく、これ以上スキマに近寄るんじゃないぞ。」
そう言うと、藍は寝室から出て行った。
直後、橙の目が光る。
知恵のある生き物という物は、禁止されればされるほどその禁を犯したくなる物である。なおさら、橙のようなまだ子供の好奇心を持つ者に、触るなと言われてもそんなものは無理なのだ。
「近づくなと言われれば、近づきたくなるのよねー。」
橙は藍が居なくなるのを何回も確認すると、再びスキマに近づいた。普段は紫様の近くにしか無く、触らせるどころか近づかせてもくれないスキマ。好奇心に素直に従い、じーっとスキマを観察する。スキマの境界をつかんでみると、巾着袋のような感触を得た。次に、スキマの中に手を突っ込んでみる。手ごたえはない。いつもなら、○次元ポケットみたいにいろいろすぐ出せるのにな。紫様はすごいなあ。と思いつつ、どんどんと手を突っ込んでいく。
その時、橙は足を滑らせた。
「橙ーーーーー。そろそろ休憩いれるぞーーー。」
大皿におにぎりを乗せて藍が橙を呼ぶ。今日はおにぎりの中身は全て鮭。橙の大好物だ。橙は喜んでくれるだろうなぁ。と、軽くうきうきしながら握っていたものだ。
しかし、呼べども呼べども、橙がくる様子は無い。藍は橙を探し、先ほどのスキマのある紫の寝室にやってきた。そこにも橙の姿はない。
だが、藍はスキマが微妙に形を変えている事を見逃さなかった。慌てて大皿を放り、スキマに近寄る。・・・まさか・・・・・やめて・・・・!と願って、藍はスキマの中に向けて橙の妖気を探索する。
反応は、・・・・・微量ながら、クロ。
この「微量ながら」が厄介者で、これが示す答は、もう相当遠くにいるのか、
もしくは、
かなり弱っている事を、
示している。
藍の顔が、さっと青くなった。
「う・・・うーーん・・・」
橙は、謎めいた森の中で目を覚ました。上半身を起こし周りを見る。人や妖怪の気配は無い。まだ朧気な意識の中で、自分の行動を確認する。
私は・・・スキマに・・・そうだ。スキマに足を滑らせて、中に・・・
森は幾度も見慣れた景色だが、この森は言い知れない不安な雰囲気を醸し出している。ここは何処なのだろう?スキマの中と言う事は分かる。しかし、スキマの中にこんな世界があるとは思わなかった。
探検してみよう。橙の好奇心がここでも出てきた。
橙は立ち上がると、森の奥へと進んでいった。
数十分後、同じ場所に藍が降り立った。もちろん橙の姿は無い。あの子の事だろう。好奇心に任せて奥に進んだに違いない。
それにしても、やはり紫様を呼んできた方が良かったのだろうか。橙がスキマに入ったと知った瞬間、居ても立ってもいられずスキマに入ってしまったが・・・。いや。と藍は思い直す。これは自分の式神をおろそかにした自分の責任だ。たとえそれが危険なスキマの中だとしても、自分で何とかしてみせる。藍は燃えていた。
しかし、スキマの中にこんな世界があったとは。藍にも好奇心がむくむくと沸き立つ。それでも藍は好奇心を振り払う。今、最優先にすべき事は橙を見つける事だ。万が一という事もある。早く見つけないと危ない。藍もまた、森の奥へと入っていった。
「迷った・・・・・」
橙が森の奥に入ってからそろそろ一時間。収穫はおろか、帰る手がかりすら見つからない。好奇心も薄れ、不安と恐怖が増してくる。きょろきょろと辺りを見回す。誰も居ない。むしろそれが怖い。
突 然 、 後 ろ で 呻 き 声 が し た 。
びくっと体を震わせ、おそるおそる後ろを振り向く。
そこには、
無 数 の 怪 物 が 居 た 。
「ーーーーーーーーーーーッ!!!」
恐怖で声も出ない。橙は走り出す。もともと化猫の足は速い。しかし、それに負けず劣らずの速さを怪物は出す。
一匹ならまだ橙に勝ち目はあったかもしれない。だが、何分数が多すぎた。
一匹が抜け出し、橙に攻撃をする。かろうじて避けたが、その瞬間スピードが落ち、もう一匹に攻撃を食らう。
鳩尾に、まともに入った。
「がっ・・・・!!」
猛烈な痛みと苦しみが橙を襲う。しかし、走りをゆるめるわけにはいかない。
森を抜けた。
しかし、そこは切り立つ岩壁だった。
追いつめられ、岩壁を背にして立つ橙。周り百八十度は全て怪物がひしめいている。もう逃げ場はない。
「らんさまぁ・・・・・・・・・・」
じわっと涙が溢れ、橙は呟く。
マヨヒガでの藍の言葉が思い出される。
『出られなくなって、死んでしまうかもしれないんだぞ!』
私、ここで死ぬの・・・?
いやだ・・・!
やめて・・・・・助けて・・・・・死にたくない・・・・・
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「橙ッ!!!!!」
「っ!」
突然、前に何者かが現れた。
それは、
橙が一番信頼できて、
一番会いたかった、
「九尾の狐」。
「藍様!!」
ぱあっと橙の顔が明るくなる。
「でも、どうして、ここが?」
橙の方を振り向き、藍は言った。
「これだけの妖気があればすぐに分かるさ。」
藍は、己の、大切な式神を囲んだ怪物共に向き直る。
「・・・・・・・・・っ」
ぎろっと怪物共を睨みつける藍。怪物共には藍から伝わる莫大な妖気、それだけで十分に伝わった。こいつに向き合ってはダメだと。死にたくないなら逃げるべきだ、と本能が伝える。怪物共は、音もなく去っていった。
「・・・・・すごい、すごいよ藍様!流石藍様っ」
ぱんっ
その音は、無言の藍のビンタ。橙が見つめる藍の顔、その目には、涙がうっすらと滲む。
「藍様・・・・・・?」
「入るなって言っただろう!!今回は私が気づいたから良かったものの、もし私が居なかったらおまえは死んでるんだぞ!」
「・・・ごめんなさい・・・」
俯いてしまう橙。藍はため息をつくと、立て膝をついてそっと藍を抱きしめた。
「とにかく、無事で良かった・・・・・。」
「ううう、らんさまぁーーーーー。」
緊張が一気に解け、藍に抱きつき涙ぐむ橙。
「感動してるとこ、ちょっといいかしら?」
「「!!」」
慌ててばっと振り向くと、そこには、
「紫様・・・・・そこで何を?」
スキマから上半身を出している紫の姿が。
「何をじゃないわよ。私のスキマに勝手に入って。無事で済んだのが幸運なぐらいなんだから。」
「すいません・・・・・」
「とりあえず、戻るわよ。」
紫は、マヨヒガへのスキマを開けた。
「・・・ふぅ・・・。」
終わってみればわずか半日の事。しかしもう何日もマヨヒガへ帰っていないような錯覚を覚え、橙と藍はその場にへたりこんだ。
「まったく・・・・・」
紫が呆れた目で藍を見おろす。
「スキマがどれほど恐ろしいか貴方には言っておいたはずでしょう?あの時は私を呼ぶのが最善の策のはず。それは貴方も分かっていたはずよ。なのに何故?」
「橙がスキマの中に入っていると知った瞬間、気が動転していました・・・。」
「それで判断力を失ったと・・・。貴方はそれでも八雲の式神なの?」
「・・・・・。」
「で・・・でも・・・・・。」
橙が何かを言いたそうに紫の裾を引っ張る。
「藍様がスキマに入ったのは、元はと言えば藍様の忠告を聞かずに私が入ってしまったのが原因ですから・・・。」
「つまり?」
紫が先を促す。藍は橙を見守っている。
「叱るなら、私を、私を叱って下さい!藍様に非はありません!」
その言葉を聞いた紫は、軽く微笑んだ。
「じゃあ、藍に宜しく頼もうかしら。」
「はい・・・?」
突然の指名に戸惑う藍。
「式神の説教は主人がするものよ。じゃ、後は宜しく。」
そういうと、紫は部屋を出ていってしまった。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
始めに口を開けたのは橙。
「藍様・・・?」
「?、どうした橙。」
「・・・・・・ごめんなさい。」
藍はにっこりと笑うと、橙の頭を優しく撫でた。
「いいのいいの。私も良い経験が出来たしな。」
「ううぅーーーーー。」
また涙ぐむ橙。まだまだ子供だなぁ、と藍は思う。この子はまだ未熟だ。一度この子を式神にすると決めたからには、八雲家の名に恥じぬよう成長させていかなければいけない。まったく、世話の焼ける子だ。
「さ、そろそろ夕ご飯を作らなくては。行くぞ橙。」
「はい!藍様。」
そういうと藍と橙は、仲良く部屋を出て行った。
この騒動で、藍と橙の絆はまた深くなったようだ。
その証拠に、居間へと向かう藍と橙の手は、
仲良く、固く、握りしめられていた。
「橙。朝だよー。」
「うーーん・・・・・後5分ーーーーー。」
「まったく・・・朝ご飯が冷めちゃうよ。」
毎朝の藍の日課。それは朝ご飯を作って橙と紫を起こす事。今日もいつものように朝ご飯を作り、まずは橙を揺り起こす。寝ぼけ眼で橙はゆっくりと起きる。
「あーーーーらんさま・・・おはようございますぅーーーー・・・・」
「さあ、早く着替えて布団を畳んどいてよ。」
「はーい・・・・・」
藍は、橙を促すと紫を起こしに向かった。
「紫様、朝ですよ。」
「うーーーーーーん。」
紫の部屋に行き、紫を揺り起こす。しかし、紫は起きそうにない。だんだん藍もイライラしてくる。
「ゆ・か・り・さ・ま?」
「あとーー135分ーーーー。」
「長 い で す 。」
布団に潜り込む紫。切れるわけにも行かないので、ぐっと藍は我慢し、とどめの一言を放つ。にっこりと笑って(額に青筋が浮いているが)、藍は言った。
「朝ご飯、ヌキにしますよー。」
「起きるーーーー。」
藍の言葉にコンマ5秒で反応する紫。すぐにむっくりと起き上がり、居間へと入って行った。布団を片づけるのは藍の仕事である。藍は,ため息をついて布団を持ち上げた。
「らーん。早くしないと朝ご飯ヌキにするわよー。」
「藍様ー。はーやーくー。」
紫と橙の催促の声が聞こえてくる。なんだかなあ・・・ハハハ・・・と思いつつ、布団を片づけ居間に向かった。
八雲家のいつもの朝ご飯。ご飯味噌汁卵焼き。これが変わらぬ毎朝のメニュー。
「紫様、今日のご予定は?」
「ああ、そうそう。今日は幽々子と用事ね。」
「あら珍しい。・・・何の用事で?」
「久しぶりに、私が見回りに行くのよ。一人じゃなんだから幽々子も誘ってね。」
「ほんと珍しいですねぇ。」
いつもは藍を向かわせるのに。
「たまには式神も休ませないとねぇ。今日はゆっくりしてなさい。」
そういわれても、活動派の藍としてはじっとしているのは性に合わない。
「分かりました。じゃあ掃除でもしてますよ。」
「じゃあ私もお手伝いするー。」
橙が話に飛びつく。すでに朝ご飯は食べ終わっていた。
「折角主人が休んでいいって言ってるのにねぇ・・・まあ、その方がいいのだけれど。」
「行ってらっしゃーい。」
紫を送り出し、藍は息をつく。さて、掃除を始めるか。
自分から提案しておいてなんだが、マヨヒガは以外と広い。一人で掃除をするとなると一日では確実に終わらない。橙が手伝ってくれて本当に良かったと思いつつ、掃除を進める。
庭、居間、台所と進め、昼頃、そろそろ休憩でも入れようかと思っていた時、
「藍様ーー。」
「おお。どうした橙。」
「ちょっと来てくださいー。」
橙に呼ばれた。
「どうします?これ。」
紫の寝室に呼ばれた藍が見た物は、部屋の真ん中に浮かぶ「スキマ」。両端にはこれ以上の決壊を防ぐようなリボンが巻いてある、間違いなく紫のスキマ。
「紫様・・・・・。締め忘れたな・・・・・。」
トホホ、と落ち込む藍に、橙が裾を引っ張り聞く。
「藍様。あれって紫様のスキマでしょ?」
「そうだけど?」
「藍様は閉じられないの?」
「無論さ。紫様のお力に比べれば私は赤子同然だよ。スキマを操る事は、紫様並のお力でないと。」
スキマを閉じる事とファスナーを閉じる事は違うのだ。
「ふーーん。・・・じゃあ、どうするの?」
「放って置くしかないね。」
夕刻にもなれば帰ってくるだろう。そのときに閉めてもらえばいいか。そう考えていると、橙が物珍しそうにスキマを調べている。藍はあわてて橙を抱き上げた。
「危ないじゃないか!何をしてるんだ!」
「うーーーー。だって、見たいんだもん。」
「誤って中にでも入ってしまったらどうするつもりだ!出られなくなって、死んでしまうかもしれないんだぞ!」
「でも、でも紫様は簡単に使ってるし・・・」
藍に叱られ、しゅんとして涙目になる橙。流石にこれ以上説教するのは止め、藍は橙を降ろす。
「紫様は、紫様だからこそ使えるんだ。私達が簡単に使える物じゃないんだよ。スキマは、それほど危険な物なんだ。」
「はい。・・・わかりました。」
「とにかく、これ以上スキマに近寄るんじゃないぞ。」
そう言うと、藍は寝室から出て行った。
直後、橙の目が光る。
知恵のある生き物という物は、禁止されればされるほどその禁を犯したくなる物である。なおさら、橙のようなまだ子供の好奇心を持つ者に、触るなと言われてもそんなものは無理なのだ。
「近づくなと言われれば、近づきたくなるのよねー。」
橙は藍が居なくなるのを何回も確認すると、再びスキマに近づいた。普段は紫様の近くにしか無く、触らせるどころか近づかせてもくれないスキマ。好奇心に素直に従い、じーっとスキマを観察する。スキマの境界をつかんでみると、巾着袋のような感触を得た。次に、スキマの中に手を突っ込んでみる。手ごたえはない。いつもなら、○次元ポケットみたいにいろいろすぐ出せるのにな。紫様はすごいなあ。と思いつつ、どんどんと手を突っ込んでいく。
その時、橙は足を滑らせた。
「橙ーーーーー。そろそろ休憩いれるぞーーー。」
大皿におにぎりを乗せて藍が橙を呼ぶ。今日はおにぎりの中身は全て鮭。橙の大好物だ。橙は喜んでくれるだろうなぁ。と、軽くうきうきしながら握っていたものだ。
しかし、呼べども呼べども、橙がくる様子は無い。藍は橙を探し、先ほどのスキマのある紫の寝室にやってきた。そこにも橙の姿はない。
だが、藍はスキマが微妙に形を変えている事を見逃さなかった。慌てて大皿を放り、スキマに近寄る。・・・まさか・・・・・やめて・・・・!と願って、藍はスキマの中に向けて橙の妖気を探索する。
反応は、・・・・・微量ながら、クロ。
この「微量ながら」が厄介者で、これが示す答は、もう相当遠くにいるのか、
もしくは、
かなり弱っている事を、
示している。
藍の顔が、さっと青くなった。
「う・・・うーーん・・・」
橙は、謎めいた森の中で目を覚ました。上半身を起こし周りを見る。人や妖怪の気配は無い。まだ朧気な意識の中で、自分の行動を確認する。
私は・・・スキマに・・・そうだ。スキマに足を滑らせて、中に・・・
森は幾度も見慣れた景色だが、この森は言い知れない不安な雰囲気を醸し出している。ここは何処なのだろう?スキマの中と言う事は分かる。しかし、スキマの中にこんな世界があるとは思わなかった。
探検してみよう。橙の好奇心がここでも出てきた。
橙は立ち上がると、森の奥へと進んでいった。
数十分後、同じ場所に藍が降り立った。もちろん橙の姿は無い。あの子の事だろう。好奇心に任せて奥に進んだに違いない。
それにしても、やはり紫様を呼んできた方が良かったのだろうか。橙がスキマに入ったと知った瞬間、居ても立ってもいられずスキマに入ってしまったが・・・。いや。と藍は思い直す。これは自分の式神をおろそかにした自分の責任だ。たとえそれが危険なスキマの中だとしても、自分で何とかしてみせる。藍は燃えていた。
しかし、スキマの中にこんな世界があったとは。藍にも好奇心がむくむくと沸き立つ。それでも藍は好奇心を振り払う。今、最優先にすべき事は橙を見つける事だ。万が一という事もある。早く見つけないと危ない。藍もまた、森の奥へと入っていった。
「迷った・・・・・」
橙が森の奥に入ってからそろそろ一時間。収穫はおろか、帰る手がかりすら見つからない。好奇心も薄れ、不安と恐怖が増してくる。きょろきょろと辺りを見回す。誰も居ない。むしろそれが怖い。
突 然 、 後 ろ で 呻 き 声 が し た 。
びくっと体を震わせ、おそるおそる後ろを振り向く。
そこには、
無 数 の 怪 物 が 居 た 。
「ーーーーーーーーーーーッ!!!」
恐怖で声も出ない。橙は走り出す。もともと化猫の足は速い。しかし、それに負けず劣らずの速さを怪物は出す。
一匹ならまだ橙に勝ち目はあったかもしれない。だが、何分数が多すぎた。
一匹が抜け出し、橙に攻撃をする。かろうじて避けたが、その瞬間スピードが落ち、もう一匹に攻撃を食らう。
鳩尾に、まともに入った。
「がっ・・・・!!」
猛烈な痛みと苦しみが橙を襲う。しかし、走りをゆるめるわけにはいかない。
森を抜けた。
しかし、そこは切り立つ岩壁だった。
追いつめられ、岩壁を背にして立つ橙。周り百八十度は全て怪物がひしめいている。もう逃げ場はない。
「らんさまぁ・・・・・・・・・・」
じわっと涙が溢れ、橙は呟く。
マヨヒガでの藍の言葉が思い出される。
『出られなくなって、死んでしまうかもしれないんだぞ!』
私、ここで死ぬの・・・?
いやだ・・・!
やめて・・・・・助けて・・・・・死にたくない・・・・・
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「橙ッ!!!!!」
「っ!」
突然、前に何者かが現れた。
それは、
橙が一番信頼できて、
一番会いたかった、
「九尾の狐」。
「藍様!!」
ぱあっと橙の顔が明るくなる。
「でも、どうして、ここが?」
橙の方を振り向き、藍は言った。
「これだけの妖気があればすぐに分かるさ。」
藍は、己の、大切な式神を囲んだ怪物共に向き直る。
「・・・・・・・・・っ」
ぎろっと怪物共を睨みつける藍。怪物共には藍から伝わる莫大な妖気、それだけで十分に伝わった。こいつに向き合ってはダメだと。死にたくないなら逃げるべきだ、と本能が伝える。怪物共は、音もなく去っていった。
「・・・・・すごい、すごいよ藍様!流石藍様っ」
ぱんっ
その音は、無言の藍のビンタ。橙が見つめる藍の顔、その目には、涙がうっすらと滲む。
「藍様・・・・・・?」
「入るなって言っただろう!!今回は私が気づいたから良かったものの、もし私が居なかったらおまえは死んでるんだぞ!」
「・・・ごめんなさい・・・」
俯いてしまう橙。藍はため息をつくと、立て膝をついてそっと藍を抱きしめた。
「とにかく、無事で良かった・・・・・。」
「ううう、らんさまぁーーーーー。」
緊張が一気に解け、藍に抱きつき涙ぐむ橙。
「感動してるとこ、ちょっといいかしら?」
「「!!」」
慌ててばっと振り向くと、そこには、
「紫様・・・・・そこで何を?」
スキマから上半身を出している紫の姿が。
「何をじゃないわよ。私のスキマに勝手に入って。無事で済んだのが幸運なぐらいなんだから。」
「すいません・・・・・」
「とりあえず、戻るわよ。」
紫は、マヨヒガへのスキマを開けた。
「・・・ふぅ・・・。」
終わってみればわずか半日の事。しかしもう何日もマヨヒガへ帰っていないような錯覚を覚え、橙と藍はその場にへたりこんだ。
「まったく・・・・・」
紫が呆れた目で藍を見おろす。
「スキマがどれほど恐ろしいか貴方には言っておいたはずでしょう?あの時は私を呼ぶのが最善の策のはず。それは貴方も分かっていたはずよ。なのに何故?」
「橙がスキマの中に入っていると知った瞬間、気が動転していました・・・。」
「それで判断力を失ったと・・・。貴方はそれでも八雲の式神なの?」
「・・・・・。」
「で・・・でも・・・・・。」
橙が何かを言いたそうに紫の裾を引っ張る。
「藍様がスキマに入ったのは、元はと言えば藍様の忠告を聞かずに私が入ってしまったのが原因ですから・・・。」
「つまり?」
紫が先を促す。藍は橙を見守っている。
「叱るなら、私を、私を叱って下さい!藍様に非はありません!」
その言葉を聞いた紫は、軽く微笑んだ。
「じゃあ、藍に宜しく頼もうかしら。」
「はい・・・?」
突然の指名に戸惑う藍。
「式神の説教は主人がするものよ。じゃ、後は宜しく。」
そういうと、紫は部屋を出ていってしまった。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
始めに口を開けたのは橙。
「藍様・・・?」
「?、どうした橙。」
「・・・・・・ごめんなさい。」
藍はにっこりと笑うと、橙の頭を優しく撫でた。
「いいのいいの。私も良い経験が出来たしな。」
「ううぅーーーーー。」
また涙ぐむ橙。まだまだ子供だなぁ、と藍は思う。この子はまだ未熟だ。一度この子を式神にすると決めたからには、八雲家の名に恥じぬよう成長させていかなければいけない。まったく、世話の焼ける子だ。
「さ、そろそろ夕ご飯を作らなくては。行くぞ橙。」
「はい!藍様。」
そういうと藍と橙は、仲良く部屋を出て行った。
この騒動で、藍と橙の絆はまた深くなったようだ。
その証拠に、居間へと向かう藍と橙の手は、
仲良く、固く、握りしめられていた。
台詞回しに「(作者に)喋らされている」感があるので、「(自ら)喋っている」ように書ければ更に面白くなると思います。
>腑に落ちない
これは「疑問点について解答を得たものの、なんとなく納得が行かない」という場合に使う言葉で、「理不尽な扱いに納得が行かない」という場合にはあまり使わないと思います。
>「でも、でも藍様は簡単に使ってるし・・・」
>藍様は、藍様だからこそ使えるんだ。
紫様の間違いかと。
特に、橙がスキマに落ちたところはヒヤッとさせられました。
せっかくなのであなたの作品を探してみるとしましょう。