Coolier - 新生・東方創想話

アーマードこぁ Ⅶ

2007/05/05 19:02:43
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 今回もオリキャラが多く出ます、あとちょっと長めの話です。

 二人が新しい生活を始めてから数ヶ月、
 季節はやがて秋から冬に向かおうとしていた。
 パチュリーが病で倒れ、回復はしたものの、その治療に膨大な費用がかかった結果、紅魔館の財政は破綻した。
 もっとも、我が愛する主パチュリーの治療費はあくまできっかけに過ぎず、レミリアの気まぐれによる各種面白迷惑なイベントや宴会の乱発が遠因であった、とリトルは考えている。 
 この異変解決の仕事は、本来はパチュリーの病気療養兼出稼ぎに過ぎないはずだった。
 しかし、幻想郷のパワーバランスに介入してしまったのではないか、とリトルはときどき不安になる。
 リトルとパチュリーが新しい生活を始めた直後から、妖怪排斥を唱える『結社』と、それに対抗すべく作られた『人妖連合』との対立が発生し、リトルは自分の心情もあって連合側の依頼を受ける事が多く、それが幻想郷の秩序をかえって乱してしまったのかも知れない、とも思えるのだ。
 九朗義明暗殺以来、連合と結社の対立は深まる一方だった。
 しかもその暗殺の主犯は自分のかつての友人達、ともに小悪魔幼稚園で遊んだ小悪魔だった。
 その小悪魔たちは、自分達は悪魔らしく生きるのだと言った。
 自分はどうすればいいんだろうか。やっぱり、二人のような生き方が正統なのか?

 「私は、悪魔だからこうしなけりゃならないなんて信じたくない。人が恐れる悪の魔だからこそ、生きたいと思ったように生きるんだ。
 こうする奴だって悪魔みたいなモンでしょ」

 天井に向かって呟く。第一、他人の物差しにへつらいながら生きる悪魔がいるか? そう自分自身を励ます。
 2人の小悪魔の声がときどき頭に響いているのは確かだが、自分はそれでも、魔界ではなく、この幻想郷の不思議生物として生き、朽ち果てたいのだ。 

 「パチュリー様はそろそろ帰りたがっているし、やっぱり、人間の問題は人間が何とかするべき、
 だけど、私はそれを見届けなきゃならないのかなあ」

 もう住み慣れた香霖堂の2階に、伝書鳩ならぬ伝書鴉が飛んでくる。両足に一通ずつの手紙。
手紙をほどくと、人懐っこくリトルの手の平に乗ってきた。しばらく遊んでやった後、一通の依頼文を開いた。

 
 輸送大ガマ護衛

 依頼主 名も無き大妖精
 報酬 3000紅夢

 結社が近くの集落を襲い、そこにいた人たちの一部が妖精の森に避難してきました、沼を抜ければ別の人里に行けるそうです。
 大ガマさんが人間を運んでくれることになりましたけれど、ずっと身を水面にさらしてなければならないし、人間さん達もあの底なし沼に落ちたら危ないのです。少ししか払えませんけれど、護衛をお願いします。

 場所、大ガマの沼だか池だか


 「まだ結社はあきらめていないのか……」

 妖精もまともな文章を書けたのかと失礼な感想が一瞬浮かんだ。
 人里の一つを襲ったとあるが、とうとう人間にも手を出すようになったのか。
 もう一通の手紙は、異変解決依頼のネットワーク管理もしているAYAこと射命丸文からの手紙だった。
 意外と文字がかわいい。


 九朗義明に代わり、結社の代表となったエムロード坂下という男はかなりの強硬派で、九朗すら持て余し気味だったらしいのです。 
 彼は妖怪のみならず、妖怪と共存する人間にも憎悪を燃やしています。
 確かに人間と妖怪があまりべたべたし過ぎるのも良くないと思いますし、妖怪は人間を襲い、人間に退治されるものなのですが、こんな状況は続いて欲しくないのが正直な私の感想です。それとも、このような状況こそを望む者がいるとでも言うのでしょうか。では、また。

 ブンヴンズネスト AYAより


 「強硬派が実際に手を出すとき、本来の敵だけじゃなく、和解を求める同胞も攻撃する事が多いのよ」

 不意にいつの間にかそこにいたパチュリーが言う、ある程度使い魔であるリトルの心を読めるらしい。
 長年の付き合いで培われたカンなのか、魔法で強制的に心を読んでいるのかは分からない。
 なるべく後者ではありませんようにと祈る。

 「心を読まずとも、新聞で今回の動向は知ってるわ」

 なんだそうだったのか、安心した、って、あれ? とりあえず深く考えないでおこう。
 リトルはすっかりなじんだ緑茶を出し、煎餅をお茶請けにして主に差し出した。
 少し落ち着いてから、くすぶっていた疑問をぶつけてみる。

 「あの、パチュリー様、私、悪魔らしく生きるべきなんでしょうか」

 パチュリーは茶をすすり、一呼吸置いてから答えた。

 「……あなたは人間から、『まさに悪魔』と言われる悪魔になりたいのかしら? 典型的なネガティブイメージを込めた声で」
 「いいえ、とんでもない、私は嫌です」
 「なら、そうするべき、他人の評価に惑わされる事もあるのは仕方ないとしても、自分自身が納得できるかが肝心なの、
 納得できない生き方を無理に続けた所で、どこかで歪みが限界を超えるに決まっている」

 煎餅をひとかじりして続ける。

 「それにね、貴女、自分が動いたせいで事態がどうのこうのと思っているみたいだけど、思い上がりもいいところよ、
 リトルがいなくても、戦いを望む人間がいる限り、きっと同じような事が起こったに違いないわ」
 「そう言っていただけると嬉しいです、パチュリー様」
 「さあ、人間の問題は人間が解決すべき事。明日には帰るわよ、仕事納め、悔いなく暴れてきなさい」 

 パチュリーはいつもの調子だったが、それがリトルに安心感を与えた。

 「暴れるわけじゃないけど、頑張ります」
 
 *   *   *
 
 妖精たちがすむ森に、人間の一団が息をひそめて休んでいる。
 大妖精や妖精たちが珍しく、人間たちをかばうように周りを飛んでいる。
 リトルが話を聴いてみると、3日ほど前、突如結社の集団が葉礼奈(ばれいな)村を襲い、食料や金銭を奪っていったという。
 抵抗した者の幾人かは殺され、あるいは行方不明になったらしい。村人は散りじりに逃げ、一部がここに迷い込んでいた所を大妖精に助けてもらったのだという。

 「大妖精さん、か、どんな人なのかな」 魔道書に問い掛ける、反応が返ってきた。

 *大妖精
 本来妖精でも最強クラスの実力者だが、幼い妖怪や妖精と遊ぶのが無上の喜びと語り、あえて現在の位置に留まっている。弾幕も弱者を痛めないように手加減している。

 「保母さんみたいな方なのかな、いい人そう」

 「お母さん、どこ行っちゃったの」 柿色の着物を着た女の子が泣いている。
 「よしよし、お母さんはきっと大丈夫だよ、だから泣かないで」 リトルが頭をなでなでする。
 「さあ、追っ手がこないうちに行きましょう」 青年が呼びかける。

 とぼとぼと歩き出す集団を空から見守る。大昔なら妖怪にとって絶好の獲物だろうとリトルは思う。
嫌な思考が彼女の頭を巡る。妖怪が人間を襲わなくなったから、今度は人間同士が襲い合うことで、個体数を調節するようなシステムが働いているのか。 人間同士の争いを止めるには、人外が共通の仮想敵になってやるしかないのだろうか、例えば、自分とかが? まさか。
  
 考え込んでいると、一団は近くの大きな沼に到着した。大妖精が大ガマを呼ぶ。

 「大ガマさん、大ガマさん、出てきてください」

 やがてゆっくりと水面の影が濃くなり、大ガマが姿をあらわした。この沼だか池だかの守護神である。

 「おお、君か、避難した者達はどれくらいかね」
 「ええっと、15人くらいです」
 「それなら、少々無理をすれば全員を背中に乗せて運べるだろう」
 「ありがとう、みんな、大ガマさんの背中に乗ってください、大丈夫です」

 避難民が恐る恐る大ガマの背中に乗り、全員が乗った事を確認すると、大ガマはゆっくりと岸を離れた。
 何人かが不安げにもと来た道を見つめている。

 「もうすぐ収穫なのに、結社に取られちまった」
 「ちょっと妖怪の血が混ざってるからって、この仕打ちは何なんだよ」

 小悪魔イヤーで人々の声を聴いてみた。結社はなぜこのような事をしたのだろうか、結社とて本来はこんな強盗じみた集団ではなかったはずだ。
ただいろいろな圧力で食っていけなくなったからなのか、それとも、何かの準備なのか?

 「リトルさん、大ガマさんは人を乗せているため、水に潜ってやり過ごすことは出来ません。周囲を警戒していてください」

 結社からの追撃は無かったが、もうすぐ向こう岸に着こうかと言う時、冷たい風が水面を襲った。
 大ガマが小さくうめき、妖精の何匹かが吹き飛ばされた。人間はしゃがんで手を取り合い、必死に振り落とされまいとする。
 
 「きゃー」
 「お主はあの氷精」

 見慣れた氷精が両腕を組み、一行の前方で浮かんでいた。

 「あんたって、『へんおんどうぶつ』だから寒さに弱いんでしょ、あたいったら天才ね」
 「チルノちゃん! みんなをいじめないで!」
 「知ったことか、『ながねんのせつじょく』を果たさせてもら……」

 そこまで話した所で、ようやくリトルの存在に気付き、あーっと声をあげる。
 
 「お前は、あの列車の……、好都合だ、決着をつけようか」

 幸か不幸か、標的をリトルに変更したらしい。
 冷風とともに、氷のつぶてがリトルに降り注ぐ。
 リトルがそれを避けると、人を乗せた大ガマの近くに着弾した。

 「このぬかるみに人が落ちた場合、回収は困難になります、注意してください」

 大妖精が叫ぶ、リトルはチルノの弾幕を適当にあしらいながら、場所を変えていく。

 「鬼さんこちら」
 「こらー逃げるなー」
 
 チルノの弾幕はリトルにはかすりもしない、このままチルノが疲れるまで適当にあしらってやろう。
 一向に弾が当たらず、息を切らすチルノ。
 いつもならやけになって弾幕を撒くだけだったが、少し考える表情をして弾幕を止めた。

 「最初みたいに、大気全体を冷たくして凍えさせてやるわ」

 チルノが仲間を呼んだ、小さな氷精たちが集まってくる。
 その集団が両手をかざして一斉に魔力を開放し、急速に大気が冷えこんでいく。
 水面がチルノの浮かんでいる真下から音を立てて凍り始め、木の枝葉が白装束を纏い、吐く息さえ凍りつくようだ。

 「プラス、強風! 体感温度もっと下がるよ」

 リトルは顔を腕で覆いながらチルノを見据えた。
 矛先が今は自分に向いているとは言え、軽装の人間たちと大ガマが持ちそうにない。
 人間たちや大ガマの叫びにも似た声が小悪魔イヤーにも届く。

 「寒い、寒い、死んじまう」
 「ぬう、これはさすがに堪えるぞ」
 「おい、この子がもう持たない」
 「お母さん、寒いよ」
 「しっかりしろ、みんなでこの子を暖めるんだ」

 大妖精がチルノちゃんやめてと叫びながら、必死に結界を張り、自身と大ガマ一行を守る。
強風を防ぐが、冷気までは防ぎきれていない。確実に彼女達の生命力を奪っていく。
 
 煮えたぎる何かがリトルの脳髄を満たした。

 「やめろ」 

 チルノに飛び掛り、突き飛ばす。リトル自身、なぜこういう行動をしたか良く分からなかった。
 空中で突き飛ばされたチルノは、なんとか姿勢を保つが、尋常ならざるリトルの目つきに恐怖を覚える。
 氷精たちはリトルの気迫に押され逃げ惑う。

 「氷精たち! ちゃんと援護しろぉ!」 

 だが氷精たちはふるふると首を振って逃げていく。
 牽制の弾幕を放とうとしたチルノの襟を掴んで怒鳴る。

 「お前、罪もない人たちを何故傷つける」
 「あんた、口調変わってるよ、ににに、人間なんて、いくらでも増えるし、寿命短いし、いいじゃん」

 必死に強気の態度を保とうとするが、その顔は恐怖に引き攣っていた。

 「じゃあ妖精だって、消えてもすぐ転生するからいいよな!」 
 
 チルノを右手で掴んだまま、左手にムーンライトソードを握る。

 「お前といい結社といい、少しでも相手の痛みを想像していれば」
 「ちょっ、冗談じゃ……」
 「いいから死ねよ」
 
 チルノににとどめを刺そうとした瞬間。



 「ぱっちゅり~ぱっちゅり~♪」
 「はあ?」

 凍った水面を、台形のてっぺんに丸がついた様な物体が接近してくる。鼻歌を歌いながら。
 リトルの魔道書はそれを敵性無しと判断、とあるランカー弾幕少女の名を告げた。
 一気に場の空気が緩んでチルノの冷気とリトルの殺気が消える。 

 「パ、パチュリー様!?」

 それは巨大なプリンに首から下をうずめたパチュリーだった。プリンの底は水面から浮いている。
水に落ちても大丈夫なフロートタイプだった。

 「な、何なのよあんたは」

 大ガマと人間、そして大妖精は一安堵し、この隙に出来るだけ距離を稼ごうとする。
 
 「プリンで体を包めば、防御力が上がると思って」

 なんとなく中は快適そう。

 「それで、そのプリン魔女があたいに何の用なのさ」

 プリン状態のままパチュリーがシリアスな口調で語った。 

 「全体を冷やすことで相手を弱めるとは考えたわね、でも、関係ない人間たちまで巻き込むのはちょっと邪道に見えなくもないわ」
 「そんなのあたいの勝手だろ」
 「そうね、だから私も勝手にさせてもらう」
 
 パチュリーはプリンの中から大儀そうにスペルカードを取り出した、腕がなかなかプリンから抜けない、少し焦りの表情がうかがえる。
 ずぼっと言う音がして強引に引っこ抜いた。
 訂正、やっぱり快適ではなさそう。

 「リトル、退きなさい、ここからは私と彼女との弾幕ごっこ」
 「は、はい」
 「アグニシャイン上級」

 炎の弾幕がチルノを襲う、しかし威嚇だったのか、ほとんどがチルノを通り過ぎる。

 「当てる気あるのかしら」 手にツララを発生させ、投げつける。生意気な顔に戻っていた。
 「あるわよ」 ツララがプリンに吸収され消えた。

 「後ろを御覧なさい」

 チルノは大気が熱くなっているのに気付く、後ろを振り向くと、炎の弾丸が消えずに彼女を囲んでいた。
 炎から抜け出そうとするが、高熱で包囲網の中心部分にしか居られない。

 「くっそー、卑怯よ」
 「あなたがした事よ」

 チルノ、熱暴走、みるみるうちに彼女のガッツが削られていく。

 「チルノちゃん、お願いです、チルノちゃんには私がよく言っておきますから、だから助けてあげて」

 大妖精がパチュリーに懇願する。しかしパチュリーはそんな彼女の訴えを無視した。

 「さあ、消滅したくなかったら謝りなさい」
 「ご、ごめん」
 「聞こえない」
 「ごめんなさい、もう人間も大ガマも襲わないから許して」
 「よく言ったわ、今回は勘弁してあげるとしましょう」

 炎が消え、気温が平常に戻る。
 大ガマが岸辺にようやくたどり着き、人間を降ろす。

 「ありがとうございます、これで安心できます」

 まとめ役の青年が皆を代表して大ガマと大妖精、リトル達に感謝の意を述べ、祠に供え物をした。
 幼い少女は村人に抱かれて眠っている、命には別状なさそうだった。

 「うむ、達者でな」

 人間たちの後ろに一匹の蝦蟇蛙がついている、森を出るまで、蝦蟇蛙の加護を受けられるだろう。
 大妖精は報酬をリトルに払おうとしたが、あれ、おかしいな、といいながら服全体を確かめる。
 報酬は小さな袋に入った貨幣や何粒かの貴金属、宝石類だった。大妖精が人間たちから託されたものである。

 「ごめんなさい、さっきの騒ぎで落としてしまったみたい」
 「う~ん、じゃあ後払いでいいですよ、無理しないで下さい」
 「だめよ、どうせリトル、取り立てたりしないんでしょう」

 リトルをパチュリーが叱り、こういう事はきちっと契約通りにするべきだと主張した。

 「払えないのなら、報酬分紅魔館で働いてもらうわ」
 「……はい、チルノちゃんを助けてもらったし、それでいいのでしたら」
 「待って、それならあたいを使ってよ」

 大妖精の胸元から、小さくなったチルノが顔を出す。普通の妖精サイズにまで縮んでいた。

 「殊勝な心がけだけど、正直あなたより知性のある大妖精さんの方が使いでがあるわ」
 「あのパチュリー様、それは少し可哀想なのではないでしょうか」 
 「だめよ、お金が欲しいとかの次元じゃなくて、してあげた行動にふさわしい代価をもらわないと」

 その時、避難民の一人が、リトルたちのもとへ駆け寄ってきた、あの柿色の服を着た少女だった。
まだ少し顔色が悪い。その少女が小さなかんざしを両手でパチュリーに差し出す、お礼のつもりなのだろう。

 「これは大切な物なのでしょう」 腰をかがめて少女の頭をなでる。
 「お母さんからもらったの、でも、みんなを助けてくれたお礼です」

 パチュリーは少し考えて、そのかんざしを受け取った。

 「これはあなたにとっての宝物、これを手放すのは相当の重みであるはず、いいわ、報酬として充分よ」
 「じゃあ、これで大妖精さんもチルノさんも紅魔館へ行かなくていいんですね」
 「そうよ、この子に感謝するべきね」

 大妖精は何度もお辞儀をした、チルノもふてくされながらも頭を下げる。
 
 「あの子、お母さんに会えるといいですね」
 「そうね」
 「チルノさんの冷気で人が死にそうになったとき、明確な殺意を抱きました。殺してやりたいと思った。
 パチュリー様が来て勝負がお預けになっていなかったらと思うと、自分が怖い」
 「安心しなさい。やっぱり、貴女は悪魔には不向きだから」 

 パチュリーはそんなリトルの前でクスリと笑った、リトルはあまり悪い気分ではなかった。
 リトルの出る幕は少なかったものの、良い結末に終わったと思う。
 しかし、そんな彼女の安堵を吹き飛ばす緊急の依頼が香霖堂に届けられていたのだった。
 
  *   *   *

 数日前のこと、
 亜羽論谷の叢雲玲治のもとに、不吉な知らせが届いた。

 「本当か、葉礼奈村を襲っただと」
 「はっ、占拠はせず、あくまで物資を奪って逃げていったとのことですが、逃げ出した村人の幾人かが行方知れずになり、
 一部を当村で保護しました」

 いつかはこのような事が起こるだろうと思い、自警団の訓練や整備を進めてはいたが、襲撃の報せに改めて胸が締め付けられる玲治だった。
 
 「締め付けが裏目に出たのか……、いや、もうそんな事を言っても始まらない、自警団、MT部隊を全員召集、皆警戒態勢をとる様に。」
 「ははっ」

 この村の自警団長が部屋を辞した後、玲治は考える。

 「どうしても戦いたいのならば、敢えて戦おう、沙霧の復讐ではない、幻想郷の平和のため、私達の自由のために」

 *   *   * 

 やはり数日前。
 愛作村の広場では、結社の戦闘員たちが他所の村から奪った食料や物資を見せ合っていた。

 「どうだい、この干し肉、これでみんなひもじい思いをしなくて済む」
 「俺の取った米の方が良いぞ」

 もちろん、結社と、結社に吸収された旧自警団双方に、今回の襲撃作戦を良く思わない者達も存在する。
 月ヶ瀬ハルカもその一人だった。

 「何という事! これじゃあ単なる盗賊と一緒じゃないの。結社の使命を忘れたのか」

 略奪品を自慢しあう仲間達を叱る。しかし男達の何人かはどうということはないという表情を見せた。
 一人がハルカに言う。結社の新指導者、エムロード坂下その人だった。

 「ハルカさん、あんた、まだこの村にいたのか、出て行けと言ったはずだ」
 「信じて頂戴、あの人は妖怪に操られているのよ、何度言ったら分かるの!」
 「九朗さんが妖怪にやられたってんのは分かる、でも坂下さんが犯人の妖怪に助けられてリーダーになったなんておかし過ぎるだろ、
 どうして妖怪が結社に協力するんだ」
 「八雲紫とその部下が妖怪なんだよ」
 「あの人は超人であって化け物ではないはずだ」 

 エムロードはこう言った。

 「可能性だけなら、あんたこそ妖怪に操られ、結社をかく乱していると推測することも出来る」
 「な、なにを言うのよ」

 「ハルカ姐さんは九朗さんが死んだショックでおかしくなっちまったんじゃねえのか」
 「そんな事言ってまわるから、追放宣言喰らうんだ。こうでもしないと俺達は食っていけないんだ。そうだろみんな」

 男の一人が周囲に同意を求めた。何人かがうなずいた。
 場の雰囲気は彼女にとって不利だった。
 今回の略奪に消極的だった者、ハルカに同情的な者は、ただ沈黙のみで抵抗せざるを得なかった。
 村からの追放をエムロード坂下から言い渡されたハルカは、その後しばらく消息不明になる。
 ハルカがその場を立ち去った後、男達が少し罪悪感を感じる顔で口を開く。

 「……これがほめられた行為じゃないのは分かる、だが、明日の理想のため、今日の現実を生きるしかないんだ。より大きな目的のために」
 「ああ、俺達はあえて手を汚す。仲間の復讐だけではない、幻想郷の平和のため、我々の自由のため」
 
 その様子を、双子の小悪魔、ぼいるとれみるが空から見下ろしていた。

 「お兄様、彼らはなぜこんな盗賊まがいの事をしたのでしょうね」
 「あの村は連合寄りの集落としては最もこの村に近い。それに妖怪との混血児も多い、だから警察行動が必要だった、という事になっている。
 それに連合の引き締めで困窮しがちだったから、これくらいは士気の維持のため仕方ない、と判断したのかも知れないね」
 「かえって同胞の支持も失われかねないのに?」
 「人間はやはり醜い生き物だと思う。」 
 「そうですね、そして悲しい」

 れみるは感慨にふける。九朗義明を殺したのは自分、八雲紫と契約し、悪魔の力を振るったのだ。
 自分にとって人間は毒にも薬にもならない存在だ。
 しかし人間の生きる姿を見て、こうも思うのだ、それぞれの正義を貫き、人々は戦う。歴史上何度も繰り返された悲劇、愚行。
 この連環からは逃れられないのだろうかと。

 *   *   *

 「あれはなんなんだ」
 「結社の連中が武装蜂起しやがった」
 「自警団を呼べ」 
 
 その日、人妖連合拠点、亜羽論谷は何気ない1日を迎えるはずだった。
 エムロード坂下自らが率いる武装集団が村の大通りを突進した。人妖連合代表、叢雲玲治のいる里の中心部を狙う。経済的、社会的に劣勢となった結社が仕掛けた最後の戦いである。

 「くそっ、名のある妖怪じゃないんならなら俺達でも勝てるはずだ」

 自警団十数名が結社の武装集団のまえに整列し、弾幕使い達のスペルを摸倣した呪符を放つ。
 あらかじめ魔力が込められており、力のないものでもそれなりの弾幕を放ったり、魔法を行使できる道具だった。
 この呪符の使い手は『魔法を模写する者』との意味を込めてMT(Magic Tracer)と呼ばれている。
 レーザーや気合弾、札が武装部隊の進撃を弱める。
 自警団員や抵抗する村人たちは本格的な戦闘経験はなかったが、それでも人数は多く、また主戦場が自分達の村周辺なので土地勘は相手を上回っていた。そしてなにより自分のすむ場所を守るのだという気概が戦闘技術を補っていた。比べて結社の部隊は、他人の領域に侵入しての戦いであったため、一部の理想に燃えたものを除いて士気はあまり高くなく、いくら戦い慣れているといってもそれは妖怪との戦闘であり、人里を制圧する経験などは無きに等しかった。

 「連合の奴ら、簡易スペルカードを大量に持っているようです」
 「ひるむな! 我が方のスペルの方が威力は上だ」

 エムロードが単純だが濃密な弾幕の雨を展開し、MT部隊に襲い掛かる。

 「やばい避けろ」

 建物の壁や瓦が吹き飛び、辺りに血と肉の焼けるにおい、負傷者の叫びが響きわたる。

 「おい、しっかりしろ、寝るな!」
 「う、腕がぁ」

 MT部隊は人形(ヒトガタ)に切った呪符をデコイとしてばら撒き、続けて放たれるマジックミサイル群をどうにかやり過ごす。
 その隙に負傷者を集めて転移魔法で退却した。といっても彼等が布陣していた場所から脇に数十メートルしか離れていない。

 「さすがにこれだけの人数じゃ魔力不足か」

 自警団の指揮官が歯噛みする。この状態で攻撃されたら全滅する。しかし結社は彼らには目もくれず、ひたすら里の中心部を目指す。
 全体的に結社側のほうが余裕がないのだ。増援がこないうちに里の中心部を急襲し、連合指導者の叢雲玲治を捕縛か殺害するのが彼らの役目だった。

 「今だ、前進する、遅くなるほど勝機は遠のくぞ」
 
 部下に檄を飛ばすが、里の中心部へ進むに連れて人妖の反撃が増す、予想外だった。
 ある者は剣や弓矢に、ある者は弾幕に体を貫かれ、倒れていった。
 しかし一部の者は猛烈に抵抗し、倒された者と同じかそれを上回る損害を相手に強いた。

 「各班、遮へい物に隠れて集団で弾幕を撃て、撃ったら動け、一ヶ所に留まるな。プライドは捨てろ、数で押せ。
 同じ数でやり合ったら向こうが有利だ。」

 増援が増え始め、どうにか体勢を立て直したMT部隊指揮官が、外界の『携帯電話』を模した魔道具で各部隊に指示を出す。
 とうとう里の中心部への到達は諦め、エムロード坂下は生き残った部下とともに瓦礫と化した建物の影に隠れた、部下はみな何らかの怪我を負っていた。彼自身も例外ではない。通信機で予備兵力に応援を求めるが、幻想郷では魔力の影響からか、電波はあまり遠くに届かない。
 
 「すでに仲間の3分の1近くを、倒されるかはぐれるかして失った、弾もスペルカードもほとんど撃ち尽くしてしまった、退却も難しい、援護を頼む」

 「……その…所……持さ…たし、救援……ている」

 「坂下さん、今確かに救援て聞こえました」
 「来るのか?」
 「きっと来ます」
 「よし、全力でここを維持する。助けが来たらこの村を制圧するぞ」
 「おお」

 仲間に蔓延しつつあった絶望が少しだけ吹き飛んだ。予備の部隊は、あまり武術や魔法、弾幕の能力が高くない二線級の戦力であり、それもエムロード率いる主力部隊の半数程度の人数しかなかったが。
 ひたすら待つ。まだ味方は現れない。エムロード達は焦る。十数分程度の時間が永遠にも等しい。

 (ここで退いた所で、連合の報復は目に見えている。叢雲玲治を捕らえるか殺す、出来なくても村の行政機能を奪うぐらいはしなければ)
 遠くから。規則的な金属のきしむ音が聞こえてくる。自分達を撃っていた自警団が音のする方に顔を向け、次の瞬間爆発で吹き飛ばされた。

 「あれは、『けいおす』じゃないか」

 最初にあらわれたのは大きな自動人形だった。
 前回の小悪魔との実戦テストと、紫がもたらした、山の妖怪の技術で改良された兵器。
 建物を弾幕で破壊し、戦う意思を持たない者まで肉塊に変える。
 
 「おい、女子供まで……」
 
 剣を持った妖怪少女が一人、人形のプラズマブレードによって消し炭と化した。

 「勝ってるけど、幾らなんでもこれは」

 背中の羽の生えた赤子が泣き叫ぶ。

 「む、村のガキと同じ声で泣いてる」

 悲鳴や怒号が風に乗って聞こえる、感情を削られた自動人形の無差別攻撃。
 鮮血の嵐、自警団も村人を助けようとするが、自分の身を守る事すらままならない。 

 「うろたえるな、全軍進撃、この光景を見続けたくないなら、早く終わらせるんだ」

 エムロードは怒鳴った、彼らとしてもこのような仕事は速く終わらせたかった。
 先ほどの抵抗が嘘のように簡単に前進できた。
 もう少しで叢雲玲治の屋敷に到達するというところで、先行する三体の自動人形が動きを止めた。
 首を左右に回し、レーダーと呼ばれる板状の部分が回転している以外は弾幕もぴたりと止んでいる。
 エムロードは掃討する敵がいなくなったので待機しているのだと解釈した。
 部下達も同じ意見だった。

 「俺が一番乗りだ、みんな続け」
 「まて三郎、勝手に動くんじゃねえ」
  
 三郎と呼ばれた男が3体の自動人形の一体に近づいた。その時、風を切る音がして、視界がおかしくなった。
 地面から空を見上げているような感じがする、首を失った人間の胴体、血が噴水のように吹き出ている。
 ああ、これは俺の胴体じゃないか。俺は首を切り落と……。

 「あいつの首が!」

 男の首が実体剣によって切り飛ばされた。

 「味方だぞ」
 「IFF(敵味方識別装置)がイカレやがった」  
 
 自動人形たちは片足を軸にして向きを変え、男たちに襲い掛かる。

 「た、退却」

 銃や弾幕を放ちながら後退する、もう作戦目的を考える余裕はなくなっていた。
 心を持たぬ人形たちは連合も結社もなく、動く者に容赦なく攻撃を加えた。
 人形のカメラアイが羽の生えた赤子に標的を定めた。人間と変わりない声で泣いていた幼子。

 「ちくしょう」

 エムロードはとっさにその赤子を抱きかかえ、走った。一瞬後、赤子のいた地面が小さなクレーターと化す。
 自分がひどく滑稽に思えてくる。連合を倒せず、仲間の犠牲を出してしまったばかりか、よりによってこの俺が妖怪の子を抱えて、結社の兵器から逃げ回るなんて。他の仲間たちはもう散りじりに逃げるしかなかった。作戦は失敗だ、いやそれどころか勝利も敗北もない。自分の判断は軽率だったのだろうか、多くの仲間を失ってしまった。自分が結社を破滅させたのだ。後悔が彼を責め立てる。
 正面に自動人形の一体がいた。先回りされたのだ。無機質なカメラアイと目が合った。長い腕がすっと上がって、銃口がこちらに向けられた。

 (これまでか)

 硬く目を閉じた。まぶたを貫く閃光、破裂音。しかし覚悟していた衝撃は感じなかった。
 死ぬときは案外こんなものかと思う。おそるおそる目を開けてみる、なぜか自分も赤子もまだこの世にいた。
 人形の片腕が地面に落ちていた。
 人形は標的を変え、彼と赤子に背を向ける。
 
 その視線の先にいるのは、翼を目いっぱいに広げた赤髪の悪魔少女。
 その瞳も燃えるように紅く、左手に淡い緑色に光る剣、右手にY字型の柄の箒を持ち、凛とした顔で人形と対峙する。
 唇が動き、悪魔でありながら慈母のような安らぎを感じさせる声が彼の耳に届く。

 「早く、その赤ちゃんを連れて逃げてください」
 「お、おう」

 人形の片腕を吹き飛ばしたのは、異形の箒『だぶりゅじーわん KARASAWA』から放たれたレーザー。
 小型の八卦炉を内蔵し、持つ者の魔力を吸収、増幅して力に変える、製作者の名を冠した魔道具職人唐澤の最高傑作。

 ―魔理沙がこれを使おうとして、魔力を吸われすぎて死にかけた事があった、でも君なら使いこなせる―

 結社襲撃の報を聞いたリトルに霖之助がそう言って託した道具だった。
 光条が放たれ、人形は胴体をやすやすと貫かれ、沈黙した。
 
 リトルは翼を羽ばたかせ、残りの二体を捜す、人形の魔力センサが彼女を捕らえた。
 同時に人工頭脳が彼女を最大の脅威と判断、弾幕を空に向ける。
 人形の中心から渦を巻くように回転する魔力の弾丸が迫り、もう一体が逆方向に回転する弾幕を展開した。リトルは必死でかわす。

 (あれは、私がよく行く八百屋さん)

 いつもおまけしてくれた八百屋のおじさんは無事だろうか。建物自体はまだ健在だった。
 二体の人形がミサイル攻撃に切り替える。

 (私が避けたら、ミサイルが落ちて被害が出るかも)

 リトルはそれを避けようとせず、彼女の髪の毛がメデューサのごとく動き、毛先から放たれた細いレーザーがミサイルを残らず射ち落とした。

 (パチュリー様の魔法の付け毛、エクステンションが役に立った)

 一体が実体剣を振りかざし、ロケットエンジンを起動させて飛び上がる。
 リトルはオーバードぱたぱたをオン、すれ違いざまにムーライトソードで人形を剣ごと真っ二つにした。

 (あと一体)

 不利を悟ったのか、人形が防御結界を張った。リトルは地上に降り、魔法の箒KARASAWAを結界に向けて撃つ、結界は硬く、一撃では壊せない。だが諦めず2発、3発と打ち込む。結界が徐々に薄くなっていく。だが箒にもひびが入り、魔力がもれ始め、異常加熱の警告が魔道書からリトルに伝えられた。
 後一発撃てるかどうか、防御結界はもう薄くなっている。
 
 「これで最後」

 最後の光条が防御結界を消した。

 「喰らえ」

 渾身の力を込めてKARASAWAを投げつけた、それは槍のように人形のジェネレーターを貫き、爆発を起こした。

 「お、終わった」

 急に力が抜けていくのを感じる、その場にへたりこむ。瓦礫に背をもたれさせ、しばらく眠った。

 *   *   *


 「莫迦ね、ムーンライトソード、KARASAWA、エクステンション、オーバードぱたぱたを同時に使い続けたら死にかねないわ」 
 「たいした道具の使い方だったな、私ならもっと大事に扱うぜ」
 「あんたが言うな。でもホント、強くなったものね、どうりでこっちに来る依頼が減るわけね」
 「魔理沙が押しかけてきたときも、これぐらいやってくれれば良かったですのに」

 よく知った声が響いた。

 「パチュリー様、霊夢さん、魔理沙さん、咲夜さん」
 「でもすごかったぜ、私達なんか避難民をかばうのが精一杯だったからな」
 「あの、八百屋のおじさんは……」
 「無事よ、私達が来たときにはもう、あの怪物人形が暴れていたけれど、咲夜さんの能力で、出来るだけ助けたし」
 「大変でした、時間を止めて、かつここにいる三人だけ動けるように能力を調節するの、これであの人形も相手にしていたらと思うと……」
 「使い魔の貴女に戦いを任せてしまってごめんなさい」 
 「でもおかげで一般ピープルを助けるのに専念できたぜ」
 「ちょっと、私も忘れないでよ」

 どこからか声がした。炭化した妖怪少女の遺骸からだった。
 剣を握ったままの右手以外、黒い燃えカスになっている。リトルはその剣に見覚えがあった。

 「あれは、ダークスレイヤー?」

 その黒い部分がうごめいて人間型の粘土細工になったかと思うと、髪や皮膚や服が構築され元の姿に再生した。
ルーミアだった。

 「ルーミアさん?」
 「私とした事が、新月だったらもっと早く再生したのに」
 「どうして貴女が?」
 「どうしてですって、依頼よ依頼。村を守ってくれと頼まれたから、敵の死肉食べ放題の条件で受けたの。ただ骨は残しといてやれと言われたけれど」
 「以前はここを襲ったのに?」
 「報酬と気分次第でどんな依頼でも受けるわ」
 「呆れた、でもある意味、いちばん元ネタの傭兵たちに近いわね」
 
 霊夢が意味不明のことを口にしたが、考えないことにした。
 
 「ああ、これ作ったの、みんなに渡しとく」

 ルーミアが名刺を取り出してリトル達に渡した。表面にはこう書かれていた。

*************************************

    食べて欲しい人類がいたら

    血         血      
        元 気
         な
        食人鬼
    血         皿
             
       ルーミア

*************************************

 「……まっ、なんにしてもしばらく休め」
 「えへへ、そうします」

 リトルは微笑むと、気を失いそうな自分を励ましながら立つ。多くの人や妖怪が死んだ。でも幻想郷は変わりつつある、
ルーミアもなんだかんだで闇雲に人を襲わないようだ。
 以前彼女の方がこの村を襲撃したときも、邪魔が入ったからとはいえ結果的に人は殺さなかった。
 遠回りになってしまったが、これで連合と結社が対立を乗り越えていければ、後は心配ないだろう。
 小悪魔の私がこう言うのは変だけど、これで悲劇が収まりますように、と天に祈るリトルだった。

 *   *   *

 エムロード坂下は、刺された腹の傷をかばいながら、愛作村への道を引き返していた。
 妖怪の赤子を生きていた親に渡そうとしたとき、自分が結社の戦闘服を着ていた事が災いした。それでこうなった。
 思えば、貧しくかわりばえのない生活に嫌気がさして結社に入団したのだ、我々の生活が苦しいのは妖怪たちが我が物顔で歩いているからだ、そして我々は妖怪と戦うために選ばれた勇者であると教えられた。しかし人間が妖怪に支配されているといわれた連合の村々は自分達より豊かで、妖怪の親も我が子を愛する気持ちは変わらなかった。勘違いとはいえ、自分も立場が正反対なら同じ事をしただろう。

 「あの小悪魔の……、言うとおりだったな」

 九朗義明が健在だったころ、仲間とともに妖怪を調査し、襲われてある山の洋館に逃げ込んだ事があった、そこでリトルと名乗るあの小悪魔の少女に助けられた、その時彼女は言った、必要以上の妖怪排斥などやめろ、さもないと人間自身を苛むことになると、その後も彼女によって助けられた結社のメンバーが何人かいる、ついさっきもだ。彼女はこうして良い妖怪もいるのだという事を俺達に教えたかったのだろうか、だがもう全てが遅すぎた。結局自分にもたらされたものは、多くの仲間の犠牲と、自由の利かぬこの体だったというわけだ。
 痛みをこらえて歩くエムロードの前に、日傘を差した女性が現れた。

 「八雲紫……」
 「私が憎いでしょうね、私のせいでこうなったのだから」
 「いや、全ては俺の選択だ……、この結果も、俺が主体的な意思で選んだ結果だ、あんたに操られてじゃない」
 「私、そんな人間が大好き。どう、もしまだ戦う気があるのなら、その傷を元通りに戻し、助けてあげてもいいのだけれど」

 紫は妖しく微笑んだ、だがエムロードはそれを断わる。

 「もう戦いは嫌だ、それが結論だ」
 「そう、じゃあ今までご苦労様、ゆっくりお休みなさい」
 
 紫が人差し指をくるりと回す、その途端彼の体から痛みが消え、そして眠くなった、もう来世まで目覚めることはない。

 「これで満足かしら、小悪魔さん、人間と妖怪は争うことで秩序を保ってきた。
 なのに人と妖怪が馴れ合う事で、やがて人妖は融合して均質化してしまうでしょう」

 それは淀んだ水溜りと同じである。やがて幻想郷は行き詰まり、緩慢に滅ぶしかなくなってしまう。
藍と橙も優しくなりすぎた。人間と妖怪の融合、それが望みだというのならば、別の世界から新たな流れを呼ぼう。
それが紫の考えだった。2人の小悪魔を新たに召還し、式神の契約を結んだのもそのためだった。

 「ぼいる、れみる、あなた達にはもう一仕事してもらうわよ」
 「僕たちにお任せください、紫様」
 「承知しました、紫様」
 
 この戦闘の後、生き残った結社構成員達は連合と交渉し、全てを死んだ九朗義明とエムロード坂下の責任とし、それ以上の追求を行わないのと引き換えに、武装解除と、村の運営に連合の者を顧問に迎える事を認め、事実上の降伏となる。

 こうして連合と結社の一連の抗争は終結した。まだ多くの癒えない傷を抱えているとしても。

  *   *   *

一連の紛争の後、旧結社寄りの村々はこぞって連合へ加盟し、幻想郷における人間同士の争いはほぼ消滅した。妖怪たちが魔法の力や知恵を結社側の人々へも開放し、生活を向上させ、徐々にではあるが、妖怪に対する嫌悪感も減っていった。
 慧音の働きかけもあり、叢雲玲治は自分自身と部下達の復讐心をよく抑え、結社側の村との和解に尽力した。報復は容易い、だが必ず相手側の生き残りがさらなる憎しみを抱く。どこかでこの連環を断ち切らなければならないだろう。


 「今回の争いは、多くの人、妖怪に深い傷を与えました。しかし同時に、我々が忘れていたことを思い出させた側面もある、そう認めねばならないと私は考えます。結社側の村は、我々の繋がりから取り残され、貧しさに喘いでいたにも関わらず、我々はすぐ側の隣人の苦しみに想いが至りませんでした。それが結社という怪物を生み出すきっかけになったのではないか、私にはそう思えてなりません。人間と妖怪の皆さん、私は皆さんに大それた大儀のために身を捧げろなどとは申しません。そうした事を強要する為政者が何をしてきたか、妖怪の友人に教わった外界の歴史を見ても明らかであります。ただほんの少しだけでも他者、他の価値観、生き方に関心を持って欲しい。誰か泣いている者がいたら、そこにハンカチを差し出せる勇気を奮い起こして欲しい。その小さな一歩が平和を作るのだと確信しています……」
 (犠牲者追悼集会での叢雲玲治の演説 文々。新聞より転載)
 

 「玲治殿、まあそう気張らなくても良いぞ」 追悼演説を終えた玲治に慧音が言う。
 「慧音先生、昔の通り玲治でいいよ」
 「お前は生真面目すぎるきらいがあるからな、こういうときばかりはのんびり屋の巫女を見習うべきかも知れないぞ」
 「もし僕が暴走したら、慧音先生が止めて欲しい、敵がいなくなって慢心する、典型的な指導者の没落パターンだからね」
 「了解した、でもそこまで気付いているなら心配は要らないと思うぞ」

 これから先、当然失敗もある、人間の性による限界もあるだろう、でもその時は不思議な隣人達がいる、あがき続けてみよう、沙霧や、他の人妖たちのためにも……。
 壊れた建物を再建する音が、幻想の空にこだました。

 もう少し続きます。

 ストーリーは初代AC3部作とAC2、それと他シリーズの断片的な小ネタから成り立っています。
とらねこ
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コメント



0.390簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
いつもよりACらしさが出てました。エクステンションとかOB、熱暴走とかAC2以降の内容も出てましたね。そしてカワサワ登場。今回の小悪魔はEN効率悪そうです。あとACの象徴パ-ツグレネードキャノンは出ないんですか?まああれ構えなければ撃てないから強化されていなければ使いづらいですが。AC2でお世話になった大型ロケットのほうが良いかな。

本編はあとイレギュラーハンターとの戦闘。そしてレイブンズネスト。更新楽しみにしています。頑張って。
3.80名前が無い程度の能力削除
前より戦闘シ-ンがよくなってる気がします。あとこれストーリーはAC1とAC2が混ざった感じなんですか?
5.90ちょこ削除
うん、戦闘が見やすくなってます。
しかし小悪魔EN効率劣悪ですね;というより重量的にもかなり「重い」のでは?w

うちは軽量型、マシンガンで攻めるタイプなので……
この装備で勝ちぬけるのはAC3SLだけって言うトンデモ装備ですが;;
8.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです。子悪魔のイメージは重量ニ脚ですね。あるいはLEGかCOREが重い中量級なのか。肩パーツがないのは積載量の問題からでしょうか?ENのために重いジェネレイターを積んでるんじゃないかと想像しています。

子悪魔の干渉が幻想郷にどんな影響を与えるのか気になります。
12.100七人目の名無し削除
ACっぽさが出てて、読んでて、またプレイしたくなりました。
ところで、伝説の魔道具職人唐澤って、ひょっとして霖之助のことだったりしてとか思いました。
原作見る限りでは、元から森近霖之助という名前ではなかったみたいですし。