竹林の奥深くに佇む永遠亭。
その日の永遠亭の朝は、姫さまのこんな一言から始まった。
「イナバ、今週はどんな一週間か知ってるかしら?」
「え、えっと……」
今週って……、確か……
「ゴールデンウィーク、ですか?」
「そう、ゴールデンウィーク。つまり、私の為の一週間よ!」
誇らしく言い放った姫さまを見て、私は呆気に取られる。
そんな姫さまをニコニコと見守る師匠。
永遠亭というか、姫さまの周囲にはいつの間にか宝物や財宝、物品が存在している。
そのお陰か、姫さまが地上に落とされた時も何不自由なかったそうだ。
月都万象展を開けたのも、この恩恵が大きかったりする。
つまり、姫さまのこの発言は――
「そ、それは……、蔵にお金や宝物が勝手に沸く事が理由ですか?」
そう伺うと、姫さまは頬を膨らませ、むっとした表情で私を見る。
「イナバ、あなたはゴールデンウィークを黄金週間と思ってるでしょ?」
「え、違うんですか?」
本来の由来も黄金週間からだったと思うんだけどなぁ……
「いい? ゴールデンとは黄金という意味ではなく、その輝きを意味するの」
「か、輝き、ですか……」
「そう、ゴールデウィークとは輝きの七日間ッ」
ぐっと拳を握る姫さま。
どうすれば良いかと師匠に視線を向けてみる。
すると師匠は満面の笑みでニコニコと微笑んでらっしゃる
「さらに私の名前には『輝』の一字があるわ」
姫さまの声にビクリと身を震わせ、私は視線を戻す。
「これこそ、ゴールデンウィークは、私の為の一週間って事の証明よ。判ったかしら?」
「は、はぁ……」
でも、姫さまの為の一週間って、一体……?
§ § §
そして、『姫さまの為の一週間』が開始される。
「永琳、ごはんにしましょ」
「はい、暫くお待ち下さいね」
とは言っても、別段特別な朝食が用意される訳では無いらしい。
出てきた朝食は普段通りの物。
焼き魚に厚焼き玉子、白いご飯にお漬物やお味噌汁など。
その他諸々、私や師匠と同じ純和風な朝食だった。
「……?」
その時は首をかしげた私だったけれど、普段との違いはすぐさま判明した。
お味噌汁を味見した後、姫さまは箸を置いてしまう。
「永琳、私お魚が食べたいな~」
「はい」
師匠が丁寧に身を解し、骨をとると、姫さまの口元に運んで食べさせたのだ。
「はふ、もぐもぐ……、うん、永琳の料理はやっぱり美味しいわね」
「ありがとうございます。 今度は何にします?」
え……っと、えぇッ?
「し、師匠……、なに、してるんですか?」
「朝ごはん。見て判るでしょ?」
「イナバはおかしな質問をするのね」
「いや、そういう訳では……」
私の質問を一蹴した師匠は、その後も姫さまにご飯を食べさせている。
「むぅ……?」
もしかして……
『姫さまの為の一週間』ってつまり、姫さまは何にもしない週間。
全てを他人にやらせる週間って事かしら……。
でも、それって……
「んぐんぐ、永琳、今度はね……」
「ふふ……、こちらですか?」
私が一人疑問に思う中、師匠と姫さまは楽しそうに朝食を続けていた。
§ § §
朝食が終わると、私は日課である薬売りの薬を受け取りに、師匠の部屋に向かった。
「師匠、今日の分受け取りに来ました」
「用意できてるわ。それと、今日はお使いもお願いね」
と薬箱とメモを渡される。
「お使いですか……」
メモを見てみると、食材の他に、お菓子や珈琲などの嗜好品も含まれていた。
それも大量に。
「ってこんなにですか!?」
「えぇ、なるべく急いで帰ってきてね、ゴールデンウィークなんだから」
確かに、『ゴールデンウィーク』で人手が足りないんだろうけど……
「あの、師匠……」
私は思い切って疑問をぶつけてみる事にする。
「うん、何かしら?」
「その、いつも以上に姫さまを甘やかす事が、ゴールデンウィークなんですか?」
そう、姫さまの為といっても、それは『いつも』と同じなのだ。
普段から、姫さまは師匠に甘えている節があるし、師匠も甘やかしている節がある。
でも、甘やかすのが悪いって意味じゃない。
そんなの別に宣言する必要なんてないって事。
だって姫さまはここ、永遠亭の主人なのだから、我侭を押し通しても問題は無いのだから。
「んー、姫の本質が『とことん甘え倒す』なら、私の本質は『どこまでも甘えさせる』事かしら」
「……ほ、本質?」
師匠は偶に良く解らない事を言い始める。
私も弟子なのだから師匠の言いたい事を理解する努力をしなきゃいけないんだけど……
『月の頭脳』を兎の頭なんかで理解できる筈も無く。
それを察してくれたのか、師匠は説明をしてくれる。
「鈴仙、輝きとは美しいもの。それは判るかしら?」
「はい」
「その美しいものは大別して二つあるわ」
二つ……?
「ひとつは稀少な輝きの美しさ。
他とは違うモノ、二つと無いモノは特別であるが故に、輝きを放つわ。
それは稀少という輝き、一瞬の美しさなの。
一瞬の輝きであるが故にソレは美しく感じるの」
……確かに、野原に咲き乱れる花よりも、山頂に咲く一厘の花の方が美しく感じられる……。
「もう一つは、特別とは逆の、普遍的な美しさ。
同じ存在でも、洗練されたものはより美しいでしょ?
それはね、同じ方向性でもより純粋で、特化している為に、輝きも際立つのよ。
それが、純化した輝きの美しさ」
あぁ、こちらは良く判る。
磨かれた食器が美しいと感じる事と同じね。
つまり、最初に言ってた本質の話を含めれば、
それを純化させる一週間って事で、『ゴールデンウィーク』って事に……
「それはつまり、姫さまには特別な一瞬よりも、純化した日常が相応しいという事ですか?」
そうじゃなきゃ、いつも以上の甘やかしなんて宣言しない筈だし……
「さあ、それはどうかしらね……」
私の問いにそう答えた師匠は、イジワルそうに微笑んだ。
§ § §
『ゴールデンウィーク』が始まって最終日。
どうやら私の本質は、『命じられ、使われて苦労する』事なんじゃないかなぁと思う。
なにせ『ゴールデンウィーク』の間、師匠が姫さまにつきっきりになっている為に、
師匠の指示で私が普段以上に動かなければならないから。
初日の買出しから今日まで寝る時以外は働き詰めだった。
それにしても……
食事はまだしも、お風呂や就寝まで一緒なのは、師匠の本質?それとも姫さま?
まぁ、どちらでもいいか。
明日になればこの忙しさから解放される。
散々だった一週間も、今夜で終わるのだ。
「えっと、鎮痛剤と……、消毒、解熱剤は……」
夕食が終わって翌日販売する分の薬を準備していると、部屋の戸がカリカリと鳴らされる。
「はいはい、ちょっとまっててー」
音の正体は兎の使いだ。
人語を離せず、人化もできない兎でも、永遠亭では立派な従者だ。
誰が何処で呼んでいる、という簡単な事から、お茶の準備まで結構万能だったりする。
「え、姫さまが呼んでるの? うん、ありがと」
流石に疲れていたけれど、姫さまの用事だ。
それに今夜で最後なのだから、と疲れた体に鞭打って私は姫さまの部屋に向かう。
「姫さま、鈴仙です……」
「静に入ってきなさい」
姫さまの指示に首を傾げつつ、言われたとおり、極力音を発てずに部屋に入る。
「へ……、んぐ……?」
そこで目にした光景に私は思わず声をあげて、慌てて口を塞ぐ。
私の目に写る光景。
そこには、姫の膝枕でうとうとと眠る師匠の姿。
どうやら私の声で起きてしまったのか、師匠がうっすらと目を開ける。
「ん……、あら……、鈴仙じゃない……」
「もう、静にって言ったでしょ?」
「す、すみません……、でも、なんで……?」
目を丸くして驚く私に、膝枕されたままの師匠が答えてくれる。
「ふふ……、普遍的な輝きがあるからこそ、稀少な一瞬が輝くのよ」
あぁ、そうか……、 二つの輝きのどちらか、という意味では無かったんだ……。
私はやっと、理解できた。
「さ、イナバもいらっしゃい」
ぽむぽむと姫さまが空いている膝を叩く。
「は、はい……」
私は姫の隣に座ると、ゆっくりと体を倒してやわらかな膝に頭を預け、目を閉じる。
姫さまの手が、私の髪を優しく撫でる。
「イナバもお疲れ様……」
「ぁ……、は、い……」
安堵と共に、私の中に溜まった疲れが一瞬で消え去った気がした。
「ふふ……、後でてゐも呼ばなきゃね」
『ゴールデンウィーク』は、姫さまの輝き――カリスマ――を、再確認する日。
てゐならきっといつも以上に嘘をついて回ってるんだろうなあ。
一箇所脱字かもしれません。
純化した輝きの話のところで、」が抜けている思います。