※注意1 同作品集の 『狂気』を持つ者たち ACT4 『策士』を先にお読みください。
※注意2 相当長いので、よろしくです。
既にかなりの時間が過ぎていたが、戦局は未だに美鈴に傾いていた。
何しろ、開始十秒でまず咲夜がつぶされたのだ。何故だかは分からないが、
一番最初に美鈴に向かってきた藍を差し置いて、彼女は咲夜に狙いを絞ってきた。
想定外の行動に咲夜も他の者たちも対応できず、咲夜は強烈なボディブローを受け一発で気絶した。
「チィッ……」
そして今は藍が美鈴と戦っている。接近戦では妖夢も共に戦ってはいるのだが
殆どが援護という形だ。それでも美鈴はまともにやりあっていた。
何時間という間、この状態で戦局は動いていた。2人とも相当な量の汗をかいている。
美鈴の表情は厳しい。美鈴が徐々に押されるようになってきたからだ。
何しろ永遠亭での戦闘の後、輝夜という予想外の人物の出現にあわせて、妹紅との連戦。
更に今、危惧すべき人物たちとの戦闘と続いているのだ。体力的に限界が来てもおかしくは無い。
既に体中がボロボロで、息もかなり乱れてしまっている。間違いなく原因は輝夜のせいだった。
彼女の出現により、予想外の体力の消費をしてしまったのだ。だが、だからといってもう彼女は後には引けなかった。
既に『覚悟』を決めているのだ、いまさらそれを捨て、逃げ出すことはならない。
「フン!」
タイムリミットが迫っているからか、『白昼の吸血鬼』としての能力が出始めているせいか、
今までの技術の戦闘から、どちらかというと力押しの攻撃が目立つようになってきていた。
藍は限りなく近接戦闘に関しては美鈴に近い実力を有している。更には美鈴の癖もわかっていた。
普段は妖夢と戦い、勝利してきた彼女だが、美鈴にだけは何時も負けてきた。
だから藍は研究した、徹底的に美鈴を研究していた。頭の中で何度も仮想の戦いを繰り広げていた。
藍はこう考えていた。『彼女に勝てなければ決して紫様をお守りすることは出来ない』と。
紫を守るという最大の任を背負っている彼女としては美鈴は何としても超えなければならない存在。
美鈴という明確な目標を持っている今の藍は強い。反対に美鈴は自らの上に立つ人物がいない。
最強というのは存外にもろい存在だ。その先には誰もいない、いや、いるのかもしれないがそれが見えない。
見えないそれをどうやって手に入れることが出来ようか……。美鈴は『武人』の最高境地を越し、
悟りを開いた時点で既に明確な目標を失っていた。自分が超えなければならない目上の目標が見えていない。
ただ自分の思うままに強くなるしかなかった。あえてその目標を上げるとするならば『高み』になるのだが、
それも漠然としたものに過ぎない。目標を持つ人物と目標を喪失している人物、どちらが強くなれるかは明白だろう。
それに美鈴は今、目の前の藍の事よりも、その後に目が行っているため集中力が低下している。
その姿勢の差が、今の2人の状況だった。
ましてや美鈴は藍と妖夢だけでなく、後ろにいる霊夢にも細心の注意を払わなければならない。
彼女の放つ弾幕と、彼女が張る結界は恐ろしい。特に後者の結界をモロに受ければ致命的だった。
勿論その結界を受けたとしても、破れる自信はある。が、僅かなりとも時間がかかるのだ。
その時間こそがこういう戦闘の場合に致命傷となるのだ。だから破れるとしても当たるわけには行かなかった。
「ッ!」
現状ではこの藍だけでも倒さなければならない。でなければ戦局は変わらない。
忘れている者もいるかもしれないが、先ほど倒した輝夜も、妹紅も戦闘不能というわけではなく、
一時的に倒したに過ぎないのだ。感覚が回復すれば直にでも戦闘に参加してくるだろう。
更には、今後魔理沙にレミリア、といった面々が戦闘に入ってくるのは間違いなかった。
既に彼女の目的は、紅魔館に向かうことから、とにかく早くこの者たちを排除することになっていた。
(少なくとも、お嬢様方が来るよりも、妹紅さんたちが復活するよりも、彼女が目覚めたほうが厄介)
戟を器用に手首だけで回しながら襲ってきた藍の攻撃をいなし、一度距離をとる。
(まぁ…予想外は付き物だったから、私が苦戦している場合の策は考えてあったけど……)
そう、少なくとも彼女の絶対に達すべきことはフランドールに接触すること。
そこを最前提として今回の脱走は策を立てていた。咲夜たちと戦闘になり、苦戦するというのも予想はしていた。
但し、今回のような輝夜という予想外のキャラの登場を見越しての策ではなく、
単純に彼女たちが善戦し、苦戦するということを考えての策。
奇しくも両方とも美鈴に降りかかる結果は、『苦戦する』という物なので
どういう経緯であれ、いわゆる結果オーライといえるべきものだった。
(最優先はこの場からの撤退…そうすれば時間が稼げる)
出来ればその策は余り使いたくなかった。が、もはやどうしようもない。時間と体力が決定的に足りない。
出来る限り自分の手で今回の件は解決したかったが、あきらめる。
今の今までは自分で何とかしようとして戦っていた。が、それも限界だと気付き始めた。
己の力の無さに情けなくなるが、こうなった以上、その策を施行するしかない。
この策はこういった状況が起こった場合を踏まえて発動する半ば自動的な策。
自身が何かしらのスイッチを押す事で発生するもので、霊夢たちが気付くはずがない。
そしてその策は、既に実行されている事を彼女は『気配』を探知した事で読み取った。
「ふう……」
最早紅魔館に向かう必要性はなくなった。後は出来る限り、彼女たちから離れる事のみ。
気分を落ち着けなければ勝てる勝負も勝てなくなる。藍は強い、冷静にならなければ苦戦は必須。
そんな初歩的なことまで忘れていた自分にひどく憤慨するが、反省は後だ。
下がってしまった集中力を高めなおすと戟で今までとは違った構え方を作る。
今までが両手で戟を持ち構えていたとするならば、今回は片手だった。
右手で戟を持ち、刃のついていない金属製の棍の部分を肩に乗せ、左手はまっすぐ藍に向けて伸ばし、
指は人差し指と中指のみを立てるという物。
(まずは藍さんから落とす!)
ドン! と『気』を放ち空を蹴ると、一瞬姿が消える。瞬間のスピードではレミリアには劣るものの、
彼女もかなりの物を持っていた。妖夢は思わず見失ってしまう。
だがそんな美鈴を超えることを目指し鍛錬してきた藍もこれは見えていた。
とんでもない速さで自身の前に現れた美鈴の戟を剣で受け止める。
とはいえ相当な衝撃が襲ったため、剣を通して手がしびれる。筋肉も少し千切れた。
ほぼゼロ距離ともいえる近さでの壮絶な打ち合い。藍はともかくとして美鈴の得物は
中距離戦闘用の戟だ。それを苦も無く、更には拳と脚を入れて上手く戦っている。
さらにこの距離での戦闘になったことで、後方からの弾幕支援が無くなった。
このまま弾幕を放っていたら藍も巻き込むことになる。それを危惧してのことだった。
先ほどの妹紅とは違い、藍は不老不死ではない。そこを見越しての甘さだった。
妖夢が加勢しようにも、二人の間で繰り広げられている死闘に自身が入れる隙間が見当たらないのか
その場に立ち尽くしていた。
「あい…かわらず、おそろ……しいな、それは!!」
「そう…ですか!? あなた……こそ、強く…なり…ましたよ!!」
そんな中でも2人は何処か楽しそうに会話をしている。
「だが…そろそろ…終わりに……させてもらう!!」
言うなり美鈴の空を断つほどの速さで放たれた突きをいなすと、返し手をさせずに、
引き戻そうとした美鈴の手を掴む。美鈴がそれを振りほどこうとする前に剣を心臓に突き刺した。
美鈴の口から鮮血がこぼれる。だが彼女は倒れることなく、剣を掴む。
「確かに……心臓に突き刺せば、いくら私と言えども動きが鈍ります。ですが!」
戟から手を離し、いつの間にか取り出したスペルカードを掴むと藍のムネに押し付け発動。
「極光『華厳明星』」
ドゴン! という音と共に藍の体が、先ほどの鈴仙と同じように浮き上がる。
しかも今度はそれに追い討ちをかけるように降華蹴という名の踵落としが決まり
藍は妹紅たちがいる地面近くに叩き落された。
だが美鈴もさらに吐血する。心臓に刺さった体勢で踵落としを決めたこともさることながら、
剣には様々な符が張られており、それらが発動したからだ。その符は美鈴の体内、内臓を激しく傷つけるものだった。
「もともと捨て身の行動というわけですか……」
なんと藍は現状で一番美鈴に立ち向かえる存在だというのに、噛ませ犬の役割を果たした。
何のためかは分からない、妖夢たちのことを信用してのことだろうか?
結果的に言えば、その役割は十分果たしたといえる。藍は現在かなりの重症の傷を負っているが、
それも持ち前の力を使えば直に治るだろう。が、それでもかなりの傷だ。
美鈴がスペルカードを使うことを見越してこの行動を行ったというのであれば相当なものだ。
リスクは非常に高かった。が、その分得られた効果もまた高い。さらに……。
「それにまさか……眼をやられるなんて」
藍が意識してか、無意識かは分からないが、吹き飛ばされた際に爪で美鈴の両目を引っかいたのだ。
おそらく前者だろう、ピンポイント過ぎた。眼球を裂かれたため、彼女の眼は現在ふさがれている。
例え治したとしても、かなりの量の血が覆っているため、暫く彼女は眼に頼ることが出来なくなった。
美鈴にとって見れば、藍はむしろ心臓に突き刺した剣よりも、こちらを狙ってやったような気がしてきた。
確かに眼をやられてしまえば、自身の戦闘能力はかなり低下する。
いくら気配を探知し、それを利用して戦っているとはいえ、眼にはどうしても頼ってしまう。
身を呈した攻撃にしては十分過ぎる戦果と言えよう。これならば妖夢も十分に戦える。
「でもたかが眼を潰したからといって……」
剣を抜くと放り、すぐさま心臓を修復。そしてまだ血の付いていないスカートの一部を破り、それで眼を覆う。
見えないのであれば、下手に頼ろうとはせずに、逆に治っても完全に見えなければ良い考えのもとの行動である。
「次は妖夢さんですね……」
『気』を使って探知したのだろう、正確に妖夢を向く。妖夢は2つの刀を構えた。
後ろの霊夢も再び射撃体勢に入る。一陣の風が吹き、3人はほぼ同時に動いた。
◆ ◆
紅魔館の地下のとある一室。突如表れた紫からワクチンの生成物質を聞いたフランドールは放心していた。
小悪魔は『あちゃあ』と焦った表情を見せている。何しろ彼女は頑張って紫が言おうとしたのを止めたのだが、
そこはそれ、幻想郷最強の妖怪に恐るべき力を持った吸血鬼の2人が相手、小悪魔が敵うはずが無く、
あっさりと事実を言われてしまった。
「…………」
驚愕と戸惑い…そんな表情が浮かんでいる。無理も無かった。
ワクチンの材料に使われているもの。その原料となるものはなんと……。
フランドールの血だったのだ。
何でも彼女の血には『ありとあらゆるものを破壊する能力』がふんだんに刷り込まれているのだという。
古来から、ありとあらゆる力はその血に宿るというが、正にそれを利用してのことだった。
ただそのままの血では正真正銘美鈴を破壊しかねないので、
彼女を蝕んでいる『狂気』に限定して破壊活動を起こすように上手く調製して出来たワクチンなのだ。
フランドールに効かない理由とは、本人に本人の血を注入しても意味がない事。
彼女自身には既にその能力の耐性がついてしまっているからだ。
「レミリアからは『誰かを守っていなかった』って言われたんでしょうけど…実際はね、守ってたのよ。
ただし、無意識にね。その点で言ってしまえば、あなたは確かに『誰も守っていない』」
自分から進んで守っていたのではなく、誰かが仕組み、無意識の内に自身が関与して守っていた。
しかも自身が最も憎んでいた人物をである。
「守っていた人物を…私は殺そうとしていた?」
「そういうことになるわね。ああ、でも別に気にする必要は無いと思うわよ?
あなたには彼女を殺す権利があるし、非は美鈴にあるんだし。ああ…そうだ。
ちょっとした舞台裏を教えてあげましょうか?」
「舞台裏?」
「そうよ。ワクチンが開発される前まで、彼女がどうしていたか」
そういうと紫は昔を思い出すかのように語りだした。美鈴が吸血鬼になり、
暫くの間は今のような『渇き』は起こらなかった。アレが起こるようになったのは、封印が解かれてからだという。
封印されていたときに陽と陰の領域がおかしくなったからだ。それまでは『気』が圧倒的に勝っていたらしいのだが、
封印が解けたときにはすでにその差はかなり縮まってしまったのだという。
「何でだか分かる?」
「え?」
「美鈴、かなりの間封印されていたんだけど、それでも意識だけは1000年ほど生きていたのよ」
これにはフランドールだけでなく小悪魔も驚く。
紫が言うに、もともとその封印は邪な力を封印するものであって、美鈴の扱う『気』は元来陽の力なのだ。
だからその封印に激しく反発した結果、肉体は封印されているのだが、意識を保っていたのだ。
暗く、何も無い孤独な場所…美鈴はそこで1000年間体を動かすことも出来ず生きてきた。
眠ろうとしても、『気』が反発したため眠ることも出来ない。この時彼女は初めて自身の能力を呪った。
どうしようもなく孤独な世界で精神と『気』を消耗し続け、ようやく眠りに付いたのだという。
つまり封印が解けた後の彼女の体には今までの『気』のストックが無いため非常に不安定なものに
なってしまったのだ。それでも初期の頃は大分『渇き』に間があったらしく、初めて『渇き』が起こったのは
紫と知り合ってからだという。そのときは紫が『正常』と『狂気』の境目を弄った為何とかなった。
だがそれは根本的な解決にはならなかった。そのためランドを含め、
3人が考えた末に目をつけたのがフランドールの血だった。先ほども言ったように
血にはその者の能力が凝縮されている。フランドールの血に宿る『ありとあらゆるものを破壊する能力』。
それを使えば美鈴の『狂気』を破壊することが可能だ。最初は一時的なものにしかならないだろうが、
次第にその力を身につけ、何時かは自分で『狂気』を破壊することが出来るようになる、という見込みだった。
だが、美鈴はそれを断った。フランドールに対する今までの行為を考えてのことだった。
いくら『覚悟』して行動したとはいえ、『罪』は大きい。これ以上自分勝手に行動しては不味いと判断したからだ。
が、これに紫とランドは猛反発。結局2人の猛烈な説得により渋々了解した美鈴は治療を受けているのである。
無論、このワクチンは永久に受けるというわけではない。
美鈴の体内でワクチンが『狂気』を一時的に破壊することで、フランドールの能力の一部を手に入れ
『狂気』に対して『耐性』を持つことが出来れば、美鈴もコントロールが可能になる。
ワクチンを打ち続けるのは、その『耐性』が出来るまで……『耐性』が出来ればワクチンは必要なくなる。
「あなたがどう思うか知らないけど、知っておいて損は無いわね。『宿敵こそ最も自身を知る存在だ』…いい言葉ね」
美鈴に対しての罪悪感も生じたが、それよりも、頭の中がすっきりとした気分になった。
それを感じ取ったのか、フフフ、と嬉しそうに紫は笑う。フランドールはそれを無視して聞いた。
「本来なら他にも色々聞くことがあるんだけど、多くは聞かないわ。
そのタイムリミットまで時間がない。直に美鈴を追わなきゃ。でも、一つだけ問題があるの」
「そうね、外は狂気の満月が浮かぶ空…外に出たら『狂気』が一気にあなたを襲うでしょうね」
「ええ、どうにか手は無いかしら」
「あるにはあるわ、ただ『覚悟』がいる」
「『覚悟』なら…たぶん、もう出来てる」
「そう……たぶん……ねぇ」
小悪魔をおいてトントン拍子で話が進められていく。慌てて小悪魔が制止に入った。
「ちょ、ちょっと待ってください! どうしてフランドール様が行くことになってるんですか!?」
「あら、そんなの当たり前じゃない。この子の成長を願うからやらせるのよ」
「美鈴さんはフランドール様の命を狙っているんですよ!? そんなところに向わせるわけには行きません!
お嬢様もお怒りになります!」
まぁそれは最もだろう。なにを好き好んで、自分が仕えている館の妹君を死地に差し向ける必要があるのか。
第一小悪魔の役目にはフランドールの監視も含まれているのだ。
「あら、あなたに出来るの?」
そう、如何に小悪魔がいきがった所で紫にかなうはずが無い。小悪魔は脂汗を流す。
「それに、あなた……この子の成長、願いたくないの?」
あう、と今度こそ小悪魔は詰まる。フランドールの暴走が今後止まるのであれば願ってもない事だ。
今後も出続ける被害を予想すると、確かにここで行かせたほうが、ためにはなる。
「お願い小悪魔……」
そして更に上目遣い、ウルウル瞳でのフランドールの攻撃がクリティカルヒット。ガクッ、と小悪魔はうなだれ
「……分かりました…でも後のフォローお願いしますよ……」
と了承したのだった。
「大丈夫、私が『罰』を受けるから……ねぇ小悪魔、お姉様たちは?」
「お嬢様と魔理沙さんは永遠亭に向かわれました。ワクチンは私が持ってます」
それはもし2人の内のどちらかがワクチンを持っていて美鈴と戦闘をしていたら、
それを誤って割ってしまう可能性もあったため、12時ギリギリに小悪魔が届けに行くことになっていた。
「パチュリー様は、昨日の妹様の襲撃が効いておりまして、運の悪いことに発作も起きましたから、
自室で寝込んでいます」
「あ……ごめんなさい」
「謝るなら本人にお願いします」
プイ、とそっぽを向いた小悪魔に2人は苦笑する。
「では行きましょうか……でもまずはその前に、あなたの『狂気』を片付けないと。『狂気』の居場所は分かったの?」
「ええ。精神世界の何処にいるのかもう分かってるわ」
「そう……なら」
そう言うと紫は空にスキマを作りだす。
「『肉体』と『精神』の境界。本来ならあなたが自力で行った方が良いのだけれど、時間も無いし道は私が作ってあげるわ」
「……ありがとう」
「礼は全て終わってからにしなさい」
コクリとフランドールは頷くと、そのスキマに足を入れる。その際、後ろから小悪魔が呼び止める。
「願いというものは強く願えば必ず叶うものです。それを忘れずに」
「……ええ、分かったわ」
激励ともいえる言葉にフランドールは元気に頷くと、そのスキマの中に入っていった。
「小悪魔、それ、私に渡しなさい」
「え?」
紫はそういうなり小悪魔からワクチンをひったくった。
「不測の事態というものがあるしね……私のスキマの中に入れておくわ」
「……分かりました、必ず届けてください」
「分かってるわよ。私としても、友人を失いたくはないわ」
ヒラヒラと手を振ると、紫もスキマの中に入っていき……この地下室に小悪魔だけが取り残された。
さて、フランドールが気付いたとき、彼女は一人暗闇の中に立っていた。
どうやらここが『肉体』と『精神』の境界らしい。現実味のある夢だった。
一筋の生暖かい風が起こる。気持ち悪くて、いらいらした。
『へぇ……まさか本当に見つけるなんて、不覚不覚ぅ』
突然少女の声で後ろから答えが返ってくる。驚いて振り向くとそこにはなんと、自分が立っていた。
『こんにちは、ああ…あなたにとっては初めましてになるのかな?』
フランドールは何者か分かっているのか、直に身構えた。これが彼女の『狂気』を具現化した姿だ。
分かりにくくなるので、このフランドールを『フラン』とする。
「…………」
『キャハハ、そんなに身構えなくても良いのにぃ♪』
ケラケラケラと無邪気に笑う。だがそれも、放っている『殺気』のせいで非常に恐ろしい。
『とりあえず聞こっか? どうして私の場所が分かったの?』
馬鹿にしたような言い方に殺意を覚えるが、とりあえず答える事にした。
「『自覚』をした時点で、少なくとも私の正常な精神の外にあるのは分かっていたわ。
内にあったら自覚するのは不可能だから。それに毎回私が暴走する際、外から侵食されるって感覚があったの。
つまり少なくとも魂の近くにはない。あるのはその外郭」
魂の中にあるという事はすなわち、元々『狂気』が身に備わっていたことを意味する。
フランドールはそういうわけではない、能力で破壊され、その後『狂気』が纏ったのだ。
「長い事それに気付けなかったのは、その破壊が、私の魂近くまで亀裂を生んでいたから。
あなたはそこに付け入り、私の身体を乗っ取っていた。でも魔理沙の登場により、
私は自分の自我でその亀裂を大分修復する事が出来た。だから私はある程度の自我を取り戻す事が出来た」
元々魂を包む内郭はかなり強固なものだ。それを再構築すれば幾ら『狂気』といえどもおいそれと手は出せない。
「美鈴は自分の能力で自分の『狂気』を操っていた。彼女の狂気は魂の外、精神の中という境界に存在していたの。
それはなぜか? 『狂気』が其処でしか存在できないから。
強固な内郭を破れず、かといって精神の外には出られない『狂気』は其処にとどまるしかないわ。
ならばそれは私にもいえること。だから私はあなたの居場所を知る事が出来た」
とはいえここで問題が発生する。それは、『果たして勝てるのかどうか』ということ。
『狂気』には自我を持ったフランドールは何度も屈しているのだ。勝つ事は非常に難しいといえる。
だというのにここに彼女を導いた要素は『事実』と『覚悟』。
フランドールの能力は、その『狂気』でさえも破壊できる。美鈴に打っているワクチンがそれを証明した。
『狂気』から逃げずとも、自分の力で倒す事が出来るのだ。そしてそれを実行するのに必要なのが『覚悟』。
「私の能力は『狂気』を破壊する事が出来る。美鈴が良い例よ。今度は私が私自身の意思で能力を操り、
あなたを破壊する事にしたわ。必要なのは『事実』から情報を得て、
『自覚』から道を得て、『覚悟』を決めるという事。だから私はここに来る勇気を手に入れた」
杖を取り出し、レーヴァテインを形成する。
「私は己の内に巣食う『狂気』を破壊し、自由になる。今日はそのために来た!」
すると黙って聞いていた『フラン』は壊れたように笑い出す。
『アハハハハ!! いいわあなた!! 同じ精神に巣食うものとして、これ以上面白い事はないわ!!』
手で顔を覆い、狂ったように笑う『フラン』。心底おかしいのだろう、笑いが止む気配は無い。
『私を破壊する!? 500年近く決して勝つ事の出来なかったあなたが、この私を!?
最高よ! 最高に面白いわ! アハハハ、まったく、あなたって存在は何処まで馬鹿なのかしら!?』
その狂った笑いにフランドールの殺意が更に増す。
『あらあら、怖い怖い♪ でも無駄無駄、あなたじゃあ私は倒せない♪
だってそれは今までの歴史が証明してるじゃない』
そう、今までフランドールはずっとこの『狂気』にひれ伏してきた。
自分から倒そうと考えず、ずっと『狂気』から逃げてきた。
そんな存在が何故今頃になって天敵である『狂気』を破壊するとのたまうのだろうか。
自我が表面に現れているとき『フラン』は眠っているため、理解できない。
「あなたは知らないでしょうね、私が起きているとき『狂気』のあなたは眠ってるから。
確かに私は逃げていた。逃げた先に自由があると思っていたから。でもそれは間違いだった。
逃げても、その先に自由なんてありはしないわ。あるのはどん底だけ」
『ふぅん、気付いたの、それだけでもほめるべきね』
「教えてくれたのは美鈴よ、彼女を憎む気持ちに変わりは無いけど、彼女の意思は無駄にはしない」
『あら、意思ですって? そんなもの、私にかかればゴミくず同然よ』
そういうと『フラン』も同じようにレーヴァテインを形成する。
『まぁ、私にとっても好都合よ。何しろフランドールの精神の個人の中心核ともいえる、あなたが来たんですもの。
あなたを破壊すれば、すなわち完全にこの身体を乗っ取る事が出来るわ』
そう、勝てば自由への道が手に入るが、負ければもう二度と、フランドールはフランドールではなくなる。
背水の陣ともいえるべき情景だった。後戻りは出来ない。が、それも既に『覚悟』していた。
「いいえ、消えるのはあなたよ。この身体は元々私の。だから、返してもらうわ」
『アハハ、やってみなよ。今の今まで逃げていた存在が…私に勝てると思わないことね』
こうして、フランドールの精神の中、『正常』と『狂気』、二つの意思がぶつかり合った。
◆ ◆
咲夜の意識が回復したのは気絶してから暫くたった後のこと。
時間的には完全に美鈴の予想外の速さでの復活だった。
それは美鈴からの一撃を受ける際、患部を一時的に時間を止め、攻撃を受けた際の痛みと
その患部が放つ痛みを一度分けた事で、意識を回復するための時間を早めたのだ。
だがその代償に、その痛みが目覚めた後に一気に来てしまい、又意識が切れそうになる。
が、我慢して何とか意識を整える。咲夜がこのタイミングで目覚めたのは完全に美鈴の策外だった。
藍と美鈴が戦っていた間に霊夢が地上に降ろしたため、起きたとき彼女は戦場から大分離れた竹林の中にいた。
「う…ぐ……」
立ち上がろうとするが、激痛が走り、思わず尻餅をつく。骨は折れていないようだが、内臓を傷つけられていた。
それを持ち前の精神力で我慢し、もう一度立ち上がる。
情けない、と心の中で思う。レミリアを、フランドールを守ると公言しておきながら、
瞬殺された自分の力の無さに彼女は憤る。だが同時に疑問が浮かんだ。
何故美鈴はすぐ傍にいた藍よりも先に自身を倒したのか。
そしてそのとき、美鈴の表情には何処か安堵めいたものがあった。『倒せてよかった』と。
つまり彼女は自身に何かしらの恐怖感を背負っているという事。
「私の能力と彼女の能力を比較して……」
何処か弱点か、考える。肉弾戦のポテンシャルでは間違いなく美鈴が上だ。
逆に弾幕戦では咲夜のほうが上……其処まで差異は無い。つまるところ他に理由がある。
「普段の美鈴…美鈴…」
普段の美鈴を思い出しながら考える。何というか、ポケポケの彼女しか思い浮かばない。
真面目なのか、不真面目なのか、何時もシフト中だというのに寝てばっかり。
だというのに周りに『気』を張っているらしく、侵入者にはキチンと反応するらしい。
しかしそうは思えない。魔理沙には何時も負けているし、自分にだって接近を許している。
特に、自身の放ったナイフはその殆どを受けているような状況だ。
「能力…ナイフ…美鈴…………まさか……」
何かに気付いたのか、懐に隠していたホルスターから一本のナイフを取り出す。
「……試してみる価値はあるわね」
ゴクリ、とつばを飲むと遠くのほうで火花を散らす美鈴をにらんだ。
この時の戦闘を見れば以前2人が行った宴会での戦いなど、遊びといえよう。妖夢は完全に押されていた。
「フンッ!」
「クッ!」
原因は二つ、妖夢が2本の刀を同時に操っているという事。そして美鈴の力がとんでもなく強い事。
片手でそれぞれの刀を操っていればどうしても力は弱まる。
それを補うための技術なのだが、美鈴の何分の一しか生きていない妖夢の技術など
美鈴にとっては紙のように薄っぺらなものだった。だからその技術を技術ではなく力押しでへし折る事が可能だった。
更にいってしまえば、先日の決闘が美鈴にとって妖夢の力を知る重要な場と奇しくもなっていた。
あの決闘がなければもう少し彼女も苦労しただろう……。
既に策の中に妖夢もとりいれ、対策を練っていた美鈴にとって彼女は敵ではないと言ってよかった。
対する妖夢は自身の力の無さに愕然としていた。両の手は痺れと痛みで指先の感覚が無い。
考えてみれば美鈴が本気で攻撃を仕掛けたのは最後のスペルカードのときのみ。
自身はそれに負け、詳しくは覚えておらず、それまでの戦いは妖夢を試すようなものだった。
(こんな人と……藍さんは戦っていたのか?)
地上に落ち、どうなっているかは分からない藍のことを思う。
藍も決して美鈴と同等というわけではないが、それでも刺し違えての重症を負わせた。
それで形勢は大分自身らに向いた。何せ美鈴は目をつぶされているのだ。
どう考えても普通に戦ったら自分が勝つと思っていた。
だというのに、眼が見えないというのに美鈴は絶句するほどに見事な戦い方を演じていた。
攻撃を止めるどころか、まるで予測をしているようにはじいているのだ。
無論、ハンデがあるため多少の傷は負っているが、それでも妖夢が一回一回に受ける傷を考えるとかなり小さなもの。
第一、妖夢は今の美鈴が放っている『気』に圧倒されていた。殺気、闘気を含む『気』だ。
尋常じゃないほどの汗が流れていた。息もかなり切れていた。
今まで戦った相手……かつて自身が最も苦戦し、負けた事もある咲夜など眼ではない。
あの時も感じたが、今度こそ、その尋常じゃないものに……初めて『死』に妖夢は恐怖する。
今の美鈴は目的のためならばたとえ知人でも殺してもかまわないという『覚悟』を決めている。
無論彼女は色々と悩んだのだろうが、その『覚悟』を決めさせる原因となったのは間違いなく自分たちだ。
「……残念ですね」
一度距離を離したところで美鈴は言葉を漏らす。
妖夢も、そして後ろでずっと援護をしていた霊夢も息を切らしている。
「なにが……ですか?」
息を整えていると、次第に腕に痛みが浮かびだす。間違いなく筋肉が数本切れている。
「正直な話、あなたは妖忌さんを超える逸材だと私は思っています。いえ……思っていました」
わざわざ過去形に直す。
「はっきり言いましょう、今のあなたには失望しました」
それは前に自身を見てくれた『武人』として礼儀正しいものではなく、ただ単に侮蔑の言葉。
「私は今回の策において様々な対策を練りました。あなたや藍さん、咲夜さんに対しては特に…どうしてか分かります?」
妖夢も霊夢も何も言わない。
「あなたたちの成長性は特に見るものがあったからです。私にとって、脅威ともなるくらいに。
事実、藍さんは今の戦いで私と刺し違えるほどの『覚悟』を見せ、私に重傷を負わせました。
しかしあなたはどうですか? 全ての攻撃に迷いがある」
藍や美鈴と比べ妖夢は幼い。二人に比べればどうしても迷いがあった。
それは現実を受け入れがたいがための迷い、それが『覚悟』を鈍らせていた。
「全く…『武人』でもない咲夜さんよりも劣るとは何事ですか、妖忌さんも泣きますよ。
私はあなたの敵だと公言しているわけですから、キチンと戦わないと。
ああ……なるほど、こういった心の弱さがあるからあなたはあの春の事件、咲夜さんに負けたんですね」
そういうと、突如美鈴の殺気が妖夢に一点集中する。
「作戦変更、2人同時に相手にするのもなんですから、敢えて一人ずつ潰します。まずは妖夢さん…あなたから」
「…………」
先ほど藍と行った激闘よりも速度は落ちるだろうが、それでも今の美鈴には微々たる物。
それを果たして自分が受け止められるか……不安になる。
「ほら……又。どうもあなたはネガティブになりすぎですね。確かに相手の実力が分からない以上、
慎重になるのも分からなくありませんが、妖夢さんは明らかに慎重になりすぎ、『臆病』です」
「私が……『臆病』?」
「はい。『死』に対する『臆病』です。半人半霊だというのに自身の完全な『死』が怖いというのは些か面白いですね。
ですが高みを目指す以上、克服しなければなりません。そうですね……あ、いい事を思いつきました」
ポン、と手を叩くしぐさをする。そして
「一度あなたには死んでもらいましょう。三途の川まで行けば、恐怖も臆病少しは解消するでしょうから」
などととんでもない事をさらりと、しかも満面の笑みを浮かべていった。
だが自身に向けられている殺気がそれを冗談ではないと実証していた。
「ああ、ご安心を。何でもあちら側には小町さんという方がいらっしゃるというじゃないですか?
彼女に手伝ってもらえば直にこちらに帰ってこれるでしょう。勿論私も帰ってこれるほどに殺す気ですからご安心を」
(安心できるか! 第一なんなの!? 帰ってこれる程度の殺しって!?)
そんな発言をしようにも、今の美鈴が聞くはずもなく心の中で叫ぶ。
彼女はやるといったらやる人間だ……妖夢は直感でそう感じた。
「一つだけ……教えてください。どうして……こんな真似を?」
「それを今更聞きますか? ああ…成程、納得行かない答えでないと情を捨てられない性格なんですね?
成程成程。簡単な話ですよ。『それが必要だからやった』……本当にただそれだけ」
「本当に……それだけなんですか?」
「ええ。本当にそれだけ……しつこい人ですね、あなたも。嫌われますよ?」
「死は……怖くないんですか?」
「ははは、面白い事を聞くんですね」
一度構えを解くと美鈴は宣言する。
「もとより、私は一度死んだ人間…元々命に対する執着なんて無いに等しいです。
もし明日死んだとしても、それを後悔する事は無いでしょう。私は余りにも長く生き過ぎましたから。
あ…一つだけ懸念があるとすれば、まだ本を執筆作業中だということでしょうかね」
「…………」
「まぁとにかく、『死』などというくだらない概念は私には関係ありません。
『カタチある物はいずれ滅びる』、『生者必滅』という言葉があるでしょう?
人はいずれ滅びます、例外などありはしません。故に、私もそれを受け入れる、それだけです。
其処に恐怖などというものは存在しません」
「…………」
「まぁ最も、不老不死の輝夜さんや妹紅さんたちがどのような世界からの消滅を迎えるかは、気になりますね」
「…………」
「とりあえず時間も無いので、さっさと終わらせてもらいます。
何しろ私はあなたの後ろに控えている霊夢さんに、お嬢様方の相手もしなければなりませんので」
「…………」
「さて、はじめましょう」
ドン! と擬音を放つかのように彼女の中に溜まっていた『気』が破裂する。
その余りの力に気圧され、無意識のうちに身体が後ずさりした。圧倒されていたからだ。
『この人には勝てない』…そう思ってはいたが、これで確信がついた。
『この人に勝てるはずが無い』…むしろそちらに…より確定的な結論に達する。
だが美鈴はそんな事お構い無しに、戟を振り回しながら、一気に間合いをつめた。
己のうちに『恐怖』を抱えながら、妖夢はそれに対応する。
◆ ◆
何というか、やはりというか2人のフランドール…正確には『正常』と『狂気』の2人が織り成す戦い
というのは猛烈なものだった。もしこれが何も無い空間ではなく木々が生える幻想郷だったら
一面が焦土と化してもおかしくない。それくらい恐ろしいものだった。
「やああああ!!」
『あはははぁ♪』
そして又一撃、爆発的な威力を持った2人の攻撃がぶつかり合う。
そんな2人の光景を離れた安全な場所から紫は1人眺めていた。
彼女もまた境界をいじくりフランドールの精神に侵入していたのだ。
そして何処から持ってきたのか、かなり値打ちもののワインをあけグラスに注ぐとクイッと飲む。
「ふうん……中々良いじゃない」
ちなみにワインがでは無い、フランドールが、である。紫の見立てでは、『フラン』の圧倒的勝利となっていた。
500年も生きていない彼女が、美鈴が何千年も苦しみ、悩んでいる『狂気』に勝てるとは思っていなかったからだ。
だが勝負はほぼ互角。
「ふふふ…流石、彼女が目をつけるだけのことはあるわ。十分『面白い』といえるわね」
新たにグラスに注ぎ、クイッと飲む。
「でも…まだまだ駄目ね『覚悟』が甘い。そんな事では『狂気』は倒せないわ。あなたの『覚悟』はそんなもの?」
まだまだ甘い、と首を振る。
「ああ……そう、まだQEDまで達していないのね。でも、私はもう何も教えないわ。
だって、あなたは既に材料をそろえてしまっている。だから、後はあなたが気付くかどうかというだけ。
ふふふ、気付けるかしら? その最後の道を。今までの『真実』から導かれる進むべき道を。
私も、そして彼女もそれを見たいの、……さあ、見せてみなさいな、あなたの真実の『覚悟』を」
そう…1人呟くとグラスを戦っているフランドールに突きつける。
「そしてもし…『フラン』に負けるのであれば、私があなたを殺すわ…彼女には悪いけど。
幻想郷の平和を乱す輩は消去せねばならないのよ」
ふふふ、と邪悪な笑いを浮かべ、持っていたグラスを手で握り潰した。
紫がそんな事を言っている間にも2人の戦いは続いている。
力はほぼ互角、技術もほぼ互角。当たり前だ、2人とも元々は1人の吸血鬼の身体に存在する意識なのだから。
だが、もし厳密に審査するのであれば『フラン』が優勢といえた。
『アハハ! やっぱりそうだ! おっかし~い♪』
笑顔でカゴメカゴメを形成する。
「クッ……何を!!」
厳しい顔で同じスペルで対応するフランドール。
『だってそうじゃない? あなた、『覚悟』があるくせにためらいがあるんだもの』
『狂気』の『フラン』は強力だ。今まで抗えなかったのが良い証拠。
例えフランドールが立ち向かったとしても、到底かなう相手ではない。
だが、今の彼女は『覚悟』を決めている。つまり、戸惑いが無い状態。
だから冷酷に戦う事が出来、その空白を埋める事が出来るのだ。いや……出来たはずだった。
現状、本来ならば互角のはずの2人がどうしてわずかながら差が出来ているのか。
答えは簡単だ、フランドールは心が弱い。正確には『覚悟』が足りないのだ。
更にまだ心の中に一つ、本当に一つだけ問題をしょっていた。
それは今までの話から導かれるQEDへの道。其処まで彼女はまだ達してなかった。
本来ならばもう少し時間をかけるべきだったのだろうが……時間がもうなかった。
だから彼女は不完全な状態で、不完全な『覚悟』で『フラン』に立ち向かっていた。
だが不完全な『覚悟』で『フラン』は倒せるような相手ではない。正真正銘の化け物なのだ。
『そっか♪ あなた怖いのね? 自分の能力が』
ケラケラケラ、と心底おかしそうに笑いながら弾幕を展開する。
倒すと公言はしていたが…まだ何処か退いていた。そう…確かにフランドールは自身の能力を恐れていた。
『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』…自身の自我をも破壊した能力だ。
一応今も使ってはいるが、それでも全力ではない。せいぜい7、8割だ。
理由はある。又その能力が自身を破壊してしまうのではないか、という恐怖と
全力で使った場合、一体どうなるのか分からない恐怖だ。
『確かに、その能力のおかげでたくさんのものを失ったもの。怖いのも無理ないわねぇ♪』
「…………」
『別に怖がる事ないじゃない♪ 私たちは全ての物に『終焉』をプレゼントしてるのよ?』
「なんですって?」
『だからプレゼントよ♪ だってそうじゃない? 何時終わりを迎えるか分からない存在に
私たちは壊して、『終焉』をプレゼントしてるのよ? あはは、良い話じゃない』
「いい…話だって?」
『アハハ、なんてこの能力は便利なんだろうね。最高よ、最高だわ!
『終焉』を操れるなんて、なんて能力!? アハハハハ! 私たちは神になれるのよ!』
「神……」
『そう!』
そういうと、『フラン』は高らかに叫びながらガバッと手を左右に広げる。
『私たちは最強なのよ、この能力、そして吸血鬼という力!
何者も私たちを倒す事は出来ない! そう! 私たちが完全になったときに!』
「え?」
『あいにく私たちは不完全体なのよ…ククク、でも安心しなさいな。
私がこの身体を手に入れたら、世界の神になってあげるわ。あの忌々しい太陽を克服してね!』
「ちょっと待って! そんな事できるはずないじゃない!」
『あら、何でそんな事いうの?』
「太陽よ!? 太陽なんて破壊できるはずないでしょ!」
すると『フラン』は可哀想な者を見る眼で見つめてくる。それが逆にフランドールの神経を逆撫でした。
『はあ……そんな事も知らないで私にたてついたの? ああ…可哀想な可哀想なフランドール。
なんてあなたは愚かなんでしょうねぇ…幾ら私に支配されていたとはいえ、そんな簡単な事にも
気付けないなんて……ああ、嘆かわしいわ』
「…御託は良いわ、こたえて」
『あら、怖い怖い♪ でもね、可哀想なのは事実よ…無知ってのは時としては『罪』なものね』
「だから……」
『ふふふ、私もさっさとこの身体を手に入れたいから、簡単にしか言わないわ。
あなたはね…なんでも手に入れられる能力を持ってるのよ、それこそ世界を手にする事が出来るほどの能力をね』
「え……?」
『話は終わりよ』
言うと、今までにない速さで、フォーオブアカインドで4人に増えた『フラン』は自身が放ったカゴメカゴメを
そのままに、一気に間合いを詰めてきた。慌ててフランドールも同じスペルカードで対応するが時既に遅し。
レーヴァテインを持った4人の『フラン』にわずかながらの差で負けてしまう。
お互いに分身は消え去り1対1に戻ったが、フランドールは反動が強すぎて動けない。
『フラン』はそれを見逃さず、真っ赤な炎で燃え盛るレーヴァテインをぶつけた。
それがまともに当たってしまい、爆煙と共にフランドールの身体は燃え、煙の中に掻き消える。
『……あたりが浅い』
完全に仕留めきれてないのを実感したのか、つまらなさそうな声を上げる。
だが、それでも致命傷なのは確かだ。何しろ能力が能力なのだから。
案の定煙が晴れ、現れたフランドールは満身創痍だった。
「ハアッ…ハアッ…ハアッ」
服は燃え落ち、かなり素肌が出ている。その素肌も、やけどのあとが凄い。
また、直撃を受けた部分は抉れ、焼け焦げた匂いをあげていた。
『残念、でも可愛そうに…さっさと死んじゃえば楽なのに』
「私は……まだ、死なない」
『そう、でも残念賞…あなたはここで死ぬの。あなたがもっとも恐れている『狂気』にね』
そう言ってフランドールに近づくと、燃え盛るレーヴァテインを振り上げる。
「……待って、一つ、教えて」
『んー? 嫌! ……といいたいところだけど、いいわよぉ』
「……私の身体をのっとったら、あなたは最初に何をするの?」
『アハハハハ、そんなの決まってるじゃない! まずはね、美鈴を殺すでしょ。
で、その後は私を止めようとする全ての存在を殺すのよ♪ 楽しみよぉ…紅い血が早く見たいわ』
その言葉にフランドールは戦慄する。ここで自分が負ければ彼女は美鈴だけではなく、
霊夢や魔理沙、そして姉であるレミリアでさえも殺すだろう。
みんな、みんな殺される。この私の手で殺される。体中がひんやりとした。
いやだ、そんなの……いやだ。だが『フラン』は確実に行うだろう、それが彼女だ。
『さて♪ これで、ジ・エンドね♪』
そういうと『フラン』はレーヴァテインをフランドールに振り下ろした。だが
バシ
何と、灼熱の業火に燃えているそれをフランドールは受け止めた。勿論手は燃えている。
だというのに彼女の顔は全く痛みを気にしていないのか平然としていた。そして何かを呟く。
『? 聞こえないわ』
「……させない」
フランドールはキッと『フラン』を見て言う。
「これ以上は、させない。もう…二度と暴走はさせない」
『あらあら、そんな身体で何を言うかと思えば』
「美鈴を殺すのはこの私よ、あなたじゃない。それに、お姉様たちを殺させるわけには行かない。
もう……これ以上、破壊活動はさせない。もう、誰も傷つけさせない!!」
言うなりとんでもない力でレーヴァテインを引っ張る。その行為は流石に予測できなかったのか
レーヴァテインを持っていた『フラン』は体勢を崩し、よろめく。
すかさずレーヴァテインを放し、彼女のどてっ腹に強大な破壊の力がこもった弾をぶち込む。
が、流石に吸血鬼、『フラン』は紙一重というところでそれを避ける。
今までおしゃべりだった『フラン』は初めて黙った。フランドールはよろめきながら立ち上がる。
レーヴァテインを持っていた右手は焼け爛れているが、直に修復を開始していた。
「……もう、好きにはさせない。もう、傷つけさせない!」
今までの弾幕とは違い、威力がかなり上がっているそれをたて続けに放つ。
『こいつ……能力を!』
今までのチャラチャラした表情ではなく、真面目な表情でそれを避け、『フラン』は悪態をつく。
「やっと……分かったわ…全ての答えは……あの時既に得ていた!」
それはかつて、美鈴と初めてであった日の晩に言っていたこと。
『決して逃げることはしてはいけない』
全てはこの言葉だったのだ。逃げてはいけない、それはつまり立ち向かえという事。
『狂気』に対しても、能力に対しても、その全てに対し、立ち向かえと彼女は言いたかったのだ。
考えてみれば今の状況もそうだ。フランドールは確かに『狂気』に対する恐れを捨て、
今こうして立ち向かっている。だが、能力に対しての『逃げ』はまだ捨てていなかった。
だから今負けている。必要なのは立ち向かう事。そして、決して逃げない『覚悟』を決める事。
全てを受け入れ、全てを認め、そしてその上で全てを乗り越える。
フランドールにはそれが決定的にかけていた、心の中で救いを求めていた。
だが世界は甘くない、ここぞというときは一気にその者をどん底に陥れる。
今の状況こそ、まさにそれだ。必要なのは『覚悟』。
『狂気』を乗り越え、恐れを捨て、その『狂気』を生んだ能力でさえもねじ伏せる!
その『覚悟』。それが……最終的に他人を守る事に繋がる。
そして! その全てを乗り越え、ねじ伏せ、自らの前にひれ伏したその時こそ!
彼女は初めて、本物のフランドール・スカーレットになる事が出来るのだ!
「私は怖かった。自分のうちに巣食う『狂気』も、全てを壊してしまうこの能力も。
そして……どんどん私のせいで壊れていく者達に、そしてこれからも壊し続けるであろう未来に」
フランドールの声が徐々に高くなっていく。
「恐怖は全てに屈する。凄く…凄く簡単な事。私はそれを知らなかった、知ろうとしなかった。
あなたに屈する事に、能力に屈する事を恐れ、逃げていた!
だけど…もう逃げない! 私はこれから起こる全ての事を受け入れ、全てを乗り越える!」
バン、とその綺麗な羽を羽ばたかせ上昇させる。
「あなたとは! ここでお別れよ!!」
スペルカード……フォーオブアカインドを展開し、続けてスターボウブレイクを同時に展開。
『舐めるなぁ!!』
どうやら『フラン』も遊びから本気に変えたようで、恐るべき速度と的確性でその弾幕を避けていく。
「まだまだぁ!!」
スターボウブレイクが既に無理だと判断した4人のフランドールは次に{そして誰もいなくなるか}を発動。
『クッ!』
『フラン』もフォーオブアカインドから同じスペルを連続発動。互いの弾幕が打ち消しあう。
いや! わずかに『フラン』のほうが優勢だった。
『これで……終わりだぁ!!』
他の3人の『フラン』はそれぞれ分身へ向かい、本人は本命のフランドールに特攻をかける。
そのフランドールは4人の中で一番奥、つまり自身から離れていた。大将は離れ、リスクが少ない場所に居る!
今までにない速度で特攻をかけた『フラン』はフランドールの胸を突く。
『ククク……ざんねぇんでした……気付くのが遅かったわね』
勝利を確信した『フラン』は邪悪に笑う。だが、それは直に断ち切られた。
なんと……胸を疲れ瀕死の重傷をおったはずのフランドールが笑ったのだ。
「いいえ……あなたの負けよ」
言うなり、ボン、と消えた。
『まさか!?』
「そう……そのまさか」
囮! という前にザクッと、何かに『フラン』は突かれる。ゆっくりと見ると、
背中から腹にかけてレーヴァテインが貫いていた。そしてその後ろにいるのは本物のフランドール。
「忘れた? 私がお姉様に対して行った戦術よ。流石のあなたもこれは見抜けなかった」
そう、これは昨晩フランドールがレミリアを出し抜くために行った初歩的なトラップ。
だがそれをまさかこんな重要な場面でやるとは夢にも思わなかった『フラン』は脂汗を流す。
「これで……終わりよ」
既に後方にいた計6体の分身たちは全て消えていた。相打ちで消したのだろう。
おそらく本物のフランドールは襲ってきた『フラン』の分身を一発で消してから攻撃してきたのだろう。
何せ、今の彼女は容赦がない。分身では勝ち目がない。
勝ちを宣告したフランドールの手には、これまでと全く違ったスペルカードが握られている。
「そして……そしてこれが……」
今までのことを思い出すかのように、彼女は呟き…そして言った。
「そしてこれが!! 私のQED!!」
QED『495年の波紋』……まさしくそのスペルカードの名の通り、
495年目に初めて手に入れた、彼女にとって最も大きな波紋を呼び込んだ、出来事……
ここ数日の思いを全て込め、彼女はそれを放った。零距離からの発動に『フラン』は避けられるはずもなく、
その全てを受ける。そしてもう跡形も残っていないはずなのに、フランドールは放ち続けた。
全てに決別し、全てを乗り越え、全てをねじ伏せ、全てを従えるために。ようやく手にした答えを、
無駄にしないために、力を貸してくれた全ての者たちへ感謝を込めて、彼女は放ち続ける。
数分後……ようやく攻撃をやめたフランドールは体中の傷が悲鳴を上げたためその場に跪く。
弾幕の煙が晴れた先には、既に何者も存在していなかった。『フラン』はもういない。
「ハアッ…ハアッ…ハアッ…」
その場に寝転がり、息を何とか整えようとする。が、そのとき何処からか声が聞こえた。
『あはは♪ ……まさかここまでやられるとは思わなかったな』
それは消えたはずの『フラン』だった。
『でも残念、あなたが潰したのは『狂気』のほんの一部。今日の満月で発動するはずだった『狂気』。
今回はあなたの勝ち、それは認めてあげる。だけど忘れちゃ駄目よ?
私はまだまだあなたの中にいる。そして…何時かあなたの身体を手に入れるわ』
そう…フランドールが壊したのはあくまでも今日の紅い満月で発動するはずだった『狂気』だ。
つまり彼女はまだ自身に巣食う全ての『狂気』を倒したわけではない。まだ彼女は自由になったわけではなかった。
だというのに……フランドールは明らかに強がりな笑いを見せていった。
「ふん…なら、あなたが現れるたびに私は破壊してあげる」
『あら…でも次は今回のようにはいかないわよ?』
「なら、その度に破壊するわ、もう…絶対に逃げたりはしない、真っ向からあなたに立ち向かい、勝ってみせる」
『ふふふ……楽しみにしてるわよ、私』
「ふん…待ってなさい、私」
そしてそれから二度と、『フラン』の声は聞こえなくなった。
「全く……往生際の悪い……」
悪態を突くフランドールだが、表情は笑顔だ。
「でも負けはしないわ、だって…私は……誇り高き貴族、フランドール・スカーレットなのだから。
もう、逃げもしない。かかってくるなら、片っ端から潰すのみ!」
そして、何処にいったか分からないその『狂気』に対し、彼女は宣言した。
物事の終局を目の当たりした紫は驚くどころか微笑んでいた。
まるで勝つことが分かっていたかのように。
「ふふふ……これでお膳立ては済んだわね。後は彼女に勝てるかどうか。
……さて次の…そして最後の舞台の幕開けよ。……そして、私も改めて『覚悟』を決めなきゃあね」
そう言って取り出した扇子で境界をいじくると、現実世界とつなげた。
◆ ◆
妖夢の負けは誰が見るよりも明らかだった。既に彼女は腰が引けていた。
たとえ幽々子の敵を討とうと『覚悟』し、行動しても勝てないと分かってしまっている。
逆に美鈴は流れに乗ってきた。先ほどまでの厳しい顔は反転、大分緩んでいる。
霊夢も援護していたが、何分2人は接近戦をしているため、放てば巻き込んでしまう。
とはいえ先程の藍とは違い、度々2人の間があく事が多くなってきたため、先程よりかは援護が可能になっていた。
「やはり霊夢さんは、後方支援というのが苦手なようでしたね……何しろ今まで1人で戦っていたんですから。
それに弾幕使いは決まって遠距離戦が多い。つまり……圧倒的に接近戦が弱い」
だからこそ敢えて美鈴は接近戦でのみ戦いを挑んでいた。
無論、霊夢たちも接近戦での心得も多少はある。が、美鈴に比べれば圧倒的に不足していた。
霊夢単体で戦ってしまえば勝つのは至難の技だ。だが、彼女も前線に味方が立ってしまうと
どうしてもそれに気が散ってしまう。今回の場合、妖夢がそうだ。つまり、全ては……
「策どおり」
前もって企てた策が功を奏した結果だ。既に美鈴は落ち着いている。
それは『自身が屋敷に辿り着けなかった場合にのみ起こす策』が既に実行されているからだった。
彼女は待つだけで良い。そうすれば、自然と目的の人物がここに来る。
現時点で危険だと考えるべきなのは、妹紅・輝夜、そして咲夜の復活。
藍は……復活したとしても、既に今までどおりの戦い方は出来ない。重傷だからだ。
(藍さんを潰した時点で、私はかなり有利な状況にある。後はこの2人を潰して、とにかくこの場から離れる)
この場から離れてしまえば、たとえ今倒れている者が復活しても、辿り着くまでに時間がかかる。
そのあいた時間に全てを終わらせる。それでこの策は完遂される。
それを達成するにはまずこの2人を潰さねばならない。戟で妖夢の腕をはじき、
2本の刀を吹き飛ばす。その衝撃で彼女の体はよろめいた。
「さよなら」
美鈴はそういうと、戟を手首を使って回転させ、切っ先を妖夢の心臓に向け、穿つ!
当たれば即死、はいさよならだ。妖夢は思わず目を瞑る。
ドスッ
……が、痛みは決してやってこなかった。刺さった音も妖夢に刺さった音ではない。
では一体何の音? ゆっくりと眼を開けると……
「…………」
美鈴が痛そうに、戟を持っていた右手の上……丁度肩の部分をにらんでいた。
其処に刺さっていたのは……ナイフ。それも、最も見覚えがあるもの。
「……やっぱり、そうだったのね」
美鈴はナイフを抜く。妖夢たちは驚く。なんと、不意打ちとはいえ初めて美鈴に明らかなダメージを与えた。
今までは不意打ちでも紙一重で避けていたか、かすっていたかだったので、美鈴は完全にヒットした攻撃がなかった。
だが……今のナイフは、今まで堅牢な防御を誇っていた美鈴に初めて、当たり、刺さっていた。
其処からは他のかすり傷とは違い、血がジワリと流れていた。そしてナイフとくれば、該当する人物は1人しかいない。
「咲夜さん……!?」
「ごめん、遅くなったわ」
何時の間に現れた…おそらく時を止めてだろう…咲夜は腹を押さえながら笑って見せた。
美鈴は……先ほどの冷静な表情とは打って変わって今までにないくらい、焦っていた。
「なんで…あなたが」
「復活したか…ですって? さあね、根性とでもいっておきましょうか?
あいにく私もただのメイド長じゃないのよ。……舐めないで頂戴」
怒気を含んだ声に、霊夢を含んだ3人はたじろぐ。あの完全で瀟洒な従者。
怒ることはあっても、それも決して本気ではない彼女が、今までにないくらい『本気』で怒っていた。
「私が目覚めた以上……もう好きにはさせないわよ」
そう言って両手にナイフを握る。美鈴は冷や汗を流しながら、妖夢から咲夜に狙いを変えて、戟を握りなおした。
「…………」
「そして…手に入れたわ、あなたの弱点」
その台詞に美鈴はたじろぐ。次の瞬間、今度は背中にナイフが刺さり、彼女はよろめく。
「あなたは『気』を使う。特に人の『気配』、物の『気配』を感じる事が最も得意。
では逆に、それらを失ったら? 全ての『気配』がなくなったら? あなたは何も探知する事は出来ない」
『気配』を読むというのは様々なバリエーションがある。
人が其処にいる、という『気配』もそうだし、殺気を読む事も一つの『気配』を読む事に繋がる。
物質が飛んでくるという事は、物質が空を切り飛んでくる際に生じる『気』の流れを読むから
その軌道が読め、逃げる事が可能なのだ。だから眼を潰されても、彼女は何のダメージを受けない。
彼女が真に感じ取っているのはそういった『気配』なのだから。
「全ての『気配』を消して行動する事が出来るか? 答えはNOよ。ただし、ある例外を除いては……」
そう『気配』を消すのは実質不可能だ。どのような事をしても、絶対にどこかで読まれてしまう。
それこそ、全てが止まっている状態でないと出来ない。…もう気付いただろうか? 『全てが止まっている状態』。
つまり『時間が止まっている状態』。諸君は直に思いつくはずだ。時間を意のままに操る事が出来る人物を。
『存在そのものが弱点』……余りにも大きすぎ、馬鹿馬鹿しいほどの弱点のため、咲夜は見抜けなかったのだ。
「そう……私ならあなたに感知されずに攻撃できる。いわば、あなたにとっての天敵はこの私。
『時を操る程度の能力』を持ったこの十六夜咲夜……この私だけ」
時間といえば輝夜も似たような能力を持っているが…時間をとめた事例はない。
其処を考えても、咲夜は美鈴に対し圧倒的な力を誇っていた。
「気付いたのは普段のあなたよ。あなたがミスをするたびに私はお仕置きをしていた。
時を止めて、あなたにナイフを刺していた。その時、一度たりともあなたはそれを避けた事はない。
それが答えよ。あなたは、私の能力を最も危惧していた」
どこぞの名探偵のように推理し、ビシッと指をさす。
「そして、こういう状況の場合、私が戦闘に参加するのが見えていたあなたは一番に私を潰した。
そうすれば事態が完全にあなたに傾くから」
美鈴は何も言わない、完全に図星だったからだ。
「私が紅魔館で、その能力に気づいたときから、あなたはありとあらゆる対策を練ったのでしょうね。
まさに危険な動物に首輪をつけて飼いならす……よく考えたものだわ」
少しずつ怒気が膨らみ、そして殺気もまたかなりの量が放たれる。彼女は何かと美鈴の世話になっていた。
信頼していたのだ。その今まで信頼していた親友とも言える美鈴に、裏切られた。全てを……。
その怒りと、憎しみはとてつもない物だろう。
「……気に食わないわね」
その言葉に全ての怒りが集約されていたといっても良かった。又美鈴の周囲にナイフが現れる。
「!!」
その何本かは刺さったが、半分以上は何とか払いのける事が出来た。
それは『意識』していたからだ。ナイフが来ると『意識』したから出来た芸当。
でもそれでも全てははじき返す事は出来なかった。
「ハアッ…ハアッ…ハアッ」
心臓がバクバクとなり、息がかつてないほどに乱れる。汗もかなりの量がでていた。
もし次に今まで以上の量のナイフが襲ってきたら……結果は考えたくもない。
「本当に……これ以上ないくらいに気に食わないわ」
蛇ににらまれた蛙……とまではいかないが、咲夜のその言葉に美鈴は初めて後ずさりをする。
「お嬢様が出るまでもないわ。美鈴、この舞台もここまでよ。主役は降板、それで終わり」
ここで一方的にやられて終わりなのだろうが、美鈴も『覚悟』を決めている。
余り考えたくはなかったが、咲夜と戦う事に関しても考えていた。
そして何よりも、自身が行うべき事が必要だと実感しているため、退くわけには行かない。
「いいえ……舞台はまだ続きます、まだ、エピローグにも至っていないんですから」
「なら私が終わらしてあげる」
互いに臨戦態勢に入る。
「咲夜さん……」
「妖夢、下がってて……後は私がやる。霊夢! あなたも手は出さないで頂戴」
「……分かったわ」
手助けしても邪魔なだけだと分かった2人は渋々下がる。
「……元々これは紅魔館の問題なのだから、他の者たちを巻き込む事なかったのよ。
美鈴、覚悟なさい。私は…今までにないくらい、最ッ高に……怒ってるんだからね!」
そう言って咲夜の猛攻が始まった。
◆ ◆
話はとび、それは美鈴が紫の手によって気絶させられたときの事。彼女は意識の中である取引をしていた。
『昨日は拒絶したくせに、今日は現れろと命令してくるとは……ずいぶん勝手な性格をしてるな、オイ』
「そんな事はどうでも良い。私の都合は私が決めるわ」
夢を見たのと同じ、暗闇の中。2人の美鈴は対峙していた。
『で? ここに来たからにはかなり重要な話なんだな?』
「ええ。私にとっても、あなたにとっても」
『ほう……それは楽しみだ』
そう黒美鈴は鼻で笑う。彼女も『フラン』と同じ『狂気』の権化なのだが、
彼女の場合、濃度が濃く、又強力なため『フラン』のように括弧書きではなく
敢えて別人として扱っている。
「私の意識の外では私が『渇き』を起こして、私の暴走が決まる時間を設定してるわ」
『お前の策通りにな』
「ええ。其処であなたに提案がしたい」
『ほう?』
美鈴はキッとにらむと、言う。
「今回の戦い…私は何としても策を成功させねばならない。
だからタイムリミットが来るまで…せめて『渇き』が起きるまでは、完全に身体は受け渡せない」
『ふん、何を言うかと思えばそんなことか。私には関係ない。何時だってこの身体をいただく隙を狙っている』
「そういうと思ったわ、だからの提案よ。『渇き』が終わりタイムリミットを迎えたら……好きにしなさい」
『ほう? それは…つまり?』
「この身体をくれてやる、私は二度と表に出る事はしない…そう言ってるのよ」
これには流石の黒美鈴も驚く。今まで自身を拒み続けてきた彼女が今初めて自身から身体を売るといったのだ。
『驚きだな……お前が最も憎み…恐怖し…最大の『敵』であるこの私にそのような話を吹っ掛けるとは』
「…………」
『聞きたいものだな? 何故私に自らの身体を渡そうとするような契約を結ばせようとする?』
「…………暴走して起こした『罪』は通常の『罪』よりもはるかに重い。ましてや『罰』や『後悔』は
とてつもなく大きいもの。私は暴走を引き起こした際の『後悔』はたった一度だけにしているつもりよ。
後の事件も、その『後悔』から派生した『罪』と『罰』。だから一緒くたに考えるようにしているわ」
『そうだな……お前の言う人生で最も大きな『後悔』…生まれて初めて『狂気』に飲まれた『罪』。
それは…妹を守れなかった事か?』
そう、美鈴が自らに貸した最大の『罪』であり、唯一つの『後悔』を生んだ事件。
それは自らの注意不足で妹のみならず、村の住人全員を皆殺しにしてしまったあの出来事。
無論、それだけではない。むしろ、その後の事のほうが彼女を苦しめた。
吸血鬼化した後、彼女は村人を殺された怒りに燃え、村を売った2つの村に対し復讐を仕掛けた。
結果は…皆殺し。『眼には眼を、歯には歯を』という言葉のとおりに行った。
自身のミスもその怒りに押し付け2つの村の住人を殺したのだ。このとき彼女は『怒り』
そして『憎しみ』から我を忘れ、復讐の鬼となった。この時美鈴は気付かなかったが、
この変化が彼女に『狂気』が初めて起こす結果となった。
健全な生活をしてきた彼女だ。今まで感じた事のない『狂気』に気付くはずも無く暴走し殺戮の限りを尽くした。
全てが終わった後、つまり2つの村を全滅させたとき、彼女は初めて自分が行った行為を知る。
彼女は激しく後悔した。何しろ、彼女は自らの村の住人を殺した者たちと全く同じ行為をしたのだ。
もし復讐をするにしても、その裏切りを画策した首脳陣を殺せばよかった。
だが彼女は彼らだけでなく、全く関係ない村人…老人、子供も含め、全て殺したのだ。
妹を含む村人を失った事で唯でさえ人生で感じた事のないくらい大きな『罪』と『後悔』を感じた彼女は
2つの村を壊滅させた『罪』と『後悔』に完全に叩きのめされた。
それからというものの、美鈴は『狂気』に悩まされるようになる。
『狂気』自体はそれ以来…封印が解けるまでは表れる事はなかったが、何時発生するかわからない『恐怖』が
何時も彼女を襲っていた。同じ『気』だが、今までの『気』とは全く違うことを彼女は知ったのだ。
自分で完全にコントロールできないその『狂気』を彼女は憎んだ。
己の力不足もあったが、それさえコントロールできていれば、少なくとも2つの村の惨劇は生まずに済んだのだ。
それ以来、彼女は何をするにしてもまず『覚悟』を決めることにした。
そうすれば必要以上の『罪』に対する意識や『後悔』を生むことが無いと考えたからだった。
だがその間にも『狂気』は体中を回り、封印が解けた際にはついに魂にまで到達してしまった。
これでもう美鈴は『狂気』から逃れる事は出来ない。一生憑いて廻る亡霊のようなものになってしまった。
だが逃げ続ける事だけはしなかった。必ず彼女は立ち向かった。
彼女の吸血鬼としての人生はその『狂気』と戦い続ける、両者の争いそのものといえよう。
そう……今まで決して屈しようとしなかった彼女がその『狂気』にあろうことか危険な契約を結ばせようとしたのだ。
『狂気』といえど、驚かないはずが無い。
「……そろそろ潮時かもしれない…そう思っただけよ」
『ふむ…魅力的な提案だが……はいわかりました、と受け入れるわけには行かないな。
第一こんな真似をしてお前は一体何を手に入れるというんだ?』
「そうね…あえて言うなら『満足感』。彼女…フランドール・スカーレットは私が超えられなかった可能性を
達成する人物だと思ってるの」
『……あの小娘がか?』
「ええ。ただし、今では無理。例え『狂気』を上回ったとしても、彼女はこの私を恐れている。
この私を倒さなければ彼女はあらゆる意味で恐怖を乗り越える事は出来ない。
そのためには私も全力で彼女を倒す姿勢で向かわなければならないわ。
絶頂からの恐怖を叩き込み、それを打ち破る事で彼女は初めて今回の『狂気』に勝ったといえる。
例え意識の中で倒したとしても、それでは次に勝てるとは限らない。力をつけることが必要なのよ」
『つまり……お前はその糧になると?』
「そうね、いってしまえばこれは試験。彼女がこれから先『狂気』を乗り越えられるかどうか、調べるためのね。
彼女が私に勝てれば見込みあり、負ければ…その時は彼女を殺すわ」
『両極端だな』
「時間がないのよ」
黒美鈴は考え込む。そんな彼女に美鈴はいった。
「逆に言ってしまえばこれはゲームね。妹様が私を倒し、時間内にワクチンを打てば彼女の勝ち。
逆に負けて、タイムリミットを過ぎればあなたの勝ち。どう?」
『ふん、お前の勝ちはないのか?』
「興味ないのよ、私は彼女の成長が見られればそれで良いわ」
『全く……良いだろう。その取引に応じてやる。だが、時間を過ぎれば例えいかなる理由だろうと
その身体をいただくぞ? 良いな?』
「どうぞご勝手に」
そう言うと、2人は別れる。そして美鈴の意識は又暗い闇に飲み込まれた。
◆ ◆
そう、既に美鈴は後には退けない状況を作っている。やると決めたら何としてもやらなければならない。
それは絶対だ。逃げる事は許されない。
「……クッ」
だからこそ、ここで屈するわけには行かない。自身はフランドールにあわなければならない。
でないと今までの全ての計画が水の泡になる。
だが、形勢は完全に咲夜のものだった。怒涛の攻撃に美鈴はなすすべもない。
とにかく一度距離をとらなければならない。近距離だと蜂の巣だ。
直感で感じ取った彼女は一瞬の隙を突いて一気に間合いを取る。だが……
ゴオオオオ
突如地上から襲ってきた灼熱の炎に巻き込まれる。
「ふうっ……命中っと」
何と……それを放ってきたのは妹紅だった。
彼女はゆっくりとだが空に上がってくる。しかも、輝夜も一緒だ。
「なん…で……」
周りの空気を動かして火を消した美鈴は呆然と立ち尽くす。
咲夜はこの際置いておいて、何でこの2人がこの場にいるのだ!?
「ふふふ、流石の策士さんも、うちの家庭内状況を知らなかったようね」
そう言って輝夜が取り出すのは一本の小瓶。
「あなたには見えないだろうから、口で説明してあげる。これはね、永琳印の薬なの。
リザレクションでも回復できないときに、使いなさいって言われたものでね?
狂った感覚でさえなおしてしまう超優れものなのよ。ただ効きはじめるのが遅いのが難点。
多少時間がかかったけど、おかけで私たちは全快よ?」
まさか永琳がつい二日前、ずっと戦い続ける輝夜を心配して薬を渡していたなど
美鈴が気付けるだろうか? 完全に誤算、これ以上ないくらいのものだった。
事態は最悪の展開に向いていた。しかもそれに追い討ちをかけるかのごとく藍も復活していた。
「美鈴……」
「ああ、彼女にも少し飲ませてあげたの。お陰で全部なくなっちゃったけど、十分でしょ?」
そう言ってクスッと笑って見せた。最早完全に八方塞、四面楚歌。
美鈴は自身についている不幸属性をこの時ばかりは本気で恨んだ。
相手は全快の3人を加えた6人。勝てるはずがない。
「……へえ、それでもやる気なの?」
そう、だというのに美鈴は降参しようとしなかった。戟を構え、力を込める。
「退くわけにはいきませんので、『覚悟』を決めた以上、逃げる事はしません」
玉砕覚悟の台詞。唯一頼みの綱は、その非常事態の場合に発動する策が早く進む事。
倒す事から完全に身を守り、時間稼ぎをする事にした美鈴は『気』を身体中に纏う。
「ああ…そうそう、美鈴」
今度は妹紅が勝ち誇った声を上げる。
「さっき『私にあなたの炎は通用しません』とか何とか言ってたよね?
逆に言い返してあげる。あんたのその防御…砕いてあげるわ」
この短時間でその攻略方法を考え付いたのか? 妹紅は宣告した。そして彼女は咲夜に目配せをする。
――私が先に仕掛けるから、その後を狙え――
咲夜も断る理由がなかったため、黙って従う。
「じゃあ、行くよ」
というと、何の考えもなしにいきなり突進してきた。いや、何か考えているはずだ。
でなければ自分から近距離戦を選んでくる事などありえない! 美鈴は直に『真空状態』を身体に纏い、受ける。
拳に纏られていた炎は直に消えてしまった。だが、妹紅は笑顔。
「まぁ、ここまでは読んでいたよ。でもね?」
そういうと彼女はいきなり美鈴に絡みついた。
「どうやらあんた、長時間その状態を維持できないらしいじゃないか」
そう、多量の力を使うため、何時までもこのような状態にはなれない。
必ず一呼吸置かなければならない。だがその一呼吸も、一瞬のもの。其処に攻撃をされなければ……。
「クッ」
「認めなよ、あんたは既に負けてるのさ!」
耐え切れず、一時解除し、一呼吸を瞬時に行う。だが、妹紅はそれを見逃さなかった。
「この防御法の弱点は、一呼吸する際高濃度の『風』をその空白に埋める…そのタイムだよ!」
そう言って『風』が起こっている間に一枚のスペルカードを叩き込む。それは…彼女の十八番とも呼べるもの。
「フジヤマヴォルケイノオオオオオ!!」
『風』で炎は倍の威力となり美鈴を包み込む。美鈴は声にならない悲鳴を上げた。
「咲夜!」
瞬時に彼女から離れた妹紅は叫ぶ。既に咲夜も止めを刺すスペルカードを手にしていた。
その炎は一瞬の豪火だったが、威力は非常に高い。火傷を負った美鈴は未だに燃えている一部の服の部分を剥ぎ取ると
自身も何とかしてスペルカードを手にする。
「華符」
「傷魂」
互いのスペルカードが光りだす。
「セネ…ギエ……ラ」
「ソウルスカル」
美鈴は苦しみながらも懸命に、咲夜は淡々とスペルカードの名前を言う。
「9!」
「プチュア!」
互いにおびただしいほどの弾幕が襲い掛かった。
結果的に言うと、勝ったのは咲夜だった。何故ならば、美鈴が放ったセネギエラ9は何と
霊夢が張った結界により打ち消されたのだ。
妹紅によるダメージを受けた直後のスペルカード既に威力は失われていた。
対する美鈴はそのダメージで戟を地面に落としてしまい、素手の状態。
「ハアッ…ハアッ……グッ!!」
そして身体のいたるところにナイフが刺さっていた。
ソウルスカルプチュアを放つのと同時に事前にあたりに放っていたナイフが刺さったのだ。
美鈴は全力でスペルカードを放ったため、自己の防御を捨てていた。
セネギエラ9で弾き飛ばしたナイフもあるが、それでも多くのナイフは彼女に刺さっていた。
誰が見ても、勝敗は明らかだった。既に美鈴が彼女たちにかなうすべはない。しかもだ。
「霊夢!」
「魔理沙」
ここに来て…レミリアと魔理沙が合流した。このままの状態で戦っても、万に一つとして美鈴が勝つ手はない。
「……間に合ってよかったわ…咲夜、大丈夫?」
「はい。足止めは成功といえるでしょう」
腹のダメージをものともせず、平然とした表情で深々と頭を下げる。
「さて…美鈴……あなたの下らない茶番もこれまでよ。
『渇き』が起こるまで時間がないし、あなたを拘束するわ。私たちの勝ちよ」
そう…微笑んで、レミリアは勝利宣言をする。
が
笑っていたのは……レミリアだけではなかった。
「フ…フフ……アハハ………アハハハハ」
何と、美鈴も笑っていた。
「アハハハハハハハハハハハハハ!!!」
仕舞いには血だらけの右手で顔を覆うようにして狂ったように笑う。
このどうしようもない状況でついに気が振れてしまったか、いや『狂気』が表れてしまったか、と周りは身構える。
「何が……おかしいの?」
レミリアはその今までにないくらい嬉々の表情を浮かべる美鈴に慎重に問う。
「おかしいんじゃない、嬉しいんですよ! アハハ! どうやら天は私を最後の最後で導いてくれたようです!」
今までにないくらいの笑顔で美鈴は笑い続ける。
「本当のことを言うと、私も終わった…と思いましたよ! 咲夜さんがでてきた時点で!
でも! 我慢し続ければやっぱり最後には福が来ますね! 最後の最後で運も私に傾きました!」
「だから…何が!?」
「分かりませんか!? この私がこうなる事を予想して策を練っていた事に!?」
そう……彼女は述べた。一同は戦慄する。
「なん……ですって?」
「そして…どうやらあちらも成功したようですね」
何とか笑いをこらえて、何も無い空を見上げた。すると、其処に一筋の切れ目が入り……スキマが現れた。
「わっ!!」
そして其処から出てきたのはフランドール。丁度美鈴を真ん中に、レミリアたちとは対極に出てきた。
「なっ!!」
「フラン!」
最も守らねばならない人物がこの超危険地域に出てきた事に一同は驚く。
「お姉様……」
フランドールは彼女たちに気付いたのか、声を出す。心なしか息が切れいているように見える。
無理も無い。今まで精神世界の中とはいえ、死闘を繰り広げたのだ。精神的ダメージは大きい。
「フフッ」
美鈴は待ってましたといわんばかりにレミリアたちに背を向けると、フランドールと向かい合う。
「まさか……」
藍は顔を青くする。その直後もう一つ、スキマが現れると、其処からボロボロ姿の紫が現れた。
彼女は美鈴の傍まで飛ぶと、彼女と背を合わせるようにレミリアたちに向く。
「あらあら……ボロボロじゃない」
「色々と予想外の事がおきましたので」
背中越しにそんな会話をする。
「そう……じゃあ後は任せるわ、こっちは私がやるから…心置きなく戦いなさいな」
「はい」
すると紫はレミリアたちに、美鈴はフランドールに対してそれぞれ構えた。
「……紫様!?」
「藍? あらあら、大分頑張ったようじゃない? 主として嬉しいわぁ」
「そ…そんな事よりも! どうして!?」
全く状況がつかめない一同…だが、ただ1人霊夢だけは冷静だった。
「そう……やっぱりそうだったのね」
「れ、霊夢? どういうことだ?」
「簡単な話よ。この二人は……最初から組んでいた」
探偵霊夢はしきりに頷きながら言う。
「何時から組んでいたか……其処までは分からないけどね。でもこれでピースがはまったわ。
おかしいと思ったわ。これでも紫とはそれなりに付き合ってるから分かるけど、
何であっさりと彼女の結界が破れたのか……疑問だったのよ。でもこれで納得行く」
「さすがは霊夢…さすがは巫女ね」
「美鈴が私たちに手こずった場合……あなたがここに連れて行く手はずになっていた。そうよね?」
「ええ」
扇子をパタパタと仰ぎながら頷く。
「一つだけ聞かせて頂戴。何で彼女に手を貸したの?」
「ふふふ……『面白そう』だったから」
「面白そう…って、あんた! そんな理由で!?」
「そうよ? 人生楽しみが無ければつまらないわ」
「紫! お前これには人の命が懸かってるんだぞ!?」
「そうねぇ…其処にいる愚かな吸血鬼の1人がね。それがどうしたの?」
「お前……!?」
フランドールの命をまるで物のように見ている紫に一同は絶句する。
「フラン……」
紫がいるため迂闊に近寄れず、レミリアは心配そうな声を出す。
「大丈夫お姉様、私は勝つから」
そんな姉に、妹はきっぱりといった。それに一同は又驚く。
その声には『狂気』的なものは一切無い。この紅い満月が昇っているというのに。
「どうやら…己の内に巣食う『狂気』に勝ったらしいですね?」
「何とかね。QEDまで行ったわ。少なくとも今夜私が暴走する事はない」
「……私と戦う条件は手に入れたわけですか」
「そういうこと。今夜は……私が勝たせてもらう」
「たかが『狂気』に勝ったくらいで舐めてもらっては困りますね」
「それも分かってる。それも込みで…全ての意味で、あなたを超える」
「そうですか。私もあなたを殺す気ですから…命を懸けて来てください」
「言われなくとも!」
そういうと2人は戦闘を始める。美鈴は重症を負っているのに、その身体を奮い立たせ
今までと変わらないくらいの能力で戦っていた。他の一同も参戦しようとするが、紫がそれを阻む。
「ふふふ…さて、美鈴にも時間がないわけだし、私たちも始めましょうか」
「紫、通しなさいな」
「い・や・よ。約束してるから…ここは通せないわ」
「……紫、あなた、私たちに勝てると思ってるの?」
そう、一度彼女は霊夢に負けている。だというのに紫は大胆不敵に笑った。
「ふふふ、霊夢……一つあなたは重大な事を忘れてるわね」
するとだんだん紫に纏う邪気が濃くなっていく。
「私は幻想郷『最強』とうたわれた妖怪よ? あの程度の戦いで本気を出したと本気で思ってるの?」
「なん…ですって?」
「丁度良い機会だわ、あなたたちには…一度恐怖を味わってもらおうかしら」
そう言ってパチン! と扇子を閉じると…弾幕が一気に発射された。
◆ ◆
それは美鈴が永遠亭に運ばれて、意識が回復したときの事。
「おはよう美鈴」
「おはようございます、紫さん」
目覚め、起き上がった美鈴は傍に座っていた紫を見てにこりと笑う。
美鈴は寝巻きから傍においてあった新しい自身の服(咲夜が用意したのをメイドが持ってきたらしい)を着る。
帽子は無い。紫曰く、紅魔館にあるそうだ。
「さて……作戦会議です、紫さん」
どっかりと座ると美鈴は話を切り出した。
「言わなくても分かってるわ。あなたが陽動してその間に私がフランドールを『狂気』からの脱出まで導いて、
最終的にあなたのいる場所まで連れて行く」
「それは緊急の策です。全てがうまくいけばそんな事をせずとも私がそちらに向かいます」
「そうね、そうなる事を願うわ」
とはいえ2人の作戦はその最悪の方向、緊急事態の場合での動きについて話が進んでいた。
「で、あなたは霊夢たちに勝てるの? 弾幕戦が主体になるわ」
「勝てませんね、間違いなく。……肉弾戦に持ってこれれば話は変わりますけど」
「はぁ…難儀なものねぇ……あなたの身体も」
「今更恨んでも仕方ありませんよ」
吸血鬼化した際、美鈴は決定的な弱点…致命傷とも言えるものを負ってしまった。
陽の『気』と陰の吸血鬼から生まれる『狂気』。この対極であり、互いに力を持った能力が障害として残っている。
元々美鈴は人間の頃、『気』を弾丸として放つ…つまり弾幕などという芸当は出来なかった。
正確に言ってしまえば、『気』を遠距離形態として扱う事が出来なかった。原因は彼女には才能が元々無かったのだ。
彼女の一族は代々『気』を使う能力に突出した当時の人間で言えば特殊な種類に含まれていた。
彼女の父親も、そしてその前の『紅』の名を受け継いだものは『気』を使える存在だった。
特に父親は歴代でも突出したほどの腕前で、遠中近全てにおいて『気』を操れるまさに天才だった。
そんな人間の娘として生まれた美鈴は周りから絶大な期待を寄せられた。
事実、彼女は幼い頃から父親から授かった戦闘技術と知恵を恐るべき速さで飲み込んだ。
わずか6つにして大の大人とまともにやりあえるようになるくらいに。
だが、問題があった。その頃、本来ならば目覚めるはずの『気』の能力がまだ目覚めていなかったのだ。
父親は必死で教え込んだ。その結果、少しずつ開花していったものの、遠距離のみ彼女は一向に上達しない。
時間をかければ何とかなるだろうと父親は考えた。…だが、事件は起こった。
他の村の襲撃により、父親は死んでしまったのだ。つまり彼女に『気』の使い方を教える師匠がいなくなってしまった。
それからというものの美鈴は独学で『気』を使えるように訓練した。
結果、かなり時間はかかったものの近距離と中距離ではある程度使えるようになった。
が、遠距離に限れば成長は極僅かなものだったのだ。
彼女が『気』を使う存在として驚かれたのはあくまでも近接戦闘の場合のみだったのだ。
中、近接戦闘ならば徒手空拳でも十分やりあえるだろう。
だが遠距離で戦うにはどうしても弓矢のような道具が必要だった。
そこで少しでも離れた距離で戦えるようにと彼女が選んだのが戟だったのである。
だが吸血鬼化したことにより、彼女は『気弾』を使えるようになった。
本来ならばありえないことだった。それを可能にしたのが吸血鬼の力だった。
吸血鬼の力により心身共に力が増幅した結果、彼女は遠距離でも『気』を放てるようになった。
が、逆にある大きなリスクを抱えてしまった。それは『制御』の面。
通常の使い手(霊夢や咲夜たち)は己のポテンシャルと能力を駆使しているため制御などたやすい。
だが美鈴は人間から吸血鬼に変化させられた存在。更にいってしまえば陽のある種頂点ともいえる『気』と
陰のある種頂点とも言える吸血鬼の血…混ざれば拒絶反応が起こるのは目に見えていた。
その結果が弾幕を制御する際に必要以上に力を使うという点。
もし彼女が『狂気』に負け完全なる吸血鬼と化せば、この問題も解決されるのであろうが
其処には紅美鈴本人の意思が存在しないため、本当の解決にはならない。
彼女が彼女自身でいる間は、この問題は決して解決しない、いや…できないのだ。
それ故に彼女はどうしても弾幕の数と威力をセーブせねばならない。
そうしなければどうなるか…自身にも予想がつかなかったからだ。
以上のことから彼女は戦闘においてこと弾幕戦だけは弱いのである。
「人間の頃、皆は私を天才と呼んでいましたが、それは違います。私は凡人ですよ。唯、努力しただけです」
「そうね。常人には考えられない量の努力をね。でも私には到底理解しがたいわね。
あなたが何で赤の他人のフランドール・スカーレットに其処まで肩入れするのか。
自身の存在までかけてまでする意味があるのかしら?」
確かに他人から見ればそうだろう。2人の接点といえばせいぜい『狂気』くらい。
種族も美鈴のような人間→吸血鬼ではなく、フランドールは生粋の吸血鬼。
過去起こした『罪』の清算と考えても明らかにおつりがでる。
「似ているから? あなた以前そう言ってたけど、それも理解できないわね。
似ているとは思えないけどね。狂った娘と、あなたのような誰かのために命を捧げる存在が」
「……客観的に見ればそうでしょうね。でも根本では結局一緒なんですよ。私も彼女も、敵は一緒。
そうですね……似ているという理由のほかに挙げるとすれば、彼女の成長が見たいからといえば良いですか?」
美鈴は遠い目をしながらいう。
「私のような年長者としての楽しみの一つですね、他人の…特に若い人たちの成長を見るのは。
妖夢さんもそうですし、お嬢様もそうですし……特に、私個人が気になっているのが妹様です」
「『狂気』を持っているから?」
「はい。そして、現状で唯一彼女のみが『狂気』を破壊できる存在です」
なぜならば、それはフランドールが持っている『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』があるため。
その能力は彼女を一度破壊した、しかし逆に、覆っている『狂気』を破壊する事が出来る。
「妹様は…その能力が完全に覚醒されてしまえばまさに最強といえる存在になります。
私も…そして紫さんも、誰も彼女には勝てなくなる」
「そうね……」
今のフランドールの能力は完成されていない。彼女はまだ『物体』しか破壊できていない。
彼女の能力の本質は『物体』を破壊するだけにはとどまらない。
能力の完成系では、彼女は『概念』すら破壊できるようになる。
究極に言ってしまえば『生』も『死』も彼女の思うように操る事が出来る。
全てを超越した能力、誰も彼女にかなう事は出来ない絶対無敵の能力になる。
「今の段階では妹様はまだ覚醒していません。それが唯一の救いです。
もし『狂気』に支配されている段階で能力が完成してしまえば……私たちは終わりです」
「そうね…最初の頃はどうやって彼女に少しでも自我を戻させるかが焦点だったわ。唯…思わぬ形で自我が戻ったけど」
「はい。その点で言ってしまえば魔理沙さんには感謝してもしきれない位です。
水の入った紙コップに少しでも穴を開ければ、その穴から水が漏れ出し、穴が大きくなるのと同じように
閉じ込められた彼女の意思に、自我を少しでも出してくれた。結果…凄い速さで彼女は自我を取り戻しています」
「そう、だからあなたは決行する事にした。彼女の能力が完成する前に
彼女自身の手で己に巣食う『狂気』を破壊する策を」
全ての策は何時から始まっていたか。究極的に言ってしまえばそれはフランドールが壊れたあの晩から始まっている。
その後、何度も何度も修正し、今に至っているのだ。そしてその全てがある意味今回の事件に集約されている。
美鈴は真面目な表情で言った。
「今回の策……失敗は許されません。失敗すればそれ即ち未来の幻想郷の終わりを意味します」
「ええ。彼女が自らの『狂気』に例え勝ったとしても、『狂気』が最も好む恐怖を抱いている
あなたに負けてしまえば、彼女の成長は其処で止まる」
「はい。紫さんに押し付けるのは非常に心苦しいですが、この策が失敗した場合は、全ての後始末をお願いします」
「任せなさい。…しかし、本人のあずかり知らぬ所でこういった会話をするなんて。私たちはとんだ『悪人』ね」
「何を今更……」
プッと美鈴は噴出す。
「十分私たちは『悪人』ですよ。幻想郷のため、彼女のためとはいえ皆を騙してるんですからね」
「全くよ、あなたの場合は主人を…私は藍を騙すんだからリスクはかなり大きいわ」
「はい。ですがそこまでしないといけないくらい、実は切羽詰ってるんですよ」
物語には常に悪役が必要だ。どのような物語にも必ず一人は存在する。
今回の策では美鈴と、紫がその悪役を担う。悪役無しに人の成長はありえないからだ。
「今回の策はどうしても私が『悪人』になる必要がありました。
そして紅魔館陣営を裏切ることで彼女たちは精神的に重大な損害をこうむります。
今回で言えば、私が自身の意思で妹様を殺すということですね」
「ええ。そしてあなたが彼女たちと戦っている間に、私がフランドールを『狂気』と戦うように仕組み、
最終的にあなたの元に強制的に召喚する」
「私とあなたが裏でつながり、全てが私の策の上で動いていたということを知った彼女たちは完全に私たちを
『敵』、『裏切り者』と思います。これで立派な『悪人』の完成です」
「そして私たちと戦う中でフランドールだけでなく、他の者たちの成長を願うわけよね?
物語で主人公は『悪人』と戦うことで心身共に成長するわ。彼女たちはきっとかけがえの無いものを手に入れる。
でも…全てを画策した『悪人』の私たちは一体なにを手に入れるのかしら?」
確かにフランドールたちはこの事件が終わった後、手に入れるものは多いだろう。
だが対照的に『悪人』となった彼女たちはいったいなにを手に入れるのだろうか?
明らかに失う物の方が多い。なぜなら彼女たちは真実を語らないことを誓っている。
つまり、本当はフランドールの成長を願って…この策を行ったことを教えないということ。
あくまでも美鈴はフランドールを自身の意思で殺すために暴走し、紫はそれに手を貸した。
2人は『悪人』……霊夢たちはそう記憶する、決して裏のことは知らない。
それでは明らかな『自己犠牲』だ。だというのに何故2人はそれをするのか?
「私は『満足感』、あなたは幻想郷を守り、『面白さ』を充実することが出来る。
私たちはヒーローになる必要はありません。私たちは下手に長生きしすぎました。
あなたは既に善か悪かの領域で言えば、どちらかといえば悪に分類されてます。
それが究極に悪に傾くだけ。私は彼女の成長を見たいだけです」
「ま、私は構わないわ。『なにを考えているのか分からない』というキャラで通してるし」
「長生きしている私たちの役目は、これからを生きる若い者たちを導くことです。
それを考えれば、失うものなど微々たる物でしょう?」
そう、2人が手に入れるのは言ってしまえば『自己満足』。余り芳しくない理由だ。
既に美鈴は『善人』になどなろうとは思っていない。なれるとも思ってはいない。
ただ…自身が生きてきた証、教訓を後世に残さなくてはならない、ということだけは決めていた。
そのための本であり、そのための今回の策。生に執着していない彼女は
その相手を『成長させる』ということだけを目的として生きているといっても過言ではない。
自身は『武人』としての高みを目指しながら、その足跡を後世に伝える。
それが美鈴の生き方だった。だから『悪人』になり失ったとしても痛くは無い。
対する紫はあくまでも管理者だ。言ってしまえば中立。
本来ならばどちらの味方にもつかず、静観する立場。…それをする理由は彼女に対する『友情』と
フランドールの現状に対する危機感。美鈴に抱く『友情』は幽々子に抱く『友情』とはまた違うもの。
紫は生まれたときから既に妖怪の中でも異常とされてきた存在だ。
そのため一つの場所にとどまることをせず各地を転々としてきた。
そこで吸血鬼の中でも異端だった美鈴に出会い、似たような生き方をしてきた彼女に興味を抱いたのだ。
それが2人のなれ始め。それ以来、美鈴が重大な策を執行するとき、必ず紫がいた。
2人は他の誰にも負けない硬い絆で結ばれていたのだ。だから彼女は今回もこの策に参加した。
が、今回は今までと違い、紫も失うものがある。例えば、自身の式であり家族である藍や橙。
きっと彼女たちは幻滅するだろう。だがそれでも構わないと紫は思っている。
そろそろ藍は卒業するべきなのだと彼女は考えていた。
彼女に全てを任せ、自身はまた放浪のたびに出る……それもまた良いかもしれないと彼女は思っていた。
「お互い失うものは大きいけど、代わりに娘とも呼べる彼女たちが成長するのを見られるのは大きいわ。
娘とも呼べる彼女たちの成長を願うのであれば……確かに痛くも痒くもないわね」
コクリと頷くと、スッ、と美鈴は立ち上がった。そして結界の外、廊下を睨んだ。
「鈴仙さんがきます……紫さん」
「じゃ、そろそろ始めましょう」
スキマを開き、戟を取り出すと準備体操をしている美鈴に渡す。
「美鈴、もしお互い住む居場所をなくしたら……長い長い旅行でもしましょうか。
あなたの『渇き』も私の能力である程度は抑制できるし、生きる面ではそれほど問題は無いわ」
根本的な解決にはならないが、確かに紫の能力なら『渇き』はある程度抑制できる。
無論ワクチンがあればそれに越したことは無い。紫の能力では『耐性』はつかないからだ。
とはいえ紫がいるだけでも生きながらえることは出来る。その面ではここから離れることも可能だった。
「……じゃあ、その時は熱い温泉にでもつかりに行きますか?」
「そうね、はっきり言ってこの世の中は面白くないことばかりよ。
でも…そんな世界を私は面白く生きる。つまらなければ面白くしてあげるわ」
「『おもしろきこともなきこの世をおもしろく』…聞いたことがあります。まるで高杉晋作ですね」
「ふふふ……そうね。私は『面白く』するために生きているわ。このつまらない世界をね。
だから悪戯をして、毎日様々な『面白さ』を得てるの」
「あはは、じゃあ…その時は面白いものを目指して歩き回りましょう」
「ええ」
紫が扇子を振ると結界が他人には分からない程度、ある一箇所だけが弱まる。
「また後で会いましょう」
「はい。まぁ…緊急の策に頼らずに済めばそれが一番なんですけどね?」
「なるようになるわよ」
2人はお互いに忍び笑いをした後、美鈴は手に『気』を纏う。
「出来るだけ優しくしますんで」
「そう……じゃあよろしく」
耳を澄ませば鈴仙が廊下を歩く音が聞こえてくる。
「では」
「きなさい」
そして美鈴の一発は紫ごと結界を破壊し、この策の開始の合図となった。
◆ ◆
もう『渇き』が起こる12時まで10分を切った。この時間を過ぎれば一刻も早くワクチンを打たねばならない。
だがそれでは、恐怖を乗り切り美鈴を倒すという目標は達成できない。フランドールは焦る。
戦況は美鈴圧倒的不利かと思われたが意外に違った。フランドールが現れたことでまるで
水を得た魚のように動きが早くなったのだ。美鈴のほうが圧倒的に負傷しているにも関らず、戦局はこう着状態。
が、見方を変えれば全力状態の美鈴はフランドールを圧倒している辺り、
咲夜たちは十分役目を果たしたように見える。だが焦る気持ちは美鈴も同じ。
自分がまだ自我を持っている間に超えてもらわねばこの策は失敗に終わる。
そこで彼女は最後の最後で、ある提案をした。
「どうです? このままやっていても埒があきません。次の一撃で終わりにするというのは」
「…………そうね」
「この一撃に私はありとあらゆる力を込めます。これを破れれば、あなたは私を超え、恐怖を克服します」
「……いいわ」
お互いに距離をとり、力を練る。それはお互いに最も自信のある技を放つための前段階。
無言になり両者は互いをにらみつけた。
さて、こちらでは紫の今までとは全く違う実力に一同は驚いていた。
明らかに数で有利だというのに、負けていた。まず攻撃があたらないのだ。
当たった! と思えば、そこにスキマが開き、逆に自身等に帰って来る。うかつに攻撃が出来なかった。
紫の今の戦法は自身も攻めながら相手の攻撃をそのまま返すカウンター形式といえるものだった。
「クッ……紫様!」
「……藍、あなたは私の下でいったい何を学んだのかしら? 弱すぎるわ」
「紫! あんたって人は!」
「霊夢、あなたも巫女としての自覚を持ちなさいな。情は捨てなさい」
まるで子供に物を教える親のように戦う紫。明らかに遊ばれている。
霊夢たちは既に傷だらけ。対する紫は美鈴に受けた傷のみ、他は一発も受けていない。
「どういうつもりなの? あなたが其処まで入れ込む理由は何?」
「話す義理は無いわね。それよりも、其処までしてフランドール・スカーレットを助ける理由のほうを私は聞きたいわ」
「何ですって?」
レミリアの質問に、質問で返す。
確かに第三者から今までの経緯を見れば、明らかにフランドールが犯した『罪』のほうが重い部分がある。
「理解できないわね。フランドールが犯した破壊の量は明らかに多いのにあなたたちは彼女を守ろうとする」
「……何が言いたいの?」
「私が介入する理由はある、ということよ。私はこの世界の管理者。博麗の巫女以上に気を遣うの。
はっきり言って美鈴よりもあの娘のほうが危険なのよね…丁度良い機会だから排除しようと思って」
これは半分本当で半分嘘。今回の策が失敗に終わったら、最終的な始末は紫が行うのだ。
が、切羽詰っている状況にレミリアは彼女の嘘に気付く事が出来ない。
「逆に私たちには礼を言ってもらいたいものね? フランドールは『狂気』に打ち勝つ術を身に付けたのよ?」
「何ですって?」
「馬鹿な吸血鬼ね。じゃなきゃあこんなところには連れて来ないわ。なぶり殺しなんて『面白くない』もの」
「じゃあまさか……」
ようやくレミリアたちも気付き始める。最も、彼女たちの嘘の部分ではなく
何故今のような戦いの形になっているのかということ。
「どちらにせよ、もう終わるわ。あの2人、どうやら最後の一撃を互いに当てるらしいから」
「え?」
ここで彼女も2人の力が強まっているのに気付いた。
「あなたたちに出来る事は、願う事だけ。あの子が勝てばあなたたちの勝ち。あの子が負ければあなたたちの負けよ」
「……それであなたたちは何を手に入れるの?」
「別に何も、あるとしても話す必要はないわね。私が美鈴に味方してるのは友人であるという事と、
昔大きな貸しを互いに作ってるから。とにかく、私に攻撃しても当たらないから無駄よ。
それよりも、あの子達を見届けなさいな」
「……あなたは味方である美鈴を殺す気なの? フランが勝って美鈴が生き残るとは、判断できないわ」
「無論、殺したくは無いわね。だからあの子が美鈴に勝って、美鈴が生きてて更に『渇き』が起これば手伝ってあげるわ。
被害も無く、全て完結が一番良い終幕よ。その時はここを譲ってあげましょう」
グッ、と一同は固まる。確かに両者生き残るのが最高のENDだ。
紫はもしこの後『渇き』が起これば、手伝うといっている。これは最高の助力といえよう。
が、信用できない…何しろ今の彼女は完全なる『敵』なのだから。
しかし彼女に一撃も当てられないのは事実。このままでは明らかに力の浪費になる。
ならば……ここはあえて攻撃をやめフランドールと美鈴の一部始終を見届けようと考えた。
そして、もし紫が変な事をしたら、その時は容赦なく邪魔しようと決意する。
「わかったわ……一度攻撃をやめる。但し、今言った事キチンと守りなさい」
「ふふふ、子供は聞き分けが良くていいわ。守ってあげるわよ、そんな約束は」
カチンと来たが、我慢した。この怒りは後でぶつければ良い。
フランドールの対抗出来うる手札は現状、一つしか残っていなかった。
カゴメカゴメのような弾幕は駄目だ。無駄に打ちすぎるし、昨晩の戦いから学んで避けられる。
フォーオブアカインドでかく乱も無理だろう、美鈴の気配を察知する能力は異常に高いのだ。
そう考えた末、彼女が出した結論は唯一つ。自身が最も使い慣れているあれしかない。
使い慣れた杖を出し、炎を形成する。……レーヴァテインだった。
対する美鈴もまた同じような状況だった。実を言うと殆ど力は残っていない。血が流れすぎた。
また、『狂気』の侵攻もかなりのものになっている。『渇き』が起きれば制御できなくなるだろう。
だがフランドールに対し全力でいく、と言った手前、最高級の威力を持った技で相対するほか無い。
そう考えた彼女は唯一つ、ある技を思いつく。それはかつて妖夢を倒した事もある技。
現状で最大の威力を出せるであろう技はそれしかなかった。
美鈴を纏っている『気』が今までにないくらい濃くなっている。肉眼で見えるほどに。
それらの『気』は最初彼女を纏っていたが、次第に一本の長い線になり形を形成していく。
長い身体に、うろこ。そしてひげを生やしたそれ……『龍』にそれは変化した。名は『気龍』という。
身体は金色に輝くそれは、とぐろを巻くように彼女の身体にまとわりついた。
「……死ぬ覚悟は良いですか?」
右拳を突き出し美鈴は言う。その手に、『気龍』の頭が乗っかる。
「もう…『覚悟』は出来てる。後はあなたを越えるだけ。あなたを…あなたに抱いている恐怖を超えるだけ」
「……よく言いました。では、行きましょう」
美鈴は拳を…フランドールはレーヴァテインを力の限り引く。最速で最大の力をもち最大の威力を引き出すために。
そして、互いに飛翔する!
「行くわよ美鈴!!」
「来なさい!」
次の瞬間!
「三華『崩山彩極砲』!
「禁忌『レーヴァテイン』!」
二つの凶悪な威力を誇るスペルカードが激突し、それと同時にあたりに大爆発が起き2人の姿は煙に包まれた!!
霊夢たちからはどちらが勝ったか見ることは出来ない。
どっちだ? どっちが立っている?
まるで妖夢と美鈴の戦った時のような光景だ。違うとすれば、これはまさに生死を分けた戦いだと言う事。
ボフッ
煙の中から出てきて、地面に真っ逆さまに落ちていくのは………美鈴だった。
フランドールのレーヴァテインが一瞬早く美鈴に到達したのだ。勝負は……フランドールの勝利だった。
グシャ
既に感覚も何も無い。受身もまともに取れずに、ボロボロの美鈴は地面に墜落した。
脇腹にはレーヴァテインの当たった後が生々しく残り、抉れ消滅している。痛みで意識は今にも落ちそうだ。
後数十秒もしないうちに『渇き』が起きるだろう。唯でさえ様々な方法で強制的に『渇き』の時間帯を制御したのだ。
そうなれば、一時的に彼女の意思はなくなり、タイムリミットまで見境無しに暴れだすだろう。
だが…その前に、何としても…見届けなければならなかった。自分に勝った少女の姿を。
煙が晴れ現れたフランドールは何も言わない。彼女もボロボロだった。
鮮やかな羽もひび割れ、左腕がおかしな方向にひしゃげていた。息も相当乱れている。
彼女とて痛みで泣きそうだった…が我慢する。地面に仰向けに倒れ、動かない美鈴を暫く眺めた後、彼女は告げる。
「私の勝ちよ……美鈴。QEDも、あなたに対する恐怖も乗り切った」
勝ち誇った笑みを浮かべる彼女に、美鈴は彼女が成長した事を確信したところで、
其処からバッサリと意識が無くなった。
エピローグ
チュン チュン
小鳥たちの鳴き声が聞こえる中……美鈴はゆっくりと目を覚ました。
眼は包帯で覆われているため場所は確認できない。畳の匂いがしたため屋内だと感じ取る。
そして自身は布団の中に寝ているということも。激痛をこらえ、何とか起き上がる。
立つ事は出来なかった。流石にそこまで回復しているわけではないらしい。
感覚で普段着ている服ではないものを着ている事が分かる。そして全身包帯でぐるぐる巻きになっている事も。
場所も把握できた。起き上がったとき嗅いだ事がある匂いがしたからだ。
「永遠亭……」
そう、自身が脱走した場所。気配を探ろうと辺りに注意を払うと部屋の周りに強固な結界が出来ていた。
紫製ではない……この感じは恐らく霊夢だろう。そこまで考えたところで、美鈴はある一つの疑問を呟く。
「何で私生きてるんだろう」
ワクチンを打って生き残ったと言うのなら当たり前だが、それだけで済むはずではない。
自分はいかなる理由であろうと雇い主や他の面々に対して反逆行為を犯したのだ。
はっきり言って『罪』の重さから言えば極刑ものである。紫との計画では、ワクチンを打ち、
自身が助かった場合には紫が自身と共に安全地帯に逃げる手はずになっていた。
が、現状を考えるとその脱出策はうまくいかなかったことになる。
自身に『渇き』が起き、意識が無い間…一体何があったと言うのだ?
と、ここでこの部屋に誰かが近づいてきているのに気付く。
障子が静かに開き、中に入ってきたのは2人。……自身が最もよく知る人物たちだった。
「起きたようね……全くたいした生命力だわ。どう? 牢獄に入れられた感覚は」
レミリアと……咲夜だった。レミリアの声は冷たい。…無理も無い、彼女の信頼を裏切ったのだから。
2人は結界越しに畳に敷かれた座布団の上に正座する。
「そうですね……悪くはありません」
美鈴は努めて冷静に答える。彼女の中では、まだ自身は『悪人』を演じ続ける必要があった。
「何故私はここにいるのか……教えていただきたいのですが」
「あなた…あれだけ暴れておいて覚えてないの?」
レミリアのあきれた声に、美鈴は口を噤む。全く見に覚えの無い事だった。
「仕方ないわね、簡潔に教えてあげる。とりあえず今はあの事件から3日後よ」
ため息をつくと彼女は話し始めた。
あのあと、12時になったと同時に美鈴は『渇き』をはじめた。
今まで鈴仙たちが頑張りギリギリまで『渇き』を我慢させられてきたせいか、
彼女はその鬱憤を晴らすかのように暴れだした。最早敵も味方も関係ない状態。
更に運の悪い事に、力まで『吸血鬼』の方に傾いたため恐ろしく強くなってしまったのだ。
霊夢たちも必死に応戦したが、いかんせん歯が立たない。
これで終わりか…と思ったとき、突如紫が囮作戦を決行した。
紫自身が美鈴を押さえつけている間に今のところ最も力をもてあましていたレミリアが一撃をみまう。
そして美鈴が動けなくなっている間にフランドールがワクチンを打つ…と言うものだった。
何故フランドールなのか……それはフランドールの一言があったからだ。
『私が……私がやりたい。いかなる理由で美鈴が私を殺そうとしたのかは知らないし、聞こうとは思わない。
でも、彼女は彼女なりに私の成長に一役買ってくれた。今度は私が誠意を出す番。
それに……もしかしたら、私は生まれて初めて、『自分から望んで』誰かを守れるのかもしれない』
何を馬鹿な、と当初一同は思ったが、レミリアだけは違った。
最後の言葉…『自分から望んで誰かを守る』とフランドールが言ったのだ。
これは非常に大切な事。今まで誰一人として守ることが出来ず、守ったとしても無意識の内だった彼女が
生まれてはじめて、本当に自分から望んで誰かを守ろうとしている。
ならば……姉として、妹の更なる成長を願うのならば、叶えるべきだ。
但し、その相手が妹を殺そうとしていた筈の美鈴と言うところに苛立ちを覚えるが。
その後、紫が弾幕結界で美鈴を攻撃し、自身で羽交い絞めにした後、レミリアが最大出力のグングニルを投擲。
紫はギリギリで避けるといっていたらしいが、どうやら最後まで受け止める気だったらしく彼女も被弾。
2人の腹を貫いた後、フランドールがワクチンを注射した。そこでようやく美鈴の『渇き』は終わりを告げ、
完全に意識の無くなった美鈴はこうして永遠亭に連れてこられたのだ。
話を聞いていた美鈴は心の中で苦笑する。まさか…自身を助けたのが他でもないフランドールだったとは。
どうやら彼女は自身の思うところ以上に成長を遂げたらしい。
そしてここにいる理由も分かった。紫も又重症なのだ。話を聞く限り、自分を連れ出す余裕は無かったのだろう。
「……何か言う事は?」
話し終え、無言のままの美鈴にムッとした表情で聞くレミリア。
「そうですね……紫さんは?」
そう、気になったのは紫だ。話ではグングニルが自分を羽交い絞めにしていたお陰で逃げ切れず直撃したらしい。
死んだとは思えないが、気になる。
「安心しなさい。隣の部屋に入院してるわ。意識が戻ったのは昨日よ。
藍や橙が思い切りボコボコにしていたあたり、どうやら無事みたいね」
小さく口元をほころばせ笑う美鈴。どうやらあちらはあちらで相当な『罰』を受けたようだ。
「他には?」
「ないですね」
さて…今度は自分の番だ。今回の事件の主犯にして大罪人。全うな『罰』ではすまないだろう。
レミリアの放つ死刑宣告に、彼女は今までにないくらい冷静な態度で待つ。そして、彼女は言う。
「あなたに対する処罰をいうわ」
来た! だが美鈴はそれを静かに聞くことにした。
「とりあえず暫くの間隊長の任から下ろすわ。平のメイドとして基本門番隊で、有事の際は3つの部隊で働きなさい。
上司からの命令には例えかつての部下であっても絶対服従。断ったら即お仕置きよ。
またこれから先6ヶ月間給料はなし。また、暫くしたら3週間の休暇を強制的に取らせるわ」
ポクポクポクポク チーン
美鈴、再起動。
「何ですかそれは」
今度は先ほどまでと違って驚きの含んだ持たせた声で聞く。
「何って……あなたの処罰内容よ。なお、これに対する拒否権は認めないわ」
まぁおどろくのも無理は無い。極刑物だと考えいた『罰』が明らかに軽すぎた。
「フランドールからの頼みなのよ」
そんな彼女にレミリアは言う。美鈴は『妹様が?』と聞き返した。
「それと後一つ。あなたを今後、フランドールの教育係に任命するわ。これも拒否権なし」
「………どういうことです?」
訝しがりながら聞くのも無理は無い。おかしな話だ。
あのフランドールがまさか自分を守ったとは到底信じられない。何しろ彼女は被害者なのだから。
「私もそう思ったわ。彼女の言い分ではね、まだあなたを超えていないからだって」
「私を超えていない?」
「昨日の件も、あなたがあそこまで負傷してたから超えられたんだって。
だから、今度は自身が正常なうちに、あなたから技術を受け継いで、自分で昇華してあなたを何時か倒すって」
「…………」
「それに、お父様からの命令でもあるの。何を考えているのかは知らないけどね」
「ランド様の?」
それこそおかしい。未遂だとはいえ、自身は彼の娘を殺そうとしたのだ。
明らかな反逆…処刑ものだ。だと言うのに、何故彼は自身をかばう?
「私にも分からないわ。昔からそういう人だからね。とにかく私が口を挟める状況じゃないの。いい?」
「…………」
「返事は?」
「…分かりました」
とりあえずまとめてみる。どうやらこういうことらしい。
レミリアその他の者たちは自身を極刑物だと言ったらしいが、被害者であるフランドールと
最終決定権を持つランドがそれを突っぱねた。
そして自身はこれから先も紅魔館に仕え、以前ほどの地位ではないが生きていく事が保障されたらしい。
……とまあ、こんなところだろうか。
「言っておくけど、私はあなたを許したつもりは無いわ。あなたの『罪』は十分重い。
あなたが何を考えているのかは私には分からない。でも確実なのは私の『信頼』を失ったのよ」
「そうですね」
「もしそれを取り戻したくば、キチンと与えられた任をこなしなさい。
そして、二度と今回のような事を考えない事。その時は誰が何と言おうと私があなたを殺す」
「肝に銘じておきます」
とりあえずコクリと頷いておく。
「じゃあ、私は永琳たちのところに戻るわ。紅魔館に戻るまでにその傷はキチンと治しておきなさい。
戻ってきたら死ぬまでこき使ってあげる。……それと、先ほど与えた強制的な休暇を使って
随所に謝罪しに行きなさい。周りを巻き込んだあなたの『罰』よ」
其処で又静かに頷く。レミリアは言う事がなくなったのか、
「咲夜、行くわよ」
というと、部屋から出て行った。咲夜も、結局美鈴に声をかけることなく部屋を出て行った。
1人部屋に残された美鈴。
「あらあら、大分嫌われたようね」
そんな彼女のすぐ傍にスキマが開き、紫が現れた。
「まぁ…仕方ありませんよ」
こういう突然の出現には慣れたのか、普通に話を進める。
「はっきり言って今回の件で、私とあなたの霊夢たちに対する好感度は思い切り下がったわ。
ま、暫くはこんな冷たい態度を取られるでしょうね」
「今更ながら、後悔してるんですか?」
「別に。ただ…本当のことを話せば少しは待遇よくなるんじゃなくって?」
「紫さん……言ったでしょう? 話してはならないと」
真実を話せば、彼らはそれなりの罪悪感を抱くだろう。形は様々だが。
そうなると、色々と面倒だ。美鈴が一番恐れているのはそれで彼女たちの『成長』が止まること。
そうなってしまうのであれば、あえて自身を『悪人』としてしまい、真実を告げない方が幾分かマシである。
そう考えた上での決断だった。だから紫もそれ以上は何も言わなかった。
「ところで紫さん。相当手痛くやられたみたいですね?」
「そうなのよ。お陰で脇腹がまだ痛いわ」
「いいえ、そうではなく…藍さんと橙さんのことですよ」
「? ああ……そのこと」
紫は最初、グングニルを受けた際の傷の事かと思ったが、違うことに気付くと、苦笑した。
「ま…仕方ないわね。『覚悟』はしてたし」
「大丈夫ですか?」
「痛かったわ…それも、心に凄く響いた。藍よりも橙が怒ってね。彼女、泣き叫びながら言ったのよ。
『どうして私たちに一言も相談してくれなかったんですか!!』ってね」
「そういえば…橙さんは今回の件の前に、眠らされてたんでしたね」
「ええ。だからその怒りようはすさまじかったわ。今でも殴られた頬が…痛いもの」
それは橙の心の痛み。傷は治っても、その痛みは完全に言えることは無いだろう。
「藍さんは?」
「怒ってたわ。でも予想したほどじゃなかった。正直拍子抜けよ」
「それは、あなたのことを家族だと思っているからですよ」
美鈴にはその理由が分かっていた。そう、家族だ。
あの3人は主人と式という関係だが、生活様式を見ていると立派な家族なのだ。
だから、式だとしても主に対して殴る、などの行為が出来るのである。
「家族だからこそ、あなたに其処まで怒る事が出来たんです。愛されてますね、紫さん」
「……そうね、私も…生きている間に相当背負うものが出来てたみたい」
「人生なんてそういうものです」
2人で小さく笑いあう。すると紫は唐突に質問をする。
「ああ…そういえば聞かなきゃならない事があったわね。美鈴、あなた『渇き』はどうなったの?」
「収まってます。成功したんですから当たり前ですね」
「そう…それでいいのよ。それである意味この事件は完全に終わりなのだから」
紫の願いは誰も死なない事。それが一番大切なことだった。
それが達成された今、ようやく2人は休む事ができる。
「そういえば…温泉の件、パーになったわね」
「あら…行きましょうよ、何時か……必ず」
「そうね…何時か行きましょうか」
真昼の永遠亭で、2人は暫くの間笑いあった。
今回の事件、得られたものは大きいが、失ったものはそれよりも更に大きい。
ハッピーエンドなど存在しない。あるのはバッドエンドか、ノーマルエンド。
美鈴はこれから先何度も罵られる事だろう。嫌われたのだから仕方ない。
だが彼女は『後悔』していない。1人の少女が『成長』し、未来への道を開けたのだから。
最早過去の人物となりつつある自分が表舞台に大々的に出る必要は無い。
これからは彼女たちの時代なのだ。後世には何かを残す。
そのためならば、彼女はいかなる『罰』も受ける事だろう。
終幕
とりあえず確認した誤字の類ご報告。
彼女自身の手で己に救う『狂気』を破壊する策を →巣くう
美鈴の気配を察知する能力は以上に高いのだ。 →異常に
最早敵も味方も関係ない常態。 →状態
グングニルを自分を羽交い絞めにしていた →グングニル『に』か『が』あたり?
きっと次回作は霧雨亭の温泉に入る咲夜さん、そして乱入する紫と美鈴の話に違いない!!
素晴らしいです、この『狂気』シリーズ最高に楽しませていただきました。
美鈴の設定がそのままなら、フラワーマスターとのからみとか読んでみたいです。(我侭を言ってすいません)
次回作、楽しみにして待っています。
文句なしに面白かったです。
満点を送りたいところですが、長い間待たされたという自分勝手な理由で-10点させていただきます。ごめんなさい…。
この事をけして語らない事は「勝利」と「悪人」
この事件によって未来は大きく成長した事でしょう。
次回作のシリーズ楽しみにしてます。
今度は明るく笑えるストーリーだと良いな~~。
「」つきのキーワードですが、繰り返して使いすぎて逆にチープな印象になってしまった感があります。
続きも楽しみにしております。
誤字 脱字
でも残念、あなたが潰したのは『狂気』のほんの一部。今日の満月で発動するだった『狂気』。→発動するはずだった
人が其処にいる、という『気配』もそうだし、さっきを読む事も一つの『気配』を読む事に繋がる。→殺気を読む
フランドールはレーヴァテインを命いっぱい引く。→めいいっぱい(これは微妙、というか不明)
次回作楽しみにしております。
初めて、辺り、刺さっていた。→当たり?
狂気編お疲れ様でした!今回も寝るのを忘れて読み耽ってしまいましたw
まだ続くとは、しかも咲夜さんメインとは嬉しい限り。待ってますよ~
最近(・・・というか昔から?)
非常に単純な『悪人』がでている作品(創想話内のことではありません)が多い
と思っていた私には、今回のような美鈴や紫のような『悪人』が出てくる作品
は非常にすばらしいものでした。
まだ次回策の構想があるようなので、次回策を楽しみにしております。
『狂気』というテーマをここまで冷静に、かつ熱く書ききる黒猫氏に脱帽です。
私は大失敗でしたから余計に……(滝汗)
ううむ、この美鈴はいつ見ても格好良いなぁ……。
紫様も良い黒幕っぷりでしたし。
個人的には妹紅の活躍が多かったので嬉しいです、わーい。
悪役を自ら引き受ける(または任ずる)には、氏の挙げた『覚悟』も当然ですが、
それを貫き通すに値する確固たる『信念』、
矢面に立たされても怯まぬ『勇気』が不可欠です。
これら3つは決して一人では得難いものです。
きっかけは、必ず誰かとの繋がり。
その根幹が作中のフランのような『憎しみ』から起こったものであっても、
何かしらの想いを抱く相手無しには持ち得ないのですから。
……まあ、某クロニクルの受け売りなんですけどね(ぉ
やはり長文ゆえか、若干表現が冗長に感じる部分がありました。
読み終えてしまえば気にならないレベルですけれど、誤字脱字の部分も含めて、もう少しだけ推敲に時間をかけてもいいと思います。
私みたいにただの遅筆でなければ(爆)
次回も勿論期待してます。改めて、お疲れ様でした。
やはり誤字報告がたくさんありましたね……報告ありがとうございます。
>名前が無い程度の能力さん(2007-04-28 21:56:38)
名前って美味しいの?さん
TWILIGHTさん
名前が無い程度の能力(2007-05-01 20:59:19)
どうもありがとうございました。一気返しですみません。
>名前が無い程度の能力さん(2007-04-28 22:23:32)
次回は咲夜と美鈴ですね。…紫はもうちょっとあとに出す予定です。
>一君さん
フラワーマスターは永遠亭編での絡みで出す予定です。
それまでお待ちを……。
>名前が無い程度の能力さん(2007-04-28 23:21:43)
つ、次は早く書けるように努力します!
更新が遅くなると、飽きるときもありますから…。
>時空や空間を翔る程度の能力さん
うっ、ぐ……す、すみません。もう少しシリアス傾向続きそうです。
ほのぼの系は『藍物語』でやろうと考えていますので、
そちらをお望みなら、もう少しお待ちを……。
>名前が無い程度の能力さん(2007-04-29 01:23:12)
助言ありがとうございます。確かに、もう一度読み返すと
チープな感じがあるような…以後気をつけます
>名前が無い程度の能力さん(2007-04-29 06:07:21)
ご期待に添えられるかどうか分かりませんが、努力します!
>SSを読む程度の能力さん
どうもありがとうございます! そう言っていただけると
書いていたかいがあるというものです!
>Zug-Guyさん
自分、某クロニクルは知らないんですよね…。
長文に関しての問題は、もうG.Wあけますから
じっくりそれなりに時間をかけて書いていきたいと思います。
この『狂気』シリーズにお付き合い下さいまして、
皆さん本当にありがとうございました。
なにより、すんごい惹きこまれました。
ACT3の輝夜登場シーンでは不覚にも涙が・・・。
この作品と出会えたことに感謝します。
めーりん最高!!!
あ、唯一つ心残りがあったんです。
それは、霊夢の思考。
あれのせいで、あまりにも紫の位置関係が予測できすぎて展開にドッキリがなかったです。
それでも十分楽しめましたが!
かっこいい美鈴は良いものです
あと誤字というか覚え間違いかな?
美鈴のスペルカードの「セラギネラ9」が「セネギエラ9」になってますね