「お嬢様、とてもとても、大切な話があるの」
「・・・何?どうしたというの?」
何度目の来訪だろう。
今日もまた、四人でお茶を飲み、
三人でパチェの研究の邪魔をして怒られて、
そしてまた笑おうと、
どんな事をするのかと楽しみに通った、
そんな時の事だった。
「こいつらを連れて行って。
そして、二度とここには来ないで」
笑顔が、そこにはなかった。
かわりにあったのは、悲壮な表情と、
いきなり谷底へ突き落とされたような、
全く想定だにしていない、嫌な言葉。
「パチェ・・・?何を言っているのかしら?
こいつら?
貴方、自分が何を指して何を言っているのか解っているの!?」
「解っているわ。
私ことパチュリー=ノーレッジは、
錬金術に飽きて、あんたと居るのも疲れて、
この二人もいい加減要らないから捨てたいって言っているのよ」
冷淡なその言葉に、二人に聞かせるには余りにも酷な言葉に、
でも、それを聞いても意味が解らないのか、
何の反応もしようとしない二人を見て、余計に、怒りがこみ上げてくる。
「貴方・・・貴方っ、今なんて・・・」
「良い事レミリア=スカーレットっ!?
今まで私はあんたが怖くて仲良く付き合うフリをしていたけれど、
別にあんたとは友達だと思った事は全くなかったわっ
でも一緒に居てよかったわ、あんた、人の一人も殺せないんでしょう?
だって、私が何を言ってもあんた、私を殺そうとしなかったものね。
それが解っただけでも収穫っ、もう怖がらなくていいものっ」
「・・・・・・」
「だからもうそんなフリするのは沢山っ
別に私はお金もあるし、錬金術なんて修めなくても生きていけるのよっ
あんたの暇つぶしに付き合わされるのは、もう嫌だって言ってるのっ」
「それで・・・それが、この子達を、
パチュリーやフランドールを創った事への、言葉なの?
私に合わせていたのは仕方ない。
恐れて仲のいいフリをしていたのは仕方ない。
それに疲れたのも仕方ない。
でも・・・でもこの子達は貴方の事を親だと思い、
私の事を友達だと思い、今もっ、今だって貴方と私を慕ってくれてるのよ!?」
「ふん・・・だから何?
所詮人の作ったものじゃない。どうでもいいわ」
友人は冷酷に、不機嫌そうな顔のまま、そう言った。
殺してやりたかった。
今すぐにでも懐に飛び込んで、心のままに無残に無様に切り刻んでやりたい。
血も肉も一点の欠片も残す事無くこの世界から消滅させてやりたかった。
それが、人間の言う言葉か。
「・・・・・・見損なった。でもあの子達はあなたの創りしモノよ。
せめて・・・自分で責任を果たしなさいっ」
でもできない。
この子達の前でそんな事はできない。
やってしまえば、この子達にとってどれだけ不幸だろう。
友達が、自分の親を殺しているシーンなんて、見たがるはずがない。
「え・・・?待って、待ちなさいっ、連れて行きなさいよっ!!
せめてこの子達をっ―――」
その言葉を、最後まで聞きたくは無かった。
人間不信になり、もうパチェのように思われるのは嫌だから、
錬金術師達に脅して付き合わせていると思われるのが嫌だから、
あの子達の様に不幸な子達が生まれるのを目にするのが嫌だから、
彼らと別れようと思った。
交流を棄て、しばらくは一人で居ようと思っていた。
その矢先だった。
とある、パチェと仲の良かったらしい錬金術師が私の元を尋ねてきた。
最初は追い返そうとしたが、彼は私を見るなり涙を流し、
しゃがれた声でこう告げた。
「ノーレッジは死にました」
それは、確かに驚いたが、だけれど、
それがどうしたのか、と言う程度だった。
続く言葉を聞くまでは。
「以前から多くの者が彼女の才能に嫉妬しておりました。
その者達は、非道にも彼女が貴方様と会する間柄である事、
怪しげな錬金術なる魔法の類を修めんとする事等を理由に、
『奴は魔女だ』と、教会へと密告したのです。
自らの保身の為―――」
「魔女・・・?」
「知りませぬか?魔女狩りの事です。
何百年もの昔から行われていた、教会の主導する政策の一つなのです。
今はもう教会が主導する事は減りましたが・・・民が」
「それが・・・その魔女狩りというのに遭うと、どうなるというの」
「まず、命は助からないでしょう。
男はむごたらしくなぶり殺され、
女なら恥辱を受けた末にいたぶり殺されると伝え聞いております。
そして・・・ノーレッジもまた、それを察知し、
自らが死した際には、この事を貴方様に伝えてくれ、と・・・私に」
「それは・・・いつの事?一体、何故そんな・・・」
「一週間ほど前の事です。
私は貴方様にいち早くこのことを伝えたかったのですが・・・
貴方様は中々いらっしゃらず・・・今の今まで伝えられませなんだ」
その言葉の通りなら、
私と最後に会った日の数日後に、パチェは魔女狩りに遭った事になる。
私が引きこもっていたその所為で、
パチェの死を知るのがこんなにも遅くなるとは。
「・・・あの子達はっ!?
パチュリーとフランドールはどうなったの!?」
「で、ですからノーレッジは・・・」
「違うわ!!ホムンクルスよっ、あの二人はどうなったの!?」
睨みつけるように、
いや、睨みつけていた。
その目に老人は怯えるような表情を見せながらも、
考えるように天を仰ぎ、そして、思い当たったのか、
また私の面を見る。
「・・・あの二体がそうだというなら、恐らく・・・」
「どうなったの・・・?」
「心の臓の辺りを一突きにされていましたので・・・死んだかと。
あっ、だ、大丈夫ですかっ?」
予想通りに期待はずれな言葉が出、力が抜けた。
「ええ・・・でもなんで・・・何故そのような・・・」
「確かに人と似てはいましたが、
二体とも完全な人の姿はしておりませなんだ・・・
怪しげな魔女の使い魔とでも見られたのでしょうな・・・
まだあのように幼かったというに、ほんにむごい」
パチュリーの人の物とは違うあの髪の色がそうさせたのだろうか?
フランドールのいかなる生物とも似通らないあの翼がそうさせたのだろうか?
だとしたら、どれだけ人は罪深いのだ。
「・・・くっ」
「あっ、レミリア様っ」
声をかけようとする年寄り錬金術師を無視し、私は闇夜を翔んだ。
「・・・こんな、事が、ね」
屋敷に入った直後から、その悲惨な光景はすぐに眼に入った。
なで斬りに遭ったのであろう使用人達の遺体は、そのまま放置されていた。
鼻の歪みそうな程の悪臭。
敷き詰められた絨毯はいたるところに血がしみて黒く変色していた。
「なんで、パチェはこうなることを知って・・・
助けを請わなかったのかしら」
本当に私の事を嫌っていたのかもしれない。
それとも、諦めていたのかもしれない。
死ぬ目前だからこそ、私に反抗したのかもしれない。
そうだとしたら、あの唐突の行動も納得できる。
「馬鹿なパチェね・・・」
苦笑してしまう。
もうこの心は人のモノではない。
恐らくは悲劇的な末路を迎えた友人に、悲しみの涙一つ流せないのだから。
「研究室は・・・」
もう何度も通った廊下を、敢えて考えるようにゆっくりと進む。
それまでに幾度も目に写る、魔女狩りの姿を焼き付けながら。
「・・・・・・」
思っていた通りの光景がそこにあった。
パチェの愛用していた数々の実験器具は、
そのことごとくが破壊されていた。
幾枚もの紙が散らばっており、
手にとって読めばどれもパチェ直筆の文字の上に
『これは悪魔の文書だ』
と乱暴に書きなぐられていた。
私はそれを全て手に取り、綺麗にまとめ、机の上に置く。
その際、ガラスの破片が足に突き刺さるが、今はそんなものはどうでもいい。
部屋を見渡しているうちに、それよりも大切なモノを見つけたからだ。
「・・・パチュリー、フランドール」
搾り出すように呟く。
その言葉に、しかし当然の様に反応は返ってこない。
「そうよね・・・心臓を一突きですものね。それは、死ぬわ」
悪魔でも何でもないのだから、当然。
いや、悪魔でも死ぬのだろうか。
少なくとも私の主だった男は、砂に返ったな、なんてどうでもいい事を思いつく。
感覚が麻痺してしまったのだろうか。
まぁ、そんな悲劇的な現場に置いても、
下の使用人たちとは違い、
この子達は胸の部分以外の外見は傷一つついていないのが、
救いといえば救いだろうか。
二人とも、可愛らしい顔のまま、眠るように絶命していたのだから。
「別に良いのよ。ホムンクルスなんだから。
寿命は短いし、
ちょっとでも無理をしたら死んでしまう生物なのでしょう?
死ぬのは良いのよ。
でも、だからこそ、最後まで生きさせたかったのに」
もう笑顔は見られないだろう。
片言だったけれど話せたのだ。
意思は疎通していた。
パチェの事を親と思い、私の事を友人と思っていたのだ。
それなのに、こんな終わり方って、ない。
「パチェ・・・貴方は何をしたかったの?
なんでこんなになるまで・・・」
言いかけて、やっとそれに思い当たる。
あの日、パチェはこの子達を連れて行けと言った。
自分と会うなと言った。
それは、この子達を助けたかったからではないだろうか。
自分はきっともう助からない。
ならせめて、この子達だけでも―――
そう思って、だとしたら、それも納得が行く。
結局もうパチェは居ないのだから真意は解らない。
けれど不思議と、そちらの方向を信じてみたいと思った。
そして、ならば。
それならば、私は彼女達を保護しなければならなかった。
友人として、助けなければならない。
「・・・・・・死体にも、効果、あるのかしらね」
試したことは無い。
しかし、初めて同族を増やす気になった。
きっと、虚しくなる。死んだ血の所為で気持ち悪くなるだけだ。
だけれど。
「吸血鬼の私が、自分の為に自分でできる事は、せめてこれくらいよね」
自己満足。
今まで自分で吐き気がするとさえ思っていた人間臭いそれを、
私は今、自分に適応しようとしている。
「・・・私って最低だわ」
それだけ言い、二人の遺体に近づく。
まずはパチュリーを抱きしめ、首筋に牙を立てる。
かすかに、何かの植物の匂いがした。
それは、嫌臭の蒸れるこの館にあって尚、
それをかき消すかのように安らかな香りだ。
「ぐ・・・かっ・・・は」
牙から大量に流れ込む血液に、気持ち悪くなって吐き出しそうになる。
それを無理に飲み込み、また、更に吸い出す。
全身の血を吸い尽くし殺して、初めて対象は生まれ変わるのだ。
「っぷ・・・くるし・・・」
幼いとは言え、その体内に流れる血液の量は、
普段私が吸っている血液の量と比べて格段に多く、
軽く一月分の欲求を賄えるほどだった。
それを、私はもう一人分、吸わなければならない。
「く・・・くく、馬鹿ねほんと、馬鹿みたい。
―――いいえ違うわね、馬鹿なのよ私は」
ここでやめれば、満腹になるだけで済む。
これ以上吸って体調に異変でも起こられてはたまらないだろう。
なのに、やめるなら今だというのに、私は―――
カプッ
パチュリーと同じ香りのするその首筋に牙を立て、動脈へと突き進めた。
「・・・んくっ・・・くっ・・・ぐっ・・・・・・けふっ・・・ごほっ」
むせてしまいそうになる。
徐々に胃の中へと流れ落ちていく液体。
既にお腹は限度を超えている。
まだ、全部は吸い尽くせていない。
「ふぅ・・・ふぅ・・・っ・・・くふぅ・・・・・・けふっ・・・」
無理やり飲もうとしても、
喉はもう血液をそれより下へ飲み流してくれない。
身体も異常を訴えている。
これ以上吸おうとするのは、私自身まで危険だ。
どうなるか解らない。
「・・・・・・コク」
だから、どうしたというのだろう。
死んだからどうなるというものでもない。
単純に死ぬというなら、私は既に数年前に死んでいる。
「・・・んっ」
全部吸い終えたのだろうか。
スー―――
と、空気のみを吸う音がし、やっと牙を抜く。
「・・・・・・く」
直後。
ぐら、と視界が白黒し、そのまま暗転した。
「・・・・・・さまーっ」
「・・・ィッ、しっかりしなさいっ」
「・・・ぇさまーっ、死んだらやだーっ
灰にならないでーっ!!」
「・・・・・・ん・・・?」
顔の上の方、両脇から必至そうな声が聞こえて、私は眼を覚ます。
「あらパチェにフランドール・・・どうしたというの?」
「起きたっ、パチュリー、お姉様起きちゃったよっ!?」
「・・・はぁーーーー」
なんだか失礼な驚き方をする妹と、
明らかにわざとらしい長い長いため息をついてくれる友人が居た。
さっきまで起きろとか言ってたのに起きた途端にこの扱い。
何よこれ?
「どうしたのじゃないよっ、お姉様もうダメなんじゃないかとっ」
「は・・・?」
というか、何故フランドールが?この子確かずっと部屋に―――
「湖の氾濫で床上浸水になって、
棺のある所まで水浸しになってたのよ・・・」
「洪水・・・?」
「梅雨だったでしょ」
「ああ、そういえばそんな季節もあったわよね、この世界には」
「はぁ・・・
本人はこんな気楽なのだから、心配する側は疲れさせられるわよ」
いかにも疲れた、と言った感じにため息をつく。
ここは博麗神社で、
どうやら咲夜は事後処理に見舞われていて当面こちらに顔を出す事は出来ないらしい、
という辺りまで聞いて、
やっと事態を飲み込めた。
それほどまでに私は寝起きでぼーっとしていたらしかった。
「門番に棺を担がせてここまで飛んだのよ。
妹様はすぐに眼を覚ましたけれど、
あんたいつまでも眼を覚まさないし、ほんとに焦ったわ」
冷静に言うが、しかしその額には汗を浮かべている。
きっと、心配してくれたのだろう。
「おねーちゃんおきてーっ」
「れみりあちゃーんっ」
「・・・っ」
「どうしたのお姉様?」
パチェの顔を見ていて、一瞬気が遠くなった。
フランドールに呼びかけられて、すぐにそこから戻る。
「う・・・ん、なんでもないわ。疲れているのね、きっと」
「そう。棺桶に入っていたとはいえ流水の上に居たのだから、
そういうのは有るかもしれないわね」
その時に一瞬浮かんだ光景に、何故だか、身体が震えていた。
光景が揺らぐ。
「え・・・」
「お、お姉様?わっ、そ、そんなに怖かったの?
あっ、それとも私が勝手にお部屋から出たから・・・」
「レミィ?一体どうしたの?何が・・・」
変に歪んで見える、
でもそれでも解る、おろおろとする二人を見て、そうか、と気づく。
昔から私は、一人では生きていけないのだ、と。
だからきっと、私はいつも、一人で居ないで済む道ばかり選んでいたのだ、と。
今はもう、記憶のあまり残っていない495年前の自分に、今更納得した。
(終)
ただレミリアとフランドールの年の差ぐらいなら納得できないこともないのですが、パチュリーは百歳前後という設定との食い違いが説明されていないのが気になってしまいました。ま、でもそこも気にしない人は気にしないのかもしれませんが。
改行の必要のないところで改行を行っているので無駄に長くなって
しまっているようです。