この服に、初めて袖を通したのは三日前。
私の見守る里の者が市の場で茶屋を開いたと言う話は聞いていた。
そこで接客を勤めていた者が風邪で倒れたのだと言う話は聞いていた。
程なく、私の元に茶屋の主人が訪れたのは四日前。
倒れたと言うのは主人の奥さんだったのだ。今は親戚の家で療養中との事。
しばらく店をしばらく休みにすることは出来ないのかと諭したのだが、まだ開店してそれほど長くない茶屋は長期に休業などしようものなら立ち退きを余儀なくされると言う。市では何より場所を押さえるのが困難だとか。
確かに里の者が苦労しているところを見捨てるのは心苦しい。
引き受けると言う返事をすると翌日からと言う話だった。今まで店を止めてしまっていたのだ、急を要するのも仕方が無い事か。
その翌日。私は里で奥さんにこの服を手渡されから主人の店へ。
店へ着いたら主人は早速開店の準備を始めていた。私も手伝おうとしたら先ずは服を着替える事を進められた。なるほどこの服はその為の物だったのか。見れば丁寧に畳まれた白い布はエプロンとブラウスのようだった。
主人も普段の服装ではなく厨房に立つコック服。その職にはその職の格好があるのは当然のことか。私も急いで着替えるとしよう。
ブラウスが含まれていた時点で洋装の類なのだろうと思った。確かに主人の店はこの辺りでは珍しく洋菓子を振舞う茶屋だ。
濃い紺のワンピースが落ち着いた色をしていて割と好みかもしれないとか考えた。
主人の奥さんが着用したいたものだと言うことだが、サイズや体型にさほど差が無く助かった。
襟を止め、袖を止め、む…少しスカートの丈が短いんじゃないか?
なるほど、だから奥さんが足を冷やさないようとこれを授けてくれたのか。女性が素肌を大きく露出するのは確かに飲食をする者の前では不衛生な印象を与えかねない。ならば丈をもう少し長くすればいいと思うのだが、今考えても仕方無いか。
履きなれないタイツを引っ掻いてしまわないようにゆっくりと足を通す。
……この姿、何処かで見た事があったような。姿見の鏡に映る自分の姿。
最後にノリの効いた白いエプロンをかけ、背中でしっかりと結んでってこの姿……まさか自分が着ることになるとは……。
「……い、らっしゃいませー」
とある店の前で、私はメイド姿のまま人前に立つこととなった。
~慧音細腕繁盛記~
そんなこんなで早三日。
「まさか自分達以外のメイドにお世話いただくことなるとは思わなかったわ」
「まさかメイドの世話をメイドの格好ですることになるとは思わなかったさ」
思わぬ客が訪れる事もある。
第一の客:十六夜 咲夜の場合
「いいんじゃないの? 私からすれば当然の姿よ」
少し湯気が落ち着いてきた辺りで目の前のメイドは紅茶を啜った。
買出しに来たところ一休みと言うことでこの店を選んだそうだ。
聞けば最近この辺りでは話題の店だったらしい。里の者の店が繁盛していると言う知らせはやはり嬉しかった。
「それほどの物だったのか」
「それほどの物よ。スポンジ一つとっても、この感じが出せるなんてなかなかの腕ね」
紅魔館で何でもこなすメイド長は勿論主人に菓子も振舞う。その腕が認めると言うことなのだから大したものなのだろう。まさか世辞を言えるタイプとも思えない。
「お茶の方もなかなか。葉の選び方も面白いわね」
香りを堪能した後にゆっくりと口にカップを添えて紅茶を一口。
仕えの者とは言えその仕草はまるで絵画に残しておきたいぐらい洗練されていた。メイドたるもの完全であれ瀟洒であれ。この様子を完璧と言わずなんと言う。
「ッ?」
そんな風にぼんやりと見入ってしまっていると、突如背筋に冷たいものが走る。
「……メイド?」
「……完成された腕により振舞われた茶請けと、その品に合わせて選び抜かれた茶の葉が織り成す至福の安息《ひととき》」
目の前の優雅な一時を堪能していた淑女がメイド長へと変貌した瞬間だった。
背筋に冷たい物が落ちていく。じわじわと足の先から冷えてくるこの威圧感。
「そうつまり……完成されたこの空間を作り上げる為に、この至福の為に、この瞬間に、それを提供する事が完璧でなければならないわ」
椅子の背もたれに体重を預けて腕を組むメイド。
おかしい、別に私はこのメイド長と同僚のメイドでもなければ部下でも無いのに有無も言わせぬ威圧感に身が強張る。
「さて」
「っ!?」
「私が何を言いたいか……分かっているわね、ハクタク?」
私の史書にさえ、かつて自分にこれほどの恐怖を感じさせた人間は他に居なかっただろう。
「一人の客の間に三度は身なりを確認しておけ」
「カップの音が許されのは飲む者の手にある時のみ」
「このケーキを一体何処から食べさせるつもりだ」
「私がこの世でただ一つ我慢出来ないのは―――ボタンをかけ忘れたカフスだ!」
私は何故か紅魔館のメイド教育の一環を受けていた。熱弁を振るうメイド長にただ「はい」と返事をするばかりだった。
例え客とは言えメイド長はメイド長。声が上がれば頭が下がる。
「まぁ、急な話だったみたいで貴女はまだメイドとして日が浅い。その全てを完成させるにはまだ時間がかかるでしょう。それは仕方の無いことね」
私はいつの間にメイドになったのだろう。反論すると恐ろしいので言わないが。
「でも心がけ一つで変わるものはあるわ。そう一番目に留まるのはその立ち振る舞い。その姿」
指をぴっと真っ直ぐに立てるとメイド長は品定めでもするかのようにテーブルの横に立つ私を上から下へ、下から上へ視線を流す。
ため息のように息を吐き出すと、メイド長は立ち上がり何処から出したのか細い棒のようなものを取り出す。あれは小さい鞭……
ピシッ
「っ!」」
「肩を内側に引っ込めない。背が曲がって見える」
う、やはり指摘が入った。
実はこの借り物の服で、唯一合わなかったのが胸周りのサイズ。
少し窮屈で、普段通りにしていると、どうも、その、胸が、前に出てしまう……。
「メイド長、その、実はこの服なんだが、」
ゾクッ
「……ハクタク」
「……はい」
「二度は無いわ」
「……はい」
有無を言わさない、とはこの事を言うのだと思い知る。
言われた通りに肩の力を抜いて腕を落とす。
「アゴを下げない、首を下げない、真っ直ぐと前を見る」
言われるがままに真っ直ぐに顔を向ければ自然と背筋が真っ直ぐになる。
そしてぐっと胸元がブラウスを内側から押し出す。
しっかりと胸元の開いたデザインのワンピースは、そのままの内側から押し出された胸の形を強調する。
「~~~っっ」
顔に血が上っていくのが分かる。段々と耳が熱くなってきた。さすがに恥ずかしい。
それでも顔を覆ったり下に向けたりしたなら目の前のメイド長は一体何をしてくるだろうか。
「……立派なものをお持ちね?」
「ふ、服が小さいだけだ……」
ふうん、とつまらなそうな返事をすると私の周囲をぐるりと回って再び椅子に腰掛けた。
「ふむ。まぁ、別に服が小さい感じは無いかしら。元々そう言うデザインみたいだし、その服」
自分の奥さんをこんな格好で人前に立たせてたなんて、一体何を考えているんだ主人は。……後で問いただそう。
「でもやっぱりそうやって居た方が様になるわ」
「確かに、背が丸まって見えるのは人前に出るのに良くない事だな。まさかメイドに教えられるとは」
「当然ね。さて、私はそろそろ館に戻るけど」
「ああ、すまなかったな。色々と世話になってしまっ」
と言いかけた時点でまたどっから出したのか小さな鞭が向けられる。
「いいかしら。その服はただの仕事着でもエプロン代わりでも無い……メイドの誇りを着ているのよ。
もてなす相手を前に、その時間に、その空間に、その服を前に完璧であろうとなさい」
「……―――はい」
自信と誇りに満ちたその姿は素直に凛々しいと思った。
いきさつはどうであれ今は同じ種の服に身を包んだ同業者。
せめてこの服を着ている間はこの店の為にどんな些細な努力を怠らないようにしよう。
それは店の為であると共に、私にこの服の誇りと意味を示してくれたメイド長の為でもある。
情けない姿は見せられまい。また鞭と何よりあの威圧感は味わいたくないものだった。
「よろしい。それじゃあまた。ハクタクの、」
「慧音でいいメイド長」
「咲夜でいいわ慧音」
「ああ、またいずれな。咲夜」
「そうね」
そしてメイド長は手も振らずに去っていった。
―――買出しに来た筈の品々を残して。
この日は開店の噂を聞きつけた客が集まり店は賑わいを見せた。
当初予定していた量を上回り売り切れになる品もいくつか出た。咲夜の言う通り腕の評判は良いようだった。
明日もまた忙しくなるのだろう、慣れない接客は感じていた以上に身体は疲れているようだった。
日に日に身体に重みが増しているようにさえ思える。湯船に浸かったまま眠りそうになってしまったぐらいだった。
商いの中で生計を立てる苦労を実感しながらその日は床についた。
―――翌日。
「いらっしゃいませ」
メイド長に言われた通り、心構えを身体で体現しながら店に訪れた客を迎える。堂々としていれば見た目の恥ずかしさなんて気にもならなくなった。
今日も晴れた良い天気。きっと客足も期待出来るだろう。店頭に立った初日はなるべく人目をはばかりたい気持ちだったと言うのに。
姿勢一つで変わるものなのだな。今度礼を持っていくとしよう。
途切れもせず更に新しい客が訪れる。商売繁盛。良い事だ。
「あぁここだ」
「いらっしゃ、」
それでもやはり見知った顔が現れると、驚きもするし恥ずかしくもなるものだった。
白黒のコントラストに天辺の尖ったつばの広い帽子は魔女のそれ。
こんな格好の少女を私は他に見た事が無い。
「ちゃんと『いらっしゃる』ぜ?」
「……いませ」
第二の客:霧雨 魔理沙
「まさか本当にメイドをしているとは」
「メイドじゃない、接客だ。それに本当にとはどう言うことだ!?」
「情報元については明かせ無いな」
「私の前で黙秘が通じると思っているのか?」
「プライバシー保護を求む」
「まぁおおよその見当は付くが」
「メイドのことはメイドに聞けってことだな」
やはり咲夜だったか……。
「さすがに妖怪をよこす訳にもいかないだろうしな」
「妖怪?」
「預かり物が無いか? メイド長の?」
預かり物? はて……あぁ。
「忘れ物なら」
「そこはメイド長の名誉の為に歴史の改ざんしてでも預かり物としてだな」
「将来的に歴史の大きな要因になりうるのなら考えなくもないが」
「上げ底?」
「……プライバシーの保護を求めよう」
「ところで」
「ん?」
「えぇーーー!? ハクタクがなんでメイドにーーー!!?」
「音速遅すぎるぞ貴様!」
「頭に糖分が足らないから音速が遅いぜー」
コイツは……。
今は既に開店中、いつまでも相手している訳にもいかない。
私は一度奥に下がると咲夜が置き忘れて入った荷物を持ってきた。
「これだな、無事届けておくれ」
「あぁ、そこのテーブルでいい」
「?」
モノクロの魔女は近くのテーブルの椅子を引くと帽子を脱いで腰をかける。
「折角だからご馳走になっていってやろう」
「なんで私がご馳走しなきゃいけないんだ」
「ほー明日からは大変賑わうだろうなこの店は。鬼に蓬莱人に吸血鬼、魔女に夜雀、果てはスキマ妖怪から式神まで」
「そうか、そんなにお前の歴史を他人にお披露目したいのか。さぞ興味を持つ者も多そうだな」
「実はここに咲夜から預かった運送費があってだな」
「注文は決まったか?」
そんなやり取りをしながら魔理沙は元々ここで一息入れるつもりだったようだ。
なんでも咲夜からここの店の評判も聞いていたとか。
人にまで伝えている辺り相当気に入って貰えたようだった。自分の事でないながら嬉しい限りだ。
魔理沙からは「お勧めを」、と言われたので日替わりで出している季節をイメージした菓子を勧めた。
注文を書き取りながら茶を勧める、簡単にここで選んでいる葉の種類を説明に添えると「お任せで」と言う事で注文がまとまる。
「……」
「~~~、ん? どうした?」
注文をとり終えてお品書きを畳んで持ち去ろうとしたら魔理沙の目線に気づいた。
「いや、随分と手馴れているな。と」
「そ、そうか? まぁ手伝い始めて何日か経っているからな」
魔理沙はふーんと洩らしながら相変わらずこっちを見ている。
自分の顔が熱くなっているのが分かる。突然あんな風に言われるとさすがに気恥ずかしい。
そんな風に思いながらも自然と足はカウンターの方へ。もちろんそこには店主がいるので注文を伝えて早速用意してもらう。うむ、改めて思えば自然と身体が動く辺りは確かに馴染んできているのかもしれない。
「お待たせしました、本日のデザート『マロンムースのシャルロット』です」
接客時と同じ口調で盛り付けられたデザート皿とティーセットをお盆から一つずつ並べていく。ゆっくりと音は立てないように、でも手際良く、盛り付けと向きを考慮して。
「……」
「どうした?」
今度は視線をテーブルに向けたまま動かない。何かまずいところでもあったか?
「……いや、随分と手馴れているな。と」
さっきと全く同じ事を言われた。やはり恥ずかしくて顔が熱くなる。
「そ、そうか?」
「あぁ、折角だからゆっくりさせてもらうかな」
他にどんなつもりがあったのか聞きたいところだったが……褒められるのは悪い気はしなかったから不問にしておこう。
蒸らし終わったティーポットからお茶を注ぐと気持ちよさそうに香りを堪能してから一口。振る舞いの様ならこの魔女も十分様になっている。
「嬉しそうだな」
「折角のティータイムだからな」
その様子を見ていると、こういった商売の楽しみとは例えばこんな場面かもしれないと思えた。
「ごゆっくり」
「あぁ。っと、その前に」
「?」
魔理沙はお下げをまとめている白いリボンを解く。
「メイドさん、回れ右」
「メイドは格好だけなんだが」
と言いながら魔理沙に背を向ける。と魔理沙は私の髪を弄り始めた。
「魔理沙?」
「キレイな髪だなー、こんなに長いのに指にちっとも引っかからないぜー」
「そ……そうか」
「羨ましい限りだぜ。はい、出来た」
魔理沙は私の軽く背を叩いて作業が終わった事を知らせる。
振り返ると髪がまとまって揺れたのが分かった。
「キレイなんだけど髪は髪だからな。こっちの方が動きやすいだろ」
魔理沙は腕を組みながら満足そうに「似合う似合う」と笑っていた。
「……そうだな。ありがとう」
「お勤めご苦労さんってことで」
それだけ言って魔理沙は菓子に手をつけ始めた。
私も仕事に戻ろう。長く話し込んでしまっていた。
振り返るだけで髪は大きくなびく。まとまっていると良く分かる。確かに食べ物を扱う店では髪など触れたら台無しである。早く気づくべきだったな。
モノクロの魔女に感謝しながら、その日は閉店まで客足が途絶えることはなかった。
魔理沙のことに気づいた時にはもうテーブルには誰も居なかった。声をかけてくれればいいものを。
その代わりにテーブルにはお代。それと伝票の端に何か書いてある。
『ご馳走様でした。リボンは返さなくいい。使っていてくれ―――魔理沙』
「……声ぐらいかけてくれればいいものを」
気でも遣われたかな。変なところで律儀な奴だ。
思わず笑みが零れる。
さあ、店の片付けを済ませて帰ろう。
後ろで揺れる束ねた髪が嬉しくて、結局帰るまでそのままにしておいた。
そんな私の手には紙袋。
メイド長の忘れ物は今日も紅魔館に届くことは無かった。
荷物は明日にでもしよう。
帰路に付きながら身体に染み込んだ疲れを感じながら今日起こった出来事を反芻する。
どんな物を頼んだか。どんな顔をしていたか。どんな風に過ごしていたか。
経った一日で何人もの人間がかわりがわりにそれぞれが思い思いの時間を店で過ごす。
立ち寄った客は店で過ごしそして立ち去る。それは一つ一つが店の小さな歴史となる。
長く続けばいずれは老舗と呼ばれるようになるかもしれない。去っていってもこの店の味を覚えていた者達がいるかもしれない。
仕事にも慣れ始めて余裕が出てきたのか、ふとそんな事まで考えるようになる。
人の中で人として生きる。
得がたくも確かな時間の流れを身に感じる、と同時に離れた瞬間に遠く感じる。
自分に視線を向ければ、見慣れない白いリボンで束ねた髪が揺れていた。
そのリボンはマジックアイテムでもなければ、魔女が魔法をかけた訳でも無い。
でもきっとこのリボンが無ければ、帰り道はもっと一人ぼっちだったかもしれない。
だからつい、床に就く時につい枕元に置いてしまったのは魔女には内緒にしておこう。
―――翌日。
店の手伝いも遂に五日目。
立ち寄った里で主人の奥さんが元気そうに迎えてくれた。そろそろ仕事に復帰するつもりとの事だった。
早ければ明日か明後日にも。着慣れ始めたこの格好とも別れを告げるとなると少し寂しい気持ちになる。
なに、元々臨時の手伝いだったのだから、元に場所に元の姿が帰ってくるだけ。
そして私も元の場所に帰る。いつものように彼等の里を見守りながら過ごすのだ。
きっと以前と変わらない日々を過ごすのだろう。
さぁ、だが今日は今日だ。やる事をやろう、しっかり勤めよう。店の歴史に汚点を残さぬように。
「いらっしゃいませ」
背を伸ばして声を張る。気持ちは姿勢から。胸を張って堂々と。
一人一人の顔を忘れぬように。一人一人の笑顔を忘れぬように。
昼を過ぎ、日も傾き始めて人数も疎らになったそんな頃。
これから茜が射す頃までは殆ど人は訪れる事は無い。
主人もそんな頃合を見計らって私に休憩に入るよう余っていたケーキを用意してくれた。思い返してみれば休憩するほどの余裕はいつも無かった。茶も好きにいただいて構わないと言うことなので客に振舞うのと同じように自分の紅茶を淹れる。
メイド長が絶賛する主人の腕前を楽しみにしつつ、空いてる席は、と―――ん?
入り口を向けばお目出度い紅白の衣装に身を包んだ巫女。何処から見ても博麗神社の巫女の姿だった。
……思えば咲夜と言い魔理沙と言い不意(?)を突かれてこっちが恥ずかしい思いばかりしていた。
今度はこっちから迎えてやるのも悪くないだろう。
「いらっしゃいませ、久しいな霊夢」
「???」
「霊夢?」
紅白の巫女は珍しく少しだけ目を丸くして、眉を寄せて、手を組んで、顎に指を置いて、しまいには首を傾げて、
たっぷり十秒空いた後にこう言った。
「誰てめぇ、って言っていいかしら?」
「……明らかに気づいているだろう、それ」
第三の客:博麗 霊夢
「出稼ぎ?」
「ただの手伝いだ」
「牛の恩返しね」
「恩に報いるだけが厚意でもないだろう」
「客に茶は?」
「客なのか?」
「お客よ」
「ちなみにこれがお品書き。メニューがこっち。値段はこっち」
「あらハクタク。今日は随分と素敵な格好ね」
「メイド長で見慣れているだろう」
「……さすが牛ね」
「何処を見て言ってる」
「ええい魔理沙に自慢されて悔しいから来てみれば」
「やはり魔女の仕業か」
「お茶を出しなさい! お金なら無い!」
「昨今の巫女は強盗と同義と聞いたが……」
「強盗には強盗なりの理由があるのよきっと」
「茶を飲まないと死んでしまう強盗か?」
「甘味が足らないと女は死ぬのよ?」
「新しい事例だな。是非今後の参考の為にもその状況を詳しく検証させてくれ」
「あーまんじゅう怖いまんじゅう怖い」
「はぁ……まんじゅうは無いが何か余り物の焼き菓子でもないか聞いてみよう」
「初めから素直にそうすればいいのよ」
「そこの席に座って素直に待っていないと考えを改めそうだ」
霊夢は「はーい」と子供のように素直に指した席に着いた。
全く、ここの評判が良いのは嬉しい限りだがこちらも無い袖は振れない。店主に話をしたら売れ残りそうな物をいくつか皿に盛り付けてくれた。申し訳ない気持ちでいっぱいだった……。
「……」
「どうした?」
「紅魔館のテーブルにでも着いた気分だわ」
「め、メイドの格好と言うだけだろう」
「咲夜が歩いてるみたい。別にいいけど」
葉が開いた頃を見計らってカップに注ぐ。
霊夢はその様子を見ながらふむと顎に指を当てる。
「そのリボン」
「これは昨日、魔理沙に」
「ふーん」
「なんだ?」
「別に」
巫女の視線が自分の姿を捉えて話さない。何がそんなに気になるのか。
一通り準備を終えると霊夢は紅茶をしばらく覗いて口を着けた。
「なかなかじゃない」
「そうか」
「魔理沙が自慢していたわ。自分の事みたいに」
なんとなくその様子は浮かぶ。
霊夢はケーキを崩して一口食べる。
「美味しいわね」
「それは良かった」
「なるほど、人に自慢もしたくなるわけだ」
霊夢は目を細めてまた一口。
「さて、私も一緒させてもらうか」
「さぼるのね」
「巫女さんが来たからと口実にさせてもらおう」
私は霊夢の向かいの席に座る。
紅と白。蒼と黒。対照的なコントラストがテーブルを挟んで紅茶とケーキに向き合う図は周りの客の目も引いていたようだった。
「魔理沙は今頃紅魔館に居るわよ」
「割と頻繁にあることだと聞くが」
「メイドの格好させられているのはかなり珍しい」
「転職でもするつもりか?」
「一時的にかしら。おつかいも出来ないで給料泥棒だとメイド長に捕まっていたけど」
なるほど、そう言えばそんな用件で来たのだった。それならメイド長も人の事を言えた義理では無いが。
「今頃鞭を振られている頃だろう」
「まるで聞いてきたような顔ね」
「既に体験済みだ」
「……様になるわけね」
「……様になるわけだ」
二人は同時にカップに口をつけた。
「さてと、そろそろ出るわ」
「そうか、早いな」
「これから里に向かわなきゃね」
「珍しいな」
霊夢は椅子を立ち上がる。
「蓬莱人が一人、とある里の近くをうろついているようでね」
「あぁ妹紅か。里をしばらく離れる事になりそうだったからな」
「なんだ。騒ぎでもないのか」
「そう言うことだな」
「じゃあ運動がてら。甘い物は美味しいけど腹に付きやすいのが難点ね」
「気をつける事だ」
「いいわね、上に付く奴は」
「……別に砂糖が詰まっている訳ではないぞ」
「それで付くなら通うのに。咲夜が」
「三名ほど都合をつけておこうか?」
「余計な世話よ」と霊夢は舌を出して歩いて店を出て行った。
また一日が終わる。
疎らだった客は最後に手土産を買い、日が暮れる前に家路に着く。
ここで過ごした時間と美味しいお菓子の土産を手に、家に帰ればどんな話をするのだろう。
咲夜が魔理沙に、魔理沙が霊夢に、そんな風に広がっていったように。自慢げに話すのだろうか。
きっと、ゆっくりと時間をかけて、また新しい人が新しい楽しみを見つけて新しい時間を過ごすのだろう。
それはささやかな未来の風景。
だが私はそこには居ない。
店を離れる頃。私は店主に呼び止められた。
「少ないが」と包まれた礼を受け取り、店の前を離れる。
ふと、店内が目に入る。
―――初めて店に訪れた者。
―――通い始めた者。
―――連れだって訪れた者。
―――テーブルに並べられるお茶とお菓子。
―――給仕の格好をしてそれを自分がもてなしていた。
人で賑わう昼の時間を誰も居ない店内に映していた。
それは過去の映像。この店に残った僅かな歴史。
たった数日。この店に訪れた。些細な違い。
きっとこの映像はもう二度とは無いのだろう。
それは未来の予感。それは過去の名残。
里に立ち寄ると、店主の奥さんの元を訪れた。
聞けば身体の具合は良いようで、明日にでもと言うことだった。
これで私の役目は終わった。
「いつでもお待ちしてますね」
「ああ」
明日から、店には以前と同じように店主の奥さんが自慢の茶を振舞うことが出来るのだ。
ほっと出た息は安心したから。あと少し寂しくも感じたから。
「これはその時の為にでも」
「?」
だけど私の手にはこんな可能性が残った。
差し出されたのは私が着ていたメイド服。
あれ……『お待ちしてますね』って、まさか……。
―――……。
もしかしたら、
そこにはたまにハクタクの少女がもてなす紅茶をいただける。
そんなお店があるのかもしれない。
end
最初、タイトルを慧音細胞繁盛記だと勘違いしたのはここだけの秘密。
慧音とやってくる知り合い達との会話がいい味出してました。
咲夜さんに指導されたい
ほのぼのしてていいねー
このカフェは癒されそう
慧音のメイド服を幻視してしまいましたよ…。
ごっつぁんです
それにしても奥さんがどんな人か気になります。w
あなたが作者だったのですか・・・イイ話ですね~こうゆう話は大好きです♪
……ちょっとハクタクの淹れてくれたお茶飲んで和んできます|ノシ
つまり初々しい若奥さんと見た!!
2人並んで居る所を観て見たいですね。
あっと言う間に読み終わったカンジでした。
テンポ良くなだらかに始まりなだらかに終わる。
「メイド服を着た慧音」だけで話を進めるだけでなく
うまく纏めた上でメイド・白黒・紅白の絡ませ方も絶妙でした。
私的に欲を言えば・・・「メイドになった慧音」にごしゅ・・・うわなにをすr(ry
良作ありがとうございました、次回作を期待してます。
咲夜さんに叱られて来ます・・・。
>金なら無い
その後の慧音の対応と心理は何か事例があったりとかなかったりとか。あったりとか。
>タイトルを慧音細胞繁盛記
満月の夜に牛になる怪事件。どこぞの吸血鬼よりよっぽど怖いような。
>キャラ同士の会話が小気味いい感じですごく良かったです。
ありがとうございます。地味に慧音とのやり取りを考えるのが大変でした。
>咲夜さんに指導されたい
メイド長は小さめの教鞭みたいな鞭を持ってると思うんですよ。教育用に。
>ほのぼのしてていいねー
α波を感じてもらえれば幸い(←?
>このカフェは癒されそう
幻想の里に憩いの場。たまに妖怪とかも出入りしてそうですね。
>不覚。ぽにけーねに萌えてしもうた。
けーねは髪が長いんだから、弄りがいがあっても、いいと、思います!(力説
>これは良い話しでした、ありがとうございます。
こちらこそ読んでいただけてありがとうございます(*ノノ)
>慧音のメイド服を幻視してしまいましたよ…。
いつも こころに メイド服 《紅魔館メイド訓示》より
>ごっつぁんです
ごっつぁんです
>それにしても奥さんがどんな人か気になります。w
自分も気になり始めてきちゃいましたよw
>あなたが作者だったのですか・・・
ぼ、僕は貴方が何を仰ってるのかわかりません!えぇ分かりませんとも!(逃
>ふくよかなおぱいのなかには砂糖が詰まっているですよ?
甘い匂いなおぱいに抱きつく妹紅を、と言うところでこの日記は終わっている…
>つまり初々しい若奥さんと見た!!
逆に考えるんだ。慧音先生の若奥様姿と。考えるんだ。 ブッ(鼻血
>私的に欲を言えば・・・「メイドになった慧音」にごしゅ・・・うわなにをすr(ry
そのシーンから進む事が出来なくなりそうだったんで書かなかったんですよ!
……ごめんなさいすっかり忘れてただけでした(駄
>咲夜さんに叱られて来ます・・・。
魔理沙も居ると思うんでよろしく伝えておいて下さい(何
>メイドけーねかわいいよメイドけーね。
メイドけーねかわいいよ冥土けーね。……ん?
端的に言い表すならメイドけーねが美味しかった。
夜更けですが和みました。 霊夢の表情を幻視出来ない私はまだきっと幼いのでしょう。
けーねさんかわいいよけーねさん。
つか、慧音さんがいちいちまじめで笑ったw
自分のイメージではこんな感じの人だwww
次はスク水けーねよろしく