※第一話は作品集35に、第二話は作品集37に、第三話は作品集38にあります。
ざわざわざわわとゆらめく竹林を、私はゆっくりと歩きます。踏みしめた竹の葉が、抗議するように音を立てて、思わず踏み出すのを躊躇してしまいました。
さて、この竹林は、魔法の森と違い、暗いことは暗いのですが、陰鬱なまでの暗さはありません。その代わりにあるのは不思議さです。
薄暗いというよりも、ぼんやりとした明るさがあるといった表現が正しいような、そんな景色。
文字通り、一寸先は闇という魔法の森に対して、竹林は比較的遠くまで視界が広がり、おどろおどろしいような不気味さはありません。
でも、どこまでもどこまでも同じ景色が続くのは、別な意味で不気味です。
果たして自分はちゃんと進んでいるのか、ちゃんとこの竹林に出口はあるのか、いくら歩いてもいくら歩いても、ここから出ることはできないんじゃないか…そんな恐怖感に囚われてしまいます。
仮に、ここで何かに襲われたとしたら、私の悲鳴は竹林に吸い込まれて、そして、誰に気づかれることもなく、死体は竹の葉に埋もれていく…そんな想像をしてしまいます。
想像の中で、誰に看取られることもなく竹の葉に沈んでいく自分を思い浮かべ、私は思わず震えてしまいました。
「大丈夫、大丈夫…」
かすかに震える自分の肩を抱いて、震える口から言葉を吐き出します。少しだけ落ち着きました。
歩く私の前には、永琳さんからの手紙と一緒に届けられた『指南車』というものが先行しています。なんでも、外の世界で使われていた方角を示す機械を、色々と改良したものだそうです。
方角も、刻ですらもわからなくなるようなこの竹林を、それは目的地へとまっすぐ進んでいます。
最初、説明書と一緒にソレを見た時には、思わず『死難車』と読んでしまいましたが、よくよく見ると、とても可愛い兎さんの人形が、にんじんを持って、ある方向をずっと指し示しています。
説明書によれば、そのにんじんが向く先に永遠亭があり、竹林に置けば勝手に進んでいくとの事です。
どうやったらお人形が勝手に進むのかとても気になったのですが、壊すといけないので、箱に入れてしっかりと保管しておきました。
果てる事なき竹林を、私は歩きます。
目的地の永遠亭…噂では、他者との接触を頑ななまでに拒んでいる謎のお屋敷だそうです。
そこに棲むのは、素直な人妖を騙して、なけなしのお小遣いを巻き上げる兎詐欺師てゐ、寡黙で、そして背後に立った者は容赦なく撃ち殺すという凄腕スナイパー鈴仙、そして…数多の毒薬を作り、幻想郷にバイオハザードをもたらす為、月からやって来た天災薬師永琳…と言われていますが、果たして実態はどうなのでしょうか?
私は、ここに来るまで噂を信じて、酷い誤解を持ったまま依頼先を訪れていました。でも、それらの噂はほとんどがでたらめで、尾ひれ背びれどころか、羽根だの足だのしっぽだの原型がわからない位にむちゃくちゃなおまけをつけたものだったんです。
確かに、どこでも命の危険には晒されていましたが、でも、それはどれも依頼してくれた方のせいじゃなかったのです。
レミリアさん、パチュリーさん、そしてフランさん、霊夢さんに魔理沙さん。皆、噂で必要以上に恐れられていた人たちでした。そんな人たちを誤解していたのですから、私は謝らないといけないです。
だから、私は、今度は噂を信じないで行ってみようと思います。
きっと、とてもいい人達が迎えてくれるに違いありません。
それに、心には強さがあります。万が一噂の通りだったとしても、優しい人だと信じて、信じ抜けば、相手にもいつかその気持ちは伝わるはずなのです。
善意は必ず通じます、優しい気持ちは必ず相手を優しくしてくれます。
うん、少しだけ残っていた、怖がる気持ちがだんだん消えていきます。これなら、とびっきりの笑顔で永遠亭に行けそうです。
「さぁ、頑張ろう私!」
陽気に言った私の視界へ、落ち着いたお屋敷が見えてきました。
「ごめんくださ~い」
簡素な竹組みの…といっても門があるだけで私にとってはびっくりなのですが…門の前で私は言いました。
服が色々と汚れてしまっているので、私は服に付いた埃を払い、髪を整えて門が開くのを待ちます。
その間に周囲を少し見回してみると、今までの紅魔館や魔理沙さんの家のように、自然の中にそびえる建物というよりは、博麗神社のように…いえ、それよりももっと自然に同化しているように思えました。
骨組みは竹で、屋根は檜皮葺き、色も何も塗っていないその門は、竹林の一部みたいでした。
もともと自然の中で生きている私たち妖精にとっては、こういった場所は非常に落ち着きます。
少し息を吸い込んで、歩いている間に速くなっていた鼓動を落ち着かせます。こんなに落ち着いて依頼に当たれるのは初めてではないでしょうか?
「は~い、今あけます」
私がそんなことを考えていた時、そんな声が聞こえて、向こうからぴょこぴょこと兎さんが駈けてくるのが見えました。
「大妖精さんですね。遠い所をようこそおいで下さいました、こちらへどうぞ」
「あ、はい、よろしくお願いします」
扉が静かに開き、目の前に現れたのはいかにも人の良さそうな方です。へにょっとした耳が、頭を下げた時に同じくぺこりと動いて、なんだか和んでしまいました。
それにしても、何で聞く前から私が来ることを知ってらしたんでしょうか?
何はともあれ、やはりこちらの方は優しい方ばかりなのでしょう。これなら、私も安心して実験に協力できます。
考えてみれば、ここでの依頼は薬の実験です。人を助けるためのものを頑張って作っている方が、悪い方なわけはないはずです。
それに、この実験で薬が完成に近づくとしたら、きっと病に苦しむ方のお役に立てるはずです。万が一失敗したとしても、そう思っていれば満足しながらあの世へ逝くけると思うのです。
色々な方に迷惑をかけっぱなしできた私ですが、そういう死に方をすれば閻魔様も少しは同情して下さるかもしれません。
「あの…どうかしましたか?」
「あ、ごめんなさい、何でもないんですよ」
ふと気がつくと、不思議そうに兎さんがこちらをのぞき込んでいました。思考がそれていって、やがてぱたぱたとどこかへ飛んでいってしまうのは私の悪い癖です。
ぺこりと頭を下げつつ、私は兎さんの名前を聞いていないことに気づき、尋ねることにしました。
「あ、そういえばお名前を伺っていなかったんですが…」
そんな私の言葉に、兎さんは長い耳を左右に揺らして大あわてです。
「あああっごめんなさい、つい忘れていました。私ったらそういう所がどうしても駄目で…ごめんなさい」
「あ、いえそんなに頭を下げられたら私が困ります。こちらこそごめんなさい」
「いえ、悪いのは私ですから」
「いえいえ私こそ…」
えっと、思いもかけずに謝り合戦を開始してしまった私たちなのですが、しばらくしてお互いにきりがないことに気づいて諦めました。
私としては、ちゃんと謝っておきたかったのですが、私が頭を下げると、兎さんも負けずにもっと頭を下げてくださるので、結局きりがなくなってしまったのです。とても礼儀正しい兎さんでした。
ちなみに、兎さんも私も額に土が付いているのはご愛敬です。
「あ…あはは、いつもてゐ…うちに住んでいる兎なんですけど…の後始末で謝ってばかりだったので、謝られるのに慣れていなくて、どうしても相手より頭を下げてしまうんです。ごめんなさい」
そう言って、また頭を下げる兎さん。だんだん高度が下がってきたような気がします。
そして、なんか私と似た境遇であるように思ってしまいました。私もチルノちゃんがご迷惑をおかけした方々に、いつもいつも謝ってばかりでしたし…
「実は、私も友達の後始末で謝ってばかりいたので…ごめんなさい」
「あ、いえこちらこそ…」
結局、またお互いに平身平頭を繰り返すことになってしまいました。
ここに大ガマさんがいれば、どうにかうまく収めて下さると思うのですが、止めて下さる方がいないと、未熟な私ではどうにも相手より頭が低くないと落ち着かないのです…
「それで、申し遅れましたが、私は鈴仙…鈴仙・優雲院・イナバといいます。師匠ともども、どうかよろしくお願いします」
そう言ってぺこりと頭を下げる鈴仙さん。
ちなみに、お辞儀を繰り返していると、いつまで経ってもお話が進まないことに気づいたので、話し合いの末、お辞儀の角度は45度以内、返礼は二回までという約束を交わしました。
ちょっと落ち着かないのですが、仕方がありません。だって、考えてみたら、お話の時間よりも謝っている時間の方が多いような気がしましたし…圧倒的に。
「あ、ご丁寧にありがとうございます。私は大妖精と申します」
それにしても、この方が鈴仙さんだったのですか…
私は、やはり噂とはあてにならないものだと思いました。
噂では、冷酷無比にして寡黙なスナイパーレイセンとして知られていて、両耳に装備した強力な20mmうさ耳砲で里を守る猛牛を撃破して薬を押し売りし、両手に持った精確な7.7mm二丁拳銃では、飛ぶ夜雀をも落とし屋台の代金を踏み倒すというお話です。
他にも、突然紅魔館に舞い降りて、火をかけて飛び去っていっただの、背後に立ったつもりが、いつのまにか『背後をとられ』撃墜されているだの、どんな遠方にいてもやってくるだの、恐ろしげな噂が絶えません。
その厄災から逃れるためには、幸運のお賽銭箱にお金を入れなければならないとかなんとかというお話もありますが…
何はともあれ、目の前を進む鈴仙さんには、とてもじゃないですがそんな雰囲気はありません。
やはり、噂とはあてにならないものなのでしょう。
そもそも、私は今背後を進んでいますけど襲われたりはしていませんし。
それにしても、人の半歩後ろを進むのが一番落ち着きます。幸い、鈴仙さんの方は、先頭に立って案内するのが落ち着くそうなので、位置の取り合いにはなりませんでした。
門から屋敷までの道には、石が敷いてあって、左右の庭園にはしっかりと手が加えられています。
紅魔館の庭も華麗でしたが、それとは違った美しさがありますね。今度、依頼抜きで遊びに来たいものです。鈴仙さんとは気が合いそうな予感がしますし。
「あ、この石は月から運んできたんですよ。結構大変でした」
「え?あのお月様からですか!?凄いですね」
「ええ、私たちが月を恋しがっていたら、師匠がなんか頑張っちゃって。あとこの花なんですが…」
他愛もない会話を続けながら、私たちはゆっくり歩きます。
そして、鈴仙さんの言葉の端々には師匠…永琳さんを慕い、尊敬する気持ちが滲んでいました。
永琳さんのことを話す時には、とても嬉しそうな表情で、私まで嬉しくなってしまいます。
これなら、そんなに危ない実験ではないでしょう。最初の手紙を見たときに、あんなに焦ったのがバカみたいに思えてしまいました。冷静に考えれば、この世の中そんなに悪い方がいるわけないというのに…ちょっと自己嫌悪です。
これなら、きっと無事に故郷へ帰れるでしょう。あのきれいな湖と、たくさんのお友達が私を待ってくれているに違いありません。
「まぁ、たまに薬の実験で暴走したりはするんですけど…」
「…え?」
たぶん…
さて、安全で簡単な実験にお付き合いして、薬を頂いて帰る…そんなことを考えていた私なのですが、今眼前に広がっている光景はなんなんでしょう?
自分の想像力の貧弱さを思い知らされたように思うのですが、今はそういった事を考えている暇はないような気がするのです。そもそも、さっきの状況とあの依頼からこの光景を想像するのは無理だと思います。
このお屋敷を見たとき、落ち着いて、そして静かなところだととても感心していましたが、その第一印象は誤ったものだったようです。
部屋に案内された私は、一瞬さっきのお屋敷とここが別世界なのではないかと思ってしまったのです…あまりの状況に、私は戸惑うばかりで何もできません。
やはり、すんなりと無傷で家に帰る…そんな都合のいい依頼があるわけはないのです。
果たして、私はいつ家に帰ることができるのでしょうか?そもそも帰ることができるのでしょうか?
ついそんなことを思ってしまいました。
なぜなら…
「ようこそ永遠亭へ!うっわ…本物だ、永琳さまにお友達がいるなんて…」
「ええ、あんな永琳に友達が来てくれるなんて…うう」
「てゐに姫様…さすがに失礼な気がしますよ?ささ、それはともかく永遠亭名物のお餅をどうぞ。きなこにあんこ、もちろん最高級品ですし、足りなければいくらでもありますから…あ、甘いのが嫌でしたら醤油もありますし、あられやおせんべいも各種取りそろえていますし…」
「あとねー紅魔館ですぐに瀟洒になれる…かもしれない…瀟洒券って言って券を配ったら、お菓子とかお金とかもらったからどうぞ」
「てゐっ!また詐欺したでしょ!!あああ~謝りに行かないと~」
「詐欺じゃないもん!物々交換だもん!!」
「可愛い子ぶったってダメ!」
「まぁまぁ、おめでたい日だからいいじゃない今日ぐらい。私、永琳の友達が来るって聞いて、昨日からお料理してたのよ」
「わーいっ!姫様の料理だっ!!」
「あ、話そらさないっ!もう…大体料理なら私がよく作ってあげているでしょう!」
「だって、鈴仙の料理なんて蛇とかよくわかんない草使ったりして煮込むだけなんだもん…」
「仕方ないでしょ!軍隊生活長かったんだから!!ちゃんと食べられるわよ!!」
「こないだなんて蟲入ってたし…」
「毒はないから大丈夫、栄養価も高いから」
「そういう問題じゃないと思う…」
「ほら、本格的な懐石料理よ。二人とも、これでも食べて落ち着きなさい…ごめんなさいね大妖精さん、うちの子たちったらいつもこんなで…」
「は…はぁ」
あまりの大騒ぎに、こちらに話が振られるまでお返事できませんでした。
えっと…それにしても私は実験材料になるために…違った、実験に協力する為に来たはずなのに、この下にも置かぬ大歓待は一体何なんでしょう?
永琳さんは実験の最中だとかで出てきていませんし、そう言われて通されたのはお菓子だのお茶だのが各種取りそろえられた広大な客間です。
美味しそうなお料理まで出てきましたし…一口頂きます。
訂正、美味しそうなのではなくて美味しいです、非常に。これを作った姫様さん…この方も、永遠亭の住人さんなのでしょうか?聞いたことはないのですが…
そして、ここに霊夢さんが来たとしたら、衝撃のあまり卒倒するんじゃないでしょうか?持って行けたらいいのですが…
「あ…お口にめさなかったかしら?」
その時、不安げな姫様さんの声が聞こえて、我にかえります。
「あ、いえ、あまりの美味しさに思考が飛んじゃって…ごめんなさい」
私がそう答えると、姫様さんは笑顔を取り戻して続けました。
「私たちは、ずっとここで外の世界と関わらずに暮らしてきたから、みんな人恋しかったのよ。少し騒がしいと思うけど、見逃して下さいね…ほら、あんな感じで」
ちなみに、鈴仙さんとてゐさんは、人参の煮物を巡って熾烈なラビットファイトを演じています。
姫様さんはそれを見て苦笑いです。
「はい…私にはにぎやかな友達がいますから、全然大丈夫ですよ。それに、私はにぎやかな方が楽しいんです」
「そう?もしよければ今度はその子も連れてきてみてね。大歓迎よ」
「は…はい…」
姫様さんはころころ笑います。
でも、チルノちゃんを連れてきたら、違う種類の『大騒ぎ』が起きてしまいそうなので、私は曖昧な答えで誤魔化しておきました。
さて、その時、すっと障子が開いて、落ち着いた雰囲気の女の人がこちらにやってきました。この方が…永琳さんでしょうか?
「あ、こんにちわ、私が大…」
「こんにちわ大ちゃん!よく来てくれたわね!!」
しかし、私が言おうとした挨拶は、陽気な永琳さん(?)の声に遮断されました。大ちゃんって…あれ?私と永琳さん(?)って知り合いでしたっけ?あれ?
「はい?大ちゃ…」
「歓迎するわ、ほら…早速部屋に行きましょう!」
「え…え…?むぎゅ」
親しげに近寄ってきて、ぎゅーっとばかりに私を抱きしめてきた永琳さん(?)に、私はなすすべもなく引きずられていきます。
えっと…状況がつかめません、一体何が起こっているんでしょう?私の勘違いでしょうか?何か、まるで十年来の友人のように扱われている気がするんですけど…っていうか苦しいです!窒息しちゃいます!!
「あらあら、永琳ったら」
「師匠…」
「鈴仙しっとー?」
「ち、違うわよ!」
「あら、顔が真っ赤よ?いなば一号」
「変な呼び方しないで下さい!」
「冗談よ、鈴仙いなば」
「だからいなばはいらないです…」
わいわいがやがやという騒ぎを後目に、私は抱かれたままずるずると引きずられ…障子が閉じました。
「はぁ…ごめんなさいね大妖せ…ちょっと!大丈夫!?」
「うう…けほ、大丈夫です」
胸をとんとんと叩いて呼吸を整え、私は言いました。
「そう、それならいいんだけど…姫やウドンゲが勘違いして大歓迎会を開いてしまったせいで、今更実験の協力に来てもらったなんて言えなくなったのよ」
「なるほど…」
嬉しそうな、でも反面困ったような永琳さん。そう呼ばれていたので間違いはないでしょう。
確かに、自分の(友達の)為にあんなに盛大な催しをしてもらっちゃうと、勘違いだなんて言えなくなってしまいますし…
さて、それからしばらくして、私は永琳さんの部屋へと案内されました。
部屋の中にはよくわからない植物が一杯あって、ちょっと怖いです。
そんな部屋の真ん中、座布団とお茶が用意された所へと私は座らされました。
「それで実験の事なんだけどね、本当にすぐ終わるし危険もほとんどないわ。以前作った胡蝶夢丸の改良型で、邯鄲夢丸というのよ」
永琳さんはそう言いますが…
「胡蝶夢丸?邯鄲夢丸?」
何のことでしょう?
そう思って首を傾げた私に、永琳さんは笑って言いました。
「そうね、里に来ない上に、文々。新聞を読まないんじゃ知らないわね。言うなれば『いい夢を見る』薬よ。胡蝶夢丸より少し効力を強くしたのが邯鄲夢丸、一晩の間に、幸せな人生をおくる夢を見られるわ」
「はぁ…えっと、副作用とかはないんですか?」
そう言う永琳さんに、私は質問しました。
そういえば、大ガマさんが『いい夢を見られる葉っぱ』というものに手を出してはいけないと言っていたのを思い出したんです。
しかも、あの時チルノちゃんが「私は最強だから大丈夫よ!」と言って、どこからか探し出してきた葉っぱを食べて「さいこーの葉っぱよ!なんばーわんよ!!紅白白黒紅色姉妹、誰に当ててもひっとよっ!!」とか言って飛び出していった事がありました。
ちなみに、数時間後にぼろぼろになって湖面に浮いているのを見つけたんですが…何はともあれ、危なそうな気がするのです。
でも、そんな私の不安を読みとったのか、永琳さんは優しく言います。
「ええ、不安はもっともだけど大丈夫。そういう副作用は前の胡蝶夢丸の段階でほとんど消滅させることに成功しているの、今回も計算上何の問題もないはずよ。それなのにうちのみんなは誰も協力してくれないんだから…」
「なるほど、えっと失礼しました」
ウドンゲですら最近は逃げるんだから…とか呟く永琳さんに、私は謝ります。
考えてみたら、あんなに優しい方々と共にいるのですから、悪い方なわけがありません。自分の疑り深さが恥ずかしくなってしまいました。
それにしても、薬と聞くと身体を治すものばかり想像してしまうのですが、こういうお薬もあるのですね。
どちらにしろ、他の方の為になるのでしたら、私に拒む理由はありません。そもそも、その為に来たのですから…
「いいのよ、被験者の緊張や不安をとるのも重要な役目だしね」
私の言葉に、永琳さんはそう言って小瓶を差し出します。
「これを飲んでみて、苦くはないし、飲めばしばらくしたら眠くなるわ。効力は人にもよるけど大体六時間、幸せな夢を見られるはずよ。あ、布団とかは今用意するから…」
「はい、あ、布団は大丈夫ですよ」
「じゃあせめて毛布だけでも…」
そう言って隣の部屋へと消えていく永琳さんを見ながら、私は小瓶を手に取り、フタをとります。
中には、白い小さなつぶつぶが一杯に詰まっていました。
「薬って飲むの初めてだなぁ…んく」
そう言ってつぶつぶを口に含むと、甘い味が広がって、すぐに眠気がやってきます。こんなに早く眠気がやってくるなんて…さすがは永琳さ…ん…で…
そんな思考はすぐに断ち切られ、肌に感じた畳の感触を最後に、私は意識を失いました。
「ここは…?」
視界が広がり、周囲を見ると一面の花畑が見えました。ここは一体どこなんでしょう?
なだらかな丘陵と、そこに広がる赤っぽい花たちは、どこまでもどこまでも続きます。私が今まで見たことがない光景です。
一歩踏み出すと、ふわっとした感触が伝わってきました。
「えっと…何で私こんなところにいるんだろう…?」
私は独語しました、さっきまで何をやっていたのかは思い出せません。
でも、何故か歩かないといけないような気がして、私はふわふわと進みます。
「川…?」
とても短いような、だけどとても長いような時間、私は歩きました。
やがて視界には、霧に覆われた川が見えてきました。そして…
『庁営渡船小野塚航路、此岸側乗り場』
「渡し船…?」
見れば、小さな桟橋に舟が泊められていて、その上で誰かが寝そべってお酒を飲んでいます。丁度よかった、この舟がどこに行くのか聞いてみましょう。
「あの…」
「ん~?悪いけどこの航路は本日運休だ。平日及び土日祝祭日は運休なんだよ」
「あ…はい、ごめんなさい」
でも、私が呼びかけるなり、そんな声が返ってきて、私は思わず謝ってしまいました。
でも、平日及び土日祝祭日運休ということは…運航日はいつなんでしょう?
「あれ、あんた…ずいぶん銭持ってるじゃないか?一体何者だい?」
でも、私がそんなことを考えていると、突然そんなことを言われてしまいました。見れば、寝そべっていた方がむくりと起きあがり、こちらを見ています。ずいぶん驚かれているようですが、でも…
「えっと…何のことでしょう?」
私には何がなにやらさっぱりわかりません。
「あ、いや…あんたずいぶん慕われてるんだな。そんなに長生きしているようにも見えないし、第一長生きしたところで慕ってくれる人間が多いとは限らない。単に機会が増えるだけだからね。まぁそれでも機会が増えるということは、可能性としては高くなるわけだから…」
「は…はぁ」
何の事やらよくわからないのですが、私は相づちをうちました。
「それなのにこんなに持っているなんてあんた…向こうじゃ相当人気者だったんじゃないか?」
あ、今度はわかりました。でも…
「え、いえそんなことは…私は他の方にご迷惑かけてばかりですし…」
私が人気者だなんてそんなはずはありません。
まだまだ未熟で、色々な方に謝らなければいけないようなことばかりしていましたし…
「いやいや、そんなはずはない。こんなに銭を持っているなんて…これなら対岸まですぐだよ、最速記録だって狙える…青い髪留めが貰えるかもしれないね。よし、乗った乗った」
「え…え…」
私はぐいぐいと押され、舟へと押し込まれます。
「あ…あの…この舟はどこに…」
「おっと、先にこの残った酒を空にしておこうか。ぐいっとね」
でも、女の人は私の言葉など意にも介さず、そう言ってとっくりのお酒をぐいぐいと飲み干します。
そして…
「そいじゃ舫を放して出航だぶぎゃ!?」
叩きふせられました…あれ?
「小町、あなたは職務をなんと考えているのですか!死神たる者、職務中は全注意力、全能力をもって職務に精励すべしと定められているでしょう!!それなのにお酒を飲むとは何事ですか!その上舟の上で寝るなんて言語道断です、起きなさい!!」
「あ…あわわ…」
見れば、女の人…小町さんというのでしょうか…の背後に誰かが立っていて、小町さんをばしばし叩いています。
そんなことしていたら起きるどころか永遠に寝たままになってしまいますよ!!
「あ…あの、そんなに叩くと…」
おずおずと言った私に、その方はこちらに初めて気づいたように視線を向けて、厳しい口調で言葉を発します。
「ん、魂?貴女は少々善行を行いすぎる。善行を少しでも減らすこと、それが貴女にできる善行で…で…」
途中で黙ってしまいました。…あれ?
「善行を減らすことが善行…そんなはずは…いえでもこの魂の善行はあまりに過大で…そもそも善行を減らすことが善行なら、善行を減らせば善行が増えていって…て…?」
「あ…あの?」
「つまり善行を増やすためには善行を減らさなければならず、善行が善行で善行の善行による善行の為の善行が…」
「あの…あのっ!頭から湯気が!?」
「世に善行を…広め…」
「あわわわわ…」
気がつけば、女の人も頭から湯気を出して倒れています。濡れタオルが必要です。
慌てた私は、服を裂いて川につけようとして気づきました。
「あれ?身体が…服が…?」
見れば、私の身体はふわふわとした丸いかたまりになっていて、もちろん服なんて見あたりません。一体私はどうしちゃったんでしょう…
「あ、でも今はこっちを急がないと…」
でも、悩んでいる暇なんてありません。
私は、舟を飛び降りて、周囲に布がないか探しますが、なかなか見つかりません。どうしましょう…
「ってああっ!?」
その時、ふと背後を見れば、気を失った二人を乗せて舟が流れていきます。
そういえば舫が外されていて…
「ま…待って!待って下さい!!戻ってきて!!」
私は駆け寄りますが、舟はどんぶらこっこと川下りを始めています。
「お願い待って!戻ってきて!!」
叫ぶ私の声にも、舟は再び泊められるのが嫌なのか、霧の中へと霞んでいきます。
「「ダメっ!戻ってきて!!!」」
その時、私の声に誰かの声が重なって…
「ん…ん?」
霧に覆われた川面は視界から消えて、きれいな木組みの天井が見えてきました。
「あ…あれ?私?」
さっきまで大変な状況だったような気がするのですが、どうにも思い出せません。
そして…
「お師匠さまのばかっ!ばかっ!!お友達を毒殺するなんて何考えてるんですかっ!!」
「誤解よ鈴仙!」
「永琳…」
「姫もそんな蔑むような目で見ないで下さい!」
「永琳さま…鈴仙や姫様ならともかく、外から来た方を毒殺するなんて…これじゃあ永遠亭が生物化学兵器を研究してるっていう噂に拍車がかかっちゃうじゃないですかっ!!新聞記者を騙すの大変だったんですよっ!!これじゃあお薬も売れなくなって永遠亭は破産に…」
「どういう噂が流れてたのてゐ!?」
こっちも大変なことになっているみたいです。
周囲を見回せば、永琳さんが他のお三方に詰め寄られています。これが世に聞く修羅場というものなんでしょうか?
「もうお師匠さまなんてだいっきらいっ!!」
「鈴仙!?」
「永琳、私は友人を毒殺するような者を家臣に持ちたくはないわ。荷物をまとめて出て行きなさい、餞別位は出してあげるわ」
「待って下さい姫!これは誤解で…」
「永琳さま、色々と変だけどいい人だと思っていたのに…見損ないました」
「てゐ、違うのよ。これは不幸な事故で…」
って悩んでいる内にますます大変なことに!私が原因で、家庭崩壊が起きたりしたら、私には償いようがありません!
「あ、大丈夫、大丈夫なんですよ。なんだかわからないですけど大丈夫です」
そう言って起きあがった私を見て、周囲の時が一瞬止まって…
「「「「よかったぁ~」」」」
安堵の声が響き渡りました、息がぴったりです。
「ごめんなさいね、永琳は誰彼かまわず危険な薬を飲ませる癖があるのよ。私なんて何回死んだことか…」
「私はそろそろ耐性がついたみたいで、あんまり効かなくなってきました」
「私こないだ耳が四本になった…」
口々に皆さんが仰います。ちなみに、永琳さんはしゅんとしてまるまっています、何かお気の毒です。
そして、永琳さんのお薬…やはり危険なものだったみたいです。
でも、今回のお薬は、一粒飲むべきところを、私が瓶の中身をまるまる飲んでしまったのが原因らしいです。
毛布を持ってきたら、瓶を持って倒れている私がいて、永琳さんが大あわてで解毒剤を用意している所を、お茶を運んできた三人(なんでみんなで来るんでしょう?)に見つかって大騒ぎに…だとか。
またご迷惑をおかけしてしまいました。
そして、寝ている間の記憶はないのですが、もしかして三途の川の途中で引き返してきたのかもしれません。
「えっとごめんなさい、私が量を間違ったせいで…」
そうです、ちゃんと謝らないと。私がお馬鹿なせいで、あたら優秀な薬を無駄遣いしてしまいました。
「いいのよ、そもそも薬の実験に他人を使う方が悪いのだから」
「そうそう、みんなお師匠さまが悪いんです」
「そうですよ、実験なら姫様や鈴仙使えばいいのに」
「待ちなさい」
「待て!」
「だって姫様殺したって死なないし、鈴仙だってゴキ並にしぶといもん!…痛いっ耳はだめっ!!ひっぱらないでっ!!動物虐待反対っ!!」
「あ…あの…」
じたばたしているてゐさんの耳を、姫様さんと鈴仙さんが片方づつ引っ張っています。
てゐさんが涙目になっているので、私は止めに入りました。
「あ、ごめんなさい。こほん、何はともあれ、永琳の不始末は私の責任、私にできることだったら何でもするわ」
「え…いえ、そんな…」
姫様さんの言葉に、私は戸惑います。どちらかというと私のせいで実験が失敗したように思うんです。
あ、いえ姫様さん達は知らないんですね。騙しているみたいで気が引けます。
なので…
「いえ…あの、永琳さんがよろしければ、また今度実験にお付き合いさせて頂ければ…と。今度はちゃんと用法用量を守って飲みますから」
そう言った私を見て、永琳さんは復活して…
「本当!?まだ邯鄲夢丸はたくさんあるの。あとナイトメアタイプも…」
「「「やめい!!」」」
「しゅん…」
また凹みました…あれ?
「お役に立てずにごめんなさい」
「いえ、いいのよ。むしろ、過剰摂取で生命の危険があるっていうことがわかって助かったわ。ちゃんと注意書きをしっかりしないと…」
別れ際、門の所で永琳さんは言いました。あと、何か屋敷の方から興味津々な視線を感じるのですが、たぶん…ですね。
ちなみに、傷薬の事をお願いしたら、持ちきれないぐらいたくさん頂いてしまいました。ちなみに、安全は確認済みだそうです。
遠慮したのですが、余っているから持っていってくれた方が助かるわと言われたので…私は生傷が絶えないですし…ぐす。
「気をつけて。それと、今度は依頼抜きで遊びに来てみてね。永遠亭は、ずっと外との交流を絶っていたから、誰か来るとみんな嬉しいのよ」
苦笑いする永琳さんに、私はいっぱいの笑顔で答えました。
「はい、必ず」
手を振る永琳さんと、いつの間にか現れた姫様さん、鈴仙さん、てゐさんに手を振り返し、私は歩き出しました。
あとは、魔理沙さんのところで本を回収して、アリスさんの所に行って…依頼達成が見えてきた気がします。
「よしっ!頑張ろう!!」
立ち止まって張り切って、そして、また私は歩き出しました。
『つづく』
ざわざわざわわとゆらめく竹林を、私はゆっくりと歩きます。踏みしめた竹の葉が、抗議するように音を立てて、思わず踏み出すのを躊躇してしまいました。
さて、この竹林は、魔法の森と違い、暗いことは暗いのですが、陰鬱なまでの暗さはありません。その代わりにあるのは不思議さです。
薄暗いというよりも、ぼんやりとした明るさがあるといった表現が正しいような、そんな景色。
文字通り、一寸先は闇という魔法の森に対して、竹林は比較的遠くまで視界が広がり、おどろおどろしいような不気味さはありません。
でも、どこまでもどこまでも同じ景色が続くのは、別な意味で不気味です。
果たして自分はちゃんと進んでいるのか、ちゃんとこの竹林に出口はあるのか、いくら歩いてもいくら歩いても、ここから出ることはできないんじゃないか…そんな恐怖感に囚われてしまいます。
仮に、ここで何かに襲われたとしたら、私の悲鳴は竹林に吸い込まれて、そして、誰に気づかれることもなく、死体は竹の葉に埋もれていく…そんな想像をしてしまいます。
想像の中で、誰に看取られることもなく竹の葉に沈んでいく自分を思い浮かべ、私は思わず震えてしまいました。
「大丈夫、大丈夫…」
かすかに震える自分の肩を抱いて、震える口から言葉を吐き出します。少しだけ落ち着きました。
歩く私の前には、永琳さんからの手紙と一緒に届けられた『指南車』というものが先行しています。なんでも、外の世界で使われていた方角を示す機械を、色々と改良したものだそうです。
方角も、刻ですらもわからなくなるようなこの竹林を、それは目的地へとまっすぐ進んでいます。
最初、説明書と一緒にソレを見た時には、思わず『死難車』と読んでしまいましたが、よくよく見ると、とても可愛い兎さんの人形が、にんじんを持って、ある方向をずっと指し示しています。
説明書によれば、そのにんじんが向く先に永遠亭があり、竹林に置けば勝手に進んでいくとの事です。
どうやったらお人形が勝手に進むのかとても気になったのですが、壊すといけないので、箱に入れてしっかりと保管しておきました。
果てる事なき竹林を、私は歩きます。
目的地の永遠亭…噂では、他者との接触を頑ななまでに拒んでいる謎のお屋敷だそうです。
そこに棲むのは、素直な人妖を騙して、なけなしのお小遣いを巻き上げる兎詐欺師てゐ、寡黙で、そして背後に立った者は容赦なく撃ち殺すという凄腕スナイパー鈴仙、そして…数多の毒薬を作り、幻想郷にバイオハザードをもたらす為、月からやって来た天災薬師永琳…と言われていますが、果たして実態はどうなのでしょうか?
私は、ここに来るまで噂を信じて、酷い誤解を持ったまま依頼先を訪れていました。でも、それらの噂はほとんどがでたらめで、尾ひれ背びれどころか、羽根だの足だのしっぽだの原型がわからない位にむちゃくちゃなおまけをつけたものだったんです。
確かに、どこでも命の危険には晒されていましたが、でも、それはどれも依頼してくれた方のせいじゃなかったのです。
レミリアさん、パチュリーさん、そしてフランさん、霊夢さんに魔理沙さん。皆、噂で必要以上に恐れられていた人たちでした。そんな人たちを誤解していたのですから、私は謝らないといけないです。
だから、私は、今度は噂を信じないで行ってみようと思います。
きっと、とてもいい人達が迎えてくれるに違いありません。
それに、心には強さがあります。万が一噂の通りだったとしても、優しい人だと信じて、信じ抜けば、相手にもいつかその気持ちは伝わるはずなのです。
善意は必ず通じます、優しい気持ちは必ず相手を優しくしてくれます。
うん、少しだけ残っていた、怖がる気持ちがだんだん消えていきます。これなら、とびっきりの笑顔で永遠亭に行けそうです。
「さぁ、頑張ろう私!」
陽気に言った私の視界へ、落ち着いたお屋敷が見えてきました。
「ごめんくださ~い」
簡素な竹組みの…といっても門があるだけで私にとってはびっくりなのですが…門の前で私は言いました。
服が色々と汚れてしまっているので、私は服に付いた埃を払い、髪を整えて門が開くのを待ちます。
その間に周囲を少し見回してみると、今までの紅魔館や魔理沙さんの家のように、自然の中にそびえる建物というよりは、博麗神社のように…いえ、それよりももっと自然に同化しているように思えました。
骨組みは竹で、屋根は檜皮葺き、色も何も塗っていないその門は、竹林の一部みたいでした。
もともと自然の中で生きている私たち妖精にとっては、こういった場所は非常に落ち着きます。
少し息を吸い込んで、歩いている間に速くなっていた鼓動を落ち着かせます。こんなに落ち着いて依頼に当たれるのは初めてではないでしょうか?
「は~い、今あけます」
私がそんなことを考えていた時、そんな声が聞こえて、向こうからぴょこぴょこと兎さんが駈けてくるのが見えました。
「大妖精さんですね。遠い所をようこそおいで下さいました、こちらへどうぞ」
「あ、はい、よろしくお願いします」
扉が静かに開き、目の前に現れたのはいかにも人の良さそうな方です。へにょっとした耳が、頭を下げた時に同じくぺこりと動いて、なんだか和んでしまいました。
それにしても、何で聞く前から私が来ることを知ってらしたんでしょうか?
何はともあれ、やはりこちらの方は優しい方ばかりなのでしょう。これなら、私も安心して実験に協力できます。
考えてみれば、ここでの依頼は薬の実験です。人を助けるためのものを頑張って作っている方が、悪い方なわけはないはずです。
それに、この実験で薬が完成に近づくとしたら、きっと病に苦しむ方のお役に立てるはずです。万が一失敗したとしても、そう思っていれば満足しながらあの世へ逝くけると思うのです。
色々な方に迷惑をかけっぱなしできた私ですが、そういう死に方をすれば閻魔様も少しは同情して下さるかもしれません。
「あの…どうかしましたか?」
「あ、ごめんなさい、何でもないんですよ」
ふと気がつくと、不思議そうに兎さんがこちらをのぞき込んでいました。思考がそれていって、やがてぱたぱたとどこかへ飛んでいってしまうのは私の悪い癖です。
ぺこりと頭を下げつつ、私は兎さんの名前を聞いていないことに気づき、尋ねることにしました。
「あ、そういえばお名前を伺っていなかったんですが…」
そんな私の言葉に、兎さんは長い耳を左右に揺らして大あわてです。
「あああっごめんなさい、つい忘れていました。私ったらそういう所がどうしても駄目で…ごめんなさい」
「あ、いえそんなに頭を下げられたら私が困ります。こちらこそごめんなさい」
「いえ、悪いのは私ですから」
「いえいえ私こそ…」
えっと、思いもかけずに謝り合戦を開始してしまった私たちなのですが、しばらくしてお互いにきりがないことに気づいて諦めました。
私としては、ちゃんと謝っておきたかったのですが、私が頭を下げると、兎さんも負けずにもっと頭を下げてくださるので、結局きりがなくなってしまったのです。とても礼儀正しい兎さんでした。
ちなみに、兎さんも私も額に土が付いているのはご愛敬です。
「あ…あはは、いつもてゐ…うちに住んでいる兎なんですけど…の後始末で謝ってばかりだったので、謝られるのに慣れていなくて、どうしても相手より頭を下げてしまうんです。ごめんなさい」
そう言って、また頭を下げる兎さん。だんだん高度が下がってきたような気がします。
そして、なんか私と似た境遇であるように思ってしまいました。私もチルノちゃんがご迷惑をおかけした方々に、いつもいつも謝ってばかりでしたし…
「実は、私も友達の後始末で謝ってばかりいたので…ごめんなさい」
「あ、いえこちらこそ…」
結局、またお互いに平身平頭を繰り返すことになってしまいました。
ここに大ガマさんがいれば、どうにかうまく収めて下さると思うのですが、止めて下さる方がいないと、未熟な私ではどうにも相手より頭が低くないと落ち着かないのです…
「それで、申し遅れましたが、私は鈴仙…鈴仙・優雲院・イナバといいます。師匠ともども、どうかよろしくお願いします」
そう言ってぺこりと頭を下げる鈴仙さん。
ちなみに、お辞儀を繰り返していると、いつまで経ってもお話が進まないことに気づいたので、話し合いの末、お辞儀の角度は45度以内、返礼は二回までという約束を交わしました。
ちょっと落ち着かないのですが、仕方がありません。だって、考えてみたら、お話の時間よりも謝っている時間の方が多いような気がしましたし…圧倒的に。
「あ、ご丁寧にありがとうございます。私は大妖精と申します」
それにしても、この方が鈴仙さんだったのですか…
私は、やはり噂とはあてにならないものだと思いました。
噂では、冷酷無比にして寡黙なスナイパーレイセンとして知られていて、両耳に装備した強力な20mmうさ耳砲で里を守る猛牛を撃破して薬を押し売りし、両手に持った精確な7.7mm二丁拳銃では、飛ぶ夜雀をも落とし屋台の代金を踏み倒すというお話です。
他にも、突然紅魔館に舞い降りて、火をかけて飛び去っていっただの、背後に立ったつもりが、いつのまにか『背後をとられ』撃墜されているだの、どんな遠方にいてもやってくるだの、恐ろしげな噂が絶えません。
その厄災から逃れるためには、幸運のお賽銭箱にお金を入れなければならないとかなんとかというお話もありますが…
何はともあれ、目の前を進む鈴仙さんには、とてもじゃないですがそんな雰囲気はありません。
やはり、噂とはあてにならないものなのでしょう。
そもそも、私は今背後を進んでいますけど襲われたりはしていませんし。
それにしても、人の半歩後ろを進むのが一番落ち着きます。幸い、鈴仙さんの方は、先頭に立って案内するのが落ち着くそうなので、位置の取り合いにはなりませんでした。
門から屋敷までの道には、石が敷いてあって、左右の庭園にはしっかりと手が加えられています。
紅魔館の庭も華麗でしたが、それとは違った美しさがありますね。今度、依頼抜きで遊びに来たいものです。鈴仙さんとは気が合いそうな予感がしますし。
「あ、この石は月から運んできたんですよ。結構大変でした」
「え?あのお月様からですか!?凄いですね」
「ええ、私たちが月を恋しがっていたら、師匠がなんか頑張っちゃって。あとこの花なんですが…」
他愛もない会話を続けながら、私たちはゆっくり歩きます。
そして、鈴仙さんの言葉の端々には師匠…永琳さんを慕い、尊敬する気持ちが滲んでいました。
永琳さんのことを話す時には、とても嬉しそうな表情で、私まで嬉しくなってしまいます。
これなら、そんなに危ない実験ではないでしょう。最初の手紙を見たときに、あんなに焦ったのがバカみたいに思えてしまいました。冷静に考えれば、この世の中そんなに悪い方がいるわけないというのに…ちょっと自己嫌悪です。
これなら、きっと無事に故郷へ帰れるでしょう。あのきれいな湖と、たくさんのお友達が私を待ってくれているに違いありません。
「まぁ、たまに薬の実験で暴走したりはするんですけど…」
「…え?」
たぶん…
さて、安全で簡単な実験にお付き合いして、薬を頂いて帰る…そんなことを考えていた私なのですが、今眼前に広がっている光景はなんなんでしょう?
自分の想像力の貧弱さを思い知らされたように思うのですが、今はそういった事を考えている暇はないような気がするのです。そもそも、さっきの状況とあの依頼からこの光景を想像するのは無理だと思います。
このお屋敷を見たとき、落ち着いて、そして静かなところだととても感心していましたが、その第一印象は誤ったものだったようです。
部屋に案内された私は、一瞬さっきのお屋敷とここが別世界なのではないかと思ってしまったのです…あまりの状況に、私は戸惑うばかりで何もできません。
やはり、すんなりと無傷で家に帰る…そんな都合のいい依頼があるわけはないのです。
果たして、私はいつ家に帰ることができるのでしょうか?そもそも帰ることができるのでしょうか?
ついそんなことを思ってしまいました。
なぜなら…
「ようこそ永遠亭へ!うっわ…本物だ、永琳さまにお友達がいるなんて…」
「ええ、あんな永琳に友達が来てくれるなんて…うう」
「てゐに姫様…さすがに失礼な気がしますよ?ささ、それはともかく永遠亭名物のお餅をどうぞ。きなこにあんこ、もちろん最高級品ですし、足りなければいくらでもありますから…あ、甘いのが嫌でしたら醤油もありますし、あられやおせんべいも各種取りそろえていますし…」
「あとねー紅魔館ですぐに瀟洒になれる…かもしれない…瀟洒券って言って券を配ったら、お菓子とかお金とかもらったからどうぞ」
「てゐっ!また詐欺したでしょ!!あああ~謝りに行かないと~」
「詐欺じゃないもん!物々交換だもん!!」
「可愛い子ぶったってダメ!」
「まぁまぁ、おめでたい日だからいいじゃない今日ぐらい。私、永琳の友達が来るって聞いて、昨日からお料理してたのよ」
「わーいっ!姫様の料理だっ!!」
「あ、話そらさないっ!もう…大体料理なら私がよく作ってあげているでしょう!」
「だって、鈴仙の料理なんて蛇とかよくわかんない草使ったりして煮込むだけなんだもん…」
「仕方ないでしょ!軍隊生活長かったんだから!!ちゃんと食べられるわよ!!」
「こないだなんて蟲入ってたし…」
「毒はないから大丈夫、栄養価も高いから」
「そういう問題じゃないと思う…」
「ほら、本格的な懐石料理よ。二人とも、これでも食べて落ち着きなさい…ごめんなさいね大妖精さん、うちの子たちったらいつもこんなで…」
「は…はぁ」
あまりの大騒ぎに、こちらに話が振られるまでお返事できませんでした。
えっと…それにしても私は実験材料になるために…違った、実験に協力する為に来たはずなのに、この下にも置かぬ大歓待は一体何なんでしょう?
永琳さんは実験の最中だとかで出てきていませんし、そう言われて通されたのはお菓子だのお茶だのが各種取りそろえられた広大な客間です。
美味しそうなお料理まで出てきましたし…一口頂きます。
訂正、美味しそうなのではなくて美味しいです、非常に。これを作った姫様さん…この方も、永遠亭の住人さんなのでしょうか?聞いたことはないのですが…
そして、ここに霊夢さんが来たとしたら、衝撃のあまり卒倒するんじゃないでしょうか?持って行けたらいいのですが…
「あ…お口にめさなかったかしら?」
その時、不安げな姫様さんの声が聞こえて、我にかえります。
「あ、いえ、あまりの美味しさに思考が飛んじゃって…ごめんなさい」
私がそう答えると、姫様さんは笑顔を取り戻して続けました。
「私たちは、ずっとここで外の世界と関わらずに暮らしてきたから、みんな人恋しかったのよ。少し騒がしいと思うけど、見逃して下さいね…ほら、あんな感じで」
ちなみに、鈴仙さんとてゐさんは、人参の煮物を巡って熾烈なラビットファイトを演じています。
姫様さんはそれを見て苦笑いです。
「はい…私にはにぎやかな友達がいますから、全然大丈夫ですよ。それに、私はにぎやかな方が楽しいんです」
「そう?もしよければ今度はその子も連れてきてみてね。大歓迎よ」
「は…はい…」
姫様さんはころころ笑います。
でも、チルノちゃんを連れてきたら、違う種類の『大騒ぎ』が起きてしまいそうなので、私は曖昧な答えで誤魔化しておきました。
さて、その時、すっと障子が開いて、落ち着いた雰囲気の女の人がこちらにやってきました。この方が…永琳さんでしょうか?
「あ、こんにちわ、私が大…」
「こんにちわ大ちゃん!よく来てくれたわね!!」
しかし、私が言おうとした挨拶は、陽気な永琳さん(?)の声に遮断されました。大ちゃんって…あれ?私と永琳さん(?)って知り合いでしたっけ?あれ?
「はい?大ちゃ…」
「歓迎するわ、ほら…早速部屋に行きましょう!」
「え…え…?むぎゅ」
親しげに近寄ってきて、ぎゅーっとばかりに私を抱きしめてきた永琳さん(?)に、私はなすすべもなく引きずられていきます。
えっと…状況がつかめません、一体何が起こっているんでしょう?私の勘違いでしょうか?何か、まるで十年来の友人のように扱われている気がするんですけど…っていうか苦しいです!窒息しちゃいます!!
「あらあら、永琳ったら」
「師匠…」
「鈴仙しっとー?」
「ち、違うわよ!」
「あら、顔が真っ赤よ?いなば一号」
「変な呼び方しないで下さい!」
「冗談よ、鈴仙いなば」
「だからいなばはいらないです…」
わいわいがやがやという騒ぎを後目に、私は抱かれたままずるずると引きずられ…障子が閉じました。
「はぁ…ごめんなさいね大妖せ…ちょっと!大丈夫!?」
「うう…けほ、大丈夫です」
胸をとんとんと叩いて呼吸を整え、私は言いました。
「そう、それならいいんだけど…姫やウドンゲが勘違いして大歓迎会を開いてしまったせいで、今更実験の協力に来てもらったなんて言えなくなったのよ」
「なるほど…」
嬉しそうな、でも反面困ったような永琳さん。そう呼ばれていたので間違いはないでしょう。
確かに、自分の(友達の)為にあんなに盛大な催しをしてもらっちゃうと、勘違いだなんて言えなくなってしまいますし…
さて、それからしばらくして、私は永琳さんの部屋へと案内されました。
部屋の中にはよくわからない植物が一杯あって、ちょっと怖いです。
そんな部屋の真ん中、座布団とお茶が用意された所へと私は座らされました。
「それで実験の事なんだけどね、本当にすぐ終わるし危険もほとんどないわ。以前作った胡蝶夢丸の改良型で、邯鄲夢丸というのよ」
永琳さんはそう言いますが…
「胡蝶夢丸?邯鄲夢丸?」
何のことでしょう?
そう思って首を傾げた私に、永琳さんは笑って言いました。
「そうね、里に来ない上に、文々。新聞を読まないんじゃ知らないわね。言うなれば『いい夢を見る』薬よ。胡蝶夢丸より少し効力を強くしたのが邯鄲夢丸、一晩の間に、幸せな人生をおくる夢を見られるわ」
「はぁ…えっと、副作用とかはないんですか?」
そう言う永琳さんに、私は質問しました。
そういえば、大ガマさんが『いい夢を見られる葉っぱ』というものに手を出してはいけないと言っていたのを思い出したんです。
しかも、あの時チルノちゃんが「私は最強だから大丈夫よ!」と言って、どこからか探し出してきた葉っぱを食べて「さいこーの葉っぱよ!なんばーわんよ!!紅白白黒紅色姉妹、誰に当ててもひっとよっ!!」とか言って飛び出していった事がありました。
ちなみに、数時間後にぼろぼろになって湖面に浮いているのを見つけたんですが…何はともあれ、危なそうな気がするのです。
でも、そんな私の不安を読みとったのか、永琳さんは優しく言います。
「ええ、不安はもっともだけど大丈夫。そういう副作用は前の胡蝶夢丸の段階でほとんど消滅させることに成功しているの、今回も計算上何の問題もないはずよ。それなのにうちのみんなは誰も協力してくれないんだから…」
「なるほど、えっと失礼しました」
ウドンゲですら最近は逃げるんだから…とか呟く永琳さんに、私は謝ります。
考えてみたら、あんなに優しい方々と共にいるのですから、悪い方なわけがありません。自分の疑り深さが恥ずかしくなってしまいました。
それにしても、薬と聞くと身体を治すものばかり想像してしまうのですが、こういうお薬もあるのですね。
どちらにしろ、他の方の為になるのでしたら、私に拒む理由はありません。そもそも、その為に来たのですから…
「いいのよ、被験者の緊張や不安をとるのも重要な役目だしね」
私の言葉に、永琳さんはそう言って小瓶を差し出します。
「これを飲んでみて、苦くはないし、飲めばしばらくしたら眠くなるわ。効力は人にもよるけど大体六時間、幸せな夢を見られるはずよ。あ、布団とかは今用意するから…」
「はい、あ、布団は大丈夫ですよ」
「じゃあせめて毛布だけでも…」
そう言って隣の部屋へと消えていく永琳さんを見ながら、私は小瓶を手に取り、フタをとります。
中には、白い小さなつぶつぶが一杯に詰まっていました。
「薬って飲むの初めてだなぁ…んく」
そう言ってつぶつぶを口に含むと、甘い味が広がって、すぐに眠気がやってきます。こんなに早く眠気がやってくるなんて…さすがは永琳さ…ん…で…
そんな思考はすぐに断ち切られ、肌に感じた畳の感触を最後に、私は意識を失いました。
「ここは…?」
視界が広がり、周囲を見ると一面の花畑が見えました。ここは一体どこなんでしょう?
なだらかな丘陵と、そこに広がる赤っぽい花たちは、どこまでもどこまでも続きます。私が今まで見たことがない光景です。
一歩踏み出すと、ふわっとした感触が伝わってきました。
「えっと…何で私こんなところにいるんだろう…?」
私は独語しました、さっきまで何をやっていたのかは思い出せません。
でも、何故か歩かないといけないような気がして、私はふわふわと進みます。
「川…?」
とても短いような、だけどとても長いような時間、私は歩きました。
やがて視界には、霧に覆われた川が見えてきました。そして…
『庁営渡船小野塚航路、此岸側乗り場』
「渡し船…?」
見れば、小さな桟橋に舟が泊められていて、その上で誰かが寝そべってお酒を飲んでいます。丁度よかった、この舟がどこに行くのか聞いてみましょう。
「あの…」
「ん~?悪いけどこの航路は本日運休だ。平日及び土日祝祭日は運休なんだよ」
「あ…はい、ごめんなさい」
でも、私が呼びかけるなり、そんな声が返ってきて、私は思わず謝ってしまいました。
でも、平日及び土日祝祭日運休ということは…運航日はいつなんでしょう?
「あれ、あんた…ずいぶん銭持ってるじゃないか?一体何者だい?」
でも、私がそんなことを考えていると、突然そんなことを言われてしまいました。見れば、寝そべっていた方がむくりと起きあがり、こちらを見ています。ずいぶん驚かれているようですが、でも…
「えっと…何のことでしょう?」
私には何がなにやらさっぱりわかりません。
「あ、いや…あんたずいぶん慕われてるんだな。そんなに長生きしているようにも見えないし、第一長生きしたところで慕ってくれる人間が多いとは限らない。単に機会が増えるだけだからね。まぁそれでも機会が増えるということは、可能性としては高くなるわけだから…」
「は…はぁ」
何の事やらよくわからないのですが、私は相づちをうちました。
「それなのにこんなに持っているなんてあんた…向こうじゃ相当人気者だったんじゃないか?」
あ、今度はわかりました。でも…
「え、いえそんなことは…私は他の方にご迷惑かけてばかりですし…」
私が人気者だなんてそんなはずはありません。
まだまだ未熟で、色々な方に謝らなければいけないようなことばかりしていましたし…
「いやいや、そんなはずはない。こんなに銭を持っているなんて…これなら対岸まですぐだよ、最速記録だって狙える…青い髪留めが貰えるかもしれないね。よし、乗った乗った」
「え…え…」
私はぐいぐいと押され、舟へと押し込まれます。
「あ…あの…この舟はどこに…」
「おっと、先にこの残った酒を空にしておこうか。ぐいっとね」
でも、女の人は私の言葉など意にも介さず、そう言ってとっくりのお酒をぐいぐいと飲み干します。
そして…
「そいじゃ舫を放して出航だぶぎゃ!?」
叩きふせられました…あれ?
「小町、あなたは職務をなんと考えているのですか!死神たる者、職務中は全注意力、全能力をもって職務に精励すべしと定められているでしょう!!それなのにお酒を飲むとは何事ですか!その上舟の上で寝るなんて言語道断です、起きなさい!!」
「あ…あわわ…」
見れば、女の人…小町さんというのでしょうか…の背後に誰かが立っていて、小町さんをばしばし叩いています。
そんなことしていたら起きるどころか永遠に寝たままになってしまいますよ!!
「あ…あの、そんなに叩くと…」
おずおずと言った私に、その方はこちらに初めて気づいたように視線を向けて、厳しい口調で言葉を発します。
「ん、魂?貴女は少々善行を行いすぎる。善行を少しでも減らすこと、それが貴女にできる善行で…で…」
途中で黙ってしまいました。…あれ?
「善行を減らすことが善行…そんなはずは…いえでもこの魂の善行はあまりに過大で…そもそも善行を減らすことが善行なら、善行を減らせば善行が増えていって…て…?」
「あ…あの?」
「つまり善行を増やすためには善行を減らさなければならず、善行が善行で善行の善行による善行の為の善行が…」
「あの…あのっ!頭から湯気が!?」
「世に善行を…広め…」
「あわわわわ…」
気がつけば、女の人も頭から湯気を出して倒れています。濡れタオルが必要です。
慌てた私は、服を裂いて川につけようとして気づきました。
「あれ?身体が…服が…?」
見れば、私の身体はふわふわとした丸いかたまりになっていて、もちろん服なんて見あたりません。一体私はどうしちゃったんでしょう…
「あ、でも今はこっちを急がないと…」
でも、悩んでいる暇なんてありません。
私は、舟を飛び降りて、周囲に布がないか探しますが、なかなか見つかりません。どうしましょう…
「ってああっ!?」
その時、ふと背後を見れば、気を失った二人を乗せて舟が流れていきます。
そういえば舫が外されていて…
「ま…待って!待って下さい!!戻ってきて!!」
私は駆け寄りますが、舟はどんぶらこっこと川下りを始めています。
「お願い待って!戻ってきて!!」
叫ぶ私の声にも、舟は再び泊められるのが嫌なのか、霧の中へと霞んでいきます。
「「ダメっ!戻ってきて!!!」」
その時、私の声に誰かの声が重なって…
「ん…ん?」
霧に覆われた川面は視界から消えて、きれいな木組みの天井が見えてきました。
「あ…あれ?私?」
さっきまで大変な状況だったような気がするのですが、どうにも思い出せません。
そして…
「お師匠さまのばかっ!ばかっ!!お友達を毒殺するなんて何考えてるんですかっ!!」
「誤解よ鈴仙!」
「永琳…」
「姫もそんな蔑むような目で見ないで下さい!」
「永琳さま…鈴仙や姫様ならともかく、外から来た方を毒殺するなんて…これじゃあ永遠亭が生物化学兵器を研究してるっていう噂に拍車がかかっちゃうじゃないですかっ!!新聞記者を騙すの大変だったんですよっ!!これじゃあお薬も売れなくなって永遠亭は破産に…」
「どういう噂が流れてたのてゐ!?」
こっちも大変なことになっているみたいです。
周囲を見回せば、永琳さんが他のお三方に詰め寄られています。これが世に聞く修羅場というものなんでしょうか?
「もうお師匠さまなんてだいっきらいっ!!」
「鈴仙!?」
「永琳、私は友人を毒殺するような者を家臣に持ちたくはないわ。荷物をまとめて出て行きなさい、餞別位は出してあげるわ」
「待って下さい姫!これは誤解で…」
「永琳さま、色々と変だけどいい人だと思っていたのに…見損ないました」
「てゐ、違うのよ。これは不幸な事故で…」
って悩んでいる内にますます大変なことに!私が原因で、家庭崩壊が起きたりしたら、私には償いようがありません!
「あ、大丈夫、大丈夫なんですよ。なんだかわからないですけど大丈夫です」
そう言って起きあがった私を見て、周囲の時が一瞬止まって…
「「「「よかったぁ~」」」」
安堵の声が響き渡りました、息がぴったりです。
「ごめんなさいね、永琳は誰彼かまわず危険な薬を飲ませる癖があるのよ。私なんて何回死んだことか…」
「私はそろそろ耐性がついたみたいで、あんまり効かなくなってきました」
「私こないだ耳が四本になった…」
口々に皆さんが仰います。ちなみに、永琳さんはしゅんとしてまるまっています、何かお気の毒です。
そして、永琳さんのお薬…やはり危険なものだったみたいです。
でも、今回のお薬は、一粒飲むべきところを、私が瓶の中身をまるまる飲んでしまったのが原因らしいです。
毛布を持ってきたら、瓶を持って倒れている私がいて、永琳さんが大あわてで解毒剤を用意している所を、お茶を運んできた三人(なんでみんなで来るんでしょう?)に見つかって大騒ぎに…だとか。
またご迷惑をおかけしてしまいました。
そして、寝ている間の記憶はないのですが、もしかして三途の川の途中で引き返してきたのかもしれません。
「えっとごめんなさい、私が量を間違ったせいで…」
そうです、ちゃんと謝らないと。私がお馬鹿なせいで、あたら優秀な薬を無駄遣いしてしまいました。
「いいのよ、そもそも薬の実験に他人を使う方が悪いのだから」
「そうそう、みんなお師匠さまが悪いんです」
「そうですよ、実験なら姫様や鈴仙使えばいいのに」
「待ちなさい」
「待て!」
「だって姫様殺したって死なないし、鈴仙だってゴキ並にしぶといもん!…痛いっ耳はだめっ!!ひっぱらないでっ!!動物虐待反対っ!!」
「あ…あの…」
じたばたしているてゐさんの耳を、姫様さんと鈴仙さんが片方づつ引っ張っています。
てゐさんが涙目になっているので、私は止めに入りました。
「あ、ごめんなさい。こほん、何はともあれ、永琳の不始末は私の責任、私にできることだったら何でもするわ」
「え…いえ、そんな…」
姫様さんの言葉に、私は戸惑います。どちらかというと私のせいで実験が失敗したように思うんです。
あ、いえ姫様さん達は知らないんですね。騙しているみたいで気が引けます。
なので…
「いえ…あの、永琳さんがよろしければ、また今度実験にお付き合いさせて頂ければ…と。今度はちゃんと用法用量を守って飲みますから」
そう言った私を見て、永琳さんは復活して…
「本当!?まだ邯鄲夢丸はたくさんあるの。あとナイトメアタイプも…」
「「「やめい!!」」」
「しゅん…」
また凹みました…あれ?
「お役に立てずにごめんなさい」
「いえ、いいのよ。むしろ、過剰摂取で生命の危険があるっていうことがわかって助かったわ。ちゃんと注意書きをしっかりしないと…」
別れ際、門の所で永琳さんは言いました。あと、何か屋敷の方から興味津々な視線を感じるのですが、たぶん…ですね。
ちなみに、傷薬の事をお願いしたら、持ちきれないぐらいたくさん頂いてしまいました。ちなみに、安全は確認済みだそうです。
遠慮したのですが、余っているから持っていってくれた方が助かるわと言われたので…私は生傷が絶えないですし…ぐす。
「気をつけて。それと、今度は依頼抜きで遊びに来てみてね。永遠亭は、ずっと外との交流を絶っていたから、誰か来るとみんな嬉しいのよ」
苦笑いする永琳さんに、私はいっぱいの笑顔で答えました。
「はい、必ず」
手を振る永琳さんと、いつの間にか現れた姫様さん、鈴仙さん、てゐさんに手を振り返し、私は歩き出しました。
あとは、魔理沙さんのところで本を回収して、アリスさんの所に行って…依頼達成が見えてきた気がします。
「よしっ!頑張ろう!!」
立ち止まって張り切って、そして、また私は歩き出しました。
『つづく』
大姉さんがホントにマヂでDie姉さんになる所に…!
前回の感想で俺があんな事書いたから…この俺のダラズー!!
それでも自分の不始末だと思って相手を責めようとしない大姉さん…
ええ人です!アンタはホンマにええ人ですわ…(号泣)
次の御仕事もどうか御無事で…/(´д`)
それからアッザムさん、自分をそう責めんで下さい。
アンタも姉さんと同じくらいええ人ですわ…
永琳の可愛さのワケをいえーーーーーー!
大妖精いいこだなあ・・・・・・・・・・・・・
オレ的「大妖精の偉い人」認定!(勝手に…
しかし密かに錠剤の薬を一気する大妖精の天然っぷりも素敵なものです。
だがそれでも私は映姫様を選ぶ・・・!
永遠亭の他のメンバーにはあれだけ凶悪な噂が蔓延ってるのにも関わらず輝夜だけ存在すら知られてないとか、無限ループに陥る四季様とか、さり気なく差し込んであるネタが面白かったです。
しかしまあ、えーき様が可愛いったらもう。相変わらず、待った甲斐があります。
最短記録更新ですよ?
しかしこの永琳も凄いですな・・・ダメな意味でっ!(コラ)
欲を言うと、もうちょっとポップにさっぱりと書いたほうが、純真な少女らしさが際立つのかなーとも思ったり思わなかったり(どっちやの)
>両耳に装備した強力な20mmうさ耳砲
その設定だと、大戦後期は出力・火力不足に悩まされるハメに(ry
続き、まってまーす
えーりん(ヘタレなのでひらがなで)追い出しても、特に問題無いでしょうね、この姫様なら。
むしろ、えーりんが浪費の元なんじゃ……
続き、待ってます。
そして師匠に時めいてしまった・・・落ち込む師匠可愛いよ
鈴仙が十二試艦戦なのは思いっきり吹きましたよw
>思想の狼様
Die姉さん(笑)いえ、笑い事ではないのですが、彼女には神のご加護がありますよww
>>それからアッザムさん、自分をそう責めんで下さい。
>>アンタも姉さんと同じくらいええ人ですわ…
わわ、いえいえです、私はそんなじゃ(平伏)でもありがとうございます。なにかほっと一安心できましたww
>SETH様
>>永琳の可愛さのワケをいえーーーーーー!
永琳ですから♪(答えになってないorz)
>名前が無い程度の能力様
>>オレ的「大妖精の偉い人」認定!
わわ、嬉しいですけど、多分力不足ですぐに除名される予感がorz
>しず様
>>しかし密かに錠剤の薬を一気する大妖精の天然っぷりも素敵なものです。
真面目で天然…大妖精にはそんなイメージがあったりなかったりww
>二人目の名前が無い程度の能力様
ぬくぬく~っとした気持ちになって頂けましたら幸いですww
輝夜は…実は、私のイメージでは一番『主(あるじ)』らしい主だったりします。
>翼様
大丈夫、大ちゃんは逝きません!きっと是非曲直庁に抗議が殺到して…(笑)
そしてえーき様大人気ですねww
>数を操る程度の能力様
>>あまりの善行っぷりに三途の川も最短記録更新ですよ?
きっと、舟に乗らずとも飛び越えられるに違いありませんww
>乳脂固形分様
>>もうちょっとポップにさっぱりと書いたほうが、純真な少女らしさが際立つのかな
ふむむ、確かに…
ちょっとごちゃごちゃしすぎた観があったかもですね。次回は、もうちょっとあっさりさっぱりのどごし爽やかに仕上げてみます…あ、いえ、そうできるように頑張ります(未熟者につき断言できずorz)
>>その設定だと、大戦後期は出力・火力不足に悩まされるハメに(ry
やはりそこは精神力でww
オプションでボムと試製竹槍ロケットが装備可能です(ry
>三人目の名前が無い程度の能力様
心よりの同意をww
>四人目の名前が無い程度の能力様
輝夜には、落ち着いていて家庭的な印象が…(姫なのに)
まとめ役なイメージがあります。
>>えーりんが浪費の元なんじゃ……
それを言ってはいけません(笑)
>都様
>>鈴仙が十二試艦戦なのは思いっきり吹きましたよw
オーバレテーラwwいや、だって『レイセン』ですし…orz