「はぁ・・・私一人になってしまった」
『皆着たがらないからあんた数合わせで着なさい』
咲夜さんからそう言われた時には、
ああ、きっと今回も捨て駒として初戦で散ることになるんだろうなぁって思っていた。
またこんな出番なのかぁぁぁ、って。
なのに、今回はおかしい。
何が変かって、私が自分視点で長々と語っているのがおかしい。
「な、何言ってるんだろう・・・やっと出番きたのに」
そう、輝かしい出番だ。
お嬢様も霊夢さんも、咲夜さんすらいない。
紅 美鈴、初めての主役だ。
「が、がんばらなきゃ」
気合を込め、[校長室]と書かれた扉の前に立つ。
第九話[ヒロインは彼女なのか?Ⅱ]
「・・・あら?」
「うわ紅魔館の門番かよ。霊夢はどうしたんだ?」
入っていきなりでそれは、かなり傷つくんですが。
「それは・・・私も聞きたいくらいですけど。
え?でもあなたそんなに・・・」
その口調はいつもと同じでストレートにひどい事を言ってきて、
その表情はいつもと同じでからからと馬鹿にするように笑っていて、
その服装はいつも通り黒と白と赤で・・・
・・・赤?
「私がなんだって?」
「あの・・・あのっ、貴方の座っているそれってっ!!」
最初は瓦礫の上にでも座っているんだと思った。
この人が学校を占拠した時に相当暴れたらしいから、
ここまで来るだけでも何箇所もボロボロに崩れていた。
だから、校長室がこんなに汚れていて、
色んなものが散乱しているのは仕方ないと思った。
だから、座っているのもそれらの一部なのだろうと勝手に解釈していた。気づくまでは。
「うん?これか?ああ、うん、ちょっと抵抗してきたから」
抵抗したからなんなんですか?
「まぁ、気にするなよ。それよりなんだ?お前が私を止める役か?」
その下に居るのは、行方不明になっていた生徒の一人、
『アリス=マーガトロイド』さんなんじゃないですか?
「・・・貴方を、止めますっ」
ぐじゃっ
まだ原形をとどめている絨毯の上に足を踏み入れると、湿った音がした。
魔理沙さんが腰掛けているモノから流れ出ているのは明白だった。
「閻魔様はどこに?」
「さぁ?
色々うるさかったから紫に押し付けたぜ。ほら、あの隙間妖怪」
「・・・・・・」
確かに、今私の前にいるのは面影こそ同じだけれど、
もう別の人だった。
「霊夢とかあのお嬢様とかがくると思ってたのにな。
思ったより邪魔が多かったか?
でもどのステージもボスが居るのは当たり前だもんな」
何を・・・言ってるんですか?
「まぁでも。やる気みたいだし、手加減はしないぜ?」
にや、と笑い、手元の火炉を前に突き出す。
「私も・・・死ねません。
生きて、皆にちゃんと名前を呼んでもらうんです。
私は、紅 美鈴なんだ、って」
構え、気を練り始める。
スペルカードルールが発足してからはあまり活躍の場はなかったが、
単純な殺し合いなら私は負けない・・・はず。
「それに、きっと生きて帰るからって、小悪魔とも約束したんですよ」
「何だそれ、死亡フラグじゃないか」
フラグって何ですかっ!?
「まぁ、何時までも話してるのもアレだし・・・
いきなり行くぜっ、マスタァァァァァァスパークッ!!!」
ドゥン―――ゴォォォォッ
前面が爆発し、直後その中心部から部屋全体を覆う強力な熱性の渦が飛び出す。
「っ・・・」
こんな狭い部屋ではひとたまりもない。
「こんな、ものですか?」
―――人間なら、ですけど。
「・・・なんだよ、正面から受けても傷一つないなんて、
もしかして結構強いのか?」
向こうも笑っている。
流石に今のが本気の一撃と言う訳ではなかったらしい。
それでも、気をまとってなければ相当ダメージを受けていたはず。
「私の様に武術を極めて妖怪になった者は、
飛び道具に抗する手段として・・・
とにかく説明が長くなるので省略しますけど、
私にはそういうのはあんまり効かないんですよ」
「ふーん・・・」
本当に殺してくるつもりなんだろうか?
雰囲気は全然そんな感じはしない。
今もまだ腰掛けている人の姿を見れば勿論、
それにだまされるのは得策ではないのは解るんだけれど。
「良かった。
霊夢たちが来るまででも持ちこたえてくれないと、つまらないもんな?」
「調子に乗らないことです、魔理沙さん。
貴方は、スペルカードルールという人間にとっての救済措置を、
自分で投げ捨てた」
確かに下手な妖怪よりもはるかに強い。
けれど、私はその下手な妖怪なんてランクではない。
「飛び道具が効かないなら・・・こういうのはどうだ?」
どこから取り出したのか、その手には長い箒が握られていた。
やっと立ち上がり、それにまたがったかと思うと、
「スターダストレヴァリエ!!」
――――ヴァンッ
言葉と共に、何の捻りもなく突撃してくる。
「っく―――!!」
見ればただの突撃。
しかし、単純なだけのその攻撃は、
最高クラスの速度を伴えば凶悪な威力を発揮する。
その姿は残像になりかけていて、
ある意味そういった高速戦闘に特化されているはずの私の動体視力でも、
辛うじて眼で追うのが限度。
かわすしかない。反撃の余地なんて無いだろう。
ゥヴァンッ――――
最初の魔法らしきもので既に校長室どころか周囲の地形は壁もろとも消滅していて、
壁のような障害物は殆どないに等しかった。
狭ければ私も詰め寄るチャンスがあるが、
フィールドが広がってしまえば遠距離攻撃手段の乏しい私には不利この上ない。
「・・・なんとか、足を止められれば」
足が止まり、近づくことが出来れば、
全身全霊の一撃を打ち込めれば、人間なら容易く崩すことができる。
単純な一個体としての能力で魔理沙さんが私に勝っている点は、
精々速度と魔力、それから遠距離攻撃位だろう。
それも速度は箒に乗っているという条件下で初めて成り立つ。
それがなければ、確かにそれでも運動神経は高いのだろうが、
私から見れば固定砲台位にしか感じない程度のレベルにはなる。
箒。
あの箒さえなんとかできれば、私にも勝ち目はあるというのに。
「そんな動きじゃ私は捉えられないぜっ!!」
「くっ」
ヴゥンッ―――
なんとかかわす。
それが見えたときには既にはるか遠くに飛び去った直後で、
とても一撃を当てる事はできそうにない。
「・・・無理に対抗しようとすれば直撃。
あんな速度で飛んでいるモノに当たれば、いくら妖怪でもひとたまりも・・・」
最早、手立てなしか。
―――ヴゥンッ
何度目かの突撃をかわし、ふっ、と、諦めてしまおうかと思った。
どうせ私は脇役だ。
負けてしまっても何もないんじゃないだろうか?
命を懸けて戦っても仕方ないんじゃ。
きっと負けても咲夜さんがやってきて、
「まぁ、貴方にはあんまり期待してなかったから気にしないわ」
とか言われるんです。
お嬢様からも、
「だめな門番ね、まぁ、仕方ないわね、門番だし」
そう言われて、それ以上は怒られないんです。
きっとそれで、終わりになるんだ。
「なら、いっその事―――」
立ちすくんでしまった。練っていた気が、消えていく。
「おっと、諦めたのか?」
突撃をやめ、はるか上空でホバリングしながら悠長に話しかけてくる。
「なんだよつまらないなぁ、
これで霊夢もレミリアも咲夜も負けてたら、私の勝ちになっちゃうじゃないか」
「っ・・・!!」
そうだ、私は
『任された以上は私達が責を持って解決しなければいけないわ』
先に私達を通すために戦った人達に
『心して行きなさい。私は負ける事はないでしょうけど、
勝って貴方達の応援に行くこともできないと思うわ』
後の為に、きっと魔理沙さんを打ち倒す為に
『後は任せるわ』
ここを、この場を、このシーンを
(紅 美鈴、初めての主役だ)
私は、自分が主役なんだって、やっと出番が回ってきたんだって、
受け入れたんじゃないか!!!
「・・・けません」
「うん?」
「貴方には、負けません!!」
全身の気を一気に収束させる。
練る事はしない。そんな必要は無い。
ただ眼の向いている一点に集中し、
ただ感情のまま、
肉体を取りまとめている全ての気の源になるモノを気を作るためだけに捻出させる。
「任されたんです。貴方を倒すと」
「当たらないのにか?」
「一撃で。それだけで十分です」
「・・・・・・そうか」
にや、と不敵に笑う。その眼を、私は忘れない。
「・・・きなさい!!」
「遠慮なく不敵に行くぜっ
―――スターダストレヴァリエ!!」
上空から飛び去り、そして、
――ヴァンッ
私の元へ、一撃必殺のその技で、飛び込んでくる。
「その位置じゃもうかわせないぜ!!
もらったぁぁぁぁ!!!!!!!!」
それを、横にではなく
「なっ!?」
1、2、3で真後ろに倒れこみ真下から
「くれないみすずが最終奥義っ、
中華来々けぇぇぇぇぇぇぇっん!!!」
全ての気を打ち放・・・って私めいりんだってっ!!
それにらいらいけんってラーメン屋の名前じゃっ!?
「がっ・・・うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
どさ―――がらがらどごぉぉぉぉっ―――
と、とりあえず、真下からの攻撃で魔理沙さんは吹き飛んで、
瓦礫へとありえない体勢で激突してしまう。
生死はわからない。
確認する気力もない。
「あは・・・か、勝った・・・」
何を口走ってたんだろう私は。
で、でも・・・なんとか、がんばりましたよ、咲夜さん。
「・・・はぁ、な、なんとかたどり着けたわ」
階段踊り場から校長室まで、そこまで長い距離ではないはずなのに、
片足を引きずっている為にその道のりが異常に長く感じた。
ほんとに、あの子だけじゃ心配だし、急がなければいけないというのに。
「なんとか、無事ならいいんだけれど」
これが普段の弾幕勝負だけで終わるのなら、別にそこまで気にはしない。
ただ今の霧雨 魔理沙は本当に人を殺しかねない。
暴走している。
とても危険だ。
そんな危険な相手に、私は美鈴一人で挑ませている。
だって仕方ないじゃない。
あの子は弾幕勝負が下手だ。
さっきの、本気になった永琳相手に対抗できるとは思えない。
あの子を捨て駒にして私が先に進んでも、
最悪、魔理沙を倒す前に永琳が援護にきてしまう危険性すらある。
それなら、少しくらい対魔理沙が苦しくても、
弾幕ごっこではない方に美鈴を行かせた方が、
きっと確実ではある。
もちろん、私自身、必ずしも勝てるとは思えなかった相手だったけれど。
「・・・これが、校長室なの?」
その区間だけ、天井も、壁もなくなっていた。
床にはところどころ穴が空いていて、少し歩くだけでもぎし、となる部分すらある。
そして校長室だったらしい場所は、瓦礫の山と、
赤く染まった絨毯、それから―――
「っ・・・あなたっ、ちょっ、大丈夫なの!?」
その姿を見、足が痛むのも気にせず駆け寄る。
倒れていた。
全身傷だらけで、
だけれどその顔は笑顔で、ただ、目は、目は――
「まだ息が有る・・・生きなさいっ、死ぬんじゃないわよっ!!」
抱えて、医師に。せめて、心得のある者に。
「っぐ!?」
立ち上がろうとして、ずきんと足が痛み倒れこんでしまう。
「いたっ・・・」
「・・・美鈴、あなた・・・良かった、生きていた」
覚えの有る声が下の方から聞こえ、ほぅ、と息をつく。
「え・・・?あ、咲――夜さん、良かった、ご無事で」
「ええ、なんとかね。貴方は大丈夫なの?」
「はい、なんとか・・・もう大丈夫です。
あ、ごめんなさい、ナイフ、全然使いませんでした」
それだけ言って懐からナイフを私に手渡そうとする。
それを受け取ると、また目を瞑ってしまう。
でもまぁ、大丈夫だと言ったのだから、大丈夫。
大体、妖怪がそんなに簡単に死ぬわけないじゃない。
心配して損した。そう思い、足の痛むままに曲げようとした。
「―――はは、もう魔理沙さんは大丈夫です。
私が倒しました。
でも・・・なんていうか、がんばりすぎちゃって。
私、がんばって主役やりましたよ。
お役目、果たせました。
これでもう、
駄目な子だなんて―――いわれ――ませんよ―――ね―――」
「え・・・?」
がんばり・・・過ぎた?
それは、頑張ったから、疲れて疲れて眠いよ~って言う意味なのよね?
役目を果たせた?
それは、言われたとおりの事をしたからもうくたくたで仕方ないんですよ~って言う意味なのよね?
「―――――」
美鈴は目を瞑ったまま、微動だにしない。
「・・・・・・・・・美鈴?ちょっと、待ちなさいよ。
なんで?ねぇ、ねぇったら、反応しなさいっ
目をっ、目を覚ましてっ!!
美鈴っ、美鈴ったらっ、みすずぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」
中華ほんみりん 暁に死す―――
「だから私はメイリンだってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
―――ただ美鈴をラストに出していじりたかった。
(終)