「はぁ・・・はぁ・・・ぁっ・・・はぁ・・・っ・・・」
息をするのが辛い。
胸が張り裂けそうだ。
なんだ?今のは?
あれか?告白か?
アリスが、あのちっちゃいのに告白されてたのか?
はは、だから何だよ。別に女同士でもおかしくはないんじゃないか?
私なんてしょっちゅうだ。自分でもネタにするくらいだ。
なのになんだこれは?
人がそうならこんな気持ちになるのか?
違うだろ。人がだからか?違う。
―――アリスだからだ。
「な、なんなんだ・・・っ」
苦しい。
息ができないからでも全力で走り抜けたからでもない。
苦しい。
なんでそんなに友達一人の事で苦しんでるのか解らない。
苦しい。
なんでそれで苦しんでるのか本当はわかってるのに自分で認めようとしない。
苦しい。
それが解ってて、なんであの場で私は逃げたんだ!!!!!
「はぁっ・・・っ」
怖かったんだ。逃げずに聞いて、なんでそんな事聞くのかって言われるのが。
怖かったんだ。ただの友達なのにそんなところまで深入りするのかって聞かれるのが。
だから、だから私は逃げたんだ。
聞き出せないまま、馬鹿みたいに無理やり笑って逃げ出したんだ。
情けない。なんて私は情けないんだろう。
大体変なんだ。私がそんな気持ちになるのが。
私がアリスを好きに?
それでアリスは振り向いてくれるのか?
自分が今まで女の子に告白されて一度でもそれに応えた事はあったか?
ある訳ないだろう。女同士で、そんな。
馬鹿じゃないか私は。
なんでこんな簡単な事に気づかないんだ。
らしくもない。
大体、男を好きにもなった事もないのに女を好きにとか、変じゃないのか?
「っ・・・っふ・・・ふふふっ・・・
うふ、うふふふ・・・ははははははははははははははははっ!!!」
なら、いっそ変になってしまおうか?
何もかも台無しにしてしまおうか?
私らしくもなく、いや、もっとも私らしく、
何も考えずに何もかも壊してしまおうか。
それがいい、そうしてしまおう。
想い立てばもう、行動するのに勇気なんて要らない。
第8話[ヒロインは彼女なのか?Ⅰ]
異変が起きたのはその学校初の学園祭が開催された翌日だった。
主犯は学園高等部の二年生『霧雨 魔理沙』。
彼女は学園祭後の疲労と脱力感から気の抜けた校長らを人質に、
校長室を拠点とし、学園を占拠した。
その際一部の生徒が行方不明になったりしたが、
当初は普通の魔法使いが普通じゃなくなった、だの、
やれ学校が休みになって嬉しい、
だのという楽観的な意見が妖怪を中心に飛び交っていた。
しかし、校長の閻魔様が人質にされ不在の為、
死んでも成仏どころか裁かれることすらされなくなってしまい、
このままでは霊で埋め尽くされてしまう、
と彼岸の死神達からの苦情が殺到。
状況を重く見た教師で博麗の巫女『博麗 霊夢』他数名が、
急遽校長救出チームを結成し、
これによって火急速やかに事態は解決されると皆安心していた。
なのに・・・
事態はそんなに簡単には進んでくれなかった。
「学校なんてめんどくさ~い、飽きた~」
と、かねてより学園運営に不満たらたらだった最古参で教師の
『八雲 紫』
が霧雨側につくと事態は急変し、更には
「・・・・・・ふ、学校なんて滅びれば良いのよ」
当初霊夢らと同行していた学園高等部三年の
『パチュリー=ノーレッジ』
も自分の同人誌を発禁された事を根に持っており、
八雲女史の叛乱に呼応して反旗を翻す。
事態は限りなく最悪の事態のまま、夜が来ようとしていた。
「どうするのよこれ・・・」
ため息をつく霊夢さん。
それはまぁ、まったりと学園生活を過ごしていたのに、
いきなりこんな事になればこういう反応になると思う。
「全く、博麗 霊夢?
貴方の友達なのだから自力でなんとかできないのかしら?」
咲夜さんも流れすぎる状況に嫌味の一つも言いたくなるのは解るが。
「それなら、パチュリーが向こうに回ってるのは誰のせいよ。
私あんなのの相手までするのは嫌よ。めんどくさい」
そんなの、勿論ここに集まっている誰のせいでもないのだろう。
「おやめなさい咲夜。別に博麗先生は悪くないわ」
「で、ですが・・・」
「全く・・・あのマルコメ魔理沙ときたら。
生徒会長の私に対しても容赦しないのだから。
・・・本気で暴れたくなるわ」
霧雨です、お嬢様。
「なんかスペカルールも無視して暴れてるみたいだから、
迂闊に手を出したら本当に殺されかねないのよね」
そう言って紅白の巫女はまたため息をつく。
「死ぬのが怖くなって?
ならお帰りなさい、ここは私達だけで・・・」
「無理ね」
「お、お嬢様、しかし・・・」
「あ、あのー・・・」
いつまでもまとまりそうにないこの状況下。
流石にこのままじゃまずいと思い、
恐る恐るながら声を掛ける。
「何よ!?」
ぎろ、と容赦なく睨みつけてくる咲夜さん。
うぅ・・・怖いよぅ。
「どうしたというの門番」
怒る事無く話を聞いてくれそうなのはお嬢様。
「え、えーっと、あのですね。
とりあえず、目の前にパチュリー様が居るのを思い出したほうが」
「「「あ」」」
じーーーーーーーー
「み、見てますね」
「見てるわね」
「相変わらず半開きで見てるわね」
そう、学校内で突如パチュリー様が敵化してから今までというもの、
ずっと対峙していたのだ。
それまでずっと作戦会議という名目で待ったをしていた私達に、
ほとほと呆れながらも律儀に待っていてくれたパチュリー様。
「パチェ、貴方はスペカルールを無視したりはしないわよね?」
改まって、お嬢様がパチュリー様の方を向いて聞く。
これがNoなら、こちらも手を考えているだけの暇は無い。
「・・・状況によるわね。
貴方達は知ってるでしょうけど、
私は手数こそあれ、それを同時に行使するだけの胆力がないわ。
だから、貴方達が全員掛りで来るというなら、
スペカなんて考えて使ってるだけの余裕はないわね」
それはつまり、命がけで戦って欲しくなければ、
1:1でのみ相手をしろ、という事だろうか。
だとしたら、速攻狙いで多人数で襲うのは危険な気がする。
パチュリー様は普段は緩慢な方だけれど、
ああ見えてこの幻想郷でも屈指の魔法使いだ。
本気になれば、それこそ私達も甚大な被害を被りかねない。
「・・・なら私が相手をするわ。パチェ」
「あらレミィが。それは意外だわね」
す・・・と前に出るお嬢様に、
あまり意外そうでも無く、ぽそりと呟く。
「お、お嬢様、そんな。ここは私が・・・」
焦ったのは咲夜さんだ。
何より従者として着いて来ているのに、
主人に先に戦われては面子も何もあったものではないだろうし。
「魔理沙の相手は博麗先生がすべきなのでしょう?
なら、確かにパチェの面倒を見るのは、友人の私の仕事だわ」
「そ、そんなつもりで言った訳では・・・」
先ほどの嫌味で足元をすくわれ、何も言えなくなってしまう。
「博麗先生。咲夜。
・・・それから門番。
心して行きなさい。私は負ける事はないでしょうけど、
勝って貴方達の応援に行くこともできないと思うわ」
その言葉に、霊夢さんはキッ、と眼を強め、
「馬鹿、逆にさっさと解決して戻って手伝ってやるわよ」
そう言い、駆け出す。
「お、お嬢様・・・」
主人に守られるような形になるのがどうしても納得行かないのか、
走る霊夢さんと後ろのお嬢様、
咲夜さんはちらちらとその双方を見て、中々走り出そうとしない。
「逆らって何時までも行かないようなら、
邪魔だから貴方から殺すわ。早くお行きなさい」
それだけ言って私達の方を向くのをやめるお嬢様に、
咲夜さんも、
「御武運を・・・っ」
唇をキュ、と噛み、走り去る。
「そ、それでは~っ」
私はそれに着いて行く。
背後から、激しい爆音が聞こえ始めたのは、
私と咲夜さんがその通路から離れた直後だった。
「・・・何よあいつら、またずっとおしゃべりしてるんじゃないでしょうね」
良く解らないけれど、あのメイド長はレミリア大切さで離れられないような気がする。
現に今、私の後ろには誰も居ない。
「くす・・・クスクスクス・・・寂しいわね博麗せんせ?
もう一人ぼっち?誰も居ないのぉ?」
「・・・うるさい、あまったるい声で言うな。気持ち悪い」
さっきまで誰も居なかったのに、後ろを振り向くのをやめた途端、
目の前にその妖怪は沸いていた。
「わっ、わわわっ、ひ、ひどいわっ
そんな事言われたら紫傷ついちゃうわっ」
ノリノリに嘘泣きをする元同僚の教師に、
溜息をつきたくなる衝動と頭痛とが私を交互に襲う。
「学校面倒になったのならやめればいいじゃない。
私達が教師やるのは『命令』じゃなくて『依頼』だったんだから」
それでも、その頼みを断れた者は居ないけれど。
「だって~、変に断ったら閻魔様怖そうだし。
それに、そろそろ何の異変もないのに飽きちゃって」
「閻魔人質にしてる奴についたらそれこそ後が怖いでしょうが・・・」
本末転倒な事をして居るのに、自覚がないというか、
いや、きっとこの妖怪は、そんな事解った上でやってるんだろうけど。
「ん~?大丈夫よ、だってほら、死ななければ裁かれないし?」
「・・・そんな事言ってると死亡フラグ立つわよ」
「おお怖。それで、どうするの?霊夢せんせ」
「そこ、邪魔なのよ。通してくれないかしら」
「あらそうなの?ごめんなさい。ささ、どうぞ」
素直に横にずれる紫。
その先の廊下は、空気が歪みに歪んでいる。
「・・・何堂々と異界への入り口置いてるのよ」
「えー、もう気づかれちゃったの?困ったわ」
勿論、全然困った様子は無い。
「全く、あんたが魔理沙についたって聞いた時はこうなるんじゃと思ってたけど・・・」
「うんうん、思ってたけど?」
「やっぱり私が相手をしなくちゃいけないみたいね」
できれば、魔理沙の相手をする所まで力は使いたくなかったんだけれど・・・
「ふふ、でも大丈夫よ?
今のあの子ほど狂ってないから。殺しはしないわ」
「あら、勝つ事前提?
・・・・・・なめられたものだわ」
懐からお札を数枚取り出し、
初めて紫と正面同士、敵意を込めて向かい合う。
「・・・はぁ、そろそろ校長室かしら」
途中設置されている罠らしきモノを蹴散らしながら、
なんとか校長室のある三階へとたどり着く。
「霊夢さんいませんね~、罠とか雑魚敵の様子みると、
私達とは別の所に進んでるみたいですけど」
「怖気づいて逃げた可能性も有るわ」
「は、ははは・・・」
どうしてここまで咲夜さんは霊夢さんを嫌うんだろう。
私には今一解らない。
「さて・・・と」
「?」
じゃら、と咲夜さんの手の内には幾枚ものナイフがあった。
どれも普段投げつけているモノと比べてやや短く、刃も薄い。
「あんたは飛び道具の手数少ないから、これ持っておきなさい
こうなったら猫の手も借りなければ・・・」
猫の手っていうのは・・・凹むなぁ。
それを受け取りながら、少しだけしょんぼりとしてしまう。
「お嬢様があそこに留まったのは想定外だったけれど・・・
でも、任された以上は私達が責を持って解決しなければいけないわ」
「そ、そうですね」
「中国、本気で戦いなさい?
相手はあの『霧雨 魔理沙』だわ。
しかもなんか狂ってるらしいし、知り合いだと思っていると死ぬわよ」
「え・・・?あの、今中国って・・・」
わ、私の名前はっ
ビュッ
ッツゥ――――――ン
「っ!?」
「さっきまでおしゃべりしていたのにもうこんな所まで来るなんて。
流石、紅魔館の方々は足が速い」
突如矢が一本。近場のドアに突き刺さる。
「・・・貴方は」
「お久しぶりですね、十六夜 咲夜さんだったかしら?」
見慣れない、銀色の髪をした、若い女性だった。
手には弓を持っている。が、矢筒のようなものはどこにもない。
「八意 永琳・・・」
「私が保険医として勤めていたのに校内に居ても会うことがなかったのは、
意識してそのようにしていたからかしら?
まぁ、良いわ」
「何故貴方がここに・・・」
「あ、あのー・・・私の名前・・・」
「本当なら閻魔様を人質に、というのはとても認められたものでは無いわ。
けれど、私はこの学校が憎いのよ。魔理沙さんにつく動機はあるわ」
「別に貴方は学校自体には不満がなかったように、
周囲の人は言っていたと思ったけれど?」
「そうよ。あの時までは・・・
同人誌を売ることが出来なくなって、
姫が引きこもってしまうまではねっ!!」
シュッ―――ツィーンッ
また弓を引く。矢はどこから出たのか見えない。
「折角皆と打ち解け、好敵手も出来、
普通に外に出るようになられたというのに、
あんな事が・・・
学園祭なんてあった所為で姫はっ、
姫はもうお部屋から出ようとしてくださらないわっ」
それにこれは・・・
「さ、咲夜さん、この人は・・・」
「・・・・・・・・・」
「咲夜さん?」
「はぁ、ダメね。本気でくるみたい」
「え?」
黙りこくっていたと思ったら、はぁ、とため息をつく。
それから、いつもの冷徹な瞳ではなく、
そ、と優しい目で私を見つめ、
「中国」
そんな風に呼ぶ。
「いえ、ですから私中国ではっ」
「後は任せるわ。どうやら私、あの女の元にはいけないみたい」
「え・・・?」
一瞬周囲の気の流れが変わった様に感じ・・・
とん、と押される。
それは、普段ならそれで済むだけの事だった。
ドッ――ズザザザザザァァァァァァァッ
「ぐっ・・・な、何をっ!?」
凄まじい威力のそれに、私は元居た場所のはるか先まで吹き飛ばされる。
恐らくは時間を止め、高速状態のまま突き飛ばしたのだ。
なんとか受身を取り立ち上がりそれを理解するが、
立ち上がる頃には得物同士の凄まじいまでの金鳴り声が聞こえ、
咲夜さんが私の言葉に応えられる様子は無かった。
(続く)