※注意 同作品集の{『狂気』を持つ者たち ACT3『覚悟』を決めろ}を先にお読みください。
将棋でも、囲碁でも、チェスでも…そして戦場でもいえることがある。
それは『敵の裏の裏』を読むことだ。これはよく本などでも言われていることだ。
一見簡単そうで、実は非常に難しいこの行為、貴君等が成長を願うのであれば是非とも身に付けねばならない。
これの何処が難しいか…良い例を挙げると盤上の勝負の一つである囲碁をあげよう。
囲碁は一手にとてつもない時間をかけることもある遊戯だ、無論、他の盤上の勝負も当てはまるが。
何故とてつもない時間をかけるか…それはその先の手を考えているからだ。
囲碁、いや、それ以外の遊戯にはとてつもなく多い『手』がある。何十、何百、いや、それ以上。
とはいえこういった盤上の勝負は、それに精通した者がやれば実はたやすく敵の裏をかく事が出来る。
だが戦場ではこうは行かない。将棋盤、碁盤のように相手と同じ条件の地形などまず無いからだ。
自分にとって有利か不利かは自身の持つ将の能力、士気、人望、気候、そして地形が関わる。
そしてこれらを有効に利用することこそ、勝利へと導けるのだ。
が、それは非常に難しい。自分と、相手の能力を完全に把握することなどまず不可能だからだ。
物事には必ず『例外』や『予想外』が起こる。戦場ではそれが日常茶飯事だ。
戦場で優勢だった軍が突然現れた敵の増援に敗北したり、戦争中指導者が病で死んだり、
その『例外』は様々だが、まず自分の意図通りに100%物事が進むことはない。
良い結果でも、必ず何かしらの『予想外』な損害は被るものだ。
さて、話を最初に戻そう。『敵の裏の裏』を読む。文章にするとこれが非常に難しい。
私も上手く述べられるかどうか不安だが、つまるところ、まず『敵の裏』とは
相手がここでこうしてくるだろう、という予想を踏み、ならば自分はこうするという対策を練るということ。
そして『敵の裏の裏』を読むというのは、その対策すら読まれてしまうことを予見し、
更に内容濃く、且つ効果ある対策を敷くことなのだ。
『表』の裏の裏は『表』…紙やコインで言ってしまえばそうだが実際は違う。
戦局は刻一刻と変わる。それを二回ひっくり返しても決して同じものが表れる筈が無い。
時間は有限だ。そして過ぎ去った時間は決して戻ることが無い。
この時間をどう過ごすかも一つの戦局なので、言ってしまえば人生そのものが一種の戦争だ。
だからその戦争をどのように過ごすかが一種の策といえよう。
上記の説明で貴君等は『敵の裏の裏』をかけというのならば、更にその先、『敵の裏の裏の裏』をかけ、
ということもいえるのではないか? と思うだろう。だがそれは間違いだと私は考えている。
考えることは確かに必要だが、必要以上に考え込むのは得策ではない。
それはただの『臆病』であり、結局は貴君等の成長を妨げることになる。物事には必ず『時期』というものが存在する。
大木のようにそそり立っているのを『運命』とするとその根幹の幹になるのが『絶対運命』。
いわば『どのように運命を変えようと動いても、最終的には必ずその結果に結びつく』というもの。
『時期』とはすなわちその『絶対運命』。絶対に変えることが出来ないもの。
何故私がこんなことをいきなり話すか分かるだろうか? それは『敵の裏の裏』をかくということに直結するからだ。
『敵の裏』をかく策で失敗したのならばまだ修正が聞く。それはまだその『先』があるからだ。
だが『敵の裏の裏』をかく策が失敗したのであれば話が違う。それには『先』が無い。
なぜなら、それはどれだけ策を敷いても必ず失敗する『時期』があるからだ。
何故私が『敵の裏の裏』とまでしか言わなかったか分かるだろうか?
それはその『先』には『時期』があり、逆らうことが出来ない『絶対運命』があるからだ。
ここまで言えば分かるだろうか? 『敵の裏の裏』はそれ即ち
その局面での『運命』を変えられるか、変えられないかの境界線だということ。だからその『先』はない。
遊戯である囲碁や将棋もこれと同様、様々に変わる局面で、一手一手に両者は様々な策を練る。
だがどんなにあがこうとも、『裏の裏』を覆す事は出来ない。でなければ、永遠に勝負などつかないからだ。
『無茶と無謀を履き違えるな』という言葉がある。あれはまさしく正しい。
『勇気』と『覚悟』を持って行動することは非常に良いことだが、制御できなくては意味が無い。
『臆病』という欠点も早々に改善すべきだ。そもそも策を練るというのは事態を打開する、
という意味のほかにそういった先行き不透明な未来を明るくし安心感を与えるというもう一つの意義がある。
だから本来ならば、策を練ったその先に『臆病』『不安』というものは出てこないはずなのだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~『中略』~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そろそろまとめに入ろう。策を練ることは非常に重要だ。だが『臆病風』に吹かれて考え込むのはいけない。
どんなに考えても打開できない境界はあるため、策を練るにしてもほどほどにしなければならない。
『敵の裏の裏』をかけとはそんな基準だ。そこを履き違えてはいけない。
策を敷く場面と、あきらめ撤退する場面、そこはきちんとわきまえねばならない。
『絶対運命』を変えることは出来ない。『運命』を操る能力者は居るが彼らは皆、その『絶対運命』から派生する
小さな『運命』、つまり大木で言う枝、葉を操っているに過ぎないのだから。
どんなに頑張っても『絶対運命』は変えれない、そこをわきまえて『敵の裏の裏』をかく策を練るのが真の策士だ。
そして最後にもう一つ、策士になる上で心得なければならないことがある。
知識もそうだが、我々が策を練る上で理解せねばならないこと。それは……自身が時には『悪人』になるということ。
私が何を言いたいか? それは自身の陣営に有益な戦果を求めるのであれば、
時には自身が『悪人』となり、皆から忌み嫌われる必要もあるということだ。
そして、そうしなければ得られない有益な戦果もあるということを覚えておいてもらいたい。
――――『紅美鈴物語』第2巻第3章『策士』より現代語訳に変換し一部抜粋――――
美鈴のみならず、全ての者にとって幻想郷の戦闘で危惧すべきものは何か? と聞かれれば、皆は真っ先にこういう。
『それはスペルカード』だと。まぁなにしろルールで作られた各々のスペルカードは恐ろしく強い。
果てやラストワードまで来ると切り抜けるだけでも『運』という言葉がついてくるくらいだ。
美鈴は弾幕戦が苦手という欠点を持っている。
そんな彼女にとってこのスペルカードは全てにおいて危惧すべき存在だった。
それは今回の策でも最大の不安要素であり、結果を変えるかもしれない最悪の要素でもあった。
自身のスペルカードが他の者たちに比べて弱いのは分かっていた。
ならば、それを自身の得意の肉弾戦と『気』の能力を使った技術で補えば良いと彼女は考える。
そんな彼女にとって当面の敵は藍だ。藍はそういった『覚悟』の決め方を理解している存在。
そして肉弾戦では最も自身に近い実力の持ち主だ。美鈴が幻想郷にとって危険な存在だと感じれば、
おそらく藍が一番に自身を殺しに来るであろうことも分かっていた。
無論他にも危惧すべき敵はいる。特に魔理沙なんて何時も負けている相手である。
基本彼女の前に立ちふさがるであろう全ての者たちはかなりのやり手だ。倒すのは難しい。
だが彼女たちは甘いのだ、藍と違って心に隙がある。心が幼いのだ。
最初から確実に自分を殺そうとはしないで、どこかで救いを求めている。
ああ…そうなると咲夜も藍と一緒なのだろう。彼女は妖夢以上に主従関係の概念が強い。
そうなると妖夢もそうではないかと考えられるのだが、妖夢は咲夜よりも主従関係の概念が弱く精神もまだ幼い。
真面目なのだが、それが逆に目的を邪魔する事がある。
これは両者の立場の問題なのだが説明すると長くなるので今は省かせていただく。
少なくとも咲夜はレミリアの敵だと判断すれば、例え同僚でも容赦なく襲ってくるだろう。
だがやはり彼女も妖夢ほどではないが何処か甘いのだ。
共に生きてきた過去を引きずる余り、咲夜と美鈴の相性について未だに掴めていない。
それを掴みさえすれば……美鈴は咲夜に最も苦戦するだろう。
だがそれも構わないと美鈴は思う。成長するというのは良いことなのだから。
ただできれば今回では成長してほしくないなぁ…というのが本心である。
ここまではタイムリミットを過ぎるまでの話。
もしタイムリミットを過ぎた後に危惧すべき相手が居れば間違いなくそれは霊夢だった。
霊夢は中立であり幻想郷を守るべき立場にある巫女なのだからそういう能力が無ければ話にならない。
『皆のため、守るために戦うのではなく…幻想郷のため、排除するために戦う』
妥当な判断だと美鈴は理解している。故にタイムリミットを過ぎる前にある程度力を削ぎ落としておきたかった。
各々のスペルカード、ラストスペル、ラストワードは恐ろしいが、美鈴が最も恐れているのは間違いなく
霊夢のラストワード『夢想転生』。時間制限無しであれば例え幻想郷最強で、
ある種神とも呼べる紫でさえも負けるであろうそのラストワードは
最も危惧すべき存在。何しろ親友の紫がそこまで言っているのだから、そうなのだろうと、美鈴は確信していた。
『夢想転生』の実物はまだ見たこと無いが、あのときの真面目な紫の顔は忘れられない。
例え本気の美鈴でも到底敵う相手ではないと、そう踏んでいた。
しかし何故それを使うのがタイムリミット後なのか? 勝てるのであればはじめからすれば良いではないか?
それは霊夢も他の者と同様にどこか抜けているからだ。博麗の巫女としての役目はきちんと理解しているのだが
特に見知った者を倒す際、微々ながら躊躇するという人間ならではの欠点がある。
そして何より周りが助けたい、と頼み込む。皆の味方であり、
こういった願いを叶えなければならない立場の彼女は『覚悟』はしていても
やはりその願いで自身に制限をかけてしまい、タイムリミットまでは自分を抑えに戦う。
彼女の人間性を考えるとそう結論できる。
ただタイムリミットが過ぎ手遅れだと彼女が判断したら躊躇無く『夢想転生』を使うだろう。
だからそれまでは霊夢は自身を殺すつもりでは戦わないと確信していた。
今のところの考えではここまでだが、それでも不安要素はたくさんある。強いのは霊夢だけではない。
もし全員が一同にスペルカードを発動して攻撃してくれば、幾ら頑丈な自分でもひとたまりも無い。
第一この策は色々と問題があった。ここまで考えると、
最も良い展開というのは誰にも見つからずに紅魔館までたどり着くことなのだが、
おそらくそれは奇跡でも起きない限り難しい展開だ。第一輝夜が出てきている時点でもう失敗している。
そしてもし彼女たちと相対した場合、幾ら肉弾戦で応戦しても負ける可能性は実は高かった。
ならばフランドールに何としても近づかなければならない、もう一つの策が必要だった。
流石の彼女も苦手な弾幕戦で、しかも多人数を相手にするのは非常に厳しい。
目的を遂行するためにもなんとしてもこの問題を打開したかった。
その際どう行動すべきか何度か検討した結果、結論がでた。
結論はたったの一つ、そしてそれこそが唯一実行可能な策だと気付く。
その策は、今のところ敵である彼女たちの誰にも知られること無くゆっくりと遂行されていた。
◆ ◆
時刻は既に7時を過ぎていた。満月は『渇き』が起こる合図、南中を目指し徐々に昇っていく。
本人たちは気付いていないが、時間は無常にもドンドン過ぎていっている。
美鈴にとって輝夜は非常に厄介な相手だった。何しろ正真正銘の不老不死なのだ。
殺しても、殺しても生き返るのであれば、消耗戦でこちらが不利だった。
それに厄介なのは、この満月だった。普通の満月ならまだ何とかなっただろう。
が、今宵の満月はなんと紅い。紅い満月は『狂気』の力を秘めている。
折角鈴仙や慧音が様々な対策を打ってくれたと言うのに、これではその効果も危うい。
何とか『渇き』が起き、『暴走』するまでのタイムリミットまでは確保できているから良いが、問題はその後。
おそらく『渇き』が起こる約30分……自身はとんでもない形で大暴れするだろう。
その前にも目的は達成せねばならない。自身の自我が残っている間にせねばならない仕事だった。
『狂気』に支配されてしまった後に行うことは出来ない。
『覚悟』なき行動で生まれた『後悔』は、今度こそ、自身を押しつぶすかもしれなかった。
ならば、『覚悟』ある今、自身の手で行うことが重要だ、と美鈴は考えた。
が、それも今目の前に居る輝夜を倒すことが最前提になる。
「っ!」
輝夜の弾幕ははっきり言って恐ろしい。フランドールのような一発一発にとてつもない威力があるわけではないが、
その威力がない分とんでもない量が一度に吐き出されるのだ。
無論フランドールもたくさん吐き出すが、力を制御できていない部分があるため何処か雑な部分がある。
その点輝夜はキチンと考えて弾幕を展開しているため、近づくだけでもかなり厳しい。
ここで美鈴は頭の中で再確認する。輝夜は別に殺さなくても良い。いや、むしろ殺したほうが面倒だということ。
何しろ殺したりするとそれこそいきなり全快でまた振り出しに戻るのだから、面倒なことこの上ない。
死んだ後からの生き返り(以後リザレクション)には大量の体力を消耗する。
普段輝夜と妹紅は何度も死んでは生き返るのを一度の戦いで数え切れないくらい繰り返している。
そのため、最終的にはどちらかの体力が尽き、そこでその時の戦闘は終わりになるのだ。
なお、体力があるときは回復力も早く、死んだと思ったらすぐに動き出すのだが、
体力が切れたときは回復力も落ち、生き返りから完全回復までかなり時間がかかる。
もし輝夜や妹紅に勝とうと思うのであれば、それこそ彼女たちの無尽蔵な体力がなくなるまで殺しあうか、
彼女たちがやる気を無くすまで戦えばいい。無論前者は今のところやれた者は居ない。
後者は基本的に2人は喧嘩を吹っ掛けられたからその応対という形で
戦っているため、実際のところは初めからやる気が無いのかもしれない。
以前霊夢たちも彼女らと戦ったが、パターンは後者だ。だからもし2人が止めなかったら、
おそらく今頃霊夢たちは生きては居なかっただろう。輝夜が満足いく相手は妹紅しかおらず、その逆も然り。
『犬猿の仲』の2人を『喧嘩するほど仲がよい』というと彼女たちは本気で怒るかもしれないが、
実はこの2つは表裏一体で、この2人がいい例なのではないかと思うものも居る(主に慧音)。
今のところ美鈴はせいぜい3度程度しか殺せてなかった。殺してもすぐに生き返るのだ。
当初は殺して終わりにするかと考えていた彼女(不老不死なのは話で聞いていた)は、
無駄だと分かった時点で方針を転換する。ここでの最高の終わらせ方は如何に輝夜を生かさず、
殺さずして無力化するかということ。意識を切り落とすだけでは駄目だ。
普段妹紅と殺し合いをしている彼女はすぐに意識を回復する。それではどうする? 身体の部位破壊をするか?
いや、それもすぐに回復するだろう。弾幕をよけながら、美鈴はある結論に達する。
『そうか、ならば部位破壊をしても、意識を取り戻したとしても簡単に元には戻らない場所を破壊すればいい』…と。
理論的には可能だ。ただし、そのためには十分輝夜に近づかなければならない。
またリスクも高い。だが、美鈴はどうしてもここを突破せねばならなかった。
一度距離を離し、一呼吸つく。輝夜も自身の射程外にでたため、無闇に追おうとはしない。
「……ふう」
大きく深呼吸すると、眼を閉じ、両手の平を胸の前でパン、と合わせる。
美鈴の攻撃の合図だった。美鈴が『気』を操る際の一種の儀式のようなものである。
戟を使う暇は無い、それだけで隙を見せてしまうからだ。そして再度徒手空拳で構え、距離を測る。
そこから何手で相手までの距離をつめられるか。ここで改めて『覚悟』を決めねばならないようだ。でなければ負ける。
『覚悟』を決め、足に溜め込んでいた『気』を放とうとした……そのときだった。
「フジヤマヴォルケイノォオオオオ!!」
突如真後ろからそんな叫びと共に恐ろしい火炎と弾幕が襲ってきた。
相手は不意打ちを狙っていたらしいが、それは美鈴。事前に気配を察知していたため
すぐさま上空によける。それよりもその攻撃は輝夜も一緒に狙っていたらしく彼女もまた同じようによけた。
こういう非常事態でも宿敵を狙うのは止めないんだな……と美鈴は苦笑する。
もはや言うまでもないことだが、現れたのは妹紅だった。
「どうやら間に合った……のかな?」
「妹紅? ……こんな時に」
上からしゃべるは妹紅、そして輝夜。妹紅は美鈴には眼もくれず、輝夜のもとに向かう。
輝夜にしてみれば、これでは三つ巴の戦いになってしまうため、苛立ちを隠せない。
何しろ自身と妹紅の溝の深さはよく理解しているし、何より今のフジヤマヴォルケイノが
自身を巻き込もうとして放ったことが良く表れていた。
「輝夜」
「何?」
臨戦態勢に入っている2人に対し、妹紅は静かに聞く。輝夜は苛立ちながらも聞き返す。
「慧音は?」
「? 彼女なら大丈夫よ、意識失ってるだけだから。無論負傷してるけどね、今頃イナバたちが治療してるわ」
「そう……」
そう言うといきなり妹紅は輝夜に背を向け、美鈴を向いて言う。
「お前に借りなんか作るのは嫌だから、すぐに返すよ」
「何ですって?」
「一緒に戦ってやるって言ってるんだよ。私も友人がやられたんだ。それを見過ごすわけには行かないね」
「……私、今とんでもない事を聞いた気がする」
まぁ驚くのも仕方ない。何しろ千年以上互いに殺しあってきた相手が今日は一転、味方になるといったのだから。
「第一それを信用してもいいのかしら? 今の攻撃だって」
「斜線軸上に居たから仕方なくだ。それに私の勘ではこうでもしなければお前やられてたと告げてる」
「何ですって?」
「だからお前はやられてたんだよ。遠くから美鈴を伺ったがあいつがまとっていた『気』の流れが変わった。
お前に対する『覚悟』が見て取れたんだ。つまりあいつにはお前を倒す算段が出来たんだ。
むしろ私としてみれば、礼を言ってもらいたいな」
「…………わかったわ。じゃあこれで貸し借りなしよ」
「元よりそのつもりだよ」
明らかに狙っていただろうと2人は思ったが敢えて黙認。
今ここに、ある意味最強タッグともいえる不老不死チームが誕生した。
ある意味最も相性の悪い2人が組んだのだ。もしこれを永琳や慧音が見れば感動で卒倒ものだ。
それくらいあの2人は苦労しているのだ。さて対する美鈴は難しい顔は崩さないが、決して絶望などしていなかった。
むしろ、好都合だとも思っていた。何しろ妹紅も輝夜も根本は同じ。
両者共に自身が思いついた対処法で十分戦闘不能に出来ると踏んでいた。
「さて……美鈴、あんたは昔の好ということで今までは黙認してきたけど。流石に今回の件は眼に余るね」
2人もまた友人だ。美鈴はこう見えて結構友人が多い。そのため周りが驚くほどに。
この2人は咲夜が来る前に一度会っていた。何でも美鈴が休暇の際、
散歩の帰り、お土産代わりに筍を取ろうと竹林に入った時にたまたま会ったのだという。
そんな彼女を妹紅は輝夜が送り込んだ敵だと思い込み戦闘に突入、付き合いはそれからだという。
ちなみにその時永遠亭のことも知ったが、できるだけ事を荒立てたくないという妹紅と慧音の願いにより、
先日の月の事件まで誰にも話していない。公になる前は密かに会っていたが、公になった後は
偶にもらえる休暇を使って度々会いに行っていた。外部では美鈴の数少ない付き合い人と呼べる。
「悪いけどここで止めさせてもらうよ」
「できますかね? あなた方に」
「気の強い発言じゃないか。灼熱の炎に焼き殺されてみるかい?」
「それはそれで面白そうな処刑方法ですね……ですが断言しておきましょう」
フェニックスの炎を身に纏う妹紅に美鈴は告げる。
「あなたの炎は私には通用しませんよ」
「ほう……」
それはある意味妹紅のプライドを傷つける発言。その言葉で彼女を纏う炎が一際大きくなった。
「ならやってみなよ」
「言われるまでも無く」
そして1VS2となった両者はぶつかり合う。
その暴風はあたりの木々をなぎ払い、その炎は周囲の気温を数度上げるものとなった。
◆ ◆
もう少しで永遠亭がある竹林までたどり着くというところ。
霊夢たちは前から来る2人のイナバの姿に驚いた。いや正確にはそのうちの一人、瀕死の重傷をおっている鈴仙にだ。
全身血だらけで流れ続けたその血は地面にもぽたぽたと落ちている。
そしてそのイナバの服も真っ赤に染め上げていた。これが美鈴がやったことだと聞くと一同戦慄する。
霊夢たちでさえ彼女の『狂気の目』には手こずったのだ。
それをここまでやってのけた(しかも鈴仙は弾幕を展開したが美鈴は主に肉弾戦で迎え撃った)ことに戦慄する。
「先ほど妹紅さんが通り過ぎましたから、おそらく既に戦っていることかと」
「うわぁ…3つ巴かあ……考えたくは無いわねぇ」
そのイナバの言葉に一同は冷や汗をかく。ただでさえ『犬猿の仲』の二人の仲に更に美鈴も居る。
行きたくねぇ、という思いがよぎる。ちなみに彼女たちは現在2VS1で戦いが進行していることを知らない。
「それで…幽々子様たちは?」
従者として最も心配すべき主の身を案じ、妖夢が問う。どうやら藍も同じ問いをしたかったらしい。
「命に別状はありませんが重傷の上、意識はありません。無論、鈴仙様ほどではないですけど…ただ……」
「ただ?」
そのイナバは藍の顔を見て、非常に言いにくそうな表情を浮かべる。
「何だ? 言ってみろ」
「はい……紫様だけが行方不明です」
「何?」
「脱走当時、美鈴様と同じ部屋に紫様はいらしたらしく、爆発に巻き込まれたのはこちらでも確認できました。
ただ、その爆心地からは紫様を発見できなかったんです」
「それは……どういうことだ?」
死んでいないのは間違いない。だから木っ端微塵に吹き飛んだということもありえない。
藍は一人心配すると、安心させるかのように咲夜が肩をポンと叩く。
「大丈夫よ。ギリギリの線でスキマに逃げ込んで、その中で意識を失ったんでしょう」
「そうだといいが……」
「主のことになると心配性ね…霊夢? どうしたの?」
「え? ああ……なんでもないわ」
主である紫が自分の範疇外で危険に及ぶと途端にネガティブ思考になる藍をたしなめ、
その隣で難しい顔を霊夢に咲夜は声をかける。
かけられた霊夢は慌てていつもの表情に戻ると話の続きを聞こうとした。
(……おかしいわ。何かが足りない。ピースが当てはまらない)
それでも頭の中ではそんなことを考えていた。
美鈴が脱走した、という事実を聞いてから霊夢はどうも何かが引っかかっていた。
が、事態はそんなことを考えている暇を与えてくれない。とりあえず今のことは頭の片隅においておくことにした。
「そう……じゃあ援護は期待できないわね」
「はい……あの、鈴仙様を…。永遠亭は今非常に混乱しているため、満足に治療ができないんです。
私が出てくる時はほかの方々に医療班は付きっ切りでしたので……。
鈴仙様の傷は他の誰よりもひどいので、一刻も早く治療したいのですが」
「ああ…分かったわ。本当は余り動かしてはいけないんだけど……今竹林は戦闘の真っ最中なんでしょう?
巻き込まれると面倒ね。なら紅魔館につれていって、メイドの誰かに声をかけて頂戴。
私の名前を出せば、すぐに治療をしてくれるはずよ」
「ありがとうございます」
ブン! と頷くとそのイナバは物凄い速さで鈴仙を背負ったまま紅魔館に走っていった。
視界から消えていくのを確認した一同はすぐさま永遠亭に歩を向け更に速度を上げてとんだ。
◆ ◆
ドオオオン
爆音が鳴り、竹林の一部が吹き飛び、3人の姿はまた砂塵と煙に包まれる。
美鈴の放つ彩り鮮やかな弾幕も、不死鳥の力を纏った妹紅の放つ弾幕も、輝夜の放つおびただしい弾幕も
遠くから見れば一種の幻想のように綺麗なものだろう。
が、近づき、当事者たちの放つ『殺気』を見ればそれが違うと分かるはずだ。
そこはまさに地獄と呼ぶにふさわしい場所だった。その場所には蚊ほどの大きさの虫は一匹も居ない。
生きている存在は3人だけ。木々も、彼女たちを中心として半径100メートルほどは吹き飛び焦土と化している。
永遠亭から大分離れた場所だったから良かったものの、それでも竹林の中なのだから
その被害は相当大きなものといっていいだろう。そこに住んでいる生物はさることながら
永遠亭にとってこの竹林の中で取れるものはそれなりの資金源になっているのだから。
が、今の3人にはそれもどうでもいいことだった。とにかく倒すことに躍起になっていたのだ。
実際、弾幕の量で言えば一番少ないのは美鈴だった。何しろこの後は咲夜たちが待っているのだ。
そして既に勝つための算段がでているため、無駄に攻撃する必要は無かった。後は機会を狙うだけ。
その代わり弾幕を放つ際は、相手にこちらも必死だと思わせるためワザと大きめなものを放っていた。
輝夜はバックで、妹紅は前面に立ち美鈴に対し攻撃していた。
輝夜は妹紅に当たらないよう、それでも出来る限り避ける場所を無くし攻撃を仕掛けている。
妹紅はその逃げられない場所に美鈴を誘い込みながらも自身も肉弾戦と弾幕で攻撃を仕掛けていた。
普通ならばとっくに勝負が決まっているはずなのだが、美鈴は輝夜の弾幕が自身に近づいたときに
細長く小さい弾幕を数個その弾に向けてはなっていた。その弾幕が輝夜の弾に当たることで、
微妙な軌道のズレを生じらせ、そこに出来た隙間から抜けて避けていた。
言葉で言えば簡単だが意外とこれが難しい。だがそれをフランドール戦と同じように的確にやってのけた。
ならば普段それをすれば霊夢たちにも勝てたはずなのに、と後にメイド長は愚痴るが、
それをしないのは、本人曰く非常に疲れるから、だという。
門番という任を担っているのに普段からそれをしないというのはかなり問題があるが、
そこはそれ、彼女なりの考え方があるのだろう。
ちなみにその技をもってしても、魔理沙のマスタースパークのような広域放射は防げないのが弱点だという。
つまり弾幕戦で言ってしまえば、本当に美鈴と魔理沙は相性が悪いようだ。
話を戻すが、そんな膠着した戦闘の中でも最も焦っていたのは…実は妹紅だった。
(明らかに私の炎は当たっているはず。なのに……)
弾幕や拳が当たっていなくても、燃え盛る炎は美鈴に直撃しているのだ。
だというのに火傷一つおっていない、服すら燃えていない。
弾幕はかすりはしているものの避けられているため、せいぜい与えているダメージは拳くらいになっている。
「チッ」
軽く舌打ちをしながら弾幕は次々と展開し、果てにはスペルカードを懐から用意する。
美鈴はそれを見て眉をひそめる。これは早急に事を運ばなくては駄目だと。
スペルカードを発動されたらそれこそ倒すまでに時間がかかる。
忘れてはいけないのは、自身にはあまり時間が残されていけないということだ。
既にあれから相当な時間経っているのが分かった、このままだと咲夜たちが来てしまうし、
そもそも紅魔館に辿り着く余裕まで無くなる。妹紅はおそらく後2、3合打ち合ったらスペルカードを発動するだろう。
妹紅はかつてエクストラステージのラスボスだった存在、とてもじゃないが
今の弾幕よりも更に激しくなったら避けきれる自信が無い。
ガン
まず一撃、妹紅の炎を纏った拳を避ける。
つまり妹紅がスペルカードを発動する前に倒せば良い。それも妹紅だけではない。その後ろに居る輝夜もまとめてだ。
ドン
至近距離の弾幕をギリギリで避ける。戟は使わない、徒手空拳のみ。避けたと同時に仕掛ける!!
「オリャアアア!」
掛け声と共に放ってきた右ストレートをいなし、左手で手首を持ち、右手で肘を打つ。
関節の曲がる方向に衝撃を受けたため妹紅の右手は衝撃を他方向に分散させられてしまい、
その影響でガクッと体勢を崩した。そして美鈴はそのまま右手を両手で持ち、輝夜の方向に
ブン投げた。背負い投げとも言う。
「え!?」
まさか自分の方向に飛ばされるとは思っていなかった輝夜は、このままでは妹紅とぶつかってしまうため、
慌てて弾幕を止め、飛ばされてきた彼女を受け止める。
2人がその衝撃を受けている間に美鈴はすばやく体勢を立て直し、足にためた『気』を爆発させて
一気に距離をつめる。が、それを見た妹紅はニヤッと顔を浮かべる。
「私も馬鹿じゃなくてね! それくらいは考えていたさ!」
そういって先ほど取り出していたスペルカードとは別のものを、輝夜のスカートに張り付いていたのか取り出す。
「不死『火の鳥―鳳翼天翔―』!」
直進することだけを考えて『気』を爆発させていた美鈴は避けることも出来ず、
至近距離でモロにその炎を受けてしまった。
妹紅も伊達に千年余り生きているわけではない。友人が危険な状態でも冷静でいられるようにする能力くらいはある。
彼女は美鈴がスペルカードを恐れていることを知っていた。だが普通のやり方では当たらない。
至近距離の戦闘、特に肉弾戦では自分をはるかに凌ぐ美鈴だ、輝夜の援護があったとしても仕留めるのは難しい。
そこで、あえて囮のスペルカード(フジヤマヴォルケイノ)を発動するような素振りを見せて
輝夜がはいているスカートの美鈴が見えない死角の位置に本命を置いておいた。
自身の十八番とも言っていいスペルカードを囮にしておけば美鈴もそれを使うだろうと策に引っかかると思ったからだ。
ちなみにそのスカートにスペルカードを貼り付けていたのは実は救援に現れた時。
輝夜は当初その鮮やかな手つきに気付かなかったらしい。
が、最初の爆発でお互いの姿が隠れたときに、爆風でスカートがなびいた際気付いた。
当初驚き外そうとしたが、美鈴が自身の姿を目視できない間に妹紅が輝夜のもとに行き説明。
そのため輝夜もまたあえてそれが見つからないように芝居を打ちながら弾幕を展開していた。
ここまでは間違いなく2人の策の勝利だった。
今のスペルカードは人間であれば即死、並みの妖怪であっても致命傷になる程度の炎。
無論、美鈴は吸血鬼のため火傷で済むが、それを見越して敢えて全力で投下。
おそらく美鈴もろくに動けない身体になっているはずだ…と妹紅は確信する。
今のところ爆煙で美鈴の姿は見えない。とりあえず気配で生きていることだけは分かった。
果たしてどのような姿になっているか……2人は息を呑む。
ボフッ ドスッ
が、変化は突然表れた。なんと爆煙から『無傷』の美鈴が現れたのだ。
いや、勿論実弾の弾幕の傷は少なからずあるが、火傷の様なものは一つもなかった。
そして美鈴はそのままの勢いで2人までたどり着くと、妹紅の胸を一突き。
それは妹紅の胸のみならず、彼女を抱えていた輝夜の胸も同時に突き破る。
2人は反応しきれない。特に妹紅の驚きようは無かった。悲鳴も出ない。
「『敵の裏の裏』をかけ」
瞬間3人の周囲に風が起き、美鈴は静かに告げた。
「あなたたちが何かしらの策を立ててることは考えていました。先ほど決めた『覚悟』とは、その策に敢えて乗り、
あなた方の裏をかくことです。そして見事、私は裏をかいた。妹紅さん、あなたはまだ策士と呼ぶにはまだ二流です」
「ゴフッ……何故……燃えない?」
口から血を吐き出しながら問う。
「その答えは既に得ているはずですが?」
答えは得ている。今までの事柄を頭の中で高速に思い浮かべながら、一つの事柄にたどり着く…『風』だ。
「まさか……空気を!?」
燃えるための最前提要素の一つが空気、それも酸素である。
つまりそれさえ無くしてしまえば、どんなに強い炎でもたちまち消えてなくなってしまうのだ。
そこで美鈴は妹紅の炎が襲ってくるたびに自身の身体に纏っていた『気』を大気とブレンドし、
一時的に彼女の周りだけをいわゆる『真空状態』に限りなく近い状態にしたのだ。
酸素が無ければ火は燃えれない、だから例え不死鳥の炎も効く事は無い。
妹紅が感じた『風』はそんな『真空状態』を解除し、周辺の空気が美鈴の周りになだれ込んだ際に発生したもの。
無論様々なリスクが発生するが、美鈴はそれをなりふり構わず使っている。
これも高等技術のため、例え美鈴でも長時間連続使用は行えず、必ず一呼吸置かなければならないのだ。
「終わりです」
そんな美鈴は2人の胸から手を抜き、背を向けた。
「お前…私たちをこれで殺せるとは思っていないよな?」
2人は手を引き抜かれたときに一度『死んだ』。心臓を貫かれたのだから当たり前だ。
そしてすぐに生き返った。今話しているのはリザレクションをして生き返った妹紅。
体力が有り余っているためか既に胸の穴も消えていた。だが瞬時に行ったためか2人は反動で動けない。
その反動はごくわずかな時間なのだが、美鈴が2人をしとめるには十分すぎる時間となった。
「ええ、分かってますよ」
彼女はそう言うと突如2つの『気』の球が現れ動けない2人のもとにフヨフヨと浮かんでいく。
今までに無く、それには『殺気』がこもっていないため2人は警戒を緩めてしまう。
それが仇となった。その球は唐突に割れた。
バァン!
とんでもない大きさの爆音と閃光が3人を襲う。但しそれだけだった。2人にはそれといった表面的ダメージは無い。
だが2人はそれからも動かない……というよりも動けなかった。なぜか体がガクガクと震えていた。
「前が……? 見え……ない?」
輝夜がしきりに眼をこすりながらつぶやく。
「っ!? 声も聞こえない!?」
しかしその声も聞こえず、叫んだ。妹紅は妹紅で
「クソッ!」
といってとりあえず輝夜を抱えて後ろに飛んだ……いや、飛んだつもりだった。
実際は斜め下に避けていた。それからもカクカクと、本人はとにかく距離を離したいのだろうが、
まるで機械のようにヘンテコリンな方向に飛んでいる。しまいに2人とも姿勢を維持できず、地上に落ちていった。
地面に激突した音を聞いた美鈴は言う。
「得意のリザレクション能力で身体を治したとしても、これは簡単に治せないでしょう?
私が破壊したのは『感覚』です。つまり『三半規管』と眼の光を奪うための攻撃、それがあなたたちに一番有効な手段」
美鈴が最初に2人の胸を一突きしたのは、一度彼女等を殺すため。心臓を突かれればひとたまりも無い。
そしてリザレクションを行った後に2つの感覚を失わせたのだ。
それはリザレクションを行った後は彼女たちの体の中に流れる『気』が弱まるからだそうで
その時に攻撃をし、身体のどこかを破壊すると、その部位は治りが遅くなるのだという。
簡単に言えば『免疫力』が低下しているときにそこに畳み掛けた、というところだろうか。
今の2人は極度の光により視覚が狂い、目の前が真っ白で何も見えていない状態だ。
更に鼓膜は大音量の音で破れている。だがそれでは意味が無い。
彼女が狙ったのは、三半規管と呼ばれる場所。この器官は『平衡感覚』をつかさどっており、
ここを破壊されると、人は姿勢を維持できなくなる。
2人が空での姿勢を維持できなくなったのは、この『平衡感覚』を破壊されたからだ。
空を飛ぶ場合、人は姿勢を維持するために様々な機能を無意識のうちに使っている。
その中でも根本をなすのがこの『平衡感覚』だ。これを失うと人は浮くことさえ危うくなる。
更に2人は『視覚』を失い今何処に自分がいるかも分からない。墜落するのは当たり前だった。
「医術でも、身体の器官が完治しても感覚が戻らないことは良くあります。
それを応用させてもらいましたが……まさか本当に上手くいくとは思いませんでした。
第一これ、凄く疲れるんです。超高濃度の空気を2つ作って密閉して、最後には爆発させるんですから。
それにやったのはこれが初めて、成功したのが驚きです。
あ、そうそう…光は私の『気』のものですから、毒とかはありませんので」
地上でもがいている2人に、聞こえている筈無いのに彼女は続ける。
ちなみに美鈴は爆発時、2人に背を向けていたため光を直視しなかったし、
音は自身に纏っていた『気』を両耳の一点集中で高濃度収束させ、
見えない耳栓を作っていたため大きなダメージは無い。
「但し念のため『完全に』ではなく『中途半端』に破壊させていただきました。
『完全に』破壊したら完全回復した際、『感覚』までも回復する『可能性』がありましたからね」
完全に破壊してしまった場合、回復する際に一から作り直す。
それだと破壊した『感覚』も一から作り直される『可能性』があった。
そこで『中途半端』に破壊することで一から治すことを妨げて、そんな回復を遅れさせることにした。
少なくともこれで暫くの間2人は動けないはずだ。その間にここから離れることが出来る。
とりあえずあの2人ならばいずれ『感覚』も完治して、後遺症も残らないだろう。
2人はとりあえず放って置いて、紅魔館を目指そう……とそう思った瞬間、
「美鈴!!」
背中から声がかかってきた。それは…毎日かけられる女性のもの、最も一日の上で聞くことが多い人の声。
心の中で舌打ちをする。やはりというか、時間がかかりすぎた。
首だけを動かして確認すると、そこには咲夜をはじめとする紅魔館待機メンバーがいた。
「…………」
美鈴は無言。他の一同は今の光景を見ていたのか、驚いていた。
両者無言で対峙している為、先に美鈴が口を開いた。
「ごきげんよう皆さん」
バッと両手を左右に広げ、一同に振り向く。
「今宵はいい満月です。私の名に恥じないくらい、紅く、紅く、この上なく純粋に紅い」
ワザと縁起臭く言ってみせる。
おそらく彼女たちは先に逃げたてゐを含むイナバ3人に会い、状況を聞いているはずだ。
ならば下手にはぐらかさず、直球で攻めたほうが相手に手加減されるよりもやりやすいと考えた。
「あなた……本当に妹様を殺す気なの?」
「ええ」
きっぱりと美鈴は頷く。
「どうして? 確かに殺されそうになったんだからあなたが恨むのは分かる。
でも何で今? 『狂気』に犯された貴方ではなく、いつもの貴方が何故妹様を狙うの?」
「それに答える理由はありませんね。私はそれが必要だと思ったから行うだけです。
そこには『狂気』も何も無い。純粋に私の意志で行います。
それと、私は妹様をそんな理由で恨むことはありませんし、有り得ません」
半信半疑だった咲夜にきっぱりと言い切った。
「……なら私は紅魔館メイド長として、貴方を止めるわ。妹様には一歩も近づけさせない」
その声には、戸惑いは全て捨て、ただ単に敵を殺すためにナイフを抜いた咲夜がいた。
「あなたはそれで良いのですか? 仮にも紅魔館門番でしょう?」
「今は雇用契約の一部を施行中ですから、紅魔館に住む身ではありませんよ妖夢さん」
『殺気』こそこもっていないものの、美鈴は彼女たちが『投降せよ』という願いを
真っ向から断ち切った。つまり本気ということ。
「そうですか……なら…幽々子様の敵も含め、止めさせていただきます」
二本の刀を抜く妖夢。
「美鈴……」
「貴方なら何も言わずともやるべきことは分かっているでしょう? それに博麗の巫女も」
「ああ……私も甘くは無い。死んではいないそうだが、紫様の件もある。今回は容赦なく行かせてもらう」
「とりあえず幻想郷のことを考えると、私だけ逃げるわけにはいかないでしょう?
悪いけど、ワクチンが出来るまでに貴方には暴走を止めてもらうわ」
藍は剣を抜き、霊夢は針とお札を手に持つ。
妥当な対応だろう、と美鈴は踏んでいた。まぁ…この状況を作り出すためにあそこまでしたのだ。
下手に相手が混乱しているよりも、明確に自身が敵であり『悪人』であることを示したほうが
人は素直に反応する。この場合、事前に永琳たちを叩いておいたことで、彼女たちの足止めのほかに、
従者たちが下手にうろたえたりして時間を下手に浪費するという無駄なことを省き、
一直線に自身に向かってきたところを叩いたほうが時間のリスクも減るという事を考えて彼女は行動していた。
下手にうろたえているほうが倒しやすいと思われがちだが、実は違う。
確かに策で敵を混乱させたりするのは効果的だが、それとこれとは別物だ。
この場合、うろたえた後に真実に気付き一直線に攻撃してくると、
自身に向けてくる恨みのほかに、うろたえたことに対する『怒り』も含まれ、それを力に変えてしまい、
逆にやりにくくなるのだ。ならば、最初から教えてしまえば既に吐き出してくる力の上限は決まっているため、
倒しやすい…つまりそういうことだった。
背中にしょっていた戟を手に取り、何時もの構えを取って彼女は宣言する。
「いいでしょう、人には人の役目がある。それをあなた方まで放棄させるわけにも行きません。
かといって私も立ち止まるわけには行かない。通させてもらいます」
そう宣言する彼女には迷いなど微塵も無かった。
◆ ◆
時計の短針が10の位を指したころ、フランドールは一人、部屋で考え込んでいた。
紅い月の影響か、身体が火照るが我慢する。普段ならば、このまま破壊活動に乗じるのだが、今日は違った。
「…………」
レミリアの話、昔聞かされた美鈴の話、昨晩美鈴から告げられた言葉。
以上のことがらを証明材料とし、己の中に救う『狂気』の居場所を特定、
それを乗り越えることが今の彼女に与えられている証明問題のQEDまでの道だった。
「『事実』…『覚悟』…『自覚』…駄目、あと少し…ピースが足りない」
それは美鈴本人のこと。彼女は今までどうやって『狂気』と立ち向かってきたのだろうか?
『気』を使って抑えてきたのはわかる。ワクチンがあるというが、それが何処かおかしい。
そもそも何故ワクチンなどあるのか? そして何故そのワクチンを自身に使わなかったのか?
今まで彼女は『気』を使って止めていたらしい、ワクチンはそれでも止めれない時に使用する。
つまるところ、ワクチンの正確な効能はその『狂気』をとめるものだといって良い。
ならばフランドールだって『狂気』を持っているから効く筈だ。
もしそのワクチンが美鈴専用だとするならば、同じ手法を用いてフランドール専用のものを作り出すことが
できるはずだ。だからおかしい。他にも理由がある。
昨晩の美鈴は何処か様子が変だった。まだ自分に何か隠している面があった。更には姉であるレミリアが言った言葉。
『誰かを守れなかったんじゃない、守らなかっただけ』
この言葉が特に心の中に引っかかっていた。私が守れた? 誰を?
ただ破壊するだけが取り得、得るものなど何も無いこの能力で誰かを守れるのか?
そこが……分からなかった。
そんな時だ、コンコン…とノックがして誰かが入ってきた。その人物にフランドールは驚く。
「どうも……」
小悪魔だった。そもそもこの部屋に来るのはレミリアか、咲夜くらいで平メイドは恐れてまず来ない。
もし来るとしても、その者たちは何かしらの失敗をした『罰』を受けにここに来るのだ。
だが小悪魔の様子を見るとどうも違う。彼女が望んできているように見えた。
「何?」
すると小悪魔はキチッと姿勢を正すと言った。
「ワクチンが完成しましたので、その報告に来ました」
「そう……美鈴はこれでもとに戻るのね?」
「きちんと時間内に打てれば……ですけど」
そこでふと疑問に思う。
「それで…どうして私に?」
「いえ…お嬢様が知っておいたほうが良いだろう…と」
「お姉様が?」
ということはあれか? これも一種の謎かけなのだろうか?
どちらかというと自身にそういったことを教えるのは危険だとフランドールは思っている。
もし『狂気』に侵されていたら、又脱走を許すことになるからだ。
レミリアは先ほど会話したときに大丈夫だと思ったからこうして使いを向かわせたのだろうか?
……まぁいい、それよりも丁度良い人物が来た。そう思いフランドールは質問する。
「ねぇ、ワクチンのことで聞きたいことがあるんだけど」
「はい?」
「あれの成分って……何?」
へ? と小悪魔は驚いた表情を向ける。
「色々と考えたんだけど、どうしても不自然なの。そもそも何故『狂気』を治療するワクチンがあるの?
美鈴の完全な吸血鬼化になるのは、彼女が『狂気』に支配されること。
だからその『狂気』を抑えるためにワクチンが開発された。でもそれならどうしてそのワクチンを私に使えないのかしら」
小悪魔は暫く考えた後……答えた。
「そもそも美鈴さんは特殊な吸血鬼というのは知っていますよね?」
「ええ」
「その吸血鬼…俗に言う『白昼の吸血鬼』というのはその特性のみならず、全てにおいて異端とされています」
「?」
「つまるところ、考え方が他の吸血鬼に比べて常軌を逸しているというところでしょうか?
周りでは考えられないことを平然とやってのけ、それでいて非常に残酷。
簡単に言ってしまえば、『白昼の吸血鬼』とは『狂気』の権化とも言うべき存在なんです」
「『狂気』の権化? 美鈴が?」
「私も古い資料を読んだだけですから、はっきりとしたことはいえませんが……美鈴さんは少し違います。
先代の『白昼の吸血鬼』は特に『狂気』から来る破壊活動がすさまじく、美鈴さんが倒すまでに
破壊の限りを尽くしたといいます。その余りの所業に当初他の吸血鬼たちも対策を練ったのですが、
その全てが失敗したためついには放置するにいたったくらいです。
そして美鈴さんはその『白昼の吸血鬼』の血を引き継いだ人間です。
ここが重要なんですが、美鈴さんの能力である『気』を陽とすると『狂気』は陰の領域です」
「陽? 陰?」
小悪魔は頷くと、紙とペンを取り出しなにやら書いていく。
「光と影といったほうが簡単ですね。つまりこの2つは決して相成れない存在で、
互いに反発しあいます。その結果が、今の美鈴さんです」
「普段の美鈴さんを陽としますと、今の美鈴さんは限りなく陰に近い陽にいます」
「今も陽なの?」
「そこがキーポイントなんです。いいですか?」
そういうと彼女はポンと極太ペンのキャップをあけると、2つの円の一部を重なるように描く。
左側が陽、右側が陰という風に。そして重なった部分をキュッキュッと塗りつぶした。
「今の彼女はこの塗りつぶされた範囲にいます。ここは戦場でいうと最前線。
お互いの陣が一進一退の攻防を繰り広げている場所と思ってくだされば良いでしょう。そして……」
今度は色の違うペンで、その交わった2つの交点を一本の線で結ぶ。
そしてその線から右側。つまり陰がわにある陽の部分を又違う色のペンで塗りつぶす。
「このラインから陰側に交わっている領域の陽が『渇き』の領域です。いわゆる絶対防衛線と思ってください。
この領域から陰側に出たら最後、美鈴さんは『狂気』の権化である『白昼の吸血鬼』になります」
「ちょっと待って、そう、そこなのよ。彼女は『白昼の吸血鬼』でしょ?
なのに何でこの領域から陰の方向に向かったときに『白昼の吸血鬼』になるわけ?」
「一言で言うならば、美鈴さんは肉体は吸血鬼。そして意識、つまり自我は人間のものなんです」
「何よそれ」
「『白昼の吸血鬼』が最後に美鈴さんに渡した血で、彼女の肉体は吸血鬼のそれに作り変えられました。
本来ならば自我もそうなるべきだったのですが、幸か不幸か、彼女は『気』を操る能力を持っていた。
つまり『狂気』が最も苦手とする能力を彼女は身につけていた。
そのため常時身に纏っていた『気』が邪魔をし、結局のところ『狂気』は自我まで侵すことは出来なかったんです。
自我が『狂気』に侵されていないわけですから、美鈴さんは物事を普通に考えることが出来ます。
そこで自身が完全なる『白昼の吸血鬼』として作り変えられないように『気』を操って『狂気』を抑えていたんです」
ふむ、確かにそれなら、普段の彼女と今の彼女の違いを説明できる。
「とはいえ、これも古書を読んだ受け売りなんですが……。
『渇き』が起きる状態というのは通常の彼女の纏う『気』が『狂気』を上回っている情勢が正反対に、
つまり『狂気』が『気』を上回っているため起きると思ってください。
そしてその上回っている『狂気』を押さえ込み、再び『気』の力を復活させるための道具がワクチンなんです」
「……つまり私と彼女の持っている『狂気』は似ているようで違うということね?」
「はい。こんなことを言うのは失礼かもしれませんが、妹様のそれは簡単に治るレベルなんです。
美鈴さんのそれは、はっきり言って深刻なレベルまでに発展してますから」
「…………」
そう……少しは期待したんだけど、とフランドールは心の中で残念がる。
「そういうわけですからあのワクチンは妹様には効かないんです」
「……分かったわ」
通常の彼女ならばここで落ち込むのだろうが、今のフランドールは逆に冷静だった。
予想していた答えだったから、というのもある。だから
『それに、フランドール様にだけは絶対に効かないんですよ、あれは』
という小悪魔の呟きも聞き逃さなかった。
「私だけには効かないってどういうこと?」
鋭い質問に小悪魔も『しまった!』という表情を浮かべた。
「そう、私凄く気になってたのよ。そもそもどうやってワクチンを開発できたのか?
最初の質問に戻るわ、あれの成分は一体何?」
あーーうーー、と小悪魔は困った顔を浮かべる。どうやら核心に触れられたらしい。
彼女が話せないということは、これは誰かが口を封じているということ。
レミリアか? パチュリーか? どちらでも良いが、黙られていると余りいい気はしない。
「教えて、あれの成分は何? 私に関係することなの?」
小悪魔は教えるべきか教えないべきか迷っていた。この先のことを考えると教えたほうが良いような気もするし、
逆にリスクもある、そして何よりマスターであるパチュリーやレミリアに怒られる。
フランドールと美鈴の関係性を考えると教えた方がいい気がしたが……どうするべきか。
そう考えているときもフランドールの2つの瞳は小悪魔をじっと映している。
それをみると、隠していることに罪悪感を覚える。
「あの「教えてあげましょうか」えっ?」
ついに罪悪感に負け、口を開いた瞬間、別の場所から声が聞こえてきた。
紅魔館の者ではない女性の声。小悪魔も、フランドールも身構える。
その人物は地下室の中でも特に暗く、壁が見えない場所から現れた。
ボロボロになった服、長く美しい金髪も灰などで汚れている。
右手で扇子を開き、口元を隠しているその人は、邪悪に笑って言う。
「あ…あなたは……?」
「あのワクチンが一体何で出来てるか……知りたいのでしょう?」
小悪魔が驚きの声を上げるが、女性はそれを無視してフランドールに聞く。
驚いている小悪魔を無視して、フランドールは頷く。知りたかった、『真実』が必要だった。
でないと又、無駄な誤解をして周りを傷つけることになってしまう。それだけは避けたかった。
一方の小悪魔はまだ驚きから開放されていない。
とはいえ彼女が驚くのも無理は無い、何故、この女性がここにいるのか信じられなかった。
先ほど瀕死の状態で運ばれてきた鈴仙と共に状況報告に来たイナバから聞いていた。
永遠亭にいるはずの彼女が何故ここにいるのか理解できなかった。
そう…そこに立っていたのは、美鈴に結界ごと吹き飛ばされ行方不明になったはずの、八雲紫だった。
続く
はたしてワクチンは間に合うのか!?
紫が語る『真実』とは!?
少々テンション上がってしまいました。
バトルシーンも自分の考えの上を行く内容で読んでて楽しいです。
最後までお付き合いさせて頂きますよ(・∀・)
…っていうか美鈴強すぎOTL
誤字報告
ある意味最も『愛称』の悪い2人が組んだのだ。
相性の間違いでは?
それぞれの未来が待っているのか・・・
続きが楽しみです。
ところで一番最初の
「将棋でも、以後でも、チェスでも…~」は
「将棋でも、囲碁でも、チェスでも…~」が正しいかと思います。
>名前が無い程度の能力さん(2007-04-15 13:34:53)
バトルシーンを書くのって実は苦手なんです…。
それを面白いといってくださると、物凄く嬉しいです。
>Feelさん
やはり強すぎですかねぇ…美鈴。
あまりにも強すぎるとどうかと思ってはいるんですけど、
そこらへんの調整が難しいです。
>一君さん
ありがとうございます! 次も頑張って書いていきます!
>TWILIGHTさん
誤字報告ありがとうございます。報告場所よりも前の『相性』はミスが
無かったのに……。
>時空や空間を操る程度の能力さん
毎回毎回感想、本当にありがとうございます。
感想をもらえると不思議と力がわくような気がします。
最後まで頑張って書きますので、もう少しお付き合いくださいませ。
>名前が無い程度の能力さん(2007-04-16 02:22:59)
ぎゃあああ! ま、まさかしょっぱなで!?
ひどく自己嫌悪……見つけてくださりありがとうございます。
皆さん感想どうもありがとうございました。
最終話もできるだけ流れを崩さずに頑張っていきたいと思います!
時空や空間を翔る程度の能力さん。
すみません! 名前を間違えるというとんでもない暴挙をまた
してしまいました!! 申し訳ありません!!
次回作楽しみにしてます。