・・・焦げ臭い。
ぱちぱちと焼けた竹の爆ぜる音で藤原 妹紅は目を覚ました。
「・・・ちっ、相打ちか。」
場所はいつもの竹林。
すぐ隣で寄り添うように転がっている焼死体に、
忌々しげな視線を向ける。
この隣の焼死体は蓬莱山 輝夜。
ほぼ毎日のように殺し合いをする仲だ。
当然、こいつを焼死体にしたのもあたしだ。
その忌々しい天敵の焼死体を目にしても、
あたしには何の感慨も浮かばない。
どうせすぐに蘇生する。
そう、ついさっきまで『死んでいた』あたしと同じように、だ。
あたしと輝夜は、いわゆる『不死身』である。
蓬莱の薬という不老不死の薬を飲んだからだ。
誰もが一度はあこがれる不老不死、といっても、
実際なってみるといいことなどなにもない。
傷つけば痛いし、腹も減る。息を止めれば死ぬほど苦しい。
でも、死なない。
そう、あたしたちと普通の人間の違いなんて、ただ死なないだけだ。
・・・ああ、老けもしないか。
まあ、ただそれだけだ。
人間との違いなんて、それだけ。
「・・・はて、今のあたしは果たして人間なのかね?」
そんなことを考えて、
すぐにどうでもいいか、とかぶりを振った。
―べちゃ...
と、ひどく不快な感触がした。
「うわっ・・・。」
原因を確認して、あたしは思わず顔をしかめた。
服が真っ赤だったからだ。
あたしの服が赤いのは下のもんぺだけだ。
それが見事なまでに上下真っ赤。
しかも、水分をたっぷり含んで肌に張り付いて気持ち悪い。
それに、酷い臭いだ・・・。
「ったく・・・。」
血だ。
それも人間一人くらいなら簡単に死に至るような量。
「首でも撥ねられたのか、これは。」
隣のまだ死んでいる焼死体にはきちんと首がついている。
撥ねられたのは、あたしだ。
すっぱり即死したのか、それともあまりの激痛に記憶が飛んだのか。
なんにしても、覚えてないのは起こってないのと同じ。
一方の輝夜は焼き殺したんだから、相当苦しんで死んだに違いない。
そう思うと、首を撥ねられた屈辱はすっきりと治まった。
「ふふん、結果は引き分けだが、これはあたしの勝ちだな。」
満足満足。
さて、帰って寝るかな。
あたしはひょいっと跳ね起きると、自分の棲家に向かって足を向け、
「・・・・・・。」
いったん振り返って、
改めて焼死体に火をつけ直してからその場を離れた。
* * *
翌日、
「ん・・・、んむ?」
朝の日差しが目蓋を焼く。
まぶしさに寝返りを打って背を向け、
違和感に気付いて体を起こした。
「・・・はて?」
昨日はこのボロ家に帰ってすぐ、
着替えもせずにばったり寝てしまったはずだ。
なのに服は一点の染みもない洗い立ての物を着ていて。
「起きたか? 丁度朝餉の支度が出来たところだぞ。」
聞きなれた声。
そっけないけど、優しい声。
振り向くと、さも当たり前のように囲炉裏の鍋をかき回す少女がいた。
上白沢 慧音。
半獣人の少女で、あたしの唯一の友人だ。
「・・・おはよう。」
「おはよう。」
慧音は不機嫌そうに挨拶を返した。
むぅ、なにやら怒っているようだ。
あたしが心当たりなさそうに首をかしげるのを、
慧音はため息をついて見返した。
「ずぶ濡れのまま寝たら風邪を引くぞ。いくら不死身でも、な。」
「う、ごめん。」
慧音が怒っている時は、いつもあたしは素直に謝る。
慧音が怒っている時は、あたしを心配するときばかりだからだ。
だから、素直に謝る。
あたしを心配してくれるのは、慧音だけだから。
・・・そりゃまあ、不死身だしね。
「ほら、座れ。」
「うん。」
慧音が座布団を敷いてくれたのでそこにちょこんと座る。
はて、ここはあたしの家で、客は慧音のはずだが・・・。
「どうした?」
「ん~。あたしよりも、慧音の家って感じがするなぁと。」
「そりゃそうだろう。ここのものは大抵私が運び込んだものだし、掃除も私がしているからな。」
「う・・・。」
まだ怒っているみたいだ。
なにやら空気が気まずくなってきたので、そそくさと飯を平らげる。
文句なしにうまかった。
「ごっそさま。」
「こら、待て妹紅。」
退散しようと立ち上がるあたしのもんぺの裾をがしっと掴む。
そ~っと振り向くと、慧音の冷たい視線とかち合った。
「残ってるぞ。」
びしっと指差すあたしのお膳には、
焼き魚が残っていた。
一匹丸ごと。
「魚も食べろ。」
「めんどくさいんだよ、骨とか。」
もちろん小骨がのどにつっかえても死にゃしないのだが。
痛いものは痛いし。
いちいち外すのもめんどくさいし。
味自体はべつに嫌いでもないんだけど。
「・・・妹紅。」
慧音が正座で向き直る。
お説教の体勢だ。
ああ、これが始まると長いんだ・・・。
「私達は食事をする。
野菜や果物も食べるし、動物も食べる。
私達が今こうして生きているのも、彼らの命のおかげだ。
今でこそ妹紅は不死身だが、生まれつきそうだったわけではないだろう。
蓬莱の薬を服用するまでは、生きるために食べていたはずだ。
そして今もこうして食事を取る。
私達がここにこうしてあることに、彼らへの感謝の念を忘れるな。」
命への、感謝・・・?
「・・・ふ、はは。」
あたしはつい、笑ってしまった。
「妹紅!!」
だって、おかしいじゃないか。
「あたしに命の大切さを説くのか、慧音?
とっくの昔に死ねなくなったあたしに?
死なんてモノに誰よりも縁の無いあたしに?」
ああ、おかしい。
命の大切さだって?
そんなもの、
とっくの昔に忘れたよ。
* * *
慧音がまじめに話しているときに笑ってしまったもんだから、
ついつい居心地が悪くなって出てきてしまった。
ついでに魚を食べずに済んだ。ニヤニヤ。
と、言っても。
あたしは別に慧音が嫌いなわけじゃない。
慧音を怒らせたいわけじゃない。
慧音のお小言はたしかに嫌なんだけど、
慧音が嫌いなわけじゃ、絶対にない。
なんだけど・・・、
「はぁ、・・・嫌な奴だね、あたしってば。」
深~いため息をつくと、
丁度下がった視界になにか映った。
ちっこいガキんちょだ。
あんまりちっこいもんだから、視線を下げなきゃ気付かず蹴っ飛ばしていただろう。
運が良かったな、ガキんちょ。
「あん? こんなところで迷子か、坊主?」
あたしはそう言ってから、すぐに頭の中で否定した。
そんなはずはない。
迷ったら二度と出られない。
そんないわく付きの竹林だ。
村の人間達はここに踏み込んでくることは無い・・・、はずだ。
まあ、実際ここにこのガキんちょがいるわけだが。
他の人にあって緊張の糸が切れたのか、
そいつはダムが決壊したように泣き出した。
「なんだ、ほんとに迷子か?」
やれやれ、めんどくさいものを拾ってしまったようだ。
「こんなところでどうした? 人間の集落の位置くらいならわからないでもないが。」
まあ、どうせ暇だし、
連れて行ってやるか。
あたしはそいつの手を引いて歩き出そうとしたが、
そのガキんちょはそこを動こうとしなかった。
「・・お・・・お母さん・・・・たけのこ・・。」
「んぁ?」
しゃっくりを上げながらのぶつ切りの言葉。
あたしはそれを何とか意味を拾って、
「ああ、あれか。母親のためにこの辺のたけのこでも狩りに来たか?」
こくこくと頷く。
「ったく、どんな親だ・・・。」
こんな小さい子供を、迷いの竹林に一人で向かわせるなんて。
しかもたけのこ狩りだと?
いったいどんなツラしてるのかと―――
「・・・お母さん、病気で・・・動けないから・・・。」
「あ、ああ、そうだったのか・・・。」
病気で動けない母親のためにこんなところまでたけのこ狩りに来たのか。
・・・・・・それにしたってばからしい話だ。
母親のためにこんなところまで一人出来たのは見上げた根性だが、
あたしが来なかったらこいつはそのまま野垂れ死にだ。
母親だって子供が帰ってこないなんて心労に耐えられるとも思えない。
たけのこが特効薬にでもなるなら話は別だがね。
「・・・・たけのこ・・。」
・・・ったく、たけのこが手に入るまで梃子でも動かないつもりらしい。
まったく、めんどくさい話だ。
「いいか、そこを動くなよ。四半刻くらいで戻ってくるからな。」
たまたま暇だから、特別だからな。
* * *
「・・・お姉ちゃん!!」
四半刻も経たないうちにあたしは戻ってくることが出来た。
両手で抱えきれる程度のたけのこを持って。
「運が良かったな。豊作だ。ほら、これ持って帰るぞ。」
「うん!」
ひとつ、一番大きなたけのこを押し付けると、
あたしは人間の集落に向かって歩き出す。
きゅっとあたしのもんぺをつまんで歩くガキんちょに、
あたしはなんだかむず痒いような感覚を覚えた。
しばらく歩くと、目の前が急に開けた。
そこは少しばかり高台になっていて、
すぐ下の集落を一望することが出来た。
本当に、ちっぽけな集落だった。
「こっち!」
「こ、こら、引っ張るな!!」
そいつに連れられて、あたしは人間の集落に踏み込んだ。
人間の集落なんて、何百年ぶりだったか・・・。
ガキんちょは迷うことなく一つの家を目指していた。
この村にこいつを連れ帰った時点であたしの仕事は終わったはずだが、
まあ、いいか。
そこは、あたしの家とどっこいどっこいくらいの、
いや、もっと貧相な家だった。
といっても、あたしの家のほうがやや勝っているのは慧音のお陰だろうが・・・。
「お母さん!! たけのこ取ってきたよ、一緒に食べよ?」
どたどたと大きな音を立てて上がりこむガキんちょ。
おいおい、病人がいるならもっと静かにしろよ。
「ね、あっちのお姉ちゃんが手伝ってくれたんだよ!」
うう、呼ばれてる。
あたしは気恥ずかしそうに顔を覗かせた。
の、残りのたけのこを置いていくだけだからな。
あいさつくらいはしようかと思って、あたしはその母親が見える位置まで移動して、
―・・・どさっ
持っていたたけのこを全部取り落とした。
体にまったく力が入らなくなる。
今立っているのが不思議なくらい。
「お母さん、ねぇ、お母さん!」
その姿が痛々しかった。
だって、その母親はどう見てももう・・・。
「う、うぁ・・・。」
気分が悪い。
吐き気がする。
頭が割れそうに痛い。
あたしはそれから逃げるように走った。
なんだ、この感覚は・・・!?
体の震えが止まらない。
何度も転びそうになりながら走って、
ようやく気付いた。
そうか、
ずっと忘れてたけど、
これが、
『死』が怖いってことなんだ。
* * *
「遅かったな妹紅。ちゃんと昼は食べたか?」
帰宅早々、そっけなく心配そうに慧音が言う。
いつの間にか、空は暗くなっていた。
慧音が晩御飯の鍋をかき回しているところを見ると、
きっともうそんな時間なんだろう。
「・・・食べてない。」
「だろうと思った。多めに用意しておいたからいくらでもおかわりしていいぞ。」
ぐっと御椀を突きつけてくる。
胃がきゅ~んと切なく鳴った。
あたしは御椀を受け取ると、御膳に乗せる。
「いただきます。」
「・・・いただきます。」
献立はいつものようにありふれたもの。
ご飯に味噌汁、川魚の塩焼きとたけのこを使った煮物。
「妹紅、何度も言うようだが魚は―――」
慧音はあたしがまっさきに魚に手を伸ばしたのを見て目を点にした。
「・・・なに?」
「い、いや、すまん。気にするな。」
しばらくの間、無言で箸を動かす音だけが響く。
いつもなら、あたしが輝夜と殺しあったときの話とか、
慧音の人間の集落であったことの話が花を咲かせる。
しかし、今日は輝夜と殺しあってないし、
慧音も口を開こうとはしなかった。
結局、無言のまま食事は終わった。
「・・・慧音。」
食器を片付ける慧音に、あたしは声をかける。
「どうした?」
「朝、あたし言ったよね。
あたしは死なんてモノに誰よりが縁の無い、って。」
「・・・ああ。」
「あれ、間違いだった。」
「どうしてそう思う?」
「あたしは死なない。この先も永遠に生き続ける。
だからきっとあたしは、誰よりも他人の死を見ていく。
逆だったんだ。
あたしはきっと誰よりも、死というものと付き合っていかなきゃならない。」
「・・・そうだな。」
「・・・あたし、怖いよ。死が、怖い。
いつか慧音も、あたしを置いて・・・。」
「私は半分は人外だ。まだまだ先の話さ。」
「あたしにとっては、一瞬だよ・・・。」
慧音の服の裾をきゅっと掴む。
子供みたいに。
それでも不安は拭えなかった。
手の震えが止まらない。
たしかにそこに触れている感触はあるのに、
次の一瞬には何事も無かったかのように消えてしまいそうで・・・。
「妹紅、私の命は有限だ。いつかは死ぬだろう。」
「・・・うん。」
「だが約束する。
いつか来るその瞬間まで、私はお前と共にいるよ。」
「・・・うん。」
「それと、そうだな・・・。
可能な限り長生きするよ。」
「・・・ふふ、あはは。最低1000年は生きてよね。」
「む、むぅ・・・。善処しよう。」
本気でその言葉を受け取った慧音が難しそうな顔をする。
それに、やっぱりあたしは笑った。
それはもう、泣くほど笑った。
やっぱり、命というのもは唯一無二の大切なものだ。
これからもずっと大切にしていこうと心に誓う。
あたしの無限の命と、この優しい親友の有限の命を。
しんみりしましたが、でも優しい終わり方でとてもよかったです。
良いお話でした。
永遠を生きる妹紅が気付かなきゃいけないことですね…。
最後の方の文が好きです♪