Coolier - 新生・東方創想話

美鈴奇譚

2007/04/08 14:54:24
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湖中の洋館に女の声が響き渡ったのは、夕日の色に湖が染まる黄昏時であった。


女は大陸風の衣装を身に纏っていた。
すらりと伸ばした背筋や、凛と張りつめた相貌から、少し武の道を齧った者であればただならぬ気配を感じられ、
一分の隙も無く、しかし堂々と館内を進む姿を見れば相当な強者であることを見て悟っただろう。
女は「我こそはこの館に住まう悪鬼羅刹を退治しに来た者。恐れ逃げるも良し、姿を現すも良し」
といったような内容の言葉を発しつつ館の中を闊歩していた。


実の所この女、妖怪に属する者である。
元々は龍神の一族に連なる者であったが、その神通力は龍の一族としてはあまり大きくはなかった。
その代わりに彼女が持つ優れた能力、それは武術である。
その身を人間と変わり無き姿とし、人間の編んできた武術の数々を、人間には無い長き命によって数多く習得してきた。
先人達の知恵と数多くの創意工夫、更には人間の身では抱えきれぬ程の修練。
それこそが彼女の強さの源である。


人と変わらぬ美しい女の姿をしているとはいえ、その身は妖怪である。
その細き腕で岩を殴れば岩は木っ端微塵と砕け、
川に向かって蹴りを放てば川は割れ、底には数瞬の間、道が現れた。
駆ければどんな駿馬も追いつけなかったし、空を燕のごとく駆けた。


妖怪がこのように苦心を重ね、更には人間の生み出した技術を持って自らを高めようとすることは大変に珍しい。
妖怪としても龍族としても武人として見ても変わっており、もちろん人間でもないはみ出し者。
詰まるところこの女はそんな妖怪であった。







女が悪鬼の住まうと言われる洋館へとやってきたのは訳がある。
ある日旅の最中で立ち寄ったあまり大きくない町でのことだ。


町では一つの噂が流れていた。
「湖の小島の洋館には、恐ろしい妖怪が住んでいる」
と言うのである。


訊けばしばらく前から、
突然空から魚が降り注いだり、
時には風が不思議な赤い色をして吹いたり、
一晩の内に川が干上がってしまったかと思えば翌日には波々とした水量に戻るような珍事が続いたのだという。


町人達は、
「近くにある湖の城館に住むと伝えられてきた悪魔の仕業に違いない」
「いやいやこれは恐ろしい魔女に違いない」
「もしかしたら仙人様の仕業じゃなかろうか」等と噂をしていた。
中々に良い勘をした町人もいたものである。


女はこの話を聞いてすわとばかりに色めき立った。
そんな凄い力を持った者がいるのならば、是非見てみたい。
いや、出来ることならば立ち会い、打ち負かしてみたい。
女は旅のついでに適当な強者を見つけては打ち倒して自らを高みへと上げてきたのである。


「ならばその妖怪、討ち倒して見せよう」


女はそう宣言すると町を飛び出した。
町人達は止める暇さえ与えられず、ただポカンとした表情で女の消えた方角を見ていたが、
やれやれと首を振ると日々の生活へと戻っていった。
所詮は余所者が無謀にも飛び出して行っただけのことである、
本気にする者は皆無であったし、せいぜい余計なことをして珍事で済んでいた現象が惨事へと変わらない事を願っているのみであった。





さて、場面は洋館へと戻る。
見かけは広い洋館といえども、そう複雑なる作りではない。
物珍しさも手伝ってか、女はまず端の方からグルリとまわってみたが人は見当たらず、虫だの獣だのが徘徊するばかりであった。
中には屈強な男でも逃げ出すような凶暴な獣も居たのだが、そんな物は虫コロと同じにしか見えない女である。
飛びかかってきた獣をひょいと避けると、細い足を天に向かって真っ直ぐと伸ばし、稲妻のごとき速さで獣の頭を踏み抜いた。

もしもこの場に、誰かしらの性嗜好的にまともな男が居たならば女の脚線に見惚れたかもしれぬが、
その男がそれ以外の点に於いてもまともな神経しか持ち合わせていなければ、
無表情に返り血を浴びる女の姿に腰を抜かしていたかもしれない。





屋敷を一回りしてみたが、結局怪しい者は見つからず、
女が辿り着いたのは、結局は屋敷へ入って正面にある食堂らしき大部屋であった。
果たしてそこには見かけは古そうであるが重厚な作りの食卓と、その一番奥に三人の廃墟然とした屋敷には似合わない少女達がいた。


一人目の蝙蝠のような羽をした少女は突如入ってきた女に驚く様子も無く、来ることを予感していたかのように女を見つめ、
それとよく似た顔の、蝙蝠ではなく煌びやかな宝石のような羽を持つ一人は何が楽しいのかケラケラと笑いながら女を見つめる少女にじゃれつき、
もう一人の寝間着のような格好をした少女は我関せずとばかりに本を読み続けていた。


「久しぶりに客が来た」


蝙蝠羽の少女がまず口を開いた。


「歓迎しようとも思わないが、茶ぐらいは飲んでいくといい。美味くはないが」


少女の言うとおり食卓の女に一番近い部分、つまりは少女達から一番遠い部分には茶杯が一つ置かれてあった。
その中に注がれているのは紅茶よりも更に紅い液体であり、まるで血のようだと思えて女は手を付ける気にはとてもなれなかった。
まるで女が来ることを予感していたかのような対応のされ方に、女はしばし戸惑い、どうするかを考えあぐねた。
蝙蝠羽は楽しくもつまらなそうでもなく女を見ており、宝石羽は何がおかしいのか笑い続け、もう一人はますます本を顔に近付けていた。


「お姉様、私は見たよ、あいつはこの館を歩いてた。
お姉様、私は見たよ。あいつは獣を踏みつぶした。
お姉様、私は見たよ。あいつは弱くない。
お姉様、あいつをここに住まわせてしまおう」


ヒヤリと背中に冷たい物が流れるのを女は感じた。
館を探索する間も女は辺りの気配を探っていた。
この部屋に誰かいることは感じていたが、まさか歩き回る自分を見つめる目があったことには気付かなかったのだ。
女はそういった気配を感じることに関しては非常に優れていると思っていたのである。
しかし、このねじの一本外れたような少女の気配には全く気付けなかった。


「そうか、それはそれは便利なお客だ。便利なお客が館にいれば、静かになって良いかもしれないな。さて、どう思う?」


姉と呼ばれた蝙蝠羽は、ずっと本を読み続ける少女に向かって尋ねた。
もちろん立ちつくす女に向かって話しかけようなどとはせず、
全ての会話は食卓の向こう側だけで広げられる。
さも、それだけで世界は十分にまわるといった雰囲気であった。


「猫イラズが有れば、便利ではある」


本を持った少女はほんの一瞬だけ女に目を向け呟き、
再び本の世界へと帰って行った。


「これで決まりだ」


蝙蝠羽は愉しそうに微笑み、やっと女に向かって話を始めようとした。


「おまえにはこの館に住んで貰おうと思うのだが?」


全くもって傲慢な話であった。
女に意見など求めようとはせず、尋ねてはいるがその実、決定事項を伝えているだけであると女は感じとった。
馬鹿にされているのだろうかと女は考えたが、蝙蝠羽のあまりにも自然なその振る舞いに悪意は感じられず、
女は当初この館に来た理由はなんであっただろうかと考えてしまった。


「生憎だが、この館に住もうとは思わぬ」


もしかしたら、妖術にでも化かされかかっていたのかもしれぬと感じながら女は返答した。


「私はおまえを倒すためにこの館へと来たのだ、危うく忘れるところだった」
「忘れるというのは実に難儀なことだ、思い出せたのならば祝福しよう」
「祝福ついでに一戦、仕合ってもらいたい」
「うん?」


実に平坦な口調で会話を続けながらも、女は次の瞬間には打ち込めるように構えを作っていた。
己の全身へと闘志を漲らせ、蝙蝠羽のいかなる挙動をも隙へと結びつけるために気を巡らせていた。



「仕合か、結構だとも。死なない程度にかかってくるといい」


『死なない程度』が誰のことを指しているのか、もちろん女は理解していた。
それが嘲笑や侮蔑の言葉であれば多少は女の感情を揺らしたかもしれない。
だが、その様な意図はただの一片も含まれず、蝙蝠羽の『便利なお客』へ対する素直な気遣いであることという事実は女をむしろ冷静さへと導いた。

「ここで死ぬであろうか?」と考えつつも、逃げるという選択肢が頭の中にて大きくならないのは自らの武人としての誇りか、
それとも運命のようなもっと大きな物が自分の思考さえも不可思議な方向へと動かしているのか、
女には理解が出来そうになかった。




動いたのは女の方からであった。
ヒュッと小さく息を吐きながら身を屈めると、目の前の食卓を下から蹴り上げた。
四人分の茶杯を巻き込み、食卓は回転しながら対面に座っていた蝙蝠羽へと倒れかかる。
向かって右側の本を読んでいた少女は椅子ごとふわりと浮いて離れていき、
左側にいた宝石羽の少女は何故か自分も回転しながら後方へと離れていった。
自分たちはこの仕合に参加する気無し、といった様子の二人をチラリと見た女は、
食卓に続いて自らも蝙蝠羽へと突っ込んでいこうとした。


「返すぞ」


向かった先に、壁が現れた。
壁かと思ったソレが先ほど蹴り飛ばした食卓だと気付いたのは、食卓ごと壁へと叩き付けられたときであった。
蝙蝠羽は向かってきた食卓をただ裏から叩き返したのだ。
奇襲になればと女の繰り出した初撃は、遙か予想の斜め上を行く奇襲となって女へと帰ってきた。
日常ではあり得ない二度の衝撃に耐えられなかったのか、食卓がボロボロと崩れ落ち、
女と蝙蝠羽の間を遮る物が初めて何もなくなった。


「良かった、食卓よりは丈夫そうだ」















「お前、名前はなんと言うんだ?」


ぽつりと蝙蝠羽が呟いた。

満身傷痍、百孔千傷、そして絶体絶命。
ほんの数刻前までであれば眉目秀麗で例えられても良さそうな女であったが、今はそんな有様であった。
対して蝙蝠羽の方は言うならば余裕綽々と言ったところであろうか。
全身を血に染めてはいるが、それらはほぼ全てが蝙蝠羽の物ではなく女からの返り血である。

女の繰り出すいかな拳弾も蝙蝠羽の元には届かなかった。
避けられ、受けられ、弾かれ、返される。
そして一の技を女が繰り出せば蝙蝠羽は百の力を持って女を打ちのめすのである。
もやは何度目かも分からないほど堅い石畳の感触を顔で感じた女が起きあがるところへ、蝙蝠羽が尋ねてきた。

今まさに死への旅路を歩まんとする者に対して何を訊くのだと女は感じたが、別れのつもりかもしれぬ。
いや、この少女がそんな普通人のような考え方をするとも思えない。


「何故だ?」
「何故だって?」


呆れた表情を見せたあとにクスクスと可笑しそうに蝙蝠羽は笑う。
血によって紅く染まった指を口元に当て、本当に無邪気そうな表情を浮かべた顔も同じく紅く染まっていた。
明らかに異質な光景である筈だった。
しかし、この少女にはあの血の紅さがよく似合うように感じられる。
女は初めて蝙蝠羽の正体に気付いた。

「……そうか、お前は吸血鬼だな」
「そう言っただろう。いや、言っていなかったか?」


聞いた覚えは無いし、訊いた覚えも女には無かった。
成る程、とんでもない相手に勝負を挑んだものだ、と女は反省するわけでもなく思った。
以前に何番目かの師匠から人間の綴った書物に記されていることを伝え聞いたことがある。
曰く、近くに於いてはその全貌が把握できないほどの大木を片手で持ち上げるとか。
曰く、雷光よりも速く走ることが出来るとか。
曰く、体の中に千を越える悪魔を棲まわしているとか。
女の聞いた吸血鬼とは恐ろしいほどに強大であった。

その時は「いつか闘ってみたい」等と考えてみた物だが、
今となっては無茶なことを考えていた物だと女は自嘲した。









「何故だと訊いてきたが、名前を訊くのは当たり前のことだろう」


もしかしたら、これから殺す者に対して名前を尋ねるというのは当たり前のことなのかもしれない。
これまでも数十年、各地を転々と渡り歩いてきたが行く先々で新しい風習と出逢い、
女は驚いてきたと同時に自分の中に新しい知識が入るのを喜んでいた。
もしかしたら、打ち倒した相手の名前を訊くという事は当然の礼儀なのかもしれない。
これまで倒す側のみで、倒される側になったことはないので知らずに過ごしてきた可能性もある。

だとすれば、これまで随分と悪いことをしてきたものだ
と女は生涯を振り返って考えた。


「名前を知らなければ、これから先に呼びようが無いじゃないか」


しかし蝙蝠羽の回答は至極もっともな話であった。
やはりこの少女の考えることは分かりようがないという結論へ女は達した。


「美鈴と言う。せめてあと一日は記憶に留めてもらえれば嬉しい」
「美鈴か。私はレミリア・スカーレット。覚えておきなさい」


出逢い、闘い、別れが近付く時になって、
初めてお互いの名前を知る。
とても奇妙な逢瀬であった。


「さて、もうこんな時間だ。これで最後にしよう」


言うなり蝙蝠羽、いやレミリアの腕に莫大な呪力が集まる。
おそらくは傷付き瀕死にある美鈴の命など簡単にかっさらっていくだろう呪力がレミリアの腕に集い、
あたかもそれは吸血鬼の天敵であるはずの太陽のようであった。

これを喰らえば間違いなく死ぬ。
いや、例えこれを喰らうことが無くとも既に死に神の鎌は首筋までかかっている。
体力呪力尽き果てた身が死を逃れることは出来ないだろうと美鈴は確信していた。


「そうだ。これが最後だ」


ならば、ここに最上の一撃を遺したい。
今までに美鈴が見てきた数多の戦士達が最上の一撃を繰り出してきたのも、
全て死ぬ間際の一撃であった。
ならば、自分自身もこの瞬間に最上の一撃を繰り出せるはずだと美鈴は信じていた。

ボロボロになった衣服の隠しから、何も描かれていない白い符を取り出す。
そこに文字を書こうとして、筆墨がないことに気付いた。
しかし何の問題もないと美鈴は笑う。
筆なんぞは自らの指で事足りるし、墨ならばさっきから紅いのが全身から流れているのだから。
唇の周りに付いた紅い物を指ですくい、白符に『三華』の二文字を書き記した。


「さあ、来い」


叫び、符をかざし構える。
音もなく一瞬にして符は燃え消えた。
代わりに四肢に気力が満ちてゆく。
生き延びるためではなく、これから放たれる生涯最後であろう一撃が最上の物となる為の活力が美鈴の身体に戻った。
先に攻め進もうとはしない。
おそらくこの一撃が当たるとすれば、レミリアの腕にあるあの恐ろしい呪力が放たれた瞬間のみであるはずであった。
あれを迎え撃つのは震えすら止まるほどに恐ろしい、だがこちらから動いては当たらない。
待つときに攻めろ、攻めるならば待て。と言ったのは何番目の師匠であったか。
結局はそいつも倒してしまったのだが、今になってその言葉の意味が分かったように美鈴は感じた。


「行くぞ」


レミリアの手中にあった呪力が爆ぜる。
もはや数えることも出来ないほどの弾が美鈴の視界を埋め尽くした。
或る物は高速で美鈴に襲いかかり、或る物はゆっくりと漂うようにして美鈴へと迫る。

美鈴は眼前を埋め尽くす紅い世界をひとまず意識から外した。
認識するのは自分とレミリア・スカーレットを結ぶ直線上の弾幕のみとする。
すると驚くほど平坦な道のりが美鈴の目の前に広がった。
高速で迫り来る弾は風のごとき速さを持って避け、
ゆっくりと漂う弾は水のごとき滑らかな脚捌きを持って回避する。
すると美鈴とレミリア・スカーレットを阻む邪魔物はわずかに三つの弾丸のみとなった。

一発目は左手ではじき飛ばした。
指先から一切の感覚は失われたが、代わりに灼いた火箸を押しつけたような激痛が左半身を襲う。
しかしもはや関係ない、右拳さえが有ればよい。

二発目は脇腹を穿った。
両の脚にも右腕にも当たらなかった幸運を美鈴は神に感謝して止まなかった。
全身の血も抜けきったのか、それとも穿たれた傷が焼け固まっているのか、
血も殆ど流れることなく、美鈴が足を止める理由は何もなかった。

三発目は顔を目掛けて襲ってきた。
その弾丸を美鈴は白歯で受け止め、食い千切る。
どんな猛毒であろうとおそらくはこれよりも優しい口触りではないかと思われた。
人生最後の食事がこんな物であるのかと思うと美鈴の心に一抹の後悔が浮かんだ。



かくして美鈴とレミリアを遮る物は全て失われた。
僅かに驚愕を浮かべるレミリアに小気味良く思いながら、美鈴は拳を繰り出す。
これまで生きてきた中で美鈴が身につけた全ての技術。
それらを僅か三つの動作に込めた技は全てが正しくレミリアの体へと打ち込まれた。


「フフフ……」


天に向かって掲げた拳の上から振る笑い声に美鈴が顔を上げると、
そこには笑顔を浮かべたレミリアと、戦闘の中で大穴を空けられた天井から覗く大きな満月が有った。


「面白いな、お前は」


最上の技の筈であった。
相討ちとまでは望まないまでも、この少女の体に何か大きな一撃の痕を残したかった。
自分とこの吸血鬼の間にそこまで埋めようのない差があるというのならば、
それはこれまで美鈴の積み上げてきた技術の全否定に等しかった。


「良い一撃だった。本当に、倒されるかと思ってしまった」


要らない、そんな言葉は美鈴には不要であった。
全てがこれまでで最上の形で放たれた技を受けて傷一つ無い少女から、
これ以上そんな言葉をかけられたくはなかった。


「けど残念だ。お前の正しい運命は……」


レミリアの指先が美鈴の後方を指し示す。
ここに来て急に自身の体の状態を思い出したのであろうか、急激に遠のく意識を懸命に留め、
美鈴は自分も視線を後方へと向けようとした。


「そこにある」


美鈴が消えゆくその意識の最後で目にした物は、ボロボロになりながら床へと倒れ伏す『美鈴』の姿であった。


「おやすみ。良い眠りを」











目を醒ますと、そこには三人の少女がいた。
吸血鬼でありこの館の主、レミリア・スカーレット。
その妹、フランドール・スカーレット。
レミリアの友人である魔女、パチュリー・ノーレッジ。

彼女たちはただ食卓で紅茶を飲んでいた。


「私は死んだのか?」
と美鈴は第一に尋ねた。
全身に受けた弾丸の痛み、今なお体の中に渦巻いている戦気、そして右腕に残っているはずの感覚。
それら全てが現実感を残しており、今までのことを夢や幻であったと言う事は出来なかった。


「死んだかもしれない」
「ならば、私は何故ここにいる?」
「ここに住んで貰うために決まっているだろう」


そう言ってレミリアは再び茶杯に手を伸ばす。
彼女の中ではそれで説明は完了したらしい。
未だ困惑したままの美鈴がパチュリーに視線を向けると、本の隙間から覗いていた視線に気付いた。
彼女は視線が交わったことに気付くとすぐに本の世界へと帰ってしまった。


「悪魔と魔女に名前を教えたら駄目なのよ」


更なる回答を出してきたのはフランドールであった。
茶杯を両手に持って背中の羽をシャラシャラと鳴らしながら、満面の笑みで美鈴に話しかけてくる。


「悪魔の契約は絶対なんだから、あなたはもうこの館に住むしかないんだから」
「契約をした覚えはないのだが?」
「あら、ならば出てく?」


悪魔の契約は絶対らしいが、あまり厳密ではないらしい。
絶対的に言葉の足りないこの三人が与えてくれた情報から察するに、
どうやら今こうして現世に居るのは彼女たちの手によってらしいと美鈴は決めることにした。


「一つ訊きたい」
「どうぞ?」
「私の最後の一撃は…………本当に撃てたのか?」
「……正しい運命は私の弾幕によって倒れた姿のお前だ。
しかし、あの一撃が満月の見せた幻であったのか、そしてこれから別の運命を進むのかは」


続けようとして、良い言葉が思いつかなかったのかレミリアは美鈴の全身を見つめると、
良い物を見つけたのか笑って答えた。


「そうだな、右腕にでも決めさせればいいじゃないか」


美鈴は自分の右腕を見つめる。
右腕は、確かにあの一撃の感触を美鈴へと伝えていた。
最上の一撃は確かに放たれた、美鈴はあの瞬間に最上の一撃を放って死んだのだ。
ならば、これは新しい生。
ひたすらに高みを目指す生涯は終わりを告げ、新たに自分に成せることを探す生も悪くはない。


「よし、決めた」


顔を上げた美鈴の顔に迷いは微塵も見られなかった。
その表情にレミリア・スカーレットは満足そうに頷き、
フランドール・スカーレットは愉快そうに羽を鳴らし、
パチュリー・ノーレッジは本を読み続けていた。

『ようこそ、紅 美鈴』














さて、残念ながらこれ以上私は筆を進めることが出来ない。
これまで紅 美鈴についての話を聞かせてくれた紅魔館の門番殿が、上司と思しき女性に連れて行かれてしまったのである。
暇そうだったので良いかと思って話を聞かせてもらっていたのだが、どうやら彼女の上司はこれを職務怠慢と見なしてしまったようだ。
中国、と呼ばれていた彼女は引き摺られながらも「またお話しましょ~ね~」と明るく言ってくれたのには救われる気持ちであったが、
それによって彼女の上司がより機嫌を悪くしているのには非常にすまない気持ちになった。

言葉の端々から溢れる熱情から察するに、門番殿は紅 美鈴の話に並々ならぬ思い入れがあるのだろう。
もしかしたら彼女に憧れ、近付こうとしているのかもしれない。
いつか、その後の紅 美鈴がどうなったのかの話を聞きたいと願うと共に、
あの人懐っこい門番殿が上司からあまり強く怒られないことを心より願いつつ筆を置くことにする。


メイド長は職務怠慢を怒っていただけで、
話の内容に関しては別に怒っていない様子でしたよ。



雛札制作委員会さんの制作している東方TCG「幻想ノ宴」における、
紅 美鈴のカード《背水の陣》がとてもとても格好良くて思いついたお話です。
これを読んでほんの少しでも楽しんでいただけた方は「幻想ノ宴」にも興味を持って貰えるとプレイヤー仲間が広がって嬉しい限りです。
以下、宴プレイヤーだけに分かる5行で見るこのお話

レミ 《「紅色の幻想郷」》で攻撃------美鈴 《三華「崩山彩極砲」》で迎撃
レミ 能力使用無し------美鈴《背水の陣》を使用
レミ 能力使用無し------美鈴《背水の陣》2枚目を使用
レミ スペルの特殊能力を使用------美鈴 《背水の陣》3枚目を使用
レミ 《威厳》を使用------美鈴 負けました……

まぁ、良くあることです。
弥一郎
http://blog.livedoor.jp/yaiti1/
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コメント



0.1530簡易評価
1.80Minister削除
うおお、なんか武人な美鈴。美鈴ってこんなにかっこよかったのかーとか思ったところにこのオチ……やられました。お見事。
8.100名前が無い程度の能力削除
毎回、最後に何か捻ろうとする姿勢が好きです。
10.80名前が無い程度の能力削除
これは良い嘘・・・では内容で安心しました。
16.90名前が無い程度の能力削除
途中までは口調に違和感を感じたけど、最後まで読んで納得。
宴も好きだからプラスでw
21.90名前が無い程度の能力削除
師匠の話のイメージがあったせいでまた騙されたかと思った
いや、ある意味作者に俺が騙されたのか?
24.70草な木削除
相変わらず名前で呼ばれない門番に敬礼。

水をさすけど
なんか誤字っぽい
「最後の一撃は、本当の撃てたのか?」
          ↑
「に」じゃないかと、勘違いだったらごめん。
25.無評価弥一郎削除
感想ありがとうございます。
今回は別に騙すつもりはなかったのですが、
前作のイメージが強かったというのは痛し痒しです(笑)

>草な木さん
ご指摘ありがとうございます。
すぐに修正します。
28.80ルドルフとトラ猫削除
なんだかオチではぐらかされた様な気がして心地良い