「なぁ、霊夢。合体技とか考えようぜ」
「……はぁ?」
「魔法と結界。私とお前の合体技。48個(手)くらい考えようぜ」
「何なのよその暗示的な数字は」
「エロいなぁ、霊夢は」
「今までのどこに私のエロさを感じさせる言葉があったのよ!」
■ □ ■ □
時折ふとこの世界の破滅を望む。
それは生理的な思考のようなもので、寝て、食って、出して、を連綿と繰り返す欲望じみた日常に組み込まれる。
止められず、誰もが思い、そして嫌悪する類の思考で。
螺旋を描くのかぐるぐると軌道し、ふとした瞬間をラグランジュポイントと定め、飛来する。それを繰り返す。
ただ大抵の時は自身に不幸が舞い降りた時で、あーどうして自分にこんな不幸がという論法が拡大され。
いっそみんな不幸ならいいのになと自己を社会一般化しだしたりして。
結局開き直り、あぁ、みんな死ねばいいのになという結論に着陸する次第である。
そして全然前フリと関係ないが。
時折ふと博麗霊夢はギッチョンを食べたくなる。
原始の衝動と名付けていいそれは暴力じみた欲望で、遺伝子に刻み込まれた博麗家の証でもある。
ギッチョンとは博麗家代々に伝わる魚料理なのだ。
というわけで、霊夢は釣りに行くことにした。
■ □ ■ □
「おいおい霊夢、鳥居の上なんかに座って何してんだ?」
「何してるように見えるわけ?」
「何とかと煙は高い所が好きごっこ?」
「生憎とチルノごっこなんてしないのよ私。ただ幻想郷を見てただけ」
「そんなに見たいなら空の上から見ればいいのによ」
「人間の視点で見たかったのよ」
「はは、まるで人間止めたような言い回しだぜ」
□ ■ □ ■
他人の夢の話を聞くくらい釣りとはつまらない。
先日、アリス・マーガトロイドが昼から暇そうな面して神社にやって来た。
行き詰った研究(人形弄り)が多大なストレスを与えたのか、細そうな自律神経がかなりイカれたような顔をしていた。
目の下に隈をつくった彼女は、それ故にか逆説的にもまいっちまう程ハイなようで、
「私ね、霊夢」と顔面の筋肉を笑顔になるよう動かしたのだ。
「私ね、霊夢。昨日夢を見たの。すっごい夢だったわ。ほら、あのね、はは、すごい夢だったわけ。
魔理沙が出てきてね。霊夢も出てきたわ。三人で月にいるの。月ってあの空に浮かんでる月よ。
ぷぷっ、霊夢ったら呼吸ができないーって暴れ出してさ。そしたら魔理沙までつられて慌てて。
なら私は何で呼吸できてるのよ?って訊いたら二人とも『お前は人間じゃねえだろーっ』って。
あはははははっ、可笑しいわ!!馬鹿みたい!!」
というようなことを延々と日が暮れるまで話してから爽やかな顔で
「今日は話聞いてくれてサンキュッ☆」みたいな寝言を言って帰られるような気持ち悪さが釣りにはある。
緩やかに流れていく水面が揺れ、陽光を反射してか細く見える細い糸が風に揺れる。
あるかないか。0か1か。餌に糸があるかないか。というような騙しあいを魚とするわけだ。
しかして結局のところ、竿を持ってのんべんだらりと座っている以外に霊夢のすることはない。
「あー、暇だわ」
「それが釣りってもんだぜ」
隣には黒白がいる。帽子を日よけにして横になっているのだが。
「どうしてアンタもついてきたわけ?」
「聞くだけ野暮ってもんだぜ霊夢」
「この間のマジなわけ?」
「……照れるぜ」
照れるなこん畜生。
この間のことを少し話そう。
一昨日のことだ。
「超愛してるぜ霊夢」
と魔理沙が夕飯食いながら言った。
「え?何?」
「何でもないよ気にするな」
「いや、ごめんなさい。聞こえたけど、意味が分からないのよ」
「私が何の理由もなく毎日この神社に飯をたかりに来るわけがない」
「いや、あんたは理由がなくてもタダ飯に飛びつく惑星の人でしょ」
「傷つくぜ……」
「傷つきながらおかわりを所望する茶碗をそっと渡してくる人間をどう信用すればいいのよ」
「この里芋の美味さが憎いぜっ!!」
それから里芋食って風呂入ってエロいことして二人は眠った。
何だかなぁと霊夢は思う。
死ぬまでに広がる漠然と膨大な月日を思ってため息を吐く。
きっとあと8000年くらい生きなきゃならんのだ。
□ ■ □ ■
「私、吸血鬼っぽいのになっちゃったから」
「はぁ!?」
■ □ ■ □
竿の先が数回揺れる。
引くような感覚が指先に伝わり、眠っていたような心臓が動き始めた。
おお、釣れそう。ちょっと嬉しいわね。
目を細め一瞬と一瞬に集中し始める。
1回揺れ、糸が引かれ。1回揺れ、水面に輪ができ。1回揺れ、竿がしなる。
「ほいっ―――!!」
少女らしからぬ掛け声と共に力いっぱい竿を立てれば、跳ぶよう川から魚が飛び出す。
緩く曲線を描く大きめの川魚が斜光線を乱反射して輝くよう見えるのは贔屓目か?贔屓目だぁ!!
有無を言わさずそのまま竿を後ろへと引き、遠心力が描くよう魚は左手に収まった。
ぬるぬると粘着質な液体が左手から腕にかけてツツツと伝わる。
まぁそんなことは野生児みたいな巫女は全然気にしないのだが。
飲み込んだ針をパクパク開閉される魚の口に二本の指を突っ込んで上手く外す。
魚の眼球が光を失っていくようで、死んだ魚のような目をした死んだ魚の完成だった。
南無三!ではあったが、命は巡るもの。
魚は血肉となり、人間は埋葬され地の肉となり、そこに大根か何か生えるはず。
この魚もそういった壮大な食物連鎖の先に大根の糧となれるなら喜ばしいはずである。
さて、帰るか。二匹目を釣る根気はもうなかった。
横になっている黒白の脇辺りを蹴る。
「魔理沙、私もう帰るわよ」
「んん、あぁ、私も行くぜ」
「今日も夕飯食べてく気なの?」
「博麗魔理沙、と呼んでもらってもかまわないぜ?」
「気持ち悪っ!!」
□ ■ □ ■
昨日、竹林で藤原妹紅に会った。
霊夢は自分の限界を知りたくて神社から目的地もなく走り始め、結局日が暮れても疲れることがなかったから。
もうこの辺でいいかと地面に横たわって。
空が朱いなぁと馬鹿っぽいことを思っていた。
そこに顔に影差すよう上から覗き込んできたのが彼女だった。
白銀の髪が凪いでいるのに生命を持ったよう綺麗に揺れて、照り返すような鈍色が温かな炎を思わせる。
低音火傷しそうな髪の毛だぜ、と魔理沙っぽいことを思った。
「何してんだ?」
「寝てるわ」
「見りゃ分かるよ」
「じゃあ何で訊くわけ?」
「大丈夫か?ここ幻想郷だぞ」
「確認しなくてもここは幻想郷だって分かっているし、言葉は通じているし、『何してんだ?』が『霊夢、一体何してるんだ?』じゃなくて、『霊夢一体こんなところで寝転がって何してるんだ?』っていう意味の質問だったって分かってるわよ。
ただ意地悪しただけだわ。寝てるって返答したのわね」
「ふぅん」
幻想郷が果たしてどのようにできているのか定かではない。
全てが架空として容認され、幻想で編まれた一つの箱庭だと誰かが言った。
実在するものを疑う馬鹿に、ここは現実の一区切り。位相を違えたただの地球だと誰かは言う。
非実存性を持った炎のような討論に決着はなく。
答えのない問答はそのまま位階を科学か哲学に上げ。
螺旋したまま永遠とするそれを見上げ、ため息を吐き、呆れ、最後にはきっと哲学者らしく毒をあおってみんな死ぬ。
「生きるの、苦しそうだな」と彼女―妹紅は言った。
「はは」と霊夢は笑うしかない。
「まさかアンタにそのこと言われるなんてね」
暗き死の輪廻から解き放たれし蓬莱の人の形。老いる事も死ぬ事も無い程度の能力。
意思を持つよう細胞群がただ復元を繰り返す呪詛持ちの古代人。
死ねない人間。
「死ねないってのは、生きてないってのと同じだよ」
まるでただの現象みたいだ。
「お腹減ったわ」
「飯食ってくか?けーねが炊き込みご飯を用意してるぞ」
「あんたのその優しさが不気味だから遠慮しとくわ」
「同類に歓迎の意を行動しただけさ。長い付き合いになりそうだからな」
「…………」
「悪かったよ。で、どうすんだ?」
「私がこんな面白い状態になったのよ。出歯亀してる奴を呼ぶわよ」
「ん?」
「紫―――っ!!」
空に眼球が開く。
隙間と呼ばれる架空の境界を越え、保存の式を無視する異相の穴から細く白い指が。
つるりと冷たい感触を目の前に点滅させる残照の五本の指。
千分の一秒をただの一秒に戻す境界線を弄ぶ大妖怪。
その指先がただ黒い穴を持ち上げると、追従するよう暗闇が広がっていく。
楽しそうに笑う嫌な奴、登場である。
「家まで連れてって。帰るの面倒だわ」
「何で私がそんなことぉ」
「アンタにだって原因が」
「分かったわよ。はぁ、とっとと寝とくべきだったわね」
「幻想郷住民全員がそれを望んでるわよ。
それじゃあね、妹紅。今度は夕飯ご馳走になるわ」
「あぁ、またな」
そうして巫女は暗闇に喰われた。
■ □ ■ □
「いや、だからね。大体分かるでしょ?
レミリアと紫と三人でいたらいろいろあって、博麗的な体質が混合して、
悪魔合体!!って感じで吸血鬼っぽいにのなっちゃったのよ」
「お前、冷静だなぁ。普通はもっと困るもんだぜ」
「食人衝動がないのが救いね」
「随分とご都合主義な吸血鬼だぜ」
「一面を見ればでしょ。そもそも吸血鬼っぽいものに変質した時点でご都合主義もない悲劇だわ」
「大胆な変革ではあるわな」
「大雑把って言うのよ。これは」
「はっ!きっと霊夢と私の頭の中にある国語辞典は少々載っている言葉の使い方が違うだけだぜ」
「あんたの辞典はきっと初版よ」
「価値があるって言いたいんだな?」
「間違いだらけって言いたいの。一回生まれ変わった方がいいわ」
「おお!まるで一回死んでくれって言ってるみたいに聞こえるぜ!」
「皮肉がまるで通じない」
「皮肉だったのか?」
「いいえ、ただの悪口よ」
□ ■ □ ■
ギッチョンの作り方。
内蔵を取った魚を二枚に下ろす。
香草を敷いてサンドして、串を通してから煮る。
暇になるので米でも炊く。
また暇になるので吸血鬼っぽい生き物らしく魚の頭を怖がって外へ放り投げる。
それを拾う猫を窓から微笑ましく見守る。
米が炊けたら身がグズグズになった魚を米を盛った茶碗の上へ乗せ、その上から更に緑茶をドバドバかける。
―――完成。
「おお、美味そうだぜこのお茶漬け」
まぁ、ギッチョンのことを頭の悪い奴はそう呼ぶこともある。
「いただきまーすっ」
遠慮を知らない半ば同居人と呼ぶべき不法侵入者は今日も元気にタダ飯をかっ食らう。
時々どうしてこいつが友人なのか真剣に頭を悩ませる。
博麗霊夢の友人というポジションはマジでレアなのだ。
何もこいつじゃなくてもと思い。それからこいつだからかとまた思う。
結局よく分からない問題なのだ。
開かれた障子から、月が覗ける。満月から少し欠けた黄金は、漠然とした寂しさを思わせた。
あの月で、霊夢と魔理沙とアリスは呼吸ができないと騒いでいたらしい。
ふははと思い出し笑いをすると、横から応えるよう笑い声が聞こえる。
「何笑ってんの?」
「はは、月見て笑ってる霊夢が怖くて逆に笑っちまったぜ」
呆れてため息を吐き、そして今日は何をしただろうかと思い返す。
おお、朝起きて、ぼーっとして、釣り行って、帰ってきただけだ。
究極的に何もしてねえ。
そして、たぶん、おそらくは、明日もきっとこんな感じなのだ。
笑えない。
「ははは―――!」
嘘だ。逆に笑えた。これが楽園の巫女の毎日である。
「なぁ、霊夢」と隣の相方が言う。
「なぁ、霊夢。超愛してるぜ」
「ねぇ、魔理沙。知らないの?私誰にでも平等なのよ」
自覚的なのだ。
「誰も好きにならないわ」
その後二人はギッチョン食って風呂入ってエロいことしてから寝た。
でも不思議と面白かったですよ。続きが読みたいような読みたくないような・・・
つか吸血鬼っぽいものってなんだよww
これ以上多くなったらきついかもしれないけど、自分にはこれくらいがちょうど良い。
ぎりぎり溢れるか溢れないかの絶妙なライン。
面白かったです。
ギッチョンが食べたいです。
美味しそうですね、ギッチョン
人間の心の中にある、ある種の衝動を描くことに関しては、貴方は天才的だと思っています。だからこそ、なぜか魔理沙のキャラクタがどこか平板に見えたのが気になりました。
「死んでも霧雨には振り回される」――じゃないけれども、きっと彼女にもそういうところはあると思うのです。
勿論、貴方だからこそ気になる、というレヴェルの話なので、無茶な要求ではあると思うのですが。
「超愛してる」とか
なんというか、ぬるいお湯の中を漂ってるような感じ
生ぬるい空気でも可
徒然なるままに文字を読み続けるというか、無心で読めるというか。
面白かった。
寝て、起きて、ぼーっとして、釣りして、食って、風呂入って、エロいことして、寝る。
ある意味で、この上なく「幸福」な状態であるのかも。
超愛してるぜ。