「ねぇ魔理沙……」
「ん?なんだ、フラン」
「今日は、楽しかった……?」
「ああ、楽しかったぜ。こんなに楽しかったのは久しぶりだぜ」
「……また、遊びに来てくれる?」
「ああ」
「本当……?」
「?本当だぜ。……どうしてそんなこと聞くんだ?」
「だって……400年前、私と遊んでくれたメイドは、一度だって…もう一回遊びに来てくれなかったんだもん……。同じメイドは来てくれなくて…別のメイドが来てくれたけど、そのメイドも次は来てくれなくて……。そのうち誰も来てくれなくなって、遊んでくれるのはお姉さまだけ。それだって、たまにだけ……。私は玩具で遊ぶことしかできなくて、でもそれはすぐに壊しちゃう……。お姉さまはいつも忙しくて、全然遊んでもらえない……」
「…………」
「だから……まっ、魔理沙も……えぐっ」
「お、おい、泣くなよ、フラン…」
「魔理沙も、来てくれなくなっちゃうの?お姉さまみたいに、たまにしか来てくれないの?」
「フラン……」
「やぁ……!やだよぅ……もう、寂しいのは、一人ぼっちで、この部屋で過ごすのは嫌!」
「……」
「……一人は……嫌だよぅ…」
「フラン」
「…なに?」
「ばぁーか」
「ふぇ?」
「お前は馬鹿だ。…あーあ、長く引き篭もりをやってると、こんなにも馬鹿になるなんてな!引き篭もりの弊害が急増中だぜ」
「!!ひどい!!…どうして、そんなこと言うの!?」
「お前が馬鹿だからさ」
「うっ……うわぁぁ……うわぁぁぁぁぁぁん!魔理沙のばかぁ!」
「馬鹿はお前だぜ」
「うるさい!魔理沙なんか知らないよぅ!うわぁぁぁん」
「まったく、度し難い馬鹿だよ、お前は。いいか!私が言うことをよぉぉぉく聞けよ!?オラ、さっさと泣き止め!!」
「あんッ!痛いよ魔理沙!ほっぺた引っ張らないでよぅ」
「聞くんだ、いいな?」
「きっ聞くよぅ!もう泣かないよぅ!だからほっぺを引っ張らないでよぉ…」
「よし…いいか、フランよく聞け」
「う…うん…」
「私は、必ず、また遊びに来る。絶対にだ」
「…………!」
「本当だぜ?なんならホラ、約束してもいいぞ。指きりだ」
「……本当に……?」
「本当さ。私は、嘘は吐いても、約束は守るぜ」
「魔理沙…」
「それに」
「?」
「私と、フランは、もう友達だぜ?友達ってのは何回でも遊ぶもんだ」
「友達…?友達って?」
「すごくいいもんだ。いつも一緒にいて、遊んだり、困ってることがあったらお互いに助け合う。どんな時でも信頼しあえる。とってもいいものなのだー」
「いつも…一緒なの?」
「いつもって言っても、四六時中引っ付いているとかそんなんじゃないけどな。そーだな、解りやすく言うと、今の私とフランだな。お前、私と一緒にいてどうだった?」
「……楽しかった」
「それだけか?」
「う…っとね……。ここがね……暖かくて……寂しくなくなって……ずっと、魔理沙と一緒にいたいって思ったの。今もそう思ってるよ?」
「……そーいうことさ。私もお前と一緒にいると楽しいし、心が暖かくなってくる」
「これが友達……?」
「詳しくはレミリアかメイド長……ああ、パチュリーの奴に、「友達」について書かれている本を借りてみるといい」
「……」
「こーいうの、口で説明するのは苦手なんだよな……」
「…友達…友達……」
「ん?」
「えへへ…魔理沙と、友達……嬉しいな」
「よせよ…照れるぜ」
「えへへ……」
私の名前は、フランドール・スカーレット。
お姉さまや、そのお友達の霊夢、それに私の大好きな魔理沙は、フランって呼ぶの。
紅魔館っていう、大きな大きなお屋敷に住んでいる吸血鬼姉妹の妹、それが私。
そろそろ500年くらい生きているけれど、後どれくらい生きるのか解らないの。
お姉さまは「吸血鬼は不死よ」って言ってたけれど、どういう意味だろ?
今日は魔理沙が遊びに来るから、その時に聞いてみよう。
魔理沙は私のお友達。
私の大好きなお友達。
魔理沙から教えられて、その後パチュリーの奴から借りた本で、お友達がすごく素敵なものだって解ったの!
嬉しいな!
私のはじめてのお友達。
私の一人だけのお友達。
…………私だけのお友達。
でもね、私、不安なの。
私、自分でも、魔理沙に我侭を言ってるって解るの。
太陽よりも、お姉さまよりも、霊夢よりも怖いこと。
……………魔理沙に嫌われること。
ねぇ魔理沙。
私のこと、嫌いにならないでね?
私、頑張るから…努力するから…だから。
魔理沙に嫌われたら、私、きっと……。
狂って、死んじゃうよ。
私のはじめてのお友達。
私の一人だけのお友達。
…………私だけのお友達。
他にはもう、何にもいらないよ。
「魔理沙!」
「おう、フラン。遊びに来たぜ」
今日も魔理沙が遊びに来てくれた。
お屋敷から出られない私は、魔理沙が遊びに来てくれるのを何よりも楽しみにしているの。
「今日は何して遊ぶの?面白いこといっぱい教えてくれる?」
魔理沙は、私が知らないことをいっぱいいっぱい教えてくれるの!
お姉さまや、本で読んだ知識はあったけれど、魔理沙が教えてくれるまでは、私には何がなんだかさっぱり。
この前なんか、ミニ八卦炉の仕組みを教えてもらっちゃった。
材料さえあればいつでも作れるけれど、それはまた今度。
いっしょに楽しく作るんだ♪
「う~ん、じゃあ今日は箒の乗り方を教えてやるぜー」
魔理沙はいっぱい遊んでくれる。
魔理沙はいっぱい教えてくれる。
私が失敗したら、優しく励ましてくれるの。
私がいけないことをしたら、優しく怒ってくれるの。
こんなこと、今まで誰も、お姉さまだってしてくれなかった。
お姉さまは遊んでくれたけど、いつも少しだけで、すぐどこかへ行っちゃうの。
お姉さまは色々なことを教えてくれたけど、どれもつまらないし、見たことも聞いたこともないものなんか理解出来るわけが無いもの。
お姉さまはいつも、私が失敗しても何も言わないで、後はメイド達に任せきり。
お姉さまはいつも、私がいけないことをしたら、何も聞かずに凄く怖い顔をして、私をぶつの。
お姉さまは大好きだけど、魔理沙の方がもっと好き。
ううん、比べるなんて……。
お姉さまなんかより魔理沙の方が好き。
魔理沙はお友達。
魔理沙が私のお姉さまだったら素敵なのにな…。
「私は翼があるから、箒に乗らなくても飛べるよ~?」
「まぁそう言わずにだな。とりあえず乗ってみなって。翼で飛ぶのとはまた別の感覚が味わえるはずだぜ?」
「え~、本当~?」
「まぁやってみなって」
「う~ん……上手に乗れるかなぁ……?」
「安心しなって。私が傍に居るんだ。何かあっても絶対助けてやるし、そんなことにならないように私がしっかり教えてやるよ」
「うん……魔理沙、絶対だよ?」
「ああ、任せとけって」
私は魔理沙をじっと見つめて、小声でそっと呟いた。
「魔理沙……」
「?なにか言ったか?」
「ううん、何でもないよ!ねぇ魔理沙、はやく箒教えて教えて~」
……最近、私は少し変なの。
魔理沙を見ていると、ううん、魔理沙のことを思うだけで、胸がどきどきして、心が「かぁ~っ」て熱くなるの。
それは不思議な感じで、とってもとっても、嬉しくて、幸せな気持ちなるんだよ。
この気持ちは何なんだろ?
今度、魔理沙に聞いてみよう。
「フラン……」
「んっ…魔理沙ぁ……」
空に浮かぶ眩い太陽の光も届かない、深く暗い地下室。
ここは「紅い悪魔」レミリア・スカーレットの住まう血のように紅い屋敷、紅魔館。
その紅魔館の奥、地下深くにある、レミリアの妹、フランドール・スカーレットの、唯一の部屋に続いている彼女の寝室。
暗い静寂が支配するその部屋は、今もパチパチと燃える暖炉の炎が無ければ、凍えるぐらいに寒い。
だが、そんな冷気だって、部屋の中央にある大きなベッドに座り、互いに抱き合う私達には関係が無かった。
「フラン…」
私はもう一度、彼女の名前を優しく呼んだ。
「魔理沙ぁ」
フランが、潤んだ、甘ったるい声で私の名前を呼ぶ。
密着させた身体を静かに、ゆっくりと離すと、互いに瞳を閉じて、ゆっくりと顔を近付けていく。
互いの息遣いが判るぐらいに顔が近付いても、私達は止めずに顔を近付ける。
やがて。
二人の唇が、触れ合った。
「ん…」
「んふぅ…」
フランドールの、柔らかい唇。
その感触を、私は心ゆくまで堪能する……。
唇と唇を触れ合わせるだけの、子供の様なキス。
だが、それだけでも抑えきれない程の興奮に、私達は身体を震わせた。
私達が出会い、親友となってから2年余り。
私、霧雨 魔理沙と、フランドール・スカーレットは、何時の間にか、どちらからとも無く互いに恋心を抱いてしまっていた。
私の場合、無邪気に、そして一生懸命に私へ懐いて来る彼女と長く接しているうちに、段々と彼女のことを考えている時間が多くなっていき、気が付いたら彼女が好きで好きで堪らなくなっていた。
最初、私はその気持ちが、「自分に妹が出来た」ことだと思っていた。
だが実際はそれだけじゃ無かったってわけだ。
それが恋だと気が付いた時には、もう後戻りは出来なかった。
具体的な理由を言えと言われても困る。
何時の間にか好きになっていたとしか答えられない。
この2年間、私は、霊夢やアリスと過ごしてきた時間と比べても遜色の無いほどの時間をフランと共に過ごした。
それは長さではなく、どれだけ楽しく、幸せや充実感を味わったかだ。
私は不安だった。
フランの、500年近くもの長きに渡る孤独を、私なんかが癒せるのだろうかという不安。
私に、彼女を満たしてあげられるのだろうかという不安。
……今のフランを見ている限り、私の不安は杞憂のようだけれど、やはり私は不安だった。
私は人間で、フランは吸血鬼なのだから。
いつか、別れが来る……それが。
それだけが、怖かった。
フランと別れたくない。
そのためなら、私は多分、きっと……。
……外は雨が降っている。
退屈で退屈で。
あまりに退屈だから、こんな、お屋敷の奥にある私の部屋に居ても、外の雨音が聞こえてくるんだわ。
……おかしいの。
最近、魔理沙がちっとも遊びに来てくれない。
なんで?
何故?
魔理沙は約束してくれたもの。
魔理沙は私とお友達。
傍に居てくれるって。
そう約束したんだから。
……今日もだ。
今日も来ない。
おかしい。
絶対におかしい。
魔理沙は嘘つかない。
冗談で言ったり、私を気遣ってくれたりで優しい嘘は言うけれど、私を裏切るような嘘は絶対に言わないもの。
だからいい子にして待っていれば、きっと遊びに来てくれる。
待とう。
うん、待ってる。
私はいい子。
この前、久し振りに遊びに来てくれた魔理沙に、私、ひどいことを言っちゃった。
でも、魔理沙はそんな私に「ごめん」って謝って、理由を教えてくれたの。
魔理沙は私が、昼間でもお外に遊びにいけるように、魔法の薬を一生懸命に作ってくれているんだって!
嬉しいな。
薬が完成すれば、私は魔理沙ともっともっと遊べるんだもの。
…………お姉さまの我侭をパチェが仕方なく引き受けて、魔理沙がそれを手伝っていることなんて嘘。
魔理沙はお手伝いなんかしてなくて、きっと私の為にそうしてくれているんだ。
そう。
私の為に。
私だけの為に。
早く完成しないかな。
今までの分、いっぱいいっぱい遊ぶんだから。
「…お嬢様」
「なぁに、咲夜」
「妹様と、魔理沙を…」
「駄目よ」
「しかし…!妹様の方はもう我慢の限界が近いですし……魔理沙の方も、何時までも騙しておけるはずがありません……」
「……」
「お嬢様…」
「あの娘は私の妹…吸血鬼なのよ。魔理沙は人間……。あの娘は私と違って、精神が弱いから…いずれ訪れる別れに、きっと耐えられない。妖怪ならまだしも、人間と仲良くなり過ぎるのは、あの娘にとって不幸しかもたらさないわ」
「……っ」
「お節介かも知れないけれど。二人のためなのよ。このままいけば……マズイことになりかねないわ」
「…………」
「貴女はやさしいから…辛いでしょうけれど……耐えて、咲夜」
「はい…お嬢様」
「人間と吸血鬼は違うのよ……あの娘は…フランは、きっとそれを理解していないし…それが解るのは多分、もっと先……」
……今日も、魔理沙は来ない。
これでもう何日になるのかな。
一週間?
一ヶ月?
わからない。
わからないけど。
もうずーっと会ってない。
魔理沙が、紅魔館にやってきているのはわかる。
魔理沙の魔力はよく知っているもの。
でも、魔理沙はここに来ない。
いつも、図書館がある辺りか、お姉さまのいるどこかの部屋までは来るのだけれど、そこから動かないで、そして帰っちゃう。
魔理沙の魔力反応は、すごく寂しそう。
きっと私に会えないからなのね。
魔理沙の魔力に気付く度に、その気持ちがよく解るの。
なんで会いに来てくれないのだろう。
理由は解ってる。
でも、納得が出来ない。
どうして?
どうして来てくれないの?
こんなに近くに来てくれているのに。
あの扉を開けて。
あの、忌々しい、頑丈な封印を掛けて開かなくなってしまった、意地悪な扉を開けて。
どうして?
どうして?
どうしてどうしてどうしてどうしどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしどうしてどうして
どうしてどうしてどうしてどうしどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしどうしてどうして?
こんなにも貴女に会いたいのに。
今日も、何かを壊しちゃったよ。
それが何なのか、解らないぐらいに。
フリルのついた白い布が、私の視界の片隅で焦げている。
「いい加減にしろよこの野郎……ッ!!」
開口一番、私は目の前の紅い悪魔を恫喝した。
レミリアの傍に控えている咲夜が睨んできたが知ったことか。
ここは紅魔館の一室、所謂応接間だ。
馬鹿でかいテーブルに、その大きさに見合う程度の数だけ肘掛付きの椅子がある。
ここに通されたときに椅子に掛けろと言われたが、とてもそんな気にはなれない。
「薬の開発はもう殆ど終わった…!以前にアレを研究して、いいとこまで行ってた奴の残した資料がまるまる残っていたからな…!」
「…でも、まだ終わっていないわね」
「ハッ!そんなもん、後はパチュリー一人でもどうとでもなるだろうが!?私が居ても居なくても関係無いぜ!……今はそんな話をしてるんじゃない。レミリア」
喉がカラカラに渇いているのが解るのに、感覚として「それ」を感じられない。
自分の声が、自分のものに聞こえない。
「フランに会わせろ。今すぐにだ」
「何度も言わせないで。駄目よ」
私は掌をテーブルに叩き付けた。
テーブルの上に置いてある花瓶がガタンと揺れるが、気にならなかった。
壊れたら弁償してやるさ。
「そっちこそ何度も言わせるな。フランに会わせろ。…今までのは手が離せなかったし、あいつがいると…残念ながら作業が遅れるからって言う理由で納得してやる。だがな、もうこれまでだ。私がフランに会っちゃいけない理由は無いぜ」
「……残念ながら、あるわ」
何時からそこにいたのか、紫の少女が静かにそう告げた。
「パチュリー…?私の耳がおかしくなったのか?よく聞こえなかったぜ」
「さぁてね。私は医者ではないもの」
「……いくらお前でも、あまり巫山戯たことぬかしてやがるとぶっ飛ばすぞ……!!」
「せっかくの可愛い顔が台無しよ。もう少し女の子らしくしなさい。嫌いになるわよ?」
滑るように近付いてくるパチュリーを睨む。
彼女の言うように、今の私は相当ひどい顔をしているのだろう。
「言葉遣いも直しなさい。いつもの貴女が、私は一番好きだけれど、今の貴女はガラが悪すぎよ?ほんと、嫌いになっちゃうかも…ふふ」
パチュリーが艶っぽく微笑みかけてくる。
最近、こいつはこんな笑みを私に向けてくることが多い。
何があったか知らないが、性的な意味で好きなので特に追求はしない。
だが今はそんなことにかまけている場合じゃない。
「おい…!」
私はレミリアに対して程じゃないが、幾分かの敵意を込めてパチュリーを睨んだ。
睨んだ後で、彼女を傷つけてしまったかと思ったが、とりあえず忘れておく。
……後でちゃんと謝っておこう。
……が、そんな私の思いは杞憂だったようだ。
特に気にした風も無く、艶っぽい微笑みを浮かべながらパチュリーは私に歩み寄ってくる。
「怒らないの。私はいつでも大真面目よ。貴女が妹様に会ってはいけない理由はちゃんとあるの。説明してあげるから大人しく聞きなさい。…咲夜、お茶を」
「いつものでございますか?」
「ええ、そう。お願いね。魔理沙、貴女も何か飲んだら?」
「……ほうじ茶」
「かしこまりました」
厭味を込めて普段ここでは飲まれないであろう茶を頼んでやったが、言った後で霊夢がここに来る時に備えてレミリアが用意しているであろうことに気付いて内心舌打ちする。
厭味でも何でも無いじゃないか。
咲夜は嫌な顔一つせずに頷くと、次の瞬間には私の正面の卓上に、美味そうな湯気を立てる湯飲みが一つ置かれていた。
折角出されたお茶だ。
私は半ば儀礼的にそれを啜る。
熱い液体が喉を落ちていく。
お茶は熱かったが、逆にそれが、私の熱くなった感情を冷ましていく。
「パチュリー……理由って何だよ」
ぶっきらぼうな言い方になってしまったが、だいぶ落ち着いてきた。
「魔法薬の仕上げとして、吸血鬼の魔力の結晶が必要なの。二人分の、ね」
「……なんだそりゃ。二人分なら、レミリアが二人分頑張ればいいだろ」
「異なる二人の吸血鬼の魔力、よ。レミィ一人が二人分頑張っても意味無いの」
「…あの娘は自分の魔力の結晶を作ったことは一度も無いわ。作り方のレクチャーと、あの娘の気質、魔力の性質から推し量って……」
「ざっと二ヶ月半。最速でね」
「それまで、あの娘の精神を乱す出来事…例えば貴女に会うこととかは避けなくちゃならないのよ。あの娘の魔力の結晶に欠陥があれば、薬はおしゃか。一から作り直しになる。そんなのは嫌でしょう?」
「もう少しだけ…我慢してね、魔理沙……」
「……」
パチュリーとレミリアが言った話は初耳だ。
だが、嘘だとは思えなかった。
どうする?
このまま大人しく引き下がるか?
薬の失敗は、絶対に避けたい。
二人の説明を信じるなら、私がここは抑えて、我慢するしかない。
どうするんだ霧雨 魔理沙。
悩む私に、咲夜から私の悩みにトドメの一言が飛んできた。
「既に妹様は魔力結晶の精製に入っておられます」
くそ…それじゃ答えは決まっているようなモンじゃないか。
「…………わかった。もう少しだけ待つ!」
吐き捨てる様にそう怒鳴ると、帽子を無造作に被り直して私は出口へと足を向けた。
理性は納得しても感情が納得していない。
猛る感情を無理矢理抑制して、指が白くなるほどきつく拳を握り締めた。
「玄関まで送るわ…」
パチュリーが私の返事を待たないまま、隣へと並んできた。
玄関までの道中、私は彼女に一言も声をかけなかった。
いつもならたわいの無い雑談に華を咲かせるものだが、生憎とそんな気分ではない。
彼女もそんな私の胸中を察してか、話しかけてくることは無かった。
やがて紅魔館の、馬鹿みたいに豪華な造りの玄関ロビーへと辿り着く。
ここまできて、いままで黙ったままだったパチュリーが口を開いた。
口元にはあの微笑。
「ね、魔理沙……。何とかして二ヵ月半で間に合わせるわ。それまで我慢して頂戴」
「……」
「絶対に間に合わせて、早く貴女と妹様を会わせてあげる……。…………二人の想い、絶対に叶うわ」
「え?」
こいつ…何を言っているんだ?
私達の…私と、フランの想い……?
「ずっと一緒……。そうよね。一緒にいたい……そうでしょ?」
パチュリーの微笑が少し大きくなった。
背筋が思わずゾクリとする。
私の欲情を凶悪に刺激する、恐ろしいほどにエロティックな笑みだ。
彼女の視線も心なしか艶っぽいものがある。
否。
妖艶、と言っていい。
思わず唾を飲み込んだ。
「安心して…ね、魔理沙。私に任せて……貴女達の想い、願い。きっと叶えてあげる。ずっと……一緒……うふふふ」
……忘れていた。
可愛い外見と、普段から付き合っているせいで忘れていたが、こいつは魔女なのだ。
魔性の女、という言葉が脳裏を過ぎる。
彼女の言葉が理解出来ない。
今にも私を押し倒しそうな雰囲気でそう告げるパチュリーに、何も言い返せないまま私は、ただただ彼女を呆然と見ていることしか出来なかった……。
自分以外に誰もいなくなった客間で一人、冷めた紅茶を飲み干しながら、レミリアは魔理沙を見送りに行ったパチュリーの帰りを待った。
魔理沙の怒りはもっともだ。
確認したわけではないが、恐らく妹と魔理沙は、ただの友人、と言う関係から、もっと深く踏み込んだ……特殊な関係だと想像できる。
……自分も、咲夜や霊夢に対して恋愛感情に近い好意を抱いているのを自覚しているだけに、二人の間に流れる感情を邪魔している今の自分が相当に嫌な存在だと思えて仕方が無い。
咲夜は人間でありながら特別な存在だし、霊夢に至っては(当人には失礼だが)妖怪と大差無い存在と言っても過言では無い。
しかし、結局のところ彼女達は人間であり、自分は妖怪…吸血鬼である。
妹と魔理沙の関係が強くなることを恐れ、嫌い、二人の関係を邪魔している自分は一体何なのだ?
自分だって妹と同じじゃないか。
「…違う…。少なくとも、私は…」
その先は口に出せない。
……自分は、彼女達が死んでしまって、永遠の別れを迎えたとしても、大丈夫、立ち直れる。
「そんなこと…どうして解るのよ?」
いずれ、訪れる別れ。
それはきっと悲しくて、辛いことに違い無いのだ。
……止めよう。
今、そんなことを考えていても仕方が無い。
早くパチュリーに帰ってきて欲しい。
彼女は魔女だ。
自分と同じ、人外の者。
彼女だけは、ずっと傍に居てくれるだろう。
幻想郷に住まう、ある一定以上の力を持つ人間以外の存在は、ほとんどが寿命という概念を持たない。
パチュリー・ノーレッジはレミリアも認める稀代の魔女だ。
寿命と言う死の別れ…。
その点では、彼女はずっと一緒に居てくれるだろう。
彼女の顔を見たい。
そう思った矢先、この部屋へ向かって歩いてくる靴音が静かに聞こえてきた。
足音で、その靴音の主がレミリアの待ち望んだ相手…パチュリーだと解った。
やがて、客間の扉を音も立てずに開けて、パチュリーがレミリアの前にやってくる。
「…パチェ、魔理沙は帰ったの?」
たまらず、抱きつきたいという衝動を何とか抑える。
…今は、冷たい、嫌な吸血鬼を演じなければ。
パチュリーは魔理沙、フランドール共通の友人でもあるのだ。
その彼女に、自分は魔理沙とフランを別つ、冷酷で最低と思える指示を出したのだ。
そんな自分が。
自分だけが誰かに甘えるだなんて真似は、少なくとも今は絶対に出来ない。
「ええ。すごく不機嫌にね。今度来るときはもっと不機嫌よ、きっと」
パチュリーはさも可笑しそうにクスクスと笑う。
「ねぇ、パチェ。私のお願い、聞いてくれた?」
レミリアはパチュリーのすぐ傍まで歩いて行く。
「妹様と…魔理沙を引き離す為の策?……任せておいて。私が全員の納得の行くように解決してあげるから」
レミリアを見つめ、パチュリーは妖しく微笑んだ。
「そう……皆、納得する。誰も悲しまず、私も嬉しい……そんな解決策」
「…?……た、頼んだわよ、パチェ。信頼してるんだからね?」
「ええ…安心して、レミィ。…ふふ……うふふふふふふ……」
妖しく笑うパチュリーと、それに少々気圧されているのか、狼狽気味のレミリア。
…解らない。
パチュリーの笑みの正体が解らない。
「全部……任せておいて…ね?うふふ……」
魔理沙が居なくなった事で急に静かになってしまった紅魔館に、地下から何かを叩き壊す音が、静かな地鳴りのように響いていた。
何かが壊れる音が遠くから聞こえてくる。
ガラガラと何かが崩れる音。
一歩、近づく度にその音はより大きく、より鮮明になっていく。
当然だ。
音の発信源へと近づいているのだから。
長い長い階段を下り終え、更に長く暗い廊下を行くと、そこが私の目指す場所。
悪魔の妹、フランドール・スカーレットの部屋だ。
部屋の近くまで来ると、何かを破壊する物音に加え、意味を成さない唸り声が聞こえてきた。
魔法による完全防音の筈の部屋から漏れて来る音が、中の惨状を充分過ぎる程私のイメージを満たしていく。
……ドアをノックしようと上げた手が一瞬強張る。
この扉を開けるのには勇気がいる。
もしかしたら、扉を開けた瞬間に私は殺されてしまうかも知れない。
いや、あるいはノックした瞬間、扉ごと消し飛ばされるかも。
……だが恐れてなどはいられない。
あまり時間は無いのだ。
加えて、ここで私が頑張らなければきっと悲しいことが起きる。
そう、私は悲しいことを起こさせない為に尽力するのだ。
ちょっとした英雄の気分。
気付けば私は、声を出さずに笑っていた。
そう……これが上手くいけば……私は……!
…っと、いけない、いけない。
捕らぬ狸の皮算用ほど愚かしい行為も無い。
思考をクリアーに。
昂揚した気分を落ち着ける。
表情もいつもの私に。
……………。
…………。
……よし、OK。
深呼吸。
意を決して、私は扉をノックする。
「妹様。私です、パチュリー・ノーレッジです。お話があるのですが」
妹様……フランは、意外とあっさり私を迎え入れてくれた。
魔理沙を通して最近は彼女とよく遊ぶようになったからだろうか。
どうやら私が彼女に抱いている感情以上に、彼女は私のことを信頼し、友人であると認めてくれているようだった。
それが、嬉しい。
先の、扉の前での私の恐れは、杞憂だったみたいね。
私は部屋の真ん中にある小さなテーブルに案内された。
「パチェ、ここにはお姉さまは居ないんだから。敬語は止めて、いつもみたいにフランって呼んでよ」
「…ええ。じゃ、そうさせてもらうわね」
「うん。あ、待っててね、今、お茶を淹れてあげる」
皆まで言い終わらないうちに、彼女は部屋に備え付けの流しから水をやかんに汲んでくると、
「えい」
とやかんに魔力を込める。
たちまちやかんの中の水が沸騰する。
「魔理沙ね?そんないい加減なお湯の沸かし方を教えたの」
「えへへ~。でも便利だよ」
「そこそこにね。ふふ…」
「あははははっ」
「…それで、何のお話なの…?」
フランは笑顔で喋りかけてきたが、その笑顔にはやはり影がある。
大好きな魔理沙に、もう半年近く会えていないのだから無理も無い。
私とだって同じようなものだ。
それでも私の来訪に素直に喜んでくれている彼女に、私は胸の内が暖かくなった。
「とても……いい話よ」
フランが淹れてくれた紅茶は、御世辞にも美味いとは言えなかったが、彼女の心が篭っていて、私の心の味覚が間違い無く美味だと絶賛する。
味自体は悪くない。
普段から咲夜や小悪魔といった、紅茶の淹れ方が上手い連中の淹れてくれたものを飲んでいるせいか、どうやらすっかり紅茶党になってしまっていたらしい。
カップ半分まで飲んでから、これが「レミィ達専用の紅茶」で無く普通の紅茶――――アールグレイだと気が付く。
フランの心遣いに、また胸の内が暖かくなった。
そのことについて礼を言うと、彼女は恥ずかしそうに、けれどとても嬉しそうにはにかんだ。
私は吸血鬼の紅茶でも美味しく飲めるのだから気にしなくてもいいという言葉は心の奥にしまっておく。
最初の一杯を飲み干した後、向かい合って座るフランに、私は今回ここに来た目的である、「とてもいい話」をすることにする。
「……まず、最初に言っておくわ。話の途中で私に質問したり意見したりするのは禁止。腰を折らないで欲しいから。怒ったりするのは論外よ。それが守れるのならお話しするわ。……どう?」
「う…うん」
フランが頷き、私の要求を了承するのを確認してから、私はゆっくりと話し出す。
「まずはこの話が最後まで上手く行けば…フランは、魔理沙とずっと一緒にいられるわ」
「!!本当!?それ本当なの?パチェ!!」
「ええ本当よ。いいわね。最後まで、よく聞くのよ」
「うん!」
念を押してから本題に入る。
私は持ってきた鞄の中から、蝋燭を二本取り出す。
それぞれ長さが違う。
両方とも銀の燭台に刺してある。
「問題。この蝋燭に同時に火をつけると、どちらが先に燃え尽きてしまうでしょうか」
「?パチェ~、もしかして馬鹿にしてるの?そんなの短い方に決まってるじゃん」
「そう。短い方が先に燃え尽きるのは道理よね」
私は指先に小さく魔力を込めて、二本の蝋燭に同時に火を点けた。
細い炎が揺らめき、蝋が熔ける匂いが充満し始める。
「これが何なの?」
私は黙って、燭台のこちら側を彼女の方へと向けた。
「あ…」
燭台には、長い方が刺さっている方に「フランドール」、もう片方には「魔理沙」の文字。
「この蝋燭はね、命なの」
「命?」
「そう、命。寿命ね。寿命は解る?」
「知ってる……」
「そう。なら話は早い。貴女は今、短い方が先に燃え尽きると言った。短い方は魔理沙。蝋燭は命。このままでは先に魔理沙が燃え尽きてしまう。……死んでしまう」
「嫌!!!!」
フランが激昂しテーブルをダンと掌で叩く。
彼女の力に耐えられるように魔力でコーティングされている筈のテーブルに亀裂が入る。
まだ大丈夫そうだが長くは持つまい。
後で咲夜に言って新しいものを調達させよう。
「落ち着きなさい。話、止めるわよ?」
「う……」
暴れ出しそうなフランを抑え、私は話を再開する。
「これはね…人間という種と、吸血鬼という種の、絶対に埋められない差の一つなの。どうあっても、人間は吸血鬼と同じ時間生きていられない。加えて……」
私は鞄からカンテラを取り出した。
「これは魔法のランタン。大気中のマナを吸い、永遠に灯りを提供してくれる」
長い方の蝋燭を隅に押しやり、代わりにランタンをそこに置く。
「このランタンがフラン、貴女。吸血鬼は寿命と言う概念は無いから、さっきの蝋燭よりこちらの方が比喩の対象とするに相応しいわね」
「……このランタンは消えないの?蝋燭みたいに」
「ええ。壊れない限り。つまり、これを吸血鬼とするなら、殺されない限り、死ぬことは無い」
「でも…蝋燭は…魔理沙は……」
「理解した…?フランはずっと生きていられるけれど、魔理沙は死んでしまうのよ」
「――――――――――――ッ!!!」
……………………………。
………………。
………。
沈黙。
「……これが、現状」
「そん…な……」
フランは、まさに茫然自失といった体だった。
……無理も無い。
「ずっと……一緒に居られると……思っていたのに……そんな……うそ…ぁああああああああああああああ」
フランの瞳から、大粒の涙が溢れ出る。
「あぁぁぁああぁあ……!いやだぁぁぁ……!ふわぁぁぁぁああああああん!!!魔理沙ぁ!まりさぁ……!!いやぁぁぁぁ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
感情が爆発する。
地団駄踏んで、大声で泣き出してしまった。
その表情があまりに悲しくて、心が痛んだ。
「フラン!しーっ!落ち着きなさい!!レミィに見つかるわ!」
流石に慌てた。
今のフランを見たら、私はレミィに血を半分持っていかれるかも知れない。
それほどまでにひどい泣きっぷりだ。
このままではフランをいじめたとして屋敷中の顰蹙を買ってしまうのは火を見るより明らかだ。
急いで泣き止ませなくては!
「フラン!!聞きなさい!!!」
「!」
「ごほっ!げふんげふん……い、いい……?最後まで話を聞くって約束……思い出して…ゼェゼェ…はぁはぁ」
無理に大声で怒鳴ったものだから……喉が……。
大声を出したのは何年振りだろう?
私の喉の痛みを代償に、フランはビクリとなって泣くのを止めてくれた。
だが涙はまだ止まらない。
素早く話題を明るい方向へ向けなくては。
レミィ達に見つかることより、これ以上フランのあんな悲しい泣き顔を見たくない。
「さっき…私は最後に何て言ったか覚えてる……?「現状」。そう言った筈よね」
「ふぇ…?そ…そうだったっけ……」
「そうなの…げほ。いいかしら?……ここからが本題なのよ…。この話が「とてもいい話」である所以」
ふぅ。
なんとか落ち着いてきたわ……。
さてと…ここからが本番。
「人間と吸血鬼の違い……まだまだたくさんあるけれど、とりあえず今言った違いは解ったわよね」
「う…うん……」
涙目で、健気に頷いてみせるフラン。
認めたくないけど認めるしかないという葛藤。
……いけないわ。
今はそんな場合じゃない。
「本当…なんだよね」
「ええ…残念ながらね」
「……」
「そんな顔しないで。これから教えることをよく聞いて、また笑って頂戴」
「……」
こくり、とフランが頷くのを確認し、私はゆっくりと喋り出す。
「吸血鬼と人間。両者が互いに一緒に居たい、とどんなに願ったとしても、人間にやがて訪れる寿命による死は逃れられない絶対運命。でも……それでも一緒に居たい。ずっと、ずっと一緒に居続けたい。……そうよね?フラン?」
「!う、うん!私…魔理沙とずっと一緒に居たいよ!何時までも、ずっと、ずぅ~っと一緒に居たい!!!」
弾かれたようにフランが叫ぶ。
……期待通りの反応……!
「なら……どうすればいいと思う?」
「え…。どうすれば……?」
「そう、どうすれば」
「!!どうにか…出来るの?」
「出来るわ」
私は断言した。
きっと今の私は、最高の笑顔でいるに違いない。
笑っているつもりは無くても、笑みが零れるのを抑えきれない……!
「本当に?嘘じゃない?やったぁぁ!!」
歓喜に震え、歪な翼を大きく拡げて、フランは満面の笑顔で笑いながら部屋中を所狭しと飛び回った。
「いっしょ!一緒!一緒!!ずっと一緒!ずぅ~っと一緒!!!一緒ぉ!!!あああああああっはははははははははっはっははっははっははっはっはははっはっははああっは!魔理沙と一緒ぉ!!魔理沙まりさマリサ一緒一緒一緒!!!!あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!」
その笑みは狂気の笑み。
禁欲とほぼ同義だったこれまでの期間が、私の思った通りにフランを壊していた……!!
こうなっていれば、後は簡単だ。
もう止まらない。
誰にも止められない!
止められるものですか……!!
「くっ…くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく………あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは………」
もう、無理。
私モ笑イガ止マラナイ。
「…パチュリー様、お呼びですか?」
相変わらず、物音一つ立てずにやってくる。
初めの頃は驚いてばかりだったが、もういい加減に慣れた。
「呼ばなかったら貴女はここにはいない筈よ?咲夜」
「ふふ、道理ですわね」
「掛けなさい。立ち話では済まないぐらい大事なお話なのだから」
「では」
ここはヴワル図書館の奥にある、私の書斎兼自室。
プライベートという意味では私の真の城だ。
私の体格には大きすぎる机に、向かい合うように椅子を用意して咲夜を座らせた。
「相変わらず、もの凄い資料の山ですね…あら?」
咲夜は私の目の前にある本を見て怪訝な表情を浮かべた。
チッ……思ったより目ざとい女だ。
最も、細かい所まで目が行き届かないようではメイド長など到底務まらないだろうけど。
内心舌打ちするがもう遅い。
もう用が済んだのだから、彼女を呼びつけた時点で隠しておくべきだった。
……だが、まぁいい。
見られて重大な弊害が起きる訳でもない。
「これは…スカーレット家の家紋?パチュリー様、スカーレット家のことを調べていたんですか?」
「ええ…。レミィ達スカーレットの吸血鬼一族はとても興味深い歴史、秘密等が多々あるのよ。その数はかなりのものになるから、こうして暇を見つけてはチマチマと資料を漁っているの」
嘘だ。
だが私は完全なポーカーフェイス。
自慢じゃないが、レミィだって騙し通した実績がある。
私はスカーレットの家紋が記されたその本を手に取ると、机の横にある書架へと置いた。
だいぶ前からここに置いてあった本だ。
怪しまれることは絶対に無い。
咲夜もそれ以上はつっこんでこなかった。
特に気にしている様子も無い。
「それで…私にお話とは?」
「……他でもないわ。妹様の件よ」
咲夜の表情が固くなる。
「手伝って欲しいことがあるのよ」
私は机の引き出しから一冊の本を取り出した。
「これは、時間を操る魔法を記した魔道書なの。魔理沙には内緒よ?すごく貴重なんだから」
「時間……」
「この本に記されている魔法、そのうちの一つ。「加速結界」を妹様の部屋へ掛けます」
「「加速結界」?それは、いったい……」
「結界内部の時間を加速させ、結界外部…つまり通常空間から隔離する。結界内部は外部よりも時間の流れが速くなるの。その気でやれば、人間を放り込んで加速速度を急激に速くする事で、大体一週間程度で老衰死させることも出来るわ」
「……!」
「これを妹様の部屋に掛ける訳だけれど、当然このまま掛けるわけには行かないわ。普通に掛ければ、加速された時間の分、吸血鬼としての年季がレミィを上回ってしまうからね。そうなったらもう八雲 紫クラスの妖怪と霊夢が組まなきゃ抑えることが出来ない、強力な吸血鬼が出来上がってしまうもの。長い年月を経た吸血鬼は非常に強大な存在になるからね。実際に掛ける「加速結界」は、内部の「時間感覚」だけを「加速」させて、長い年月を妹様に錯覚させることが目的。……貴方にはこれから出す指示通りに時間操作をして貰うわ。……何か質問、ある?」
「時間の感覚だけを加速させて…どうなさるおつもりですか」
「……非常に冷酷で、最低の行為よ。妹様には、永い、永い年月を過ごしたと思わせることで魔理沙への想いを磨耗させ、忘れさせてしまうの。その間、幻影魔法で偽りの紅魔館を妹様に見せ、妹様の傍にいるのは私達だけ…そう思わせる。まさに悪魔の所業よ」
「………………!このことは…お嬢様に?」
「これから」
「……わかりました………。それが、妹様のため……そうですよね?」
「ええ……。咲夜、多分、貴女のことも忘れてしまうわ。それを……」
「私は人間ですからね。あるいは私もお嬢様やパチュリー様みたいに、無限に時を過ごすことも出来るのでしょうが……今はその気はありませんし……」
「………」
「お嬢様をお呼びしますか?」
「いいわ。自分で話しに行く」
「かしこまりました……」
咲夜が出て行った後。
私は部屋の隅へと置いてある水鏡へと足を向けた。
水鏡を手に、机へと引き返す。
「…………………………」
精神を集中させ、心の中で短い呪文を唱える。
やがて…。
水鏡が淡い光を放ち始める。
これでいい。
「あー。妹様。聞こえますか?私です、パチュリーです」
水鏡に向けて話しかける。
別に気が変になったわけではない。
これは魔法を使った遠距離通信の手段なのだ。
同じ遠距離通信の手段として念話があるが、それだとレミィにこの会話を聞かれかねない。
最初に敬語で話しかけたのは、万一の用心の為。
フランの部屋に、他の誰かが居ては私とフランの関係がばれてしまう。
表向き、私はフランと親しくは無いのだ。
そのうち解るのはいいのだが、今、この段階ではばれないほうがいい。
異変を察知されない為に、細心の注意が必要なのだから。
話しかけて数瞬。
水鏡の向こうに、フランの姿が映る。
「やっほー、パチェ!大丈夫だよ。私だけだから」
「そう、それはよかった」
「ねぇ、パチェ。どうして協力してくれるの?」
「…友達だから…じゃ駄目かしら?」
「ううん。そっか!パチェもお友達なんだよね。うんうん!」
にこにこと笑うフラン。
邪気の無い笑顔が眩しい。
「…咲夜に結界の話をしたわ。もうじき結界を張るけれど…。我慢して、大人しくしていてね」
「任せておいて。我慢すれば…たった二ヶ月我慢すればいいんだよね。そうしたら……」
「ええ……。魔理沙は」
「私のもの」
……あれから二ヶ月が経った。
今度こそ、フランに会う。
揺ぎ無い決意を胸に、霧雨 魔理沙は再び紅魔館へとやって来た。
(もう待てない。邪魔すると言うのならどいつもこいつもぶっ飛ばしてやる。その為の準備もしてきた)
門番が魔理沙の姿を認めると、笑顔で迎えてくれたのだが、今の魔理沙は気にも留めない。
寂しそうにしながら門番が門を開けると、魔理沙は脱兎の勢いで屋敷の中へと飛び込んで行った。
「確か、フランの部屋の前で集合…だったな」
フランドールの部屋は紅魔館の最奥に位置する。
このまま走っていてもそこまで辿り着くにはだいぶかかる。
魔理沙は手にした箒に跨ると、一気に箒を加速させる。
館の主が翼で自由気ままに飛び回れるように設計されているだけのことはあって、紅魔館内部はほぼ全ての空間が通常より大きく広くなっており、魔理沙は天井すれすれを飛べば住人達には迷惑を掛けずに進むことが出来る。
全速で飛ばした甲斐あって、ものの数分もしない内に、目指すフランドールの部屋まで辿り着く。
部屋の手前に、パチュリーとレミリアの姿を確認すると、馴れた手順で箒を減速させていく。
「こんにちは、魔理沙」
「……」
パチュリーは微笑を浮かべ、レミリアは無言で、それぞれ魔理沙を迎える。
「……約束だぜ。私はフランに会う」
魔理沙の身体に緊張が走る。
ここで拒むようならどうなるか……そう思わせるには充分の気迫。
「フランは中よ」
レミリアが無表情に、静かに告げた。
「…?」
魔理沙はレミリアの顔を見て、怪訝な表情を浮かべた。
一瞬だったがレミリアの表情に冷ややかなものが過ぎるのを見逃さない。
(……?気のせいか?)
魔理沙はもう一度レミリアを見るが、彼女は先程と同じ無表情だ。
何にも興味が無いような…そんな表情。
(いや…今は)
魔理沙はこれ以上それを追求するのを止めた。
今考えるべきことではない。
そんなことはどうでもいいことなのだ。
「開けるぜ」
返事を待たず、魔理沙はフランドールの部屋とこちら側を隔てる、厚く重い扉を押し開けた。
部屋の中は、最後にここに来たときと大して変わっていないようだった。
私は部屋に入って直ぐに、彼女の姿を探した。
……彼女は、部屋の端のほうにある大きなソファの上で、猫のように丸くなって眠っていた。
久々に見る、フランの顔。
愛くるしい寝顔。
心臓の鼓動が五月蠅いくらいに感じる。
会いたかった!
駆け出したい衝動を抑えて、私は一歩一歩踏みしめるようにしてフランのもとへと歩み寄って行く。
一歩ごとに、今まで会えなかった分の気持ちを込めるように。
「フラン!起きなさい!」
だが、そんな私の想いを足蹴にするように大声を出して、私を追い抜きフランへと駆け寄るレミリア。
内心ムッとするが、同時に妙な気もした。
今のレミリアは、どこか慌てているように見えた。
なぜ?
…が、結局このことについての答えは見つからなかった。
もう、フランの目の前だからだ。
「フラン…さぁ起きて」
「ん…ぅぅ…」
レミリアがフランを抱き起こし、急かすように「起きろ」と言う。
目を擦り、不機嫌な声を出して、フランが眠りから覚めた。
「ん…なぁに?お姉さま」
「フラン。貴女にお客様よ」
レミリアが私を見た。
その目は…冷たい。
こいつ……。
今、何て言った。
「お客様」。
確かにそう言った。
何故、「お客様」なんだ?
私とフランは知らない中じゃない。
魔理沙だと言えば事足りるだろうに。
何を考えている……?
……だが、この思考はそこまでだった。
……目覚めたフランが、泣きながら私の胸に飛び込んできたからだ。
「魔理沙ぁぁぁぁぁ!!!」
「うわぁ?!フッフラン……あいたっ」
押し倒されてしまった。
「魔理沙!魔理沙!本物の魔理沙だ!わぁーい!!魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙!!会いたかったんだからぁ!!…うう…わぁぁぁん!あぁぁぁ~ん……!!」
馬乗りの格好で泣きじゃくるフラン。
嬉し泣きしながら無理矢理私を抱き起こすと、今度は思いっきり抱き締められる。
少し痛かったが、私ももの凄く嬉しかったので、負けじと抱き締め返した。
あれ?
不意に視界が曇る。
気が付けば、私も泣いていた。
フラン…。
自覚すると、もう駄目だった。
何も考えられない。
フランのことしか頭にない。
あぁ、フラン、フランフランフランフランフラン……!!!
今、この瞬間、私は確実に狂っていたかも知れない。
もう、他のことなどどうでもよかった。
もう、かれこれ一時間ぐらいはこうしていただろうか……。
が、実際はどうやらほんの4、5分程度だったらしい。
フランの肩越しに見えた掛け時計が、時間の経過を私に教えてくれた。
……と。
この時になって、私は漸く、私とフランを包む雰囲気が妙なことに気が付いた。
…なんだ?
妙な違和感。
まるで、何か異様なものを見ている人間が放つ雰囲気に似ている……。
抱き合っているせいであまり自由にならない首を回して、その雰囲気の元凶を探す。
そしてそれはすぐに見つかった。
「レ…ミリア……?」
レミリアは、まるで得体の知れない怪物でも見ているかのような目で、私達を…否、フランを凝視していた。
その表情は蒼白で、魂が抜け落ちてしまったかのように呆然としていた。
彼女の小さな身体はカタカタと震え、ブツブツと聞き取れない片言が唇から漏れていた。
不意に、私とレミリアの視線がぶつかった。
……その瞬間。
レミリアの、真紅の瞳が火を噴いた。
「パァァチェェェェェ!!!!!!これはぁッ!!どう言うことぉぉぉッ!!!!!!!!!!」
悪魔の翼をぐわっと開き、右足を床に叩きつけるように踏み鳴らす。
鈍い音がしたと思ったら、足が床をぶち抜いていた。
その形相はまさに悪魔だった。
怒り狂った悪魔の顔だ。
私はそれをまともに見てしまう。
背筋が凍りついた。
身体がガタガタと震えだす。
まるで、強風の日の、立て付けの悪い雨戸だ。
恐怖。
絶対零度の空間に放り込まれたかのような。
自分の身体が自分のものではない感覚。
恐怖の震え以外、まばたき一つも出来そうに無かった。
次の一言を聞くまでは。
「なんでっ!!何でフランが!!!魔理沙のことを覚えているのッ!!!!!!」
「な…に…」
な…何を言ってるんだ、こいつは……!?
「……お姉さま」
凍った背筋が砕けそうになった。
「五月蠅い」
私の胸の中で、氷のような声がしたかと思うと、次の瞬間、レミリアが部屋の壁に叩きつけられた。
巨人の手で薙ぎ払われたかのような、猛烈な勢いで壁に激突する。
フランが睨んだ、ただそれだけで何も無い空間に魔力が凝縮され、それが衝撃波となってレミリアを吹き飛ばしたのだ。
「魔理沙が怖がってるでしょ。少し黙っててよ」
フランの声だった。
私は見てしまった。
フランの瞳を。
壁にめり込んだ姉を見るフランの目を。
………虫を見るような目だった。
「あ…」
私は気力を掻き集めて、声を出そうとする。
状況が解らない。
何故、レミリアは怒って…。
それに…フランが私を覚えてる…?
いったい、何のことだ…?!
「ど…どういう…ことだよ……」
必死の思いで出した第一声は、この状況を問う質問だった。
「知りたい…?」
パチュリーが微笑みながら傍にやって来た。
その笑みに理由は解らないがゾッとするものを感じたのは…気のせいだろうか?
「でも、それは後で。今はそれどころじゃないようだし。私はとばっちりを喰いたくないから、退散させてもらうわね」
言うが早いが、パチュリーは踵を返すとあっという間に部屋から去っていってしまった。
…とばっちりとは言うまでも無く、レミリアとフランの姉妹喧嘩のことだろう。
レミリアがまだ何もしてこないのが怖いが、私と密着して何事も無かったかのように、にこにこと笑っているフランも怖い。
間違い無くとばっちりを喰うのは目に見えている。
「な、なぁフラン?場所、変えない?」
とりあえず提案してみる。
レミリアが動き出す前にさっさとここから逃げ出したい。
「いいけど……ちょっと遅かったかな」
「え」
「フラン……覚悟は出来てるんでしょうねぇ」
壁から身体を引っぺがし、レミリアがこちらをギロリと睨んでいる。
……あ~あ、巻き込まれちまった。
自分だけさっさと逃げるとは……恨むぜ、パチュリー。
さっきみたいな怖さは無いが、やっぱりレミリアが怒ると怖い。
さっきのレミリアに、凄い恐怖を感じたばかりなので、今のレミリアにほんの少しだけホッとする。
今はどうやら、先程のフランの攻撃に立腹しているだけらしい。
……?
では、さっきの怒りはいったい何なんだ?
………後でパチュリーの奴に聞いておこう。
そこまで考えた時だ。
フランがもの凄く不機嫌な声を出した。
「もう!お姉さまったら!静かにしててよ!それでどっか行っててよ!!私は魔理沙とお話して、遊んで、それで…」
フランが私の身体を締め付けた。
い…痛い……!
「ちょっ…痛い。痛いよ、フラン……!!」
「それで…何?」
レミリアがこめかみをひくつかせながら歩いてくる。
「あぐっ」
レミリアが一歩近づいて来る度に、フランの腕に込められた力が強くなり、私をきつく締め上げる……!!
「いた…痛いよ…フラ…ん…」
私の声が聞こえていないのか、無視しているのか。
フランはどんどん私を締め上げて……。
「おやすみ♪…魔・理・沙☆」
一際強く身体を締められて。
…私の意識は、闇に飲まれた。
……ごめんね、魔理沙。
痛くしてごめんね。
私の腕の中でぐったりとした魔理沙に心の中で何度も何度も謝った。
……早く終わらせよう。
そして魔理沙に謝らなきゃ。
私は魔理沙を、えーっと確か、「お姫様抱っこ」とかいう感じで抱き上げた。
「何処へ行こうと言うの?フラン」
「お姉さまがいないところ。邪魔されたくないんだもん」
「お話して、遊ぶんでしょ?なら、私も混ぜて欲しいなぁ……。ねぇ、いいでしょう?」
お姉さまが微笑みながら話しかけてくるけど、無論、本当に笑っているわけが無い。
それに……これからすることに、お姉さまはきっと邪魔。
「嫌」
「どうして?私に…言えないこと?見せられないことかしら?」
「そうだよ。お姉さまは絶対、私の邪魔をするに違いないんだから。だから絶対教えない。ついてこないで」
私は言って自分で少し驚いた。
今、お姉さまみたいに喋ってた。
私だって必要になれば、お姉さまみたいに冷たくなれるんだ。
うん、ちょっと満足。
私も立派な、一人前の吸血鬼だね!
「へぇ…?そう。どんなことなのかしら」
お姉さまはそれでもまだ、しつこく聞いてきた。
五月蠅いなぁ。
わかったわかった、答えてあげるよ、仕方が無いお姉さま。
これ以上、時間を潰したくないし。
特別サービスで、笑顔で答えてあげる。
「……魔理沙のね、血を吸うの」
笑顔は完璧。
きっと私は最高の笑顔。
自分で言ってて最高に幸せな気分。
そう、魔理沙の血を吸うの!
想像しただけで心の中が暖かくなって、幸せな気分でいっぱいになっていくわ!
「あ……貴女、何を言っているの!?」
お姉さまが目をまん丸に見開いて私を見た。
信じられない、といった風だ。
「やめなさい!!」
次の瞬間、お姉さまが咆えた。
顔がもの凄く怖くなって、凄い殺気。
刺すような怒りをぶつけてきた。
「貴女!まだ一度だって吸血を行ったことが無いでしょう!!魔理沙を殺す気なの!?」
「何を言っているの?お姉さま。魔理沙を殺す訳無いじゃない」
「貴女は血の吸い方を知らないでしょ?魔理沙は人間なの。どんなに強くても、人間なのよ?」
……ああ、そうか。
「お姉さまは、私が血の吸い方を知らなくて、吸い過ぎたり、壊してしまうと思っているんでしょ」
「…そうよ。貴女にはまだ吸血の仕方を教えていないもの」
お姉さまが我が意を獲たり、といった感じで嫌味たらしく笑う。
けれど残念。
「あは!残念でした~!パチェを脅かして、あいつの持ってたホムンクルスとかいうので何度も練習して上手になったから平気だもんね!」
「な…!?」
お姉さまは、突然冷水を頭からかけられたような顔になった。
いい気味。
……パチェから借りたホムンクルスという人形は良く出来ていて、血を吸い過ぎたり、人間が死んでしまうようなことをする度に警報が鳴ったりして面白かった。
本物の人間そっくりに良く出来ていたので、私はもうすっかり吸血が上手になったわ。
パチェからは借りたんだけれど、口止めされてるから脅し取ったってことにしておかないとね。
「と、言うことだから、お姉さまは何も心配することなんて無いんだよ?だから邪魔しないでね」
私は魔理沙を抱えたまま翼を広げる。
こんな、お姉さまがいるような無粋な場所で血を吸ったりしたら、私と魔理沙の、二人のラブラブな雰囲気がブチ壊しよね。
開け放たれたままの扉へと向き直った。
そのまま飛び立とうとして。
私は一気に跳躍した。
背後から飛んできた紅い光弾が、一瞬前まで私が立っていた場所に叩きつけられた。
振り向くまでも無いけれど、一応振り向く。
攻撃してきたのは、当然だけど、お姉さま。
「……なんで」
私はゆっくりと床に降り立つ。
「なんで邪魔するのかな?私はもう下手糞な半人前の吸血鬼じゃないよ?」
「……貴女がちゃんと血を吸えるようになったという事が事実なら、とても喜ばしいことだわ。私は素直に、貴女の努力を評価するし、凄いよ、偉いね、って褒めてあげる。嬉しいわ、フラン」
「ありがと」
「……でもね。それとこれとは話が別。たとえ貴女が血を上手に吸えるようになったとしても、まだ人間の…魔理沙の血を吸わせるわけにはいかないわ……!」
「………!」
……ああ、もう。
さっきから、何?
邪魔しないでって言っているのに。
うざい。
「53‡‡†305))6*;4826)4‡.)4‡);806*;48†8 」
何をごちゃごちゃ言っているのオネエサマ。
「¶60))85;18*:‡*8†83(88)5*†;46(;88*96)」
ああ…もう…!!
「 」
もう何を言っているのか解らない。
理解したくも無い!
五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い喧しい喧しい喧しい喧しい喧しい喧しい喧しい黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ喋るな喋るな喋るな喋るなウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレ!!!!!!!!!!!!!!!!!
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「るっさいなぁぁぁぁぁ!!!邪魔しないでって言ってるでしょおおおおおおッ!!!!!!」
私の周囲に、紅い魔力弾が大量に生み出される。
空間が軋む異音を発して具現化したそれは。
「マジックミサイル?それは魔理沙の……!」
「……行け!!!!」
私の合図で一斉に魔力弾がお姉さまに向かって飛んで行く。
魔理沙から教えてもらった魔法。
私なら呪文無しでこんなに撃てる、まだまだ撃てる、撃てちゃうの。
大量に生み出したミサイルは、狙い違わずお姉さまに向かって、雨のように降り注ぐ。
「チィっ!!」
お姉さまは舌打ちすると、無造作に腕を払った。
たったそれだけの動作で。
飛来するマジックミサイルの大半を叩き落した。
「貴女のそれは、威力だけはあるけれど魔法としては純度が甘々よ。魔理沙の方がよっぽど上手ね」
「当たり前でしょ」
言いながら更に魔力弾を生成。
魔理沙に教えてもらったんだもん、魔理沙の方が上手に決まってるでしょ、馬鹿なお姉さま。
「無駄よ」
お姉さまの周囲に幾つもの魔方陣が展開。
お姉さまの得意な魔法の一つ、「サーヴァントフライヤー」だ。
弾幕ごっこの時より遥かに魔方陣の数が多いし、一つ辺りの魔力が桁違い。
かわせない事も無いけれど……。
「魔理沙…ちょっと待っててね」
ベッドの方まで一気に飛ぶ。
私は気を失ったままの魔理沙をそっとベッドに寝かせた。
「……」
お姉さまは、私が魔理沙をベッドに寝かせてそこを離れるままで待っていてくれたみたい。
嬉しくも何とも無いけれど、待ってなかったら絶対に許さない。
「すぐ終わらせて、続きをしようね」
ちゅっ…。
魔理沙の唇に軽いキス。
私がベッドから離れると、お姉さまが腕を組んで待っていた。
威厳たっぷり、流石はスカーレット家の当主。
でもそんなの関係もん。
「フラン、言って解らないようなら腕ずくで教育してあげるしかないわね?」
「お姉さまがワケの解らない理由で邪魔するからだよ」
邪魔をするなら、ドイツモコイツモ敵ダ!
お姉さまの右腕がゆっくりと挙げられていく。
「一週間は再起不能を覚悟しなさい」
「……」
お姉さまの指がパチンと鳴った。
魔方陣から蝙蝠を象った魔力の矢が一斉に撃ち出される!
小賢しい。
さっきお姉さまがやったように、腕で薙ぎ払ってもいいんだけれど、それじゃ互角みたいで面白くない。
私は飛んで来る魔力の矢を「視る」。
蝙蝠どもの中心部。
お姉さまらしい、繊細で良く作りこまれた魔法。
でもだからこそ。
その「目」はどれもこれも同じ場所にある!
精神同調。
捕捉対象全てを標的として認識。
接続……終了。
状況開始。
……爆ぜろ!
私の命令で、飛来する全ての魔力の蝙蝠は一斉に爆発、飛散する。
これら全ての過程は全部一瞬で終了する。
当然よね、私が思えばその瞬間にすべて実行されるんだから。
格好つけて手順っぽいものを考えてみたけれどやっぱり面倒くさいや。
爆煙の中からお姉さまが飛び出してきた。
なるほど、目眩ましか!
でも甘過ぎだよお姉さま!
お姉さまの爪が、もの凄い勢いで振り下ろされる。
吸血鬼の振るう一撃は、鉄だって濡れ障子だ。
だけど…。
「ぬるい!!本気でやれば!?」
私は軽く身を引いてそれをかわすと、お姉さまに遠心力をたっぷり乗せた回し蹴りを叩き込む!
「ハッ!」
蹴りを左腕で受け止めた!?
「力技だけでは勝てないのよ!覚えておきなさい!!」
お姉さまの四肢が消えた。
同じ吸血鬼なのに!!
動きが見えない!!
「カァァァァッ!!」
容赦の無い連撃が私を襲う。
「獄符「千本の針の山」!」
連撃の合間にスペル!
千本の魔法の刃が拳と蹴りに混ざって残らず私に叩き込まれた。
ちぃ!!
まともに貰っちゃった!
「ぐっ…」
だけど…やられっぱなしでいるものか!!
「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
激しい乱打。
私は力一杯お姉さまを殴り、蹴り、撃ち抜く!!
「ちっ…」
このままじゃ埒が開かない。
今の私達は己の肉体を使った攻撃だけで、台風みたいになっていた。
力は私の方が上、技はお姉さま。
互角だ。
お姉さまはそれを嫌ったみたいで、その腕に魔力を急速に集め始めた。
「寝なさい!!」
紅い光がその手に現れ、眩い光を放ちながら、槍の形を成して行く!!
「ハートブレイク!!」
「っが!!」
魔力の槍が私のお腹を薙ぐ。
痛い…!
「そら!」
よろめく私に、お姉さまは魔力の槍を投げつけた。
回避できない!!
「ぎゃっ」
可愛くない悲鳴。
私は天井にめり込んでしまった。
「いてて…?」
!!?
「紅符「不夜城レッド」」
お姉さまの姿が視界に入ったと同時に、視界が血の色に染まる……!!
幻想郷の夜に、派手な轟音が轟く。
紅魔館の地下、フランドールの部屋から、屋敷の屋根を貫いて巨大な紅い光の柱が噴出する。
その紅い光の中に、レミリア・スカーレットがいた。
右手に紅い光の槍を持ち、左手は彼女の妹、フランドール・スカーレットの首を絞め上げていた。
「いい加減になさいな。これ以上は本気でやるわよ」
「ふん、だ…!そんなこと言ってる暇があったら、首の一つや二つもいだらどうなのさ!!」
瞬間、フランの身体から強烈な魔力が放たれる。
「!」
レミリアは即座にフランドールを地面に向けて投げ捨てた。
「あはぁ」
が、フランは空中で体勢を立て直すと、レミリアから距離を取り、右手を天に向けて突き上げた。
その手に愛用の杖が出現する。
「フラン……!!」
「お姉さまは何で邪魔するのよ!!私が何かしたいって言ったら、いっつも駄目!ダメダメダメダメダメダメダメダメダメ!!!そうか……そうかそうかそうかそうか!!!私から魔理沙を奪うんだ!!?」
その瞳は血の色よりも紅く。
狂気に染まっていた。
「ちょ……そんなことは言って……」
「やかましい!!!!」
空間が軋む異音。
フランの姿がブレて見え……。
禁忌「フォーオブアカインド」。
四人に増えたフランが一斉に杖を構え、声高らかに呪を叫ぶ。
「レーヴァテイン!!!」
四人のフランが手にした杖が、歪な、紅い光の剣と化す。
「な…」
レミリアの表情が驚愕に歪む。
「貴女…いつの間にスペルの二重起動(ダブルタスク)を使えるように……!?私はまだ教えていないのに……」
「魔理沙が教えてくれたのぉ…」
四人のフランがうっとりとした声で同時に答える。
魔理沙の名前を口にする時、その表情は四人とも恍惚としていた。
「お姉さまみたいな役立たずじゃないのよぉぉぉぉぉっ!!!!」
「壊れちゃえぇぇぇ!!!!」
「邪魔するお姉さまなんか大っ嫌い!!!!」
「魔理沙は私のものなんだからあああああッ!!!!」
恍惚の表情から一転、四人のフランは口々に姉への呪詛の言葉を吐き出しながら狂気と憤怒の形相になり、一斉にレミリアへと襲い掛かった。
「ああもう!どうしてこうなるのよ!!」
悪態をつきながらレミリアは、レーヴァテインを振りかぶりながら襲い掛かってくる四人のフランを迎え撃つために己の魔力を右手に集約する。
「あははははははぁ!!!死んじゃえぇぇ!!!ばかぁぁぁーっ!!!!」
「勝てると思うなっ!愚妹がぁッ!!」
紅い光の槍が、強烈な光を放つ。
「!?」
その輝きに、四人のフランが思わず後ずさる。
神槍「スピア ザ グングニル」。
レミリアの右手に、血よりも紅き、輝く巨大な光の槍が出現する。
「増えたところでッ」
「!!」
「姉に勝てる道理は無い!!!」
それは信じられない速さで行われた。
レミリアの手にした槍が、一瞬の内に、四人のフランの内一人を貫いたのだ。
「へ…?え…」
自分の身体に巨大な風穴を開けられたことが信じられない。
「あ……」
あまりの出来事に呆然とするフラン。
だがレミリアは容赦しない。
既に彼女の右手には、再びグングニルが出現している。
(早っ…)
残りのフランがそう思った瞬間、今度は雷光の速度で肉薄したレミリアに、爪と槍とでもう一人のフランが手足をバラバラにされ地面に叩き落される。
愛する妹への仕打ちとは思えない、情け容赦の無い攻撃。
本体のフランが抵抗する間も無く、三人目も粉砕されてしまった。
レミリアは息一つ乱していない。
「今、私はすごく怒っているの。お姉さまを怒らせたらどうなるか……忘れたわけじゃないでしょうね」
「ぐ…ぐぐう……!」
「お仕置きよ。今度はパチュリーにミスしないように徹底させて、当分の間外出禁止にするわ」
「うああああああああああああああああああッ!!!」
レーヴァテインを振りかぶりながらフランは我武者羅に突撃をかける。
が、あまりに単純なその突撃が今のレミリアに通用する筈も無く。
「ハッ!!」
「くあっ!?」
振り下ろしたレーヴァテインを左手の爪で弾かれ、グングニルの柄でしたたかに殴りつけられ地面へと激突する。
「はぁっ!!」
グングニルが紅く輝いた。
レミリアの、より強烈な魔力が瞬時に槍へと流れ込み、グングニルが真紅の閃光と共に、倍以上の大きさに巨大化する。
「お仕置きよッ!頭を…冷やしなさい!!!!」
大地へめり込んだフランに、上空から更にグングニルを投げつけるレミリア。
大気を引き裂き、龍の嘶きの如き異音を発して、真紅の神槍はその狙いを違う事無く、雷の速さで大地へと吸い込まれるように叩き込まれた。
着弾と同時に、高密度の魔力を圧縮した槍のエネルギーが瞬時に炸裂、大爆発を起こす。
地上にあった木々をことごとく薙ぎ倒し、根こそぎ吹き飛ばしてしまう。
濛々と立ち込める土煙の中を、レミリアは油断無くゆっくりと降下していく。
「…少し、やりすぎたかな?」
……地面に、大穴が穿たれていた。
まるで月面のクレーターだ。
クレーターの底、土煙の奥に、仰向けに倒れたフランの姿があった。
衣服はボロボロで、全身傷だらけだ。
ぐったりとしていて、ダメージの大きさを物語っている。
レミリアが近付くと、緩慢な動きで反応を示した。
「少しは反省したかしら」
「だ…れが……ぐふっ」
レミリアは、フランの首に手を伸ばし、無造作に掴むと、その手に力を込めてギリギリと絞めあげにかかった。
「カ…は…」
「苦しい?止めてあげてもいいのよ。貴女が我侭を言うのを止めればね」
「ぐ…ぐぐ……!!」
首を絞められ、フランは自分の意識が急速に遠のいていくのを感じた。
呼吸ではなく、血液の循環を滞らせるのがレミリアの目的なのだ。
吸血鬼にとって、己の身体を巡る血流を止められることほど危険なことは無い。
力が全身に行き渡らないのだ。
武装解除されるのに等しい。
「どうするの?このまま意識を失う?それとも謝る?」
「ぐ…ぬ……!」
レミリアは首を絞める手に、更に力を込めて選択を迫った。
「魔理沙の血を吸うなんて真似は止めなさい」
「な…んで」
首を絞める力は、絞め殺す等という生易しいレベルから、捻じ切ろうと言わんばかりにまで達した。
「どうしてっ!どうして邪魔するのよっ!!?」
何度目の問いか。
捻じ切ろうと言わんばかりの怪力で首を絞め上げられながら、フランは激昂した。
遠退く意識を無理矢理に引き戻し、ありったけの気力で姉を睨みつけた。
己の首を絞める姉の手を、鋭く硬化した指の爪でバリバリと掻き毟る。
だがレミリアはそんなフランの抵抗などどこ吹く風といた様子で、フランの問いに冷淡に答える。
「子供の貴女にはまだ理解できないかしら。……スカーレットの一族の掟」
レミリアはフランの首を絞める力を若干緩めると、諭すようにゆっくりと語り始めた。
「第一に。吸血鬼、ことにスカーレットの者は優性種族である。……これはちょっと奢り過ぎだと思うのだけれど、スカーレット家が自ら称する、「夜の王」、「不死者の王」と言うのは間違い無くそう。私は夜の王たるスカーレット家現当主…ここ幻想郷のだけれど…私は、間違い無く」
レミリアの顔に笑みが浮かぶ。
何者にも屈さない、まさに「王」たる風格と気品を備えた、見るもの全てを畏怖させずにはいられない笑みが。
「そう、私は夜の王。スカーレット家当主、レミリア・スカーレット」
「…それが…何よ……!?」
「…脱線しちゃったわね。まぁ兎に角。スカーレットは王の一族。これは絶対。王と言うのはね。民を守り、これを治めなければならないわ。民の生を守り、これを絶対に害してはならない。……王を自称するからには、まぁ一応スジは通っている風に聞こえるけれど、実際は違う」
「……」
「吸血鬼は他者……人間の血液を吸わねば生きていけない。不老不死、永遠の存在である私達がそれを維持するのに絶対必要な行為。……厳密には、血を吸わずとも生きてはいけるけれどそれだと退屈だし。一種の、生きていく上での準必須行為。これが、吸血鬼の、吸血行為を行う理由の一つ。もう一つは、吸血鬼の繁殖行為ね。私達は人間と同じように異性と交わることでも繁殖出来るし、人間と吸血鬼の間でもそれは可能。ただ、そうした場合、相手が吸血鬼だろうと人間だろうと、生まれてくる存在は吸血鬼としては幾分か格が下がるか、人間と吸血鬼のハーフのどちらか。完全な意味での吸血鬼にはなれないわ。上位の吸血鬼なら、格が落ちてもそう酷いことにはならないけれど、これが下位の吸血鬼だと話が違ってくる。吸血鬼で格が低い者は、吸血行為無しでは生き永らえれない半端な存在。こんなのが世に蔓延れば、倍々ゲームで人間はあっという間に絶滅するわ。人間の血を吸わねば生きられない下位存在は当然、人間を捕食している妖怪達もほぼ全滅確定。私達も死にはしないけれど面白いことにはならないわ。……私達に、普通の生物が行う生殖行為は、快楽を得るため以外の目的は無いし持ってはいけない。……ここで疑問が一つ。では、私達吸血鬼は、どのようにしてこれらのことに触れないようにして繁殖するのか。……方法は二つ。一つは吸血鬼同士の生殖行為。ただしこの際、お互いの血液を交換し合う必要がある。お互いの血を認め合うことで、生まれてくる吸血鬼の格が落ちることは無くなり、場合によっては格の高い者が生まれる可能性も出てくる。吸血鬼という生き物は、魂からしてプライドで出来ているから、魂の情報である血液を互いに交換し認め合わせないとお互いの血を拒絶したり貶し合ったりして生まれてくる命の格を下げてしまうのね。……では、二つ目。吸血鬼が人間の血を吸う時、同時に自分の魔力の一部を流し込むことで、その者を吸血鬼へと変える事が出来る。外の世界で吸血鬼に血を吸われると吸血鬼になる、と言われて吸血鬼が恐れられている理由ね」
レミリアは一旦話を区切ると、フランを地面に叩き付けた。
「ぐぁ!!」
「さっきから人の手を掻き毟って…痛いじゃないの」
「はぐ!」
叩き付けられ、仰向けに倒れたフランの胸を思い切り踏み付けるレミリア。
その瞳は真紅で、血の色よりも真紅で、薄っすらとだが狂気の色が見え隠れしていた。
久し振りの戦闘で、過度に興奮しているのを自覚していない。
「大人しく、お姉さまの話を聞きなさい」
「う…ぐ……」
「……さて、ここからが掟のメインね。さっき言った通り、吸血鬼である私達は、人間の血を吸い、その時に魔力を…普通のとちょっと違うけれど、まぁ魔力だしね。…魔力をあげる事でその人間を吸血鬼とすることが出来るわ。そいつらを使役して己の勢力を拡大しようだなんて考える馬鹿もいるらしいけれど。そんなことして増えた吸血鬼なんて、さっき言った通り倍々ゲームで人間をあっという間に絶滅させてしまう。鼠算だっけ?まぁいいけど。ロクなことにならないわ。……そんなクソ面白くも無いことは禁止!ってことで、これを偉大なるスカーレット家の掟とする。何故なら我等は王の一族だからだー……ってね。これが第一条の裏側。表は最初に言ったとおり、民である人間を守ること。その理由として、吸血鬼へ変えてしまうことは民の命を弄ぶ事になる。我等は下賎な人間共とは違い、命を弄ぶ様な卑劣な真似は絶対にしてはならない。…ってのがあるわね。私もこれには賛成。生体実験は嫌いよ。パチェにも止めてもらったぐらいだもの。あの娘、昔は魔道の実験になると見境なくなる傾向があったから。……性的な意味での実験ごっこは好きよ?今度霊夢と遊ぼうかしら……」
グリグリと靴の踵でフランの胸を踏み躙りながら、レミリアは続けた。
「第二条は一条のオマケね。スカーレット家は王の一族だから、これが無闇やたらと増えちゃ不味いからね。これを防ぎ戒めるのが第二条。雑種や、権力って言ったらちょっと違う気もしないでも無いけれど変な争いを回避する為のものがこの第二条の真の意味ね。……聞いてるの?無知な貴女を教育してあげているというのに」
「聞いてるよ…っ」
フランは咳き込みながら、自分の胸を踏み付ける姉に敵意を剥きだしにして睨み付けた。
「そう。勉強になったでしょ」
レミリアの口に冷笑が浮かぶ。
「貴女は血の吸い方を覚えたかもしれないけれど。貴女が相手……魔理沙に、貴女の魔力を送らない保証は無いわ。故意かどうか関係無くね。魔理沙を吸血鬼にはしたくないわよね?そんなことしたら、私は魔理沙を殺さなきゃならなくなるわ」
「ッ!」
魔理沙を殺す、という言葉にフランが激しい怒気を露にして反応した。
腕を振り上げ攻撃しようとするが、それより早くレミリアに、腕に魔力弾をぶつけられて反撃を封じられてしまう。
「貴女は無知だから、こんな間違いを犯してしまうのよ。さぁ、いい子のフランはもう理解できたわよねぇ?もう血を吸いたいだなんて思わないでしょ?」
フランの胸を思い切り踏み付けた。
「ガハ……!」
「さぁ、お姉さまに謝ってごらん?ちゃんと謝れたら許してあげるわよ?」
フランに、謝罪を強制するその顔は、歪んだ喜悦に染まっていた。
相手を屈服させ、従属させた時の、一言では表しようの無い、独特の優越感。
久しく味わっていなかった闘争の喜悦と興奮が、レミリアの、吸血鬼としての本能を焦がして止まないのだ。
「さぁ…!どうなの?フラン!」
並の者なら視認した瞬間に失神するであろう、恐怖さえ感じさせる笑顔でレミリアは迫った。
「………」
……だが、フランの顔に浮かんだ感情は、恐怖でも、まして許しを請うものでも無かった。
「……はい。ありがとう、お姉さま。……とぉぉぉぉっても勉強になりましたわ」
「……?」
「復習は学習の基本だよね。お姉さまのおかげでより鮮明に掟を覚えられたわ」
「フラン…?」
レミリアは困惑した。
自分が謝罪を強制したのに謝らない。
自分が脅しつけているのに、微塵も怯まない。
自分の思い通りにならない存在。
……私は、夜の王なのだ。
比肩する者無き絶対の強者。
不死の王、スカーレット家当主、レミリア・スカーレットなのだ。
自分の命令は絶対なのに。
何でこいつは思い通りにならない……!?
精神状態が幼い駄々っ子の心理に陥っていることに気が付かないレミリアは、自分が予期していたのとは違う妹の反応に困惑した。
だが、レミリアの困惑は、次の瞬間、退行した判断力ごと綺麗に吹き飛んだ。
「でも、折角復習するのだったら、『血の儀式』までやって欲しかったなぁ……。本っ当!お姉さまって、役立たずなんだから」
その表情は、侮蔑に満ちていた。
憎悪に満ちていた。
狂気そのものだった。
「フ、フラン!貴女……なんで!?『血の儀式』のことを知っているの!?」
「へへ~。不思議?不思議ぃ?あははははははは。お姉さまは教えていないもんね。…………教える気も無いよねぇっ!!!!きゃははははははははははは!!そうだろうと思った!!だから、図書館に忍び込んで一人で勉強したんだよ!!偉い?偉いでしょ私!!褒めて魔理沙魔理沙褒めてあははははははははははははははははははははははは」
「ど…どうやって図書館に……いいえ!そんなことはいいわ!貴女、どこまで知っているの!?」
レミリアの顔に、かつて無い狼狽の色が濃く浮かんだ。
「何を~?」
「『血の儀式』のことよ!」
「ああ。全部」
「――――――――ッ!!」
「スカーレットの掟は、無闇やたらに吸血鬼が増えちゃ困るし、スカーレットの家から雑種を出したくないから、魔力を送る、「嗜好」の為の吸血以外……、即ち繁殖の為の吸血を禁忌としている……だったよね?そう、スカーレット家は雑種や出来損ないを作らないのが絶対。プライドとか、そういう「貴族意識」って言うの?そんなものの為にね。……でもね」
「!あ…」
フランは、自分を踏み付けているレミリアの足を掴むと、強引にそれを持ち上げ、立ち上がろうとした。
レミリアが堪らず転倒するのと、フランが起き上がるのはほぼ同時だった。
「普通、吸血鬼が人間の血を吸い繁殖する場合、吸血対象は非処女・非童貞であることが絶対条件。一般的にはね。で、そうする場合、吸血対象に、吸血者が己の魔力を流し込むことで吸血対象を吸血鬼として転生……身体構造を根本から変化させて別の生物へと進化…でいいよね?進化させる。この方法で繁殖するわけだけれど、この方法じゃ雑種しか生まれない。それでは、スカーレット家が認める正当な血族を新たに作るにはどうすればいいのか。一つはさっきもお姉さまが言ったとおり、吸血鬼同士の血を交換しながらの生殖行為。そしてもう一つが『血の儀式』」
尻餅をついたレミリアが、得体の知れない怪物を見るような目でフランを見上げた。
「『血の儀式』は限定された種族の吸血鬼……スカーレット家ね、ここでは。この限られた種族だけが行える、もう一つの繁殖手段がこの『血の儀式』。これは吸血対象である人間に、魔力の他に吸血鬼同士が行うような「お互いの血を交換し合う」というシンプルな行為を追加するだけで成立する。これで吸血鬼となった人間は、吸血者と同じ種族へと生まれ変わり、完全な、新しい夜の一族となる……。つまり!!」
フランは足元に座り込んで呆然としていたレミリアを蹴り飛ばした。
サッカーボールを蹴る様に、だ。
「ぐぁっ!?」
無防備な姿勢と意識のせいで、レミリアはかなり遠くまで吹き飛んでいく。
土砂を巻き上げながら飛んで行き、クレーターの壁面に激突する。
新たに土埃が舞い上がり、視界を奪う。
「魔理沙と私が『血の儀式』を行うことで!魔理沙は私と同じになる!!同じ吸血鬼に!!スカーレットの血族に!!家族に!!ずっと……ずっと一緒に居られるんだ!!!!」
「フラ…ン……!!!」
レミリアが土埃の中から、軽く咳き込みながら歩み出てきた。
「それを……お姉さまは邪魔しようとするんだ!!どこが!?何でッ!!!何が悪い!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「全部だッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
二人の叫びと共に、二人の手に同時に紅い魔力の光が燈った。
レミリアの手には、真紅に輝く光の槍……グングニル。
フランの手には、同じく真紅に輝く、歪な光の剣……レーヴァテイン。
「スカーレットの掟……その本当の意味は!吸血鬼という種族が、他の種族の生を弄び、変えてしまうことを禁ずることなのよ!!」
「だから何よッ!!」
「命を弄ぶような真似は、断じて許されるものでは無い!!私が許さない!!私はスカーレットの当主よ!!!そんな真似は絶対に許さない!!!!!」
「綺麗事ヌカしてるんじゃないわよ!!!バカバカバカ!!!馬鹿ぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」
二人の吸血鬼が、同時に大地を蹴った。
刹那、紅い閃光が走る。
魔力の槍と剣がぶつかり合い、血飛沫のような魔力の火花を散らし合う。
スパークする魔力が大気を焦がす。
「命を弄ぶのを許さない!?ハッ!!それじゃ魔女はどうなのさ!?魔法使いはどうなんだ!?奴等は魔法の実験と称していろんな生き物を惨い目に合わせてきたじゃないか!!人間は動植物を品種改良してきたじゃないか!!どうなんだよ!?ええ?お姉さま!!!!!コイツらも許さないのか!!!!!」
「当然でしょうが!!!!!よく勉強しているようだけれど!屁理屈捏ねるのはまだまだ甘いわね!!!生物実験を行うような魔女、魔法使いは私や、私の御先祖様達、それに博麗の巫女達がほとんど処分したわ!!まだいるとしたら、それはここの外の世界ね…!それと、品種改良は命の改変とは違うわ!!遺伝子組み換えがいけないことなのよ!!!買い物できないわよフラン!!!!」
「大豆なんか買わないわよッ!!御託並べてんじゃないわよッ!!兎に角邪魔すんなぁぁぁッ!!!!!」
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」」
レミリアの槍が唸りを上げて大気を引き裂きフランに迫り、フランのレーヴァテインがそれを捌き、その歪な刃をレミリアに打ち込まんと逆襲を演じる。
魔力の刃による、嵐の様な剣戟が、夜空に響き渡る。
「あああああああああああああッ!!!!」
斬り、突き、衝撃波による怒涛の連撃。
繰り出されるグングニルの、必殺の威力を持った一撃一撃をたくみに捌き、合間に自らも必殺の威力を込めた一撃を繰り出すフラン。
レーヴァテインが唸りを上げてレミリアを狙うが、力任せのその一撃をグングニルが弾く。
一進一退の激しい攻防。
「いい加減……」
剣戟の合間に、レミリアが舌打ち混じりに呟く。
「うざい!!」
気合一閃、レミリアが大きく踏み込む。
「ふん!甘過ぎだよ!!」
しかし、その攻撃はフランに軽くかわされ……。
「――――――!?」
レミリアがフランの視界から一瞬にして消え失せたのだ。
刹那の動揺が、フランの動きを一瞬、鈍らせる。
その一瞬の間に、フランの背後、大気を切り裂き横殴りに襲い来る神槍が……。
「…ッ!チィィ!!」
背後、しかも下半身を狙う、あまりに低く、そしてあまりに速い、鋭い一撃。
(避けられない!?)
この状況でこの一撃をかわすには、時を止めるか自分達以上に出鱈目な反応と速度を持つしかなく、それはフランもレミリアも持っていないものだ。
本能的に、フランは手にしたレーヴァテインを地面に突き立てて、グングニルの一撃を受け止めた。
「あっ……」
魔力の剣であるレーヴァテインを軋ませる、とてつもない重さを誇る一撃。
怪力を誇る吸血鬼でさえ、一歩よろめいて後方へと押されてしまう。
「よく捌く……!」
「まだまだ甘いってわけだよ!」
「言ってなさい!!」
「でぃやぁぁぁぁぁ!!」
再び連撃の応酬。
剣と槍だけでなく、拳や爪、蹴り。
二人の周囲に、紅い光が瞬いては消えを繰り返す。
お互いが牽制の為に魔力弾を生成し、それが型を成す前にどちらかの魔力弾がそれを相殺しあっているのだ。
(これじゃキリが無い……!)
レミリアは内心、舌打ちする。
このまま続けても戦いは終わらない。
その内夜が明けてしまうだろう。
そうなっても、恐らく妹は戦いを放棄しないだろう。
そうなれば姉妹を待ているのは日光を浴びて灰と化す運命のみだ。
レミリアはフランを殺そうとは思っておらず、傷つけようとも思ってはいない。
闘争本能を刺激され、冷静さを欠いていたものの、今は落ち着きを取り戻している。
だが、このまま戦い続けていても闘いは終わらない。
(ならば)
多少、怪我をさせてでもフランを黙らせるしかない。
一歩。
大きく踏み込んでからの必殺の一撃。
だがこれもあっさりとレーヴァテインに受け止められる。
「おおおおおお!!!」
フランがお返しとばかりにグングニルを弾こうとして力を込めた瞬間。
レミリアの口元に、薄い笑みが浮かんだ。
「……ブレイク」
「!!?」
グングニルが、目も眩むような、紅い閃光を放つ。
紅い光が、フランの視界を埋め尽くす。
まるで光の洪水だ。
光の中で、霞んだフランの目に、グングニルが一回り小さくなったように映り……。
瞬間、グングニルが炸裂した。
「あああああああああああああああっ!!?」
魔力の槍グングニルは、レミリアの強大な魔力を、膨大な量を圧縮して造られ型を成した槍だ。
その魔力を解放すれば、抑圧されていたエネルギーが一気に爆発し、破壊的な威力を持つ魔力波が炸裂する。
フランはそれを、まともに至近距離で喰らってしまった。
荒れ狂うエネルギーの奔流に吹き飛ばされ、遠く離れた大地に背中を叩きつけられてしまう。
「がは……!!!」
全身に酷い傷を負い、服は炭化してボロボロだ。
「ぐ…」
身体を起こそうとすると、胸に激痛が走った。
(あばらが何本かやれれた……!2…4本か)
「ぬ……がぁぁぁ……!!」
……痛みに悶えている場合じゃない。
フランは痛む全身に鞭打って、強引に立ち上がった。
先程、自分がいた場所は濛々と立ち込める土煙で、どうなっているのか解らない。
凶悪なダメージだった。
視界が一瞬闇に閉ざされて、すぐ回復した。
頭がガンガンと痛み、呼吸は信じられないくらいに荒く乱れる。
だが。
炸裂したグングニルの、破壊的な魔力の炸裂で全身を焦がされてなお、その闘志は刃こぼれ一つせず、逆により激しく燃え上がる。
とはいえ、ダメージを隠しきれるものではない。
ごまかせるような軽いダメージではなかった。
(骨は放って置けばすぐくっつく……問題は体力……)
フランが体勢を立て直す直前、レミリアが土煙の中からフラン目掛けて猛スピードで飛び出してきた。
その手には……グングニル!!
一瞬の間に距離を詰められ……否、制圧された。
「はぁっ!!」
神速さえ軽く上回る、悪夢のような速さの突きが繰り出された。
「ちっ…!!ぐぅ……!!!」
レーヴァテインを巧みに操り、それを捌くが、すぐに第二、第三の攻撃がフランを行き着く暇無く攻め立てた。
一歩、二歩、三歩。
突き、払い、斬撃。
レミリアの両腕が、人知を超えた速度でその長大な槍を振り回し、突いてくる。
瞬間速度は亜光速にも達するか?
(右…!左下!?)
かすりギリギリで突きを見切ってかわし、斬撃を捌く。
が、何度避けても捌いても、レミリアの槍捌きはその勢いを減じる事無く、むしろ、更に嵐の様な勢いを増していき、角度を変え、攻撃の型を変え、次々とフランへ襲い掛かってくる。
その変化が微妙に、しかし同じような対応は決して許さない、絶妙な変化なのだ。
……力では私の方が何倍も上だ。
そんなことは解っている。
だけど……。
だけど……!!
(技で、お姉さまに勝てたことは一度も無い……!!)
姉妹喧嘩で弾幕ごっこをしたことなら何度もある。
取っ組み合いの喧嘩も何度もした。
それらはほとんど、フランがレミリアを征した。
(全部……お姉さまも力押しだったからだ……!)
自分と姉との技量の差を、愕然と悟る。
(本気じゃなかった!!)
あまりに卓越した技は、強大な力にも勝る。
技が染み付いた者にとっては、特に意識もせず、普通に何かをする感覚で、強大な力を圧倒的な差で制圧できるのである。
レミリアの技は、まさにそれだった。
じりじりと、だが確実にフランは後退する。
完全に押されていた。
(このままじゃっ……!!)
隕石が落ちてきたかと思えるほどの、重い一撃。
受け止めたレーヴァテインが歪み、それを構える腕が軋み、身体を支える足は大地にめり込んだ。
(押し切られる!!)
レミリアの放った大振りの突きが、大地を抉った。
咄嗟にレーヴァテインで突きの軌道を逸らしたのだ。
(攻めなきゃ……やられるッ!!)
今一度、レーヴァテインを強く握り締めると、フランは大胆にも体勢を限り無く低くして身体ごとレミリアへぶつかっていく!!
一瞬の内の出来事だった。
フランのその行動は、一瞬にして地脈を縮め、レミリアのすぐ側まで瞬間移動したかに見えた。
所謂、「縮地」と呼ばれる技。
それの吸血鬼バージョンだ。
上位の妖怪とて、捉える事は叶わない、覚めない悪夢のような速さだ。
フランは意図してこの技を使ったのではなかった。
「ただ、速く動く」。
その想いだけで、極めることは想像を絶する「縮地」を体現して見せたのだ。
「!」
「縮地」の速度を乗せた、強引で、破壊的な威力を秘めたタックル。
レミリアの下半身を狙ったそれは、狙い通りにレミリアの体勢を崩すのに、見事、成功した。
「あっ…?」
(もらった…!)
不意を突かれたレミリアは、信じられないという表情で体勢を崩し、後方へと飛び……。
「これでっ!!」
勝利を確信したフランが、雄叫びを上げながらレーヴァテインを振り上げる!
「終わりだよぉぉぉぉッ!!!!!!」
大地を強く踏みしめて、渾身の一撃を。
強く踏みしめた大地を更に強く蹴り、全体重を乗せて加速。
猛烈な勢いで繰り出されたレーヴァテインは、振り下ろされる刹那、その紅い輝きを更に強くする。
燦然と輝く、歪な紅い刀身が、雷の如き速さで無防備なレミリアに振り下ろされ……。
(さようなら。お姉さま。ばいばい)
永遠に引き伸ばされたかのような一瞬の時間。
フランは、自らの知り得る、唯一の肉親をこの手で殺す行為に、心の片隅で罪悪感と悲しみを覚えつつも、愛する者との恋路を邪魔する敵を葬る達成感と愉悦に、その幼く可愛い顔を狂気と喜悦に歪ませて、今まさに斬り捨てようとしている姉の顔を見た。
永遠の別れ。
紅い瞳。
美しく、愛らしさと威厳を兼ね備えた顔。
その表情は……。
……哀れみと、嘲笑。
幻想郷の夜空に、爆音と絶叫が木霊した。
……お腹が焼けるように熱い。
熱く焼けた鉄ごてをねじ込まれたみたい。
熱さは劇痛。
痛みに耐える為に、きつく閉じた瞼を開けてみたけれど、視界は暗く、何も見えない。
それでも、瞳を大きく開き、見ようと努力し続けたら、ぼんやりとだけれど視力が戻ってきた。
「あ……」
脇腹に、紅い槍が深々と刺さっていた。
これが……お腹が熱い原因。
確かめたわけじゃないけれど……多分、貫通してる。
そう認識すると、全身が一斉に悲鳴を上げた。
焼けるような劇痛は、全身を余すところ無く支配していた。
「………!………ッ!!……!!!」
声にならない。
それもそうだ。
あの時……。
「……生きてる?」
遠くから声が聞こえてきた。
いや。
遠くじゃない。
聴覚がイカれてるんだ。
お姉さまが、倒れた私を見下ろしていた。
紅く輝く槍を携えて。
「超至近距離からのスカーレットデビル、そして強化したハートブレイクの二段技。加えてさっきのグングニルを炸裂させたダメージ。これだけやって平気な顔されてても困るけれど」
そんなことを言っていても、表情は「手加減してやったんだぞ」と物語っている。
当然だ。
手加減無しならハートブレイクではなくグングニルが私に突き刺さっていただろうし、その前に、スカーレットデビルの時点で消し炭になっていたかも知れない。
……消し炭と言えば、さっきの攻撃で、かろうじて残っていた服の残りも全部炭化して、私は生まれたままの姿になっていた。
恥ずかしいけれど……今は羞恥に身悶えている状況じゃあない。
「……一応、吸血鬼だからね。頑丈さには定評があるわ」
軽口を叩いても、虚勢であることを隠すことは出来ない。
ヒューヒュー。
五月蠅い。
自分の呼吸がこんなに耳障りだとは。
喉はカラカラに渇いて、冷たい水が目一杯欲しい。
身体はガクガクとみっともなく震えて、私をイライラさせる……。
それでも。
「…………!!」
私は、焦点の定まらない目で、目だけでも。
お姉さまに憎悪をぶつけた。
「……まだ、そんな目が出来るのね」
当たり前だ。
屈して堪るか!!
負けたくないよ……!!
「……ふん」
お姉さまは、私を見下ろしながら、呆れたような溜息をつく。
「出来の悪い妹を持つと苦労するわね。……獄符「千本の針の山」」
………………………!!!!!
それは一瞬の間だったのか、それとも長い時間が経った後なのか。
私の身体は穴だらけで、まさに蜂の巣だった。
急所……心臓を外れてはいるけれど、どこもかしこも尋常じゃない痛みと、灼熱感を伴っていた。
発狂してもおかしくない。
それぐらいの劇痛だった。
「………!!」
もう、声も、出ない。
全身から力という力が、雪崩のような勢いで抜け落ちていく……。
痛い……。
痛いよ……魔理沙。
「よく耐えたものだけれど……これで終りね」
視界が歪む。
お姉さまが薄く笑ったのが見えた。
……勝ち誇った笑顔。
お姉さまだった輪郭が崩れ、歪み、何が何だか解らなくなった。
もう……何が、何だか……解らない……。
思考はぐちゃぐちゃ。
身体はボロボロ。
気力も、体力も……からっぽ。
意識が……黒い、底の見えない海へと飲み込まれていく…………。
あぁ……もう……駄目……なのかな……。
「もう、寝なさい。フラン……」
勝てなかったよ……。
ごめんね……。
ごめんね、魔理沙……。
ずっと……。
ずっと、一緒にいられると思ったのに……。
魔理沙………。
ま……り……さ……。
もう……解らない……どうでも……いい……。
眠いよ……。
「おやすみなさい、フラン」
…………おやすみ……なさい……。
「……次に目覚める頃には、もう貴女に悲しい思いはさせないわ」
……そう、優しいね、お姉さま……。
「貴女を悲しませる者……霧雨魔理沙はいなくなるから」
……そう、いなくなるんだ……?
…………?
「100年ハ眠ルデショウカラ、モウ魔理沙ハ生キテイナイワネ……」
…………………………………………????
イナクナル?
誰ガ。
コノ低脳。
オ前ハ何ヲ言ッテイルンダ?
オ姉サマハ。
コノ女ハ。
魔理沙ガ、イナクナルト言ッタジャナイカ。
「魔理沙ニハ悪イケレド……モウ、ふらんニハ会ワセナイ。……ソウネ、死ンダコトニシマショウカ」
死。
死ヌ。
殺ス?
殺スノ……?
「馬ニ蹴ラレテ三途ノ川、カ。……損ナ役ヨネ」
歪ム歪ム声ガ歪ム。
オ姉サマ、何ヲ言ッテイルノ。
『死ぬ』
死。
死……。
…………………………………殺すの?
誰を。
…………魔理沙。
そうか。
お姉さま。
魔理沙を殺すんだ。
魔理沙を、私から奪うんだ。
永遠に。
また、私を、独りぼっちにする気なんだ………。
………………そうか。
………………そうか……!!!
…………巫山戯るな。
目の前で起きた事態に、レミリアの心は驚愕と、恐怖に鷲掴みにされた。
(完全に……沈黙したはずなのに!!確かに一度、意識を失ったはずだ……!!)
禍々しい瘴気が、周囲を濃密に満たしていく。
ふと気が付けば、大地は鳴動し、大気は張り詰め悲鳴を上げている。
「!!」
レミリアははっと天を仰いだ。
そこには。
「なんて……」
……紅い、月なんだろう。
月が血の色よりも紅く染まり、それが地上にいるすべての存在を圧殺しようとするかのように、巨大に膨れ上がっているかのように見えた。
「月が……そんな……」
レミリアの思考はそこで中断された。
魔王の咆哮が、幻想郷を揺らした。
レミリアは、具現化した悪夢と対峙していた。
否、悪夢すら生温いか。
「───ククッ……はははははは……」
その様は、まさに……。
「真紅の……魔王……!!」
「はははは……何これ?これ?すっごい力。溢れてきちゃいそうだよぉぉ……?うふふふふ……あっはははははは!!!」
傷がみるみるうちに回復していく。
時間が遡って行くかのように傷が消えていき……あっという間に痕跡すら残さずに消えてしまった。
フランの脇腹に深々と刺さっていた真紅の槍が、乾いた音を立てて粉々に砕け散った。
「フラン……貴女……真の、夜の一族となったのね……」
溜息のようにレミリアが小さく洩らす。
「あはぁ?なになに?なぁに?お姉さまぁ?聞こえないよ~あははははははははは。……命乞い?」
それまで笑い混じりだったフランの声が、急に、低く、威圧するような口調に変わる。
急激な温度差がそこに発生したかのような錯覚。
否、確かに……下がった。
「だぁめ。お姉さま。お姉さまは魔理沙を殺すんでしょ?でしょ?」
「え……!?私、そんなことは……」
「そんなこと考える奴を、生かしておくとでも思ってんの?このうすら馬鹿」
「違う!私はそんなこと言ってない!!」
レミリアは必死に思考を巡らせた。
(私が魔理沙を殺す?そんなこと言った覚えは……)
「言ったよ。もういいよ。目障り」
レミリアの思考はその瞬間、先程の自分の言動を思い出すことに成功した。
(!!……まさか……。そうか、魔理沙を「死んだことにしよう」って言った……。フランが、それを誤解して……)
その答えを吟味する時間は、レミリアには与えられなかった。
「潰れちゃえぇぇぇっ!!!!」
凶暴な破壊力を秘めたフランの爪が、レミリアの脳天目掛けて猛烈な勢いで振り下ろされたのだ。
「――――――ッ!!?」
レミリアにとって幸いだったのは、グングニルのスペルを解かずに保持していたことだった。
吸血鬼の本能が、咄嗟に、悪夢の如き速度で繰り出された爪に対してレミリアの身体を反応させたのだ。
グングニルでフランの爪を受ける。
だが……。
受け止めたと思った刹那、レミリアの思考は激痛によってズタズタに引き裂かれた。
フランの爪は、グングニルを溶けたバターのように易々と切り裂き、レミリアの腕を、右肩の付け根から両断し斬り飛ばした。
「ぐぁぁぁあああああああああああああッ!!!??」
もしも、グングニルが無ければ……。
レミリアは身体を縦に両断されていたかも知れない。
「あ…あぁがぁぁぁぁ……ッ!」
腕を切り落とされた瞬間に、後方へ一気に飛び退く。
レミリアがとれた唯一の抵抗だった。
「ぐ……かぁあああ……っ」
切断された肩から血が滝のように流れ落ち、同時に、傷口が、噴水のように血を際限無く吹く。
灼熱の鉄塊を押し付けられたみたいに熱く焼ける傷口を抑えながら、レミリアは激しく息をする。
あまりの出来事に、呼吸が乱れに乱れ、思考はノイズだらけだった。
情報を処理出来ない。
「…ふん」
さもつまらなさそうな表情で、フランは、痛みに必死に耐える姉を見た。
部屋の片隅の、小さな糸屑でも見るかのような視線。
「ぐっちゃぐちゃのドロドロに殺してあげたいけれど」
その瞳は、絶対零度の、氷の視線。
「……あんまり時間も無いから」
傷と一緒に、燃え尽きた筈の衣服も、どういう原理なのか再生されていく。
「パッと消してあげちゃうわ。咲夜の手品みたいに、綺麗さっぱり……」
完全に傷も衣服も元通りに再生したフランが、人差指を伸ばして右手を天に高くかざした。
「消してあげる」
フランの右手が音も無くレミリアに向けられた。
真っ直ぐに伸ばした人差指は、狂い無くレミリアに突きつけられる。
まるで、犯罪者に死刑を宣告する裁判官のような姿勢。
…………そして、それは事実「死刑宣告」だった。
……それは突然やってきた。
腕を肩先から切断された激痛に耐える私に、爪先から突然湧き上がった消失感。
まるで……足が消えてしまったかのような。
自分の足が、突然消えてしまった感覚。
そこに何かがあった筈なのに、無いと思える感覚だ。
私は思い切ってその感覚の正体を見極めることにする。
私は自分の足元を見た。
「…!……!?」
私は、自分の正気を疑った。
……見なければ良かった。
「私の……足が!?」
無い。
無い!!
膝下から、私の両足が綺麗さっぱりと。
消えてしまっていたのだ!
そこに足があった筈なのに!!
その痕跡すら残さずに、消滅してしまっていたのだ!!
しかも、それだけでは無かった。
「あ…あぁぁあああぁあぁ……!?!」
気が付いた時には、腰から下が完全に消失していた!!
しかも、紙に描いた絵を消しゴムで消していくかのように、私の身体が下からどんどん消えていくのだ!!!
徐々にその速度を速めながら!!
「こんな……」
肩の傷の痛みさえ、忘れた。
そんなもの、身体の消失に比べればどうでもいいことに思えた。
「あああ……」
「あっははははははははははははははははははははははは!!!なぁに?その不っ細工な顔!!夜の王なんでしょ!堂々としてなさいよ!!!あ、でも結局消えちゃうけどね!!あはははははははははははは、はぁーっはははははははははははは!!!!!」
消える…消える…消えていく……。
物理法則を無視し、あらゆる法則を無視して、ただただ、私は、私と言う存在が消されていく。
(これが……真の、夜の王の力……!!)
――――――むしゃ、ぐしゃ、ごくん。
……?
不気味な咀嚼音。
―――――――むしゃ、ぐちゅ、ごきゅ。
聞こえる筈の無い音。
……違う。
――――――――ぬちゅ、ばり、ごきん。
私は消されているんじゃない。
――――――――――ばき、めりめり、ぐしゃ、むしゃ、ごくん。
フランに……。
世界に喰われているんだ。
「あ…あはは……あははははははははは」
怖い。
怖い怖い怖い怖い。
………これが恐怖か!!
「?なぁに?もうイカれちゃったのお姉さま!だらしが無いわね」
ああああ。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
私は喰われている。
私が無くなっていく。
痛い。
痛くて怖くて。
「あははははははははははははははははははははははは……」
なのに。
「はははははははははははははは」
この笑いは何だろう。
歓喜に決まっているじゃないの。
カチリと、脳裏で特別なスゥイッチがONになる。
それは押してはいけないもの。
解かれて行く幾重もの拘束。
解放されて行く快感。
世界が揺らぐ。
「はは……消えちゃった!消えちゃった!!私の邪魔をする奴はもういない!!!出てきたら消してやるんだ!!あっははははははははははははははは!!!!!」
たった今、目の前で完全に消えてしまった姉がいた場所を指差し、フランは腹を抱えて笑い転げた。
心底愉快そうな笑い声だった。
「あははははは……。もう、いない。魔理沙と……二人きり。うふふふふはははははははははははははは」
その顔は喜悦に満ち満ちて……瞳の端には、一滴の涙が光った。
「はははは……さ、もう行かなきゃ」
ひとしきり笑った後、フランはその歪な翼を拡げ、大地を強く蹴り……。
「…………待ちなさい。何処へ行こうと言うの?」
虚空に、喜悦と哀愁が入り混じった、冷たい声が響いた。
「―――――ッ!??」
大気が凍りつく。
「な……に……」
震える声。
フランの思考回路は、答えを弾き出そうと目まぐるしく働いたが、答えを瞬時に出すことが出来なかった。
「本当の闘争はこれからよ?こんな機会、五百年あってもあるかどうか解らないんだから。楽しまなきゃ嘘。心ゆくまで楽しもうじゃないの。ねぇ、フラン」
「な…んで……」
周囲に、得体の知れない、禍々しい瘴気と魔力が高密度で充満していく。
まるで、フィルムを巻き戻したかのように。
最初は頭に被った帽子から。
「う…あぁ……?」
「今、この時を大切にしましょう?本気の姉妹喧嘩なんて、いつ何時出来るものかも解らないのだから」
やがて……。
巻き戻ったフィルムは再生される。
先の戦闘で荒涼となった、冷えた大地に、再び夜の王が降り立った。
「ふぅ……」
「お姉さま……」
「ん~っ。意外といいものね。そうかそうか、確かにこんな感覚だったわ……。確か、最後に使ったのは300年ほど前だったかな」
「なんで?なんで消えたのにまた出てくるのよ!?」
激しい憎悪と、困惑の入り混じった表情で、フランは激昂した。
「真紅の魔王」
「あ?」
レミリアは涼しげにそう告げた。
「またの名を真の夜の一族。スカーレット家の家系。真の悪魔。原初の刻……いつが原初か知ったこっちゃ無いけれど、兎に角、古来より続く真の悪魔の家系、その者が、自身に秘められし真の力を解放…あるいは目覚めさせることにより成る完全体……そうねぇ、てけとーに言えば、世界の……いや、止めときましょ。そんなことはどうでもよろしいわつまり、ここからがレミリア・スカーレットの真骨頂!リミッターが外れた完全な私ってわけよ。ぱーふぇくとれみりあよ!!」
「…………性格変わった?」
「……ちょっとハイになってただけよ。簡単に言えば、今の貴女と同じ状態。全力全開ってヤツ?」
「ふぅん……そっか」
「そうよ」
「「世界と同化したってわけ」」
二人の間の空間が、ビシリと音を立てた。
大気はおろか空間さえも悲鳴を上げる、その魔力。
「つまるところ」
「私達の条件は同じ」
「これでやっと対等に」
「生まれてはじめて全力全開の」
「本気の姉妹喧嘩がやれるってわけよ」
高まる魔力。
湧き上がる闘気。
二人は同時に、右腕を高らかに天へと向けて突き上げる。
何処までも暗き、闇夜の空に浮かぶは巨大な紅き満月。
「神槍顕現――――――」
「魔剣降臨――――――」
それぞれの右掌に、血の色よりも紅い光が、何処からか出現し、収束していく。
それらは互いに、槍の形を成し、あるいは剣の形を成していく。
「グングニル!!!!」
「レーヴァテイン!!!!」
姉妹の声が、同時に愛用の武器の名を高らかに叫ぶ。
瞬間、槍、そして剣を象った紅い光が、硝子の砕ける音を発して文字通り砕け散り、その跡、姉妹の右掌に、それぞれの武器が出現していた。
今までのそれとは違い、紅い光の武器ではなく、それぞれが装飾の施され、尚且つ質実剛健なフォルムを併せ持った槍と剣。
共に血の色より深き真紅の刀身を持ち、武器自体がやはり血の色より深い真紅のオーラを纏っている。
これこそ、スピア ザ グングニルとレーヴァテインの真の姿。
「真紅の魔王」となったスカーレットの吸血鬼の、真の武装、否、力の一端。
「さあ……はじめましょうか」
槍の矛先を相手に向け、剣の切っ先を突きつける。
「まあ確かに。さっきみたいに終わるのは納得いかないというか…不満だったし」
フランはさも不満だと言わんばかりに吐き捨てる。
「でも、これで納得いくまで」
レミリアの、悪魔の翼がバキバキと音を立てて巨大になり、その身に秘めた強大過ぎる魔力を強調するかのようにはためく。
「そう、やれるわね」
フランの歪な翼は、ざわざわと不気味な音を発して巨大になり、更に翼の付け根からもう一対の歪な翼が生えてきた。
それがさも当たり前だというかのように、二人は自然な動作で武器を構えた。
「おいたが過ぎたわね。お仕置きよ、とってもキツイね……!」
「魔理沙と一緒になるのを邪魔する奴は、私に蹴られて彼岸の彼方よ!」
「はあぁぁぁぁぁッ!!!」
初手はフランが仕掛けた。
先程の戦いよりも更に速い、猛烈な速度と踏み込み。
レーヴァテインは片刃で肉厚の刀身を持った剣だ。
刀身に「反り」があるところから、どこか日本刀を彷彿とさせるが、その刀身の大きさは既存の武器を遥かに上回る巨大さで、フラン自身の3倍以上はある。
人知を遥かに超越した膂力。
大気を引き裂き、空間さえも両断する一撃が、レミリアへ向けて振り下ろされる。
「ふんっ!!!」
フランの破壊的な一撃を、レミリアはグングニルの柄で受け止めた。
フランの一撃も測ることすら叶わない速度だったが、それに対応するレミリアの反応速度も、もはや人知が及ばない。
「…っらぁ!!!」
受け止めた剣を腕力だけで強引に弾き飛ばし、返す勢いで柄尻をフランの鳩尾に捻じ込んだ。
「がっ」
堪らず呻き声を出してしまうフラン。
だが、
「うらぁぁぁっ!!!」
仰け反らずに更に強く踏み込み、レーヴァテインを横へ払う。
「ちっ」
咄嗟に上空へと飛び上がり、その反撃をかわすレミリア。
レミリアがいた場所のすぐ後ろは、枝葉がすべて吹き飛んでしまった無残な姿の森だったが、先の衝撃にも耐えた木々はフランの放った攻撃による剣圧で、残らず根こそぎ吹き飛んでしまった。
「スターボウブレイク!!!」
「スターオブダビデ!!!」
上空へと逃れたレミリアを狙ってフランが放ったスペルは、それを読んでいたレミリアのスペルで相殺される。
眩い閃光と共に爆発が起こり、夜空を照らす。
「ぜぇりゃあぁぁぁっ!!!」
爆風をものともせず、落下の勢いを味方につけて、レミリアは柄をも通れ、と必殺の刺突を繰り出した。
刹那に、防ぎきれぬと判断したフランは、電光石火の勢いで大きく跳び退いた。
スペル発動直後の硬直を完全に無視する二人の戦い。
直後、フランがいた場所が、落雷を何倍かにもしたかのような轟音と共に、大爆発を起こしたかの如く吹き飛び、大地に大穴が開いた。
二人の振るう攻撃は、文字通りの破壊を周囲にばら撒く。
大地は割れ、大気は引き裂かれ、木々は吹き飛び木っ端となり、空間は断裂する。
振り下ろされたレーヴァテインはレミリアを捉えそこなったが、巨大な地割れを作り、周辺の大地は過度に加えられた圧力で隆起し、前衛芸術の様な、奇怪なオブジェクトを乱立させた。
繰り出された刺突はフランを貫かず、その背後に存在した森の残りを土地ごと吹き飛ばし、荒れ果てた荒野へと一瞬にして作り変えた。
その破壊力は大気を瞬時に沸騰させ、刺突の直線状とその周囲の大地は硝子状に変質した。
振るう度に周囲を破壊し尽くしていく。
だが、恐ろしいのは彼女等が振るう攻撃ではなく、それらを受け止め、捌く彼女等自身だ。
たとえ山であろうとも軽く吹き飛ばしてしまいそうな衝撃に、放たれる度に裂かれる大気により生じる真空、その真空による鎌鼬現象、断絶された空間による、物理的に絶対に防ぎようの無い刃。
たとえ攻撃そのものを防ぎ、捌いたとしても、その攻撃に付随するこれらの、第二第三の攻撃は防ぐことは叶わない。
しかし、彼女達はそれらの影響をまったく受けていなかった。
あらゆる物理法則を捻じ曲げて、ひたすら嵐のように、炸裂する爆薬のように攻撃を繰り出し続ける。
「ぶっ飛べぇ!!!!!」
「墜ちろ……っ!!!!」
嵐のような連続攻撃の最後に、渾身の一撃を互いに打ち、剣と槍が激突する。
激突の衝撃が、巨大な衝撃波となり、二人の周りにある物体をことごとく破砕しながら吹き飛ばした。
「やるじゃない…!へたれのクセにッ!!!」
鍔迫り合いで火花を散らしながら、フランが軽口を叩く。
「乳臭いガキには負けないのよ」
負けじとレミリアも言い返した。
が、単純なパワーのぶつかり合いは、レミリアには不利だった。
徐々にフランに押され始め、踏ん張るレミリアの足が地面へと沈み込む。
「はっはぁ!ヘタってんじゃないわよっ!!」
「るっ…さい!!」
フランがここぞとばかりに一気に押し込みをかけた。
「潰れろッ!!!」
レミリアの足が更に沈み込む。
「ぬっ……ぐぅ……」
「しつこい!!」
「しつこくしないでどうすんのよっ!!」
「あきらめなぁッ!!!!」
「冗談……!」
言った瞬間レミリアの表情が硬くなる。
「零距離!カタディオプトリック!!!!!」
「うああああああああっ!!??」
至近距離で炸裂する強大な魔力の爆発に、たまらずレミリアは吹き飛ばされる。
「もらったぁッ!!!」
吹き飛ぶレミリアに一瞬で追いつき、フランが無防備なレミリアの脳天に剣を振り下ろす。
「ちぃっ!!!!!」
だがレミリアも黙って吹き飛ばされはしなかった。
慣性を無視した動作で瞬時にして強制的に体勢を立て直し、フランの大振りの一撃を見事に捌いた。
捌きついでに遠心力をたっぷり加味した薙ぎ払いをフランに向けて放つ。
フランは難無くそれを防ぐが、元より仕切り直しの為の一撃、その隙にレミリアは一度距離を置くことに成功した。
(しかし、まあ……)
距離を取りつつ周囲をそれとなく見回したレミリアは溜息を漏らした。
(私達、そんなつもりは無いけれど相当ヤバイ攻撃を連発しまくってるわね……。もっと出鱈目なのは私達か)
「どうしたのさお姉さま?もっとやろうよ!もっと遊ぼうよ?きゃははは」
(これが世界と繋がるってことか。あらゆる物理法則……というよりほとんどすべての法則を捻じ曲げ、無効化する。今の私達を傷つけ、まして屠るには……霊夢ぐらいか。今の私達に、霊夢以外は私達自身しか脅威は存在しない……!!あーもう!さっさとノックアウトして終わりにしたいのに!!加減間違えたら殺してしまうなんて!!!面倒臭いったらありゃしないわ!!!!)
内心愚痴りながら、レミリアは槍を構えて体勢を低くする。
(それに早いとこケリをつけないと霊夢がやってくるわ。この惨状見たら屋敷ごと皆消されかねないかも……)
「そーこなくっちゃ♪挽肉してあげるわお姉さま!ハンバーグにして魔理沙と一緒に食べたげる!!!!!」
「減らず口を……っ!!」
(ゾッとしない話だわ。愛する者に殺される、っていうのも、おつなものだけれど、まだ死にたくないし。まぁ、霊夢と本気で戦えるって言うのも悪くないけれど……止めときましょ、考え出したらキリがない)
「覚悟なさいな」
「そっちこそ。地獄送りにしてやる。魔理沙は殺させない……!!」
「だからそれは誤解だと……」
「五月蠅い!!馬鹿!!!」
「馬鹿とは何だッ!!許さん!覚悟しろ!!!」
気合一閃、レミリアの身体が一瞬深く沈みこんだかと思うと、次の瞬間にはフランの懐不覚まで間合いを詰めていた。
「!?」
先の戦闘でフランが見せた「縮地」と同じことをレミリアは事も無げにやってみせたのだ。
しかも、その速度は先のフランの「縮地」を大きく上回っている。
(狙いは……右腕!!!)
二人の身体が密着したかに見えた刹那。
「紅牙…零式ッ!!!!!!」
零距離射程からの必殺の刺突。
紅い閃光が夜空に閃く。
肉を貫き、骨を砕く鈍い音が響いた。
(やった……)
レミリアは確信した。
手応えはあった。
一瞬の虚を突いた己の一撃は、確実に妹の、無防備だった右腕を破壊した筈だ。
……事実、レミリアの瞳には、右腕を肩先から吹き飛ばされて鮮血をほどばしらせている妹の姿が映っていた。
「う…ぐあああああ……ッ!!!」
ガラン、と音を立ててレーヴァテインが地面へと落ちる。
「勝ちね、私の」
傷口を押さえて蹲るフランを見下ろして、レミリアは穂先をフランの喉元へと突き付けた。
「反省なさい……」
レミリアの左手に、紅い魔力光が燈る。
「ちょっと気絶させるだけだから、死にはしないわ。安心なさい」
「き…気絶させて、また……閉じ込める気だろうが……!!また……あそこにぃ……!!!」
「………」
答えずに、レミリアは左手をフランへとかざした。
「そ…んなことッ……」
フランの顔が、痛みと憎悪で歪む。
「おやすみなさい」
レミリアの左手の魔力光が一際強く輝いて……。
「おやすみ、お姉さま」
「!」
ぞぶっ……。
「か……は……ッ……!?」
レミリアの腹を、血塗れの、真紅の剣が貫いていた。
「フォーオブアカインド。私の十八番よ、忘れてた?」
「ぐ……う……」
吐血。
視界が霞み、力が抜けていくのを感じた。
槍を突きつけられていたフランは何時の間にか消滅している。
「やっぱ頑丈だよね、今の私達の身体ってば。ちょっと前だったらこれだけで100回は死んでるよね?お姉さま」
言いながらフランは、剣を勢い良く姉の身体から引き抜いた。
「ぎゃがっ………!!!!!!!!!!!!!!!」
貫かれた腹からバケツをぶちまけたかのような大量の血が噴き出す。
「きゃはははは!!いい気味!!心臓をぶち抜かなかったことに感謝しなさいよ!?これからねちっこく処刑してあげるんだから!!!」
「ぐ…がっ…!確かに……頑丈過ぎよね、この身体は……!滅ぼすには同等以上の力……魔力以上の力、「意力」とでも…言えばいいのかしら?ぐぅ……!!「滅ぼす」、「殺す」意思を持った、私達と同格以上の者の力でしか倒せ無い……!!」
「そうだね。私達は博麗みたいなインチキじゃないから、その意思をのせた直接攻撃じゃないとお互いを殺せない。または意思を強く、強く込めた魔法。マスタースパークとかね」
「あれじゃ……殺せないわよ…。傷一つつかないって」
「魔法の形態の話をしてるんだよ。馬鹿になったの?」
「……うぐ……!」
「………まぁいいや。処刑だね。抵抗しなきゃ嬲り殺し、抵抗しても叩き潰して殺すけど」
「……何度も言っているでしょう」
「あん?」
「嘗めるなぁ!!愚妹!!!」
腹から鮮血を噴き出しながら、レミリアは激昂した。
同時に、彼女の全身から凄まじい魔力が放出される。
放出された魔力は衝撃波となり、周囲を薙ぎ払う。
スカーレットデビル。
衝撃波は瞬時にスペルへと移行し、フランを地面ごと薙ぎ払った。
「ちぇっ……まだまだ元気ってわけ?」
空中で一回転してから着地すると、フランは油断無く剣を構えなおした。
「ま…フォーオブアカインドのままじゃ密度が薄くなるから、ダメージ下がっちゃうし…仕方ないか。でも……」
「ふぅ…はぁはぁ……!」
「それでも結構ダメージあるよねぇ?お姉さまぁ?」
「ぐ……」
槍を地面に突き立て、寄りかかるようにして、レミリアは荒い息を吐く。
(まったく……さっきはあんなコト言っちゃったけど、可愛い妹と本気で殺し合いなんて出来るわけ無いじゃないの!こんなアンフェアな戦いは二度とゴメンだわ)
油断はしていなかった。
が、やはり妹を思いやる無意識が、どこかに甘さを生んでいたのかも知れない。
腹の傷がそれを語る。
彼女の腹の傷口は、徐々に塞がり始めている。
が、外見上、傷は癒えても完全にダメージが回復する訳ではない。
レミリアにとって大きな痛手であることは変わり無かった。
「さぁさぁさぁさぁ!!続きだよ、お姉さま!!はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
「くっ……!でぇぇぇいっ!!!!!!!」
打っては弾き、捌いて返す。
刃と刃の応酬、その合間に蹴りや爪、魔力弾が飛び交う。
距離を離せば牽制代わりに膨大な密度の弾幕を放ち、お互いにその弾幕を驚異的な速度と反応で侵略し、肉薄する。
既に何千、何万回と刃を打ち合わせている。
間合いと隙を見計らい、闘気と魔力を絞り、凝縮して凶器を振るう。
ざしゃっ、と鈍い音。
レミリアの左腕が宙を舞い、鮮血が大地をザッと濡らす。
ごぎん、と鈍い音。
胴を薙ぎ払われ、フランの肋骨がすべて砕けた。
二人の技はすべてが必殺の威力であり、その威力のケタが先程より遥かに上がっていた。
攻撃に付随する余波でさえ二人の全身に浅い傷を作り、骨格を軋ませる。
切り落とされた腕と傷口が、触手のように伸びた紅い血で互いに連結し、唸りを上げて左腕を引き寄せる。
何事も無かったかのように腕はくっつき、再生する。
「はっ!わざわざくっつけなくても再構成すりゃ早いじゃないのさ!?」
「資源の無駄使いはよくないのよ?」
「うらぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
激しく撃ち合わされる、魔力で編まれた鋼と鋼の音、それすら物理的な破壊力を備え、二人の周囲を破壊する。
レミリアは焦った。
互角の勝負であるが、互角であるからこそ、腹を貫かれた自分のほうが不利であるから。
レミリアの槍が、剣を握るフランの右手を捉えた。
爆発が起きたかのように、フランの右手が根元から木っ端微塵に砕け散る。
が、次の瞬間には再生され、再び柄を握り締めて剣を振り下ろす。
「うざいんだよッ!いい加減にぃ!!!!」
「あんたがさっさと寝れば済む事でしょうがッ!!!!!」
ぞぶりと嫌な音を立て、互いの刃が互いの肩を刺し貫く。
レミリアは左肩に、フランは右肩に。
「「シィィィッ!!!!」」
二つの刃が真紅の閃光を放つ。
凝縮された魔力が炸裂し、お互いの肩を内部から吹き飛ばした。
(考えることは同じか。本当、私達って姉妹よね)
衝撃で大きく仰け反りながらも互いに踏み止まり、それぞれ残された方の腕に魔力を収束して紅いレーザーのような魔法を撃ち放った。
レーザーはお互いの翼を撃ち抜く。
「ぬぅぅぅぅッ!!!」
「あああああッ!!!」
咆哮しながら更に前へ。
吹き飛んだ筈の肩が即座に再生され、自身の武器を強く、強く握り締めて、より激しく、より強く、より速く、相手に刃を撃ち込んで行く。
無数の剣閃、繰り出される幾万もの刺突。
叩き付けるかのような一撃が大地を抉り吹き飛ばし、空振りした横薙ぎの斬撃が、遥か後方の山の頂を消し飛ばした。
「どうして!私の邪魔をするんだ!!!!そんなに私が嫌いなの!?」
「嫌いな訳ないじゃない!!好きだから!貴女が悲しい思いをすることが解っているから止めるのよッ!!!」
「悲しい?そんなワケないじゃない!!ビビってんのね!!私と魔理沙は失敗なんかするものか!!!」
「保障は無いのよ!!?」
「そんなものに頼るほど、私達は浅くない!!!!」
「……っ!言うことを聞いてよ!!」
「お姉さまこそ邪魔しないでよッ!!!運命とやらを見てみたらいいじゃない!絶対失敗しないわよ!!!」
「貴女達の運命は見通せないわ!!だから不安なの!!お願いだから……!!!!」
「……結局、邪魔するんだ!!魔理沙を殺すんだ!!!!」
「そんなこと言ってない!!!!」
「うあああああああああああああああああああッ!!!!!」
ありったけの殺意と憎悪を込めた一刀が、レミリアに振り下ろされた。
「――――――――――――ッ!!!!!」
その一撃を槍で受け止めるレミリア。
強烈な衝撃がレミリアを襲う。
衝撃と重圧に耐える為に踏ん張った両足が、膝まで大地にめり込み、槍を支える両腕から大量の血が噴き出す。
「く…お……!!」
「――――――っ!――――――っ!!!」
ガリガリと火花を散らして互いを削りあう剣と槍。
火花さえも血の色だ。
「はっああああああああああああああああああああッ」
渾身の力を込めて、レミリアは槍を持ち上げ、食い込む刃を弾き飛ばした。
フランがよろめき体勢を崩すが、それも一瞬のこと、即座に体勢を立て直すと、後方へ跳躍し距離を離した。
何度目かの仕切りなおし。
だが、スタミナの方はそうはいかない。
体力も魔力も精神力も、無限に等しいのが今の彼女等だが、それは相手が先刻までの自分達の能力に、近しいレベルの相手の話だ。
お互いに消耗しきっていた。
肩で息をし、ヒューヒューと乱れきった呼吸音は、彼女達自身を不快にさせた。
全身から流血し、服装はズタズタだ。
先程までは傷を負ってもすぐに再生していたが、流石に限界なのか、今はそれも無い。
傷口は塞がらず、血は際限無く流れ落ちる。
(細かい傷は修復するだけ力の無駄……!攻撃にのみ集約しないと、瞬き一つで殺られる……)
「……はっ!ずいぶん……ひどいツラになったじゃない!?霊夢に嫌われるわね」
「あ…アンタこそ、魔理沙に見向きもされない顔よ……!ハァハァ」
憎まれ口を叩きながら武器を構えなおす二人だが、視線を上げた瞬間、レミリアの表情が強張った。
「……!!!しまった……!!!」
そんな姉の様子に、フランも僅かに動揺した。
「?何呆けたツラしてんのよ。さぁ、早く続きをしましょうよ。今度こそ殺してぶっ壊してやるんだから……」
「後ろ、見なさい」
「?」
レミリアが青ざめた表情で、目線で見ろと合図する。
「もうすぐ……夜明けよ」
「!!!!」
弾かれたようにフランは後ろを見た。
「あ……!」
それまで気付きもしなかった。
漆黒の夜空が、何時の間にか白み始めていたことに。
(まずいわね……)
レミリアは焦った。
(拘束制御を弐番まで解放していても、まだまだ日光の中で行動することは不可能……!)
「く…」
このまま行けば、二人を待つのは灰燼と化す運命のみだ。
(この状況を活かせば……戦う事無くこの場を治められるかも知れない。時間を置けばフランを説得出来るチャンスも巡って来る筈だわ……)
これ以上戦っても、決着が付く前に太陽が昇るほうが先だろう。
そうならない為の方法は二つ。
レミリアも相手を殺す覚悟を決めるか、太陽を理由に一旦、互いに矛を収めるかだ。
レミリアは即断した。
(今は兎に角、争い続けている場合じゃないわ……!)
「フラン、聞いて!!」
レミリアは叫んだ。
必死に妹へ呼びかける。
「もうすぐ朝日が昇る……!このままでは私達、灰になってしまうわ。……いったん休戦にしない?」
「う……」
「フラン!」
「う…るさいッ!!」
「!」
「その手には乗るものか!私を騙して、後で魔理沙を殺すつもりなんだ!!!」
「違うわ!私は魔理沙を殺したりなんか……」
「信じられるもんか!!不安要素は潰せる時に即潰す!!日が昇るまでまだ時間はあるんだッ!!死んでしまえぇぇぇ!!!!!」
「フランっ!!!!」
レーヴァテインを振りかぶり、しゃにむに突撃してくる妹に、レミリアも覚悟を決めるしかなかった。
(やりたくはないけれど……そんなこと言ってられない!日が昇る前にケリを着ける!!)
グングニルを強く握り締め、突撃してくるフランを迎え撃つ。
全身を貫く衝撃。
ここまで来て、この威力。
一振り受けるごとに、フランの撃ち込みは速く、重くなっていく。
(く……どういうことだっ!?)
膂力ではフランが完全に上回っている。
レミリアはフランを殺さぬように力をセーブしながら戦っており、力押しではレミリアが不利だった。
だが、その分を技量で補い、フランを消耗させる戦い方を、レミリアは特に意識せずに行ってきた。
自分も消耗しているが、フランはそれ以上に消耗しているはずなのだ。
(だと言うのに……!一体どうして!?こんな……!!!)
次から次へと強力な一撃を繰り出し続けるフランに、一歩、また一歩と後退させられるレミリア。
(お…押し切られる!!)
加速度的に速さと破壊力を増していくフランの猛攻に耐え切れそうに無い。
レミリアは瞬時にそう判断すると、自分の足元へ魔力弾を放った。
「!小賢しい真似を!!!」
目くらましの為に放った魔力弾だったが、僅かにフランを怯ませられればその役目は充分過ぎるほどだった。
大きく距離を取り、レミリアは左手を天にかざす。
「そろそろ幕よ!受けなさい!!」
かざした左手に巨大な魔力が集中する。
レミリアは魔力が集まった左掌を、勢い良く地面へと叩き付ける。
「地魔!「地より沸き立つもの」!!!」
スペル宣言。
次の瞬間、フランの足元を中心に、巨大な、真紅の槍が何本も出現した。
「うわわっ!?」
槍は連続的に出現し、フランを攻め立てた。
最初はかわせたフランだったが、絶え間無く足元から襲い来る槍に、遂に捉えられた。
両足と脇腹、右肩を巨大な槍が刺し貫く。
「ぐぁああああああああああああああッ!!!!」
「お仕置きよ!」
レミリアはそう言い放つと、今度は槍を地面に突き刺し、上空へ向けて両手を大きくかざした。
「天魔!「宇宙(そら)より来るもの」!!!」
両手より放たれた真紅の光が一瞬で遥か上空へと消えたかと思うと、次の瞬間、空から無数の、真紅の光の槍が雨あられと地上に降り注いだ。
「がぁぁああああああああああああッ!!!!」
大量の光の槍が、フランの全身を貫き、針の山と化した。
「すっごく痛いけどッ!!心臓ブチ抜いてないから死にゃしないわよ!!」
針鼠と化した妹の姿を見ながらレミリアは叫んだ。
グングニルを引き抜き、力強く腰を低く落として構えた。
「ぎぎぎぎぎっ!!!!!!」
壊れた悲鳴を上げ、全身を貫かれながら、フランは尚も動いていた。
「こん…な、モノ、でぇぇぇっ!!!私…ッはぁ!!!止められないぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」
その姿は悪夢そのものだ。
全身から槍を生やし、傷口から鮮血を噴水のように噴き出しながら、双眸を爛々と紅く輝かせ、悪鬼の形相で蠢くその姿はまさに悪夢の世界の王だった。
「まだ止まらないのか?私が言うのも滑稽だが……化物め…………!!!」
青ざめた表情でレミリアは毒づいた。
身体が震える。
青ざめた表情で……口元は、笑みで歪んでいることに気付かない。
理性では戦いを止めようと、拒否を示しているのに、本能は、闘争を、ここまでしても戦おうとする相手との闘争を望んでいるのだ。
レミリアの無意識はそれを理解し、だからこそ、彼女の無意識はそれを否定した。
(ここまでして止まらないなんて……!!ならば……)
「強引にッ!!!!!」
グングニルを頭上へと掲げると、それを大きく振り回す。
回転はどんどん加速し、遂に竜巻と見紛う程の大旋風と化す。
「寝かすまでだッ!!!!!!!」
レミリアは叫ぶと同時に槍を回しながらフランへと突撃した。
一瞬にして距離を侵略し、蠢くフランの懐へと入る。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
払い、突き、斬り飛ばし、突き上げる。
刹那の内の連続攻撃。
腕が飛び、噴き出る鮮血はまるで洪水だ。
「はぁあああああああああああああっ!!!!!!」
大地を強く、強く踏みしめて、渾身の力を込めた斬り上げ。
全身をズタズタに斬り裂かれ、抉られたフランの身体が天高く舞上がる。
「ぐが!!ぎゃふっ……!!!!!!!」
噴き出た血が雨のように大地に降り注ぎ、驟雨のようにザッと地面を濡らした。
「これでッ……!!」
宙へと浮き上がったフランへ一瞬にして追い縋ったレミリアが、槍を大上段に構えて、宣言すように叫び放つ。
「寝てろぉッ!!!!!!」
レミリアがそう叫んだ瞬間、グングニルが眩い真紅の閃光を放ち、槍身にこれまで以上に巨大で強力な魔力と凝縮された闘気が集中する。
「ルナティック……!!!」
血の色よりも紅く、真紅に輝く神槍が、無様に打ち上げられ、無防備となったフランの脳天目掛けて、断頭台の刃よりも無慈悲にそして冷酷に振り下ろされた。
振り下ろされる槍身を見つめながら、しかしフランには為す術も無く……。
(私はっ!!私はぁぁぁ!!!負け…ないぃぃッ!!負けたくないよッ!!!魔…理…沙ぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!)
一切合財の容赦無く、文字通りの必殺の威力を秘めた一撃が、フランの脳天に食い込む。
「デッド・エンドッ!!!!!!」
まるで、熱したナイフがバターを切り裂くかのように。
フランを脳天から真っ二つに両断した。
「ィぃぃいいイいイいイーっ!!!!」
左右の半身へと両断されたフランは、最早声とも判別の付かない絶叫を上げながら落下して行き、大地へと激突した。
(勝った……ッ!!)
槍を振り下ろしたままの姿勢で、レミリアは勝利を確信した。
(今度こそ、フォーオブアカインドによる分身回避は無かった。確実にフランを仕留めた……!!)
大技の直後、勝利の確信による一種の脱力感に襲われ、レミリアは空中でよろめいた。
「……っふう……。よ、ようやく……終わるのね……」
ふらふらと飛びながら、レミリアは両断されたフランの元へと降り立った。
「……あんまり、見ていて気持ちのいいものじゃないわね……」
頭頂から両断されて尚、フランは動いていた。
蠢いている、と言った方が正しいか。
「ま、今の私達は心臓を潰されない限りは死なないんだけど。ここまですればもう動けないわよね、流石に」
レミリアは腰に手を当てて、やれやれだと溜息をついた。
……何とか夜が明ける前に決着をつけることが出来た。
その安堵感から、レミリアの警戒心は限り無くゼロに近かった。
だから気が付かなかった。
その殺意に。
「……?」
不意に、レミリアは、どこかで魔力の動きがあることに気が付いた。
だが、どこであるかまでは特定出来なかった。
今までの戦いで周囲の魔力は乱れきっており、疲労も手伝って上手く感覚が働かない。
ただ、不思議なことに空気は良く澄んでおり、乱れた魔力も急速に元通りになっていくことだけは解った。
幻想郷という世界が持つ、自己補修機能だった。
大抵の「荒事」では傷も付かない幻想郷だが、まれに強大な力を持つものが何かしら面倒ごとを起こすとダメージを受けることがある。
そうしたダメージを、幻想郷という世界は生物の自然治癒と良く似た現象を起こして修復するのだ。
並みの妖怪や人間では滅多なことでは見られない、貴重な現象だ。
だが。
滅多にお目にかかれないその現象を目の当たりにしながら、彼女はそれに大した興味も持たずに、彼女はたった今感じた気配の正体を考えていた。
……が、それもすぐに飽きた。
そんなことはどうでもよく思えたし、……何より疲れた。
(気のせい…か。それより……)
左右に両断されたフランの身体を見つめ、今後のことを考える。
(とりあえず、くっつけましょうか?)
切り落とされた腕を、傷口に押し付ければ再生するような状態だ。
半身だってくっつけておけば修復するだろう。
そう考えてレミリアは身を屈め、フランの身体へ触れようとした。
その瞬間である。
ばちゅん。
すぐ近く、それも本当の超至近距離で、何かを射抜くような音がした。
同時に、首に高熱を感じた。
…後ろからだ。
その感覚は背後から感じた。
だからレミリアは後ろを見ようとした。
だが、それは出来なかった。
「え?」
後ろを振り向くどころか、自分の意思で首を動かせない。
それなのに、視界はぐるぐると目まぐるしく動き、地面が上になり元に戻ったりした。
一瞬の無重力間。
「あ…れ…?」
見る見るうちに近付いてくる地面。
一体、何が……?
首が動かないので、目だけを動かして何とか状況を調べようとしたレミリアは、ある一点を見て視線と意識が凝固した。
……見えたのは、首の付け根から血を噴き出す、自分の身体だった。
ゆっくりと、まるでスローモーションの動画を見ているかのように倒れ伏す自分の身体を見て、ようやく彼女は、自分が、首を何者かに刎ねられたと認識した。
衝撃。
自分の頭が地面に落下して転がる感覚に、レミリアは奇妙な感情を覚えた。
(へぇ…首が飛ぶとこんな感じなのね。貴重な体験だわ。今度、咲夜に教えてあげようっと)
偶然、自分の身体を眺めることが出来、更に視点も真っ直ぐに戻ったことは彼女にとって幸いだった。
(きっと、今の私は晒し首ね。まげを結わなきゃね。……いいえ、晒し首の時は、まげはいらなかったかしら?)
そんな、のんきなことを考えている間に、倒れる自身の身体の後ろから、黒衣の魔女が姿を現した。
「はろー、魔理沙。良く眠れたかしら?まだ人間が起き出すには早すぎな時間だけれど」
霧雨 魔理沙は、そんな首だけになったレミリアを、冷たい視線で見下ろしていた。
「おかげさまでぐっすりだったぜ。快眠中だったが、でかい音と地震並の揺れで叩き起こされたがな……」
「そう。それは御免遊ばせ」
「……まさか、首だけでも生きてやがるのか。本っ当、吸血鬼ってのはしぶといな」
「まぁね。それに加えて今の私はかなりパワーアップしているからね、当社比80%ぐらいに。首だけで動き回ったりとか雑作も無いわよ」
「そうかよ」
「貴女ね?私の首を飛ばしたの」
「だから何だ?」
魔理沙の顔は能面のようだった。
一切の表情が無かった。
「怖い顔。どうしたのよ」
「……………うるせぇよ、喋んな」
魔理沙の美しい鳶色の瞳に、冷たい光が燈った。
魔理沙はレミリアに向けて右手を突き出した。
その手には……ミニ八卦炉。
既にエネルギーの充填は完了しているらしく、溢れんばかりの魔力がスパークして火花を散らしている。
「ラストシューティングでもするの?ごっこ遊びするには、貴女の首と左腕を吹っ飛ばさなきゃダメよ?」
「……なんでフランを殺した」
「?……ああ、アレか……」
「アレ?アレだとッ!!?」
魔理沙が激昂した。
魔理沙の、人懐っこくてそれでいて意地悪で、けれども可愛らしい顔に、恐ろしい悪鬼のような形相が浮かび上がった。
憎悪と殺意に染まりきった、鬼の表情だ。
「フランはっ!!フランは、お前のたった一人の肉親だろうがっ!!!!血を分けた妹だろッ!!?あんなに仲良かった姉妹だったじゃないか!!!!それがッ!!それが……何で!?どうして!!何故!!!!」
魔理沙の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
泣き出したいのを堪えているのが、すぐに解った。
「何で殺したぁッ!!!!!!!!!!!!!」
夜明け前の幻想郷の夜空に、魔理沙の絶叫が木霊した。
レミリアの心に罪悪感が顔を出す。
(二人の仲を、本当に引き裂いてしまっていいの?)
……何を馬鹿なことを。
レミリアの中の、理性と言う名のもう一人のレミリアが語りかける。
では、先程までのお前の戦いは何だったのだ?
(決まっている。予測される、二人に訪れるかも知れない不幸を回避する為だ)
心に生まれた罪悪感を、無理矢理に押さえ込むと、レミリアは次の思考に移った。
(このまま憎まれ役として幕を引けば……魔理沙との友情は終わりね。でも、魔理沙とフランが不幸にならないのなら……、私は……。……今、魔理沙はフランが死んだと思ってる。そう思わせておけば、後は私が魔理沙に撃たれればいい。後の処理はパチェに念話で頼みましょう。マスタースパークで灰になった後でも使えればいいのだけれど、問題無いでしょう……)
「…………」
レミリアは魔理沙を見つめた。
叫んだ後の魔理沙は脆かった。
嗚咽を漏らし、両の眼からは涙が滝のように溢れた。
深い悲しみに全身を捕らえられ、小さな身体を震わせて泣いていた。
だが、魔理沙から、悲しみの感情に混じってもう一つの感情も溢れ出していた。
憎悪。
「私は……!私はっ!!!レミリア!!お前を絶対に許さない!!!!!!」
左手で涙を拭うと、憎悪に歪む悪鬼が姿を現す。
「殺してやる!!殺してやるぞ!!!跡形も無く消し飛ばしてやるッ!!!!!!!!」
ミニ八卦炉に両手を添えて、魔理沙の全身から凄まじい魔力が発せられた。
「…ただの人間なのに、すごい魔力ね……。ほんと、貴女は本当に人間なの?」
「喧しいッ!!!!フランの仇だッ!!!!!ぶっ飛びやがれ!!!腐れ吸血鬼!!!!!!」
集約される力。
恋符「ファイナルスパーク」。
七色に輝く魔力の輝きを強く見つめると、首だけのレミリアはそっと瞳を閉じた。
(ごめんなさい、魔理沙。残念ながら、貴女如きの魔力では私を殺しきることは出来ない。それでもこの一撃は受けるわ。せめてもの、償いに……)
瞳を閉じていても解る、巨大な魔力の高まり。
それが自分を包み、押し流される瞬間を想像しながら、首だけの自分をひどく滑稽だな、とレミリアは思った。
(…………)
ミニ八卦炉からほどばしる魔力のプラズマが、火花となって頬を焦がす。
(…………………?)
……頬を焦がすだけで、レミリアが、来ると思って待っている瞬間が訪れない。
「どうしたのよ?撃たないの……?」
レミリアは挑発するような口調でそう言った。
だが、反応は無い。
流石に気になって、レミリアは瞳を開けた。
魔理沙はそこにいた。
ミニ八卦炉を構えたまま、凍りついたように、そこに突っ立っていた。
レミリアは魔理沙の顔を見た。
……その表情は驚愕と……喜びに満ち溢れていた。
魔理沙の瞳から、涙が溢れた。
同じ涙でも、この涙は先の涙とは違う。
喜びの涙だった。
レミリアは、背後でゆらめく、微弱な魔力反応を漸く感知した。
「……!!まさか………っ?」
首から流れ出る血液が、まるで触手のように蠢き、軟体動物のような動きをし、レミリアは背後を振り向いた。
そこに、彼女はいた。
裂かれた半身を、黒い霞のようなもので繋ぎ、徐々に半身を合体させて行きながら。
フランドール・スカーレットはそこにいた。
私は、ただただ嬉しかった。
生きていた。
生きてくれていた。
ただそれだけが、この世だろうがあの世だろうが関係無く、唯一絶対嬉しかった。
涙が止まらない。
心臓は今にも張り裂けそうだ。
心の中が真っ白で、もう何が何だか解らない。
認識できない。
他の事なんてどうだっていい。
私の全感覚は、今この瞬間、彼女しか捉えていない。
彼女が、私と言う存在そのものを支配している。
「あ…ぁあああ……」
声にならない。
声すら無粋に思えた。
だけど、言葉こそは意思伝達の最も確実な手段の一つ。
そして何より、私は彼女の名前を口に出して、彼女の名前を呼びたかった。
口を大きく開けて深呼吸。
新鮮な空気がどっと肺に流れ込み、私を満たす。
そして私は呼んだ。
愛しい愛しい、その少女の名前を。
「フラン……ッ!!!」
次の瞬間、私は自分でも気付かない内に走り出していた。
自分の足が、これほど遅いとは思いもしなかった。
二人の距離がもの凄く遠く感じて……。
一瞬のはずなのに、永遠とも思える瞬間。
だけど私は走った。
何もかもがどうでもよかった。
ただ、彼女を抱き締めたかった。
距離なんてどうだっていい。
私はただ走る。
「あ……ぅ…ま…りさぁ……まりさぁ……」
フランがしゃがれた声で私を呼ぶ。
可哀相なフラン!
私が声をかけるまで、彼女は私に気付けなかった。
無理も無い。
あんな酷い状態なのだから。
千切れた半身が、ようやく完全に合体し、元のフランの姿へと戻っていく。
「魔理沙…?どこ……?私、目が見えない……」
可哀相なフラン!!
でも、もう大丈夫だよ。
私がいる。
フラン、フランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフラン!!!!!
「魔理沙ぁ……!」
「フラン!!」
永遠とも思える瞬間を、ついに私は走りきった。
両腕を大きく拡げて。
私は……。
この瞬間を何度夢見たことか。
再び彼女を、私の腕に抱く、この至福の瞬間を。
そっと。
痛くしないようにそっと彼女を抱き締める。
私がそうするように、フランも私を抱き締める。
そして……私達はやっと、抱き合えた。
「フラン…!フラン……ッ」
「え…えへへ……魔理沙ぁ……」
「私…私……!お前が……お前が……っ!!!えぐっ……」
「泣いてるの?魔理沙……」
「!馬鹿野郎……!!死んじまったかと思ったじゃないかっ……!!!」
「あはは……だから、泣いてるんだ……?」
「当たり前だろうが、この馬鹿……!フラン……!もう離さないから……絶対に……!いつまでも……ずっと一緒に……!!!」
「嬉し…いな……。約束だよ、魔理沙?ずっと、ずっと一緒だよ?」
「ああ…一緒だぜ。私……」
「なぁに?」
「…………はずかしい…。やっぱいい……」
「言ってよ、お願い。なぁに?」
「……………お前無しじゃ……もう、生きていけない…………」
言った。
言ってしまった。
顔から火が出たかと思うほど、熱かった。
心臓はバクバクと音を立て、破裂するんじゃないかと思う。
フランと会えない時間が、私を壊した。
私の心は常にフランのことしか無くって。
彼女のことしか考えられなくなって…………。
「本当……?」
「嘘でこんなはずかしいこと言うか、馬鹿……。本当だよ……!」
「嬉しい……!魔理沙……」
「フラン……」
フランを見つめる。
まだ完全に視覚が戻っていないのだろう。
彼女の目は忙しなく泳いでいた。
私の姿を求めて。
私はそっと、彼女の唇を奪った。
「ん……」
私はここにいるよ。
安心したのか、フランは目を閉じた。
そうさ、見えるようになるまで、無理はしなくていいんだ。
「お前……傷は大丈夫なのか?二つに千切れちゃってたけど……」
「えへ……は、恥ずかしい姿、見られちゃった…ね……。大丈夫だよ……。真っ二つにされたぐらいじゃ……吸血鬼は死なないもの……」
「でも……」
「そりゃ、ダメージが無いって言ったら嘘だけどね……。何せ……お姉さまに、斬られた訳だし……」
「……かわいそうに……!」
「えへへ……いいんだよ、もう。それに、魔理沙がこうして優しくしてくれたし……私の為に泣いてくれたから……」
「フラン……」
私はもう何も言えなくなって、ただ強く、彼女を抱き締めた。
もう離れたくない。
ずっと、いつまでも一緒にいたい……。
永遠に。
……不意に、私達を包む空気が一変した。
背筋がざわざわとする感覚。
私の背後から、禍々しい妖気が蠢いた。
私とフランが気配のする方を見ると、自分の首を抱えて立つ、レミリアの姿があった。
首を抱えるその様は、さながらデュラハンだ。
……デュラハンなんかより、ずっと恐ろしい悪魔だが。
「お姉さま……!!!」
「フラン…。まったく、何て頑丈なのかしら」
「!!テメエ……!!!自分の妹に、何て言い草だ!?」
「……」
レミリアは答えずに、自分の首を掲げると、そのまま切断面へと押し付けた。
熱した鉄板に水を垂らしたような音を立てて、そのまま首がくっついた。
……まったく、吸血鬼ってのはどんな身体してるんだか。
「お姉さま……!」
フランの視線が、レミリアを捉えた。
どうやら視力が戻ってきたらしい。
私達は身体を離すと、レミリアと真っ向から睨み合った。
「魔理沙……下がってて」
フランが私を自分の背後へと押しやる。
「今のお姉さまは強いから……魔理沙じゃ勝てないよ……」
そう言うとフランは、私に健気に笑って見せた。
「………!お、お前だって……!」
「……?」
「お前だって、そんなにボコボコにやれちまってるじゃないか!!」
「……へへ……。これから奇跡の大逆転勝利だったんだよ?」
「嘘つけ!」
「う、嘘じゃないよ~。あは、ははは……」
「……一緒に戦うよ」
「え……」
「どんな理由があるかは知らないけれど、お前達がやってたのは殺し合いだ……。殺し合いで、お前が、フランが殺されそうになってんだぞ!?助けない理由があるか!!!」
「で、でも……」
「でももヘチマも無い!卑怯だろうが何だろうが我慢できるものかよ!!」
「魔理沙……!」
そうだ。
たとえ、これが一対一の決闘だとしても。
フランが死にそうなのに、それを、指を咥えて見ている事など出来る訳が無い!!!
「……フランの言う通りだよ。今の私には、お前じゃ役不足だ」
レミリアが氷のように冷たい声でそう言った。
表情も、まさに非常な悪魔の顔だ。
氷のように冷たい。
私はレミリアを睨み付けた。
……きっと、ものすごく不細工な顔で。
私の心は、レミリアに対する憎悪でいっぱいだった。
「……それにさ。こっちはお前を助ける為に、したくもなかった姉妹喧嘩をやってるんだ。感謝されこそすれ、そんな風に睨まれる謂れは無いぞ」
「……何を言ってる?首が飛んで脳みそボケたか?」
「…生憎と、脳なんて単純で科学的な思考中枢は持ってないわ」
「兎に角、フランを殺そうとしてるお前に、何で私が感謝しなくちゃならないんだ?寝言は寝て言え」
売り言葉に買い言葉。
口喧嘩なら負けはしない。
次はどんな軽口が飛んでくるのか。
激しい罵詈雑言かもしれない。
レミリアは一瞬、何かをあきらめたかのような表情になり、すぐに冷たい表情に戻った。
それが私の感情を逆撫でする。
嘲りの表情に違いない。
そう思った。
……けれど、飛んできたのは軽口でも罵声でもなく、冷ややかな、それでいて強烈なインパクトを持った重い言葉だった。
「フランはお前を吸血鬼へ変えようとしている」
「………は?」
一瞬、けれど永遠かと思える空白。
「フランはお前とずっと一緒にいたいそうだ。…永遠にな。その為に、お前の血を吸い、眷属とし、吸血鬼へと変えようとしているんだよ……」
「な……」
レミリアの奴、今何を言った!?
私が……。
「吸血鬼……?」
「そう、吸血鬼。私は小食で眷属を増やせないのは知ってると思うけど、この娘には出来るみたい。……けれど、この娘がやろうとしているのはただの吸血じゃない。失敗する可能性が高い、もっとやばいもの……」
「どういうことだ、フランッ!!」
私はレミリアの言うことを遮るように、大声でフランに説明を求めた。
「『血の儀式』。魔理沙をね、私と同じ、スカーレットの悪魔へと生まれ変わらせてあげる儀式のことだよ。ずっと、ずぅーっと一緒にいられるための」
「な…、なんだって……」
私の頭は真っ白になった。
私が……吸血鬼に?
フランが、私の血を吸う?
呆然となった私に、フランがとろけるような表情で微笑んだ。
「んふふぅ……。そうだよぉ……。私が魔理沙の血を吸って、魔理沙が私の血を吸うの。そうすれば私達、ずっと一緒にいられるのよ。その上、お互いの血を吸い合うなんて……素敵でしょう?うふふふふふ…………」
「な……な……」
私は何も言えなかった。
何も考えられなかった。
この状況があまりに突然な出来事だったのに、その上突然こんなことを告げられて……。
私のちっぽけな思考能力では、この現実は処理できそうに無かった。
私はただ、怯えた仔犬のようにがたがたと震えているだけだった。
「嫌…でしょう?」
レミリアが、私に確認するかのような口調で語りかけてきた。
「人間じゃなくなって……私達みたいなバケモノになっちゃうなんて、嫌よねぇ?魔理沙」
彼女は、私が嫌だと思っていると断定した口調で喋り続ける。
「……………」
何も言えない。
頭の中がぐちゃぐちゃで、何も言葉が出てこない。
フランも何も言ってくれない。
ただ、にこにこと笑っているだけで何も言ってくれない。
何を馬鹿なことを、と思っている顔で、私に微笑んでいるだけで。
「私は、貴女がそんな風にされてしまうのを阻止する為に、こんな戦いをしてたのよ。肌はボロボロだし埃まみれになったし。お礼の一つでも言ってくれてもいいじゃない?なのにお礼どころか首を飛ばされるなんてね」
私は何も言えなかった。
私は……私は。
解らない。
この感覚は、この感情は。
私に解らないのに、他の奴が解る筈も無い。
ただ確実に思えることは。
…………嫌ではないことだけ。
「御託はもういいわ。お姉さま」
フランが私に微笑みながらそう言った。
「もういいわ」
フランが私の頬にそっとキスをする。
「もういいから、死んでよ。壊れて頂戴。壊してやるわ」
ゾッとするような冷たい声で、フランはそう言った。
レーヴァテインが変化したのであろう、巨大な剣をずるずると引きずりながら、ふらふらとレミリアへ向かって歩いて行く。
「ふん……。まだやるの?外見だけ取り繕ってもダメよ。貴女に残された力は最早形骸。敢えて言うとカスよ」
心が痺れていて、私はろくな反応が出来なかった。
気付いた時にはフランがレミリアへ向かって、剣を振り上げながら駆け出していた。
刃が撃ち合わされる鋭い音が夜空に響く。
フランとレミリアの、息もつかせぬ壮絶な撃ち合い。
異様なほどに大きく、そして血の色みたいに紅い満月を背に、地上で、あるいは空中で。
夜空に何度も何度も、刃が撃ち合わされる音、そしてその都度舞い散る火花が、壮絶な死闘の現実を、ひどく幻想的なものに見せていた。
「ほんと、しつこいわね」
「そっちこそ」
私の目には、何も映らない。
見えているのはたまに出てくる残像みたいなものと、走る剣閃、遅れて舞い散る火花だけだ。
だけど……。
「くっ……」
「ぬ…う……」
二人のスピードは、段々と遅くなり始めてきていた。
目に見えて遅くなり、ついに……。
「く……う……」
「はぁはぁはぁ……」
地上に降り立った時、二人の動きは私でも目で追える程度にまで落ち込んでいた。
二人とも呼吸の音が乱れに乱れ、荒い息を吐いていた。
汗は滝のように流れ、武器を持った腕は下がり気味だ。
二人がひどく消耗しているのは火を見るより明らかだった。
そして、私の目に狂いが無ければ……。
「ふん!そろそろ限界のようね、フラン!!?」
「何度目?いい加減聞き飽きたよ!!!」
より酷く、より激しく消耗しているのは、フランだった。
だんだんと、だが着実に、フランは劣勢に陥っていた。
あそこまで消耗しているのにも関わらず、フランはたまに効果的な攻撃を繰り出してはいるが、手数も有効打もレミリアの方が遥かに多い。
「くっ……うぅううっ!!!!」
「ほらほら!もう降参しなさい!!私もそろそろッ!ふん!!疲れて来てんのよ!!手元が来るって心臓ブチ抜いちゃうかも知れないからさ!!!」
「だぁまぁれぇぇぇぇッ!!!!!」
「無駄無駄無駄ぁ!!!!」
何度目かの鍔迫り合い。
剣の刃と槍の刃とを噛み合わせ、火花を散らしながらいがみ合う。
ガリガリと音を立てて削り合う刃。
しかし、一方の刃が徐々に後ろへと下がっていく。
フランの剣が。
「ぐぬ……!!!」
フランの顔に焦りの色が濃く現れてきていた。
「あ、あああ……」
私はただ惚けた声を出すのみで。
「これでッ……」
フランがどんどん後退していき……。
レミリアがその分踏み込んで。
「今度こそッ!!」
レミリアの全身から、一際大きい闘気が膨れ上がって。
「うぁああっ!!?」
「終わりよッ!!!!!」
吐き出された裂帛の気合。
同時に響き渡る、キィンという高い金属音。
空を切る旋風のような音が頭上から聞こえてきて。
次の瞬間、私のすぐ隣に、血の色に染まった真紅の武具が突き刺さった。
フランのレーヴァテインだった!
「……貴女の負けよ」
レミリアの冷酷な声が遠く聞こえてきた。
グングニルをフランの喉元へ突きつけて。
フランにとって、それは絶望的な状況だった。
「ま……まだだ……!」
フランが吐き捨てるように言った。
「もういいわよ……」
レミリアが溜息混じりにそう言った。
「キリが無いわ。もう止めましょう?」
「まだだっ!!!!!」
フランが叫び、同時に槍の穂先を左手で掴み引き寄せて、右手の爪をレミリアの顔面に向けて突き出すのと、レミリアが槍を手放して、左手に発生させた魔力光をがら空きのフランの懐へねじ込み吹き飛ばしたのはほぼ同時だった。
優劣を決めたのは、両者のスピードの差だった。
紅い閃光と轟音が響き、フランは後方へと吹き飛ばされ、隆起した岩壁に激突した。
競り勝ったのはレミリア。
レミリアは技を繰り出したままの姿勢で荒く息を吐いていた。
今のでまた、相当に消耗した様子で、彼女は頽れた。
ここからでも聞こえるくらいに荒い息を吐き、呻いていた。
……私にはそんなことどうでもよかった。
私は取る物も取らず、フランの元へ駆け出した。
「フランッ!!!!!」
泣き叫んでいた。
恥も外聞も無かった。
私はフランの元へ駆け寄り、彼女を抱き起こした。
「フラン……フラン……!!」
「あ……まりさ……」
フランの呼吸がおかしかった。
さっき、再生した直後よりも酷く乱れていた。
「ま…り……ゴフッ!!!」
フランの口から、おびただしい紅いものが溢れた。
……血だった!
「ぐ…が…ぎゃふっ!!ごふっ!!!」
激しく咳き込み吐血する。
「あぁ……うあああ……フラン!……しっかりしろ!フラン!!!!」
彼女の全身は、不気味な痙攣を繰り返し、口は血を吐き出し続けた。
私は完全に混乱していた。
どうしたらいいのか解らず、彼女を抱いたまま頭が更に真っ白になっていた。
混乱した私の視線がそれを目にしたのは、偶然だった。
奇跡だったかも知れないし……あるいは、必然だったのかも知れない。
フランの左胸の服が、炭化して露出していた。
彼女の左胸は酷く焼け爛れ、痛々しい傷口が開いていた。
「し……!!!」
傷口は深く……。
「心臓が……!?」
その傷口は、小さな黒い洞穴のようで……。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
洞穴から、紅い血がどくどくと流れ出ていた。
「う……どう…したのよ……魔理沙……っ。……大…声で……泣いちゃって……?」
ぶくぶくと、口元に血の泡をつけて、フランが途切れ途切れに囁いた。
擦れた声は、聞き取れるかどうか、際どい程小さかった。
「お…お前……しっ…心臓……心臓が……」
吸血鬼のことは勉強して知っていた。
頭を潰しても、五体を引き裂いても、真の吸血鬼は死なない。
さっき私は、真っ二つにされてしまったという先入観からフランが死んでしまったと思い込んだが、落ち着いて考えればあのように取り乱したりはしなかった。
あの状況で落ち着いていられる筈も無かったが。
兎に角、普通の生き物なら致命傷になるようなダメージを受けても、心臓を潰されない限り吸血鬼は死なない。
また、物理的に心臓を潰しても、その後然るべき処置をしなければ完全に滅ぼすことは不可能だ。
その処置と言うのがすこぶる面倒な魔道の儀式なのだが……。
兎に角、普通に心臓をどうこうした程度では吸血鬼は死なないのだ。
だが、レミリアの放った攻撃は、その魔道の儀式ではないが、吸血鬼の心臓を滅ぼす、またはダメージを与えるくらいの魔法的破壊力を備えたものだったようだ。
「あ…う……」
まだ死ぬレベルじゃない。
だが、あと何かしらの攻撃を受ければ死ぬレベルでもある。
残り体力1みたいなものだ。
「フラン…!しっかりしろ!!助けてやるからっ!パチュリーや永琳を呼んでくるよ!!絶対に助けるからッ!!!」
「はは……そんなこと……大丈…夫だって。ほ、ほら……っ…く……」
「ばか、立つな!!」
フランは私の制止を振り切って、健気にも立ってみせた。
だがその足はガクガクと震え、立っているだけで精一杯だった。
「えへへ……ほ、ほら…ね?ね?だだだだいじょ……ぶだからら……」
呂律も回らず、それでも私に「大丈夫」と訴えるフランに、私はただゆっくりと首を横に振る。
「大丈夫なもんか……!大人しく寝て待ってろ。すぐに助けを呼ぶから……」
私は震える声でそう言った。
しかし、フランは、ゆっくりと首を横に振った。
首を動かすのも辛そうだった。
「そ…んな暇まま……ないナなイよ……。おお…姉ささ……ま…ががが……!」
フランの声音が変わり、私は弾かれたようにレミリアがいた方へ首を向けた。
「……まだ立てるのね」
レミリアとの距離はざっと200メートル前後。
奴にとっては200メートルも1センチも変わらない。
よく通る声で、こちらへ聞こえるようにレミリアは言った。
「でも、もう風前の灯、ノックアウト寸前ね。疲れたでしょう?……もう寝なさい」
レミリアの右手に、真紅の魔力光が宿る。
……グングニルだ。
さっきみたいに実体化こそしていないが、アレの威力は折り紙付だ。
その上、どういう理屈か知らないが、今のレミリアとフランは私の知っている二人じゃない、別次元の強さを持った悪魔だ。
威力は比較にならないだろう。
まずい。
「く……ぬ……ぐふっ!」
フランがまた吐血した。
まずいまずいまずい!!
レミリアは気付いていない!!
フランが本当に限界なことに!!
推測だが、ほぼ確実に、あのグングニルは「さっきまでの、心臓を損傷する前のフラン」を標的として編まれたスペルだ。
そんなものを今の「心臓を損傷したフラン」が喰らえば……!!!!
「止めろッ!!!!!!!」
あらん限りの声を振り絞って私は怒鳴った。
「聞く耳持たんっ!!!!」
「止めろーッ!!!!!!」
お前には見えないのか!!
フランの傷が!!
フランの、この弱りきった姿が!!!!
「おやすみッ!フラン!!!!!」
レミリアが無慈悲に槍を振り被り、私が制止の声を出す前に、槍は……。
「このクソ馬鹿野郎―――――――――――――――――ッ!!!!!!!!」
スペルを編む時間は……無い。
永遠に引き伸ばされる一瞬の世界。
すべてが止まった世界。
私だけが……動く。
私は振り返り、見た。
この眼にしかっりと焼き付けるように。
何より愛しい、大切な、彼女の姿を。
そして……私の世界は、闇に包まれた………………。
その瞬間、確実に時間は止まった。
現実の、法則としての時間ではなく、生物が感じる感覚としての時間が。
槍を放ったままの姿勢で、レミリアは固まっていた。
その顔は蒼白で、驚愕に歪んだまま微動だにしない。
フランもまた、立ったまま動けなかった。
つい先程までガクガクと痙攣していた身体の震えさえ止まった。
その真紅の瞳には、大粒の涙が次から次へと湧き上がり、彼女の頬を滝のように流れ落ちて濡らした。
その涙だけが、この瞬間、この場で、唯一動くことを許されていた。
フランの瞳には、彼女の、最愛の女性の姿が映っていた。
自分と同じ、混じり気の無い本物の、手入れの行き届いた美しい金髪。
可愛らしくて、そして時に頼もしく、時に無邪気な子供のようにその表情を様々に変える、綺麗で美しい顔。
夜の闇のように黒いドレスに、よく解らないセンスでチョイスされた純白のエプロン。
「ま……!!」
愛しい愛しい、何よりも大切な、私だけの少女。
「魔理沙ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
夜が明ける間際の空、フランの絶叫が幻想郷を揺らした。
「魔理沙ぁぁッ!!!!死なないでぇ!!!!魔理沙、魔理沙、魔理沙ぁぁぁぁぁぁぁ!!!うわぁああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!!!!!!!」
純白のエプロンを朱に染めて、腹部を貫く真紅の槍を生やしたまま、魔理沙は虚ろな瞳で泣き叫び、抱きつくフランをそっと、力ない腕で抱き締めた。
そのまま座り込むようにして頽れる。
「フラン……無事か……?無事だな……、なら……いい……」
「魔理沙…………!!」
「へへ……私としたことが……っ、……ヘマ…しちまったぜ……」
力を振り絞るように、徐々に小さくなっていく声で、魔理沙は懸命に強がりを言った。
だが、見え透いた嘘である以前に、隠されてもいない虚勢に騙される者など存在する筈も無く。
「魔理沙ぁッ!!!死なないでぇッ!!!魔理沙ぁぁぁ!!!!」
「だ…大丈夫、さ……私…は……死なない…ぜ」
「うわああああああああああああああああぁぁぁん!!!!魔理沙あああああああああああああ!!!!!!」
自分に縋り付くようにして泣きじゃくるフランの頭を、魔理沙は優しく、愛しむように撫でた。
「平気だ……ぜ、心配……すんな。だから……」
「うん!うん……!」
「早く…逃げろ……な?お前……アイツに、殺されちゃうよ……」
「!……そ、それこそ、大丈夫だよっ……!私、あんなのに負けたりしない!!負けないからっ!!だから死なないで!!!」
か細い声で、懸命に自分を呼び、泣きじゃくるフランを、魔理沙は今一度ぎゅっと抱き締めた。
「ああ……約束……だ……。私は……死なないぜ……」
「本当……?」
「約束だ……」
「うん!約束だからね……」
「フラン……」
「…何……?」
「好きだぜ……」
「!!!……うん。私も………大…好き……」
「愛してる……誰よりも……」
「うん」
「フラン……」
「うん」
「生きて……」
「うん」
「…………」
「…………」
………まるで眠るかのように、魔理沙の意識は闇へと飲まれた。
フランは魔理沙の身体をそっと横たえると、彼女の腹に突き刺さったままだったグングニルを、ゆっくりと引き抜いた。
引き抜かれたグングニルを固く握り締める。
次の瞬間、グングニルは硝子の割れたような音を発して粉微塵に砕け散った。
フランがすっと右手を上げる。
大地に刺さっていたレーヴァテインが、見えない糸で引き寄せられているかのように、彼女の手元へと戻ってきた。
手に戻ったレーヴァテインは、彼女が愛用する杖の姿へと戻った。
フランが顔を上げる。
その顔は……限り無い憎悪と憤怒、そのものだった。
真紅の瞳はこの上さらに紅く、憎悪の炎を宿して爛と輝き、視線だけで何者をも射殺せそうだ。
背中の歪な翼が、バキバキと音を立てより巨大になっていく。
フランがおもむろに振り返る。
「ひっ……!?」
視線の先には、彼女の実姉、レミリアの姿。
否、最早フランの中で、レミリアは実姉ではなく、何度殺しても殺し足り無い程憎い仇でしかなかった。
「そ…そんな……まさか、飛び出してくるだなんて思いもしなかったわ……!!魔理沙も威力の程は解っていた筈なのに……!なのに飛び出してくるなんて……!!こんなつもりじゃ……こんなつもりじゃなかった!!!!」
「飛び出してくるとは思わなかった?」
「そうよ……そんな……」
「……馬鹿な真似?」
「!!!!ち、ちが……」
「そう思ったんでしょ」
「わ…私は、そんな……!魔理沙を……!!」
「喋るな」
「!!!!!!!!!」
フランの姿が消失する。
と同時にレミリアは遥か上空へと吹き飛ばされていた。
腹部に強烈な衝撃と激痛を感じたのと、自分が吹き飛んだことを認識したのは、既に吹き飛ばされた後だった。
(そんな……!?追いきれなかった!?)
翼で制動をかけながら、レミリアは驚愕で思考を一瞬、麻痺させていた。
だから気付かない。
目前に迫った彼女に。
認識できないほどの衝撃と激痛が、全身のいたるところへと叩き付けられた。
フランの繰り出す四肢が、レミリアの全身を滅多打ちにする。
苦悶も悲鳴も漏らせずに、レミリアはサンドバックのように無抵抗のままひたすら殴られた。
「うおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!」
拳、蹴足、膝、肘、頭突き。
全身を使った連続攻撃。
「お前がっ!!!!お前があっ!!!!!!」
レミリアの全身から血が噴き出す。
「魔理沙をッ!!魔理沙を殺したんだぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!」
遠心力をたっぷり乗せた必殺の回し蹴りがレミリアの側頭部を捕らえ、メシリと嫌な音を立てながら吹き飛ばす。
「殺す!!壊す!!消してやるッ!!!!!!!!!!!!!」
フランはレミリアに対し指を突き付け、絶叫する。
「ぐ……は……」
レミリアの意識は途切れる寸前だった。
気絶しそうな一歩手前、あまりの激痛に全身の感覚が麻痺してしまっていた。
「ご……め……」
レミリアは薄れ行く意識の中、力を振り絞ってフランへ語りかける。
「ごめ…んなさ…い……私……魔…理沙を……殺…す気なん…て無かった……許し…て」
レミリアは、泣いた。
彼女の心は一瞬にしてズタズタに引き裂かれた。
友達だった。
霊夢ほどの仲では無かったが、彼女は自分にとってかけがえの無い友人だった。
それを……友達を、自分は殺してしまった。
そして。
実の妹から、とうとう姉であることすら否定され、憎悪に染まった眼で見られた。
直接言われた訳ではない。
だが、彼女には伝わっていた。
フランの放つ憎悪と殺意の波動が、言葉よりも雄弁に語っていたのだ。
「お前は敵だ、姉なんかじゃない」と。
「ごめん……ごめんなさい……ごめんなさい……」
悲痛な声で、レミリアは泣きじゃくりながらひたすらに謝り続けた。
フランはそんな姉の姿を、怒りに染まる双眸で、まるでゴミでも見るかのような視線で見ていた。
「魔理沙……ごめんなさい……私……私……」
「黙れ糞虫」
「!!!!」
冷水をかけられたかのようだった。
ビクンとレミリアの身体が跳ね上がる。
恐怖。
「お前如きが魔理沙の名前を口にするなッ!!!!!」
「あああああ……」
「バラバラにしてから消滅させてやろうかと思ったがもう止めだ!!!今すぐ消滅させてやる!!!!!!!くたばれ糞虫がぁッ!!!!!!!!!!!!!!」
フランが手にした杖を振り回し、レミリアへ向けて突き付ける。
瞬間、杖の先端から真紅の光が幾条も飛び出し、それぞれがまるで鞭か蛇のようにレミリアの手足や首、肘膝の関節まで絡みつく。
「!!こ…これは……っ」
絡みついた光はそのままレミリアを拘束し、一切の身動きを封じ込めてしまう。
「簡易強制拘束呪法《バインド》ッ……!!!?」
レミリアは必死にもがいた。
だが、《バインド》は硬く、消耗しきっていたレミリアには解くことはおろか、微動だにすら出来ない。
「乾・坤・震・巽・坎・離・艮・兌……」
フランの口から、滑るように呪が紡がれる。
同時に、杖で前方の空間に不思議な紋様のようなものを描き、左手でそれに触れる。
「…!?それは……何!?いったい……!!」
やがて、杖は八卦の紋を空間へと浮かび上がらせ……。
「我が前に集いて陣と成せ。世界の理、そのすべてをここに。……いでよ」
そして呪が終わる。
その瞬間、フランの前方の空間が眩い真紅の光を放ち、その光がフランの両手へと収束していった。
あまりの光量に、耐えかねて瞼をきつく閉じるレミリア。
しかし、瞼越しで尚、光は眼球に届きレミリアの視覚を焦がす。
光は徐々にその輝きを減じていき、収まった。
レミリアが瞼を開けると、フランの両手の間に奇妙な魔法陣を発見した。
「それは……」
瞳を見開き、眼を凝らしてそれを見る。
それは500年以上生きてきた自分でも、見たことも無い形。
……否。
「知っている……?私は、それを……どこかで……」
血の色のような真紅の魔力の光で編まれた魔法陣。
その紋様、独特の八角形……。
「……!!魔理沙の……ミニ八卦炉……!?」
「そうだ。いつの日か、魔理沙と一緒に作る筈だったミニ八卦炉の設計図だ!!」
フランの翼がバキバキと音を立て、更に巨大に、不気味に変貌していく。
四つに増えた翼がそれぞれ、その巨大な影を拡げ、フランを中心にX字を象った。
「本当はアーティファクトとして作り上げるシロモノだけど、作り方さえ解っていれば一時的に魔力で編むことでその構造を再現できるのさ!!」
「…………!!魔理沙は、そんなことまで教えていたのね……」
「こいつでお前を完全消滅させてやる……!!!!……魔理沙の…そして私のこのスペルでな!!!!受けるがいい!!!」
フランが叫ぶと同時に、八卦魔法陣を中心に、フランの全身から膨大な魔力が集中し出す。
「麗しき天空の乙女達よ、今、ここに集いて光となれ。我が想い、彼の者へ届け。阻むものにはそのすべてに等しき滅びを。助くるものにはそのすべてに祝福を」
呪文詠唱。
接続、起動確認。
フランの翼が大きくざわめき、その翼を彩る宝石が、すべて真紅の閃光を放つ。
夜空に浮かぶ紅い月が、一際大きくなったような錯覚を、レミリアは覚えた。
背後に背負った真紅の円盤、満月から、フランの詠唱に応えるかのように巨大な魔力がフランへと照射される。
「星よ、見よ。天よ、地よ、すべてのものよ、見るがよい。思い知れ、我が想い。必ず叶えてみせようぞ、我が内に秘めし、この熱き想い」
フランの周囲の魔力が、急速にフランと、彼女の作り出した魔法陣へ流れ込むのをレミリアは感じた。
「周囲の魔力を吸収、収束しているのか!?……この量……ここいら一帯が100年は軽く枯渇するぞ…………!!!!」
魔力が豊富で尽きることの無い幻想郷。
その魔力を小規模の区域限定とは言え枯渇させるだけの量を吸収する……。
レミリアは愕然と悟った。
受ければ、文字通り消される。
今度こそ、完全に。
「くっ……がぁあああああああああああッ!!!!!」
もがく。
この戒めを今すぐ解き放たなくては!!!!
しかし、そんなレミリアの必死の抵抗を嘲笑うかのようにフランは詠唱を続ける。
びしり。
何かが割れるような音がした。
「!?」
レミリアは自分を戒める《バインド》を見た。
もしかしたら《バインド》にひびが入ったかと期待したのだ。
だが、どこを見回しても、感覚を総動員してもそんなひびは見つけられなかった。
(じゃあいったい……?今の音は何……!?)
「……人の恋路を邪魔する奴は、どうなるか知ってる?」
詠唱の途中で、不意にフランがレミリアへ声をかけた。
びしり。
(またこの音……)
「……馬に蹴られて三途の川よ」
「ぶぶー。私に消されていなくなるのよ」
びしり。
「………!?」
フランが魔法陣へ両掌をかざし、彼女の全身へと集まった魔力と、魔法陣が吸収した周囲の魔力とが掌へ集中し、スパークする。
レミリアはその掌を見た。
そして、その時はじめて、さっきから聞こえていた音の正体を知った。
フランの掌が、両方ともひび割れていた。
それだけでは無かった。
魔力光が逆光となって見え辛かったが、よくよく見てみれば、フランの腕や足など、肌が露出している箇所から確認できる限り、彼女の全身がひどいひび割れを起こしていた。
……石に入るひびとはわけが違う。
(身体の……吸血鬼の身体の、限界だわ……あんなに消耗していたのに、こんな大魔法を使うから……っ)
そして見た。
フランの胸の傷を。
(心臓……!!あの時……!?)
先程、フランを弾き飛ばした時の光景が脳裏に浮かぶ。
(だから魔理沙はッ……!!)
魔理沙はこの傷を知ったから、私を止めようと必死に叫んだのか。
(私が……私が殺したも同然じゃないか!!本当に殺してしまったのと……!!!事故でも何でも無く、完璧に、私が……!!)
心臓にこれだけのダメージ。
加えて著しい体力と魔力の消耗。
こんな状態で身体に大きな負担がかかる大魔法を使えば……。
「止めなさい!!貴女が死んでしまうわ!!!」
必死に叫んだ。
「命乞い?」
「そんなんじゃない!!!!自分の身体を見てみなさいよ!!!それを撃ったら貴女の身体は………!!!!」
フランは、自分の、ひびだらけとなった腕を、何かつまらないものでも見るように一瞥した後、レミリアを嘲るように言った。
「構わない」
「え……」
「魔理沙が死んじゃった。魔理沙はもういないの。だから、生きてたって意味無い」
「………………!!!!」
レミリアは雷に撃たれた様な衝撃を覚えた。
そうだ、私は………。
フランの、希望を、すべてを壊してしまったんだ。
「……消えろ」
憎悪に満ちた声が、冷たく響く。
「今こそ我が手に、想いの剣!我が恋を叶える為の刃と成せ!!阻むものよ、恐れよ、滅べ!!光よ!!!貫け!!!!!墜ちて滅せよ、恋敵!!!!!!」
発動。
フランの両腕に、複数の環状魔法陣が出現。
魔力増幅、加速開始。
魔法陣回転……充填完了。
彼女の歪な翼は、その瞬間、確かに、この幻想の空を覆い尽くさんばかりに巨大に変貌した。
それは滅びの光。
終焉を告げる最期の光。
「恋禁・デッドエンドスパーク」
……刹那、空が紅に染まった。
明け方とは言え、夜の黒を瞬時に紅く染め上げ、その魔砲は発動する。
何ものをも比肩することを許さない、絶大で巨大なエネルギー。
周囲の魔力、加えて生気さえも吸い上げて、その様は全てを飲み込み喰らい尽くす魔。
押し寄せる、絶対的な滅びの光。
抗うことを微塵も許さず、要求は唯一つ。
「滅べ」
発動の余波で、大地は裂け、天は悲鳴を上げた。
あまりの轟音に、音は消失してしまった。
真紅の閃光が、前方の空間を「喰らい尽し」、狙いを違う事無く真っ直ぐに自分を目指し進んで来る。
この光に消せないものは存在しない。
神も魔も、運命も、その結末からは逃れられない。
運命が唯一許されるのは、滅びの結末のみだ。
霊魂すら残すまい。
文字通り消されるのだ。
押し寄せる滅びの奔流を、レミリアは《バインド》に捕らえられたまま、ただ為す術無く見つめていた。
「死ぬ……滅びるのね。…………ああ」
不思議と涙は出ない。
「受け入れましょう……」
あるのは恐れでなく、殺してしまった友人と、妹への罪の意識だけ。
「500ちょっと……短い生だったわね……」
レミリアは瞳をそっと閉じた。
痛い、熱いとも感じずに、一瞬で消滅出来るだろう。
思い残すことは無い。
私は滅びを受け入れよう……。
この魔砲は恋路を邪魔するものをことごとく滅ぼす。
まさに、自分にぴったりのトドメだ……。
……ああ、心残りがちょっとあった。
霊夢や咲夜にもっと甘えたかった…………。
…………………………………。
………………………。
……………。
………………………………?
まだ自分の意識があることに、レミリアは困惑した。
視界は暗い。
さっきまでは瞼越しでも明るかった視覚が今は暗い。
自分は死んだのではないのか。
これが死後の世界?
いや、冥界はもっと明るい雰囲気だったはずだ。
これが消えた後の世界?
いや、消えた後なら意識などあるまい。
では……?
レミリアがそこまで考えた時、脳裏に聞き慣れた、けれど懐かしい声が響き渡った。
(……何とか間に合いましたわ。ご無事……ではないですけれど、生きていらっしゃいますよね、お嬢様?)
(…!!その声、咲夜!!咲夜なのね!!?)
(はい、お嬢様。咲夜ですわ)
(咲夜…!!でもどうして?)
(お嬢様をお助けするのが従者たる私の役目。時間を止めてお嬢様をあの場からお救いいたしました)
念話で、咲夜との久し振りの会話をするレミリアは、100年ぐらいの懐かしさを感じて素直に嬉しく思った。
(時間を止めたと言うけれど、それでは貴女しか動けないでしょ?)
(従者たるもの、お仕えすべきご主人様の為、日々精進を怠る訳には参りません。ある程度ならば時の流れを自由に操作出来る術を開発中なのです)
(そう……なの)
(そろそろ地上です。時間停止を解除しますので目を開けられますよ)
(ん……)
咲夜に言われるまでも無く、レミリアは瞼を開けた。
目の前には、彼女の大事な大事な、瀟洒な従者の姿があった。
「お嬢様」
咲夜は恭しく頭を下げると、失礼いたします、と告げた。
次の瞬間、レミリアはボロボロだった衣服から、綺麗な卸し立ての衣服に身を包んで立っていた。
「咲夜、ありがとう」
「いえ……」
「服もそうだけれど……助けてくれて」
「勿体無きお言葉にございます」
「それで……」
「…………お嬢様をお救いした瞬間から、既に10分が経過いたしました。お嬢様は暫くの間意識を失っておられて……」
「そう……」
レミリアはそっと目を閉じて、深く溜息をついた。
「フランは……」
「妹様は……」
咲夜が辛そうに言った。
「妹様と魔理沙は、向こうです。パチュリー様が二人を看て下さっています」
「そう…案内して頂戴」
レミリアと咲夜が辿り着いた時、そこには全身ひびだらけとなり気を失ったフランと、青ざめた顔で瞳を閉じたままの魔理沙の姿があった。
そのすぐ横で、パチュリーと美鈴が二人の身体にそれぞれ手を当てている。
「パチェ、美鈴」
「あら、レミィ」
「お嬢様、咲夜さん!二人が……」
美鈴が瞳に大粒の涙を溜めて、レミリアと咲夜に挨拶をする。
「どう?容態は……」
咲夜がハンカチを取り出して、美鈴の涙を拭きながら尋ねた。
「は…はい。妹様も、魔理沙も、かろうじて生きておられます」
「!本当!?」
レミリアの顔が少し明るくなる。
しかし、それをすぐに帳消しにする一言を、パチュリーが告げた。
「今は…ね。もうじき、二人とも死ぬわ。私の治療魔術と魔法薬、それに美鈴の気功で何とか維持しているけれど、もう後一時間ももたないわ」
「そんな!!」
その言葉を聞いた瞬間、レミリアは泣き崩れた。
「そんな……そんなぁ………!!パチェ!!何とかならないの!!!?お願い、何とかしてぇ!!!!!」
「……………」
「……………」
咲夜と美鈴は何も言えない。
「蓬莱の薬があれば何とかなるでしょう。けどそれじゃあ魔理沙は助かるけれど妹様は助からないわ」
「あああああああああ…………」
「私からもお願いします!!どうか…!どうか二人を助けてください!!!」
「パチュリー様!!!」
咲夜、美鈴に泣きつかれたパチュリー。
だが、彼女の表情は暗く、重い。
「…………」
レミリアはそんな親友の顔を見て、うずくまり、号泣した。
「だめ……なのね」
10分ほど経過した後。
泣き腫らした顔を上げ、レミリアはパチュリーに言った。
「ええ……手立ては……無いわ」
「そう」
パチュリーはこの場で唯一人、不気味なほど落ち着いていた。
それが気に障ったのか、美鈴がキッとパチュリーを睨み付けて激昂する。
やり場のない悲しみと、自分の不甲斐無さとの怒りをぶつけて。
だが、襟を掴まれ、怒鳴り散らされてもパチュリーの表情は変わらない。
咲夜に後ろから羽交い絞めにされるまで、美鈴はパチュリーに怒りと悲しみを吐き出し続けた。
「……躾がなっていないわね、咲夜。貴女の監督不行き届きだわ」
「は……申し訳……ございません……」
パチュリーの態度に、咲夜も憤りを感じているらしく、言葉の切れが悪い。
しかし、そんなことはどこ吹く風とでも言うように、パチュリーはうずくまったままのレミリアに向かって声をかけた。
「……レミィ」
「……なに?」
パチュリーの瞳が妖しく輝いた。
だが、今のこの状態のレミリアは、それが解らない。
「……完全に元通りっていうわけにはいかないけれど」
「……?」
「二人を助ける方法が一つだけ存在するわ」
――――――ここは神社からそう遠くないが、あまり近くもない湖の真ん中に存在する孤島に、偉そうに建つ悪魔の屋敷、紅魔館。
うざったい太陽がようやくその嫌味な顔を引っ込める、紅い紅い夕暮れ時。
血のような夕日の光が、厚いカーテン越しに部屋を満たし、目覚めの時間を私に教えた。
もっとも、そんなものが無くとも目覚める時間は身体が覚えている。
壁に掛かった大きな仕掛け時計を見る。
だいぶ長い時間寝入っていたようだ。
昼寝にしては長過ぎだろう。
遊び過ぎたと反省。
遊び疲れというものは、なかなかどうして侮れない。
遊んでいる時は疲れなど感じることは無いが、身体の方はしっかりと疲労という負債を抱え込んでいるわけだ。
睡眠は疲労負債を返す労働だろうか。
休みの筈なのに働くとは可笑しな話だ。
私は布団から這い出すと、ベッドからするりと降り立つ。
一人で寝るには大き過ぎるベッドだが、色々な遊びをするにはもってこいだ。
私がベッドから出て、大きく伸びをしながら欠伸をする。
実によく眠ったものだ。
背中に生えた大きな翼も含めて、更に伸びをしていると、部屋の扉をノックする音に、入室を断る声が聞こえてきた。
私がそれに返事の声をかけると、間も無く寝室の扉が開き、メイドが一人、私の服を抱えて入ってくる。
フリルやリボンが多くついた、噂に聞くところの「ゴシックロリータ」な服だ。
私がまた一つ欠伸をしているうちに、メイドは私のパジャマを素早く脱がせ、持ってきた服を手早く私へ着せる。
見事な手付きで、ものの1分とかからずに私の着替えはほとんど終わる。
後は仕上げに5~6分。
その間に、眠っている間に乱れた髪を解き解し、丁寧にブラッシング、リボンを結ぶ。
髪は女の命だ。
すべての着替えが終わり、私は洗面台へと入り顔を洗って口を軽く濯ぐ。
……うん、さっぱりした。
黒いドレスの裾を翻し、私はゆっくりと部屋の入り口に向かう。
扉の前にはさっきのメイドが控えている。
私は彼女に礼を言って微笑んだ。
彼女には本当に、いつもお世話になっている。
私は部屋から出ると彼女に手を振って、早速屋敷の奥へと向かうことにする。
約束があるのだ。
翼を軽くぱたぱたさせながら歩き出すと、背後からメイドの声が聞こえてきた。
「いってらっしゃいませ、魔理沙様」
あの時、確かに私は死んだ筈だった。
腹にレミリアのスピアザグングニルで大穴を空けられた私は、当然のことながら死んだ筈だった。
だがあの後、私が倒れ、気絶した直後にパチュリーがやって来て、私に応急処置の治療魔術を施してくれた。
すぐに美鈴もやって来てくれたらしく、そのおかげで私は、その場はなんとかなったらしい。
その後、フランがマスタースパークのオバケみたいなドギツい魔砲をぶっ放して、自身の魔力を空っぽにして、死ぬ直前までいったらしい。
これは私のせいでもあるのだが、やっぱアイツは馬鹿だ。
嬉しくって、今でも泣けてきやがる。
……その後、死に掛け馬鹿二人が虫の息で転がっているところに、パチュリーの奴がどこで調べたのか「スカーレット家の秘術」とやらを皆の前で解説し始め、その、秘術とかいう「血の儀式」ということをやって私とフランは一命を取り留めたのだ。
「血の儀式」とはスカーレットの悪魔が、同じ純血の悪魔同士以外で、同じ「高尚な王の血族」を増やす為に行う秘中の秘術だという。
内容は言うほど難しくなく、フランが私の血を吸って、私にフランの特殊な魔力を分け与え、その後すぐに、私がフランから血を吸い、同様に私の中の特殊な魔力をフランに分け与えることで成立する。
「特殊な魔力」というのがよく解らなかったが、レミリアによると「お互いを強く想う心」のようなものだ、とのこらしい。
これを行った結果、私は人間じゃなくなり、翼が生えて牙もある、おまけで瞳が真紅な、それはそれは立派なスカーレットの悪魔に生まれ変わってしまった。
私の翼は黒い羽毛の、天使の翼みたいなものだった。
烏みたいだがそんなモノより遥かに立派で闇色の羽毛は艶もいい。
私は、自分が純粋なスカーレットの家系ではないと思うのだが、レミリアが言うには悪魔の家族なんてそんなものだ、とのこと。
むしろ、フランと血を分け合ったので肉親と同じだとまで言われた。
……私としては、今のこの身体が大変気に入っている。
人間との身体的な差が、では無く、不老不死、永遠の命がだ。
いつまでも、ずっと。
フランといられるから。
レミリアとフランはすっかり仲が元通りになった。
私とフランが生き返ったことで、レミリアは恥も外聞も無く泣いて喜び、パチュリーと咲夜がフランに、レミリアとの喧嘩の原因は誤解だったと懸命に納得させ、美鈴が身体を張って(と言ってもフランのかんしゃくをぶつけられるだけのサンドバック代わりだったが。南無、美鈴)説得した結果、元通りの仲の良い姉妹に戻ったというわけだ。
どうやらフランは私と「血の儀式」をやろうとしていたらしく、そのことが原因でレミリアと喧嘩になったらしい。
私の意思も聞かずに巫山戯た連中だぜ。
まぁ私は「血の儀式」とその効果を知っていれば大賛成だったがな。
……私の目下の悩みは、私が人間で、フランが吸血鬼だということだったから。
密かに蓬莱の薬や、妖怪になる方法なんかを研究してたのだが、こんな簡単な方法があったのなら早く教えてほしかったぜ。
時間が無駄になっちまった。
けどま、もう私と、そして私達の時間は無限にあるんだ。
お釣りは余って腐るほどある。
「魔理沙!!」
「おう、フラン」
「今日は何して遊ぼうか?」
「そーだなー……」
本当、何してやろうか。
今までの彼女の孤独を癒して、私が必ず幸せにしてやる。
それだけは絶対だ。
「まぁ、とりあえずだ」
「んー?」
私はフランの唇をいきなり奪った。
「んん……!?」
「ん…ちゅ……」
「あ……」
濃厚なディープキス。
「ぷは……も、もうー!」
「へへ……とりあえず、愛し合おうかと思ったぜ」
「魔理沙のえっち……」
「こんな風に私を変えたのは……お前だぜ……」
互いの口元から糸を引く涎が、なんともエロティックだ。
「あん……魔理沙ぁ……」
私は再び彼女の唇を奪い、そのまま彼女のベッドへと押し倒した。
「愛してるぜフラン……」
「私もぉ……あっ!」
もう止まらない、止まれない。
私達の愛を阻むものは何も無い……。
もし邪魔が入ったら?
「「恋色魔法が火を噴くぜ!なんちゃって」」
二人の時間は、永遠だ。
絶対に、壊させるものか。
永遠に、どこまでも。
ずっと一緒だ。
――――――――――紅魔館の一画、広大な空間を所狭しと埋め尽くす、星の数程も在るのではないかと思わせる量の、知識を紙に編纂した「本」に囲まれた場所。
ヴワル図書館。
その奥の、更に深い奥の奥に彼女はいた。
図書館の主、通称・動かない大図書館。
パチュリー・ノーレッジ。
夜を連想させる、暗い闇色の瞳は、普段は半分眠そうで、どことなく疲れたような、面倒くさそうな表情しか見せない。
だが、極一部の、限られた存在は知っているのだ。
その瞳が時に、妖しく、妖艶に、闇の色を放って輝くことを。
「ふふ……ふふふふ……あはははははははははははははははははははははははは」
彼女は笑っていた。
これ以上は無いと言わぬばかりに笑っていた。
その瞳は……闇色。
妖しく、妖艶に輝く闇色。
その輝きは狂気と混沌。
「ついに……!ついに、魔理沙が堕ちた…ッ!!!!!」
彼女は覗いていた。
彼女のすぐ傍、そこにある大きな机の上に安置されている、大人の拳大の水晶球。
そこにはベッドの上で激しく愛を語り合う、二人の少女が映っていた。
絡み合う白く瑞々しい肢体が鮮明に映し出されている。
「やっと!やっと貴女はこちら側へとやってきた!!もう貴女は私と同じ、こちら側の住人!!ようやく、ようやく対等になれた…………!!!!!!」
歪む歪む。
回る回る。
その輝きは混沌。
狂気が混沌なのか、狂気さえも混沌なのか。
「私はパチュリー・ノーレッジ♪100年生きてる本物の魔女☆100年生きてるだけだけど♪私は最高!とっても強くて素敵な魔女っ娘パチュリー♪」
廻り廻って混沌の渦。
狂気は歪んで正気も歪む。
何が正気なのか何が狂気なのか。
「欲しいものはぁ~♪何でも絶対手に入れちゃう~♪どんなことでもやってみせるぅ!!」
100年の魔女である少女は歌う、唄う、謳う。
踊り、舞い、狂う。
「レミィと同じ、フランと同じ、私と同じぃ!!もう貴女はこの世界の住人。あああああ……最高。最高よぉ……魔理沙ぁぁぁ」
感極まって落涙。
その表情は蕩けに蕩け、恋する乙女のそれだった。
「うふふふふふ…………フラン、今のうちに愉しんでおくがいいわ……。くくく……魔理沙、待っていてね?すぅぐに振り向かせてあげるワ。貴女はもう、既に、この私のもの!!!私だけのものぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!あっはははははははっ!あーっはははははははははははははははははははははは!!!!!!!!」
はたして、この屋敷に正気などあるのだろうか。
はたして、この屋敷に狂気などあるのだろうか。
少女は笑う、哂う。
「あはぁ…………魔理沙ぁ、私だけの恋人ぉ……。大好きよぉ……、誰よりも。何より深く、何より熱く、何より激しく愛してるわぁ……。すぐに私だけのものにしてあげるぅ……!!!ふふふふ、あはは!あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
ここは悪魔の住まう館、紅魔館。
真の悪魔はいったい誰なのか。
全員かも知れない。
一人かも知れない。
誰もいない図書館で。
無垢に狂った少女の、混沌とした哄笑が響き渡る…………。
終
「ん?なんだ、フラン」
「今日は、楽しかった……?」
「ああ、楽しかったぜ。こんなに楽しかったのは久しぶりだぜ」
「……また、遊びに来てくれる?」
「ああ」
「本当……?」
「?本当だぜ。……どうしてそんなこと聞くんだ?」
「だって……400年前、私と遊んでくれたメイドは、一度だって…もう一回遊びに来てくれなかったんだもん……。同じメイドは来てくれなくて…別のメイドが来てくれたけど、そのメイドも次は来てくれなくて……。そのうち誰も来てくれなくなって、遊んでくれるのはお姉さまだけ。それだって、たまにだけ……。私は玩具で遊ぶことしかできなくて、でもそれはすぐに壊しちゃう……。お姉さまはいつも忙しくて、全然遊んでもらえない……」
「…………」
「だから……まっ、魔理沙も……えぐっ」
「お、おい、泣くなよ、フラン…」
「魔理沙も、来てくれなくなっちゃうの?お姉さまみたいに、たまにしか来てくれないの?」
「フラン……」
「やぁ……!やだよぅ……もう、寂しいのは、一人ぼっちで、この部屋で過ごすのは嫌!」
「……」
「……一人は……嫌だよぅ…」
「フラン」
「…なに?」
「ばぁーか」
「ふぇ?」
「お前は馬鹿だ。…あーあ、長く引き篭もりをやってると、こんなにも馬鹿になるなんてな!引き篭もりの弊害が急増中だぜ」
「!!ひどい!!…どうして、そんなこと言うの!?」
「お前が馬鹿だからさ」
「うっ……うわぁぁ……うわぁぁぁぁぁぁん!魔理沙のばかぁ!」
「馬鹿はお前だぜ」
「うるさい!魔理沙なんか知らないよぅ!うわぁぁぁん」
「まったく、度し難い馬鹿だよ、お前は。いいか!私が言うことをよぉぉぉく聞けよ!?オラ、さっさと泣き止め!!」
「あんッ!痛いよ魔理沙!ほっぺた引っ張らないでよぅ」
「聞くんだ、いいな?」
「きっ聞くよぅ!もう泣かないよぅ!だからほっぺを引っ張らないでよぉ…」
「よし…いいか、フランよく聞け」
「う…うん…」
「私は、必ず、また遊びに来る。絶対にだ」
「…………!」
「本当だぜ?なんならホラ、約束してもいいぞ。指きりだ」
「……本当に……?」
「本当さ。私は、嘘は吐いても、約束は守るぜ」
「魔理沙…」
「それに」
「?」
「私と、フランは、もう友達だぜ?友達ってのは何回でも遊ぶもんだ」
「友達…?友達って?」
「すごくいいもんだ。いつも一緒にいて、遊んだり、困ってることがあったらお互いに助け合う。どんな時でも信頼しあえる。とってもいいものなのだー」
「いつも…一緒なの?」
「いつもって言っても、四六時中引っ付いているとかそんなんじゃないけどな。そーだな、解りやすく言うと、今の私とフランだな。お前、私と一緒にいてどうだった?」
「……楽しかった」
「それだけか?」
「う…っとね……。ここがね……暖かくて……寂しくなくなって……ずっと、魔理沙と一緒にいたいって思ったの。今もそう思ってるよ?」
「……そーいうことさ。私もお前と一緒にいると楽しいし、心が暖かくなってくる」
「これが友達……?」
「詳しくはレミリアかメイド長……ああ、パチュリーの奴に、「友達」について書かれている本を借りてみるといい」
「……」
「こーいうの、口で説明するのは苦手なんだよな……」
「…友達…友達……」
「ん?」
「えへへ…魔理沙と、友達……嬉しいな」
「よせよ…照れるぜ」
「えへへ……」
私の名前は、フランドール・スカーレット。
お姉さまや、そのお友達の霊夢、それに私の大好きな魔理沙は、フランって呼ぶの。
紅魔館っていう、大きな大きなお屋敷に住んでいる吸血鬼姉妹の妹、それが私。
そろそろ500年くらい生きているけれど、後どれくらい生きるのか解らないの。
お姉さまは「吸血鬼は不死よ」って言ってたけれど、どういう意味だろ?
今日は魔理沙が遊びに来るから、その時に聞いてみよう。
魔理沙は私のお友達。
私の大好きなお友達。
魔理沙から教えられて、その後パチュリーの奴から借りた本で、お友達がすごく素敵なものだって解ったの!
嬉しいな!
私のはじめてのお友達。
私の一人だけのお友達。
…………私だけのお友達。
でもね、私、不安なの。
私、自分でも、魔理沙に我侭を言ってるって解るの。
太陽よりも、お姉さまよりも、霊夢よりも怖いこと。
……………魔理沙に嫌われること。
ねぇ魔理沙。
私のこと、嫌いにならないでね?
私、頑張るから…努力するから…だから。
魔理沙に嫌われたら、私、きっと……。
狂って、死んじゃうよ。
私のはじめてのお友達。
私の一人だけのお友達。
…………私だけのお友達。
他にはもう、何にもいらないよ。
「魔理沙!」
「おう、フラン。遊びに来たぜ」
今日も魔理沙が遊びに来てくれた。
お屋敷から出られない私は、魔理沙が遊びに来てくれるのを何よりも楽しみにしているの。
「今日は何して遊ぶの?面白いこといっぱい教えてくれる?」
魔理沙は、私が知らないことをいっぱいいっぱい教えてくれるの!
お姉さまや、本で読んだ知識はあったけれど、魔理沙が教えてくれるまでは、私には何がなんだかさっぱり。
この前なんか、ミニ八卦炉の仕組みを教えてもらっちゃった。
材料さえあればいつでも作れるけれど、それはまた今度。
いっしょに楽しく作るんだ♪
「う~ん、じゃあ今日は箒の乗り方を教えてやるぜー」
魔理沙はいっぱい遊んでくれる。
魔理沙はいっぱい教えてくれる。
私が失敗したら、優しく励ましてくれるの。
私がいけないことをしたら、優しく怒ってくれるの。
こんなこと、今まで誰も、お姉さまだってしてくれなかった。
お姉さまは遊んでくれたけど、いつも少しだけで、すぐどこかへ行っちゃうの。
お姉さまは色々なことを教えてくれたけど、どれもつまらないし、見たことも聞いたこともないものなんか理解出来るわけが無いもの。
お姉さまはいつも、私が失敗しても何も言わないで、後はメイド達に任せきり。
お姉さまはいつも、私がいけないことをしたら、何も聞かずに凄く怖い顔をして、私をぶつの。
お姉さまは大好きだけど、魔理沙の方がもっと好き。
ううん、比べるなんて……。
お姉さまなんかより魔理沙の方が好き。
魔理沙はお友達。
魔理沙が私のお姉さまだったら素敵なのにな…。
「私は翼があるから、箒に乗らなくても飛べるよ~?」
「まぁそう言わずにだな。とりあえず乗ってみなって。翼で飛ぶのとはまた別の感覚が味わえるはずだぜ?」
「え~、本当~?」
「まぁやってみなって」
「う~ん……上手に乗れるかなぁ……?」
「安心しなって。私が傍に居るんだ。何かあっても絶対助けてやるし、そんなことにならないように私がしっかり教えてやるよ」
「うん……魔理沙、絶対だよ?」
「ああ、任せとけって」
私は魔理沙をじっと見つめて、小声でそっと呟いた。
「魔理沙……」
「?なにか言ったか?」
「ううん、何でもないよ!ねぇ魔理沙、はやく箒教えて教えて~」
……最近、私は少し変なの。
魔理沙を見ていると、ううん、魔理沙のことを思うだけで、胸がどきどきして、心が「かぁ~っ」て熱くなるの。
それは不思議な感じで、とってもとっても、嬉しくて、幸せな気持ちなるんだよ。
この気持ちは何なんだろ?
今度、魔理沙に聞いてみよう。
「フラン……」
「んっ…魔理沙ぁ……」
空に浮かぶ眩い太陽の光も届かない、深く暗い地下室。
ここは「紅い悪魔」レミリア・スカーレットの住まう血のように紅い屋敷、紅魔館。
その紅魔館の奥、地下深くにある、レミリアの妹、フランドール・スカーレットの、唯一の部屋に続いている彼女の寝室。
暗い静寂が支配するその部屋は、今もパチパチと燃える暖炉の炎が無ければ、凍えるぐらいに寒い。
だが、そんな冷気だって、部屋の中央にある大きなベッドに座り、互いに抱き合う私達には関係が無かった。
「フラン…」
私はもう一度、彼女の名前を優しく呼んだ。
「魔理沙ぁ」
フランが、潤んだ、甘ったるい声で私の名前を呼ぶ。
密着させた身体を静かに、ゆっくりと離すと、互いに瞳を閉じて、ゆっくりと顔を近付けていく。
互いの息遣いが判るぐらいに顔が近付いても、私達は止めずに顔を近付ける。
やがて。
二人の唇が、触れ合った。
「ん…」
「んふぅ…」
フランドールの、柔らかい唇。
その感触を、私は心ゆくまで堪能する……。
唇と唇を触れ合わせるだけの、子供の様なキス。
だが、それだけでも抑えきれない程の興奮に、私達は身体を震わせた。
私達が出会い、親友となってから2年余り。
私、霧雨 魔理沙と、フランドール・スカーレットは、何時の間にか、どちらからとも無く互いに恋心を抱いてしまっていた。
私の場合、無邪気に、そして一生懸命に私へ懐いて来る彼女と長く接しているうちに、段々と彼女のことを考えている時間が多くなっていき、気が付いたら彼女が好きで好きで堪らなくなっていた。
最初、私はその気持ちが、「自分に妹が出来た」ことだと思っていた。
だが実際はそれだけじゃ無かったってわけだ。
それが恋だと気が付いた時には、もう後戻りは出来なかった。
具体的な理由を言えと言われても困る。
何時の間にか好きになっていたとしか答えられない。
この2年間、私は、霊夢やアリスと過ごしてきた時間と比べても遜色の無いほどの時間をフランと共に過ごした。
それは長さではなく、どれだけ楽しく、幸せや充実感を味わったかだ。
私は不安だった。
フランの、500年近くもの長きに渡る孤独を、私なんかが癒せるのだろうかという不安。
私に、彼女を満たしてあげられるのだろうかという不安。
……今のフランを見ている限り、私の不安は杞憂のようだけれど、やはり私は不安だった。
私は人間で、フランは吸血鬼なのだから。
いつか、別れが来る……それが。
それだけが、怖かった。
フランと別れたくない。
そのためなら、私は多分、きっと……。
……外は雨が降っている。
退屈で退屈で。
あまりに退屈だから、こんな、お屋敷の奥にある私の部屋に居ても、外の雨音が聞こえてくるんだわ。
……おかしいの。
最近、魔理沙がちっとも遊びに来てくれない。
なんで?
何故?
魔理沙は約束してくれたもの。
魔理沙は私とお友達。
傍に居てくれるって。
そう約束したんだから。
……今日もだ。
今日も来ない。
おかしい。
絶対におかしい。
魔理沙は嘘つかない。
冗談で言ったり、私を気遣ってくれたりで優しい嘘は言うけれど、私を裏切るような嘘は絶対に言わないもの。
だからいい子にして待っていれば、きっと遊びに来てくれる。
待とう。
うん、待ってる。
私はいい子。
この前、久し振りに遊びに来てくれた魔理沙に、私、ひどいことを言っちゃった。
でも、魔理沙はそんな私に「ごめん」って謝って、理由を教えてくれたの。
魔理沙は私が、昼間でもお外に遊びにいけるように、魔法の薬を一生懸命に作ってくれているんだって!
嬉しいな。
薬が完成すれば、私は魔理沙ともっともっと遊べるんだもの。
…………お姉さまの我侭をパチェが仕方なく引き受けて、魔理沙がそれを手伝っていることなんて嘘。
魔理沙はお手伝いなんかしてなくて、きっと私の為にそうしてくれているんだ。
そう。
私の為に。
私だけの為に。
早く完成しないかな。
今までの分、いっぱいいっぱい遊ぶんだから。
「…お嬢様」
「なぁに、咲夜」
「妹様と、魔理沙を…」
「駄目よ」
「しかし…!妹様の方はもう我慢の限界が近いですし……魔理沙の方も、何時までも騙しておけるはずがありません……」
「……」
「お嬢様…」
「あの娘は私の妹…吸血鬼なのよ。魔理沙は人間……。あの娘は私と違って、精神が弱いから…いずれ訪れる別れに、きっと耐えられない。妖怪ならまだしも、人間と仲良くなり過ぎるのは、あの娘にとって不幸しかもたらさないわ」
「……っ」
「お節介かも知れないけれど。二人のためなのよ。このままいけば……マズイことになりかねないわ」
「…………」
「貴女はやさしいから…辛いでしょうけれど……耐えて、咲夜」
「はい…お嬢様」
「人間と吸血鬼は違うのよ……あの娘は…フランは、きっとそれを理解していないし…それが解るのは多分、もっと先……」
……今日も、魔理沙は来ない。
これでもう何日になるのかな。
一週間?
一ヶ月?
わからない。
わからないけど。
もうずーっと会ってない。
魔理沙が、紅魔館にやってきているのはわかる。
魔理沙の魔力はよく知っているもの。
でも、魔理沙はここに来ない。
いつも、図書館がある辺りか、お姉さまのいるどこかの部屋までは来るのだけれど、そこから動かないで、そして帰っちゃう。
魔理沙の魔力反応は、すごく寂しそう。
きっと私に会えないからなのね。
魔理沙の魔力に気付く度に、その気持ちがよく解るの。
なんで会いに来てくれないのだろう。
理由は解ってる。
でも、納得が出来ない。
どうして?
どうして来てくれないの?
こんなに近くに来てくれているのに。
あの扉を開けて。
あの、忌々しい、頑丈な封印を掛けて開かなくなってしまった、意地悪な扉を開けて。
どうして?
どうして?
どうしてどうしてどうしてどうしどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしどうしてどうして
どうしてどうしてどうしてどうしどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしどうしてどうして?
こんなにも貴女に会いたいのに。
今日も、何かを壊しちゃったよ。
それが何なのか、解らないぐらいに。
フリルのついた白い布が、私の視界の片隅で焦げている。
「いい加減にしろよこの野郎……ッ!!」
開口一番、私は目の前の紅い悪魔を恫喝した。
レミリアの傍に控えている咲夜が睨んできたが知ったことか。
ここは紅魔館の一室、所謂応接間だ。
馬鹿でかいテーブルに、その大きさに見合う程度の数だけ肘掛付きの椅子がある。
ここに通されたときに椅子に掛けろと言われたが、とてもそんな気にはなれない。
「薬の開発はもう殆ど終わった…!以前にアレを研究して、いいとこまで行ってた奴の残した資料がまるまる残っていたからな…!」
「…でも、まだ終わっていないわね」
「ハッ!そんなもん、後はパチュリー一人でもどうとでもなるだろうが!?私が居ても居なくても関係無いぜ!……今はそんな話をしてるんじゃない。レミリア」
喉がカラカラに渇いているのが解るのに、感覚として「それ」を感じられない。
自分の声が、自分のものに聞こえない。
「フランに会わせろ。今すぐにだ」
「何度も言わせないで。駄目よ」
私は掌をテーブルに叩き付けた。
テーブルの上に置いてある花瓶がガタンと揺れるが、気にならなかった。
壊れたら弁償してやるさ。
「そっちこそ何度も言わせるな。フランに会わせろ。…今までのは手が離せなかったし、あいつがいると…残念ながら作業が遅れるからって言う理由で納得してやる。だがな、もうこれまでだ。私がフランに会っちゃいけない理由は無いぜ」
「……残念ながら、あるわ」
何時からそこにいたのか、紫の少女が静かにそう告げた。
「パチュリー…?私の耳がおかしくなったのか?よく聞こえなかったぜ」
「さぁてね。私は医者ではないもの」
「……いくらお前でも、あまり巫山戯たことぬかしてやがるとぶっ飛ばすぞ……!!」
「せっかくの可愛い顔が台無しよ。もう少し女の子らしくしなさい。嫌いになるわよ?」
滑るように近付いてくるパチュリーを睨む。
彼女の言うように、今の私は相当ひどい顔をしているのだろう。
「言葉遣いも直しなさい。いつもの貴女が、私は一番好きだけれど、今の貴女はガラが悪すぎよ?ほんと、嫌いになっちゃうかも…ふふ」
パチュリーが艶っぽく微笑みかけてくる。
最近、こいつはこんな笑みを私に向けてくることが多い。
何があったか知らないが、性的な意味で好きなので特に追求はしない。
だが今はそんなことにかまけている場合じゃない。
「おい…!」
私はレミリアに対して程じゃないが、幾分かの敵意を込めてパチュリーを睨んだ。
睨んだ後で、彼女を傷つけてしまったかと思ったが、とりあえず忘れておく。
……後でちゃんと謝っておこう。
……が、そんな私の思いは杞憂だったようだ。
特に気にした風も無く、艶っぽい微笑みを浮かべながらパチュリーは私に歩み寄ってくる。
「怒らないの。私はいつでも大真面目よ。貴女が妹様に会ってはいけない理由はちゃんとあるの。説明してあげるから大人しく聞きなさい。…咲夜、お茶を」
「いつものでございますか?」
「ええ、そう。お願いね。魔理沙、貴女も何か飲んだら?」
「……ほうじ茶」
「かしこまりました」
厭味を込めて普段ここでは飲まれないであろう茶を頼んでやったが、言った後で霊夢がここに来る時に備えてレミリアが用意しているであろうことに気付いて内心舌打ちする。
厭味でも何でも無いじゃないか。
咲夜は嫌な顔一つせずに頷くと、次の瞬間には私の正面の卓上に、美味そうな湯気を立てる湯飲みが一つ置かれていた。
折角出されたお茶だ。
私は半ば儀礼的にそれを啜る。
熱い液体が喉を落ちていく。
お茶は熱かったが、逆にそれが、私の熱くなった感情を冷ましていく。
「パチュリー……理由って何だよ」
ぶっきらぼうな言い方になってしまったが、だいぶ落ち着いてきた。
「魔法薬の仕上げとして、吸血鬼の魔力の結晶が必要なの。二人分の、ね」
「……なんだそりゃ。二人分なら、レミリアが二人分頑張ればいいだろ」
「異なる二人の吸血鬼の魔力、よ。レミィ一人が二人分頑張っても意味無いの」
「…あの娘は自分の魔力の結晶を作ったことは一度も無いわ。作り方のレクチャーと、あの娘の気質、魔力の性質から推し量って……」
「ざっと二ヶ月半。最速でね」
「それまで、あの娘の精神を乱す出来事…例えば貴女に会うこととかは避けなくちゃならないのよ。あの娘の魔力の結晶に欠陥があれば、薬はおしゃか。一から作り直しになる。そんなのは嫌でしょう?」
「もう少しだけ…我慢してね、魔理沙……」
「……」
パチュリーとレミリアが言った話は初耳だ。
だが、嘘だとは思えなかった。
どうする?
このまま大人しく引き下がるか?
薬の失敗は、絶対に避けたい。
二人の説明を信じるなら、私がここは抑えて、我慢するしかない。
どうするんだ霧雨 魔理沙。
悩む私に、咲夜から私の悩みにトドメの一言が飛んできた。
「既に妹様は魔力結晶の精製に入っておられます」
くそ…それじゃ答えは決まっているようなモンじゃないか。
「…………わかった。もう少しだけ待つ!」
吐き捨てる様にそう怒鳴ると、帽子を無造作に被り直して私は出口へと足を向けた。
理性は納得しても感情が納得していない。
猛る感情を無理矢理抑制して、指が白くなるほどきつく拳を握り締めた。
「玄関まで送るわ…」
パチュリーが私の返事を待たないまま、隣へと並んできた。
玄関までの道中、私は彼女に一言も声をかけなかった。
いつもならたわいの無い雑談に華を咲かせるものだが、生憎とそんな気分ではない。
彼女もそんな私の胸中を察してか、話しかけてくることは無かった。
やがて紅魔館の、馬鹿みたいに豪華な造りの玄関ロビーへと辿り着く。
ここまできて、いままで黙ったままだったパチュリーが口を開いた。
口元にはあの微笑。
「ね、魔理沙……。何とかして二ヵ月半で間に合わせるわ。それまで我慢して頂戴」
「……」
「絶対に間に合わせて、早く貴女と妹様を会わせてあげる……。…………二人の想い、絶対に叶うわ」
「え?」
こいつ…何を言っているんだ?
私達の…私と、フランの想い……?
「ずっと一緒……。そうよね。一緒にいたい……そうでしょ?」
パチュリーの微笑が少し大きくなった。
背筋が思わずゾクリとする。
私の欲情を凶悪に刺激する、恐ろしいほどにエロティックな笑みだ。
彼女の視線も心なしか艶っぽいものがある。
否。
妖艶、と言っていい。
思わず唾を飲み込んだ。
「安心して…ね、魔理沙。私に任せて……貴女達の想い、願い。きっと叶えてあげる。ずっと……一緒……うふふふ」
……忘れていた。
可愛い外見と、普段から付き合っているせいで忘れていたが、こいつは魔女なのだ。
魔性の女、という言葉が脳裏を過ぎる。
彼女の言葉が理解出来ない。
今にも私を押し倒しそうな雰囲気でそう告げるパチュリーに、何も言い返せないまま私は、ただただ彼女を呆然と見ていることしか出来なかった……。
自分以外に誰もいなくなった客間で一人、冷めた紅茶を飲み干しながら、レミリアは魔理沙を見送りに行ったパチュリーの帰りを待った。
魔理沙の怒りはもっともだ。
確認したわけではないが、恐らく妹と魔理沙は、ただの友人、と言う関係から、もっと深く踏み込んだ……特殊な関係だと想像できる。
……自分も、咲夜や霊夢に対して恋愛感情に近い好意を抱いているのを自覚しているだけに、二人の間に流れる感情を邪魔している今の自分が相当に嫌な存在だと思えて仕方が無い。
咲夜は人間でありながら特別な存在だし、霊夢に至っては(当人には失礼だが)妖怪と大差無い存在と言っても過言では無い。
しかし、結局のところ彼女達は人間であり、自分は妖怪…吸血鬼である。
妹と魔理沙の関係が強くなることを恐れ、嫌い、二人の関係を邪魔している自分は一体何なのだ?
自分だって妹と同じじゃないか。
「…違う…。少なくとも、私は…」
その先は口に出せない。
……自分は、彼女達が死んでしまって、永遠の別れを迎えたとしても、大丈夫、立ち直れる。
「そんなこと…どうして解るのよ?」
いずれ、訪れる別れ。
それはきっと悲しくて、辛いことに違い無いのだ。
……止めよう。
今、そんなことを考えていても仕方が無い。
早くパチュリーに帰ってきて欲しい。
彼女は魔女だ。
自分と同じ、人外の者。
彼女だけは、ずっと傍に居てくれるだろう。
幻想郷に住まう、ある一定以上の力を持つ人間以外の存在は、ほとんどが寿命という概念を持たない。
パチュリー・ノーレッジはレミリアも認める稀代の魔女だ。
寿命と言う死の別れ…。
その点では、彼女はずっと一緒に居てくれるだろう。
彼女の顔を見たい。
そう思った矢先、この部屋へ向かって歩いてくる靴音が静かに聞こえてきた。
足音で、その靴音の主がレミリアの待ち望んだ相手…パチュリーだと解った。
やがて、客間の扉を音も立てずに開けて、パチュリーがレミリアの前にやってくる。
「…パチェ、魔理沙は帰ったの?」
たまらず、抱きつきたいという衝動を何とか抑える。
…今は、冷たい、嫌な吸血鬼を演じなければ。
パチュリーは魔理沙、フランドール共通の友人でもあるのだ。
その彼女に、自分は魔理沙とフランを別つ、冷酷で最低と思える指示を出したのだ。
そんな自分が。
自分だけが誰かに甘えるだなんて真似は、少なくとも今は絶対に出来ない。
「ええ。すごく不機嫌にね。今度来るときはもっと不機嫌よ、きっと」
パチュリーはさも可笑しそうにクスクスと笑う。
「ねぇ、パチェ。私のお願い、聞いてくれた?」
レミリアはパチュリーのすぐ傍まで歩いて行く。
「妹様と…魔理沙を引き離す為の策?……任せておいて。私が全員の納得の行くように解決してあげるから」
レミリアを見つめ、パチュリーは妖しく微笑んだ。
「そう……皆、納得する。誰も悲しまず、私も嬉しい……そんな解決策」
「…?……た、頼んだわよ、パチェ。信頼してるんだからね?」
「ええ…安心して、レミィ。…ふふ……うふふふふふふ……」
妖しく笑うパチュリーと、それに少々気圧されているのか、狼狽気味のレミリア。
…解らない。
パチュリーの笑みの正体が解らない。
「全部……任せておいて…ね?うふふ……」
魔理沙が居なくなった事で急に静かになってしまった紅魔館に、地下から何かを叩き壊す音が、静かな地鳴りのように響いていた。
何かが壊れる音が遠くから聞こえてくる。
ガラガラと何かが崩れる音。
一歩、近づく度にその音はより大きく、より鮮明になっていく。
当然だ。
音の発信源へと近づいているのだから。
長い長い階段を下り終え、更に長く暗い廊下を行くと、そこが私の目指す場所。
悪魔の妹、フランドール・スカーレットの部屋だ。
部屋の近くまで来ると、何かを破壊する物音に加え、意味を成さない唸り声が聞こえてきた。
魔法による完全防音の筈の部屋から漏れて来る音が、中の惨状を充分過ぎる程私のイメージを満たしていく。
……ドアをノックしようと上げた手が一瞬強張る。
この扉を開けるのには勇気がいる。
もしかしたら、扉を開けた瞬間に私は殺されてしまうかも知れない。
いや、あるいはノックした瞬間、扉ごと消し飛ばされるかも。
……だが恐れてなどはいられない。
あまり時間は無いのだ。
加えて、ここで私が頑張らなければきっと悲しいことが起きる。
そう、私は悲しいことを起こさせない為に尽力するのだ。
ちょっとした英雄の気分。
気付けば私は、声を出さずに笑っていた。
そう……これが上手くいけば……私は……!
…っと、いけない、いけない。
捕らぬ狸の皮算用ほど愚かしい行為も無い。
思考をクリアーに。
昂揚した気分を落ち着ける。
表情もいつもの私に。
……………。
…………。
……よし、OK。
深呼吸。
意を決して、私は扉をノックする。
「妹様。私です、パチュリー・ノーレッジです。お話があるのですが」
妹様……フランは、意外とあっさり私を迎え入れてくれた。
魔理沙を通して最近は彼女とよく遊ぶようになったからだろうか。
どうやら私が彼女に抱いている感情以上に、彼女は私のことを信頼し、友人であると認めてくれているようだった。
それが、嬉しい。
先の、扉の前での私の恐れは、杞憂だったみたいね。
私は部屋の真ん中にある小さなテーブルに案内された。
「パチェ、ここにはお姉さまは居ないんだから。敬語は止めて、いつもみたいにフランって呼んでよ」
「…ええ。じゃ、そうさせてもらうわね」
「うん。あ、待っててね、今、お茶を淹れてあげる」
皆まで言い終わらないうちに、彼女は部屋に備え付けの流しから水をやかんに汲んでくると、
「えい」
とやかんに魔力を込める。
たちまちやかんの中の水が沸騰する。
「魔理沙ね?そんないい加減なお湯の沸かし方を教えたの」
「えへへ~。でも便利だよ」
「そこそこにね。ふふ…」
「あははははっ」
「…それで、何のお話なの…?」
フランは笑顔で喋りかけてきたが、その笑顔にはやはり影がある。
大好きな魔理沙に、もう半年近く会えていないのだから無理も無い。
私とだって同じようなものだ。
それでも私の来訪に素直に喜んでくれている彼女に、私は胸の内が暖かくなった。
「とても……いい話よ」
フランが淹れてくれた紅茶は、御世辞にも美味いとは言えなかったが、彼女の心が篭っていて、私の心の味覚が間違い無く美味だと絶賛する。
味自体は悪くない。
普段から咲夜や小悪魔といった、紅茶の淹れ方が上手い連中の淹れてくれたものを飲んでいるせいか、どうやらすっかり紅茶党になってしまっていたらしい。
カップ半分まで飲んでから、これが「レミィ達専用の紅茶」で無く普通の紅茶――――アールグレイだと気が付く。
フランの心遣いに、また胸の内が暖かくなった。
そのことについて礼を言うと、彼女は恥ずかしそうに、けれどとても嬉しそうにはにかんだ。
私は吸血鬼の紅茶でも美味しく飲めるのだから気にしなくてもいいという言葉は心の奥にしまっておく。
最初の一杯を飲み干した後、向かい合って座るフランに、私は今回ここに来た目的である、「とてもいい話」をすることにする。
「……まず、最初に言っておくわ。話の途中で私に質問したり意見したりするのは禁止。腰を折らないで欲しいから。怒ったりするのは論外よ。それが守れるのならお話しするわ。……どう?」
「う…うん」
フランが頷き、私の要求を了承するのを確認してから、私はゆっくりと話し出す。
「まずはこの話が最後まで上手く行けば…フランは、魔理沙とずっと一緒にいられるわ」
「!!本当!?それ本当なの?パチェ!!」
「ええ本当よ。いいわね。最後まで、よく聞くのよ」
「うん!」
念を押してから本題に入る。
私は持ってきた鞄の中から、蝋燭を二本取り出す。
それぞれ長さが違う。
両方とも銀の燭台に刺してある。
「問題。この蝋燭に同時に火をつけると、どちらが先に燃え尽きてしまうでしょうか」
「?パチェ~、もしかして馬鹿にしてるの?そんなの短い方に決まってるじゃん」
「そう。短い方が先に燃え尽きるのは道理よね」
私は指先に小さく魔力を込めて、二本の蝋燭に同時に火を点けた。
細い炎が揺らめき、蝋が熔ける匂いが充満し始める。
「これが何なの?」
私は黙って、燭台のこちら側を彼女の方へと向けた。
「あ…」
燭台には、長い方が刺さっている方に「フランドール」、もう片方には「魔理沙」の文字。
「この蝋燭はね、命なの」
「命?」
「そう、命。寿命ね。寿命は解る?」
「知ってる……」
「そう。なら話は早い。貴女は今、短い方が先に燃え尽きると言った。短い方は魔理沙。蝋燭は命。このままでは先に魔理沙が燃え尽きてしまう。……死んでしまう」
「嫌!!!!」
フランが激昂しテーブルをダンと掌で叩く。
彼女の力に耐えられるように魔力でコーティングされている筈のテーブルに亀裂が入る。
まだ大丈夫そうだが長くは持つまい。
後で咲夜に言って新しいものを調達させよう。
「落ち着きなさい。話、止めるわよ?」
「う……」
暴れ出しそうなフランを抑え、私は話を再開する。
「これはね…人間という種と、吸血鬼という種の、絶対に埋められない差の一つなの。どうあっても、人間は吸血鬼と同じ時間生きていられない。加えて……」
私は鞄からカンテラを取り出した。
「これは魔法のランタン。大気中のマナを吸い、永遠に灯りを提供してくれる」
長い方の蝋燭を隅に押しやり、代わりにランタンをそこに置く。
「このランタンがフラン、貴女。吸血鬼は寿命と言う概念は無いから、さっきの蝋燭よりこちらの方が比喩の対象とするに相応しいわね」
「……このランタンは消えないの?蝋燭みたいに」
「ええ。壊れない限り。つまり、これを吸血鬼とするなら、殺されない限り、死ぬことは無い」
「でも…蝋燭は…魔理沙は……」
「理解した…?フランはずっと生きていられるけれど、魔理沙は死んでしまうのよ」
「――――――――――――ッ!!!」
……………………………。
………………。
………。
沈黙。
「……これが、現状」
「そん…な……」
フランは、まさに茫然自失といった体だった。
……無理も無い。
「ずっと……一緒に居られると……思っていたのに……そんな……うそ…ぁああああああああああああああ」
フランの瞳から、大粒の涙が溢れ出る。
「あぁぁぁああぁあ……!いやだぁぁぁ……!ふわぁぁぁぁああああああん!!!魔理沙ぁ!まりさぁ……!!いやぁぁぁぁ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
感情が爆発する。
地団駄踏んで、大声で泣き出してしまった。
その表情があまりに悲しくて、心が痛んだ。
「フラン!しーっ!落ち着きなさい!!レミィに見つかるわ!」
流石に慌てた。
今のフランを見たら、私はレミィに血を半分持っていかれるかも知れない。
それほどまでにひどい泣きっぷりだ。
このままではフランをいじめたとして屋敷中の顰蹙を買ってしまうのは火を見るより明らかだ。
急いで泣き止ませなくては!
「フラン!!聞きなさい!!!」
「!」
「ごほっ!げふんげふん……い、いい……?最後まで話を聞くって約束……思い出して…ゼェゼェ…はぁはぁ」
無理に大声で怒鳴ったものだから……喉が……。
大声を出したのは何年振りだろう?
私の喉の痛みを代償に、フランはビクリとなって泣くのを止めてくれた。
だが涙はまだ止まらない。
素早く話題を明るい方向へ向けなくては。
レミィ達に見つかることより、これ以上フランのあんな悲しい泣き顔を見たくない。
「さっき…私は最後に何て言ったか覚えてる……?「現状」。そう言った筈よね」
「ふぇ…?そ…そうだったっけ……」
「そうなの…げほ。いいかしら?……ここからが本題なのよ…。この話が「とてもいい話」である所以」
ふぅ。
なんとか落ち着いてきたわ……。
さてと…ここからが本番。
「人間と吸血鬼の違い……まだまだたくさんあるけれど、とりあえず今言った違いは解ったわよね」
「う…うん……」
涙目で、健気に頷いてみせるフラン。
認めたくないけど認めるしかないという葛藤。
……いけないわ。
今はそんな場合じゃない。
「本当…なんだよね」
「ええ…残念ながらね」
「……」
「そんな顔しないで。これから教えることをよく聞いて、また笑って頂戴」
「……」
こくり、とフランが頷くのを確認し、私はゆっくりと喋り出す。
「吸血鬼と人間。両者が互いに一緒に居たい、とどんなに願ったとしても、人間にやがて訪れる寿命による死は逃れられない絶対運命。でも……それでも一緒に居たい。ずっと、ずっと一緒に居続けたい。……そうよね?フラン?」
「!う、うん!私…魔理沙とずっと一緒に居たいよ!何時までも、ずっと、ずぅ~っと一緒に居たい!!!」
弾かれたようにフランが叫ぶ。
……期待通りの反応……!
「なら……どうすればいいと思う?」
「え…。どうすれば……?」
「そう、どうすれば」
「!!どうにか…出来るの?」
「出来るわ」
私は断言した。
きっと今の私は、最高の笑顔でいるに違いない。
笑っているつもりは無くても、笑みが零れるのを抑えきれない……!
「本当に?嘘じゃない?やったぁぁ!!」
歓喜に震え、歪な翼を大きく拡げて、フランは満面の笑顔で笑いながら部屋中を所狭しと飛び回った。
「いっしょ!一緒!一緒!!ずっと一緒!ずぅ~っと一緒!!!一緒ぉ!!!あああああああっはははははははははっはっははっははっははっはっはははっはっははああっは!魔理沙と一緒ぉ!!魔理沙まりさマリサ一緒一緒一緒!!!!あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!」
その笑みは狂気の笑み。
禁欲とほぼ同義だったこれまでの期間が、私の思った通りにフランを壊していた……!!
こうなっていれば、後は簡単だ。
もう止まらない。
誰にも止められない!
止められるものですか……!!
「くっ…くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく………あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは………」
もう、無理。
私モ笑イガ止マラナイ。
「…パチュリー様、お呼びですか?」
相変わらず、物音一つ立てずにやってくる。
初めの頃は驚いてばかりだったが、もういい加減に慣れた。
「呼ばなかったら貴女はここにはいない筈よ?咲夜」
「ふふ、道理ですわね」
「掛けなさい。立ち話では済まないぐらい大事なお話なのだから」
「では」
ここはヴワル図書館の奥にある、私の書斎兼自室。
プライベートという意味では私の真の城だ。
私の体格には大きすぎる机に、向かい合うように椅子を用意して咲夜を座らせた。
「相変わらず、もの凄い資料の山ですね…あら?」
咲夜は私の目の前にある本を見て怪訝な表情を浮かべた。
チッ……思ったより目ざとい女だ。
最も、細かい所まで目が行き届かないようではメイド長など到底務まらないだろうけど。
内心舌打ちするがもう遅い。
もう用が済んだのだから、彼女を呼びつけた時点で隠しておくべきだった。
……だが、まぁいい。
見られて重大な弊害が起きる訳でもない。
「これは…スカーレット家の家紋?パチュリー様、スカーレット家のことを調べていたんですか?」
「ええ…。レミィ達スカーレットの吸血鬼一族はとても興味深い歴史、秘密等が多々あるのよ。その数はかなりのものになるから、こうして暇を見つけてはチマチマと資料を漁っているの」
嘘だ。
だが私は完全なポーカーフェイス。
自慢じゃないが、レミィだって騙し通した実績がある。
私はスカーレットの家紋が記されたその本を手に取ると、机の横にある書架へと置いた。
だいぶ前からここに置いてあった本だ。
怪しまれることは絶対に無い。
咲夜もそれ以上はつっこんでこなかった。
特に気にしている様子も無い。
「それで…私にお話とは?」
「……他でもないわ。妹様の件よ」
咲夜の表情が固くなる。
「手伝って欲しいことがあるのよ」
私は机の引き出しから一冊の本を取り出した。
「これは、時間を操る魔法を記した魔道書なの。魔理沙には内緒よ?すごく貴重なんだから」
「時間……」
「この本に記されている魔法、そのうちの一つ。「加速結界」を妹様の部屋へ掛けます」
「「加速結界」?それは、いったい……」
「結界内部の時間を加速させ、結界外部…つまり通常空間から隔離する。結界内部は外部よりも時間の流れが速くなるの。その気でやれば、人間を放り込んで加速速度を急激に速くする事で、大体一週間程度で老衰死させることも出来るわ」
「……!」
「これを妹様の部屋に掛ける訳だけれど、当然このまま掛けるわけには行かないわ。普通に掛ければ、加速された時間の分、吸血鬼としての年季がレミィを上回ってしまうからね。そうなったらもう八雲 紫クラスの妖怪と霊夢が組まなきゃ抑えることが出来ない、強力な吸血鬼が出来上がってしまうもの。長い年月を経た吸血鬼は非常に強大な存在になるからね。実際に掛ける「加速結界」は、内部の「時間感覚」だけを「加速」させて、長い年月を妹様に錯覚させることが目的。……貴方にはこれから出す指示通りに時間操作をして貰うわ。……何か質問、ある?」
「時間の感覚だけを加速させて…どうなさるおつもりですか」
「……非常に冷酷で、最低の行為よ。妹様には、永い、永い年月を過ごしたと思わせることで魔理沙への想いを磨耗させ、忘れさせてしまうの。その間、幻影魔法で偽りの紅魔館を妹様に見せ、妹様の傍にいるのは私達だけ…そう思わせる。まさに悪魔の所業よ」
「………………!このことは…お嬢様に?」
「これから」
「……わかりました………。それが、妹様のため……そうですよね?」
「ええ……。咲夜、多分、貴女のことも忘れてしまうわ。それを……」
「私は人間ですからね。あるいは私もお嬢様やパチュリー様みたいに、無限に時を過ごすことも出来るのでしょうが……今はその気はありませんし……」
「………」
「お嬢様をお呼びしますか?」
「いいわ。自分で話しに行く」
「かしこまりました……」
咲夜が出て行った後。
私は部屋の隅へと置いてある水鏡へと足を向けた。
水鏡を手に、机へと引き返す。
「…………………………」
精神を集中させ、心の中で短い呪文を唱える。
やがて…。
水鏡が淡い光を放ち始める。
これでいい。
「あー。妹様。聞こえますか?私です、パチュリーです」
水鏡に向けて話しかける。
別に気が変になったわけではない。
これは魔法を使った遠距離通信の手段なのだ。
同じ遠距離通信の手段として念話があるが、それだとレミィにこの会話を聞かれかねない。
最初に敬語で話しかけたのは、万一の用心の為。
フランの部屋に、他の誰かが居ては私とフランの関係がばれてしまう。
表向き、私はフランと親しくは無いのだ。
そのうち解るのはいいのだが、今、この段階ではばれないほうがいい。
異変を察知されない為に、細心の注意が必要なのだから。
話しかけて数瞬。
水鏡の向こうに、フランの姿が映る。
「やっほー、パチェ!大丈夫だよ。私だけだから」
「そう、それはよかった」
「ねぇ、パチェ。どうして協力してくれるの?」
「…友達だから…じゃ駄目かしら?」
「ううん。そっか!パチェもお友達なんだよね。うんうん!」
にこにこと笑うフラン。
邪気の無い笑顔が眩しい。
「…咲夜に結界の話をしたわ。もうじき結界を張るけれど…。我慢して、大人しくしていてね」
「任せておいて。我慢すれば…たった二ヶ月我慢すればいいんだよね。そうしたら……」
「ええ……。魔理沙は」
「私のもの」
……あれから二ヶ月が経った。
今度こそ、フランに会う。
揺ぎ無い決意を胸に、霧雨 魔理沙は再び紅魔館へとやって来た。
(もう待てない。邪魔すると言うのならどいつもこいつもぶっ飛ばしてやる。その為の準備もしてきた)
門番が魔理沙の姿を認めると、笑顔で迎えてくれたのだが、今の魔理沙は気にも留めない。
寂しそうにしながら門番が門を開けると、魔理沙は脱兎の勢いで屋敷の中へと飛び込んで行った。
「確か、フランの部屋の前で集合…だったな」
フランドールの部屋は紅魔館の最奥に位置する。
このまま走っていてもそこまで辿り着くにはだいぶかかる。
魔理沙は手にした箒に跨ると、一気に箒を加速させる。
館の主が翼で自由気ままに飛び回れるように設計されているだけのことはあって、紅魔館内部はほぼ全ての空間が通常より大きく広くなっており、魔理沙は天井すれすれを飛べば住人達には迷惑を掛けずに進むことが出来る。
全速で飛ばした甲斐あって、ものの数分もしない内に、目指すフランドールの部屋まで辿り着く。
部屋の手前に、パチュリーとレミリアの姿を確認すると、馴れた手順で箒を減速させていく。
「こんにちは、魔理沙」
「……」
パチュリーは微笑を浮かべ、レミリアは無言で、それぞれ魔理沙を迎える。
「……約束だぜ。私はフランに会う」
魔理沙の身体に緊張が走る。
ここで拒むようならどうなるか……そう思わせるには充分の気迫。
「フランは中よ」
レミリアが無表情に、静かに告げた。
「…?」
魔理沙はレミリアの顔を見て、怪訝な表情を浮かべた。
一瞬だったがレミリアの表情に冷ややかなものが過ぎるのを見逃さない。
(……?気のせいか?)
魔理沙はもう一度レミリアを見るが、彼女は先程と同じ無表情だ。
何にも興味が無いような…そんな表情。
(いや…今は)
魔理沙はこれ以上それを追求するのを止めた。
今考えるべきことではない。
そんなことはどうでもいいことなのだ。
「開けるぜ」
返事を待たず、魔理沙はフランドールの部屋とこちら側を隔てる、厚く重い扉を押し開けた。
部屋の中は、最後にここに来たときと大して変わっていないようだった。
私は部屋に入って直ぐに、彼女の姿を探した。
……彼女は、部屋の端のほうにある大きなソファの上で、猫のように丸くなって眠っていた。
久々に見る、フランの顔。
愛くるしい寝顔。
心臓の鼓動が五月蠅いくらいに感じる。
会いたかった!
駆け出したい衝動を抑えて、私は一歩一歩踏みしめるようにしてフランのもとへと歩み寄って行く。
一歩ごとに、今まで会えなかった分の気持ちを込めるように。
「フラン!起きなさい!」
だが、そんな私の想いを足蹴にするように大声を出して、私を追い抜きフランへと駆け寄るレミリア。
内心ムッとするが、同時に妙な気もした。
今のレミリアは、どこか慌てているように見えた。
なぜ?
…が、結局このことについての答えは見つからなかった。
もう、フランの目の前だからだ。
「フラン…さぁ起きて」
「ん…ぅぅ…」
レミリアがフランを抱き起こし、急かすように「起きろ」と言う。
目を擦り、不機嫌な声を出して、フランが眠りから覚めた。
「ん…なぁに?お姉さま」
「フラン。貴女にお客様よ」
レミリアが私を見た。
その目は…冷たい。
こいつ……。
今、何て言った。
「お客様」。
確かにそう言った。
何故、「お客様」なんだ?
私とフランは知らない中じゃない。
魔理沙だと言えば事足りるだろうに。
何を考えている……?
……だが、この思考はそこまでだった。
……目覚めたフランが、泣きながら私の胸に飛び込んできたからだ。
「魔理沙ぁぁぁぁぁ!!!」
「うわぁ?!フッフラン……あいたっ」
押し倒されてしまった。
「魔理沙!魔理沙!本物の魔理沙だ!わぁーい!!魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙!!会いたかったんだからぁ!!…うう…わぁぁぁん!あぁぁぁ~ん……!!」
馬乗りの格好で泣きじゃくるフラン。
嬉し泣きしながら無理矢理私を抱き起こすと、今度は思いっきり抱き締められる。
少し痛かったが、私ももの凄く嬉しかったので、負けじと抱き締め返した。
あれ?
不意に視界が曇る。
気が付けば、私も泣いていた。
フラン…。
自覚すると、もう駄目だった。
何も考えられない。
フランのことしか頭にない。
あぁ、フラン、フランフランフランフランフラン……!!!
今、この瞬間、私は確実に狂っていたかも知れない。
もう、他のことなどどうでもよかった。
もう、かれこれ一時間ぐらいはこうしていただろうか……。
が、実際はどうやらほんの4、5分程度だったらしい。
フランの肩越しに見えた掛け時計が、時間の経過を私に教えてくれた。
……と。
この時になって、私は漸く、私とフランを包む雰囲気が妙なことに気が付いた。
…なんだ?
妙な違和感。
まるで、何か異様なものを見ている人間が放つ雰囲気に似ている……。
抱き合っているせいであまり自由にならない首を回して、その雰囲気の元凶を探す。
そしてそれはすぐに見つかった。
「レ…ミリア……?」
レミリアは、まるで得体の知れない怪物でも見ているかのような目で、私達を…否、フランを凝視していた。
その表情は蒼白で、魂が抜け落ちてしまったかのように呆然としていた。
彼女の小さな身体はカタカタと震え、ブツブツと聞き取れない片言が唇から漏れていた。
不意に、私とレミリアの視線がぶつかった。
……その瞬間。
レミリアの、真紅の瞳が火を噴いた。
「パァァチェェェェェ!!!!!!これはぁッ!!どう言うことぉぉぉッ!!!!!!!!!!」
悪魔の翼をぐわっと開き、右足を床に叩きつけるように踏み鳴らす。
鈍い音がしたと思ったら、足が床をぶち抜いていた。
その形相はまさに悪魔だった。
怒り狂った悪魔の顔だ。
私はそれをまともに見てしまう。
背筋が凍りついた。
身体がガタガタと震えだす。
まるで、強風の日の、立て付けの悪い雨戸だ。
恐怖。
絶対零度の空間に放り込まれたかのような。
自分の身体が自分のものではない感覚。
恐怖の震え以外、まばたき一つも出来そうに無かった。
次の一言を聞くまでは。
「なんでっ!!何でフランが!!!魔理沙のことを覚えているのッ!!!!!!」
「な…に…」
な…何を言ってるんだ、こいつは……!?
「……お姉さま」
凍った背筋が砕けそうになった。
「五月蠅い」
私の胸の中で、氷のような声がしたかと思うと、次の瞬間、レミリアが部屋の壁に叩きつけられた。
巨人の手で薙ぎ払われたかのような、猛烈な勢いで壁に激突する。
フランが睨んだ、ただそれだけで何も無い空間に魔力が凝縮され、それが衝撃波となってレミリアを吹き飛ばしたのだ。
「魔理沙が怖がってるでしょ。少し黙っててよ」
フランの声だった。
私は見てしまった。
フランの瞳を。
壁にめり込んだ姉を見るフランの目を。
………虫を見るような目だった。
「あ…」
私は気力を掻き集めて、声を出そうとする。
状況が解らない。
何故、レミリアは怒って…。
それに…フランが私を覚えてる…?
いったい、何のことだ…?!
「ど…どういう…ことだよ……」
必死の思いで出した第一声は、この状況を問う質問だった。
「知りたい…?」
パチュリーが微笑みながら傍にやって来た。
その笑みに理由は解らないがゾッとするものを感じたのは…気のせいだろうか?
「でも、それは後で。今はそれどころじゃないようだし。私はとばっちりを喰いたくないから、退散させてもらうわね」
言うが早いが、パチュリーは踵を返すとあっという間に部屋から去っていってしまった。
…とばっちりとは言うまでも無く、レミリアとフランの姉妹喧嘩のことだろう。
レミリアがまだ何もしてこないのが怖いが、私と密着して何事も無かったかのように、にこにこと笑っているフランも怖い。
間違い無くとばっちりを喰うのは目に見えている。
「な、なぁフラン?場所、変えない?」
とりあえず提案してみる。
レミリアが動き出す前にさっさとここから逃げ出したい。
「いいけど……ちょっと遅かったかな」
「え」
「フラン……覚悟は出来てるんでしょうねぇ」
壁から身体を引っぺがし、レミリアがこちらをギロリと睨んでいる。
……あ~あ、巻き込まれちまった。
自分だけさっさと逃げるとは……恨むぜ、パチュリー。
さっきみたいな怖さは無いが、やっぱりレミリアが怒ると怖い。
さっきのレミリアに、凄い恐怖を感じたばかりなので、今のレミリアにほんの少しだけホッとする。
今はどうやら、先程のフランの攻撃に立腹しているだけらしい。
……?
では、さっきの怒りはいったい何なんだ?
………後でパチュリーの奴に聞いておこう。
そこまで考えた時だ。
フランがもの凄く不機嫌な声を出した。
「もう!お姉さまったら!静かにしててよ!それでどっか行っててよ!!私は魔理沙とお話して、遊んで、それで…」
フランが私の身体を締め付けた。
い…痛い……!
「ちょっ…痛い。痛いよ、フラン……!!」
「それで…何?」
レミリアがこめかみをひくつかせながら歩いてくる。
「あぐっ」
レミリアが一歩近づいて来る度に、フランの腕に込められた力が強くなり、私をきつく締め上げる……!!
「いた…痛いよ…フラ…ん…」
私の声が聞こえていないのか、無視しているのか。
フランはどんどん私を締め上げて……。
「おやすみ♪…魔・理・沙☆」
一際強く身体を締められて。
…私の意識は、闇に飲まれた。
……ごめんね、魔理沙。
痛くしてごめんね。
私の腕の中でぐったりとした魔理沙に心の中で何度も何度も謝った。
……早く終わらせよう。
そして魔理沙に謝らなきゃ。
私は魔理沙を、えーっと確か、「お姫様抱っこ」とかいう感じで抱き上げた。
「何処へ行こうと言うの?フラン」
「お姉さまがいないところ。邪魔されたくないんだもん」
「お話して、遊ぶんでしょ?なら、私も混ぜて欲しいなぁ……。ねぇ、いいでしょう?」
お姉さまが微笑みながら話しかけてくるけど、無論、本当に笑っているわけが無い。
それに……これからすることに、お姉さまはきっと邪魔。
「嫌」
「どうして?私に…言えないこと?見せられないことかしら?」
「そうだよ。お姉さまは絶対、私の邪魔をするに違いないんだから。だから絶対教えない。ついてこないで」
私は言って自分で少し驚いた。
今、お姉さまみたいに喋ってた。
私だって必要になれば、お姉さまみたいに冷たくなれるんだ。
うん、ちょっと満足。
私も立派な、一人前の吸血鬼だね!
「へぇ…?そう。どんなことなのかしら」
お姉さまはそれでもまだ、しつこく聞いてきた。
五月蠅いなぁ。
わかったわかった、答えてあげるよ、仕方が無いお姉さま。
これ以上、時間を潰したくないし。
特別サービスで、笑顔で答えてあげる。
「……魔理沙のね、血を吸うの」
笑顔は完璧。
きっと私は最高の笑顔。
自分で言ってて最高に幸せな気分。
そう、魔理沙の血を吸うの!
想像しただけで心の中が暖かくなって、幸せな気分でいっぱいになっていくわ!
「あ……貴女、何を言っているの!?」
お姉さまが目をまん丸に見開いて私を見た。
信じられない、といった風だ。
「やめなさい!!」
次の瞬間、お姉さまが咆えた。
顔がもの凄く怖くなって、凄い殺気。
刺すような怒りをぶつけてきた。
「貴女!まだ一度だって吸血を行ったことが無いでしょう!!魔理沙を殺す気なの!?」
「何を言っているの?お姉さま。魔理沙を殺す訳無いじゃない」
「貴女は血の吸い方を知らないでしょ?魔理沙は人間なの。どんなに強くても、人間なのよ?」
……ああ、そうか。
「お姉さまは、私が血の吸い方を知らなくて、吸い過ぎたり、壊してしまうと思っているんでしょ」
「…そうよ。貴女にはまだ吸血の仕方を教えていないもの」
お姉さまが我が意を獲たり、といった感じで嫌味たらしく笑う。
けれど残念。
「あは!残念でした~!パチェを脅かして、あいつの持ってたホムンクルスとかいうので何度も練習して上手になったから平気だもんね!」
「な…!?」
お姉さまは、突然冷水を頭からかけられたような顔になった。
いい気味。
……パチェから借りたホムンクルスという人形は良く出来ていて、血を吸い過ぎたり、人間が死んでしまうようなことをする度に警報が鳴ったりして面白かった。
本物の人間そっくりに良く出来ていたので、私はもうすっかり吸血が上手になったわ。
パチェからは借りたんだけれど、口止めされてるから脅し取ったってことにしておかないとね。
「と、言うことだから、お姉さまは何も心配することなんて無いんだよ?だから邪魔しないでね」
私は魔理沙を抱えたまま翼を広げる。
こんな、お姉さまがいるような無粋な場所で血を吸ったりしたら、私と魔理沙の、二人のラブラブな雰囲気がブチ壊しよね。
開け放たれたままの扉へと向き直った。
そのまま飛び立とうとして。
私は一気に跳躍した。
背後から飛んできた紅い光弾が、一瞬前まで私が立っていた場所に叩きつけられた。
振り向くまでも無いけれど、一応振り向く。
攻撃してきたのは、当然だけど、お姉さま。
「……なんで」
私はゆっくりと床に降り立つ。
「なんで邪魔するのかな?私はもう下手糞な半人前の吸血鬼じゃないよ?」
「……貴女がちゃんと血を吸えるようになったという事が事実なら、とても喜ばしいことだわ。私は素直に、貴女の努力を評価するし、凄いよ、偉いね、って褒めてあげる。嬉しいわ、フラン」
「ありがと」
「……でもね。それとこれとは話が別。たとえ貴女が血を上手に吸えるようになったとしても、まだ人間の…魔理沙の血を吸わせるわけにはいかないわ……!」
「………!」
……ああ、もう。
さっきから、何?
邪魔しないでって言っているのに。
うざい。
「53‡‡†305))6*;4826)4‡.)4‡);806*;48†8 」
何をごちゃごちゃ言っているのオネエサマ。
「¶60))85;18*:‡*8†83(88)5*†;46(;88*96)」
ああ…もう…!!
「 」
もう何を言っているのか解らない。
理解したくも無い!
五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い喧しい喧しい喧しい喧しい喧しい喧しい喧しい黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ喋るな喋るな喋るな喋るなウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレ!!!!!!!!!!!!!!!!!
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「るっさいなぁぁぁぁぁ!!!邪魔しないでって言ってるでしょおおおおおおッ!!!!!!」
私の周囲に、紅い魔力弾が大量に生み出される。
空間が軋む異音を発して具現化したそれは。
「マジックミサイル?それは魔理沙の……!」
「……行け!!!!」
私の合図で一斉に魔力弾がお姉さまに向かって飛んで行く。
魔理沙から教えてもらった魔法。
私なら呪文無しでこんなに撃てる、まだまだ撃てる、撃てちゃうの。
大量に生み出したミサイルは、狙い違わずお姉さまに向かって、雨のように降り注ぐ。
「チィっ!!」
お姉さまは舌打ちすると、無造作に腕を払った。
たったそれだけの動作で。
飛来するマジックミサイルの大半を叩き落した。
「貴女のそれは、威力だけはあるけれど魔法としては純度が甘々よ。魔理沙の方がよっぽど上手ね」
「当たり前でしょ」
言いながら更に魔力弾を生成。
魔理沙に教えてもらったんだもん、魔理沙の方が上手に決まってるでしょ、馬鹿なお姉さま。
「無駄よ」
お姉さまの周囲に幾つもの魔方陣が展開。
お姉さまの得意な魔法の一つ、「サーヴァントフライヤー」だ。
弾幕ごっこの時より遥かに魔方陣の数が多いし、一つ辺りの魔力が桁違い。
かわせない事も無いけれど……。
「魔理沙…ちょっと待っててね」
ベッドの方まで一気に飛ぶ。
私は気を失ったままの魔理沙をそっとベッドに寝かせた。
「……」
お姉さまは、私が魔理沙をベッドに寝かせてそこを離れるままで待っていてくれたみたい。
嬉しくも何とも無いけれど、待ってなかったら絶対に許さない。
「すぐ終わらせて、続きをしようね」
ちゅっ…。
魔理沙の唇に軽いキス。
私がベッドから離れると、お姉さまが腕を組んで待っていた。
威厳たっぷり、流石はスカーレット家の当主。
でもそんなの関係もん。
「フラン、言って解らないようなら腕ずくで教育してあげるしかないわね?」
「お姉さまがワケの解らない理由で邪魔するからだよ」
邪魔をするなら、ドイツモコイツモ敵ダ!
お姉さまの右腕がゆっくりと挙げられていく。
「一週間は再起不能を覚悟しなさい」
「……」
お姉さまの指がパチンと鳴った。
魔方陣から蝙蝠を象った魔力の矢が一斉に撃ち出される!
小賢しい。
さっきお姉さまがやったように、腕で薙ぎ払ってもいいんだけれど、それじゃ互角みたいで面白くない。
私は飛んで来る魔力の矢を「視る」。
蝙蝠どもの中心部。
お姉さまらしい、繊細で良く作りこまれた魔法。
でもだからこそ。
その「目」はどれもこれも同じ場所にある!
精神同調。
捕捉対象全てを標的として認識。
接続……終了。
状況開始。
……爆ぜろ!
私の命令で、飛来する全ての魔力の蝙蝠は一斉に爆発、飛散する。
これら全ての過程は全部一瞬で終了する。
当然よね、私が思えばその瞬間にすべて実行されるんだから。
格好つけて手順っぽいものを考えてみたけれどやっぱり面倒くさいや。
爆煙の中からお姉さまが飛び出してきた。
なるほど、目眩ましか!
でも甘過ぎだよお姉さま!
お姉さまの爪が、もの凄い勢いで振り下ろされる。
吸血鬼の振るう一撃は、鉄だって濡れ障子だ。
だけど…。
「ぬるい!!本気でやれば!?」
私は軽く身を引いてそれをかわすと、お姉さまに遠心力をたっぷり乗せた回し蹴りを叩き込む!
「ハッ!」
蹴りを左腕で受け止めた!?
「力技だけでは勝てないのよ!覚えておきなさい!!」
お姉さまの四肢が消えた。
同じ吸血鬼なのに!!
動きが見えない!!
「カァァァァッ!!」
容赦の無い連撃が私を襲う。
「獄符「千本の針の山」!」
連撃の合間にスペル!
千本の魔法の刃が拳と蹴りに混ざって残らず私に叩き込まれた。
ちぃ!!
まともに貰っちゃった!
「ぐっ…」
だけど…やられっぱなしでいるものか!!
「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
激しい乱打。
私は力一杯お姉さまを殴り、蹴り、撃ち抜く!!
「ちっ…」
このままじゃ埒が開かない。
今の私達は己の肉体を使った攻撃だけで、台風みたいになっていた。
力は私の方が上、技はお姉さま。
互角だ。
お姉さまはそれを嫌ったみたいで、その腕に魔力を急速に集め始めた。
「寝なさい!!」
紅い光がその手に現れ、眩い光を放ちながら、槍の形を成して行く!!
「ハートブレイク!!」
「っが!!」
魔力の槍が私のお腹を薙ぐ。
痛い…!
「そら!」
よろめく私に、お姉さまは魔力の槍を投げつけた。
回避できない!!
「ぎゃっ」
可愛くない悲鳴。
私は天井にめり込んでしまった。
「いてて…?」
!!?
「紅符「不夜城レッド」」
お姉さまの姿が視界に入ったと同時に、視界が血の色に染まる……!!
幻想郷の夜に、派手な轟音が轟く。
紅魔館の地下、フランドールの部屋から、屋敷の屋根を貫いて巨大な紅い光の柱が噴出する。
その紅い光の中に、レミリア・スカーレットがいた。
右手に紅い光の槍を持ち、左手は彼女の妹、フランドール・スカーレットの首を絞め上げていた。
「いい加減になさいな。これ以上は本気でやるわよ」
「ふん、だ…!そんなこと言ってる暇があったら、首の一つや二つもいだらどうなのさ!!」
瞬間、フランの身体から強烈な魔力が放たれる。
「!」
レミリアは即座にフランドールを地面に向けて投げ捨てた。
「あはぁ」
が、フランは空中で体勢を立て直すと、レミリアから距離を取り、右手を天に向けて突き上げた。
その手に愛用の杖が出現する。
「フラン……!!」
「お姉さまは何で邪魔するのよ!!私が何かしたいって言ったら、いっつも駄目!ダメダメダメダメダメダメダメダメダメ!!!そうか……そうかそうかそうかそうか!!!私から魔理沙を奪うんだ!!?」
その瞳は血の色よりも紅く。
狂気に染まっていた。
「ちょ……そんなことは言って……」
「やかましい!!!!」
空間が軋む異音。
フランの姿がブレて見え……。
禁忌「フォーオブアカインド」。
四人に増えたフランが一斉に杖を構え、声高らかに呪を叫ぶ。
「レーヴァテイン!!!」
四人のフランが手にした杖が、歪な、紅い光の剣と化す。
「な…」
レミリアの表情が驚愕に歪む。
「貴女…いつの間にスペルの二重起動(ダブルタスク)を使えるように……!?私はまだ教えていないのに……」
「魔理沙が教えてくれたのぉ…」
四人のフランがうっとりとした声で同時に答える。
魔理沙の名前を口にする時、その表情は四人とも恍惚としていた。
「お姉さまみたいな役立たずじゃないのよぉぉぉぉぉっ!!!!」
「壊れちゃえぇぇぇ!!!!」
「邪魔するお姉さまなんか大っ嫌い!!!!」
「魔理沙は私のものなんだからあああああッ!!!!」
恍惚の表情から一転、四人のフランは口々に姉への呪詛の言葉を吐き出しながら狂気と憤怒の形相になり、一斉にレミリアへと襲い掛かった。
「ああもう!どうしてこうなるのよ!!」
悪態をつきながらレミリアは、レーヴァテインを振りかぶりながら襲い掛かってくる四人のフランを迎え撃つために己の魔力を右手に集約する。
「あははははははぁ!!!死んじゃえぇぇ!!!ばかぁぁぁーっ!!!!」
「勝てると思うなっ!愚妹がぁッ!!」
紅い光の槍が、強烈な光を放つ。
「!?」
その輝きに、四人のフランが思わず後ずさる。
神槍「スピア ザ グングニル」。
レミリアの右手に、血よりも紅き、輝く巨大な光の槍が出現する。
「増えたところでッ」
「!!」
「姉に勝てる道理は無い!!!」
それは信じられない速さで行われた。
レミリアの手にした槍が、一瞬の内に、四人のフランの内一人を貫いたのだ。
「へ…?え…」
自分の身体に巨大な風穴を開けられたことが信じられない。
「あ……」
あまりの出来事に呆然とするフラン。
だがレミリアは容赦しない。
既に彼女の右手には、再びグングニルが出現している。
(早っ…)
残りのフランがそう思った瞬間、今度は雷光の速度で肉薄したレミリアに、爪と槍とでもう一人のフランが手足をバラバラにされ地面に叩き落される。
愛する妹への仕打ちとは思えない、情け容赦の無い攻撃。
本体のフランが抵抗する間も無く、三人目も粉砕されてしまった。
レミリアは息一つ乱していない。
「今、私はすごく怒っているの。お姉さまを怒らせたらどうなるか……忘れたわけじゃないでしょうね」
「ぐ…ぐぐう……!」
「お仕置きよ。今度はパチュリーにミスしないように徹底させて、当分の間外出禁止にするわ」
「うああああああああああああああああああッ!!!」
レーヴァテインを振りかぶりながらフランは我武者羅に突撃をかける。
が、あまりに単純なその突撃が今のレミリアに通用する筈も無く。
「ハッ!!」
「くあっ!?」
振り下ろしたレーヴァテインを左手の爪で弾かれ、グングニルの柄でしたたかに殴りつけられ地面へと激突する。
「はぁっ!!」
グングニルが紅く輝いた。
レミリアの、より強烈な魔力が瞬時に槍へと流れ込み、グングニルが真紅の閃光と共に、倍以上の大きさに巨大化する。
「お仕置きよッ!頭を…冷やしなさい!!!!」
大地へめり込んだフランに、上空から更にグングニルを投げつけるレミリア。
大気を引き裂き、龍の嘶きの如き異音を発して、真紅の神槍はその狙いを違う事無く、雷の速さで大地へと吸い込まれるように叩き込まれた。
着弾と同時に、高密度の魔力を圧縮した槍のエネルギーが瞬時に炸裂、大爆発を起こす。
地上にあった木々をことごとく薙ぎ倒し、根こそぎ吹き飛ばしてしまう。
濛々と立ち込める土煙の中を、レミリアは油断無くゆっくりと降下していく。
「…少し、やりすぎたかな?」
……地面に、大穴が穿たれていた。
まるで月面のクレーターだ。
クレーターの底、土煙の奥に、仰向けに倒れたフランの姿があった。
衣服はボロボロで、全身傷だらけだ。
ぐったりとしていて、ダメージの大きさを物語っている。
レミリアが近付くと、緩慢な動きで反応を示した。
「少しは反省したかしら」
「だ…れが……ぐふっ」
レミリアは、フランの首に手を伸ばし、無造作に掴むと、その手に力を込めてギリギリと絞めあげにかかった。
「カ…は…」
「苦しい?止めてあげてもいいのよ。貴女が我侭を言うのを止めればね」
「ぐ…ぐぐ……!!」
首を絞められ、フランは自分の意識が急速に遠のいていくのを感じた。
呼吸ではなく、血液の循環を滞らせるのがレミリアの目的なのだ。
吸血鬼にとって、己の身体を巡る血流を止められることほど危険なことは無い。
力が全身に行き渡らないのだ。
武装解除されるのに等しい。
「どうするの?このまま意識を失う?それとも謝る?」
「ぐ…ぬ……!」
レミリアは首を絞める手に、更に力を込めて選択を迫った。
「魔理沙の血を吸うなんて真似は止めなさい」
「な…んで」
首を絞める力は、絞め殺す等という生易しいレベルから、捻じ切ろうと言わんばかりにまで達した。
「どうしてっ!どうして邪魔するのよっ!!?」
何度目の問いか。
捻じ切ろうと言わんばかりの怪力で首を絞め上げられながら、フランは激昂した。
遠退く意識を無理矢理に引き戻し、ありったけの気力で姉を睨みつけた。
己の首を絞める姉の手を、鋭く硬化した指の爪でバリバリと掻き毟る。
だがレミリアはそんなフランの抵抗などどこ吹く風といた様子で、フランの問いに冷淡に答える。
「子供の貴女にはまだ理解できないかしら。……スカーレットの一族の掟」
レミリアはフランの首を絞める力を若干緩めると、諭すようにゆっくりと語り始めた。
「第一に。吸血鬼、ことにスカーレットの者は優性種族である。……これはちょっと奢り過ぎだと思うのだけれど、スカーレット家が自ら称する、「夜の王」、「不死者の王」と言うのは間違い無くそう。私は夜の王たるスカーレット家現当主…ここ幻想郷のだけれど…私は、間違い無く」
レミリアの顔に笑みが浮かぶ。
何者にも屈さない、まさに「王」たる風格と気品を備えた、見るもの全てを畏怖させずにはいられない笑みが。
「そう、私は夜の王。スカーレット家当主、レミリア・スカーレット」
「…それが…何よ……!?」
「…脱線しちゃったわね。まぁ兎に角。スカーレットは王の一族。これは絶対。王と言うのはね。民を守り、これを治めなければならないわ。民の生を守り、これを絶対に害してはならない。……王を自称するからには、まぁ一応スジは通っている風に聞こえるけれど、実際は違う」
「……」
「吸血鬼は他者……人間の血液を吸わねば生きていけない。不老不死、永遠の存在である私達がそれを維持するのに絶対必要な行為。……厳密には、血を吸わずとも生きてはいけるけれどそれだと退屈だし。一種の、生きていく上での準必須行為。これが、吸血鬼の、吸血行為を行う理由の一つ。もう一つは、吸血鬼の繁殖行為ね。私達は人間と同じように異性と交わることでも繁殖出来るし、人間と吸血鬼の間でもそれは可能。ただ、そうした場合、相手が吸血鬼だろうと人間だろうと、生まれてくる存在は吸血鬼としては幾分か格が下がるか、人間と吸血鬼のハーフのどちらか。完全な意味での吸血鬼にはなれないわ。上位の吸血鬼なら、格が落ちてもそう酷いことにはならないけれど、これが下位の吸血鬼だと話が違ってくる。吸血鬼で格が低い者は、吸血行為無しでは生き永らえれない半端な存在。こんなのが世に蔓延れば、倍々ゲームで人間はあっという間に絶滅するわ。人間の血を吸わねば生きられない下位存在は当然、人間を捕食している妖怪達もほぼ全滅確定。私達も死にはしないけれど面白いことにはならないわ。……私達に、普通の生物が行う生殖行為は、快楽を得るため以外の目的は無いし持ってはいけない。……ここで疑問が一つ。では、私達吸血鬼は、どのようにしてこれらのことに触れないようにして繁殖するのか。……方法は二つ。一つは吸血鬼同士の生殖行為。ただしこの際、お互いの血液を交換し合う必要がある。お互いの血を認め合うことで、生まれてくる吸血鬼の格が落ちることは無くなり、場合によっては格の高い者が生まれる可能性も出てくる。吸血鬼という生き物は、魂からしてプライドで出来ているから、魂の情報である血液を互いに交換し認め合わせないとお互いの血を拒絶したり貶し合ったりして生まれてくる命の格を下げてしまうのね。……では、二つ目。吸血鬼が人間の血を吸う時、同時に自分の魔力の一部を流し込むことで、その者を吸血鬼へと変える事が出来る。外の世界で吸血鬼に血を吸われると吸血鬼になる、と言われて吸血鬼が恐れられている理由ね」
レミリアは一旦話を区切ると、フランを地面に叩き付けた。
「ぐぁ!!」
「さっきから人の手を掻き毟って…痛いじゃないの」
「はぐ!」
叩き付けられ、仰向けに倒れたフランの胸を思い切り踏み付けるレミリア。
その瞳は真紅で、血の色よりも真紅で、薄っすらとだが狂気の色が見え隠れしていた。
久し振りの戦闘で、過度に興奮しているのを自覚していない。
「大人しく、お姉さまの話を聞きなさい」
「う…ぐ……」
「……さて、ここからが掟のメインね。さっき言った通り、吸血鬼である私達は、人間の血を吸い、その時に魔力を…普通のとちょっと違うけれど、まぁ魔力だしね。…魔力をあげる事でその人間を吸血鬼とすることが出来るわ。そいつらを使役して己の勢力を拡大しようだなんて考える馬鹿もいるらしいけれど。そんなことして増えた吸血鬼なんて、さっき言った通り倍々ゲームで人間をあっという間に絶滅させてしまう。鼠算だっけ?まぁいいけど。ロクなことにならないわ。……そんなクソ面白くも無いことは禁止!ってことで、これを偉大なるスカーレット家の掟とする。何故なら我等は王の一族だからだー……ってね。これが第一条の裏側。表は最初に言ったとおり、民である人間を守ること。その理由として、吸血鬼へ変えてしまうことは民の命を弄ぶ事になる。我等は下賎な人間共とは違い、命を弄ぶ様な卑劣な真似は絶対にしてはならない。…ってのがあるわね。私もこれには賛成。生体実験は嫌いよ。パチェにも止めてもらったぐらいだもの。あの娘、昔は魔道の実験になると見境なくなる傾向があったから。……性的な意味での実験ごっこは好きよ?今度霊夢と遊ぼうかしら……」
グリグリと靴の踵でフランの胸を踏み躙りながら、レミリアは続けた。
「第二条は一条のオマケね。スカーレット家は王の一族だから、これが無闇やたらと増えちゃ不味いからね。これを防ぎ戒めるのが第二条。雑種や、権力って言ったらちょっと違う気もしないでも無いけれど変な争いを回避する為のものがこの第二条の真の意味ね。……聞いてるの?無知な貴女を教育してあげているというのに」
「聞いてるよ…っ」
フランは咳き込みながら、自分の胸を踏み付ける姉に敵意を剥きだしにして睨み付けた。
「そう。勉強になったでしょ」
レミリアの口に冷笑が浮かぶ。
「貴女は血の吸い方を覚えたかもしれないけれど。貴女が相手……魔理沙に、貴女の魔力を送らない保証は無いわ。故意かどうか関係無くね。魔理沙を吸血鬼にはしたくないわよね?そんなことしたら、私は魔理沙を殺さなきゃならなくなるわ」
「ッ!」
魔理沙を殺す、という言葉にフランが激しい怒気を露にして反応した。
腕を振り上げ攻撃しようとするが、それより早くレミリアに、腕に魔力弾をぶつけられて反撃を封じられてしまう。
「貴女は無知だから、こんな間違いを犯してしまうのよ。さぁ、いい子のフランはもう理解できたわよねぇ?もう血を吸いたいだなんて思わないでしょ?」
フランの胸を思い切り踏み付けた。
「ガハ……!」
「さぁ、お姉さまに謝ってごらん?ちゃんと謝れたら許してあげるわよ?」
フランに、謝罪を強制するその顔は、歪んだ喜悦に染まっていた。
相手を屈服させ、従属させた時の、一言では表しようの無い、独特の優越感。
久しく味わっていなかった闘争の喜悦と興奮が、レミリアの、吸血鬼としての本能を焦がして止まないのだ。
「さぁ…!どうなの?フラン!」
並の者なら視認した瞬間に失神するであろう、恐怖さえ感じさせる笑顔でレミリアは迫った。
「………」
……だが、フランの顔に浮かんだ感情は、恐怖でも、まして許しを請うものでも無かった。
「……はい。ありがとう、お姉さま。……とぉぉぉぉっても勉強になりましたわ」
「……?」
「復習は学習の基本だよね。お姉さまのおかげでより鮮明に掟を覚えられたわ」
「フラン…?」
レミリアは困惑した。
自分が謝罪を強制したのに謝らない。
自分が脅しつけているのに、微塵も怯まない。
自分の思い通りにならない存在。
……私は、夜の王なのだ。
比肩する者無き絶対の強者。
不死の王、スカーレット家当主、レミリア・スカーレットなのだ。
自分の命令は絶対なのに。
何でこいつは思い通りにならない……!?
精神状態が幼い駄々っ子の心理に陥っていることに気が付かないレミリアは、自分が予期していたのとは違う妹の反応に困惑した。
だが、レミリアの困惑は、次の瞬間、退行した判断力ごと綺麗に吹き飛んだ。
「でも、折角復習するのだったら、『血の儀式』までやって欲しかったなぁ……。本っ当!お姉さまって、役立たずなんだから」
その表情は、侮蔑に満ちていた。
憎悪に満ちていた。
狂気そのものだった。
「フ、フラン!貴女……なんで!?『血の儀式』のことを知っているの!?」
「へへ~。不思議?不思議ぃ?あははははははは。お姉さまは教えていないもんね。…………教える気も無いよねぇっ!!!!きゃははははははははははは!!そうだろうと思った!!だから、図書館に忍び込んで一人で勉強したんだよ!!偉い?偉いでしょ私!!褒めて魔理沙魔理沙褒めてあははははははははははははははははははははははは」
「ど…どうやって図書館に……いいえ!そんなことはいいわ!貴女、どこまで知っているの!?」
レミリアの顔に、かつて無い狼狽の色が濃く浮かんだ。
「何を~?」
「『血の儀式』のことよ!」
「ああ。全部」
「――――――――ッ!!」
「スカーレットの掟は、無闇やたらに吸血鬼が増えちゃ困るし、スカーレットの家から雑種を出したくないから、魔力を送る、「嗜好」の為の吸血以外……、即ち繁殖の為の吸血を禁忌としている……だったよね?そう、スカーレット家は雑種や出来損ないを作らないのが絶対。プライドとか、そういう「貴族意識」って言うの?そんなものの為にね。……でもね」
「!あ…」
フランは、自分を踏み付けているレミリアの足を掴むと、強引にそれを持ち上げ、立ち上がろうとした。
レミリアが堪らず転倒するのと、フランが起き上がるのはほぼ同時だった。
「普通、吸血鬼が人間の血を吸い繁殖する場合、吸血対象は非処女・非童貞であることが絶対条件。一般的にはね。で、そうする場合、吸血対象に、吸血者が己の魔力を流し込むことで吸血対象を吸血鬼として転生……身体構造を根本から変化させて別の生物へと進化…でいいよね?進化させる。この方法で繁殖するわけだけれど、この方法じゃ雑種しか生まれない。それでは、スカーレット家が認める正当な血族を新たに作るにはどうすればいいのか。一つはさっきもお姉さまが言ったとおり、吸血鬼同士の血を交換しながらの生殖行為。そしてもう一つが『血の儀式』」
尻餅をついたレミリアが、得体の知れない怪物を見るような目でフランを見上げた。
「『血の儀式』は限定された種族の吸血鬼……スカーレット家ね、ここでは。この限られた種族だけが行える、もう一つの繁殖手段がこの『血の儀式』。これは吸血対象である人間に、魔力の他に吸血鬼同士が行うような「お互いの血を交換し合う」というシンプルな行為を追加するだけで成立する。これで吸血鬼となった人間は、吸血者と同じ種族へと生まれ変わり、完全な、新しい夜の一族となる……。つまり!!」
フランは足元に座り込んで呆然としていたレミリアを蹴り飛ばした。
サッカーボールを蹴る様に、だ。
「ぐぁっ!?」
無防備な姿勢と意識のせいで、レミリアはかなり遠くまで吹き飛んでいく。
土砂を巻き上げながら飛んで行き、クレーターの壁面に激突する。
新たに土埃が舞い上がり、視界を奪う。
「魔理沙と私が『血の儀式』を行うことで!魔理沙は私と同じになる!!同じ吸血鬼に!!スカーレットの血族に!!家族に!!ずっと……ずっと一緒に居られるんだ!!!!」
「フラ…ン……!!!」
レミリアが土埃の中から、軽く咳き込みながら歩み出てきた。
「それを……お姉さまは邪魔しようとするんだ!!どこが!?何でッ!!!何が悪い!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「全部だッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
二人の叫びと共に、二人の手に同時に紅い魔力の光が燈った。
レミリアの手には、真紅に輝く光の槍……グングニル。
フランの手には、同じく真紅に輝く、歪な光の剣……レーヴァテイン。
「スカーレットの掟……その本当の意味は!吸血鬼という種族が、他の種族の生を弄び、変えてしまうことを禁ずることなのよ!!」
「だから何よッ!!」
「命を弄ぶような真似は、断じて許されるものでは無い!!私が許さない!!私はスカーレットの当主よ!!!そんな真似は絶対に許さない!!!!!」
「綺麗事ヌカしてるんじゃないわよ!!!バカバカバカ!!!馬鹿ぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」
二人の吸血鬼が、同時に大地を蹴った。
刹那、紅い閃光が走る。
魔力の槍と剣がぶつかり合い、血飛沫のような魔力の火花を散らし合う。
スパークする魔力が大気を焦がす。
「命を弄ぶのを許さない!?ハッ!!それじゃ魔女はどうなのさ!?魔法使いはどうなんだ!?奴等は魔法の実験と称していろんな生き物を惨い目に合わせてきたじゃないか!!人間は動植物を品種改良してきたじゃないか!!どうなんだよ!?ええ?お姉さま!!!!!コイツらも許さないのか!!!!!」
「当然でしょうが!!!!!よく勉強しているようだけれど!屁理屈捏ねるのはまだまだ甘いわね!!!生物実験を行うような魔女、魔法使いは私や、私の御先祖様達、それに博麗の巫女達がほとんど処分したわ!!まだいるとしたら、それはここの外の世界ね…!それと、品種改良は命の改変とは違うわ!!遺伝子組み換えがいけないことなのよ!!!買い物できないわよフラン!!!!」
「大豆なんか買わないわよッ!!御託並べてんじゃないわよッ!!兎に角邪魔すんなぁぁぁッ!!!!!」
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」」
レミリアの槍が唸りを上げて大気を引き裂きフランに迫り、フランのレーヴァテインがそれを捌き、その歪な刃をレミリアに打ち込まんと逆襲を演じる。
魔力の刃による、嵐の様な剣戟が、夜空に響き渡る。
「あああああああああああああッ!!!!」
斬り、突き、衝撃波による怒涛の連撃。
繰り出されるグングニルの、必殺の威力を持った一撃一撃をたくみに捌き、合間に自らも必殺の威力を込めた一撃を繰り出すフラン。
レーヴァテインが唸りを上げてレミリアを狙うが、力任せのその一撃をグングニルが弾く。
一進一退の激しい攻防。
「いい加減……」
剣戟の合間に、レミリアが舌打ち混じりに呟く。
「うざい!!」
気合一閃、レミリアが大きく踏み込む。
「ふん!甘過ぎだよ!!」
しかし、その攻撃はフランに軽くかわされ……。
「――――――!?」
レミリアがフランの視界から一瞬にして消え失せたのだ。
刹那の動揺が、フランの動きを一瞬、鈍らせる。
その一瞬の間に、フランの背後、大気を切り裂き横殴りに襲い来る神槍が……。
「…ッ!チィィ!!」
背後、しかも下半身を狙う、あまりに低く、そしてあまりに速い、鋭い一撃。
(避けられない!?)
この状況でこの一撃をかわすには、時を止めるか自分達以上に出鱈目な反応と速度を持つしかなく、それはフランもレミリアも持っていないものだ。
本能的に、フランは手にしたレーヴァテインを地面に突き立てて、グングニルの一撃を受け止めた。
「あっ……」
魔力の剣であるレーヴァテインを軋ませる、とてつもない重さを誇る一撃。
怪力を誇る吸血鬼でさえ、一歩よろめいて後方へと押されてしまう。
「よく捌く……!」
「まだまだ甘いってわけだよ!」
「言ってなさい!!」
「でぃやぁぁぁぁぁ!!」
再び連撃の応酬。
剣と槍だけでなく、拳や爪、蹴り。
二人の周囲に、紅い光が瞬いては消えを繰り返す。
お互いが牽制の為に魔力弾を生成し、それが型を成す前にどちらかの魔力弾がそれを相殺しあっているのだ。
(これじゃキリが無い……!)
レミリアは内心、舌打ちする。
このまま続けても戦いは終わらない。
その内夜が明けてしまうだろう。
そうなっても、恐らく妹は戦いを放棄しないだろう。
そうなれば姉妹を待ているのは日光を浴びて灰と化す運命のみだ。
レミリアはフランを殺そうとは思っておらず、傷つけようとも思ってはいない。
闘争本能を刺激され、冷静さを欠いていたものの、今は落ち着きを取り戻している。
だが、このまま戦い続けていても闘いは終わらない。
(ならば)
多少、怪我をさせてでもフランを黙らせるしかない。
一歩。
大きく踏み込んでからの必殺の一撃。
だがこれもあっさりとレーヴァテインに受け止められる。
「おおおおおお!!!」
フランがお返しとばかりにグングニルを弾こうとして力を込めた瞬間。
レミリアの口元に、薄い笑みが浮かんだ。
「……ブレイク」
「!!?」
グングニルが、目も眩むような、紅い閃光を放つ。
紅い光が、フランの視界を埋め尽くす。
まるで光の洪水だ。
光の中で、霞んだフランの目に、グングニルが一回り小さくなったように映り……。
瞬間、グングニルが炸裂した。
「あああああああああああああああっ!!?」
魔力の槍グングニルは、レミリアの強大な魔力を、膨大な量を圧縮して造られ型を成した槍だ。
その魔力を解放すれば、抑圧されていたエネルギーが一気に爆発し、破壊的な威力を持つ魔力波が炸裂する。
フランはそれを、まともに至近距離で喰らってしまった。
荒れ狂うエネルギーの奔流に吹き飛ばされ、遠く離れた大地に背中を叩きつけられてしまう。
「がは……!!!」
全身に酷い傷を負い、服は炭化してボロボロだ。
「ぐ…」
身体を起こそうとすると、胸に激痛が走った。
(あばらが何本かやれれた……!2…4本か)
「ぬ……がぁぁぁ……!!」
……痛みに悶えている場合じゃない。
フランは痛む全身に鞭打って、強引に立ち上がった。
先程、自分がいた場所は濛々と立ち込める土煙で、どうなっているのか解らない。
凶悪なダメージだった。
視界が一瞬闇に閉ざされて、すぐ回復した。
頭がガンガンと痛み、呼吸は信じられないくらいに荒く乱れる。
だが。
炸裂したグングニルの、破壊的な魔力の炸裂で全身を焦がされてなお、その闘志は刃こぼれ一つせず、逆により激しく燃え上がる。
とはいえ、ダメージを隠しきれるものではない。
ごまかせるような軽いダメージではなかった。
(骨は放って置けばすぐくっつく……問題は体力……)
フランが体勢を立て直す直前、レミリアが土煙の中からフラン目掛けて猛スピードで飛び出してきた。
その手には……グングニル!!
一瞬の間に距離を詰められ……否、制圧された。
「はぁっ!!」
神速さえ軽く上回る、悪夢のような速さの突きが繰り出された。
「ちっ…!!ぐぅ……!!!」
レーヴァテインを巧みに操り、それを捌くが、すぐに第二、第三の攻撃がフランを行き着く暇無く攻め立てた。
一歩、二歩、三歩。
突き、払い、斬撃。
レミリアの両腕が、人知を超えた速度でその長大な槍を振り回し、突いてくる。
瞬間速度は亜光速にも達するか?
(右…!左下!?)
かすりギリギリで突きを見切ってかわし、斬撃を捌く。
が、何度避けても捌いても、レミリアの槍捌きはその勢いを減じる事無く、むしろ、更に嵐の様な勢いを増していき、角度を変え、攻撃の型を変え、次々とフランへ襲い掛かってくる。
その変化が微妙に、しかし同じような対応は決して許さない、絶妙な変化なのだ。
……力では私の方が何倍も上だ。
そんなことは解っている。
だけど……。
だけど……!!
(技で、お姉さまに勝てたことは一度も無い……!!)
姉妹喧嘩で弾幕ごっこをしたことなら何度もある。
取っ組み合いの喧嘩も何度もした。
それらはほとんど、フランがレミリアを征した。
(全部……お姉さまも力押しだったからだ……!)
自分と姉との技量の差を、愕然と悟る。
(本気じゃなかった!!)
あまりに卓越した技は、強大な力にも勝る。
技が染み付いた者にとっては、特に意識もせず、普通に何かをする感覚で、強大な力を圧倒的な差で制圧できるのである。
レミリアの技は、まさにそれだった。
じりじりと、だが確実にフランは後退する。
完全に押されていた。
(このままじゃっ……!!)
隕石が落ちてきたかと思えるほどの、重い一撃。
受け止めたレーヴァテインが歪み、それを構える腕が軋み、身体を支える足は大地にめり込んだ。
(押し切られる!!)
レミリアの放った大振りの突きが、大地を抉った。
咄嗟にレーヴァテインで突きの軌道を逸らしたのだ。
(攻めなきゃ……やられるッ!!)
今一度、レーヴァテインを強く握り締めると、フランは大胆にも体勢を限り無く低くして身体ごとレミリアへぶつかっていく!!
一瞬の内の出来事だった。
フランのその行動は、一瞬にして地脈を縮め、レミリアのすぐ側まで瞬間移動したかに見えた。
所謂、「縮地」と呼ばれる技。
それの吸血鬼バージョンだ。
上位の妖怪とて、捉える事は叶わない、覚めない悪夢のような速さだ。
フランは意図してこの技を使ったのではなかった。
「ただ、速く動く」。
その想いだけで、極めることは想像を絶する「縮地」を体現して見せたのだ。
「!」
「縮地」の速度を乗せた、強引で、破壊的な威力を秘めたタックル。
レミリアの下半身を狙ったそれは、狙い通りにレミリアの体勢を崩すのに、見事、成功した。
「あっ…?」
(もらった…!)
不意を突かれたレミリアは、信じられないという表情で体勢を崩し、後方へと飛び……。
「これでっ!!」
勝利を確信したフランが、雄叫びを上げながらレーヴァテインを振り上げる!
「終わりだよぉぉぉぉッ!!!!!!」
大地を強く踏みしめて、渾身の一撃を。
強く踏みしめた大地を更に強く蹴り、全体重を乗せて加速。
猛烈な勢いで繰り出されたレーヴァテインは、振り下ろされる刹那、その紅い輝きを更に強くする。
燦然と輝く、歪な紅い刀身が、雷の如き速さで無防備なレミリアに振り下ろされ……。
(さようなら。お姉さま。ばいばい)
永遠に引き伸ばされたかのような一瞬の時間。
フランは、自らの知り得る、唯一の肉親をこの手で殺す行為に、心の片隅で罪悪感と悲しみを覚えつつも、愛する者との恋路を邪魔する敵を葬る達成感と愉悦に、その幼く可愛い顔を狂気と喜悦に歪ませて、今まさに斬り捨てようとしている姉の顔を見た。
永遠の別れ。
紅い瞳。
美しく、愛らしさと威厳を兼ね備えた顔。
その表情は……。
……哀れみと、嘲笑。
幻想郷の夜空に、爆音と絶叫が木霊した。
……お腹が焼けるように熱い。
熱く焼けた鉄ごてをねじ込まれたみたい。
熱さは劇痛。
痛みに耐える為に、きつく閉じた瞼を開けてみたけれど、視界は暗く、何も見えない。
それでも、瞳を大きく開き、見ようと努力し続けたら、ぼんやりとだけれど視力が戻ってきた。
「あ……」
脇腹に、紅い槍が深々と刺さっていた。
これが……お腹が熱い原因。
確かめたわけじゃないけれど……多分、貫通してる。
そう認識すると、全身が一斉に悲鳴を上げた。
焼けるような劇痛は、全身を余すところ無く支配していた。
「………!………ッ!!……!!!」
声にならない。
それもそうだ。
あの時……。
「……生きてる?」
遠くから声が聞こえてきた。
いや。
遠くじゃない。
聴覚がイカれてるんだ。
お姉さまが、倒れた私を見下ろしていた。
紅く輝く槍を携えて。
「超至近距離からのスカーレットデビル、そして強化したハートブレイクの二段技。加えてさっきのグングニルを炸裂させたダメージ。これだけやって平気な顔されてても困るけれど」
そんなことを言っていても、表情は「手加減してやったんだぞ」と物語っている。
当然だ。
手加減無しならハートブレイクではなくグングニルが私に突き刺さっていただろうし、その前に、スカーレットデビルの時点で消し炭になっていたかも知れない。
……消し炭と言えば、さっきの攻撃で、かろうじて残っていた服の残りも全部炭化して、私は生まれたままの姿になっていた。
恥ずかしいけれど……今は羞恥に身悶えている状況じゃあない。
「……一応、吸血鬼だからね。頑丈さには定評があるわ」
軽口を叩いても、虚勢であることを隠すことは出来ない。
ヒューヒュー。
五月蠅い。
自分の呼吸がこんなに耳障りだとは。
喉はカラカラに渇いて、冷たい水が目一杯欲しい。
身体はガクガクとみっともなく震えて、私をイライラさせる……。
それでも。
「…………!!」
私は、焦点の定まらない目で、目だけでも。
お姉さまに憎悪をぶつけた。
「……まだ、そんな目が出来るのね」
当たり前だ。
屈して堪るか!!
負けたくないよ……!!
「……ふん」
お姉さまは、私を見下ろしながら、呆れたような溜息をつく。
「出来の悪い妹を持つと苦労するわね。……獄符「千本の針の山」」
………………………!!!!!
それは一瞬の間だったのか、それとも長い時間が経った後なのか。
私の身体は穴だらけで、まさに蜂の巣だった。
急所……心臓を外れてはいるけれど、どこもかしこも尋常じゃない痛みと、灼熱感を伴っていた。
発狂してもおかしくない。
それぐらいの劇痛だった。
「………!!」
もう、声も、出ない。
全身から力という力が、雪崩のような勢いで抜け落ちていく……。
痛い……。
痛いよ……魔理沙。
「よく耐えたものだけれど……これで終りね」
視界が歪む。
お姉さまが薄く笑ったのが見えた。
……勝ち誇った笑顔。
お姉さまだった輪郭が崩れ、歪み、何が何だか解らなくなった。
もう……何が、何だか……解らない……。
思考はぐちゃぐちゃ。
身体はボロボロ。
気力も、体力も……からっぽ。
意識が……黒い、底の見えない海へと飲み込まれていく…………。
あぁ……もう……駄目……なのかな……。
「もう、寝なさい。フラン……」
勝てなかったよ……。
ごめんね……。
ごめんね、魔理沙……。
ずっと……。
ずっと、一緒にいられると思ったのに……。
魔理沙………。
ま……り……さ……。
もう……解らない……どうでも……いい……。
眠いよ……。
「おやすみなさい、フラン」
…………おやすみ……なさい……。
「……次に目覚める頃には、もう貴女に悲しい思いはさせないわ」
……そう、優しいね、お姉さま……。
「貴女を悲しませる者……霧雨魔理沙はいなくなるから」
……そう、いなくなるんだ……?
…………?
「100年ハ眠ルデショウカラ、モウ魔理沙ハ生キテイナイワネ……」
…………………………………………????
イナクナル?
誰ガ。
コノ低脳。
オ前ハ何ヲ言ッテイルンダ?
オ姉サマハ。
コノ女ハ。
魔理沙ガ、イナクナルト言ッタジャナイカ。
「魔理沙ニハ悪イケレド……モウ、ふらんニハ会ワセナイ。……ソウネ、死ンダコトニシマショウカ」
死。
死ヌ。
殺ス?
殺スノ……?
「馬ニ蹴ラレテ三途ノ川、カ。……損ナ役ヨネ」
歪ム歪ム声ガ歪ム。
オ姉サマ、何ヲ言ッテイルノ。
『死ぬ』
死。
死……。
…………………………………殺すの?
誰を。
…………魔理沙。
そうか。
お姉さま。
魔理沙を殺すんだ。
魔理沙を、私から奪うんだ。
永遠に。
また、私を、独りぼっちにする気なんだ………。
………………そうか。
………………そうか……!!!
…………巫山戯るな。
目の前で起きた事態に、レミリアの心は驚愕と、恐怖に鷲掴みにされた。
(完全に……沈黙したはずなのに!!確かに一度、意識を失ったはずだ……!!)
禍々しい瘴気が、周囲を濃密に満たしていく。
ふと気が付けば、大地は鳴動し、大気は張り詰め悲鳴を上げている。
「!!」
レミリアははっと天を仰いだ。
そこには。
「なんて……」
……紅い、月なんだろう。
月が血の色よりも紅く染まり、それが地上にいるすべての存在を圧殺しようとするかのように、巨大に膨れ上がっているかのように見えた。
「月が……そんな……」
レミリアの思考はそこで中断された。
魔王の咆哮が、幻想郷を揺らした。
レミリアは、具現化した悪夢と対峙していた。
否、悪夢すら生温いか。
「───ククッ……はははははは……」
その様は、まさに……。
「真紅の……魔王……!!」
「はははは……何これ?これ?すっごい力。溢れてきちゃいそうだよぉぉ……?うふふふふ……あっはははははは!!!」
傷がみるみるうちに回復していく。
時間が遡って行くかのように傷が消えていき……あっという間に痕跡すら残さずに消えてしまった。
フランの脇腹に深々と刺さっていた真紅の槍が、乾いた音を立てて粉々に砕け散った。
「フラン……貴女……真の、夜の一族となったのね……」
溜息のようにレミリアが小さく洩らす。
「あはぁ?なになに?なぁに?お姉さまぁ?聞こえないよ~あははははははははは。……命乞い?」
それまで笑い混じりだったフランの声が、急に、低く、威圧するような口調に変わる。
急激な温度差がそこに発生したかのような錯覚。
否、確かに……下がった。
「だぁめ。お姉さま。お姉さまは魔理沙を殺すんでしょ?でしょ?」
「え……!?私、そんなことは……」
「そんなこと考える奴を、生かしておくとでも思ってんの?このうすら馬鹿」
「違う!私はそんなこと言ってない!!」
レミリアは必死に思考を巡らせた。
(私が魔理沙を殺す?そんなこと言った覚えは……)
「言ったよ。もういいよ。目障り」
レミリアの思考はその瞬間、先程の自分の言動を思い出すことに成功した。
(!!……まさか……。そうか、魔理沙を「死んだことにしよう」って言った……。フランが、それを誤解して……)
その答えを吟味する時間は、レミリアには与えられなかった。
「潰れちゃえぇぇぇっ!!!!」
凶暴な破壊力を秘めたフランの爪が、レミリアの脳天目掛けて猛烈な勢いで振り下ろされたのだ。
「――――――ッ!!?」
レミリアにとって幸いだったのは、グングニルのスペルを解かずに保持していたことだった。
吸血鬼の本能が、咄嗟に、悪夢の如き速度で繰り出された爪に対してレミリアの身体を反応させたのだ。
グングニルでフランの爪を受ける。
だが……。
受け止めたと思った刹那、レミリアの思考は激痛によってズタズタに引き裂かれた。
フランの爪は、グングニルを溶けたバターのように易々と切り裂き、レミリアの腕を、右肩の付け根から両断し斬り飛ばした。
「ぐぁぁぁあああああああああああああッ!!!??」
もしも、グングニルが無ければ……。
レミリアは身体を縦に両断されていたかも知れない。
「あ…あぁがぁぁぁぁ……ッ!」
腕を切り落とされた瞬間に、後方へ一気に飛び退く。
レミリアがとれた唯一の抵抗だった。
「ぐ……かぁあああ……っ」
切断された肩から血が滝のように流れ落ち、同時に、傷口が、噴水のように血を際限無く吹く。
灼熱の鉄塊を押し付けられたみたいに熱く焼ける傷口を抑えながら、レミリアは激しく息をする。
あまりの出来事に、呼吸が乱れに乱れ、思考はノイズだらけだった。
情報を処理出来ない。
「…ふん」
さもつまらなさそうな表情で、フランは、痛みに必死に耐える姉を見た。
部屋の片隅の、小さな糸屑でも見るかのような視線。
「ぐっちゃぐちゃのドロドロに殺してあげたいけれど」
その瞳は、絶対零度の、氷の視線。
「……あんまり時間も無いから」
傷と一緒に、燃え尽きた筈の衣服も、どういう原理なのか再生されていく。
「パッと消してあげちゃうわ。咲夜の手品みたいに、綺麗さっぱり……」
完全に傷も衣服も元通りに再生したフランが、人差指を伸ばして右手を天に高くかざした。
「消してあげる」
フランの右手が音も無くレミリアに向けられた。
真っ直ぐに伸ばした人差指は、狂い無くレミリアに突きつけられる。
まるで、犯罪者に死刑を宣告する裁判官のような姿勢。
…………そして、それは事実「死刑宣告」だった。
……それは突然やってきた。
腕を肩先から切断された激痛に耐える私に、爪先から突然湧き上がった消失感。
まるで……足が消えてしまったかのような。
自分の足が、突然消えてしまった感覚。
そこに何かがあった筈なのに、無いと思える感覚だ。
私は思い切ってその感覚の正体を見極めることにする。
私は自分の足元を見た。
「…!……!?」
私は、自分の正気を疑った。
……見なければ良かった。
「私の……足が!?」
無い。
無い!!
膝下から、私の両足が綺麗さっぱりと。
消えてしまっていたのだ!
そこに足があった筈なのに!!
その痕跡すら残さずに、消滅してしまっていたのだ!!
しかも、それだけでは無かった。
「あ…あぁぁあああぁあぁ……!?!」
気が付いた時には、腰から下が完全に消失していた!!
しかも、紙に描いた絵を消しゴムで消していくかのように、私の身体が下からどんどん消えていくのだ!!!
徐々にその速度を速めながら!!
「こんな……」
肩の傷の痛みさえ、忘れた。
そんなもの、身体の消失に比べればどうでもいいことに思えた。
「あああ……」
「あっははははははははははははははははははははははは!!!なぁに?その不っ細工な顔!!夜の王なんでしょ!堂々としてなさいよ!!!あ、でも結局消えちゃうけどね!!あはははははははははははは、はぁーっはははははははははははは!!!!!」
消える…消える…消えていく……。
物理法則を無視し、あらゆる法則を無視して、ただただ、私は、私と言う存在が消されていく。
(これが……真の、夜の王の力……!!)
――――――むしゃ、ぐしゃ、ごくん。
……?
不気味な咀嚼音。
―――――――むしゃ、ぐちゅ、ごきゅ。
聞こえる筈の無い音。
……違う。
――――――――ぬちゅ、ばり、ごきん。
私は消されているんじゃない。
――――――――――ばき、めりめり、ぐしゃ、むしゃ、ごくん。
フランに……。
世界に喰われているんだ。
「あ…あはは……あははははははははは」
怖い。
怖い怖い怖い怖い。
………これが恐怖か!!
「?なぁに?もうイカれちゃったのお姉さま!だらしが無いわね」
ああああ。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
私は喰われている。
私が無くなっていく。
痛い。
痛くて怖くて。
「あははははははははははははははははははははははは……」
なのに。
「はははははははははははははは」
この笑いは何だろう。
歓喜に決まっているじゃないの。
カチリと、脳裏で特別なスゥイッチがONになる。
それは押してはいけないもの。
解かれて行く幾重もの拘束。
解放されて行く快感。
世界が揺らぐ。
「はは……消えちゃった!消えちゃった!!私の邪魔をする奴はもういない!!!出てきたら消してやるんだ!!あっははははははははははははははは!!!!!」
たった今、目の前で完全に消えてしまった姉がいた場所を指差し、フランは腹を抱えて笑い転げた。
心底愉快そうな笑い声だった。
「あははははは……。もう、いない。魔理沙と……二人きり。うふふふふはははははははははははははは」
その顔は喜悦に満ち満ちて……瞳の端には、一滴の涙が光った。
「はははは……さ、もう行かなきゃ」
ひとしきり笑った後、フランはその歪な翼を拡げ、大地を強く蹴り……。
「…………待ちなさい。何処へ行こうと言うの?」
虚空に、喜悦と哀愁が入り混じった、冷たい声が響いた。
「―――――ッ!??」
大気が凍りつく。
「な……に……」
震える声。
フランの思考回路は、答えを弾き出そうと目まぐるしく働いたが、答えを瞬時に出すことが出来なかった。
「本当の闘争はこれからよ?こんな機会、五百年あってもあるかどうか解らないんだから。楽しまなきゃ嘘。心ゆくまで楽しもうじゃないの。ねぇ、フラン」
「な…んで……」
周囲に、得体の知れない、禍々しい瘴気と魔力が高密度で充満していく。
まるで、フィルムを巻き戻したかのように。
最初は頭に被った帽子から。
「う…あぁ……?」
「今、この時を大切にしましょう?本気の姉妹喧嘩なんて、いつ何時出来るものかも解らないのだから」
やがて……。
巻き戻ったフィルムは再生される。
先の戦闘で荒涼となった、冷えた大地に、再び夜の王が降り立った。
「ふぅ……」
「お姉さま……」
「ん~っ。意外といいものね。そうかそうか、確かにこんな感覚だったわ……。確か、最後に使ったのは300年ほど前だったかな」
「なんで?なんで消えたのにまた出てくるのよ!?」
激しい憎悪と、困惑の入り混じった表情で、フランは激昂した。
「真紅の魔王」
「あ?」
レミリアは涼しげにそう告げた。
「またの名を真の夜の一族。スカーレット家の家系。真の悪魔。原初の刻……いつが原初か知ったこっちゃ無いけれど、兎に角、古来より続く真の悪魔の家系、その者が、自身に秘められし真の力を解放…あるいは目覚めさせることにより成る完全体……そうねぇ、てけとーに言えば、世界の……いや、止めときましょ。そんなことはどうでもよろしいわつまり、ここからがレミリア・スカーレットの真骨頂!リミッターが外れた完全な私ってわけよ。ぱーふぇくとれみりあよ!!」
「…………性格変わった?」
「……ちょっとハイになってただけよ。簡単に言えば、今の貴女と同じ状態。全力全開ってヤツ?」
「ふぅん……そっか」
「そうよ」
「「世界と同化したってわけ」」
二人の間の空間が、ビシリと音を立てた。
大気はおろか空間さえも悲鳴を上げる、その魔力。
「つまるところ」
「私達の条件は同じ」
「これでやっと対等に」
「生まれてはじめて全力全開の」
「本気の姉妹喧嘩がやれるってわけよ」
高まる魔力。
湧き上がる闘気。
二人は同時に、右腕を高らかに天へと向けて突き上げる。
何処までも暗き、闇夜の空に浮かぶは巨大な紅き満月。
「神槍顕現――――――」
「魔剣降臨――――――」
それぞれの右掌に、血の色よりも紅い光が、何処からか出現し、収束していく。
それらは互いに、槍の形を成し、あるいは剣の形を成していく。
「グングニル!!!!」
「レーヴァテイン!!!!」
姉妹の声が、同時に愛用の武器の名を高らかに叫ぶ。
瞬間、槍、そして剣を象った紅い光が、硝子の砕ける音を発して文字通り砕け散り、その跡、姉妹の右掌に、それぞれの武器が出現していた。
今までのそれとは違い、紅い光の武器ではなく、それぞれが装飾の施され、尚且つ質実剛健なフォルムを併せ持った槍と剣。
共に血の色より深き真紅の刀身を持ち、武器自体がやはり血の色より深い真紅のオーラを纏っている。
これこそ、スピア ザ グングニルとレーヴァテインの真の姿。
「真紅の魔王」となったスカーレットの吸血鬼の、真の武装、否、力の一端。
「さあ……はじめましょうか」
槍の矛先を相手に向け、剣の切っ先を突きつける。
「まあ確かに。さっきみたいに終わるのは納得いかないというか…不満だったし」
フランはさも不満だと言わんばかりに吐き捨てる。
「でも、これで納得いくまで」
レミリアの、悪魔の翼がバキバキと音を立てて巨大になり、その身に秘めた強大過ぎる魔力を強調するかのようにはためく。
「そう、やれるわね」
フランの歪な翼は、ざわざわと不気味な音を発して巨大になり、更に翼の付け根からもう一対の歪な翼が生えてきた。
それがさも当たり前だというかのように、二人は自然な動作で武器を構えた。
「おいたが過ぎたわね。お仕置きよ、とってもキツイね……!」
「魔理沙と一緒になるのを邪魔する奴は、私に蹴られて彼岸の彼方よ!」
「はあぁぁぁぁぁッ!!!」
初手はフランが仕掛けた。
先程の戦いよりも更に速い、猛烈な速度と踏み込み。
レーヴァテインは片刃で肉厚の刀身を持った剣だ。
刀身に「反り」があるところから、どこか日本刀を彷彿とさせるが、その刀身の大きさは既存の武器を遥かに上回る巨大さで、フラン自身の3倍以上はある。
人知を遥かに超越した膂力。
大気を引き裂き、空間さえも両断する一撃が、レミリアへ向けて振り下ろされる。
「ふんっ!!!」
フランの破壊的な一撃を、レミリアはグングニルの柄で受け止めた。
フランの一撃も測ることすら叶わない速度だったが、それに対応するレミリアの反応速度も、もはや人知が及ばない。
「…っらぁ!!!」
受け止めた剣を腕力だけで強引に弾き飛ばし、返す勢いで柄尻をフランの鳩尾に捻じ込んだ。
「がっ」
堪らず呻き声を出してしまうフラン。
だが、
「うらぁぁぁっ!!!」
仰け反らずに更に強く踏み込み、レーヴァテインを横へ払う。
「ちっ」
咄嗟に上空へと飛び上がり、その反撃をかわすレミリア。
レミリアがいた場所のすぐ後ろは、枝葉がすべて吹き飛んでしまった無残な姿の森だったが、先の衝撃にも耐えた木々はフランの放った攻撃による剣圧で、残らず根こそぎ吹き飛んでしまった。
「スターボウブレイク!!!」
「スターオブダビデ!!!」
上空へと逃れたレミリアを狙ってフランが放ったスペルは、それを読んでいたレミリアのスペルで相殺される。
眩い閃光と共に爆発が起こり、夜空を照らす。
「ぜぇりゃあぁぁぁっ!!!」
爆風をものともせず、落下の勢いを味方につけて、レミリアは柄をも通れ、と必殺の刺突を繰り出した。
刹那に、防ぎきれぬと判断したフランは、電光石火の勢いで大きく跳び退いた。
スペル発動直後の硬直を完全に無視する二人の戦い。
直後、フランがいた場所が、落雷を何倍かにもしたかのような轟音と共に、大爆発を起こしたかの如く吹き飛び、大地に大穴が開いた。
二人の振るう攻撃は、文字通りの破壊を周囲にばら撒く。
大地は割れ、大気は引き裂かれ、木々は吹き飛び木っ端となり、空間は断裂する。
振り下ろされたレーヴァテインはレミリアを捉えそこなったが、巨大な地割れを作り、周辺の大地は過度に加えられた圧力で隆起し、前衛芸術の様な、奇怪なオブジェクトを乱立させた。
繰り出された刺突はフランを貫かず、その背後に存在した森の残りを土地ごと吹き飛ばし、荒れ果てた荒野へと一瞬にして作り変えた。
その破壊力は大気を瞬時に沸騰させ、刺突の直線状とその周囲の大地は硝子状に変質した。
振るう度に周囲を破壊し尽くしていく。
だが、恐ろしいのは彼女等が振るう攻撃ではなく、それらを受け止め、捌く彼女等自身だ。
たとえ山であろうとも軽く吹き飛ばしてしまいそうな衝撃に、放たれる度に裂かれる大気により生じる真空、その真空による鎌鼬現象、断絶された空間による、物理的に絶対に防ぎようの無い刃。
たとえ攻撃そのものを防ぎ、捌いたとしても、その攻撃に付随するこれらの、第二第三の攻撃は防ぐことは叶わない。
しかし、彼女達はそれらの影響をまったく受けていなかった。
あらゆる物理法則を捻じ曲げて、ひたすら嵐のように、炸裂する爆薬のように攻撃を繰り出し続ける。
「ぶっ飛べぇ!!!!!」
「墜ちろ……っ!!!!」
嵐のような連続攻撃の最後に、渾身の一撃を互いに打ち、剣と槍が激突する。
激突の衝撃が、巨大な衝撃波となり、二人の周りにある物体をことごとく破砕しながら吹き飛ばした。
「やるじゃない…!へたれのクセにッ!!!」
鍔迫り合いで火花を散らしながら、フランが軽口を叩く。
「乳臭いガキには負けないのよ」
負けじとレミリアも言い返した。
が、単純なパワーのぶつかり合いは、レミリアには不利だった。
徐々にフランに押され始め、踏ん張るレミリアの足が地面へと沈み込む。
「はっはぁ!ヘタってんじゃないわよっ!!」
「るっ…さい!!」
フランがここぞとばかりに一気に押し込みをかけた。
「潰れろッ!!!」
レミリアの足が更に沈み込む。
「ぬっ……ぐぅ……」
「しつこい!!」
「しつこくしないでどうすんのよっ!!」
「あきらめなぁッ!!!!」
「冗談……!」
言った瞬間レミリアの表情が硬くなる。
「零距離!カタディオプトリック!!!!!」
「うああああああああっ!!??」
至近距離で炸裂する強大な魔力の爆発に、たまらずレミリアは吹き飛ばされる。
「もらったぁッ!!!」
吹き飛ぶレミリアに一瞬で追いつき、フランが無防備なレミリアの脳天に剣を振り下ろす。
「ちぃっ!!!!!」
だがレミリアも黙って吹き飛ばされはしなかった。
慣性を無視した動作で瞬時にして強制的に体勢を立て直し、フランの大振りの一撃を見事に捌いた。
捌きついでに遠心力をたっぷり加味した薙ぎ払いをフランに向けて放つ。
フランは難無くそれを防ぐが、元より仕切り直しの為の一撃、その隙にレミリアは一度距離を置くことに成功した。
(しかし、まあ……)
距離を取りつつ周囲をそれとなく見回したレミリアは溜息を漏らした。
(私達、そんなつもりは無いけれど相当ヤバイ攻撃を連発しまくってるわね……。もっと出鱈目なのは私達か)
「どうしたのさお姉さま?もっとやろうよ!もっと遊ぼうよ?きゃははは」
(これが世界と繋がるってことか。あらゆる物理法則……というよりほとんどすべての法則を捻じ曲げ、無効化する。今の私達を傷つけ、まして屠るには……霊夢ぐらいか。今の私達に、霊夢以外は私達自身しか脅威は存在しない……!!あーもう!さっさとノックアウトして終わりにしたいのに!!加減間違えたら殺してしまうなんて!!!面倒臭いったらありゃしないわ!!!!)
内心愚痴りながら、レミリアは槍を構えて体勢を低くする。
(それに早いとこケリをつけないと霊夢がやってくるわ。この惨状見たら屋敷ごと皆消されかねないかも……)
「そーこなくっちゃ♪挽肉してあげるわお姉さま!ハンバーグにして魔理沙と一緒に食べたげる!!!!!」
「減らず口を……っ!!」
(ゾッとしない話だわ。愛する者に殺される、っていうのも、おつなものだけれど、まだ死にたくないし。まぁ、霊夢と本気で戦えるって言うのも悪くないけれど……止めときましょ、考え出したらキリがない)
「覚悟なさいな」
「そっちこそ。地獄送りにしてやる。魔理沙は殺させない……!!」
「だからそれは誤解だと……」
「五月蠅い!!馬鹿!!!」
「馬鹿とは何だッ!!許さん!覚悟しろ!!!」
気合一閃、レミリアの身体が一瞬深く沈みこんだかと思うと、次の瞬間にはフランの懐不覚まで間合いを詰めていた。
「!?」
先の戦闘でフランが見せた「縮地」と同じことをレミリアは事も無げにやってみせたのだ。
しかも、その速度は先のフランの「縮地」を大きく上回っている。
(狙いは……右腕!!!)
二人の身体が密着したかに見えた刹那。
「紅牙…零式ッ!!!!!!」
零距離射程からの必殺の刺突。
紅い閃光が夜空に閃く。
肉を貫き、骨を砕く鈍い音が響いた。
(やった……)
レミリアは確信した。
手応えはあった。
一瞬の虚を突いた己の一撃は、確実に妹の、無防備だった右腕を破壊した筈だ。
……事実、レミリアの瞳には、右腕を肩先から吹き飛ばされて鮮血をほどばしらせている妹の姿が映っていた。
「う…ぐあああああ……ッ!!!」
ガラン、と音を立ててレーヴァテインが地面へと落ちる。
「勝ちね、私の」
傷口を押さえて蹲るフランを見下ろして、レミリアは穂先をフランの喉元へと突き付けた。
「反省なさい……」
レミリアの左手に、紅い魔力光が燈る。
「ちょっと気絶させるだけだから、死にはしないわ。安心なさい」
「き…気絶させて、また……閉じ込める気だろうが……!!また……あそこにぃ……!!!」
「………」
答えずに、レミリアは左手をフランへとかざした。
「そ…んなことッ……」
フランの顔が、痛みと憎悪で歪む。
「おやすみなさい」
レミリアの左手の魔力光が一際強く輝いて……。
「おやすみ、お姉さま」
「!」
ぞぶっ……。
「か……は……ッ……!?」
レミリアの腹を、血塗れの、真紅の剣が貫いていた。
「フォーオブアカインド。私の十八番よ、忘れてた?」
「ぐ……う……」
吐血。
視界が霞み、力が抜けていくのを感じた。
槍を突きつけられていたフランは何時の間にか消滅している。
「やっぱ頑丈だよね、今の私達の身体ってば。ちょっと前だったらこれだけで100回は死んでるよね?お姉さま」
言いながらフランは、剣を勢い良く姉の身体から引き抜いた。
「ぎゃがっ………!!!!!!!!!!!!!!!」
貫かれた腹からバケツをぶちまけたかのような大量の血が噴き出す。
「きゃはははは!!いい気味!!心臓をぶち抜かなかったことに感謝しなさいよ!?これからねちっこく処刑してあげるんだから!!!」
「ぐ…がっ…!確かに……頑丈過ぎよね、この身体は……!滅ぼすには同等以上の力……魔力以上の力、「意力」とでも…言えばいいのかしら?ぐぅ……!!「滅ぼす」、「殺す」意思を持った、私達と同格以上の者の力でしか倒せ無い……!!」
「そうだね。私達は博麗みたいなインチキじゃないから、その意思をのせた直接攻撃じゃないとお互いを殺せない。または意思を強く、強く込めた魔法。マスタースパークとかね」
「あれじゃ……殺せないわよ…。傷一つつかないって」
「魔法の形態の話をしてるんだよ。馬鹿になったの?」
「……うぐ……!」
「………まぁいいや。処刑だね。抵抗しなきゃ嬲り殺し、抵抗しても叩き潰して殺すけど」
「……何度も言っているでしょう」
「あん?」
「嘗めるなぁ!!愚妹!!!」
腹から鮮血を噴き出しながら、レミリアは激昂した。
同時に、彼女の全身から凄まじい魔力が放出される。
放出された魔力は衝撃波となり、周囲を薙ぎ払う。
スカーレットデビル。
衝撃波は瞬時にスペルへと移行し、フランを地面ごと薙ぎ払った。
「ちぇっ……まだまだ元気ってわけ?」
空中で一回転してから着地すると、フランは油断無く剣を構えなおした。
「ま…フォーオブアカインドのままじゃ密度が薄くなるから、ダメージ下がっちゃうし…仕方ないか。でも……」
「ふぅ…はぁはぁ……!」
「それでも結構ダメージあるよねぇ?お姉さまぁ?」
「ぐ……」
槍を地面に突き立て、寄りかかるようにして、レミリアは荒い息を吐く。
(まったく……さっきはあんなコト言っちゃったけど、可愛い妹と本気で殺し合いなんて出来るわけ無いじゃないの!こんなアンフェアな戦いは二度とゴメンだわ)
油断はしていなかった。
が、やはり妹を思いやる無意識が、どこかに甘さを生んでいたのかも知れない。
腹の傷がそれを語る。
彼女の腹の傷口は、徐々に塞がり始めている。
が、外見上、傷は癒えても完全にダメージが回復する訳ではない。
レミリアにとって大きな痛手であることは変わり無かった。
「さぁさぁさぁさぁ!!続きだよ、お姉さま!!はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
「くっ……!でぇぇぇいっ!!!!!!!」
打っては弾き、捌いて返す。
刃と刃の応酬、その合間に蹴りや爪、魔力弾が飛び交う。
距離を離せば牽制代わりに膨大な密度の弾幕を放ち、お互いにその弾幕を驚異的な速度と反応で侵略し、肉薄する。
既に何千、何万回と刃を打ち合わせている。
間合いと隙を見計らい、闘気と魔力を絞り、凝縮して凶器を振るう。
ざしゃっ、と鈍い音。
レミリアの左腕が宙を舞い、鮮血が大地をザッと濡らす。
ごぎん、と鈍い音。
胴を薙ぎ払われ、フランの肋骨がすべて砕けた。
二人の技はすべてが必殺の威力であり、その威力のケタが先程より遥かに上がっていた。
攻撃に付随する余波でさえ二人の全身に浅い傷を作り、骨格を軋ませる。
切り落とされた腕と傷口が、触手のように伸びた紅い血で互いに連結し、唸りを上げて左腕を引き寄せる。
何事も無かったかのように腕はくっつき、再生する。
「はっ!わざわざくっつけなくても再構成すりゃ早いじゃないのさ!?」
「資源の無駄使いはよくないのよ?」
「うらぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
激しく撃ち合わされる、魔力で編まれた鋼と鋼の音、それすら物理的な破壊力を備え、二人の周囲を破壊する。
レミリアは焦った。
互角の勝負であるが、互角であるからこそ、腹を貫かれた自分のほうが不利であるから。
レミリアの槍が、剣を握るフランの右手を捉えた。
爆発が起きたかのように、フランの右手が根元から木っ端微塵に砕け散る。
が、次の瞬間には再生され、再び柄を握り締めて剣を振り下ろす。
「うざいんだよッ!いい加減にぃ!!!!」
「あんたがさっさと寝れば済む事でしょうがッ!!!!!」
ぞぶりと嫌な音を立て、互いの刃が互いの肩を刺し貫く。
レミリアは左肩に、フランは右肩に。
「「シィィィッ!!!!」」
二つの刃が真紅の閃光を放つ。
凝縮された魔力が炸裂し、お互いの肩を内部から吹き飛ばした。
(考えることは同じか。本当、私達って姉妹よね)
衝撃で大きく仰け反りながらも互いに踏み止まり、それぞれ残された方の腕に魔力を収束して紅いレーザーのような魔法を撃ち放った。
レーザーはお互いの翼を撃ち抜く。
「ぬぅぅぅぅッ!!!」
「あああああッ!!!」
咆哮しながら更に前へ。
吹き飛んだ筈の肩が即座に再生され、自身の武器を強く、強く握り締めて、より激しく、より強く、より速く、相手に刃を撃ち込んで行く。
無数の剣閃、繰り出される幾万もの刺突。
叩き付けるかのような一撃が大地を抉り吹き飛ばし、空振りした横薙ぎの斬撃が、遥か後方の山の頂を消し飛ばした。
「どうして!私の邪魔をするんだ!!!!そんなに私が嫌いなの!?」
「嫌いな訳ないじゃない!!好きだから!貴女が悲しい思いをすることが解っているから止めるのよッ!!!」
「悲しい?そんなワケないじゃない!!ビビってんのね!!私と魔理沙は失敗なんかするものか!!!」
「保障は無いのよ!!?」
「そんなものに頼るほど、私達は浅くない!!!!」
「……っ!言うことを聞いてよ!!」
「お姉さまこそ邪魔しないでよッ!!!運命とやらを見てみたらいいじゃない!絶対失敗しないわよ!!!」
「貴女達の運命は見通せないわ!!だから不安なの!!お願いだから……!!!!」
「……結局、邪魔するんだ!!魔理沙を殺すんだ!!!!」
「そんなこと言ってない!!!!」
「うあああああああああああああああああああッ!!!!!」
ありったけの殺意と憎悪を込めた一刀が、レミリアに振り下ろされた。
「――――――――――――ッ!!!!!」
その一撃を槍で受け止めるレミリア。
強烈な衝撃がレミリアを襲う。
衝撃と重圧に耐える為に踏ん張った両足が、膝まで大地にめり込み、槍を支える両腕から大量の血が噴き出す。
「く…お……!!」
「――――――っ!――――――っ!!!」
ガリガリと火花を散らして互いを削りあう剣と槍。
火花さえも血の色だ。
「はっああああああああああああああああああああッ」
渾身の力を込めて、レミリアは槍を持ち上げ、食い込む刃を弾き飛ばした。
フランがよろめき体勢を崩すが、それも一瞬のこと、即座に体勢を立て直すと、後方へ跳躍し距離を離した。
何度目かの仕切りなおし。
だが、スタミナの方はそうはいかない。
体力も魔力も精神力も、無限に等しいのが今の彼女等だが、それは相手が先刻までの自分達の能力に、近しいレベルの相手の話だ。
お互いに消耗しきっていた。
肩で息をし、ヒューヒューと乱れきった呼吸音は、彼女達自身を不快にさせた。
全身から流血し、服装はズタズタだ。
先程までは傷を負ってもすぐに再生していたが、流石に限界なのか、今はそれも無い。
傷口は塞がらず、血は際限無く流れ落ちる。
(細かい傷は修復するだけ力の無駄……!攻撃にのみ集約しないと、瞬き一つで殺られる……)
「……はっ!ずいぶん……ひどいツラになったじゃない!?霊夢に嫌われるわね」
「あ…アンタこそ、魔理沙に見向きもされない顔よ……!ハァハァ」
憎まれ口を叩きながら武器を構えなおす二人だが、視線を上げた瞬間、レミリアの表情が強張った。
「……!!!しまった……!!!」
そんな姉の様子に、フランも僅かに動揺した。
「?何呆けたツラしてんのよ。さぁ、早く続きをしましょうよ。今度こそ殺してぶっ壊してやるんだから……」
「後ろ、見なさい」
「?」
レミリアが青ざめた表情で、目線で見ろと合図する。
「もうすぐ……夜明けよ」
「!!!!」
弾かれたようにフランは後ろを見た。
「あ……!」
それまで気付きもしなかった。
漆黒の夜空が、何時の間にか白み始めていたことに。
(まずいわね……)
レミリアは焦った。
(拘束制御を弐番まで解放していても、まだまだ日光の中で行動することは不可能……!)
「く…」
このまま行けば、二人を待つのは灰燼と化す運命のみだ。
(この状況を活かせば……戦う事無くこの場を治められるかも知れない。時間を置けばフランを説得出来るチャンスも巡って来る筈だわ……)
これ以上戦っても、決着が付く前に太陽が昇るほうが先だろう。
そうならない為の方法は二つ。
レミリアも相手を殺す覚悟を決めるか、太陽を理由に一旦、互いに矛を収めるかだ。
レミリアは即断した。
(今は兎に角、争い続けている場合じゃないわ……!)
「フラン、聞いて!!」
レミリアは叫んだ。
必死に妹へ呼びかける。
「もうすぐ朝日が昇る……!このままでは私達、灰になってしまうわ。……いったん休戦にしない?」
「う……」
「フラン!」
「う…るさいッ!!」
「!」
「その手には乗るものか!私を騙して、後で魔理沙を殺すつもりなんだ!!!」
「違うわ!私は魔理沙を殺したりなんか……」
「信じられるもんか!!不安要素は潰せる時に即潰す!!日が昇るまでまだ時間はあるんだッ!!死んでしまえぇぇぇ!!!!!」
「フランっ!!!!」
レーヴァテインを振りかぶり、しゃにむに突撃してくる妹に、レミリアも覚悟を決めるしかなかった。
(やりたくはないけれど……そんなこと言ってられない!日が昇る前にケリを着ける!!)
グングニルを強く握り締め、突撃してくるフランを迎え撃つ。
全身を貫く衝撃。
ここまで来て、この威力。
一振り受けるごとに、フランの撃ち込みは速く、重くなっていく。
(く……どういうことだっ!?)
膂力ではフランが完全に上回っている。
レミリアはフランを殺さぬように力をセーブしながら戦っており、力押しではレミリアが不利だった。
だが、その分を技量で補い、フランを消耗させる戦い方を、レミリアは特に意識せずに行ってきた。
自分も消耗しているが、フランはそれ以上に消耗しているはずなのだ。
(だと言うのに……!一体どうして!?こんな……!!!)
次から次へと強力な一撃を繰り出し続けるフランに、一歩、また一歩と後退させられるレミリア。
(お…押し切られる!!)
加速度的に速さと破壊力を増していくフランの猛攻に耐え切れそうに無い。
レミリアは瞬時にそう判断すると、自分の足元へ魔力弾を放った。
「!小賢しい真似を!!!」
目くらましの為に放った魔力弾だったが、僅かにフランを怯ませられればその役目は充分過ぎるほどだった。
大きく距離を取り、レミリアは左手を天にかざす。
「そろそろ幕よ!受けなさい!!」
かざした左手に巨大な魔力が集中する。
レミリアは魔力が集まった左掌を、勢い良く地面へと叩き付ける。
「地魔!「地より沸き立つもの」!!!」
スペル宣言。
次の瞬間、フランの足元を中心に、巨大な、真紅の槍が何本も出現した。
「うわわっ!?」
槍は連続的に出現し、フランを攻め立てた。
最初はかわせたフランだったが、絶え間無く足元から襲い来る槍に、遂に捉えられた。
両足と脇腹、右肩を巨大な槍が刺し貫く。
「ぐぁああああああああああああああッ!!!!」
「お仕置きよ!」
レミリアはそう言い放つと、今度は槍を地面に突き刺し、上空へ向けて両手を大きくかざした。
「天魔!「宇宙(そら)より来るもの」!!!」
両手より放たれた真紅の光が一瞬で遥か上空へと消えたかと思うと、次の瞬間、空から無数の、真紅の光の槍が雨あられと地上に降り注いだ。
「がぁぁああああああああああああッ!!!!」
大量の光の槍が、フランの全身を貫き、針の山と化した。
「すっごく痛いけどッ!!心臓ブチ抜いてないから死にゃしないわよ!!」
針鼠と化した妹の姿を見ながらレミリアは叫んだ。
グングニルを引き抜き、力強く腰を低く落として構えた。
「ぎぎぎぎぎっ!!!!!!」
壊れた悲鳴を上げ、全身を貫かれながら、フランは尚も動いていた。
「こん…な、モノ、でぇぇぇっ!!!私…ッはぁ!!!止められないぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」
その姿は悪夢そのものだ。
全身から槍を生やし、傷口から鮮血を噴水のように噴き出しながら、双眸を爛々と紅く輝かせ、悪鬼の形相で蠢くその姿はまさに悪夢の世界の王だった。
「まだ止まらないのか?私が言うのも滑稽だが……化物め…………!!!」
青ざめた表情でレミリアは毒づいた。
身体が震える。
青ざめた表情で……口元は、笑みで歪んでいることに気付かない。
理性では戦いを止めようと、拒否を示しているのに、本能は、闘争を、ここまでしても戦おうとする相手との闘争を望んでいるのだ。
レミリアの無意識はそれを理解し、だからこそ、彼女の無意識はそれを否定した。
(ここまでして止まらないなんて……!!ならば……)
「強引にッ!!!!!」
グングニルを頭上へと掲げると、それを大きく振り回す。
回転はどんどん加速し、遂に竜巻と見紛う程の大旋風と化す。
「寝かすまでだッ!!!!!!!」
レミリアは叫ぶと同時に槍を回しながらフランへと突撃した。
一瞬にして距離を侵略し、蠢くフランの懐へと入る。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
払い、突き、斬り飛ばし、突き上げる。
刹那の内の連続攻撃。
腕が飛び、噴き出る鮮血はまるで洪水だ。
「はぁあああああああああああああっ!!!!!!」
大地を強く、強く踏みしめて、渾身の力を込めた斬り上げ。
全身をズタズタに斬り裂かれ、抉られたフランの身体が天高く舞上がる。
「ぐが!!ぎゃふっ……!!!!!!!」
噴き出た血が雨のように大地に降り注ぎ、驟雨のようにザッと地面を濡らした。
「これでッ……!!」
宙へと浮き上がったフランへ一瞬にして追い縋ったレミリアが、槍を大上段に構えて、宣言すように叫び放つ。
「寝てろぉッ!!!!!!」
レミリアがそう叫んだ瞬間、グングニルが眩い真紅の閃光を放ち、槍身にこれまで以上に巨大で強力な魔力と凝縮された闘気が集中する。
「ルナティック……!!!」
血の色よりも紅く、真紅に輝く神槍が、無様に打ち上げられ、無防備となったフランの脳天目掛けて、断頭台の刃よりも無慈悲にそして冷酷に振り下ろされた。
振り下ろされる槍身を見つめながら、しかしフランには為す術も無く……。
(私はっ!!私はぁぁぁ!!!負け…ないぃぃッ!!負けたくないよッ!!!魔…理…沙ぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!)
一切合財の容赦無く、文字通りの必殺の威力を秘めた一撃が、フランの脳天に食い込む。
「デッド・エンドッ!!!!!!」
まるで、熱したナイフがバターを切り裂くかのように。
フランを脳天から真っ二つに両断した。
「ィぃぃいいイいイいイーっ!!!!」
左右の半身へと両断されたフランは、最早声とも判別の付かない絶叫を上げながら落下して行き、大地へと激突した。
(勝った……ッ!!)
槍を振り下ろしたままの姿勢で、レミリアは勝利を確信した。
(今度こそ、フォーオブアカインドによる分身回避は無かった。確実にフランを仕留めた……!!)
大技の直後、勝利の確信による一種の脱力感に襲われ、レミリアは空中でよろめいた。
「……っふう……。よ、ようやく……終わるのね……」
ふらふらと飛びながら、レミリアは両断されたフランの元へと降り立った。
「……あんまり、見ていて気持ちのいいものじゃないわね……」
頭頂から両断されて尚、フランは動いていた。
蠢いている、と言った方が正しいか。
「ま、今の私達は心臓を潰されない限りは死なないんだけど。ここまですればもう動けないわよね、流石に」
レミリアは腰に手を当てて、やれやれだと溜息をついた。
……何とか夜が明ける前に決着をつけることが出来た。
その安堵感から、レミリアの警戒心は限り無くゼロに近かった。
だから気が付かなかった。
その殺意に。
「……?」
不意に、レミリアは、どこかで魔力の動きがあることに気が付いた。
だが、どこであるかまでは特定出来なかった。
今までの戦いで周囲の魔力は乱れきっており、疲労も手伝って上手く感覚が働かない。
ただ、不思議なことに空気は良く澄んでおり、乱れた魔力も急速に元通りになっていくことだけは解った。
幻想郷という世界が持つ、自己補修機能だった。
大抵の「荒事」では傷も付かない幻想郷だが、まれに強大な力を持つものが何かしら面倒ごとを起こすとダメージを受けることがある。
そうしたダメージを、幻想郷という世界は生物の自然治癒と良く似た現象を起こして修復するのだ。
並みの妖怪や人間では滅多なことでは見られない、貴重な現象だ。
だが。
滅多にお目にかかれないその現象を目の当たりにしながら、彼女はそれに大した興味も持たずに、彼女はたった今感じた気配の正体を考えていた。
……が、それもすぐに飽きた。
そんなことはどうでもよく思えたし、……何より疲れた。
(気のせい…か。それより……)
左右に両断されたフランの身体を見つめ、今後のことを考える。
(とりあえず、くっつけましょうか?)
切り落とされた腕を、傷口に押し付ければ再生するような状態だ。
半身だってくっつけておけば修復するだろう。
そう考えてレミリアは身を屈め、フランの身体へ触れようとした。
その瞬間である。
ばちゅん。
すぐ近く、それも本当の超至近距離で、何かを射抜くような音がした。
同時に、首に高熱を感じた。
…後ろからだ。
その感覚は背後から感じた。
だからレミリアは後ろを見ようとした。
だが、それは出来なかった。
「え?」
後ろを振り向くどころか、自分の意思で首を動かせない。
それなのに、視界はぐるぐると目まぐるしく動き、地面が上になり元に戻ったりした。
一瞬の無重力間。
「あ…れ…?」
見る見るうちに近付いてくる地面。
一体、何が……?
首が動かないので、目だけを動かして何とか状況を調べようとしたレミリアは、ある一点を見て視線と意識が凝固した。
……見えたのは、首の付け根から血を噴き出す、自分の身体だった。
ゆっくりと、まるでスローモーションの動画を見ているかのように倒れ伏す自分の身体を見て、ようやく彼女は、自分が、首を何者かに刎ねられたと認識した。
衝撃。
自分の頭が地面に落下して転がる感覚に、レミリアは奇妙な感情を覚えた。
(へぇ…首が飛ぶとこんな感じなのね。貴重な体験だわ。今度、咲夜に教えてあげようっと)
偶然、自分の身体を眺めることが出来、更に視点も真っ直ぐに戻ったことは彼女にとって幸いだった。
(きっと、今の私は晒し首ね。まげを結わなきゃね。……いいえ、晒し首の時は、まげはいらなかったかしら?)
そんな、のんきなことを考えている間に、倒れる自身の身体の後ろから、黒衣の魔女が姿を現した。
「はろー、魔理沙。良く眠れたかしら?まだ人間が起き出すには早すぎな時間だけれど」
霧雨 魔理沙は、そんな首だけになったレミリアを、冷たい視線で見下ろしていた。
「おかげさまでぐっすりだったぜ。快眠中だったが、でかい音と地震並の揺れで叩き起こされたがな……」
「そう。それは御免遊ばせ」
「……まさか、首だけでも生きてやがるのか。本っ当、吸血鬼ってのはしぶといな」
「まぁね。それに加えて今の私はかなりパワーアップしているからね、当社比80%ぐらいに。首だけで動き回ったりとか雑作も無いわよ」
「そうかよ」
「貴女ね?私の首を飛ばしたの」
「だから何だ?」
魔理沙の顔は能面のようだった。
一切の表情が無かった。
「怖い顔。どうしたのよ」
「……………うるせぇよ、喋んな」
魔理沙の美しい鳶色の瞳に、冷たい光が燈った。
魔理沙はレミリアに向けて右手を突き出した。
その手には……ミニ八卦炉。
既にエネルギーの充填は完了しているらしく、溢れんばかりの魔力がスパークして火花を散らしている。
「ラストシューティングでもするの?ごっこ遊びするには、貴女の首と左腕を吹っ飛ばさなきゃダメよ?」
「……なんでフランを殺した」
「?……ああ、アレか……」
「アレ?アレだとッ!!?」
魔理沙が激昂した。
魔理沙の、人懐っこくてそれでいて意地悪で、けれども可愛らしい顔に、恐ろしい悪鬼のような形相が浮かび上がった。
憎悪と殺意に染まりきった、鬼の表情だ。
「フランはっ!!フランは、お前のたった一人の肉親だろうがっ!!!!血を分けた妹だろッ!!?あんなに仲良かった姉妹だったじゃないか!!!!それがッ!!それが……何で!?どうして!!何故!!!!」
魔理沙の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
泣き出したいのを堪えているのが、すぐに解った。
「何で殺したぁッ!!!!!!!!!!!!!」
夜明け前の幻想郷の夜空に、魔理沙の絶叫が木霊した。
レミリアの心に罪悪感が顔を出す。
(二人の仲を、本当に引き裂いてしまっていいの?)
……何を馬鹿なことを。
レミリアの中の、理性と言う名のもう一人のレミリアが語りかける。
では、先程までのお前の戦いは何だったのだ?
(決まっている。予測される、二人に訪れるかも知れない不幸を回避する為だ)
心に生まれた罪悪感を、無理矢理に押さえ込むと、レミリアは次の思考に移った。
(このまま憎まれ役として幕を引けば……魔理沙との友情は終わりね。でも、魔理沙とフランが不幸にならないのなら……、私は……。……今、魔理沙はフランが死んだと思ってる。そう思わせておけば、後は私が魔理沙に撃たれればいい。後の処理はパチェに念話で頼みましょう。マスタースパークで灰になった後でも使えればいいのだけれど、問題無いでしょう……)
「…………」
レミリアは魔理沙を見つめた。
叫んだ後の魔理沙は脆かった。
嗚咽を漏らし、両の眼からは涙が滝のように溢れた。
深い悲しみに全身を捕らえられ、小さな身体を震わせて泣いていた。
だが、魔理沙から、悲しみの感情に混じってもう一つの感情も溢れ出していた。
憎悪。
「私は……!私はっ!!!レミリア!!お前を絶対に許さない!!!!!!」
左手で涙を拭うと、憎悪に歪む悪鬼が姿を現す。
「殺してやる!!殺してやるぞ!!!跡形も無く消し飛ばしてやるッ!!!!!!!!」
ミニ八卦炉に両手を添えて、魔理沙の全身から凄まじい魔力が発せられた。
「…ただの人間なのに、すごい魔力ね……。ほんと、貴女は本当に人間なの?」
「喧しいッ!!!!フランの仇だッ!!!!!ぶっ飛びやがれ!!!腐れ吸血鬼!!!!!!」
集約される力。
恋符「ファイナルスパーク」。
七色に輝く魔力の輝きを強く見つめると、首だけのレミリアはそっと瞳を閉じた。
(ごめんなさい、魔理沙。残念ながら、貴女如きの魔力では私を殺しきることは出来ない。それでもこの一撃は受けるわ。せめてもの、償いに……)
瞳を閉じていても解る、巨大な魔力の高まり。
それが自分を包み、押し流される瞬間を想像しながら、首だけの自分をひどく滑稽だな、とレミリアは思った。
(…………)
ミニ八卦炉からほどばしる魔力のプラズマが、火花となって頬を焦がす。
(…………………?)
……頬を焦がすだけで、レミリアが、来ると思って待っている瞬間が訪れない。
「どうしたのよ?撃たないの……?」
レミリアは挑発するような口調でそう言った。
だが、反応は無い。
流石に気になって、レミリアは瞳を開けた。
魔理沙はそこにいた。
ミニ八卦炉を構えたまま、凍りついたように、そこに突っ立っていた。
レミリアは魔理沙の顔を見た。
……その表情は驚愕と……喜びに満ち溢れていた。
魔理沙の瞳から、涙が溢れた。
同じ涙でも、この涙は先の涙とは違う。
喜びの涙だった。
レミリアは、背後でゆらめく、微弱な魔力反応を漸く感知した。
「……!!まさか………っ?」
首から流れ出る血液が、まるで触手のように蠢き、軟体動物のような動きをし、レミリアは背後を振り向いた。
そこに、彼女はいた。
裂かれた半身を、黒い霞のようなもので繋ぎ、徐々に半身を合体させて行きながら。
フランドール・スカーレットはそこにいた。
私は、ただただ嬉しかった。
生きていた。
生きてくれていた。
ただそれだけが、この世だろうがあの世だろうが関係無く、唯一絶対嬉しかった。
涙が止まらない。
心臓は今にも張り裂けそうだ。
心の中が真っ白で、もう何が何だか解らない。
認識できない。
他の事なんてどうだっていい。
私の全感覚は、今この瞬間、彼女しか捉えていない。
彼女が、私と言う存在そのものを支配している。
「あ…ぁあああ……」
声にならない。
声すら無粋に思えた。
だけど、言葉こそは意思伝達の最も確実な手段の一つ。
そして何より、私は彼女の名前を口に出して、彼女の名前を呼びたかった。
口を大きく開けて深呼吸。
新鮮な空気がどっと肺に流れ込み、私を満たす。
そして私は呼んだ。
愛しい愛しい、その少女の名前を。
「フラン……ッ!!!」
次の瞬間、私は自分でも気付かない内に走り出していた。
自分の足が、これほど遅いとは思いもしなかった。
二人の距離がもの凄く遠く感じて……。
一瞬のはずなのに、永遠とも思える瞬間。
だけど私は走った。
何もかもがどうでもよかった。
ただ、彼女を抱き締めたかった。
距離なんてどうだっていい。
私はただ走る。
「あ……ぅ…ま…りさぁ……まりさぁ……」
フランがしゃがれた声で私を呼ぶ。
可哀相なフラン!
私が声をかけるまで、彼女は私に気付けなかった。
無理も無い。
あんな酷い状態なのだから。
千切れた半身が、ようやく完全に合体し、元のフランの姿へと戻っていく。
「魔理沙…?どこ……?私、目が見えない……」
可哀相なフラン!!
でも、もう大丈夫だよ。
私がいる。
フラン、フランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフランフラン!!!!!
「魔理沙ぁ……!」
「フラン!!」
永遠とも思える瞬間を、ついに私は走りきった。
両腕を大きく拡げて。
私は……。
この瞬間を何度夢見たことか。
再び彼女を、私の腕に抱く、この至福の瞬間を。
そっと。
痛くしないようにそっと彼女を抱き締める。
私がそうするように、フランも私を抱き締める。
そして……私達はやっと、抱き合えた。
「フラン…!フラン……ッ」
「え…えへへ……魔理沙ぁ……」
「私…私……!お前が……お前が……っ!!!えぐっ……」
「泣いてるの?魔理沙……」
「!馬鹿野郎……!!死んじまったかと思ったじゃないかっ……!!!」
「あはは……だから、泣いてるんだ……?」
「当たり前だろうが、この馬鹿……!フラン……!もう離さないから……絶対に……!いつまでも……ずっと一緒に……!!!」
「嬉し…いな……。約束だよ、魔理沙?ずっと、ずっと一緒だよ?」
「ああ…一緒だぜ。私……」
「なぁに?」
「…………はずかしい…。やっぱいい……」
「言ってよ、お願い。なぁに?」
「……………お前無しじゃ……もう、生きていけない…………」
言った。
言ってしまった。
顔から火が出たかと思うほど、熱かった。
心臓はバクバクと音を立て、破裂するんじゃないかと思う。
フランと会えない時間が、私を壊した。
私の心は常にフランのことしか無くって。
彼女のことしか考えられなくなって…………。
「本当……?」
「嘘でこんなはずかしいこと言うか、馬鹿……。本当だよ……!」
「嬉しい……!魔理沙……」
「フラン……」
フランを見つめる。
まだ完全に視覚が戻っていないのだろう。
彼女の目は忙しなく泳いでいた。
私の姿を求めて。
私はそっと、彼女の唇を奪った。
「ん……」
私はここにいるよ。
安心したのか、フランは目を閉じた。
そうさ、見えるようになるまで、無理はしなくていいんだ。
「お前……傷は大丈夫なのか?二つに千切れちゃってたけど……」
「えへ……は、恥ずかしい姿、見られちゃった…ね……。大丈夫だよ……。真っ二つにされたぐらいじゃ……吸血鬼は死なないもの……」
「でも……」
「そりゃ、ダメージが無いって言ったら嘘だけどね……。何せ……お姉さまに、斬られた訳だし……」
「……かわいそうに……!」
「えへへ……いいんだよ、もう。それに、魔理沙がこうして優しくしてくれたし……私の為に泣いてくれたから……」
「フラン……」
私はもう何も言えなくなって、ただ強く、彼女を抱き締めた。
もう離れたくない。
ずっと、いつまでも一緒にいたい……。
永遠に。
……不意に、私達を包む空気が一変した。
背筋がざわざわとする感覚。
私の背後から、禍々しい妖気が蠢いた。
私とフランが気配のする方を見ると、自分の首を抱えて立つ、レミリアの姿があった。
首を抱えるその様は、さながらデュラハンだ。
……デュラハンなんかより、ずっと恐ろしい悪魔だが。
「お姉さま……!!!」
「フラン…。まったく、何て頑丈なのかしら」
「!!テメエ……!!!自分の妹に、何て言い草だ!?」
「……」
レミリアは答えずに、自分の首を掲げると、そのまま切断面へと押し付けた。
熱した鉄板に水を垂らしたような音を立てて、そのまま首がくっついた。
……まったく、吸血鬼ってのはどんな身体してるんだか。
「お姉さま……!」
フランの視線が、レミリアを捉えた。
どうやら視力が戻ってきたらしい。
私達は身体を離すと、レミリアと真っ向から睨み合った。
「魔理沙……下がってて」
フランが私を自分の背後へと押しやる。
「今のお姉さまは強いから……魔理沙じゃ勝てないよ……」
そう言うとフランは、私に健気に笑って見せた。
「………!お、お前だって……!」
「……?」
「お前だって、そんなにボコボコにやれちまってるじゃないか!!」
「……へへ……。これから奇跡の大逆転勝利だったんだよ?」
「嘘つけ!」
「う、嘘じゃないよ~。あは、ははは……」
「……一緒に戦うよ」
「え……」
「どんな理由があるかは知らないけれど、お前達がやってたのは殺し合いだ……。殺し合いで、お前が、フランが殺されそうになってんだぞ!?助けない理由があるか!!!」
「で、でも……」
「でももヘチマも無い!卑怯だろうが何だろうが我慢できるものかよ!!」
「魔理沙……!」
そうだ。
たとえ、これが一対一の決闘だとしても。
フランが死にそうなのに、それを、指を咥えて見ている事など出来る訳が無い!!!
「……フランの言う通りだよ。今の私には、お前じゃ役不足だ」
レミリアが氷のように冷たい声でそう言った。
表情も、まさに非常な悪魔の顔だ。
氷のように冷たい。
私はレミリアを睨み付けた。
……きっと、ものすごく不細工な顔で。
私の心は、レミリアに対する憎悪でいっぱいだった。
「……それにさ。こっちはお前を助ける為に、したくもなかった姉妹喧嘩をやってるんだ。感謝されこそすれ、そんな風に睨まれる謂れは無いぞ」
「……何を言ってる?首が飛んで脳みそボケたか?」
「…生憎と、脳なんて単純で科学的な思考中枢は持ってないわ」
「兎に角、フランを殺そうとしてるお前に、何で私が感謝しなくちゃならないんだ?寝言は寝て言え」
売り言葉に買い言葉。
口喧嘩なら負けはしない。
次はどんな軽口が飛んでくるのか。
激しい罵詈雑言かもしれない。
レミリアは一瞬、何かをあきらめたかのような表情になり、すぐに冷たい表情に戻った。
それが私の感情を逆撫でする。
嘲りの表情に違いない。
そう思った。
……けれど、飛んできたのは軽口でも罵声でもなく、冷ややかな、それでいて強烈なインパクトを持った重い言葉だった。
「フランはお前を吸血鬼へ変えようとしている」
「………は?」
一瞬、けれど永遠かと思える空白。
「フランはお前とずっと一緒にいたいそうだ。…永遠にな。その為に、お前の血を吸い、眷属とし、吸血鬼へと変えようとしているんだよ……」
「な……」
レミリアの奴、今何を言った!?
私が……。
「吸血鬼……?」
「そう、吸血鬼。私は小食で眷属を増やせないのは知ってると思うけど、この娘には出来るみたい。……けれど、この娘がやろうとしているのはただの吸血じゃない。失敗する可能性が高い、もっとやばいもの……」
「どういうことだ、フランッ!!」
私はレミリアの言うことを遮るように、大声でフランに説明を求めた。
「『血の儀式』。魔理沙をね、私と同じ、スカーレットの悪魔へと生まれ変わらせてあげる儀式のことだよ。ずっと、ずぅーっと一緒にいられるための」
「な…、なんだって……」
私の頭は真っ白になった。
私が……吸血鬼に?
フランが、私の血を吸う?
呆然となった私に、フランがとろけるような表情で微笑んだ。
「んふふぅ……。そうだよぉ……。私が魔理沙の血を吸って、魔理沙が私の血を吸うの。そうすれば私達、ずっと一緒にいられるのよ。その上、お互いの血を吸い合うなんて……素敵でしょう?うふふふふふ…………」
「な……な……」
私は何も言えなかった。
何も考えられなかった。
この状況があまりに突然な出来事だったのに、その上突然こんなことを告げられて……。
私のちっぽけな思考能力では、この現実は処理できそうに無かった。
私はただ、怯えた仔犬のようにがたがたと震えているだけだった。
「嫌…でしょう?」
レミリアが、私に確認するかのような口調で語りかけてきた。
「人間じゃなくなって……私達みたいなバケモノになっちゃうなんて、嫌よねぇ?魔理沙」
彼女は、私が嫌だと思っていると断定した口調で喋り続ける。
「……………」
何も言えない。
頭の中がぐちゃぐちゃで、何も言葉が出てこない。
フランも何も言ってくれない。
ただ、にこにこと笑っているだけで何も言ってくれない。
何を馬鹿なことを、と思っている顔で、私に微笑んでいるだけで。
「私は、貴女がそんな風にされてしまうのを阻止する為に、こんな戦いをしてたのよ。肌はボロボロだし埃まみれになったし。お礼の一つでも言ってくれてもいいじゃない?なのにお礼どころか首を飛ばされるなんてね」
私は何も言えなかった。
私は……私は。
解らない。
この感覚は、この感情は。
私に解らないのに、他の奴が解る筈も無い。
ただ確実に思えることは。
…………嫌ではないことだけ。
「御託はもういいわ。お姉さま」
フランが私に微笑みながらそう言った。
「もういいわ」
フランが私の頬にそっとキスをする。
「もういいから、死んでよ。壊れて頂戴。壊してやるわ」
ゾッとするような冷たい声で、フランはそう言った。
レーヴァテインが変化したのであろう、巨大な剣をずるずると引きずりながら、ふらふらとレミリアへ向かって歩いて行く。
「ふん……。まだやるの?外見だけ取り繕ってもダメよ。貴女に残された力は最早形骸。敢えて言うとカスよ」
心が痺れていて、私はろくな反応が出来なかった。
気付いた時にはフランがレミリアへ向かって、剣を振り上げながら駆け出していた。
刃が撃ち合わされる鋭い音が夜空に響く。
フランとレミリアの、息もつかせぬ壮絶な撃ち合い。
異様なほどに大きく、そして血の色みたいに紅い満月を背に、地上で、あるいは空中で。
夜空に何度も何度も、刃が撃ち合わされる音、そしてその都度舞い散る火花が、壮絶な死闘の現実を、ひどく幻想的なものに見せていた。
「ほんと、しつこいわね」
「そっちこそ」
私の目には、何も映らない。
見えているのはたまに出てくる残像みたいなものと、走る剣閃、遅れて舞い散る火花だけだ。
だけど……。
「くっ……」
「ぬ…う……」
二人のスピードは、段々と遅くなり始めてきていた。
目に見えて遅くなり、ついに……。
「く……う……」
「はぁはぁはぁ……」
地上に降り立った時、二人の動きは私でも目で追える程度にまで落ち込んでいた。
二人とも呼吸の音が乱れに乱れ、荒い息を吐いていた。
汗は滝のように流れ、武器を持った腕は下がり気味だ。
二人がひどく消耗しているのは火を見るより明らかだった。
そして、私の目に狂いが無ければ……。
「ふん!そろそろ限界のようね、フラン!!?」
「何度目?いい加減聞き飽きたよ!!!」
より酷く、より激しく消耗しているのは、フランだった。
だんだんと、だが着実に、フランは劣勢に陥っていた。
あそこまで消耗しているのにも関わらず、フランはたまに効果的な攻撃を繰り出してはいるが、手数も有効打もレミリアの方が遥かに多い。
「くっ……うぅううっ!!!!」
「ほらほら!もう降参しなさい!!私もそろそろッ!ふん!!疲れて来てんのよ!!手元が来るって心臓ブチ抜いちゃうかも知れないからさ!!!」
「だぁまぁれぇぇぇぇッ!!!!!」
「無駄無駄無駄ぁ!!!!」
何度目かの鍔迫り合い。
剣の刃と槍の刃とを噛み合わせ、火花を散らしながらいがみ合う。
ガリガリと音を立てて削り合う刃。
しかし、一方の刃が徐々に後ろへと下がっていく。
フランの剣が。
「ぐぬ……!!!」
フランの顔に焦りの色が濃く現れてきていた。
「あ、あああ……」
私はただ惚けた声を出すのみで。
「これでッ……」
フランがどんどん後退していき……。
レミリアがその分踏み込んで。
「今度こそッ!!」
レミリアの全身から、一際大きい闘気が膨れ上がって。
「うぁああっ!!?」
「終わりよッ!!!!!」
吐き出された裂帛の気合。
同時に響き渡る、キィンという高い金属音。
空を切る旋風のような音が頭上から聞こえてきて。
次の瞬間、私のすぐ隣に、血の色に染まった真紅の武具が突き刺さった。
フランのレーヴァテインだった!
「……貴女の負けよ」
レミリアの冷酷な声が遠く聞こえてきた。
グングニルをフランの喉元へ突きつけて。
フランにとって、それは絶望的な状況だった。
「ま……まだだ……!」
フランが吐き捨てるように言った。
「もういいわよ……」
レミリアが溜息混じりにそう言った。
「キリが無いわ。もう止めましょう?」
「まだだっ!!!!!」
フランが叫び、同時に槍の穂先を左手で掴み引き寄せて、右手の爪をレミリアの顔面に向けて突き出すのと、レミリアが槍を手放して、左手に発生させた魔力光をがら空きのフランの懐へねじ込み吹き飛ばしたのはほぼ同時だった。
優劣を決めたのは、両者のスピードの差だった。
紅い閃光と轟音が響き、フランは後方へと吹き飛ばされ、隆起した岩壁に激突した。
競り勝ったのはレミリア。
レミリアは技を繰り出したままの姿勢で荒く息を吐いていた。
今のでまた、相当に消耗した様子で、彼女は頽れた。
ここからでも聞こえるくらいに荒い息を吐き、呻いていた。
……私にはそんなことどうでもよかった。
私は取る物も取らず、フランの元へ駆け出した。
「フランッ!!!!!」
泣き叫んでいた。
恥も外聞も無かった。
私はフランの元へ駆け寄り、彼女を抱き起こした。
「フラン……フラン……!!」
「あ……まりさ……」
フランの呼吸がおかしかった。
さっき、再生した直後よりも酷く乱れていた。
「ま…り……ゴフッ!!!」
フランの口から、おびただしい紅いものが溢れた。
……血だった!
「ぐ…が…ぎゃふっ!!ごふっ!!!」
激しく咳き込み吐血する。
「あぁ……うあああ……フラン!……しっかりしろ!フラン!!!!」
彼女の全身は、不気味な痙攣を繰り返し、口は血を吐き出し続けた。
私は完全に混乱していた。
どうしたらいいのか解らず、彼女を抱いたまま頭が更に真っ白になっていた。
混乱した私の視線がそれを目にしたのは、偶然だった。
奇跡だったかも知れないし……あるいは、必然だったのかも知れない。
フランの左胸の服が、炭化して露出していた。
彼女の左胸は酷く焼け爛れ、痛々しい傷口が開いていた。
「し……!!!」
傷口は深く……。
「心臓が……!?」
その傷口は、小さな黒い洞穴のようで……。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
洞穴から、紅い血がどくどくと流れ出ていた。
「う……どう…したのよ……魔理沙……っ。……大…声で……泣いちゃって……?」
ぶくぶくと、口元に血の泡をつけて、フランが途切れ途切れに囁いた。
擦れた声は、聞き取れるかどうか、際どい程小さかった。
「お…お前……しっ…心臓……心臓が……」
吸血鬼のことは勉強して知っていた。
頭を潰しても、五体を引き裂いても、真の吸血鬼は死なない。
さっき私は、真っ二つにされてしまったという先入観からフランが死んでしまったと思い込んだが、落ち着いて考えればあのように取り乱したりはしなかった。
あの状況で落ち着いていられる筈も無かったが。
兎に角、普通の生き物なら致命傷になるようなダメージを受けても、心臓を潰されない限り吸血鬼は死なない。
また、物理的に心臓を潰しても、その後然るべき処置をしなければ完全に滅ぼすことは不可能だ。
その処置と言うのがすこぶる面倒な魔道の儀式なのだが……。
兎に角、普通に心臓をどうこうした程度では吸血鬼は死なないのだ。
だが、レミリアの放った攻撃は、その魔道の儀式ではないが、吸血鬼の心臓を滅ぼす、またはダメージを与えるくらいの魔法的破壊力を備えたものだったようだ。
「あ…う……」
まだ死ぬレベルじゃない。
だが、あと何かしらの攻撃を受ければ死ぬレベルでもある。
残り体力1みたいなものだ。
「フラン…!しっかりしろ!!助けてやるからっ!パチュリーや永琳を呼んでくるよ!!絶対に助けるからッ!!!」
「はは……そんなこと……大丈…夫だって。ほ、ほら……っ…く……」
「ばか、立つな!!」
フランは私の制止を振り切って、健気にも立ってみせた。
だがその足はガクガクと震え、立っているだけで精一杯だった。
「えへへ……ほ、ほら…ね?ね?だだだだいじょ……ぶだからら……」
呂律も回らず、それでも私に「大丈夫」と訴えるフランに、私はただゆっくりと首を横に振る。
「大丈夫なもんか……!大人しく寝て待ってろ。すぐに助けを呼ぶから……」
私は震える声でそう言った。
しかし、フランは、ゆっくりと首を横に振った。
首を動かすのも辛そうだった。
「そ…んな暇まま……ないナなイよ……。おお…姉ささ……ま…ががが……!」
フランの声音が変わり、私は弾かれたようにレミリアがいた方へ首を向けた。
「……まだ立てるのね」
レミリアとの距離はざっと200メートル前後。
奴にとっては200メートルも1センチも変わらない。
よく通る声で、こちらへ聞こえるようにレミリアは言った。
「でも、もう風前の灯、ノックアウト寸前ね。疲れたでしょう?……もう寝なさい」
レミリアの右手に、真紅の魔力光が宿る。
……グングニルだ。
さっきみたいに実体化こそしていないが、アレの威力は折り紙付だ。
その上、どういう理屈か知らないが、今のレミリアとフランは私の知っている二人じゃない、別次元の強さを持った悪魔だ。
威力は比較にならないだろう。
まずい。
「く……ぬ……ぐふっ!」
フランがまた吐血した。
まずいまずいまずい!!
レミリアは気付いていない!!
フランが本当に限界なことに!!
推測だが、ほぼ確実に、あのグングニルは「さっきまでの、心臓を損傷する前のフラン」を標的として編まれたスペルだ。
そんなものを今の「心臓を損傷したフラン」が喰らえば……!!!!
「止めろッ!!!!!!!」
あらん限りの声を振り絞って私は怒鳴った。
「聞く耳持たんっ!!!!」
「止めろーッ!!!!!!」
お前には見えないのか!!
フランの傷が!!
フランの、この弱りきった姿が!!!!
「おやすみッ!フラン!!!!!」
レミリアが無慈悲に槍を振り被り、私が制止の声を出す前に、槍は……。
「このクソ馬鹿野郎―――――――――――――――――ッ!!!!!!!!」
スペルを編む時間は……無い。
永遠に引き伸ばされる一瞬の世界。
すべてが止まった世界。
私だけが……動く。
私は振り返り、見た。
この眼にしかっりと焼き付けるように。
何より愛しい、大切な、彼女の姿を。
そして……私の世界は、闇に包まれた………………。
その瞬間、確実に時間は止まった。
現実の、法則としての時間ではなく、生物が感じる感覚としての時間が。
槍を放ったままの姿勢で、レミリアは固まっていた。
その顔は蒼白で、驚愕に歪んだまま微動だにしない。
フランもまた、立ったまま動けなかった。
つい先程までガクガクと痙攣していた身体の震えさえ止まった。
その真紅の瞳には、大粒の涙が次から次へと湧き上がり、彼女の頬を滝のように流れ落ちて濡らした。
その涙だけが、この瞬間、この場で、唯一動くことを許されていた。
フランの瞳には、彼女の、最愛の女性の姿が映っていた。
自分と同じ、混じり気の無い本物の、手入れの行き届いた美しい金髪。
可愛らしくて、そして時に頼もしく、時に無邪気な子供のようにその表情を様々に変える、綺麗で美しい顔。
夜の闇のように黒いドレスに、よく解らないセンスでチョイスされた純白のエプロン。
「ま……!!」
愛しい愛しい、何よりも大切な、私だけの少女。
「魔理沙ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
夜が明ける間際の空、フランの絶叫が幻想郷を揺らした。
「魔理沙ぁぁッ!!!!死なないでぇ!!!!魔理沙、魔理沙、魔理沙ぁぁぁぁぁぁぁ!!!うわぁああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!!!!!!!」
純白のエプロンを朱に染めて、腹部を貫く真紅の槍を生やしたまま、魔理沙は虚ろな瞳で泣き叫び、抱きつくフランをそっと、力ない腕で抱き締めた。
そのまま座り込むようにして頽れる。
「フラン……無事か……?無事だな……、なら……いい……」
「魔理沙…………!!」
「へへ……私としたことが……っ、……ヘマ…しちまったぜ……」
力を振り絞るように、徐々に小さくなっていく声で、魔理沙は懸命に強がりを言った。
だが、見え透いた嘘である以前に、隠されてもいない虚勢に騙される者など存在する筈も無く。
「魔理沙ぁッ!!!死なないでぇッ!!!魔理沙ぁぁぁ!!!!」
「だ…大丈夫、さ……私…は……死なない…ぜ」
「うわああああああああああああああああぁぁぁん!!!!魔理沙あああああああああああああ!!!!!!」
自分に縋り付くようにして泣きじゃくるフランの頭を、魔理沙は優しく、愛しむように撫でた。
「平気だ……ぜ、心配……すんな。だから……」
「うん!うん……!」
「早く…逃げろ……な?お前……アイツに、殺されちゃうよ……」
「!……そ、それこそ、大丈夫だよっ……!私、あんなのに負けたりしない!!負けないからっ!!だから死なないで!!!」
か細い声で、懸命に自分を呼び、泣きじゃくるフランを、魔理沙は今一度ぎゅっと抱き締めた。
「ああ……約束……だ……。私は……死なないぜ……」
「本当……?」
「約束だ……」
「うん!約束だからね……」
「フラン……」
「…何……?」
「好きだぜ……」
「!!!……うん。私も………大…好き……」
「愛してる……誰よりも……」
「うん」
「フラン……」
「うん」
「生きて……」
「うん」
「…………」
「…………」
………まるで眠るかのように、魔理沙の意識は闇へと飲まれた。
フランは魔理沙の身体をそっと横たえると、彼女の腹に突き刺さったままだったグングニルを、ゆっくりと引き抜いた。
引き抜かれたグングニルを固く握り締める。
次の瞬間、グングニルは硝子の割れたような音を発して粉微塵に砕け散った。
フランがすっと右手を上げる。
大地に刺さっていたレーヴァテインが、見えない糸で引き寄せられているかのように、彼女の手元へと戻ってきた。
手に戻ったレーヴァテインは、彼女が愛用する杖の姿へと戻った。
フランが顔を上げる。
その顔は……限り無い憎悪と憤怒、そのものだった。
真紅の瞳はこの上さらに紅く、憎悪の炎を宿して爛と輝き、視線だけで何者をも射殺せそうだ。
背中の歪な翼が、バキバキと音を立てより巨大になっていく。
フランがおもむろに振り返る。
「ひっ……!?」
視線の先には、彼女の実姉、レミリアの姿。
否、最早フランの中で、レミリアは実姉ではなく、何度殺しても殺し足り無い程憎い仇でしかなかった。
「そ…そんな……まさか、飛び出してくるだなんて思いもしなかったわ……!!魔理沙も威力の程は解っていた筈なのに……!なのに飛び出してくるなんて……!!こんなつもりじゃ……こんなつもりじゃなかった!!!!」
「飛び出してくるとは思わなかった?」
「そうよ……そんな……」
「……馬鹿な真似?」
「!!!!ち、ちが……」
「そう思ったんでしょ」
「わ…私は、そんな……!魔理沙を……!!」
「喋るな」
「!!!!!!!!!」
フランの姿が消失する。
と同時にレミリアは遥か上空へと吹き飛ばされていた。
腹部に強烈な衝撃と激痛を感じたのと、自分が吹き飛んだことを認識したのは、既に吹き飛ばされた後だった。
(そんな……!?追いきれなかった!?)
翼で制動をかけながら、レミリアは驚愕で思考を一瞬、麻痺させていた。
だから気付かない。
目前に迫った彼女に。
認識できないほどの衝撃と激痛が、全身のいたるところへと叩き付けられた。
フランの繰り出す四肢が、レミリアの全身を滅多打ちにする。
苦悶も悲鳴も漏らせずに、レミリアはサンドバックのように無抵抗のままひたすら殴られた。
「うおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!」
拳、蹴足、膝、肘、頭突き。
全身を使った連続攻撃。
「お前がっ!!!!お前があっ!!!!!!」
レミリアの全身から血が噴き出す。
「魔理沙をッ!!魔理沙を殺したんだぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!」
遠心力をたっぷり乗せた必殺の回し蹴りがレミリアの側頭部を捕らえ、メシリと嫌な音を立てながら吹き飛ばす。
「殺す!!壊す!!消してやるッ!!!!!!!!!!!!!」
フランはレミリアに対し指を突き付け、絶叫する。
「ぐ……は……」
レミリアの意識は途切れる寸前だった。
気絶しそうな一歩手前、あまりの激痛に全身の感覚が麻痺してしまっていた。
「ご……め……」
レミリアは薄れ行く意識の中、力を振り絞ってフランへ語りかける。
「ごめ…んなさ…い……私……魔…理沙を……殺…す気なん…て無かった……許し…て」
レミリアは、泣いた。
彼女の心は一瞬にしてズタズタに引き裂かれた。
友達だった。
霊夢ほどの仲では無かったが、彼女は自分にとってかけがえの無い友人だった。
それを……友達を、自分は殺してしまった。
そして。
実の妹から、とうとう姉であることすら否定され、憎悪に染まった眼で見られた。
直接言われた訳ではない。
だが、彼女には伝わっていた。
フランの放つ憎悪と殺意の波動が、言葉よりも雄弁に語っていたのだ。
「お前は敵だ、姉なんかじゃない」と。
「ごめん……ごめんなさい……ごめんなさい……」
悲痛な声で、レミリアは泣きじゃくりながらひたすらに謝り続けた。
フランはそんな姉の姿を、怒りに染まる双眸で、まるでゴミでも見るかのような視線で見ていた。
「魔理沙……ごめんなさい……私……私……」
「黙れ糞虫」
「!!!!」
冷水をかけられたかのようだった。
ビクンとレミリアの身体が跳ね上がる。
恐怖。
「お前如きが魔理沙の名前を口にするなッ!!!!!」
「あああああ……」
「バラバラにしてから消滅させてやろうかと思ったがもう止めだ!!!今すぐ消滅させてやる!!!!!!!くたばれ糞虫がぁッ!!!!!!!!!!!!!!」
フランが手にした杖を振り回し、レミリアへ向けて突き付ける。
瞬間、杖の先端から真紅の光が幾条も飛び出し、それぞれがまるで鞭か蛇のようにレミリアの手足や首、肘膝の関節まで絡みつく。
「!!こ…これは……っ」
絡みついた光はそのままレミリアを拘束し、一切の身動きを封じ込めてしまう。
「簡易強制拘束呪法《バインド》ッ……!!!?」
レミリアは必死にもがいた。
だが、《バインド》は硬く、消耗しきっていたレミリアには解くことはおろか、微動だにすら出来ない。
「乾・坤・震・巽・坎・離・艮・兌……」
フランの口から、滑るように呪が紡がれる。
同時に、杖で前方の空間に不思議な紋様のようなものを描き、左手でそれに触れる。
「…!?それは……何!?いったい……!!」
やがて、杖は八卦の紋を空間へと浮かび上がらせ……。
「我が前に集いて陣と成せ。世界の理、そのすべてをここに。……いでよ」
そして呪が終わる。
その瞬間、フランの前方の空間が眩い真紅の光を放ち、その光がフランの両手へと収束していった。
あまりの光量に、耐えかねて瞼をきつく閉じるレミリア。
しかし、瞼越しで尚、光は眼球に届きレミリアの視覚を焦がす。
光は徐々にその輝きを減じていき、収まった。
レミリアが瞼を開けると、フランの両手の間に奇妙な魔法陣を発見した。
「それは……」
瞳を見開き、眼を凝らしてそれを見る。
それは500年以上生きてきた自分でも、見たことも無い形。
……否。
「知っている……?私は、それを……どこかで……」
血の色のような真紅の魔力の光で編まれた魔法陣。
その紋様、独特の八角形……。
「……!!魔理沙の……ミニ八卦炉……!?」
「そうだ。いつの日か、魔理沙と一緒に作る筈だったミニ八卦炉の設計図だ!!」
フランの翼がバキバキと音を立て、更に巨大に、不気味に変貌していく。
四つに増えた翼がそれぞれ、その巨大な影を拡げ、フランを中心にX字を象った。
「本当はアーティファクトとして作り上げるシロモノだけど、作り方さえ解っていれば一時的に魔力で編むことでその構造を再現できるのさ!!」
「…………!!魔理沙は、そんなことまで教えていたのね……」
「こいつでお前を完全消滅させてやる……!!!!……魔理沙の…そして私のこのスペルでな!!!!受けるがいい!!!」
フランが叫ぶと同時に、八卦魔法陣を中心に、フランの全身から膨大な魔力が集中し出す。
「麗しき天空の乙女達よ、今、ここに集いて光となれ。我が想い、彼の者へ届け。阻むものにはそのすべてに等しき滅びを。助くるものにはそのすべてに祝福を」
呪文詠唱。
接続、起動確認。
フランの翼が大きくざわめき、その翼を彩る宝石が、すべて真紅の閃光を放つ。
夜空に浮かぶ紅い月が、一際大きくなったような錯覚を、レミリアは覚えた。
背後に背負った真紅の円盤、満月から、フランの詠唱に応えるかのように巨大な魔力がフランへと照射される。
「星よ、見よ。天よ、地よ、すべてのものよ、見るがよい。思い知れ、我が想い。必ず叶えてみせようぞ、我が内に秘めし、この熱き想い」
フランの周囲の魔力が、急速にフランと、彼女の作り出した魔法陣へ流れ込むのをレミリアは感じた。
「周囲の魔力を吸収、収束しているのか!?……この量……ここいら一帯が100年は軽く枯渇するぞ…………!!!!」
魔力が豊富で尽きることの無い幻想郷。
その魔力を小規模の区域限定とは言え枯渇させるだけの量を吸収する……。
レミリアは愕然と悟った。
受ければ、文字通り消される。
今度こそ、完全に。
「くっ……がぁあああああああああああッ!!!!!」
もがく。
この戒めを今すぐ解き放たなくては!!!!
しかし、そんなレミリアの必死の抵抗を嘲笑うかのようにフランは詠唱を続ける。
びしり。
何かが割れるような音がした。
「!?」
レミリアは自分を戒める《バインド》を見た。
もしかしたら《バインド》にひびが入ったかと期待したのだ。
だが、どこを見回しても、感覚を総動員してもそんなひびは見つけられなかった。
(じゃあいったい……?今の音は何……!?)
「……人の恋路を邪魔する奴は、どうなるか知ってる?」
詠唱の途中で、不意にフランがレミリアへ声をかけた。
びしり。
(またこの音……)
「……馬に蹴られて三途の川よ」
「ぶぶー。私に消されていなくなるのよ」
びしり。
「………!?」
フランが魔法陣へ両掌をかざし、彼女の全身へと集まった魔力と、魔法陣が吸収した周囲の魔力とが掌へ集中し、スパークする。
レミリアはその掌を見た。
そして、その時はじめて、さっきから聞こえていた音の正体を知った。
フランの掌が、両方ともひび割れていた。
それだけでは無かった。
魔力光が逆光となって見え辛かったが、よくよく見てみれば、フランの腕や足など、肌が露出している箇所から確認できる限り、彼女の全身がひどいひび割れを起こしていた。
……石に入るひびとはわけが違う。
(身体の……吸血鬼の身体の、限界だわ……あんなに消耗していたのに、こんな大魔法を使うから……っ)
そして見た。
フランの胸の傷を。
(心臓……!!あの時……!?)
先程、フランを弾き飛ばした時の光景が脳裏に浮かぶ。
(だから魔理沙はッ……!!)
魔理沙はこの傷を知ったから、私を止めようと必死に叫んだのか。
(私が……私が殺したも同然じゃないか!!本当に殺してしまったのと……!!!事故でも何でも無く、完璧に、私が……!!)
心臓にこれだけのダメージ。
加えて著しい体力と魔力の消耗。
こんな状態で身体に大きな負担がかかる大魔法を使えば……。
「止めなさい!!貴女が死んでしまうわ!!!」
必死に叫んだ。
「命乞い?」
「そんなんじゃない!!!!自分の身体を見てみなさいよ!!!それを撃ったら貴女の身体は………!!!!」
フランは、自分の、ひびだらけとなった腕を、何かつまらないものでも見るように一瞥した後、レミリアを嘲るように言った。
「構わない」
「え……」
「魔理沙が死んじゃった。魔理沙はもういないの。だから、生きてたって意味無い」
「………………!!!!」
レミリアは雷に撃たれた様な衝撃を覚えた。
そうだ、私は………。
フランの、希望を、すべてを壊してしまったんだ。
「……消えろ」
憎悪に満ちた声が、冷たく響く。
「今こそ我が手に、想いの剣!我が恋を叶える為の刃と成せ!!阻むものよ、恐れよ、滅べ!!光よ!!!貫け!!!!!墜ちて滅せよ、恋敵!!!!!!」
発動。
フランの両腕に、複数の環状魔法陣が出現。
魔力増幅、加速開始。
魔法陣回転……充填完了。
彼女の歪な翼は、その瞬間、確かに、この幻想の空を覆い尽くさんばかりに巨大に変貌した。
それは滅びの光。
終焉を告げる最期の光。
「恋禁・デッドエンドスパーク」
……刹那、空が紅に染まった。
明け方とは言え、夜の黒を瞬時に紅く染め上げ、その魔砲は発動する。
何ものをも比肩することを許さない、絶大で巨大なエネルギー。
周囲の魔力、加えて生気さえも吸い上げて、その様は全てを飲み込み喰らい尽くす魔。
押し寄せる、絶対的な滅びの光。
抗うことを微塵も許さず、要求は唯一つ。
「滅べ」
発動の余波で、大地は裂け、天は悲鳴を上げた。
あまりの轟音に、音は消失してしまった。
真紅の閃光が、前方の空間を「喰らい尽し」、狙いを違う事無く真っ直ぐに自分を目指し進んで来る。
この光に消せないものは存在しない。
神も魔も、運命も、その結末からは逃れられない。
運命が唯一許されるのは、滅びの結末のみだ。
霊魂すら残すまい。
文字通り消されるのだ。
押し寄せる滅びの奔流を、レミリアは《バインド》に捕らえられたまま、ただ為す術無く見つめていた。
「死ぬ……滅びるのね。…………ああ」
不思議と涙は出ない。
「受け入れましょう……」
あるのは恐れでなく、殺してしまった友人と、妹への罪の意識だけ。
「500ちょっと……短い生だったわね……」
レミリアは瞳をそっと閉じた。
痛い、熱いとも感じずに、一瞬で消滅出来るだろう。
思い残すことは無い。
私は滅びを受け入れよう……。
この魔砲は恋路を邪魔するものをことごとく滅ぼす。
まさに、自分にぴったりのトドメだ……。
……ああ、心残りがちょっとあった。
霊夢や咲夜にもっと甘えたかった…………。
…………………………………。
………………………。
……………。
………………………………?
まだ自分の意識があることに、レミリアは困惑した。
視界は暗い。
さっきまでは瞼越しでも明るかった視覚が今は暗い。
自分は死んだのではないのか。
これが死後の世界?
いや、冥界はもっと明るい雰囲気だったはずだ。
これが消えた後の世界?
いや、消えた後なら意識などあるまい。
では……?
レミリアがそこまで考えた時、脳裏に聞き慣れた、けれど懐かしい声が響き渡った。
(……何とか間に合いましたわ。ご無事……ではないですけれど、生きていらっしゃいますよね、お嬢様?)
(…!!その声、咲夜!!咲夜なのね!!?)
(はい、お嬢様。咲夜ですわ)
(咲夜…!!でもどうして?)
(お嬢様をお助けするのが従者たる私の役目。時間を止めてお嬢様をあの場からお救いいたしました)
念話で、咲夜との久し振りの会話をするレミリアは、100年ぐらいの懐かしさを感じて素直に嬉しく思った。
(時間を止めたと言うけれど、それでは貴女しか動けないでしょ?)
(従者たるもの、お仕えすべきご主人様の為、日々精進を怠る訳には参りません。ある程度ならば時の流れを自由に操作出来る術を開発中なのです)
(そう……なの)
(そろそろ地上です。時間停止を解除しますので目を開けられますよ)
(ん……)
咲夜に言われるまでも無く、レミリアは瞼を開けた。
目の前には、彼女の大事な大事な、瀟洒な従者の姿があった。
「お嬢様」
咲夜は恭しく頭を下げると、失礼いたします、と告げた。
次の瞬間、レミリアはボロボロだった衣服から、綺麗な卸し立ての衣服に身を包んで立っていた。
「咲夜、ありがとう」
「いえ……」
「服もそうだけれど……助けてくれて」
「勿体無きお言葉にございます」
「それで……」
「…………お嬢様をお救いした瞬間から、既に10分が経過いたしました。お嬢様は暫くの間意識を失っておられて……」
「そう……」
レミリアはそっと目を閉じて、深く溜息をついた。
「フランは……」
「妹様は……」
咲夜が辛そうに言った。
「妹様と魔理沙は、向こうです。パチュリー様が二人を看て下さっています」
「そう…案内して頂戴」
レミリアと咲夜が辿り着いた時、そこには全身ひびだらけとなり気を失ったフランと、青ざめた顔で瞳を閉じたままの魔理沙の姿があった。
そのすぐ横で、パチュリーと美鈴が二人の身体にそれぞれ手を当てている。
「パチェ、美鈴」
「あら、レミィ」
「お嬢様、咲夜さん!二人が……」
美鈴が瞳に大粒の涙を溜めて、レミリアと咲夜に挨拶をする。
「どう?容態は……」
咲夜がハンカチを取り出して、美鈴の涙を拭きながら尋ねた。
「は…はい。妹様も、魔理沙も、かろうじて生きておられます」
「!本当!?」
レミリアの顔が少し明るくなる。
しかし、それをすぐに帳消しにする一言を、パチュリーが告げた。
「今は…ね。もうじき、二人とも死ぬわ。私の治療魔術と魔法薬、それに美鈴の気功で何とか維持しているけれど、もう後一時間ももたないわ」
「そんな!!」
その言葉を聞いた瞬間、レミリアは泣き崩れた。
「そんな……そんなぁ………!!パチェ!!何とかならないの!!!?お願い、何とかしてぇ!!!!!」
「……………」
「……………」
咲夜と美鈴は何も言えない。
「蓬莱の薬があれば何とかなるでしょう。けどそれじゃあ魔理沙は助かるけれど妹様は助からないわ」
「あああああああああ…………」
「私からもお願いします!!どうか…!どうか二人を助けてください!!!」
「パチュリー様!!!」
咲夜、美鈴に泣きつかれたパチュリー。
だが、彼女の表情は暗く、重い。
「…………」
レミリアはそんな親友の顔を見て、うずくまり、号泣した。
「だめ……なのね」
10分ほど経過した後。
泣き腫らした顔を上げ、レミリアはパチュリーに言った。
「ええ……手立ては……無いわ」
「そう」
パチュリーはこの場で唯一人、不気味なほど落ち着いていた。
それが気に障ったのか、美鈴がキッとパチュリーを睨み付けて激昂する。
やり場のない悲しみと、自分の不甲斐無さとの怒りをぶつけて。
だが、襟を掴まれ、怒鳴り散らされてもパチュリーの表情は変わらない。
咲夜に後ろから羽交い絞めにされるまで、美鈴はパチュリーに怒りと悲しみを吐き出し続けた。
「……躾がなっていないわね、咲夜。貴女の監督不行き届きだわ」
「は……申し訳……ございません……」
パチュリーの態度に、咲夜も憤りを感じているらしく、言葉の切れが悪い。
しかし、そんなことはどこ吹く風とでも言うように、パチュリーはうずくまったままのレミリアに向かって声をかけた。
「……レミィ」
「……なに?」
パチュリーの瞳が妖しく輝いた。
だが、今のこの状態のレミリアは、それが解らない。
「……完全に元通りっていうわけにはいかないけれど」
「……?」
「二人を助ける方法が一つだけ存在するわ」
――――――ここは神社からそう遠くないが、あまり近くもない湖の真ん中に存在する孤島に、偉そうに建つ悪魔の屋敷、紅魔館。
うざったい太陽がようやくその嫌味な顔を引っ込める、紅い紅い夕暮れ時。
血のような夕日の光が、厚いカーテン越しに部屋を満たし、目覚めの時間を私に教えた。
もっとも、そんなものが無くとも目覚める時間は身体が覚えている。
壁に掛かった大きな仕掛け時計を見る。
だいぶ長い時間寝入っていたようだ。
昼寝にしては長過ぎだろう。
遊び過ぎたと反省。
遊び疲れというものは、なかなかどうして侮れない。
遊んでいる時は疲れなど感じることは無いが、身体の方はしっかりと疲労という負債を抱え込んでいるわけだ。
睡眠は疲労負債を返す労働だろうか。
休みの筈なのに働くとは可笑しな話だ。
私は布団から這い出すと、ベッドからするりと降り立つ。
一人で寝るには大き過ぎるベッドだが、色々な遊びをするにはもってこいだ。
私がベッドから出て、大きく伸びをしながら欠伸をする。
実によく眠ったものだ。
背中に生えた大きな翼も含めて、更に伸びをしていると、部屋の扉をノックする音に、入室を断る声が聞こえてきた。
私がそれに返事の声をかけると、間も無く寝室の扉が開き、メイドが一人、私の服を抱えて入ってくる。
フリルやリボンが多くついた、噂に聞くところの「ゴシックロリータ」な服だ。
私がまた一つ欠伸をしているうちに、メイドは私のパジャマを素早く脱がせ、持ってきた服を手早く私へ着せる。
見事な手付きで、ものの1分とかからずに私の着替えはほとんど終わる。
後は仕上げに5~6分。
その間に、眠っている間に乱れた髪を解き解し、丁寧にブラッシング、リボンを結ぶ。
髪は女の命だ。
すべての着替えが終わり、私は洗面台へと入り顔を洗って口を軽く濯ぐ。
……うん、さっぱりした。
黒いドレスの裾を翻し、私はゆっくりと部屋の入り口に向かう。
扉の前にはさっきのメイドが控えている。
私は彼女に礼を言って微笑んだ。
彼女には本当に、いつもお世話になっている。
私は部屋から出ると彼女に手を振って、早速屋敷の奥へと向かうことにする。
約束があるのだ。
翼を軽くぱたぱたさせながら歩き出すと、背後からメイドの声が聞こえてきた。
「いってらっしゃいませ、魔理沙様」
あの時、確かに私は死んだ筈だった。
腹にレミリアのスピアザグングニルで大穴を空けられた私は、当然のことながら死んだ筈だった。
だがあの後、私が倒れ、気絶した直後にパチュリーがやって来て、私に応急処置の治療魔術を施してくれた。
すぐに美鈴もやって来てくれたらしく、そのおかげで私は、その場はなんとかなったらしい。
その後、フランがマスタースパークのオバケみたいなドギツい魔砲をぶっ放して、自身の魔力を空っぽにして、死ぬ直前までいったらしい。
これは私のせいでもあるのだが、やっぱアイツは馬鹿だ。
嬉しくって、今でも泣けてきやがる。
……その後、死に掛け馬鹿二人が虫の息で転がっているところに、パチュリーの奴がどこで調べたのか「スカーレット家の秘術」とやらを皆の前で解説し始め、その、秘術とかいう「血の儀式」ということをやって私とフランは一命を取り留めたのだ。
「血の儀式」とはスカーレットの悪魔が、同じ純血の悪魔同士以外で、同じ「高尚な王の血族」を増やす為に行う秘中の秘術だという。
内容は言うほど難しくなく、フランが私の血を吸って、私にフランの特殊な魔力を分け与え、その後すぐに、私がフランから血を吸い、同様に私の中の特殊な魔力をフランに分け与えることで成立する。
「特殊な魔力」というのがよく解らなかったが、レミリアによると「お互いを強く想う心」のようなものだ、とのこらしい。
これを行った結果、私は人間じゃなくなり、翼が生えて牙もある、おまけで瞳が真紅な、それはそれは立派なスカーレットの悪魔に生まれ変わってしまった。
私の翼は黒い羽毛の、天使の翼みたいなものだった。
烏みたいだがそんなモノより遥かに立派で闇色の羽毛は艶もいい。
私は、自分が純粋なスカーレットの家系ではないと思うのだが、レミリアが言うには悪魔の家族なんてそんなものだ、とのこと。
むしろ、フランと血を分け合ったので肉親と同じだとまで言われた。
……私としては、今のこの身体が大変気に入っている。
人間との身体的な差が、では無く、不老不死、永遠の命がだ。
いつまでも、ずっと。
フランといられるから。
レミリアとフランはすっかり仲が元通りになった。
私とフランが生き返ったことで、レミリアは恥も外聞も無く泣いて喜び、パチュリーと咲夜がフランに、レミリアとの喧嘩の原因は誤解だったと懸命に納得させ、美鈴が身体を張って(と言ってもフランのかんしゃくをぶつけられるだけのサンドバック代わりだったが。南無、美鈴)説得した結果、元通りの仲の良い姉妹に戻ったというわけだ。
どうやらフランは私と「血の儀式」をやろうとしていたらしく、そのことが原因でレミリアと喧嘩になったらしい。
私の意思も聞かずに巫山戯た連中だぜ。
まぁ私は「血の儀式」とその効果を知っていれば大賛成だったがな。
……私の目下の悩みは、私が人間で、フランが吸血鬼だということだったから。
密かに蓬莱の薬や、妖怪になる方法なんかを研究してたのだが、こんな簡単な方法があったのなら早く教えてほしかったぜ。
時間が無駄になっちまった。
けどま、もう私と、そして私達の時間は無限にあるんだ。
お釣りは余って腐るほどある。
「魔理沙!!」
「おう、フラン」
「今日は何して遊ぼうか?」
「そーだなー……」
本当、何してやろうか。
今までの彼女の孤独を癒して、私が必ず幸せにしてやる。
それだけは絶対だ。
「まぁ、とりあえずだ」
「んー?」
私はフランの唇をいきなり奪った。
「んん……!?」
「ん…ちゅ……」
「あ……」
濃厚なディープキス。
「ぷは……も、もうー!」
「へへ……とりあえず、愛し合おうかと思ったぜ」
「魔理沙のえっち……」
「こんな風に私を変えたのは……お前だぜ……」
互いの口元から糸を引く涎が、なんともエロティックだ。
「あん……魔理沙ぁ……」
私は再び彼女の唇を奪い、そのまま彼女のベッドへと押し倒した。
「愛してるぜフラン……」
「私もぉ……あっ!」
もう止まらない、止まれない。
私達の愛を阻むものは何も無い……。
もし邪魔が入ったら?
「「恋色魔法が火を噴くぜ!なんちゃって」」
二人の時間は、永遠だ。
絶対に、壊させるものか。
永遠に、どこまでも。
ずっと一緒だ。
――――――――――紅魔館の一画、広大な空間を所狭しと埋め尽くす、星の数程も在るのではないかと思わせる量の、知識を紙に編纂した「本」に囲まれた場所。
ヴワル図書館。
その奥の、更に深い奥の奥に彼女はいた。
図書館の主、通称・動かない大図書館。
パチュリー・ノーレッジ。
夜を連想させる、暗い闇色の瞳は、普段は半分眠そうで、どことなく疲れたような、面倒くさそうな表情しか見せない。
だが、極一部の、限られた存在は知っているのだ。
その瞳が時に、妖しく、妖艶に、闇の色を放って輝くことを。
「ふふ……ふふふふ……あはははははははははははははははははははははははは」
彼女は笑っていた。
これ以上は無いと言わぬばかりに笑っていた。
その瞳は……闇色。
妖しく、妖艶に輝く闇色。
その輝きは狂気と混沌。
「ついに……!ついに、魔理沙が堕ちた…ッ!!!!!」
彼女は覗いていた。
彼女のすぐ傍、そこにある大きな机の上に安置されている、大人の拳大の水晶球。
そこにはベッドの上で激しく愛を語り合う、二人の少女が映っていた。
絡み合う白く瑞々しい肢体が鮮明に映し出されている。
「やっと!やっと貴女はこちら側へとやってきた!!もう貴女は私と同じ、こちら側の住人!!ようやく、ようやく対等になれた…………!!!!!!」
歪む歪む。
回る回る。
その輝きは混沌。
狂気が混沌なのか、狂気さえも混沌なのか。
「私はパチュリー・ノーレッジ♪100年生きてる本物の魔女☆100年生きてるだけだけど♪私は最高!とっても強くて素敵な魔女っ娘パチュリー♪」
廻り廻って混沌の渦。
狂気は歪んで正気も歪む。
何が正気なのか何が狂気なのか。
「欲しいものはぁ~♪何でも絶対手に入れちゃう~♪どんなことでもやってみせるぅ!!」
100年の魔女である少女は歌う、唄う、謳う。
踊り、舞い、狂う。
「レミィと同じ、フランと同じ、私と同じぃ!!もう貴女はこの世界の住人。あああああ……最高。最高よぉ……魔理沙ぁぁぁ」
感極まって落涙。
その表情は蕩けに蕩け、恋する乙女のそれだった。
「うふふふふふ…………フラン、今のうちに愉しんでおくがいいわ……。くくく……魔理沙、待っていてね?すぅぐに振り向かせてあげるワ。貴女はもう、既に、この私のもの!!!私だけのものぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!あっはははははははっ!あーっはははははははははははははははははははははは!!!!!!!!」
はたして、この屋敷に正気などあるのだろうか。
はたして、この屋敷に狂気などあるのだろうか。
少女は笑う、哂う。
「あはぁ…………魔理沙ぁ、私だけの恋人ぉ……。大好きよぉ……、誰よりも。何より深く、何より熱く、何より激しく愛してるわぁ……。すぐに私だけのものにしてあげるぅ……!!!ふふふふ、あはは!あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
ここは悪魔の住まう館、紅魔館。
真の悪魔はいったい誰なのか。
全員かも知れない。
一人かも知れない。
誰もいない図書館で。
無垢に狂った少女の、混沌とした哄笑が響き渡る…………。
終
構成ですが、漫画で長い戦闘描写を描くのと文章で描くのでは勝手が違うと思います。文章には文章のよさがあると思ってますが、今回の作品では私にはその面白さを感じることができませんでした。
今回は貴方の嫌いな展開を詰め込んだ作品だということなので、次回は貴方の好きな、描きたかった物語を読みたいと思います。
次回作は楽しみにしています、ただ次回は貴方が好きな話を欲しいです。嫌いなものを書きましたーなんて後書きは見たくないので。
漫画と違って文章だとくどさが際立ってしまって…。
「スカーレット姉妹の(本気の)喧嘩」は中々お目にかかれないので、
楽しく読ませて頂きましたが、次回は貴方の書きたい話を好きなように
書いて頂ければと思います。
途中でどんどん新技が出たり、覚醒したりで戦闘伸ばしてある辺りが特にw
でもやっぱり戦闘字体は短いほうがいいですよね。文章ですと特に。
前述したとおり話自体は面白かったです。非常に。
フランかわいいよフラン。パチェかわいいよパチェ。
魔理沙は一途な恋の魔法使いですね。
次は、あなたが好きな物語を期待しております。
戦闘が長いですね・・・戦闘が長いせいで物語全体が長くなっているような・・・
でも、表現などはとても面白くその辺は次の作品にも生かして欲しいです!
大豆・・・
次は貴方の大好きな物語を楽しく書いてください!とても期待しています!
ジャンプ漫画のアレも絵があってこそ、文章だと無理があります。
戦闘の描写自体は細かくて良いのですが、戦闘が長いので途中で疲れてしまいます。
やはり嫌いなものを無理して書くことはないと思います。
関係ないですけど、レミリアお嬢様はガンダムの見すぎだと思います。
・してげるから あ
・頭首 当
・劇痛 激
・誇りまみれ 埃(レミリアが誇りにまみれてるのも事実ではありますがw)
・くず折れた 頽れた
・永淋 琳
・いななくなる いなく
せっかくの深く面白い設定が、バトル中にぽんと説明調で出てくるので、それがバトル描写のテンポを妨げ、また「血の儀式」への伏線を印象薄くしてしまっているのが非常に残念に感じました。
しかし物語り全体におけるキャラクター性? 誰もが相手の事を思ってした行動なのに、何か致命的な一つがずれてしまった為、どうにもならない結果を生んだ。
こう言った感じの作品は凄く大好きです。
でもそれは(周りがどう思うのであれ)当事者達にとって幸福以外何物でも無かった。
個人的な事となってしまいますが、こう言うのが自分の中の理想であり、また目標でもありますので。
作品の趣旨とは的はずれな感想を書いてしまったかも知れませんが、いずれにしても楽しませて頂きました。
次回作も期待しております。
ストーリー自体はおもしろく、一気によんでしまいました。
レミリアVS狂いフランの戦い楽しめました
後スカーレット家の掟のところですがセリフ中でも読みやすいように改行をしたほうが・・・。
まぁ余談なんですが、魔理沙吸血鬼になっちゃいましたが霊夢とかはどう思うんでしょうね? まぁ関係ない話ではありますが楽しめましたb
もうちょい戦闘描写が大雑把でもいいかもしれない。
とりあえずハッピーエンドだけど、もう一波乱ありそうな終わり方は好きだ。
なんと言うか、すごくパチュリー「らしい」狂気だ…