どれだけそうやっていただろう。
ふときがつくと、めのまえになにかがあった。
くつが一足。
そのさきをたどってみるとうつくしくてまろやかなやわらかさをそなえたおんなのあしとこしにゆたかなむね。それらのうえには悪魔、『大図書館』の『司書』のかおがあった。
くらやみのなかでぼんやりとかおだけがあおじろいひかりをはなっていた。
まものの威光はよるになるとつよくなる。
しかもなんどとなくのろいのことばをはきつづけたばしょでは、そのニンゲンがきらうところの悪意の残滓をすいあげてさらに強力になりかおはひかりをはなつのだった。
「またあのひとがあらわれたのですね」
あくまはうれしそうにほほえみながら、こしをかがめてほうぼうにちらかったくぎをひろった。
すでに太陽はしずんでしまい、ふつうのにんげんならばてもとすらみえないほどのくらさだというのにためらいもなくひろいつづける。
「わたしはあのひとがすきだ。あのひとがあらわれるとわがあるじはのろいのことばをはきつづけて、わたしはうれしくなるからだ」
すべてひろってそのくぎをたべた。
あごをうえにあげ、くちをおおきくあげてそれらをまるのみにした。
そうしてまんぞくそうにくちびるのりょうはじをつりあげたままわたしをたたせて、ていねいにひざのよごれをはらってくれた。
わたしはなきながらスカートのよごれをはらっている悪魔のあたまをだかえた。
「あなたのかなしみはなんておいしいんでしょう。これだからあなたからははなれられないのですよ、わたしは。・・・」
あまやかなこえをあげながら悪魔はつぶやいた。
「・・・やかたにもどる。・・・」
わたしはそのままのしせいでつぶやいた。
ぐずぐずしたこえになった。
「え?」
「かえる。そらをとんでかえる。もういやだ。ここからはなれたい。はやくつれてかえれ。おまえのはねをだして。もうだれにみられてもかまわないから、はやくつれてかえれ」
「あるじ、本はどうされるので?」
「もういい、もういい」
がくがくとひざがふるえてまたすわりこんでしまいそうになり、けれどもさすがにそれははずかしかったのでがんばった。
なんとかうまくそのままたっていられた。
悪魔にいだかれて空をめぐってここをさるまでのがまんだ。くれないのやかた、あんぜんなところにもどったならベッドのなかでふとんをかぶってないていればいいのだから。
「ここはいやだ。あのこはいないしいじめるやつがあらわれるし」
悪魔はじっとわたしにあたまをだかえられたまま。
「だからかえる。そうだよ。わすれてたよ。こうやってくれないのやかたをでると、あの『大図書館』をでると、こころをむなしくしてただ夕日にむかってたっているとあいつが、みちきっていないどこか欠けたところからあらわれてなにかを、悪意みたしていこうとするんだ。ヤツが。・・・」
「ヤツがあらわれるたびにわたしはすこしづつ漠然とした空白に、まっしろな悪意の一色にちかづいていく。それがやだとはちっともおもわないけど、けど、いやだ。あいつにあうことじたいがいやなんだ」
(漠然としていること、ぼんやりとしていること、不安定なすがたが御身のほんらいのありようだろう?)
悪魔のこえがみみもとにひびく。
悪魔はわたしのめのまえで中腰のしせいのままかたまって、けどそのクチのみはわたしのみみもとにやってきて、ぼそりとつぶやく。
(あるじ。わすれたのか? わたしはあなたの下僕であるまえに悪魔だぞ? そうやってなにもワレをしばるだけのちからがないのなら、ワレのすきなようにさせてもらうぞ?)
騒霊どもがとおくでうたい、おどっている。
なにかのおいわいのように、なにかのとむらいのように陽気なうたごえがとおくからきこえる。
(そう、まずはワレの愛であるじをみたして。・・・)
わたしはぎゅっと手にちからをこめる。
おんなのすがたをした悪魔のアタマにちいさなイカズチがほとばしる。
「おおいなる魔女よ。イタイ」
「イタくてしんでしまう。ああ、シヌ。もうしんじゃう。イタイ。あ、イタイ、イタイ」
「・・・あたりまえです。いちにんまえのふりしてわたしを誘惑しようなんて百年はやい」
「ならすぐですね。たのしみにしています」
アタマをさげたまま、うたうようなうつくしいこえで『司書』はいった。
ぜんぜんこたえたようすではない。
「そもそもにわたしの、いつわりのいのちなんてあなたがもっていてうれしいものとはおもえないけど」
「それはそれでプレミアムにはなるでしょう? 朽ちず果てずありのままでありつづけるものなんてそうありはしませんよ」
「永遠にいたぶるつもり?」
「永遠に愛でるつもりですが? なにか?」
どうもこの悪魔もあのまほうつかいのわるいくせ、つまらないかるぐちをたたくところがにているのだがどうにかならぬだろうか?
なにかをいいかえそうとしたところで、
「えーと、ごはんですよ?」
うしろからなんだかまのぬけたこえがきこえ、・・・すべてにたいして気がぬけてしまった。
もくもくとめしをくう。
おかわりをたのむと、
「魔女はそんなにたべないのでは?」
「たまにはおおめにたべるのです。だまってもりつけなさい」
少年は「はあ」、めしをもってさしだした。
すべてたいらげ茶をすする。
わたしがなにかきげんがわるいのかと悪魔にたずね、うるさいといわれてしまう。
やつあたりのやつあたりだ。
さっきまで目があかいままだったのがすこしもどってきたようで、はれがひいたときのすうっとしたかんじがはなと目とのどのおくをおおっていた。
きちんとかおをふかないまま食卓についたので、まだかおになみだのすじみちがのこっているはずだ。
ほおがなみだのかわいたあとでぱりぱりとした。
「ええっと。・・・」
むっつりとしたまま、しかしないたようなあとがあるわたしをきづかいながらこえをかけてきた。
かれは先生のへやにねまきとあさのきがえをおいておいたこと、ふろ用のあたたかい湯をよういしたことをひかえめなちょうしでつげた。
どうやらかなりきをつかわせてしまったみたいだ。
いまさらながらおとなげないふるまいをしたことを自覚した。
すみません。ありがとうございます。
そうつげてわたしはじぶんのへやにもどろうとして、
「へやとはべつにおふろばはありますよ」
こえをかけられた。
そんなところまできちんとあるとはおもってみなかった。
「なかなか贅沢ですね。じぶんのへやにふろを用意しておゆをそそぐものだとおもってましたが。・・・」
「いえ、先生の趣味で」
「ああなるほど。ではごちそうになります」
わたしはそういって、ふろばへのみちすじをおしえてもらった。
なべをひとがはいれるほどのふかさとおおきさにしておゆをはったものがそのへやにはあった。
(わたしを煮てたべようというわけではあるまいな)
ばかなことをおもいつつなべのふたにあしをかける。
そのまましずんでいくと木でできたふたがいちばんそこまでたどりつき、あついテツのかまからわたしのあしをまもってくれる。
五右衛門風呂だった。
はじめあつすぎやしないかとおもったが、がまんした。そういうふろなのだとしっている。
「はあ、ふう」
ゆだりそうな熱加減だった。ほんとに煮ころすつもりではないだろうな?
しばらくすると拷問かなにかのようにかんじたあつさがからだになじんでくるのがわかった。
煮たつまえの具になった気分だった。
(先生の趣味とかいってたな)
煮られるのが趣味だったのか?
魔女はあやしげな煮こみじるはつくるとおもうが、じぶんが煮こまれることはかんがえはしないだろうに。
いやかの女はまほうつかいだったか。
へいぼんでふつうな、ただものをこわすことだけは超一流ではあったが、あんまりたいしたことのないまほうつかいだったのだ。
このフロは、そのぶんニンゲンらしい愉しみにふけっていたというあかしだな。
さぼりすぎだ。
ひとの図書館をあらすだけあらして、こんなものをつくってまともなわざをおいもとめることをおこたって、それで弟子にはじぶんの趣味にはしったおしえかたをしていたむくいとは、その成果とはなんだったのだろう。
☆
まほうつかいにはじぶんのおさめるわざというものがある。
それは非金属を貴金属にかえるものであったり、
擬似的ないのちをつくることであったり、
因果律を因果率にかえる、つまり必然の可能性への変換であったり、
なにものにもよらずにせかいをひとつうみだすことであったり、
概念を概念のまま具象化することであったり、
ものをかんぜんにこわしたりなおしたりというわざのなかのわざ、ほんとうのいみでのまほうだ。
じぶんの成果をだれかにつげることなく、ただ完成されたそれをいだきながらありつづけるのがまほうつかいだ。
それでもたがいにじぶんのなしたことをおしえたり報告したりということはあるにはある。この徒弟制度のきびしい分野では、師弟のなかのごくいちぶでしかおこなわれることがないのだが。
書籍にもする。
しかしそれらはじぶんたちのなかでしかわからない暗喩と比喩で記述されておりしらぬものが読み解けぬのがつねであった。
そのなかでもここ数百年のあいだに相互理解とわざの研鑽のために部外者どうしでの意思疎通はあるにはあったのだった。
そいういういみではわたしはめぐまれたところからはじめることができたのだが、しかしかの女はどうだったのだろう?
このまほうのもりの瘴気のおかげでですこしだけほかのものよりはアドバンテージがとれたかもしれないが、しかし根本的なところではむずかしかったのではないか。
なんどかそのことをはなしたこともあるのだが、しかしかの女はほかとの疎通をこばみ、たぶんそれはかの女の師のいいつけかなにかだったのだろうが、ひとりでわざをおさめることにしていたのだった。
(たったひとりではスクールが記したことがらのはんぶんもよみとけるはずもあるまいし。・・・)
かの女がわたしのところからうばっていくたびにためいきをもらしたものだった。
ねらったように良書ばかりをもっていくのだったがそれがなにがしかの結果をもたらしたことはまったく、いやこれはいいすぎで、あまりみたことがなかった。
それはわたしもにたようなものかもしれなし、ここ百年いじょうのあいだ本ばかりよんでいたからあまりひとのことはいえないのだが。
しかしわたしはそれでもいい。
すこしでもおおくの知識をつきあわせることで、じぶんのわざをなしおえることができるとわかっているのだから。
しかしかの女のばあいはどうだったか?
そもそもにまほうつかいはわざをおさめるものであるという意識をもっていたのか?
おおいに疑問である。
悪魔がそっとわたしをおおがまのなかからすくいだす。
ふにゃりとかの女のゆたかなむねにあたまをのけたままからだをふかれる。
「すこしあたりすぎですよ」
かの女はこまったようなかおをしていった。
「うん。・・・すこしのぼせたようです」
「みればわかります。ねまきをきせてあげますから、ほら、たってください」
めんどうくさいとおもったが、そのままだとゆざめする。
やわらかいむねへの誘惑をたちきってわたしはそこにたった。
「みずがほしい」
「すこしがまんしてください」
そういってわたしにきせたあと、てをつないで居間までつれていってくれた。
かの女がさしだしたつめたいみずをのむ。
「みずがおいしい」
ほんとうにあたりすぎですよ。
そういいながら悪魔はほかのへやへむかった。
あしたもちかえるものを整理するのだろうか。あまりうまくあたまがはたらかない。
ぼんやりと居間にたたずんでいると、
「あ、あがりましたか?」
少年がこえをかけてきた。
「ええ。いいゆでした」
ぼんやりとしたまま。
「ええ、ほんとうにいいゆでした」
「・・・あの、いいですか?」
「?」
「またおこられるかもしれませんが、先生曰く、まほうつかいは養生しなくてはいけないそうです」
「・・・」
「ええっと、じぶんのやることをきちんとけじめをつけるまではしんじゃいけないんだから、それまでながいきしなくちゃいけないんだそうです」
「殊勝ね。で?」
「そのためにはいいゆにはいって養生すべきなんだとか」
どうしょうもなくぐでぐでだ。
「ねえ?」
「はい」
少年はかたいかおをして、またなにをこのひとはいいだすんだろうという表情をしたままかたまってしまった。
「わたしのはなしをしましょうか?」
「わたしがどのようにしていきながらえることができるようになったのか」
★
あるところにひとりのまものがおりました。
かの女はヒトの血をすすっていきるよるの王族のひとりでした。
そこにまほうつかいがやってきました。
まほうつかいはいいました。
「吸血鬼、わたしをおまえの眷属としろ」
眷属にしろとはどういういいぐさでしょうか。
眷属にしろとは手下にしろということなのですから。
かの女はくすくすとわらいながら、
「あなたをわたしのものにするって? それはどういうふきまわしですか? まほうつかい」
まほうつかいは、わたしはなかばいきどおりながら、
「それはわかっていることでしょう? このうそつきのまものめ!」
さけびました。
「このよとおなじものをつくろうとして失敗したら、そうしてそれがあと寸前というところでの失敗だとしたら、その失敗のりゆうをみつけだすにはとてもながい時間がひつようになる。あなたはそう予言したでしょう!」
「予言じゃないわ」
くすくすとかの女はわらいました。
かの女はあかい霧そのものでした。
あかい霧はときになないろにかがやきながらわらいごえをあげました。
「運命よ。そういったでしょう? まほうつかい。あのおおいなるもののむすめよ」
「運命? 運命? 運命ですって!」
「まほうつかいのおこないは運命に左右されない。あるのは成功か、もしくは原因のある失敗かただそれだけだ!」
霧はますますおおきなわらいごえをあげながら、
「あなたのわざを非難しているのではないのだけど。ただ、このあとのあなたのありようが、それをさだめるべくして失敗した実験が運命だとつげているだけよ。まほうつかい」
せきがでる。
「・・・わたしのわざをぬすみみて、はなでわらいながら、『失敗したらわたくしのやしきへいらっしゃい』。おまえはそういったな!」
ごほんごほんとせきがでる。興奮するといつもこうだ。ぜんそくがおさまらない。
「ええ。いいましたとも」
「おまえのそのいいざま、いかにもわたしが失敗することをわかっていたみたいじゃないか」
「それはちがうわ。まほうつかい」
あかい霧はわたしのからだにまとわりつきながらそう断言した。
「それはちがうのよ。まほうつかい。あなたがじぶんのおさめるべきわざを失敗することを宣言したのではなくてよ?」
「なら、なんなんだ」
「わたしがいったのは、そのあとのあなたの運命。あなたは永遠をいきることになる、と」
せきがとまらない。こえがでない。おこりすぎるといつもこうだ。
「永遠をいきることになるきっかけがすぐそこにきたから、わたしはあなたにあいにきたの。このよがきらいでしかたがないあなたは、ずっといきつづける。それはもしかしたら、じぶんの失敗、あやまちをただすためにナゼ? とかんがえるためのじかんであろう。わたしはあなたが『永遠にいきる』ことと、めのまえにひろがるあなたの実験のさなかのようすをみとってこういったのだけど、」
「失敗したらわたくしのやしきへいらっしゃい。そうすれば、じぶんのわざをなすためにひつような思索のときがあたえられる、と」
「なら、いまあたえろ! 吸血鬼!」
せきがやっととまったのでわたしは命令する。わたしをまものにしてしまえ。おまえのキバでわたしの血液をすすりつくし、そうしてわたしをおまえとおなじもの、吸血鬼にしてしまえと。
「それはできない。まほうつかい」
吸血鬼は断言した。
「なぜ? おまえらはそうしてじぶんのなかまをふやすのだろう? もしおまえがその霧のままではわたしの血液をすすることができないというのなら受肉をさせてやってもよい。だから、」
「だからできなのよ。まほうつかい」
まものは、不死王はことばをつづけた。
「わたしはあなたをじぶんのなかまにはできない。だってあなたのいのちはにせものだもの」
「血液ならなんだっていいんじゃない。しぜんにうまれてそだった、そういうモノだけがわたしがうばえるもの。あなたのようにニンゲンの意図によって発生したふつうとはことなるうまれのものからはいのちをうばえない」
わたしはじぶんの生い立ちにはじいり、ぎゅっとくちびるをかみしめた。
「けどね、まほうつかい。おまえが永遠をいきるすべはあるにはあるの。だからそれをおしえてあげる」
そうしてかの女はむかしばなしをはじめました。
☆ タケトリモノガタリ ★
むかしむかしあるところにうつくしいおひめさまがおりました。
おひめさまはカグヤひめとよばれておじいさんとおばあさんにたいせつにそだてられました。
おひめさまはさまざまな貴族にいいよられ、しかしこの世にはありえないほどのしろものをわたしのもとにもってきたかたのところにとつぐことにしましょうとかれらにつげたのです。
貴族たちはかの女のことばにしたがって、この世にはありえないほどすばらしいたからをみつけにいきました。
けれども貴族たちはみんなかの女のつげたたからをみつけだすことはできなかったのです。
それもそのはず。
これらのたからは、よほどの英雄でなければみつけだすことはできなかったのですから。
じつはかの女はすばらしいたからをみつけだすことができるひとならばじぶんがさがしている英雄にちがいないとおもっていたのでした。
英雄とは、むかしむかしのそのまたむかし、月のめがみ、カグヤのははおやのおっとであり、またカグヤのちちおやのことであります。
じつはカグヤのおかあさまはカグヤのおとうさまをみすてて月へにげてしまったのです。
その顛末をかたりましょう。
ほんとにほんとにむかしのことです。
むかし天にはめおとのかみさまがおりました。
つまはうつくしいめがみさま。
おっとはいさましい弓とりの英雄です。
このじだいには太陽はじゅっこありました。 じゅっこのたいようはひとりづつこうたいで、とおかにいちどじごくのそこからはいあがり、この大地をてらしてわたしたちにめぐみをあたえておりました。
それはなんねん、なんまんねん、なんおくねんとつづいた行事であり、それによって地上にいきるうからやからはみちたりておおくおおくふえたのです。
けれどもあるときじゅうの太陽たちはその行事にあきてしまいました。
「ウム、われら兄弟、いっせいに地上にでてやれ」
「ウム、地下のじごくでここのかのあいだもまつのはもうあきたぞ」
そうおたがいいいあって、いっせいに地上にあらわれたのです。
これはとてもたいへんなことで、地上はあまりにあつすぎ、あまりにひどすぎてばたばたといきものたちはしんでしまいました。
それをあわれんだ天にすまわれる弓とりの英雄のかみさまは、地上におりてきてじゅうの太陽のうちここのつまでをうちおとして地上のねつをさげることにしたのです。
そうやってこの地はつよいあつさからのがれることができたのですが、けど、弓とりのかみさまは天のかみさまである太陽たちのおとうさまからとってもきわれてしまいました。
「ウム、あの弓とりのかみさまは、ワシのむすこをきゅうにんもコロシおった」
いかりはたいへんつよすぎて、
「ウム、ゆえにあのおとことあのおとこのつまは、けして地上から天のせかいにかえることができないようにしてしまおう」
こころにきめて、そのようにしてしまいました。
かれもかれのあとについてきためがみさまもそのいだいなちからをうばわれて、天へのぼることができなくなりました。
ついでに寿命もうばってしまい、かみさまとしてながいとしつきのあいだいきていけるだけのちからもうばってしまいました。
かれはなんとかならないかとすべてのやまのおかあさまといわれるかたのところへ相談にいきました。
すべてのやまのおかあさまはいいました。
「かわいそうなあなた。あなたにわたしの黄金のはちみつをあげましょう。これをひとくちのめばむかしのようにわかわかしく、ながいながい、永遠にちかいとしつきをいきることができましょう。しかしすべてのめばもとの星辰にかえれるようなそらをとぶちからがあたえられるでしょう。気をつけなさい。わたしはこの霊薬をこのひとつのびんしかもってません。だからあなたにあげたあとはないのです。気をつけてつかいなさい。蛇にぬすまれることなく、なにものにも裏切られることなくこのはちみつをつかいなさい」
そうしてかれはそのはちみつをやまのおかあさまにいただいたのです。
かれはおもいました。
(このくすりはふたりでわけよう。つまとじぶんと。そうすれば、天にかえることはできないかもしれないけれども、ふたりでずっとたのしくいきていけるではないか)
そうして弓とりのかみさまは地上にかまえたじぶんのいえにもどりました。
かれはじぶんのつまであるめがみさまにいいました。
「みてくれ。これは黄金のはちみつだ。これをひとくちのめばむかしのようにわかわかしく、ながいながい、永遠にちかいとしつきをいきることができる。しかしすべてのめばもとの星辰にかえれるようなそらをとぶちからがあたえられる。ここにはふたくちぶんのはちみつがあるから、ふたりでわけあってのみ、永遠にこの地上でたのしくいきようではないか」
めがみさまはかんがえました。
(いまわたくしがここにいるのはこのがさつな弓をひくしか能のないおとこのせいだ。この粗野なおとこは天のかみさまをおこらせて、そのとばっちりでわたしまで寿命とさいわいと天でいきる権利をうばわれてしまったのだ。なぜここでこうやって、このおとことずっといきていかなければいけないのだろう)
そうおもいつつも、
「それはようございますわね。ではその霊薬はしかるべきときのしかるべき吉日にふたりしてわけあい、のむことにしましょう。まずはこれを神棚にそなえ、大事にとっておきましょう」
そういいながら霊薬をかくしてしまいました。
つまのえがおはひさしぶりだったので弓とりのかみさまはよろこびました。
「きょうはよろこばしい。きょうはよろこばしい。おまえがわらい、わしはひさしぶりに気分よくさけをのむことができる」
そういってめがみさまにさけを所望し、かの女はそれをさしだしました。
ひさかたぶりのさけによっぱらい、弓とりのかみさまはぐっすりとねむってしまいました。
めがみさまはそっと黄金のはちみちのはいったつぼをとりだすと、それをすべてのみました。
するとからだはむかしのような威光をはなち、するすると天にのぼっていきました。
しかし星辰へのぼりゆくとちゅうでかんがえました。
(もしかしたらわたしはうらぎりものよばわりされるかもしれない。ほかのかみさまや眷属たちに。おっとをみすてて、じぶんだけもとに地位にもどろうとしたおんなとしてはずかしめをうけるかもしれない)
まよっためがみさまは月までのぼったところでそれいじょううえにのぼることはやめてしまいました。
そうして大地におりることもできず、天にのぼりきることもできずにじっとしておりました。
(ああ、どうしよう。どうしよう)
こまっていると月にすんでいるうさぎがこえをかけてきました。
「うつくしいめがみさま、なにをそんなにふさぎこんでいるのですか」
めがみさまはいたたまれなくなり、いままでのことをつげました。
月のうさぎはかんがえこんだあと、
「ならばそのくすりをつくりだして地上にとどければよいではないですか。どんなに月日がすぎようとも、それをなしとげてそれをおっとにわたせばかれはあなたのことをゆるすだろうしあなたが天にもどってはずかしめられることもないでしょう。さいわいここは月。きねとうすはありますから、それとここにはえる霊草、滋養のあるはちみつがありますからじかんをかければつくることはできるでしょう」
めがみさまはながい年月をかけてそれをつくりだしたのです。
そして月にたどりついたときにはらみ、そうしてそだてたむすめにつげました。
「おまえ、わたしのねがいをかなえておくれ。おまえのちちをさがしておくれ。それでわたしにおしえておくれ。おまえのちちは偉大な勇者。わたしがつくったくすりをのめば、天にのぼることができるようになろう」
むすめであるカグヤひめはそうやって月から地上にやってきたのです。
そうやって月からやってきたカグヤひめは地上でじぶんをたすけてくれたおじいさんとおばあさんに大事にあつかわれながらもじぶんのおとうさんをさがすことにしたのです。
(おとうさまは偉大な勇者。だからどんなすごいことでもできるはず。どんなむずかしいものでもさがしあててもってきてくれるはず)
そうおもって、じぶんのところにおとずれるひとびとに難問をだしてはそのひとがじぶんのちちおやであるかそうでないかをためしたのでした。
けれどもだれもカグヤひめのだした試練をのりこえることはできずにいて、それで月からの使者がやってくる日となってしまいました。
月の使者をめのまえにして、
(ああ、わたしはさがしだせなかった。どうすればいいのだろう。・・・)
カグヤひめはいたたまれないきもちになってしまいました。
(かあさまはわたしのことをどうやってののしるだろう。もうわたしは月のせかいにもどれない)
「カグヤひめよ。あなたのおとうさまである弓とりのかみさまはどこにいらっしゃいますか?」
月のうさぎ、かなたからやってきた使者はかの女にたずねました。
しかしなにもこたえられません。
「カグヤひめよ。あなたのおとうさまをおしえてください。わたしはあなたからそれをきいて、そのかたにわたしがいまもっている霊薬をあげるためにここにきたのですから」
なんども使者はたずねたけれども、かの女はなにもこたえることができずに、しかしにげだすこともできずに、
「・・・」
だまってうでをあげ、そうしてあるほうこうをゆびさしました。
そのさきにはこのくにをおさめるミカドがおりました。
「このかたですね?」
使者はききました。
たまたまゆびをさしむけたさきにいたミカドはびっくりしました。
そのままカグヤはどうすることもできずに、もうほんとうにここからきえてしまいたいとおもいそのままにげてしまいました。
のこされた月の使者は、
「弓のかみさま。このくすりをおのみください。これをひとくちのめば、永遠にちかいとしつきをいきることができます。すべてをのめばもとの星辰世界にかえれるようなそらをとぶちからがあたえられる。月のめがみさまがあなたのことをまっておりますので、このつぼのなかみをすべてのんでおあいにいってあげてください」
ミカドはびっくりしたままてわたされたつぼをじっとみつめました。
じつはミカドもカグヤひめに懸想していたひとりでありました。
(ええい。わしはカグヤひめをじぶんのおもいびとときめたのであって、月のめがみにあいたいわけではない。しかしカグヤはどこかへいってしまったし。・・・)
「・・・おなやみのようですね。そうでしょう。なんとなればあなたはうらぎられたとおもい、うたがっておられるのでしょう。わかりましたとも。このはちみつだけおいてわたくしどもはかえりましょう。こころおちつけ、おくがたさまをおゆるしになったら月までおいでください」
そうして月の使者はかえっていきました。
ミカドは、
「ああ、このような月へのぼるクスリなど地上のものにはいらぬのに。わしのほしいのはカグヤのみであるのに」
そうかなしみにくれながら、秘法の霊薬を不二のやまの噴火口に、地下にある地獄のほのおがふきあげるそのなかになげすてたのです。
★☆
「それがどうしたというの」
吸血鬼にわたしはいいました。
「それがわたしにどうかかわるというの?」
「さがせばいいじゃない。黄金の霊薬」
あかい霧はいいました。
「そんないいかげんな。・・・」
「けど、それはあなたにもきくはずよ」
どこにあるともしらないというのに。
「しってるわ。あなたの本棚をさがしてみなさい」
「・・・わたしの本棚はいまは存在しない」
それは膨大な量の書籍がねむるあの本棚は、いまこのよにはない。おくばしょもないのにどうすることもできまい。
「なら、わたしのやかたにおいてしまいなさいな。それで空間をめいっぱいひろげればおくことはできるでしょう?」
しかしあれだけの本から黄金の霊薬のありかがかいてあるものをさがすにはとてもじかんがかかりすぎる。
「なら、秘書をやとえばいいじゃない。悪魔をよびだしてあなたの本だなからさがすようにめいじればいい」
悪魔をよびだすにしてそれの制御は? やつらをしたがえるにはそれ相応の対価がひつようだ。
「だいじょうぶよ。あなたにつかえるのをこのむものをよべばいい」
どうやって?
「運命をあやつるまものがここにいる。あなたはただよびだせばいい。そうすればいちばんいい、あなたにつかえる悪魔をよびだせるはずだから」
「それとこのやしきも移動しましょう。あなたののぞむことになる霊薬がある土地に」
あかい霧はきやすくいいきったものだった。
「まて、わたしはまだなにもいってない」
「あら? いったじゃないの。下僕にしろって。けどそれはやめとくわ。さあ、ふたりでさがしにいきましょう」
ひろい空間のなかにわたしはじぶんの書架をよびだした。
それは月日をおうごとに、数秒ごとにおおきくなる『大図書館』。
盟友にしてぎりのしまい、師であり弟子であり、ははでありむすめでもあるまものすみかの一角にあるはてしなく空間をひろげた『大図書館』となった。
そこにすまうのはわたしと『司書』のふたり。
うすぐらいそのばしょこそわたしのくらすべきところであり、わたしのわざのすべての記録だ。
「で? みつかったの? 黄金のはちみつは」
吸血鬼がうしろからこえをかけた。
いまだかたちをもたぬかの女はうすいあかい霧のままぼんやりとひろがっていた。
「ああ。これだ」
わたしは不二のやまからひろいあげたそれをみせてやった。
ここはまぼろしのさと。
東のかなたにある弓をはったようなかたちをしたほそながい島国のはずれにある楽園。
かつておぼえられ、かつて現出し、いつのまにかただのむかしばなしになってしまったまものたちのつどう土地である。
「けどそれだけ?」
吸血鬼はたずねる。
「これだけだ。のこりは火山のなかにおいてきた。ひつようもない分はすておいた」
朽ちず果てずにほのおのうみにうかんでいたつぼのなかよりすくいあげたその一滴を、わたしは試験管のなかにおさめたままここまでもってきたのだった。
「ほんとこれだけ?」
「これだけだ」
ひとくちのめばせかいのおわりのはてのさきまでみとおせるほどのながいとしつきをいきられるほどのいのちをてにいれ、ふたくちのめば天にのぼるほどの空をとぶちからをあたえる霊薬をわたしは天にかかげてくちずけた。
それでわたしは魔女とよばれるようになったのだった。
・・・ふときがつくと、いつのまにか少年はこくりこくりとふねをこいでいた。
がくりとそのからだがくずおれたので、いつのまにか居間にもどってきた『司書』がそのからだをささえてあげた。そのやわらかいうでのなかでかれはねむってしまった。
「あいかわらずのろいはとけていないのですね。わがあるじのひゃくがたりののろいは。・・・」
ひゃくがたいののろい、ながくしゃべると、百節以上のシブラル(文節)をつづけてしゃべるときいたものをねむらせるのろいだった。
わたしが反射的にくちびるにひとさしゆびをそえると、うなずいてかの女は少年をつれて居間をでてゆき、かれの寝室へはこんでいった。
やっとからだのねつがすこしばかりさめてきて、わたしもすこしねむたくなってきたのでベッドのある部屋にいくことにした。
かしのきのとびらをひらく。
すうっとしたかぜがそとからはいってきた。
たしか朝方にへやをでるときにまどはしめたつもりだったのだが。
つくえのうえには一体のにんぎょうがいた。 にんぎょうはじぶんのあしであるき、じぶんのてをうごかしていた。
まるでいきているにんげんのようで、
わたしがきついめでそれをにらみつけると、 「あらワタシ上海うまれのおにんぎょうさんヨ。あなたのなまえは、」
さいごまでいわせなかった。
わたしのなげつけた病ののろいをさらりとよけて、みがるな軽業師のように空中でぐるりとでんぐりがえりをして、そのままそとへとにげていってしまった。
あらあらしくまどをしめる。
(まったく、あれにもこまったものだ)
しかもれいのにんぎょうは、つくえのうえにおいたままの本をひらきっぱなしのままにげていってしまった。
そんなことをしたらページのあいだにおれめができていたんでしまうではないか。
わたしはいきどおりをかんじながらその本をとじようとしたところできづいた。
ページがびりびりにやぶかれているのだった。
わたしはあたまにてをやりくびをかしげる。
どこかでみたことのあるページだった。
のこったページには弓のかたちをした島のはんぶんだけがしるされており、たぶんやぶられたぶぶんはのこりはんぶんがえがかれいたのであろう。
そのような本をやぶくという行為にもいきどおりをおぼえたが、それよりもなにかがひっかかった。
本をとじて裏表紙をみる。
そこには七色の虹の橋をあるいているさっきのにんぎょうがえがかれていて、かのまほうつかいの所有物であることをあらわしていた。
(まあ、わたしのものでないだけまだいいか。・・・)
他人のものでも執筆者への敬意をはらわないページをやぶるという暴虐にいかりをかんじてはいたが、けど、ねむい。
とてもねむい。
本をさがして整理していたせいもあるし、あれが夕日のなかにあらわれたせいもあるし、あついおゆのせいもあるし、もうねむい。
かんがえるのはあしたにしよう。
ゆめをみた。
むかしのゆめだった。
さっきのはなしのつづきのゆめだ。
不死をてにいれたわたしは、吸血鬼にたずねた。
「これからどうする? 吸血鬼。もうこの東のはてまできてしまっては欧州までもどることはかなうまい」
「あら? しんぱいしてるの? 少女のすがたをもったまま永遠にいきることをじぶんに課したまほうつかいにわたしを心配するひまがあって? それは光栄なこと」
くすくすわらいがそこらじゅうにひびいた。
図書館のなかにおおいにひろがったかの女はあかい霧のまま、ぐにゃりとゆがみながらわたしをおおいつくした。
「それはじぶんの心配でもあるんだよ、吸血鬼。この地にはおまえやわたしをころすことに血道をあげているものたちがいるんだ」
「おもしろいことね。ほんらいは共生すべきわたしたちをころそうとするなんて」
「それはどこへいこうとかわらないだろう? わたしは魔女、おまえはまもの。ニンゲンの勇者にたおされるのが宿命というものだ」
「けど、それはいやあね」
まるで台所にわいたくろいムシをきらうような気軽なくちぶりだった。
「ならこうしましょう? この土地にいる勇者をころしてしまうの」
「できるのか? そんなこと」
わたしはおどろいた。
「勇者は、ころせないぞ? 天のせかいからきたものならともかく、ニンゲンの勇者だけはどうしょうもない」
「・・・そうね。なら、こういうのはどう?」
かの女はつづけていった。
「勇者にたおされることにするの」
なにをいっているのだ? このまものは。
「なにをいってるのってかおをしてる」
「そうおもっているからな」
「勇者の定義とは?」
吸血鬼、まものはきいた。
「なにをきいてるんだ?」
「勇者の定義とは?」
かさねて吸血鬼はきいた。
やれやれ。
せきばらいをしてからつづけてやることにした。まるでスクールのブレインストーミングみたいだ。
「勇者とはわるいものをたおすものだ」
「勇者はどこから、どのようにしてきめられてわるいものをたおすのか?」
「勇者は運命にさだめられて、数奇な運命によって、そうして成長したあかつきにはニンゲンに仇なすものをたおす」
「その勇者がみちなかばにして、つまりわるいものをたおすことができずにたおされたら?」
「勇者はまたべつのかたちであらわれる。なぜならば勇者はニンゲンの存亡をかけたときにあらわれる特別にすぐれたものだ。一種の抗体のようなもので、それはニンゲンがいるかぎりあらわれつづけるし、それをほろぼすにはニンゲンをすべて滅亡させなければならない」
「そうね。なら、勇者がしななかったら? それとわたしたちを退治するだけで満足してしまう、そんなやさしい勇者だったら?」
「しなない勇者? そんなものはいないぞ。勇者はすぐれた存在であるがゆえに人類全体からみたらアウトサイダーだ。その役目をおえれば自動的に悲劇的なさいごをとげることになる」
たとえば腹心にうらぎられたり、
たとえば勇者のみがもちうる弱点を最愛のひとからきづつけられたり、
みずからの悲劇的なおいたちをしることで自決したりといったみちをたどるべきものなのだ。
「そうね。だからしなない勇者。すくなくともしあわせにくらしてこどもとまごにかこまれて最後は大往生してしにました、ちゃんちゃんっていわれる勇者。で、そのこどもも勇者になるんだけど。・・・」
「またゆるしちゃうのか? まものを」
「そうそう。だから、やさしい勇者」
「・・・その勇者が代々つづくかぎり、わたしたちはこの土地で危害をくわえられることなく、いや、危害はくわえられるかもしれないが致命的な状況にはならずに存在しつづけることができるということか?」
「そうそう」
たのしそうなようすでつづけた。
「できるのか? そんなこと」
「え? それをかんがえるのはあなたのしごとでしょ? まほうつかい」
「さんざんじぶんの希望をのべたあげく、具体策はこっちまかせか?」
「だってわたしの役目は監督だもの。で、あなたは脚本家。映画監督がそこでニワトリのはらわたのなかからニンゲンのおやゆびがでてくるんだーっていったら、脚本家はそれにあわせて脈絡のあるシナリオをつくるのがおしごとでしょ? ちがって? それにこんなにいっぱい本があるんだもの。そういうシナリオをつくるためのネタさがしぐらいいくらでもできるでしょ?」
「いやこれはわたしの研究用であって。・・・」
「つかわない知識なんて知識じゃないわ。ただののうみそに記録されたがらくたよ」
「きょうはたのしいたいじのひー」
幼女ははしゃぎまわった。
くろいはねをはやした、わたしににせたすがたをした吸血鬼、よるの不死王はうれしそうにさけんだものだった。
「どうでもいいけど、そのかっこうなんとかなりませんか?」
それにただしくは退治の日ではなく、退治される日だ。
「だってたおされるためにはあいてにわかるような目標がひつようでしょ? あかいきりのままじゃあいてにわからないじゃない」
「たしかにニンゲンのすがたかっこうをとっていたほうがわかりやすいでしょうけどなぜわたしに似せるのですか」
「え? あなたにハネははえてないけど? ここはあなたの『司書』ににせたの」
「・・・もういいですからじぶんのへやにもどっていてください」
わたしはそうやってかの女をじぶんのへやからおいだした。
さて、これでなんかいめの退治をされる日であろうか。
ぎゃくに撃退してしまったときもあるが、着実にかの女の作戦はうまくいっているようだった。
抗体である勇者を名目上のものにしてしまう。
そのやりかたはうまくはまっている。
この土地の神職やそれに類するものたちにたおされてやることで、わたしたちはいまもいきながらえている。
まぼろしのさと、このよの楽園。かつて弓のかみさまがいたせいで、その土地のかたちも弓のようにほそながくなってしまったこの島国のすみっこでわたしたちは出来レースをくりひろげる。
きょうやってくるのは神主だろうか? 巫女だろうか? それとも念力僧だろうか?
いままでの割合ではまぼろしのさとのはずれにある神社の巫女だとおもうのだが。・・・
どおんというおとがきこえた。
なにかが爆発するおとだった。
いままできいたこともないような大音響で、これがニンゲンのやるわざかとおもえるほどであった。
どうやらわたしの『大図書館』の青銅製のおおとびらがやぶられたようだ。
いそいでそこまでかけつける。
ここに勇者はやってこないはずだが?
いぶかしみながら書架のあいだをとんでいく。
するとそこにはくろい不吉なトンガリぼうしをかぶり、くろいふくをきてほうきにまたがってとんでいる少女がいた。
そいつはきんいろのかみをしていてひとみをきらきらとひからせて書架から本をうばっていっていた。
「わーい。本がいっぱいだ。あとでさくっともらってこう」
にこにこわらいながらわたしの書斎にあらわれたかの女はいったものだった。
「・・・もってかないで。それになに? あなた勇者?」
「勇者だゼ。まあ吸血鬼たいじはあいつにまかせるとして、わたしはここで本をもらってかえることにするがな」
にやりと不敵にほほえんだ。
それはただのぬすっとにすぎないのでは?
「なに。勇者なんてそんなもんだろう? ぐーすかねむっている竜をはりたおして金銀財宝をうばっていったり、収集癖のつよいジジいのまほうつかいからおまもりをうばってしばいたり、のんきにくらしている鬼をどうぶつをつれていじめにいったりするんだから」
「やっぱりおしこみぬすっとじゃないか!」
勇者がつれてきたのは道化師だった。
魔女のようなかっこうをしてほうきにまたがりじぶんをまほうつかいだとなのるおんなのこだった。
そうだった。こういうパターンもあるじゃないか。
『勇者は予想もしない従者、道化師をつれてまものたちのウラをかく』
これも勇者がやる定番ではあったのだ。
もっともこの道化師はあるところでまもの退治をやめてしまってじぶんの趣味である本の収集をはじめてしまったのだが。
「さわがしいことになったわねえ」
こくびをかしげてこまったかおをしながらひとの生血をすするまものはいったものだった。
「ふつう退治されてやったら数十年はだれもたずねてこないはずでしたよね?」
「そうねえ」
「なんでアレはこうちょくちょくやってきてわたしの本棚をあらしてかえるのですか?」
「こまったわねえ。けどちょっとぐらいいいでしょ? こんだけいっぱい本があるんだし」
「まだよんでいないのをもっていかれてこまってるのですが」
「いいじゃない。時間はたっぷりあるんだし」
ウインクされてほほえまれてもこまるのだが。
めがさめた。
ゆめみがいいのかわるいのか。
ねまきをぬいでかえの服をきることにした。 いえからきてきたスカートはひざのあたりがよごれてしまったのでもってかえることにきめた。
すべてきてみてそれがかの女のものだとわかる。
まっくろい不吉な魔女のかっこう。
すがたみのまえでかみをととのえてぼうしもかぶってみる。
いがいとものもちがよいのか服にはほころびやくずれたあとひとつなく、わたしのからだをつつみこむ。
かの女とはにてもにつかぬくらいひとみとニンゲンにはありえないむらさきいろのかみのせいでほんとうに黒一色といったかんじになる。
まあこれもいいか。
ところできのうはなにをかんがえていたのだったか。
おもいめぐらす。
本だ。
あのにんぎょうがひらいていた本。
あれはたしかこの土地のそとを仔細こまかくえがいたものでページがやぶられていたのだった。
わたしは机のまえまであるいていく。
そこにはページがちぎられた本が一冊。
ぱらぱらとめくってみるとほかにもやぶられたあとがあり、なにがやぶられているのか自分の記憶とてらしあわせる。
(そういえばおなじ本がじぶんのもつ書架のなかにあったのをおもいだした。だからみおぼえがあったのだ。それにしてもあのおせっかいの『にんぎょうつかい』め。このぐらいのことならすぐに推測できるというのにわざわざ本をひらいたままつくえのうえにおいておくなんて、みくびりすぎだ)
ちぎられたところはすべて不二のやま山に関するところばかりだった。
へやをでて居間におもむくとすでに朝食の準備ができていた。
わたしは悪魔にみみうちをして目録をみせてもらう。
目録のなかでチェックがはいってないもの、つまりいまだみつかっていない本をさがす。
ふむ。
わたしは悪魔にこの項目の本とさきほどやぶられた地図があったらできうることはなにかとたずねた。
悪魔にして『司書』であり、わが大図書館の管理と運営をおこなっているその頭脳のなかにはいままで『大図書館』に出現した本とそとからもってきた本のしわけがきっちりくっきりとおさまっていた。
その悪魔はくちをへのじにしてまほうつかいの弟子をみつめながら、かれはこのことをしっているのでしょうか? とわたしにたずねた。
わたしはじぶんの席についたまま、なにもこたえずにかれがめしをもってくれるのをまっていた。
こころのなかでうずうずとしたなにかすぐにやりたくなるときの衝動。しかしそれはおさえることにしよう。
めしをもりつけられ、かれの流儀にしたがって食事のまえのいのりのことば、いただきますをとなえてからたべはじめる。
「どうしたのですか? 食欲がないのですか?」
かれはわたしにたずねた。
「ああ、きのうけっこうたべたから。・・・」
わたしがだまったままでいると、かれはかってに納得した。
すべてをおえて、わたしは椀にもられためしのはんぶんしかたべられなかったのだが、そのあとの茶をのみながら、おそるおそる、だが確信をもってたずねることにした。
「ところでたずねたいのですが。・・・」
「はい?」
わたしのききかたに怪訝なようす。
「ところでたずねたいのですが、あなたの師のお墓はどこにあるのですか?」
「ええっと、あるにはあるのですが師はそこにはいっておりません」
「それはなぜ?」
わたしは期待をこめてたずねる。行方不明とかつくってるだけで遺体はないのだとか、そんなところだろうか?
「ええっと師はふもとのむらの出身なんですが、親族とは縁をきられてて、それで一族の墓にははいっていないのですよ」
「え?」
おもっていたのとはちがう返答だった。
「なら、べつのところですか? つまりかの女はしんだというのですか?」
悪魔が「あるじどのはいつもこういうときになるとまわりくどい」といってためいきをついていたが、そんなのはどうでもいい。
「・・・それは、どこ?」
「ええっと、・・・なにをおっしゃってるのですか?」
「しつもんにしつもんでかえさないでください。わたしがあなたにきいているんですよ」
語尾があからさまにつよくなってしまい、それでわれにかえった。
「すみません。すこし興奮してました」
少年はどうこたえたらよいのやらという表情をしたあと、
「師の生死はよくわからないのですよ。じつは」
とことばをついだ。
これこそわたしのもとめていたへんじだった。
だからとおまわりなのだという『司書』のぼやきがきこえたがかまうまい。
「それでいまはどこへ?」
「いえそれがわからないんですよ。数年まえ、きゅうに荷造りして旅行にいってくるといわれてそのままなんですから。・・・」
かの女らしい。
「それで?」
「それでことづけをいいつかって。・・・じぶんのこどものころの服を用意しておくようにというのと、わたしのかみのいろはむかしはきんいろだったからな、よくおぼえとけ。もどってきたらすぐに服をきれるようにしておけよ。じゃないと承知しないゼ! って。なにがなんだか。あ、いまきてもらってるのがそれなんですが」
わたしはいすのせもたれに、たいしておもみもないからだをすべてあずけながらおおきくいきをはいた。
「わたしははやとちりをしてたのか。・・・」
それはいつものことでしょうという『司書』のこえがきこえたがいまはどうでもいい。
かの女がのこりのはちみつをてにいれてもどってくることだけを確信する。
「わたしははやとちりをしていたのか」
ふたたびつぶやくようにこえをもらした。
もうじきふもとの村から荷馬車がやってくる。
この不吉なもりからさらに邪悪なくれないのやかたまでのみちゆきについていく気になったむらびとがやってくるはずだった。
あまりやりたくないしごとかもしれないが、しかしきんのつぶをもらえるとあれば野心的なわかものならやってくるであろう。
わたしはまほうつかいのいえをでて、まっすぐふもとまでつづくみちをみつめていた。
少年がわたしのところまでやってくる。
「にづくりの準備はできましたが、しかしほんとうにすごい量ですね。これだけかりっぱなしなんて。・・・」
「まるで略奪されたみたいでしょう?」
わたしはほほえみながらいった。
少年は「はあ」とつぶやいた。
「ところで少年」
わたしは気分がよくなったのでひとつだけ講釈をしてやることにした。
「わたしの『大図書館』にある本のはんぶんちかくはね、もともとこのよにあるほんではないのだよ」
少年はこくびをかしげながら、「ならのこりはんぶんは?」
「それはわたしがかいたものと外の本です。で、もともとこのよにないそれらはどこからきているとおもう?」
「見当もつきません」
すこしかんがえてからこたえた。
「じつはね。わたしがむかしおこなった実験結果の履歴が日々刻々と書き出されたものが本のかたちをともなって出現しているわけなのです」
「むかしの実験の失敗をしりたくてね。で、その本と現実世界に存在するできごとをしるしたものをつきあわせて、どこがまちがっているかをさがしているとちゅうなのです」
「それはいつから?」
「ずっとむかしから。それとこれからさきもずっとずっと、あやまちがわかるまで」
「いつわかるかわからないのですか?」
「あまり意味のある質問ではないね。まほつかいらしくない質問だ。いつ、なんて時間にとらわれるのは凡夫のありようだよ。それよりもひつようなのは実現可能か否か、だ」
「そしてそれは可能だとわたしは断言する。なぜなら世界の果てまでにそれを理解することができれば、それがわたしの勝利だからだ」
「おぼえておくがいい。少年よ。まほうつかいはそのようにしてすべてをしり、すべてを把握するものだということを。わたしは、わたしたちはそのようなありようで森羅万象にかかわるのだということを」
了
ふときがつくと、めのまえになにかがあった。
くつが一足。
そのさきをたどってみるとうつくしくてまろやかなやわらかさをそなえたおんなのあしとこしにゆたかなむね。それらのうえには悪魔、『大図書館』の『司書』のかおがあった。
くらやみのなかでぼんやりとかおだけがあおじろいひかりをはなっていた。
まものの威光はよるになるとつよくなる。
しかもなんどとなくのろいのことばをはきつづけたばしょでは、そのニンゲンがきらうところの悪意の残滓をすいあげてさらに強力になりかおはひかりをはなつのだった。
「またあのひとがあらわれたのですね」
あくまはうれしそうにほほえみながら、こしをかがめてほうぼうにちらかったくぎをひろった。
すでに太陽はしずんでしまい、ふつうのにんげんならばてもとすらみえないほどのくらさだというのにためらいもなくひろいつづける。
「わたしはあのひとがすきだ。あのひとがあらわれるとわがあるじはのろいのことばをはきつづけて、わたしはうれしくなるからだ」
すべてひろってそのくぎをたべた。
あごをうえにあげ、くちをおおきくあげてそれらをまるのみにした。
そうしてまんぞくそうにくちびるのりょうはじをつりあげたままわたしをたたせて、ていねいにひざのよごれをはらってくれた。
わたしはなきながらスカートのよごれをはらっている悪魔のあたまをだかえた。
「あなたのかなしみはなんておいしいんでしょう。これだからあなたからははなれられないのですよ、わたしは。・・・」
あまやかなこえをあげながら悪魔はつぶやいた。
「・・・やかたにもどる。・・・」
わたしはそのままのしせいでつぶやいた。
ぐずぐずしたこえになった。
「え?」
「かえる。そらをとんでかえる。もういやだ。ここからはなれたい。はやくつれてかえれ。おまえのはねをだして。もうだれにみられてもかまわないから、はやくつれてかえれ」
「あるじ、本はどうされるので?」
「もういい、もういい」
がくがくとひざがふるえてまたすわりこんでしまいそうになり、けれどもさすがにそれははずかしかったのでがんばった。
なんとかうまくそのままたっていられた。
悪魔にいだかれて空をめぐってここをさるまでのがまんだ。くれないのやかた、あんぜんなところにもどったならベッドのなかでふとんをかぶってないていればいいのだから。
「ここはいやだ。あのこはいないしいじめるやつがあらわれるし」
悪魔はじっとわたしにあたまをだかえられたまま。
「だからかえる。そうだよ。わすれてたよ。こうやってくれないのやかたをでると、あの『大図書館』をでると、こころをむなしくしてただ夕日にむかってたっているとあいつが、みちきっていないどこか欠けたところからあらわれてなにかを、悪意みたしていこうとするんだ。ヤツが。・・・」
「ヤツがあらわれるたびにわたしはすこしづつ漠然とした空白に、まっしろな悪意の一色にちかづいていく。それがやだとはちっともおもわないけど、けど、いやだ。あいつにあうことじたいがいやなんだ」
(漠然としていること、ぼんやりとしていること、不安定なすがたが御身のほんらいのありようだろう?)
悪魔のこえがみみもとにひびく。
悪魔はわたしのめのまえで中腰のしせいのままかたまって、けどそのクチのみはわたしのみみもとにやってきて、ぼそりとつぶやく。
(あるじ。わすれたのか? わたしはあなたの下僕であるまえに悪魔だぞ? そうやってなにもワレをしばるだけのちからがないのなら、ワレのすきなようにさせてもらうぞ?)
騒霊どもがとおくでうたい、おどっている。
なにかのおいわいのように、なにかのとむらいのように陽気なうたごえがとおくからきこえる。
(そう、まずはワレの愛であるじをみたして。・・・)
わたしはぎゅっと手にちからをこめる。
おんなのすがたをした悪魔のアタマにちいさなイカズチがほとばしる。
「おおいなる魔女よ。イタイ」
「イタくてしんでしまう。ああ、シヌ。もうしんじゃう。イタイ。あ、イタイ、イタイ」
「・・・あたりまえです。いちにんまえのふりしてわたしを誘惑しようなんて百年はやい」
「ならすぐですね。たのしみにしています」
アタマをさげたまま、うたうようなうつくしいこえで『司書』はいった。
ぜんぜんこたえたようすではない。
「そもそもにわたしの、いつわりのいのちなんてあなたがもっていてうれしいものとはおもえないけど」
「それはそれでプレミアムにはなるでしょう? 朽ちず果てずありのままでありつづけるものなんてそうありはしませんよ」
「永遠にいたぶるつもり?」
「永遠に愛でるつもりですが? なにか?」
どうもこの悪魔もあのまほうつかいのわるいくせ、つまらないかるぐちをたたくところがにているのだがどうにかならぬだろうか?
なにかをいいかえそうとしたところで、
「えーと、ごはんですよ?」
うしろからなんだかまのぬけたこえがきこえ、・・・すべてにたいして気がぬけてしまった。
もくもくとめしをくう。
おかわりをたのむと、
「魔女はそんなにたべないのでは?」
「たまにはおおめにたべるのです。だまってもりつけなさい」
少年は「はあ」、めしをもってさしだした。
すべてたいらげ茶をすする。
わたしがなにかきげんがわるいのかと悪魔にたずね、うるさいといわれてしまう。
やつあたりのやつあたりだ。
さっきまで目があかいままだったのがすこしもどってきたようで、はれがひいたときのすうっとしたかんじがはなと目とのどのおくをおおっていた。
きちんとかおをふかないまま食卓についたので、まだかおになみだのすじみちがのこっているはずだ。
ほおがなみだのかわいたあとでぱりぱりとした。
「ええっと。・・・」
むっつりとしたまま、しかしないたようなあとがあるわたしをきづかいながらこえをかけてきた。
かれは先生のへやにねまきとあさのきがえをおいておいたこと、ふろ用のあたたかい湯をよういしたことをひかえめなちょうしでつげた。
どうやらかなりきをつかわせてしまったみたいだ。
いまさらながらおとなげないふるまいをしたことを自覚した。
すみません。ありがとうございます。
そうつげてわたしはじぶんのへやにもどろうとして、
「へやとはべつにおふろばはありますよ」
こえをかけられた。
そんなところまできちんとあるとはおもってみなかった。
「なかなか贅沢ですね。じぶんのへやにふろを用意しておゆをそそぐものだとおもってましたが。・・・」
「いえ、先生の趣味で」
「ああなるほど。ではごちそうになります」
わたしはそういって、ふろばへのみちすじをおしえてもらった。
なべをひとがはいれるほどのふかさとおおきさにしておゆをはったものがそのへやにはあった。
(わたしを煮てたべようというわけではあるまいな)
ばかなことをおもいつつなべのふたにあしをかける。
そのまましずんでいくと木でできたふたがいちばんそこまでたどりつき、あついテツのかまからわたしのあしをまもってくれる。
五右衛門風呂だった。
はじめあつすぎやしないかとおもったが、がまんした。そういうふろなのだとしっている。
「はあ、ふう」
ゆだりそうな熱加減だった。ほんとに煮ころすつもりではないだろうな?
しばらくすると拷問かなにかのようにかんじたあつさがからだになじんでくるのがわかった。
煮たつまえの具になった気分だった。
(先生の趣味とかいってたな)
煮られるのが趣味だったのか?
魔女はあやしげな煮こみじるはつくるとおもうが、じぶんが煮こまれることはかんがえはしないだろうに。
いやかの女はまほうつかいだったか。
へいぼんでふつうな、ただものをこわすことだけは超一流ではあったが、あんまりたいしたことのないまほうつかいだったのだ。
このフロは、そのぶんニンゲンらしい愉しみにふけっていたというあかしだな。
さぼりすぎだ。
ひとの図書館をあらすだけあらして、こんなものをつくってまともなわざをおいもとめることをおこたって、それで弟子にはじぶんの趣味にはしったおしえかたをしていたむくいとは、その成果とはなんだったのだろう。
☆
まほうつかいにはじぶんのおさめるわざというものがある。
それは非金属を貴金属にかえるものであったり、
擬似的ないのちをつくることであったり、
因果律を因果率にかえる、つまり必然の可能性への変換であったり、
なにものにもよらずにせかいをひとつうみだすことであったり、
概念を概念のまま具象化することであったり、
ものをかんぜんにこわしたりなおしたりというわざのなかのわざ、ほんとうのいみでのまほうだ。
じぶんの成果をだれかにつげることなく、ただ完成されたそれをいだきながらありつづけるのがまほうつかいだ。
それでもたがいにじぶんのなしたことをおしえたり報告したりということはあるにはある。この徒弟制度のきびしい分野では、師弟のなかのごくいちぶでしかおこなわれることがないのだが。
書籍にもする。
しかしそれらはじぶんたちのなかでしかわからない暗喩と比喩で記述されておりしらぬものが読み解けぬのがつねであった。
そのなかでもここ数百年のあいだに相互理解とわざの研鑽のために部外者どうしでの意思疎通はあるにはあったのだった。
そいういういみではわたしはめぐまれたところからはじめることができたのだが、しかしかの女はどうだったのだろう?
このまほうのもりの瘴気のおかげでですこしだけほかのものよりはアドバンテージがとれたかもしれないが、しかし根本的なところではむずかしかったのではないか。
なんどかそのことをはなしたこともあるのだが、しかしかの女はほかとの疎通をこばみ、たぶんそれはかの女の師のいいつけかなにかだったのだろうが、ひとりでわざをおさめることにしていたのだった。
(たったひとりではスクールが記したことがらのはんぶんもよみとけるはずもあるまいし。・・・)
かの女がわたしのところからうばっていくたびにためいきをもらしたものだった。
ねらったように良書ばかりをもっていくのだったがそれがなにがしかの結果をもたらしたことはまったく、いやこれはいいすぎで、あまりみたことがなかった。
それはわたしもにたようなものかもしれなし、ここ百年いじょうのあいだ本ばかりよんでいたからあまりひとのことはいえないのだが。
しかしわたしはそれでもいい。
すこしでもおおくの知識をつきあわせることで、じぶんのわざをなしおえることができるとわかっているのだから。
しかしかの女のばあいはどうだったか?
そもそもにまほうつかいはわざをおさめるものであるという意識をもっていたのか?
おおいに疑問である。
悪魔がそっとわたしをおおがまのなかからすくいだす。
ふにゃりとかの女のゆたかなむねにあたまをのけたままからだをふかれる。
「すこしあたりすぎですよ」
かの女はこまったようなかおをしていった。
「うん。・・・すこしのぼせたようです」
「みればわかります。ねまきをきせてあげますから、ほら、たってください」
めんどうくさいとおもったが、そのままだとゆざめする。
やわらかいむねへの誘惑をたちきってわたしはそこにたった。
「みずがほしい」
「すこしがまんしてください」
そういってわたしにきせたあと、てをつないで居間までつれていってくれた。
かの女がさしだしたつめたいみずをのむ。
「みずがおいしい」
ほんとうにあたりすぎですよ。
そういいながら悪魔はほかのへやへむかった。
あしたもちかえるものを整理するのだろうか。あまりうまくあたまがはたらかない。
ぼんやりと居間にたたずんでいると、
「あ、あがりましたか?」
少年がこえをかけてきた。
「ええ。いいゆでした」
ぼんやりとしたまま。
「ええ、ほんとうにいいゆでした」
「・・・あの、いいですか?」
「?」
「またおこられるかもしれませんが、先生曰く、まほうつかいは養生しなくてはいけないそうです」
「・・・」
「ええっと、じぶんのやることをきちんとけじめをつけるまではしんじゃいけないんだから、それまでながいきしなくちゃいけないんだそうです」
「殊勝ね。で?」
「そのためにはいいゆにはいって養生すべきなんだとか」
どうしょうもなくぐでぐでだ。
「ねえ?」
「はい」
少年はかたいかおをして、またなにをこのひとはいいだすんだろうという表情をしたままかたまってしまった。
「わたしのはなしをしましょうか?」
「わたしがどのようにしていきながらえることができるようになったのか」
★
あるところにひとりのまものがおりました。
かの女はヒトの血をすすっていきるよるの王族のひとりでした。
そこにまほうつかいがやってきました。
まほうつかいはいいました。
「吸血鬼、わたしをおまえの眷属としろ」
眷属にしろとはどういういいぐさでしょうか。
眷属にしろとは手下にしろということなのですから。
かの女はくすくすとわらいながら、
「あなたをわたしのものにするって? それはどういうふきまわしですか? まほうつかい」
まほうつかいは、わたしはなかばいきどおりながら、
「それはわかっていることでしょう? このうそつきのまものめ!」
さけびました。
「このよとおなじものをつくろうとして失敗したら、そうしてそれがあと寸前というところでの失敗だとしたら、その失敗のりゆうをみつけだすにはとてもながい時間がひつようになる。あなたはそう予言したでしょう!」
「予言じゃないわ」
くすくすとかの女はわらいました。
かの女はあかい霧そのものでした。
あかい霧はときになないろにかがやきながらわらいごえをあげました。
「運命よ。そういったでしょう? まほうつかい。あのおおいなるもののむすめよ」
「運命? 運命? 運命ですって!」
「まほうつかいのおこないは運命に左右されない。あるのは成功か、もしくは原因のある失敗かただそれだけだ!」
霧はますますおおきなわらいごえをあげながら、
「あなたのわざを非難しているのではないのだけど。ただ、このあとのあなたのありようが、それをさだめるべくして失敗した実験が運命だとつげているだけよ。まほうつかい」
せきがでる。
「・・・わたしのわざをぬすみみて、はなでわらいながら、『失敗したらわたくしのやしきへいらっしゃい』。おまえはそういったな!」
ごほんごほんとせきがでる。興奮するといつもこうだ。ぜんそくがおさまらない。
「ええ。いいましたとも」
「おまえのそのいいざま、いかにもわたしが失敗することをわかっていたみたいじゃないか」
「それはちがうわ。まほうつかい」
あかい霧はわたしのからだにまとわりつきながらそう断言した。
「それはちがうのよ。まほうつかい。あなたがじぶんのおさめるべきわざを失敗することを宣言したのではなくてよ?」
「なら、なんなんだ」
「わたしがいったのは、そのあとのあなたの運命。あなたは永遠をいきることになる、と」
せきがとまらない。こえがでない。おこりすぎるといつもこうだ。
「永遠をいきることになるきっかけがすぐそこにきたから、わたしはあなたにあいにきたの。このよがきらいでしかたがないあなたは、ずっといきつづける。それはもしかしたら、じぶんの失敗、あやまちをただすためにナゼ? とかんがえるためのじかんであろう。わたしはあなたが『永遠にいきる』ことと、めのまえにひろがるあなたの実験のさなかのようすをみとってこういったのだけど、」
「失敗したらわたくしのやしきへいらっしゃい。そうすれば、じぶんのわざをなすためにひつような思索のときがあたえられる、と」
「なら、いまあたえろ! 吸血鬼!」
せきがやっととまったのでわたしは命令する。わたしをまものにしてしまえ。おまえのキバでわたしの血液をすすりつくし、そうしてわたしをおまえとおなじもの、吸血鬼にしてしまえと。
「それはできない。まほうつかい」
吸血鬼は断言した。
「なぜ? おまえらはそうしてじぶんのなかまをふやすのだろう? もしおまえがその霧のままではわたしの血液をすすることができないというのなら受肉をさせてやってもよい。だから、」
「だからできなのよ。まほうつかい」
まものは、不死王はことばをつづけた。
「わたしはあなたをじぶんのなかまにはできない。だってあなたのいのちはにせものだもの」
「血液ならなんだっていいんじゃない。しぜんにうまれてそだった、そういうモノだけがわたしがうばえるもの。あなたのようにニンゲンの意図によって発生したふつうとはことなるうまれのものからはいのちをうばえない」
わたしはじぶんの生い立ちにはじいり、ぎゅっとくちびるをかみしめた。
「けどね、まほうつかい。おまえが永遠をいきるすべはあるにはあるの。だからそれをおしえてあげる」
そうしてかの女はむかしばなしをはじめました。
☆ タケトリモノガタリ ★
むかしむかしあるところにうつくしいおひめさまがおりました。
おひめさまはカグヤひめとよばれておじいさんとおばあさんにたいせつにそだてられました。
おひめさまはさまざまな貴族にいいよられ、しかしこの世にはありえないほどのしろものをわたしのもとにもってきたかたのところにとつぐことにしましょうとかれらにつげたのです。
貴族たちはかの女のことばにしたがって、この世にはありえないほどすばらしいたからをみつけにいきました。
けれども貴族たちはみんなかの女のつげたたからをみつけだすことはできなかったのです。
それもそのはず。
これらのたからは、よほどの英雄でなければみつけだすことはできなかったのですから。
じつはかの女はすばらしいたからをみつけだすことができるひとならばじぶんがさがしている英雄にちがいないとおもっていたのでした。
英雄とは、むかしむかしのそのまたむかし、月のめがみ、カグヤのははおやのおっとであり、またカグヤのちちおやのことであります。
じつはカグヤのおかあさまはカグヤのおとうさまをみすてて月へにげてしまったのです。
その顛末をかたりましょう。
ほんとにほんとにむかしのことです。
むかし天にはめおとのかみさまがおりました。
つまはうつくしいめがみさま。
おっとはいさましい弓とりの英雄です。
このじだいには太陽はじゅっこありました。 じゅっこのたいようはひとりづつこうたいで、とおかにいちどじごくのそこからはいあがり、この大地をてらしてわたしたちにめぐみをあたえておりました。
それはなんねん、なんまんねん、なんおくねんとつづいた行事であり、それによって地上にいきるうからやからはみちたりておおくおおくふえたのです。
けれどもあるときじゅうの太陽たちはその行事にあきてしまいました。
「ウム、われら兄弟、いっせいに地上にでてやれ」
「ウム、地下のじごくでここのかのあいだもまつのはもうあきたぞ」
そうおたがいいいあって、いっせいに地上にあらわれたのです。
これはとてもたいへんなことで、地上はあまりにあつすぎ、あまりにひどすぎてばたばたといきものたちはしんでしまいました。
それをあわれんだ天にすまわれる弓とりの英雄のかみさまは、地上におりてきてじゅうの太陽のうちここのつまでをうちおとして地上のねつをさげることにしたのです。
そうやってこの地はつよいあつさからのがれることができたのですが、けど、弓とりのかみさまは天のかみさまである太陽たちのおとうさまからとってもきわれてしまいました。
「ウム、あの弓とりのかみさまは、ワシのむすこをきゅうにんもコロシおった」
いかりはたいへんつよすぎて、
「ウム、ゆえにあのおとことあのおとこのつまは、けして地上から天のせかいにかえることができないようにしてしまおう」
こころにきめて、そのようにしてしまいました。
かれもかれのあとについてきためがみさまもそのいだいなちからをうばわれて、天へのぼることができなくなりました。
ついでに寿命もうばってしまい、かみさまとしてながいとしつきのあいだいきていけるだけのちからもうばってしまいました。
かれはなんとかならないかとすべてのやまのおかあさまといわれるかたのところへ相談にいきました。
すべてのやまのおかあさまはいいました。
「かわいそうなあなた。あなたにわたしの黄金のはちみつをあげましょう。これをひとくちのめばむかしのようにわかわかしく、ながいながい、永遠にちかいとしつきをいきることができましょう。しかしすべてのめばもとの星辰にかえれるようなそらをとぶちからがあたえられるでしょう。気をつけなさい。わたしはこの霊薬をこのひとつのびんしかもってません。だからあなたにあげたあとはないのです。気をつけてつかいなさい。蛇にぬすまれることなく、なにものにも裏切られることなくこのはちみつをつかいなさい」
そうしてかれはそのはちみつをやまのおかあさまにいただいたのです。
かれはおもいました。
(このくすりはふたりでわけよう。つまとじぶんと。そうすれば、天にかえることはできないかもしれないけれども、ふたりでずっとたのしくいきていけるではないか)
そうして弓とりのかみさまは地上にかまえたじぶんのいえにもどりました。
かれはじぶんのつまであるめがみさまにいいました。
「みてくれ。これは黄金のはちみつだ。これをひとくちのめばむかしのようにわかわかしく、ながいながい、永遠にちかいとしつきをいきることができる。しかしすべてのめばもとの星辰にかえれるようなそらをとぶちからがあたえられる。ここにはふたくちぶんのはちみつがあるから、ふたりでわけあってのみ、永遠にこの地上でたのしくいきようではないか」
めがみさまはかんがえました。
(いまわたくしがここにいるのはこのがさつな弓をひくしか能のないおとこのせいだ。この粗野なおとこは天のかみさまをおこらせて、そのとばっちりでわたしまで寿命とさいわいと天でいきる権利をうばわれてしまったのだ。なぜここでこうやって、このおとことずっといきていかなければいけないのだろう)
そうおもいつつも、
「それはようございますわね。ではその霊薬はしかるべきときのしかるべき吉日にふたりしてわけあい、のむことにしましょう。まずはこれを神棚にそなえ、大事にとっておきましょう」
そういいながら霊薬をかくしてしまいました。
つまのえがおはひさしぶりだったので弓とりのかみさまはよろこびました。
「きょうはよろこばしい。きょうはよろこばしい。おまえがわらい、わしはひさしぶりに気分よくさけをのむことができる」
そういってめがみさまにさけを所望し、かの女はそれをさしだしました。
ひさかたぶりのさけによっぱらい、弓とりのかみさまはぐっすりとねむってしまいました。
めがみさまはそっと黄金のはちみちのはいったつぼをとりだすと、それをすべてのみました。
するとからだはむかしのような威光をはなち、するすると天にのぼっていきました。
しかし星辰へのぼりゆくとちゅうでかんがえました。
(もしかしたらわたしはうらぎりものよばわりされるかもしれない。ほかのかみさまや眷属たちに。おっとをみすてて、じぶんだけもとに地位にもどろうとしたおんなとしてはずかしめをうけるかもしれない)
まよっためがみさまは月までのぼったところでそれいじょううえにのぼることはやめてしまいました。
そうして大地におりることもできず、天にのぼりきることもできずにじっとしておりました。
(ああ、どうしよう。どうしよう)
こまっていると月にすんでいるうさぎがこえをかけてきました。
「うつくしいめがみさま、なにをそんなにふさぎこんでいるのですか」
めがみさまはいたたまれなくなり、いままでのことをつげました。
月のうさぎはかんがえこんだあと、
「ならばそのくすりをつくりだして地上にとどければよいではないですか。どんなに月日がすぎようとも、それをなしとげてそれをおっとにわたせばかれはあなたのことをゆるすだろうしあなたが天にもどってはずかしめられることもないでしょう。さいわいここは月。きねとうすはありますから、それとここにはえる霊草、滋養のあるはちみつがありますからじかんをかければつくることはできるでしょう」
めがみさまはながい年月をかけてそれをつくりだしたのです。
そして月にたどりついたときにはらみ、そうしてそだてたむすめにつげました。
「おまえ、わたしのねがいをかなえておくれ。おまえのちちをさがしておくれ。それでわたしにおしえておくれ。おまえのちちは偉大な勇者。わたしがつくったくすりをのめば、天にのぼることができるようになろう」
むすめであるカグヤひめはそうやって月から地上にやってきたのです。
そうやって月からやってきたカグヤひめは地上でじぶんをたすけてくれたおじいさんとおばあさんに大事にあつかわれながらもじぶんのおとうさんをさがすことにしたのです。
(おとうさまは偉大な勇者。だからどんなすごいことでもできるはず。どんなむずかしいものでもさがしあててもってきてくれるはず)
そうおもって、じぶんのところにおとずれるひとびとに難問をだしてはそのひとがじぶんのちちおやであるかそうでないかをためしたのでした。
けれどもだれもカグヤひめのだした試練をのりこえることはできずにいて、それで月からの使者がやってくる日となってしまいました。
月の使者をめのまえにして、
(ああ、わたしはさがしだせなかった。どうすればいいのだろう。・・・)
カグヤひめはいたたまれないきもちになってしまいました。
(かあさまはわたしのことをどうやってののしるだろう。もうわたしは月のせかいにもどれない)
「カグヤひめよ。あなたのおとうさまである弓とりのかみさまはどこにいらっしゃいますか?」
月のうさぎ、かなたからやってきた使者はかの女にたずねました。
しかしなにもこたえられません。
「カグヤひめよ。あなたのおとうさまをおしえてください。わたしはあなたからそれをきいて、そのかたにわたしがいまもっている霊薬をあげるためにここにきたのですから」
なんども使者はたずねたけれども、かの女はなにもこたえることができずに、しかしにげだすこともできずに、
「・・・」
だまってうでをあげ、そうしてあるほうこうをゆびさしました。
そのさきにはこのくにをおさめるミカドがおりました。
「このかたですね?」
使者はききました。
たまたまゆびをさしむけたさきにいたミカドはびっくりしました。
そのままカグヤはどうすることもできずに、もうほんとうにここからきえてしまいたいとおもいそのままにげてしまいました。
のこされた月の使者は、
「弓のかみさま。このくすりをおのみください。これをひとくちのめば、永遠にちかいとしつきをいきることができます。すべてをのめばもとの星辰世界にかえれるようなそらをとぶちからがあたえられる。月のめがみさまがあなたのことをまっておりますので、このつぼのなかみをすべてのんでおあいにいってあげてください」
ミカドはびっくりしたままてわたされたつぼをじっとみつめました。
じつはミカドもカグヤひめに懸想していたひとりでありました。
(ええい。わしはカグヤひめをじぶんのおもいびとときめたのであって、月のめがみにあいたいわけではない。しかしカグヤはどこかへいってしまったし。・・・)
「・・・おなやみのようですね。そうでしょう。なんとなればあなたはうらぎられたとおもい、うたがっておられるのでしょう。わかりましたとも。このはちみつだけおいてわたくしどもはかえりましょう。こころおちつけ、おくがたさまをおゆるしになったら月までおいでください」
そうして月の使者はかえっていきました。
ミカドは、
「ああ、このような月へのぼるクスリなど地上のものにはいらぬのに。わしのほしいのはカグヤのみであるのに」
そうかなしみにくれながら、秘法の霊薬を不二のやまの噴火口に、地下にある地獄のほのおがふきあげるそのなかになげすてたのです。
★☆
「それがどうしたというの」
吸血鬼にわたしはいいました。
「それがわたしにどうかかわるというの?」
「さがせばいいじゃない。黄金の霊薬」
あかい霧はいいました。
「そんないいかげんな。・・・」
「けど、それはあなたにもきくはずよ」
どこにあるともしらないというのに。
「しってるわ。あなたの本棚をさがしてみなさい」
「・・・わたしの本棚はいまは存在しない」
それは膨大な量の書籍がねむるあの本棚は、いまこのよにはない。おくばしょもないのにどうすることもできまい。
「なら、わたしのやかたにおいてしまいなさいな。それで空間をめいっぱいひろげればおくことはできるでしょう?」
しかしあれだけの本から黄金の霊薬のありかがかいてあるものをさがすにはとてもじかんがかかりすぎる。
「なら、秘書をやとえばいいじゃない。悪魔をよびだしてあなたの本だなからさがすようにめいじればいい」
悪魔をよびだすにしてそれの制御は? やつらをしたがえるにはそれ相応の対価がひつようだ。
「だいじょうぶよ。あなたにつかえるのをこのむものをよべばいい」
どうやって?
「運命をあやつるまものがここにいる。あなたはただよびだせばいい。そうすればいちばんいい、あなたにつかえる悪魔をよびだせるはずだから」
「それとこのやしきも移動しましょう。あなたののぞむことになる霊薬がある土地に」
あかい霧はきやすくいいきったものだった。
「まて、わたしはまだなにもいってない」
「あら? いったじゃないの。下僕にしろって。けどそれはやめとくわ。さあ、ふたりでさがしにいきましょう」
ひろい空間のなかにわたしはじぶんの書架をよびだした。
それは月日をおうごとに、数秒ごとにおおきくなる『大図書館』。
盟友にしてぎりのしまい、師であり弟子であり、ははでありむすめでもあるまものすみかの一角にあるはてしなく空間をひろげた『大図書館』となった。
そこにすまうのはわたしと『司書』のふたり。
うすぐらいそのばしょこそわたしのくらすべきところであり、わたしのわざのすべての記録だ。
「で? みつかったの? 黄金のはちみつは」
吸血鬼がうしろからこえをかけた。
いまだかたちをもたぬかの女はうすいあかい霧のままぼんやりとひろがっていた。
「ああ。これだ」
わたしは不二のやまからひろいあげたそれをみせてやった。
ここはまぼろしのさと。
東のかなたにある弓をはったようなかたちをしたほそながい島国のはずれにある楽園。
かつておぼえられ、かつて現出し、いつのまにかただのむかしばなしになってしまったまものたちのつどう土地である。
「けどそれだけ?」
吸血鬼はたずねる。
「これだけだ。のこりは火山のなかにおいてきた。ひつようもない分はすておいた」
朽ちず果てずにほのおのうみにうかんでいたつぼのなかよりすくいあげたその一滴を、わたしは試験管のなかにおさめたままここまでもってきたのだった。
「ほんとこれだけ?」
「これだけだ」
ひとくちのめばせかいのおわりのはてのさきまでみとおせるほどのながいとしつきをいきられるほどのいのちをてにいれ、ふたくちのめば天にのぼるほどの空をとぶちからをあたえる霊薬をわたしは天にかかげてくちずけた。
それでわたしは魔女とよばれるようになったのだった。
・・・ふときがつくと、いつのまにか少年はこくりこくりとふねをこいでいた。
がくりとそのからだがくずおれたので、いつのまにか居間にもどってきた『司書』がそのからだをささえてあげた。そのやわらかいうでのなかでかれはねむってしまった。
「あいかわらずのろいはとけていないのですね。わがあるじのひゃくがたりののろいは。・・・」
ひゃくがたいののろい、ながくしゃべると、百節以上のシブラル(文節)をつづけてしゃべるときいたものをねむらせるのろいだった。
わたしが反射的にくちびるにひとさしゆびをそえると、うなずいてかの女は少年をつれて居間をでてゆき、かれの寝室へはこんでいった。
やっとからだのねつがすこしばかりさめてきて、わたしもすこしねむたくなってきたのでベッドのある部屋にいくことにした。
かしのきのとびらをひらく。
すうっとしたかぜがそとからはいってきた。
たしか朝方にへやをでるときにまどはしめたつもりだったのだが。
つくえのうえには一体のにんぎょうがいた。 にんぎょうはじぶんのあしであるき、じぶんのてをうごかしていた。
まるでいきているにんげんのようで、
わたしがきついめでそれをにらみつけると、 「あらワタシ上海うまれのおにんぎょうさんヨ。あなたのなまえは、」
さいごまでいわせなかった。
わたしのなげつけた病ののろいをさらりとよけて、みがるな軽業師のように空中でぐるりとでんぐりがえりをして、そのままそとへとにげていってしまった。
あらあらしくまどをしめる。
(まったく、あれにもこまったものだ)
しかもれいのにんぎょうは、つくえのうえにおいたままの本をひらきっぱなしのままにげていってしまった。
そんなことをしたらページのあいだにおれめができていたんでしまうではないか。
わたしはいきどおりをかんじながらその本をとじようとしたところできづいた。
ページがびりびりにやぶかれているのだった。
わたしはあたまにてをやりくびをかしげる。
どこかでみたことのあるページだった。
のこったページには弓のかたちをした島のはんぶんだけがしるされており、たぶんやぶられたぶぶんはのこりはんぶんがえがかれいたのであろう。
そのような本をやぶくという行為にもいきどおりをおぼえたが、それよりもなにかがひっかかった。
本をとじて裏表紙をみる。
そこには七色の虹の橋をあるいているさっきのにんぎょうがえがかれていて、かのまほうつかいの所有物であることをあらわしていた。
(まあ、わたしのものでないだけまだいいか。・・・)
他人のものでも執筆者への敬意をはらわないページをやぶるという暴虐にいかりをかんじてはいたが、けど、ねむい。
とてもねむい。
本をさがして整理していたせいもあるし、あれが夕日のなかにあらわれたせいもあるし、あついおゆのせいもあるし、もうねむい。
かんがえるのはあしたにしよう。
ゆめをみた。
むかしのゆめだった。
さっきのはなしのつづきのゆめだ。
不死をてにいれたわたしは、吸血鬼にたずねた。
「これからどうする? 吸血鬼。もうこの東のはてまできてしまっては欧州までもどることはかなうまい」
「あら? しんぱいしてるの? 少女のすがたをもったまま永遠にいきることをじぶんに課したまほうつかいにわたしを心配するひまがあって? それは光栄なこと」
くすくすわらいがそこらじゅうにひびいた。
図書館のなかにおおいにひろがったかの女はあかい霧のまま、ぐにゃりとゆがみながらわたしをおおいつくした。
「それはじぶんの心配でもあるんだよ、吸血鬼。この地にはおまえやわたしをころすことに血道をあげているものたちがいるんだ」
「おもしろいことね。ほんらいは共生すべきわたしたちをころそうとするなんて」
「それはどこへいこうとかわらないだろう? わたしは魔女、おまえはまもの。ニンゲンの勇者にたおされるのが宿命というものだ」
「けど、それはいやあね」
まるで台所にわいたくろいムシをきらうような気軽なくちぶりだった。
「ならこうしましょう? この土地にいる勇者をころしてしまうの」
「できるのか? そんなこと」
わたしはおどろいた。
「勇者は、ころせないぞ? 天のせかいからきたものならともかく、ニンゲンの勇者だけはどうしょうもない」
「・・・そうね。なら、こういうのはどう?」
かの女はつづけていった。
「勇者にたおされることにするの」
なにをいっているのだ? このまものは。
「なにをいってるのってかおをしてる」
「そうおもっているからな」
「勇者の定義とは?」
吸血鬼、まものはきいた。
「なにをきいてるんだ?」
「勇者の定義とは?」
かさねて吸血鬼はきいた。
やれやれ。
せきばらいをしてからつづけてやることにした。まるでスクールのブレインストーミングみたいだ。
「勇者とはわるいものをたおすものだ」
「勇者はどこから、どのようにしてきめられてわるいものをたおすのか?」
「勇者は運命にさだめられて、数奇な運命によって、そうして成長したあかつきにはニンゲンに仇なすものをたおす」
「その勇者がみちなかばにして、つまりわるいものをたおすことができずにたおされたら?」
「勇者はまたべつのかたちであらわれる。なぜならば勇者はニンゲンの存亡をかけたときにあらわれる特別にすぐれたものだ。一種の抗体のようなもので、それはニンゲンがいるかぎりあらわれつづけるし、それをほろぼすにはニンゲンをすべて滅亡させなければならない」
「そうね。なら、勇者がしななかったら? それとわたしたちを退治するだけで満足してしまう、そんなやさしい勇者だったら?」
「しなない勇者? そんなものはいないぞ。勇者はすぐれた存在であるがゆえに人類全体からみたらアウトサイダーだ。その役目をおえれば自動的に悲劇的なさいごをとげることになる」
たとえば腹心にうらぎられたり、
たとえば勇者のみがもちうる弱点を最愛のひとからきづつけられたり、
みずからの悲劇的なおいたちをしることで自決したりといったみちをたどるべきものなのだ。
「そうね。だからしなない勇者。すくなくともしあわせにくらしてこどもとまごにかこまれて最後は大往生してしにました、ちゃんちゃんっていわれる勇者。で、そのこどもも勇者になるんだけど。・・・」
「またゆるしちゃうのか? まものを」
「そうそう。だから、やさしい勇者」
「・・・その勇者が代々つづくかぎり、わたしたちはこの土地で危害をくわえられることなく、いや、危害はくわえられるかもしれないが致命的な状況にはならずに存在しつづけることができるということか?」
「そうそう」
たのしそうなようすでつづけた。
「できるのか? そんなこと」
「え? それをかんがえるのはあなたのしごとでしょ? まほうつかい」
「さんざんじぶんの希望をのべたあげく、具体策はこっちまかせか?」
「だってわたしの役目は監督だもの。で、あなたは脚本家。映画監督がそこでニワトリのはらわたのなかからニンゲンのおやゆびがでてくるんだーっていったら、脚本家はそれにあわせて脈絡のあるシナリオをつくるのがおしごとでしょ? ちがって? それにこんなにいっぱい本があるんだもの。そういうシナリオをつくるためのネタさがしぐらいいくらでもできるでしょ?」
「いやこれはわたしの研究用であって。・・・」
「つかわない知識なんて知識じゃないわ。ただののうみそに記録されたがらくたよ」
「きょうはたのしいたいじのひー」
幼女ははしゃぎまわった。
くろいはねをはやした、わたしににせたすがたをした吸血鬼、よるの不死王はうれしそうにさけんだものだった。
「どうでもいいけど、そのかっこうなんとかなりませんか?」
それにただしくは退治の日ではなく、退治される日だ。
「だってたおされるためにはあいてにわかるような目標がひつようでしょ? あかいきりのままじゃあいてにわからないじゃない」
「たしかにニンゲンのすがたかっこうをとっていたほうがわかりやすいでしょうけどなぜわたしに似せるのですか」
「え? あなたにハネははえてないけど? ここはあなたの『司書』ににせたの」
「・・・もういいですからじぶんのへやにもどっていてください」
わたしはそうやってかの女をじぶんのへやからおいだした。
さて、これでなんかいめの退治をされる日であろうか。
ぎゃくに撃退してしまったときもあるが、着実にかの女の作戦はうまくいっているようだった。
抗体である勇者を名目上のものにしてしまう。
そのやりかたはうまくはまっている。
この土地の神職やそれに類するものたちにたおされてやることで、わたしたちはいまもいきながらえている。
まぼろしのさと、このよの楽園。かつて弓のかみさまがいたせいで、その土地のかたちも弓のようにほそながくなってしまったこの島国のすみっこでわたしたちは出来レースをくりひろげる。
きょうやってくるのは神主だろうか? 巫女だろうか? それとも念力僧だろうか?
いままでの割合ではまぼろしのさとのはずれにある神社の巫女だとおもうのだが。・・・
どおんというおとがきこえた。
なにかが爆発するおとだった。
いままできいたこともないような大音響で、これがニンゲンのやるわざかとおもえるほどであった。
どうやらわたしの『大図書館』の青銅製のおおとびらがやぶられたようだ。
いそいでそこまでかけつける。
ここに勇者はやってこないはずだが?
いぶかしみながら書架のあいだをとんでいく。
するとそこにはくろい不吉なトンガリぼうしをかぶり、くろいふくをきてほうきにまたがってとんでいる少女がいた。
そいつはきんいろのかみをしていてひとみをきらきらとひからせて書架から本をうばっていっていた。
「わーい。本がいっぱいだ。あとでさくっともらってこう」
にこにこわらいながらわたしの書斎にあらわれたかの女はいったものだった。
「・・・もってかないで。それになに? あなた勇者?」
「勇者だゼ。まあ吸血鬼たいじはあいつにまかせるとして、わたしはここで本をもらってかえることにするがな」
にやりと不敵にほほえんだ。
それはただのぬすっとにすぎないのでは?
「なに。勇者なんてそんなもんだろう? ぐーすかねむっている竜をはりたおして金銀財宝をうばっていったり、収集癖のつよいジジいのまほうつかいからおまもりをうばってしばいたり、のんきにくらしている鬼をどうぶつをつれていじめにいったりするんだから」
「やっぱりおしこみぬすっとじゃないか!」
勇者がつれてきたのは道化師だった。
魔女のようなかっこうをしてほうきにまたがりじぶんをまほうつかいだとなのるおんなのこだった。
そうだった。こういうパターンもあるじゃないか。
『勇者は予想もしない従者、道化師をつれてまものたちのウラをかく』
これも勇者がやる定番ではあったのだ。
もっともこの道化師はあるところでまもの退治をやめてしまってじぶんの趣味である本の収集をはじめてしまったのだが。
「さわがしいことになったわねえ」
こくびをかしげてこまったかおをしながらひとの生血をすするまものはいったものだった。
「ふつう退治されてやったら数十年はだれもたずねてこないはずでしたよね?」
「そうねえ」
「なんでアレはこうちょくちょくやってきてわたしの本棚をあらしてかえるのですか?」
「こまったわねえ。けどちょっとぐらいいいでしょ? こんだけいっぱい本があるんだし」
「まだよんでいないのをもっていかれてこまってるのですが」
「いいじゃない。時間はたっぷりあるんだし」
ウインクされてほほえまれてもこまるのだが。
めがさめた。
ゆめみがいいのかわるいのか。
ねまきをぬいでかえの服をきることにした。 いえからきてきたスカートはひざのあたりがよごれてしまったのでもってかえることにきめた。
すべてきてみてそれがかの女のものだとわかる。
まっくろい不吉な魔女のかっこう。
すがたみのまえでかみをととのえてぼうしもかぶってみる。
いがいとものもちがよいのか服にはほころびやくずれたあとひとつなく、わたしのからだをつつみこむ。
かの女とはにてもにつかぬくらいひとみとニンゲンにはありえないむらさきいろのかみのせいでほんとうに黒一色といったかんじになる。
まあこれもいいか。
ところできのうはなにをかんがえていたのだったか。
おもいめぐらす。
本だ。
あのにんぎょうがひらいていた本。
あれはたしかこの土地のそとを仔細こまかくえがいたものでページがやぶられていたのだった。
わたしは机のまえまであるいていく。
そこにはページがちぎられた本が一冊。
ぱらぱらとめくってみるとほかにもやぶられたあとがあり、なにがやぶられているのか自分の記憶とてらしあわせる。
(そういえばおなじ本がじぶんのもつ書架のなかにあったのをおもいだした。だからみおぼえがあったのだ。それにしてもあのおせっかいの『にんぎょうつかい』め。このぐらいのことならすぐに推測できるというのにわざわざ本をひらいたままつくえのうえにおいておくなんて、みくびりすぎだ)
ちぎられたところはすべて不二のやま山に関するところばかりだった。
へやをでて居間におもむくとすでに朝食の準備ができていた。
わたしは悪魔にみみうちをして目録をみせてもらう。
目録のなかでチェックがはいってないもの、つまりいまだみつかっていない本をさがす。
ふむ。
わたしは悪魔にこの項目の本とさきほどやぶられた地図があったらできうることはなにかとたずねた。
悪魔にして『司書』であり、わが大図書館の管理と運営をおこなっているその頭脳のなかにはいままで『大図書館』に出現した本とそとからもってきた本のしわけがきっちりくっきりとおさまっていた。
その悪魔はくちをへのじにしてまほうつかいの弟子をみつめながら、かれはこのことをしっているのでしょうか? とわたしにたずねた。
わたしはじぶんの席についたまま、なにもこたえずにかれがめしをもってくれるのをまっていた。
こころのなかでうずうずとしたなにかすぐにやりたくなるときの衝動。しかしそれはおさえることにしよう。
めしをもりつけられ、かれの流儀にしたがって食事のまえのいのりのことば、いただきますをとなえてからたべはじめる。
「どうしたのですか? 食欲がないのですか?」
かれはわたしにたずねた。
「ああ、きのうけっこうたべたから。・・・」
わたしがだまったままでいると、かれはかってに納得した。
すべてをおえて、わたしは椀にもられためしのはんぶんしかたべられなかったのだが、そのあとの茶をのみながら、おそるおそる、だが確信をもってたずねることにした。
「ところでたずねたいのですが。・・・」
「はい?」
わたしのききかたに怪訝なようす。
「ところでたずねたいのですが、あなたの師のお墓はどこにあるのですか?」
「ええっと、あるにはあるのですが師はそこにはいっておりません」
「それはなぜ?」
わたしは期待をこめてたずねる。行方不明とかつくってるだけで遺体はないのだとか、そんなところだろうか?
「ええっと師はふもとのむらの出身なんですが、親族とは縁をきられてて、それで一族の墓にははいっていないのですよ」
「え?」
おもっていたのとはちがう返答だった。
「なら、べつのところですか? つまりかの女はしんだというのですか?」
悪魔が「あるじどのはいつもこういうときになるとまわりくどい」といってためいきをついていたが、そんなのはどうでもいい。
「・・・それは、どこ?」
「ええっと、・・・なにをおっしゃってるのですか?」
「しつもんにしつもんでかえさないでください。わたしがあなたにきいているんですよ」
語尾があからさまにつよくなってしまい、それでわれにかえった。
「すみません。すこし興奮してました」
少年はどうこたえたらよいのやらという表情をしたあと、
「師の生死はよくわからないのですよ。じつは」
とことばをついだ。
これこそわたしのもとめていたへんじだった。
だからとおまわりなのだという『司書』のぼやきがきこえたがかまうまい。
「それでいまはどこへ?」
「いえそれがわからないんですよ。数年まえ、きゅうに荷造りして旅行にいってくるといわれてそのままなんですから。・・・」
かの女らしい。
「それで?」
「それでことづけをいいつかって。・・・じぶんのこどものころの服を用意しておくようにというのと、わたしのかみのいろはむかしはきんいろだったからな、よくおぼえとけ。もどってきたらすぐに服をきれるようにしておけよ。じゃないと承知しないゼ! って。なにがなんだか。あ、いまきてもらってるのがそれなんですが」
わたしはいすのせもたれに、たいしておもみもないからだをすべてあずけながらおおきくいきをはいた。
「わたしははやとちりをしてたのか。・・・」
それはいつものことでしょうという『司書』のこえがきこえたがいまはどうでもいい。
かの女がのこりのはちみつをてにいれてもどってくることだけを確信する。
「わたしははやとちりをしていたのか」
ふたたびつぶやくようにこえをもらした。
もうじきふもとの村から荷馬車がやってくる。
この不吉なもりからさらに邪悪なくれないのやかたまでのみちゆきについていく気になったむらびとがやってくるはずだった。
あまりやりたくないしごとかもしれないが、しかしきんのつぶをもらえるとあれば野心的なわかものならやってくるであろう。
わたしはまほうつかいのいえをでて、まっすぐふもとまでつづくみちをみつめていた。
少年がわたしのところまでやってくる。
「にづくりの準備はできましたが、しかしほんとうにすごい量ですね。これだけかりっぱなしなんて。・・・」
「まるで略奪されたみたいでしょう?」
わたしはほほえみながらいった。
少年は「はあ」とつぶやいた。
「ところで少年」
わたしは気分がよくなったのでひとつだけ講釈をしてやることにした。
「わたしの『大図書館』にある本のはんぶんちかくはね、もともとこのよにあるほんではないのだよ」
少年はこくびをかしげながら、「ならのこりはんぶんは?」
「それはわたしがかいたものと外の本です。で、もともとこのよにないそれらはどこからきているとおもう?」
「見当もつきません」
すこしかんがえてからこたえた。
「じつはね。わたしがむかしおこなった実験結果の履歴が日々刻々と書き出されたものが本のかたちをともなって出現しているわけなのです」
「むかしの実験の失敗をしりたくてね。で、その本と現実世界に存在するできごとをしるしたものをつきあわせて、どこがまちがっているかをさがしているとちゅうなのです」
「それはいつから?」
「ずっとむかしから。それとこれからさきもずっとずっと、あやまちがわかるまで」
「いつわかるかわからないのですか?」
「あまり意味のある質問ではないね。まほつかいらしくない質問だ。いつ、なんて時間にとらわれるのは凡夫のありようだよ。それよりもひつようなのは実現可能か否か、だ」
「そしてそれは可能だとわたしは断言する。なぜなら世界の果てまでにそれを理解することができれば、それがわたしの勝利だからだ」
「おぼえておくがいい。少年よ。まほうつかいはそのようにしてすべてをしり、すべてを把握するものだということを。わたしは、わたしたちはそのようなありようで森羅万象にかかわるのだということを」
了
あまりに読みにくいです…
ひらがなが多く、それで雰囲気を出そうとされているのかもしれませんが、それにしては漢字にする、ひらがなにするの基準が明確でないように思います。
あと、例えば朝餉などのあまり一般的に使われない単語を、この文章の中で、しかもひらがなで出されると非常に浮きます。
また、描写も少々固く、それでいて量が多いので、それをひらがなばかりで書かれると読みにくいです。あと、文の区切りもわかりにくいですし…
口調に違和感を感じたのは、わざとかな…と思いましたが。
ただ、お話自体はとても面白かったです。オリジナル分が非常に多く、また、私の読解力ではよくわからない部分が多々あったのですが(陳謝)、全体に漂う不思議な雰囲気と、おばあさんっぽいパチェが『魔女』の雰囲気をよく出していた気がします。
なので、文章と口調でひっかかりつつも、最後までついつい読んでしまう、そんなお話でした。
ただ、どうしても、魔理沙の『ゼ』だけは気になってしまいましたが…
失礼な事を長々と申し訳ありません、心よりお詫びいたします。そして、こんなことを書いておいて言うのもなんですが、次回作お待ちしております。
なんともまぁ不思議な読後感を得られたので、この点数で。
ただ、個人的に若干消化不良だったのと、すぐに再読する気力が湧かないのが残念でした。
これ、内容については文句ないです。この雰囲気、かなり好きです。素晴らしい個性だと思います。
それだけに、全てをだいなしにしてしまう可読性の悪さがどうしても難点に見えてしまう。
何かこだわりがあってわざと仮名を使っているのだと思いますが、私には真意が読み取れませんでした。
かなり読む人を選ぶ作品だと思います。そしてやはり平易な文で再度読んでみたくなります。
ただ、もう少し読みやすくしてほしい……って部分がありましたので、この点数にさせていただきました。
…パチュリーの最後のセリフが凄く心に響いたんですがw
この作品は読み難いです。
あ、話自体は良かったです。はい。
文章直したVer.は、別途、作成しますわ。(ここに修整して設置するかは別として。コメントがついた上で全面改訂はアレかなとおもうんで。)
そうすると、読みにくいのはウェブという媒体のせいではないかとすら思えてきました。(創想話に投稿している以上、ブラウザで見て読みやすいようにすべきである、とは思うのですが)
ただ、前の方も書いていらっしゃるとおり、ひらがなである部分と漢字である部分の使い分けの基準がいまいち分かりませんでした。
ただもう他の人がどのような印象をいだくかはわかりません。長々と益体も無いことを書いてしまい申し訳ありませんが、とりあえずは、自分の分だけ謝辞を述べさせてください。素晴らしい作品をありがとうございました。ここに次回作を楽しみにしている一人の読者がいることをどうか覚えていてください。
逆にストーリーを反芻できたおかげで味が出たかなって思いました
ところどころにある すんげえ とかそういう言い回しが面白く感じたです
あとレミリアへの敬語で じぶんのへやにもどっていてください とかw
でも確かにひらがながガーって続くと ツルツルっと読めないのは確かですね
なんていうのかな、操作が複雑だけどクリアしたら名作なゲームをやった後のような
そんな印象うけました
ワードファイルに落として縦書きで読んだので、さほど読みにくさは感じませんでした。
めがみさまはそっと黄金のはちみちの > はちみつ
百節以上のシブラル > シラブル
ではないでしょうか。
前編、中編にも少し誤字脱字を見受けました。