とものいえをたずねてさとにおりる。
かんがえてみればはじめてのことではあった。
たんなる略奪者だったかもしれないかの女のいえにはじめてあしをむけたのは、あのかつての少女がもうなんねんもわたしのすんでいるやしきにやってこなくなったからだった。
はじめてかの女とであったのはいつだろう。
あるくことをやめ、めをとじてじぶんのうすいむねにてをあてておもいだす。
まゆがよってくる。みけんのあいだにしわがふかくなる。
じぶんがむずかしいかおをしているのは、けしてはじめてのであいがおもいだせないせいではない。
それどころかまざまざとおもいだせた。
理不尽でわがままなかの女のあらわれかたをおもいだした。
「わーい。本がいっぱいだ。あとでさくっともらってこう」
にこにこわらいながらわたしの書斎にあらわれたかの女はいったものだった。
はてしなく空間をひろげてつくられた『大図書館』がわたしの書斎にしてすまいでもある。
盟友にしてぎりのしまい、師であり弟子であり、ははでありむすめでもあるまものすみかの一角にあるはてしなく空間をひろげた『大図書館』こそがながきにわたってくらしたせかいだ。
そこへ強引なてくだでもって、やかたをまもるてづよい門番をたたきのめし、やかたにすまうモノどもをなぎたおしてここまでやってきて、そしてのたまったことばのつづき。・・・
「えー! だってあんたらなまけものでのんびりやじゃん。ぜーんぜん、ぜーんぜんここにあるのなんて、ちっともちょっともみやしないじゃん。だったら百年や二百年、わたしがしぬまでのあいだてもとにおいてわたしによまれるほうがぜーんぜん、こいつらのためだろうってものだゼ」
あとはりゃくだつとりゃくだつとりゃくだつ。それにさらにもっとのりゃくだつ。
かの女のことだからたいせつにあつかってくれているだろうが、そのあまりにも理不尽きまわりないうばいさらいになんどとなくわたしのはらわたがにえくりかえったことか。
「もってかないで! もってかないで! もってかないで!」
うすぐらい空間ばかりがとてつもなくひろい、本がいたまぬようにわたしのかみがいたまぬようにあかりをおとした『大図書館』でなんどとなくさけんだことか!
だんだんとまゆのあいだのしわがふかくつよくなり、あたまもがんがんしてきた。
けほんとせきがでる。ながねんわずらっているぜんそくが、またぞろぶりかえしてきたのだろうか?
あんまりこうやってきをもんでいるとさらにひどくなりそうだ。
むかしのことをおもいだすのはやめようか。
くやしさのあまりか、なみだがもれでてかの女のいえにむかうきりょくすらなくなっちまいそうだ。
そうなるまえにわたしはくれないのやかたをでることにした。
ひんやりしたくれないのやかたからあしをふみだすとそこはひさしぶりの陽光がひろがるせかいで。
いのちにあふれたつよいひかりはわたしのようなひよわなそんざいをやきつくす剣のよう。
ひがさをさしてもこのひかりにはたえきれないのですばやくむかうことにしようとこころをかためてあしをすすめる。
うちとそとをへだてる門にさしかかり、かつてこれをまもっていたひとなつっこい、なまえもしらなかったが、しかしあのともとなんとかわたりあいながらも敗北を喫した拳士もすでにここにはいない。
じかんのながれがはやくなったのかじぶんのきもちがのんびりしすぎているのか。
このやかたのあるじ、わが盟友にしてぎりのしまい、師であり弟子であり、ははでありむすめでもあるあのまものだったらなんというだろう?
きのうのゆうげをおえてからあるじのへやでわたしがかの女のいえにたずねにいくといったら、ああそう。とだけいった。
こちらにかおをむけずにまどのそとのけしきにめをむけたままのそっけないへんじ。
わたしはあるじのへやをでかけたところで「ねえ」とこえをかけられた。
ふりむくといまだにまどのそとをながめてばかり。
「ねえ。なんでわたしたちはかの女たちとちがうのだろうね」
へいたんでかわいそうなこえだった。
「・・・そんなことをいうなら、なぜあなたはじぶんの従者をじぶんとおなじものにしなかったのですか?」
「無邪気だったのよ」
よくわからないこたえ。
だからわたしはたずねた。
「なにがでだれが」
「わたしもかの女もせかいもなにも。ここはまぼろしのさととよばれているのだし、だから無邪気すぎていつのまにかいなくなってしまったんだよ。だからおなじものにするだけのことすらおこなえなかった」
「なにをおっしゃる」
わたしはびっくりしてたずねた。
「なにをおっしゃる。うんめいすらあなたのもとでは屈服し、こうべをたれてみずからのあやまちとちからのよわさゆえにあやまるばかりではないですか。それなのになぜそれすらできなかったというのです」
「あなたにはわからない。あなたにはわからない。ただ『大図書館』にのみいるあなたには」
わたしはむっとした。
「たしかに、あなたはここしばらくのあいだやかたのそとにでることがおおくなりましたね。けどそれもちょっとのあいま。なのにわたしとあなたとの差をくらべることができるのですか?」
すこしいらだったいろがでるようなつよいことばでいってしまったので後悔した。もしかしたらこのかよわい、わたしよりもながいあいだいきているくせにいまだにかよわさをもったこのまものにはきびしいものいいだったかもしれないしないてしまわなければいいのだけれども。
「あやまらなくていいよ」
「あやまらないくていいのだから、あやまらないこと。わたしはきずついていないのだからあやまらないこと。うんめいすらこうべをたれるこのまものはあなたにいじめられたからといってないたりしないし、かなしんだりしない。だからはやくこのへやからでていきなさい。わたしのちえのみなもと、教師にして弟子、みかたには最良の助言者であがらうものには最悪の策士であるあなたはなにもしなかったのだから」
わたしはへやをでていくことにした。
うんめいをつかさどるかの女はそのようなすがたをみられるのをまったくもとめないのだった。
てりつくひざしのなかをあるくには、どうにもわたしのすがたかっこうはつごうがわるい。
けれどもいまさらやかたにもどるのもめんどうくさい。
あるくのとはべつの手段もあるにはあるが、それをするきにもなれぬ。
やはりかの女のいえにはあしでむかうべきなのだ。
かの女のいえにいくまでのみちゆきにあるいきかうはなとみどりの木々、それにうしをひく農夫やとしとったものとわかいもの、いまだあるくことすらできないあかごがははおやのむねのなかでねむっているのをしっかりめにやきつけながらいくのがすじなのだとおもう。
ひとつひとつのみちゆきがたからなのだ。
そのたからをおしんですぐにかの女のいえにむかうのはそれは悪であろう。
もっともあちらにちかくこちらにとおくてまものとのちぎりとさかずきをかわしたわたしが悪を好まないのもおかしなはなしではあるのだが。
めまいがするのでみちばたにこしらえてあったベンチにこしかける。
つきそってきた『司書』がかわりにひがさをもってくれて、太陽の剣からわたしとわたしのながくゆったかみをまもってくれる。
ひざしはかみにとっての大敵だ。
ながいスカートはあるきづらい。
サンダルはおもったよりもながくあるくにはあしをしめつけすぎる。
『司書』がこのみをしんぱいして、いちどひきかえすことを提案したがことわった。
さてもうすこしあるくか。
小一時間ほどしてかの女のもりにつく。
とちゅうのむらをすこしこえたところにそれはあった。
みちをまよってないかとしんぱいになってむらのものにたずねると「だいじょうぶだ」というへんじと「あそこにいくのはよしたほうがいい」という忠告をうけた。
たしかにふつうのヒトならばまほうつかいがすむもりなどにいくべきではないのだろう。
しかしわたしには確固としたつよい意思があったし、本をかえしてもらわなければ、そもそもにまものとちぎりをまじわしたこのみがまほうつかいごときにおとるわけもなかった。
もっともわたしじしんの由来をこのものたちにつたえてやるわけにもいかないのだが。
それこそ火あぶりにされてしまう。
もりはふかくひざしはとおくなっていく。
おもったよりもきちんとした舗装をされたみちでもあったし、あるくには楽だ。
けれどもけれども、もうつかれてしまった。
さすがに限界かもしれない。
このひよわなからだにムチうつまねはやめにしようか。
そらをとぶのも『司書』にだかえられてもりをつきぬけるのもよしとするか。
そうあまえたこころをもつようになったころ、やっともりのこみちがひらけてその家がみえたのだった。
まほうつかいのすむいえは、しかしおもちゃかなにかにもみえた。
くれないのやかたもあかいばかりでおちつきがないが、このいえのつくりもあんまりだとおもう。
あまい菓子をつめあわせたようないろあいなちいさないえにつぎはぎだらけの増改築。
たぶんものをあつめる悪癖がたいがいだったかの女のおたからがふえるたびにこの家屋はよこはばもたてはばもおおきくなっていったんだろう。
それにしてもこのけいかくなさをあらわしたようなつくりはかの女のたましいのありようをそのままうつしとったようでもある。
ほんとになんだかにくらしくなってきてあしげにしてやりたくなったがそれだけの気力ももうありはしない。(あしがつかれた)
とびらにてをおき、よびりんをならす。
じゃりんじゃりんと青銅製のすずがなる。
もういちどおすとじゃりんじゃりんというおとがまたきこえた。
しばらくのあいだまってみるがだれもでてこない。
やはりここにはだれもいないのか。
それにしては庭はきれいにていれをされているし、とびらもついさいきんみがかれたあとがある。
かたずけがへたなあのこにしては、どうもこざっぱりとしすぎてもいる。
もしかしていえをまちがえたのかしらともおもったが、しかしこのもりのなかの一本道でまようはずもなかった。
もいちどならそか。
そうおもってよびりんにみたびてをのばしたところで、「ハーイ、ちょっとまってくださいね」というなんだか、とてもまのぬけたおとこのこのこえがきこえてきた。
なかにとおされ茶で歓待してもらう。
従者である『司書』のぶんもだしてくれた。
ひがしのはてのこのさとのいろをしたみどりいろの茶で。
取っ手もついていないぐにゃりとゆがんだひらがなでたまやとぬられたティーカップ。
ひとの生血でいきながらえるまものとの盟約をむすんだわたしとまほうつかいがかおをあわせてのむにはみょうにしっくりいかないのみものとうつわだったが、なに。それでもよしとしよう。
くれないのやかたでは茶にせよ酒精にせよあかいものばかりであきてもいた。
それになによりつかれてしまったしくたびれてもいるのだし。
いすにこしをおろすとあしがじんじんしているのがわかった。
『司書』がわたしのあしをさすってももうとするのだがはずかしいのでやめさせた。
『司書』がわたしのあしをあらうために湯をはったたらいを用意させようとしたのもやめさせる。(たいがいにしなさい)
茶をのむとからだにしみこんでくるようで。
それでしみこんだぶんだけなみだがこぼれでてしまった。
やはりわたしはよわいのだろうか? ひゃくねんとさらにもうひとまわりのとしつきをかさねた二百年目の魔女はいまだによわいままなのだろうか? じぶんののぞんだせかいをつくろうとしたときのままなのだろうか? そうしてまた、あのうんめいをしり、うんめいをあやつるまものが宣託したとおりにたったひとつのキズをもって、それがなんなのかいまだにさがしてるとちゅうなのだが、せかいをつくることに失敗した時代のままなのか?
めのまえの少年が「どうしたのですか?」とたずねた。
「ふるくからのともだちだったんですよ。あなたのせんせいとは」
わたしはこたえた。
「ごめんなさい」
ちいさなこえでかれはつぶやいた。
「いいんですよ。あなたのせいではないのだし」
「それでですね。本をかえしてもらいにきたのです」
できるだけ平静に。
なみだをふいて、すこしおちついてからことばをつづけた。
「かしたままばかりでね。もうしわけありませんが、きょうとあしたをつかってしらべたいのだけれど。けっこうな量になるし」
少年はわかりました。おやすみになるときは先生のおへやをおつかいください。
たぶんあなたなら先生もゆるすでしょう。
いつもあなたのことをはなしてましたからとつげたので、
「え?」
わたしはききかえした。
「ええと?」
「いえ。いまなんていいましたか?」
「先生はいつもあなたのことをいってました、でしたっけ?」
「いつもわたしのことを?」
「ええ。いつまでも少女のまま広大な図書館おおさめる、あの、いえすみません。そうではないですね。ええと。・・・」
「魔女でいいですよ。まちがいなく」
わたしはそうことばをついだ。
「いえ、しかし。・・・」
わたしはにこりとほほえみ。
「悪魔を『司書』としてしたがえて、ひとの生血をすするまものと契約をまじわし、このよのユメを現世にあらわしてアレキサンドリアのみならずかのセラエノの地にあるそれをも凌駕するちえのすべてをしるした『大図書館』をおさめる魔女でいいのです」
少年はおしだまった。
けれどそれはほかのものがするようなあおざめたかおではなく、なにかあこがれるかのようなまなざしで。
「それほどいいものではないですよ? じぶんをよくしるヒトはすぐにいなくなるのだし」
だからわたしはそういってじぶんのありようを、このみにやどるいつわりのいのちのありかたをくつがえすかのようなことをいってしまう。
「ごめんなさい」
それでまたあやまらせてしまう。
こういうことをするたびにじぶんがきらいになるのだが。
「いえ。いいのです。ほんとに」
ばかていねいにこたえようとする。
それで、
「きいてくれますか? あなたの先生のことです」
ことばをついで、いみのないことをしゃべりたくなってしまうではないか。
☆
むかしむかしのことでした。
ひゃくねんもすぎてないけど、やはりむかしのことでしょう。
そのころわたしとかの女はおないどしにみえるぐらいでした。
あのトンチキなまほうつかいのおんなのこは、わたしのところにホウキにのってやってきたのです。
ホウキにのってそらをとぶなんて魔女のやることですけどね。
けどかの女はそうやってわたしのところへきたのです。
それでねそれでね。・・・
かんがえてみればはじめてのことではあった。
たんなる略奪者だったかもしれないかの女のいえにはじめてあしをむけたのは、あのかつての少女がもうなんねんもわたしのすんでいるやしきにやってこなくなったからだった。
はじめてかの女とであったのはいつだろう。
あるくことをやめ、めをとじてじぶんのうすいむねにてをあてておもいだす。
まゆがよってくる。みけんのあいだにしわがふかくなる。
じぶんがむずかしいかおをしているのは、けしてはじめてのであいがおもいだせないせいではない。
それどころかまざまざとおもいだせた。
理不尽でわがままなかの女のあらわれかたをおもいだした。
「わーい。本がいっぱいだ。あとでさくっともらってこう」
にこにこわらいながらわたしの書斎にあらわれたかの女はいったものだった。
はてしなく空間をひろげてつくられた『大図書館』がわたしの書斎にしてすまいでもある。
盟友にしてぎりのしまい、師であり弟子であり、ははでありむすめでもあるまものすみかの一角にあるはてしなく空間をひろげた『大図書館』こそがながきにわたってくらしたせかいだ。
そこへ強引なてくだでもって、やかたをまもるてづよい門番をたたきのめし、やかたにすまうモノどもをなぎたおしてここまでやってきて、そしてのたまったことばのつづき。・・・
「えー! だってあんたらなまけものでのんびりやじゃん。ぜーんぜん、ぜーんぜんここにあるのなんて、ちっともちょっともみやしないじゃん。だったら百年や二百年、わたしがしぬまでのあいだてもとにおいてわたしによまれるほうがぜーんぜん、こいつらのためだろうってものだゼ」
あとはりゃくだつとりゃくだつとりゃくだつ。それにさらにもっとのりゃくだつ。
かの女のことだからたいせつにあつかってくれているだろうが、そのあまりにも理不尽きまわりないうばいさらいになんどとなくわたしのはらわたがにえくりかえったことか。
「もってかないで! もってかないで! もってかないで!」
うすぐらい空間ばかりがとてつもなくひろい、本がいたまぬようにわたしのかみがいたまぬようにあかりをおとした『大図書館』でなんどとなくさけんだことか!
だんだんとまゆのあいだのしわがふかくつよくなり、あたまもがんがんしてきた。
けほんとせきがでる。ながねんわずらっているぜんそくが、またぞろぶりかえしてきたのだろうか?
あんまりこうやってきをもんでいるとさらにひどくなりそうだ。
むかしのことをおもいだすのはやめようか。
くやしさのあまりか、なみだがもれでてかの女のいえにむかうきりょくすらなくなっちまいそうだ。
そうなるまえにわたしはくれないのやかたをでることにした。
ひんやりしたくれないのやかたからあしをふみだすとそこはひさしぶりの陽光がひろがるせかいで。
いのちにあふれたつよいひかりはわたしのようなひよわなそんざいをやきつくす剣のよう。
ひがさをさしてもこのひかりにはたえきれないのですばやくむかうことにしようとこころをかためてあしをすすめる。
うちとそとをへだてる門にさしかかり、かつてこれをまもっていたひとなつっこい、なまえもしらなかったが、しかしあのともとなんとかわたりあいながらも敗北を喫した拳士もすでにここにはいない。
じかんのながれがはやくなったのかじぶんのきもちがのんびりしすぎているのか。
このやかたのあるじ、わが盟友にしてぎりのしまい、師であり弟子であり、ははでありむすめでもあるあのまものだったらなんというだろう?
きのうのゆうげをおえてからあるじのへやでわたしがかの女のいえにたずねにいくといったら、ああそう。とだけいった。
こちらにかおをむけずにまどのそとのけしきにめをむけたままのそっけないへんじ。
わたしはあるじのへやをでかけたところで「ねえ」とこえをかけられた。
ふりむくといまだにまどのそとをながめてばかり。
「ねえ。なんでわたしたちはかの女たちとちがうのだろうね」
へいたんでかわいそうなこえだった。
「・・・そんなことをいうなら、なぜあなたはじぶんの従者をじぶんとおなじものにしなかったのですか?」
「無邪気だったのよ」
よくわからないこたえ。
だからわたしはたずねた。
「なにがでだれが」
「わたしもかの女もせかいもなにも。ここはまぼろしのさととよばれているのだし、だから無邪気すぎていつのまにかいなくなってしまったんだよ。だからおなじものにするだけのことすらおこなえなかった」
「なにをおっしゃる」
わたしはびっくりしてたずねた。
「なにをおっしゃる。うんめいすらあなたのもとでは屈服し、こうべをたれてみずからのあやまちとちからのよわさゆえにあやまるばかりではないですか。それなのになぜそれすらできなかったというのです」
「あなたにはわからない。あなたにはわからない。ただ『大図書館』にのみいるあなたには」
わたしはむっとした。
「たしかに、あなたはここしばらくのあいだやかたのそとにでることがおおくなりましたね。けどそれもちょっとのあいま。なのにわたしとあなたとの差をくらべることができるのですか?」
すこしいらだったいろがでるようなつよいことばでいってしまったので後悔した。もしかしたらこのかよわい、わたしよりもながいあいだいきているくせにいまだにかよわさをもったこのまものにはきびしいものいいだったかもしれないしないてしまわなければいいのだけれども。
「あやまらなくていいよ」
「あやまらないくていいのだから、あやまらないこと。わたしはきずついていないのだからあやまらないこと。うんめいすらこうべをたれるこのまものはあなたにいじめられたからといってないたりしないし、かなしんだりしない。だからはやくこのへやからでていきなさい。わたしのちえのみなもと、教師にして弟子、みかたには最良の助言者であがらうものには最悪の策士であるあなたはなにもしなかったのだから」
わたしはへやをでていくことにした。
うんめいをつかさどるかの女はそのようなすがたをみられるのをまったくもとめないのだった。
てりつくひざしのなかをあるくには、どうにもわたしのすがたかっこうはつごうがわるい。
けれどもいまさらやかたにもどるのもめんどうくさい。
あるくのとはべつの手段もあるにはあるが、それをするきにもなれぬ。
やはりかの女のいえにはあしでむかうべきなのだ。
かの女のいえにいくまでのみちゆきにあるいきかうはなとみどりの木々、それにうしをひく農夫やとしとったものとわかいもの、いまだあるくことすらできないあかごがははおやのむねのなかでねむっているのをしっかりめにやきつけながらいくのがすじなのだとおもう。
ひとつひとつのみちゆきがたからなのだ。
そのたからをおしんですぐにかの女のいえにむかうのはそれは悪であろう。
もっともあちらにちかくこちらにとおくてまものとのちぎりとさかずきをかわしたわたしが悪を好まないのもおかしなはなしではあるのだが。
めまいがするのでみちばたにこしらえてあったベンチにこしかける。
つきそってきた『司書』がかわりにひがさをもってくれて、太陽の剣からわたしとわたしのながくゆったかみをまもってくれる。
ひざしはかみにとっての大敵だ。
ながいスカートはあるきづらい。
サンダルはおもったよりもながくあるくにはあしをしめつけすぎる。
『司書』がこのみをしんぱいして、いちどひきかえすことを提案したがことわった。
さてもうすこしあるくか。
小一時間ほどしてかの女のもりにつく。
とちゅうのむらをすこしこえたところにそれはあった。
みちをまよってないかとしんぱいになってむらのものにたずねると「だいじょうぶだ」というへんじと「あそこにいくのはよしたほうがいい」という忠告をうけた。
たしかにふつうのヒトならばまほうつかいがすむもりなどにいくべきではないのだろう。
しかしわたしには確固としたつよい意思があったし、本をかえしてもらわなければ、そもそもにまものとちぎりをまじわしたこのみがまほうつかいごときにおとるわけもなかった。
もっともわたしじしんの由来をこのものたちにつたえてやるわけにもいかないのだが。
それこそ火あぶりにされてしまう。
もりはふかくひざしはとおくなっていく。
おもったよりもきちんとした舗装をされたみちでもあったし、あるくには楽だ。
けれどもけれども、もうつかれてしまった。
さすがに限界かもしれない。
このひよわなからだにムチうつまねはやめにしようか。
そらをとぶのも『司書』にだかえられてもりをつきぬけるのもよしとするか。
そうあまえたこころをもつようになったころ、やっともりのこみちがひらけてその家がみえたのだった。
まほうつかいのすむいえは、しかしおもちゃかなにかにもみえた。
くれないのやかたもあかいばかりでおちつきがないが、このいえのつくりもあんまりだとおもう。
あまい菓子をつめあわせたようないろあいなちいさないえにつぎはぎだらけの増改築。
たぶんものをあつめる悪癖がたいがいだったかの女のおたからがふえるたびにこの家屋はよこはばもたてはばもおおきくなっていったんだろう。
それにしてもこのけいかくなさをあらわしたようなつくりはかの女のたましいのありようをそのままうつしとったようでもある。
ほんとになんだかにくらしくなってきてあしげにしてやりたくなったがそれだけの気力ももうありはしない。(あしがつかれた)
とびらにてをおき、よびりんをならす。
じゃりんじゃりんと青銅製のすずがなる。
もういちどおすとじゃりんじゃりんというおとがまたきこえた。
しばらくのあいだまってみるがだれもでてこない。
やはりここにはだれもいないのか。
それにしては庭はきれいにていれをされているし、とびらもついさいきんみがかれたあとがある。
かたずけがへたなあのこにしては、どうもこざっぱりとしすぎてもいる。
もしかしていえをまちがえたのかしらともおもったが、しかしこのもりのなかの一本道でまようはずもなかった。
もいちどならそか。
そうおもってよびりんにみたびてをのばしたところで、「ハーイ、ちょっとまってくださいね」というなんだか、とてもまのぬけたおとこのこのこえがきこえてきた。
なかにとおされ茶で歓待してもらう。
従者である『司書』のぶんもだしてくれた。
ひがしのはてのこのさとのいろをしたみどりいろの茶で。
取っ手もついていないぐにゃりとゆがんだひらがなでたまやとぬられたティーカップ。
ひとの生血でいきながらえるまものとの盟約をむすんだわたしとまほうつかいがかおをあわせてのむにはみょうにしっくりいかないのみものとうつわだったが、なに。それでもよしとしよう。
くれないのやかたでは茶にせよ酒精にせよあかいものばかりであきてもいた。
それになによりつかれてしまったしくたびれてもいるのだし。
いすにこしをおろすとあしがじんじんしているのがわかった。
『司書』がわたしのあしをさすってももうとするのだがはずかしいのでやめさせた。
『司書』がわたしのあしをあらうために湯をはったたらいを用意させようとしたのもやめさせる。(たいがいにしなさい)
茶をのむとからだにしみこんでくるようで。
それでしみこんだぶんだけなみだがこぼれでてしまった。
やはりわたしはよわいのだろうか? ひゃくねんとさらにもうひとまわりのとしつきをかさねた二百年目の魔女はいまだによわいままなのだろうか? じぶんののぞんだせかいをつくろうとしたときのままなのだろうか? そうしてまた、あのうんめいをしり、うんめいをあやつるまものが宣託したとおりにたったひとつのキズをもって、それがなんなのかいまだにさがしてるとちゅうなのだが、せかいをつくることに失敗した時代のままなのか?
めのまえの少年が「どうしたのですか?」とたずねた。
「ふるくからのともだちだったんですよ。あなたのせんせいとは」
わたしはこたえた。
「ごめんなさい」
ちいさなこえでかれはつぶやいた。
「いいんですよ。あなたのせいではないのだし」
「それでですね。本をかえしてもらいにきたのです」
できるだけ平静に。
なみだをふいて、すこしおちついてからことばをつづけた。
「かしたままばかりでね。もうしわけありませんが、きょうとあしたをつかってしらべたいのだけれど。けっこうな量になるし」
少年はわかりました。おやすみになるときは先生のおへやをおつかいください。
たぶんあなたなら先生もゆるすでしょう。
いつもあなたのことをはなしてましたからとつげたので、
「え?」
わたしはききかえした。
「ええと?」
「いえ。いまなんていいましたか?」
「先生はいつもあなたのことをいってました、でしたっけ?」
「いつもわたしのことを?」
「ええ。いつまでも少女のまま広大な図書館おおさめる、あの、いえすみません。そうではないですね。ええと。・・・」
「魔女でいいですよ。まちがいなく」
わたしはそうことばをついだ。
「いえ、しかし。・・・」
わたしはにこりとほほえみ。
「悪魔を『司書』としてしたがえて、ひとの生血をすするまものと契約をまじわし、このよのユメを現世にあらわしてアレキサンドリアのみならずかのセラエノの地にあるそれをも凌駕するちえのすべてをしるした『大図書館』をおさめる魔女でいいのです」
少年はおしだまった。
けれどそれはほかのものがするようなあおざめたかおではなく、なにかあこがれるかのようなまなざしで。
「それほどいいものではないですよ? じぶんをよくしるヒトはすぐにいなくなるのだし」
だからわたしはそういってじぶんのありようを、このみにやどるいつわりのいのちのありかたをくつがえすかのようなことをいってしまう。
「ごめんなさい」
それでまたあやまらせてしまう。
こういうことをするたびにじぶんがきらいになるのだが。
「いえ。いいのです。ほんとに」
ばかていねいにこたえようとする。
それで、
「きいてくれますか? あなたの先生のことです」
ことばをついで、いみのないことをしゃべりたくなってしまうではないか。
☆
むかしむかしのことでした。
ひゃくねんもすぎてないけど、やはりむかしのことでしょう。
そのころわたしとかの女はおないどしにみえるぐらいでした。
あのトンチキなまほうつかいのおんなのこは、わたしのところにホウキにのってやってきたのです。
ホウキにのってそらをとぶなんて魔女のやることですけどね。
けどかの女はそうやってわたしのところへきたのです。
それでねそれでね。・・・