暑かった夏も終わりに近づき、幻想郷にも秋が来ようとしている。
博麗神社の巫女、博麗 霊夢は森の入り口にある、古道具屋を訪ねていた。
『香霖堂』と看板が掛けられた店。日本風の造りをしており、見た目にも年期が入っている。店内には多くの物品が並べられていた。人間界や冥界などから流れてきたらしい物あり、正体が分からないものがかなりある。店主は森近 霖之助。眼鏡をかけた優男である。
霊夢は店の棚を見わたしながら、いくつかの品物を手にしていた。手にした品物を霖之助のところへ持っていく。
「今日はこれだけ頂戴。」
カウンターの上に品物を並べた。洗剤や石鹸などの日用雑貨ばかりである。
「ああ、分かった。ちょっと待ってくれるかい。」
霖之助は算盤を取り出した。算盤をはじく霖之助を霊夢は黙って見つめる。
「えーと、これだけだよ。」
算盤を霊夢に見せる。
「うーん、これでお願い。」
「またかい、霊夢。」
霖之助が渋い顔をした。
霊夢が差し出したのは、お札(おさつ)ではなく御札(おふだ)だった。
「い、いいじゃない。私が書いた御札なんだから、御利益はあるわよ。」
「そりゃあね。でもこのところ毎回じゃないか。御札やら陰陽球やらもらっても貯まる一方なんだよ。」
「そ、それを売り捌くのがあなたの仕事でしょ。」
「…本気で言ってる?」
「………。」
霊夢は黙ってしまった。
霊夢にも分かってはいるのだ。御札や陰陽球などが売れるのならば、とっくに自分で売っている。霊夢が霊気を込めているので、価値が無い訳ではないが、それほど大きな力は持っていない。それを、お金を払ってまで欲しがる者はあまりいない。
「それにしてもさ、今年は例年にないぐらいの赤貧ぶりじゃないか。例大祭が終わってまだ三ヶ月だろう。宴会のやり過ぎじゃないのかい。」
「それもあるけどね。例大祭が誤算だったわ。」
博麗神社では、毎年春に例大祭と呼ばれる神様の祭りを行う。博麗神社が賑わう唯一のイベントなのだ。逆に言えば、博麗神社が賑わうのもこの日だけ。この日に訪れる人々のお賽銭が博麗神社の収入のほとんどになる。それが、今年の例大祭に賑わいは無かった。訪れる人達が極端に少なかったのだ。理由は分かっている。訪れる妖怪の数が多かったのだ。それも幻想郷ではトップクラスの実力を持つものばかり。そんな面子がいるのでは、人間達は怖がって神社に来られない。結果、お賽銭も少なく、神社の家計は火の車である。
「そう言われてもなぁ。例大祭は僕の責任じゃないんだよ。支払いはしっかりして欲しいね。」
「わ、分かってるわよ。」
言い返す霊夢の言葉に力は無かった。
「私だってお金があればちゃんと払うわ。でも無いものは無いんだもの…。」
「…霊夢。君にお金が無いってのは、収入が無いからなんだろう?」
霖之助が突然質問をしてきた。
「え?ま、まあそうね。神社に参拝客が来ればいいんだけど。」
「つまり、収入があれば支払いは出来ると。」
「で、出来るけど…。」
霖之助は一方的に話しかけてくる。
「ふむ。それならば、霊夢、僕と取引をしないか?」
「取引?何をさせようってのよ?」
霊夢は少し引いてしまう。
「あやしいことじゃないよ。僕の仕事を手伝って欲しいんだ。」
「仕事?」
「ああ。僕はさっき仕事を引き受けたんだけど、僕一人では少々大変なんだ。それを手伝って欲しい。その仕事をこなせば、依頼人から報酬が出る。その報酬は霊夢にも分ける。その中から、今まで溜まっていた支払いをしてくれればいい。どうだい?」
「うーん。悪い話じゃないわね。」
確かに悪い話ではなかった。神社に居たところで参拝客が来るわけでもない。それならば報酬が出る仕事はやる価値がある。
「仕事の内容を教えて。それによっては引き受けるわ。」
「ああ。依頼人は北に在る村の村長でね。その村なんだが、先日、村の中央にある井戸が涸れてしまったんだ。」
「まさか、新しい井戸を掘るのを手伝えって?穴掘りはやりたくないわ。」
「話は最後まで聞いてくれ。確かに井戸掘りはするよ。でも僕の仕事はその前。井戸の水源を見つけることなんだ。」
「水源?つまり地下水の出る所ね。」
「そう。村でも新しい井戸はいくつか掘ったそうなんだけれど、さっぱり水が出ない。そこで、水源を見つける方法が何か無いかと言われてね。」
「なるほどね。それで、水源を見つけられそうなの?」
「わからない。さっきから考えているんだが、見つける方法が思い浮かばないんだ。霊夢、君の霊感でみつけられないかい?」
「どうかしらね。場所を見てみないとなんとも言えないわね。」
「ということは、見つける方法はあるんだね?」
「水源が残っていれば見つけられる可能性は高いわ。完全に涸れていたらどうしようもないけど。」
「さすが霊夢だ。頼りになる。この仕事、手伝ってくれ。頼む。」
霖之助は霊夢に頭を下げた。
「いいわ。引き受けましょう。」
次の日。霊夢は霖之助に連れられて、森の北にある村に向かっていた。人間達が暮らす村だが、霊夢は来たことはない。村は山の中腹にある丘にあった。村を通り過ぎて北に向かうと山脈の方へ登って行くことになる。
「ねぇ、まだ着かないの?」
霊夢は山道を登りながら、何度目かの質問を繰り返した。
「もう少しだよ。ほら、村が見えてきた。」
霖之助が指差す先には、建物が見える。
「ふう、時間どおりに着いたようだね。…霊夢、大丈夫かい?」
「ぜい、ぜい。」
聞かないでよぅ。もう歩くのイヤー。
「仕方がないね。ここで休んでいてくれ。僕は村長の所に行ってくるよ。」
うん、お願い。私はここにいるから。
霊夢は手だけでジェスチャーをすると座り込んでしまった。
村へ向かう霖之助の背中を見送りながら、霊夢は村の方を眺めた。
村人の家だろう、家屋が立ち並んでいる。その中でひときわ目立つ建物があった。村の中心に位置しており、周りの家屋の数倍の大きさがある。霊夢には住居ではなく工場のように見えた。
霊夢が息を整えたころ、霖之助が人を連れて戻ってきた。霖之助と一緒に来たのは三人。一人は初老の男性、おそらく村長だろう。もう一人は中年一歩手前といった感じの青年。もう一人は女性。霊夢はこの女性に見覚えがあった。
霊夢が立ち上がって村人の方に向き直ると、村長と思われる男性が話しかけてきた。
「おお、本当に博麗の巫女様。わしはこの村の村長ですじゃ。巫女様が手伝ってくださるとは、本当に心強いですのう。」
村長は笑顔で握手を求めてきた。霊夢も握手を返した。
「ええ、本当に心強いですね。ああ、申し送れました。僕は村の青年団長をしています。どうかよろしくお願いします、巫女様。」
今度は青年が握手を求めてきた。霊夢は握手を返す。
「いえ、私なんかで力になれるならいくらでも。」
霊夢が二人に答える。
…なんだか私らしくないなぁ。
霊夢はなんとなくそう思った。
「………。」
もう一人の女性は黙ったままだ。腕を組み、不機嫌そうな顔をしている。
「おや?慧音様、どうかされましたかの?」
「…いや、なんでもない。」
慧音と呼ばれた女性はにこりともせずに答えた。その目線は霊夢からはなさない。
にらまないでよ。私は何にもしないわよ。
霊夢は心の中でつぶやいた。
彼女は上白沢 慧音。人間ではなく、ワーハクタクと呼ばれる半獣である。普段は人間なのだが、満月になると、ハクタクという獣人に変身するのだ。慧音は妖怪ながら、人間と仲がよく、里に住む人間達を妖怪から守っている。又、歴史を食うという能力を持つので、歴史にはめっぽう詳しい。
以前、霊夢と慧音は戦いをしたことがある。慧音は霊夢が人間の里を襲いに来たのだと思い、攻撃を仕掛けたのだ。しかし、本当は慧音の早とちりであって、霊夢はただの通りすがりでしかなかった。それなのに霊夢も本気で戦ってしまい、慧音を負かしてしまった。それ以後、慧音は霊夢を好きにはなれなかった。
「そうですかの。では、ここで立ち話もなんです。巫女様、わしの家までお越しください。詳しい話をいたしますので。」
村長は先頭に立って歩き出した。霊夢達も後に続いた。慧音は一番後ろから着いてくる。
村長の家は村の北側にあった。霊夢は南側の山道から入ってきたので、村の中心を横切ることになる。そうすると嫌でもあの大きな建物が目に入った。
「ねえ霖之助さん、この大きな建物はなんだか知ってる?」
霊夢は隣を歩く霖之助に聞いてみた。
「あれ、知らなかったかい?これは酒造所だよ。」
「え?お酒?こんなに大きな建物で?」
「ああ。この村は酒作りで生計を立てているんだ。幻想郷で飲まれている酒の十分の一位は作っているはずだよ。」
「へえー、そうだったんだ。」
霊夢も酒は好きで良く飲む。しかし、作っている場所までは知らなかった。素直に感心してしまう。
話をしているうちに、村長の家に着いた。
村長は霊夢達にお茶を出すと、事情を話し始めた。
村長の話をまとめるとこうなる。井戸が涸れてしまったのは一ヶ月前。急に水量が減ってきてしまい、ついには涸れてしまった。村では、井戸の水を使って酒作りをしている為、酒作りはストップしていた。酒作りが出来ないのは、村にとっては死活問題である。急遽、新しい井戸を掘ってみたのだが、さっぱり水は出ない。それで、何か手はないかと霖之助に相談してみたのだ。
「すぐに水源を見つけられないと、井戸が出来る前に冬が来てしまいます。雪が降ってしまっては井戸は掘れません。来年の酒を作るためにも井戸は必要なのです。」
「なるほどね。変わった道具を持っている霖之助さんなら何とか出来るかもしれない、そう思って相談したと。」
「はい。そうしましたら、巫女様を連れてきてくださいました。巫女様、水源を見つけるなにかいい方法はないでしょうか?」
「ああ、それくらいは…。」
簡単よ。…と言おうとしたのだが、なぜか霊夢は続けなかった。強い視線を感じたのだ。視線を感じる方をちらりと見ると、慧音が不機嫌な顔でこちらを見ていた。
…慧音?………あ、そうか。
「え、えーと、詳しく調べてみないとなんとも。簡単には出来ないかもしれないし。と、とりあえず引き受けるわ。」
霊夢は少し言葉を濁しながらもそう答えた。
「そうですか。それではお願いします。もう、巫女様だけが頼りですじゃ。」
村長は霊夢に頭を下る。
「まぁ、あんまり期待しないでください。ああ、それから慧音。」
「え?な、なんだ?」
突然話しかけられて、慧音は驚く。
「あなたにも手伝ってほしいの。私一人では無理だから。いいでしょう。」
「あ、ああ。私でいいのなら。」
霊夢に一方的に言われて、慧音はうなずいた。
「ありがと。それじゃ、早速始めましょうか。慧音、井戸の在る所まで案内して頂戴。」
「なんで私に手伝いを頼んだのだ?」
井戸に向かって歩きながら、慧音が尋ねてきた。
「なんでって、私一人にやらせるつもりだったの?」
「いや、そうではないが…。」
「ならいいじゃない。二人でやったほうが早いわ。」
「………。」
霊夢の答えに慧音は黙ってしまった。
んー、ちょっとわざとらしかったかしらね。変に勘ぐられたかも。
霊夢には慧音の視線の意味がなんとなく分かったのだ。そもそも慧音はこの村に住んではいない。それなのに村にいるということは、慧音も井戸の水源探しを手伝いに来ているということ。おそらく、村長はまず慧音に助けを求めたのだろう。しかし、水源は見つけられず、次に霖之助を頼った。そして霊夢がやってきた。これでは慧音は面白くない。普段、神社に篭ってろくに仕事もしていない霊夢の方を村長は頼りにしたのだから。さらにここで霊夢にあっさり水源を見つけられたりしたのでは、慧音の立場がなくなってしまう。慧音の機嫌が悪いのはあたりまえである。
そこで、霊夢は少し機転を利かせて慧音と二人でやることにしたのだ。
でもなぁ、私らしくないなぁ。なんで慧音に気を使ってるのかなぁ。
いつもの霊夢なら他人のことなど気にしない方なのだが、今日は何か心に引っかかるものがあるらしい。
そんなことを考えているうちに井戸の所に着いた。場所は酒造所のすぐ隣。よく見られる、滑車と手桶による汲み上げ式ではなく、手漕ぎポンプを使った汲み上げ式だった。
「あー、このタイプかぁ。これだと中が覗けないのよねぇ。」
一般的な手桶式は、井戸の底に溜まっている水を汲み上げるだけなので、井戸の中が覗ける。ポンプ式は、地中に配管を通してからその周りを埋めてしまう。よって、覗くことはできないのだ。反面、汲み上げられる水量は比較にならないが。
「ああ、だから地下の様子が分からない。ポンプは壊れていないから、水が無くなってしまったのではないかと思うのだが。」
「ふーん。」
霊夢は井戸の周囲を見わたす。
「ねえ慧音。ここ最近、地盤沈下って起きてない?」
「は?地盤沈下?いや、そんなものは起きていないが。」
突然の質問に慧音は驚いた。
「そう。なら大丈夫よ、水は涸れてはいないわ。」
霊夢ははっきりと言った。
「なぜ?そう断言できる理由はなんだ?」
慧音は霊夢に尋ねる。
「えっとね、井戸は地下水を汲み上げるものよね。地下水は地中にある空洞に溜まっているわ。それじゃ、地下水を全部汲み上げたら、その空洞はどうなるでしょうか?」
「そりゃあ、空っぽになって空洞だけが残る…あっ!そうか、空洞の上にこんなに大きな建物が建っていたら、重みでつぶれてしまう。」
「そういうこと。恐らく、地下の水路が何らかの理由で変わってしまったのよ。」
「…そういえば、井戸が涸れる前に、大きな地震があったな。」
「たぶんそれが原因ね。」
「なるほど。」
霊夢の答えに、慧音がうなずいた。
「それじゃ、次は水脈を探さないとね。」
霊夢は上空に向かって飛び上がった。それを見て、慧音も慌てて飛び上がる。そのまま二人は村が一望できる出来る高度まで上昇した。
霊夢は村の周囲を見わたす。村は北に進めば山脈、南に下れば平地という場所にあった。北の山からは南東の方に川が流れている。この川は、村からは離れた位置を流れていた。
「うーん、川からは随分と離れているのね。こんなところに村を作って不便じゃないの?」
霊夢が慧音に尋ねた。
「確かにそうなんだが、あの川はすぐに氾濫をおこすのだ。以前は川べりに村があったのだが、水害がひどくて今の位置に村を移したんだ。」
「ふむ、それならなおさら井戸が必要だと。」
「そう言うことだな。」
慧音が答えた。
「ねえ、慧音。あの川の水じゃ、お酒は作れないの?」
「ああ、作れないことはないらしい。ただ、一級酒を作るには駄目のようだ。どうも、不純物が多いらしい。」
「…なるほど。」
霊夢はうなずいた。
「なあ、霊夢。一人で納得していないで、私にも説明してくれないか?」
慧音が尋ねてきた。
「えーとね、結論から言うと、村の井戸の水は、あの川の水が流れ込んで地下水になったものね。」
「何でだ?」
「地下水はね、溜まっていく内に中の不純物が沈んでくれるの。だから汲み上げた時にはきれいな水になるわ。だから、川の水から不純物を取り除いた水が井戸の水だと考えていいはずよ。」
「なんだかこじつけじゃないか?」
「ま、大丈夫よ。ちゃんと水はでるから。」
「そんなもんかな…。」
慧音はいまいち納得していないようだった。
「そんなもんよ。それじゃ、いよいよ水源を探すわよ。」
霊夢は村の方へ降りていった。慧音も後に続く。
「…霊夢。」
村に向かう途中で慧音が声をかけてきた。
「何?」
「さっきから、私に気を使ってないか?」
「え?」
予期せぬ質問に霊夢は振り返った。
「な、なんでかしら?」
「霊夢がすごく詳しいからだよ。村長の前では自信なさげだったが、始めるとすらすらとこなしているじゃないか。それだったら、私を連れて来ないで、一人でやったほうが早いだろう。専門外の私は足手まといと思わなかったのか。」
「え、えーと…。」
「それに、めんどくさがりのお前が、私の質問にきちんと答えてくれている。お前らしくない気がするのだが。」
「………そんなことは無いわよ。私は慧音に手伝って欲しかっただけ。その為には説明も必要でしょう。」
「…そうか。ならいい。」
慧音はそれ以上は聞いてこなかった。
…なんでだろう…。
慧音の言うとおりなのよね。確かに一人の方が早いと思う。それに慧音に説明するのもめんどくさい。いつもならそう思うはず。それなのに、今日は違う。いつもと違う。何が違うんだろう。
霊夢は心の中で自分に問いかけた。でも、分からなかった。
「霊夢、これでいいのかい?」
霖之助が荷車を引きながら、霊夢のところにやってきた。荷車にはいくつかの小道具が並んでいる。
「えーと…、うん。これでいいわ。」
霊夢は荷車の道具を確認するとうなずいた。
霊夢達がいるのは村の入り口。ここから水源探しを始めるのがいいと思ったのだ。そこで、必要な道具を霖之助に持ってきてもらった。
「針金、ペンチ、鳥の羽、木の桶がたくさん。こんなもの何につかうんだ?」
「もちろん水を探すのに使うのよ。」
慧音に返事をすると、霊夢はまず、針金を適当な長さに切った。その針金をL字型に曲げる。それを六本ほど作ると、二本ずつ慧音と霖之助に手渡した。
「…もしかして、これはダウジングか?」
慧音が尋ねてきた。
「あら、知ってるのね。そうよ、ダウジング。」
「話に聞いたことはある。実際にやるのは初めてだが。」
慧音は手にした針金を見ながらつぶやいた。
「ダウジングってなんだい?」
霖之助は知らないらしく、霊夢に聞いてきた。
「これはね、地中に埋まっている物を見つける方法なの。原理は分からないんだけれど、地中に何かがあると針金が反応するのよ。」
「こんな普通の針金でかい?」
霖之助は信用していないようだ。となりの慧音もいまいち納得していない。
「ま、やってみたほうが早いわね。」
霊夢はL字に曲がった針金を両手に一つずつ持った。短いほうを手に持って、胸の前で水平に構える。針金の先端を進行方向に向けると、そのままてくてくと村の中に入っていった。慧音と霖之助も後を着いていく。
十数分も歩いただろうか。霊夢が持つ針金がゆっくりと左右に開いた。
「ここね。」
霊夢は足元に大きくバツ印を付けた。
「ここから水が出るのか?そうは思えないが。」
慧音はあたりを見渡しながら聞いてきた。
なぜなら、この場所は村のほぼ中心。涸れた井戸からは十メートルも離れていない。
「さあ。」
「さあってなんだ?」
「ダウジングは地中に何かがあれば反応するから。何があるのかまでは分からないわ。」
「それじゃだめじゃないか。片っ端から掘ってみるつもりか。」
「大丈夫。水を確認する方法はあるから。」
「………。」
二人はいぶかしげに霊夢を見る。
「どうも僕には信用できないね、この針金。」
霖之助は手にした針金を見つめる。
「それなら試してみるといいわ。」
「…そうだな。」
霖之助は先ほどの霊夢と同じ用に針金を構えた。そのまま、霊夢が印を付けた所まで歩いていく。印の場所の上まで来る。すると、針金が左右に開いた。
「どうなってるのこれ?」
「まて、私もやってみる。」
慧音も同じくやってみる。やはり同じく針金が左右に開いた。
「どうなってるのだこれは?」
二人は針金を見つめた。
「どうなっているのかしらね。さぁ、この方法で村中を調べるわよ。」
「ああ、分かった。」
「やる気満々だな、霊夢。」
三人は別れて村中を歩き回った。二時間も歩き回っただろうか。村中に付いたバツ印は二十箇所を超えていた。
「ふー、疲れたわねー。」
霊夢は大きく息を吐いた。
「ああ、少し疲れたな。」
慧音もとなりで息を吐いた。
「さて、これからどうするのだ?本当に全部掘るとか言ったら怒るぞ。」
「そんなことしないわよ。」
霊夢は荷車のところまで歩いていった。荷車から鳥の羽と木の桶を下ろす。
「これを使うのよ。」
「これをねぇ…。」
慧音はまたもいぶかしげな表情を見せた。
「いいから見ていて。」
霊夢は鳥の羽と木の桶を手に持ってバツ印のところまで歩いていく。すると、バツ印の上に鳥の羽を置いてその上から桶をかぶせた。
「出来たわ。」
「はぁ?」
慧音は今までで一番あっけに取られた顔をした。
「出来たってなにがだ?これはなんだ?」
「後で教えてあげるわ。さ、全部やりましょう。霖之助さん、見ていたでしょう、荷車を引いて頂戴。」
霊夢は不満顔の慧音を連れて、全てのバツ印の上に桶をかぶせていった。
「これでいいわ。後は待つだけ。明日の朝までは待ったほうがいいわね。」
「それはいいが、いったいこれはなんなのだ?」
「んー、これは口で説明するよりも実際に見たほうが分かるわね。明日の朝、教えるわ。」
霊夢は上機嫌で答えた。
「なあ、霊夢。聞きたいことがあるのだが、いいか?」
慧音が尋ねてきた。
「ん、なにかしら。」
「なんでこんなにも井戸を掘ることに詳しいんだ?私や村の人達の知らない知識をどこで知ったんだ?」
「ああ、それはね。私が子供の時なんだけれど、神社に井戸を掘ったことがあるのよ。その時のことを覚えていただけよ。」
「なるほどね。…もう一つ聞いていいか?」
「いいわよ。」
「めんどくさくないのか?」
「え?」
「さっきも聞いたが、お前は極度のめんどくさがりやだろう。それが自分から進んで仕事をしているのはなぜなんだ?」
「………。」
今日、何度目になるだろうか。自分自身への問いかけ。普段と違う自分。
「………。」
「……嫌、悪かった。気にしないでくれ。」
黙ってしまった霊夢に気を使ってか、慧音が謝ってきた。
「霊夢、今日の仕事は終わりなのだろう。村長の家に行って休憩するとしよう。」
「…そうね。霖之助さん、荷車を片付けて頂戴ね。」
霖之助の合図を確認すると、二人は村長の家に向かって歩き出した。
村長の家の前まで来ると、小さな女の子が一人で遊んでいた。
「あ、慧音せんせー。」
女の子は慧音を見つけると駆け寄ってきた。
「慧音せんせー、こんにちは、あのね、あのね、きょうね…。」
「はは、落ち着いて話なさいね。」
女の子は一生懸命話しかけてくる。慧音もしゃがみこんで女の子と視線を合わせて話を聞いている。
そういえば、慧音は歴史の学校を開いてるって新聞に書いてあったわね。この子はその生徒なのね。
女の子と話をしている慧音はとても嬉しそうだ。よほど子供のことが好きなのだろう。
そんなことを考えていると、女の子は霊夢のことを見上げてきた。
「こんにちは。」
霊夢は挨拶をした。
女の子は驚いたのか、慧音の手を握った。
「慧音せんせー、このおねえちゃんだれ?」
「ああ、このお姉ちゃんは、博麗神社の巫女様だよ。いい人だから怖がらなくていい。はら、挨拶をしないと。」
「うん、こんにちは。」
女の子は頭を下げて挨拶を返してきた。
「ねぇ、慧音せんせー、みこさまってなにをするひとなの?」
女の子は慧音に訪ねた。
「巫女様はね、幻想郷を守ってくれているんだよ。」
「げんそうきょうをまもるの?それってどんなことをするの?」
「そうだね、幻想郷の中に悪い奴らが入ってこられないようにしたり、幻想郷の平和を乱す悪者をやっつけてくれたりするんだ。」
「へー、そうなんだ。」
慧音の説明を女の子は理解したようだ。
子供に分かりやすいように言い換えてはいるが、慧音の説明は合っている。悪い奴らが入ってこられないようにするとは、博麗大結界の守護。悪者をやっつけるというのは、幻想郷に異変を起こす妖怪の退治である。
うーん、幻想郷の守護かぁ。最近は平和だから、あんまり気にしてなかったわね。
平和が乱れない限り、巫女は動かない。そういうものだと霊夢は思っている。
霊夢がそんなことを考えていると、女の子は慧音に次の質問をぶつけてきた。
「それじゃね、慧音せんせーもみこさまなの?」
「「え?」」
その質問には慧音だけでなく、霊夢も驚き声を上げてしまった。
「だってね、慧音せんせーはむらにわるいようかいがこないようにしてくれてるよ。わるいようかいがきてもやっつけてくれるよ。だからみこさまなんだよね。」
「え、えーとそれはだな…。」
慧音は返事に困ってしまい、霊夢を見上げる。だが、霊夢は目を見開き固まっていた。
…巫女様…そうか…それだったのね…。
村に来てからの違和感、心の中のもやもやの訳が今はっきりと分かった。
あはは…私ったら、ばかみたい。小さな女の子の言葉で気が付くなんて。
「おい、霊夢?」
急に固まってしまった霊夢に、慧音が心配そうに声をかけてきた。
「え?ああ、なんでもないわ。」
霊夢は我に返る。すると、しゃがみこんで女の子と目線を合わせた。
「ふふ、そうよ。慧音先生は巫女様なの。人間の巫女様。」
霊夢は笑顔で女の子に話しかけた。
「れ、霊夢?」
「やっぱりー。慧音せんせーすごおーい。」
「いや、あのな、それはだな…。」
慧音は否定しようとしたらしい。だが、歓喜の声を上げた子供に違うとはいえないのだろう。
「れ、霊夢。どういうつもりなのだ?」
慧音が霊夢に向き直る。
「いいじゃないの、嘘じゃないんだし。」
霊夢は答えると慧音に背中を向けた。
「霊夢?」
「慧音、私ちょっと急用を思い出したの。明日の朝また来るから。後、お願いね。」
霊夢は慧音に背中を向けたまま、空に飛び上がった。
「おい、霊夢。急にどうしたんだよ。」
慧音が声をかけても霊夢は振り向かなかった。
太陽はとっくに沈んでしまい、あたりは暗闇に包まれている。夜空の月と星の明かり以外はまったく無かった。
そんな中、霊夢は神社の裏手の自宅にいた。お気に入りの縁側に腰を下ろして星空を見上げている。
「博麗の巫女様か…。」
霊夢はつぶやいた。
今日一日のことを思い出す。霖之助に連れられて人間の村を訪ねてからの自分だ。村に着いて、村長が自分にかけた言葉。『博麗の巫女様』。この言葉を聞いてからだ、自分に違和感を覚えたのは。そして慧音だ。大して仲がいい訳でもない彼女に気を使ってしまっていた。慧音に会ってからは自分の行動がおかしかった。いつもの自分らしくない行動を無意識で行っていた。自分で自分が分からない。その謎を解いてくれたのは小さな女の子。今思うと恥ずかしくてたまらなかった。
前に巫女様なんて呼ばれたのはいつだっただろう。みんなは私のことを巫女とは呼ばない。霊夢と名前で呼んでくれるならまだ良い。なかには紅白としか呼ばない連中もたくさんいる。そんな中で、私を巫女と呼んでくれた村長さん達。ろくに人間達の手助けもしていないってのに。人が良すぎるわね。たぶん慧音のおかげね。彼女が人間達を守ってくれていた。人間達の巫女をしてくれていた。だから巫女という存在を信じることができる。
霊夢は立ち上がった。そのまま神社の境内の方へ向かった。
村長さんに巫女様と呼ばれたとき、私は嬉しかったのだと思う。私の周りには、私を巫女として見てくれる人がいなかったから。だから私は無意識の内に、博麗霊夢ではなく、博麗の巫女を演じた。そして慧音。慧音にも博麗霊夢で会ったのならば、ただの半獣、妖怪としか思わなかっただろう。でも私は博麗の巫女として彼女に会った。彼女は人間達の巫女。私と同じ巫女なのだから。だから彼女に気を使ったし、彼女も私に気を使ったのだろう。
霊夢は神社の鳥居をくぐった。目の前には境内が見えた。
私の心の疑問を解いてくれたのはあの女の子の言葉。ううん、違うよね。私は気づいていたはず。でも気づいたら私は博麗霊夢に戻ってしまいそうだったから。もう少し博麗の巫女でいたかっただけなんだ。ふふ、おかしいよね、同じ自分なのにさ。
目の前には神社の境内がある。霊夢は足を止めた。
私は博麗の巫女。幻想郷を守るのが役目。幻想郷の平和のバランスを崩す者だけを退治していればいい。でも、それ以外のことをしちゃいけないなんて決まりは無い。
「まったく、どうしちゃったのかしらね、今日の私は。」
でも、こんな日もあっていいと思う。人助けをするのに理由なんていらないのだから。
「巫女が自分の神社に参拝するってのも滑稽よね。」
霊夢はポケットから薄っぺらい財布を取り出すと、中から硬貨を数枚取り出し、その硬貨を賽銭箱へと投げ入れた。そして両手を合わせる。
「あの村から水が出てくれますように。」
霊夢は目を閉じて祈った。
次の日の朝。霊夢は村へ向かって空を飛んでいた。背中には大きめの袋を背負っている。
村が見えてきた。村の入り口に着地すると、村の中に入っていく。
村長の家の前まで来ると、慧音がいた。周りには子供達が何人かいる。みんなで朝の体操をしているようだ。慧音が声を掛けているが、さっぱり合っていない。でも、見ているとほほえましい。
「あ、慧音せんせー。みこさまがきたよ。」
霊夢に気が付いたのは昨日の女の子だ。慧音が振り向いた。
「おはよう、慧音。」
「ああ、おはよう。ずいぶんと早いじゃないか。」
二人は挨拶を交わす。
「ん、まあね。早く始めるのに越したことはないし。」
「ふむ。それじゃ、ちょっと待ってくれ。」
慧音は子供達のところへ向かう。
子供達は突然現れた霊夢に興味津々である。慧音は子供達に事情を話して解散してくれた。
「すまん、待たせた。」
「いいわ。それよりも子供達はいいの?」
「ああ、大丈夫だ。今日は授業の予定は無いしな。」
「そう。霖之助さんはいないの?」
「いるよ。呼んでくるよ。」
慧音は村長の家へと入っていった。
霊夢は背負っていた荷物を下ろした。さほど重くは無いようだ。
しばらくして、霖之助が慧音と一緒に出てきた。
「やあ、おはよう霊夢。ずいぶんと早いじゃないか。」
「うん、おはよう。…あのさ、さっき慧音にも言われたけれど、私が朝早くに来るのは変?」
「ああ変だ。寝ぼすけの霊夢らしくない。」
「はっきりと言ってくれるわね。」
霊夢は霖之助をにらむ。霖之助は気にもとめない。
「ま、いいわ。さっさと始めるわよ。霖之助、これ預かっていて。」
霊夢は持ってきた荷物を霖之助に渡した。
「ん、なんだいこれ?」
「後で使うの。どこかに置いて頂戴。」
「わかった。」
「それじゃ慧音、行くわよ。」
「ああ、ってどこに?」
「もちろん昨日の桶のところによ。」
霊夢は慧音を連れて歩き出した。
目の前には木の桶が置いてある。昨日と何も変わってはいない。
「それで、これをどうするのだ?」
慧音が尋ねてくる。
「ん、どうすると思う?」
霊夢は逆に尋ねてみた。
「んー、中には鳥の羽が入っている。その羽に何か変化があるとか。」
「ご名答。開けてみてよ。」
「どれ…。」
慧音が桶を開ける。中には昨日と同じく鳥の羽がある。手にとってみた。
「あれ、湿ってる?」
「当たりみたいね。」
「どういう事だい?」
「地下水が溜まっている場所はね、地下から水蒸気が出てくるの。だから、羽が湿っている場所には地下水があるのよ。」
「そうか、そういうことか。」
慧音は納得したようで声を上げた。
「それじゃ、全部の桶を開けてみるわよ。」
二人は分かれて桶を開けていった。その中で羽が湿っていたのは十箇所。村の西側に集まっていた。
「水があるのはこの辺りね。」
「間違いないか?」
「まず、間違いないわ。」
霊夢は断言する。
「そうか、良かった。さっそく村長に知らせてくるよ。」
慧音は村長の家に向かって駆けていった。
「さてと、私も準備をしますか。霖之助さんはどこに行ったのかしら。」
霊夢は辺りを見渡す。霖之助は桶を荷車に積み込んでいた。
「霖之助さーん。さっき渡した荷物を持ってきて頂戴。」
霊夢は霖之助に声をかける。
「ああ、いいよ。」
霖之助は荷物袋を持ってきてくれた。
「何が入っているんだい?」
「ちょっとね。」
霊夢は袋の口を開けて中身を取り出した。出て来た物は、御札、祓い串、金づち、釘、角材が数十本である。
「何か作るのかい?」
「ええ。だから手伝って。大丈夫、簡単だから。」
霊夢は霖之助に手順を説明した。
「なるほどね。気が利くじゃないか。まるで巫女だね。」
「巫女よ!もう、さっさと始めなさい。」
皮肉たっぷりな霖之助を一喝する。
霖之助はにやけながらも作業を始めた。
…そりゃね、自分でも、私らしくないと思っているわよ。でも、今回はとことんやるんだから。
霊夢が考えていると、慧音が村長と青年団長を連れてやってきた。
「巫女様、水が見つかったと聞きましたぞ。」
興奮しながら村長が尋ねてくる。
「はい。調査してみましたら、この辺りならば水が出ます。」
「おお、そうですか。ありがとうございますじゃ、さすがは巫女様ですじゃ。」
「いえ、そんなことないですよ。慧音が手伝ってくれたからです。彼女がいなかったら、見つかりませんでした。」
「そうですか。慧音様、ありがとうございますじゃ。」
「い、いや、私はたいしたことは…。」
「そうよ、ありがとう、慧音。」
謙遜する慧音に霊夢が割り込んだ。
「あ、うん…。」
慧音は恥ずかしそうにうなずいた。
「さあ、それでは早速職人の手配をしなければ。明日にでも掘り方を始められるようにしますよ。」
青年団長は大張り切りで、すぐに駆け出していきそうだ。
「あ、ちょっと待ってもらえます?」
霊夢は青年団長を呼び止めた。
「え、なんです?」
「もう一つやることがあるんです。」
霊夢は振り向いて霖之助に声を掛ける。
「霖之助さん、できた?」
「ああ、できたよ。」
霖之助が作っていたものは、小さな社(やしろ)だった。
村の中心、酒造所の前。そこに村人達は集まった。村人たちの注目する先には、作ったばかりの社が置かれている。社の前には祓い串を持った霊夢がいた。霊夢は社の前に立ち、両手で握った祓い串を数回振るう。その後、目を瞑り両手を合わせた。
「………。」
霊夢の後ろでは、村人達も両手を合わせていた。
霊夢はもう一度祓い串を振るうと目を開けた。そして村人達の方へ振り向く。
「厄除けの祈祷を行いました。村に災厄が無いことを祈ります。」
霊夢は村人達に頭を下げた。
「おお、ありがたいですじゃ。これで村は安泰じゃ。」
村人達は大喜びだ。
霊夢は慧音の姿を探す。慧音は村人達の後ろで子供達と一緒にいた。
「慧音、ちょっと来て。」
「ん?なんだい?」
慧音が霊夢の前まで出てきた。
「はい。今度はあなたの番よ。」
霊夢は祓い串を慧音に渡した。
「はい?」
突然のことに慧音の頭は疑問符で一杯らしい。
「だから、あなたが祈祷をする番なの。」
「…え、ええー?!」
慧音は悲鳴を上げた。
「霊夢、突然何を言うんだ。なんで私が?」
「だって、あなたも巫女なのよ。あたりまえじゃない。」
「無茶言うな。私は巫女じゃな…。」
慧音の話の途中で霊夢が突然横を向いた。慧音もつられて霊夢の視線を追う。
「…あ…。」
「ね。」
視線の先には子供達がいた。あの女の子ももちろんいる。子供達のきらきらした目は慧音を見ていた。
「慧音せんせー、すごおい。」
「せんせーがんばれー。」
子供達は声援を送っている。
「ほら、観念しなさい。」
「うう………。霊夢、どうやったらいいのだ?」
「さっきの私の真似をしながら、心の中で祈ればいいわ。」
「な、何を祈ればいい?」
「あなたが思っていること。人間達への思いよ。」
「わ、分かった。」
慧音は顔を真っ赤にしながらも、社の前に進んで行った。
「………。」
慧音は目を瞑りながら、必死で祓い串を振るった。
霊夢は後ろに下がりながら、慧音の背中を見ていた。
人間の巫女は、人間達の何を祈るのかしらね。
それから一ヶ月ほど過ぎたある日。ここは博麗神社。すっかり秋も深まり、霊夢は落ち葉の掃除に追われていた。
「ああもう、掃いても、掃いてもきりが無いわ。」
愚痴を言いながらも箒を動かす。
「おおーい、霊夢。」
頭の上から声が掛けられた。霊夢が見上げるとそこには慧音がいた。背中には袋を担いでいる。
「あら慧音。久しぶりね。」
「ああ、ごぶさただった。」
霊夢は掃除を中断すると、慧音を自宅に案内した。お茶を入れると、お気に入りの縁側に二人で腰を下ろした。
「はい、お茶よ。」
「ああ、ありがとう。」
二人はお茶を飲んだ。ここのお茶は気分が安らいでいい。
「うまいな。いいお茶だ。」
「ありがと。それで、今日はどうしたの?」
「ああ、そうだ。」
慧音は湯飲みを置くと、霊夢の方を向いた。
「村に水が出たんだ。霊夢が見つけてくれた場所から。」
「あら、よかったわね。」
「ああ、冬には工事も終わる。年明けには酒造りも再開できそうだよ。」
「そう、よかった。来年もおいしいお酒が飲めるわね。」
「霊夢。あなたは村を救ってくれた。ありがとう。」
慧音は頭を下げた。
「ちょっと、やめてよ。なんか恥ずかしいわ。」
霊夢の顔は真っ赤だ。
慧音は頭を上げた。霊夢の顔を見る。
「ほう、霊夢は照れ屋なのだな。それならもう少し頭を下げておこうか。」
「なんでよ!やめてってば!」
「あはは。」
慧音は笑った。
うー、この前、巫女をやらせたしかえしかしら。
「はは、すまんな。だが、本当に感謝しているよ。霊夢が来てくれなかったらどうなっていたことか。」
「うん…。」
霊夢は湯飲みに残ったお茶を一気に飲み干す。
「それからもう一つ。」
「え?」
「私はあなたを誤解していた。すまなかった。」
慧音はまた頭を下げてきた。
「えっ?ちょっとなんのことよ?」
霊夢はあわててしまう。
慧音はゆっくりと頭を上げた。そしてゆっくりと話を始める。
「私はずっと思っていた。博麗の巫女は人間。なのに、妖怪や悪魔とばかり仲良くしている。どうして人間を助けてくれないんだろう。」
「………。」
「博麗の巫女が来てくれないのならば、私が巫女をするしかない。そう思ってきた。その間はずっと博麗の巫女を嫌っていた。」
「………。」
「でも、あなたと会って考えが変わった。博麗の巫女は幻想郷の巫女なのだ、幻想郷全てを守らなくてはならない。そのことに気が付いたのは、あなたが私を人間の巫女と呼んだ時。あの時のあなたの言葉の意味は、人間達を頼む、だったのだろう。」
「………。」
「まさか、本当の巫女に仕立て上げられるとは思わなかったけどね。」
「………。」
「霊夢、幻想郷を守るという使命を持つあなたを悪く思っていた。すまなかった。」
「…もういいわ。頭を下げないで頂戴。」
霊夢はそう答えると微笑んだ。
「あなたは悪くないわ。私は人間達を守っていない。それは本当なのだから。」
「しかし…。」
「いいのよ。もうこの話はお終い。」
「…ああ、わかったよ。」
慧音はうなずいた。
私の事をこんなに思ってくれた人はいなかった。そんなに他人を思える彼女は巫女として本当にふさわしいわ。
そんな慧音を見て霊夢は思う。
「それからな。」
「なに?まだ何かあるの?」
慧音は霊夢の前に、持ってきた袋を差し出した。
「これは村長からあなたへのお礼の品だ。受け取ってくれないか。」
「え?何かしら?」
霊夢は袋を開けた。中には一升瓶が二本入っていた。
「あら、お酒ね。…え?これって…。」
ビンに張ってあるラベルを見て驚いた。
「これ、大吟醸酒じゃない。特級酒よね。」
「ああ、村でもなかなか出来ない希少品だ。」
「こんな高価なお酒を二本ももらっていいの?」
「ああ。一本は私からだ。詫びの品だと思ってくれ。」
つまり、一本は慧音がもらった物なのだろう。それを霊夢にやろうというのだ。
「…わかったわ。ありがたく頂戴するわね。」
ここで断るのも慧音に悪いと思った。
「さて。」
慧音は立ち上がった。
「私の用事はこれで終わり。お邪魔したね。」
慧音は立ち去ろうとした。
「ちょっと待ちなさい。」
それを霊夢が呼び止めた。
「なんだい?」
慧音が振り返る。
「あのね、こんなにいいお酒が目の前にあるのよ。飲ませないで帰らせる訳にはいかないわ。」
「え、でもそれは…。」
「いいから、一杯付き合いなさい。」
「ああ、わかったよ。」
慧音は縁側に座りなおした。
霊夢は台所からお猪口を二つ持ってくると、酒を注いだ。
「はい、慧音。」
「ありがとう。」
二人はお猪口を手にした。
「幻想郷を頼むよ、博麗の巫女。」
「こちらこそ、人間達を頼むわ、人間の巫女。」
二人の巫女は酒を一気に飲みほした。
博麗神社の巫女、博麗 霊夢は森の入り口にある、古道具屋を訪ねていた。
『香霖堂』と看板が掛けられた店。日本風の造りをしており、見た目にも年期が入っている。店内には多くの物品が並べられていた。人間界や冥界などから流れてきたらしい物あり、正体が分からないものがかなりある。店主は森近 霖之助。眼鏡をかけた優男である。
霊夢は店の棚を見わたしながら、いくつかの品物を手にしていた。手にした品物を霖之助のところへ持っていく。
「今日はこれだけ頂戴。」
カウンターの上に品物を並べた。洗剤や石鹸などの日用雑貨ばかりである。
「ああ、分かった。ちょっと待ってくれるかい。」
霖之助は算盤を取り出した。算盤をはじく霖之助を霊夢は黙って見つめる。
「えーと、これだけだよ。」
算盤を霊夢に見せる。
「うーん、これでお願い。」
「またかい、霊夢。」
霖之助が渋い顔をした。
霊夢が差し出したのは、お札(おさつ)ではなく御札(おふだ)だった。
「い、いいじゃない。私が書いた御札なんだから、御利益はあるわよ。」
「そりゃあね。でもこのところ毎回じゃないか。御札やら陰陽球やらもらっても貯まる一方なんだよ。」
「そ、それを売り捌くのがあなたの仕事でしょ。」
「…本気で言ってる?」
「………。」
霊夢は黙ってしまった。
霊夢にも分かってはいるのだ。御札や陰陽球などが売れるのならば、とっくに自分で売っている。霊夢が霊気を込めているので、価値が無い訳ではないが、それほど大きな力は持っていない。それを、お金を払ってまで欲しがる者はあまりいない。
「それにしてもさ、今年は例年にないぐらいの赤貧ぶりじゃないか。例大祭が終わってまだ三ヶ月だろう。宴会のやり過ぎじゃないのかい。」
「それもあるけどね。例大祭が誤算だったわ。」
博麗神社では、毎年春に例大祭と呼ばれる神様の祭りを行う。博麗神社が賑わう唯一のイベントなのだ。逆に言えば、博麗神社が賑わうのもこの日だけ。この日に訪れる人々のお賽銭が博麗神社の収入のほとんどになる。それが、今年の例大祭に賑わいは無かった。訪れる人達が極端に少なかったのだ。理由は分かっている。訪れる妖怪の数が多かったのだ。それも幻想郷ではトップクラスの実力を持つものばかり。そんな面子がいるのでは、人間達は怖がって神社に来られない。結果、お賽銭も少なく、神社の家計は火の車である。
「そう言われてもなぁ。例大祭は僕の責任じゃないんだよ。支払いはしっかりして欲しいね。」
「わ、分かってるわよ。」
言い返す霊夢の言葉に力は無かった。
「私だってお金があればちゃんと払うわ。でも無いものは無いんだもの…。」
「…霊夢。君にお金が無いってのは、収入が無いからなんだろう?」
霖之助が突然質問をしてきた。
「え?ま、まあそうね。神社に参拝客が来ればいいんだけど。」
「つまり、収入があれば支払いは出来ると。」
「で、出来るけど…。」
霖之助は一方的に話しかけてくる。
「ふむ。それならば、霊夢、僕と取引をしないか?」
「取引?何をさせようってのよ?」
霊夢は少し引いてしまう。
「あやしいことじゃないよ。僕の仕事を手伝って欲しいんだ。」
「仕事?」
「ああ。僕はさっき仕事を引き受けたんだけど、僕一人では少々大変なんだ。それを手伝って欲しい。その仕事をこなせば、依頼人から報酬が出る。その報酬は霊夢にも分ける。その中から、今まで溜まっていた支払いをしてくれればいい。どうだい?」
「うーん。悪い話じゃないわね。」
確かに悪い話ではなかった。神社に居たところで参拝客が来るわけでもない。それならば報酬が出る仕事はやる価値がある。
「仕事の内容を教えて。それによっては引き受けるわ。」
「ああ。依頼人は北に在る村の村長でね。その村なんだが、先日、村の中央にある井戸が涸れてしまったんだ。」
「まさか、新しい井戸を掘るのを手伝えって?穴掘りはやりたくないわ。」
「話は最後まで聞いてくれ。確かに井戸掘りはするよ。でも僕の仕事はその前。井戸の水源を見つけることなんだ。」
「水源?つまり地下水の出る所ね。」
「そう。村でも新しい井戸はいくつか掘ったそうなんだけれど、さっぱり水が出ない。そこで、水源を見つける方法が何か無いかと言われてね。」
「なるほどね。それで、水源を見つけられそうなの?」
「わからない。さっきから考えているんだが、見つける方法が思い浮かばないんだ。霊夢、君の霊感でみつけられないかい?」
「どうかしらね。場所を見てみないとなんとも言えないわね。」
「ということは、見つける方法はあるんだね?」
「水源が残っていれば見つけられる可能性は高いわ。完全に涸れていたらどうしようもないけど。」
「さすが霊夢だ。頼りになる。この仕事、手伝ってくれ。頼む。」
霖之助は霊夢に頭を下げた。
「いいわ。引き受けましょう。」
次の日。霊夢は霖之助に連れられて、森の北にある村に向かっていた。人間達が暮らす村だが、霊夢は来たことはない。村は山の中腹にある丘にあった。村を通り過ぎて北に向かうと山脈の方へ登って行くことになる。
「ねぇ、まだ着かないの?」
霊夢は山道を登りながら、何度目かの質問を繰り返した。
「もう少しだよ。ほら、村が見えてきた。」
霖之助が指差す先には、建物が見える。
「ふう、時間どおりに着いたようだね。…霊夢、大丈夫かい?」
「ぜい、ぜい。」
聞かないでよぅ。もう歩くのイヤー。
「仕方がないね。ここで休んでいてくれ。僕は村長の所に行ってくるよ。」
うん、お願い。私はここにいるから。
霊夢は手だけでジェスチャーをすると座り込んでしまった。
村へ向かう霖之助の背中を見送りながら、霊夢は村の方を眺めた。
村人の家だろう、家屋が立ち並んでいる。その中でひときわ目立つ建物があった。村の中心に位置しており、周りの家屋の数倍の大きさがある。霊夢には住居ではなく工場のように見えた。
霊夢が息を整えたころ、霖之助が人を連れて戻ってきた。霖之助と一緒に来たのは三人。一人は初老の男性、おそらく村長だろう。もう一人は中年一歩手前といった感じの青年。もう一人は女性。霊夢はこの女性に見覚えがあった。
霊夢が立ち上がって村人の方に向き直ると、村長と思われる男性が話しかけてきた。
「おお、本当に博麗の巫女様。わしはこの村の村長ですじゃ。巫女様が手伝ってくださるとは、本当に心強いですのう。」
村長は笑顔で握手を求めてきた。霊夢も握手を返した。
「ええ、本当に心強いですね。ああ、申し送れました。僕は村の青年団長をしています。どうかよろしくお願いします、巫女様。」
今度は青年が握手を求めてきた。霊夢は握手を返す。
「いえ、私なんかで力になれるならいくらでも。」
霊夢が二人に答える。
…なんだか私らしくないなぁ。
霊夢はなんとなくそう思った。
「………。」
もう一人の女性は黙ったままだ。腕を組み、不機嫌そうな顔をしている。
「おや?慧音様、どうかされましたかの?」
「…いや、なんでもない。」
慧音と呼ばれた女性はにこりともせずに答えた。その目線は霊夢からはなさない。
にらまないでよ。私は何にもしないわよ。
霊夢は心の中でつぶやいた。
彼女は上白沢 慧音。人間ではなく、ワーハクタクと呼ばれる半獣である。普段は人間なのだが、満月になると、ハクタクという獣人に変身するのだ。慧音は妖怪ながら、人間と仲がよく、里に住む人間達を妖怪から守っている。又、歴史を食うという能力を持つので、歴史にはめっぽう詳しい。
以前、霊夢と慧音は戦いをしたことがある。慧音は霊夢が人間の里を襲いに来たのだと思い、攻撃を仕掛けたのだ。しかし、本当は慧音の早とちりであって、霊夢はただの通りすがりでしかなかった。それなのに霊夢も本気で戦ってしまい、慧音を負かしてしまった。それ以後、慧音は霊夢を好きにはなれなかった。
「そうですかの。では、ここで立ち話もなんです。巫女様、わしの家までお越しください。詳しい話をいたしますので。」
村長は先頭に立って歩き出した。霊夢達も後に続いた。慧音は一番後ろから着いてくる。
村長の家は村の北側にあった。霊夢は南側の山道から入ってきたので、村の中心を横切ることになる。そうすると嫌でもあの大きな建物が目に入った。
「ねえ霖之助さん、この大きな建物はなんだか知ってる?」
霊夢は隣を歩く霖之助に聞いてみた。
「あれ、知らなかったかい?これは酒造所だよ。」
「え?お酒?こんなに大きな建物で?」
「ああ。この村は酒作りで生計を立てているんだ。幻想郷で飲まれている酒の十分の一位は作っているはずだよ。」
「へえー、そうだったんだ。」
霊夢も酒は好きで良く飲む。しかし、作っている場所までは知らなかった。素直に感心してしまう。
話をしているうちに、村長の家に着いた。
村長は霊夢達にお茶を出すと、事情を話し始めた。
村長の話をまとめるとこうなる。井戸が涸れてしまったのは一ヶ月前。急に水量が減ってきてしまい、ついには涸れてしまった。村では、井戸の水を使って酒作りをしている為、酒作りはストップしていた。酒作りが出来ないのは、村にとっては死活問題である。急遽、新しい井戸を掘ってみたのだが、さっぱり水は出ない。それで、何か手はないかと霖之助に相談してみたのだ。
「すぐに水源を見つけられないと、井戸が出来る前に冬が来てしまいます。雪が降ってしまっては井戸は掘れません。来年の酒を作るためにも井戸は必要なのです。」
「なるほどね。変わった道具を持っている霖之助さんなら何とか出来るかもしれない、そう思って相談したと。」
「はい。そうしましたら、巫女様を連れてきてくださいました。巫女様、水源を見つけるなにかいい方法はないでしょうか?」
「ああ、それくらいは…。」
簡単よ。…と言おうとしたのだが、なぜか霊夢は続けなかった。強い視線を感じたのだ。視線を感じる方をちらりと見ると、慧音が不機嫌な顔でこちらを見ていた。
…慧音?………あ、そうか。
「え、えーと、詳しく調べてみないとなんとも。簡単には出来ないかもしれないし。と、とりあえず引き受けるわ。」
霊夢は少し言葉を濁しながらもそう答えた。
「そうですか。それではお願いします。もう、巫女様だけが頼りですじゃ。」
村長は霊夢に頭を下る。
「まぁ、あんまり期待しないでください。ああ、それから慧音。」
「え?な、なんだ?」
突然話しかけられて、慧音は驚く。
「あなたにも手伝ってほしいの。私一人では無理だから。いいでしょう。」
「あ、ああ。私でいいのなら。」
霊夢に一方的に言われて、慧音はうなずいた。
「ありがと。それじゃ、早速始めましょうか。慧音、井戸の在る所まで案内して頂戴。」
「なんで私に手伝いを頼んだのだ?」
井戸に向かって歩きながら、慧音が尋ねてきた。
「なんでって、私一人にやらせるつもりだったの?」
「いや、そうではないが…。」
「ならいいじゃない。二人でやったほうが早いわ。」
「………。」
霊夢の答えに慧音は黙ってしまった。
んー、ちょっとわざとらしかったかしらね。変に勘ぐられたかも。
霊夢には慧音の視線の意味がなんとなく分かったのだ。そもそも慧音はこの村に住んではいない。それなのに村にいるということは、慧音も井戸の水源探しを手伝いに来ているということ。おそらく、村長はまず慧音に助けを求めたのだろう。しかし、水源は見つけられず、次に霖之助を頼った。そして霊夢がやってきた。これでは慧音は面白くない。普段、神社に篭ってろくに仕事もしていない霊夢の方を村長は頼りにしたのだから。さらにここで霊夢にあっさり水源を見つけられたりしたのでは、慧音の立場がなくなってしまう。慧音の機嫌が悪いのはあたりまえである。
そこで、霊夢は少し機転を利かせて慧音と二人でやることにしたのだ。
でもなぁ、私らしくないなぁ。なんで慧音に気を使ってるのかなぁ。
いつもの霊夢なら他人のことなど気にしない方なのだが、今日は何か心に引っかかるものがあるらしい。
そんなことを考えているうちに井戸の所に着いた。場所は酒造所のすぐ隣。よく見られる、滑車と手桶による汲み上げ式ではなく、手漕ぎポンプを使った汲み上げ式だった。
「あー、このタイプかぁ。これだと中が覗けないのよねぇ。」
一般的な手桶式は、井戸の底に溜まっている水を汲み上げるだけなので、井戸の中が覗ける。ポンプ式は、地中に配管を通してからその周りを埋めてしまう。よって、覗くことはできないのだ。反面、汲み上げられる水量は比較にならないが。
「ああ、だから地下の様子が分からない。ポンプは壊れていないから、水が無くなってしまったのではないかと思うのだが。」
「ふーん。」
霊夢は井戸の周囲を見わたす。
「ねえ慧音。ここ最近、地盤沈下って起きてない?」
「は?地盤沈下?いや、そんなものは起きていないが。」
突然の質問に慧音は驚いた。
「そう。なら大丈夫よ、水は涸れてはいないわ。」
霊夢ははっきりと言った。
「なぜ?そう断言できる理由はなんだ?」
慧音は霊夢に尋ねる。
「えっとね、井戸は地下水を汲み上げるものよね。地下水は地中にある空洞に溜まっているわ。それじゃ、地下水を全部汲み上げたら、その空洞はどうなるでしょうか?」
「そりゃあ、空っぽになって空洞だけが残る…あっ!そうか、空洞の上にこんなに大きな建物が建っていたら、重みでつぶれてしまう。」
「そういうこと。恐らく、地下の水路が何らかの理由で変わってしまったのよ。」
「…そういえば、井戸が涸れる前に、大きな地震があったな。」
「たぶんそれが原因ね。」
「なるほど。」
霊夢の答えに、慧音がうなずいた。
「それじゃ、次は水脈を探さないとね。」
霊夢は上空に向かって飛び上がった。それを見て、慧音も慌てて飛び上がる。そのまま二人は村が一望できる出来る高度まで上昇した。
霊夢は村の周囲を見わたす。村は北に進めば山脈、南に下れば平地という場所にあった。北の山からは南東の方に川が流れている。この川は、村からは離れた位置を流れていた。
「うーん、川からは随分と離れているのね。こんなところに村を作って不便じゃないの?」
霊夢が慧音に尋ねた。
「確かにそうなんだが、あの川はすぐに氾濫をおこすのだ。以前は川べりに村があったのだが、水害がひどくて今の位置に村を移したんだ。」
「ふむ、それならなおさら井戸が必要だと。」
「そう言うことだな。」
慧音が答えた。
「ねえ、慧音。あの川の水じゃ、お酒は作れないの?」
「ああ、作れないことはないらしい。ただ、一級酒を作るには駄目のようだ。どうも、不純物が多いらしい。」
「…なるほど。」
霊夢はうなずいた。
「なあ、霊夢。一人で納得していないで、私にも説明してくれないか?」
慧音が尋ねてきた。
「えーとね、結論から言うと、村の井戸の水は、あの川の水が流れ込んで地下水になったものね。」
「何でだ?」
「地下水はね、溜まっていく内に中の不純物が沈んでくれるの。だから汲み上げた時にはきれいな水になるわ。だから、川の水から不純物を取り除いた水が井戸の水だと考えていいはずよ。」
「なんだかこじつけじゃないか?」
「ま、大丈夫よ。ちゃんと水はでるから。」
「そんなもんかな…。」
慧音はいまいち納得していないようだった。
「そんなもんよ。それじゃ、いよいよ水源を探すわよ。」
霊夢は村の方へ降りていった。慧音も後に続く。
「…霊夢。」
村に向かう途中で慧音が声をかけてきた。
「何?」
「さっきから、私に気を使ってないか?」
「え?」
予期せぬ質問に霊夢は振り返った。
「な、なんでかしら?」
「霊夢がすごく詳しいからだよ。村長の前では自信なさげだったが、始めるとすらすらとこなしているじゃないか。それだったら、私を連れて来ないで、一人でやったほうが早いだろう。専門外の私は足手まといと思わなかったのか。」
「え、えーと…。」
「それに、めんどくさがりのお前が、私の質問にきちんと答えてくれている。お前らしくない気がするのだが。」
「………そんなことは無いわよ。私は慧音に手伝って欲しかっただけ。その為には説明も必要でしょう。」
「…そうか。ならいい。」
慧音はそれ以上は聞いてこなかった。
…なんでだろう…。
慧音の言うとおりなのよね。確かに一人の方が早いと思う。それに慧音に説明するのもめんどくさい。いつもならそう思うはず。それなのに、今日は違う。いつもと違う。何が違うんだろう。
霊夢は心の中で自分に問いかけた。でも、分からなかった。
「霊夢、これでいいのかい?」
霖之助が荷車を引きながら、霊夢のところにやってきた。荷車にはいくつかの小道具が並んでいる。
「えーと…、うん。これでいいわ。」
霊夢は荷車の道具を確認するとうなずいた。
霊夢達がいるのは村の入り口。ここから水源探しを始めるのがいいと思ったのだ。そこで、必要な道具を霖之助に持ってきてもらった。
「針金、ペンチ、鳥の羽、木の桶がたくさん。こんなもの何につかうんだ?」
「もちろん水を探すのに使うのよ。」
慧音に返事をすると、霊夢はまず、針金を適当な長さに切った。その針金をL字型に曲げる。それを六本ほど作ると、二本ずつ慧音と霖之助に手渡した。
「…もしかして、これはダウジングか?」
慧音が尋ねてきた。
「あら、知ってるのね。そうよ、ダウジング。」
「話に聞いたことはある。実際にやるのは初めてだが。」
慧音は手にした針金を見ながらつぶやいた。
「ダウジングってなんだい?」
霖之助は知らないらしく、霊夢に聞いてきた。
「これはね、地中に埋まっている物を見つける方法なの。原理は分からないんだけれど、地中に何かがあると針金が反応するのよ。」
「こんな普通の針金でかい?」
霖之助は信用していないようだ。となりの慧音もいまいち納得していない。
「ま、やってみたほうが早いわね。」
霊夢はL字に曲がった針金を両手に一つずつ持った。短いほうを手に持って、胸の前で水平に構える。針金の先端を進行方向に向けると、そのままてくてくと村の中に入っていった。慧音と霖之助も後を着いていく。
十数分も歩いただろうか。霊夢が持つ針金がゆっくりと左右に開いた。
「ここね。」
霊夢は足元に大きくバツ印を付けた。
「ここから水が出るのか?そうは思えないが。」
慧音はあたりを見渡しながら聞いてきた。
なぜなら、この場所は村のほぼ中心。涸れた井戸からは十メートルも離れていない。
「さあ。」
「さあってなんだ?」
「ダウジングは地中に何かがあれば反応するから。何があるのかまでは分からないわ。」
「それじゃだめじゃないか。片っ端から掘ってみるつもりか。」
「大丈夫。水を確認する方法はあるから。」
「………。」
二人はいぶかしげに霊夢を見る。
「どうも僕には信用できないね、この針金。」
霖之助は手にした針金を見つめる。
「それなら試してみるといいわ。」
「…そうだな。」
霖之助は先ほどの霊夢と同じ用に針金を構えた。そのまま、霊夢が印を付けた所まで歩いていく。印の場所の上まで来る。すると、針金が左右に開いた。
「どうなってるのこれ?」
「まて、私もやってみる。」
慧音も同じくやってみる。やはり同じく針金が左右に開いた。
「どうなってるのだこれは?」
二人は針金を見つめた。
「どうなっているのかしらね。さぁ、この方法で村中を調べるわよ。」
「ああ、分かった。」
「やる気満々だな、霊夢。」
三人は別れて村中を歩き回った。二時間も歩き回っただろうか。村中に付いたバツ印は二十箇所を超えていた。
「ふー、疲れたわねー。」
霊夢は大きく息を吐いた。
「ああ、少し疲れたな。」
慧音もとなりで息を吐いた。
「さて、これからどうするのだ?本当に全部掘るとか言ったら怒るぞ。」
「そんなことしないわよ。」
霊夢は荷車のところまで歩いていった。荷車から鳥の羽と木の桶を下ろす。
「これを使うのよ。」
「これをねぇ…。」
慧音はまたもいぶかしげな表情を見せた。
「いいから見ていて。」
霊夢は鳥の羽と木の桶を手に持ってバツ印のところまで歩いていく。すると、バツ印の上に鳥の羽を置いてその上から桶をかぶせた。
「出来たわ。」
「はぁ?」
慧音は今までで一番あっけに取られた顔をした。
「出来たってなにがだ?これはなんだ?」
「後で教えてあげるわ。さ、全部やりましょう。霖之助さん、見ていたでしょう、荷車を引いて頂戴。」
霊夢は不満顔の慧音を連れて、全てのバツ印の上に桶をかぶせていった。
「これでいいわ。後は待つだけ。明日の朝までは待ったほうがいいわね。」
「それはいいが、いったいこれはなんなのだ?」
「んー、これは口で説明するよりも実際に見たほうが分かるわね。明日の朝、教えるわ。」
霊夢は上機嫌で答えた。
「なあ、霊夢。聞きたいことがあるのだが、いいか?」
慧音が尋ねてきた。
「ん、なにかしら。」
「なんでこんなにも井戸を掘ることに詳しいんだ?私や村の人達の知らない知識をどこで知ったんだ?」
「ああ、それはね。私が子供の時なんだけれど、神社に井戸を掘ったことがあるのよ。その時のことを覚えていただけよ。」
「なるほどね。…もう一つ聞いていいか?」
「いいわよ。」
「めんどくさくないのか?」
「え?」
「さっきも聞いたが、お前は極度のめんどくさがりやだろう。それが自分から進んで仕事をしているのはなぜなんだ?」
「………。」
今日、何度目になるだろうか。自分自身への問いかけ。普段と違う自分。
「………。」
「……嫌、悪かった。気にしないでくれ。」
黙ってしまった霊夢に気を使ってか、慧音が謝ってきた。
「霊夢、今日の仕事は終わりなのだろう。村長の家に行って休憩するとしよう。」
「…そうね。霖之助さん、荷車を片付けて頂戴ね。」
霖之助の合図を確認すると、二人は村長の家に向かって歩き出した。
村長の家の前まで来ると、小さな女の子が一人で遊んでいた。
「あ、慧音せんせー。」
女の子は慧音を見つけると駆け寄ってきた。
「慧音せんせー、こんにちは、あのね、あのね、きょうね…。」
「はは、落ち着いて話なさいね。」
女の子は一生懸命話しかけてくる。慧音もしゃがみこんで女の子と視線を合わせて話を聞いている。
そういえば、慧音は歴史の学校を開いてるって新聞に書いてあったわね。この子はその生徒なのね。
女の子と話をしている慧音はとても嬉しそうだ。よほど子供のことが好きなのだろう。
そんなことを考えていると、女の子は霊夢のことを見上げてきた。
「こんにちは。」
霊夢は挨拶をした。
女の子は驚いたのか、慧音の手を握った。
「慧音せんせー、このおねえちゃんだれ?」
「ああ、このお姉ちゃんは、博麗神社の巫女様だよ。いい人だから怖がらなくていい。はら、挨拶をしないと。」
「うん、こんにちは。」
女の子は頭を下げて挨拶を返してきた。
「ねぇ、慧音せんせー、みこさまってなにをするひとなの?」
女の子は慧音に訪ねた。
「巫女様はね、幻想郷を守ってくれているんだよ。」
「げんそうきょうをまもるの?それってどんなことをするの?」
「そうだね、幻想郷の中に悪い奴らが入ってこられないようにしたり、幻想郷の平和を乱す悪者をやっつけてくれたりするんだ。」
「へー、そうなんだ。」
慧音の説明を女の子は理解したようだ。
子供に分かりやすいように言い換えてはいるが、慧音の説明は合っている。悪い奴らが入ってこられないようにするとは、博麗大結界の守護。悪者をやっつけるというのは、幻想郷に異変を起こす妖怪の退治である。
うーん、幻想郷の守護かぁ。最近は平和だから、あんまり気にしてなかったわね。
平和が乱れない限り、巫女は動かない。そういうものだと霊夢は思っている。
霊夢がそんなことを考えていると、女の子は慧音に次の質問をぶつけてきた。
「それじゃね、慧音せんせーもみこさまなの?」
「「え?」」
その質問には慧音だけでなく、霊夢も驚き声を上げてしまった。
「だってね、慧音せんせーはむらにわるいようかいがこないようにしてくれてるよ。わるいようかいがきてもやっつけてくれるよ。だからみこさまなんだよね。」
「え、えーとそれはだな…。」
慧音は返事に困ってしまい、霊夢を見上げる。だが、霊夢は目を見開き固まっていた。
…巫女様…そうか…それだったのね…。
村に来てからの違和感、心の中のもやもやの訳が今はっきりと分かった。
あはは…私ったら、ばかみたい。小さな女の子の言葉で気が付くなんて。
「おい、霊夢?」
急に固まってしまった霊夢に、慧音が心配そうに声をかけてきた。
「え?ああ、なんでもないわ。」
霊夢は我に返る。すると、しゃがみこんで女の子と目線を合わせた。
「ふふ、そうよ。慧音先生は巫女様なの。人間の巫女様。」
霊夢は笑顔で女の子に話しかけた。
「れ、霊夢?」
「やっぱりー。慧音せんせーすごおーい。」
「いや、あのな、それはだな…。」
慧音は否定しようとしたらしい。だが、歓喜の声を上げた子供に違うとはいえないのだろう。
「れ、霊夢。どういうつもりなのだ?」
慧音が霊夢に向き直る。
「いいじゃないの、嘘じゃないんだし。」
霊夢は答えると慧音に背中を向けた。
「霊夢?」
「慧音、私ちょっと急用を思い出したの。明日の朝また来るから。後、お願いね。」
霊夢は慧音に背中を向けたまま、空に飛び上がった。
「おい、霊夢。急にどうしたんだよ。」
慧音が声をかけても霊夢は振り向かなかった。
太陽はとっくに沈んでしまい、あたりは暗闇に包まれている。夜空の月と星の明かり以外はまったく無かった。
そんな中、霊夢は神社の裏手の自宅にいた。お気に入りの縁側に腰を下ろして星空を見上げている。
「博麗の巫女様か…。」
霊夢はつぶやいた。
今日一日のことを思い出す。霖之助に連れられて人間の村を訪ねてからの自分だ。村に着いて、村長が自分にかけた言葉。『博麗の巫女様』。この言葉を聞いてからだ、自分に違和感を覚えたのは。そして慧音だ。大して仲がいい訳でもない彼女に気を使ってしまっていた。慧音に会ってからは自分の行動がおかしかった。いつもの自分らしくない行動を無意識で行っていた。自分で自分が分からない。その謎を解いてくれたのは小さな女の子。今思うと恥ずかしくてたまらなかった。
前に巫女様なんて呼ばれたのはいつだっただろう。みんなは私のことを巫女とは呼ばない。霊夢と名前で呼んでくれるならまだ良い。なかには紅白としか呼ばない連中もたくさんいる。そんな中で、私を巫女と呼んでくれた村長さん達。ろくに人間達の手助けもしていないってのに。人が良すぎるわね。たぶん慧音のおかげね。彼女が人間達を守ってくれていた。人間達の巫女をしてくれていた。だから巫女という存在を信じることができる。
霊夢は立ち上がった。そのまま神社の境内の方へ向かった。
村長さんに巫女様と呼ばれたとき、私は嬉しかったのだと思う。私の周りには、私を巫女として見てくれる人がいなかったから。だから私は無意識の内に、博麗霊夢ではなく、博麗の巫女を演じた。そして慧音。慧音にも博麗霊夢で会ったのならば、ただの半獣、妖怪としか思わなかっただろう。でも私は博麗の巫女として彼女に会った。彼女は人間達の巫女。私と同じ巫女なのだから。だから彼女に気を使ったし、彼女も私に気を使ったのだろう。
霊夢は神社の鳥居をくぐった。目の前には境内が見えた。
私の心の疑問を解いてくれたのはあの女の子の言葉。ううん、違うよね。私は気づいていたはず。でも気づいたら私は博麗霊夢に戻ってしまいそうだったから。もう少し博麗の巫女でいたかっただけなんだ。ふふ、おかしいよね、同じ自分なのにさ。
目の前には神社の境内がある。霊夢は足を止めた。
私は博麗の巫女。幻想郷を守るのが役目。幻想郷の平和のバランスを崩す者だけを退治していればいい。でも、それ以外のことをしちゃいけないなんて決まりは無い。
「まったく、どうしちゃったのかしらね、今日の私は。」
でも、こんな日もあっていいと思う。人助けをするのに理由なんていらないのだから。
「巫女が自分の神社に参拝するってのも滑稽よね。」
霊夢はポケットから薄っぺらい財布を取り出すと、中から硬貨を数枚取り出し、その硬貨を賽銭箱へと投げ入れた。そして両手を合わせる。
「あの村から水が出てくれますように。」
霊夢は目を閉じて祈った。
次の日の朝。霊夢は村へ向かって空を飛んでいた。背中には大きめの袋を背負っている。
村が見えてきた。村の入り口に着地すると、村の中に入っていく。
村長の家の前まで来ると、慧音がいた。周りには子供達が何人かいる。みんなで朝の体操をしているようだ。慧音が声を掛けているが、さっぱり合っていない。でも、見ているとほほえましい。
「あ、慧音せんせー。みこさまがきたよ。」
霊夢に気が付いたのは昨日の女の子だ。慧音が振り向いた。
「おはよう、慧音。」
「ああ、おはよう。ずいぶんと早いじゃないか。」
二人は挨拶を交わす。
「ん、まあね。早く始めるのに越したことはないし。」
「ふむ。それじゃ、ちょっと待ってくれ。」
慧音は子供達のところへ向かう。
子供達は突然現れた霊夢に興味津々である。慧音は子供達に事情を話して解散してくれた。
「すまん、待たせた。」
「いいわ。それよりも子供達はいいの?」
「ああ、大丈夫だ。今日は授業の予定は無いしな。」
「そう。霖之助さんはいないの?」
「いるよ。呼んでくるよ。」
慧音は村長の家へと入っていった。
霊夢は背負っていた荷物を下ろした。さほど重くは無いようだ。
しばらくして、霖之助が慧音と一緒に出てきた。
「やあ、おはよう霊夢。ずいぶんと早いじゃないか。」
「うん、おはよう。…あのさ、さっき慧音にも言われたけれど、私が朝早くに来るのは変?」
「ああ変だ。寝ぼすけの霊夢らしくない。」
「はっきりと言ってくれるわね。」
霊夢は霖之助をにらむ。霖之助は気にもとめない。
「ま、いいわ。さっさと始めるわよ。霖之助、これ預かっていて。」
霊夢は持ってきた荷物を霖之助に渡した。
「ん、なんだいこれ?」
「後で使うの。どこかに置いて頂戴。」
「わかった。」
「それじゃ慧音、行くわよ。」
「ああ、ってどこに?」
「もちろん昨日の桶のところによ。」
霊夢は慧音を連れて歩き出した。
目の前には木の桶が置いてある。昨日と何も変わってはいない。
「それで、これをどうするのだ?」
慧音が尋ねてくる。
「ん、どうすると思う?」
霊夢は逆に尋ねてみた。
「んー、中には鳥の羽が入っている。その羽に何か変化があるとか。」
「ご名答。開けてみてよ。」
「どれ…。」
慧音が桶を開ける。中には昨日と同じく鳥の羽がある。手にとってみた。
「あれ、湿ってる?」
「当たりみたいね。」
「どういう事だい?」
「地下水が溜まっている場所はね、地下から水蒸気が出てくるの。だから、羽が湿っている場所には地下水があるのよ。」
「そうか、そういうことか。」
慧音は納得したようで声を上げた。
「それじゃ、全部の桶を開けてみるわよ。」
二人は分かれて桶を開けていった。その中で羽が湿っていたのは十箇所。村の西側に集まっていた。
「水があるのはこの辺りね。」
「間違いないか?」
「まず、間違いないわ。」
霊夢は断言する。
「そうか、良かった。さっそく村長に知らせてくるよ。」
慧音は村長の家に向かって駆けていった。
「さてと、私も準備をしますか。霖之助さんはどこに行ったのかしら。」
霊夢は辺りを見渡す。霖之助は桶を荷車に積み込んでいた。
「霖之助さーん。さっき渡した荷物を持ってきて頂戴。」
霊夢は霖之助に声をかける。
「ああ、いいよ。」
霖之助は荷物袋を持ってきてくれた。
「何が入っているんだい?」
「ちょっとね。」
霊夢は袋の口を開けて中身を取り出した。出て来た物は、御札、祓い串、金づち、釘、角材が数十本である。
「何か作るのかい?」
「ええ。だから手伝って。大丈夫、簡単だから。」
霊夢は霖之助に手順を説明した。
「なるほどね。気が利くじゃないか。まるで巫女だね。」
「巫女よ!もう、さっさと始めなさい。」
皮肉たっぷりな霖之助を一喝する。
霖之助はにやけながらも作業を始めた。
…そりゃね、自分でも、私らしくないと思っているわよ。でも、今回はとことんやるんだから。
霊夢が考えていると、慧音が村長と青年団長を連れてやってきた。
「巫女様、水が見つかったと聞きましたぞ。」
興奮しながら村長が尋ねてくる。
「はい。調査してみましたら、この辺りならば水が出ます。」
「おお、そうですか。ありがとうございますじゃ、さすがは巫女様ですじゃ。」
「いえ、そんなことないですよ。慧音が手伝ってくれたからです。彼女がいなかったら、見つかりませんでした。」
「そうですか。慧音様、ありがとうございますじゃ。」
「い、いや、私はたいしたことは…。」
「そうよ、ありがとう、慧音。」
謙遜する慧音に霊夢が割り込んだ。
「あ、うん…。」
慧音は恥ずかしそうにうなずいた。
「さあ、それでは早速職人の手配をしなければ。明日にでも掘り方を始められるようにしますよ。」
青年団長は大張り切りで、すぐに駆け出していきそうだ。
「あ、ちょっと待ってもらえます?」
霊夢は青年団長を呼び止めた。
「え、なんです?」
「もう一つやることがあるんです。」
霊夢は振り向いて霖之助に声を掛ける。
「霖之助さん、できた?」
「ああ、できたよ。」
霖之助が作っていたものは、小さな社(やしろ)だった。
村の中心、酒造所の前。そこに村人達は集まった。村人たちの注目する先には、作ったばかりの社が置かれている。社の前には祓い串を持った霊夢がいた。霊夢は社の前に立ち、両手で握った祓い串を数回振るう。その後、目を瞑り両手を合わせた。
「………。」
霊夢の後ろでは、村人達も両手を合わせていた。
霊夢はもう一度祓い串を振るうと目を開けた。そして村人達の方へ振り向く。
「厄除けの祈祷を行いました。村に災厄が無いことを祈ります。」
霊夢は村人達に頭を下げた。
「おお、ありがたいですじゃ。これで村は安泰じゃ。」
村人達は大喜びだ。
霊夢は慧音の姿を探す。慧音は村人達の後ろで子供達と一緒にいた。
「慧音、ちょっと来て。」
「ん?なんだい?」
慧音が霊夢の前まで出てきた。
「はい。今度はあなたの番よ。」
霊夢は祓い串を慧音に渡した。
「はい?」
突然のことに慧音の頭は疑問符で一杯らしい。
「だから、あなたが祈祷をする番なの。」
「…え、ええー?!」
慧音は悲鳴を上げた。
「霊夢、突然何を言うんだ。なんで私が?」
「だって、あなたも巫女なのよ。あたりまえじゃない。」
「無茶言うな。私は巫女じゃな…。」
慧音の話の途中で霊夢が突然横を向いた。慧音もつられて霊夢の視線を追う。
「…あ…。」
「ね。」
視線の先には子供達がいた。あの女の子ももちろんいる。子供達のきらきらした目は慧音を見ていた。
「慧音せんせー、すごおい。」
「せんせーがんばれー。」
子供達は声援を送っている。
「ほら、観念しなさい。」
「うう………。霊夢、どうやったらいいのだ?」
「さっきの私の真似をしながら、心の中で祈ればいいわ。」
「な、何を祈ればいい?」
「あなたが思っていること。人間達への思いよ。」
「わ、分かった。」
慧音は顔を真っ赤にしながらも、社の前に進んで行った。
「………。」
慧音は目を瞑りながら、必死で祓い串を振るった。
霊夢は後ろに下がりながら、慧音の背中を見ていた。
人間の巫女は、人間達の何を祈るのかしらね。
それから一ヶ月ほど過ぎたある日。ここは博麗神社。すっかり秋も深まり、霊夢は落ち葉の掃除に追われていた。
「ああもう、掃いても、掃いてもきりが無いわ。」
愚痴を言いながらも箒を動かす。
「おおーい、霊夢。」
頭の上から声が掛けられた。霊夢が見上げるとそこには慧音がいた。背中には袋を担いでいる。
「あら慧音。久しぶりね。」
「ああ、ごぶさただった。」
霊夢は掃除を中断すると、慧音を自宅に案内した。お茶を入れると、お気に入りの縁側に二人で腰を下ろした。
「はい、お茶よ。」
「ああ、ありがとう。」
二人はお茶を飲んだ。ここのお茶は気分が安らいでいい。
「うまいな。いいお茶だ。」
「ありがと。それで、今日はどうしたの?」
「ああ、そうだ。」
慧音は湯飲みを置くと、霊夢の方を向いた。
「村に水が出たんだ。霊夢が見つけてくれた場所から。」
「あら、よかったわね。」
「ああ、冬には工事も終わる。年明けには酒造りも再開できそうだよ。」
「そう、よかった。来年もおいしいお酒が飲めるわね。」
「霊夢。あなたは村を救ってくれた。ありがとう。」
慧音は頭を下げた。
「ちょっと、やめてよ。なんか恥ずかしいわ。」
霊夢の顔は真っ赤だ。
慧音は頭を上げた。霊夢の顔を見る。
「ほう、霊夢は照れ屋なのだな。それならもう少し頭を下げておこうか。」
「なんでよ!やめてってば!」
「あはは。」
慧音は笑った。
うー、この前、巫女をやらせたしかえしかしら。
「はは、すまんな。だが、本当に感謝しているよ。霊夢が来てくれなかったらどうなっていたことか。」
「うん…。」
霊夢は湯飲みに残ったお茶を一気に飲み干す。
「それからもう一つ。」
「え?」
「私はあなたを誤解していた。すまなかった。」
慧音はまた頭を下げてきた。
「えっ?ちょっとなんのことよ?」
霊夢はあわててしまう。
慧音はゆっくりと頭を上げた。そしてゆっくりと話を始める。
「私はずっと思っていた。博麗の巫女は人間。なのに、妖怪や悪魔とばかり仲良くしている。どうして人間を助けてくれないんだろう。」
「………。」
「博麗の巫女が来てくれないのならば、私が巫女をするしかない。そう思ってきた。その間はずっと博麗の巫女を嫌っていた。」
「………。」
「でも、あなたと会って考えが変わった。博麗の巫女は幻想郷の巫女なのだ、幻想郷全てを守らなくてはならない。そのことに気が付いたのは、あなたが私を人間の巫女と呼んだ時。あの時のあなたの言葉の意味は、人間達を頼む、だったのだろう。」
「………。」
「まさか、本当の巫女に仕立て上げられるとは思わなかったけどね。」
「………。」
「霊夢、幻想郷を守るという使命を持つあなたを悪く思っていた。すまなかった。」
「…もういいわ。頭を下げないで頂戴。」
霊夢はそう答えると微笑んだ。
「あなたは悪くないわ。私は人間達を守っていない。それは本当なのだから。」
「しかし…。」
「いいのよ。もうこの話はお終い。」
「…ああ、わかったよ。」
慧音はうなずいた。
私の事をこんなに思ってくれた人はいなかった。そんなに他人を思える彼女は巫女として本当にふさわしいわ。
そんな慧音を見て霊夢は思う。
「それからな。」
「なに?まだ何かあるの?」
慧音は霊夢の前に、持ってきた袋を差し出した。
「これは村長からあなたへのお礼の品だ。受け取ってくれないか。」
「え?何かしら?」
霊夢は袋を開けた。中には一升瓶が二本入っていた。
「あら、お酒ね。…え?これって…。」
ビンに張ってあるラベルを見て驚いた。
「これ、大吟醸酒じゃない。特級酒よね。」
「ああ、村でもなかなか出来ない希少品だ。」
「こんな高価なお酒を二本ももらっていいの?」
「ああ。一本は私からだ。詫びの品だと思ってくれ。」
つまり、一本は慧音がもらった物なのだろう。それを霊夢にやろうというのだ。
「…わかったわ。ありがたく頂戴するわね。」
ここで断るのも慧音に悪いと思った。
「さて。」
慧音は立ち上がった。
「私の用事はこれで終わり。お邪魔したね。」
慧音は立ち去ろうとした。
「ちょっと待ちなさい。」
それを霊夢が呼び止めた。
「なんだい?」
慧音が振り返る。
「あのね、こんなにいいお酒が目の前にあるのよ。飲ませないで帰らせる訳にはいかないわ。」
「え、でもそれは…。」
「いいから、一杯付き合いなさい。」
「ああ、わかったよ。」
慧音は縁側に座りなおした。
霊夢は台所からお猪口を二つ持ってくると、酒を注いだ。
「はい、慧音。」
「ありがとう。」
二人はお猪口を手にした。
「幻想郷を頼むよ、博麗の巫女。」
「こちらこそ、人間達を頼むわ、人間の巫女。」
二人の巫女は酒を一気に飲みほした。
思わず目に涙が・・・・・・
温かい話に胸が温かくなりました。
しかし、本来それが当たり前なのかもしれない。
考えさせられると同時に暖かい話でした。ハッ!目から鼻水が!
>時空や空間を翔る程度の能力様
温かい話といってくださいまして、ありがとうございます。
>名前が無い程度の能力様
巫女はいつでもどこにでも来てくれると思いますよ。
読んでくださった皆様。ありがとうございました。
お互い役回りは異なるけれど、それぞれの立場から自分のなすべきことをしっかり考えて行動している。
久々に目頭が熱くなりました。
弾幕合戦みたいな派手さはないけれど、とても温かくて善いお話でした。
GJ!