Coolier - 新生・東方創想話

胡瓜の馬と茄子の牛

2007/03/27 10:50:44
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 机の上に一通の手紙が置いてあった。
 三つ折りになるように折り目が付けられたその便箋には、整った綺麗な文字で短い文が書かれていた。


『前略 お元気ですか? そちらの暮らしには慣れましたか? あなたが去って早一ヶ月、私は相変わらずです。
あなたは気さくでマイペースだから、きっとすぐに友達なんて出来てしまうでしょうね。
友人と呼べるほどの関係がある者がほとんどいない私にとっては、あなたのいない日々は非常に辛いもので』


 その先は上に乗った封筒によって途切れている。心なしか色褪せた便箋の中央には数箇所、濡れて皺が寄った跡があった。
 出窓から乾いた夏を告げる風が吹き、便箋に乗っていた封筒を床に落とした。
 その下には一文だけ、続きがあった。


『あなたは手癖が悪かったから、地獄に落とされたんじゃないかと心配です』









 魔理沙が死んだ。
 何の事はない、普通に生まれ、普通に暮らし、普通に寿命を迎えたのだ。
 ただそれだけ、普通の人間の生涯が幕を閉じただけだ。
 里は相も変わらず日々を営み、森も山もほとんど変わる事はなかった。
 形あるものは何れ滅びる。盛者すらも必衰の理を表すのだ。
 変わった事と言えば彼女と個人的に関わりがあった烏天狗の記事になった事。
 それと、一人の魔法使いの心に陰りをもたらした事だろうか。


 それはもう色々と手を尽くした。
 永遠を操る姫にも地獄の裁判長にも頼んだし、境界を操る妖怪にも頼んだ。
 だが、誰の答えも否。人の生死に口出しは出来ぬ、と。
 蓬莱の薬も勧めたし、『魔法使い』になる事も勧めた。
 だが、どの勧めも否。彼女はあくまで人間である事を望んだ。
 つまり、もはや七色の魔法使いに出来る事などなかったのだ。


「それで、もう一ヶ月も経つというのに愚痴に来たのかしら?」


 パタン、と分厚い本を閉じてパチュリーはため息をついた。
 テーブルを挟んだ反対側には紅茶に映る自分を見ているアリスの姿。
 その表情は暗く重い。
 心労が酷いのだろう、少しやつれたようだ。


「たかだか人間が一人死んだくらいで、ここまで落ち込むとは思わなかった。
あいつはいつも自分勝手で嘘吐きで、他人の事なんて何も考えないし……他人のものも勝手に持っていくし……」
「こんなところで泣かないでもらえるかしら。本に水気は禁物なの」
「ッく! あんたはっ!」


 一拍の後、衝撃で揺れたティーカップの音だけが暗い図書館に響く。
 アリスは両手で強く机を叩いて勢いよく立ち上がっていた。
 その形相たるや、視線で人を殺せるなら今すぐこの魔女を殺さんとばかりに凄まじいもの。


「あんたは悲しくないのっ!? 仮にも友人でしょう!?
魔理沙が死んだ時もそうだった! いつも通り涼しい顔して涙一つ流さなかった!
七曜を極め、石にすら届いた賢者様にとっては彼女はその程度の存在だったのかしら!?」


 言葉は暴風雨のようにパチュリーへ降り注ぐ。
 彼女はしばらくアリスを見つめていた視線を、空いている席へと落とした。
 自分の位置は東側、空席は北側。そこがいつも彼女の座っていた席。
 彼女がどんな体勢で本を読もうとその顔はいつでも盗み見る事が出来た。
 そんな、彼女だけの、彼女の為の席。


「あなたは幸せね。魔理沙の死を哀しめるもの」


 ポツリ、と。魔女は呟いた。
 雨でも降り出したのか、外は灰色のブラインドが降りたよう。
 灯りの点いていない室内は輪をかけて暗かった。
 或いは、この魔女は図書館の中の空気さえ支配するのかもしれない。


「何を言って……」
「長く」アリスの言葉を更なる言葉で封じる。口数の少ないパチュリーにしては珍しい事だ。
「無駄に長く生きているとね、感情なんて擦り切れてしまうものよ。
特にあまり外に出ない私なんかはね」


 一際大きな雷鳴が轟く。
 まるでそれがスイッチだったかのように、ジジ、と音がして天井から釣り下がっている電球に火が灯った。
 点き始めの薄暗い光はパチュリーの顔の陰影を更に濃くした。
 

「まだ妖になって間もないあなただからこそ、哀しいと思える。精々悼んでやりなさいな。
……私には、もう無理だから」


 そう言うと、もう話は終わりだと言わんばかりにパチュリーは手元の本を開いた。
 アリスは感情に任せて立ち上がった勢いをどこにも遣る事が出来ず、言葉を失ったまま窓辺へと歩を進める。
 降り納めとばかりに激しさを増す外の雨は、数ばかりで弾幕が持つ美しさを備えていない。
 こうもビッシリ詰め込まれたのでは美しさなど求めるべくもないし、あの比較的俊足だった白黒でも避けられはしまい。
 弾幕という言葉の意味を考えれば、それでいいのかもしれないが。


「――それでも私は」肩を震わせながらアリスは呟く。
「私はもう笑顔でいられる自信がない。魔理沙はいつだって私に笑顔をくれた。楽しさと元気と明るさをくれた。
魔理沙が居なくたって平気だって思ってたけど、全然平気じゃなかった。私には彼女しか居なかったんだ。
こんな事になるのなら妖になんてなるんじゃなかった! 人より長じたくなんてなかった!
馬鹿みたい! 研鑽を重ねて望んでこうなったのに、結局私は一人ぼっちなんだ!
こんな事ならいっそ私も……!」


「御伽噺をしましょうか。喘息の調子もいい事だし」


 湿気を防ぐ為かそれ以外の理由があるのか、本に目を落としたままパチュリーは言った。


「ある所に七人の小人と暮らすお姫様が居ましたが、お姫様は魔女の毒リンゴを食べて眠ってしまいました。終わり」
「……え? 何を言ってるの、その話には続きが……」
「ある所にマッチ売りの少女が居ましたがマッチは一つも売れませんでした。終わり」
「そ、それも続きがあるはずよ!」
「ある所に七匹の子ヤギが居ましたが狼に食べられました。終わり」
「だから!」


「ある所に仲良しの女の子が二人居ました。
片方の女の子が死んでしまったのでもう一人も死ぬ事にしました。終わり」
「ッ……!」


 今度こそアリスは言葉を失った。
 自分の歴史はそんな一言で片付けられるほど小さいのか。
 それとも自分の歴史はまだ続くのだろうか。笑って暮らせる歴史を紡げるのだろうか。


「単なる御伽噺よ。気にする事はないわ。
それがハッピーエンドかバッドエンドかは、読み終えた場所によって変わるでしょうけども、ね」
「……生き長らえたらハッピーエンドが待ってる、とでも?」
「御伽噺だと言ってるじゃない。あなたの事なんて知らないわ。
ただ選択肢があるのに片方しかないと決め付けるのは勿体ないとは思うわね」


 そこまで喋って少し疲れたのか、パチュリーは目を閉じて背もたれに深くもたれかかった。
 そして片目だけでチラッと俯くアリスを見て、再び目を閉じた。


「私は百数十年を生きて彼女に会った。あなたは何年で会えるかしらね?」









 雨はほぼ止んだようだ。外は明るさを増し、あれだけ鳴り響いていた雷ももう聞こえない。
 来週には七月。梅雨もそろそろ終わる。
 アリスは窓から身を離し、置いてあった魔導書を持った。


「帰るの?」
「えぇ、帰るわ。迷惑かけたわね」
「あぁ、一つ言っておこうかしら」


 ノブにかけた手を下ろす。
 今更何の話があるというのだろうか。
 八割の不安と一割の好奇心、そして一割の期待を胸に振り向いた。


「この国では死者の霊を迎える行事があるそうよ。七月初旬だと聞いたからそろそろじゃないかしら。
迎え火と言って胡瓜と……ケホッケホッ、あぁもう、そこの棚の緑の背表紙の本を読んで頂戴」
「……ふふっ、ロートルが無理するからよ」


 本を手に取り、何気なく開いてみる。
 癖が付いているのか、本は迷う事なく盆の紹介ページを示してみせた。
 迎え火、送り火、精霊馬、盆棚。なるほど、する事は多いらしい。


「ありがたく借りていくわ。でも一人じゃ大変そうね。作業も多いし、初めてだから手間取りそうだわ」
「……それで?」
「誰か手伝ってくれる人は居ないかしら。例えばいつも暇そうな図書館の司書さんとか」
「誰が司書よ。私はあまり動きたくないの」
「一緒に迎えましょうって言ってるの。篭ってばっかりだから感情がないなんて言い出すのよ。
ほら、買い物に行くわよ。まずは八百屋ね」


 パチュリーの手を引っ張っていくアリスはきっと笑顔に違いない。
 彼女はまだ親友のためにできる事があるのだから。









 空には白い入道雲が広がり、日差しは日に日に強くなっていく。
 日差しが温度的なら、蝉は聴覚的に、向日葵は視覚的に。
 世界は全力で夏を示していた。
 乾いた風が部屋のカーテンを揺り動かす。
 机の上にはやはり一通の手紙。右隅に乗せられた、馬に模した胡瓜は重石代わりだろうか。
 手紙には一文だけ、追記があった。短く、しかししっかりとした文字で。


『あなたの帰りを待っています。いつまでも、いつまでも』



(了)
ゾウさんが好きです。でもキリンさんの方がもっと好きです。
パチュリーさんも好きです。でもアリスさんの方がもっと好きです。
そんでアリスさんから魔理沙さんへは一方通行だと嬉しいです。
更に魔理沙さんは「私は和食派だぜ」とか言って霊夢さんを選んだりするともっと嬉しいです。

でも御伽噺の所で某CMを思い出したあなたの事が一番大好きなんです。
St.arrow
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コメント



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4.70しず削除
あのCMは良いものでしたね。
さておき、パチュリーの醸し出す雰囲気が素敵すぎます。
15.80名前が無い程度の能力削除
CMはわからないけど楽しめました。
あとがきにあるようなアリスもぜひ書いて欲しいw
17.70名前が無い程度の能力削除
こういう雰囲気のお話は好きです。アリスもパチュリーもいいなあ。
そして申し訳ない。後書きを読んでやっと思い至りました。「お話はこれからなのに」
21.無評価St.arrow削除
コメントありがとうございます。

>>しず氏

あれは久々にいいCMだと思いました。
パチュリーさんは思いっきり妖怪らしくしてると思うのです。
そこがまた魅力な訳で。



>>名前が無い程度の能力の方々

>CM
http://www.youtube.com/watch?v=nZMCCKBFk0Y&eurl=http%3A%2F%2Fnurumayuxxx%2Eblog78%2Efc2%2Ecom%2Fblog%2Dentry%2D19%2Ehtml
これです。ってURL長いな。

>あとがきにあるような
書きたいと思っても、中々書きたいものが書けないものですからorz

>後書きを読んで
それでも、思い出して頂けたのなら幸いです。
22.無評価St.arrow削除
URL表示されてないしorz
YouTubeで「屋上の少女」で検索してみてください。