境界を越ゆる者絶えて戻らぬ所以は、吾等が世界の彼方なる縹渺たる虚空にて、吾等を掴み縛むる闇のものどもあればなり。
【黒白回想(ノットセピア)】
――――――――嗚呼。わたしは、もう人形遣いでも、魔法使いでもないのだろうか
[Marisa]
リターン、サマー
ひんやりとした洞窟とは言え、気を張り詰めてひたすらに作業をしていれば汗も出る。穴の外は夏の日差しが暴力的に降り注ぎ、活動する者のやる気と体力を奪っていることだろう。魔理沙はエプロンのポケットから引っ張り出したハンカチに、じんわりと吹き出てきた汗を押しつけ、帽子を団扇のように扇いだ。生まれる風は気休め程度だが、なによりもウィッチハットから解放されたことで頭の蒸れが薄らいだ。快適度+5。初めから外しとけば良かったぜと思う。
そろそろお昼にしようか。いや、それとも水分を取るだけに留めておくべきか。期限があるわけでもないのだから、ゆっくりしてもいいはずだけれど、あの温室育ちに作業が遅いと思われるのは癪というものだ。でも暑いしなぁ。それに少し疲れている。
結局、少しだけ休憩をいれるにことにして、魔理沙は手にしていた図面を放り出した。古めかしい古語辞典を枕に、ちょっと身を横たえる。視界の端には図面と同じ文様が走っている重たそうな扉が一つ。見つけてから一月、ウンともスンとも言わず、微動だにしないそれは、今日も凄まじい存在感を放っている。
目下、魔法使い二人の最大テーマである。
扉は金属のような、見るからに重たそうな素材で出来ており、そこには唐草のような文様が緻密に、しかし生き物のような有機性を持って彫られていた。そのアールヌーボー調の曲線の合間を縫うように埋め込まれた宝石は、灯したランプの光を受けて色とりどりに鈍く輝いている。それが本物の石なのかどうかはまだ判断がついていない。ただ、石のいくつかは失われているらしく、小さな卵ほどの窪みが斑に散っている。それが今回の研究最大の不安要素であることは、言うまでもないことだった。
「欠けた石は何処へ行ったんだろうな」
その答えを知るのは、それからもう暫くたった、秋の頃だった。
【魔石の功罪】
――――――――母さん、ぼくのあの帽子どうしたでせうね?
[Marisa&Alice]
「いつ見ても不気味だよな、これは」
部屋の壁という壁を占領した人形達は、四方八方から霧雨魔理沙を見つめている。アリスはこれらに明確な意志はないというが、本当にそうだろうか。いかに蒐集家の魔理沙といえど、ここの人形に手を出すのは少し勇気が要る。なんというか、一体でも持ち上げたら最後、ここに置かれた全ての人形が襲ってきそうだ。さすがにこの数は、装備万全にしてきても捌ききれる自信はちょっとない。かくなる上は、アリスの家ごとという手もあるが…
「さすがにそれは、報復がなぁ」
というか、いくら何でも相手の本拠地で一戦をやらかすのは、あまり賢い選択ではない。特に、何処に何を仕掛けているかわからない魔法使い相手には。
「パチュリーのところぐらい広ければ、逃げ道にも困らないけどな」
それに、パチュリーの本を盗るのと、アリスの人形に手を出すのは意味合いが違う。前者は執着と欲だろうが、後者はそれに溺愛が加わる。「後で返す」などと言ったところで、「はいそうですか」と引き下がる訳がない。
「あー。面倒だな、それは」
必要もないのに一体一体、春夏秋冬に服を作っているぐらいだ。一つぐらい…などと思うのは甘い。すぐに気づいて報復を受けるだろう。そのまま弾幕に興じてもいいが、この場合はかなりの禍根が残りそうである。共同研究や一杯の紅茶やお菓子を思えば、さすがに怨みをかうのは得策と言えない。仕方ない。断念しよう。まぁいいさ、きっと全部曰く付きだ。盗ってもいいことなんてないだろう。と、イソップ狐的発想で思考を終わらせる。
「にしても…」
遅いなぁアリス。お茶を淹れにいっただけのはずなのに、どうしたのだろう。早く帰ってこないと、いつもの癖で部屋を漁ってしまいそうだ。もうそうしてしまおうか。人形以外なら、そんなに怒らないかもしれないし。いや、怒るだろうけれど、人形ほどは怒らないだろう。だいたい、霧雨魔理沙を家に上げておいて、用心を怠るのが悪い。そうそう。無防備なアリスが悪い。それが魔法使いの掟である。決めたのは今だけど。
そうと決まればと魔理沙が立ち上がったのと、比較的いつもより激しいアリス・マーガトロイドの魔力を感じたのはほぼ同時だった。
「あ、なんだ…外?」
盗みの件は綺麗さっぱり頭から抜けて、魔理沙は部屋から飛び出した。
吹き飛ばせるほど手荒に扉を開けると、腕を押さえて片膝を付いているアリスが見つかった。彼女の周りには鉄壁の護りとも言うべき、数体の人形が浮遊している。それぞれの小さな手には、インサーションピンのような剣とも槍とも付かない物が握られていた。音で気づいていないはずもないのに、アリスは魔理沙を振りかえることなく森の方を睨んだままだ。
「アリス!さっきのはなんだ!?」
「…魔理沙。ちょっと下がってて」
探るように視線を動かさない。
――――――――上海
アリスがそう囁くと、茂みをがさがさと言わせ、お馴染みの人形が姿を現した。その手には、なにか鈍く光るものが抱えられている。
「紅い石、か?」
「瑪瑙よ。ご苦労様、上海」
アリスのねぎらいの言葉をかけると、愛くるしい人形は微笑んでそれを差し出した。
「なんなんだ、それ」
「洞窟、行方知らずの石、と言えばわかるかしら」
「は、え…!…これが、なのか?」
「たぶんだけど。感じない?だいぶ薄くなってはいるけど、微量の魔力があるでしょう?」
「これが…」
それにしても、アリスがあの洞窟の話を持ち出すのは珍しい。いつもは不自然なほど避けて通る話題なのに。
「欠けていたのは全部で三つ。ここに一つで、あとは二つ。でも、一つでこの程度なら…」
「なんかまずいことか?」
「場合によっては、人死にが出るかも」
頭が痛いわ、とアリスは家に向かう。
「まったく。あれで完全に済んで、あとはあの魔女の蔵書をどうにかすればいいだけだと思ってたのに…」
「おいおいアリス。いい加減に、私にも説明があっても良いんじゃないか?」
「ええ、するわよ。このぶんじゃあ、ピクニックは宝探しになりそうだもの」
「は?宝探し?」
「そ。宝石探しよ。お誂え向きに、敵のモンスターを倒しながらの、ね」
家に入ると、アリスは戸棚から大きめの本を引っ張り出してきた。魔理沙相手にわざわざ本を出すなんて、アリスらしからぬ行動である。滅多に読むことがないのか、本を机に置くドンという音と共に埃が舞った。それは図鑑らしく、アリスは目次で目当ての箇所を探しながら、置いてけぼり状態の魔理沙に問いかけた。
「ねえ、魔理沙。人間が人間じゃなくなる条件、幾つ知っている?」
こうして、夏の思い出を引きずる者達にとっての大イベントが、深まりつつある秋の中、静かに慎ましく幕を開けたのだった。
【全てをハナすには、言葉はあまりに拙い】
――――――――だけど、この運命を曲げるには、まず私の意志を曲げる必要があるのよ。そんなのご免だわ
全てを話すには、言葉はあまりに拙い。
それでも、あの紅い妖怪の話を、少しだけ貴女にしようと思う。
フランドール、我が妹よ。
夢の狭間に浸りながら、どうかこの話を聴いて欲しい。
せっかくこんな機会が訪れたのだ。今夜は存分に語りアカそう。
あの日、廃屋の館の、その広間に立って、私は彼女の歌を聴いた。
空っぽで、底抜けで、ただきれいに震えるだけの。
彼女は、言葉を忘れていたから。
そんな歌い方しか知らない声は青く遠く透き通っていて。
そんなにも惨めな癖して、哀れっぽくはならないくらいただ無邪気で。
歌というより、やわらかな叫びのようだった。
私の為だけに紡ぎ出されたその音に、ほんの一瞬全てが白く遠ざかって。
私は、『彼女』に邂逅を果たした。
[紅魔館当主]
――――――――昔むかし、この館には、とても寂しがり屋の女の子が一人住んでいました
――――――――その女の子には一人、大切なお友達がいました
――――――――それは一頭の龍でした
――――――――いいえ、違うわ。本物ではなく、絵の龍よ
――――――――その龍は絵でしたが、とてもその女の子が好きで……
好きで、好きで、とても大好きで大切だったから
――――――――その思いを伝えるための声を、
――――――――抱きしめるための腕を、
――――――――どこからでも駆け付けるための足を、
――――――――笑顔を上げるために顔を、
――――――――さみしい女の子の為に、龍は人の姿を望みました
その願いは叶い、それで幸せになれるはずだったのに。
――――――――人の姿を得た龍は、これでもう女の子が泣くことはなくなったと思いました
――――――――有ったとしても、今度は自分がいるから、きっと大丈夫だと思いました
あの人間自身もそう言い聞かせたのだから、それは仕方がない事なのだろうか。
――――――――しかし、その幸せは長くは続かなかったのです
そう、それはあっと言う間の崩壊だった。あの崩壊の夜から、ここは紅き館となった。私はその顛末を、白い世界に意識を灼かれながら視た。恐らく、あの人形遣いも体験したであろうその記憶。真白く終わる、ある一つの物語。
――――――――その幸せは長くは続かなかったのです
コノユキハドコヲエラボウニモ
アンマリドコモマッシロナノダ
――――――――幸せは長くは続かなかったのです
謳い終えた彼女の眼からは、透明なそれが零れていたけれど。
あれは雪が、溶けたものなのだと思う。
少女に望まれたのは泣き龍ではなく、啼き龍なのだから。
偽りの産声を繰り返し、永遠に私を楽しませてと少女は願ったから。
それでも。
「安心しなさい」
そっと、不思議な哀しみが胸来する。
「私は、かなり長生きだから」
出会ったばかりのその妖怪に、私はようやくそれを告げてあげた。
「だから、もう泣いてもいいのよ」
それが、永い約束の終わりとなった。
【Neverending-story is loved】
あなたは幸せなのかと誰かに問われた。
あの人が幸せならと誰かに答えた。
あなたを幸せに出来ているかと誰かが訊いた。
あなたが幸せならと誰かに答えた。
――――――――Stand by me,Side with me.So we can get Neverending-twilight.
誰かと永い約束をしたけれど、その内容が思い出せない。
けれど笑えばそれで済む気がして、とりあえず笑ってみた。
嘘偽り無く、笑ってみた。
――――――――Stand by me,Side with me.So we can get Neverending-twilight.
約束は、きっと果たされたのだろう。
【ピクニックって言ったら、普通明るい時じゃないかな】
[Alice&Patchouli&Marisa]
「あらいけない。山は緑じゃなくて紅葉に黄葉だわ」
「……言いたいことはそれだけ?」
「まぁ、どのみちあと数刻で日も暮れるわ。まったく、日差しの強い内は出たくないとか、ピクニックをなんだと思っているのかしらね、本の虫の魔女様は」
「ってゆうか、西日の強さはOKなのか?」
「そんなことよりも、今日のテーマは散歩の素晴らしさよ。いかに無為に時間を楽しむかが重要なんだから」
「貴方たち、少しスピードを緩めなさい」
「宝なんちゃらはどこに行った」
「当てが有る訳じゃないから、行き当たりばったりにしか動けないのよ。いいじゃない。あなたのキノコ採集も手伝うっていうんだから」
「聞きなさいよ…」
「とか言いながら、あからさまに毒にも薬にもならない毒キノコを入れるな」
「どっちのなによ」
「つまらないって意味だぜ」
「どうせ良くないことに使うくせに。あ、浮くのは禁止よ、パチュリー・ノーレッジ。なんの為に私がわざわざ…」
「まあ、結構ノリノリで作ってたんだけどな」
「あんたはさんざん邪魔してくれたわよね」
未だ不満そうな魔女の態度を軽やかに流しながら、魔法使い二人はあーだこーだ勝手気ままに言いながら歩いている。正直うるさい。すごく五月蠅い。しかもステレオ。なんで自分が真ん中なんだろうとパチュリー・ノーレッジは疑問に思う。逃げられないようにとかだろうか。誰もそんなことはしないです。
アリスの言葉通り、山は紅葉に黄葉だった。
パチュリーは少しだけ歩く速度を落とし、魔法使い二人から距離をとった。すぐに二メートルほどの差が開く。声は遠ざかり、よく聞き取れなくなったが、その分近くではよく見えなかった二人の全体像が把握できた。いつも通りの格好だ。パチュリーの見慣れた魔法使い達がそこにはいる。ただ、場所だけがいつもと違う。二人の上には限りなく遠い空が空が広がっている。秋の大気が流れ揺れる下、金色の髪を風に任せて、アリスと魔理沙は軽やかな会話を楽しんでいるようだった。パチュリーはそれを見ていた。長く伸びる、細い道に足を置いて、彼女たちの後を追う。
『そのやわらかそうな金髪が光を、太陽の光を浴びて輝くだろう光景』
遠く深い青空は、彼女の髪によく似合うことだろう。ふと、いつかの黄昏、そんなことを考えたことを思い出した。
そして、夏の景色の中で、無邪気に笑った幼い彼女のことを。
風が吹いた。
黄金の雨と、緋色の雪が降る。
茶くれたそれらが風に舞っていた。
ひらひら、はらはらと。
踊るように。
この季節、光りの生み出す影はやわらかで、そんなはずもないのに世界は暖かに鮮やかに眼に映る。
唐突に手荒い挨拶をしていったつむじ風は少し冷たくて、ふわふわとした魔法使い達の髪は、面白いほど翻弄され尽くしていた。慌てて手櫛で髪を整えたアリスが、そこで気づいたようにパチュリーを振り返った。
「疲れた?」
「…別に」
「あんま無理するなよ。急ぐもんでもないしな」
広がる秋の空の下、魔法使い二人は魔女を待って歩き出す。
魔を法とし、魔を術とする者、三人。
気ままに歩く三人の上には限りなく遠い空が広がっている。
そんな世界が、もうじき闇に沈む。
刻限まで、あと半日も無かった。
やっと終わりが見えてきた?がんばってくださいね。
一度、最初から通しで読み直そうかな
惜しみつつ楽しみに待ってます
よろしくお願いします。
続きがないというのは蛇の生殺しみたいでウズウスしますね(笑)。
新年早々不躾ですが、よろしければ【Ending No.31:Sabbath】の完全版を
送っていただけないでしょうか?宜しくお願いします。
理解するのに時間のかかる呆けた頭を叱咤しながら不思議な読後感に毎回魅了され。
そしてよろしければ自分めにも【Ending No.31:Sabbath】の完全版をお願いできますでしょうか。
読んでて普通に(白黒魔法使い風)アリスに惹かれますが、フランが無駄にかわいすぎて死にそうです…。
続き、気長に待っています。
そしてよろしければ【Ending No.31:Sabbath】の完全版をお願いできますでしょうか。
あれこそまさに生殺し。
そりゃもうどっぷりと
キャラ一人一人が背負った役割と複雑で美しく絡み合った伏線がとても素晴らしかったです。
実は「真っ紅なアンテルカレール」はまだ一話も読んでいません。
一気読みすると心に決めているので
貴方が帰ってくる事を
この作品を最初から最後まで読める事を
心よりお待ちしています
追伸
私も【Ending No.31:Sabbath】の完全版が読みたいですw
パチュアリさいこぉーっ!
↓の訂正です
×一気読みすると
○完結したら一気読みすると
Cの第一話に目を通した時、これは!と目を見開きました。
それから続編を見つけ、この八話まで読んできました。が、いまだに完結していないなんて・・・残念でしょうがありません・・・
続きが気になってしょうが無いです・・・
是非戻ってきて欲しいです。
貴方の幻想郷にまた触れていたいと心から願っています。
そして、戻ってきていただけるなら、Ending No.31:Sabbath完全版、読んでみたいです。
よろしくお願いします。
Childhood's endからこの作品まで、時間さえ忘れて読み続けて
ようやくここまで追いつきました。
ここまで続きが気になる作品は他にはありません。
本当に心から貴方の作品に出合えてよかったと思っています!
出来ればまた、貴方が戻ってきてくれることと、この作品が最後まで読めることを期待してまってます。
もしよろしければ私も、Ending No.31:Sabbath完全版、読みたいです。
お願い致します。