Coolier - 新生・東方創想話

迷ひ家の平和な一日?

2007/03/20 10:38:24
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「おーい、橙ー。ちょっと手伝ってくれ」

古い日本家屋に、玲瓏な声が響き渡る。その声を聞きながら、うーん、と彼女は体を捻った。

「はーい、藍様」

古い日本家屋に、快活な声が響き渡る。その声を聞きながら、ふわぁ、と彼女は欠伸をした。
直後に聞こえてくる、ドタドタという騒がしい足音。
ちらりと目をやると、ちょうど障子紙に映った小柄な影が縁側を駆けていくところが見えた。

「そろそろ起きようかしら」

そう思って布団からもぞもぞと這い出ると、
彼女は寝巻きのままで、ついさっき影が映った障子を開け放った。

すー、ぱさっ。
ひゅっ、ばたーん!

「寒いわ・・・」

開けた瞬間、タイムラグなしで、力の限り障子を閉めた。一瞬、目に飛び込んできたのは
雪できれいに化粧された、見慣れた庭の見慣れぬ光景。師走も半ばを過ぎ、
もう年の瀬という時期なのだから、それも当然。
冬の降雪、春の花。月に映えるは等価にあれど、美醜の差などいかにこそあれ。
隙間妖怪、八雲紫にとっては、寒さに勝る敵の影など今より過去に見たことがない。
そうした観点から考えると、彼女が幻想郷でもっとも恐れるのは
レティ、チルノら寒い者たちなのかもしれない。

「では、次はこれを向こうへ持っていってくれ」
「藍様、式使い荒いです~」

遠く聞こえるマヨヒガ名物、式神主従の声。紫にとって、寝ている間に雑務をこなしてくれる
ありがたい二人だ。

「それが終わったら、次は掃き掃除だ」
「藍様、寒いー」

にぎやかなその様子、どうやら掃除をしているようだ。そういえば、と紫は思い返した。

「なんかバタバタしてた気がするわね」

物音に何度も起こされた記憶が微かに残っている。実際そうだったのだが、
その度毎に再び眠りに落ちていた所為で、すっかり忘れていた。
八雲紫、知らぬ者が見れば真にだらしないかぎり。知る者が見てもそうであるとは、
本人の前では決して口にしてはいけない。年齢のことと同様に禁句である。

「ああ、それだけは止めておけ。結界を飛び越えずに妖怪桜を見物する羽目になるからな。
無論帰りの道は用意されてないぜ。
私?馬鹿言うな。魅魔様を本気で怒らせる位の度胸がなきゃ、そんなことはできん」

とは、とある魔法使いの語りである。八雲紫、手加減なしでは真に強大な力を持つ。とはいえ、特に誇って
いるわけではないが。

「よし、今日はこのくらいで終わりにするか」
「やっと終わったー」
「じゃあ、晩御飯の用意をするから、まってなさい」
「はーい」

橙の言葉を最後に、静かになる屋敷。紫は、炬燵で丸くなった、幸せ絶頂の橙の姿を思い浮かべた。

「くすっ」

思わず微笑む。なんだかんだ言って、橙のそういうところが可愛いのは確かだ。
耳を澄ませば、台所からトントンと小気味良い音が聞こえてくる。
料理上手こそが藍の最大の特技なのではないか。
紅魔館のメイド長とどちらが上なのか、今度比べてみようかしら。
そんなことを考えるうち、紫はある事に気が付いた。

「なんだか、お腹空いたわね」

なんてことはない、ただの空腹感。ただのと言えど、一度気にし出したらそう簡単には消えてくれない。
打開策は一つ。

紫は起き上がると、部屋から出た。先の失敗に基づき、
今回は寝巻きの上から半纏を羽織るのを忘れてはいない。
縁側は冷たいので、足が触れないように隙間で移動することにした。
まあ、いつものことだったが。




居間に入ったところで、式の式を発見。炬燵から頭だけが外に出ている。
その目が驚愕に見開かれた。その表情たるや、まるで幽鬼を見たかのようである。
例え、温泉に浸かっている最中に、霧雨魔理沙が逆立ちをしつつ、
両足で博麗霊夢を高速でお手玉しながら不法侵入してきたとしても、
もうちょっと落ち着いた反応を示すだろう。

「それはそれで、見てみたい気もするわね」

言葉を失った黒猫少女に、紫は「隣、いいかしら」と言って炬燵に潜りこむ。
返答が無かったにも関わらず、だ。
そのあたり、胡散臭さの原因であるに違いあるまい。

「あったかいわねー」
「ゆ、紫様?なんで起きてるんですか?」

ことここにきて、ようやく硬直から脱した橙が問う。主の主に対して、なかなか失礼な問いではあるが、
普段の暮らしぶりからいくとそれも無理からぬこと。
通例ならば、紫は現在冬眠の真っ最中のはず。今までの常識が通用しない相手と出会ったことで、
橙のスカウターはボンッと音を立てて爆発してしまったらしい。
バカな!戦闘力がどんどん上がっていく!?といった感じに。

「さあ、どうしてかしら?」

心底不思議そうな顔をして、そう答える紫。当の本人にも理由は分かっていないらしい。

「いいじゃない、たまにはこんな日があっても」

未だ実感湧かない橙の頭に、紫の手が伸びた。

「あ・・・」

気持ちよさそうに目を細める橙。
撫でられるのは好きだ。
紫の手は、藍とはまた違った不思議な温かみがある。
年の功だと言うと、途端に阿修羅の豪腕に変化するのはご愛嬌。
八雲紫と暮らすというのは、つまりそういうことなのである。

「ふふ・・」

顔がほころぶのが自分でも分かる。なんだか今日はいつになく機嫌がいいみたい。

と。

「うわ、紫様?」
「・・・・・・」

皿を持って居間に入ってきた藍が、紫を見るなり素っ頓狂な声を上げた。紫は、む~っと藍を睨む。
すると、彼女は慌てて、

「す、すみません。あまりにも珍しかったのでつい・・・」

と取り繕った。

「・・・そうね、確かに珍しいわ」

妙に納得してしまう紫。藍ははあ、とため息をつく。

「確認しておきますけど、紫様の分は作ってありませんよ?」
「確認しておくけど、藍は私をないがしろにはしないわよね?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「分かりました。作ります。作りますとも。作ればいいんですね?」
「どこか棘のある言い方だけど、とりあえず期待しておくわ」

二度目のため息をつきつつも、再び台所へと消える藍。
九本の尻尾がなんだかぐったりしていたのは気のせいか。
兎にも角にも、これで食事は確保することができた。真面目な藍のことだ。あれこれと文句を
言いながらも、しっかりと作ってきてくれるだろう。
一方で、おあずけとなってしまった橙は気の毒と言うより他はなかった。
主たちの手前、言い出すことはできなかったが。




「できましたよ」

しばらく橙と戯れたり、ボーっとしたりして時間をつぶしていると、藍が鍋を持ってやってきた。

「あら、美味しそう」
「って、いつも食べてるのと変わりませんけど」
「もう、お腹空いたよ~」

三者三様とはよく言ったもの。それぞれの反応を前にして、湯気を上げる鍋。

「鍋なんて久しぶりね」
「冬の料理ですから」
「ああ、鰤・・・鱈・・・」
「先刻のはブラフかしら?」

皿のことである。

「途中変更です。人数が1.5倍になってしまいましたから」

意味もなく緊張感を漂わせる二人。

「どうでもいいけど、早く食べましょうよー」



「美味しいわね」
「鍋なんてものは、誰が作っても大して変わりませんよ」

紫の第一声に対し、橙の分を取りながら藍が応じる。

「あら、藍は闇鍋というのを知らないのかしら?」
「あれはそもそも食べ物ですらない場合がほとんどじゃないですか」

言いながら自分の分を取る藍。因みに、紫の分は真っ先に取り分けられている。それが藍の手によるもので
あるのは無論のこと。

「熱っ~」

ふーふーと冷ましながら、橙。当然、橙は猫舌なのですぐには食べられない。
藍は見て分かるとおり、給仕係に終始することになる。
結果、一番食べるのは紫だった。
これもまた、普段どおりではある。今回は、少々時期外れの感があるが。
食べながら藍は主の顔に視線を向ける。長く伸びた金髪。名前と同じ紫色の瞳。誰よりも長く見続けて、
誰よりも長く見られてきた。なぜか、そんなことを思った。

「!?」

ふと、目が合う。なにか気恥ずかしくなって、慌てて藍は目をそらした。

「あ、これ美味しい」

ようやく冷めた鍋の具を橙が口に放り込んでいる。藍は悟った。

「私も食べなきゃ損だな」

グッと差し出された紫の小鉢に、3杯目をよそいながら。





食べ終わると、暇になってしまった。
食べているうちは眠気など気にならないものの、食べ終わってしまうと途端に鎌首をもたげてくる。
橙はもう寝る気満々で炬燵で丸くなっている。音で表すなら、ごろにゃ~ご。
あれ、猫って夜行性じゃなかったっけ?なんて疑問も、華麗にスルー。
眠くなった頭では、考えることなんかできやしない。

「ほら、橙。寝るならちゃんと布団でだなぁ」

「藍様の尻尾ふかふか~」

「おい、こら。馬鹿、やめろ」

「きょぉ~はぁ~ここでねゅ~」

「わ、ちょっ、まっ――」

炬燵の反対側が、なんとも心躍る展開になってきた。紫はむくりと起き上がる。

「って、何やってるの貴女達?」

「紫様、傍観してないで助けてくださいよ~」

「どっちを?」

「………」

「………」

説明するとこうだ。橙は自分の服を半分脱いで藍の頭から被せ、九本の尻尾を身体に巻きつけ、
あまつさえ先端を縛っていた。しかも固結びだった。さらに、橙を引き剥がそうとしたのか、藍の腕まで
巻き込まれている。何というか、間接がかなり無理な方向に曲がっているが、式だから平気なのだろう。
昔妖夢で同じように曲げることを試したら、思いっきり悲鳴を上げて振り払われ、泣きべそをかいた妖夢に
本気で切りかかられた。ことがあったようななかったような。

「橙を助けるなら、藍の尻尾を根元から――」

「ま、待って!待ってください紫様!お願いですからやめてください!」

絶望に染まりきった声で懇願する藍。自分の主が、やるといったら核の発射ボタンにも平気で手をかけかねない
タイラントだと知っているのだ。誰よりも紫のことを理解しているが故のこの発言。皮肉以外の何物でもなかった。
ついでに言うと、橙の上着で前が全く見えていないために、頭を下げる方向が紫と正反対を向いていることが、
皮肉さに拍車をかけていた。
見ているだけなら、単なるコントでしかない。当事者からしたら笑うどころではないが。

「じゃあ、藍を助けるために橙の――」

「お願いします。普通に尻尾を解いてください」

「ちぇ~」

可愛らしく拗ねる。見る者を魅了するような表情だった。ただし、橙は爆睡、藍は視界零。その破壊力は
行使する対象を捕捉出来なかった。

「そんな可愛らしい声なんか出してないで、早く何とかしてください!」

藍は音声だけでお楽しみしていたが。

「藍……。ご主人様に物を頼むのに、そんな事務的な口調をするなんて……」

先刻の拗ねた口調から一転、心底から悲劇的な声で紫は言った。内容はしょうもないものだが、言葉は確かに
哀しみに満ちているように聞こえた。

「何もそんな声で言わなくても……」

「藍!」

「は、はい!」

「それくらい自力でなんとかなさい!」

紫はまた口調を変えた。今度は怒りだった。よくもまあ、ここまでころころと声色を変えられるものである。
末は役者か声優か。相変わらず視界を塞がれたまま、藍は感心した。

「ふわぁ~あ。日が出ているうちに起きた所為か、眠くなってきたわ。ってことで、私は寝るわね」

「ええっ!?」

「おやすみなさい」

「わ、ゆ、紫様!なんだかんだ言っても助けてくれるって展開なんじゃ――」

「五月蝿い」

バコーン。

藍の頭にお星様がクリーンヒットした。どうやらどこかで行われている弾幕ごっこの弾を、スキマ経由で
呼び寄せたらしい。
直撃したのがお星様なら、周囲を飛び交うのもまたお星様。
ごん ごん。
あっ めから ほしが……。
なんてことを言っている余裕なんかない。藍は断末魔の悲鳴さえ上げることなく、畳に沈み込んでいった。

「やっと静かになったわね。これで寝られるわ」

静かに襖の音がして。
そして何も聞こえなくなった。








翌朝。
目を覚ました橙は、自分が全く動けないことに気付いた。

「ん~、何だろこの金色のふさふさしたの…」

どうやら拘束されているらしい。寝ている間に誰かに連れ去られてしまったのだろうか。
だとしたら問題だ。自分は八雲藍の式である。ご主人様のところに帰らなければならない。
幸いにも、自分を縛っている『金色のもの』は、あまり強度が高くないように思える。

「よ~し、見てなさいよ。この橙さまの力、甘く見ないで欲しいわね!」

そう意気込んで、自分を縛る『金色のもの』を握り――――。




力任せに引き千切った。



ブチブチブチブチ―――。



「ぎぃやあああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!!!」




迷ひ家は、今日も平和………。
じゃ、ないかもしれない。








Ex
「ちくしょう~」

博麗神社の境内で、白黒の魔法使いが悔しがっていた。

「あのときスターダストレヴァリエの星型弾が原因不明のキャトルミューティレーション
されなけりゃ、私が勝ってたのに――」

湯飲みを傾けながら、霊夢がその言葉を右から左へ流していた。朝っぱらからいきなりやってきた魔理沙に、
昨夜起こった怪奇現象とやらを延々聞かされているのだ。霊夢でなくてもそうするだろう。

「自業自得なんじゃない?不法に盗っていった物を賭けてたんでしょ」

「だからって、あんな理不尽な現象、あってたまるか!」

魔理沙の怒声を聞き流しながら、一言。

「諦めなさい。大方紫あたりの悪戯でしょ」

何気ない霊夢の言葉だったが、見事に真相を言い当てていたのだった。
恐るべし、博麗の巫女の勘。
どうも。
お久しぶりすぎて、「あんた誰?」状態になってるであろう久遠の夢です。
前に投稿してから実に一年近く。問答無用で忘れられていることでしょう。
ですが、こうして戻ってきてしまいました。
いくつか考えているネタもあるので、もう少し出没すると思います。
こんなみょんな作品ですが、楽しんでいただけたでしょうか。
自分の中の八雲一家は、こんな感じです。
では。
久遠の夢
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コメント



0.450簡易評価
12.無評価名前が無い程度の能力削除
藍哀れ…。ゆかりんの演技力に脱帽です。