誰かは言った。
―時の流れは、何にも左右されない。
誰かは言った。
―時の流れは、全てを風化させてしまうものである。
時の流れは永遠なのか。
◆箱庭◆
山が燃えている。
もう新たな緑が映える頃。
葉を芽吹かせようと一生懸命になった木々を赤い炎が包んだ。
燃えた木々の白い煙がすっと、限りなく広がる青空に吸い込まれた。
「ここは寒すぎる…。」
赤々と燃える炎の中で少女が一人、佇んでいる。
春と言えど、冷たい風が吹く中では確かに薄すぎる服装である。
少女は火を怖れていない。
むしろ、燃えているのを見て楽しんでいるようだった。
パチパチと火花の散る中を、ぶかぶかのズボンのポケットに手を突っ込んで少女は歩く。
木の焦げた匂いがあたりを包み、足元では焦げた枝や木の葉が歩くたびに、乾いた音を立てた。
なぜ山に火がついたのか、考えなくても分かることだった。
少女が山に火をつけたのである。
山には少女しかいない、それが大きな証拠だった。
少女は歩くのを止めて、傍らで燻る炎を見つけた。
徐に、その炎へ少女は手を伸ばす。不思議なことに、炎は少女の手のひらへ吸い込まれた。
この時期、山には少女以外に誰もいない。
まだまだ寒いこの時期に、山に入る「人間」は誰もいないだろう。
では、この少女は「人間」ではないのか。そう思うのが妥当だ。
確かに彼女は「人間」ではない。
限りなく「人間」に近い、「何か」である。
少女は先ほど吸い込んだ炎を、手のひらの上で燻らせていた。
ともかく、人の形をした「人間ではないもの」は確かな事実なのだ。
火が暖かいのも確かな事実である。
少女の後ろの焼けた藪沢から不意に人間が飛び出してきた。
人間は大きく息を吸い込むなり咆吼した。
「こら妹紅!また火遊びしているのか!?」
妹紅、どうやらそれが少女の名らしい。
「慧音!?」
驚き振り返った妹紅は、先ほど手で燻らせていた火を、掌の中へと押し込んだ。
火は消え、白い煙がふわふわと春の冷たい風に吸い込まれた。
さて、慧音も果たして人間なのだろうか。
この時期の山に入る人間はいない、だとするとまた彼女も、人に近い「何か」なのだろう。
二人は沈黙の対峙を続けていた。
時折吹く、冷たい風の音が一層沈黙を際立たせている。
「妹紅、もう止めにするって言わなかったか?」
慧音が沈黙を切り裂いた。
二秒ほどの沈黙の後、妹紅が重い口を開く。
「だって…」
妹紅は液体が零れるような声しか吐き出せなかった。
「もうお前のだって、は聞き飽きた!もう一度だけの約束だ、こんな事はするな!」
怒鳴る慧音の前で、妹紅は俯き、寒さの所為、若しくは反省の意を示しているのか、肩を窄めていた。
慧音の口からは相変わらず、新芽が弾けるように言葉が繰り返されていた。
しばらくして、慧音の口からは新芽が弾け飛ぶことはなくなった。
もう一度、先ほどの沈黙が続くばかりである。
春の冷たい風は二人の肌を刺す。吹き抜ける風が、灰になった木の葉を青空へ運んだ。
風によってカサカサと鳴る木の葉もまた、一層沈黙を際立たせていた。
その何分か後のことである。
「もう耐えられないよ。」
俯く妹紅から一粒の涙が、その涙は灰になった木の葉を潤した。
しかし、涙は一粒ではなかった。何度も何度も、俯く妹紅からしたたり落ちる。
「ずっとこの世界にいて…ずっと同じ風景を見て…ずっと閉ざされて…」
「だけれど…周りの人たちはずっとじゃなかった。いつの間にか周りからいなくなっていて…
また私はひとりぼっちになった…」
途切れ途切れに発せられる言葉が、重く重く慧音に覆い被さった。
「これからまた…ずっとずっと続く道は…一人じゃ…とても耐えられないよ…」
冷たい風は容赦なく二人の肌を刺す。何があろうとも、風は風のままだ。
「一人で耐えられないのなら、誰でもいいから側にいてもらえばいいじゃないか。」
慧音は当然のように答えた。
「え…?」
俯いていた妹紅は顔を上げる。
涙で濡れた瞳は青空に吸い込まれそうなほどに透き通っていた。
「だから、耐えられないなら誰かにいてもらえばいいって言ったんだ。」
「でも…でもみんないなくなっちゃう!慧音だって…いつか…!」
瞬間、妹紅の頬に慧音の掌が。
妹紅は衝撃に蹌踉めく。
「お前は莫迦なのか?」
体勢を立て直した妹紅は頬を押さえ、慧音を上目遣いで見上げる。
「いくら自分が不老不死だからって妹紅は先を見過ぎなんだ!
集落の人だって私だっている!必ず誰しも辛い時はあるから。
だから…今は私に頼ってもいい…。先を見ないで…今を…」
「慧音…」
慧音は妹紅を強く抱きしめた。
冷たい風は二人の間を駆け抜けることなく向こう側に駆け抜けた。
青空に一つだけぽつんと浮かぶ、白い雲がやがてはほどけ、青空に吸い込まれた。
まるで妹紅の苦しみが、吸い込まれていくように。
悲しみの詰まった木の葉は、風に吹かれて、青空に吸い込まれた。
「慧音…」
風に吸い込まれそうなほどの小声で、妹紅は慧音に話しかける。
「なんだ?」
「慧音は不老不死になりたいって考えたことある?」
「あるよ。」
即答だった。慧音は先刻よりもさらに和らいだ顔つきで妹紅を見る。
「私だって、長い歴史を見てきた。これから先もずっと歴史を見届けなくてはいけないんだろうな。
まぁ、妹紅ほど長くないかも知れないけど。それでも、不老不死じゃないからそれを望むんだよ。きっと。」
歩いていた二人は足を止めた。
「慧音、空が綺麗だよ。」
「そうだな。」
二人は空を見上げた。地平線と空が交わるところまで、青が続いていた。
「妹紅、知っているか…?」
「うん?」
「この世界は壁があるんだ。いわば箱庭みたいな世界だな。だからこの青にも、ずっと向こうに終わりがあるんだ。
だけれど、その壁を誰も見たことがないんだよ。だから…」
「いつか一緒に見に行かないか?」
「わかった、じゃあ慧音、約束だよ…」
妹紅は青空を仰いだ。
誰かは言った。
―時の流れは、何にも左右されない。
誰かは言った。
―時の流れは、全てを風化させてしまうものである。
「寒い…」
妹紅は焼け野原に寝そべっていた体を起こした。長い髪に焼けた葉が絡まっている。
いつだったかもう思い出せないほど昔のこと。
そんな約束をした気がする、と妹紅は考えていた。
だけれど、今はもう約束をした相手はいない。
「約束は守らなければいけないよ。」
幼い頃に、誰かが教えてくれたこと。
「じゃあ…慧音も約束を守れなかったんだね…」
冷たく吹く風が妹紅の背中を押した。
妹紅は立ち上がって透き通った青空を見上げた。
―約束は守らなければいけない
――だったら、私だけでも見に行こう
―――この世界を区切る
――――箱庭の壁を
「慧音、また…ひとりぼっちだよ…」
―時の流れは、何にも左右されない。
誰かは言った。
―時の流れは、全てを風化させてしまうものである。
時の流れは永遠なのか。
◆箱庭◆
山が燃えている。
もう新たな緑が映える頃。
葉を芽吹かせようと一生懸命になった木々を赤い炎が包んだ。
燃えた木々の白い煙がすっと、限りなく広がる青空に吸い込まれた。
「ここは寒すぎる…。」
赤々と燃える炎の中で少女が一人、佇んでいる。
春と言えど、冷たい風が吹く中では確かに薄すぎる服装である。
少女は火を怖れていない。
むしろ、燃えているのを見て楽しんでいるようだった。
パチパチと火花の散る中を、ぶかぶかのズボンのポケットに手を突っ込んで少女は歩く。
木の焦げた匂いがあたりを包み、足元では焦げた枝や木の葉が歩くたびに、乾いた音を立てた。
なぜ山に火がついたのか、考えなくても分かることだった。
少女が山に火をつけたのである。
山には少女しかいない、それが大きな証拠だった。
少女は歩くのを止めて、傍らで燻る炎を見つけた。
徐に、その炎へ少女は手を伸ばす。不思議なことに、炎は少女の手のひらへ吸い込まれた。
この時期、山には少女以外に誰もいない。
まだまだ寒いこの時期に、山に入る「人間」は誰もいないだろう。
では、この少女は「人間」ではないのか。そう思うのが妥当だ。
確かに彼女は「人間」ではない。
限りなく「人間」に近い、「何か」である。
少女は先ほど吸い込んだ炎を、手のひらの上で燻らせていた。
ともかく、人の形をした「人間ではないもの」は確かな事実なのだ。
火が暖かいのも確かな事実である。
少女の後ろの焼けた藪沢から不意に人間が飛び出してきた。
人間は大きく息を吸い込むなり咆吼した。
「こら妹紅!また火遊びしているのか!?」
妹紅、どうやらそれが少女の名らしい。
「慧音!?」
驚き振り返った妹紅は、先ほど手で燻らせていた火を、掌の中へと押し込んだ。
火は消え、白い煙がふわふわと春の冷たい風に吸い込まれた。
さて、慧音も果たして人間なのだろうか。
この時期の山に入る人間はいない、だとするとまた彼女も、人に近い「何か」なのだろう。
二人は沈黙の対峙を続けていた。
時折吹く、冷たい風の音が一層沈黙を際立たせている。
「妹紅、もう止めにするって言わなかったか?」
慧音が沈黙を切り裂いた。
二秒ほどの沈黙の後、妹紅が重い口を開く。
「だって…」
妹紅は液体が零れるような声しか吐き出せなかった。
「もうお前のだって、は聞き飽きた!もう一度だけの約束だ、こんな事はするな!」
怒鳴る慧音の前で、妹紅は俯き、寒さの所為、若しくは反省の意を示しているのか、肩を窄めていた。
慧音の口からは相変わらず、新芽が弾けるように言葉が繰り返されていた。
しばらくして、慧音の口からは新芽が弾け飛ぶことはなくなった。
もう一度、先ほどの沈黙が続くばかりである。
春の冷たい風は二人の肌を刺す。吹き抜ける風が、灰になった木の葉を青空へ運んだ。
風によってカサカサと鳴る木の葉もまた、一層沈黙を際立たせていた。
その何分か後のことである。
「もう耐えられないよ。」
俯く妹紅から一粒の涙が、その涙は灰になった木の葉を潤した。
しかし、涙は一粒ではなかった。何度も何度も、俯く妹紅からしたたり落ちる。
「ずっとこの世界にいて…ずっと同じ風景を見て…ずっと閉ざされて…」
「だけれど…周りの人たちはずっとじゃなかった。いつの間にか周りからいなくなっていて…
また私はひとりぼっちになった…」
途切れ途切れに発せられる言葉が、重く重く慧音に覆い被さった。
「これからまた…ずっとずっと続く道は…一人じゃ…とても耐えられないよ…」
冷たい風は容赦なく二人の肌を刺す。何があろうとも、風は風のままだ。
「一人で耐えられないのなら、誰でもいいから側にいてもらえばいいじゃないか。」
慧音は当然のように答えた。
「え…?」
俯いていた妹紅は顔を上げる。
涙で濡れた瞳は青空に吸い込まれそうなほどに透き通っていた。
「だから、耐えられないなら誰かにいてもらえばいいって言ったんだ。」
「でも…でもみんないなくなっちゃう!慧音だって…いつか…!」
瞬間、妹紅の頬に慧音の掌が。
妹紅は衝撃に蹌踉めく。
「お前は莫迦なのか?」
体勢を立て直した妹紅は頬を押さえ、慧音を上目遣いで見上げる。
「いくら自分が不老不死だからって妹紅は先を見過ぎなんだ!
集落の人だって私だっている!必ず誰しも辛い時はあるから。
だから…今は私に頼ってもいい…。先を見ないで…今を…」
「慧音…」
慧音は妹紅を強く抱きしめた。
冷たい風は二人の間を駆け抜けることなく向こう側に駆け抜けた。
青空に一つだけぽつんと浮かぶ、白い雲がやがてはほどけ、青空に吸い込まれた。
まるで妹紅の苦しみが、吸い込まれていくように。
悲しみの詰まった木の葉は、風に吹かれて、青空に吸い込まれた。
「慧音…」
風に吸い込まれそうなほどの小声で、妹紅は慧音に話しかける。
「なんだ?」
「慧音は不老不死になりたいって考えたことある?」
「あるよ。」
即答だった。慧音は先刻よりもさらに和らいだ顔つきで妹紅を見る。
「私だって、長い歴史を見てきた。これから先もずっと歴史を見届けなくてはいけないんだろうな。
まぁ、妹紅ほど長くないかも知れないけど。それでも、不老不死じゃないからそれを望むんだよ。きっと。」
歩いていた二人は足を止めた。
「慧音、空が綺麗だよ。」
「そうだな。」
二人は空を見上げた。地平線と空が交わるところまで、青が続いていた。
「妹紅、知っているか…?」
「うん?」
「この世界は壁があるんだ。いわば箱庭みたいな世界だな。だからこの青にも、ずっと向こうに終わりがあるんだ。
だけれど、その壁を誰も見たことがないんだよ。だから…」
「いつか一緒に見に行かないか?」
「わかった、じゃあ慧音、約束だよ…」
妹紅は青空を仰いだ。
誰かは言った。
―時の流れは、何にも左右されない。
誰かは言った。
―時の流れは、全てを風化させてしまうものである。
「寒い…」
妹紅は焼け野原に寝そべっていた体を起こした。長い髪に焼けた葉が絡まっている。
いつだったかもう思い出せないほど昔のこと。
そんな約束をした気がする、と妹紅は考えていた。
だけれど、今はもう約束をした相手はいない。
「約束は守らなければいけないよ。」
幼い頃に、誰かが教えてくれたこと。
「じゃあ…慧音も約束を守れなかったんだね…」
冷たく吹く風が妹紅の背中を押した。
妹紅は立ち上がって透き通った青空を見上げた。
―約束は守らなければいけない
――だったら、私だけでも見に行こう
―――この世界を区切る
――――箱庭の壁を
「慧音、また…ひとりぼっちだよ…」
ただ慧音の動向に納得できなかったり、キャラクター性に沿ったテーマが在り来りだ……とか色々思いましたが在り来りだからこそ空気の違いが良く伝わりました。
ご感想、ありがとうございます。
慧音は自分の中で、感情が激しい(?)というイメージがあります。
本当はそうか分からないのですが^^;
文章力と表現力が足らなすぎることも実感しました。
次回はもっとひねった文章が書けたらいいなーと思います。