Coolier - 新生・東方創想話

This Dying Soul

2007/03/18 10:13:15
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一人の男が目を覚ますとそこには一面に咲き乱れた花が。
ここはどこなんだろう。彼はふと思った。
何も思い出せない。自分が何者かもわからない。
ただ脊髄反射のように彼はこの風景を表す詩をつむごうとしていた。
「咲き乱れる花は」
彼は先が思い浮かばなかった。そして首を左右に振ってこう言う。
「私は誰なんだ?」



彼はあてもなく歩き始める。目を凝らすと、いや無意識に眺めても四季の花が何も考えていないかのように咲き乱れている。
「咲き乱れる花は何を表すのだろう」
彼は疑問ではなく詩をつむぐ。あてもなく歩きながら。
春の花、夏の花、秋の花。
何のために咲いているのだろう。
自分のことが何もわからない。そんなことより花の咲く意味、この幻想的な風景を詩で表したいと欲していた。
だがそれに適した言の葉が思い浮かばず、ただただ歩き続ける。



しばらく彼が歩き続けていると、日傘をさした女性に出会う。
彼女の黄金色に輝くの髪は、四季の花が咲き乱れるのにも並ぶほど幻想的だった。
「ごきげんよう」
彼女は彼に挨拶をした。その笑顔にはどこか奥深さがあった。
彼は彼女を一目見て、美しいと思った。
歳はどのくらいなのだろうか。彼はその次にそう思った。
長く生きていそうな雰囲気と、幼さの残る顔。彼は少し彼女に胡散臭いものを感じた。
「あなたはここで何をしてらっしゃるのですか?」
彼女は彼に声をかける。その奥深い笑顔で。
「私は、この景色を言の葉で表したいと思っているのです」
彼も笑顔で答える。
「実は、記憶を失っているみたいなのですが」
彼はどうでもいいことのように付け加える。
実際、彼にとってどうでもいいのかもしれない。
「それなのに、あなたは詩をつむぐことのほうが大切だと思ってらっしゃるのですか?」
彼女は少しも驚いた表情も見せず、驚きを言葉にする。
「少し、おもしろい方ね。どうです?少し散歩でもしながらお話しませんか?」



「咲き乱れる花は何を表すのだろう。四季に別れて咲くを嫌うか。」
彼の詩はなかなか進まない。先ほどからここまでを延々と続けていた。
「どうなんでしょうね?この花たちは寂しがり屋なのでしょうか」
彼女は何もかも知っているかのように彼に話しかける。
あたりを見ると、一面に赤い絨毯を敷き詰めたかのように彼岸花が咲いている。
「この彼岸花たちは、秋になるとみんな一緒に咲くことができるのですよ?」
彼女は彼を困惑させるかのような話し方をする。
「しかし私の頭にはさっきの言葉しか、なぜか思い浮かばないんですよ」
彼は自分の頭の中の真実を告げる。
彼女の言葉、四季に別れて咲く花たちも、自分の仲間たちと一緒に咲くはずである。
なのに彼の詩はこのようにしか進まないのだ。
「何かがささやいているのかも知れないですわね」
彼女は笑いながらそういう。



「咲き乱れる花は何を表すのだろう。四季に別れて咲くを嫌うか。それともこれは私の走馬灯か」
彼の詩は少し進展を見せた。走馬灯、Phantasmagoria。確かに正しいのかもしれない。
四季が走馬灯のように流れているのかもしれない。歩いているだけで、四季が変幻自在に変わっていくようだった。
「走馬灯。それも正しいのかもしれないわね」
彼女は笑みを見せる。何かが引っかかる笑みだった。
「こういうのはどうかしら?四季の境界が緩んでしまった、というのは」
そして彼女はいたずらっぽくこう言う。試すかのように。
「四季の境界があやふやになってしまった。それはおもしろいかもしれない」
彼は笑った。そして続ける。
「境界があやふやになるということ、それは四季がなくなってしまったということを表すということでいいのでしょうか?」
彼は自信にあふれた顔で、彼女に問う。
「物事はの存在は境界が存在していることで成り立っている。その境界が無くなってしまえば」
彼女は少し真剣な顔になる。彼はその雰囲気に少し圧される。
「存在自体がないものと化す」



「境界は論理的に存在を表すもの」
彼女は真剣な顔をしていたが、また笑顔に戻った。
「ただ四季の境界はもともとのゆるいものですものね」
気がついたら、口調も柔らかいものになっていた。
気がついたら、彼女は話しっぱなしだった。
「でも、それは四季の境界の存在はゆるくても同時に存在するものではありませんよね?」
そうすると彼女はふふっと笑う。
「もしもの話よ。量子論じゃないのだから」
「量子論は状態が同時に存在してしまう事を……」
「ふふっ、ただのたとえ話よ。熱くならなくてもいいのよ」
彼女はまた何か引っかかる笑顔を浮かべる。
「死んでいる状態と、生きている状態が同時に存在してしまう」
彼女は儚いものを見る表情になる。
「春という状態、夏という状態、秋という状態、冬という状態が同時に存在してしまう」
彼女はまた笑顔に戻る。どこか引っかかる笑顔に。
「これらは不確定に見えて、こちら側が見えていないだけのこと」
彼は彼女の話を黙って聞くしかなかった。
「すべてヴェールに包まれていて、真実が見えていないだけのこと」
彼女は、彼のほうを見た。
「その裏側に必ず真実が存在している。すなわち境界が存在している」
彼女の目は真剣なものになっている。
「全て、原理が与えられている。ヴェールは取り去る、方程式を組み立てる、言葉で説明する、理解の範囲で定義する」
彼女はここで話を中断した。
「私は話すのが好きなのよ。私ばかり話して申し訳ないわね」
彼女は少しだけ申し訳なさそうにした。
「全て、ただのたとえ話よ」



気がつくと二人の目の前には紫色の桜が咲き誇っていた。
彼は、声が出なかった。その美しさに。
「桜はね、死者の罪を吸い上げて」
彼女はまた真剣な顔になり、彼を見る。
「花を散らせて浄化するのよ」
咲き誇る桜は、花を散らせてもいた。
涙のように。それは美しすぎ、悲しかった。
彼の目から涙が流れ始めた。
「こんなに悲しい風景は見たことが無い」
彼はそうつぶやいた。
「あなたは本当は……。いいえ、なんでもないわ」
彼女は少しだけ悲しそうな顔をして、すぐに言葉を止めた。
その言葉が全てを表していた。わざとなのかもしれない。
涙を流している彼は、彼女のほうを見た。
そして肩をつかんだ。
「本当は何なんだ!」
そして泣きながら叫んだ。実は思い出しているのかもしれない。
封じていた記憶を。
「記憶はパンドラの箱よ」
彼女はいたずらっぽくそういう。
「教えろよ!」
彼は迷わず叫んだ。なぜ彼女が自分の記憶を知っているのかを気にも留めなかった。
ただ定義してほしかった。自分を。
なぜ詩を作りたがっていたのか。なぜ記憶が無いのか。
自分の周りに境界線を作り上げてほしかった。
「あなたは、もう、死んでるのよ」


その一言を聞いただけで彼は全てを思い出してしまった。
生きている状態と死んでいる状態の混在している自分が
死と定義された。
彼の体は形を失ってゆく。
Phantasmagoria、走馬灯のように、全てを思い出してゆく。
桜が散ってゆく。
赤いものが散ってゆく。
血液なのだろうか。
いやわかっている。
花が散るのに似た悲しい風景。
これは見ていたのだ。もうすでに。
俺は救われるのか。
俺はどこに行くのか。
俺は許されるのか。
俺は……



咲き乱れる花は、死んでゆく魂が、よりどころを求めて、咲かせている。
「霊夢、なんで花が咲き乱れてるのか知ってる?」
紫は神社にひょいっと表れた。
「知ってるわよ。異変だと思って調べたんだから」
霊夢は紫を突っぱねるように言った。
「じゃあ、詩人の死ってどんなだと思う」
紫はいたずらっぽくたずねる。不敵な笑みを浮かべながら。
「知るわけ無いでしょ」
霊夢は紫の質問の意図を量りかねたが、適当に突っぱねた。
紫はくすりと笑った。
スカーレットな迷彩
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