Coolier - 新生・東方創想話

幼き悪魔の月時計

2007/03/17 06:28:15
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プロローグ


蓬莱山輝夜の話。

「十六夜咲夜? あぁ、あの紅魔館のメイド長ね。
 なかなかに面白い人間だったわね。永夜の一件ではお世話になったわ。
 まさか、この私が負けるなんて思ってもみなかったもの。
 今度会ったら、あの時のお返しをしなくちゃだわ。
 そういえば、ここ最近姿を見てないかしら。
 まぁ、それはあの子に限ったことではないのだけれど。
 なぁに、あの子がどうかしたの?」



=========



湖岸にたたずむ紅き洋館。
その館には、二人の可愛らしい吸血鬼が棲んでいる。
館の主人であるレミリア・スカーレットと、その妹であるフランドール・スカーレット。
永遠にも等しい年月をそうしてきたように、彼女らは今日もまた優雅に紅茶を楽しむ。

これは、悪魔の妹と恐れられたフランドール・スカーレットが
暗い地の底から出るきっかけとなった話。



=========



辺りを照らすは夜空の煌き、ランプの灯。
吸血鬼の朝は遅い。
日の光を嫌う彼らは、太陽が沈みきった夜に行動をはじめる。
この日も館の主人であるレミリア・スカーレットは、真夜中にベッドから出から這い出るや否や
館の客人である少女と、メイドの一人をはべらせて紅茶を楽しんでいた。

「ねぇ咲夜、なんだか下が騒がしいようだけど何かあったのかしら?」

そう話を振ったのは、まだ幼さも抜けきっていない少女だった。
その外見からは想像もつかないが、この館の主人なんかをやっていたりもする。

「はいお嬢様。フランドール様が外へ出たいと申されましたので
 メイド総出でその収拾にあたっているとこです」

こう答えたのは十六夜咲夜。
一応メイド長という立場にある彼女なのだが、騒ぎには我関せずと紅茶を啜る。

残る髪の長い少女はパチュリー・ノーレッジ。
何か思うところがあるのか、先ほどからティーカップの縁を黙々と眺めている。

「そんなことだろうと思ったわ。
 また新しいメイドを探してこないと駄目かしらね。
 あの子が騒ぎを起こすたびに、決まってメイドが減るんですもの」

「お嬢様、笑い事じゃありません」

と、その時――。

『ズドーンッ!』

やはり、メイドの精霊たちだけでは無理があったのだろうか。
包囲をあっさりと突破したフランドールが、部屋の扉をまさに蹴り飛ばしながら入ってきた。

「あーっ! またお姉さまたちだけで遊んでる!
 ズルイよ、私ばっかり仲間はずれにして!」

開口いちばんにそう言い放ったフランドールに対して
目の前で扉が吹き飛んだというのに、まるで微動だにしていないレミリアが口を開いた。

「フラン、せめて朝食くらいゆっくり食べたいというのが人の常でしょう?」

「私もお姉さまと一緒にここで食べたいのっ!」

「大人しくしてれば、私だって何も文句は言わないわよ。
 ただ、あなたがあの部屋を出る時は、何人かのメイドが必ず使い物にならなくなるのよ」

「弾幕は使ってなんぼじゃないのよ。
 それとも、次はお姉さまが相手をしてくれるの?」

「あらフラン、こないだ私にこてんぱんにやられたのを忘れたの?」

彼女ら姉妹のこのようなやり取りは日常茶飯事のこと。
しかし、誰かが止めに入らなければ、紅魔館はその名が示しているように紅で染まる。

と、ここで、すっかり傍観を決め込んでいるパチュリーに代わって、咲夜が割って入る。

「フラン様、そのような我儘を言ってはレミリアお嬢様がお困りになります」

「うっさい人間! いつだって、みんなお姉さまばかり!
 どうせ私なんて最初からいらないのよ!」

「フラン様、どうかそのように考えるのはお止め下さい。
 この咲夜、あなた様をそのように思ったことなど決してございません。
 そうですわ、お手をお出しになってくださいませ」

「手を?」

そう呟き首を傾げたフランドールは、言われた通りに左手を咲夜の方へと差し出した。

「これは咲夜からフラン様へのプレゼントです。
 だから、もう自分のことをそのようにお思いになるのはお止しになってください」

フランの手首には、中央に淡く輝く石を携えた腕輪がはまっていた。
それは、フランが他人から貰ったはじめてのプレゼント。

「……その石は…」

その時、これまで沈黙を守ってきた少女がはじめて言葉を漏らした。
が、咲夜が口の前で人差し指を立てると、渋々とまたカップに目を落とす。

「わぁ、きれーい。真ん中の石がピカピカ光ってる。
 ねぇ咲夜、これ貰ってもいーの?」

「もちろんですとも、私からフランさまへのプレゼントなのですから」

「ありがとう咲夜!」

「あら咲夜、貴女あんなもの持っていたかしら?」

「これでも私は奇術師ですよ?
 いくらレミリアお嬢様といえども、タネをお教えする訳にはまいりません」

「あら、つれないのね。
 まぁいいわ、あんなに嬉しそうなフランは何百年ぶりかしら」

すっかりご機嫌なフランドールも加わって、彼女らはティータイムを再開した。

パチュリー・ノーレッジだけは、終始何か言いたそうな顔をしていたが
何せ彼女も、まさかこの四人でお茶を囲む日が来ようとは夢にも思わず
そんな団欒の時を壊すような真似はしたくなかったのだろう。
いや、そんなことはどうだって良かったのかもしれない。
だって、こんなに嬉しそうに振舞う咲夜とフランを見るのは初めてだったのだから。

だから、最後までパチュリーはそれを口にはしなかった。



=========



それから僅か数日後のことだった。
咲夜が倒れたのは。

そこからさらに数日間、一向に目を覚まそうとしない咲夜に
昼はパチュリーが、夜はレミリアが付きっ切りで看病にあたった。
咲夜が目を覚ましたのは、彼女が倒れてから実に五日目の夜のこと。



=========



その日、咲夜の看病をする為に、パチュリーと入れ替わりでレミリアが部屋に入った時
まさに咲夜がベッドから身を起こそうとしているところだった。

「咲夜!? 良かった、目を覚ましたのね。
 ひょっとしたら、もう起きないんじゃないかと心配したのよ。
 いったいどうしたというの?」

「お嬢様、ご迷惑をお掛けしました」

「いいえ、何も気にすることはないわ。
 貴女には、いつも無理してもらいすぎなくらいだもの」

「えぇ、本当にそうかもしれませんね」

「もう、咲夜ったら」

そうやって二人の少女は笑みをこぼした。

「それで、いったいどうしたというの?」

その言葉を境に、二人の少女は黙り込む。
どれだけの間そうしていたのだろうか。
何百年という長きを生きてきたレミリアにとっても、その時間はまさに永遠のように感じた。

「……どうやら、私はそろそろ潮時のようです」

そう言葉を紡ぐ咲夜。
そして、また訪れる沈黙。

「…………どういうこと?」

咲夜の口から出た言葉、それの意味するところを十分承知していたレミリアだったが
そう聞き返さずにはいられなかった。
どうか思い違いであって欲しい。
そんな儚い望みを込めて。

しかし、続く咲夜の言葉は、彼女の期待を裏切る。

「肉体の時間は、止め置き欺くことが出来ても、その核たる部分。
 さしずめ魂……とでも言いましょうか。
 さすがの月時計も、そこまでは防いではくれなかったようです。
 所詮私もヒトの子だったということでしょうか」

更にゆっくりと言葉を紡いでいく。

「自分はここまでのようです。
 願わくば。どうか願わくば、ずっとお嬢様のお隣に居たかった」

それは少女の本心からの願い。

「咲夜…」

「お嬢様。咲夜からの最期のお願いです」

そして、これは少女の最初で最後のお願い。

「なにが望み?
 本当の意味で私の従属となり、もう少し私に付き合ってくれるのかしら?」

「いえ、私は自分が人間で良かったと思っています。
 今更ヒトをやめてまで、生き永らえようとは思っていません」

「じゃあ、最期のお願いとは何なのかしら?」

「お嬢様……。どうか、私と供に」

そして、その言葉を発する。

『どうか私と供に死んでくださいませんか』

一瞬呆気に取られるレミリア。
しかし、レミリアは思う。
咲夜が冗談でそんなことを言っている訳ではないのだと。

「……まったく。何を言い出すのかと思ったらこの子は」

それはレミリアも予想だにしなかった言葉。
そもそも、彼女は死というものを具体的に考えたことさえなかった。
いま、我が子のように思っていた咲夜が死のうとしているこの瞬間までは。
だから、レミリアは言う。

「……そうね。それもいいのかもしれないわね。
 それに、あなたがいなくなってしまうのは少々辛過ぎるわ。
 私ともあろうものが、まさかここまであなたに依存してしまっていたとはね」

だが、レミリアの脳裏をよぎるのは妹であるフランのこと。
咲夜のみならず、私まで一緒にいなくなって、あの子はどうなる。
いけない。
あの子を置いて、ひとり先にいけるはずがない。
だから、レミリアは言う。

「……咲夜」

さらに数刻の間。

「…………はい」

そして、さよならを口にした。

「本当に残念だけど、あなたとはここでお別れよ」

それは苦渋の決断だった。
咲夜とフラン。
従者と妹。
立場は違えど、そのどちらもが彼女には掛け替えの無い存在だった。
こんなにも尽くしてくれた咲夜を、ひとり先に逝かせてしまうのは悲しい。
彼女は思う。
これが愛しいということなのだろうか。
しかし、今度はひとり残されるフランのことを思う。
もしかすると、あの子は壊れてしまうかもしれない。
その能力を自らの内に向けて。
そうだ、あの子にはまだ私が必要なのだ。
そう思っての決断であった。

だが、そんなレミリアに咲夜はあっさりと告げた。

「お嬢様なら、そう言うと思ってました」

あろうことか満面の笑みで。

しかし、咲夜は続ける。

「では……、仕方ありませんね」

そう言って顔を落とした咲夜の顔には、最早笑みはなかった。

まる五日間床に伏していた身体の、どこにまだそんな体力が残っていたのか
残された力の全てをもって、咲夜の体に緊張が走る。

『力ずくでも、お嬢様を連れていきます』

刹那、ベッドから立ち上がるや否や、咲夜はレミリアにナイフを振り下ろす。
あまりの出来事に、ここでようやく反応したレミリアは間一髪でナイフを避ける。
レミリアの頬に赤い筋が入る。
が、ここでレミリアは気づく。
咲夜は、本気で自分を殺そうとしていないことに。

しかし、吸血鬼としての本能に逆らうことは出来なかった。
必死で自らの身体を制しようとするも、時既に遅し。
吸血鬼としての自分は、ナイフをかわすと同時に、咲夜に向けて攻撃を放っていた。

『ドサリ』

朱を爆ぜ、口から血を流し倒れこむ咲夜。



レミリアの世界から音が消えた。



自分の身体から血の気が引くのが分かる。

まさか、まさかそんなはずはない!
あの咲夜が、これくらいの攻撃を避けれないはずがないのだ!

しかし、彼女の眼前には最早虫の息となった咲夜が倒れている。
様々な感情が、自身の内でぶつかり合っているのが分かる。
そして、ある事に気づいた。

「……さ、さくや……? ……あなた、時計はどうしたの……?」

一度口を開くと、もう言葉を抑え込むことは出来なかった。

「あなたがこれくらいの攻撃見切れないはずないでしょう!?
 時計はどうしたの!?
 答えなさい!! サクヤ!!」

息も絶え絶えに、咲夜は応える。

「……時計なら、もう私の手元にはありません。
 これで…、良かったのです。
 私はもう十分過ぎるほど生きました。
 ……お嬢様、ありがとうございました。
 これで、ようやく幕が引けます。
 お嬢様にお仕えすることが出来て、咲夜は幸せでし……た…」

レミリアは、このときはじめて自分も泣くことが出来るのを知った。
それは、人間も妖怪も分け隔て無い小さな奇蹟。



=========



後日、少女の遺品から出てきた時計には、月時計としての大事な物が欠けていた。
あのとき咲夜がフランドールに贈ったブレスレット。
そこに輝いていたあの石こそが、まさに月時計に核だったのだから。



=========



「パチェ、あなたこうなることが分かってたんじゃないの?」

「レミィ、覚えてる? 咲夜が妹様に贈ったあの腕輪。
 あれに収められてた石こそが、月時計の心臓だったのよ」

「何故…、何故教えてくれなかったの?
 返答次第では、あなたにも咲夜の後を追ってもらうことになるわよ?」

「レミィ、咲夜の気持ちが分からない訳じゃないでしょう?
 あの子がどんな思いで、あなたにナイフを向けたのかを。
 あの子の想いを無駄にするのはやめなさい」

「…………」

その時、フランドールが部屋に飛び込んできた。

「お姉さまー。咲夜いるー?」

「フラン、あなた……」

続ける言葉を探すレミリアに代わって、パチュリーが言った。

「咲夜なら、もう私たちの前には姿を見せないわ」

「どーして? お姉さま、咲夜は紅魔館を出ていっちゃったの?
 私が我儘ばかり言うから、咲夜はやめちゃったの?」

しかし、レミリアは言う。

「そんなことはないわフラン。
 咲夜にはちょっと休暇を言い渡しただけよ。
 もし私たちにその機会があるならば、その時はまた私のもとで働いてもらうわよ」

さぁ、咲夜の最期の紅茶でも飲みましょうか。



=========



森近霖之助の話。

「十六夜咲夜? そりゃあ知ってるさ。
 彼女は、うちの数少ないお得意様だからね。
 そういえば、最近はあんまりお店に寄ってくれなくなったなぁ」



アリス・マーガトロイドの話。

「十六夜咲夜? あのメイドでしょう?
 別に彼女に興味はないけど、彼女の持ってるあの月時計には大いに興味ありだわ。
 そういえば、紅魔館の妹吸血鬼、最近静かになったんじゃないかしら?」



紅美鈴の話。

「咲夜さんですか? あの人がうちに来たときは、そりゃあ大騒ぎでしたよ。
 なんせ人の子でしたからね。
 お嬢様もあれで気分屋ですから、いったい何を考えていたのやら。
 同じ仕事仲間として尊敬もしていましたし、憧れる部分もありました。
 いつかはこうなっちゃうんだろうなって思ってましたけど
 まさか、こんなに早くいなくなっちゃうなんて……。
 やっぱり私たちとは違うんだなって思い知らされましたよ。
 もう…咲夜さんの顔も見れないんですよね…ぐすっ。
 あれ……、もう泣かないって決めてたんですけど……。
 ひっく…ひっく……ぐすっ。
 ごめんなさい。
 ちょっとひとりにさせてもらえますか」












エピローグ ~ 桜舞う彼の庭にて


魂魄妖夢の話。

「咲夜さん? もちろん知ってるよ。
 いつだったかなぁ、こないだ白玉楼にやってきて以来、幽々子さまのお気に入りだもの。
 てっきり、これで家事も少しは楽になるかと思ったりもしたけど
 あの二人ときたら、毎日のように桜を見ながら野点を楽しんでるよ。
 まったく、幽々子さまも幽々子さまだよ……ぶつぶつ」

鮮やかに咲き誇る桜の下、彼女は確かにそこにいた。



彼女の話。

「十六夜咲夜? もう十六夜の名はお返ししたのよ。
 どうやら私には、ちょっと荷が重かったのかもしれないわね。
 ずっと、お嬢様についていきたかったのだけれど、それももう叶わないのかしらね。
 満月の一歩後ろをについて行く存在。
 そんな意を込めてお嬢様は、私に“十六夜”の冠をくれたのかしら。
 でもどうなんでしょうね。あれでいて、結構気分屋ですもの。
 案外適当だったりして、ふふ。
 ここでも結構楽しくやってるわよ。
 毎日こんなんだから、妖夢が泣いてるけどね」

「さくやー。どーしたのー。
 あなたがいないとお茶が飲めないじゃないのー」

「ふふ、幽々子が呼んでるわ。それじゃあね。
 そうだわ、レミリアお嬢様に会ったら伝えてちょうだいな。
 咲夜は、貴女に拾われてとても幸せでした…と。
 一足先に白玉楼で待ってるので、そちらに飽いたらいつでもどーぞってね」

そう言って彼女は優しく微笑んだ。

待たされるのには慣れていないのだろう。
桜の下で手持ち無沙汰にしていた少女に急かされて、彼女はこちらに背を向け歩き出す。

そして離れ際、そっと。

「でもまぁ、美鈴あたりなら、放っておいてもそのうち来るんじゃないかしら」



あら、口が滑ったわ。今のは美鈴には内緒よ?
皆様、もれなくはじめまして。
みそかと申します。
今回がはじめての投稿になります。

挨拶だけで終わらせてしまうのもアレなので、内容の方も少し...

オリジナル的な要素があるのは、愛嬌と受け取ってもらえると嬉しい限りです。
ストーリーだけを見ると、始まりと終わりで結構な動きがあるかもしれませんが
出来るだけ場面場面で拾っていきたかったので、こんな感じに仕上がりました。
いかがでしたでしょうか。
そのせいか、少々とっつき辛くなってしまったかもしれません。
いやはや、そのように感じてしまったら申し訳ありません。

とか何とか言っていたら、結構かさばってきたのでこの辺で。


人に読ませることを目的とした文章を書くのは初めてなもので
お見苦しい点もあるかと思いますが、お付き合い頂きありがとうございました。
更には、こんな後書きにまで目を通してくれた方、本当にありがとうございます。

ご意見、ご感想がありましたら、どうぞ宜しくお願いします。


※送り仮名の不備を訂正致しました。
(07-03-17)
みそか
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コメント



0.1240簡易評価
1.70流離いのhigasi削除
すごく良かったです!
6.80名前が無い程度の能力削除
冥界に遊びに行けば普通に会えるんですよね…。うーん、ネクロファンタジア
しかしあんな分かれ方したら再開しづらいかw
9.50名前が無い程度の能力削除
咲夜が倒れる前にもう少しタメがあると良かったかも
あと倒れるシーンが書かれていたらより話にノレたかも
20.50削除
妹様が外に出られるようになったきっかけのお話という割には、そのきっかけが分かりにくい気がします。
というか妹様が話の中心ではないですし。

上のことは抜きにしても、良いお話でした。

誤字らしきものを一つ
月時計に核だったのだから→月時計の核だったのだから