Coolier - 新生・東方創想話

焼肉もバーベキューも戦争の一つである

2007/03/16 01:36:50
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  ※注意1 『2人の『武人』』の続きです。
  ※注意2 キャラが壊れています(特に霊夢)。ですのでそういった類が苦手な方にはあまりお勧めしません。





  博麗神社といえば霊夢が一人住む寂れた神社だ。寂れているのには理由がある。参拝客が来ないのだ。
  そして先日の決闘のせいで最早廃墟に近い光景になっている。

「ズズズ~っ」

  その中で霊夢は1人、居間で茶を飲んでいた。隙間っ風が冷たい。

「ふ、ふふふふふ……どうして、どうしてあいつ等はこういうときに限ってこないんでしょうねぇ」

  それはあなた様が怖いからです。まぁ彼女が怒っているのは無理もない
  毎回毎回この神社で宴会をし、散らかしては片付けないで帰る女たち。
  その片付けを行うのは霊夢なのだ。時には片付けるのに一日要する事もある。
  片付けが終わりようやく平穏な一日がやってきた…と思ったらまた宴会。
  ここは神社なのに…と霊夢は滝涙を流す日々だった。

  そして今回、ついに彼女はブチぎれた。先日の戦いで神社の玄関とも言うべき庭と、
  塀を散々壊されたのである。今度彼女たちが来たら修理させようと心に誓った。

「でもまずは食料よね……流石に干し芋で過ごすのには限界があるわ」
  
  宴会のせいで唯でさえ参拝客は少ないというのにここの所ほぼゼロだった。
  賽銭箱の中も殆ど空である。

「おなか減った……」

  グテ~ッとちゃぶ台にだらける。某パンダも真っ青な垂れ霊夢の完成だ。
  そんな時である。

「あれ? ……ここ何処? 博麗神社?」

  食料の匂いがした。ちなみに声がしたのはここから30メートル以上はなれた神社の入り口。
  ガバッと起き上がり、妖夢や美鈴真っ青の速さで一気に玄関に出る。

「あ、霊夢~♪」

  にぱ~っ☆と某巫女に負けない位明るい笑顔でブンブン手を振ってきたのは知り合いの式神、橙。
  その笑顔を見ながら霊夢は考える。

(猫の肉って食えるかしら? いや、今の彼女は式だからどちらかというと人間に近いのか……。
 いえ! 考えてみなさい霊夢! 私たちは肉を何から食べている!? 牛、豚、鳥! 
 そう、彼らの犠牲があってこその私たちなのよ!)

  などととんでもなく物騒な事を考えていた。

(そうだ! 所詮生き残るのは強者のみ! 弱肉強食なんだ。
 強ければ生き、弱ければ死ぬ!!)
「霊夢~? どうしたの?」
(ふふふ……恨むなら己の不幸を呪うがいい。そう、紫の関係者という事を!!)

  心配そうに声を掛ける橙。霊夢は逆にどす黒い心に支配されていた。
  彼女の周りのオーラは黒く、彼女の目はキュピーンと十文字に光っている。

「橙……」
「?」
「我が血となり肉となりなさい!!」

  本家真っ青のルパンダイブ。余りの事に橙は反応し切れていない。

  目標まで後3メートル、

  2メートル

  1メートル

「なにやってんの!!」

  ボゴン

「ギィヤァァァァァァ!!!」

  あと少しというところで頬に何か硬い突起物が当たり、橙に届くこと叶わず霊夢は吹き飛んだ。

「はぁ、はぁ、はぁ」
「あのぉ幽々子様。それ私の白楼剣……」

  投げた主は幽々子。博麗神社の上空、大分はなれたところから橙の危機を見つけ、
  一緒に神社に来ていた妖夢の白楼剣を引ったくり投げたのだ。
  ちなみに鞘が当たっているので問題ない。せいぜい歯が一本折れたくらいだ。

「妖夢~(泣)」
「あーよしよし。悪者は退治しましたから」

  地面に降り立った2人に橙は恐怖の余り泣きながら抱きつく。

「もう……霊夢さんも何やってるんですか。食べられるはず無いでしょうに」

  そう言ってピクリともしない霊夢に言う。

「そうよ! 猫が食べたいんならもうちょっと違う子にしなさい! 
 橙なんて食べてみなさい! おなか壊すわよ!」
「あの…幽々子様、何か違う気がします」

  そんな会話をしながらも霊夢が起きる気配はない。

「…幽々子様? 動かないんですけど」
「そ、そうよねぇ……流石に拙かったかしら……」

  そう言って近くに落ちてた木の枝でツンツン、と霊夢をつつく。
  すると突然霊夢は立ち上がった。凄い、寝たままの体勢から足を使わずに弧を描くように立ち上がった。
  そして2人を見るなり、

「ちょぇぇぇぇぇい!!」

  とチョップを頭に食らわせる。鈍い音と共に2人はあまりの痛さにうずくまった。

「よーやく来たわねぇ、元凶」

  拳には怒りマークが浮き出ている。2人は直感した、これはヤバイ……と。
  
「じゃ、じゃあ霊夢、またね!!」
「そ、それでは!!」

  来た理由も忘れ、逃げる事にした2人。180度反転するとバッと走り出した。
  だがそれも叶わず襟首をガシッとつかまれた。

「あーん? 一体どこに行こうとなさるのですかねぇ、お2人とも」

  とんでもない殺気だ。美鈴も真っ青なほどの殺気をモロに浴び、2人は動く事が出来ない。

「あ、あははは……」
「ちょ、ちょっと……忘れ物を」
「逃がすと思っているのかしら?」

  笑顔が引きつる。まるで金縛りにあったかのように2人は固まった。

「修理……やってくれるわよね?」
「「……はい」」

  哀れ2人の来訪者はそのまま神社の修理のために働かされる事になってしまった。
  なお橙は2人を暫く眺めていた後、『面白そう』の一言で手伝う事になった。



  ◆  ◆



  さて所変わって紅魔館。
  久々に自宅での謹慎処分まがいの命令が解けた美鈴は鈍ってしまった体をよじりながら外にでた。

「やっぱ外はいい。部屋の中にいるとどうもおかしくなる。
 あ、だけど吸血鬼なら本来外に出てはいけないのよねぇ。はぁ…異端というのも問題かな」

  そういいながらボクシングの構えを取り、ジャブ、ジャブ。

「まだ完治には遠いかな……力の入り具合もおかしいし」

  今度は近くに置かれていた岩に軽くデコピンしてみる。すると岩には見事にヒビが入った。

「これは……拙いかな」

  力の加減が全く出来ていない、このままでは仕事に支障が出てしまう。
  とはいえまだレミリアからは休暇命令が出されているため仕事はさせてもらえないのだが。
  自分では動けて、手も足も攻撃が出せるのであれば問題は無いと思っていたが予想以上に事態は深刻だったようだ。

「力を使う作業は出来ないわね。このままだと守るどころか逆に紅魔館の物を壊しちゃうだろうし……」

  予想される原因は、おそらく自身の『気』の乱れ。
  久方ぶりに全力でやったためどうやら必要以上に『気』を制御してしまったみたいだ。
  無理やり圧縮してしまったものは当然ながら破裂する。もしくは徐々に圧縮が解凍されていく。
  戦闘が終わった後でも『気』が体内に残り身体能力を高めているのはおそらくこれのせいだろう。

「はぁ……これじゃあ『気を操る程度の能力』だなんて誇れないね。まぁ破裂する型じゃなくて
 徐々に抜けていくほうだと思うけど……」

  とはいえやはり腑に落ちない。これでも『気』の鍛錬は毎日欠かさず行ってきた。
  たとえ『本気』を出したとしても『気』くらいなら簡単に制御できたはずだ。
  第一『気』とは長いこと付き合ってきたのだから本当にそれなら妖夢と戦った直後、意識が目覚めた時にわかるはずだ。
  でも今回は今まで一度も気付かなかった。そうなると原因は別にあることになる。

「でも……『アレ』の筈ないし。兆候も出ていないし」
  
  『アレ』だったとすれば必ず自身でも気付けるほど兆候が表れる。だが未だに表れていない。
  
「まぁ……今は時間を置いてみようっと。下手に心配しても意味ないし」

  この体だって時間が経てばなれるだろう。力が普通以上に出るのならそれにあわせて制御すればいい。
  とりあえずこの問題は頭の隅に置くことにした。今日は別にやることがある。
  だが何故か足が上手く動かない。そこに行くことを心のどこかで拒否しているようだ。
  
「やっぱり怒ってるだろうなぁ……霊夢さん」

  そう、今から向こうは先日妖夢との決闘でズタボロにした博麗神社の家主博麗霊夢の元である。
  何しろズタボロにした張本人の一角なのだから霊夢の怒りも相当なものになるだろう。
 
「行きたくないよぅ。でも行かないともっと大変なことになるし……」

  紅魔館中庭でグルグルと回りながら考える。
  先日妖夢と戦った『武人』紅美鈴の何者も寄せ付けぬ冷酷な眼を持った表情はどこに行ったのやら、
  今の美鈴はなんとも情けない、普段咲夜たちが見ている頼りない表情を見せている。
  これではどちらが地なのかわからない。
  
「うぅ~~……(ブスッ)いったぁぁぁぁぁ!?」

  十数回円を描くように回った頃だろうか。突然頭に何かとがったものが刺さった。言うまでもない、ナイフだ。
  そしてそのナイフを真上から投げる(刺す)のは一人しかいない。

「ひどいですよぉ、咲夜さん。何するんですかぁ」

  涙目で振り向くとそこには腕を組んでたたずんでいる我等がメイド長が。

「気持ち悪いのよあなた。悩むんなら自分の部屋でして頂戴」
「それは謝りますけど……いざとなったら怖いんですよ。あの霊夢さんが本気で怒ってるんですから」
「何言ってるのよ。『武人』としてのあなたなら霊夢だってチョチョイのチョイでしょうに」
「咲夜さん」

  とたん美鈴の表情が真面目なものになる。

「あの時のことは本当に例外なんです。『武人』として戦うのは普段は封印してるんですよ」
「それは幻想郷のルールに引っかかるから?」
「はい。昔ならまだしも今は弾幕とスペルカードというルールが確立しています。
 それなのに私だけが破ったらどうなります?」
「肉弾戦オンリーの戦いかたして皆から叩かれて……ルールが崩れるわね、いずれは」
「はい。だから少なくとも、あの時の戦い方は普段は出来ません。
 もし幻想郷内で使うとしたら、相手が肉弾戦しか出来ない者や、肉弾戦の決闘を申し込んできた人たちのみです。
 何の制約もなしに常時使えるとしたら、それは本当に幻想郷から出たときだけです」
「そう……ところで幻想郷から出るなんてこと…できるの?」
「ええ、まあ。無論博麗の巫女と紫さんの協力が必要不可欠ですけど。後はランド様ですね。
 とはいえ私が外に出ることがあるとすれば、それこそランド様に危機的状況が起きるかしなければありませんけど。
 まぁあの方がそのような状況に陥るなんてことはまず無いですから現状では私が外に出るなんてことはありません」
「なるほどね」

  紫とは色々と貸し借りがあるので何とかなるだろうが、問題は巫女のほうだと美鈴は思っている。
  万年金欠巫女ではあるが、それでも自身の役目をきちんと理解しそれを果たしている。
  対する自身は今では門番などやっているがかつては一国を長年に渡って恐れさせた吸血鬼。
  均衡を守る役目を持つ彼女のことを考えると、外に出してくれるなど本当に皆無に等しい。
  まぁ、自身もここの生活は気に入っているわけで、外に出る必要性も無いのだが。

  ちなみにこんな真面目な会話をしているが、
  美鈴の頭には相変わらずナイフが刺さっているため周りから見れば雰囲気台無しだ。
  
「で、咲夜さん。用事があるんですよね? じゃないとワザワザ時を止めて私の頭にナイフを刺すはずありませんし」

  普段の表情に戻り聞く。勤務時間ではない。だから別に刺される理由は無いはずだ。

「だから気持ち悪かったのよ」

  鬼だ、気持ち悪かったら刺すのかこの女は。だったら人生の大半の生物が刺されている。

「冗談よ。まぁ正確には半分当たりだけど。館の品評に関わるからやめて欲しかっただけ」
「じゃあ言葉で言ってくださいよぉ」
「いやぁ、そこはそれ。なんとなく」

  やっぱ鬼だ。

「冗談よ」
「勘弁してくださいよぉ」
「本題は霊夢を呼んできて欲しいのよ。ほら、以前の決闘で怒らせたままじゃない?
 お嬢様もさすがに悪いと思ったのか、お詫びがてらにパーティーに招待しようってことになって」
「パーティーですか?」
「ええ。先日良い肉が入ってね。それで焼肉パーティーをしようってことになったのよ。
 流石に霊夢を怒らせたままだと宴会も出来なくなるしね」
「本命はそっちなんですね」
「ま、万年金欠女に万年飢えスキルが備わってる霊夢なら、気付くはず無いでしょう。
 おそらく泣いて喜ぶでしょうね」
「完全に確信犯ですか…やっぱ鬼ですね」
「なんか言った?」
「いえ……」

  はぁ……とため息をつく。

「なら咲夜さんも一緒に来たらどうです?」
「私は仕事があるの。あなた暇なんだし問題ないでしょ?」

  それはつまり、霊夢が怖いから行きたく無かったからってことですよね? と美鈴は言いかけたが
  咲夜の手元からナイフが鈍い光を放ったため口をつぐんだ。吸血鬼とはいえ刺されれば痛いのだ。

「わかりました。おそらく遅くなると思うんでうまく時間調整のほうをお願いします」
「分かったわ。ああ、後他にも呼べる人がいたら呼んできて頂戴。
 たくさんいたほうが楽しいから、というお嬢様の意向よ」
「はい」

  自身にかかる火の粉を少しでも減らしたいのだな、とすぐに美鈴は見破る。
  まぁ仕事が一つ増えただけだ。それに咲夜の言うとおり、あの巫女のことだ。
  提案すれば喜び、自身が受ける罰も減るかもしれない。
  断る理由が無かったため、了承した。そして門をくぐろうとしたとき、

「ああ、美鈴」
「はい?」

  いきなり呼び止められたため、振り向くと

「えい」
 
  頭に刺さったナイフを抜かれた。

「ナイフは回収するわ。刺さったまま行かれると格好悪いし、ナイフは時間と同じく有限なの」
「……行ってきます」

  ジト眼で睨みつけ館を後にする。
  今更ながらに再確認。ナイフは刺されたときよりも抜いた時のほうが痛いものだ。



  ◆  ◆



  さてその頃博麗神社では。

「しくしくしくしく」
「私の刀はこのようなことに使うんじゃないのに……」
「え~ん! 終わらないよ~」 

  青空の元3人の不幸な少女たちが働かされていた。

「キリキリ働きなさい。ああ、幽々子それはあそこに立てかけて。壁を傷つけたら許さないわよ。
 妖夢はもう少し薄く平坦に、そしてもっと優雅さをもって斬りなさい。
 あと橙? 物は壊さないように。壊したら本当にあなた食うわよ」

  自身は全く作業をせず湯飲みを持ち茶を飲みながら指示を出している博麗の巫女が一人。

「ね~霊夢、もうここ何度もやってるんだけど」
「私のことは親方と呼べい!!」
「お、親方! ここは何度もやってるような気がするんだけど。もういいんじゃないかなぁ」
「何言ってるの! シミが残ってるじゃない。それが消えるまでは終わらしては駄目!」
「そんなぁ」
「そもそもそういったシミつけたのはあなたたちなんだから、きちんと自分で始末しなさい!!」
「でも落ちないよ~」
「根性で何とかしなさい!!」
「そんなぁ~」

  半泣きで霊夢に言う橙を一蹴する親方霊夢。親方というなら仕事しろよ……。

「あのぉ、親方さん。石とか切ってたら刃こぼれしちゃうんですけど……」
「そんなもん打ち直しゃあいいでしょうが。というかいっそのこと折れちゃえばいいのよ。
 そうすればもう二度と決闘なんて起きないでしょうから」
「ば、場所に対する文句なら美鈴さんに言ってください」
「家主の私に許可無く了承したあんたも悪い!」
「あう……」

  事実なのだから仕方ない。それに今の頭に血が上っている霊夢にはなにを言っても
  無駄だと理解した妖夢はもう何も言わず作業を再開した。

「しくしくしく……なんで私がこんなことしなくちゃならないのよぉ」
「黙ってやる! 宴会で一番食い散らかすのはあんたなんだから、他の2人よりも仕事はまだまだあるのよ!」
「そ…そんなぁ、妖夢ぅお腹減ったよぉ」
「シャーラーップ! 腹が減ってるだぁ!? 誰に向ってそんな事いってるの!?」
「いや、だから……「黙って手を動かせぇ!」はい……」

  もちろん彼女もお詫びということで来たのだが
  怒りでいつもの冷静さを失っている霊夢は全く聞き入れる様子が無い。
  一体この作業がいつ終わるのかまだ見当も付かなかった。
  そもそもお嬢様である幽々子はこのような作業をしたことが殆ど無く、失敗ばかりしている。

  そんな光景を上空から霧になって見下ろしている、宴会で幽々子と同じ位食い、飲み散らかす鬼、
  萃香は一言呟いた。

「たすかったぁ…あのまま行ってたら間違いなく私もやらされてたなぁ」

  普段神社から発せられることのない狂気に踏みとどまったのが功を奏したのだろう。
  とはいえ数分後、そんな彼女も悪魔の毒牙に引っかかる事になるのだが。
  勿論そんなことはこの時は知らなかったためこの如何にも珍しい光景を肴に飲んでいた。

「うぃ~……やっぱ美鈴に頼もっかな。あの酒美味しかったし」

  瓢箪の中に入っている酒に少し物足りなさを感じたのだった。



  ◆  ◆



  その頃神社に向かう道にて。

「いや~平和っていいですねぇ」

  のほほんとした顔で歩く美鈴。

「まぁ……今から向かう場所から放たれてる狂気がなければの話ですけど」

  訂正、現実逃避していたようだ。

「う~やっぱ怖いなぁ、せめてもう1人居てくれれば心強いんだけど」
「呼んだ?」
「うわぁぁぁぁぁ!!」

  突如耳元で囁かれたため思わず悲鳴を上げた。

「ゆ、紫さぁん!?」
「はぁい美鈴。あらあら、そこまで驚いてくれたなんて、私もうれしいわぁ」

  いたずらをしたのは友人の八雲紫だった。隙間から体を除かせてニヤリと笑った。

「でもおかしいわねぇ、あなた、前に私が出る時なら隙間を作ったときに直ぐに分かるって言ってなかったっけ」
「普段なら。でもちょっと最近調子がおかしくって」

  今朝からの不調を説明すると紫の表情は悪戯スマイルから真面目な表情になった。

「もしかして『アレ』?」
「いえ……まだ兆候はありません」
「最後に打ったのは?」
「一ヶ月以上前ですね」
「ふむ……余りにも長く続くようなら永琳のところに行きなさいな。
 あんたの『アレ』が発現したらそれこそ幻想郷中が大パニックになるんだから」
「はい。もう少し様子を見てから考えます」

  『アレ』というのが一体なんなのか…それは分からないが、どうやら美鈴だけにあり
  そしてそれが発現すれば幻想郷が危機的状況に陥る、ということだけは今の会話で理解できる。

「まぁその話はおいておいて。どうしたんです? こんな時間に。
 確か今日は寝たまんまなんじゃあなかったんですか?」
「いやぁ、最初はそうだったんだけど。藍に起こされてねぇ」
「相変わらず主思いの式神ですね」
「たたき起こされた身としては叶わないわよ」

  はぁ…と目を擦りながら言う。
  確かに一日の大半を寝て過ごす彼女が無理矢理起こされたのだから不満が出るのは仕方ない。
  とはいえそれも主を思っての藍の行動なのだから良いとしよう。

「なんでも散歩中に橙が行方不明になったって血相抱えてね。
 全く…私の意思に関係なく無理矢理探させられてるわけ」

  訂正、親ばか同然に可愛がっている式神、橙の事を思っての行動だったらしい。

「あの子の親ばかぶりも度を越えてると思ったけど……流石にきついわぁ」
「同情します」

  ちなみに美鈴と藍もまた長い付き合いだ。
  初めて会ったのは、数百年前。世話になった紫に会いに行った所、不振な輩と見間違えた藍が強襲。
  とはいえ逆に返り討ちにされ、それ以来仲の良い関係が続いている。ちなみにその時はまだ橙はいなかった。
  藍とはよく大陸の戦い方について討論する事が多いらしい。

「で、その藍さんは?」
「さぁ……何処に行ったのやら」

  と、そのとき

「ちぇぇ~~~~~~~~~~~~~~~~ん!!」

  遠くから叫び声が聞こえた。

「……どうやら近くに居たみたいですね」
「…あの子は…近所迷惑という物を考えなさいな」

  お前が言うか? お前が。まぁ彼女の事を知っている者なら十人中全員が口を揃えて言うだろう。
  その声は断続的に聞こえてきて、尚且つ次第に大きくなってきた。
  そしてガサッと茂みが鳴り藍が現れた。

「お仕置き」

  指をパチンと鳴らすと藍が走り去る方向に隙間が現れた。
  勢いをとめることも出来ず、そのまま隙間に落ちる藍。
  隙間が消えた後、もう一度指をパチンと鳴らすと今度は上空に隙間が現れた。
  そこから藍は落ちてきて、何が起こったか上手く判別する事もできず地面と壮絶なキスをする。

「うぐぇ」

  軽く土煙が起こり、藍はうつぶせの状態でピクリともしない。

「あのぉ、紫さん。さすがに今のは痛いと思うんですけど」
「私もそう思った……ほら、藍。起きなさい」
「う、う~ん……あれ? 紫様? それに門番も」

  どうやら自分が紫の創り出した隙間によって今の状況に陥っている事には気付いていないらしい。

「全く、あなたもいい加減式神離れしなさいな。主人として恥ずかしい事この上ない」
「で、でも橙が行方不明なんですよ? もう1時間以上も見つからないんですよ!?
 も、もしかしたら悪い妖怪に食べられているなんて事も……あ~~~ちぇ~~ん!」
「うるさい。心配するのは分かるけどね、人様の目の前で醜態をさらさないでちょうだい」
「あ……う……すみません」

  シュン、とうな垂れる藍。耳も尻尾も同じように動くのはかなり可愛い。

「ま、まあ…とりあえず久しぶりだな門番」
「お久しぶりです藍さん」
「…今のは見なかった事にできないだろうか……」
「そう言いたいんですけど……多分、もう皆さん知ってると思いますから」
「あううう……」
「恥ずかしいんなら止めなさいな」
「いや…自分では分かってるんですよぉ。でも、やはり心配で」
「それが親ばかだって言うのよ……」

  はぁ…とうな垂れる紫。従者で毎回疲れさせられる主人というのもまた珍しい。

「で…何処探してきたのよ」
「とりあえず一通りは。後は博麗神社周辺ですね」
「そう。私たちは博麗神社に行くから…神社の周り探したら顔だけでも出しに行きなさいな」
「わかりました。それでは」

  服や尻尾についた砂を払い落とすと一目散に走っていってしまった。
  その際また橙の名を叫びながら走って行く事を忘れずにだが。

「……全く、あの子は」
「あはは…はは…」

  頭を抱える紫とただただ冷や汗をかきながら笑う美鈴だけが取り残された。

「でも親ばかなのは実は紫さんも同じだったりして……」
「っ!? な、何を言ってるのかしら? 美鈴さん」
「あれ? 当たってましたか?」
「か、鎌かけたわねあなた!!」
「ま、何時もいじられてますから、そのお返しです。そうですか、人は見かけにはよらない物なんですね」
「うっ、うぐっ」

  普段の紫からは見ることが出来ないくらいの狼狽の仕方である。

「まぁいいんじゃないですか? 式神とはいえ長年あなたとは過ごしてきたんですから。
 家族みたいな物ですよ」
「家族……ねぇ。2人とも私の式神なのに?」
「関係ありませんよ。式神だろうが血が繋がってなかろうが必要なのはお互いがどう思ってるかですよ。
 私から見る限り、藍さんも橙さんも紫さんもお互いに大事に思ってるんですから…それは家族でいいのでは?」
「…………」
「まぁ藍さんまでいくといきすぎですけど、陰ながら応援するのであれば別に親ばかでもいいのでは?」
「お、お願い美鈴。この事誰にも言わないで。特にあの子達2人と幽々子には」
「さぁ……どうしましょう」
「こ……この中国!! あんた永遠に出られない様に隙間に閉じ込めてあげようか!?」
「きゃ~」

  逃げた美鈴を顔を真っ赤にした紫が追って行く。とはいえ紫は本当にそんな事はしないだろう。
  少なくともその顔は笑っていたのだから。
  博麗神社に向けて2人の妖怪が笑い、追いかけっこしながら走り出した。



  ◆  ◆



  さてそうこうしている間にも神社は半ばカオスと化していた。
  上空から盗み見ていた萃香が半ば拉致られるようにして連れて来られ屋根修理をさせられている。
  ちなみに逃げることも可能だったのだが、瓢箪を人質にとられているため逃げること叶わず。
  更には橙がどうしてもシミが取れないと泣きを入れてきたため
  ではそのシミがあったという歴史ごと消してしまえと慧音を里から無理矢理つれて来た。
  はっきり言って慧音は関係ないというのに霊夢の視線で人を殺せる程の力を持った目を見てしまったため
  恐怖し仕方なくやっている。
  いや、考えてみたらその能力使って全ての損害箇所にかけてやればいいのではないだろうか?
  だがそこまでは皆頭が回らなかったのか、黙々と作業をしていた。

「親方ぁ、これはどっちに持っていけばいいんで?」
「その板は等間隔に切ったら縁側にはめちゃってちょうだい。釘とトンカチは幽々子がもってるわ」
「あい」

  などと親方と子分の関係を早くも熟知し実行しているのは魔理沙。
  他の面々と同じく無理矢理仕事をさせられているのだが、
  何故か大工仕事に目覚めたのかトンテンカンテンかなづちを振るっている。
  ちなみにそんな彼女についてきたアリスもまた巻き添えを食らっていた。
  それと同じく

「えーんにゃこーら」

  一部猫語をまじえて鉋(かんな)を振っているのは橙。このとき彼女は現実逃避という言葉と
  心を無にするという方法を覚え、大人への階段の新たな一歩を踏んだのだった。
  それはともかく、生まれて初めて触った鉋だというのに見事な手つきであった。

「親方、屋根は終わったよ~」
「流石に小型量産型になれば終わるのも早いわねぇ。
 じゃ、後は今木を切っているので出たカスを萃めて頂戴」
「は~い。終わったらきちんと瓢箪返してよ?」
「分かってるわよ」
  
  小さな萃香たちはワッセ、ワッセと塵取りやら箒やらを持って行ってしまった。
  
  人が集まれば当たり前だが終わるのは早い。既に殆どの作業が終了していた。
  あの廃墟同然だった博麗神社はいつの間にか非常に綺麗になっていた。

「うんうん、皆やれば出来るじゃないの」

  と何杯目になるかわからないお茶を片手に満足げに霊夢は頷いた。



  さて、そんな場所に最後の客がやってきた。

「ねぇ美鈴。私が見ているのは果たして幻想かしら? 神社がとてつもなく綺麗になって、
 橙やら幽々子やらが大工仕事をしているように見えるんだけど」
「いえ、はっきりと現実です」

  2人はこの状況を前に笑顔を引きつらせて佇む。彼女たちに気付いた霊夢はスーッと寄ってきた。
  そんな足取りが非常に怖い。

「あらお2人ともいらっしゃい。珍しいわね紫。あなたが隙間から現れないのって」
「そりゃあ私もたまにはねぇ。そ、それよりも霊夢。この状況は一体何かしら?」
「あら、別にどうってことないわよ。何時も何時も宴会しては片付けもせず帰るからね。
 今回はそれ相応の土地代ということで修理させてるの。まぁ…本当はお賽銭入れてくれれば嬉しいけど、
 あなたたち金持ってないでしょう?」
「そ…そうなんだ。で、でも橙や慧音は宴会に参加した事ないでしょう? 少なくとも神社では」
「ええ、まぁ…人材不足だったの」

  そ、そうなんだ…と頷く紫の顔には脂汗がびっしりと浮かんでいる。

「で…一体何のようかしら? お二人さん」
「じ、じつはね…」
「せ、先日の件でお詫びということで今晩紅魔館で焼肉パーティーをするんです。
 霊夢さんにはそれにご出席してもらおうかと……」
「やき…にく?」

  キュピィーンと霊夢の目が光り、2人はビクッと肩を震わせる。
  
「それは……本当なの? 嘘なら殺すわよ?」
「ほ…本当ですよ、咲夜さんから呼んで来てくれって言われまして……」

  ガシッと肩をつかまれ、美鈴は更にビクッとする。

「ふふふ……」

  顔を伏せているため表情は伺えないが、少なくとも怖い事だけは確かだ。
  見れば作業をしていた者達も皆こちらを見ている。
  霊夢を怒らせるか、喜ばせるかで自身らの未来も変わるのだ。

  で…その運命を決定する瞬間。ゆっくりと顔を上げた霊夢は……笑顔だった。
  無論怒っているほうではなく、喜んでいるほうである。
  目など星が浮かび輝いていた。

「美鈴さん、私は咲夜に心から礼を言っていると伝えておいて! なんならお姉さまとお呼びしてもいいともね!!」
「え゛?」
「……ほ」

  うろたえる美鈴と安堵のため息をつく紫。

「じゃあ、さっさと終わらして紅魔館に行くわよ!!」

  と、今度は自身も率先して作業を進めて行く。
  そんな2人の功績に対し、他の者達は親指をたて、『GJ!』と口を揃えていった。
  意気揚々と作業を進めて行く霊夢だったが不意にピタッと動きを止めると
  2人のところに戻ってきた。

「ああ、そうそう。これは罰よ」

  そういって美鈴に右フック、紫に左アッパーを顔面にそれぞれ叩き込んだ。
  周りから『うわっ』という声が上がる。
  左アッパーを決めた霊夢はゆっくりと拳をさげると

「この私が食べ物如きであなたたちへの恨みを忘れると思った? 
 甘い! 前蜂蜜の中に落とした豆大福並みに甘いわ!!」

  いや、さっきまで完全に忘れてたやん、と鼻血を出し倒れている2人は薄れる意識の中、心の中で思った。






  さて夕暮れになった頃、見違えるほどに綺麗になった神社を見て皆やり遂げた感で胸が一杯だった。
  あの後、何時も門を魔理沙に破壊され、尚且つ長年生きているため
  建造物に関しての知識は豊富な美鈴が投入された事により、作業は飛躍的に促進された。

  そんな少女たちの中でもとりわけ、この神社を気に入っている霊夢に魔理沙が声を掛ける。

「しっかし、時間掛かったな」
「それだけあなたたちが無茶苦茶にしてきたって事よ」
「そういえば終始腹鳴らしてたけどさ、良かったのか? 私たちに仕事させてる間に飯食えただろう?」
「そもそもおなか減らして死に掛けてたのは食料がないからよ。
 それに他人様に仕事させてる時に呑気に一人ご飯を食べるほど酷い性格はしてないわ」
「仕事をさせるのはいいのかよ」
「言ったでしょう? 宴会をしている土地代だって。良いのよ? お金にしても。
 無論私はそっちにしたいけど」
「……一応聞いておくが、何円だ?」
「そうね、修理費も含めば少なくとも魔理沙が払えるような値段ではないと言っておくわ」
「…………」
「今度からきちんとお賽銭にお金を入れて行くことね」
「おいおい……お賽銭は神様とかにささげるもんじゃないのか?」
「あら。私を幸せにすれば必然と幸せになるわよ?」
「なんつう理屈だよ」

  当然、という顔を浮かべる巫女にこの罰当たりが、と魔女が言う。
  何というか……シュールだ。

  まぁそんなこんなでこれから紅魔館に向かう事になった。美鈴にも断る理由がない。
  出来るだけ多めの方がいい、といわれたのだから良いだろう、と連れて行く事に。
  後片付けも終わり、これから出発、そんな時である。

「見つけたぞーーー!!」

  門からとんでもない大声が聞こえてきた。

「藍?」
「藍様?」
  
  そう、藍だった。様々なところを探したのだろう、汚れている。

「ゆ、紫様、そのお怪我は!?」

  あんな遠くに立っていながら先ほど紫が受けた怪我が見えたのだろうか。
  ちなみにその怪我も殆ど治っていて一目見ただけでは分からないのだが……。
 
「……き、き、キサマらぁ!! 私の愛しい橙だけでなく、紫様までも傷つけたなぁ!?」

  修羅降臨の瞬間だ。

「その罪、万死に値する!!」

  こちらの静止も聞かずに突っ込んでくる。
  このままでは派手に暴れて折角直した神社がまた倒壊する。
  それだけは勘弁だ。折角ここまで頑張って直したのだ。
  今ここに少女たちの心は一つになった。

「よし、マスタースパークで…」
「駄目よ魔理沙、それだと門が壊れるわ」

  八卦炉を取り出した魔理沙を霊夢が制止する。

「地上戦は駄目だな。また散らかる」
「じゃあ何とか空中に上げれば良いのね?」
「そういう事になる」

  慧音に紫が言う。

「隙間は……引っかからないでしょうね。さっき引っかかったから」

  むぅ、とうなる。

「ねえ、彼女を上空にひきつければいいんだよね?」
「そうだけど…萃香、出来るの?」
「物は試し用だけど、価値はあると思う」

  そうやってゴソゴソと懐から取り出したのは油揚げ。

「おらぁぁぁぁ!!」

  藍の居る上空めがけて投げた。
  んなアホな、こんな馬鹿なことに引っかかる奴は居ない、誰もがそう思ったのだが……。



「コーーーーーーーーーーン!!」



  このテンコーが!! 期待を裏切らずものの見事に引っかかってくれた。
  条件反射なのか、ただ単に油揚げがすきなのか……鳴き声と共に油揚げに飛びかかった。
  しかもご丁寧に口でハグッと油揚げに食らいついていた。

「…………」
「藍……」

  橙と紫はあきれ返っているのか何もいえない。

「おーい、とりあえず上空上げたよ?」
「あ、ああ…そうだな」

  数秒後藍はマスタースパークで撃墜された。
  土煙を上げながら墜落した彼女、だが気絶せず、ヨロヨロと立ち上がった。

「……ま、まだだ……まだ私は終わっていない!!」

  少なくともその間に口にくわえている油揚げがなければそれなりの格好になったのだろうが、
  台無しである。

「藍様ぁ」

  そんな彼女の元にトコトコと橙が向かう。

「ち、橙! 大丈夫か? そこにいる悪徳巫女に何かされなかったか!?」
「だ、大丈夫ですよぉ」
「ねぇ…魔理沙、そんなに私って悪徳に見える?」
「まぁ……霊夢も色々とたくらんでそうだからなぁ……」
「魔理沙、後でお仕置きね」
「勘弁してくれ」

  藍の発現に反論する霊夢だったが、他の者も同意してしまった。
  そんなこんなにバックで話が進んでいる間にも、藍は橙に抱きつく。

「よかった、良かったぞ!! お前が無事で!!」
「藍様…痛いですよぉ」

  親ばか炸裂だ。

「あ…藍さま、怪我してる」
「ああ…大丈夫だ。直ぐに治る」
「だめですよぉ。こういうのは直ぐに治さないとばい菌が入っちゃうんですよ?」

  藍の手のひらにある擦り傷を、橙はいきなりなめ上げると何処からか絆創膏を取り出しつける。

「ち、橙?」
「これで大丈夫です」

  にぱ~☆と笑う橙。唯でさえ微笑ましい光景なのだから親ばかな藍が反応しないはずがなかった。

「わ……」

  その絆創膏が張られた右手を引くと

「わが生涯に一片の悔い無し!!」

  天に向かって突き上げた。ドーンという効果音が相応しい。
  その背中に某帝王が見えたのは言うまでもない。
  藍はそのまま真っ白になったままピクリともしない。

「藍様~?」

  クイックイッと服を引っ張るが反応はない。

「はぁ……ほっといていきましょ。待ってたら夜になるわ」
「そうだな~」

  ゾロゾロと神社の者たちは藍を置いて行くことにした。

「橙。藍が起きたらつれてきなさい」
「は~い」

  ここでまた橙が居なくなったら面倒なので、ここは橙に任せることにした紫。

「じゃあさっさと行きましょう。ああ…お肉が私を待ってるわぁ」

  ジュルリ、と流れた涎を袖で拭きながら霊夢はまだ見ぬ肉に思いをはせた。


  
  ◆  ◆



  紅魔館についた頃、庭では咲夜たちが焼肉パーティーの準備をしていた。
  ただかなり大掛かりなところを見るとどちらかというとバーベキューといった方がいいかもしれない。
  そしてそんな紅魔館の扉の前にはこれでもか、というくらい大きな肉が。
  どうやらあれが仕入れたという肉らしい。だがあのような大きな肉、見たことないのだが……。

「企業秘密よ。そうね…スカーレット家の持つ秘密物資ルートと手に入れたといっておきましょう」

  などと頭首レミリアは言った。怪しすぎる。
  とはいえそんなこと腹が減っている者たちにとってはどうどもいいことだ。
  霊夢をはじめ、他の者達も作業をさせられた事によりお腹がペコペコだったのだ。

  ちなみにこの場所には他にも霖之助や永琳が来ていた。
  妹紅は咲夜が呼びに行ったらしく、霖之助や永琳は巧みな話術と野菜を使い霊夢からの罰を逃れていた。

「あー、皆お腹減っているみたいだからさっさとはじめましょう。咲夜」
「はい」

  咲夜の号令の元2箇所で焚き火が起こされそれを囲むように石を積み、その上に網がおかれた。
  いわゆる網焼きだ。下には炭(備長炭)がおかれている。
  火が満遍なく付いたところで肉や野菜が焼かれる。
  いつもは狂気が漂っている紅魔館の庭に香ばしい匂いが漂う。

「……そろそろ焼けたよな?」

  そのうちの一つ、タレが入った皿を持った魔理沙は言う。

「そうね……」

  レミリアも口で割り箸を割った。全員戦闘体勢に入る。





  焼肉然り、バーベキュー然り、こういった行事にはある決まりごとがある。
  それ即ち『戦争』だ。





  この場にいれば、それは全員が敵となる。絶対の法則だ。
  たとえ身内だとしても容赦はしてはならない。

「焼けたわ……」

  ゴングが鳴る。これからここは戦場になる。
  ましてや殆どの者たちが腹を減らしているのだ。阿鼻叫喚の地獄絵図になるのは間違いない。
  焼けた肉に飢えたグラディエーターたちの箸が向かう。

  だが忘れてはいけない。
 
  この場には最も食に対して飢えている人間と、大食らいの幽霊がいるということに。



  シュパパパパパ



  網の上で焼かれていたはずの肉が全て一瞬で消え去った。

「な!?」
「何事!?」

  驚いて周りを見ると……。


  モッキュモッキュ


  リスの口みたく口に入った何か=肉をかむ霊夢。

「れ…」
「霊夢!?」

  ゴクン、と肉を飲んだ霊夢は、久しぶりに肉の感触と美味しさに感無量といったのか
  至福の表情を浮かべた。

「お……おいしい……」

  どうやら他の者たちの声が聞こえていないのか、完全に自分の世界に入っていた。






  そしてもう片方の焼き場所では

「んなぁ!?」
「そ、それは私の肉!?」

  こちらでも同じような光景が繰り広げられていた。
  萃香、アリスなどの者たちが絶叫を上げる。まぁその原因は大体予想はつくが……。

「ふはは、甘い、甘いのよぉ!!」

  シュバババッと肉をかっ攫い平らげて行く幽々子。

「こ、この……そうなったら物量戦だ!!」

  たくさんの子萃香たちが新たに焼かれていく肉に群がり幽々子の箸をガードしていく。

「だ…だったら私だって!」

  アリスも人形たちを使い肉をとろうと格闘を始める。

「ふふふ、それでこそ面白いって物よ!!」

  箸を高らかに振り、宣戦布告を受取った幽々子も肉めがけて端を下ろした。






  で、このようなものたちと違い、大人な彼らは……。

「永琳さんは参加しないんですね?」
「お肉にあそこまでの執着はないもの。そういう霖之助さんこそ参加しないの?」
「ええ、これでも肉よりかは野菜の方が好きなんで」

  確かに霖之助の皿の上にはピーマンなどの野菜が積まれており、肉のかけらもない。

「ああ、そうそう。後で焼きオニギリ焼きませんか? いいタレが手に入ったんですよ」
「それは……美味しそう。焼きオニギリなら多少冷えても姫へのお土産にはなるわね」

  などと微笑ましい目でその光景を見ていた。






  そんな中美鈴は1人門の前に立っていた。彼女もお腹が減っているだろうに
  何処かあの中に入る事を拒んでいるかのような態度だった。

「相変わらずあなたは参加しないのね……」
「私は門番ですから」

  そこに紫がやってくる。彼女もまた騒ぎに参加せずにいたのだ。

「紫さんこそ参加しないんですね?」
「霊夢と幽々子の独壇場だから、見てれば面白いけどお腹は膨れないわよ」
「あはは……確かに」

  そこで会話が途切れる。焼けた肉の香ばしい匂いが風に乗ってやってくる。
  不意に美鈴のお腹がぐ~と鳴った。

「やっぱりお腹減ってるんじゃない。それにあなた門番の任今は降ろされてるんでしょう?」
「ええ、まあ。ですが門番隊の皆パーティーで出払ってるようですし、誰かが守らないといけませんから」
「……はぁ」

  お腹をさすり、苦笑いする美鈴にため息をつく紫。

「あのねぇ…こういう時にワザワザ『気』を使わないでいいと思うんだけど」
「それが私の能力ですから」

  宴会に出ない理由にはこれもあるのだろう。彼女は無駄に『気』を使いすぎなのだ。
  
「はぁ…あなたがそれじゃあそこにいるメイド長が困ると思うんだけど」
「咲夜さん?」

  紫が指をさすとそこには肉と野菜が入った皿を手に咲夜が立っていた。

「そういうこと。今回のパーティーにはあなたの労いの意味も込めてあるんだから、
 参加してくれないと困るのよ。それに門番としての仕事もまだ戻した覚えはないけど?」
「ですけどこういうときを狙って侵入者が来るということも……」
「問題ないわよ。この館を守ってるのは他にもいるの。別にあなただけじゃないんだから」
「…………」
「これ以上渋るなら命令するわよ? 今日は『気』を使わないでゆっくりしなさい」
「……はい、分かりました」

  咲夜は材料を押し付けると美鈴を中に無理矢理連れて行った。
  そして自身は紫の元に戻ってくる。

「さて……礼を言ったほうがいいかしら?」
「別にいいわよ。友人として言ったまでだし」
「で…あなたは参加しないの?」
「私の式たちが来るから出迎えないと。そういうあなたはいいの?」
「それなりに参加させてもらうわ、お嬢様のお世話もあるしね」
「あなたも時には羽目を外したほうがいいと思うんだけど?」
「そうね…考えておくわ」

  そう言って咲夜は庭に戻っていった。

「全く……誰も彼ももうすこし羽目を外せばいいのにねぇ」

  ため息をつくのと

「紫様~」

  遠くからやってくる2人の式神が自身を見つけ声を上げるのはほぼ同時だった。



  ◆  ◆



  橙は庭に入った後、直ぐに戦場と化した焼肉会場に突っ込んでいった。
  藍も後を追いかけようとするが、そこを美鈴に制される。彼女の後ろには妖夢と慧音がいた。
  何でもあの中に突っ込んで行く勇気はないから別の場所でやろう、ということだった。
  確かに元気なものなら出来るだろうが、ここにいるのはそこまで積極的なものたちではなかった。
  藍は橙が心配になったが、紫に上手い事言いくるめられてついていった。



  じゅ~



  会場から少しはなれたところで焼かれる肉。あちらと違って平和なやり取りが行われる。

「慧音さんももっとお肉食べちゃってください。次焼きますから」
「あ、ああ…」

  肉を更に盛って行く。

「あ、そうそう。先ほど咲夜さんからお稲荷さん貰ったんで、藍さんどうぞ」
「む…かたじけないな」

  藍は嬉しそうに食べて行く。

「紫さん、はいこれ。頼まれてたお酒です」
「ありがと……ねぇ美鈴」
「はい?」

  酒を飲んだ紫は笑顔の美鈴に言う。

「あなたも食べなさいな。さっきから肉を焼くか私たちの相手をする事しかしてないじゃない」
「え? 食べてますよ~」
「嘘おっしゃい。さっきも言われたでしょう? 『気』を使わないの」
「えっと…何というか……これが私なんですよ~」
「どうやら美鈴殿は人の世話をするのが元々好きなようだ」
「はあ……分かったわよ。その代わりきちんと食べなさい」
「わかりました」

  そういったが結局世話をするのには変わりなく、紫はため息をついた。


  暫くして大分肉がなくなった頃……。
  藍は紫に言った。

「紫様……美鈴はやっぱり」
「そうねぇ……世話好きなのは分かるんだけど」

  2人が美鈴を見ると……。

「ほら、妖夢さん。頬にタレついてますよ」
「あ……すみません」

  タオルで妖夢の頬についたタレをふき取る美鈴がいた。

「まるで姉妹ですね、幽々子様に負けず劣らずの」
「そうね……」

  『もう大丈夫』と言って逃れようとする妖夢だったが美鈴は『まだ駄目ですよ~』といって離さない。
  どうやら酔っているらしい。絡まれている妖夢はいやそうな表情をしていたが、
  心の中では楽しんでいるようにみえる。

「飲みましょう、今日は。私たちもお互い羽目を外してね」
「はい」

  紫は藍の持つグラスに酒を注ぎ、自身の分も注ぐ。
  2人はグラスを鳴らしあった。チンという音がした。

「美鈴殿、その肉はどうしたのだ? そろそろ我々も限界なのだが」
「これは……あっちで食べられなかった人たちの分ですよ」
「ああ……なる程。『気』が利いてるじゃないか」
「ふふふ…それが『気』を使うという事です」

  妖夢からようやく離れた美鈴に向けられた慧音の質問に程よく顔を赤くさせた美鈴は言った。
  



  ◆  ◆


  
  その頃戦場と化していた会場も終局へと向かっていた。

「ふふふ……残された肉はあと一枚」
「ええ……つまりこれが最後よ」

  そう言うのは肉の殆どを平らげた霊夢と幽々子。

「腹減った」
「何で……数で私たちが勝っていたというのに、食べれなかったのよぉ」

  結局食べる事ができず、未だに一枚も手に入れていない魔理沙たち。
  ちなみに殆どのメンバーが肉を奪う事をあきらめ、野菜で飢えを凌いでいた。
  そのため未だに肉に執着しているのは魔理沙とアリス、そして萃香だけになった。
  
「なぁ…頼むよ。一枚だけでいいからくれよ」

  魔理沙は霊夢に言う。

「そうね……確かにあなたたちは一枚も食ってない」
「な、な?」
 
  必死に乞う魔理沙。

「どうする? 幽々子」
「そうねぇ……」

  霊夢と幽々子は互いに顔を合わせる。その2人の決定を他のメンバーはジッと待つ。
  そして霊夢は言った。

「だが断る!!」

  ニヤリ、と。これ以上ないくらい嫌な笑みを浮かべて。

「焼肉は戦争。勝者が絶望に打ちひがれる敗者を眺め肉を食う。
 それこそが我等が今望む一番のやり方!」
「そうよ魔理沙。あなたたちはそこで見ていなさい。この肉が私に食べられる様を!」
「……ちょっと待ちなさい霊夢」
「何よ……」
「誰がその肉を食っていいって言った? その肉を食べるのは私よ?」
「へえ……」
「じゃぁ……決める? どちらがこの肉を食べる権利を有するのか」
「いいわよ」

  互いに身構えた。お互いに目指すは最後の肉。
  だが彼女たちはここで大きなミスを犯した。肉から目を離したのだ。
  食べ物に飢えた獣はそれを逃さない。

「貰ったああああああ!!」
「お肉うううううう!!」

  少女たちの箸が一直線に肉に向かう。

「ハッ!?」
「しまった!!」

  2人は慌てて対応するが遅かった。


  ガキィィン


  一枚の肉を無数の箸が掴む。

「放せよ……」
「魔理沙…あなたこそ」
「お肉ぅ……」

  3人は全く退く様子を見せない。そしてその3人が放っている気迫に霊夢たちはたじろぐことしか出来なかった。
  飢えは何よりも勝るのは霊夢が最もよく分かっている。
  勝てないというのは直ぐに分かった。

「ふぬぬぬぬ!」
「うーーーー!」
「………!」

  とはいえ3人が引っ張り合えば肉というものは簡単に切れてしまうものだ。
  だから

  ブチッ

  ちぎれた肉は破片となって地面に落ちた。

「「「あーーーーーーーーー!?」」」

  3人の悲鳴が木霊する。手から箸が落ちた。

「お……お肉が……」

  流石の3人も地面に落ちた肉を食おうとは思わない。
  この肉はアリの餌にでもなるだろう。

「あーあ」
「残念賞」

  既にたらふく肉を食っている2人はそんな3人を哀れみ半分面白さ半分で見つめる。
  
「お前等……」

  そんな2人の前に魔理沙が立ちふさがった。

「朝から散々働かせて……」

  ゆらり…とアリスが言う。

「それで自分たちは散々食って…満足かい?」

  指をゴキゴキと鳴らし、萃香が言う。

「え…えと」
「あ…あはは。そ、そこまで怒る事ないんじゃあ」

  すさまじい殺気に当てられたじろぐ2人。

「幽々子」
「考えている事は同じだろうけど、聞くわ」
「逃げるわよ」
「OK」

  踵を返し脱兎の如く2人は逃げ出した。

「「「待てーーーーー!!!」」」

  そんな2人を3人は全力で追いかける。今ここに幻想郷上類を見ない鬼ごっこが始まった。

  まぁ…一部例外があったものの、おおむね焼肉パーティーは無事に終わった。

  なお、霊夢と幽々子だが……その後暫く姿を見たものは誰も居なかった。
  ただ幻想郷内をダンボールが独りでに動いていたり『フィアー』とか叫びながら
  木々を飛び移っていた者が居たそうだが……事実かどうかは定かではない。

  ちなみに美鈴は数日後通常業務へと戻っていった。

  

                              終わり



どうも、長靴はいた黒猫です。4作目です。

一応美鈴物語の4作目になります。
正確には番外編に近いのかな? 何しろ美鈴の出番が少なかったですし。
今回は伏線をとりあえず張ろう、ということで書きました。

とにかく前回までがシリアス傾向だったのでほのぼのを目指して書きました。
ギャグセンスはゼロといっても過言ではないかと。
どなたかギャグ系等のSSの書き方教えてください。

なお萃香と慧音の喋り口調に関してはまだ上手く把握できていないため
何処か違和感を感じるかもしれませんがお許しを。

次回はミスティアかフランドール。
ミスティアはほのぼの。フランは完全にシリアスになります。
どちらが先かはまだ決めてませんが、とりあえず気長にお待ちください。

では、次回をお楽しみに
長靴はいた黒猫
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コメント



0.1800簡易評価
9.80名前が無い程度の能力削除
紅魔館というよりは晩餐館(ぉ
次回も楽しみにしてます。
11.70名前が無い程度の能力削除
霊夢の壊れっぷりがw
13.100時空や空間を翔る程度の能力削除
皆で焼肉・・・・・
さぞ楽しいだろうな~~。

・・・・・・・・・・・・・・焼肉食べたいな~~。
20.無評価長靴はいた黒猫削除
どうも長靴はいた黒猫です。

>時空や空間を翔る程度の能力さん。
 焼肉は大勢のほうが楽しいですよね。
 焼肉といえば戦争、という図式が頭の中で成り立っている
 ↑正確にはそういうパターンが多い
 為今回このような話にしました。

>名前が無い程度の能力さん(2007-03-15 22:46:36)
 霊夢は万年金欠ですからおそらく食べ物にも困っているだろう
 と思い、どうしてもこの手の話では壊れますね。
 ちなみに干し芋は自分もお世話になりました。

>名前が無い程度の能力さん(2007-03-15 22:38:11)
 そうですね、その方が合っているかも知れません。
 紅魔館って神社の次に宴会が行われそうな場所だと思います。
 白玉楼はどちらかというと桜が咲いている時期だけのような……。
 次回作も鋭意製作中です~暫しおまちを。

皆様どうも感想ありがとうございました。
なお誤字脱字の指摘も今後も受け付けてます。
22.90Zug-Guy削除
霊夢のケヒヒっぷりは幻想郷の外に置いとくとして(爆)
内容は伏線多いという事で、お祭り的な感じで楽しめました。

『門番誕生秘話』から気になってる事としては、他の皆さんの指摘にもある通り、誤字脱字が多いように見受けられます。
どの作品も素晴らしい物だと思うので、投稿前にもう少しだけチェックしてみてはどうでしょう?(差し出がましいコメントですが)

え、ギャグ系SSの書き方ですか?
そんなの私が知りたい位です(泣)
24.無評価長靴はいた黒猫削除
どうも、長靴はいた黒猫です。

>Zug-Guyさん
前回から引き続きありがとうございます。
一応誤字脱字は気をつけているんですが、どうしてもでてしまう。
まぁ自分の注意不足なんでしょうが、もう一度キチンとみなおしていきます
28.100名前が無い程度の能力削除
萃香、自分の能力で肉を萃めればよかったんじゃないか?
29.80名前が無い程度の能力削除
ダンボールの中にいるのは幽々子様ぽいな~と思ってる今日この頃・・・
かっこいい美鈴は好きです。
誤字修正
「企業秘密よ。そうね…スカーレット家の持つ秘密物資ルートと手に入れたといっておきましょう」
⇒「企業秘密よ。そうね…スカーレット家の持つ秘密物資ルートで手に入れたといっておきましょう」ではないでしょうか・・・