雪中を行く者と、木陰に息を潜める者があった
ターン
炸裂音が響き、サイトスコープに捉えられた獲物が倒れる。
「…死んだ」
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立春も過ぎ春一番もそろそろかと思っていた矢先、底冷えする空気に目を覚まし外を見遣れば雪吹雪く白の世界だった。
普段は昼でもほの暗い魔法の森で、白雪に跳ねる日の光は、まるで森を抜け出たような錯覚を彼女にもたらした。
しばらく白銀の景色に見惚れ、ふと神社の巫女がやれやれといった面持ちで薪を拾い集めるのを思い浮かべ、ひとり笑いを起こす。
自分ら妖怪を凶悪なほどに圧倒するあの姿を知っていたが、それでも寒さに追い詰められ、悪態をつく風景も容易に想像できた。
そして困ったことを思い出す。
薪が無いのだ。彼女自身の話である。
燃料が無ければ部屋を暖めることが出来ず、薪となる木は少し歩かなければ取れなかった。
都会派魔法使いを気取って摂生していた彼女ではあったが、今回ばかりはいい加減に億劫だった。
「別に死ぬわけじゃないしね」
そう独りこぼして再びベッドに沈むが、こればかりは妥協できないという致命的なことを思い出した。
食糧が無いのだ。
パンなどを切らすことは無いが、食事のメインとなるものが無い。
完全に暖冬だと油断して食糧の備蓄を怠ってしまった。
普段は人里の近くまで行き、歴史家の目を掻い潜り、物品交換で肉や野菜、魚などを手に入れていた。
しかし、このいきなりの寒波で人里の方も大あわやだろう。
こちらの面倒まで見てはくれまい。
主采をもって一日三食。
育ち盛りの乙女としては、これだけは譲れない。
どうしたものかと頭を悩ませる。
手っ取り早いのは獲物を狩ってタンパク源を確保することだが、生憎彼女には猟の知識も経験も無く、およそ猟に必要な道具なども持っていなかった。
いや待て。
所狭しと衣類が並ぶ収納部屋に立ち入り、今期は馴染みのなかった防寒着用のクローゼットに手を掛ける。
いずれもオシャレに飾られたドレスコート達を掻き分けて、一際分厚く重そうなロシアンコートを手に取り、その懐をまさぐると目当てのものはあった。
長い筒と短い筒を二つ組み合わせた黒光りするそれは、これといった装飾もなくひどくシンプルなものだったが、初めてまじまじ見る彼女からすれば大層幻想的なフォルムだった。木目の部分は色がぼけていたが、強度があり適度に軽かった。良い木を高い技術で加工してある事が窺える。
いわゆる猟銃であった。
コートは例の不思議な道具屋で仕入れたものだが、どうやら店主は付属品に気付かなかったようだった。
何に使うかまったく知らない物でもなかったので彼には伝えずに、購入したコートごと持って帰った。
彼は商売人ではないにしろ油断ならない人物であり、あまり関わると知らない内に貴重な蒐集物や情報を掠められてしまう。それは近所の魔法使いを見ていれば分かる。そういえばその白黒魔法使いはどうしているのだろうか。あの甲斐性無しのことだから、どうせ冬場の食料のことなど碌に気にも留めず、悪魔の館の図書館で御愛想に賜っているのだろう。
自分はこのアイテムで状況を打開するのだ! と、彼女はなんだか白黒に憤っていた。
ともかく使える物か確認しなければいけない。
なんとなく引き金を引いて使うもので、短い筒も照準器だろうと分かる。よく分からないレバーの部分を恐る恐る構ってみればチャンバー部分が開放され、かなり原始的な機構だと気付く。弾丸を装填しレバーを押し込むと、ガチャンと小気味良い金属音が鳴った。
良し、いける。
一緒になっていたコートを纏うと、それは案の定重く、しかし戦地に赴く今の彼女の心境にはピッタリだった。
猟銃を携えいざいざと出発する彼女は、この困った状況に実に楽しく挑んでいたのだ。
****
「ハァッハァはぁ」
「ハッ、ハッ、ハッ」
息せき切って二つの影。
猟銃を担ぐ少女ともう一方は、こんがり油に揚がったような色のとても美味しそうなきつねである。
きつねである。
「ちょっとっ! 待ってよ!」
待てと言われて待つ者もこの界隈では希少な訳で、言葉を解する者にはなお少ない。
きつねに言葉は通じなかったがすぐに距離は開き、さらさら舞う雪の向うへと消えていった。
躓き膝を突く。
とっくに正午を廻っているだろう。
猟に出てから数時間、彼女は根気強く獲物を求めて歩き続けたが、降り続ける雪はその勢いを増し、彼女の視界を奪っていった。
獣達は野生の感とやらが働くようで、彼女が十メートル先に捉えたときには既に二十メートル前から逃げる体制に入っていた。熊などの大物に当たる気配は未だ無い。もっとも体力も集中力も限界近くなっている現状に現れでもしたら、逆に獲物にされてしまうだろうが。
そう考え彼女はふわふわ飛び上がり、今は小高い木の枝で佇んでいた。
繰り返すが、彼女は猟というものが解かっていなかった。
獣を誘き寄せるには囮を使い、獣と出遭ったなら腰を据えて銃を構えるのだ。
彼女が好奇心のままに採った猟に出るという行動は、理知的な七色の魔法使いとしては少々浅はかだった。
高いところから見るとまだ視界は良く、スコープを覗けば木陰に為る所まで望めた。
ただ冷えた風にさらされた。
「さ、寒い」
かじかみだした指先を手袋の上から擦り上げるが痛みが走るだけだった。
そんな時、黒くうごめく物がスコープに映る。
体は小さく子熊かとも思ったが、よくよく見れば件の白黒魔法使いだった。
どうやら彼奴も食料を求めて彷徨っている様子だった。
腰に鉈をぶら下げたその姿を見つけて、嬉しくなった彼女は歪に嗤った。
「あははは、そんなのでどうしようってのよ」
だが人間の少女にこの寒さは辛いのではと心配になり見ていると、暖かそうな笑顔を浮かべる魔法使いと面倒そうに笑う巫女が視界に入る。巫女の手には子熊の掛かった罠が握られていた。
ああ、なあんだ。
雪風などよりも、ひどく冷たいのものに胸の辺りを抉られたような気がした。
不意に胸に手をやる。なんでもない。
ただ、むなしいだけだった。
人形達を連れて来れば良かった。
いつもこんなときは物言わぬ人形達を理想の友人に見立てて慰めてもらう。
手を差し伸べてくれる人たちには見向きもせずに苛立ちだけでその手を払いのけた。
そんな自分が今寂しいと思っているのは雪の寒さにやられた所為だろうか。
そんなことを考えながら気付けば、かじかんだ指は銃の引き金に掛かっていた。
「どっちを撃てばいいかしら」
ターン
炸裂音が響き、サイトスコープに捉えられた獲物が倒れる。
紅白の服が真っ赤に染まった。
「きゃああああぁあ!!!」
魔法使いの悲鳴がこだます。
巫女は何が起こったかわからず、呆然と崩れ落ちる巨体を眺めていた。
*
「こんにちは。アリス」
木の上で感慨に浸っていた彼女が突然呼びかける声に辺りを見回すと子熊を抱えた霖之助が彼女の方へと奔って来た。
「こんにちは、霖之助さん。商品を取り返しに来たの?」
「ああ、気付いていたのか」
「大方、使い方が分からなかったってところ」
「いやぁ、申し訳ない」
「悪いけど返品する気は更々無いの。今とても楽しい気分だから独りにさせて頂戴」
まったく予想通りのアリスの反応に苦笑しながら、霖之助は事切れている子熊を放る。
「それ、どうしたのよ」
「君が仕留めた親熊に夢中で雪の上に放り出していったよ。節操のない子達だ。良かったらご馳走するよ。そのかわりに……」
悪くない。と思うアリスだったが今の彼女は普段より少々悪辣であった。
「いえ、やっぱり遠慮するわ。これ気に入ったの」
てっきり乗ってくるものだと思っていた霖之助は溜息混じりに彼女が大事そうに抱える猟銃を見遣る。
「……そう、か。いや、すごく似合ってるよ」
だが溜息では済まなかった。
仕方無しに熊肉へと歩を進めると、足元で撒き上がる土に驚き飛び退く。
「なぁ!!?」
「ついでにそれも遠慮して頂戴」
文字通り、見下ろしながら澄まし顔でそんなことを言う。
「!! 君って奴は!」
「献身的な男の人って好きよ」
アリス・マーガトロイドとはこういう女であった。
こういうってどういう女?
あるいは孤独を楽しむ女。
こういう女と云うのは、このお話の「彼女」のことです。
申し訳ございません。質問の意味を穿き違えました。
なんと独り善がりな書き方だったでしょうか。
言い訳がましくなりますが友人に見せて、良いのではと言う曖昧な返事に満足してこのような稚拙な物を晒した次第です。一応間に合わせに修正しましたので色々至っていないのですがこのまま公開させていただきます。
そんなかんじ
なんとなしになーる、を目指したのですが、ふーん、てな感じに。構想に技術が追いつかなかったようです。あと根気(汗
長い文章も書きたいと思っているんですがなかなか難しい。勉強します。