※注意1 前作『頭首と駒』の続編とお考えください
※注意2 今回扱われるスペルカードは萃夢想で使われた超必殺技のような物と思ってください。
※注意3 オリジナル設定あります。
紅美鈴は門番である。それは周知の事実だ。そして彼女の評判は
『門番だがいないようなもの』という酷評、言ってしまえば居て居ない様な存在。
まぁ美鈴の普段の行動と魔理沙による突破から付けられた評価なのは言うまでもないが酷く不憫だ。
だがとある一件から彼女を取り巻く環境は変わってしまったのである。
『白黒魔法使い、一撃で負ける!?』
ガセネタ記者、射命丸文によるこの新聞で幻想郷は大きく揺れ動いた。
どうやら先の一件を彼女はたまたま見ていたらしい。それに美鈴が気付かなかったのは
戦闘に集中していたからか、もしくは文の気配を消す能力が高かったか、そのどちらかだろう。
勿論最初は誰も彼女の記事を信じなかった。アリス・マーガトロイドが魔理沙に直接聞くまでは。
魔理沙がそのことを肯定したため美鈴=強い人、という図式は瞬く間に幻想郷内へと伝わっていた。
そうなるとどうなるか? 普段でも彼女に挑戦してくる妖怪がいるというのにこの一件で
倍以上の者たちが押し寄せてくるようになった。この記事が瞬く間に売れた文と、
美鈴への挑戦権ということでちゃっかり資金を集めていた紅魔館トップ2人は大いに喜んだが、
当の本人としては休む暇がなかったため、非常に迷惑していた。
「あーうー……もしかしてお嬢様こうなる事知っててやったのかなぁ」
紅魔館の経済状況が最近危機的状況だったのは噂ながらに知っていた。
主に門の修理費と魔理沙のマスタースパークによる建物及び人的被害である。
運命を見ることが出来るレミリアならばこうなる未来も読めたはずなのだが今も楽しんでいる姿を見る限り、
明らかに知っていた。だがこの経済原因の一つに自分も関っている為強くはいえなかった。
「たのも~~~!!!」
そして今日も、これで何人目になるか分からない挑戦者が現れる。
「はぁ……おなか減ったなぁ」
今日は昼食を摂っていない。挑戦者のせいで摂れなかったのだ。
音のなる腹を我慢し、襲ってくる挑戦者に対し、ため息をつきながら迎撃する。
これで勝つのだから彼女の評判を更に高める事になった。
◆ ◆
白玉楼、西行寺家の一室で正座になり、普段は身につけている2本の刀、楼観剣と白楼剣を前に置き
ジッとそれを見ている1人の少女がいた。魂魄妖夢である。
「…………」
実は今回の件に最も噛み付いたのが彼女だった。彼女は数少ない『役に立たない門番説』の否定派だった。
何せ彼女の爺、妖忌がかつて彼女と手合わせした事があったからだった。その感想は『強い』。
彼女の爺が言うのだ、間違いない。そしてその後彼はこう言った、『彼女は手加減している』とも。
だが以前一度彼女と手合わせをした時は妖夢が勝った。あっけなかった。
そして同時に愕然とした。この者が本当にあの爺が言っていた者だったのか、酷く落胆した。
しかし暫くして一度考えてみると、どこかおかしな戦い方だった。勿論美鈴がである。
腑に落ちない、『武人』としての自身がくだした評価だった。そのため『役に立たない門番説』を否定していた。
そして今回の記事で真実が判明した。文はガセネタを書くことが非常に多い(というか大半がそうだ)が、
今回の記事は信用できた。何せ文本人を半ば拉致る形でつれてきて吐かせたのだ。
彼女は泣いていた。誰も信用してくれなかった、と。その原因が彼女の今までの行動にあるのはさておき、
その涙が決定的な証拠だった。そして文に話を聞いた。
文は普段がガセネタばかり作る記者だが、それでも根は記者だ。
本気を出した時の情報収集能力は伊達じゃあない。その内容を一字一句忘れずに妖夢は頭の中に叩き込んだ。
曰く、本気を出すためには許可が要る。
今まで弱かったのは弾幕戦が苦手だったから……などなど。
それらを聞いて行くうちに妖夢の表情はドンドンこわばったものになって行く。
自身の評価は決して間違ってはいなかった。彼女は強かったのだ。
その表情を見て文は非常に怖かったと後に語る。あれは戦士の目だと。
そうして彼女が帰った後、妖夢は仕事が終わると直ぐに自室にこもりこうして精神を統一していた。
戦いたい
日に日に彼女の心の中ではそんな感情が大きくなっていた。それを何とか落ち着けるための精神統一。
だが浮かんでくるのは妖忌とその門番の事ばかり。
それでも彼女には我慢せねばならない理由があった。
「よ~む~」
自身の主、西行寺幽々子である。庭師であり従者である彼女はここを離れるわけにはいかなかった。
そう、昔に比べ彼女は成長していた。自身に就いている職務の義務を放り出すわけにはいかなかった。
「はい、なんですか? 幽々子様」
襖を開けるとフヨフヨと幽々子が入ってきた。
「またやってたわけ? 精神統一」
「あ……すみません。一応庭師としての仕事を終えたので……」
「そう、で、統一は出来たの?」
「えっと……それは……」
口ごもる。精神統一するつもりが逆に精神が乱れたとは口が裂けてもいえなかった。
「はぁ……」
そんな従者を見てため息をつくと幽々子は言った。
「仕方ないわね。妖夢、あなた今から紅魔館に行ってきなさい」
「え?」
驚いた。まさか許可が出るとは思わなかった。
「ですが、その……それだと仕事の方が」
「一日二日放置していても問題はないわよ。というか今の状態で仕事をされる方が問題よ。
災いの種は早々に断ち切らなきゃ」
「幽々子様……」
嬉しかった。妖夢はガシッと刀を掴むと部屋を飛び出そうとする。
その背中に幽々子の声がかかる。
「ただし……やるからには勝ちなさい。妖忌様と同じ魂魄の名を持っているんだから」
「はい!!」
主の激励により更に力が出た彼女は疾風の如く館から出て行った。
「ふう……妖忌様、あの子やはりあなたに似ましたよ」
ため息をつき、どこかに居るであろう人物に向かって言った。
「それにしてもやはり心配ね、あの子1人だと。やっぱ私もついていこうかしら」
と幽々子は呟くと妖夢の後を追うようにして館を後にした。
◆ ◆
ぐぅぅ~~
昼下がりの門前にかわいらしい腹の音がなる。鳴り主は美鈴だ。
つい数分前挑戦者を潰したばかりの美鈴はようやく休憩に入れる、とランラン気分で門前から離れようとしていた。
まだ勤務時間なのだが既にヘトヘトだった。まぁ無理もない。
そんな彼女を気遣ってか普段はここで喝を入れてくる咲夜も今日は現れなかった。
「今日のご飯は何かな~っ♪」
スキップだ。まぁ仕方ないかもしれない。食事は今の彼女にとって何よりも優先される娯楽なのだ。
だが、不幸がスキルとしてついて回る彼女にそんな娯楽は簡単には訪れない。
「美鈴さ~~~~~~ん!!!」
何処からともなく自身を呼ぶ叫び声が聞こえてきた。
一瞬身構えたが、気配から白玉楼の庭師だと分かったため構えを解く。
予想は当たった、湖から飛んできたのは妖夢だった。
「どうしましたか? 妖夢さん、そんなに息を乱して」
ここまで全力で飛んできたのか妖夢は既に汗だくで、息もかなり切れていた。
だがそんなことには構わずに妖夢は美鈴の前まで来るといった。
「手合わせをお願いします!!」
またか……と美鈴はうな垂れた。妖夢は挑戦者として自身の前に現れたのだ。
「悪いんですけど……」
勘弁してもらいたかった。文の記事からずっとまともな休みが取れなかったのだ。
たまにはゆっくりと休ませてもらいたい。
「そこを何とか! お願いします!!」
ブン、ともの凄い速さで頭を下げお願いする妖夢。
「あーうー……勝負なら前やったじゃないですか。あなたの勝ちで」
「手加減されて手に入れた勝ちは勝ちとは呼びません! 私は、本気のあなたと戦いたいんです!!」
困った、美鈴は本気で思った。こういう手合い、引き下がらせるのは至難の技だ。
そんな時である、救いの女神が現れた。
「何事? 美鈴」
「咲夜さん!」
上司に当たる咲夜である。外が騒がしいので来てみたのだろう。
美鈴は簡潔に物ごとを説明した。
「なるほどね。事情は分かったわ。だけど妖夢、あなたも従者なら分かるでしょう? 今の美鈴の状況が」
「それは……」
無論妖夢とて理解はしていた。だが、自身の欲求のほうが勝っていた。
「……はあ、とりあえずどうしてそこまで頑なな意思が出来たのか聞きましょうか」
流石に客を初っ端から門前払いするのは拙い、と判断した咲夜は問う。
妖夢は暫し考えた後、言葉を選びながら話しだした。
「美鈴さん、あなたは先代庭師、魂魄妖忌という方を知っていますか?」
「ええ、勿論」
強い方でした、と美鈴は付け加える。
「私は幼い頃から先代が行方不明になるまで剣を教わりました。そしてその際あなたのことも聞きました」
「……あの方は私の事を何と?」
「ただ一言、『強かった』と」
妖忌が妖夢にとって特別な人だというのは美鈴も幽々子から聞いていた。
「以前はどのような方なのだろうと思い手合わせを申し込みました」
「うん、あなたが勝ったね」
「はい。ですが何度考えてみても納得行く手合わせではありませんでした。
ですが今回の記事で確信がつきました。あなたは強い。
ですから私は先代が強いと認めた豪傑、紅美鈴と手合わせ願いたいのです」
「……何故そこまでして私と戦いたいんですか?」
「私は……庭師ですが、それと同時に一介の『武人』です」
声は小さいが、力を込めて彼女は言った。
「『武人』として強者と戦うのは名誉あることです。その方が先代が戦った強者なら言うまでもありません」
「…………」
「無茶苦茶な事だというのは重々承知の上です。ですが、私は試してみたい、自分を。
かつて先代と対等に渡りあったあなたと、いや、全力を出せば先代以上の力を持っているあなたと戦いたいんです」
「……妖夢、あなた分かってる? 言っておくけどそれって負け戦よ?」
「分かってますよ咲夜さん。ですが、『武人としての誇り』があります。
真剣勝負ならば負けたとしてもそれは決して恥にはなりません。逆に栄誉ある事になります。
『私はこんなに強い人と戦って負けたのだ』という事実がまた、私を高みへ持っていってくれます。
『武人』とは即ち自身を鍛え、競い合い、そして高みへ行くことですから」
「…………」
「そして私は負けません。勝ちにいきます」
『武人』としての高み……美鈴は懐かしい言葉を聞いたものだと思った。
まだ自身が人間だった頃村の屈強な若者たちと競い、学びあったあの頃を思い出す。
「美鈴さんにとっては雑魚の半人半霊の言う事だと思うかもしれませんが、私にとっては重要な事なんです。
迷惑をおかけしているのは重々承知です。……どうかお願いします」
そしてついには土下座をする始末だ。
「ちょっと……美鈴、どうするのよ」
「…………」
あの妖夢がこれほどまでに一つの事に執着し、ついには土下座をするとは思わなかった。
そんな彼女をはじめてみた咲夜はさすがにうろたえる。
美鈴は美鈴でジッ、と彼女を見ていた。
「あ~私からもお願いするわ」
今度は別の方角からも要請の声が上がった。
「幽々子?」
「幽々子様!?」
咲夜と顔を上げ、驚愕の表情をみせる妖夢はほぼ同時に言った。
「はろ~紅魔館の皆さん」
当の本人は非常にのほほんとしている。
「美鈴、私からもお願いするわ。この子、ずっと前からこの調子なのよ。
さすがにこのままだと仕事にも差し支えるし、相手をしてもらいたいの」
「幽々子さん……」
「主人としても差し出がましいお願いだとは重々承知よ。でもお願い、この子と試合をしてあげて」
そういって彼女は妖夢と同じく土下座をした。
「ちょ!! 幽々子様!?」
「あなたの願いは、分からなくもない。『武人』と言うのがどういうものか私は知らないけど、
それはきっとあなたにとっても妖忌様にとっても重要なものなのでしょう?」
「あ……」
「咲夜」
「はい?」
ガバッと顔を上げた幽々子は咲夜に一升瓶を差し出した。
「もし手合いに料金がかかるのであればこれでお願い。我が家にある中でも最高級の代物よ」
「あ……はい」
断る事も悪いので受取る。
「美鈴……?」
罰の悪い表情を浮かべながら美鈴を見ると、
彼女はこれまでに無いくらい真剣な表情で額を地に付けている妖夢をみていた。そして彼女は問う。
「……試合を受ける事は簡単です。ですが本気を出す事はできません。
私の一存で本気を出す事は出来ないのは知っていますね」
「はい」
「何故本気を出すのが禁じられているか、それも知っているんですね?」
「はい、重々承知です」
「……死ぬかもしれませんよ?」
「死にません。『武人』として、西行寺家に仕える庭師として、この魂魄妖夢死ぬわけにはいきません。
先ほども言いましたが負け戦だとしても戦うからには勝ちに行く覚悟です。
そしてたとえ万が一、死んだとしてもそれを後悔することはありません」
「…………」
頑なな決意だった。幽々子は沈痛な面持ちで、何かを思い出すかのように妖夢を見る。
そんな幽々子と妖夢を見て、暫く考えた後、美鈴は言った。
「顔を上げてください」
自ら跪き、彼女たちを立たせる。
「……ちょっと待っていてくれませんか? 咲夜さん、申し訳ありませんがここを少しお願いします」
そういって彼女は歩き出した。
「ちょっと待ちなさい美鈴。お嬢様はまだ寝ていらっしゃるわよ」
本気を出す許可を出せるのはレミリアだけだ、だが彼女は寝ている。
従者として一介の使用人が熟睡している主人を起こすのは許せない。
「分かっています」
だが美鈴はコクリと頷くと、なぜか自分の部屋のある門番隊勤務所に入っていった。
何故そんなところに? その疑問は数分後解消された。
詰め所から出てきた美鈴はゆっくりとした足取りで3人のところに来るといった。
「許可が出ました」
その言葉は妖夢と幽々子の表情を明るくさせ、咲夜を困惑させた。
「ちょ、ちょっと! 一体誰に許可を取ったのよ」
つかみ掛かる咲夜に美鈴は平然と答えた。
「ランド様です」
あ…なるほど、と咲夜は納得する。以前レミリアの話で美鈴は外の世界にいるレミリアの父、ランド・スカーレットと
独自の通信方法を持っているという事を聞いていた。そして美鈴の所有権は今ではレミリアにあるが
解雇などの決定をするのはランドが請け負っている事も教えられていた。
勿論、彼女が本気を出していいか、否かという決定もランドの決定の方が優先されると言う事も。
どうやらワザワザ勤務所まで行ったのは自身とランドの持つ秘密通信を聞かれたくなかったらしい。
「ただし、条件があります」
「はい」
先ほどまでの喜んでいた表情から直ぐさま真面目顔に移る妖夢。
「申し訳ありませんが、試合は明日にしてもらえないでしょうか?
実をいいますと今日は既に30人以上の挑戦者と戦っていたため体力を大分消耗しています。
これではあなたの求める戦いは出来ないでしょう。私としてもやるからには万全の体勢で行いたい」
「そういうことでしたら……分かりました」
「そして試合の場所は双方の力の及ばぬ場所を考慮し博麗神社とします」
「意義はありません」
「時間は戌の刻(午後八時)です、何か不都合があれば言って下さい」
「いいえ、手合いを受け入れてくれただけでこちらからは何も言う事はありません。よろしくお願いします」
深々と頭を下げ礼を言う妖夢。幽々子も同じように頭を下げた。
「では、私たちにもやる事があるので今日は一旦お引取りを」
「はい。では明日、博麗神社で」
がっちりと握手をし、妖夢は幽々子と一緒に去って行く。
そんな背中に美鈴は一つ忠告をした。
「妖夢さん、1つだけ忠告しておきます」
「……はい?」
「『武人』として、やるからには殺す気で来て下さい。
でなければ私を倒す事はおろか妖忌さんを超えることさえ出来ません。
明日は私を知り合いとは思わず、1人の敵としてお考えください」
「分かりました」
今度こそ2人は紅魔館から去っていった。
そして残された2人はというと……。
「咲夜さん、お願いがあります」
「はぁ……どうせろくでもないことなんでしょうけど、聞いてあげる」
「お嬢様に説明のほうをお願いします」
「ちょっと、それくらい自分でしてよ」
「今は一刻も早く体を休めて明日に備えたいんですよ。万全な状態で戦うといった以上は必ず守ります」
「はぁ……分かったわよ、とりあえず今日と明日のシフトからあなたは抜いてあげる」
「ありがとうございます。それと、私の部屋には誰も来させない様にして下さい。精神統一してますから」
「はいはい、わかったわ」
何時になく真面目な表情で頼む美鈴の頼みを断れるほど咲夜は鬼ではない。
手を振り了承の意を告げると、これからの事に頭を抱えながら館のほうに戻っていった。
残された美鈴は暫く紅魔館の外を眺めていたが、意を決したのか自身も部屋に戻っていった。
◆ ◆
ついに念願が叶った妖夢。彼女は1人自室にこもり精神統一を行っていた。
今朝方までとは違い、明鏡止水の如く心には一片の曇りもない。
「御爺様……」
誰にも聞こえないくらいの声量で呟いた。
あの日のことは眼を瞑れば今でも思い出せる。それほどまでに鮮明に覚えていた。
そう、あの日まだ幼い妖夢は自分の仕事をするのに精一杯で妖忌がどこに行ったのか分からなかった。
ガタン
何とか庭の一角の手入れを終えたとき、玄関の方から誰か帰ってきた音がした。
それと同時に幽霊の悲鳴も。
慌てて玄関にいってみるとそこには血まみれになり倒れている妖忌と慌てて指示を出している幽々子、
そして対応に追われている幽霊たちがいた。
妖夢は目の前が真っ白になった。見たものが信じられなかった。
自分の祖父であり師であり、追い続けた妖忌がみるも無残な形で帰ってきたのだ。
果たして彼がここまでの傷を負った事があっただろうか? いや、ない。
妖忌は強い。それは幻想郷にいる誰もが知っている事だった。
間違いなく当時の幻想郷で言えば最強クラスの実力を有している。
幽々子が普段からは想像できないような機敏さで動いたため
幸い命に別状無く、治療を終え包帯で体中を巻かれた彼は布団に寝かされた。
負傷は全身に広がっていたが特に左手とわき腹は酷いものだった。
左手は鋭利な刃物で切られたのか半分以上を切られかろうじて繋がっている状態だった。
わき腹は抉れていた。完治するまでには相当な時間が掛かるだろう。
だが流石は強者といったところだろうか。意識は直ぐに回復した。
そこに出来るだけ優しい口調で幽々子が問い詰める。
彼が言うには当時幻想郷内でも随一とも言える危険地帯、紅魔館に行ったらしい。
当初はそこの主、レミリア・スカーレットとやりあう予定だったのだが
門番と先に戦闘をし、引き分け。ボロボロの体で帰ってきたのだという。
すぐさま幽々子たちは報復の準備を始めようとしたが、それを妖忌の一喝がとめた。
「……『武人』として誇りある戦いをしたのだ。あちらも、そしてこちらもこれ以上に戦闘をする理由はない。
手は出さないでくれ」
そう妖忌は言った。結局報復は行われなかった。妖忌の言葉が尊重されたからだった。
当時、妖夢は彼のいった言葉が理解できなかった。『武人』とは、『誇り』とは何かまだ知らなかったのだ。
だが今なら分かる。妖忌は好敵手と出会い、今までにない充実した戦いをしたのだと。
そのことを思い出していると、自然と握っていた拳に力が入った。腕を押さえ気持ちを落ち着ける。
「ついに明日……戦えるんだ。本気の美鈴さんと」
あの日妖忌をあそこまでの傷に陥れた以上の力を持って美鈴は自身と戦うだろう。
恐怖もあったが、妖忌がかつて立っていたのと同じ土俵に立てることが何よりも嬉しかった。
「あの眼…あの『気』……」
最後に自身に声を掛けた美鈴の眼からは普段の彼女からは感じられないほど重く大きいものが発せられていた。
幽々子も咲夜も気づかなかったと言う事はそれだけ『気』…今回の場合『殺気』をコントロールしていたと言う事。
ジワリ、と額に冷や汗が浮かんだ。
そして同時刻。美鈴もまた、自室で精神統一をしていた。
自身の目の前には2メートル以上もある棒が布で巻かれている。
彼女が自分自身で創作した戟。ランドの家に仕えた時に自身で打ち、それから長年使ってきた愛用品だ。
本気を出すといった手前、これを出さないわけにはいかなかった。彼女は『武人』だったのだから。
それ相応の敬意を持って戦うためにはこれが必要だった。無論これを使うのは久方ぶりだった。
幻想郷に来てから、『弾幕ごっこ』というルールが確立してからはずっと倉庫にしまっていた。
この戟をもって最後に戦ったのは、妖忌相手だった。
あの日何時も通り門番をしていた美鈴は1人の来訪者にあった。幻想郷には珍しい老人である。
その日は彼女等が幻想郷に来てから100年余りたった頃。
その頃になると紅魔館の名は大分幻想郷内に知れ渡っており、美鈴の元にも屈強な妖怪が来るようになっていた。
その中でも彼は特異な存在だった。彼は来るなり、
「私の名は魂魄妖忌。レミリア・スカーレット殿に手合わせ願いたく参上した」
と言い出した。勿論門番としてそんな輩を通すわけにも行かない。
「お嬢様と戦いたくば、まずは私を倒してから行きなさい」
「……お主も『武人』だな?」
「昔はね。今は唯の妖怪よ」
「いいや、お主の『武人としての誇り』はまだ生きている。私の目に狂いは無い。
お主の『武人』としての精神は生き続けている。
お主が忘れているか、もしくは表に出さないようにしているかそれは知らぬがな」
「……妖忌…と言ったわね。あなた何者?」
「『武人』だよ。後あえて言うならば庭師でもある」
「何それ」
「職業だ」
この会話の間にも2人の間には『闘気』『殺気』による前哨戦が行われていた。
暫くそのまま立ち尽くした後、美鈴は感心したように言う。
「なるほど。『武人』というだけあるわね。私の『殺気』をものともしないなんて数えるくらいしかいないわよ?」
「お主こそ、やはり相当な実力を持っていると見た。何故『武人』であると言う事を隠す」
「私が『武人』だったのは人間だったころ。妖怪になってからは色々とあってね。
『武人』と名乗るには今の私はもう相応しくないのよ」
「ほう……」
かつて人間だった、という事を聞き驚く妖忌。
「安心なされい。『武人』とは自身でやめられるものではない。その精神は一生そのものについて回る。
私が見る限り、お主の『武人』としての精神はまだ生きておるよ」
「そう……」
「まさかこのようなところでこのような人材に巡り会えるとはな。いざ、尋常に勝負されたし」
「……分かったわ、来なさい」
妖忌の武器は刀。美鈴は戟。2人は同時にぶつかり合った。
戦いは半日に及んだ。結果は引き分け。
妖忌は左手が使い物にならなくなり全身傷だらけで立つ事もままならない状態だったが、
美鈴は逆に両足の腱を完全に切られ、同じく全身傷だらけだったためこちらも立つ事がつらかった。
更に彼女は右肩を抉られており戟を持つのもままならない状態だった。
結果から言えば妖忌はレミリアに会うことなく帰った、これ以上の戦闘は不可能だと判断したからだ。
美鈴は追わなかった、彼女もまた戦闘は続行できないと判断したからだ。
2人は一瞥くれるとどちらからともなく礼をした。その2人の顔は実に、実にさわやかなものだった。
彼は言う。
「……これ以上は無理だな」
「そうね、さすがに疲れたわ」
「それは私とて同じ。老体にはやはり堪える」
「けど勿体無いわね、止めをさせるというのに。今の私はあなたを抑えるほどの力は残っていないわよ?」
「たわけ。本来の力をまだお主は出しておらぬだろう?」
「あら…分かった?」
「……『武人』として聞きたい。何故全力を出さなかった?」
その問いに、彼女は自らの手を眺めながら悔しそうに言う。
「仕方ないでしょう? 全力を出すためには許可が要るの。私の雇い主の許可がね」
「やれやれ……全く…とんだ道化だ」
「勘弁してよ、どの道ここまで戦ったのはあなたが初めてなんだから」
「ふむ…本人が望んでも出してはならないほどの力か…全く面白い女だな、お主は」
「あなたも、久々に面白い人に巡り会えたわ」
「中々に面白い日だった。『武人』と出会えたこと、誇りに思う」
「だから私は……」
「先ほども言ったろう? 『武人』の精神は決して本人の意思で死ぬ事もなくなることも無い。
お主がどう思おうと、結局お主は『武人』なんじゃよ。少なくとも先ほど戦っていたとき私はそう感じた」
「……『武人』か。まだ私に名乗れるかしら」
「構わないのでは? 少なくともお主の精神はまだ生きておる」
「……ふん、まさか年下の爺さんに諭されるなんてね」
「爺になったからこそわかることもあるとて」
爽やかそうに言う妖忌。ちなみにその間にも体中から血は流れる。
そしてそれに同じように応える美鈴もまた傷だらけ。
「で……いいの? お嬢様に会いに来たんでしょう? その傷、応急処置位ならしてあげるけど?」
「要らぬ心配だ。久々にこの傷の痛みと『武人』と戦ったという余韻に浸りたい。レミリアだが……諦めよう。
今行けば瞬殺されるだろうし、何よりお主が邪魔するだろう? お主がいると命が幾つあっても足りやしない」
「ほめ言葉として受け取っておく」
「だがもし……また再戦が出来るというのであれば、次はお互い本気でやりたいな」
「そうね……雇い主に許可を貰ってみるわ」
「頼むぞ」
そう言うと刀を杖代わりに歩き出した。
「送らなくてもいいの?」
「心配無用。つい先ほどまで敵だったのだ、手は借りん。自分の足で帰る」
美鈴の提案を一蹴するとヨロヨロとさって行く。
その去り際ふと何かを思い出したのか振り向かずに言った。
「もしかしたらいずれ我が孫とお主が戦うことがあるかもしれん」
「孫? あなた、孫がいたの」
「うむ。そのときは、戦ってやってくれ。あの子もまた、いずれ『武人』となる存在なのだから」
「……覚えておくわ」
「それと……」
「まだ何か?」
「お主の名前を聞いておらんかった」
「紅美鈴」
「紅美鈴……か、良い名だな。覚えておこう」
今度こそ、彼は去っていった。
結局彼はその後一度もくることは無かった。最初はやはり死んだか? と考えたが
妖忌の人物像を考える限りそれはありえない。
あの桜の事件の後彼が白玉楼で働いていたという事を知り、
以前幽々子に聞いたところ、ある日突然家を飛び出し、行方不明になったのだと言う事を知った。
理由は分からなかったが、1つだけ言える事があった。
少なくとも彼は未だに死んでいないということ。そしていずれ自身と戦う事になるであろう…ということを。
あの日の光景を思い出そうと思えば直ぐにでも思い出せる。
この幻想郷内で肉弾戦で自身と張り合えるものはかなり限られているという事を美鈴は分かっていた。
明日の試合で負けるとは思っていないが、相手はその妖忌の弟子であり子孫。
生半可な覚悟では勝てない事を知っていた。
布を解き、戟をとる。手入れを欠かさなかったため、綺麗なままだった。
そして部屋の奥においてあるクルミ製の鈴を見る。
「じゃあ…お姉ちゃん頑張るから。門番としての紅美鈴ではなく誇り高き『武人』紅として。
だから見守っていてね、龍」
今は亡き妹を思い浮かべ、彼女は一度戟を振るった。
「……魂魄一族…か」
あの時、最後に言葉を交わした際に彼女の後ろに妖忌をみた気がした。
「…………」
ブルリ、と体が震える。見れば手がビッショリだった。
「落ち着いて美鈴。戦うのは彼ではなくその子孫なのだから」
ギュッと手を握り締め眼を瞑ると彼女は自身にそう言い聞かせた。
◆ ◆
そして約束の時間になった。ここ博麗神社にはそうそうたるメンバーが来ていた。
全員この試合を見るために来たのである。
「全く……なんで家主の許可もなく進むかね」
「それを言うなら私も同じよ、全くお父様ったら…今日ほど美鈴の行使権限を呪った事はないわ」
不機嫌な声を出すのはご存知ここの家主霊夢と、美鈴の主人レミリアである。
ちなみにその後ろでは冷や汗をかいている咲夜がいた。
昨日レミリアを説得するのにはかなりの時間を要したのだ。メイド長も楽ではない。
「だけどか~なり人が集まったなぁ。それよかいいのか香霖、店ほったらかして」
「構わないさ、どうせ今日は早い時間帯に店じまいする予定だったからね」
「香霖さんはまだいいほうですよ。私なんか魔理沙に拉致られたんだから」
「ふん、中国の実力がみたいっていったのはお前だろう?」
霖之介と魔理沙、そしてアリス。
他にも永遠亭のものもいれば妹紅や慧音、果ては萃香といった鬼まで来ていた。そうそうたるメンバーである。
各々つまみや酒を用意し既に飲んだくれていた。正に大宴会モードである。
そして同時にそれほどまでに妖夢と美鈴の試合を見たかったのだろう。
「そういえば、もうすぐ時間だってのに主役はまだ来ないのね」
ワイングラス片手に紫は言う。そう、このメンバーを連れてきたのは彼女だった。
「もうじき来るでしょう。ったく、あなたって人は」
「宴会には余興が必要よ?」
悪びれもなく言う紫に幽々子は呆れる。
確かに我々にとっては余興だが、彼女たちにとっては神聖なる試合なのだ。
ちなみに今日幽々子は妖夢よりも早くここに来ていた。
妖夢を気遣っての事だ。何せ妖夢は昨日から難しい顔をしてまともに会話が出来なかった。
それほどまでに今日の一戦に集中したいんだろう、ということが理解できた。
「はぁ……ただし茶化すのは駄目よ? 大事な試合なんだから」
「流石の私でもそこはわきまえるわよぉ」
クックックと笑いながらワインを煽ってみせる紫になんともいえぬ不安を覚えた。
「おっ、まずは妖夢が来たぜ」
魔理沙の声に皆が反応した。庭に入ってきた妖夢は観客側から見て左に進むと、右側を見て立ち止まった。
その姿は今までの庭師、少女では無く、一介の『武人』としての気迫があった。
「あら、妖夢かなりやる気みたいね。あそこまでの気合、初めてよ」
「ええ……私もよ」
紫の驚いた声に幽々子もまた同調する。
(気をつけてね……妖夢)
主として、家族として心の中でそう願った。
妖夢にはどうやらこちら側は見えていないらしく、今すぐにでもやって来るであろう敵を待っていた。
そして数分後
「お、来たな」
萃香の言葉で宴会真っ最中だった周りの目はまた神社の入り口の庭に向けられる。
階段を上ってくる音が聞こえてくる。美鈴だろう。
だが現れた者は美鈴であって、美鈴ではなかった。
「おいおい……アレが門番かよ」
「……人はここまで変われるのね、驚きだわ」
小町の台詞に永琳も頷く。現れたのは確かに美鈴なのだが、纏っているものが全く違った。
いつもの優しそうな目つきはなく、まるで獲物を狩る鷹の目の如く。
『気』も十分なほど放っており、唯の人間だったらとっくに気絶しているほどのものだった。
手には戟、腰には短刀が差されている。
彼女はゆっくり進むと妖夢に相対する形で立ち止まった。
「…………こんばんわ、魂魄の『武人』」
いつもの優しい口調ではなく、冷たい声。冷酷さが見え隠れしていた。
「はい。いい夜です。試合をするにはもってこいの日です」
「ええ。まぁ…あそこで宴会をしている人たちを抜けばそれなりに雰囲気は出たでしょうけどね」
「構いませんよ。もしかして美鈴さん、気が散るほうですか?」
「馬鹿な事は言わないほうがいいわよ? 私は『気を操る程度の能力』の持ち主なんだから」
「そうですね……そうでした」
ザッと足を開くとゆっくりと身構える妖夢。
「戦う前にもう一度だけ言うわ。殺す気で来なさい妖夢さん。でなければあなたが死ぬ事になる。
私としてもほぼ100%で戦うのは何百年ぶりなの。間違って殺すこともある」
「はい。全力で行かせて貰います」
「そうしなさい。じゃあ最後にルール確認。
勝敗はどちらかがギブアップか気絶、もしくは死んだらということで。
弾幕はなし。肉弾戦のみの勝負よ。スペルカードは……有りで構わないわ。
ああ、そうそう。分身はOKよ。というかそれなかったら話にならないでしょう?」
「分かりました」
「じゃあ……来なさい」
その言葉に頷くかのように妖夢は腰を落とし構える。
長刀楼観剣を抜刀するようだ。長刀ゆえそれなりのリスクが伴うが、そこは長年この刀を使ってきた彼女だ。
おそらく何の問題も無く抜刀できるだろう。
対する美鈴は戟を地面につきたて、仁王立ちしたままピクリとも動かない。
「……構えないんですか?」
「まずは力量を測るわ。あなたの剣さばき、どれほどの物か見てあげる。
本気で戦って欲しいとは言われたけど、それを出すかどうかは私が決める。
この程度で負けたらそれは……あなたは私の本気以下という事になるわよ。いいわね?
だから人の事心配する余裕があるのなら自分の心配をしたほうがいいわ」
「……行きます」
全神経を眼と、足、そして抜刀する手に集中する。美鈴が先に仕掛けてくる様子は無い。
妖夢の出方を伺っていた。ならばと妖夢はジリッジリッと間をつめる。
そして
「いやああああああ!!」
踏み込む。その瞬間彼女の体は消えた。神速の抜刀術。某不殺剣士並の速さ。
射程外だった距離を一気に射程内に持っていき、抜刀。並の、いや訓練を受けた者でさえ受けきるのは難しいほど
鮮やかな先制攻撃。だが
ガァン
美鈴は戟を片手で軽く動かしただけでそれを受け止めた。なんつう馬鹿力だ。
しかも美鈴はその抜刀の勢いを殺さずに手首を捻り戟を上手く動かして刀を逃がすと、
戟を振りかぶり、横に薙ぎ払った。
妖夢はそれを体を仰け反る事で避け、そのままバク転で一度攻撃範囲からでる。
だが美鈴はそれを許さないのか、逆に一気に間をつめると踏み込んだ足を使って体を捻り、
一直線に心臓めがけて穿った。殺す気満々である。
その戟を楼観剣の鎬(しのぎ)で受け止める。だが勢いを殺しきれず、
妖夢は後ろにかなり飛ばされ地面を削って何とか勢いをとめた。
今の攻撃で少なくとも筋肉が数本切れた。両手が痺れている。
「さぁ……行くわよ?」
トントン、とリズミカルにステップを踏むと足に溜めていた『気』を破裂させて爆発的な勢いで間をつめる。
「っ!!」
そこから突進ともいえる突き、ライフルの弾よりも速いのではないかという攻撃が行われる。
だが持ち前の動体視力でどこに突いて来るのか見えたため全力で横に飛んだ。
着地と共にその勢いそのままに横から斬りかかった。だが……。
「甘い!!」
袈裟懸けに振られた楼観剣の棟(むね)をピンポイントで戟から手を放し、ぶん殴った。
そのありえない場所からの衝撃で剣は上に弾かれる。そこを逃すほど彼女は甘くなく
殴った体勢からクルッと1回転するとその開いた妖夢の腹に回し蹴りを叩き込んだ。
今度は防御する事も叶わず衝撃に身を任せて吹き飛ぶ。
ゴロゴロゴロ、と3回転回った後止まる。その光景に宴会騒ぎだった霊夢たちも言葉を失った。
ちなみに戦いが始まってからここまでまだ1分を越えていない。
「これでも長年生きてるからね、ある程度の対処法は心得ているのよ」
美鈴はさもあらんといった様子で最初の体勢に戻った。
何とか起き上がった妖夢は何度かむせたが、刀を持つ手に力を込める。
心得てるって、それでも実行するなんてなんと言う滅茶苦茶な人だ。
一歩間違えれば拳が切れてたか、外して肉体が切れてた。
「…………」
リスクは高いはずだがいとも簡単にそれを成し遂げ、当の本人は汗の一つも掻いていない。
流石といえば流石だが、恐ろしい事この上ない。正攻法、一撃だけではその体に刃は通らないという事は分かった。
ならば連撃、少なくともあの体勢を崩してしまえば如何に拳や蹴りなどの体術を使ったとしても返せないだろう。
だが問題は美鈴の攻撃範囲内に入ることだ。なるほどあの人は良く考えている…と妖夢は感心する。
自身の長刀楼観剣は彼女の持っている戟よりも幾分攻撃範囲が短い。
簡単に言ってしまえば初めっから分が悪い。
(しかもあの人は短刀も持っている。……たとえ懐に入ったとしてもそれなりの対処法もあるはず)
怖いが……考えていても埒があかない。それに短刀が怖いならばそれさえも扱えない死角に入り込み
体勢を崩せばいいだけのこと。
(やって……みるか)
リスクは限りなく高いがやらないよりかはマシだ。はっきり言ってカウンターは苦手なのだ。
出来る限り身を低くする。両足に力を込めた。向かうは彼女が戟を持っている右手!!
ドン
先ほどの居合い切りよりも早い速度で突進する。
「そんな馬鹿の一つ覚え!」
美鈴は言うと右手を引き左手を添える。先ほどと同じ突きの体勢だ。
妖夢はそれを狙っていた。
「そこだ!!」
言うのと美鈴の引き力を込めていた右肘に激痛が襲う。
力を放つ瞬間にそれは起こったため、力はあらゆる方向に暴発し、大きくよろめいた。
そこを逃すほど妖夢は甘くない。突進する足に更に力を込め、上手く方向転換すると、
今度は美鈴の左手側に潜り込む。その際美鈴がそのよろめいた力を利用して回転蹴りを放ってくることを想定し、
その蹴りの有効範囲外とも言えるくらい、低くもぐりこんだ。
やはり美鈴は回転し蹴りを放ったが、無茶な体勢で妖夢を見ないで放ったため、空を切る。
そして背中を見せがら空きになった。そこに妖夢は体を向け攻撃に入る。
だがそれすらも読んでいたのだろう、美鈴は無茶な体勢だというのに腰に差していた短刀を抜き、
ろくに見ないで妖夢の楼観剣を受け止めた。その衝撃で更に体勢が悪くなるが『これで攻撃が防げた』
と美鈴はニヤリと笑ったが、笑ったのは彼女だけではなかった。そして気付く。
妖夢は『片手』で楼観剣を持っていた。あの長刀を片手である。じゃあもう一方は?
空が切れる音がした。間違いない、彼女はもう一本持っている。
白楼剣だ。短刀のため簡単に抜けるし、小回りも効く。そしてその剣が狙っているの自身の首。
「うわっ!?」
地面についていた片足に力を凡て込め横に飛んだ。きちんとした飛び方ではなかった為、無様に転がる。
そして起き上がった。幸いにも首は繋がっている。だが左頬に一筋、切れた跡があり血が流れていた。
「忘れたんですか? 私も二本、刀を持ってるですよ?」
長刀楼観剣を肩に乗せ、と短刀白楼剣を逆手に持ち不敵に笑う。
「ですが驚きました。あの体勢から避けられるなんて」
必殺の気持ちで行ったのだ。そのため体にかかった衝撃も大きい。
特に一度突進を止めた体勢から更に突進をし、超低空から無茶な形で足を地に付き止まったときの衝撃は重い。
特に足にかかる負担は相当なものだった。
「とりあえず……一撃です」
そう、これでもまだ一撃だ。しかもかすっただけだ。
「……鞘…か」
先ほど美鈴の右肘を駆け巡った衝撃の正体は楼観剣の鞘の先端だった。
どうやら最初の突進の際に美鈴にも見えないくらい速い速度で死角から投げたらしい。
ちなみに妖夢は鞘の攻撃を一撃には入れないらしい。やはり剣で倒したいようだ。
「…………」
頬を伝って地面に血が落ちた。腕で擦り血を拭う。吸血鬼という特性、既に止血されていたが傷は残っていた。
「流石は彼の弟子……といったところね」
そう言うと立ち上がり短刀を腰に差し、戟を持つ。今度は仁王立ちではなく、初めて構えを見せた。
左足を前に出し、右足を引く。右手は戟の端を持ち肩の高さまで上げ、
左手は添え太ももの辺りまで下げるというもの。
だがその目つきと、体から発せられる『気』が先ほどの仁王立ちのときより彼女を大きく見せた。
「準備運動はこれくらいにして……」
「準備運動だったんですか?」
「ええ。だって体がなまってるから、とりあえず確認を取らないとね」
「…………」
気を引き締める。準備運動が終わりということは、ここから本当の戦いが始まるという事。
「じゃ、本気の二歩手前よ。しっかりついてきなさい!」
言うなり彼女の姿はその場から消える。妖夢はすぐさま周囲に感覚を向け、前に飛ぶ。
すると彼女が居た丁度後ろに美鈴は現れ、戟による一閃を繰り出す。
ギリギリの距離でそれを避けるが、スカートが切れる。
妖夢は反撃に出ようとするが美鈴はその前にその場所から姿を消した。
次に止まった美鈴が放った一撃と、振り向きざまに白楼剣で妖夢が受け止めるのはほぼ同時だった。
盛大な音を放ち、つばぜり合いが始まる。
「凄い速さですね、『気』はこういったことにも使えるんですか!?」
「ええ、ちなみに吸血鬼という特性も関係あるけど…ねっ!!」
言い終わるのと同時にヤクザキックで突き放す。ちなみにその蹴りは楼観剣の鎬の部分で受けたためダメージは無い。
3メートルほど間を開け着地した2人は同時に動き出す。
その頃観客たちは2人の巧みな戦い方に驚き感心する者と、
さもあらんといった表情で見守る者の2通りに分かれていた。前者は美鈴の本当の実力を知らなかったり、
これほどまでに倒す事に執着している妖夢を見て驚いている霊夢たち。
後者は何を考えているのかわからない紫や、美鈴の主人であるレミリアといった実力を知っている面々である。
「なぁメイド長、妖夢前よりも腕上げたんじゃないか?」
「そうね。少なくとも前よりも反応速度が上がってるわ。勿論剣筋もだけど」
咲夜と魔理沙の会話もそんな中行われていた。
咲夜はレミリアの使いで度々白玉楼に赴き、その度に妖夢と手合わせしてきた。
そのせいか2人は幾分仲が良い。そしてそれは同時に互いの手の内を見てきている事になる。
魔理沙も妖夢とは手合わせした事がある。ちなみに高い確率で魔理沙が勝っている。
さすがの妖夢もマスタースパークは避けれないのだ。
「…ただ、違うわ。何というか雰囲気が。私と戦ってるときはあそこまでの執着心は無かった」
「確かに。なんつうか……怖ぇ」
今までに無いくらいの表情で戦っている妖夢に恐怖感を覚える2人。
「当たり前よ」
そんな2人に幽々子が言った。手にはお猪口が握られ、頬はほんのり赤い。
「全く……どうして妖忌様も妖夢も、こう魂魄家の者たち、それに『武人』は頭が硬いのかしら」
なにやらブツブツと文句を垂れていた。ずっとそうしていたのだろう。彼女の周りには誰も居ない。
「おい幽々子、どういうことだよ」
好奇心旺盛な魔理沙は遠くからこちらを眺めている霊夢の『やめなさい』という視線を無視して聞く。
「そうよ、聞きなさい魔理沙」
魔理沙の隣に這って進みガシッと肩を掴み抱く。完全なる絡み酒だった。
咲夜はすぐさま逃走を試みたが同じように捕まり、2人して幽々子の胸に抱かれた。
その大きな胸の中で魔理沙は『デケェ』と心の中で呟き咲夜は殺意を抱いたのはさておいて、
2人はバッ、と幽々子からはなれた。
「あらあらつれない。まぁいいわ。アレはまだ妖忌様が居た頃の事」
「おい、いきなり昔話始めたぞ?」
「あなたのせいよ」
話し出す幽々子を尻目に2人は深いため息をついた。
酔っている者に関わるものではない。
◆ ◆
幽々子にとって庭師である魂魄一族は頭痛の種だった。
妖夢はどこか頼りなく、危なっかしい面を覗かせながらも生真面目な性格。
その祖父に当たる妖忌は妖忌で姿そのままに厳格な人でどこか近寄りがたい庭師だった。
そしてこの2人両方に当てはまるのが『武人』という言葉。
はっきり言って彼女にはこの『武人』というのが分からなかった。
既に彼女は死んでいるが、2人は半分は生きているのだ。ワザワザ死に急ぐことはない。
だが妖忌はかつて死にかけながらも『武人の誇り』を貫き、妖夢も現に今『武人』として戦っている。
理解できなかった。だからこう見える。あの2人は死に急いでいる、と。
アレは…そう、美鈴と戦った後のことだった、と幽々子は思い出す。
当時彼女は紅美鈴という人物について全く知らず
妖忌を倒したのが一体いかなる豪傑だったのか酷く疑問に思う日々が続いた。
何しろ白玉楼の中でも随一と呼べるほどの剣客であり、幻想郷でもトップクラスの実力の持ち主だったのだ。
それをあそこまでの手傷を負わせ妖忌に『強い』と言わしめ、
尚且つ報復として兵を差し向けようとしていた彼女を止めた。
そういえばその時も『武人』という言葉を使っていた。
その日傷もようやく癒え庭師としての仕事を再開した妖忌。
やはり病み上がりのためどこか覇気が無い。傍らには心配そうに妖夢が寄り添っている。
そのとき彼女は妖忌の後姿を見て……急に老け込んだな、と思った。
まさしく老人のようになっていた。錯覚だと思った。
何しろ普段自身に接してくる彼も、妖夢に剣術を教える彼も普段どおり。
だが、どこか違う。彼の中で何かが燃え尽きたような、そんな感じがした。
だから彼女は彼の休暇、それも妖夢が居ない時間帯を選び聞く事にした。
妖夢の居ない時間帯にしたのは、なんとなく居ない方が良いとおもったからだった。
その日は満月。今までに無いくらい月は神々しく光っていた。
妖忌はそんな月を見上げ1人で酒を飲んでいた。俗に言う月見酒という奴だ。
「妖忌様、ご一緒しても?」
「幽々子様、ええ、どうぞ」
隣に座ると、妖忌は何処からともなくもう一つお猪口を取り出すとトクトク、と透き通った日本酒を注ぐ。
ちなみに歳は幽々子の方が上なのだが、老人という建前敬語を使っている。
「これは私のお気に入りでしてな。口に合うか分かりませぬが、どうぞ」
「ありがとう」
口をつけると口の中に日本酒独特の味が染みてくる。
「おいしいですね」
「それはどうも。作ったかいがあるというものです」
「妖忌様が作ったんですか?」
「ええ。趣味の一つでしてな」
ははは、と笑い一回り大きなお猪口に注ぐとグイッと彼は飲んだ。
「それで…ご用件はなんですかな?」
「あの日……妖忌様が紅魔館に赴き、痛手を負い帰って来た時の話です」
下手に誤魔化しても意味がないため率直に聞く。
すると彼の顔は休息にこわばり、辺りに気をめぐらせた。
「……妖夢は?」
「つれていませんよ。ご安心を」
「……そうですか。それで、聞きたい事とは?」
「何故……あの時報復するのを止めたのですか?」
「『武人としての誇り』が報復という行為を止めた……といっておきましょう」
「そう、それです。なんなんですか? その『武人としての誇り』というのは」
これには彼もびっくりしたようだ。
「前々から気になっていたんです。『武人』とはなんです? 『誇り』とはなんです?
あなたも妖夢も私とは違います。半人間半妖怪です。つまり半分は生きているんです。
主人を守るために命を懸けて戦うというのならばまだ分かります。
相手が強いから戦いに行くというのもわからなくもありません。あなたは庭師であると同時に戦士なのですから。
ですがそれと無謀な戦いとでは意味が全く違います」
彼女は怒りにも近い感情でまくし立てる。
「強いから戦いに行く、それはつまり自身に勝算があるということです。
そして勝算は様々な情報収集によって確定するんです。
ですがあなたはあの時違った。いや、あの時ばかりではありません。
『武人の誇り』、『武人』という単語を使った時あなたは何時もこういいました。
『勝算など必要ではない。必要なのはそこに『武人』がいるからだ。『武人』として逃げるわけにはいかない』と。
今の今まではそれも黙認してきました。なぜならあなたは何時もほぼ無傷で生還してきたからです。
ですが今回は違います。妖忌様、あなたは死にかけたんですよ?
主人として従者がこうなってしまった以上相手方にもそれ相応の代価を支払ってもらうのが当たり前です。
あなたは考えなかったんですか? あのレミリア・スカーレットが報復に乗り出してくるということを」
そこで一度言葉を切り、肩で大きく息継ぎをする。
妖忌はジッ……と考えた後、答えた。
「考えましたよ。考えたからこそあなたを止めたのです」
幽々子はカッととなり反論しようとするが、それを直ぐに次の言葉でとめられた。
「私が『武人』という言葉を出すとき、それは必ず相手もまた『武人』だからです。
相手もまた『武人としての誇り』を持っているのです。その誇りが止めるのですよ。
あなたは先ほど『武人』とは何か、『武人としての誇り』とは何か問いましたね?
それを述べるのは難しい、いえ、完全に理解してもらうのは不可能といってよいでしょう」
グイッと酒を飲む。段々ペースが速くなってきた。
「私としても『武人』を説明する事は困難です。だが1つだけいえるのは『武人』とは精神の絶対領域に存在します。
そう、汚す事のできない絶対の域。『武人』は身に付くものではなく、生まれたときから備わっている物です。
『武人』として出会った両者は互いが互いに『武人』であるという事がわかる。
そして『武人』として戦ったからには決して退かず、誇りを持ち相手を尊重し戦うということです。
私は今まで庭師をすると同時に様々な狼藉者と戦いました。あなたも見ているでしょう?
その時の私は一体どうやって戦っていたか」
そのときの光景を思い出す。強い、というのは当たり前だが何処か機械が排除するかのような戦い方だった。
「庭師として、あなたの従者として狼藉者を倒す。これは『武人』としてではありません。
覚えているでしょう? 私が『武人』として戦ってきた相手を。『武人』は他のものと根本的に違います。
なんと言えば良いか……そう! 纏っている物が違うと言えば良いでしょう」
「それが武人なんですか?」
「話は最後まで聞いてください。先ほども言った様に『武人』とは相手を尊重する事が重要です。
互いが競い合い、更なる高みへと導く。強くなる、高みに望むというのは誰もが望むこと。
そしてそれは終わりなく、永遠の道をひたすら走る事になります。
たとえ瀕死の重傷を負ったとしても……『武人』として戦ったのならばその傷は誇りとなる。
逆に言ってしまえばその戦いを罵ったりする事は我々にとって最大の屈辱となります。
『武人』とは終わりなく続く高みへ望む者の中でも最も高貴な存在であり、
『武人としての誇り』とは決して曲げてはならぬ、破ってはならぬ掟……そう、掟なのです」
最後の辺りは言葉を選びながら言う。
「『武人としての誇り』とはその生涯を意味するといっても過言ではありません。
だから『武人』同士が競うということはその『武人』の生き方そのものを競い合うといっても過言ではないでしょう。
ですからそれを否定するという事は即ち、その『武人』の生き方を否定する事になるのです」
相当説明するのに苦労したようだがようやく説明がついたのか、ここで話を止めた。
幽々子は考えた後、聞く。
「……1つだけ解せない事があります。例えばその『武人』として誇り高き死を迎えたとしましょう。
では残った者達はいったいどうするのです? あなたが死ねば妖夢は泣き、皆は悲しみ……私も泣くでしょう。
それをどうお考えなのです?」
「無責任な発言かもしれませんが、私はきっと、理解してくれると思います」
「私はこれでもかなりの年月を生きていますからまだ何とかなるでしょう。
ですが妖夢はどうするんですか? あなたは彼女にとって唯一の肉親ですよ?」
「確かに、私は孫を悲しませるでしょうな。ですがあの子もいずれ分かるでしょう、私の考えが」
「それは…いずれ心が成長するからですか?」
「それもあります。ですがそれ以上にあの子もまた『武人』なのですよ。私には分かります。
あの子は間違いなくその精神を私から受け継いでいる。今だって私の技を盗み、身につけています。
『武人』としての精神も目覚め始めています。ですからある意味あなたよりも…理解するでしょうな」
「…………」
最早言う事はなかった。そして幽々子は理解した。自身は決して『武人』というものを理解できないということに。
それは彼女の頭が悪いという事ではなく、純粋に彼女が『武人』ではないから。
「では最後に一つ……紅魔館の『武人』、その感想は?」
「見事、の一言に尽きるでしょうな。私が会ってきた中では間違いなく最強の部類に入ります。
『武人』とはそれ即ち生きた証、彼女は幾多の喜び、そしてそれを凌駕する悲しみの上でその精神を形成しています。
あそこまで立派な精神は見たことがない。無論まだまだ年の割に幼い部分はありますがな。
手加減されましたがそれも理由あってのこと。私が更に高みに望み強くなったら……再戦を希望しますな」
「彼女? ……女性なのですか」
「ええ、紅美鈴。覚えておいたほうがいいでしょう」
「紅……美鈴」
口の中で復唱する。あの妖忌が絶賛するほどの人材、しかもそれが女性ならば非常に気になるというところ。
「さて……長話が過ぎましたな。今日はもうお開きにしましょう。
私も老けましたな……長話が疲れる肉体になるとは」
「…………」
よっこらせと立ち上がった彼を幽々子は無言のまま見上げる。
背中を見せたまま彼はいった。
「願い事をしてもよろしいですかな?」
「主人として聞きましょう」
「もし私に何かあり、ここから居なくなったとしたら……孫娘をよろしくお願いします」
「不吉な事を言わないでください」
「ははは……それともう一つ、あの子が成長し『武人』としての心が成熟すれば、おそらくあの子は
美鈴殿と戦う事を望むでしょう。その際は、決して止めないでやってください」
「妖忌様……」
「お願いします、幽々子様」
「……分かりました」
「ありがとうございます」
こちらを向き、庭師ではなく妖夢の祖父として礼を言い、深く頭を下げた。
「では…今日はこれで」
「ええ。しっかり体を休めてください。ご老体な上にまだ完治していないんですから。
それと先ほどはあやうく『武人』としてのあなたを否定するところでした。謝ります」
「いいえ。『武人』としての精神、少しでも理解していただければ構いません。それではまた明日」
そう言って彼は去っていった。幽々子は後悔する。
この時の、特に最後の言葉を何故深く心に留めておかなかったのだろうかと。
魂魄妖忌は暫くした後、奇しくも美鈴と戦った日と同じ日に白玉楼から姿を消した。
「『武人』として、悟りを開いた。妖夢をお願いいたします」
彼がいなくなった日、彼の寝室にはたったこれだけ書かれた置手紙がおかれていた。
妖忌はあくまでも『武人』として生き、『武人』として白玉楼を出て行った。
◆ ◆
「要するに馬鹿なのよあの2人は。私たちには到底理解出来ない様な馬鹿。
確かに私には未だに『武人』について理解できない点が多いわ。
でもね、1つだけ理解した事がある。『武人』として妖夢が望んだ戦いならば絶対に止めてはならないということ。
もし止めてしまえば彼女の今までの生き様を否定し、彼女自身を屠る事になるのだから……ってね」
キュッ、とお猪口を煽ると中身がなくなった一升瓶を投げ捨てる。
近くに酒がなかったので、大きくため息をついた。
「だから私は止めないわ。あの子がどうなろうと、決してとめない」
「……それでいいのか? 運が悪ければ、あいつ死ぬぞ?」
「……構わない。死ぬかもしれない、というのは妖夢も覚悟の上」
「じゃあよ…なんでそんなに悲しそうな顔してるんだよ」
確かに、今の彼女は心配そうに妖夢を見守っていた。
心配で、悲しそうで、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「私は……私は長いこと白玉楼の家主をしてきたわ。たくさんの霊を使役してきた。
でも私は一人ぼっち。さびしかった」
淡々と彼女は述べる。
「だけど妖忌様も、妖夢も違った。他の幽霊たちとは違った。温かかったのよ、彼らと居ると。
暫くして分かったわ、これが家族の温もりなんだってね。だから怖いのよ、2人が居なくなる事が。
妖忌様は居なくなった、だから私は妖夢を失いたくはない。従者と主人という関係だけど、
血は繋がっていないけど、あの子は家族なのよ、私にとっては。
でも、戦いを止める事は許されない。『武人』としての戦いを止める権利は私にはない。
だって、止めたらそれはあの子の人生全てを否定する事になるのだから」
泣き顔だった。そんな彼女に魔理沙は優しく言う。
「じゃあさ…せめてあいつが無事に帰ってくることを祈ろうぜ。家族として、主人として出来る最高の事だ。なあ、咲夜」
「ええ。同じ従者として、そう願ってくれれば、それは最高の喜びよ」
「ありがとう2人とも」
2人は寄り添って慰めた。幽々子は何とか泣くのを堪えると、ジッと戦いの顛末に眼を向けた。
神社の一角でそんな会話がなされている頃、屋根の上では月をバックに1人の女性が茅台酒(まおたいしゅ)を飲んでいた。
「……美味ね、彼女も良い仕事をするわ」
八雲紫だ。彼女はただ1人そこで酒を飲んでいた。他人にちょっかいを出すのが好きな彼女にしては珍しい。
「お、中々いい匂い放ってると思ってきてみれば中々いい酒持ってるじゃないか」
そんな彼女の後ろから声がすると、霧が集まり一人の鬼を形成して行く。
「全く、いちいち霧にならなくても普通に登ってくればいいじゃない」
「一日の半分を寝て、移動に隙間を使う妖怪に言われたくはないね」
萃香だ。無限に酒が湧く瓢箪を持ち、相変わらずおぼつかない足取りで紫の元に来ると隣に座る。
「茅台酒か。結構珍しい銘柄だな、外の世界の物か?」
「正確には違うわ。美鈴が二百年前に私から製法を買って、自分で作ったのよ」
「へえ、あの門番が。結構面白い事してるな」
スキマ妖怪紫と門番美鈴は友人だ。この事実を知るものは少ない。
美鈴がレミリアたちと共に幻想郷に来る際知り合い、それ以来度々会っていた。
茅台酒の製法は紫が外の世界でしいれ、美鈴と等価交換をしたのである。
美鈴はこの酒をいたく気に入っており、度々作っては自分で飲むかこうして紫にあげていた。
「なぁ、少しくれよ」
「仕方ないわね」
残り少ないのに、と愚痴をこぼしながらも彼女はグラスに酒を注ぐ。
「ングッ……おっ、いい酒じゃないか」
「礼なら美鈴にいいなさいな。もし欲しいのならあの子に言ってみれば? もらえるわよ?」
「そうだな…考えておく」
そういいながら、グラスを一気に煽ると今度は自分の瓢箪の中に入った酒を飲む。
「ところで……だ。紫、お前中国とは仲いいんだろ? どう思う? この戦い」
「そうね……」
グビリ、と酒を飲み言う。
「少なくともまだ美鈴はまだ試してる」
「試してるって妖夢をか?」
「そう、そして自分自身をね」
そういっている間に、彼女の脳裏には数時間前の出来事がよみがえる。
◆ ◆
数時間前、紅魔館から出発した美鈴は珍しい事に歩いて博麗神社に向かっていった。
『気』を落ち着けるためにはこうやって自然の力を一身に受けるのがいいらしい。
特に森の中を歩くと心が落ち着くのだという。
そんな中でも周囲には十分気を配っていたらしく、直ぐに彼女に近づくものを察知した。
「まぁそろそろ来る頃だろうなぁ、とは思ってましたけど。隠れてないで出てきたらどうです?」
「あらあら、さすがは『気を操る程度の能力』を持つ人ね。気配は消してたけどどうやって分かったの?」
「『気』が当てはまり、操れるのは気配だけではないってことですよ。
それで一体今日は何のようなんですか? とっくに博麗神社に行ったと思ってましたけど?」
「あら、戦う前に祖父、そしてその孫と戦う人間に心境を聞こうと思ったんだけど?」
「…………」
いつもならばここで笑いが入るはずなのだがどうやらその気配はない。
流石に諦めてため息をつきながら紫は叢から出てきた。
「ごめん、今回の戦いあなたはどうするのかなって思ってね」
「別にどうも思いませんよ。ただ『武人』として彼女の相手をするだけです」
「それだけとは思えないけど、あなたの過去を考えるとね。1000年以上生きた大先輩として、
自身の何分の一にしか満たない生き方をしてきた娘の要求をどうして受け入れたか。
ただ単に『武人』として…だけじゃないでしょう?」
「……分かります?」
「あのねぇ、何年あなたと友人やってると思ってるのよ?
話してみなさいな、聞くだけ聞いてあげるわよ、友人として」
話していいものか迷ったが……美鈴は言った。
「昨日妖夢さんと話したとき、彼女の後ろに妖忌さんをみた気がしたんですよ」
「妖忌って…あの妖忌?」
「はい。以前聞いた話では妖忌さんは妖夢さんに技を見て、盗ませていたそうなんです」
「なるほど。妖忌と同じ技、太刀筋を持っているからこそ彼女がダブって見えたわけね。
つまり妖忌とダブっているから? その代わりってことで彼女と戦うの?」
「いえ、違います。正真正銘『武人』として彼女とは戦います。
ただ今回の戦いは彼女のためにも戦わなければならない、と判断しました」
「どういうこと?」
「彼女は妖忌さんの太刀筋を盗み自分の物にしています。ですがそれではオリジナリティがありません。
彼女本来の太刀筋を彼女自身が見出さなければおそらく彼女は今後伸びなくなるでしょう」
「なるほどね……で、それをあなたがやるわけか」
「妖忌さんがいれば彼がやればいいのですが、生憎何処にいるか分かりませんから。
これを丁度いい機会として、叩き込みます」
「それで、もし彼女が気付かなければ?」
「そのときはそのときです」
その笑顔に紫は『一体コイツは何を考えているんだろう』と思ったが、あえて何も言わないでおいた。
「あ、そうだ。紫さん、邪魔しないでくださいよ」
「しないわよ……といいたいけど、まるでそれだと私が何時も邪魔してるようじゃない?」
「いたずら……好きでしょう?」
「ええ、好きよ。そうね……報酬次第では……」
「言うと思いました。だから、はいこれ」
そういって美鈴は一本の酒を渡す。
「あら、これって茅台酒じゃない」
「この前切れたから欲しいって言ってたじゃないですか。とりあえず今日の宴会分です、残りはまた後日に」
「気が効くじゃない。……ま、どの道邪魔する気はないわよ。流石のこの私も『武人』の戦いを邪魔したりはしないわ」
「信用しますよ」
「はいはい。じゃあ先に行ってるからね」
「はい」
ばいばい、と手を振って紫は隙間の中に入っていった。
◆ ◆
「…り、……かり、……紫!」
「あっ」
萃香の声で思考を戻す。
「どうした? 酔いで意識がクラリといったか?」
「別になんでもないわよ」
慌てて2人の戦っている庭に眼をやる。大分時間がたち、徐々に妖夢が劣勢になってきていた。
(妖夢自身の成長……か。美鈴、あなたどうする気?)
友人のしでかす事に少し不安を覚えながらも、あくまでも傍観者として戦いに眼を向けた。
大分双方共に傷が増えてきた。2人とも服は裂け、血がにじんでいる。
全体的な傷の多さ、深さから言うとそれは妖夢の方が多いのだが、顔がこわばっているのは美鈴だった。
(計り間違えた。彼女は戦いの中で強くなっている)
美鈴は心の中で自身が紫に述べた見解が間違っている事に気付きはじめた。
妖夢は幼い頃から妖忌の剣筋を見て、その身で味わい、そして盗んできた。
それは何時しか自身の特殊能力の一つとなった。
(この子、私の戦い方まで吸収してる!)
似たような相手はこれまでに数多く相手してきたが、妖夢は飛びぬけていた。
恐るべき速さ、恐るべき順応性で吸収している。既に最初の妖夢ではなくなっていた。
あの幼さで妖忌が就いていた白玉楼の庭師を受け持っているだけの事はある。
(私は彼女の戦い方にはオリジナリティが無いと言った。でもそれは違った。
この戦い方こそがオリジナル。相手の技を見て、受けて、吸収する事により自身の技に昇華させる)
ただ単に相手の技を吸収して使えばそれは所詮コピーだ。
だが妖夢の場合、それを無意識にであろう……吸収したものを対抗するための技として昇華させる。
言ってしまえば美鈴が使っている技を吸収し、その正反対に成長、身につけて戦っているのだ。
(あの子は気付いてないんでしょうね……なるほど、妖忌さん、あなたはとんでもなく恐ろしい子を育てました)
既に彼女の戦い方は対美鈴用に育てられている。
流石に土台の剣筋は妖忌のコピーを応用しているだけなので対処法は幾らでもあるが、
美鈴は最早最初の戦い方をする事さえままならない。
(でもそれではまだ彼女が伸びる道を作る事は不可能だ。
あの子は死ぬ気で、殺す気で来ている。だけどまだあの子は気付いていない。重要な事に。
『武人』として彼女が殺す気で着ているのであればそれに応えねばならないし、
重要な事も教えないといけない。こうなったら……予定を繰り上げますかね)
そんな事を考えている間にも2振りの刀を持った妖夢は攻撃を仕掛けてくる。
それを弾き返すと、距離をとるためにあろうことか持っていた戟をブン投げた。
とはいえそれは当たるはずもなく妖夢は横に飛ぶことで避ける。
戟はそのまま奥にある塀にぶつかり、静止した。
その間にも美鈴は一気に後ろに下がり、2人の距離を10メートル以上に広げる。
「?」
その行動が分からず、念のため追撃しない妖夢。だが後にその判断を彼女は誤っていた事を悔いる。
美鈴は腰から短刀を抜き妖夢に向けると
「あなたは十分なほど強い。だから見せてあげる、本気の一歩手前よ。
上手く避けて、でないとこれは問答無用で切っちゃうから」
言うなり大振りに振った。そこから動く気配は全くない。
不信に思った妖夢だが、不意に頭の中を『避けろ』という信号が駆け巡る。
慌ててそこから横に飛びのく。別段何も変化はない。
一体なんだったのだ? と思った矢先だった。
パクッ
突如彼女の左肩の皮膚が裂けると鮮血が噴出す。
「!?」
鋭利な刃物どころの話ではない、とんでもなく鋭い物で切られた。
痛みどころか切られたという感触までなかったというのに……。
「上手く避けたわね。でも、そう何度も続かない」
今度はたて続けに3度振った。本能で危険だと察知し、その場から全力で避ける。
すると先ほどまでいた場所を歪み、そう、本当に良く見なければ分からないほど小さな歪みが通った。
その歪みはそのまま直進し、一つは地面にぶつかり土を切り、
もう一つは石畳にぶつかり石だというのにそれを真っ二つに切り裂き、
最後の一つは塀にぶつかり一直線の筋を残した。
それらの筋は全て美鈴が振った短刀の奇跡に合致した。
(少なくとも弾幕じゃない。美鈴さんはあんな弾幕は持っていない。
第1弾幕だったら見えるはずだ。スペルカード? いや、宣言もしていない)
よく考えろ、と妖夢は自身に言い聞かせる。種のない仕掛けなど咲夜だけで十分だ。
美鈴はそういったトリックには疎い。絶対に何か裏がある。
美鈴は全く動かずに短刀を振って行く。そしてそこからは何かが発射され、切って行く。
ちなみに推理している間にも彼女の攻撃は続いて行く。
それを紙一重で避けながら考えている辺りさすがというところだろうか。
(分かってる事はあの歪みが通った後は風が起きるという事。そして眼に見えない。
そして美鈴さんの能力は『気を操る程度』の物……まさか!!)
その考えからある一つの結論に辿り着く。
「気付いた?」
「まさか……『空気』を操って?」
「当たり。あら、当て字だからというわけではないわよ? 『気』はね、大気さえもコントロールする力があるの。
だって『気』は大気に発散されるんだもの、上手くブレンドされた『気』が混じった『空気』なら制御できる」
「……今の攻撃は……その空気を固めて、放ったんですね?」
「ええ。ほら、いわゆる真空斬と同じ要領ね。いや、かまいたちの方が近いかしら?
まっ、アレは真空を作るほどの速さがいるけど、こっちはただ振ればいいんだからリスクは低いわ。
ちなみに名前をつけるとすれば『気斬』」
「『気斬』……」
この技は傷の治りを遅くさせる作用があるようだ。どうやら『気』がブレンドされているためらしい。
「言っておくけど、これはあくまで幻想郷に来た後に身につけた技。
そして、妖忌さん相手にもここまでしかしていない」
「御爺様が?」
「そうよ。もしあなたが妖忌さんを目指し、超えたいと願うのであれば、この技は破らなければならない。
そしてもし破れなければ、あなたは妖忌さんの代品として成り下がる」
「…………」
「あなたの戦い方は凄いわ。相手の技を吸収し対抗する術を身につけるその戦い方は正にあなただけが持つ能力。
でも大元となるのはやはり妖忌さんの技よ。大元をたどればそれらを応用して戦っているに過ぎない」
「私が……代品」
「孫として…そろそろ脱皮しなさいな。あなたはまだまだ強くなる。妖忌様も、もしかしたら私をも抜く存在になる」
「私が……御爺様を抜く」
「超える事を目指し、『武人』として高みに望むのであれば是非とも私は倒さなくてはならない。
少なくとも、この技だけは」
「…………」
そう、確かに妖夢は心のどこかで悩んでいた。中々成長しない自分に憤りを感じていた。
美鈴の言葉で気付く。確かに自身は妖忌の技を土台に戦っている。
だがそれだと妖忌のコピーと同じだ。成長はしなくなる。
美鈴の言葉が気付かせてくれた。『武人』として、孫として…子である事を卒業せねば次のステップに進めない。
「次のステップに進む……その為にはその技を」
「ええ。少なくともこの技を抜けば、あなたは一部分で妖忌さんを抜く事になる。
私は誓約の場合ここまでしか……本気の一歩手前までしかしてはいけない事になっている」
妖夢は思い出した。妖忌のあの腕を。鋭利な物で切れたあの腕を。
それがこの技……。
「この技を破ればあなたは少なくとも対私戦で妖忌さんが昇れなかった領域へと上れる。
そして……あなたは見れるはず。私の、幻想郷に来るまでの私の戦い方を」
「美鈴さんの……戦い方?」
「そう。私の今までの戦い方はあくまでも幻想郷に来てから身につけたもの。暇だったからね、簡単に身についた。
本気を出して良いと言われてもやはり、心の中で外の世界で身につけた技を出す事は避けていた」
「それはどうして?」
「人間をやめ、吸血鬼となった後…私は余り誇れない生き方をしてきた。
無論そこで手に入れた武術や技はある。でも外道の如く手に入れた技は使えない。でもね」
大きく息を吸う美鈴。『気』をあそこまで操るのは流石に疲れるのだろう、汗がにじみ出ていた。
「あなたになら使ってもいいかもしれない。
私の…1000年以上生き、手に入れた技の全てを見せても良いと思ってる」
「美鈴さん……」
「あなたは私に本気で戦って欲しい、といった。ならばまずはその本気の領域まで上がってきなさい。
私の本気、それ即ち『武人』紅として生き『白昼の吸血鬼』紅美鈴として生きてきたその全てを結集したのが私の本気よ。
その私と戦いたいのならば……破りなさい」
短刀を上段に構える。
「…………」
それに呼応するかのように妖夢も刀を持つ手に力を込める。
この会話の間にもある程度この技を攻略する算段は出来た。
「行きます」
「来なさい」
2人同時に動く。大分眼も慣れたのか横に飛ぶ。今いた地点を『気斬』が抜ける。
そしてあろう事か彼女は全く違う場所に走っていった。美鈴は不審に思ったがそのまま攻撃を続ける。
妖夢はどうやら石畳の上に向かって走っているようだった。
石畳の細い隙間の間に刀をブッ刺すと梃子(てこ)の原理を利用し、石畳を一枚地面から持ち上げる。
そしてそれをハシッと掴むと美鈴に向かって投げた。
「なるほど……」
下手に近距離から攻撃するよりかは遠距離から狙った方が得策だったのだろうと美鈴は判断する。
流石に一片2メーター半の正方形の石畳を受け止める気にはなれず、上に跳んで避ける。
石畳は美鈴のいた地点にぶつかると砕け散った。
安心したのもつかの間、今度はもう一枚石畳が彼女を襲う。
空中にいるし、尚且つ石畳はかなり接近していたため更に飛んで避ける事は出来ない。
チッ、と彼女は舌を打つと短刀を振り、『気斬』で石畳を一刀両断した。
そして……その中からでてきた、石畳を死角にして妖夢が飛び出してきた。
「やああああああ!!!」
だが美鈴はまだ体勢を崩しているわけではない。斬りかかっている妖夢を蹴りでとめる。
それはわき腹にモロに入り、妖夢はむせるがその足を抱え、そして短刀を持っている手も掴んだ。
その顔はニヤリ、してやったりと笑っていた。
「!?」
一瞬その笑いの意味が分からなかったが、直ぐに察した。この妖夢からは違和感を感じる。
「もらったぁぁぁぁ!!」
「半身っ!?」
そう、その掴んでいる妖夢の後ろからもう1人妖夢が現れた。
そして彼女の手にはスペルカードが握られている。彼女は高らかに叫んだ。
「人鬼『未来永劫斬』!!」
神速で行われる全方向からの攻撃。一撃目が美鈴に当たる。背中を切られた。
何とか逃れようとするが、彼女を掴んでいる妖夢の半身がそうはさせまいと力を込めた。
「うおおおおおおおおお!!」
そして勢いに乗った妖夢は更に追い討ちをかける。半身は何としても美鈴を逃したくないのか
決して放さない。そのためその半身にもダメージはいっていた。
最後の一撃が入り、美鈴は地面に落とされる。半身もようやく手を放した。
地面に叩きつけられた美鈴はその際起こった土煙でよく見えない。
数秒後着地した妖夢は半身と合体する。囮となったのはどうやら今まで戦っていたほうの体らしく、
未来永劫斬のダメージが残っていた。楼観剣を地面につきたてそれに寄りかかるように肩で呼吸をする。
土煙に隠れているため美鈴は見えないが、技の全てが入ったと彼女は確信している。
全ては作戦だった。最初の石畳を投げたのは彼女を上空に上げるため。
そしてそのまま逃がさないように直ぐに2枚目を投げ、同時に半身を石畳で隠れるようにして美鈴に向かわせる。
後は見ての通り、その半身がおとりになって彼女を抑えている好きにスペルカードを発動。
肉体技だし、カードは禁止されていないから文句は言われないはずだ。
だがその分リスクも大きかった。未来永劫斬は美鈴だけでなく彼女自身も傷つけていた。
仕方ない、少しでも気を緩めれば美鈴は逃げていたかもしれないのだ。
だから今の妖夢は実のところ立っているのも辛い状況になっていた。
そして対する美鈴はというと……。
土煙が晴れたその場所に彼女は立っていた。切られた場所が生々しく残っており、
服は裂け、血は流れ紅で染まっている。短刀も折れていた。
「やられたわ。まさか半身を囮に使うなんてね」
だというのに彼女は笑っていた。心の底から楽しんでいるかのようだ。
「あなたを倒すにはこうするしかないと思いましたから」
ゆっくりと美鈴は歩いて行くと妖夢の前で立ち止まる。
「でもここまでね。満身創痍じゃない、あなた」
「ええ……ですが、まだ刀を振る力は残ってます」
「そう……それはよかった。おめでとう、『気斬』を破ったのはあなたが初めてよ妖夢。
だから見せてあげる。私の本気」
ブワッと美鈴を纏っている『気』が膨れ上がる。
(くそう…動け、私の体。ようやく念願の、念願の領域に辿り着いたんだぞ!)
妖夢は必死に自身に言い聞かせ、刀を地面から抜く。
「……あなたの体を見る限り、後全力で放てるのは後一回」
そんな彼女を見て美鈴は言う。
「だから、その一回に全てを込めなさい。私もこの技に思いの丈を込める」
「…………」
徒手空拳のまま彼女は深く構える。
「武器は……使わないんですか?」
「元々私の武器はこの拳と脚よ」
「そうですか……では、この一撃に全てをかけます」
妖夢もまた、楼観剣に全ての力を込める。
力を込められ強化された楼観剣からは彼女の持つ妖気が具現化されにじみ出ていた。
ジリッ ジリッ
お互いに最速で攻撃を仕掛けるタイミングを計る。
そして
「断迷剣『迷津慈航斬』!!」
「三華『崩山彩極砲』!!」
お互いの渾身の一撃を込めた技がぶつかった。
◆ ◆
アレは……そう、爆発音にも似た音だな。今までの音よりも重い音だった。
と後に霧雨魔理沙は語る。
誰もが勝負あり、と思った。そしてその一撃で巻き上がった土煙が早く晴れないか待ち望んだ。
立っていた方が勝者だ、それは誰しもが直感で分かっていた。
煙が徐々に晴れ、予想通り一方は立ち、もう一方は倒れている。
どっちだ……皆がゴクリと息を呑む。
煙が晴れた。立っていたのは……美鈴だった。
だがその身体は滅茶苦茶だった。服は今まで以上に切り裂け、
胸には右斜め上から袈裟懸けに切られた大きな傷が出来ていた。
そして何よりも今の彼女には左手が消失していた。
「!? 妖夢!!」
ということは倒れているのは妖夢だ。幽々子は慌てて彼女に駆け寄る。
妖夢もまた酷い状態だった。特に左腕と右肩はグチャグチャになっていた。
だが息はまだしている。かろうじて生きていた。
「永琳!」
「分かってるわよ」
医療キットを持ってきた永琳は手早く治療を始める。
霊夢たちもその様子を見にやってきた。
そんな中美鈴はフラフラになりながらその場から離れていった。
向かうは神社の一角にある雨を溜めておいてある壷。
柄杓で溜まった溜まった雨水を掬うとグイッと一気に飲んだ。喉が渇いていたのだ。
そして力が抜けたのか、神社の壁にもたれ、ズズズッと座り込んだ。
「美鈴」
そんな彼女に主人レミリアの声がかかる。脇には医療箱を持った咲夜が立っていた。
「大分やられたわね」
「……ええ、まぁ」
「大丈夫? 咲夜」
「止血は出来ますが、やはり永琳に頼まなければ十分な治療は出来ないでしょう」
「そうね、吸血鬼とはいえ限界はあるし……ちょっと美鈴、私の事分かる?」
「…はい、大丈夫です」
立ち上がろうとするが立ち上がれない。それほどまでにダメージは大きかった。
「無理しては駄目よ。ジッとしていなさい」
「あっ…お嬢様、駄目ですよ。服が…汚れてしまいます」
「何言ってるの。門番がここまで頑張ったんだから…主人として少しはねぎらわないと」
咲夜と2人して応急処置をする。慣れた手つきの咲夜と違い、レミリアの手つきは危なっかしい。
だが心配してくれている辺り嬉しかった。
「お嬢様……彼女、強かったですよ」
「そうね、あなたの望みどおりまた彼女は強くなった。あなたは彼女の要求に応えた。
だから今は休みなさい」
「は…い……すみません、寝させてもらいます」
目を瞑ると次第に静かに寝息が聞こえ始めた。
「全く…ここまで無理して、咲夜」
「はい」
2人でゆっくりと彼女の体を寝かせると微笑んだ。
「お疲れ様、美鈴」
◆ ◆
永琳の迅速な治療により妖夢は一命を取り留めた。それでも左手と右肩、そして実は折れていた左足は重症で
暫く歩けなく満足にご飯も食べられない状態だった。
また肋骨も何本か折れており内臓まで傷つけられて、本当に危ない状態だったのだという。
特に幽々子の心配用は計り知れなかった。何かあれば一目散に彼女の元に向かった。
些細な事でも逃さず妖夢の世話を焼いていた。ある時妖夢が無理して動いたためその激痛で呻いたとき、
余りの慌てように『えーりんえーりん助けてえーりん!!』等と叫び
何処からともなく永琳を呼び出したのは全くの余談だ。
はっきり言ってその時は物凄く恥ずかしかったがそれほどまでに幽々子が心配してくれた事が嬉しかった。
そして意識が戻ったとき、一目散に自身の所に来た幽々子の目が涙ではれていたのには罪悪感を覚えた。
見れば彼女の手には包帯が巻かれていた。永琳の話では発熱した妖夢を
冷たい水に浸したタオルを何度も絞り、看病を続けてきた結果皸(あかぎれ)がおこったのだという。
幽霊がそんな傷を負うのかどうかはさておき、その時は悔いた。
でも幽々子は『生きていてくれればそれでいい』と何も言わなかった。
一週間もたち、永琳特製の薬の効果で左手と左足は動くようになった彼女は酒を片手にある場所へと向かっていた。
勿論幽々子も一緒である。そこは紅魔館。美鈴に会いに行くためである。
幽々子から無事だと聞いていたがやはり気になった。
門番には彼女ではなく、メイドが張り付いており、最初は警戒されたが事情を話すとすんなり通してくれた。
どうやら妖夢が来る事は予想されていたことらしい。
勤務所の二階への階段を上り、扉の前に立つと、一度深呼吸しノックした。
◆ ◆
さて、妖夢が訪れる時間から少し戻り紅魔館門番隊勤務所2階、美鈴の部屋。
彼女は暇をもてあましていた。吸血鬼なのである程度の怪我なら通常の何倍かの速度で治るのだ。
だがメイド長と主人の意向により1ヶ月の休養を命令された。
はっきりいってやる事がないため非常に暇だった。
彼女は彼女であの後大変だった。やせ我慢していたのか、傷はかなり酷かった。
特に最後に妖夢に切られた場所と失った腕を治すのには一苦労した。
体には包帯が巻かれ、左腕は新しく生えたのだろう、
それでも完治には到らないのか生え際から包帯でぐるぐる巻きにされていた。
暇なので外に出たい気分にも駆られたが、どうやら最初の一・二週間は外にも出してもらえないらしい。
ナイフを刺されなかったとはいえ、般若の表情をのぞかせたメイド長が止めたのだった。
そのため今彼女は別段することもなく、部屋でボーっとしていた。
そんな彼女に思わぬ客が来訪する。
「は~い美鈴、暇そうだから来てやったわ」
「暇なのは否定しませんけど、自分が暇だったから来たんでしょう?
それに前にも言いましたけどきちんと玄関から入ってきてください」
「まぁまぁそんなつれないこと言わないで。あなたと私の仲じゃない」
来訪者は紫だった。隙間から姿をのぞかせると
「ほら、お土産もあるし」
そういって里で手に入れたのだろう饅頭の入った袋を見せた。
「はぁ……じゃあちょっと待っていてください。お茶入れますから」
「いいわよ、あなたまだ怪我してるんだから。けが人はおとなしく座ってる」
勝手しったる他人の家の如くヤカンを取り出し水を入れると紫はそれを火にかける。
その動きはまるで迷いがなく早い。どうやら頻繁にここに来ているようだ。
「博麗神社はどうしたんです? あなた何時もあそこに行ってたでしょう?」
「ちょっと今はね。神社滅茶苦茶にしたから霊夢かんかんでさ、いけないのよ」
「あー……確かに」
庭も石畳も塀もボロボロにしたのだ、万年金欠女からしてみればその修理をどうすればいいのか分からない。
しかも勝手に自身の家で戦いをされたのだからその怒りはとんでもない物だった。
「傷が治ったら、責任もって直さないといけませんね」
「そうね。じゃないとあなたたち永久に宴会出席停止になるわよ?」
「ははは……まぁ私は一回も宴会には参加した事ないですけど」
「そういえばそうね……どうして?」
少し言葉を選んだ後、美鈴は答えようとするが、それよりも先にもう一人の来訪者が現れた。
「あら、これはまた珍しい客ね」
レミリアだった。日傘片手に言う。ちなみに外は夕暮れ。確かに彼女の起きる時間帯といえる。
「お邪魔してるわ、ってあなたに言う事じゃないわよね」
「あら、この部屋も私が提供しているような物だけど?」
「そう、なら改めまして…お邪魔してるわ」
「どうぞお構いなく。ああ美鈴、あなたは座ってなさい。ワザワザ対応しなくていいから」
紫との会話の間にレミリアの座布団なり何なり用意しようとした彼女を止め、自分で用意する。
ちなみに美鈴の部屋は和室だったりする。
「ほら、お茶」
「あらありがとう」
座布団に座ると紫がスッと茶を差し出す。
当の美鈴はこういった光景はよく見ているのであえて無視した。
「それで、お2人ともどのようなご用件で?」
「あら? 門番の見舞いよ」
「私は暇だったから」
さもあらん、と2人は答える。だが美鈴はだませなかった。
「あのですね、私が一体何年あなた方のお相手をしてきたと思ってるんですか」
「やれやれ……バレちゃったわね紫」
「ええ、じゃあ本題に入りましょうか。率直に聞くわよ、どう? 戦いを終えての感想は」
「それを聞くためにわざわざ?」
「あら、重要な事よ。とくに妖夢の今後を考えるとね」
紫は白玉楼にもよく行く。そのため妖夢を幼い頃から遠巻きに眺めてきた。
だから気になるのだろう、彼女の今後が。
「少なくとも、道は開けましたと思いますよ。彼女は更に強くなるでしょうね」
「そ……じゃああなたは?」
「私ですか?」
「そうよ。あなたも『武人』、なら目指す高みがあるのでしょう?」
「そうですね……何か、垣間見れたような気がします。もしかしたら私もまた、強くなるかもしれません」
一度は進むのを止めた『武人』としての道。
妖夢の存在がその道をまた彼女の前に照らし出したのは言うまでもなかった。
「でも美鈴、余りこういった事をしょっちゅうやるのはやめてね。心臓が止まるわ」
「そうね…友人としてもあまり気持ちのいいものじゃないし」
「はい、お嬢様」
それから暫く3人で雑談が始まる。戦いのこと、その後のこと。
それはまるで主人と従者という垣根を越え、3人が友人であるかの様な光景だった。
そんな中、最後の来訪者がやってきた。
コンコン
扉を叩く音がする。
「来たようですね……」
気配から誰なのかわかった美鈴に一瞥くれると紫は応対に向かう。
扉を開けると
「ゆ、紫様!!」
「紫!?」
という聞きなれた2人の声と
「なによう、私がいちゃいけないってわけ?」
その驚きように機嫌を悪くした紫。少し押し問答した後2人、妖夢と幽々子は部屋の中に入ってきた。
円いちゃぶ台に5人が座る。
「何か壮絶な光景ね」
「新鮮だわ」
驚きで感心しているレミリア、紫と、
「……どうするの妖夢」
「それは…その……」
2人して居心地悪そうな妖夢と幽々子。だから美鈴が先に話を始めた。
「幽々子さん」
「はい?」
「あの……すみませんでした」
そう言うといきなり頭を下げた。
「え? あ、その……どうしたの、いきなり突然」
「あの後紫さんから聞きました。あなたのこと、妖夢さんや妖忌さんのこと。
心配したのでしょう? 彼女の事」
「あ……いいのよ。『武人』として彼女は戦ったんだから。止めたら彼女を否定する事になる。
だから私は受け入れた。あなたと、妖夢が戦うことを」
「そうですね。ですが心配させた事は事実です。あなたにとって大事な妖夢さんを傷つけた、それを忘れてはなりません。
ですから謝らせてもらいます。すみませんでした」
「あ……」
幽々子には美鈴の言いたいことがわかった。どうやら彼女は幽々子の腹のうちを読んでいたようだ。
家族として、大事な人材である妖夢を幽々子は失うかもしれなかったのだ。
結果今は生きているが、運が悪ければ死んでいたかもしれない。
戦いを吹っ掛けて来たのは確かに妖夢だが受け入れたのは自分だ。だから謝らなければならなかった。
「い、いえ! 謝罪するというのであればそれはこちらだって同じことです。
レミリアさん、この度は本当にご迷惑をおかけしました!」
ガバッと頭を下げる妖夢。
その話の矛先がレミリアに向けられたため、レミリアは流石に慌てた。
「あ、ああ……良いのよ。今回の戦い、許可したのはお父様だし。それ以前に受け入れたのは美鈴なんだし」
「ですが……」
「それにあなたは納得の行く戦いが出来たんでしょう? 『武人』として」
その問いに妖夢は暫く考えた後、頷く。
「まだまだ御爺様は超えられませんけど…少なくとも、先は見えました。
美鈴さんが見せてくれました。『武人』として、魂魄妖夢としての道、そして高みが垣間見れたような気がします。
先日の手合わせは私にとって物凄く有意義な物でした」
「そう。ならいいじゃない、それで。
もしその戦いで何も得られなかったらそれこそ謝ってもらうけど、そのお陰であなたは手に入れられたんでしょう?
進むべき『武人』の道を。だったらそれでいいわ。ねえ、幽々子」
「……そうね。後は今度から無事に帰ってきてくれれば尚更…ね」
「幽々子様……レミリアさん」
湿った空気が部屋の中に漂う。それを払拭するかのように紫が聞いた。
「ところで妖夢。それはなにかしら?」
そういって指差すのは妖夢の脇に置かれている紙袋。
「あ…これはお見舞いの品です」
紙袋から取り出されたのは一升瓶。
「何でも体にも良いお酒だそうで……良かったらどうぞ」
そう言って美鈴に手渡す。美鈴は大事そうにそれを見ると……
「私だけ飲むのはもったいない品ですね……皆で飲みましょう」
言うなり何処から取り出したのかグラスを人数分ちゃぶ台に乗せた。
「良いの? 美鈴」
「ええ。1人だとさびしいですから。よろしいですよね? 妖夢さん、幽々子さん」
「良いというのであれば、私も頂くわ」
「あの…その、私は…」
レミリア、幽々子は頷き、妖夢はバツが悪そうに言葉を並べる。
「どうしました? 妖夢さん」
「ああ…この子お酒余り得意じゃないのよ」
「でも一杯くらいなら大丈夫でしょ? ねえ妖夢」
「あ…はい。じゃあ、お願いします」
「はい」
そう言って3人のグラスにトクトクと酒を注いで行く。
そして紫の前に置かれているグラスにも酒を注いだとき、彼女は聞いた。
「良いの? 私なんかが飲んでも。あまり今回の件には関与してないんだけど」
それに対し他の面々は言う。
「いいんですよ、紫さんには普段色々としてもらってますし」
「それに1人だけ仲間はずれって言うのも悪いでしょうが」
「私たちも異論はないわ。ねぇ…妖夢」
「はい、幽々子様」
「そう……ありがとう」
最後に美鈴は自分のグラスに酒を注ぐ。
全員がグラスを持ち、代表で幽々子が言う。
「コホン、じゃあ妖夢の『武人』としての新たな道が開けた事を祝って」
「「「「「乾杯」」」」」
カン、とちゃぶ台の丁度中央で鳴らした後それぞれ口に運ぶ。。
4人はわいわいやっている中、妖夢はチビリ、とその酒を飲んだ。
その酒の味はやっぱり何処か苦手で……でも今まで飲んだ物よりも断然美味しかった。
終わり
ちょっと誤字が多いのが残念
美鈴は昼行灯という言葉がぴったりだと思うんだ。
大変勝手ですが、次回からもこのシリーズをがんばって書いてくださることを期待します。
↓の方もおっしゃってますが、自分も貴方の次回作を期待します。
>すると彼の顔は休息にこわばり(誤字
>『武人』として彼女が殺す気で着ている(誤字
>妖忌様も、もしかしたら私をも抜く存在になる(ここだけ敬称が?
あと萃香の口調に違和感が。
では、次も楽しみにしております。
美鈴かっこいいよ美鈴。
妖夢も強いと思ったけど、やっぱり美鈴が強かった!!
美鈴最高!!!!
次も頑張ってください。
めぐり合えた事に嬉しく存じます。
実際に崩山彩極砲と迷津慈航斬がぶつかりあったらどうなるでしょうね。
萃夢想なら美鈴完敗ですが(笑)
何というか、自然な流れで話が流れている事が一番凄いです。
神社を決闘の場所に選んだ事以外は(苦笑)
( ゚∀゚)彡 美鈴!美鈴!
⊂彡