※注意 この話は同作品上にある『門番誕生秘話』の続編です。
太陽も沈み、夜を生きる妖怪たちにとっての活動時間となった頃。
ここ紅魔館も動き出す時間帯になった。それは勿論この館の主、レミリア・スカーレットが起きるからである。
そんな深夜の時間帯、ここ図書館の一角にパチュリーと客である魔理沙が居た。
「大分傷も治ったわね」
上半身裸になり魔理沙はパチュリーに背中を見せていた。その背中には到る所にガーゼと包帯が巻かれている。
「さすがはパチュリー。しっかし、ここまで治るのにこんなに時間が掛かるとはなぁ」
治癒魔法をかけ終ったため、服を着ると礼を言う。
「仕方ないでしょう? 超高濃度の『気』を混ぜ合わせた直接打撃による負傷なんて
私にとっても余り例を見ないものなんだから」
魔理沙も魔法使い、多少の魔力になら抵抗力も持っているわけで……。
普段ならば自身の魔法によりある程度の治療は出来る。だが今回の傷は少し事情が異なるため、
こうして図書館に住み込んでパチュリーにも治療を頼んでいた。
パチュリーとしても友人の頼みを断るほど酷い妖怪でもないし、更に言ってしまえばあの魔理沙が
礼として本を返すといったのだから断るはずが無かった。いや、どこか間違ってるところがあるような気がするが。
「しっかし、まさかあの門番がここまで強いとは思わなかったぞ?」
今回の傷は『弾幕ごっこ』でついた傷とは少し違う。
3日前の『気を操る程度の能力』を有する美鈴と人間の魔法使いである魔理沙という2人が
おそらく初めてであろう『弾幕ごっこ』以上の戦いを行った際できた傷である。
「確かに。まさかあなたがたった5分で落とされるとは思わなかったわ」
「本気の門番があそこまでの力を持ってるなんて流石に驚いた」
ちなみに美鈴が本気を出したのは撃墜する最後の一撃のみである。
それまでは流石に本気を出すのは拙いだろうと、何時も以上に多く体術を込めた弾幕戦を展開した。
まぁそれでも、何時も瞬殺されている彼女と比較すれば相当凄かったのだが。
とりあえずそんなこんなで戦闘が続いていたとき、突然レミリアから美鈴に通信が入ったのだ。
どうやら自分たちが戦ってるのを知ったらしい。事情を簡潔に説明すると、
そのレミリア本人から『たまには本気出してみなさいな』と許可がでたため喜んで行った。
結果そんな彼女の馬鹿げた実力に魔理沙はあっけなく敗北したというわけである。
「なんつーか、スターダストレヴァリエを一蹴されたのには私のプライドも傷ついた」
「そうなの? そういえばマスタースパークも放たなかったわね」
「放てなかったんだよ。やる暇が無かった。通常の3倍以上のスピードとは……恐るべし中国」
「なるほどね」
服を気終わり立ち上がった魔理沙に言う。
「とりあえず今日も泊まりなさいな、もう夜も遅いし。勿論約束の本はきちんと返してもらうわよ?」
「わかってるよ。明日には返すって」
この会話、実は今日だけでも100回以上繰り返されたものである。
そのため魔理沙はため息交じりに答えた。それほどまでにパチュリーの本に対する執着は凄いのである。
「ところでレミリアは何処いったんだよ。いつもならとっくに起きている時間帯だろ?」
図書館を眺める魔理沙は言う。レミリアはやはり貴族という建前もあってか、
侵入者であろうと客であろうと館の中に入ってきた者には必ず一度は姿をみせる。
だがある意味鴨の親子的な存在として周りから見られているレミリア・咲夜セットのうち、
今日はレミリアを見かけない。咲夜はある程度レミリアの世話をした後、ここ図書館に掃除に来ていた。
「お嬢様なら今日は1人にしてほしいって言ってたわ」
そんな魔理沙に聞こえていたのか小悪魔と共にはたきを掛けていた咲夜が言った。
◆ ◆
さて所変わってそんな紅魔館の入り口とも言うべき門では
1人の女性が無事今日の仕事を終え安堵のため息をついていた。
「お仕事終わり~♪ 良かった良かった」
紅美鈴である。ここ3日は侵入者も無く至って平和な日であった。
まぁその侵入者の8割を魔理沙が占めているのは言うまでも無い事だが。
見れば館のほうから同じ門番隊の部下たちがやってきた。シフトでは今日の夜勤の者たちである。
彼らに任を預けると、ずっと立っていたため固まっていた体中の骨を鳴らしながら自室に戻る。
理由は勿論明日のために寝るからだ。妖怪とはいえ不眠不休はかなり厳しい。
彼女の場合元が人間なのだからなおさらだった。
だからこうしてシフトから外れている時間帯は大半が寝るか、どこかでゴロゴロしているのである。
手早く風呂に入り、自室に戻った彼女を待っていたのは意外な人物だった。
なお、門番隊と紅魔館内で働いているメイドたちとの宿舎は一緒なのだが、
美鈴だけはここ、門番隊勤務所の2階を自室に改造して住んでいる。
有事の際に門番隊一の強さを持つ彼女が直ぐにでられるように、という目的らしい。
「お邪魔してるわよ美鈴」
「…………」
で、そんな一介の従者の部屋にはまずくるはずの無い人物に美鈴は完全に石化していた。
「どうしたのあなた、ポケーッとして」
「お、お、お嬢様ぁぁぁぁぁ!?」
レミリアである。石化が解けるのと同時に美鈴は叫んだ。
だがそれも仕方ない。何せ相手はゴ~イングマイウェイを地で行くレミリアだ。早い話がわがまま。
自分が行くくらいならば、美鈴を呼び出すはずである。だが現実に自室に主人がいるわけだから、驚いた。
未だにあたふたしている彼女にレミリアのチョップが入る。
結構本気でやったのだろうか。ドゴンというありえない音が発せられる。
「なにをいきなり叫んでるの? 主人が来てるんだから紅茶の用意をするなり何なりなさいな。
咲夜ならもう出来てるわよ?」
「は、はい。ただいま!!」
だというのに無傷の美鈴は慌ててキッチンに紅茶を入れに出て行った。
途中何かに躓いたのかドンガラガッシャンという音と悲鳴が聞こえてきたが、レミリアは無視する。
むしろチョップした手がジンジン痛かったのを我慢している事に専念していた。恐るべき石頭。
数分後、紅茶の入ったポットと2つのカップを持って帰ってきた彼女は手早く用意した。
その速さは咲夜程ではないが、紅魔館内ではかなり早いほうだ。
「そういえば……あなたの紅茶を飲むのも久しぶりね」
「そうですか?」
何とか心を落ち着けた美鈴は2人一緒に紅茶を飲みながら言う。
「ええ、特にここに来てからはね。メイド長が基本的に私の世話だったし、今では咲夜が居るから」
「そう言われてみれば、そうですね。そもそもお嬢様がここに来たのも数えるくらいしかありませんよ」
「そうね……」
昔を思い出したのか遠い眼をしながら紅茶を眺めた。
そこに本題を聞こうと美鈴は口を開く。
「それで、一体どうしたんですか?」
「ああ、そうそう。実はね…あなたにこれの相手をして貰おうと思って来たのよ」
そういって彼女が何処からか取り出したのは将棋盤と駒だった。
「将棋ですか? それなら私よりもパチュリー様の方が……」
「パチェは魔理沙の治療よ。忘れたの?」
「あ……そういえば」
3日前の勝負の後、重症だった魔理沙を自分が医務室に連れて行った事を思い出す。
対する美鈴はそれほど大きな傷はなかった。
普段以上の力を行使する事を許されれば彼女とてこのくらいは楽に行けるのである。
また『気』を使って自己治癒し、尚且つ持ち前の復活力も併せ持ったのか今ではピンピンしていた。
「なら分かりました。不肖この美鈴、喜んでお相手いたします」
駒を並べ終えた後互いに礼をし、美鈴は一手、歩を動かした。
「詰みですね、お嬢様」
「………また負けたわ」
計5回目の対局もまた美鈴が勝ち、レミリアは頭をうな垂れる。
「チェスなら負ける気しないんだけどね」
「チェスも将棋も似たようなものです。それにまだお嬢様は初心者なのですから負けて当たり前ですよ。
敗因はそれぞれの駒の使い方をまだ熟知していないことです。特に歩の使い方がまだ甘いです。
歩を笑うものは歩に泣く。将棋は歩で始まり歩で終わるようなものです」
「けど歩だってある意味捨石に過ぎないじゃない? それに二歩って言う面倒なルールもあるんだし」
「はい。ですが時と場合、局面によっては歩は王を追い詰める最高の駒ともなります」
「ふーん」
次の対局よ、とレミリアは駒を並び始めた。負けたままでは悔しいのは誰だって同じこと。
特にレミリアはそれが激しい。勝つまでは決してやめないだろう。
それを良く分かっている美鈴は貴重な睡眠時間を削って彼女に付き合っていた。
「ねえ美鈴、覚えてる? 昔授業で私にチェスの相手をしたときのこと」
「昔ですか?」
「そうよ。まだ幻想郷に来る前のこと。あなた私に今と似たような事言ったじゃない」
「そういえば……そうでしたね」
盤上に駒を配置して行く。
「お嬢様の欠点は飛車角、金銀を多用しすぎです。
確かにこの駒らは便利ですが奪われてしまえばそれ相応のリスクを生みます」
「確かに。さっきの対局だってあなたに金銀取られて負けたようなものだからね」
「はい。ですが1週間前まで将棋の『し』の字も知らなかったお方にしてはかなり上達しました。
飲み込みが非常に早いです。このまま頑張れば霊夢さんたちも抜けるでしょう」
「ありがとう。じゃあ、もう一局お願いするわ」
「はい」
何杯目か分からないカップに入った紅茶の匂いが部屋の中に充満する中、
パチン、パチンと駒の音だけがなって行く。
(……確かに歩は奥が深い。ましてや他の駒と組み合わせる事で更に効力があがるわね)
一手一手打ちながらレミリアは気付く。そして美鈴を見た。
その表情は幻想郷に来る前、自身の生家で門番をしていた頃のものだった。
まだどこか一片退いていて、それでいて物事を全体的に捉えようとするもの。
普段の彼女からは決してみる事が出来ないものである。
(彼女も将棋は最近覚えたのよね。私としたらやっぱチェスの方がやりやすいわ)
その最近というのが人間にとって一体何年前かは知らないが、それを考えると彼女はかなり強い。
そこで思い出す。美鈴は人間だった頃、知略に求んでいた。今とはかけ離れているが。
(もしかしたら…この姿が本当の美鈴なのかしら)
普段人懐っこく、太陽のように明るい表情を持つ彼女ではなく、
どこか人を遠ざけるようにして、どこか冷めている心で生きている彼女が本当の彼女なのではないか……。
(そういえば……美鈴と出会ったのも今日のような満月の夜だったわね。チェスのときも満月だったし。
全く、さっきの注意といい、あの時とまるで変わってないんだから)
美鈴が次の一手を考えている間、窓の外を眺めながらレミリアは思い出す。
そう、あの時も今日のようなどこか寂しい満月の夜だった。
◆ ◆
レミリアが最初に美鈴を見かけたのは偶然の出来事だった。
基本、幼いレミリアはその吸血鬼という特徴ゆえ外に出してもらえなかった。
間違って日の照っているときに出て消滅したらとんでもない事になるからだった。
その日深夜になったころ、余りの退屈さに部屋を出た彼女は廊下を歩いていた。
「はぁ……暇ねぇ…、フランもお父様と一緒にどっか行っちゃったし、何で私だけ」
このときのレミリアはまだフランの危険性を認識していない。
「お外に出たいなぁ」
この壁一枚隔てた向こうには広大な世界が広がっている。いつかはそんな世界に飛び立って行きたかった。
とはいえそんな事を勝手にしては後でとんでもない罰が来る。お尻ペンペンは痛いのだ。
「どうしようかなぁ…とりあえずベランダにでも行こうかな」
北の方向、丁度建物で日の光がさえぎられる場所に小さなベランダがある。
ここからのみ外の世界を見ることが出来た。別段やる事もないので彼女はベランダに向かう。
思えばこれこそが運命だったのだといえよう。
「あれ?」
ベランダには既に先客が居た。中央にあるテーブルと椅子、その椅子に座り、ジッ……と遠くを眺めている女性。
髪の毛はスカーレットと同じ意味を持つ紅い色。
衣装は父親が言っていた……確か中国とかいう国の民族衣装を着ていた。
「こんばんわ、美鈴」
彼女の事は知っていた。自分が生まれるずっと、ずっと前からこの館の門番をしている存在。
とんでもなく強く、歴史に名を残したとも言われているが、幼いレミリアはそこまでは知らない。
唯強い人だ、ということだけ理解していた。
ビクッと体を震わせた彼女は振り向くと、己の主人の娘が居た事に驚く。
「お嬢様、どうかなさったんですか?」
「こら、会ったらまず挨拶でしょう?」
「ああ、そうでしたね。こんばんわ」
珍しい妖怪だ…彼女は思った。この館に居るメイドたちは幼い自分であろうが畏怖の対象として見つめてくる。
つまり怖いのだ。勿論そんな彼らの言い分も分かる。幼いとはいえ、レミリアは強かったのだから。
だがここにいる門番は全く臆していない。
「ご主人様は何処に?」
「お父様なら今頃フランと一緒にいるよ」
ああ…なるほど、と美鈴は頷く。この頃には彼女もフランの能力については聞いていた。
とはいっても仮説程度にである。おそらく今日父親がフランを連れているのもその能力の証拠を調べるためだろう。
「それで、門番さんがどうしてこんなところにいるの?」
「今宵は満月、吸血鬼にとっては最も力が出るときです。人間も妖怪もそれくらいは熟知しています。それに……」
「それに?」
「もしそういった輩が接近してくれば、直ぐに分かります」
絶対な自信からくるその言葉。なるほど、あの父親が門番という仕事を任せるはずである。
「それでお嬢様はどうして?」
「暇だったから部屋から出てきたの。折角の満月の夜だもの。たまには外にも出たいわ」
「そうですか。申し上げにくいのですが、外に出るのは諦めてください。
何分あなたはまだ幼い。スカーレット家には敵が多いのです」
「それくらい分かってるわよ。だから仕方なく眺めるだけにしようと思ってここに来たわけ」
「なるほど、確かにここは一番外を眺めるには良い場所ですからね。では、私はお暇しましょう」
そういって椅子から立ち上がった。
「待ちなさい、別に出て行かなくてもいいわ。どうせだから話し相手になってちょうだいな、暇だし」
「仰せのままに」
スッと自分が先ほどまで座っていた椅子をレミリアに向け、さりげなく別の椅子に自身は座る。
「話をしたいと申しましても、私は話せる内容は少ないですよ?」
「そうね……」
レミリアも話の内容については全く考えていなかった。とりあえず椅子に座り、暫く考えた後に彼女は聞く。
「あなたは『運命』ってどう思う?」
「運命…ですか?」
『運命を操る程度の能力』を有しているレミリアだが、
この頃の彼女はまだ『運命』について漠然とした考えしか持ち合わせていなかった。
美鈴は考える。正直この手の話は苦手だった、戦術を考えるのは楽なのだが……。
「そうですね……一言で言えば運命とは支配するもの、といえるでしょう」
この世に無限と呼べるものはない。始まりあるものがあれば必ず終わりがある。
その流れを統括するの運命だ。
運命には終わりがない、そして万物は運命から逃れることは決して出来ない。
例えば未来を知っていてそんな未来を、『運命を変えたい!』と言っている者がいるとする。
今回それが上手く行ったとしよう。そのものが望んでいない世界を変えた、つまり運命を変えたと言う事にしよう。
だがその実態はこうだ。そのものが望まなかった世界をA、真に望んだ世界をBとする。
世界Aから世界Bに変わるに当たって一直線だった運命は一度断裂する。
そこで運命は自ら自己を修復し、切れてしまった線から世界Bを繋げる。
そして世界Aを元からなかった世界として自己完結する。
つまりどんなに運命、未来や過去を変えたとしても運命は自ら操作する事によってその変えた未来を
運命として調整する。
だから結果論としては運命を変えた、とはいえないのだ。
「運命は生きています。決して死ぬ事はありません、不老不死という言葉は正に運命にこそ相応しい」
「ふうん……じゃあ私の能力って結局なんなんだろう」
「そうですね……お嬢様の能力は『操る』程度のものであって『変える』ほどのものではありません。
勿論運命を見ること自体凄いのですからそれだけでも無敵と言えるでしょう。
ですがその意味を履き違えない事です。幾ら『運命を操る程度』の持ち主であるお嬢様でも決して運命には抗えません。
運命を理解し、共存する事が必要です」
「運命と共存……ね」
「はい。誰が言ったかは知りませんが、我々は運命の奴隷なんです。そこだけは履き違えないようにしてください」
「なんと言うか難しい話だけど……分かったわ」
運命を操る、それは決して変えたり出来るということではなく操作し修正する程度の能力だと言う事。
自分の能力について深く理解しておかなければならない、それは重々承知していた。
そして幼いレミリアは自身の能力についてまだ漠然としか理解していなかった。
他人の意見を聞くことこそ最大の学びなり、1人で悶々と考えていても余り良い効果はないということも知っていた。
「ありがとう、美鈴」
「いえいえ」
「お礼にあだ名を上げる」
「あだ名ですか?」
おそらく今までそう呼ばれた事がないのだろうか……。驚き半分期待の眼でこちらを見てきた。
するとレミリアの悪戯心に火がつく。ニタリといやな笑みを浮かべると彼女は言った。
「中国よ」
ポカン、と美鈴は口をあける。が…次第にうろたえる表情になった。
「あのぉ…お嬢様、できれば別の方が…」
なんというか、酷く抵抗を覚えた。そう、魂が拒絶している。
が、そんな彼女の反論もレミリアには通用しない。
「うん、決定。じゃあね中国。また今度話し相手になってもらうわ」
そういって訂正しないままベランダから出て行ってしまった。
「あ…………」
結局訂正されないまま行ってしまった彼女に対し、ぽかんとした表情を浮かべ去っていった方向を眺める美鈴。
だが暫くした後、苦笑混じりに言った。
「それでは良い夜を、お嬢様」
◆ ◆
それから暫くたったころ。レミリアが美鈴の元で色々と勉学に励んだ頃まで時は進む。
「ではお嬢様、今日はこれをしましょう」
そういって彼女が取り出したのはチェス盤と駒だった。これにレミリアは多少なりとも驚く。
普段の勉学とはそれ即ち戦闘だった。美鈴に戦闘の技術を教え込まれるのが主だった。
勿論貴族としての立ち振る舞いも含んだ学びもあったが、それは主に父親から教わっていた。
美鈴はどこか頭脳プレーをする事を避けていた。その美鈴がチェスを申し込むとは極めて異例だった。
ちなみにチェスはレミリアの得意なゲームだった。父親相手にも五分の戦いをするほどに強い。
しかも美鈴には体術の面で一度も勝っていなかった。ここで勝っておきたかった為喜んで受け入れた。
が
「チェックメイトですお嬢様」
惨敗だった。10戦して全敗。強すぎた。
何故だ? 何故勝てない? どうして美鈴はこんなに強いのだろうか? わからない。
「どうして負けたか分からない、ですね?」
難しい顔をしているレミリアに優しくさとす。
「簡単な話です。お嬢様はまだ駒の使い方を熟知していない部分があります。
ナイトならナイトの、キングならキングの使い方というのがあります。お嬢様はそこがまだ甘いんです」
「う~、これでもお父様相手なら五分なんだけど」
「そこまでは成長したと言う事です。ですがこのままではそれ以上成長はしません」
「…………」
「そして、何故私に勝てなかったか。ヒントだけ与えておきます。
この駒たちをこの館の人間に当てはめて見てください。そうすればおのずと分かるでしょう。
今日はこれでおしまいです。次の授業までにこの事を考えておいてください」
そういって彼女は部屋から出て行った。
1人残ったレミリアは椅子の上で体育座りをしたまま、打ち終わった後のチェス盤を眺めながら考えていた。
「……チェスをこの館に例えて……」
まず間違いなくキングは父親であるランド。
クイーンは母親。ナイトは……おそらく彼らの側近、執事だろう。
自分やフランドールはその特性から考えてルークかビショップ。
そして普段働いている雑魚妖怪共がポーンになる。
だがそれだけでは分からない。今度は今までの対局を思い浮かべる。
「あ……」
何かに気付いたのか気の抜けた声を出した。
そして約束の授業の日。その日2人は何も言葉を交わさずにジッと一つの盤上を見ていた。
盤上は既に終局を迎えていた。
「チェックメイトよ中国」
「ですから美鈴ですよお嬢様。……参りました」
してやったりの表情のレミリアと負けたと言うのにどこか嬉しそうな美鈴。
「分かったようですね、お嬢様」
「ええ、おかげさまでね」
つまりこういうことだ。レミリアは吸血鬼と言う特性ゆえ、どうも他の駒をぞんざいに扱いすぎだった。
早い話が他の駒を大事にしなさすぎだったのだ。だから駒を早く失い反撃できずに負けたのだ。
これは普段の生活にも当てはまる。
今になってレミリアも理解した。今回何故美鈴がチェスという回りくどい方法で自分にこんな事を教えたのか。
それはいずれ自身が大人数の手下をまとめる主となる事を見越してのものだった。
今のままではおそらくレミリアは部下たちを使い捨ての部品の如く扱う。
そうなれば部下たちのストックは直ぐになくなるし、そして何より人望もない。
吸血鬼にとって恐怖があれば人望など必要ないと考えるのが普通だがそんなことはない。
恐怖と人望と言う反対方向に存在している2つの物を巧みに利用し部下たちを従わせる事こそが最高の主なのだ。
考えてみればランドもそうだった。ランドは周りから恐怖、畏怖の対象として見られている。
だが彼の元から逃げ出す従者たちは見かけない。恐怖はしているものの忠誠を誓い皆働いている。
難しいかもしれないがこうやって周りを操る事こそがカリスマとも呼べるもの。
美鈴は仮想での戦いによりレミリアにカリスマとして
部下をどのように使役し、主人はどのように動くべきなのかを教えたのだ。
「全く……あなたは本当に食えない妖怪ね」
「ふふ…それが知略を使うと言う事ですお嬢様。お嬢様には十分なほどカリスマ性があります。
ですが今のままではそれは宝の持ち腐れです。
自分や部下をどのように扱うのか…それが一番主として必要なのですから」
「ええ。全く……ありがとう、美鈴」
「はい」
大分夜も更けて来た。美鈴にとってはそろそろ寝ないと明日に響く頃合である。
席を立ち館の中へと向かう美鈴にレミリアは思い出したかのように聞く。
「ねえ、美鈴。私昨日駒をこの館の住人に当てはめてみたんだけど、どうしても納得が行かないの」
「?」
「あなたならどう思う? あなたはこの駒のうち、どれに入るか」
「…………」
そう、昨日一晩考えてもわからなかったことがある。
それは美鈴の立ち位置だ。チェスの駒の中に彼女の位置がなかった。
暫く美鈴は考え込むと……少し寂しそうに言った。
「私に居場所はありませんよ」
◆ ◆
今思えば馬鹿な事を聞いたとレミリアは思う。あのときの寂しそうな美鈴の顔は今でも忘れられない。
何で今まで忘れていたのか、目の前でかなり真剣に盤上を眺めている美鈴を見つめる。
ここに来てから彼女の明るさには一層拍車がかかった。だがそれは逆に何かを隠しているようにも見えた。
「……ねぇ美鈴」
「はい? なんです?」
美鈴が打ち、自分も打った所で口を開く。
「いつか言ったわよね。チェス盤の上で私の居場所はないって」
「ああ……そんなこと言いましたかね」
「あれ、訂正しなさい。私も気付かなかったことは謝るから」
キョトン、と言った顔を自分に向けてくる美鈴。
「そもそもチェスだけで考えるからいけなかったのよ。あなたの居場所はきちんとある、存在している」
「…………」
「あなた、チェスもそうだけどどうしてナイトや金将が2つあるか知ってる?」
「それは…キングやクイーン、王将を守るためです」
「そう、では紅魔館に例えてみましょう。王将を私とフランとするわ。じゃあ金将は誰?」
「……実力云々かんぬんから見ると咲夜さんでしょうね」
「ええ、そうね。じゃあもう一つの金将は?」
「えっと…………」
分からないのだろう、う~ん、と唸ったまま首を捻る。
「あなたよ美鈴」
「それは違いますよお嬢様」
「あら、どうして違うと言えるのかしら?」
「金将はいわば攻撃、守りの要です。咲夜さんは時間を操る能力を持ってますからそれだけでも金将と言えるでしょう。
ですが私はあくまでも門番です。魔理沙さんにも負けてますし、最近は門番としての仕事を全うしていません」
「確かにそうね、でも考えてみなさい」
一旦息をつく。
「あなたが負けてるのは本当にごく少数の人間、それもあなたは手加減をしている。
そして忘れて? 館と言うのはね、ある意味主人そのものなのよ。だからあなたは私自身を守っているのと同じなの」
「…………」
「昔何があったか…それはあなたの生きている長い年月から言って小娘である私が聞くことではない。
でも気付きなさい、お父様も私も何故あなたを門番にしているのか。
門番は館、主人を守るのと同時にその館の品評もかねてる。よっぽど信頼していないと頼めないわ」
特に自分たち吸血鬼の間では。
「私たちはあなたを信頼している。この館の中で一番ね。何しろあなたは私の師匠であり母親に近い存在なんだから。
だから安心しなさい、あなたの居場所はここにある。駒としての位置もきちんとあるのよ」
「……お嬢様」
美鈴は驚き半分、嬉しさ半分と言った顔でレミリアを見る。無理もなかった。
彼女は『白昼の吸血鬼』吸血鬼の中でも異端中の異端。
拒みこそしないが、決して吸血鬼全員から受け入れられているともいえなかった。
スカーレット家は彼女を家族として迎え入れたが昔の経験上まだ完璧に信用できていなかった。
信用できたのはランドだけだった。
彼は最も館の中で接触が多かった吸血鬼だったからお互いの腹のうちが読めていた。
そしておそらく彼だけが理解できる吸血鬼だろうとも踏んでいた。
だがこの目の前にいる500歳を僅かに過ぎたばかりの娘もまた、他の吸血鬼とは違った。
きちんと心の底から自身を信頼してくれていた、自身に居場所を決定付けてくれた。
父親であるランドの見解はあっていた。レミリアは頭首として立派に成長を遂げていた。
「ありがとうございます……お嬢様」
涙目になり礼を言う美鈴。そんな彼女にレミリアは優しくいう。
「礼は言わないでちょうだい。大丈夫、あなたは決して捨てない。
あなたに鍛えられたこの私が言うんだから、それは決定事項よ。運命を見るまでもない」
「はい」
「明日からまたよろしくね、美鈴」
「はい」
涙をふき取り、笑顔で答えた。
頭首として必要な事は確かに部下を上手く使う事かもしれない。
だがそれ以上に部下をひそかに思いやり、居場所を与える事もまた必要なのだ。
なお、この一局は初めてレミリアが勝った。無邪気に笑うレミリアに美鈴も満面の笑みで答えたのだった。
終わり
今まで美鈴は、門番なのにすぐやられてる、
魔理沙に瞬殺、中国の服装しているから中国と言われてましたが、
これを読んで、美鈴の力が強いことを、
ハードの美鈴にボコられてる自分に思い知らされました(笑
ちなみに、自分も美鈴が好きですw
次回作、がんばってください!
○パチュリー
前作から引き継がれたこの設定がこんなに感動を引き起こすとは!
(少女検索中)
……将棋のルーツはインドで、いわゆる日本の『将棋』は日本でルールが確立した?
…………美鈴何で将棋強いのん?
はい、無粋なツッコミはともかく。
一気読みしたのでコメントが同日に重なりますが、話に深みが増してさらに良い感じですね。
我が侭なお嬢様に優しさと気配りを教えた美鈴……良い雰囲気でした。ほぅ。
>名前が無い程度の能力さん(2007-03-08 23:48:03)
感想ありがとうございます。今まで弱い美鈴が多かったので、
強い美鈴を書きたいな、と思い今回書き始めました。
励ましていただけると助かります、今後もがんばります。
>名前が無い程度の能力さん(2007-03-09 01:26:43)
光栄です。このペースを守って書いていきます。
>Zug-Guyさん
前回に引き続きありがとうございます。
将棋……しまったぁぁぁ。当初は碁にしようと考えたのですが
それだと上手く表現できなかったので将棋に。お許しを……。
>名前が無い程度の能力さん(2007-03-26 00:52:20)
どうもありがとうございます。
実はそろそろ出てくるころかなぁと思ってました。
現在執筆中の「『狂気』を持つ者たち」で書く予定でしたので
そこのところ、気長にお待ちください。
皆さんどうもありがとうございました。
とても素晴しい作品を
読み忘れていたとは・・・・・・・・・・
不覚・・・・・・・・・