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真っ紅なアンテルカレール【番外編:飛ぶ夢を暫くみないⅡ】

2007/03/08 10:57:26
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真っ紅なアンテルカレール【番外編:飛ぶ夢を暫くみない】






おやすみと言われたのに目を開けてしまった。
それが夢の終わりだった。
それとも、この現実こそが夢なのだろうか。


  [Reimu]


夢の中で、その妖怪はその後も度々現れた。

不思議なことに、別れると次に会うまで、そのことを忘れてしまった。いや、忘れると言うよりは思い出せない、あるいは意識できないというのが正しい気がする。普段は奥底に眠っている記憶が、彼女を前にするとふっと表面まで浮かんでくる。そうして、毎日会っているような気軽さで、私は彼女に挨拶をする。昨日別れたばかりのように、とくに不思議に思うことなくその手をとる。遊ぼうとせがむ。

「腕相撲は駄目よ」
「どうして?」
「私が勝つと決まっているもの」

勝負の見えた遊びほどつまらないものはない。しかしそんなものは、他の遊びにも言えることではないだろうか。全力でやられては、子どもの私に勝ち目は薄い。しかし彼女は、その疑問に対してはこう反論した。

「腕相撲は単純に力勝負でしょう?つまらないと言ったのはそこなの。貴女の努力の仕様が無いということは、それが勝負でもなんでもないことと同義ではないかしら」

私はその言葉を反芻する。租借するように何度も意味を探り、完全ではないにしろ、その意図を受け入れた。しかし、それでも不十分な気がするのは何故だろう。彼女はそんな私の心内を見透かしたのか、更に言葉を連ねた。

「将棋という遊びがあるわね。あれは片方の実力が圧倒的だった場合、ハンデを設けることによって力の均衡をはかるわ。その上での真剣勝負をし、勝敗を決す。これは面白いわ。だって、面白くするための工夫だもの。これには努力のしようがあるでしょう?だから遊びは成り立ち、双方が楽しむことが出来る」

力の均衡、真剣勝負、面白くするための工夫、遊びが成り立つこと、それによって双方が楽しむことが出来るということ。それが大切なのだと、彼女は幼い私に諭す。

そして、それを成り立たせているのは、決まり事であると彼女は言った。

「いいかしら?どんなに力強い大きな拳でも、小さな手のパーには勝てない。これがルールというものなの」

そうだ。ジャンケンには握力も腕力も関係ない。手の大きさが勝因に結びつきはしない。何故なら、その事はルールによって、利点でも何でもないものにされているからだ。
頷く私に、彼女は満足そうに笑った。疲れたと言ったわけではないのに、白い腕が伸びてきて、あっという間に私をその膝に乗せてしまった。なるほど。確かにこれでは腕相撲はつまらなそうだ。彼女の言葉は続く。

「相手が自分より勝っているものを考えるの。そして、その有利な点を使えない状況に持ち込めば、対等に戦うことが出来る。相手が不死身なら、こちらも死なない方法で勝つ。向こうの体力が上なら、制限時間を設ける。出来るなら貴女が得意なことで勝負することね。全ての遊びはそういうものでなくては」

ちかちか、と。何か頭を掠めていくものがあった。

「あそび…?」

その割には、途中不穏な言葉が混ざってはいなかったか。彼女は、私に何を教えてようとしているのだろうか。さっきまではただ単に、私と彼女が力比べを出来ない理由を聞いていたはずだ。それが何故、死ぬなど戦うなどと。勝負は確かに戦いだが、それにしても。いつの間にか議題をすり替えられている気がした。いや違う。何か、とてつもなく重要なことを、こっそりと教えて貰っているような気がする。ぐるぐると言葉が廻り出す。

遊び、ルール、不死身、制限

力の均衡、真剣勝負、面白くするための工夫

遊びが成り立つこと、双方が楽しむことが出来る――――――――

「さて」

ぱちん、と。彼女は扇子を閉じた。
その音で私は我に返る。

「そろそろ私は行かなくてはね」
「かえるの?」
「ええ。それではね、次期の巫女」

空気の歪む音がする。


――――――――また“遊び”ましょう


次の時の、狭間にでも。


そうして幼い私はいつものように、吹いてきた夕風に、彼女の存在を忘れるのだ。
次に思い出す、その時まで。











【花は葉を思い、葉は花を思う】

いつだったか、あの胡散臭い妖怪と時の浪費に散策した。別段、目的のものが有ったわけではない。暇だっただけで、それを神社の周りを軽くまわっただけだ。

少し翳ったその場所に、それは斑に咲いていた。群れと呼ぶには心許ない数だったが、それでも五十はあっただろう。

「あら彼岸花だわ」

紫の声につられて動かした視線の先に、紅い其れがあった。

それほど珍しい花でもないし、某所では眼にいたいほど咲き乱れている。別名を曼珠沙華。これが一番マシな名前で、他にも“葉見ず花見ず”、“幽霊花”、“死人花”、“墓花”、“火事花”、“狐花”、“地獄花”なんてものもある。学名はLycoris radiataであり、放射状という意味がある。確かに、あの色と形は独特だ。

「知ってる?彼岸花は、白いのもあれば、黄色や薄桃色のもあるのよ?」
「へえ」

そう言われると、普通の花に思えてきた。

「ちなみに花言葉は―――」
「『哀しい思い出』『別れ』『あきらめ』『独立』でしょう?」

ああ。この辺はやっぱりクライ。けれど紫は悪戯っぽく笑い、

「『再会』『また会う日を楽しみに』『情熱』なんてのもあるわ。それから―――――」


想うは貴方ただ一人


「…………」
「とまぁ、こういった意見もあるわけね」
「ふうん」

あの花を、そういう風に見る人もいる、ということだろう。

「いずれにせよ、愛しい誰かを想う花なんでしょう」
「綺麗にまとめたわね」
「まぁ、花言葉なんてみんなそんな感じですわ」
「それもそうね」


それだけの、会話だった。













【落下する石】

一人きりでいるとき、その予感はやってくる。ざわざわと血が落ち着きを無くし、私はなんとなく縁側に向かう。暫く待っていたが、やがてそれに飽きて、突っ掛けを履いて外へ下りる。大人用のそれは歩くとずるぱたずっぺたと間の抜けた音をたてて、歩きづらいことこの上ない。幼い私の足はそれの半分も満たず、ほとんど引きずるようにしてぶらぶらと進む。

その時、すぐ背後で声がした。

「夕餉の準備はいいのかしら。随分と念入りに言われていたようだけれど」
「――――すごいね。なんでも、しってる」

ぴたりと歩みを止め、私は彼女を振り返る。予想通り彼女はそこにいた。否、予感通り彼女はやって来た。あるいは、現れたと言うべきか。

「そうね。私は何でも知っているわ。この幻想郷のことなら、猶更に」

冗談なのか本気なのかわからないから、どう返すのが正解なのかも判然としない。けれどそんなことは慣れっこだったから、私は取り返したばかりの記憶の流れのままに、気軽に彼女に言葉を返す。

「それなら、きょうは、たからさがしをしたい」
「宝、探し?」
「うん」
「それはどういったもの?」
「さあ?」

漠然としていてはさすがの彼女も解答の仕様がないのか、結局“それっぽいもの”という私の言葉を受けて、変わったもの、珍しいものを探すことにした。

これはなに?それはウスバシロチョウ。モンシロに似ている。残念、これは揚羽の仲間。へえ。メズラしい?いいえ。あ、こっちにもうイッピキいる。蝶は一頭、二頭と数えた方がいいわ。そうなんだ。このハナは?それはヒメウツギ。空木によく似ていて、花のサイズがそれより少し小さいから姫空木。なかまじゃないの?仲間よ。ふうん。メズラしい?いいえ。それじゃあ、これは?ああ、トチの実が、まだ残っていたのね。メズラしい?いいえ。

「それじゃあ、これはなに?」
「ああ。それはとても珍しいわね。隕鉄だわ」

彼女は先ほどまでと違い、おやという顔を見せた。

「インテ、ツ?」
「隕石の仲間」
「おちてくる、いしの?」

話に聴いたことのある。危ないことだと思う。そう言えば、どうして空から石が石が落ちてくるのだろう。

「そうね。引き寄せられるから、としか言いようが無いわ」
「ひきよせられる?」
「そう。引力によってね。貴女にわかるように言えば、重力の方が耳に馴染み深いかしら?」
「じゅう―」

言葉にしかけ、ぞくりと、来た。

彼女の言葉が続く。

「…――――引力に、引き寄せられて…彗星や流星が……、大気圏で多くは燃え――――」


――――――――燃える?

――――――――引き寄せられて?


「…から、そのほとんどが、地上に着くことはないの。良かったわね。それはとても珍しいわ。宝物探しは達成ね……どうかしたの?」
「ううん。べつに…」
「でも顔色が悪いように思えるけれど」
「へいき。ああそうだ。ごはんのじゅんび、しなくちゃ」
「怒られるから?」
「そう。うん。だから」
「そうね。今日はこれでお仕舞い。さようならね」

彼女はじっと私を見ていた。何もかも見透かした――――――――否。初めから知っているような眼で。私も其れを見つめ返した。息が詰まりそうだ。それでも眼は逸らさない。その状態が少し続いて、やがて彼女は眼を細めて笑った。あっさりと緊張を切られる。

「それではね、博麗の御子」

言葉と供に、彼女の姿は揺らいで消えた。

まるで、さようならと、こちらに言わせないかのように素早く。

それでもきっちりと、私は彼女のことを意識の奥底に沈められていた。

そうだ。

あの妖怪は、そんな奴だった。








【暗転】




誰かとまっすぐ見つめ合うなんて、あなたは一番似合わないわ。

そう彼女は言った。

そうかもしれないと、私は思った。








【暗転】

だいぶ上手く、飛べるようになった頃だったね。


その日は朝からヒトリだった。古い書物を積み上げられて、巫女として知識とやらを吸収中のことだった。読んでも読んでも無くならないそれら。昼近くになって小腹が空くと、集中力など塵芥も同然だった。さすがにこれでは効率が悪いからと、私は貰い物の菓子を一つ、棚から失敬しようと立ち上がった。

その時、声を聴いたのだ。

私は声を外からのものだと当たりをつけ、縁側に向かった。大きめの突っ掛けに足を乗せ、声の主を捜した。切羽詰まった男の声。あまり縁起の良いものではない。

ああ、あれだ。

何事かを言いながら、走ってくる人がいる。知っている顔だ。それが、今まで見たこともない必死の形相で駆け寄って来る。目的は明らかに私だった。何か伝えたいらしい。どうしてだが、小さい私はそのことが怖かった。

「…――――!―――…――……!」

近づいた男に肩を掴まれ、何事かを言われる。こんな近くなのに声が大きい。なのに声が遠い気もするから不思議だ。それに、この人が言っていることがよくわからない。そんなことが、あるわけないのに。よほど興奮しているのか、男の手が私を揺する。細い肩に指がぎりりと食い込んで痛い。気持ちが悪くなってきた。早くこの手を放してくれないだろうか。なのに私は指先一つ動かせず、ただぼんやりと世界を受け入れていた。ああ、鬱陶しい。

その時、血管という血管の血が騒いだ。あの感覚だ。神経に再び力が宿っていくような予感の中で、すぐ後ろの空気が歪み、私は突如現れた腕に抱えられる。その腕に、どこかに連れて行かれようとしているのだろうか。

それまで私の肩を掴んでいた人が、鋭く何か叫んだ。怯えたような声の中に、かすかな憎しみを聴いた気がした。でも、それを確かめようにも、視界を白い指が覆っていて、彼を見ることが出来ない。すぐに声も聞こえなくなった。彼が消えたのではなく、恐らく私が消えたのだろうけれど。

抱き込まれる。ああ、空間が歪んでいる。私はどこに行くのだろう。


――――――――そう。今日から貴女が当代の巫女なのね


すぐ耳元で、声は言った。

“彼女”の声だ。

でも、今言った言葉の意味はなんだろう。


――――――――おめでとうと言ってあげたいけれど、今の貴女には、あまりに酷でしょう。だから…


何も言わない私に、彼女は何故だか笑った気がする。他ならぬ彼女の指に世界を閉ざされているから、確かなことは何もないけれど。


――――――――今は、おやすみなさい


彼女の指が離れても、私の両目は開かない。するりと腰から腕が解け、私は何処かへ堕ちてゆく。フラッシュバックは隕石のこと。このままどんどん落ち続けて、私はやがて燃えるのだろうか。


どこまでも、どこまでも堕ちてゆく。







――――――――おやすみなさい博麗の子。博麗の巫女、霊夢








おやすみなさいと耳元に囁かれた。それが別れの言葉だった。







おやすみと言われたのに目を開けてしまった。
それが夢の終わりだった。
それとも、この現実こそが夢なのだろうか。
 
「お目覚め?」

二日酔いの朝には、限りなく優しくない声がした。

頭に手をやり、博麗の巫女は言う。

「……ここが夢じゃないならね」

くすり、と。

悪びれた様子もなく八雲紫は嗤った。


――――――●―――――――●――――――●――――――●―――――――

今回の主役は誰かって言えば、そんなものはいないとしか言えない。

こちら、歪な夜の星空観察倶楽部です

広がりすぎな話も、そろそろ終わりに近づいて参りました。なんて言うか、我ながら変化球です。



追記:讃辞には謝意を。期待には行動で。


>ううむ、パチュリーとアリスもいいけどこの二人のやりとりもいいですな。
>今後話が収束していくということで、楽しみに待っています。
実は二人の関係はおまけというか媒体としてあるだけで、本筋はそこじゃあないんですよ。
どちらかというとそれぞれの立ち位置を軽く示しておくだけの話です。
とはいえ、気に入っていただくと嬉しいです。
書きづらい二人なのですが、好きではあります。

>う~む、話に引き込まれる。続きが楽しみです。
今回は自分的にシリアス要素が薄いです。
いや、基本的になんかうだうだ考えては、まぁどうでもいいか、と結論づける毎日な幻想郷?
まぁ、そんな平穏は誰かの気紛れによって破れるものですが。
霊夢は無関係ですけどね。

>これはいいゆかれいむですね
気に入っていただけたのでしたら幸いです。
本当に書きづらい二人なのに書いてしまうから我ながらわかりません。
というか、紫は何気にシリーズ通して顔出ししている気がします。
神出鬼没過ぎますね。あらゆる事態の引き金にもなっているし…



暖かいやらちょっと寒いやらの天気です。
桜も咲くか咲かないか悩んでいることでしょう。
花冷え、花曇りなんて言葉があるとおり、春は昔から麗らかなだけではないようです。

さぁ、最後の布石を置きに行こう。


追記の追記

>この二人の関係は本当に良いですね…
>少し不思議な感じがします
>ホントに今後が楽しみです!
この二人は確かに不思議です。私もわかりません。
というか、幻想郷の人妖全員が結構謎です。
何考えて生きてるんだろうと思います。
次回を頑張りますので、どうぞ適当にお待ちください。

>誰かの話で人と人との間には引力があり、互いに引かれ合うとか。
>拡大解釈すると霊夢の本来の能力なのかと思う話でした。
霊夢の無重力の能力と、その考えは、どこかリンクしている気がしてなりません。
霊夢はこのお別れの後、安定した浮遊を得ています。
だから何って訳でもありませんが。






それはそれとして、某新作ゲームの主人公は、ちょっと魔理沙に似てて驚いたなぁ…



歪な夜の星空観察倶楽部
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コメント



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19.90名前が無い程度の能力削除
ううむ、パチュリーとアリスもいいけどこの二人のやりとりもいいですな。
今後話が収束していくということで、楽しみに待っています。
20.90名前が無い程度の能力削除
う~む、話に引き込まれる。続きが楽しみです。
21.90名前が無い程度の能力削除
これはいいゆかれいむですね
25.100名前が無い程度の能力削除
この二人の関係は本当に良いですね…
少し不思議な感じがします
ホントに今後が楽しみです!
26.90煌庫削除
誰かの話で人と人との間には引力があり、互いに引かれ合うとか。
拡大解釈すると霊夢の本来の能力なのかと思う話でした。
30.90名前が無い程度の能力削除
本作とは一風異なるようで、しかし同じ空気の流れる世界観に心ウキウキ。
続きが待ち遠しい!!

※【Ending No.31:Sabbath】の完結編が是非読みたいので、よろしければ
  送っていただけないでしょうか?お願いします。
37.100名前が無い程度の能力削除
グッド