博麗神社にて、春の訪れを祝う宴会が開かれていた。
宴会は夜半まで続き、気づけば参加者の内の十名足らずが謎の洋館にワープしていた。
「そういや、紫を招待するのを忘れていた気がするぜ」
呟く魔理沙。犯人は確定である。
「ったく、興が冷めたわ。霊夢、私は帰るから」
機嫌悪そうな幽香が玄関らしき大扉を開けると、外は大嵐が吹き荒れていた。
夜の闇とあいまって、一寸先もほとんど見えないような有様である。
「大人しくしといた方が良いんじゃない?」
霊夢が声をかけるが、
「あの隙間妖怪の仕業と判って、大人しくなんかしていられないわ。それじゃあね」
幽香は傘を差し、風雨の中へと飛び出していった。
「……結界張られてるから、無駄だと思うけどね」
霊夢は呟いた。教えないあたりが彼女の中立性を表している。
◆ ◆ ◆
幸い酒や食料の類も丸々移動していたので、広間らしき部屋で宴会は続いた。
霊夢と魔理沙が飲んでいると、文が寄ってきて言った。
「きっとここは、『嵐の山荘』ってやつですね」
「何だそりゃ?」
「天狗仲間のあいだで一時期話題になったことがあります。
嵐によって外界と閉ざされてしまった、一種の密室のことです。
もっとも、幻想郷嵐なんて気にしない連中ばかりなので結界が張られているのでしょう」
「嵐は雰囲気作りのため、ってことか」
「ええ。ですが、恐らく幽香さんは戻ってこないでしょう」
「ん、何で?」
霊夢が口を挟んだ。
「紫の結界が単に外と内を分けるものだったら、幽香もその内戻ってくると思うけど」
「そうとも限りません。これもまた天狗の噂の一つですが、こういう場にはしぼ――」
「えぇい! これ以上こいつと同じ部屋で飲んでいられるかってんだぁ!!」
ガッシャーン、と酒瓶の割れる音がした。
見れば、部屋の中央で赤い顔をした妹紅が立ち上がっている。
その前にいる座ったままの輝夜は、
「こんな状況なのだし、たまには良いじゃない」
「うるせい! あたしは前からおまえが嫌いだったんだぁ!」
知ってるよ、とその場の大半が心中で突っ込んだ。
「落ち着け妹紅。楽しい宴会の席じゃないか」
「慧音は関係無いだろ! ……奥にも部屋あるみたいだし、あっちで勝手に飲んでるから!」
妹紅は酒瓶を持ったまま、奥の方へと歩き出した。
「あっ、妹紅……」
「ほっといてあげなさい。彼女、少し酔いを醒ました方が良いわ」
「うっ、むぅ……」
妹紅を追おうとした慧音だが、永琳の静止を結局は受け入れた。
一方、ことの顛末を見守っていた文の表情は暗い。
「おい、どうかしたか?」 魔理沙が聞くと、
「この展開は、もしや……………ッ! いけない、彼女を早く追わないと!」
急に走り出す文。霊夢と魔理沙も後を追った。
だが三人とも千鳥足のせいでろくに走れていない。
「いきなりどうしたのよ」
「このままだと妹紅さんが、取り返しのつかないことになるかもしれません!」
慌てて、なお足を速める文。
廊下の角を曲がると、ドアが四つ並んでいた。このドアも紅魔館に似た洋風だ。
文が一番手前のドアを開け、中に入る。――が、誰もいない。
霊夢と魔理沙もそれぞれドアを開けたが、やはり誰もいない。
残った一つを文が開けようとすると、
ガチャッ
「か、鍵が掛かっています!」
「つまり妹紅はこの中ってことか!」
「一人で飲みたいって意思表示でしょ? やっぱほっといてあげた方が……」
霊夢が言う。だが二人は、
「そうは行きません! 魔理沙さん、例のアレを!!」
「よしきた! んマスタあぁぁスパ――――――クッッ!!!」
酔っ払い魔理沙の豪快な一撃が、樫だかなんだかの高級そうなドアを消し炭にした。
「妹紅さん! 無事ですかっ!?」
部屋に飛び込む文。続いて魔理沙と霊夢。
部屋の中には、妹紅が持っていたはずの酒瓶だけが残されていた。
「消えた……?」
「……というより、『消された』のでしょう。八雲紫に」
霊夢の呟きを、文が訂正した。
「推測ですが、これは一種のゲームです。ある行動をとった人から、順に消えていく。
私達は今、推理小説の登場人物と同じ扱いなんです」
「推理小説? パチュリーなら持ってるかもしれんが、私は読んだことないぜ」
「それは人生の損失ですね。今天狗界隈で特に流行なのが、清涼院流水という作家の――」
「話があさっての方に向いてるわよ」
霊夢が突っ込んだ。
「……で、妹紅はその『ある行動』が原因で消されたの?」
「はい。そして恐らく、……幽香さんも」
「幽香も? 勝手な行動をすると、その罰として消されるってことか?」
魔理沙が尋ねると、文は首を横に振って答えた。
「そうとは限りません。
天狗仲間のあいだでは、その『ある行動』のことを“死亡フラグ”と、――うッ」
文は急に顔をしかめ、両手で腹を押さえた。
「おい、どうした?」
「ちょっと、急にお腹が……。トイレってありますかね?」
「いくら紫でも、そこまで低レベルな嫌がらせはしないと思うけど……」
三人は部屋を出て、廊下を逆へと向かう。
それらしい扉を開けてみると、御丁寧に洋式便座が据えてあった。仕組みは不明。
文はふらつきながら中に入る。
「お二人は先に戻っていてください。詳しい話はのちほど……」
急な腹痛に意識を持っていかれた文は、自分の行動の意味を理解していなかった。
また不運なことに、霊夢と魔理沙は“死亡フラグ”について無知も同然だった。
「それじゃ、ごゆっくり」と、霊夢。
「とっとと戻れよ。私まで消されたくないからな」と、魔理沙。
正反対のことを言って去る二人を文は見送り、トイレの扉を閉めた。
◆ ◆ ◆
十五分後。
霊夢がトイレに行くと、文愛用のメモ帳だけが床に落ちていた。
◆ ◆ ◆
「残っているのは、私、魔理沙、アリス、慧音、輝夜、永琳ね」
「消されたのは、幽香、妹紅、文の三人か……。ところで、他の皆には言わないでいいのか?」
「面子が面子、下手に説明して状況が悪化するのは御免よ。どうせ酔っ払ってるし」
「まさに外道だな、霊夢……」
神社に持ち込まれていた酒と肴は、場が変わっても尽きる事無く宴会参加者の胃に流れ込み続けている。
部屋の中央では酔ったアリスが下品な人形劇を始めており、酔っ払いどもにウケているようだ。
そのせいかどうか、失踪者に気づいたものは霊夢と魔理沙以外にいないらしい。
アリスの劇を横目に見つつ、魔理沙が切り出した。
「さて、アリスが連中の気を引いているうちに作戦会議と行くか」
「そうね。……で、今気づいたんだけど」
「何だ?」
霊夢は酔いで赤くなった顔を引き締めて言った。
「――神社からこっちに連れて来られていないのが、何人かいるわ!」
「そうか! そいつは気づかなかったぜ!!」
百行以上前に判明していることを、さも大発見であるかのように語る二人。まごうことなき泥酔者である。
しかし、当人たちは当然だが自覚出来ずに会議を続ける。
「こっちに連れて来られた面子以外で、宴会に参加してたのは……」
「確か……、レミリア、咲夜、幽々子、妖夢だな」
「その四人の中に、今回の紫の計画に邪魔な奴が混じっていたんじゃないかしら?」
「おまえあたまいいな」
「でしょう? もっと褒めなさい」
文章に起こすと、短絡的で頭の悪そうな会話であった。
しかし、要点を外しているわけではない。
「レミリアの運命操作と、咲夜の時間・空間操作はいかにも邪魔そうよね」
「だな。でもそれだと、幽々子と妖夢が外された理由が不明だぜ」
「人数多すぎると扱いきれないからじゃない?」
「紫がか?」
「むしろ作者が」
「そいつは一理あるぜ」
余計なお世話だ。
「ともあれ、文の言葉を信じるなら余計なことはしないが吉ね」
「おう。余計なことせずに飲んでいた方が良いってことだな」
だめだこいつら はやくなんとかしないと……
◆ ◆ ◆
「――というわけで、コリーンとヨウッキーは末永く幸せにただれた生活を送ったのでした。めでたしめでたし」
劇を終えたアリスが頭を下げると、コリーン人形とヨウッキー人形もアリスにならって礼をした。
「わー! きゃー!! 最高ーっ!! えーりんえーりん、私あれ欲しいなぁ?」
「ダメですよ姫。あの類は、はたから見る分には良くても身内にすると厄介至極ですよ?
今度改めて、うちに巡業に来てもらうようお願いしておきますからね? はい、いいこいいこ」
「うんわかったー! えーりん大好きー!!」
「あらあらまあまあ」
幼児退行中の輝夜のはしゃぎようは、酔いが酷いからだけではない。
アリスの濃厚BL人形劇は、蓬莱人にとっても魅力溢れる代物だったということである。
輝夜、永琳の横で一緒に見ていた慧音も、顎に手を当てうんうんと頷き、
「いやしかし見事だった。寺子屋の方にも来て、子供たちにも見せてやってはくれないか?」
「それは冗談で言っているのか?」
魔理沙が思わず突っ込んだ。だが慧音は意にも介さず、
「情操教育と性教育を、娯楽という形で同時に行うことが出来る。素晴らしいことじゃないか」
とのたもうた。
名にしおきワーハクタクも、酔ってしまえばただの獣である。
褒められっぱなしのアリスは、照れてか酔ってか顔を赤らめ、しかし残念そうに、
「折角の申し出に悪いけど、当分は人形劇をやる暇がなさそうなのよ」
「おいおい、自称都会派のヒッキーが里に出る良い機会じゃないか。
あんな森に引きこもってちゃあ人形にキノコが生えちまうぜ?」
魔理沙の言葉に、周囲の皆が『お前が言うな』と心中でツッコミを入れた。
アリスは、魔理沙の言葉を気にする風も無く顔をほころばせ、ちょっとためらうように言った。
「……実は私、里に家を借りて、劇場を開こうと思ってるの」
「わぁお」「あら」「ふむ」「へえ」「な、何だってーッ!!」
五者五様の反応に、アリスは嬉しさと恥ずかしさが混ざったような顔を見せる。
「しばらく前に里へ行った時に、丁度良さそうな空き家を見つけてね。
家主の方の息子さんが、私の人形芸を見たことがあって、気に入ってくれていたそうなの。
その縁で貸してもらえることにね。物置き同然に使っていたから、家賃もあまり取らないって……」
「水臭いなあ。私に言ってくれればすぐに適当な物件を手配したぞ?」
と慧音が言うと、
「ありがとう。でも、こういうのって人に頼るより自分でやったほうが気分が良いから」
答えるアリスの顔には、酒のせいとは思えない明るさが宿っていた。
それを見た魔理沙は、思わず涙ぐんでしまう。
「くぅっ、あのツンデレと見せかけてただ単に人見知りのヒッキーなアリスが、
自分から人里に出て働こうとするなんて信じられないぜ……」
本音が出ても、それをたしなめるべき連中は酔っ払いしかいないのであった。
「よっしゃあ前祝いだ! アリスの前途を祝して乾杯ーッ!!」
『乾杯ーーーッッ!!!』
魔理沙の音頭で、酒瓶とコップグラス湯飲み等が高々と掲げられる。
アリスは目に涙を浮かべながら、「みんな、ありがとう……」と呟いた。
◆ ◆ ◆
――数十分後。
ふと、アリスの脳内を不安がよぎった。
(そういえば、嬉し涙のせいでお化粧崩れちゃったりしてないかしら?)
一度気になってしまうと落ち着かないのが、やはり女の子というものである。
「ちょっと失礼するわね」と言い、アリスは立ち上がった。
「おー、早く戻ってこいよー」と魔理沙。
「あんたの好きなタラチーは取っといたげるわー」と霊夢。
アリスが部屋を出て行くということを、誰も特別に意識しなかった。
それが命取りとなった。
アリスは帰ってこなかった。
◆ ◆ ◆
「死亡フラグのこと、すっかり失念していたわね……」
「だがアリスのお陰で思い出せたんだ。感謝しないといけないな」
霊夢と魔理沙が、ぼそぼそと小声で話し合っていた。
アリスの犠牲は無意味ではなかったらしい。
「残り六人まで減っちまった。さすがに気づかれるんじゃないか?」
魔理沙の言葉に、しばし考え込む霊夢。
「見たところ、輝夜と慧音はべろべろにイっちゃってるわ。永琳は気づいてるかもしれないけど、
あいつは輝夜と鈴仙さえいれば幻想郷が滅んでも良いっぽいから多分大丈夫でしょ」
「さすが霊夢、見事な推察だぜ」
「幽香と妹紅の例から、“自分勝手な行動をしない”。アリスの例から、“無駄に幸せそうな話をしない”。
この二点を守って飲みましょう。朝まで耐えれば私たちの勝ちよ」
「そうなのか?」
「知らない。勘で言っただけ」
酔っ払いの会話は実に支離滅裂である。
「それと霊夢、文がどうして消されたのかが判らないぜ」
「うん、私の紅白色の脳細胞をもってしてもその謎は解けなかったわ。
確実なのは、他の三人の例と合わせて、“一人になったタイミングで消される”ってことね」
「つまりこの部屋から出ずに朝まで飲めばいいってわけだな。そんなの朝飯前だぜ」
「そうね。朝飯まだかしら」
酔っ払いの会話は実に支離滅裂である。
「――初めて逢ったときの妹紅は、実にツンデレだった。
腹を空かせていたから家に連れ帰ってメシを出してやったら、
『別に、食べたいなんて言ってないし……』といってぷいっと横を向くんだ。
そしたら、美事すぎるタイミングであいつの腹が鳴ってなあ。グ~~~ッと。
で、そっぽ向いたまま顔を赤くして、それがまた胸キュンだったんだよ!
この歴史は里の人間全てとだって引き換えに出来ないな!!」
「――初めて逢ったときの妹紅は、実に素直クールだったわ。
生い茂る竹の隙間から差し込む月光が、私と妹紅を照らしていたの。
最初私は妹紅が妹紅だって認識してなかったんだけど、妹紅は笑って
『逢いたかったよ、かぐや姫さま』なんて言ったのよ! これって告白よね!?
それで胸がきゅうぅぅぅんって苦しくなったと思ったら、妹紅が私の心臓握りつぶしてたの!
もう最高! 最高に最上で最良な出逢いだったわ!!」
「ウドンゲお腹空かせてないかしら? ちゃんと他の兎と仲良く出来ているかしら?
てゐにそそのかされた兎たちにふんじばられてひんむかれてゲドマガみたいなシチュに陥ってないかしら?
もし風呂場の覗き穴に気づいて改装工事をしていたらどうしましょう?
もし私のいないのに座薬の実験なんて勝手にやって×××が□□□□完了ですってことになったらどうしましょう?
ああ心配だわ。心配だわ。心配すぎて斬ってしまうかも、じゃなくてえーりんしちゃうかも……」
霊夢と魔理沙が相談している間に、他方では三者三様ののろけ話大会が開催されていた。
主催者不明。ルール不明。勝敗条件不明。参加者以外全て不明の大会である。
「もしかして魔理沙、何かヤバい酒持ってきた?」
「……むぅ、秘蔵のキノコ酒を三人に飲み干されちまったみたいだぜ。
キノコ酒には理性のたがを外す効能があるのかもな」
原因は判明したが、それを喜んでいいのかどうか霊夢は考えるのをやめてしまった。
霊夢と魔理沙が気を抜いて杯をあおった直後、異様な効果音が部屋に響き渡った。
ジャジャ~~~~~ン
「 輝夜 慧音 永琳 アウト 」
「――これ、紫の声!?」
「見ろ霊夢! あんなところにスキマが!!」
魔理沙が指差す天井には、細いスキマが張りついている。
「あそこから音と声を送り込んできたのね……」
霊夢と魔理沙につられて、他の三人も上を見上げた。
だが、スキマから紫が出てくることも無く、十秒、二十秒、……一分が過ぎる。
慧音が、ふうと大きく息を吐いた。
「……私たちの名を呼んだようだが、一体何だったんだ?」
と、横の輝夜と永琳を見て言う。
「さあ、何かしら? たすけてえーりん」
「申し訳ございません姫、私にも今一つ判断が――――きゃあっ!!」
「うわっ!!」
「やあっ!!」
「 三名様 ボッシュートです!! 」
ちゃらっちゃらっちゃあぁぁぁぁぁん……
二度目の声と効果音。それと同時に、三人の真下にスキマが開き、一瞬の内に飲み込んだ。
そして全てのスキマは閉まり、部屋の中はまるで何事も無かったかのように静まり返る。
霊夢と魔理沙は、ただ呆然とするばかりであった。
◆ ◆ ◆
「とうとう、私たちだけになっちゃったわね……」
「ああ。まさかこんなことになるとはな……」
移動直後には騒がしく賑わっていた部屋は、すっかり静かになってしまった。
霊夢の声。魔理沙の声。酒を注ぐ音。酒瓶を置く音。酒を飲む音。杯を置く音。わずかな衣擦れの音。
一つ一つの音がお互いの耳にはっきりと入ってくる、静かで寂しい空間。
「……ごめんな霊夢。私が紫を誘わなかったばかりに、こんなことになっちまって……」
「そんな……。私が気をつけていれば、こんな変な場所に飛ばされることも無かったわ……」
お互いを励まし慰めあいながら、二人だけの酒宴は続く。
余計なことをして“アウト”になるわけにもいかない。二人は無力な酒飲みと化した。
語ることも尽き、ただ時間と酒だけが流れ去っていく。
「――――どうしたの、魔理沙?」
魔理沙は、顔をうつむかせて霊夢の手を掴んでいた。
「……スキマ送りになった連中は、どうなると思う?
神社に戻っているのかもしれない。幻想郷の辺鄙な所に飛ばされているのかもしれない。
あるいは、大結界の外の世界に飛ばされて、幻想郷に戻れなくなったのかもしれない。
それに、……殺されたのかもしれない」
「ちょっと、嫌だわ魔理沙。何言ってるの?」
霊夢は魔理沙の手をそっとほどこうとするが、魔理沙は離そうとしない。
「どういうルールで私たちが消されるのか、皆目見当がつかない。
だから、いつ私が消えるかも判らないし、……お前が消えるかも判らない」
「魔理沙……?」
魔理沙は伏せていた顔を上げて、霊夢の目を見た。
「もし、もう二度とお前に逢えなくなったりしたら、私は耐えられない。
だから、……聞いてくれ、霊夢」
「私は、お前が好きだ」
「やだ、ちょっと酔いすぎたんじゃないの? わ、私お水探してくるから……きゃっ」
手を振り払い立ち上がった霊夢を、魔理沙は強引に引き寄せて、抱きしめた。
「誤解するな。酔った勢いとか、そういうことじゃないんだ。
もし、この私の胸を、心を痛くする感情を、お前に伝えずに別れることになったら、
……とても、耐えられないなんてもんじゃない。すごく、苦しいことだと思う。
今まで真面目に考えたことが無かったけど、今になってやっと判ったんだ。
私は、お前が好きだ。
女同士でこんなふうに思うのは、普通じゃないと思う。だから、受け入れてくれとは言わない。
こんな私が嫌だったら、もし無事に幻想郷に帰ることが出来ても、私は二度と霊夢の前に顔を出さない。
嫌っても軽蔑しても、憎く思ったって構わない。勝手なことをして、本当にすまない。
ただ、私がお前のことをどう思っているか、知っておいてほしかったんだ……」
魔理沙は言葉を切ると、そっと霊夢の体を離した。
「……こんなこと言ったって、迷惑なだけだよな? ごめんな霊夢。本当にごめ――」
離れようとする魔理沙を、今度は霊夢が抱きしめた。
「霊、夢……?」
「ばかっ! 魔理沙のばかっ!
こんな、わけのわかんない、酒くさくって、寂しくて怖いところで、そんなこと言わないでよ!
ムードのかけらも無い場所でそんなこと言われたって、嬉しいわけないじゃない! ばかっ!!
今まで、どれだけ良い機会があったと思ってるの!? なんで今頃になって言うの!?
私だって、魔理沙のこと好きだったわ! ずっと、ずっと前から!
でも、もし言ったらもう逢ってくれないんじゃないかって、怖くって、ずっと我慢してたのに……
魔理沙が遊びに来て帰った後とか、一人で夕飯の準備して、食べて、お風呂入って、布団に入って、
その間、ずっと、ずーっと胸が痛いのよ? 苦しいのよ?
どうしたって治らないの。ずっと、魔理沙の顔が頭から離れないの。
魔理沙のことばかり考えて、毎日苦しい日々を過ごしているんだから。
あんたが、もっと早く言ってくれれば、わたし、わたし――」
「ごめんな、霊夢」
魔理沙は、抱き合ったまま霊夢の頭を撫でた。
「今までつらい思いをさせてごめんな。雰囲気も何も考えずに告白してごめんな。
もっと、お前のことをちゃんと考えてやれば良かったな。ぎゃーぎゃー騒ぎながらの付き合いばっかで、悪かった。
だから、そんなに泣かないでくれよ、霊夢」
「泣いてなんか、いないわ。目に揮発したアルコールが入っただけ……」
魔理沙は、つい苦笑してしまう。
「泣くなとは言ったけど、強がれなんか言ってないぜ」
「だって、だって……」
しゃくりあげる霊夢の背中を撫でながら、魔理沙は少しだけ体を引いて、霊夢を正面から見つめた。
涙を流す霊夢と、やわらかく、けれど真剣な表情の魔理沙が数秒見つめあう。
「――好きだぜ、霊夢」
「――わたしもよ、魔理沙」
二人は、どちらともなく目をつむって、そっと唇を重ね合わせた。
ファーストキスは、キノコ酒の味がした。
◆ ◆ ◆
「と、ここでネタバラシ!」
「実は私射命丸文が、こちらの仕掛け人八雲紫と手を組んでいたのです!!」
カシャカシャとシャッターの連続音が無常に響く。
霊夢と魔理沙、二人の時間は、咲夜がいないにもかかわらず止まってしまった。
「宴会のお誘いが無いからゆかりんちょっとブチ切れちゃってぇ~。
ただの悪戯じゃつまらないから、“死亡フラグゲーム”ってのを考えてみたのぉ~」
「私は、それとなくルールの存在を教える役というわけです。
それに、内部に入り込まないと良い新聞ネタを作れませんからね!」
幸せな時間は一瞬にして崩れ、一息に地の底まで落ちてしまった。
霊夢と魔理沙が目を開けてぎこちなく周りを見渡すと、そこはマヨヒガの居間だった。
デバガメ冥利に尽きる光景を目にし喜びはしゃぐ紫と文。
その後ろには、袖で口元を隠しニヤニヤ笑う幽々子と、顔を真っ赤にした妖夢がいた。
「満腹する前に紫に連れて来られて気分良くなかったのだけど、
とってもイイモノを見せてもらったから良しとするわぁ」
「……あの、その、お、お二人とも、お幸せに……」
当のお二人は、いまだに状況が理解出来ませんという顔をしていた。
そんな二人をさておいて、文と紫は喋り続ける。
「さて、ネタバラシの続きといきましょう。
あの館に移動しなかった四人、レミリアさん、咲夜さん、幽々子さん、妖夢さん。
レミリアさんと咲夜さんについては見事移動しなかった理由を当てられましたが、
幽々子さんと妖夢さんについては大外れでしたね。作者の都合なんて、まさかまさか」
「死亡フラグ成立でスキマ送りになった連中は、
罰ゲームとして二日酔いと二十日酔いの境界を漂っているわ。
でも霊夢と魔理沙は特別に許してあげる。あんなスゴいもの見せつけられちゃ、……ねえ?」
あっはっはっは、と笑う紫、文、幽々子。さらに赤面する妖夢。
ホームコメディのようになごやかな光景が、マヨヒガを彩っていた。
いつしか、霊夢と魔理沙は互いの手を固く握り合っていた。
「――ねえ魔理沙、一緒に――――」
「――ああ霊夢、やろうぜ――――」
◆ ◆ ◆
その日、幻想郷の地図から三つの名が消滅した。
マヨヒガ、白玉楼、文々。新聞社の三つである。
・・・取り敢えずゆうかりんの出番が少なくて涙。
個人的に残念だったのは、前半と後半の落差でしょうか。
アリスが消える辺りからやけに不自然な展開が目立ちます。
読んでいて「あれ、作者さん力尽きたのかな」と思ってしまいましたよ。
前半の展開の重さが実に心地良かっただけに、後半のジェットコースターに完全に置いて行かれました。
まず、いまいち動機が不明瞭のままな幽々子と妖夢。
そして何より文の立ち位置に違和感を感じます。前半の描かれ方がジョーカー役にしてはあまりにストレートで(地の文での描写とか)、物語のオチをつけるために、後付けで無理矢理ジョーカーにしてしまったのではないか、とさえ感じました。
ご都合主義は否定しませんが、もう少し説得力があれば良かったかな・・・と。
点数分けをするなら前半だけなら80点、後半だと30点です。全部前半のペースで書き上げていれば・・・と思うと残念でなりません。
矢鱈と偉そうな言になってしまいましたが、参考になれば幸いです。
なお私はゆずさんの仰るような前半と後半の落差は全く感じませんでした。(というか、終始軽い雰囲気だったような気がs(ry
でも脱字は見つけてしまったようです。→「幻想郷嵐」
流水が出てきたからトンデモなオチかと思いましたが、意外とマトモでしたね。
ぼっしゅーとで、ちょっとマテヤ、となりましたが、このオチなら仕方ないですね。