注意1 オリジナル設定あり
注意2 主役は美鈴です
注意3 文章力は低いです。
ある昼下がりの紅魔館。今日も今日とて1人の女性が門を守るという任についていた。
その女性の名は紅美鈴。毎度毎度黒白魔法使いに吹き飛ばされ、
その度に館のメイド長にナイフで刺されまくられあまつさえは名前まで呼ばれなくなった非常に不幸な女性である。
勿論彼女は頑張っていた。一部(黒白魔法使い)を除けば完全なる守りを見せる門番であり、その功績は高い。
いや、彼女の過去を知りその力を知っている者がこの場にいるとすれば『彼女は強い』と皆口を揃えて言うだろう。
それくらい彼女は長い年月戦い通してきたのだ。
ある者は彼女を『もう一人の紅き悪魔』と呼び、ある者は彼女に戦いを挑むためだけにこの地を訪れていた。
だがそれももう昔の事である。今では彼女の周りからの評価は『弱く存在感の薄い幸薄な門番』とされている。
「ふわぁ~~あ……ふみゅ~~~」
……まぁこんな姿を見たものがいればその評価を否定しないだろう。
今現在美鈴はまだ仕事中だというのに呑気に門に寄りかかって昼寝の真っ最中だった。
「…………」
その隣で血も凍りそうなほど冷たい視線を送っているメイド長の存在も気つかずに。
サクッ
そんなメイド長は無言でナイフを懐から取り出すとこれまた無言で脳天にぶっ刺した。
通常の生物ならばここで死んでいるだろうが…生憎幻想郷に普通の生物などいはしない。
「いった~~~~~~~~!!??」
程なくして美鈴はガバッと飛び起きた。
「ふふふ……呑気に寝てるなんて……」
「さ、咲夜さん!?」
しまった、最も会いたくない人物に会ってしまったと美鈴は後悔する。
目の前に立っておられるのは紅魔館で唯一の人間であり、
この館の主人を抜けば実質紅魔館の顔である十六夜咲夜だった。
完全で瀟洒…それが彼女に付けられている二つ名であり『時を操る程度の能力』を有する女性だ。
先輩後輩で言えば、圧倒的に美鈴の方が先輩なのだが如何せん、
館の主レミリアの従者でありメイド長であり尚且つ強い。
下手に文句を言ってしまえば今のようにナイフ攻めをされる。
「え! あ!? い、いやぁ!! ね、寝てませんよ!?
ちょっと空を見ていたらだるくなって目の前が真っ暗になっただけですから!」
「それを寝てるって言うのよ」
サクッ
「ひでぶっ!!」
額にスコンとナイフを刺され盛大にのけぞる美鈴。それでも死なず、涙目だけで済ませている。
「ううう……酷いですよぉ」
「全く……寝てるあなたが悪いんでしょう?」
「すみません」
「どうせ今日も魔理沙はやってくるんでしょうからたまには勝ってみせなさいな。
でないと永遠に皆から中国って呼ばれ続けるわよ」
「そ、それは困ります!!」
「じゃあ勝ちなさい」
ちなみに美鈴の今までの対魔理沙戦績は勝ったことがない。勝利も引き分けも無い。
この戦績だけを見れば間違いなく解雇決定だろう。
「は~い」
「じゃ……私は館に戻るから、きちんと仕事なさい」
「分かりました」
帰り際にきちんと刺さったナイフを回収すると咲夜は去っていった。
美鈴は大きなあくびを入れると両頬をバチンと叩き気合を入れなおすと再び職に戻った。
咲夜の仕事は多い。無論メイド長という職を持っているのだから当たり前だが、それ以上に彼女は完璧さを求める。
そのため一日の仕事量は多く、レミリアの従者という役割のほかにも他のメイドたちの監督という役割がある。
今日は珍しくレミリアが昼に起きているため仕事の量は倍増しとなっている。
何しろ普段レミリアが起きるのは夜だ。そのため夜はレミリアのお世話、昼は館のお仕事と分けているのだった。
無論そこで根を上げるほど彼女は弱い人間ではない。
お得意の時を止める能力を使ってパパッと仕事を消化しレミリアの元へ向かった。
本日レミリアは図書館にいるパチュリーの元に遊びに行っている。とはいえ本を読みに行っているのではない。
「詰みよ、レミィ」
パチン、と角を動かしパチェリーは言う。
「まっ」
「待ったなし、そういう約束でしょ?」
「うっ…」
顔をゆがめるレミリアに勝ち誇った顔でパチュリーが言う。
今2人がやっているのは将棋だった。レミリアはチェスは得意なのだが如何せん、将棋はめっぽう弱い。
以前神社にいる霊夢や幽々子に惨敗してしまった。
だが自身のプライドが高いためかこれでひくはずも無く、友人であるパチュリーに手伝ってもらい現在特訓中なのだ。
結果は今のように未だにレミリアは勝っていない。
パチュリーも外見からは引きこもりでどうも将棋を知っている者には見えないのだがそこは知識人、
さすがに知っていた。
「これで何敗だっけ? レミィはもうちょっと柔軟な思考をしなさいな。チェスは強かったでしょう?」
「そうだけどパチェが強すぎるのよ」
ため息を吐き、もう一度勝負をするために駒を並べ直していく。
「そろそろ紅茶がほしいわね」
「はい、お嬢様」
レミリアが呟くと同時に傍に瞬間移動のようにして現れたのは咲夜。
この速さが彼女が完璧とまで呼ばれる所以である。
「ん、ありがと」
咲夜は手早く紅茶を入れるとパチュリーにも渡し、次いでクッキーも机の傍に置く。
「相変わらず手際が良いのね」
「ありがとうございます」
そういいながらもう1人分紅茶を入れる。自分のではない、
今頃この図書館のどこかで元気に飛びまわっている小悪魔の分だ。
パチュリーは小悪魔を呼び、休憩を告げる。レミリアも咲夜に休憩の時間だと告げた。
言われた彼女は自身の分の紅茶を用意する。
主の命令無しに、主と同じ席で紅茶を飲む事は許されないと誓っていたからだった。
そんなこんなで暫く談笑を楽しんでいたとき……不意に咲夜が言った。
「お嬢様、門番の件なんですが……」
「何、また魔理沙を通しちゃったの?」
「いえ、まだ彼女は来ておりません。ただ最近たるんでいると思います。
先ほど私が近寄ったところ、彼女は全く気付きませんでした」
「あの美鈴が? それは珍しいわね」
そう、美鈴は『気を操る程度の能力』を有する妖怪だ。気、つまり気配も感じる事が可能。
咲夜が近づいてきたのなら例え寝ていたとしても直ぐに気づくはずである。
とはいえ咲夜はその前に時間を止めて彼女に近づき制裁を加えるのであるが、
今日は自身に気付くそぶりを全く見せなかった。
「ねえレミィ。私も彼女について言いたい事があるんだけど」
今度はパチュリーが口を開く。
「魔理沙をどうにかしてほしいのよ。もう既に百冊を超えてるわ。
何時返してくれるか分からないし、こちらとしても参ってるの」
魔理沙は借りた本を返さない、そんな欠点がある。本人は借りると豪語しているが立派な窃盗である。
「他にもメイドたちや紅魔館にも被害が出てるし、前なんか小悪魔が落とされたわ。
咲夜たちが頑張ってるのは分かってるんだけど、門番があんなに簡単に落とされるのははっきり言ってまずいわ」
自身も一度は魔理沙に負けているため強くはいえないが美鈴の落とされ方ははっきり言って異常である。
特に最近はほぼ瞬殺だ。はっきり言って居ても居なくても変わらないようなものだ。
「言いたい事は分かったわ。つまり彼女を解雇するか、異動しろって言いたいんでしょ?」
「端的に言えばそういうことね」
「私としましても、そろそろメイドの数が心配になってきましたから……」
魔理沙が通った後の被害は甚大だ。
しかもそれがしょっちゅうなので、はっきり言ってそれを修繕する費用を出すのは最早かなり厳しい。
「まぁいいたい事は分かるんだけど……これは私の管轄外なのよね」
ため息をつきながらレミリアは言う。
「どういうこと? 彼女を雇ったのはあなたなんでしょう?」
パチュリーが聞くが、レミリアは頭を振る。
「確かに今では彼女の雇い主は私だけど、彼女の所有権はお父様にあるから」
その言葉に3人は驚く。
「レミリア様のお父様と申しますと、ランド・スカーレット様ですか?」
話だけは聞いていた、という風に小悪魔が聞く。ランド・スカーレット、レミリアとフランドールの父親であり、
未だに現役の吸血鬼。幻想郷ではなく未だに外の世界に居る存在だ。
「そう、私はただお父様から彼女の行使権を手に入れたに過ぎないの。
彼女を解雇するとかそういう権利はお父様が持ってるわ」
「それはまたおかしな話ね。彼女、一体何時からあなたに仕えているの?」
「私が生まれる前から。私が生まれる前はお父様に仕えていたらしいわ」
これには流石に皆驚く。レミリアが生まれる前ということは少なくとも500年以上生きている事になる。
「私が生まれたと同時に私に仕えるようになったけどね。
幻想郷に来てからも彼女とお父様は独自の線で繋がってるみたいよ?
だからお父様が命令したら例え幻想郷の中にいても美鈴は分かるみたい」
「あの美鈴が……」
「それにしては弱いわね」
咲夜は絶句し、パチュリーは愚痴を漏らす。
「あら、彼女が弱いのは弾幕戦でしょう? 肉弾戦になったら強いわよ。おそらく私以上にね」
「それは初耳ですね」
レミリアの発言に咲夜は驚く。レミリアは吸血鬼だ。そのため基本的な能力が凡てずば抜けている。
弾幕もそうだが、無論肉体もだ。幼き体だと思うこと無かれ、人間であればそれこそ赤子の手を捻るように瞬殺出来る。
「そうよ。だって私に肉弾戦を教えたのも彼女だったのだから」
これにはパチュリーも絶句する。あんなお惚けキャラの美鈴がそこまでの存在だったとは……。
「ねぇ、レミィ。出来れば彼女の昔話、教えてくれない?」
「ええ、いいわよ。とはいってもお父様から聞いた話だけどね」
レミリアは一口紅茶を飲むと淡々と話し始めた。
その頃美鈴は美鈴で先ほどの反応速度の鈍さを悔いていた。
「やっぱ……昔に比べれば落ちたなぁ」
あの頃に比べると圧倒的に力は落ちた。
幻想郷が生まれるずっと前、かの広大な大陸で4000年も誇る歴史を持つ国で送った戦乱の日々。
眼を瞑ればその時代が浮かんでくる。あの喧騒が聞こえてくる。
「駄目だなぁ……このままじゃお嬢様にもランド様にも怒られちゃう」
その折で出会った今の自分を形成するきっかけを与えてくれた恩人を思い出す。
「そうだ、久しぶりにあれやろっと」
自室に走って戻り奥から一本の矛を取り出す。そして胸にはコロン、となる古びたクルミの鈴が付けられていた。
あの頃を思い出しながら彼女は舞った。……まだ自分が世界というものを知らなかったときの事を思い出しながら。
◆ ◆
美鈴が生まれたのは後日4000年の歴史を持つ国のその最初期の頃。
詳しい年代も分からないので今の時代から考えれば果てしなく昔のことと思えばいい。
その国の西端……西欧との丁度境に位置していた小さな、小さな村である。だがこの村には一つの問題があった。
西と東には当時有力な豪族がおり、村はその丁度境に位置するため、度々戦の影響を受けていた。
せっかく耕した畑も焼け、村の若い男たちは死に、力のないものは飢え死にするか殺されるかの弱肉強食。
東側の領地であった場合は西側からの侵略行為で村は破壊され、
逆に西側の領地の場合は東側からの攻撃により村は破壊される。
西と東…決して彼女たちの味方はいなかった。
だがそれで彼女たちは諦めるような器ではなかった。
村が破壊されようとも何度も作り直し、自らが弱いのであるのならば必死に自己を鍛えた。
『この村は守らなければならない』彼女たちはそういう信念の元生きていた。
その村は彼女たちの祖先、それもずっと昔からあった村であった。その誇りがあった。
村を捨てる事は彼女たちの、祖先たちの誇りを失う事になる。それだけはしたくなかった。
だから必死に体を鍛えた、知恵を絞り、村を守ってきた。世界から見れば自身たちは雑草に過ぎないかもしれない。
だが雑草は例え踏み潰されようとも何度でも立ち上がる、そういう信念があった。
そんな中に彼女は生まれた。もう分かるように彼女はこの頃は普通の人間だった。
そして髪もまだ今のような紅色ではなく、黒だった。
活発な少女であり、村のひまわりのような存在であり、正に中心ともいえるべき人間だった。
まだ彼女は美鈴とは名乗っていなかった。周りからは『紅』と呼ばれていた。
自身の一族代々告がれる名前でありその家系を次ぐ人間だけが名乗る事を許された名前である。
紅には両親が居なかった。幼い頃戦で死んだのだ。居たのは体の弱い妹だけ。
彼女は毎日妹を守るために必死に生きてきた。体を鍛え、村の発展に権益し、村を栄えさせた。
そのため紅は何時しか正真正銘村の中心人物、村長になっていた。このとき歳はまだ10代半ば。異例である。
だが彼女には中心人物になるに足る力があった。
村の猛者共を倒せる力があり、知略があり、そして何より人望があった。
彼女が長になってからというものの、幾度と無く村は侵略行為から逃れた。
襲ってきた敵は容赦なく倒し、その力を世間に示した。
そのため、何時しか彼女は『紅龍』と呼ばれるようになった。龍とは彼女の妹が帽子に刺繍した文字からである。
これは彼女の妹がいつでも姉と共に居るという証で自身の名前を縫ったのだ。
西からも東からも恐れられた彼女、どちら側からも冷酷な悪魔だと呼ばれるようになった。
とはいえ、当の本人はというと……。
「いった~~~~!!」
岩に座り、半泣きの状態で居た。先ほど蜂蜜をとろうとし、はちに刺されまくったのである。
見れば手には無数のさされた後があった。現在と変わらない衣装に、首には白木の飾り物がついていた。
「とほほ……まあいっか。目的のものは捕れたし」
刺された部分に手をかざすと、青白いオーラが現れる。『気』だ。彼女はこの頃から奇妙な術を身につけていた。
いや、正確にはこの頃から現れていたと言うべきか。『気』を操る能力。
これは一子相伝で伝えられる彼女の一族特有の術だった。それを使って毒を抜き、治療を行った。
「さってと……村に戻らないと、龍(ロン)が怒るもんね」
妹の名前を呟き急いで村に戻る。
村に戻るといつも通りの活気があふれていた。来る人来る人が自身に挨拶をしてくる。
そんな紅の家は村の一番外れに位置している。古びた小屋だ。近々直さなくては、と彼女は思う。
扉を開けるとなんとも上手そうな匂いが漂ってきた。
「ああ、お帰り、お姉ちゃん」
そういって出迎えたのは痩せた少女だった。
「ただいま。駄目じゃない龍、まだ身体良くないんだから寝てなきゃ」
「大丈夫大丈夫、これくらいなら……ゴホッ、ゴホッ」
「ほら、無理しちゃ駄目よ」
この妹は村を必死に守っている姉のために少しでも役に立とうと病気のみでありながら家を守っていた。
紅としてその姿勢は嬉しいのだが、それで身体を壊したら困る。自身にとっては最後の肉親なのだ。
妹を背負って寝床に寝かせると、自身は龍が作っていた料理を更によそい、それとは別に龍用の料理を作る。
先ほど捕って来た蜂蜜もそのとき使った。
「はい、食べましょう」
「うん」
寝床から起き上がった龍の傍にすわり、器を龍に渡す。紅が食べさせても良かったのだが、
自身でやる、と龍が言ったため彼女に行わせている。
この村は栄えていたがやはり、物資が良いとは言えない状況だった。
紅は龍を見るたびにもう少しマシなものを食べさせてやりたいと思っていた。
こんな日がこの十数年間続いていた。そんなある日の事だ。
「ねえ、龍。何か欲しい物ある?」
「どうしたのお姉ちゃん、いきなり」
「実は明日隣村に行く事になってるの。その帰りに何かお土産買ってくるわ」
「そうなんだ……何時ごろ帰ってくるの?」
「早くても明後日になると思う。ごめんね」
「いいよいいよ、そうだね……じゃあお魚食べたいな」
「分かった」
寝るときは姉妹一緒だ。同じ寝床に入って『おやすみ』をいい寝る。
この会話はそのときにおこなわれた。そして、この会話が姉妹で交わした最後のものとなった。
次の日まだ寝ている妹を起こさないように起きた紅はまだ夜明け前の村から出て行った。
隣村は結構離れている。行くだけでも半日の時間を要するのだ。
昼ごろ村に辿り着いた紅はその村の村長と話をした。内容は現在頻繁に現れる盗賊の話だ。
話は夜まで続き、彼女は予定通りその村に泊まる事になった。その際魚を貰う事も忘れずに。
次の日、まだ活気あふれる市場を紅は歩いていた。さすがに魚だけでは土産にならないと思ったからだった。
そんなときだった。
コロン コロン
耳に何やら変わった音が響く。見てみるとそれは村の中でも特に小さい出店だった。
丁度陰に構えられており、ひんやりとしている。
「おじさん、これはなんですか?」
「ん? これかい? これは鈴というものだ」
鈴……とはいっても今のように金属が発達した時代ではないので、クルミを加工して作ったものだ。
現代で言えば鈴モドキである。
「どうだい御譲ちゃん」
「あ、でも…」
今の紅には払えるものがなかった。
「タダであげるよ」
「いいんですか?」
「いいとも。何せ久々の外からの人だ、しかもそれが御譲ちゃんのように綺麗な子だったら鈴も喜ぶ」
「ありがとうございます」
そう言って店主は鈴を2個渡した。
「えっと、これって」
「サービスだよ」
粋な計らいに礼を言うと店から離れた。その後その村の村長から活きの良い魚を貰い、帰路に着く。
コロン コロン
その鈴には紐が付いており、首にかけられるほどのものだった。
紅はそれを首にかけ爛々気分で歩いていた。動く度に軽い音が鳴った。
そんな気分で帰路につき、もうすぐ自身の村というところで違和感を覚えた。
「……臭い」
何かが焦げたような臭いを感じた。そしてそれと同時に風に乗ってやってきたもう一つの臭い。
「血の匂い……どこかで戦が起こったの?」
だとするならばマズイ。急いで村に戻って対抗策を練らなくてはならない。
そう考え急いで村に戻る足を速めた。
が……村に近づくのと匂いが強くなるのは同時だった。
「まさか……」
焦り、ついには走り出す。そして村がようやく見える位置についたとき。
「!!」
燃えていた。黒煙が上がっていた。昨日まであんなに穏やかで活気にあふれていた村が燃えていた。
血の匂いもそこからした。いや、匂いも何も眼で見て分かる。死体が道に散乱していた。
ショックでおぼつかない足取りで村の中を歩く。皆、皆死んでいた。
優しかったおじさんも、いつもはしゃいでいた子供たちも、自身に縁談話を持ちかけてきた隣のおばさんも、
物知りで村のみんなの人気者だったおじいさんも、皆、皆。
「……! 龍!?」
呆けていた紅だが、慌てて妹の事を思い出し、家に走った。
死んでいた。
龍は死んでいた。寝床で、仰向けになり死んでいた。昨日でかけたのと同じ姿勢で死んでいた。
胸には一本の剣が刺さっていた。その剣には見覚えがあった。最近良く出没していた盗賊のものだった。
これ以上龍の遺体を傷つけないよう丁寧に剣を抜くと龍の頭を抱える。冷たくなっていた。
信じられなかった。一昨日まであんなに笑っていた妹や、村人が死ぬなんて信じられなかった。
だから注意力が散漫していた。後ろで剣を振りかぶった男の存在に気付かなかった。
ブオン
男……盗賊の一味であるこの男は殺した、と思った。だが、
パシ
紅は振り向かないでいとも簡単にその剣を受けた。人差し指と中指の間に挟みこみ、受け止めたのだ。
「ぬっ!」
これには男も驚きすぐさま剣を戻そうとするが戻らない。
紅のとんでもない力で剣を押さえ込まれていた。
「…………聞きたい事がある」
普段の明るい紅から放たれた言葉とは思えないような…ドス黒く、冷酷な声。
「何処から来た」
振り向いた眼には殺気がこもっていた。それも尋常ではない量の。
だが男とてひるまない。この程度でひるんでは盗賊としてやっていけなかったからだ。
腰から短刀を抜くと紅に向かって振り下ろした。
が
ドフ
その場で1回転した紅の肘うちが短刀が刺さる前に男の鳩尾に決まる。
女性とは思えないとんでもない威力に男の体はくの字に曲がる。
紅は先ほど龍から抜いた剣を振る、すると簡単に男の剣を持っていた右腕が吹き飛んだ。
男が悲鳴を上げるその前に、首根っこを掴み壁にたたきつけた。
「答えろ……何処からきた」
殺される、男は直感した。何とかもがくが、逃げられない。ギリギリと首を絞める腕の力が増す。
女性のうで、紅の細い腕では考えられないような力が襲った。
「き……北の…谷」
掠れる声で男は答えた。額には脂汗がびっしり浮かんでいる。
ゴキン
男が答えた直後に首の骨が砕ける音がした。ゆっくり手を離すとまるで人形のように男は崩れ落ちた。
紅は男には眼もくれず、もう一度龍に眼をやった。
「ごめんね……」
そう言って土産の鈴を一つ置くと、家から飛び出した。向かうは盗賊の居る北の谷。
場所さえ分かれば盗賊の位置を特定するのは簡単だった。盗賊たちの拠点に着いたとき、既に辺りは夜だった。
肉を焼く匂い、酒の匂い、そして何よりかなりの人数の男たちの気配を感じた。
盗賊たちの拠点では彼らが盛大に宴会を行っていた。酒を飲み、ふざけあっていた。
紅の心の中にどす黒い感情……怒り、憎しみを筆頭とする負の感情が生まれ、支配する。
ドゴォン
とんでもない音に驚いた男たちはその方向を見る。見れば紅が振り下ろした足で大地が割れていた。
「おやおや……これはこれは、紅さんじゃあありませんか。意外と早かったですねぇ」
酔っているのか彼女の放っている怒気に気付かない盗賊の首領と思われる男が言う。
「……あなたがボス?」
「そうですよ。くっくっく、どうです? 我々の趣向は。中々面白かったでしょう」
趣向? …そんなことで妹たちを殺したのか!
紅は強く唇をかむ、唇が切れ、血が流れるほどに。
「なぜ……殺した」
そう、不可解だった。資源でいうなれば自身の村よりも隣村や侵略してくる村の方がある。
「そうですねぇ、死ぬ前に教えてあげましょう。依頼ですよ依頼」
「依頼? 誰の」
「くっくっく……」
その人物名を聞いて彼女は驚いた。その依頼主は、何と侵略してくる村の村長と、
今朝方まで自身が居た村の村長だった。
「……なん…で?」
「邪魔だったんですよ、あなた達が。あなた達の村が」
首領の話によると、隣村と侵略してくる村は手を組もうとしていたらしい。お互いの相互利益のためだった。
だがその為にはその中間に位置する紅たちの村が邪魔だった。
紅たちの村は別段強くはない。強いのは殆ど紅が居たからだった。彼女が居なければ簡単に攻略できたのだ。
そこで隣村が彼女を誘い込んでいるうちに盗賊が村を壊滅に追い込んだ。
盗賊もまた、他の村と手を組んでいたのだ。度重なる戦いで自身の兵力が落ちてきたため、
少しでも生き残るために起こした策である。
「では……何故私を殺さなかった?」
そう、ならば自身が隣村に居る時点で殺せたはずだ。
「簡単な話ですよ。私たちが殺したかったんです。いや、正確には私がね。覚えてますか? この傷を」
そういって彼は衣服を脱ぎ、左肩をみせた。
「それは!? ……そう、生きていたの吸血鬼」
ニヤリ、と笑った男の犬歯は鋭くとがっていた。
それは以前、食料をとりに森に入ったときに襲ってきた吸血鬼に対して負わした傷だった。
夜で周りがよく見えなかったため、今まで気付かなかった。
「そう、そしてこの手下たちは私の僕です」
ここで不可解な疑問が残る。吸血鬼の弱点は……太陽のはずだ。
だが盗賊たちは昼間にも行動している。
「吸血鬼にも例外が居るんですよ? 例えば私のように……太陽が苦手ではないものとか」
『白昼の吸血鬼』……ギリッと紅は歯軋りをする。噂は聞いたことがあった。
その吸血鬼は太陽を弱点としない存在であり、その吸血鬼に噛まれた死者たちも太陽を克服した体に作り変えられる。
「基本的に体の傷は治るんですがねぇ。ただ、あなたに付けられたこの傷だけは治りません。いまだに痛むんですよ……」
当たり前だ、『気』を込めた一撃だったのだから。
「まぁいいでしょう。それもここまでです。あなたを殺して私の僕とします。
ああ、そうそうご安心を。あなたもご家族が同胞になったら心が痛むだろうと思いまして、
あなたの村人たちは全員血を吸わずに殺しておきました」
「……!!」
紅の殺気が爆発するのと同時に男が指をパチン、と鳴らすと部下たちは一斉に襲い掛かった。
元は人間だったとしても、結局は唯の死者の集まりだ。若くして戦闘のプロとなった紅の敵ではない。
5分も立てばこの場に立っているのは男と、紅だけになった。
紅は既に返り血で体中が真っ赤だ。無論自身が受けた傷もあるのだろうが、その見分けもつかない。
綺麗な長髪も紅くなっていた。
「いやぁ…面白い、面白い。血が騒ぎます」
「…………」
男はパチパチと拍手を送りながらゆっくりと歩いてくる男。
紅はジリッ、ジリッと間を狭め……
「ハッ!!」
俊足の突きを放った。腰、腕の筋肉をフルに使った突き、それも剣で行った。男の心臓を穿つには十分だった。
「甘い甘い」
だがそれは当たる事は無く、男はそれをヒョイと摘むようにとめていた。
「ふん」
紅が避ける前に胸に男の一突きが刺さる。だがそこは紅。
受ける直前にもう一方の手でカバーした事により致命傷は避けた。
だがその代わり腕はバキバキ、という音と共に折れ、自身の体も衝撃に耐え切れず吹き飛んだ。
「だめですよぉ、この程度で死んでは」
ケラケラと男は笑ってみせる。紅は何とか立ち上がろうとするが、胸からこみ上げてきたものに堪らず吐いた。
血だった。どうやらアバラが折れ、内臓に刺さったらしい。ガードした腕も動かない。
何とか立ち上がるが、瞬時に自身の前に現れた男に両足の膝頭を砕かれまた倒れた。
「おやおや、その程度ですか?」
彼女の前に立った男は彼女の襟首を掴むと持ち上げた。
「ぐ……」
「全く…この程度の敵に私は苦戦したんですか」
人間が吸血鬼に勝つ確率は限りなく低い。ポテンシャルが違いすぎるのだ。
「じゃあ頂きましょうかねぇ」
カァッと口を開くと紅の首筋にあてがう。彼女は必死に抵抗するが、最早片腕しか動かず、
ましてや力が違いすぎるため抗う事もできない。
首筋に痛みが走る。血を吸われる感覚がする。段々力が抜けてくる。武器も無い、ならどうする?
紅は朦朧とする意識の中、無意識に胸に着けていた首飾りを引きちぎると男の胸に刺した。
「ガッ!?」
瞬間血を吸うのに専念していた男は首筋からはなれ、紅を放した。
「これ……は……?」
グラリ、と男の体が揺れる。
「きい……たことが……ある」
そんな男に対し倒れたままの紅は顔だけを上げて男に言う。
「吸血鬼は……白木の杭を打ち込まれるのが……弱点だ……って」
首飾りは杭ではなかったが、図らずも同じ効果をもたらしたのだ。紅の声は大分掠れていた。
「く…くくく……」
もう死ぬというのに、なぜか男は笑っていた。
「ははは…ははははははは…………!!」
男の体が崩れて行く。吸血鬼の体が死んでいく。
「愉快だ、まさか…まさかこんな形で我が生を終えるとは!! これだから人間というのは面白い」
片足が塵となって行く。
「だが女よ。私はタダでは死にませんよ、すでにあなたも私と同じ体になって行くのですから」
そう、既に紅の身体の中では吸血鬼化が始まっていた。
「勿論私の僕のような存在にはさせません。あなたには私を次いで貰います。一子相伝。あなたは私の娘となるのですから」
下半身が消える。だが男は宙に浮いていた。
「ふふふ、これもまた一興」
男は紅を見下ろす。
「それでは、ごきげんよう我が娘」
そういって……男は消えた。
「勝手に……人の娘にするな……」
そう言うのと同時に紅の意識は切れた。
◆ ◆
紅の意識が戻ったのは次の日の朝だった。眩しい火の光を浴びて彼女は起き上がった。
腕も、アバラも、負傷箇所は凡て修繕されていた。
辺りからは血の匂いしかしない、当たり前だ、全員自分が殺したのだから。
ヨロヨロと起き上がる。
(気持ち悪い……)
何というか、胸の奥に何かがくすぶる感覚がした。
とりあえず水を浴びて血を流そうと思い、近くに小川を見つけたのでそこで血を流す。
「あ……」
そこで気付いた。髪の毛についた紅い色が落ちない。何度擦ってみても落ちない。
口を開いてみた。犬歯が鋭くとがっていた。試しに小石を持ってみて握ってみる。簡単に砕け散った。
「私……化け物になったんだ」
妖怪の中でも特異とされる吸血鬼に彼女はなっていた。特に最大の弱点である太陽を克服した吸血鬼に。
「これから……どうしようか」
服の血も洗い流し、湿っているが我慢して着た彼女は考える。
「復讐……」
そう、まずはこれをしよう。自身の村を襲い、無関係の人々を殺し、欲求のままに行動した2つの村を滅ぼす。
それが今考え付く唯一の行動だった。
◆ ◆
2つの村はあっけなく滅んだ。当たり前だ。『白昼の吸血鬼』、化け物となった紅から逃れられるほど人間は強くない。
ましてや復讐心を持った彼女である。逃げられるはずが無かった。
2つの村を消して、彼女はまた思案に暮れる。やる事がなくなってしまった。
とりあえず腹が減ったので死体の一つや二つ食らった。吸血鬼化はしない、する必要も無かった。
人間の肉はまずかった。だがこれもなれて行くのだろう。
とりあえず彼女は東へと向かった。こんな辺鄙な場所に居るよりかは幾分かマシだったからだ。
自身が吸血鬼だという事は伏せておいた。色々と面倒な事になるから、というのが理由だった。
そこではとある村と村が抗争をしていた。参加する気は無かったのだがとりあえず片方に着き、もう片方を潰した。
もう片方の村からは盛大に歓迎されたが、滞在しているうちに自身が化け物だと言うことがバレ、逃げ出した。
その際屈強な男共を殺しておいた。これであの村が追っ手を差し向けてくる事は無いだろう。
しかし、外の世界は面白いものだと紅は思った。
幾多の戦争、幾多の村を回って彼女が抱いた外の世界に対する感想だった。
その土地には様々な思想があり、様々な生き方があるものだと。
彼女はそういった土地で様々な武術や知恵を得、昇華していった。
そして自身の存在を嗅ぎ付け襲ってくる輩は容赦なく殺した。
別段腹が減っているというわけでもなかったが、暇だったので食らった。
数百年ばかりそう過ごしていた。その間にも立ち向かってくる妖怪、人間は容赦なく殺した。
理由は簡単、やらねば殺されるからだ。
そして気付けば自身が国中で恐れられた存在になっていた。
『紅の髪を持つ化け物』
特徴としてはそれだけで十分だった。何しろ紅の髪を持った人間などまず見かけない。
里に下りてきてみればこの髪が目印になり散々追い掛け回された。
この髪はどう頑張っても治らなかった。昔のような黒い髪にはならず、紅い髪だった。
一度黒く染めてみたが、結局文化の相違など様々な点で違いが現れ追われた。
そして気付けば名前がつけられていた。
『紅美鈴』
紅は自身で名乗ったから。鈴はおそらくこの胸につけてあるクルミから作った鈴のことだろう。
彼女は人里を襲う前に一度その鈴を軽く鳴らしてから襲った。
クルミから作られているためそこまで派手な音はならないが『気』と融合した音は不気味に人里を包み、
恐怖で怯えた人々は自身に立ち向かってきた。それが面白かった。
美は……大方自分を襲って自身の気まぐれで逃がした人間共が紅の事を美人だとでも言ったのだろう。
とはいえ自身はその名を払拭する気にはなれなかった。言わしておけばいい。
名前など結局は他人から与えられるものであり、意味は無い。
何時からか自身でも紅から美鈴と名乗るようになっていた。
※ 以後紅表記は美鈴表記へと変わります。
この時点で既に1000歳は超えていた美鈴。基本的に暇な彼女にも唯一つ、やる事があった。
それは村を破壊された日に必ずその村人たちを埋めた墓に行くことである。
さすがに1000年以上もたてば近くに人里も出来る。
墓に行くには一苦労したが、それでも気配を絶てば普通にいけた。
墓の一つに古びたクルミの鈴がかけられているものがある。龍の墓だった。
そこに摘んできた花をおく。
「…………」
交わす言葉は無い。1000年以上生き、毎年ここにやってきた、別段話すべき内容も無い。
この行為はそれからも暫く続いた。
そんなある年、世では最初の始皇帝によって生まれた秦が消え、漢王朝が生まれ数年たったころ。
いつもどおり墓参りに来ていた彼女はおかしな感覚に包まれた。
(何か変な気配がある)
人間の匂いもしたが、近くには見えない。
いやな予感がした。しかし墓参りをおろそかにはしない。それが彼女の決めたルールだった。
妹の墓の前にやってきて、手を添える。そのときだった。
ガシャン
魔力の塊が自身の腕を掴んだ。次にもう片方の手、果ては両足まで縛り上げた。
「誰!?」
でてきたのは1人の若い男だった。
「見つけたぞ!! 化け物め!」
美鈴が抵抗する間もなく、男は素早く術を唱えた。すると彼女を包むかのように結界が現れる。
「ここで貴様も年貢の納め時だ!!」
莫大な魔力を感じた。このままでは危ない、と思った美鈴は腕の魔力の塊を引きちぎり、結界をぶん殴った。
だが破れない。同時に手の皮膚がただれ、激痛が走った。
「流石はわが国とほぼ同じ月日を生きてきた妖怪。この程度では死なないか」
見れば男の方も大分汗をかいている。
「消滅できないのであれば!! 封印するのみ!!」
「!?」
術を唱えると、美鈴の上空に大岩が現れた。
「永遠に封られよ!! 化け物!!」
大岩が美鈴に直撃する。何とかこらえようとするが、その莫大な力になす術もない。
ついにその大岩に美鈴は押しつぶされた。
「封!!」
男は最後の力を振り絞り、美鈴を封印した。
これにて紅美鈴と呼ばれる世間を大変騒がせた妖怪は封じられ、男は英雄として奉られた。
そして彼女は語り継がれる。中国という国が出来たその背景に徘徊した最強の妖怪として、その後莫大なときの中を。
◆ ◆
美鈴が封印されてから更に1500年以上月日がたった頃、この地にかなり不自然な男が訪れた。
黒の長ズボンに黒のスーツ、顔から見て西洋の人間である。
いや、人間ではない。この男こそ西洋でも有名な吸血鬼、ランド・スカーレットだった。
ランドは大変勉強熱心な男だった。ちなみに彼が代を継いだのはつい200年前の事。
その間にも彼は様々な国を回った。吸血鬼であるため、昼間は行動できず夜にである。
とはいえ吸血鬼の中でも上位に入る彼は太陽の光が必ずしも死に直結する弱点と言う訳ではない。
唯万全を期すためにはやはり夜の方が好都合なのだ。
無論彼も自身の住居を構えている。ヨーロッパのとある国にだ。
そこには妻がいる。彼女は余りからだが強くないため何時も留守番だ。無論、彼女も吸血鬼だ。
そのため何時も旅は彼1人で行っている。ヨーロッパの自宅から近い国ならば妻も一緒だ。
この年、彼は初めてヨーロッパから飛び出て中国という何千年も続いた国に足を運んだ。
それは以前とある資料を見たためである。
『白昼の吸血鬼』
数千年前この辺りに居座ったとされる吸血鬼の中でも異端の存在。
資料の中ではその男はとある女性に殺されたとされていた。
その資質をその女性が引き継ぎ、その後1000年以上に渡りこの国を恐怖に陥れた。
だがついには人間に封印された、そこでこの資料は終わっている。
人間とはかくも恐ろしい存在だ。個では雑魚だが群れを成すととんでもなく手ごわくなる。
また、時間がたてば人間は育つ。そして頭も良くなる。
だがこの吸血鬼はそんな人間相手に1000年以上も生きてきた事になる。
『紅美鈴』
なんとも親近感を覚える名前だった。特に『紅』の部分が。
紅とは赤の中の赤のこと。正に血の様に真っ赤な赤の事を紅と呼ぶ。
そして自身の名前にあるスカーレットは直訳して『真っ赤』。つまり『紅』と直結する。
ランドはそんな彼女に会ってみたいと思った。
未だに会った事のない太陽をものともしない吸血鬼に会ってみたいと思った。
だからこの地にやってきた。既にそこには村が作られている、かなり大きなものだ。
そしてその中心には小高い丘があり頂上には寺のようなものがある。そこから禍々しいほどの妖気を感じた。
おそらくあそこに居るのだろう。
深夜という事を利用し、サクサクッと寺までやってきた。
中に入ると、木の板で敷き詰められた床の中央に大岩があった。
妖気がそこから放たれている所を見る限り、どうやらここに彼女は居るらしい。
敷居を乗り越えて大岩に近づく。その際トラップの鳴子に引っかかったが気にしない。
大岩に触れてみるとこれはなるほど、かなり強い妖気を感じる。
(おそらくこれを封印した人間も相当なものなのだろう)
ランドは感心する。
(だが弱点がある。中からは破れないだろうが、外からはかなり脆弱性があるな)
これならば自身の力をもってしても簡単に破れるだろう。
岩に手を振れ封印を解こうとしたときだった。
「待てい!!」
不意に背後から声が聞こえてきた。見ればこの寺の住職であろう男とその従者である人間が経っていた。
各々が武器を持っている。相当な術が込められているのも分かった。
「西洋の者か? 不用意にその大岩に触れるでない」
どうやらこちらが吸血鬼だと言う事には気付いていないようだった。
「一つ聞くが、この中に入っているのは本当にあの『紅美鈴』なのかな?」
「!? 貴様、何故その名を」
「何、私は歴史が好きでね。世界中の歴史を調べているのだよ。いやぁ、歴史はいい。ロマンを感じる」
これまでも様々な物を見てきた。その凡てが歴史のあるもの。
貴族であり、吸血鬼であり、そして個人の趣味で歴史が好きな彼を燃え上がらせるのには最高のものばかりだった。
「その中でもこの『紅美鈴』は面白い。現存し、未だに恐れられている妖怪が殺されずに生き残っているのはまず見ない」
「……それは滅せられなかったからな。だから我が先祖は封印したのだ」
「ほお、これは驚きだ。彼女を封印したのは君の先祖か」
「……それで、貴様は一体何をするつもりだ」
「なに、私もまた1人の化け物でね、君たちが言う吸血鬼というものだ。人々が恐怖する姿を見るのは至福だよ?」
「貴様!! やはり物の怪の類だったか!!」
「ふふふ……さあ、恐怖せよ人間。我が同士の復活だ」
ドン、と懇親の力を込めてランドは大岩をぶん殴った。
ミシ
ヒビが入り、たちどころに大岩は砕けて行く。
「あ…ああ……封印が、解けて行く。化け物が……」
住職たち人間は恐怖で動けずにいた。岩が吹き飛び、土煙も次第に晴れ……なんとも久しぶりに彼女は目覚めた。
「ほう……」
その姿に思わずランドも見とれる。現れたのは民族衣装を身にまとった一人の女性。
歳は10代後半。すらりとした美脚、プロモーションもすばらしい。『紅美鈴』の『美』という部分が良く納得できた。
そして『紅』の名に相応しい紅き髪。想像以上のものだとランドは思った。
「う……ああ……」
美鈴は呻き声を上げながら何とか起き上がる。だが長いこと封印されてきていたためか体に上手く力が入らない。
また眼が見えていないのか、手探りで物事を掴もうとしていた。
「大丈夫かね?」
まぁこの程度の副作用は仕方ないだろうとランドは思い、声を掛ける。
「あ……なたは?」
「ランド・スカーレット。誇り高き吸血鬼の貴族であり君の封印を解いたものだ」
「そう……あなたが……」
声だけで感じ取ったのかランドを見る。
「大丈夫かね?」
「まだ…上手く力が入らない。目もぼやけてる」
「無理もない。とりあえず目の前に居る人間は私が片付けよう。さがっていたまえ」
美鈴を庇うようにランドは前に出る。
「……ねえ、今は何年?」
「驚くかもしれないが、君が封印されてから既に1000年以上経ってる」
「……そう」
そして何かを決心したのか、彼女は立ち上がった。
「オイオイ無理はしないでくれよ? 吸血鬼とはいえ弱点はある」
「……大丈夫、それよりも…退いて」
グイッ、と力が弱まっているはずなのにかなりの力が込められていた。
「ねえ、そこのあなた」
ぼやけていてまともに見えないはずなのに、彼女は正確に住職を指差した。
「あなた、懐かしい匂いがするけど、あの男とどういう関係?」
「ふむ、あの男は君を封印した男の子孫だそうだ」
「そう……」
呟くなり美鈴の体は消えた。次の瞬間には住職の首が吹き飛んでいた。
「ほお……」
「直接的な恨みは無いけど……これもまた一つのケリだから」
よれよれの体勢で今度は周りの男たちを見る。
「よ……弱ってるんだ! 皆でかかれ!!」
男たちが一斉に向かう。
弱った美鈴はそんなそぶりを見せず軽やかな動きで一番最初に襲ってきた男の背後に回りこんだ。
男が振り向く間もなく心臓を一突きし、男の持っていた矛を奪う。
そしてその矛を巧みに扱い、彼女は次々と男たちを殺して行く。あるものは首をはねられ、あるものは顔を切られ、
またあるものは胴ごと切られた。
クルクルと矛を回し、トン、と地面に突き立て構えを解いた彼女の周りには死んだ男たちの死体が散乱した。
正にその動きは流星の如し。鮮やかなものだった。
パチパチパチパチ
静かになった寺の中にランドの拍手が鳴り響く。
「ブラボー、とでも言おうかな?」
「……どうも」
満面の笑みで拍手を行うランドにペコリ、とお辞儀をする美鈴。
「いやぁ見事なものだったよ。弱っている吸血鬼とは思えない」
「……なにが目的?」
ブン、と矛を床から引き抜くと丁度射程距離に入ったのか、ランドの首筋に矛が当たった。
「いやいや、なに。私は歴史が好きでね。君の歴史を知ってね、面白半分で封印を解いたまでだよ」
「そう……でもそれだけじゃないでしょ?」
「いやぁ、それだけだよ」
これには美鈴も絶句した。自身を利用してきた人間や妖怪はたくさん居る。
その典型的なパターンが最初は優しく接してきて最終的に自身の益になるようにするのだ。
無論、最終的には美鈴がそれを見破り殺してきたが。
だが流石に面白半分に自身と接触を図ってきたのはランドが初めてだった。
「…………」
「あらら、信じてもらえないかね?」
当たり前だ。
「むぅ……まぁいいさ。とりあえず君はこれからどうするのかね?」
「別に……やる事はない。また放浪するだけだから」
「ふむ、だがそうするとまた今回のようになるな」
暫く思案に暮れるランド。だが何か思いついたのかポン、と手を叩いた。
「どうかね? 私の家で働くというのは」
「? どういうこと?」
「なに、如何に吸血鬼といえども最強ではない。
過去にも何回か侵入者に遭っていてね。それを撃退してくれる者がほしいんだよ。
だが弱い妖怪では話にならない。だが『白昼の吸血鬼』でありこの国で最も恐れられた君になら出来るかも、と思ってね」
「用心棒ということ?」
「正確には門番だね。生憎私たちは君と違って太陽が余り得意ではない。だから昼間によく襲撃されるんだよ。
だが君なら大丈夫だろう? だから頼んだのさ」
今度は美鈴が深く考え込む。
「……下心は?」
「あるとすれば、君のような可愛い御嬢さんを他のものにくれたくないから、かな?」
この言葉にキョトンとする美鈴だがやがてプッと忍び笑いを漏らした。
「わかった。信じよう。同胞として」
「うむ」
そのときにわかに外から喧騒が聞こえた。人の叫び声である。
どうやら住職たちが死に、美鈴が封印から解けたのが分かったらしい。
「ふふふ、どうやら楽しめそうだ。この地にもスカーレットの名も刻めそうだな」
「……ランド様、ご命令を」
「とりあえず歯向かうものは殺そうか。最大級の恐怖と共に」
「御意」
ペコリと頭を下げると矛を持ち先に歩き出す。
「おい、もう大丈夫なのかな?」
「問題ありません。私は『気を操る程度の能力』を有する女です。例え眼が見えなくとも気配で敵を感じ取ります」
「ほう…それは面白い能力だ」
フフフ、と笑うとランドも後に続く。
「では、パーティーを始めよう」
その夜一つの村が壊滅した。
◆ ◆
それから数百年後、別段何も無く美鈴は門番としての任を行っていた。
だが放浪していたときとは明らかに違うものを得ていた。いや、久しぶりに体感したと思っていい。
家族の暖かさというものだ。かつて龍と共に過ごしていた事を思い出すくらい暖かいものだった。
彼女が門番についたとき、驚く事にランドの家族、側近のものたちはなにも言わなかった。
美鈴が吸血鬼界で有名だった事もあげられるが、それ以上に優しい家庭だった。
滞在中もランドは様々な場所を回った。時には妻を連れて。
美鈴は基本的に門番として留守番だ。妻を連れているときは護衛をかねて一緒に行っている。
ランドも美鈴がこの地に滞在するようになってから楽しくなったと述べている。
彼女目的で襲ってくる妖怪が増えたためだ。そしてそのこと如くを彼女は退けてきた。
歴史では彼女は冷酷で非常な妖怪だと述べられていた。だが実際にその面を見せるのは戦闘だけで
普段は一介の少女のような態度を見せる。無論これも暫くしてからの事だが。
こういった歴史との相違点を楽しむのもまたランドの一興だった。
美鈴の本性はどこか抜けており、失敗も多くするという点だ。完璧ではつまらない。
だから彼女はスカーレット家の中でも深く入っていけた。
そしてランドにも子孫が出来た。長女の名はレミリア。次女はフランドールと名づけられた。
美鈴は彼女たちの保護者としての役割も担わされたが、程なくしてフランドールからは外された。
フランドールの余りに危険な能力のためである。そのため幼少期のレミリアのみ彼女は育てた。
「ちゅ~ごく~~~!! 今日こそ勝つわよ!!」
「だから私の名前は紅美鈴ですってばお嬢様」
「ふんだ、そんな中国っぽい衣装着て中国の武器使う中国なんて中国で決まりよ」
「お嬢様~~(泣)」
どうやら彼女が中国と呼ばれるようになったのはこの頃かららしい。
というか今のレミリアからは全く感じれないほどの幼さだ。レミリアも歳相応の少女だった。
「え~い!!」
「まだまだクンフーが足りませんよ!!」
少女とはいえ、やはり吸血鬼の娘。相当な力の持ち主だ。並の人間ならば今の突進で吹き飛んでいる。
が、そこはやはりとんでもない長き時間を生き、実力を備えている美鈴である。簡単に受け流した。
「まだまだ甘いですねお嬢様」
「う~……中国なんて~!!!!!」
半べそをかきながらレミリアはパタパタと館の中に逃げていった。
レミリア、フランドール幼少期の頃の事。
そして、娘2人が成長し立派な吸血鬼となった頃。
「入ります」
館の書斎に美鈴は通された。迎えたのはランドである。
であった頃に比べ今はガイゼルヒゲを生やしたその男はコホンと咳をつくと言った。
「楽にしなさい」
「はい」
席に楽な姿勢で座った。
「さて……レミリアの様子はどうかな?」
「戦闘技術は教えました。スカーレット家としての責務も理解しましたよ」
「そうか。では、そろそろあそこに行かせるか」
「……幻想郷ですね?」
「うむ」
コクリ、とランドは頷く。
「あの子達は一度外の世界、それもかなり厳しい場所で生きてもらわねばならない。
幻想郷はうってつけの場所だ。既に博麗の巫女とスキマ妖怪との話は済ませてある」
「分かりました。それで私は?」
「娘たちについていってやってくれ」
「しかしそれではこちらの警備が手薄になりますが?」
「心配はいらんよ。君のお陰で大分こちらの従者たちも強くなった。
だがあちらは危険だ。ボディガードが居なくてはかなり厳しい事になるだろう」
「そういうことならば分かりました。門番として、お嬢様方をお守りいたします」
「頼む」
席を立つと美鈴は部屋から出ようとする。と、そこにランドが声を掛けた。
「ああ、そうそう。私と君の独自の通信路を取るとしよう。何かあればそこに連絡をくれ」
「大丈夫なのですか? あそこは相当な結界だと聞いていますが」
「問題あるまいよ。これでも私は相当な権力を持っていてね。何とかなるさ」
「そういうことでしたら、分かりました」
ペコリと頭を下げて美鈴は部屋から出て行った。
「さて……久しぶりに忙しくなるな」
数百年ぶりの忙しさにランドはニタリと笑うと幻想郷へ向かわせるための手続きを始めた。
◆ ◆
ゴクリ、とレミリアは紅茶を飲んだ。
「それで私たちは美鈴と一緒にこの地に来たというわけ。後は知っての通り。
この地に館を構えて、パチェと出会って咲夜を従者にし、今に到るの」
レミリアの昔話はここで終わる。
「そうでしたか。そんな昔から美鈴はお嬢様に仕えていたんですね」
「そうよ。今でさえあんなお惚けキャラになってるけどね」
咲夜の言葉に頷く。
「でもそんなに恐れられた妖怪ならなんであんなに弱いんでしょうか……」
魔理沙に何度もやられている姿を見て小悪魔は言う。
「仕方ないわよ。彼女肉弾戦は得意だけど、弾幕線はからっきしだったから。
この世界に来て弾幕戦習ったとき、私たちが逆に教え込むくらいだったんだから」
はぁ、とため息をつく。
「確かに今じゃあ弾幕がルールだからね。まぁ肉弾戦を好むのも居るけど」
「でしょ? 肉弾戦なら100%の防御率を誇るのよ彼女は」
「信頼してるのねレミィ」
「ええ、だって長い付き合いだからね」
パチュリーの言葉ににこりと笑って答えるレミリアだった。
「ハッ! ヤッ!」
誰も居ない紅魔館の門前で美鈴は矛を振る。日差しが強くなってきた、額から汗が流れる。
だが彼女は休み無く続けた。それはいつでもこの門を守れるように。
「いやはや、相変わらず頑張るなぁ」
そんな彼女の前に現れたのは霧雨魔理沙。美鈴が全敗している少女だ。
「まっ、そうしないとなまるから」
「んじゃあその鍛錬ついでにやるかい?」
「どういう吹き回し?」
「図書館に行くのに門を通れば必ずお前が邪魔するだろ? たまには私からさそわねぇとな」
「あらそう、なら今度こそ返り討ちにしてあげる」
矛を肩に担ぎ言う。
「今回は体術使ってもいいぜ?」
「あら、そんなこと言って良いの?」
「へへへ、それで完膚なきまでに叩きのめしてやる」
「……上等~、いいわよ、ただし肉弾戦なら防御率100%だって言う事忘れないでね」
2人して構える。
辺りが急に静かになった。お互いに今にも攻撃を仕掛ける姿勢だ。
チュンチュン
森から小鳥が数羽飛び去るのと、2人が放った巨大な弾幕戦が始まったのはほぼ同時だった。
戦争とも言っていい戦いの中、美鈴の胸についているクルミの鈴だけは涼しい音をなかせていた。
コロンコロン コロンコロン
終わり
血を吸わない吸血鬼だったら妖怪扱いでも問題なさそうだしなー
これは面白い解釈でした
それにしても長生きだなあ。
以下誤字っぽいものとか
ナイフで刺されまくれ →刺されまくられ
仕事の量は倍増しされている→しているorされている
懇親の力を込めて →渾身の力
こと如く →尽くorことごとく
漢字にすると読み易いと思われるもの
普通の生物などいはしない→居はしない
病気のみでありながら →病気の身
余りからだが強くない →体or身体
せっかくの面白い作品ですし、読み易い方がいいかと思ったのでちょっとでしゃばりました。
>刺されまくられ
刺されまくりor刺しまくられ です。
>この寺の神主
神主は神道の神社の主なので、仏教の寺の主なら住職にすべきかと。
>こと如く
悉くor尽く です。如く は ~のようだ という意味なので、この場合だと間違いです。
こんなちゅーごくも大好きですよー。
↓の名前が無い程度の能力がおっしゃっていた
ctrl+Fは完全に忘れていました。いやぁ、検索機能はすごいです。
とりあえず時間を見ながら修正しているため一度に全ては行えません。
とはいえ神主が一つ残っていたのは完全にこちらのミスです。
とにかく、感想及びご指摘のほうありがとうございました。
確実に、普通の人間からはこの門を守れる存在ですな。
>彼女はこの頃は普通の人間だった。
なんだか納得してしまいそうな自分が居る。
美鈴が実は強い、という設定は新鮮で、しかし実は公式なのかもと思う自分が居ます。
文花帖での文のコメントはやけに毒づいてますし(とび蹴り程度であれは過剰かと)、構成上とはいえパチュリーと同レベルでの登場。
さらに求聞史記の表記とを照らし合わせると、
『本当は並の人妖程度なら軽くあしらえるが、(相手と主人に)気を遣って手加減している』
というイメージが浮かび上がってきます。
ここまで妄想(失礼)、もとい考察しての作品かどうかは判りませんが、
オリジナル部分が多くてもすんなりと物語に入っていけました。
とても面白かったです。
前回のコメントで、名前が無い程度の能力さん(2007-03-17 01:49:49)を
誤って呼び捨てで表記してしまいました。心からお詫びします。
>秦 稜乃さん
そうなんですよね、普通の人間なら「確実」なんですけど…。
>Zug-Guyさん
実は美鈴強い説を考えたのは、最初、紅魔境ハードで美鈴に負けたところから
書いてみようか…と考えました。
今のような設定が確定したのは他者様の作品を読んでから
だんだん自分が書いてみたい美鈴の姿が浮かんできたのと
Zug-Guyさんが言うとおり『相手に気を遣い手加減している』
彼女を書いてみたかったからです。
感想どうもありがとうございました。
間違えた件は以後二度としないようにいたします。
>プロモーション
正しくはプロポーションですね
プロモーションだと全く違う意味になってします
美鈴かっこいいよ美鈴