あぁ、俺って死ぬんだな。そう思いながら俺は木の間から夜空を眺めていた。
調子に乗って獲物を追いすぎた。森に迷った。日が暮れていった。
夜の森は妖怪の巣窟。俺は妖獣に攻撃され深手を負っていた。手を眺めるとひどい血だ。
「チビどもとかあいつが待ってるんだろうな」
夜空に輝く星を見て、俺は家内や子供の顔を思い浮かべていた。
狩りを行ううえで一番してはいけないこと。深追い。
俺はただただ後悔していた。
意識が薄れてゆき、星の輝きが失われていった。
真っ紅な天井。紅い紅い天井。血を髣髴させる。
俺は目を覚ますと、西洋式の寝床に横たわっていた。
これが死後の世界か。俺はただただ紅い天井を眺める。
窓から光が差し込んでくる。俺は外を見たくて起き上がろうとする。
「い、痛っ!」
腹部が痛い。確か死因となった大きな傷のある場所だ。
ん......?
まて、痛いってことは生きているのか?
それとも死んでも感覚が残っているのか。
そんなことを思いつつ、痛さに耐え切れなくなりまた横たわる。
扉の開く音がする。入ってくるものは、やはり閻魔の使いなのだろうか。
「ん、気がついたみたいですねー」
俺は首を声がするほうへ向ける。
フリフリの飾りがついた服。確か、たまに里に来る十六夜さんとか言う人の着ている服と一緒だ。
無邪気な顔をした美しい女の子。何か自然的なものを感じる。
よく見ると昆虫のような羽根が背中にある。人間じゃない。
あぁ、やっぱり閻魔の使いなのか。俺は死んだのか。
「とりあえず、食べるものおいときますよ」
その子は、俺の近くに食事を持ってくる。
俺は起き上がろうとする。が、腹部に痛みが走る。
それでもなんとか上半身を完全に起こすと痛みが治まった。
「ふう。これ食べていいのか」
俺は食べ物に目を向ける。とにかく腹が減っているんだ。
「いいですよ。これは私の手作りです」
女の子は微笑む。俺も笑顔になり、食べ始める。
西洋式の食事だ。パンをかじる。俺はパンを食べるのは初めてだ。
うまい。
そして、赤いスープを口元に持ってくる。たぶん、ニンジンか何かを煮込んだものだろう。
それをすする。何かがおかしい。口の中が熱くなってくる。
「おいしいですか?」
女の子が笑顔でたずねてくる。ということは、たぶんこういう辛い料理なのだろう。
おれは何も答えずもっとすする。たぶん一口目だから、変に感じたのだろう。
やはりおかしいぐらいに辛い。おかしい。
いや、西洋の料理はこんなのだろう。俺が知らないだけなのだ。
俺は飲み続ける。やはり辛い。
女の子を見ると、クスクス笑っている。
やがて大笑いになる。
「やーい!!ひっかかったー!」
そう叫ぶと一目散に俺がいる部屋から飛び出していった。
だまされたのか。俺が生前悪いことをしてきた罰なのだろうか。
口の中がひりひりしている。だがこの場に水はない。
俺はそこまで生前ひどいことをしたのか。
「こら、客にそんなことをしてはいけませんよ!!」
廊下から女性の声がする。
「咲夜さんだってー、客にナイフ投げたりしてるじゃないですかー」
キャハキャハとさっきの女の子の笑う声がする。
「はぁ、これだから...」
足音がし始める。それはこの部屋に近づいてきている。
ドアが開く。
「!」
俺はその女性を里で見たことがある。
そう、十六夜さんだ。
ん、まてよ。俺は死んで死後の世界にいるはずだ。なのになんで十六夜さんが?
もしかして、もしかして、俺は生きているのか?
「意識を取り戻したようね」
彼女が話しかけてくる。意識を取り戻した、と言うことは、生きているのか。
「ひどい怪我だったわ。弱いくせに癖にあんな危険な場所で夜を迎えるからいけないのよ」
彼女は皮肉を孕んだ口調で話す。だが、そんなことはどうでも良かった。
俺は生きているんだ。そう思うと涙が出てきた。
「ん!?なに泣いてるのよ」
おれは十六夜さんの言葉にかまわず、涙を流していた。
「まぁ、いいわ。この後お嬢様が会いにくるからお礼を言うことね」
どうやら、この屋敷のお嬢様が気まぐれで助けてくれたようだ。
俺はどういう言葉で感謝すればいいか考えていた。
......
待てよ。俺は少しだけ風のウワサで聞いたことがあるんだがここの屋敷の主ってまさか悪魔なのか?
天狗の新聞とかにも書いてあったが、あんなのはガセネタだろうと思っていた。
この屋敷の内装を見ると真っ紅だ。たしか、ここの主は紅の悪魔、スカーレットデビルと呼ばれていた。
......
数秒の思考の後、俺の中でここが悪魔の館であることが決定した。
天狗の新聞がガセネタに思えなくなって来た。
俺は牙の生えた、大きな翼を持ち、冷酷な表情を浮かべる恐ろしい悪魔を想像し始めた。
やばい、結局殺されるのか?死ぬのか?生贄のために助けられたとか?
いやいや、だったら十六夜さんとかがいるわけない。
あ、もしかして十六夜さん実は悪魔だったとか。
ガチャリ
扉の開く音がする。背筋に冷たいものが走る。俺はつばを飲む。恐怖との対面。
「咲夜、なんでこんな早くに起こすのよ」
少女、いや幼女...。それぐらいの女の子がダダをこねる声が聞こえる。
「お嬢様があの人間が意識を取り戻したら起こせって言ったんですわ」
そして十六夜さんのたしなめる声がする。十六夜さんって咲夜って名前だったんだ。
っておい!お嬢様?お嬢様って言ったよな?俺が恐怖の対象と考えていたお嬢様が幼い女の子?
そんなバカな。声が幼いだけで恐ろしい見た目をしているに違いない。
「ごきげんよう」
幼い女の子の声がする。俺は恐る恐る声のするほうを見る。
え?
幼い女の子がたっている。ちょっと待て。ほんとに少女だ。もう一度見る。
!!??
俺は驚く。その少女の背中には、その体に不釣合いな大きな二対の羽が。
やはり人外の存在。悪魔なのだろう。意を決して彼女に正対する。
「こ、こんにちわ」
俺は声をかけてみる。そして、彼女をまじまじと見る。どう見たって普通の少女に大きな羽が生えているだけにしか見えない。
彼女はフリフリした服を身につけ、大きな紅いリボンのついた帽子をかぶって、いかにもえっへんと言わんばかりの立ち方をしている。
なんというか、すこし滑稽だ。アンバランスさがなんとも言えない。
「気がついたようね。私が通りかかったらたまたまいたから助けてあげたの。感謝しなさい」
彼女は弱いものを見るような目で俺のほうを見てくる。そして目が合う。
美しい顔。さらりとした髪。なんというか、外国のお人形さんのように美しい。
そして俺はその紅い目をみつめる。そこには吸い込まれそうなほどの深みがあった。
なんて美しいんだろう。これが俺の娘だったら。いや恋び...
ちょっと待て。俺。
俺は幼女性愛なんていう趣味はない。だが彼女の何かに魅かれている。
気を確かに持とうとしても体が熱くなってくる。
「何赤くなってるのよ。気持ち悪いわね。やっぱり人間は下品ね」
彼女にそういわれて俺は現実世界に戻ってきた。
「とにかく、怪我が治るまで私の屋敷に泊めてあげるわ」
そういって彼女は俺のいる部屋から出て行った。そのときに背中を見ると、やはりその羽が装飾品ではないことがわかった。
彼女の背中を見ているとどこからか視線を感じた。
その方向を見る。廊下からこちらを見ている少女がいる。遠目で見ても不健康そうな少女だ。
長い髪をもち、本を抱えている。なぜこっちを興味深そうに見ているのだろうか。
ふと彼女は口を動かす。
「ふふ、ロリコンね」
ロリコン?どういう意味なのだろう。少し考えてから廊下を見ると、もう誰もいなかった。
夜になった。夕飯はまた女中が食事にいたずらを仕組んであった。
でもなんだかんだで助けてもらっているんだから文句は言えない。
そう思いつつ、俺は床についた。なんだか外が騒がしいが、俺は疲れていたのですぐ寝ることができた。
次の日。朝食にはまたいたずらが仕掛けてあった。昨日はいたずらしてあるのが一皿だったのに今日は二皿あった。
何なんだろう。あの女中は。十六夜さんに怒られても全くやめる気配がない。そういう種族なのだろうか。
朝食を食べ終わった後、異変を感じた。昨日は体を起こして食べるのに痛みを感じていたが、今日は感じていない。
「治りが早いな。もしかしたら」
俺はそう思うと立ち上がった。普通に立つことができる。
ちょっと待て。大怪我して二日で立てるようになるか?普通。
俺が立ち上がって体を見回していると、昨日と同じ視線を感じる。
「なんか用があるのか?」
俺が向いた先には、昨日の不健康少女が本を持ってこっちを見て立っている。
俺は歩いて近づいていく。どう見ても何か不自然だ。
「別に。少し通りがかっただけよ」
彼女は少し含みのある微笑を浮かべながらそういった。
どう考えても怪しい。俺は近づいて問いただす。
「俺の体に何かしたのか」
率直に疑問をぶつける。
「そんなことゴホッ、するわけゴホッ」
なんだ、わざと咳き込んでいるのか?
「ごまかすなよ!」
俺はまくし立てる。どう考えてもこいつが何か仕組んでいるに違いない。
「パチュリーさまぁ」
俺が聞き出そうとしていると、遠くから少し間抜けな声がしてきた。
そして目の前に赤い長い髪を持った少女が立っている。そして背中には羽が。
その少女はこちらを見てくる。そしてムッとした表情を浮かべる。
「あなた、何パチュリー様をいじめてるんですか」
そして俺をにらんでくる。俺は一瞬後ろめたさを感じるが、すぐこう反論した。
「何って、こいつが意味ありげにこっち見てくるから...」
「パチュリー様は喘息もちなのよ。だからくだらない理由で文句つけないでください」
「は、はぁ」
なんか理不尽に怒られている気がしてならないが仕方なく頭を下げる。
「パチュリー様。図書館に戻りましょ」
二人は去っていった。
俺は真実を逃してしまった気分になった。そんな時、また腹部に痛みを感じ他ので床に戻ることにした。
夜、俺はふと目を覚ました。外がうるさい。
何かあったのだろうと思い廊下にでる。寝ぼけ眼をこすりまわりを見渡すが何もない。
戻ろうとすると走っている、と言うか飛んでいる女中が俺の後ろを通った。
「何かあったのか?」
すかさず問う。
「いやいや、うちの屋敷ではよくある事ですよ。寝てていいですよ」
彼女はそういって飛び去っていった。俺はまぁ関係ないことだろうと思い床に戻った。
また目を覚ます。とにかくうるさい。
俺は何が起こっているのか耳をすます。
「別にいいじゃない、今からやったって」
「良くありませんよ」
屋敷のお嬢様がダダをこねているように聞こえる。
原因はこれか。まぁ、幼子だから仕方ないと思い床につく。
やはりうるさくてなかなか寝付けない。
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
気がついたら朝になっていた。昨夜は騒がしかったわけであまり寝ていない。
朝食が出されている。またいたずらされてるのだろう。
「はぁ」
おれはため息をつく。助けてもらったのはいいが。
食事は何かしらいたずらされてて食べる事ができない。
夜はうるさくて寝られない。
こんな日が何日か続いた。
俺は目を覚ます。体がだるい。
「あぁー」
俺は不満のあまり一人で声をあげる。夜に寝られないし、料理は我慢して食べなきゃいけないし。
俺の傷はもう癒えた。もうこの館から出て行きたい。
「うー」
そうだ。俺はいい案が思いついた。
「勝手に帰ればいいんだ」
俺は早速立ち上がる。ここは悪魔の館。人間が勝手に帰ったって何も言われないはず。
確かにお世話にはなった。なんといっても命の恩人だ。感謝してる。
おれは心の中でそう言って部屋を出た。
ちょうど昼下がり。普段は朝に起きれたのに、あのお嬢様のせいでこんな時間に起きるようになってしまった。
紅い館の昼下がりは、静かだった。人影がなかった。何かがおかしいと思いつつ俺は出口に向かう。
「妙に静かだな」
俺はあまりの不自然さにそうつぶやく。この館は夜型とは言え、こんなに静かだった日はない。
とりあえず、俺はこの館から去るのだから関係ない。女中たちがいないのはかえって都合がいい。
俺が階段を下りようとした時だった。
「あ、あなた人間?」
上からお嬢様とは違う、幼い声がする。俺がその方を向くと、金髪の少女が上の階との踊り場に立っていた。
俺がその姿を見た瞬間、俺の脚が震え始めた。
怖い。
彼女の背中には、この世の生物とは思えない羽が突き出ていた。
いや、羽と呼べるのかどうかすらわからない。それには七色の輝くいびつな宝石がぶら下がっていた。
その非生物的なものを体の一部として、無邪気な笑顔を浮かべる少女に、俺は恐怖していた。
「一緒にあそぼうよ」
俺は声をかけられた。俺の脚の震えが大きくなる。
なぜだかわからなかった。ただの少女、ただ背中からいびつなものが生えているだけの少女に恐怖している。
彼女は無垢な瞳をこちらに向ける。邪悪なものは何一つ感じられない美しい瞳だった。
だが恐怖している。なんだかわからなかった。ただ俺の体が危険だと訴えるのだ。
俺は震える脚に鞭をうち、彼女のほうを向きながら階段を下りようとする。
パリン
彼女の近くにある、花瓶が砕け散る。何が起きたのかわからなかった。
「ただ、一緒にお遊びするだけじゃない。何で逃げるの?」
少し不満げな表情で見てくる。俺は、とっさに花瓶は彼女が手を触れずに割ったのだと判断する。
体の中からわきあがる恐怖に、理知的な恐怖が加えられる。
体も、俺の理性もただこう叫んでいる。
コロサレル
彼女は階段を少しずつ下りて近づいてくる。
「ねぇ、一緒にあそぼ?」
次の瞬間、俺は走り出していた。顔はたぶん恐怖でグシャグシャになってしまっているだろう。
だがそんなことは関係ない。息が切れても走り続ける。
館を抜け、花壇を走りぬけ、門を通り抜ける。
逃げるんだ。
目を覚ますと、目の前に家内がいた。子供たちもいた。
「あ」
俺は思わず声を上げる。涙があふれてきそうだった。
「良かった」
そう一言だけ言って家内は俺に抱きついてきた。
良かった。生きてて。ちゃんと家内の温かさも感じる。俺は確かに生きている。
後日、俺は里のものから俺が行方不明になっていた時のことをおしえてもらった。
俺が狩りではぐれてしまった時、村のみんなが二日間、俺のことを探したらしい。
それでも俺の姿が見つからなかったので、探すのをあきらめたらしい。
妖怪に食われてしまったのだろうということが噂されていたようだ。
俺の家内も、もう命がないものだとあきらめていたようだ。
そんな時、俺は里の手前で倒れていたらしい。それで今に至るということだ。
この出来事から、少し月日がたった。
稗田阿求という女の子が俺に会いに来て、俺の体験を話している。
どうやら、俺の息子が自分の親父は悪魔の館に泊まったことが有ると友達に自慢していたのが稗田さんの耳に入ったらしい。
彼女は非常に頭の良い子で、まだ若いのにこの地方の歴史をまとめているらしい。
「怪我をして倒れてたら、紅魔館の人に助けて貰って、何日か泊まった事があったよ」
俺は思い出しながら話す。強烈な体験のはずだがなぜか少し記憶があやふやである。
違う。最後の恐怖の悪魔が印象に強すぎるだけだ。
彼女はふんふん、とうなずいている。
「悪魔の家って言うけど、意外に親切なもんだな」
「吸血鬼は意外と紳士的ですからね」
「ただ、食事が食べられる物が殆ど無かったのと」
そういえば、女中たちがいたずらしてて満足に食べれた記憶が無いな。
「毎晩騒がしくて眠れないから」
あのお嬢様が我侭をいって、十六夜さんが諌めるけど結局騒がしかったな。
「さっさと逃げてきたけど」
恐怖の悪魔については俺は話さなかった。
少女が怖くて震えながら必死に逃げましたなんて、かっこ悪くていえないよな。
「そういえば吸血鬼は魅力が高く、目を見ると魅了されると言う話を聞きますがどうでした?」
彼女はまじめに聞いてくる。
「いや、そんなことなかったよ。目を見てなかったし」
「そうですか」
幼い女の子に惚れましたなんていえるわけがないよな。
吸血鬼の魅力が高いのが悪いのに、俺が幼女性愛だと思われてしまうし。
調子に乗って獲物を追いすぎた。森に迷った。日が暮れていった。
夜の森は妖怪の巣窟。俺は妖獣に攻撃され深手を負っていた。手を眺めるとひどい血だ。
「チビどもとかあいつが待ってるんだろうな」
夜空に輝く星を見て、俺は家内や子供の顔を思い浮かべていた。
狩りを行ううえで一番してはいけないこと。深追い。
俺はただただ後悔していた。
意識が薄れてゆき、星の輝きが失われていった。
真っ紅な天井。紅い紅い天井。血を髣髴させる。
俺は目を覚ますと、西洋式の寝床に横たわっていた。
これが死後の世界か。俺はただただ紅い天井を眺める。
窓から光が差し込んでくる。俺は外を見たくて起き上がろうとする。
「い、痛っ!」
腹部が痛い。確か死因となった大きな傷のある場所だ。
ん......?
まて、痛いってことは生きているのか?
それとも死んでも感覚が残っているのか。
そんなことを思いつつ、痛さに耐え切れなくなりまた横たわる。
扉の開く音がする。入ってくるものは、やはり閻魔の使いなのだろうか。
「ん、気がついたみたいですねー」
俺は首を声がするほうへ向ける。
フリフリの飾りがついた服。確か、たまに里に来る十六夜さんとか言う人の着ている服と一緒だ。
無邪気な顔をした美しい女の子。何か自然的なものを感じる。
よく見ると昆虫のような羽根が背中にある。人間じゃない。
あぁ、やっぱり閻魔の使いなのか。俺は死んだのか。
「とりあえず、食べるものおいときますよ」
その子は、俺の近くに食事を持ってくる。
俺は起き上がろうとする。が、腹部に痛みが走る。
それでもなんとか上半身を完全に起こすと痛みが治まった。
「ふう。これ食べていいのか」
俺は食べ物に目を向ける。とにかく腹が減っているんだ。
「いいですよ。これは私の手作りです」
女の子は微笑む。俺も笑顔になり、食べ始める。
西洋式の食事だ。パンをかじる。俺はパンを食べるのは初めてだ。
うまい。
そして、赤いスープを口元に持ってくる。たぶん、ニンジンか何かを煮込んだものだろう。
それをすする。何かがおかしい。口の中が熱くなってくる。
「おいしいですか?」
女の子が笑顔でたずねてくる。ということは、たぶんこういう辛い料理なのだろう。
おれは何も答えずもっとすする。たぶん一口目だから、変に感じたのだろう。
やはりおかしいぐらいに辛い。おかしい。
いや、西洋の料理はこんなのだろう。俺が知らないだけなのだ。
俺は飲み続ける。やはり辛い。
女の子を見ると、クスクス笑っている。
やがて大笑いになる。
「やーい!!ひっかかったー!」
そう叫ぶと一目散に俺がいる部屋から飛び出していった。
だまされたのか。俺が生前悪いことをしてきた罰なのだろうか。
口の中がひりひりしている。だがこの場に水はない。
俺はそこまで生前ひどいことをしたのか。
「こら、客にそんなことをしてはいけませんよ!!」
廊下から女性の声がする。
「咲夜さんだってー、客にナイフ投げたりしてるじゃないですかー」
キャハキャハとさっきの女の子の笑う声がする。
「はぁ、これだから...」
足音がし始める。それはこの部屋に近づいてきている。
ドアが開く。
「!」
俺はその女性を里で見たことがある。
そう、十六夜さんだ。
ん、まてよ。俺は死んで死後の世界にいるはずだ。なのになんで十六夜さんが?
もしかして、もしかして、俺は生きているのか?
「意識を取り戻したようね」
彼女が話しかけてくる。意識を取り戻した、と言うことは、生きているのか。
「ひどい怪我だったわ。弱いくせに癖にあんな危険な場所で夜を迎えるからいけないのよ」
彼女は皮肉を孕んだ口調で話す。だが、そんなことはどうでも良かった。
俺は生きているんだ。そう思うと涙が出てきた。
「ん!?なに泣いてるのよ」
おれは十六夜さんの言葉にかまわず、涙を流していた。
「まぁ、いいわ。この後お嬢様が会いにくるからお礼を言うことね」
どうやら、この屋敷のお嬢様が気まぐれで助けてくれたようだ。
俺はどういう言葉で感謝すればいいか考えていた。
......
待てよ。俺は少しだけ風のウワサで聞いたことがあるんだがここの屋敷の主ってまさか悪魔なのか?
天狗の新聞とかにも書いてあったが、あんなのはガセネタだろうと思っていた。
この屋敷の内装を見ると真っ紅だ。たしか、ここの主は紅の悪魔、スカーレットデビルと呼ばれていた。
......
数秒の思考の後、俺の中でここが悪魔の館であることが決定した。
天狗の新聞がガセネタに思えなくなって来た。
俺は牙の生えた、大きな翼を持ち、冷酷な表情を浮かべる恐ろしい悪魔を想像し始めた。
やばい、結局殺されるのか?死ぬのか?生贄のために助けられたとか?
いやいや、だったら十六夜さんとかがいるわけない。
あ、もしかして十六夜さん実は悪魔だったとか。
ガチャリ
扉の開く音がする。背筋に冷たいものが走る。俺はつばを飲む。恐怖との対面。
「咲夜、なんでこんな早くに起こすのよ」
少女、いや幼女...。それぐらいの女の子がダダをこねる声が聞こえる。
「お嬢様があの人間が意識を取り戻したら起こせって言ったんですわ」
そして十六夜さんのたしなめる声がする。十六夜さんって咲夜って名前だったんだ。
っておい!お嬢様?お嬢様って言ったよな?俺が恐怖の対象と考えていたお嬢様が幼い女の子?
そんなバカな。声が幼いだけで恐ろしい見た目をしているに違いない。
「ごきげんよう」
幼い女の子の声がする。俺は恐る恐る声のするほうを見る。
え?
幼い女の子がたっている。ちょっと待て。ほんとに少女だ。もう一度見る。
!!??
俺は驚く。その少女の背中には、その体に不釣合いな大きな二対の羽が。
やはり人外の存在。悪魔なのだろう。意を決して彼女に正対する。
「こ、こんにちわ」
俺は声をかけてみる。そして、彼女をまじまじと見る。どう見たって普通の少女に大きな羽が生えているだけにしか見えない。
彼女はフリフリした服を身につけ、大きな紅いリボンのついた帽子をかぶって、いかにもえっへんと言わんばかりの立ち方をしている。
なんというか、すこし滑稽だ。アンバランスさがなんとも言えない。
「気がついたようね。私が通りかかったらたまたまいたから助けてあげたの。感謝しなさい」
彼女は弱いものを見るような目で俺のほうを見てくる。そして目が合う。
美しい顔。さらりとした髪。なんというか、外国のお人形さんのように美しい。
そして俺はその紅い目をみつめる。そこには吸い込まれそうなほどの深みがあった。
なんて美しいんだろう。これが俺の娘だったら。いや恋び...
ちょっと待て。俺。
俺は幼女性愛なんていう趣味はない。だが彼女の何かに魅かれている。
気を確かに持とうとしても体が熱くなってくる。
「何赤くなってるのよ。気持ち悪いわね。やっぱり人間は下品ね」
彼女にそういわれて俺は現実世界に戻ってきた。
「とにかく、怪我が治るまで私の屋敷に泊めてあげるわ」
そういって彼女は俺のいる部屋から出て行った。そのときに背中を見ると、やはりその羽が装飾品ではないことがわかった。
彼女の背中を見ているとどこからか視線を感じた。
その方向を見る。廊下からこちらを見ている少女がいる。遠目で見ても不健康そうな少女だ。
長い髪をもち、本を抱えている。なぜこっちを興味深そうに見ているのだろうか。
ふと彼女は口を動かす。
「ふふ、ロリコンね」
ロリコン?どういう意味なのだろう。少し考えてから廊下を見ると、もう誰もいなかった。
夜になった。夕飯はまた女中が食事にいたずらを仕組んであった。
でもなんだかんだで助けてもらっているんだから文句は言えない。
そう思いつつ、俺は床についた。なんだか外が騒がしいが、俺は疲れていたのですぐ寝ることができた。
次の日。朝食にはまたいたずらが仕掛けてあった。昨日はいたずらしてあるのが一皿だったのに今日は二皿あった。
何なんだろう。あの女中は。十六夜さんに怒られても全くやめる気配がない。そういう種族なのだろうか。
朝食を食べ終わった後、異変を感じた。昨日は体を起こして食べるのに痛みを感じていたが、今日は感じていない。
「治りが早いな。もしかしたら」
俺はそう思うと立ち上がった。普通に立つことができる。
ちょっと待て。大怪我して二日で立てるようになるか?普通。
俺が立ち上がって体を見回していると、昨日と同じ視線を感じる。
「なんか用があるのか?」
俺が向いた先には、昨日の不健康少女が本を持ってこっちを見て立っている。
俺は歩いて近づいていく。どう見ても何か不自然だ。
「別に。少し通りがかっただけよ」
彼女は少し含みのある微笑を浮かべながらそういった。
どう考えても怪しい。俺は近づいて問いただす。
「俺の体に何かしたのか」
率直に疑問をぶつける。
「そんなことゴホッ、するわけゴホッ」
なんだ、わざと咳き込んでいるのか?
「ごまかすなよ!」
俺はまくし立てる。どう考えてもこいつが何か仕組んでいるに違いない。
「パチュリーさまぁ」
俺が聞き出そうとしていると、遠くから少し間抜けな声がしてきた。
そして目の前に赤い長い髪を持った少女が立っている。そして背中には羽が。
その少女はこちらを見てくる。そしてムッとした表情を浮かべる。
「あなた、何パチュリー様をいじめてるんですか」
そして俺をにらんでくる。俺は一瞬後ろめたさを感じるが、すぐこう反論した。
「何って、こいつが意味ありげにこっち見てくるから...」
「パチュリー様は喘息もちなのよ。だからくだらない理由で文句つけないでください」
「は、はぁ」
なんか理不尽に怒られている気がしてならないが仕方なく頭を下げる。
「パチュリー様。図書館に戻りましょ」
二人は去っていった。
俺は真実を逃してしまった気分になった。そんな時、また腹部に痛みを感じ他ので床に戻ることにした。
夜、俺はふと目を覚ました。外がうるさい。
何かあったのだろうと思い廊下にでる。寝ぼけ眼をこすりまわりを見渡すが何もない。
戻ろうとすると走っている、と言うか飛んでいる女中が俺の後ろを通った。
「何かあったのか?」
すかさず問う。
「いやいや、うちの屋敷ではよくある事ですよ。寝てていいですよ」
彼女はそういって飛び去っていった。俺はまぁ関係ないことだろうと思い床に戻った。
また目を覚ます。とにかくうるさい。
俺は何が起こっているのか耳をすます。
「別にいいじゃない、今からやったって」
「良くありませんよ」
屋敷のお嬢様がダダをこねているように聞こえる。
原因はこれか。まぁ、幼子だから仕方ないと思い床につく。
やはりうるさくてなかなか寝付けない。
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
気がついたら朝になっていた。昨夜は騒がしかったわけであまり寝ていない。
朝食が出されている。またいたずらされてるのだろう。
「はぁ」
おれはため息をつく。助けてもらったのはいいが。
食事は何かしらいたずらされてて食べる事ができない。
夜はうるさくて寝られない。
こんな日が何日か続いた。
俺は目を覚ます。体がだるい。
「あぁー」
俺は不満のあまり一人で声をあげる。夜に寝られないし、料理は我慢して食べなきゃいけないし。
俺の傷はもう癒えた。もうこの館から出て行きたい。
「うー」
そうだ。俺はいい案が思いついた。
「勝手に帰ればいいんだ」
俺は早速立ち上がる。ここは悪魔の館。人間が勝手に帰ったって何も言われないはず。
確かにお世話にはなった。なんといっても命の恩人だ。感謝してる。
おれは心の中でそう言って部屋を出た。
ちょうど昼下がり。普段は朝に起きれたのに、あのお嬢様のせいでこんな時間に起きるようになってしまった。
紅い館の昼下がりは、静かだった。人影がなかった。何かがおかしいと思いつつ俺は出口に向かう。
「妙に静かだな」
俺はあまりの不自然さにそうつぶやく。この館は夜型とは言え、こんなに静かだった日はない。
とりあえず、俺はこの館から去るのだから関係ない。女中たちがいないのはかえって都合がいい。
俺が階段を下りようとした時だった。
「あ、あなた人間?」
上からお嬢様とは違う、幼い声がする。俺がその方を向くと、金髪の少女が上の階との踊り場に立っていた。
俺がその姿を見た瞬間、俺の脚が震え始めた。
怖い。
彼女の背中には、この世の生物とは思えない羽が突き出ていた。
いや、羽と呼べるのかどうかすらわからない。それには七色の輝くいびつな宝石がぶら下がっていた。
その非生物的なものを体の一部として、無邪気な笑顔を浮かべる少女に、俺は恐怖していた。
「一緒にあそぼうよ」
俺は声をかけられた。俺の脚の震えが大きくなる。
なぜだかわからなかった。ただの少女、ただ背中からいびつなものが生えているだけの少女に恐怖している。
彼女は無垢な瞳をこちらに向ける。邪悪なものは何一つ感じられない美しい瞳だった。
だが恐怖している。なんだかわからなかった。ただ俺の体が危険だと訴えるのだ。
俺は震える脚に鞭をうち、彼女のほうを向きながら階段を下りようとする。
パリン
彼女の近くにある、花瓶が砕け散る。何が起きたのかわからなかった。
「ただ、一緒にお遊びするだけじゃない。何で逃げるの?」
少し不満げな表情で見てくる。俺は、とっさに花瓶は彼女が手を触れずに割ったのだと判断する。
体の中からわきあがる恐怖に、理知的な恐怖が加えられる。
体も、俺の理性もただこう叫んでいる。
コロサレル
彼女は階段を少しずつ下りて近づいてくる。
「ねぇ、一緒にあそぼ?」
次の瞬間、俺は走り出していた。顔はたぶん恐怖でグシャグシャになってしまっているだろう。
だがそんなことは関係ない。息が切れても走り続ける。
館を抜け、花壇を走りぬけ、門を通り抜ける。
逃げるんだ。
目を覚ますと、目の前に家内がいた。子供たちもいた。
「あ」
俺は思わず声を上げる。涙があふれてきそうだった。
「良かった」
そう一言だけ言って家内は俺に抱きついてきた。
良かった。生きてて。ちゃんと家内の温かさも感じる。俺は確かに生きている。
後日、俺は里のものから俺が行方不明になっていた時のことをおしえてもらった。
俺が狩りではぐれてしまった時、村のみんなが二日間、俺のことを探したらしい。
それでも俺の姿が見つからなかったので、探すのをあきらめたらしい。
妖怪に食われてしまったのだろうということが噂されていたようだ。
俺の家内も、もう命がないものだとあきらめていたようだ。
そんな時、俺は里の手前で倒れていたらしい。それで今に至るということだ。
この出来事から、少し月日がたった。
稗田阿求という女の子が俺に会いに来て、俺の体験を話している。
どうやら、俺の息子が自分の親父は悪魔の館に泊まったことが有ると友達に自慢していたのが稗田さんの耳に入ったらしい。
彼女は非常に頭の良い子で、まだ若いのにこの地方の歴史をまとめているらしい。
「怪我をして倒れてたら、紅魔館の人に助けて貰って、何日か泊まった事があったよ」
俺は思い出しながら話す。強烈な体験のはずだがなぜか少し記憶があやふやである。
違う。最後の恐怖の悪魔が印象に強すぎるだけだ。
彼女はふんふん、とうなずいている。
「悪魔の家って言うけど、意外に親切なもんだな」
「吸血鬼は意外と紳士的ですからね」
「ただ、食事が食べられる物が殆ど無かったのと」
そういえば、女中たちがいたずらしてて満足に食べれた記憶が無いな。
「毎晩騒がしくて眠れないから」
あのお嬢様が我侭をいって、十六夜さんが諌めるけど結局騒がしかったな。
「さっさと逃げてきたけど」
恐怖の悪魔については俺は話さなかった。
少女が怖くて震えながら必死に逃げましたなんて、かっこ悪くていえないよな。
「そういえば吸血鬼は魅力が高く、目を見ると魅了されると言う話を聞きますがどうでした?」
彼女はまじめに聞いてくる。
「いや、そんなことなかったよ。目を見てなかったし」
「そうですか」
幼い女の子に惚れましたなんていえるわけがないよな。
吸血鬼の魅力が高いのが悪いのに、俺が幼女性愛だと思われてしまうし。
そして、確かに妖精メイドだとあんな感じかもしれませんねww
コメントありがとうございます。
紅魔館に行った気分になって書きました。
今回は、自分がもしと言う視点で書いてみました。
どうもありがとうございます
…ときに筆者様、あなたは吸血姫の眼をまっすぐ見られ(鈍い音
コメントありがとうございます。
まっすぐ見たら恋に落t(殺人ドール