Coolier - 新生・東方創想話

最初の一歩

2007/03/01 22:16:17
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冬が近づいたある雨の日。
冷たい雫を浴びながら、あたいは泣いた。

―――負けた

初めて負けたわけじゃない。
むしろ敗北が常となるほどに繰り返してきたのに、その日の負けは胸に染みた。

―――に負けた

何度負けを繰り返しても、悔しさを忘れるわけじゃない。
情けないという思いが消えることも無い。
ただ、それでも……

―――妖精に負けた

これあたいの半生を、根こそぎ否定する出来事だった。
あたいは……自分がもっとも馬鹿にし、見下した相手に勝てなかったのだ。

「……」

冬が近づいたある雨の日。
冷たい雫を浴びながら、あたいは嗤った。
憎悪と歓喜と。
相反する激情があたいの中を駆け巡り、気がつけば雨は上がっていた。
後に残ったのはずぶ濡れになったちっぽけなあたい……
氷精チルノが転がっていた。



*   *   *



昼でも暗い森の中、あたいはぼんやり歩いていた。
冷たい風に、枝から零れた紅葉を踏み締めて。
周囲からは常に妖怪やら動物やらの気配がする。
この時期はどんな生き物も、冬を越す準備に忙しいのだ。

「あたいは関係ないけどね」

隙あらば越冬の食料に、あたいを加えようとする奴らを鼻で笑う。
妖精は物を食べなければ汗も掻かない。
そもそも呼吸以外の代謝が無いのだ。
飲食に関して言えば、やってやれないことは無いのだが。

「?」

ふと、目の前に落ちてきたドングリに気を取られ、あたいは首を上へ向ける。
正面の大きな木。
その枝の一つに、頬袋をぱんぱんに膨らませたリスが居た。
既に限界まで食料を詰め込んでいるのに、まだ未練があるらしい。
あたいの足元に落ちた木の実と、あたい自身を見比べている。

「そんなところにいると危ないよ?」

理解など出来るはずも無いが、そいつに声をかけてみる。
見つめ合うあたいら。
しかし長いようで短いお見合いは、無音で風を切った翼によって終わった。
種類までは分からなかったが、おそらく大型の鳥だろう。
口ばしでリスを捕らえると、そのまま大地に叩きつける。
数度繰り返し、獲物が完全に動きを止めると、鳥は一声高く鳴いた。

「だから危ないってのにさ」

さしたる感慨もなく、呟いたあたい。
皆、自分が生き残るのに必死なのだ。
あたいは一つ伸びをすると、自然の厳しさを目の当たりにした現場から歩き出す。
背中に羽音が聞こえてくる。
見事獲物を手に入れた勝者が、翼を打って飛び立ったようだ。

「んー……」

歩きながら上を向く。
背後から追い越していく鳥の姿を捉えたとき、あたいは氷礫を一つ飛ばす。
礫は瞬く間に鳥との距離を縮め、正確にその頭へ直撃した。

「運が無かったね、あんたも」

態々視界に入ってこなけりゃ、見逃してやったのに。
そもそもあたいの機嫌が鬱手前に最悪じゃなけりゃ、気にもしなかったんだろうね。
まぁ、関係ないか。
軽い音を立てて、鳥が地面に落下する。
この鳥と口の中のリスは、すぐに別の獣の餌になるだろう。
その時をまた見ていたい心地に駆られたが、あたいは結局歩き出した。
命の連鎖を眺めているゆとりは、今のあたいには無いのだ。

『強くなりたい』

それは物心がついたときから、呪いのように付きまとう生涯のテーマ。
自分の中の『妖精』を否定するために、あたいは強くなりたかった。



*   *   *



―――



私は自然、と彼女は言った



―――



*   *   *



あたいは目の前の大樹に右手を当てて、目を閉じた。
ゆっくりと冷気を流し込むと、それは瞬く間に凍結する。
一度目を開け、出来栄えを観察する。
大樹は表面から芯に到るまで凍りつき、完全に氷の柱と化していた。
もう一度、あたいは右手を押し当てる。

「パーフェクト……」

呼気と共に軽い振動を送り込むと、氷樹は瞬く間に砕け散る。
あたいは氷樹の欠片が地に落ちる前に、再び冷気を練っていく。

「フリーズ!」

氷気はあたいの支配下にある。
その命を受けた氷の欠片は、目の前で完全に静止した。
内部に木という、命を宿した氷。
キラキラと輝くそれは、製作者であるあたいも、見惚れるほどきれいだった。
だが何時までも見ているわけには行かない。
あたいは右手の指を立て、虚空に一つ線を引く。
すると無数の氷の欠片は、まるで意思を持つようにあたいの線をなぞっていった。
もう一度、今度はさらに高速の線。
氷の欠片も、あたいの意図通りに早く薙がれる。

「よーし……」

あたいが指を真上に翳す。
すると、氷の欠片はあたいの周りにサークルを作って落ち着いた。

「せーの!」

あたいは両の手を胸の前で合わせると、同時に左右に開いて見た。
氷はあたいの周囲から弾け、弾丸となって全方位に散って行く。
その弾道を見届けることなく息をつき、あたいはその場に座り込んだ。
……疲れた。
生成した弾丸を何時までも放たず、延々と支配下に置き続ける。
これはただぶっ放すより、遥かに難しくて疲れるのだ。
コストを考えれば、あまり使える技じゃないが……

「……はぁ」

あたいが思い返すのは昨日の事。
それは決して少なくない、敗北の記憶の一つ。
だが、その日の負けは勝手が違う。
あたいは、ゴミみたいと思っていた妖精に負けたのだ。
一晩たってどん底からは這い上がったが、胸の空洞はむしろ深刻になっていた。
次は負けねぇ。
その思いだけで、傷ついた身体を無理やり引き摺っている。
負けない……その為には……
あたいは身体を起こして立ち上がる。
再び右手を空に翳し、人差し指を立てる。

「集まれ」

その声に応えたのは、放った弾丸のうちの半分程。
その結果に、あたいは思わず舌打ちする。
これでは勝てない。
あの妖精は速かった。
翅の形から風精の類だと思うけど、それにしても速かった。
弾丸を生成出来るのは、おそらく一度だけ。
ならば外れた無数の弾すら再利用して、無駄弾を減らして行くしかない。
さらに機会が来るまでは周囲に配置し、盾として使いたいのだが……

「厳しいなぁ」

この調子では一発撃つごとに弾数は半減。
サークル状に維持するだけでも妖力を喰う。
発想は悪くないと思うのだが、それを実行し切る力が無い。
あー……ムカつく。
あたいは氷の支配を解いた。

「あー……ん?」

集中をほどき、意識を周囲の木々に向けたとき、あたいの視界に怪しい物体が飛び込んできた。

「……なんだろ?」

それはあたいの背丈より、やや大きい闇の球。
ふらふらと宙を漂いながら、周囲の木々にぶつかっていた。
その度に闇の中から「あう?」だの「ほえ?」だの、間の抜けた声がするから不気味である。

「中に人でも居んのかな?」

幾度かの衝突と、方向転換を繰り返す闇。
頬を掻きながらしばらく見ていたが、やがてこちらに向かってくる。

「……」

それは決して速くない。
速くないが、あたいと闇の間には、もう障害物が存在しない。
どうしたものかと腕組みをしたところで、正面に浮かんだ闇はピタリと止まる。
距離にしておよそ数歩分。

「貴女は食べてもいい人類?」

闇は少女の声色で、あたいに語りかけてきた。
可愛い声だと思う反面、その物騒な内容に悪寒が走る。
妖怪の中には妖精を喰らうフェアリーイーターもいるのである。
不測の事態に対応するため、あたいは両手に妖気を込めて身構えた。

「あたいは人類じゃないから、食べられないと思うな」
「そーなのかー」

軽口を聞きながらも、あたいは相手を観察する。
闇に目を凝らすと、薄らぼんやり人の影が映る。
どうやら本当に、中の人がいるらしい。

「とりあえずさ、そのもやもや止めとかない?」

そんなものと話しているあたいが間抜けくさいから。

「んー……でも眩しくってね」
「こんな薄暗い森で、眩しいの?」
「……森?」

きょとんとした声で呟いた闇は、次第に薄れて消えていく。
中から現れたのは紅い瞳。
黒のロングスカートに白いシャツを着て、その上から黒いチョッキを着た少女の姿。
一見すると人のようにも見えるが、それにしては八重歯が少々鋭すぎた。
妖怪と見たあたいは、さらに警戒を強めて少女を見やる。
小首を傾げ、周りを見渡して「おー」等と驚く相手に、緊張感を持続させるのは難儀だったが。

「本当に森だね。道理でいっぱいぶつかる訳だよ。周りは全部木だもんねー」

からからと笑う妖怪に、あたいは一抹の不安を覚えた。
これは関わってはいけない類の相手だった気がする。。
それでもある種の覚悟を決めた勇気あるあたいは、頬をかきながら名を名乗る。

「あー……あたい、チルノって言うんだけどさ。あんたこの森の妖怪?」
「違うと思うよ? 私最近来たばかり……だと思うし」
「なにその思うってのは?」
「ずっと闇の中に入って動いてたからね。最初は砂漠に居たはずなんだけど、此処何処なのかなぁ?」

……こいつはダメだ。
世の中には不思議な生き物がたくさんいる。
そのことを実体験で理解してきたつもりだが、此処まで吹っ飛んだ思考回路の所有者と巡り会ったことは無い。 
本格的に逃げたくなったが、少しばっかり遅かった。
妖怪はため息と共にお腹を擦り、満面の笑みを向けている。

「お腹空いたなー」
「そりゃ大変だ」
「もうこの際、お腹に入れば妖精でも良いかな」
「残念。此処には妖精なんかいないのさ」

自身の声に心が軋む。
極々小さな違和感が生まれ、脳裏に奔る幾つかの光景。
同族を次々と凍らせたあたい。
狂ったように叫んだあたい。
あの日は雨が振っていて……

「嘘だぁ……」
「あ?」

何かを思い出そうとした時、彼女の声で正気に戻る。
それは危険な記憶だった。
忘れる事など出来ないが、意識してはいけない事。
あたいの心のど真ん中。

「いるじゃない? 美味しそうなのが、目の前に」
「あたいは妖精じゃねぇ!」

人が気にしていることを平気で言いやがったこの妖怪!
怒りは冷気となって迸り、周囲の気温を低下させる。
睨みつけるあたいの前で、妖怪は再び闇を纏う。
今度のソレは、さらに暗い。
宵闇を超えた漆黒は、すぐに彼女の姿を覆い隠した。
闇は彼女の周囲に留まらず、あたいすら飲み込もうと広がってくる。
だがあたいの放つ氷の妖気は、闇の妖気に拮抗し、容易にその領域を侵せない。
闇と冷気は互いを否定し、それぞれを支配下に置こうとせめぎ合う。

「何のつもり?」
「コレでチルノは私が見えない。構えも初動もね。」
「そりゃ凄い」

だからなんだ?
そんなもの何処も怖くない。

「……アンタ名前なんていうの?」
「私はルーミア。よろしくね」

愛らしい声が闇から響く。
その声に相応しく、彼女は微笑んでいるのだろう。

「そっか、よろしくルーミア。でもアンタさぁ……」

あたいは一つ息を吐き、半眼になって闇を見据える。
視界に写るモノは先ほどと同じ。
あたいらの背丈より少し大きい闇球が、正面でふよふよと漂い浮んでいた。

「モノホンのアホだろ?」

確かにルーミアの動作は全く分からない。
だが、あいつからあたいは見えているのか?
さっきから木にぶつかってふら付いていた様な奴が。
とにかく此処は先手必勝。
あたいは左手に氷を作る。
それは赤子の頭ほどもある氷塊。
思い切り振りかぶり、全身のバネを用いて闇の中にぶん投げた。

「うきゃ!?」

固いものどうしがぶつかる音と共に、闇の中から悲鳴が響く。
ルーミアの身体が地面に落ち、彼女が纏う闇も次第に薄れて消えていった。
闇が晴れた事を確認したあたいは、額に瘤を作って目を回すバカを発見。

「……どうしたもんだろ」

踏んでポーズでも決めようか?
でもこの勝ちを誇ることは恥だよなぁ……
自身ではどうしようもない疲れを、息と共に吐き出す。
これだけすっきりしない勝利は、あたいの中でも多くない。

「木を盾にして逃げりゃ良かった」

後悔しても、もう遅い。
仕方ないなぁ……

「ちょっとルーミア、起きなさいよ!」

とりあえず平手を数度ぶち込んで、あたいは気付けを試みた。



*   *   *
          


―――



私は妖精、と彼女は言った。



―――



*   *   *



それが始まって、どれだけの時が過ぎたのか。

「あ、はは! あーはっはははははっ……アンタ最高!」

あたいは大笑いしながら地面をのたうち、知り合ったばかりのルーミアを指差していた。 

「がおー」

この鈍ちんは、平手くらいじゃ起きなかった。
なかなか目覚めぬルーミアに、とうとう業を煮やしたあたい。
手近に居た蛙を捕まえて、無理やりルーミアに食わせてみたのだ。
……ソレがどうやら、ヤドクガエルの一種だったらしい。
種類によっては猛毒を持つ蛙。
ごっくんと素敵な擬音と共に飲み込んだルーミアは、効果覿面に跳ね起きた。
そして……

「がおー」

唐突に、緑色の炎を吐き出した妖怪さん。
特に苦しげな様子は無い。
ただ、それまで様々な笑みを見せていた愛らしい顔から、完全に表情が消えているだけである。
先ほどから息を吸い込んでは、肺が空になるまで炎と共に奇声を発するルーミア。
その様子に腹を抱えて笑うあたいは、面白い見世物をもたらした出会いに感謝していた。
調子が良いということなかれ。
楽しい事は何にも増して重要な事なのだ。

「がーおー」

ルーミアの瞳がこちらに向けられ、何か訴えるように涙ぐむ。
このままにしておくのも可哀相か?
何時まで火を噴けるのか、見ていたいとも思ったけど。
一欠けらの良心を奮い立たせ、笑いを納める寛大なあたい。

「……はぁ。ほら」

一片の氷を生み出して、ルーミアの口に入れてやる。

「かぽ?」

氷を食んだルーミアは、肩で呼吸しながら座り込んだ。
口の熱を冷ますルーミア。
その頬は深紅に染まり、まるで歯を病んだように腫れ上がっていた。
あたいはもう一片氷を渡す。
再び氷を頬張ったルーミアはリスのような愛らしさがあった。

「……」

恨みがましい瞳で見つめてくるルーミアに、肩を竦めて息を吐く。
おそらく喋れないのだろう。

「悪かったってば」

あたいは一口大の氷を、小山のごとく積み上げる。
ルーミアはその中に頭ごと顔を突っ込むと、氷は瞬く間に溶け出した。
妖怪観察日記……妖怪に毒蛙を食わせると、頬をぱんぱんに腫らせて面白い……マル。
すぐに氷を溶かしつくしたルーミアは、ややくぐもった声で聞いてくる。

「毒か何か?」
「唯の蛙だよ」
「そーなのかー」

いや、毒だけどね?
喘ぐような口調で話すルーミアに、そっけなく告げるあたい。
もう少し突っ込まれるかと思ったが、それ以上聞く気もないらしい。
ルーミアは紅くなった頬を擦りつつ声をかけてきた。

「貴女はこの辺の妖精さん?」
「違うよ」

何が違うのかをはぐらかし、あたいは俯いて呟いた。

「そっか。じゃあ此処が何処かは分かんないか」
「うん。あたいも初めて来たところだから」

……これ以上こいつと関わるのは危険だ。
命の危険じゃない。
氷結させたあたいの何かが、解けそうになる違和感。
それは生きたまま喰われるよりも怖い事……

「それじゃ……!?」

挨拶もそこそこに、この場を辞そうと振り向くあたい。
だが、突如横合いから放たれた火球に、台詞を中断させられた。
飛び退いて回避しつつそちらを見れば、白銀の毛並みを持った狼が数匹。
ゆっくり円を描きつつ、あたいらを囲む布陣を敷いていた。

「……でっかいねー」

呆れた口調で呟くルーミア。
狼共は、成長しきった熊よりも大きな身体を持っていた。

「脳味噌まで筋肉に回しちゃいましたってか?」

それは明らかに知識を有する妖怪には見えない。
幽玄な妖というよりも、人からは化け物と認識される類である。
どうやら、あたいらを晩御飯にするつもりらしい。
丁度いい。
一暴れして憂さを晴らそうか。

「ぞろぞろ来たね狼さん。赤頭巾じゃないけど勘弁な!」
「嬉しそうだねー」
「おうよ。叩き潰してすっきりするんだ」

右手に氷の棍棒を作り出し、狼に対して身構える。
その間にも木々の奥から狼の数は増えていき、十を超えた所でようやく止まる。

「……ねぇルーミア」
「なぁにチルノ?」
「半分任せていい?」
「ん。いーよ」

気軽に請け負うルーミアに、あたいは少しの不安になる。
化け物に囲まれてからこちら、ルーミアは全くと言って良いほど動揺をしていない。
これは余裕なのか、それとも危地にあることが分かっていないのか……
いつの間にか、互いに背中を預けたあたい達。
背中越しに伝わる体温が、妙にあたいを落ち着かせた。

「ねぇチルノ」
「なに?」
「もう半分は、任せて良いの?」
「任せていいよ」

狼の群れは徐々にその囲いを狭くしてくる。
狩りの常道というものだろう。

「大きいことは良いことだよ、食いでに勝るものはないからね」

妙に弾んだルーミアの声を、あたいは背中で聞いていた。
氷弾を飛ばして牽制しようとしたところで、突如背後で膨れ上がった妖気。

「は!?」

思わず振り向いてしまったあたい。
それは致命的な隙を生んだ筈だが、狼達も其処に付け入る事は出来なかった。
右手に灯った闇を、頭上に掲げたルーミア。
闇は辺りの光を喰って、一瞬ごとに巨大化していく。
そんな目の前の光景にあたいも、そして狼共も竦んでいたから……

「鵺、だよ」

宣言とともに、猛る闇は巨大な鳥へと姿を変える。
高い森の木に届かんばかりの巨躯と、その巨躯をさらに凌ぐ大きさの翼。
ルーミアが軽く右手を振ると、闇で象られた巨鳥が大空へ舞いあがる。
その様子に頷くと、既に動くことも出来ずに震える狼に別れを告げた。

「ばいばい」

その声に応えた闇の鳥は、ルーミアの視界にある狼の集団に舞い降りた。
あるものはその嘴に挽き千切られ、またあるものは足に握りつぶされる。
一方的な虐殺。
瞬く間に狼を駆逐した怪鳥は、一声鳴いて飛び去った。
後に残ったのは呆然とルーミアを見つめるあたいと、本能でどちらが強いか察して動きの取れない狼だけ。
死すら温い静寂が、元々静かな森を支配する。
その中にあり、空気を読まない加害者は、満面の笑みを向けて来た。
 
「後は任すね」

それきり、ルーミアは軽い音を立てて地面に沈む。
最早ピクリとも動かない。
穏やかな寝息が耳に届く。
力を使い切ってぶっ倒れたか……?
……あれ?
だけどこの場合……って、

「おい!?」

なによそれ!?
あたいはあんたを背負いながら半分相手にしろってか!
フットワークを潰されれば、あたいの有利さってまるで無いぞ。

「そ、そりゃないでしょ? ああもう!」

ぶち切れて喚いた時、残った狼の一匹が音も無く背後から迫ってきた。
ルーミアが倒れたことで、脅威は無いと思ったらしい。
あたいを射程に納めた狼は、牙をむいて飛び掛る。
うぜぇ。
振り向き様に棍棒一閃。
不用意に襲い掛かった狼の頭を砕き、血と脳漿を撒き散らしてやった。
返り血を浴びながら周囲を見渡し、相手の位置と地形を押さえる。
出来れば移動しながら戦いたいところであったが、そうするとルーミアが邪魔になる。
置いて行ったとすれば、狼はあたいを無視してルーミアを喰うだろう。

「しょうがないか」

共闘を申し込んだ時から、ルーミアを放り出すつもりは無かった。
それは格好の悪いことだから。
良い事も悪いことも、全て自分が見てるのだ。
あたいはあたいの瞳から逃げられない。
どうせいつも見張られているのなら、なるべく格好良い所を見せてやる。

「来いよデカ物」

狼の数は、後六匹。
同時に掛かられた場合、一度倒せるのは三匹が限度。
その後、牙と爪に引き裂かれながら、潰せるのが二匹として、あと一匹……
ヤバイ……勝てないかも……
常ならばこの時、あるいはもっと早くに逃げを打っていたと思う。
しかし今は、無邪気に眠るルーミアがそれを許してくれなかった。
出会って間もないあたいを信じ、力を出し尽くしたこの妖怪が……

「あ、何にも考えてないだけかな?」

あたいのぼやきを隙と見たか、狼たちが襲い掛かってきた。
予想通り、同時に来たのが四つ。
残り二つは後詰めか!?

「喰らえ!」

あたいは大地に手を付くと、其処から冷気を解き放つ。
すると地面から伸びた逆氷柱が三つ、狼達を串刺しにした。
もう一匹に向き直ろうとしたが、間に合わない。
肉薄した狼が、その爪で左肩から右脇腹までを引き裂いた。
あまりの膂力に、吹き飛ぶあたい。
その先には、先程来なかった一匹が待ち構えて……

「っんのぉ!」

転がりながら跳ね起きると、狼の直前で静止することに成功した。
しかしその間に寄った狼は、ボロ切れのようになったあたいを喰おうと牙を剥く。
それを避けず、むしろ自らも踏み込んで、狼の口内に右手を差し込む。
朱が散った。
あたいは痛みで遠くなる意識を、必死に手繰り寄せていた。
半ば飛んだ意識で冷気を放ち、食われた右手をごと狼の頭を凍らせる。

「死ね」

その声と共に、氷結された狼の頭は砕け散った。
後二匹!
位置はあたいを挟んだ前後。
そのことを一瞬で把握して、再び左手に冷気を生んだ。
右手は半ばから千切られ、使い物になりそうに無かったから。
ルーミアに近いほうから潰そうと、正面の狼に雹弾を放とうとし……

「嘘!?」

背後から放たれた火球へ、生み出した雹弾を合わせて打ち落とす。

「……そういや、火ぐらい吐くんだったか」

火球は背後の狼が放ったもの。
油断した。
このときようやく、狼が最初に火球を飛ばしてきたことを思い出した。
……万策尽きた。
背後には火球であたをを狙う狼がおり、前の奴は一足で飛び掛るのに、やや遠い距離で構えている。
唇が千切れるほどに喰い締めた。
背中に嫌な違和感を感じる。
何時撃たれるのか分からない。
正面の狼はあたしを見据え、ニヤリと笑った……ような気がした。

「……ごめんルーミア」

ルーミアに歩み寄る狼。
俯きかけたその時……
あたいの背後から悲鳴が上がった。
それは明らかに獣の悲鳴。

「今だよ!」

聞き覚えの無いその声に急かされる様に、あたいは前へ駆け出した。
左手に生んだ氷刃を携えて。
狼はあたいに向き直ると、呼気と共に火球を放つ。
氷刃で火球を切り裂き、狼に肉薄するあたい。
振るわれた爪を掠りつつ、刃を一閃。
狼の脇腹を貫くと、手を離してその場から離れる。

「爆ぜろ!」

あたいの声と共に、狼に刺さった氷刃が爆散する。
それは強靭な筋肉の内側から、脆い内臓をズタズタに切り裂いた。
喀血してよろめき、狼の巨体が崩れ落ちる。
まだ終わりじゃない!
最速で振り向きながら、再び左手に氷刃を生み出す。
視線の先には血溜まりに伏せる狼。
そして、一人の少女の姿。
……狼は、全滅した?
あたいはその場に座り込む。

「やったね!」

彼女はニッコリ微笑んで、あたいのもとに駆けてきた。
三度傘と合羽を纏い、肩には振り分けをかけた、正しい日本の旅人姿。
身長はさほど高くなく、あたいやルーミアと大差ない。
一見すると子供のような背格好だが、合羽から覗いた二股の尾。
それは明らかに、少女が人外に在ることを証明していた。
右手には抜き身の脇差が握られ、刀身は赤い血で濡れている。

「大丈夫?」 

北風小僧ルックを地で行く少女は、あたいの怪我を見て眉を顰める。
なんとなく気まずく感じ、苦笑いして無傷の左手を振ってみせた。

「……すごく、痛いよ?」
「多少なら癒しも出来るけど……」
「それはあたいも出来るから、良かったらそいつ……」

今だ眠りこけるバカを足で指す。

「……そのバカ、運んでもらって良い?」
「分かったよ」

少女がルーミアを背負ったのを見たあたいも、よろめきながら身を起こす。
 
「とりあえず休めるところ探そうか。アンタの話は、そこで聞くね」

苦痛を出さないように意識して、あたいは少女に片目を瞑った。



*   *   *



―――



私は風、と彼女は言った。



―――



*   *   *



「橙って言うんだ、私」

場所を移動したあたい達。
落ち着いた場所を見つけたときには、すっかり夜も更けていた。
とりあえず焚き火を起こし、ルーミアが目を覚ましたところで、それぞれの自己紹介に入る。

「さる偉い妖怪の、式神なんてやってるの。お使いの途中なんだけど……」

橙はチラリと、横に置いた振り分けに視線を投げる。
何かしらの細工で容量を上げているのだろう。
先程倒した狼の牙や、毛皮が剥いでしまわれている。

「とりあえず、それもお終いかな。材料もいっぱい集まったし」
「材料?」
「料理? ねぇ料理?」

間抜けな事を聞いたのはルーミアである。
先程の狼……
橙は死骸から、牙や骨ばかりを集めていた。
何かの細工にすんのかな?
あたいの内心をよそに、橙は苦笑して首を振る。

「違うよルーミアちゃん。藍さま――ご主人さまに頼まれて、武器を作る材料を頼まれていたの。ソレも天然素材」
「天然の?」
「うん。金属なんかの人工物も良いけど、天然素材にはまた違った味わいの武器が出来るんだって」
「そーなのかー」
「まぁ、一通り集めて帰る途中だったんだけど……」
「其処で襲われてるあたいらにぶっついた?」
「うん。どっちが悪いかわかんないけど、ああいう時は人型の生き物を助けるよね」

からからと笑う橙。
その顔には欠片も邪気が見出せない。
応えようとしたあたいだが、裂かれた右手が痛んでうずくまる。
左手を添えると、静かに冷気を注ぎ込む。
傷口は腕ごと氷結し、氷の内部で腕の再生が始まった。

「大丈夫?」
「……なんとかね」
「半分任せろって言ったのにー」
「っぐ……このアマっ」

そりゃ言いましたけどね?
いきなりぶっ倒れるなんて思ってなかったんだよあたいは!
あんな奴ら、二人で交互に弾幕でもかけてやれば、それで事はすんだのに。
喉まで出かかった反論を飲み込み、あたいは橙に声をかけた。

「さっきはありがとね」
「良いんだよ。思いがけずにいい材料ゲットできたし。藍さま喜んでくれるかな……」

橙の顔がだらしなく崩れる。
若い身空で従者なんてやっているので、もしかしたらと思ったが……
どうやら相当に、その主とやらに惚れ込んでいるらしい。
ま、その辺はどうでもいいけどね。

「それで、二人はどうしてこんな事に?」
「私はいつの間にか此処にいたの。此処が何処なのか、今が何時なのかも分かんないんだー」

そりゃ分かんないだろうさ。
自分で作った暗闇の中を、砂漠から森になるまで漂い続けてたってんだから。

「ルーミアちゃん、記憶喪失?」
「記憶は在るけど……中身は無いから同じかな?」
「橙。こいつの相手まともにすると疲れるよ」

あたいは善意でそう言ったが、聞いてないねこの猫は。
先程から、彼女は一つの事を始めると他のことが疎かになる。
それだと使える大人になれないぞ?
こっそりとため息をつくあたいは、二人は放って傷の手当に専念する。
腕だけでなく、身体の傷も結構深い。

「ルーミアちゃん! 苦労したんだね、もう大丈夫だよ!」
「うん……橙。辛かったよ!」

なにやら感動的な物語が結ばれたらしい。
抱き合って泣きだす二人を尻目に、あたいは焚き火の熱を避けながら身体にも冷気を回してゆく。

「右も左も分からない森の中で、毒を飲まされて売られそうになったなんて……」
「おい!?」
「そうそう。橙が来てくれなかったら、今頃私は小児性愛者の慰み者に……」
「なんて酷い!」
「違うだろ!?」

随分と素敵な曲解をかましてくれるルーミア。
橙は元が素直な性格らしく、疑うことなく信じている。
このとき、あたいは確信した。
こいつらはきっと良いコンビになる。
直訳すると、バカが二人に増えました。

「はぁ……もう良いよ。皆あたいが悪いんだよ。ルーミアが売られるのも狼に襲われるのも世界が丸いのもお日様が昇るのもさぁ」
「自棄になっちゃだめだよチルノちゃん」
「そうそう。幸せはその価値を知る者の所に集まるんだから」
「……あんた達幸せでしょうがないんだろ?」
『もちろん』

ハモるな。
あたいはヒラヒラと左手を振り、癒しに専念する。

「チルノちゃんは、どうしたの?」
「ん……ちょっと修行中にバカと出くわしてね」

あたしはチラリとルーミアを見やる。
きょとんとした顔で首を傾げるこいつは、自分の事だと理解しているのか怪しかった。

「で、なんやかやと時間食っているうちに、狼さんに襲われたのさ」

忌々しげに呟くあたい。
しかし、まだ二人の表情に含むものを感じる。
なんというか、気持ちが悪い。

「……いいよ?」
「あ、うん……チルノちゃん妖精だよね? それがなんで一人でいるのかなって」
「ズバっと来たね?」
「あ! ごめん……」

目に見えて落ち込んだ橙に、極々僅か苦笑する。
しかし、橙の疑問はもっともである。
妖精とは本来、群れで生活する生き物なのだ。
それは単体では非常に弱い生物が、自然界で生き残るための常套手段。
あたい自身、自分以外に単体で生きる妖精など聞いた事が無い。
……それにしても……妖精か。

「確かにあたいは妖精だよ。でも……正直嫌なんだ妖精って。ソレこそ反吐が出るくらい」
「どうしてって聞いていい?」
「弱いからだよ」

妖精は屑。
妖精は塵。
妖精は弱い。
だけどあたいは違う。
絶対にそうはならない。

「自分は違う……って、思ってたんだけどなぁ」

はっきり言って自慢だが、あたいの妖気は妖精の枠を超えている。
ソレこそ、最下級の妖怪となら勝負出来るほどの絶対量があるのだ。
だけどそれだけ。
昨日の敗北で思い知らされた。
痛みの雨に打たれながら、ソレまで自分が積み上げてきたものが壊れていくのを感じていた。
……取り戻さなければならない。
そのために絶対に必要な事……ソレは……

「もう一個聞いて良い?」
「駄目」
「がーん」

それは今まで黙っていたルーミアの発言である。
真っ向から切って落とすあたいに、ルーミアは開いた口が塞がらない。
してやったりと笑みを浮べ、あたいはルーミアを見つめ返す。

「修行してたって言ったけどさ?」

スルーかよ!?
今がーんとか言ってたくせに!
やるじゃないルーミア。
あんたはあたいのデスノートに名を連ねたよ。

「もちろん相手がいるんだよね?」
「……それ聞いてどうするの?」
「相手が妖怪だったら、知り合った好で止めてあげる。妖精だって言うんなら……」

そう言って、ルーミアと橙は視線を合わせる。
おそらく二人は、敵が妖精である事に察しは付いているのだろう。

「相手は妖精。多分、風の妖精だと思う」
「本当に妖精なんだ?」
「うん。妖怪が化けてなけりゃ、妖精だったと思うよ」
「チルノちゃんが勝てない妖精って……」
「妖怪が化けてる方が分かりやすいんだけどなぁ」
「肌で感じた妖気は、絶対あたいよか弱かったよ」
「そーなのかー……」

頬を掻きつつ、曖昧な返事をくれるルーミア。
まぁ、気配も力も妖気も格下の相手に負けたってんだからお笑いだ。
しかし二人は笑うでもなく、なにやら考え込んでいる。

「もし、そんな妖精いるならさー」

ルーミアの発言は、妙に黒い声音であたいに届いた。
橙も黙っているところを見ると、近い感想を持ったか?

「私も会ってみたいなぁ」
「あんたは会ってどうするのさ?」

それは特に意味のある質問ではなかった。
しかしルーミアは声も仕草も全く変えず、信じられない事を言って来た。

「だって、美味しいかもしれないじゃない?」

今までと同じ笑みのまま、ルーミアは奴を喰らうと言った。
どうしてだろう?
その発言は、あたいの心の何かに触れた。
決して良い方向の当たりじゃない。
なんとなくムカついた。
あいつが、そんな簡単に喰われて堪るか。
それじゃあたいが惨め過ぎる。

「……見た目普通の妖精だったけどね?」
「チルノだって見た目は普通。でも凄く美味しそうだよ」
「そいつも美味そうだっての?」
「うん、だって……」

ルーミアと語りながら、あの妖精を思い出す。
萌黄色の髪を一房にまとめ、蒼い衣装に身を包んだあいつの姿。
妖精にしてはかなりの長身であり、落ち着いた雰囲気の女だった。
そして、見惚れるほどに美しい翅を持っていて……

「チルノが気になってしょうがない奴なんでしょ?」
「……そうね」
「じゃ、会ってみたい。食べられないにしても、きっと凄く楽しくなる」

こいつの行動源は、食欲よりも好奇心か?
いろんなことに興味を持ち、満足すればまた次へ行く。
さっきは皮肉で言ったのだが、本当にこいつは幸せなのかもしれない。

「……ま、好きにすりゃいいさ」

適当にあしらいながら、あたいは外見だけ完治した右手を握る。
握力が弱く筋が突っ張る。
まだ重いものは持てないなぁ……

「ねぇチルノちゃん」

それは今まで黙っていた橙の声。
あたいが視線を投げると、なにやら思い切った表情で見返してきた。
真剣な眼差しにちょっと引いた。
何事かと身構えたあたいに、なにやら言いよどむ橙。

「……なによ?」
「……良かったらさ、本当に良かったらなんだけど……」
「さっさと喋る!」
「はい! 良かったら家に来ないかなって!」
「あんたんち?」

発言の意図を掴みかね、あたいは首を傾げる。
妖精を家に招く奴なんて、あまり聞いた事が無い。
普通そんな事をすれば、家の中を目茶苦茶にされるのが落ちだからだ。

「チルノちゃんさえ良かったら、藍さまにお願いしてあげる。その妖精に勝てる武器だって作ってもらえるよきっと」
「……武器かぁ」

その発想は無かったなぁ。
氷を繰れば幾らでも、武器なんて作れたし。
だけどもしかしたら、珍しいものが見れるかもしれない。
その藍とやらに会うのも面白そうだし。
武器云々は置いておくにしても。

「そうね……行ってみるかな」
「ん、決まりだね」

妙に嬉しそうに微笑む橙。
はにかむような表情が、なんとなくくすぐったい。

「よかった」
「なによ?」
「あ、うん……お友達呼ぶのって初めてだから」

呟いた橙は本当に嬉しそうで……
あたいはなんとなく顔を背けた。
招待を断らなくて良かったと思う。
なんとなく気まずくなったあたいを救ったのは、空気を読まない奴だった。

「ねぇ、明日のこともいいけどさぁ」
「なによ?」
「そろそろ、休まない?」
「そだね。そうすっか」

伸びをしつつ、あたいはルーミアに頷いた。
休めると思った途端に、疲れている事を思い出す。
身体にはやや違和感があるものの、これも寝とけば消えるだろう。

「あ、じゃあ火は見てるね」
「夜明けまでお願いね」
「ちょっとルーミアちゃん、私は何時寝れるの?」
「猫は夜行性だから大丈夫」
「私猫又だから寝るんだもん!」
「そーなのかー」

騒ぐ二人を無視しつつ、あたいは意識を手放した。
今日は色々な事があった。
本当に、疲れたよ……



*   *   *



―――



私は女王、と彼女は言った



―――



*   *   *



ぐっすりと休んだ翌日。
あたいらは橙に連れられて森を行く。
先頭は何故かあたい。
その後ろにルーミア。
案内役の橙は、最後方からのそのそとついて来る。

「……あ、其処右だから」

後ろから聞こえる猫の声。
振り向けば、和装の旅人ルックに身を包んだ猫又がいた。

「なにトロトロ歩ってんのよ?」
「……眠い」
「あんたほんとに一晩中火見てたの?」
「違う……ずっとルーミアちゃんと言い合ってた」
「そーなのだー」

こいつらほんとにバカじゃない?
まぁ、ルーミアは昨日と特に変わりない。
橙の話が本当なら、一緒に徹夜明けのはずなんだけど。
鼻歌を唄いつつ、ふよふよと浮かんでついて来る。
疲れているのは橙だけだ。
温室育ちのお嬢はコレだから困る。
いや、橙の育ちなんて知らないけど。

「まだかかるなら背負おうか?」
「……優しいねチルノちゃん」
「まどろっこしいの嫌いなの!」
「でも平気。もう着いた」

橙が指差す方を見れば、木々が拓けた広場がある。
中央にはあたいの腰ほどの切り株があり、その上にあるのは……

「何……あれ?」
「スキマだよ」

事も無げに橙は言うが、アレは相当良くないものだ。
空間が裂けているとしか言い様のない切れ目の中に、無数の瞳が終始辺りを見渡している。
その内一つと視線が合う。
『スキマ』の瞳はあたいに向かい、ニッコリと微笑んだ。
……気色悪い。
だがコレが放つ妖気は凄まじい。
悪寒が止まらず、頭がどうにかなりそうだった。

「あんたの主人がやってるの?」
「うんにゃ、そのご主人さまがやってるの」

主……ご主人……って何?

「誰だって?」
「だから、藍さまのご主人さま。紫さまの御技だよ」

橙の主人に藍がいて、藍の主人に紫……OK、把握した。

「分かりにくいね、ここんちは」

なんとなくぼやきつつ、先程から静かなルーミアを見る。
するといつの間にかあたいを追い越し、スキマの瞳とにらめっこしていやがった。
よくあんなものをまじまじと見つめる気になるもんだ。
あたいは近付きたくも無い。

「さ、飛び込むよ」
「あそこに!?」
「もちろん」

あっさり言ってくる橙に、あたいは半歩退いた。
何故半歩で済んだかと言えば、背後にはスキマがあるからだ。
本当に、マジ勘弁。
あんな気持ちの悪いものに寄りたくない。

「あ、チルノちゃんひょっとして……」
「なによ?」
「怖いんだ」
「んな!?」

言うに事欠いてなんということを!
このチルノ様が脅えていると!?
……スイマセンぶっちゃけ怖いです。
だけど其処で怖いとも言えないのが、お調子者の性なのだ。

「あんなもの全然怖くないね!」
「おー」
「黙ってあたいについて来い!」
「おー」

橙からスキマに向き直り、ずんずんと歩くあたい。
一歩寄るごとに圧力はまし、空気が重く淀むのが分かる。
吐き気すら覚えながらも、あたいは切り株の手前までやってきた。
……誰かあたいを褒めてくれ。
いや、そうじゃない。
誰でもいい、助けてくれ。

「さ、いっくよー?」
「うぃ」
「ちょっと待ってよ!?」

突然、二人はサイドからあたいの両手を捕まえる。
右に橙、左にルーミア。
こいつら、あたいが嫌がってるのを知っててやってんのか!?

「ちょ、待っ! 心の準備が!」
「まどろっこしいの嫌なんでしょ?」

あ、この猫舐めた事抜かしやがった。
仕返しのつもりか畜生め!
……いや、こいつにそんな芸はないか。
多分本音で言ってやがるから性質が悪い
無数の瞳が、あたいの全身を舐めるように視線を這わす。
マジ勘弁して。

「レッツダーイブ」
「いえー」
「イヤーーー!」

橙とルーミアが、同時にスキマに飛び込んだ。
そして二人に拘束されたあたいも。
身体が液化したような感覚と、物凄い酩酊感。
自我すら飛びそうな、永い一瞬が過ぎた後……
あたいらは屋敷の中庭に放り出された。
それほど広いわけではないが、庭の木々は良く手入れされている。
妖精が好む自然ではないが、天然ではありえない機能美の様なものを備えている。
良い所だな……

「此処は何処だろうねー?」

……近頃のガキは風情が無い。
ルーミアは両手を頭の後ろに組んで、ぶらぶらと足を振っている。
橙も、あたいの腕から離れて行った。
そして三歩進んで振り向くと、満面の笑みで告げてきた。

「ようこそ、マヨヒガへ」
「お邪魔しまーす」

笑いあう二人を尻目に、拘束を解かれたあたいは座り込んだ。
気持ちが悪くて吐きそうだった。
スキマに……酔った。

「チルノ大丈夫?」
「あんま大丈夫じゃないけど……」
「けど?」

身体の不調を労わりながら、ゆっくりと立ち上がる。
……あ、目眩が。

「あたいだけ辛いってのは不公平だから大丈夫にしとく」
「意地っ張りなのは良い事だねー」
「無理しないほうがいいよチルノちゃん」
「……無理やり引っ張り込んだのって誰よ?」

あたいの指摘に、二人はそっぽを向いて口笛を吹く。
ま、素直に謝るなんて期待してない。
後で十倍返しあるのみだ。
暗い決意を固める中、土を踏む音が聞こえてくる。
それはあたいの背後から。
向かい合っている橙の顔が、嬉しそうに緩むのが分かる。
ルーミアは相変わらずニコニコしてる。

「お帰り、橙」

大きくはないが、良く通る声が聞こえる。
釣られて振り向くと、其処には長身の女が一人。
金髪のショートに二股の帽子を載せ、割烹着に身を包んだ妖の獣。
体型が出にくい服装なのに、出るところはしっかりと自己主張していやがる。
そしてその後ろには、洒落にならないほどの質感を備えた九つの尻尾が在った。
尻尾の数は強さの証。
これだけで、彼女がどれだけのバケモノか分かろうと言うものだ。
まぁ、それは良いんだけどさぁ……
今が冬で本当によかった。
夏だったら殺したくなるほど暑苦しいぞ、これ。

「藍さま!」

もっふりとした尻尾に見惚れたあたいを、橙が追い抜いて行く。
瞬く間に女との距離をつめ、体当たり気味に抱きついた。
小揺るぎもせず抱き止めた女。

「ただいま帰りました」
「こら、お客様の紹介が先でしょう?」

橙の頭を一つ撫でると、視線をあたいらに投げてくる。
温和な雰囲気と穏やかな微笑。
彼女は一度橙を放すと、あたいらに向けて会釈する。

「初めまして。私は橙の親代わりをしている、八雲藍。よろしく」
「ルーミアだよ」
「あたいチルノ。よろしく」

右手を振って挨拶するあたい。
藍は一つ頷くと、橙に視線を流す。
その意味を察したか、橙は何処か弾んで言った。

「昨日会った友達です。危ないところを助けました」
「助けられた、じゃないのね」
「はい。助けました」

二人のやり取りに苦笑する。
そりゃ確かに助けられたけどさ。
藍は橙の話を聞くと、あたいらの方に歩み寄る。
やがて手が触れる位置にまで寄ったとき、あたいもルーミアも自然と藍を見上げる形になる。
間近で見ると本当に大きい。
……いろいろとね。

「あの娘が友人を連れてきたのは、君達が初めてだよ。だからと言う訳じゃないが……」

一旦切った藍は、上体を折って視線を合わせる。
そして両手をそれぞれ、あたいとルーミアの頬に添えた。

「チルノ、ルーミア……あの娘と仲良くしてやっておくれ」
「おー」
「……飽きるまでね」

満面の笑みで答えるルーミアだが、あたいは何処か気恥ずかしい。
呟くように答えたあたいに、藍はやさしく笑ってくれた。
相手の器や余裕が、このとき心底羨ましい。
自分がガキだと意識してしまうのは、あたいだって面白くない。

「あのね藍さま! 実は……」

なんとなく固まったあたいを解いたのは、橙の上げた声だった。
それであたいも思い出す。
別に友達の所に遊びに来たわけじゃないのだ。
再び寄ろうとした橙を、片手で制する藍。

「とりあえず、中に入ろうか。どれだけ急いでいるか知らんが、立ち話というのもなんでしょう?」

藍は一つ手を振って、身軽に踵を返す。
背を向けた藍。
視界に飛び込んできた金色の九尾。
あの尻尾……服に穴でも空けてるんだろうか?
それとも何かの妖術で、服をすり抜けているとかもありそうだ……

「早く行こう?」

母屋へ上がりながら振り向いて、ルーミアが声をかけてくる。
バカな事を考えるあたいは、いつの間にか三人に置いて行かれていた。
駆け足で追い掛ける。
ルーミアを、そして前行く橙と藍を。
それにしても、広い家だ。

「何人で住んでるの?」
「藍さまと紫さま。後私で三人ね」
「ひろいねー」
「だろう? でも物置になっている部屋も多いのよ」

そんな会話を交えつつ、あたいらは藍の背について行く。
やがて足を止めたのは、おそらく彼女の私室らしい。
障子張りの戸に張られた一枚の札には、『八雲藍』と名前が書いてある。
札からは物凄い妖気が溢れていた。
きっと知らずに剥がした者は、哀れな最後をとげるんだろう。

「自分の部屋に通して良いの?」

普通は居間とかに通すんじゃないだろうか?
あたいの問いに一瞬考え込み、やがて苦笑した藍。

「まぁ、もう此処まで来ちゃったからね」

そう言って、戸を開ける。
其処は正に異世界と言ってよい有様だった。
かなり広い和室の、いたる所に飾られた武器武器武器……。
一番多いのが刀、ついで槍。
変わったところでは手甲だの鞭だの、扱いがムズイのまである始末。
雑然と置かれているわけではなく、むしろキレイに展示されているが……
広いはずの部屋の大半を占領する武器群は、流石に多すぎじゃないだろうか?

「悪いね。散らかっていて」

そう言って、藍は部屋の角に位置する炬燵へ向かう。
後に付いて行くあたいら。
すぐにあたい以外の全員が、炬燵の住人と相成った。

「入らないの?」
「遠慮しとく」

炬燵の上には籠があり、中には無数のみかんがある。
あたいは一つ失敬すると、一瞬で冷凍みかんを作り出す。
藍は肩を竦めると、両手を組んで顎を乗せる。

「それでは、さっき橙が言いかけたけど、とりあえずソレを聞いておこうか」

橙は一つ頷くと、藍を真直ぐに見て応えた。

「妖精に勝てる武器が欲しいんです」
「……ふむ」

藍の視線があたいに向かう。
その視線をどう判断したか、橙は途端に慌てだした。

「あ、違う! チルノちゃんに使うんじゃなくて!」
「まだ何も言ってないけど?」

藍はため息を吐きながら、器から一つみかんを取った。
みかんが乗った掌が、あたいに向けて差し出される。
それに指を当てると、中身を一瞬で凍らせてやる。

「ありがとう」

なんとなく、肩の力が抜けていく。
その時になって、あたいは初めて固くなっていたことに気がついた。
これはあたいの用事なのだ。
自分で言わないでどうするよ?

「あのね藍……さん」
「藍でいいよ」
「ん、それじゃ藍」

対面に座る藍を真っ向から見据えるあたい。
藍は掌のみかんを玩びつつ、あたいに微笑を浮かべている。

「一昨日さ、あたい妖精に負けたのね」
「君がかい?」
「そう。あたいが負けた」

はっきりと告げたあたいに、藍は少し首を傾げた。
藍はあたいが妖精であることは、当然気づいているだろう。
翅を見れば種類だって分かるはず。
だが、一つだけ自信がある。
藍だって、あたい程妖気を持った妖精に会ったことは無い。
もっとも九尾の狐からすれば、取るに足らない妖気だろうが。

「まぁ、妖気の大小だけに因るものでもないか。勝敗なんて」
「うん。それは、思い知った」

その時のことを思い出し、幻痛に顔を歪めたあたい。
いつの間にか握り締めた右手から、冷凍みかんが悲鳴をあげた。

「でもさ、あたいもこのまま負けっぱなしじゃ、嫌なわけよ」
「うん」
「今すぐだって再戦したい。したいんだけど……」
「……」
「あいつ、凄く強いんだ」
「ふむ」

藍は再び両手を組んで、顎を乗せる。
やや考え込んで、炬燵を囲うあたいらを順に見回す。

「この三人で挑むつもりなのね?」
「はい」

それに答えたのは橙。
何時からそんな事になったんだ?
まぁ……あたい一人でやっても前回の焼きまわしになりそうだけど。
なんにも出来ずに、負けたからなぁ……

「妖精一人に三人掛りね。其処までしないといけないの?」
「あたいはこの二人の事、まだよく知っちゃいないけどさ……」
「ん」
「あいつが負けるところも想像出来ないんだよね」
「なるほど。判った」

藍は既に半解凍してるみかんを一つ食む。

「まず初めに橙の希望だけど、妖精に特効がある武器なんて私は知らない」
「無いんですか?」
「ああ。武器は傷を負わせる為の道具で、その極意は殺す事。だけど……」
「妖精って死なないんだよねー」
「その通り」

今まで黙っていたルーミアが、ようやく口を聞きやがった。
見れば、奴はかなりのみかんを丸呑みにして食っている。
遠慮とかそういうの無いんか?
最近のガキは。

「妖精は私ら妖怪などよりも、遥かに微弱な妖気で存在してる。それこそ、自然の中にある僅かな妖気に浸しておけば復活できる程」
「チルノちゃんも?」
「もちろんこいつも。でも、君は多分他の妖精共より、傷の回復が遅いだろう?」
「……うん」
「それは君が強すぎるからだ。なまじ容量が大きいから、器を満たすのに時間がかかる」

なるほど……道理で……

「まぁ、そういったことを踏まえた上でだ、妖精を殺せる武器というのは、私にも心当たりが無い」
「じゃあ、此処にいても無駄なの?」
「そう急くな。要は勝てば良いんだろ?」

藍はそう言うと、右手を一振り。
現れたのは何かの杖。
枝をそのまんま折って削ったようなそれは、あたいの肩から手の先くらいの長さである。
只ならぬ雰囲気はあるのだが、あんまりデザインはよろしくない。

「……なにこの変なの?」
「……不細工なのは勘弁しろ。私が作ったわけじゃない」

渋面を作って呟く藍。
どうやら思うところもあるらしい。

「話を戻すと、こいつは属性を一つだけ消せる力場を張れる」
「属性?」
「そ。妖精ってのは自然の化身。普通は様々な『属性』を持っているだろう?」
「ああ」
「君の場合なら冷気だね。だけど、こいつでそれを封印されたら、どうよ?」

なーる。
あたいはようやく、藍の意図を掴めたと思う。
あの忌々しい風精と対峙し、其処で風を封印すれば、一気にイージーモード突入である。

「でも却下」
「なんでよ?」
「格好悪いもん」

開き直るほどでかい態度で、無い胸そらしてあたいは告げる。
杖もそうだが、作戦も格好悪い。

「何で妖精なんかに其処までしないといけないのよ!」
「君はそれに負けたんだろうが?」
「それはこっちに置いといて!」

ルーミアの目の前にあったみかん籠を持ち上げ、声に合わせて端に寄せる。
その瞬間、隣から凄まじい殺気を感じた。
確認すると、其処には相変わらずニコニコしている宵闇妖怪。
……気のせいだったのだろうか?
あの笑顔のままあんな殺気を出せるはずが無い。
きっと無い。
多分……無い。
一つ咳払い等して、あたいは藍に向き直る。

「相手が妖怪やら悪魔だったら、何やったって良いけどさ……」
「ふむ」
「同じ妖精にそんな事したら恥ずかしいね」
「……徒党を組むのはセーフなの?」

……どうなのかな?
藍のもっともな突っ込みにあたいが考え込んだ隙に、橙が挙手して発言する。

「でも藍さま、『正義の味方は徒党を組んで、一人の悪をタコ殴りにするものだ』って」
「苛めっ子かよ……ん? それは誰が言ったのかしら?」
「紫さまと、幽々子さまです。この間一家で遊びに行って、藍さまが向こうで洗い物してる時」

その時の藍の顔は、しばらく忘れられそうに無い。
何かこう、大きなものを少しづつ諦めていくような。
それでいて、捨てきれない何かを必死に守りぬく決意というか……
ともかく、すっごい複雑な顔してました。
あたいは怖くて見てらんなかった。

「橙。この一件が片付いたら、速攻で家族会議な」
「はい」
「そういうわけだ……聞いてんだろこのスキマが! 今のうちに覚悟だけ決めておけ! 今後の私に寛容の文字は、無いからな!」

突如天井に、というかこの場に居ないだろう誰かに叫ぶ藍。
広い部屋の隅っこから、「っひ」とか言う声を聞いた気がした。
橙もあたいも、一瞬身を竦ませる。
誰もが藍の鬼気に竦んだ中で、ルーミアはしきりに感心していた。

「さすが良い所のお嬢さん。橙は立派な躾を受けてるんだね」
「うん。そのつもりだったんだけどね……きっと要らないことも多いんだよ。藍さま見てると、そう思う」
「大人の言ってる事は須らく、後になってから真意が分かるんだよきっと」
「……そうだよね! あのお二人が、私に嘘をつくはずないもん!」

その信頼は何処から来るのかね?
あたいには遊ばれてるように感じたけれど。
こそこそと話す二人だが、ルーミアは炬燵に身を乗り出して向かいの橙に寄っている。
当然意識は彼女らに向き、その会話は筒抜けだった。
俯いて震える藍。
長身の美女の姿が、この時やけに小さく見えた。
苦労人である。
尊敬はするが、こうはなりたくないもんだ。
ため息一つで、何かに区切りをつけた藍。
顔を上げた時は、既に表情を戻していた。
大人である。

「……話を戻そう。これは使わないんだね?」
「……わかった。うん、使わない」

藍は杖を持った手を一振りし、現れた時と同じく、唐突にその姿をかき消した。

「相手を自分の所まで降ろすのは嫌か。なら、君自身が相手の領域に近付く以外にない」

そう言った藍は手を伸ばし、あたいの右手を掴む。
抗議の声をあげる間もなく、手の平を曝されたあたい。
そのままゆっくり、藍の指が手の平をなぞる。

「……なに?」
「物を持つのに慣れてるね。何か使ってるの?」

そういうことかい。
危ない趣味でもあるのかと思った。

「棍棒とか……とにかくぶっ叩いて楽しいのが好きかな」
「普段使っているのは?」

あたいは右手を一振りし、冷気を繰って型をなす。
生まれたのは全長五十センチ程の一本の氷
先端から十センチくらいが一回り大きく、そこから無数の棘がついている。
握り締めたときの、手の平に回る冷気が心地よい。
こいつでムカつく奴を叩き潰した時が、また最高なのだ。

「ん」

出来栄えに満足したあたいは、藍に棍棒を渡してやる。
難しい顔をして受け取る藍。
しばし氷柱を眺めると、軽く数度振るって見せる。
それはどのような技量によるか、持ち手が霞んでいる所しか見えやしない。
その度に走る風切り音は、あたいがどんなにがんばっても出せないほどに鋭かった。

「……いくつも出せるの?」
「当然っしょ」
「ふーむ……」

藍は棍棒の両端を摘むと、徐々に真ん中から罅が入って行く。
藍が一瞬顔を歪めると、棍棒は真っ二つに折れてしまった。

「硬いな」
「指で折っといて何言ってんの?」

二つに割れた棍棒は、断面から冷気を失い消滅した。
藍は帽子を脱いで、顔を扇いでいる。
ため息を一つ吐きながら、困ったように口を開いた。

「チルノや」
「あ?」
「悪いんだけど、これ以上の武器を作るのは難しいなぁ」
「はぁ!?」

幾らなんでもそりゃねぇって。
氷の棒が最強の武器って、何の冗談か?
例えば、あたいの後ろに並んでる武器の群れ。
普通の武器もいっぱいあるが、中には禍々しい雰囲気のやばそうな奴だってある。
それら以上に、自分の作る棍棒が優れているとは思えなかった。

「唯の氷の棒なんだけど?」
「確かに氷は氷なんだけどさ……」
「何よ?」
「それは一体、何を凍らせて作ってるんだ?」

何って……

「水に決まってるじゃん?」
「水だったら、溶けた後に残るだろう? さっき折った奴はどうなった?」
「……あれ?」

そういえば、作ったときも水なんて出してなかった。
何にもないところから、普通に取り出せていたんだけど……

「……およ?」
「アレは、君の妖気の塊なの。君の、君による、君のための武器が、それなんだよ」

何で気づかない、と藍は苦笑して肩をすくめる。
いや、でもあれは最初から出来てたしなぁ。

「凄いねチルノちゃん! もう最強の装備持ちなんだ」
「えー……?」

橙が我が事の様に喜んでくれるが、納得いかない。
実際もっと凄そうな武器が、この部屋には溢れ返っているんだから。

「まぁ、機能だけなら、君の棍棒を上回る物もいっぱいあるさ」
「相性の問題だよね」
「そう。ルーミアは賢いな」

みかんを食みつつ口を挟んだルーミアに、藍は満足げに頷いた。
藍は右手を伸ばして、ルーミアの頭を撫でる。

「その棍棒は、多分色々なことが出来るだろう?」
「うん」

相手を凍らせるのは勿論、爆発させたり形を変えたりは自由自在。

「どれだけの事が出来るかは知らないけどね。普通の武器では汎用性が削がれるのは間違いない。だから、君が使う事を考えるなら……」
「これ以上の武器は無いって?」
「ああ。それでも作るなら少し時間が要るが、待てる?」
「そりゃ無理だ」

満面の作り笑いで、あたいは藍に宣言する。
藍も分かっていたのだろう。
肩を竦めて引き下がった。

「そうすると、収穫って無しか……」

ぼやくあたいに、ルーミアは不思議そうに首を傾げる。

「何言ってるのあったじゃない?」
「何がよ?」
「分かったんでしょ? 自分がどんな武器を使ってるのか」
「いや、そりゃ分かったけどさ」
「あー……うん、やっぱりいい。ごめん」

煮え切らないルーミアの態度が、少し心に引っかかる。
確かに、自分の使っている技をよく知るのは大事だけど……
今まで特に不自由とかしなかったから、あんまりピンとこないんだよなぁ。

「本当に、ルーミアは賢いな」
「ほぇ?」

再び藍に頭を撫でられ、不思議そうにするルーミア。
さてはこいつ、さっきはみかんに夢中で気づいてなかったな。

「ま、戦力の強化は武器だけに在らずだ。むしろ相手が強いなら、防具の方が有効だし……」

藍は一つ伸びをすると、名残惜しそうに炬燵から出る。
絶世の美人が年寄り臭く立ち上がる様は、ものすごくシュールだった。
あたいも美人だから気をつけないと。

「サイズ大きいけど勘弁おし」
「なにそれ? あたいらが着るの?」
「当然でしょ?」

浴衣はあたいとルーミアに手渡される。
開いてみると相当に大きい。
おそらく普段は藍が着ているものだろう。

「脱いだ服は貸して頂戴。簡易結界書き込んで守備力上げてあげるから」
「そんなこと出来るんだ……」
「強い妖怪なら、自分の妖気を移すだけでもそれなりのモノが出来ちゃうのよ」

藍は見た目にも分かるほど上機嫌だ。
首を傾げるあたいに、橙が身を寄せて教えてくれる。

「こういう細工大好きなんだよ。藍さまって」
「そうなの?」
「うん。まともなお仕事って久しぶりだし」

いつもは何をしているんだろうこの狐?
まぁ、本人が楽しくやってくれるならそれに越したことはない。
何気なくルーミアを見ると、いつの間にか浴衣を着こんで……裾を踏んで転んでいる。
元の服をちゃんと畳んでいるところが、妙に律儀で驚いた。

「さて、随分と話し込んでしまったが、そろそろお昼の時間だねぇ……何か、リクエストはあるかしら?」

藍は服を受け取ると、思い出したように呟いた。
一瞬顔を見合わせると、あたいらは同時に声を上げる。

「オムライス!」
「人間!」
「天然水!」

素敵なチームワークに、藍の頬が引き吊った。



*   *   *



―――



貴女は誰、と彼女は言った。



―――



*   *   *



時刻は既に夜中過ぎ。
あたいらはマヨヒガを出て森を行く。
藍の仕事は夕刻には終わっていたが、若干一名がダウンしたのだ。
お昼を食べて満足したところで、寝不足を思い出した猫。
置いて行こうとしたのだが、マジ泣きされそうだったのでこんな時間まで待っていた。

「ねぇねぇ」
「なによ?」

後ろから服を引かれる感覚に、あたいは嫌々振り向いた。
引っ張っているのはルーミア。
こいつは既に丸二日起きっぱだと言うのに、なんでこんなに元気なのか?

「その妖精さんって、どんなことしてきたの?」
「んー……」

言わないと駄目なのだろうか。
駄目なんだろうなぁ……

「……十秒で負けたから覚えてない」
「ほへー」

なにやら感心したように、ルーミアはしきりに頷いている。

「よくそれだけ完敗しといて、再戦なんて望めるねー」
「やかましいわ!」

あたいはルーミアの胸倉を掴んで、そのまま反転。
重心を落としてもぐりこむと、背負い投げの要領でぶん投げる。
ルーミアは力に逆らわず、むしろ自ら乗るようにしてあたいに投げ飛ばされていた。

「あ?」

冗談のように吹っ飛ぶルーミア。
しかし高度が最高点に達したところで、膝を抱えて一回点。
足を地面に向けたところでピタリと静止し、両腕を広げて背筋を伸ばす。

「聖者は十字架に貼り付けにされました?」
「あー、見える見える」

手をパタパタと振りながら、ルーミアのボケに相槌を打つ。
ふと先ほどから黙っている橙を見れば、なにやら思案顔で俯いていた。

「橙?」
「……」
「……おい猫!」
「ひゃい!?」

まるで本物の猫を驚かせたようなリアクション。
橙は尻尾だけで意思を持っているかのように、今だ毛を逆立たせている。

「ほら、相方が突っ込み待ちよ?」
「ああ! ごめんルーミアちゃん!」
「……今日も橙に流される……心に隙間風が吹く冬の夜……」
「っちょ! 早まっちゃ駄目だよ!」

一体何処から取り出したのか、ルーミアは太いロープを取り出し、近くの枝に括っている。
瞬く間に、自らの首と枝のロープを連結させたルーミア。
ルーミアの唇が動くが、そこから声が溢れることは無い。
しかし、その形ははっきりと『さよなら』と告げていた。

「駄目ー!!」

橙は初速から最高速に達する歩法で、一息にルーミアとの距離を詰める。
そして『飛行によって首吊りの真似をする』ルーミアに、迷うことなく飛びついた。

「グゲ!?」
「ルーミアちゃん! 早まっちゃいけないよぉ!」
「ぐ、ぐるじ……」

橙は瞳を固く閉ざして、ルーミアの下半身にしがみつく。
一方、余計な加重を受けて本当に首吊り状態を強制されたルーミアは、一瞬ごとに顔色を青く変えていった。
馬鹿である。
ひょっとして、こいつらは態とやっているのではないか?
そこまで考えたあたいは、肩を竦めてその可能性を除外する。
少なくとも、今ルーミアを三途の川に追い詰めている化け猫は、心底マジに違いないのだ。
ルーミアの方は態とだろうが、まぁ自業自得だろう。
世間知らずのお嬢には、刺激の強いギャグだったから。

「……」

目の前で騒ぐ二人。
なんとなく、それが遠くに見えた。
すぐそこの事なのに、まるで自分に関係ない出来事のよう。
あたいは目を閉じ、音も消し、少しだけ昔のことを思い出す。
それはあたいが、まだ群れにいたときのこと。
生まれたときから、あたいに勝てる妖精はいなかった。
同じ群れにいた年増供も、そして群れの女王でさえも。
妖精は蜂や蟻に似た生態がある。
群れを成し、統括者があり、その中で生きるのが普通。
それは単体では非常に弱い妖精が、幻想郷で生き抜くための手段だった。
普段はそれぞれの意思で遊びまわっている妖精。
しかし一度女王が支配を始めれば、固体としての意識を失いその命令に服従する。

―――あたい以外の妖精は。

最初に感じた違和感が、そのまま終わりを呼び込んだ。
群れを襲った、数匹の妖怪。
逃げ惑う妖精達の中にあり、女王は軽く言い放った。

『そこの貴女達、食われなさい』

何が起こっているのか、目の前のことなのに解らなかった。
指名された妖精の目から光が消えて、決して敵わぬ妖怪に向かっていく。
その中の誰もが、ケタケタと嘲いながら。
腕を食い千切られた木精が、苦痛に悲鳴を上げた時……
顔の半分を失った火精が、声にならない怨嗟を吐いた時……
他の仲間は笑っていた。
楽しそうに笑っていた。
そして傷つけられた妖精達も、次の瞬間には五体満足になって笑っていた……
狂っているとしか思えない、地獄のような景色があった。
気がつけばあたいは蹲り、胃が空っぽになるまで吐いていた。

『これが妖精だよ』

涙で惨劇が滲む中、奇妙なほどはっきりと聞こえた女王の声。
髪を掴まれ、無理やり顔を上げたあたいが見た地獄の続き。
丸呑みにされた氷精の、虚ろな瞳と目が合った……

―――これが、妖精?

それは当然の疑問。
しかしあたいを取り囲んだのは白い眼差し。
誰もがそのことを異常と認識していなかった。
むしろ彼女達には、女王の命を無視できるあたいの方が異端だったのだ。

『お前は妖精じゃない』

それは、誰かの一言。
群れは水を打ったように静まり返っていた。
誰もが心のうちで感じてきたことだった。
群れの誰よりも強い力を持ち、そして女王の統括を受け付けない。
あたいが女王ならば問題は無かったのだろう。
しかし、あたいに群れを……妖精の固体を支配する能力は無かった。

『あたいは、妖精じゃ、ない』

なるほど。
それは意外なほどにあっさりと、あたいの中に入って来た。
あたいは妖精じゃない。
だって妖精は脆いもの。
あいつらとは違う。
こんなに強いあたいが……

―――こんなクズと……仲間を食わせて笑っている奴らと、一緒のはずが無いんだからっ

頭が真っ白になったあたいは、群れを襲った妖怪を一人残さずぐちゃぐちゃにした。
いつの間にか手にしていた、禍々しい形の氷の棒で。
やがて妖怪共の形も分からなくなり、棒を振るう腕も上がらなくなった頃……
耳についたのは笑い声。
周囲を取り巻く群れの仲間が笑っていた。

―――ケタケタ、ケタケタ……

妖怪達に向かった時の気持ちは、あるいは怒りだったかもしれない。
だけどこのとき、あたいを狂わせたのは明らかに恐怖だった。
なぜ笑うの? 何が楽しい? 痛くないの? 
この時、あたいにとって妖精とは未知の怪物と同じだった。
解らない。
怖い。
自分の中の恐怖を潰す為、あたいは夢中で棒を振った。
耳につくあの笑い声を消し去るために、あたいは全力で抗った。
氷結と粉砕と、そして復活の繰り返し。
疲れ果てて倒れたあたい。
耳を塞いでも、決してやまない笑い声。
そしてあたいは……
とうとうその場から逃げ出した……

『ケタケタ』

っ!
呪いのような幻聴が、あたいの意識を引き戻す。
嫌な汗が背中を濡らしていた。
未だに、自分はあの時の恐怖を拭えていない。
だから取り返さないといけないんだ。
妖精なんかを怖がって、無様に逃げ出した自分自身を。
あたいは妖精にだけは負けちゃいけない。
たとえ相手が女王級だとしても、コレだけは譲れない自分の掟で……

「大丈夫?」

……気がつけば、橙とルーミアがあたいの顔を覗き込んでいた。
首吊りには飽きたのだろうか?

「ああ……大丈夫」
「やっぱり怖いの?」
「っは、冗談!」

心配そうな橙に、あたいは鼻で笑ってみせる。

「前にぼろ負けした相手でも?」
「当然だね」

ルーミアの茶々だって、あたいの心には響かない。
怖いのは相手でも負けることでもない。
あたいが怖いのは、自分が弱いと認めてしまうことだ。
だから、この二人が言うような理由では怖くない。

「大丈夫だよ。あたい……頑張るから」
「おぉ」
「へぇ……」
「なによ?」

二人は身を乗り出して、あたしに顔を近づけてくる。
思わず仰け反ってしまった。

「今、なんか雰囲気あったよ」
「少しだけ強そうだったよー」
「ルーミアさん少しは余計な」

橙の肩を叩き、ルーミアの頭を小突き、あたしは森を進んで行く。
目指すは紅い館の畔の、大きな大きな湖。
あたいが彼女と出会ったのは、一昨日のこの時間、この場所だった。
あの時との違いは二つ。
あたいと彼女が初見ではない事。
そして、あたいが独りじゃない事。

「……あはは!」
「どうしたの、チルノちゃん?」
「ん、なんか可笑しくって」

妖精に馴染めなかったあたいが、妖怪や妖獣と馴染んでるのだから。

「世の中何があるか分かんねぇなってさ!」
「だから面白いんだよね」
「おうよ!」

ルーミアに応え、あたいは二人を抜いて走り出す。
数歩先に出たところで、振り向いて二人に告げる。

「さぁ! もうすぐだよ!」
『応!』

もう振り返らない。
振り返るまでも無い。
あたいの後ろから、二つの足音がついてくる。
やがて見えてくる月明かり。
森の木々がまばらになってきた証。
次第に開けてくる視界。
茂みを越えて、木々をすり抜け、次第に周囲が明るくなる。
あいつは……近い!

「こっちよ!」
「マジ?」
「マジよ!」

あたいは微妙に進む方向を左に寄せる。
そちらから、妖精にしては強い妖気が流れてくるから。
しかし、おそらく後ろの二人には分からない。
妖精の妖気なんて、どんなに強くたって微々たるモノだから。
これは妖精同士でなければ出来ないこと。
遂に森を抜けたとき、目の前に広がる大きな湖。
そしてその畔に佇む風の妖精。

「……いた」

あの時と同じ。
萌黄色の髪を一房にまとめ、蒼い衣装に身を包んだ姿。
妖精にしてはかなりの長身で……
以前見た美しい翅は、月明かりを受けて幻想的な燐光を孕んでいた。

「……私は自然」

独り言のように呟く彼女。
彼女は私達に背を向け、全身で月を浴びている。
しかしその意思は明確に、こちらに向けられたものだった。

「……私は妖精」

そういった彼女は、うな垂れた翅をゆっくりと伸ばす。
まるで羽化した蝶のように。
面積が増した翅は、さらに多くの月光を受ける。
月明かりを写したその翅が、いっそうの光に満ちてゆく。

「……私は風」

静かに振り向いた彼女。
穏やかな雰囲気と儚げな微笑。
彼女と始めて会ったときから、揺らがなかった表情である。
背中に嫌な汗を自覚した。
あの笑みのまま、彼女はあたいを潰したのだ。

「そして、私は女王」

スカートの端を摘み、緩い会釈をくれる妖精。
唯それだけの動作で、物凄い雰囲気がある。
こいつは、強い。

「久しぶりだね。チルノちゃん」
「まだ……三日しかたってないね」
「そう。三日ぶり」

そう言って微笑む妖精は、あたいの後ろにいる仲間に目を向ける。

「それで、今度はお友達連れて仕返しですか?」
「おうよ。悪いか?」
「いいえ、全然」

彼女は、何処か遠くを見るようにあたいらを眺めている。
互いの距離は数歩分なのに、心はとてつもなく離れているみたい。

「それは勝つための努力だもの。もし無策で来たら、私は相手にしないでしょうね」

腕を組み、翅を広げて佇む妖精。
悠然と相手を見据えるその姿が、これほど似合う相手をあたいは知らない。
同じ妖精の自分でも、とても真似できない程にきれいだった。
思わず見惚れたあたいの意識を、彼女の声が引き戻す。

「後ろの二人は、始めまして。私は風精の統括を勤めます、通り名を大妖精。そして、忌み名をエル、と申します。良しなに」
「へぇ、忌み名までくれていいんだ?」
「はい。年長者の余裕と言うものです」
「む」

余裕で構えるエルの言葉に、橙は言葉を詰まらせる。
どうやら子供扱いされるのが気に入らないらしい。
それは良く分かるのだが、あたいが気になったのは別のこと。

「風精を……まとめてる?」

妖精は本来群れを成す。
そして一つのコミュニティには、様々な種類の妖精がいるのだ。
今のだと、こいつは風の妖精だけの群れにいることになる。

「ああ、チルノちゃんもしかして勘違いしてる?」
「あん?」
「私は自然、私は風、私は妖精、私は女王……」
「……だから、なに?」

エルは腕組みを解くと、手の甲で口元を隠して微笑んだ。

「全ての風の妖精たちは、私から分岐したものです」
「何だって?」
「私は、この幻想を凪いだ最初の風だから」

え……それって……けど、でも!?

「だからね、私に直接の群れはいないんです」
「……」
「この世全ての風精が、私のコミュニティですから」

さらっと言いやがったこの女!
女王級は覚悟してたけど、よりにもよって始祖級かよ!?
あたいは震える左腕を、右手で必死に押さえつける。
相手の大きさを実感してしまえば、残ったのは自分の小ささだけだった。
だけど……それでも、あたい進むしかない。

「一つ、聞いていいですか?」

エルは右手を頬に添え、その肘を左手で支えてあたいを見やる。

「貴女は、一体誰なんですか?」
「あん?」

こいつは、確か以前もあたいにそう言った。
その時、ちゃんと応えたはずなんだが……

「あたいは……氷の妖精、チルノさまだよ」
「……そう、ですか」

以前と同じ問いには、同じ答えしか返せない。
彼女は、本当は何を聞きたいんだろう?

「この幻想郷に、もう私以外の始祖はいないんです。皆、遠くへ行っちゃったから」
「……」
「だけど、私は彼女達もその娘達の事も、全部知っているんですよ」
「……あたい以外は?」
「はい。氷精チルノという妖精は、私の記憶にありません」

この女は、一体何を言っているのだろう?
先を聞きたいという思いと、聞いちゃいけないという思いが、自分の中で交差する。
あたいから問いかけることも出来ずに黙っていると、エルは何処か疲れたように息を吐いた。

「……きっと、貴女が私の運命なんだろうな」
「あたいは……」
「幻想はこの時に、妖精を一人増やしました。其処にどんな意味があるのかは、これから貴女自身が決めることですが」

俯いて、自分の両手を見つめる。
人の子供と同じ位の、小さな手の平が其処にあった。

「だけどこの出会いだけはきっと、私の為のものだよ。貴女に会えて、本当によかった……」

大妖精は左手を頭上に伸ばし、降り注ぐ月の光を握り締める。

「これがこの世界の、私の最後の仕事だろうから」
「最後?」
「私はね、これから現の風になるの」

俯いたエルは何処か諦めたような笑みを浮かべる。
妙に清々しい、何かを終えたような安堵を持って。

「春には母子を包む微風に、夏には風鈴を揺らす涼風に、秋には音を運ぶ金風に、冬には生き物を眠らす霜風に……」
「もしかして、他の始祖っていうのは……」
「そう。皆あっちに行っちゃった。此処に無い何かを探しにね」
「あんたも?」
「違うよ。私はもう飽きただけ。この世界に飽きたから、別の世界に行ってみたい。簡単でしょ?」

エルの言葉を聞きながら、あたいは胸のもやもやに苛立った。
行っちゃう?
せっかく見つけたのに……?
本当に強い、妖精に会えたのに……?

「だから、コレが最後の仕事。忘れ物をしちゃ駄目だよね……」

燐光を宿した左手が振るわれ、三条の雷があたいらに迫る。
その時には、とっくに思い思いの方向へ散っていた。
あたいはエルの正面あり、ルーミアと橙で左右を囲む。
もっとも取りやすい背後には、誰も回りこまなかった。
まぁ、背後が死角とは限らないが。

「幻想郷を去る前に、最古の妖精として、一番新しい後輩を祝福しておかないと」
「祝福ってのは潰すことかい!」
「喧嘩を売りに来ておいて、今更なにを言っているの?」
「うるさいよ!」
「別に潰す気なんか無いんだよ。ただ、貴女に知っておいて欲しいだけ」

そう言った大妖精は、右手を再び頬へ当て、その肘を左手で支えた姿勢へ。
おおよそ動きにくそうな構えだが、それゆえに何処か不気味だった。

「チルノちゃんがこれから超える、一つの壁の高さをね?」
「大きなお世話よ!」
「年寄りに出来ることなんてコレくらいだから。お友達の方も、そういうことでいいですか?」

エルは左右の妖怪それぞれに流し目を送る。
好戦的な笑みで頷く橙。
一方のルーミアは、何処かとぼけた顔で首をかしげている。
こいつは本当に分かっているのか、どうなのか……

「それじゃ、行くね?」

突如あたいの目の前から空気が消えるのが、『視えた』
敵の前で意識を外してどうする自分!
ヤバイと思った時、あたいは胸に衝撃を受けて吹っ飛んでいた。



*   *   *



―――


貴女は……その先は良く聞こえなかった



―――



*   *   *



「……っ!」

木の葉のように吹き飛ばされ、無様に転がるあたいの身体。
一瞬目の前から空気が消えて、真空地帯に吸い出されて……
其処から先が良く分からない。
胸が苦しい所から、おそらく其処を打たれた。
周りを見れば、橙とルーミアも同じように吹き飛んでいる。
真空で風は使えないから、自分で殴ったんだと思う。
それも三人を殆ど同時に……
これは以前あたいが倒された攻撃だろう。
あの時は一撃で落とされたが、今はまだ十分動ける。
さすがは九尾の御狐様。
良い仕事してくれる!

「あぶなー……」

それは同じように飛ばされたルーミアの声。
つられてそっちを向いた時、エルも同じ方を向いていることに気がついた。
視線の先にあるのは、一番恍けていたルーミアの姿。
良く見れば、奴は胸の前で両腕を十字に組んでいる。
まさか、防御が間に合ったのか!?

「貴女……えーと、お名前は?」
「私はルーミア。よろしくね?」
「ああ……うん。よろしくルーミアちゃん」

何処か不思議そうに首を傾げるエル。
ルーミアのマイペースには、まともな奴ほど飲まれるらしい。

「もしかして今の、見えちゃった?」
「チルノから早いって聞いてなかったら防げなかったよ?」
「……言ってねぇよ」
「十秒で負けたって言ってたじゃない」

それだけで反応出来るんか!?
……何処の天才だよあんた?
気を取り直して橙を見れば、ややふらつきながらも身を起こしている所だった。

「……ったー」
「あれ? 誰も仕留められなかった」

呟いたエルの顔には、意外さを含んだ苦笑があった。
確かに藍の護符が無かったら、ルーミア以外は全滅だったろう。

「ひょっとして、皆さん防具とか仕込んでます?」
「もちろんだよ!」

それは橙の叫び。
ルーミアに向かい、自分に背を向けたエルに対して突っ込んで行く。
彼女が振り向いた時には。既にクロスレンジまで接近を許している。
普通なら、先手は橙のものだったろう。
しかしこの場合、両者の速度に残酷なまでの差があった。

「っふ」

エルの右肘に添えられた、左手が消える。
あの体勢から振り払うように左拳を放ったらしい。
同時に沈み込んだ橙。
多分あの姿勢から打つ左なら、浮き上がる軌道だと読んだ為。
右を抜かれればおしまいだが、コレだけの速度差を埋めるならもう賭けしかないのだろう。
逆巻く風が橙の帽子を吹き飛ばす。
その風を切り裂いて、橙の右爪が真下からエルの喉に伸びてゆく。
エルは小さく仰け反って、橙の爪から的を離す。
届くかどうか微妙な間合い。

「っち!」

橙は舌打ちして距離を取る。
どうやらほんの少し、届かなかったらしい。
それにしても、どうして攻撃失敗で下がるかなこの猫は?
賭けをしてまで潜り込んだ懐から、自分から出るなんて信じられない。
おそらく相手の反撃を警戒したからだろうが、明らかに実戦経験が足りてない。
エルには距離を自由に調節出来るスピードがあるのだ。
どの距離にいても同じなら、相手に突き放されるまで自分の間合いに居座りゃいいのに!

「くっついたら離れんな! あの速さなら何処にいたって同じだよ」
「分かった!」

橙に向けて叫びつつ、あたいもエルに駆けてゆく。
途中ルーミアに視線を投げると、彼女は一つ頷いた。
よし、やるか!
ルーミアからエルを遮る位置に陣取って、橙と共に挟み込む。
右手に八雲藍お墨付きの、氷棒を携えて。

「行くよ!」
「おっけ!」

向かいの橙と呼吸を合わせ、エルの後ろ頭に棍棒を振るう。
エルはあたいを無視し、むしろ橙に向かってゆく事で氷棒から遠くなる。
急速に接敵した橙。
再び取ったエルの懐で、猫の爪が翻る。
わき腹に伸びてくる爪に、左手を被せて払うエル。
腕を引き、身体ごと流されるのは避けた橙。
其処へ再び寄ったあたいが、横薙ぎに氷棒を振るう。
しかしエルは身体を回し、横目であたいを捕らえると同時に、再び左の拳を伸ばす。
あたいは腕ごと潰すつもりで氷棒を振りぬき……

「え?」

急に手元に来た圧力に、身体ごと持っていかれてしまう。
左手に風を這わせたか?
エルは追撃するでもなく、あたいに向かって片目を瞑る。
にゃろ!
泳ぐ身体を踏ん張って、転倒だけは防いだあたい。
しかしその間にバックステップしたエルは、既に橙との囲みを抜けていた。
もう囲むのは無理だろう。
それでもなんとか、あいつの動きを止めないといけない。
それが、マヨヒガであたいらが立てた作戦。
二人であいつの足を潰して、ルーミアが大砲をぶっ放す。
天然パワー馬鹿のルーミアには一発があるのだ。
あたいが見た闇の化鳥が当たれば、幾ら何でも痛いはず!
橙と視線を合わせると、まだまだ戦意は落ちてない。
落ちていないが……どう攻めるか?
エルは口元に微笑を浮かべ、変わらぬ姿勢で見つめてくる。
右手を頬に、左手を右肘に。
先ほどから、エルはあの姿勢から左しか使っていない。
この先は分からないが、多分対処出来るうちは左だけでヤル気だろう。
……舐めやがって殺してやる。

「来ないんですか?」
「うっさい黙れてめぇが来い!」
「んー……じゃ、遠慮なく」

あっさりと宣言すると、無造作に間合いを詰めてくるエル。
走るでもなく、唯歩いて。
どうする!?
二人同時に接近戦をすると、あたいにエルだけを捕らえる腕は無い。
そのうちに誤爆して、橙をぶっ叩くのは落ちだろう。
そしてネックがもう一つ。
先ほどから、エルの意識がルーミアから離れない。
どんな時でも、必ず視界の端にルーミアを置いているのが見て取れる。
まぁ、最初から不意打ちが出来るとも思っていないが……
最初にルーミアを潰しに来られたら、その瞬間にこっちの作戦がぱーになる。
相手がその手を取る前に、こっちの機会を作らないと……

「チルノちゃん……」
「なに?」
「援護、よろしく!」

それだけ言うと、橙はエルに向かって駆け出した。
まだ考えが纏まってない!
しかし橙が動いた以上、こちらも見てはいられない。
橙は低い姿勢で突っ込んだ。
ならばあたいは、本来橙の頭が来る高さに氷柱を飛ばす。
氷柱は橙を追い抜いてエルに届き、彼女が打ち落とす間隙に橙が飛び込んだ。
橙は右手に火球を宿し、エルに直接叩き込む。
だが、エルは橙の踏み込みに合わせて一歩を退き、拳の射程から身体を逃がす。
空振った橙は火球を放って追撃するが、エルは再び左手で打ち落とした。
橙は先ほど潜り込んだのと同じタイミングで、もう一度エルに突っ込む。
しかし、今度はエルの反応が桁違いに早かった。
橙の肩に軽い左フックを引っ掛けて、その反動で右回り。
今度は橙の頬を、左の裏拳で打ち抜いた。

「ぎゃ!」

橙の身体が吹っ飛ぶ中、二条の閃光がエルを囲う。
光の出所はルーミアの両手!
エルはきょとんとルーミアを見、にっこり笑って手をかざす。

「月光よ」
「風、崩し」

エルは身を捻りつつ急上昇し、ルーミアの放った閃光を潜り抜け……
同時に、ルーミアの胴体で空気がずれるのが『視えた』
喀血して崩れ落ちるルーミア。
……あの女、空気を固定しやがった。
ルーミア周囲の空気を固めて、その身体を巻き込んで少しずらす。
そのずれが例え数センチでも、生き物のならば普通死ぬ。
妖精ってのは極めれば、こんな芸当が出来るのか!?

「平気ルーミア!?」
「ん……痛い」

もっとも、妖怪のルーミアはそのくらいじゃ堪えないらしい。
頭を振って身体を起こすと、口の端から零れた血を舐め取った。

「……この妖精さん、食べ甲斐あるなぁ」
「……あら? フェアリーイーターさんでしたか」
「んーん」

その傷口からは一瞬ごとに闇が溢れ、風に薙がれて消えてゆく。
それでも、ルーミアは痛覚など無いかのように、獲物たるエルに笑いかける。

「ソウルイーター、だよ」
「まぁ、怖い」

満面の笑みと、完璧な作り笑いが二人の間を交差する。
エルはゆっくり高度を落とすと、やがてあたいらと同じ大地に降り立った。
正直、洒落になってない。

「あなた、一体なんなの……」

それは身を起こした橙の呟き。
あたいも全く同じ意見だ。
そもそも微弱な妖気しか持たない妖精が、なぜこれほど動けるのか?
開幕の雷にその後の真空。
そしてさっきは空気の凝固に生き物を巻き込んでねじ切るような真似を、溜めもしないで速射したのだ。
彼女の妖気それ自体は、橙やルーミアは勿論のこと、このあたいより弱いのに……
橙の声が届いたのかどうなのか、エルはこちらに向き直った。

「チルノちゃんは、妖精がなんだか分かってないの?」
「……不死身の、化け物」
「じゃ、なんで不死身だか分かってる?」

それは藍が言っていた。
妖精はとても小さな妖気で生きているから……

「妖精は、妖怪なら絶対生きていけない位、小さな妖気で生きているんだよ?」
「……」
「彼らが百のコストを食うところを、私達なら一でいいの。徹底した省エネルギー、コレが妖精の強さの一つ」

エルが虚空に右手を翳すと、風が渦巻いて湖を揺らす。

「でも、普通の妖精にあんたみたいな力は無いよ?」
「私は永く生きてるし、普通の妖精さんよりもう少しだけ、燃費の良い身体してるんだよ」
「……ちなみに、どれくらい?」
「んー……チルノちゃんがその棒一回振るのと同じエネルギーあれば、私は全力疾走で二十五メートル走れるかなぁ……?」

……んのアマ!
マジムカつくなクソ妖精!
しかし嘘を言ってる様でもない。
やっぱりこいつは化け物だ。

「貴女は妖精が嫌いみたいだけど、なら辞めますってのも無理でしょう?」
「……黙れ」
「どうせ一生ついて回るなら、開き直ってこの道を極めてみない? 妖精だって上まで来れば、それなりに高い所へ行けるんだよ?」」
「うるさいよあんた!」

自分でも訳が分からないほど、強い怒りが溢れ出てくる。
ソレは冷気となって迸り、弾みで生まれた氷刃が、エルの頬を掠めて朱を引いた。
滴る血を拭いつつ、エルはあたしに優しげな笑みを向けてくる。

「ま、いいんだけどね。チルノちゃんが何になろうと知ったことじゃないんだし?」
「……」
「でも、これは最初で最後の機会。どうせなら全部見ておきなさい」

その言葉と共に、猛る風が湖の水を巻き上げる。
それは強風の中の雨のように、横殴りに吹き付けてきた。
まるっきり、台風だ。

「あんた本当に妖精かよ!?」
「勿論です」

即答した彼女は、左手を一閃。
その意に沿って風は流れ、一条の刃と化してあたいに迫る。
横っ飛びに転がって何とか避けるも、風に付属する水の刃まではかわせなかった。
右手を浅く切り裂かれ、傷口が一気に凍りつく。

「ん。絶好調」

機嫌よく呟いたエルは、その背を飾るきれいな翅を振るわせる。
同時に水面に現れた巨大な竜巻。
何をするつもりかは知らないが、あれを使わせると相当ヤバイ!

「ルーミア潰して!」

弾数の少ないルーミアを、此処で使うのは痛いけど仕方ない。
こっちが全滅したら作戦もクソもないんだから。
ルーミアは右手に闇を灯し、闇の化鳥を生もうとして……
突如放たれた真空波に吹っ飛ばされた。

「狂える風の一人舞台……これより開幕いたします」

エルの呟きは風に乗り、あたしの耳まで届いてきた。
だが、悠長に眺めてもいられない。
湖上の竜巻はいよいよその激しさを増し、周囲に無数の鎌鼬を撒き散らす。
その風に乗せた水すらも、鋭く早い刃となって。
無限に等しい風の刃と、同じ数だけの水の刃。
二つの刃が交差して、避けることが馬鹿馬鹿しくなる程の弾幕と化す。
地上のエルと、湖上の竜巻。
どちらを狙うか一瞬迷い、あたいは橙に視線を投げる。
意図を察した橙は、障壁で風を凌ぎながらエルを一回指差した。

「よーし、突っ込め橙!」
「了解!」

こいつは人を疑うことを知らんのか?
それでも、この素直さはある意味長所。
さっきから橙は、あたいの顔色読んでくれるから連携が取りやすい。
それに比べ、ルーミアの方はいまいち何したいのかわかんないんだ……

「エルちゃん勝負!」

風と水の複合攻撃を、障壁で弾きながら突っ込む橙。
しかしエルが左手を振るうと、明らかに指向性を持った風刃が橙を襲う。
刃自体は防げても、その圧力は橙の足を大地から引っこ抜いた。
猫特有の身軽さを持って、中空で受身を取った橙。
軽業師の様な身のこなしだが、その間は障壁の制御が甘くなった。
竜巻の放った風刃。
エルのそれに比べれば遥かに弱い風の剣が、橙の全身を這い回る。
体中を斬られた橙は、やや足元が覚束ない。
それでも足から着地した所、痛みを気力で凌ぐことくらいは知っているらしい。

「ふー……ふー!」

橙は瞳を見開いて、エルを睨んで唸っている。
コレだから、手負いの獣はおっかない。
御嬢だと思ったが、なかなかの野生も持っている。

「!?」

その時、あたいの背後から黒い何かが行過ぎる。
慌ててそちらを振り向けば、先程吹き飛ばされたルーミアの姿。
彼女は何百に届こうかという闇の小鳥を放っている。
向かっているのは、湖上の竜巻。

「ナイト、バード……」

闇の小鳥は湖上に挑み、しかし風水無数の弾幕に落とされ、なかなか竜巻に辿り着けない。
中には潜り抜ける猛者もいたが、巨大な竜巻の飲み込まれては、ずたずたにされて上空に放り出されている。
それでもルーミアは尚、闇で小鳥を作って無謀な特攻を繰り返す。
……何がしたいのよあんたは?

「無駄だと思うよ?」

エルは一言呟くと、ルーミアは無視して橙を見据える。
左手を振るい、狙うのは橙自身とその周囲。
妖精であるあたいと違い、橙には風刃を見る術が無い。
竜巻が飛ばす水刃がなまじ見えてしまう事もあり、面白いように翻弄されてなかなか距離が詰められない。
しかし、あたいも見ているだけじゃないのだ。
既に妖気は溜め込んでいる。

「凍りつけ!」

あたいは声に乗せるように、前方に向けて冷気を飛ばす。
それは風に乗った水刃を氷結させ、エルの支配を奪い取る。

「あれ?」

エルは水の周囲に風を這わせ、その中に取り込んだ水を操っていた。
しかしエルは風精であり、本来水を操る能力は無い。
それはどちらかと言えば、氷精であるあたいの分野。
一回凍らせて逆支配をかければ、割と簡単に乗っ取れた!

「パーフェクトフリーズ!」

これは昨日考えていた、対エル用に編んだスペル。
考えていた状況とは随分違うが、木ではなく水を使えたことは運が良かった。
昨日の特訓のときよりも、遥かにあたいの支配が強い。
あたいは右手を一振りすると、凍った無数の水(氷)刃がエルに向かって殺到する。
左手を翳し、風の壁で遮るエル。
散らされた氷刃を繰り、再び終結させるあたい。
集めた氷は全体の八割くらい。
これなら相当に無茶が利く。

「……ちょっと強くするね」

呟いたエルは翅を震わせ、竜巻の規模をさらに上げる。
それは先程までと比べ物にならない大きさに育ち、生み出す風も、伴う水も、その破壊力を跳ね上げた。
あたいは常に冷気を放ち、周囲の水刃を片っ端から氷刃に変える。
そうやって乗っ取った刃を持って、本命の風刃にぶつけて行く。
速度と連度で、あたいはエルより遥かに劣る。
しかし、用は道を作ればいいのだ。
橙が、エルに斬り込んで行ける活路を……

「天符、天仙鳴動!」

橙がつむいだ言の葉は、力を持って主に応える。
白い燐光を纏った橙は、あたいが作った細い無風地帯を駆け抜ける。
その速度は今までよりも遥かに速い。
この状況で使ったと言うことは、あのスペルは加速系か?

「せーの!」

しかし、橙の突進はエルにとって意外でもなんでもない。
既に何度も見せてしまったし、今はあたいが道まで作っているのだ。
左手を翻し、今までよりも遥かに強大な風を生む。
それは刃というよりも、細く早く射抜く風の矢。
逆巻く風が、エルの衣装と髪を激しく揺らす。
攻め込むルートを絞ったために、エルにとっても相手を狙いやすい状況が生まれてしまう。
ミスった!
慌てて橙の周囲に安置を作ろうとして……あたいは一瞬戸惑った。
今道を潰しても、橙は止まらないんじゃないか?
橙はエルの様子が見えているのに、尚止まろうとしないのだ。

「っちぇ……」

呼びかけながら、どうすることも出来はしない。
あたいは結局、道を維持する事にした。
今は橙を信じるしかない。
エルは生み出した風の矢を、弓に番える様に引き絞り……

「お待たせチルノ。それじゃ潰すね?」
「は?」

いつの間にか真後ろから聞こえた声に、振り向かなかったのは奇跡だった。
それは闇の小鳥を飛ばしていたルーミア。
その間にもエルと橙の距離は縮まり、遂にエルから風矢が解き放たれる。

「おおおおおおお!」

橙は拳を握り締めると、迫る風の矢を引きつけ、思い切り殴りつけた。
そこにはどれだけの妖気が込められたのか。
橙の拳は極光に輝き、真正面から風の矢を粉砕した。
しかし、反動も物凄い。
爆発した風の塊により、橙は前進を止められてたたらを踏む。
会心の笑みを浮かべえるエル。
彼女は散らされた風を繰り、そのまま風刃に変えて橙の周囲に再集結させた。

「これで詰み……」
「集え闇の小鳥達……」
『え?』

それは、あたいとエルの呟き。
エルが橙を切り裂く直前、ルーミアから放たれた詠唱……
彼女は即座に、そしてあたいはその視線を追いかけて事態を知った。
先程から竜巻に飲まれ、上空に打ち上げられた闇の小鳥。
全体の三割にも満たないだろうその小鳥達が、主の命を受けて集結していた。
在るべき姿へ。
闇の巨鳥へ。

「おいで……鵺」

突如として竜巻の上空に現れた闇の化鳥。
ルーミアは……あたいが潰せと言ったときから、ずっとこの準備を掛けていたのか?
確かに竜巻に向かうのが小鳥だったから、エルはルーミアを見逃した。
そしてあの鳥の位置……
竜巻の真上は、風が弱い。
少なくとも、横よりは。
あの位置を取るために、こいつは小鳥を飛ばしていたのか?
あたしは背筋が寒くなった。
こいつは……

「しまっ!?」

エルはその声を最後まで続けることが出来なかった。
巨鳥が竜巻に突っ込み、内部から自爆して爆発したその時……
体勢を戻して詰め寄った橙による鉄拳が、エルの左頬をまともに捉えた。

「……っ」
「ぎゃん!?」

そこに何があったのか、エルは小さく仰け反ったのみ。
しかし橙は大きく弾かれ、口の端から血を流して倒れている。

「やんちゃな猫さんも、嫌いじゃないよ?」

左手をぷらぷら振りながら、もがく橙を見下ろすエル。
まさか……殴られながらカウンター合わせてた……?
殆ど橙など見ていなかったはずな上、明らかに、先に橙の拳が当たっていたのに?
ヒットから威力を伝える間隙に行動を起こし、全ての過程を橙より早く終了する。
そんなことって出来るんだろうか……

「出来ちゃうよ?」
「っ!? あんた!」
「だって、分かりやすい顔してるんだもん」

朗らかに笑うエル。
左手から血が滴る。
殴りつけたとき、橙の歯で切ったのだろう。
敵意の欠片も見えない笑みが、この場ではとても歪んでいた。
その時、ようやく身を起こした橙。
どうやら歯を折られたらしい。
血の塊と歯の欠片を吐き捨てると、荒い息を吐いてエルを睨む。
橙の鬼気など何処吹く風と、周囲を見渡す風の精。
既に湖上に竜巻は無く、自爆した化鳥もいなかった。

「……凄いねぇ、皆」

本当に嬉しそうに、エルは弾んだ声を飛ばす。
その顔は、既に永きを生きているとは思えないくらい無邪気で……
ある意味とても妖精らしいその顔に、あたいは目が離せなくなる。

「こんなに競るとは思ってなかった。おかげで、ほら……」 

エルが親指でさした、湖の水平線。
その先には朝日が上り、闇を切り裂いて空を照らす。
まだ小さな朝焼けは、しかし一瞬ごとにその明るさを増して行く。
あたいらも分からないくらい、ゆっくりと。
夜が、明ける。

「妖の時間は此処まで。此処からは人の時……」

エルは緩やかな風に乗り、その身を宙に躍らせる。
あたいも翅をいっぱいに広げ、彼女を追って風に乗る。
橙は既に、肩を使って息をしていた。
大技を使ったルーミアも、明らかに妖気が落ちている。
今エルの相手をするのは無理だろう。
あたいは柄にも無く、二人のことを心配してた。
この二人と一緒じゃなかったら、とても此処まで来れなかった。
だからって訳じゃないけれど……
もう少し、出来ればこれからも、あたいは三人でいたい。
だけどその前にやらなきゃいけない事がある。
あいつは言ってた。
忘れ物をしちゃいけないって……

「決着を」
「着けようか」

空で向かい合うあたい達。
広がる朝焼けが、エルの横顔を紅く染める。
あたいの横顔も、同じように染まっているんだろう。
そんな中、エルは全身に風を纏って右手を引いた。
そのままゆっくりと握り締め、拳を作ると雷を這わす。
引き絞られた右の拳が、放電して空を焦がした。
対するあたいは、一振りの棍棒を生み出す。
いつもと同じ形の五十センチ程の氷。
常より少しだけ重く作った氷棒を、両手持ちで構えたあたい。

『……』

少しずつ距離が詰まってゆく。
あいつのネックは、あたいが武器を持っていること。
それはエルのリーチを凌駕して、こっちの攻撃を先に当てられる。
あたいのネックはエルの速度と……
もう一つ、あいつはあの雷を放つ手もあると言うこと。
それをされたら、あたいはリーチでも後手に回ることになる。
例えしなかったとしても、あたいはエルのスピードについて行けた事が無い。
状況的には勝ち目ゼロだが、それでも逃げることは出来ない。
今度妖精から逃げたら、あたしは二度と立てないと思う。
何より……あたいは今、一人じゃない!

「!?」

唐突に、あたいの目の前から空気が消える。
真空に周囲の空気が流れ込み、巻き込まれた体が吸い出される。
あたいは力に逆らわず、むしろ飛び込んでエルに向かう。
同時にぶれるエルの身体。
次の瞬間、エルはあたいの眼前に迫っていた。

「見えた!」
「貴女は……」

あいつは何かを言っているが、あたいはそれどころじゃない。
両手に持った棍棒を最速で振るい、エルの突進を迎え撃つ。
同時にエルは右拳を……
振らない!?
エルの頭上に落ちる棍棒。
タイミングは完璧。
確実にその頭を砕ける間合い。
右を振るには既に遅く……右!?

―――キ……ン

妙に清んだ音だった。
交差の瞬間に放たれた、エルの左の手刀。
それはあたいの棍棒を、嘘の様にきれいに切り裂いた。

「……あ」
「私の……」

無手となったあたいの胸に、エルの右手が添えられた。
文句を言う暇も無く、全身を這った雷に目の前が暗くなる。
あたいは必死に目を開き、それでも黒く沈む意識を懸命に繋ぎとめていた。
寝てるわけには行かない。
前は気絶して見れなかったのだ。
あたいが……

「希望なの」

硬直するあたいの眼前で、両手を組んだエル。
頭上に掲げ、その腕力に重力を乗せた打ち下ろし。
頭にくるはずの一撃を、首だけ捻って肩で喰らう。
気絶するわけには行かない。
あたいは最後まで見ないといけない。
このあたいが……

―――氷精チルノが、これから目指す妖精の姿を……

だけどあいつは容赦ないから……
喰らった瞬間に肩から衝撃が中まで抜けて……
あたいはとうとう、その意識をつなげなかった。



*   *   *



―――



貴女は希望と、彼女は言った。
そして彼女は去った



―――



*   *   *



八雲屋敷の一室で、あたいら三人が輪を作る。
中央にはトランプが、全て裏向きに並んでいる。
二組のトランプを混ぜて始めた神経衰弱。
カードを増やしたのは、組数を二枚から四枚にしたせいである。
ゲーム開始から既に六時間。
マジで頭がどうかしそうだ。

「これとこれと……あとここと……」

あたいは三枚のエースの前で唸っていた。
エースは前に出ているのだ。
出てるんだけど……
覚えきれるかこんなもん!

「其処!」

意を決して捲った一枚。
記されているのは、道化師の笑み……

「残念でしたー」
「チルノよわーい」
「うるさいよ!」

次は橙の番である。
瞬く間に三枚のエースを拾い、最後の一枚を捲る。
それはあたいが引いた隣のカード。

「此処でしたー」
「っく!?」

それは確かにエースの札。
橙はこういうのが得意なのか、かなりのカードを覚えている。
一方、明らかに何も考えていなくても、勘だけで四枚引き当てる猛者がルーミアである。
ゲームはこの二人の間で白熱し、事実上の一騎打ちが繰り広げられる。
既にというか……カードはようやく半分を割りこみ、一枚も取れていないあたいの勝ちは無くなった。

「今夜はちょっとツキが無いから、退散するわ」
「これツキのゲームじゃないよ?」
「邪魔しちゃだめだよルーミアちゃん。敗者は負け惜しみする権利があるって藍さまも言ってたよ」
「そーなのかー」

っく!
こいつらぁ……
橙はともかく、明らかに勘で戦っているルーミアに言われたくない!
しかし事実あたいの負けは確定。
今日は言わせておいてやる……
あたいは二人に背を向けると、出口の襖へ歩き出す。

「何処行くの?」
「ちょっと頭冷やしてくる」
「それはいいけど、約束忘れちゃ駄目だからね?」
「わーってるっての」

これは罰ゲームを賭けた遊びだった。
内容は、八雲紫の年を暴く。
死亡フラグ臭に満ち溢れたデンジャーミッションだが、負けなきゃいいと思っていた。
勝つ自信もあったから、内容はそっちで決めろなんて言ったんだが……

「どう考えてもフェアじゃねぇって……」
「何か言った?」
「べっつにー」

頭の後ろで手を組んで、あたいは部屋を出て行った。
後ろから橙の悲鳴とルーミアの歓声が聞こえる。
どうやら橙がしくじったらしい。
あたいが負けても、まだ二位の罰ゲームが残っている。
二位は藍の尻尾を蝶結びにする事。
こちらも相当やばそうだが、まだ冗談で済むかも知れない。
拳骨の一発は覚悟しないと駄目だろうが。

「頑張れよー」
「っちょ! なんでソレが分かるの?」
「んー……こっちが怪しい……あ、揃った」
「ギニャー!?」
「聞いてねぇな畜生共」

まぁいいか。
あたいは玄関から外へ出る。
紅霧の立ち込めた夜。
エルと別れてから、既に半年。
季節は春を越えて夏に入ったが、今年は異常な冷夏だった。

「どうしたってのかねぇ……」

昼間の霧は太陽を遮って、夜になるとすこし晴れる。
こんな調子だったから、里のほうでは結構な騒ぎになっている。
冷夏がもたらす稲の不作は、結構な問題らしかった。

「あたいにゃ関係ないけどさ」

むしろ涼しくて過ごしやすい。
誰の仕業か知らないが、感謝してもいいくらいだ。
だけど……

「あいつなら、どうするんだろ?」

全ての風精の母だった彼女。
もし彼女がいれば、このような不自然をどうしたのだろう。

「関係ないか」

多分、放っておくのだろう。
あいつが誰かの為に動くはずが無い。
彼女は自分の為にあたいらと戦い、自分の為に去っていった。
全部、自分自分自分自分……

「あーもう!」

くしゃくしゃと髪を掻き乱し、生み出した氷柱で地面を叩く。

「意味深なことだけ言って消えやがって!」

さらに二度、三度と地面を打っ叩く。
少しだけ、スッとした。

「やっと見つけたのに! 妖精が良いって思えたのに! 何だってあんたがいない訳!?」

あ、駄目だ……
足から力が抜け、倒れるように崩れたあたい。
あいつのことを考えると、たまにこういう発作がおきる。
エルとの最初の戦いの後、あたいは生まれて始めて泣いた。
群れから弾かれたときだって泣かなかったのに……
あれ以来、あたいは少し弱くなった。
そして彼女との再戦を経て、あたいは少しは強くなれたのかな?
それに応えてくれる者は……

「希望って何よ……勝手なことばっか言いやがって」
「そうだよねぇ」

風が凪いだ。
それはとても熱い風。
本来ならこの時期に吹く、暑苦しくて不愉快な……
だけど、今は違った。
あれだけ苦手な熱気も、あたいの意識に入らない。
狂ったような動悸にあえぎ、だけど必死に顔を上げる。
涙で滲んだ視界の中で、声の主を捜して……

「何処見てるの?」

唐突に、地面とキッスを強制された。
後頭部を踏まれたと理解する前に、あたいは全身のばねで跳ね起きる。

「ふざけんな!」

足を跳ね除け、身体を捻って飛び起きるあたい。
其処にいたのは一人の妖精。
あの時と同じ声で、同じ微笑で、あたいの神経を逆撫でしてくれる風の女王。

「おひさー」
「おひさじゃねぇ!」
「こんばんわ?」
「そうじゃない!」
「……ただいまかな」
「っ……」

声が出ない。
目の奥がつんとして、また泣きそうになってしまう。
だけど、こいつの前じゃ絶対泣かない。

「何しに来たの」
「チルノちゃんが良い子にしてるか、お姉さん気になって見に来たんだよ」
「……もうあっちには飽きたわけ?」
「それがねぇ……」

エルが語った言葉が、あたしは信じられなかった。

「……行けなかったぁ!?」
「うん。凄い結界があってね? 揺すっても叩いてもびくともしないの」

あっさりと言う彼女だが、こいつが結界を破ろうと暴れたのだ。
其処がどうなったのか、考えるだけで恐ろしい。
しかもそれで……破れなかった?

「前に他の娘を見送ったとき、あんなの無かったんだけどなぁ」
「……それってどんだけ前なのよ?」
「確か……最後が二百年位前だったような……」
「あほ!」

そうじゃない。
こんなことを言いたい訳じゃない。
会ったら言いたいことがいっぱいあった。
聞きたいこともいっぱいあった。
だけど、それはみんなすっ飛んで……

「それで、あんた今まで何してたの?」
「あ、そうそう聞いて? 酷いんだよ。私が頑張ってると巫女さんが来て、おっかない顔で怒ってきたの」
「へぇ……」
「成り行きで喧嘩になっちゃってね? 今までおかしな封印喰らって動けなかったの」
「……負けたんだ?」
「いやー、強かったよぉ」

ぱたぱたと手を振って、あっさりと笑う大妖精。
死ぬかと思ったとは、妖精が言えばギャグである。

「その巫女さんも今日、私を放って出かけちゃったからね。何とか破って逃げてきたんだよ」
「ふーん」

聞きたいことがある。
希望って何のことなのか。
言いたいことがある。
罵詈雑言が千ダースほど。
だけどこいつの顔を見たら思い出した。
聞いたらきっとこう言うんだ。

―――自分で考えるんだよ

そして何を言ったところで、この鈍感は堪えない。
……クソ、ムカつくな!
あたいは右のつま先で、エルの脛を蹴り飛ばす

「いったぁ!?」

足を抱えてうずくまるエル。
嗚呼、やっぱりこれが無いとしっくりこない。
憂さ晴らしは強い奴にやってこそ意味があるんだ。
……そういえば、こいつより強いのがいたっけか。

「そういや、あんたも負けたんだっけ?」
「そうだけど……」
「よし、あたいが仇とったげる」
「……は?」

きょとんとしたエルを置き去りに、あたいは夜の空を行く。
エルに会うまで、あたいは胸に空いた穴に戸惑った。
あいつに会って、胸の穴には憂さが詰まった。
このままでは身体に悪い。
そして憂さ晴らしなら、大暴れが一番手っ取り早い。

「ちょ、待ってよ!」
「何よ負け犬?」
「酷いなぁ……」

へこみ切った渋面で、エルは俯いてしょぼくれる。
このままこいつを弄っていても、結構楽しめそうだった。

「その負け犬に負けた妖精が、人生の勝者に勝てるんですか?」
「勝てなくっても良いんだよ」

エルと戦って、あたいは少し変わった。
弱くもなったし、強くもなった。
あんな勝負がもっとしたい。
半年振りに、わくわくしてきた。

「……あ、カードの罰ゲーム忘れてた」
「なに?」
「んー……」

まぁいいか。
巫女ってことは人間だろう。
食事があるってルーミアを抱き込んじゃえば、後は橙を誤魔化してうやむやだ。
橙が二番の罰ゲームを引いていれば、自分から誤魔化されに来そうでもある。

「うっふふー……見えてきた……素敵な明日が見えてきたぁ!」
「……」
「あれ? なんで離れるかな?」
「いや別に。ちょっと他人のふりしなきゃとか全然思ってないからね」

訳の分からんことを言うエル。
まぁいいか。
瑣末ごとに拘るほどに、今のあたいは退屈してない。

「何言ってんの案内してよ」

あたいが差し出す手を、彼女はしっかり握ってくれた。
離さない。
この手は二度と離さない。
今はまだ、彼女のほうが早く飛べる。
だけど何時か追いついて見せるから。
その時は、隣を飛んで見せるから……

「行くぞ大ちゃん! 楽しいパーティーの始まりよ!」
「あー……うん……了解」

あたいが仲間と戦って、それでも勝てなかったエル。
そのエルを封印したという巫女。
この幻想にはまだ、あたいが知らない世界がある。
それを全部やっつけて、一番上に立てたら、それはどれだけ気持ちがいいことだろう?
強くなりたい。
どうせなら、この幻想郷で一番になりたい。
そのために、今あたいが知っている最強に会いに行く。
此処があたいの物語の始まり。
待ってろよ巫女さん。
あたいは必ず、あんたを超えてやるんだから……





《終》



はじめまして。おやつと申す微生物でございます。
人によってはお久しぶりではありますが、もう身内以外は誰も覚えていないだろうからはじめましてですorz
もう前作投稿してから、一年近くがたってしまっているんですねぇ……
月日の流れは速いです。
色々と迷走を繰り返した挙句、ようやく上がったときには90kb……
もう少しなんとかならなかったかな自分orz
不味い部分も多々あるかとは存じますが、一人でも読んで下さる方がいれば、出来れば楽しんでくだされば、本当に嬉しいです。
それでは支離滅裂ではありますが、これにて失礼します。


おやつ
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コメント



0.4500簡易評価
9.100名前が無い程度の能力削除
藍さまがカッコイイ人きたー
元ネタがあるかは知れませんが大チル良かったです。
22.100名前が無い程度の能力削除
お帰りなさいです。
24.90世界爺削除
 ここまで深く妖精を描いた作品があっただろうか。

 作品に込められたエネルギーと高速で進む文章に感じ入りました。
 考えて見れば、妖精は弱くてすぐ消えるけど、すぐにまた現れる。意外と不気味な存在ですね。その妖精の生態を理不尽さとある種の怖さとして捉えて描いたのは恐るべき発想だと思います。
 総評するのであれば怖くて燃え。ブラックでかっこいい、でしょうか。
 ともあれ、良き物を読ませて頂きました。
29.100印度削除
お帰りなさいまし。
物語の面白さは言うに及ばず、紅魔郷へ繋げる巧みさに脱帽です。
39.100名前ガの兎削除
うめぇ!
いいよいいよー、もっとやれ。
しかしこのチルノは全然おばかじゃないな(゚∀゚)
41.100名前が無い程度の名前削除
⑨じゃないチルノなんかチルノじゃないやい!
橙もなんか違うような……と思いつつ読み進めました。

問答無用で引き込み納得させる深さと巧みさに違和感は消し飛び作品世界に呑まれました。
文句なしの100点と惜しみない賞賛を進呈。
43.100名前が無い程度の能力削除
なんかすごく新鮮。 いいなチルノ。 しかもどいつもこいつもかっこいい。
44.80翔菜削除
こいつぁ、いいや。すげぇいい。
過程から盛り上がりから締めまで、ここまでうまくやられるともう。
妖精に関する説明やらなんやらもう素晴らしいし、しかもそれをテンポ良くやってくれるし。
あいや、まいった。
51.100名前が無い程度の能力削除
大妖精はLサイズだからエルなんでしょうかね。
⑨じゃないチルノが可愛らしかったです。
54.100名前が無い程度の能力削除
なんかもう凄い!私の稚拙な言葉では上手く表現できませんが
久しぶりに引き込まれる話を読んだ気がします。
62.100名前が無い程度の能力削除
大ちゃんにカリスマを感じました。
GJ!
66.80kt-21削除
野郎、出来てやがるなぁ――。

読了時に少々泣きそうになったので大ちゃんとチルノの話をさらに希望します。
67.100削除
大ちゃんが大ちゃんと呼べないくらいのカリスマを放っている現場はこちらですか?

チルノが馬鹿なのに馬鹿じゃない。むしろ頭のいい馬鹿だ。
68.70Mya削除
 いやー、まさか今から投稿しようとした時に、同じような境遇の方がいらっしゃるものなんですねぇ……。縁は異なもの味なもの、ですね。それが更におやつさんだと知った日には、七番ゲージで頭ぶち抜きましたよ。
 それはそうと、良い大妖精でした。ちょっとチルノの頭が良すぎるかなー、という違和感が-10の原因です。しかし、原作ブレイカーのおやつさんですから、これくらいは朝飯前ですね! 良いお話でした!
73.90名前が無い程度の能力削除
>チルノが⑨でない
逆に考えるんだ、回りが⑨過ぎてそう見えな(食われ轢かれスッパされました

いいチルノ、ごっそさん
74.80削除
おひさしぶりです。またおやつ氏のSSが読めて嬉しいかぎりです。
まるでベルセルク世界のような妖精たちと、血みどろに戦うチルノ達がすばらしく陰惨で情熱的でした。
こと戦闘描写に関しては幻想郷的にルナティックレベルの濃度で、わくわくしながら読ませていただきました。
強敵へ臨む前の準備――新技開発、パーティ結成、装備品補強、武器特性の把握――そして、ラスボスの口上と必殺技の数々。
勝てない、と思わずには居られない大ちゃんの能力に対し、努力と根性とチームワークと布石で立ち向かっていく様は実に心躍りました。
そしてオチもぐっときました。
チルノがんばれ超頑張れ。

嗚呼、それにしてもこの幼怪組みは素敵な個性の集まりだなあ。
75.100てきさすまっく削除
こんな素敵な作品が来ていたことに気づかなかったなんて・・・。
またおやつさんの作品が読めて嬉しいです。
ルーミアかっこいい~。
78.70反魂削除
妖精という存在に対する斬新な解釈、それを通じて描き出された幻想郷という世界観の広がり、主人公三人組の軽妙洒脱な描写など、見所の多い一作でした。
多角的に織り込まれた物語のテーマには脱帽する限り。パワーと勢いのあるバトル描写にも、さすがに練熟の技を感じました。
長編でしたが、完成度の高い作品でした。GJです。
81.100名前が無い程度の能力削除
なんつう素敵な幼怪組みだ……
大妖精含む妖精の設定と考察が見事すぎて、目から鱗が落ちました。
88.100自転車で流鏑馬削除
武器職人藍様ktkr!!
他とは一味も二味もちがう幻想郷が病みつきなんだよなァ
96.無評価名前が無い程度の能力削除
チルノが馬鹿なわけないじゃないか
妖精は自然から生まれるんだから自然の知識を得てる筈だし
子供っぽいから、幼さが馬鹿に見えるだけで
98.100名前が無い程度の能力削除
橙かわいいなぁ
103.100名前が無い程度の能力削除
素敵過ぎて困るw
いいものを読ませて頂きました。
109.90euclid削除
チルノの成長物はそれだけでも素晴らしいものですが、これはまた格別ですね。
読んでるうちにチルノと一緒にあーだこーだ考えたり、
大妖精にムッと来つつもなんか好きになっちゃったり。
なんか読んでて本当に楽しかったです。
118.10名前が無い程度の能力削除
正直言って駄作です。まあコメ含めて2007年あたりのなんでお察しだけど。
チルノが二次の典型的な⑨キャラじゃないのはプラス点。問題はその後。
基本本質というか真意を突くキャラなんで、何でもかんでも怖気過ぎて全くチルノらしくない。
他人に知恵を借りることはあっても最終的に自分の力で乗り越えるキャラ。
しかも最後まで読んだが成長物語でもなんでもなくて驚愕しました。
後ルーミアの描写が諄い。とにかく諄い。話がズレすぎて何を伝えたいのかがわからない。
それとやたら常用外漢字使うけど、他に誤字が多いとみっともなく見えるんで多用はしないほうがいいです。