Coolier - 新生・東方創想話

セラギネラ 第二話 その4(これにて終わり)

2007/02/27 08:02:49
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 大食堂の大テーブルには糊のきいたテーブルクロスがかけられ、燭台には蝋燭が灯り、花
瓶には色とりどりの花が生けられていた。
 配膳用の台車をごろごろと押しながら、十六夜咲夜と紅美鈴が食堂へと入ってくる。
「あら珍しいわね。門番が給仕を?」緑の民族衣装の上から咲夜の予備のエプロンを着けた
だけの美鈴を見て、レミリア・スカーレットは不思議そうな顔をした。
「まあ色々とあったのです。色々と」美鈴の代わりに咲夜が曖昧な返答をする。二人から何故
か胡麻油の良い匂いがぷんぷんと漂ってきた。胡麻油を使う料理なんて今日の献立にあった
かしら、と思っている間にも料理が供される。小さなロールキャベツの入ったトマトスープを美鈴
が割と堂に入った態度で丁寧にスープ鉢に注いで静かにテーブルに並べていく。咲夜が今日
のメインの鴨のロースト薔薇ソース添え(血入り)の載った大皿をレミリアの前に置き、絹布で
はさんだナイフの刃の方を持って彼女に恭しく差し出した。紅魔館では肉料理を切り分けるの
は主の務めらしい。単に自分の分を一番大きく切りたいだけかも知れないが。

「素晴らしい演葬に」レミリアがグラスを掲げ、テーブルに着いた5人が乾杯した。
 前菜の薄切りの血入りパンと血入りソーセージに手を伸ばしながら、フランドール・スカー
レットは隣り合わせたメルラン・プリズムリバーの方をじっと見上げた。
「メルランのソロパートは凄かったわ!ずきゅううううううううむどっっかああああああんって感じ
で本当に最高よ!!」彼女はそう口を極めて絶賛した。
「まあまあ、光栄ですわ。ごごごごごごごずっっどぉおおおおおおおおおんって感じのアレンジ
もありますのよ。次の機会には是非ご披露させて頂きますね」話が合うらしい。
「私は改めてバイオリンの音色の鋭さや気の抜けなさを確認したわ。ピアノの方が繊細且つ
エキセントリックな調べを奏でるという人もいるけれどこれは譲れないわね」褒めているのか
あるいは冷静に批評しているつもりなのか、レミリアの言葉にルナサ・プリズムリバーもリリカ・
プリズムリバーも畏まって拝聴しているだけにとどめた。バイオリンとピアノとどちらが優れて
いるかという論争は数百年前から延々続いているが答えなぞ出た試しはないのである。

「ねえ美鈴、あなたも月琴とかじゃなくてバイオリンを学んだ方が良くはない?」急にレミリア
から話を自分に振られて美鈴は慌てた。ルナサはルナサであまり聴く機会もなかった弦楽器
の奏者がこんな所にいたとは、と思ってこの長身の赤毛の給仕を見上げた。
「いえいえそんな滅相もない。私の演奏はただの遊びです。本格的に練習し出したら門番も
庭仕事もできなくなりますよ」楽器に人生(騒霊生?)を捧げている者達の居る前でこんな事
を言い出すなんてお嬢様も人が悪いと彼女は思った。悪魔だから悪いのは当然だが。
「あーあ、駄目ねえ美鈴は。そこで「寝食も忘れて練習に打ち込みます」くらいのことを言えば
お姉様も喜ぶのに。あ、でも美鈴の育てる花はばらばらの粉微塵にする時とっても綺麗だか
らやっぱりその方が良いかしら」フランドールの言葉に彼女は微苦笑して、恐れ入ります、と
だけ答えた。


 宴が果てた頃、美鈴は給仕の任を解かれて館の外に出た。既に地平線は群青から紅へと
変わりつつあり、もう少しすれば黄金色の太陽が姿を見せるだろう。それでようやく彼女の
長い夜は終わるのだ。
 交替の門番を頼む事もなく門前はがら空きだったが、一番の厄介者は今頃作業小屋で
いびきをかいている筈である。念のために精神を研ぎ澄まして館の周りの気の流れを探った
が、特に変わった様子はなかった。
「魔王を倒しても勇者は家に帰れない、か」意味のない独り言を呟きながら作業小屋を覗き
込むと、まだ胡麻油の匂いが残る中で霧雨魔理沙が布団も敷かずに雑魚寝していた。美鈴
はため息をついてふすまの奥からせんべい布団を引っ張り出してきて床の間に敷くと、彼女
をひょいっと抱き上げてその上に寝かせた。
 美鈴は次に筆記用具と作業台をひょいっと持ち上げて小屋の外に出し、そのまま門の外
まで持って行くと座り込んで図面を引き始めた。

 木の板に穴を開けてそこにガラス瓶か素焼きの小壺を隙間が空かないように固定し、反対
側から板に釘を打って弦を張ればそれで弦楽器もどきの出来上がりである。適当に爪弾いて
適当に調律し、それで満足したので作業台と一緒に作業小屋に置きに戻った。代わりに作り
付けの棚から月琴を持ち出して来、再度門外に出ると調律を始めた。



 交替の門番と今日の勤務時間を確認した美鈴が館に戻ると、籠一杯に回収した投げナイフ
を入れた咲夜がエプロンを外して部屋に入ろうとするのに出くわした。
「只今戻りました。咲夜さんも今からお休みですか?」
「あらお帰りなさい。私は今から里までお米を買いに行くのよ」朝も早よから米屋を叩き起こし
に行くらしかった。
 美鈴と魔理沙と咲夜の三人が食料庫の米を炒飯にして食べてしまったため、元々少ない
米の備蓄が尽きてしまったのである。仮に夜起きてきたお嬢様方が開口一番「咲夜、今夜の
夕食にはキノコのリゾットを用意なさい」だとか「ねえねえ咲夜、甘いライスプディングが食べ
たいの」等と言い出せば厄介なことになるのでその予防のためだそうだ。人間は(動機は何で
あれ)よく働くなあ、と妖怪の彼女はそう思った。むろん例外も居るが。

「炒飯は確かに美味しかったわ。あれで魔理沙を足留め出来たと考えればその意味でも悪く
はないわね」含み笑いを漏らす咲夜のお出かけを見送って、美鈴は自分の部屋に戻るとすぐ
にベッドに寝ころんで毛布を被って目を閉じた。



 太陽が頭上に差し掛かろうとする頃、門番が昼食を食べに館に戻った隙を突いてチルノと
リグル・ナイトバグが庭に忍び込んできた。お目当ては例によって(中華風の)門番が作業小屋
に置いているよく分からないがらくたや貴重な食べ物などである。
「美鈴いるー?」そう言って小屋に入ったチルノの目に真っ先に入ったのは、掛け布団をぶっ
飛ばして寝ている魔理沙と、板きれに丸っこいものと糸がくっついた妙な物体だった。
「あれ、なんで魔理沙がここにいるんだろ?」リグルが首をひねって考えている間にも、チルノ
はふっふっふといやーな笑みを漏らしていた。
「きっとあたいに悪戯されるためだわ!!」彼女はそう言うが早いか手のひらに魔力を集中し
て小さな氷の固まりを作り出し、寝ている魔理沙の服をめくって中にその氷を入れると素早く
元に戻した。

「これは・・・楽器かな?」リグルは作業台の上に置かれた妙な物体を持ち上げた。キリギリス
の妖怪の知り合いが似たような物を使って色々な音楽を聴かせてくれた事があったので、彼女
はそう判断したのである。
「確かこうだったような」美鈴謹製の弦楽器もどきを構えて、蛍の妖怪は適当に弦を爪弾いて
みた。見た目の不格好さはともかく一応音色らしい音は出るようである。
「あっ、あたいもそれやりたい!」氷の妖精は作業台にあったもう一つの方を掴むと、対照的に
目茶苦茶に弦の上で指を走らせた。ひどい雑音が小屋中に響き渡ったが人間の魔法使いは
まだ目を覚まさない。よほど長い事寝ていなかったのだろう。今や彼女の服や布団は溶けた
氷から流れ出た水でびしょびしょである。


 朝練を終えたルナサが大ホールから出てくると、館の外からひどい雑音が聞こえてきた。
「・・・これが月琴?いやいやまさか」
「姉さん、昼食を頂けるそうだけどどうする?」ルナサは話しかけてきたメルランの方に向き
直ると、先に行って頂いてなさい、とだけ言って館の壁をすぅ、と抜けて出て行った。
「あれ、ルナサ姉さんはもう食堂?」
「外に出て行っちゃったわ。リリカに姉さんの分も食べて大きくなりなさいって事かしら」二人
は自分たちに都合良く解釈すると、メイドの先導で食堂へと向かった。


 鬱々とした弦楽器の音色でようやく目を覚ました魔理沙は、自分の服や布団がぐっしょり
と濡れているのを見てぎょっとした。
「この年になっておねしょだなんて・・・」鬱々とした演葬に合わせて鬱々とした気持ちになって
いく魔理沙の頭上、作業小屋の屋根の上ではルナサがチルノを膝の上に座らせて演奏の
手ほどきをしていた。
「こう?」
「違う。こう」氷の妖精の冷たい手を握り、弦に指を当てる所から丁寧に教えていた。
「こうかな」
「そうじゃない。こう」逃げだそうとするリグルの襟首をとっ捕まえて、次はあなた、と暗い顔
でルナサは言った。手のかかる妹が増えた様な気がして、彼女は割と活き活きとしていた。傍目
にはまるで分からなかったが。
「・・・はやく美鈴が来てくれないかなあ」弦楽器もどきを訥々と爪弾きながら、蛍の妖怪は門番
の一刻も早い登場を願った。しかし美鈴が目を覚ましたのは午後1時を過ぎた頃、咲夜が
「ちょっと美鈴、何時まで寝てるのよ。台所が片付かないからさっさと起きて食べて頂戴」と
まるで倦怠期の夫婦のような事を言いながら彼女の毛布を引っ剥がした後のことであり、残念
ながらリグルの願いは中々叶わないのであった。



 自分たちの屋敷へと帰っていくプリズムリバー姉妹をお見送りした後、何故か作業小屋で暗い
表情をしていた魔理沙とチルノとリグルを相手に三時のおやつを食べながら、美鈴はいつもの
ように月琴の弾き語りを始めた。話の内容は『7歳までおねしょが治らなかった少女メイドの話』
だった。無論でっちあげである。
『○ぁ~○ぅ~○ぁ~~、またやったわねぇえええええ!!』
『きゃー!(ぴゅーっ)』もうどの辺が弾き語りなのかまるで分からなかったが、人間の魔法使い
も氷の妖精も蛍の妖怪も腹をよじって笑い転げていた。
 月琴も二胡も別に上手く弾ける必要はないのである。しかるべき師匠について練習した事
はなく、譜面の書き方も適当である。その辺の子供らの注意を暫くこちらに向けられる程度
に弾ければそれで十分なのだ。天が二物も三物も与えるというのなら、自分以外の者に与え
てくれればいいと彼女は思っていた。

 鋭く風を切る音と共に投げナイフが飛んできて、作業小屋の壁にびぃいいいん、と音を立てて
突き立った。
「リベンジを希望するわ。私が勝ったら『完全で瀟洒なメイド長が怠惰で意地汚い門番をぶち
のめす話』を弾き語りして頂戴」真っ黒な笑みを浮かべながら咲夜が作業小屋に入ってきた。
狭い空間に5人も入ったせいでほとんど押しくらまんじゅう状態である。
 小屋の壁を吹っ飛ばして脱兎の如く逃げていく4人を追いかけ回し、折角朝方に時間を
止めて回収した投げナイフを再度庭中にばら撒いていくメイド長を館の窓から眺めながら、
パチュリー・ノーレッジは咲夜もまだまだね、と独り言を言った。

 まさか風邪がこんなに長引くとは思いませんでした。待っていた方がいらっしゃいましたら
お待たせいたしました。これにて第二話も終わりで御座います。

 当初の予想通りと言うべきか、特に何事も起こらない日常の話になりました。美鈴は異変の
解決をするようなキャラではないようなので、主役に据えるとこういう話になるようです。
 次もこのような何も起こらない話を書くか、或いはもう少し何か起こる話を書くかを現在
考え中です。期待しないでお待ち下さい。

 なお余談ですが本作執筆中の主なBGMは、
・幽雅に咲かせ、墨染の桜 ~ Border of Life
・ネクロファンタジア
・竹取飛翔 ~ Lunatic Princess
 の三曲でした。そのくせ白玉楼の住人も八雲一家も永遠亭の連中もまるで出てきませんでしたが。
マムドルチァ
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コメント



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15.100名前が無い程度の能力削除
第三話楽しみにしてます。
16.無評価マムドルチァ削除
おおっと、気づくのが遅れて申し訳ありませんでした。

>第三話楽しみにしてます。
ありがとうございます。現在ネタを固めている最中です。
一話よりも二話よりも面白くなればよいのですが。
22.無評価kagely削除
二話は一話と比べてとても読みやすかったです
私の勝手な想像ですが、このお話、紅魔館と作業小屋で大きく空間が分けられてる印象が在りましたが
最後の最後で一つに纏まった感じがしました。とても安心する終わり方でした
有難う御座いました
25.100名前が無い程度の能力削除
最高
26.100名前が無い程度の能力削除
この話が面白いのは、作者の人柄の良さが伝わってくるからなのかな、なんて思ったり。