※第1話は作品集35に、第二話は作品集37にあります。
「あうう…」
激しい振動と、そして吹き付ける風…一瞬でも気を抜いたらたちまち振り落とされそうです。
薄く開けた目には、流れるように過ぎ去っていく幻想郷の景色が見えます。でも、私の大好きなお空の散歩…そのときの流れが小川のせせらぎとしたら、今見えているのは嵐の日の濁流です。そりゃもう飛び込んだらあの世まで押し流されてしまう位の…
さっきまで…さっきまでなにか暖かなものの上で、安心しきって、そして平和に寝ていたのは気のせいでしょうか?それが、なぜ私は現在進行形で生命の危機に瀕しているのでしょうか?
いえ、チルノちゃんと一緒にいればこういう事は日常茶飯事、むしろ予想の範囲内で行動してくれることはまずないのですけど、今はチルノちゃんはいないはず…それなのに何で…
何で目が覚めたら、魔理沙さんの箒に乗せられているんでしょうか?
相変わらず箒は全速で飛び続けています。ついでにやたらと高度が低いです、下手したら木にぶつかりそうです…
魔理沙さんが押さえてくれているからいいものの、そうじゃないと振り落とされてしまいそうで非常に怖いです。だって私今飛べませんし…羽根が食べられているので、ぐす。
はっ!?もしかして、今度は私『蒐集』されちゃったのでしょうか?魔理沙さんについての噂は色々聞きますけど、その中で一番多いのが『欲しいものは是が非でも手に入れる傍若無人な収集家』としてのお話です。現に、それに関する依頼をパチュリーさんから頂いているわけですし…
聞けば、強力な紅魔館の防衛線をいともたやすく突破して、ヴワル魔法図書館に侵入、パチュリーさんらによる必死の防戦をものともせずに蔵書を盗み去り、また、降り注ぐ竹槍の雨をものともせずに、永遠亭から月の品物を強奪する。
図書館に対する最大の犯罪者(パチュリーさん談)、幻想郷の黒い悪魔(小悪魔さん談)とか言われているそうです。
思い出してみると、レミリアさんが「パチェを狙う泥棒ネコ」とか「フランについた悪い虫」とか言っていた気がします。
パチュリーさんやフランさんのような方なら、蒐集されることもないのでしょうけど、私のような非力な妖精では結果は見えています。
あ…とうとう妖精標本でも蒐集しはじめるつもりなのでしょうか?幻想郷中の妖精を全種類標本に…私はその第一号になってしまうのかもしれません…
ああ…私はこのまま壁に虫ピンではりつけされたりするのでしょう…それとも剥製とか…うう、どちらにしろ生きて帰るのは無理そうです。
チルノちゃん…敵討ちなんて無茶はしないでいいから逃げてね?
それとも、あらぬ実験の材料にされてしまうんでしょうか?キノコを材料に、よく不気味な実験をしているとよく聞きますし。
…私ってキノコと同じ扱いなんでしょうか?ちょっと複雑です。
私は色とりどりのキノコと一緒に、大きなお鍋でぐつぐつ煮られて一生を終えることになるのかもしれません。
私はお風呂は好きですけど熱いのは嫌なんです、あと、キノコ風呂というのも体験したくはないです。身体がきれいになる前に汚れそうですし…
しかも色とりどりっていうことはきっと毒です…いえ、そもそもそういう問題じゃない気はしますけど、まともに考えると凄惨な想像になりそうで…うう…
せっかくお料理にされる運命から逃れ得たと思ったのに、今度はお料理どころか魔法の実験の材料にされてしまうなんて…やはり私の運命は『あえない最期』という名のゴールまでの距離が非常に短いのでしょうか?
チルノちゃんと知り合った時点で、無数のデットエンドへの分岐が出てきた気はしないでもないのですが、それにしたって…あんまり早すぎな気がするのです…
「うわーん、お願いです。私はもう羽根を一枚食べられていてきずものにされちゃってますし、魔力もないですし、蒐集にも実験材料にも向かないんです!見逃して下さい~!!」
駄目だとわかりつつ、私はじたばたと暴れます。飛べない私では、落ちたら昇天確実なのは判りきっているのですが、それでも怖いんです。
でも、必死に暴れる私に、魔理沙さんは優しい声で言いました。
「やれやれ、可哀想に…恐怖で錯乱しているんだな。大丈夫、大妖精、ちゃんと霧の湖まで送り届けてやるから」
「え…あれ?」
予想外の答えが返ってきて、私は戸惑いました。
私は、このまま魔理沙さんの家に連れ去られ、標本か実験材料にされるのではないのでしょうか?
でも、戸惑う私に、魔理沙さんは続けました。
「そうか…羽根が食べられたか…でもまだ幸運だぜ?命があっただけみっけものだ」
「あ…いえ…その…」
どうにも話がかみ合わない気がします。でも、戸惑うばかりの私に、魔理沙さんは続けました。
「ちょうど神社の付近を飛んでいたら悲鳴が聞こえたんだ。もしかしてと思って行ってみたら案の定、霊夢の膝の上で気を失っているお前がいたんだよ。危なかったぜ、あともうちょっと遅かったらお前も多分…な」
「ああああ~っ!?」
何かを成し遂げた笑顔で、間一髪だったんだ…と続ける魔理沙さん。
でも、それを聞いた私は、思わず叫んでしまいました。これはもう間違いなくというかなんというか…
「そうか、やっと思い出したのか。なんで捕まったのか知らないけど、もうあいつに捕まっちゃだめだぜ、今度こそ食べられちゃうからな」
やっぱり何か誤解している魔理沙さん。
ええ、間違いないです。明らかに私が霊夢さんに食べられかけたと勘違い…とも言い切れないのですが、そう思って助けてくれたみたいです。
いえ、気持ちはありがたいのですけど…でも…
「直上からスターダストレヴァリエをばらまきながら急降下して助けたんだ、チャンスは一航過だけ、際どかった。あとは低空を全速で突破してきたんだけどな…」
「あわわわわ…」
どうしましょう、ご厚意はありがたいのですが、その根幹が間違っているんです魔理沙さん!
今頃、あの優しい霊夢さんの家は、悪意なき攻撃で破壊されてしまっているのでしょう…後で直しにいかないと、お弁当を持って。
それにしても、魔理沙さんは、ある意味、悪意なく迷惑を振りまくあたりチルノちゃんと似ている気がしないでもありません。私ってこういう人に好かれるんでしょうか…
悩む私に、魔理沙さんは静かに呟きました。
「また…『あいつ』みたいな目に遭うような奴を放っておくわけにはいかないからな」
あ…あれ?なんでしょう?そういえば、噂に聞いていた魔理沙さんとはちょっと違います。なにか落ち着いています、っていうか渋いです、男前です…女の子なのに。それにしても…
「『あいつ』ってどなたなんですか?」
ふと気になった私は、聞きました。さっきから、何か魔理沙さんの声が震えています。
「あ…ああ」
そのとき、さっきまで間断なく出されていた魔理沙さんの声が途絶えます。
一瞬、言葉が消えて、風を切る音だけが残りました。
「…ずっと一緒にいた私の相棒さ、前の…な」
しばらくしてそう言った魔理沙さんの声はとても落ち着いていて…そしてとても悲しそうでした。
「まさか…いくら食物繊維だからって…いや、なんでもないんだ、気にしないでくれ。要は、私が喰われるという恐怖に怯えて、相棒を置いて逃げてきた腰抜けだってことさ」
自嘲気味に呟く魔理沙さんは、何か重いものを背負った…そんな雰囲気でした。
何も言えずに黙り込んだ私を見て、魔理沙さんは再び笑って言います。
「まだまだ危険空域だからな、高度を上げるといい目標なんだ…ちゃんとつかまっているよ大妖精」
「あ…はい」
私がそう言ったとたん、箒はさらに加速します。
「低高度を全速で…魔法の森上空まで抜けるんだ、あんましゃべると舌かむぜ。あと目をつぶっていろよ。着いたらコーヒーブレイクだぜ」
魔理沙さんの声は落ち着いていますが、でも私はあまり落ち着けません。高速飛行には慣れていないんです。
「あわわわわ…」
でも、風が私を魔理沙さんに押しつけ、体温が伝わってきました。そして…
震えているような、小さな振動も…
「もう…目を開けていいぜ」
長かったような…短かったような時が過ぎ、目を開けると、深くて暗い森が見えます。もう魔法の森上空まで来ていたみたいです。
振り向いた先にある魔理沙さんの顔はにこにこと笑っていて、さっきの声からはとても想像できません。
でも、私にはわかります。きっと、魔理沙さんは私には想像もできないような辛い体験をしてきたのでしょう。
もしかしたら、私がチルノちゃんを失うような…それも自分が原因で…そんな出来事があったのかもしれません。
もしそんなことになったら、きっと私は霧の湖へと入水しに行くと思います。自分のせいで大切なひとを失ったりしたら…私には生き続ける勇気は持てません。
でも、魔理沙さんが、あんな大人びた表情ができるのは、それだけの体験をして、それを乗り越えてきたからなのでしょう。
私が色々と妙な想像をしてしまったのは無知ゆえです…本当に申し訳ない気がしてきました。
あと、霊夢さんにも私から事情を話して謝っておかないと…ああ、私は色々な方に迷惑をかけっぱなしな気がします…
「ごめんなさい…」
「ん?突然どうしたんだ?」
思わず口から出た言葉に、魔理沙さんは戸惑ったような笑顔で答えてくれました。
「あ…いえ、なんでもないんです。ごめんなさい」
ごめんなさい…そう、これだけは言っておかなければならなかったのです。
「はははっ、よくわからないが、別にいいぜ」
そう言う魔理沙さんはとてもかっこいいです。降り注ぐ日差しを受けて、ますます明るいその顔からは、細かいことは気にしない、豪放な性格が感じ取れました。
青い空の中、箒は速度を落とし、高度を上げてゆっくりと…それでも私の感覚からするととても速いのですが…飛行を続けます。
その時、魔理沙さんが思い出したように言いました。
「そういえば大妖精、最近大ガマ相談所とかいうのを作って色々やってるみたいだけど…一体何をやってるんだ?」
う…こんな所にまで知れ渡っていたのですね。複雑です…しかも主謀者が私になっている気がします。
行動しているのが私なので仕方がないといえば仕方がないのですが、それにしたってあんまりだと思うのです。
と、私はそこまで考えて思い出してしまいました…
「それはですね…ああああっ!?」
しまった!パチュリーさんからの依頼で、魔理沙さんから本を返して頂かないと駄目でした!!
でも…こんな優しい魔理沙さんから…あうう…どうしましょう…
「お…おい!どうしたんだ!?」
私の方を見る魔理沙さんに、ますます私は慌てます。
「あ…えっとですね…その…うう…ぐす…」
うう…駄目です、言えません…
「ちょ…私何かまずいこと言ったか?」
思わず泣き出してしまった私に、魔理沙さんが尋ねます。でも…
「あ…その…違うんですけど…その…」
言い出しにくいです。もしかしたら、魔導書を盗ったというのも、何か事情があるのかもしれません。
でも、他人の物を盗るのは悪いことですし…パチュリーさんも困っているようですし…依頼ですし…でも断られたら…
ああ。私はどうすればいいのでしょう?板挟みとはこのような状況をいうのでしょうか…
「ちょっと!なぁ、本当に私まずいこと言ってないか?」
でもでも、悩む私をのぞき込む魔理沙さんは、本当に心配そうです。いつも強気な魔理沙さんですが、相手が下手に出ると強く出られないのかもしれないです…
うん、言うだけ言ってみましょう。もし必要ないんでしたら、誠心誠意頼んだら返してくれるかもしれないです。
もしどうしても必要なのでしたら、私がパチュリーさんに謝って、用事が終わるまで貸してもらうというようにお願いすればいいのです。
誠意を見せれば、どんな方にもそれは通じるはずなのですから。
「魔理沙さん…あの…ごめんなさい、申し訳ないんですけど…ぐすっ…お願いが…」
「わかったわかった!何でも聞いてやるから…だから頼むから泣きやんでくれ、な」
「ひっく…あの…」
半分泣きながら、私はかくかくしかじかと事情を説明します。
「あ~まぁ…いいぜ、このリストのならもう読んじまったしな」
「本当ですか…もしどうしても必要なら私がパチュリーさんに…」
「大丈夫!大丈夫だから、頼むから涙目でこっちを見ないでくれ…なんか私が悪い気がしてくるんだ」
事情を説明したら、魔理沙さんは頭をかきながらお願いを聞いてくれました。やはり誠心誠意頼んだら、その心は相手に通じるのですね。
今回の依頼は、これといった問題もなく終われそうです。
…ん?
その時、私は何かに気がつきました。
「…くそっ、パチュリーの奴…こんな頼まれ方したら断れないじゃないか…私だって鬼じゃないんだぜ」
「あの…」
私は、何か呟いている魔理沙さんの袖を引き、呼びかけます。
「あ、いやいや、何でもない、大丈…」
「いえ…その…箒が燃えてるんですけど…」
「…は?」
私が指さした先を見た魔理沙さんは、思わず言葉を失いました。
「…」
「…」
言葉が消え、風の音だけが空間を支配します…いえ、違いました。もう一つ聞こえるその音は…
ぱちぱち
「燃えてるっ!?」
「やっぱりですか!?」
私たちの悲鳴が空を切り裂きました。
ぱちぱちと聞こえるその音は、明らかに箒が燃えている音です。後ろの方…藁かなにかが束ねられている部分が、お芋が焼けそうな感じで燃えています。私は大好きです、焼き芋は。
そして、後ろには薄く煙がひかれています…地上から見ていたらさぞかしきれいな景色でしょう。
でも…
「どどどどうしましょう!?」
当事者にとっては大ピンチです、あの藁みたいな所に動力があるみたいなので、そこが焼け落ちたら私たちも…
あらぬ想像がどんどん膨らんでしまいます。
「落ち着けって、大丈夫。多分最大出力で連続運転したせいで燃えたんだろうけど、藁が焼けて八卦炉が落ちる前に、空き地を見つけて降下すれば…あれ?」
魔理沙さんの言葉が止まりました。何か非常に嫌な予感がします…
「コントロールが…できない…」
「え…」
不吉な言葉に、私は言葉を失いました。それって…とても大変なのではないでしょうか?
「あ、いや…この箒昨日できたばっかりで、今日初めて使ったんだけど…魔術式どっか間違ったのかな…それとも焼き切れた?」
首を傾げて私を見る魔理沙さんなのですけど、私にそんなこと言われましても…
「あわわわ…」
えっと、原因はともかくとして、操作ができないということは…このままお空の彼方まで逝ってしまうか、もしくは地上へ墜ちて逝ってしまうか…どちらにしろ逝ってしまうことには変わりないということでしょうか?
「どうしましょう!?」
大あわてで聞いた私に、魔理沙さんは答えました。
「不時着するしかないんだが…でも…」
魔理沙さんは地上を見て言います。周囲はうねうねした木が茂る魔法の森、墜落はできそうですが不時着は無理そうです。
「これじゃあどこにも降りられないぜ、マスタースパークなら着陸地点位作れるけど…八卦炉あの中だし」
黙り込んだ私に、魔理沙さんは続けます。そんな彼女の視線の先には燃えさかる箒…
「あ…う…」
私は黙り込んでしまいました。昼なお暗き深い森、やっぱりこんな所に不時着なんてできっこありません。
やっぱり、このまま私たちは…ごめんなさい魔理沙さん、私を助けたばっかりに(誤解ですけど)こんな目に遭わせてしまって…
「え…」
その時、私は頭になにか暖かい感触を得ました。そして、うるんだ視界に確かに見えたのは…魔理沙さんの自信に溢れた笑顔だったのです。
「なぁに、大丈夫。こんなことは日常茶飯事なんだ、私を信じろ。無事に地上に降ろしてやるぜ」
私の頭に手を置いた魔理沙さんは、続いて後ろから私をしっかり抱いてくれました。なんかとっても男前です、かっこいいです。
こんなことは日常茶飯事という言葉には何かひっかかりを感じますけど、いつもいつもこんな危険を乗り越えてきたということなのでしょう。きっと、信頼しても大丈夫だと思います。
そういえば、チルノちゃんが前、やられてもやられても立ち上がる打たれ強い人のことを『タフ貝』って言うんだって言っていました。
きっと、タフ貝の殻みたいにかたいということなのでしょう。タフ貝っていう貝は知りませんが、多分外の世界にいる、とってもかたい殻の貝なのだと思います。
まさに魔理沙さんには『タフ貝』という言葉がぴったりです。
「この先の、私の家の側に小さな沼があるんだ。しっかりつかまっているよ、不時着水するぜっ!!」
「はいっ!信じています!!」
間髪を入れず答えた私に、魔理沙さんは「なんか照れるぜ」と軽く言って、箒の速度を上げました。
「っ…」
軽い衝撃が伝わって、私は一瞬背後に押しつけられましたが、魔理沙さんはしっかりと押さえてくれました。
「旋回はできないけど直進はできる。箒が燃えおちるか、それとも先に沼までつくか…」
煙を曳きながら、箒はまっすぐ飛んでいきます。
「後に決まっているぜ、なんてったって私が作った箒なんだからな」
言い切る魔理沙さんに答えるかのように、箒はさらに速度を上げます。
「行けっ!相棒!!」
箒は、今まで体験したことがないような速度で空を駆け抜けます。森の景色がたちまち背後に流れて、空を飛ぶ鳥さんが慌てて逃げていきます。
一瞬、私は、今自分たちが置かれている状況を忘れて、視界に流れる緑の川に見惚れてしまいました。
その間も、箒は真っ直ぐ…目的地を目指し疾駆します。背後から薄い煙をひいて…
「よし…この調子なら…」
短いようで長い時間が過ぎて、視界内に沼が見えてきました。
広大な緑の森にぽつりと浮かぶ小さな小さな青い島…でも、あんな所に降りることができるのでしょうか…
いえ…
「さぁ、着水だ。大妖精、箒をしっかり握ってろ」
魔理沙さんの声からは、失敗を恐れる気持ちなんて全く感じられません。いえ、失敗ということを考えていないのでしょう。
「はい」
私は、箒をしっかりとつかみ、目をつぶって来るべき衝撃に備えます。
がたがたがた
すぐに激しい衝撃が伝わって、箒は無事着水しました…にしてはちょっと早い気がしますね。
「?」
思わず目を開いた私ですが、やっぱり沼はまだ先です…あれ?っていうかこの振動は…
「くっ!暴れるな…まだ先だ!!」
背後では、魔理沙さんが必死に箒を操ろうとしています。ですが、箒は振動し続け、むしろその度合いを増してきます。
「あ…あわわ…」
振り落とされそうな位の激しい揺れに、私は箒に必死につかまります。あと…あともうちょっとなのに…やっぱりここで終わってしまうんでしょうか?
「頑張れっ!お前を信じている奴がいるんだ!!お前は私の箒だろう!!」
でも、私が覚悟を決めようとした時、魔理沙さんが叫びました。たちまち振動が収まり箒は安定を取り戻しまします。
「よし…よし…いい子だ。ちゃんと降りたら直してやるからな…あともうちょっと…もうちょっとだけ頑張ってくれよ」
魔理沙さんの声に応えた箒は、沼へと針路を保持し、突き進みます。
凄い…さすがは魔理沙さんの箒…逆境にあっても決して屈しず、義務を果たします。
「…速度を落としてる暇はない、このまま突っ込むぜ。少し派手になるけど振り落とされるなよ」
その時、力強い声が聞こえました、私は無言で頷いて、箒を握る手に力を込めます。
「っ!?」
その時、箒の推進力が急になくなり、高度がぐんぐん落ち始めました。振り返ると、箒から何かが脱落し、森へと落下していきます。
「八卦炉が落ちたか…よく頑張った。後で拾ってやるからな」
推進力を失った箒の高度は、ぐんぐん下がっていて、もう足が森の木々に触れそうです。
「沼までぎりぎりか…でもこういうのは好きだぜ」
でも、そう言う魔理沙さんの声は何か楽しそうです。窮地すら自分にとってのお楽にする…凄い自信と、そして度胸です。
…無茶をするのはチルノちゃんと一緒なのですが、でも、魔理沙さんなら、何かやってくれそうな気がしてくるのです。…ごめんねチルノちゃん。
魔理沙さんは、必死に箒の頭を上げつつ、沼を見据えます。失敗が許されない、たった一度のチャンスです。
「くそっ…木が…」
その時魔理沙さんが言いました。私たちの針路上…沼への進入路には一本の大きな木が立ち塞がっています。
「頼むっ!」
その声に応えるように、箒はゆっくりと右にずれていきます、でも…
「ちょい右…もうちょい…だめかっ!?」
魔理沙さんが叫びました。
間に合いません、箒は針路を右に曲げたまま、木に吸い込まれていって…
「きゃっ!!!」
「おいっ!?」
その時、私は激しい衝撃を感じて箒から手を離してしまいました。視界が緑に…続いて空色に…そして水色へと目まぐるしく変わります。
「あ…」
声とも言えない呟きが、一瞬口から漏れました。
羽根を食べられてしまった私には、もはやなすところなく、空をくるくると回って、真っ逆さまに森へと墜ちていきます。
一瞬、こちらを見て何かを叫ぶ魔理沙さんの姿が見えました。魔理沙さん、せめてあなただけは無事に水面に降りて下さい。
私のせいで死んでしまったりしたら、本当に立つ瀬がないのです。
「チルノちゃん…」
脳裏に、チルノちゃんや大ガマさんと遊んだ日々が次々と流れてきます。ごめんなさい、私は志半ばにして空に輝くお星さまになります。
ほら、今次々と生まれている星の一つに…あれ?
私はそこで違和感に気がつきました…今は昼ですよ?
「させないぜ!」
「魔理沙さん!?」
星をまき散らしながら、私の方へと突進してくるのは魔理沙さんです!でも何でっ!?星の代わりに、ハテナをまき散らす私に魔理沙さんは言いました。
「私は…約束を守る乙女だぜっ!!」
だぜと乙女が合っていないです、とかなんとか突っ込みが思い浮かびますが、それより先に思い浮かんだのは…
「凄い…」
流星と化して突進する、箒に乗った魔理沙さんへの憧れでした。
「っ!?」
直後、暖かくて力強い何かに抱き止められた私は、続いて襲ってきた激しい衝撃に気を失いました。
「…い…おい!大丈夫か!?」
「う…ん?」
真っ白な世界に色が戻って、私は意識を取り戻しました。ゆっくりと身体に感覚が戻ってきて、痛みを感じるようになります。
でも、両手足とも動きますし、大きな怪我はないみたいです。
「よかった、無事だったか」
そして、手足を確かめるように動かしていた私の視界に、一番に入ってきたのは魔理沙さんの安堵した表情でした。
「あの…助けてくれてありがとうございました」
そんな魔理沙さんに、私はぺこりとお辞儀します。空に放り出された私を助けてくれた魔理沙さんは…命の恩人です。
「て…照れるぜっていてて…」
「魔理沙さん!?」
ところが、そう言って視線をそらした魔理沙さんはいきなり右腕を押さえてうずくまりました。
「大丈夫ですかっ!?」
私は慌てて腕を見ます。
「あ…いや大丈夫大丈夫、これくらいじゃ私はなんともない」
でも、そう言う魔理沙さんの右腕は、あらぬ方向を向いて垂れ下がっています。これって…
「折れてるじゃないですか魔理沙さん!!」
「毎度のことだぜ」
叫ぶ私に、脂汗をたらしながらも表情だけは涼しげに応える魔理沙さん。…毎度なんですか?
じゃなくて!
「すぐに手当します!」
「いやいや、大丈…」
「大丈夫じゃないです!傷口から化膿が入ってばいきんしたらどうするんですか!!」
「それは…大変だぜ、色々と」
「だったらおとなしくしていて下さい」
ごねる魔理沙さんをおとなしくさせると、私は鞄から救急セットを取り出し、早速手当を始めます。
「何でそんなの持ってるんだ?」
「チルノちゃんと一緒にいると、必要になるんです」
「ずいぶんと手際がいいんだな」
「チルノちゃんと一緒にいると、自然と覚えるんですよ」
「…楽しそうじゃないか」
「他の方のお役に立てるって嬉しくないですか?」
「…そうか?」
「はい♪」
「あ、できましたよ」
しばらくして、私は小さな会話を交わしつつ、魔理沙さんが骨折した箇所に添え木をあて、包帯で巻き終えました。
「ありがとうな、これでもう大丈夫だぜ」
救急セットをしまう私に、魔理沙さんは笑って言います。
「いえ…お礼を言わないといけないのは私ですから、あと…」
私は一息おいて続けました。
「これはあくまで応急措置なんです。永遠亭だったらもうちょっといい薬があるかもしれないので…あちらの依頼を終えるまで、お家でおとなしくしていて下さい」
そう、チルノちゃんと一緒じゃなかったので、私はあまりしっかりした救急セットを持ってこなかったのです。
たぶん、そんな中途半端な怪我はするまいと思っていたので、ふふふ…
おっと、また変な方向に思考がいってしまいそうになりました。危ない危ない。
「いや、大丈夫…」
「じゃないですから」
もう、本当に無茶なんですから…
ごねる魔理沙さんの口に、痛み止めの薬草を押し込んで黙らせると(本当は煎じて飲んでもらったほうがいいんですが)、私は魔理沙さんの手を引いて、森に突き出る屋根の方へと歩き出します。
沼の側には他の建物は見あたらなかったので、間違いなくあの家が魔理沙さんの家でしょう。
体中があちこち痛いですけど、大きな傷を負っていないのは、魔理沙さんが庇ってくれたからですね。
今度は私が魔理沙さんのお役に立つ番です。魔導書まで返してもらうのですし、命まで助けて頂きました。
そのお礼はちゃんとしないと…
私は、そう言って遠慮する魔理沙さんの手を引き(もちろん左腕ですよ?)、魔理沙さんのお家へと向かったのでした。
「ほんとに大丈夫だって」
「いえ、油断は大敵です。小さな怪我が元で死んじゃう事だってあるんですから…」
「いやだから…」
「おとなしくしていて下さいね♪」
「わ…わかったよ…この笑顔は反則だぜ」
「はい?」
「いや、何でもない」
深くて暗い森の中、大きな家の玄関で、私は魔理沙さんをお家の中へと押し込めます。
不承不承な魔理沙さんですけど、怪我人なんですからおとなしくしていてもらわないと困るのです。
私?私は…慣れてますから、うう…
「大妖精、気をつけてな、無事に帰ってこいよ」
「はい♪」
閉じかけた扉の隙間から、心配そうな魔理沙さんの声が聞こえてきます。私はそれに答え、そして扉を閉じました。
重い音がして、魔理沙さんの顔がお家の中へと消えました。
「よし…急がなきゃ」
私は小さくガッツポーズをして、くるりと向きを変えます。
次なる目的地は永遠亭、速く依頼を済ませて、できればよく効く薬を頂きたいです。
色々な危険を越えてきて、少しは楽天的な思考ができるようになってきました。今までの方々には、色々と誤ったイメージを持っていたみたいで申し訳ないです。
今度の永遠亭の方々も、きっと優しい方々に違いありません。ちゃんとお役にたってこないと…
私は、そんなことを考えると、一歩二歩と歩き始めたのでした…
『続く』
「あうう…」
激しい振動と、そして吹き付ける風…一瞬でも気を抜いたらたちまち振り落とされそうです。
薄く開けた目には、流れるように過ぎ去っていく幻想郷の景色が見えます。でも、私の大好きなお空の散歩…そのときの流れが小川のせせらぎとしたら、今見えているのは嵐の日の濁流です。そりゃもう飛び込んだらあの世まで押し流されてしまう位の…
さっきまで…さっきまでなにか暖かなものの上で、安心しきって、そして平和に寝ていたのは気のせいでしょうか?それが、なぜ私は現在進行形で生命の危機に瀕しているのでしょうか?
いえ、チルノちゃんと一緒にいればこういう事は日常茶飯事、むしろ予想の範囲内で行動してくれることはまずないのですけど、今はチルノちゃんはいないはず…それなのに何で…
何で目が覚めたら、魔理沙さんの箒に乗せられているんでしょうか?
相変わらず箒は全速で飛び続けています。ついでにやたらと高度が低いです、下手したら木にぶつかりそうです…
魔理沙さんが押さえてくれているからいいものの、そうじゃないと振り落とされてしまいそうで非常に怖いです。だって私今飛べませんし…羽根が食べられているので、ぐす。
はっ!?もしかして、今度は私『蒐集』されちゃったのでしょうか?魔理沙さんについての噂は色々聞きますけど、その中で一番多いのが『欲しいものは是が非でも手に入れる傍若無人な収集家』としてのお話です。現に、それに関する依頼をパチュリーさんから頂いているわけですし…
聞けば、強力な紅魔館の防衛線をいともたやすく突破して、ヴワル魔法図書館に侵入、パチュリーさんらによる必死の防戦をものともせずに蔵書を盗み去り、また、降り注ぐ竹槍の雨をものともせずに、永遠亭から月の品物を強奪する。
図書館に対する最大の犯罪者(パチュリーさん談)、幻想郷の黒い悪魔(小悪魔さん談)とか言われているそうです。
思い出してみると、レミリアさんが「パチェを狙う泥棒ネコ」とか「フランについた悪い虫」とか言っていた気がします。
パチュリーさんやフランさんのような方なら、蒐集されることもないのでしょうけど、私のような非力な妖精では結果は見えています。
あ…とうとう妖精標本でも蒐集しはじめるつもりなのでしょうか?幻想郷中の妖精を全種類標本に…私はその第一号になってしまうのかもしれません…
ああ…私はこのまま壁に虫ピンではりつけされたりするのでしょう…それとも剥製とか…うう、どちらにしろ生きて帰るのは無理そうです。
チルノちゃん…敵討ちなんて無茶はしないでいいから逃げてね?
それとも、あらぬ実験の材料にされてしまうんでしょうか?キノコを材料に、よく不気味な実験をしているとよく聞きますし。
…私ってキノコと同じ扱いなんでしょうか?ちょっと複雑です。
私は色とりどりのキノコと一緒に、大きなお鍋でぐつぐつ煮られて一生を終えることになるのかもしれません。
私はお風呂は好きですけど熱いのは嫌なんです、あと、キノコ風呂というのも体験したくはないです。身体がきれいになる前に汚れそうですし…
しかも色とりどりっていうことはきっと毒です…いえ、そもそもそういう問題じゃない気はしますけど、まともに考えると凄惨な想像になりそうで…うう…
せっかくお料理にされる運命から逃れ得たと思ったのに、今度はお料理どころか魔法の実験の材料にされてしまうなんて…やはり私の運命は『あえない最期』という名のゴールまでの距離が非常に短いのでしょうか?
チルノちゃんと知り合った時点で、無数のデットエンドへの分岐が出てきた気はしないでもないのですが、それにしたって…あんまり早すぎな気がするのです…
「うわーん、お願いです。私はもう羽根を一枚食べられていてきずものにされちゃってますし、魔力もないですし、蒐集にも実験材料にも向かないんです!見逃して下さい~!!」
駄目だとわかりつつ、私はじたばたと暴れます。飛べない私では、落ちたら昇天確実なのは判りきっているのですが、それでも怖いんです。
でも、必死に暴れる私に、魔理沙さんは優しい声で言いました。
「やれやれ、可哀想に…恐怖で錯乱しているんだな。大丈夫、大妖精、ちゃんと霧の湖まで送り届けてやるから」
「え…あれ?」
予想外の答えが返ってきて、私は戸惑いました。
私は、このまま魔理沙さんの家に連れ去られ、標本か実験材料にされるのではないのでしょうか?
でも、戸惑う私に、魔理沙さんは続けました。
「そうか…羽根が食べられたか…でもまだ幸運だぜ?命があっただけみっけものだ」
「あ…いえ…その…」
どうにも話がかみ合わない気がします。でも、戸惑うばかりの私に、魔理沙さんは続けました。
「ちょうど神社の付近を飛んでいたら悲鳴が聞こえたんだ。もしかしてと思って行ってみたら案の定、霊夢の膝の上で気を失っているお前がいたんだよ。危なかったぜ、あともうちょっと遅かったらお前も多分…な」
「ああああ~っ!?」
何かを成し遂げた笑顔で、間一髪だったんだ…と続ける魔理沙さん。
でも、それを聞いた私は、思わず叫んでしまいました。これはもう間違いなくというかなんというか…
「そうか、やっと思い出したのか。なんで捕まったのか知らないけど、もうあいつに捕まっちゃだめだぜ、今度こそ食べられちゃうからな」
やっぱり何か誤解している魔理沙さん。
ええ、間違いないです。明らかに私が霊夢さんに食べられかけたと勘違い…とも言い切れないのですが、そう思って助けてくれたみたいです。
いえ、気持ちはありがたいのですけど…でも…
「直上からスターダストレヴァリエをばらまきながら急降下して助けたんだ、チャンスは一航過だけ、際どかった。あとは低空を全速で突破してきたんだけどな…」
「あわわわわ…」
どうしましょう、ご厚意はありがたいのですが、その根幹が間違っているんです魔理沙さん!
今頃、あの優しい霊夢さんの家は、悪意なき攻撃で破壊されてしまっているのでしょう…後で直しにいかないと、お弁当を持って。
それにしても、魔理沙さんは、ある意味、悪意なく迷惑を振りまくあたりチルノちゃんと似ている気がしないでもありません。私ってこういう人に好かれるんでしょうか…
悩む私に、魔理沙さんは静かに呟きました。
「また…『あいつ』みたいな目に遭うような奴を放っておくわけにはいかないからな」
あ…あれ?なんでしょう?そういえば、噂に聞いていた魔理沙さんとはちょっと違います。なにか落ち着いています、っていうか渋いです、男前です…女の子なのに。それにしても…
「『あいつ』ってどなたなんですか?」
ふと気になった私は、聞きました。さっきから、何か魔理沙さんの声が震えています。
「あ…ああ」
そのとき、さっきまで間断なく出されていた魔理沙さんの声が途絶えます。
一瞬、言葉が消えて、風を切る音だけが残りました。
「…ずっと一緒にいた私の相棒さ、前の…な」
しばらくしてそう言った魔理沙さんの声はとても落ち着いていて…そしてとても悲しそうでした。
「まさか…いくら食物繊維だからって…いや、なんでもないんだ、気にしないでくれ。要は、私が喰われるという恐怖に怯えて、相棒を置いて逃げてきた腰抜けだってことさ」
自嘲気味に呟く魔理沙さんは、何か重いものを背負った…そんな雰囲気でした。
何も言えずに黙り込んだ私を見て、魔理沙さんは再び笑って言います。
「まだまだ危険空域だからな、高度を上げるといい目標なんだ…ちゃんとつかまっているよ大妖精」
「あ…はい」
私がそう言ったとたん、箒はさらに加速します。
「低高度を全速で…魔法の森上空まで抜けるんだ、あんましゃべると舌かむぜ。あと目をつぶっていろよ。着いたらコーヒーブレイクだぜ」
魔理沙さんの声は落ち着いていますが、でも私はあまり落ち着けません。高速飛行には慣れていないんです。
「あわわわわ…」
でも、風が私を魔理沙さんに押しつけ、体温が伝わってきました。そして…
震えているような、小さな振動も…
「もう…目を開けていいぜ」
長かったような…短かったような時が過ぎ、目を開けると、深くて暗い森が見えます。もう魔法の森上空まで来ていたみたいです。
振り向いた先にある魔理沙さんの顔はにこにこと笑っていて、さっきの声からはとても想像できません。
でも、私にはわかります。きっと、魔理沙さんは私には想像もできないような辛い体験をしてきたのでしょう。
もしかしたら、私がチルノちゃんを失うような…それも自分が原因で…そんな出来事があったのかもしれません。
もしそんなことになったら、きっと私は霧の湖へと入水しに行くと思います。自分のせいで大切なひとを失ったりしたら…私には生き続ける勇気は持てません。
でも、魔理沙さんが、あんな大人びた表情ができるのは、それだけの体験をして、それを乗り越えてきたからなのでしょう。
私が色々と妙な想像をしてしまったのは無知ゆえです…本当に申し訳ない気がしてきました。
あと、霊夢さんにも私から事情を話して謝っておかないと…ああ、私は色々な方に迷惑をかけっぱなしな気がします…
「ごめんなさい…」
「ん?突然どうしたんだ?」
思わず口から出た言葉に、魔理沙さんは戸惑ったような笑顔で答えてくれました。
「あ…いえ、なんでもないんです。ごめんなさい」
ごめんなさい…そう、これだけは言っておかなければならなかったのです。
「はははっ、よくわからないが、別にいいぜ」
そう言う魔理沙さんはとてもかっこいいです。降り注ぐ日差しを受けて、ますます明るいその顔からは、細かいことは気にしない、豪放な性格が感じ取れました。
青い空の中、箒は速度を落とし、高度を上げてゆっくりと…それでも私の感覚からするととても速いのですが…飛行を続けます。
その時、魔理沙さんが思い出したように言いました。
「そういえば大妖精、最近大ガマ相談所とかいうのを作って色々やってるみたいだけど…一体何をやってるんだ?」
う…こんな所にまで知れ渡っていたのですね。複雑です…しかも主謀者が私になっている気がします。
行動しているのが私なので仕方がないといえば仕方がないのですが、それにしたってあんまりだと思うのです。
と、私はそこまで考えて思い出してしまいました…
「それはですね…ああああっ!?」
しまった!パチュリーさんからの依頼で、魔理沙さんから本を返して頂かないと駄目でした!!
でも…こんな優しい魔理沙さんから…あうう…どうしましょう…
「お…おい!どうしたんだ!?」
私の方を見る魔理沙さんに、ますます私は慌てます。
「あ…えっとですね…その…うう…ぐす…」
うう…駄目です、言えません…
「ちょ…私何かまずいこと言ったか?」
思わず泣き出してしまった私に、魔理沙さんが尋ねます。でも…
「あ…その…違うんですけど…その…」
言い出しにくいです。もしかしたら、魔導書を盗ったというのも、何か事情があるのかもしれません。
でも、他人の物を盗るのは悪いことですし…パチュリーさんも困っているようですし…依頼ですし…でも断られたら…
ああ。私はどうすればいいのでしょう?板挟みとはこのような状況をいうのでしょうか…
「ちょっと!なぁ、本当に私まずいこと言ってないか?」
でもでも、悩む私をのぞき込む魔理沙さんは、本当に心配そうです。いつも強気な魔理沙さんですが、相手が下手に出ると強く出られないのかもしれないです…
うん、言うだけ言ってみましょう。もし必要ないんでしたら、誠心誠意頼んだら返してくれるかもしれないです。
もしどうしても必要なのでしたら、私がパチュリーさんに謝って、用事が終わるまで貸してもらうというようにお願いすればいいのです。
誠意を見せれば、どんな方にもそれは通じるはずなのですから。
「魔理沙さん…あの…ごめんなさい、申し訳ないんですけど…ぐすっ…お願いが…」
「わかったわかった!何でも聞いてやるから…だから頼むから泣きやんでくれ、な」
「ひっく…あの…」
半分泣きながら、私はかくかくしかじかと事情を説明します。
「あ~まぁ…いいぜ、このリストのならもう読んじまったしな」
「本当ですか…もしどうしても必要なら私がパチュリーさんに…」
「大丈夫!大丈夫だから、頼むから涙目でこっちを見ないでくれ…なんか私が悪い気がしてくるんだ」
事情を説明したら、魔理沙さんは頭をかきながらお願いを聞いてくれました。やはり誠心誠意頼んだら、その心は相手に通じるのですね。
今回の依頼は、これといった問題もなく終われそうです。
…ん?
その時、私は何かに気がつきました。
「…くそっ、パチュリーの奴…こんな頼まれ方したら断れないじゃないか…私だって鬼じゃないんだぜ」
「あの…」
私は、何か呟いている魔理沙さんの袖を引き、呼びかけます。
「あ、いやいや、何でもない、大丈…」
「いえ…その…箒が燃えてるんですけど…」
「…は?」
私が指さした先を見た魔理沙さんは、思わず言葉を失いました。
「…」
「…」
言葉が消え、風の音だけが空間を支配します…いえ、違いました。もう一つ聞こえるその音は…
ぱちぱち
「燃えてるっ!?」
「やっぱりですか!?」
私たちの悲鳴が空を切り裂きました。
ぱちぱちと聞こえるその音は、明らかに箒が燃えている音です。後ろの方…藁かなにかが束ねられている部分が、お芋が焼けそうな感じで燃えています。私は大好きです、焼き芋は。
そして、後ろには薄く煙がひかれています…地上から見ていたらさぞかしきれいな景色でしょう。
でも…
「どどどどうしましょう!?」
当事者にとっては大ピンチです、あの藁みたいな所に動力があるみたいなので、そこが焼け落ちたら私たちも…
あらぬ想像がどんどん膨らんでしまいます。
「落ち着けって、大丈夫。多分最大出力で連続運転したせいで燃えたんだろうけど、藁が焼けて八卦炉が落ちる前に、空き地を見つけて降下すれば…あれ?」
魔理沙さんの言葉が止まりました。何か非常に嫌な予感がします…
「コントロールが…できない…」
「え…」
不吉な言葉に、私は言葉を失いました。それって…とても大変なのではないでしょうか?
「あ、いや…この箒昨日できたばっかりで、今日初めて使ったんだけど…魔術式どっか間違ったのかな…それとも焼き切れた?」
首を傾げて私を見る魔理沙さんなのですけど、私にそんなこと言われましても…
「あわわわ…」
えっと、原因はともかくとして、操作ができないということは…このままお空の彼方まで逝ってしまうか、もしくは地上へ墜ちて逝ってしまうか…どちらにしろ逝ってしまうことには変わりないということでしょうか?
「どうしましょう!?」
大あわてで聞いた私に、魔理沙さんは答えました。
「不時着するしかないんだが…でも…」
魔理沙さんは地上を見て言います。周囲はうねうねした木が茂る魔法の森、墜落はできそうですが不時着は無理そうです。
「これじゃあどこにも降りられないぜ、マスタースパークなら着陸地点位作れるけど…八卦炉あの中だし」
黙り込んだ私に、魔理沙さんは続けます。そんな彼女の視線の先には燃えさかる箒…
「あ…う…」
私は黙り込んでしまいました。昼なお暗き深い森、やっぱりこんな所に不時着なんてできっこありません。
やっぱり、このまま私たちは…ごめんなさい魔理沙さん、私を助けたばっかりに(誤解ですけど)こんな目に遭わせてしまって…
「え…」
その時、私は頭になにか暖かい感触を得ました。そして、うるんだ視界に確かに見えたのは…魔理沙さんの自信に溢れた笑顔だったのです。
「なぁに、大丈夫。こんなことは日常茶飯事なんだ、私を信じろ。無事に地上に降ろしてやるぜ」
私の頭に手を置いた魔理沙さんは、続いて後ろから私をしっかり抱いてくれました。なんかとっても男前です、かっこいいです。
こんなことは日常茶飯事という言葉には何かひっかかりを感じますけど、いつもいつもこんな危険を乗り越えてきたということなのでしょう。きっと、信頼しても大丈夫だと思います。
そういえば、チルノちゃんが前、やられてもやられても立ち上がる打たれ強い人のことを『タフ貝』って言うんだって言っていました。
きっと、タフ貝の殻みたいにかたいということなのでしょう。タフ貝っていう貝は知りませんが、多分外の世界にいる、とってもかたい殻の貝なのだと思います。
まさに魔理沙さんには『タフ貝』という言葉がぴったりです。
「この先の、私の家の側に小さな沼があるんだ。しっかりつかまっているよ、不時着水するぜっ!!」
「はいっ!信じています!!」
間髪を入れず答えた私に、魔理沙さんは「なんか照れるぜ」と軽く言って、箒の速度を上げました。
「っ…」
軽い衝撃が伝わって、私は一瞬背後に押しつけられましたが、魔理沙さんはしっかりと押さえてくれました。
「旋回はできないけど直進はできる。箒が燃えおちるか、それとも先に沼までつくか…」
煙を曳きながら、箒はまっすぐ飛んでいきます。
「後に決まっているぜ、なんてったって私が作った箒なんだからな」
言い切る魔理沙さんに答えるかのように、箒はさらに速度を上げます。
「行けっ!相棒!!」
箒は、今まで体験したことがないような速度で空を駆け抜けます。森の景色がたちまち背後に流れて、空を飛ぶ鳥さんが慌てて逃げていきます。
一瞬、私は、今自分たちが置かれている状況を忘れて、視界に流れる緑の川に見惚れてしまいました。
その間も、箒は真っ直ぐ…目的地を目指し疾駆します。背後から薄い煙をひいて…
「よし…この調子なら…」
短いようで長い時間が過ぎて、視界内に沼が見えてきました。
広大な緑の森にぽつりと浮かぶ小さな小さな青い島…でも、あんな所に降りることができるのでしょうか…
いえ…
「さぁ、着水だ。大妖精、箒をしっかり握ってろ」
魔理沙さんの声からは、失敗を恐れる気持ちなんて全く感じられません。いえ、失敗ということを考えていないのでしょう。
「はい」
私は、箒をしっかりとつかみ、目をつぶって来るべき衝撃に備えます。
がたがたがた
すぐに激しい衝撃が伝わって、箒は無事着水しました…にしてはちょっと早い気がしますね。
「?」
思わず目を開いた私ですが、やっぱり沼はまだ先です…あれ?っていうかこの振動は…
「くっ!暴れるな…まだ先だ!!」
背後では、魔理沙さんが必死に箒を操ろうとしています。ですが、箒は振動し続け、むしろその度合いを増してきます。
「あ…あわわ…」
振り落とされそうな位の激しい揺れに、私は箒に必死につかまります。あと…あともうちょっとなのに…やっぱりここで終わってしまうんでしょうか?
「頑張れっ!お前を信じている奴がいるんだ!!お前は私の箒だろう!!」
でも、私が覚悟を決めようとした時、魔理沙さんが叫びました。たちまち振動が収まり箒は安定を取り戻しまします。
「よし…よし…いい子だ。ちゃんと降りたら直してやるからな…あともうちょっと…もうちょっとだけ頑張ってくれよ」
魔理沙さんの声に応えた箒は、沼へと針路を保持し、突き進みます。
凄い…さすがは魔理沙さんの箒…逆境にあっても決して屈しず、義務を果たします。
「…速度を落としてる暇はない、このまま突っ込むぜ。少し派手になるけど振り落とされるなよ」
その時、力強い声が聞こえました、私は無言で頷いて、箒を握る手に力を込めます。
「っ!?」
その時、箒の推進力が急になくなり、高度がぐんぐん落ち始めました。振り返ると、箒から何かが脱落し、森へと落下していきます。
「八卦炉が落ちたか…よく頑張った。後で拾ってやるからな」
推進力を失った箒の高度は、ぐんぐん下がっていて、もう足が森の木々に触れそうです。
「沼までぎりぎりか…でもこういうのは好きだぜ」
でも、そう言う魔理沙さんの声は何か楽しそうです。窮地すら自分にとってのお楽にする…凄い自信と、そして度胸です。
…無茶をするのはチルノちゃんと一緒なのですが、でも、魔理沙さんなら、何かやってくれそうな気がしてくるのです。…ごめんねチルノちゃん。
魔理沙さんは、必死に箒の頭を上げつつ、沼を見据えます。失敗が許されない、たった一度のチャンスです。
「くそっ…木が…」
その時魔理沙さんが言いました。私たちの針路上…沼への進入路には一本の大きな木が立ち塞がっています。
「頼むっ!」
その声に応えるように、箒はゆっくりと右にずれていきます、でも…
「ちょい右…もうちょい…だめかっ!?」
魔理沙さんが叫びました。
間に合いません、箒は針路を右に曲げたまま、木に吸い込まれていって…
「きゃっ!!!」
「おいっ!?」
その時、私は激しい衝撃を感じて箒から手を離してしまいました。視界が緑に…続いて空色に…そして水色へと目まぐるしく変わります。
「あ…」
声とも言えない呟きが、一瞬口から漏れました。
羽根を食べられてしまった私には、もはやなすところなく、空をくるくると回って、真っ逆さまに森へと墜ちていきます。
一瞬、こちらを見て何かを叫ぶ魔理沙さんの姿が見えました。魔理沙さん、せめてあなただけは無事に水面に降りて下さい。
私のせいで死んでしまったりしたら、本当に立つ瀬がないのです。
「チルノちゃん…」
脳裏に、チルノちゃんや大ガマさんと遊んだ日々が次々と流れてきます。ごめんなさい、私は志半ばにして空に輝くお星さまになります。
ほら、今次々と生まれている星の一つに…あれ?
私はそこで違和感に気がつきました…今は昼ですよ?
「させないぜ!」
「魔理沙さん!?」
星をまき散らしながら、私の方へと突進してくるのは魔理沙さんです!でも何でっ!?星の代わりに、ハテナをまき散らす私に魔理沙さんは言いました。
「私は…約束を守る乙女だぜっ!!」
だぜと乙女が合っていないです、とかなんとか突っ込みが思い浮かびますが、それより先に思い浮かんだのは…
「凄い…」
流星と化して突進する、箒に乗った魔理沙さんへの憧れでした。
「っ!?」
直後、暖かくて力強い何かに抱き止められた私は、続いて襲ってきた激しい衝撃に気を失いました。
「…い…おい!大丈夫か!?」
「う…ん?」
真っ白な世界に色が戻って、私は意識を取り戻しました。ゆっくりと身体に感覚が戻ってきて、痛みを感じるようになります。
でも、両手足とも動きますし、大きな怪我はないみたいです。
「よかった、無事だったか」
そして、手足を確かめるように動かしていた私の視界に、一番に入ってきたのは魔理沙さんの安堵した表情でした。
「あの…助けてくれてありがとうございました」
そんな魔理沙さんに、私はぺこりとお辞儀します。空に放り出された私を助けてくれた魔理沙さんは…命の恩人です。
「て…照れるぜっていてて…」
「魔理沙さん!?」
ところが、そう言って視線をそらした魔理沙さんはいきなり右腕を押さえてうずくまりました。
「大丈夫ですかっ!?」
私は慌てて腕を見ます。
「あ…いや大丈夫大丈夫、これくらいじゃ私はなんともない」
でも、そう言う魔理沙さんの右腕は、あらぬ方向を向いて垂れ下がっています。これって…
「折れてるじゃないですか魔理沙さん!!」
「毎度のことだぜ」
叫ぶ私に、脂汗をたらしながらも表情だけは涼しげに応える魔理沙さん。…毎度なんですか?
じゃなくて!
「すぐに手当します!」
「いやいや、大丈…」
「大丈夫じゃないです!傷口から化膿が入ってばいきんしたらどうするんですか!!」
「それは…大変だぜ、色々と」
「だったらおとなしくしていて下さい」
ごねる魔理沙さんをおとなしくさせると、私は鞄から救急セットを取り出し、早速手当を始めます。
「何でそんなの持ってるんだ?」
「チルノちゃんと一緒にいると、必要になるんです」
「ずいぶんと手際がいいんだな」
「チルノちゃんと一緒にいると、自然と覚えるんですよ」
「…楽しそうじゃないか」
「他の方のお役に立てるって嬉しくないですか?」
「…そうか?」
「はい♪」
「あ、できましたよ」
しばらくして、私は小さな会話を交わしつつ、魔理沙さんが骨折した箇所に添え木をあて、包帯で巻き終えました。
「ありがとうな、これでもう大丈夫だぜ」
救急セットをしまう私に、魔理沙さんは笑って言います。
「いえ…お礼を言わないといけないのは私ですから、あと…」
私は一息おいて続けました。
「これはあくまで応急措置なんです。永遠亭だったらもうちょっといい薬があるかもしれないので…あちらの依頼を終えるまで、お家でおとなしくしていて下さい」
そう、チルノちゃんと一緒じゃなかったので、私はあまりしっかりした救急セットを持ってこなかったのです。
たぶん、そんな中途半端な怪我はするまいと思っていたので、ふふふ…
おっと、また変な方向に思考がいってしまいそうになりました。危ない危ない。
「いや、大丈夫…」
「じゃないですから」
もう、本当に無茶なんですから…
ごねる魔理沙さんの口に、痛み止めの薬草を押し込んで黙らせると(本当は煎じて飲んでもらったほうがいいんですが)、私は魔理沙さんの手を引いて、森に突き出る屋根の方へと歩き出します。
沼の側には他の建物は見あたらなかったので、間違いなくあの家が魔理沙さんの家でしょう。
体中があちこち痛いですけど、大きな傷を負っていないのは、魔理沙さんが庇ってくれたからですね。
今度は私が魔理沙さんのお役に立つ番です。魔導書まで返してもらうのですし、命まで助けて頂きました。
そのお礼はちゃんとしないと…
私は、そう言って遠慮する魔理沙さんの手を引き(もちろん左腕ですよ?)、魔理沙さんのお家へと向かったのでした。
「ほんとに大丈夫だって」
「いえ、油断は大敵です。小さな怪我が元で死んじゃう事だってあるんですから…」
「いやだから…」
「おとなしくしていて下さいね♪」
「わ…わかったよ…この笑顔は反則だぜ」
「はい?」
「いや、何でもない」
深くて暗い森の中、大きな家の玄関で、私は魔理沙さんをお家の中へと押し込めます。
不承不承な魔理沙さんですけど、怪我人なんですからおとなしくしていてもらわないと困るのです。
私?私は…慣れてますから、うう…
「大妖精、気をつけてな、無事に帰ってこいよ」
「はい♪」
閉じかけた扉の隙間から、心配そうな魔理沙さんの声が聞こえてきます。私はそれに答え、そして扉を閉じました。
重い音がして、魔理沙さんの顔がお家の中へと消えました。
「よし…急がなきゃ」
私は小さくガッツポーズをして、くるりと向きを変えます。
次なる目的地は永遠亭、速く依頼を済ませて、できればよく効く薬を頂きたいです。
色々な危険を越えてきて、少しは楽天的な思考ができるようになってきました。今までの方々には、色々と誤ったイメージを持っていたみたいで申し訳ないです。
今度の永遠亭の方々も、きっと優しい方々に違いありません。ちゃんとお役にたってこないと…
私は、そんなことを考えると、一歩二歩と歩き始めたのでした…
『続く』
箒食ったんか。
あと、この大ちゃんは嫁にください。
というか魔理沙はやっぱりカッコイイ乙女だな
そして魔理沙カッコイイよ魔理沙
そして、大姉さんはホント、チルノのお姉さんなんだなぁ…というのを感じられます
次回の話でDie妖精になりませんように…
>名前が無い程度の能力様
あげませんww
>二人目の名前が無い程度の能力様
>>カッコイイ乙女
同意です。私も、魔理沙は『かっこいい乙女』なイメージがあったりww
>翼様
おおっ、毎回ありがとうございますwwしかし聖女とは…確かにそんな気が…
>都様
>>大ちゃんは本当に献身的だなぁ・・・恐らく幻想郷1では?
激しく同意しますww
>SETH様
何が彼女のエネルギー源なのか…それは間違いなく『慈愛』かと思われます。
>思想の狼様
上手いなぁww『女の中の漢(おとこ)』とか凄くぴったりですねww
しかし…Die妖精がツボってしまってorz
>名前が無い程度の能力様
いいお嫁さんになると思います、間違いなくww
しかし、下手したら結婚後も慈善事業で家に帰らない罠…
三人目の名前が無い程度の能力様、三人目の…とつけるのを忘れてしまいました。お詫びいたしますorz