この話にはオリジナル設定が含まれています。
苦手な方にはオススメできません。
「ゆ・う・ちゃん!」
「ひゃっ!」
「もう……。まーた夜更かししてる!」
「……お、お姉ちゃんこそ……」
「幽ちゃんが寝ないと私も寝てられないの。
もう夜も遅いんだから、そろそろ寝るわよ」
「……はぁーい……」
──これはまた、随分と懐かしい光景ね──
まだ幼かった私は、諦めずに幾度と無く頑張った。
難しい本を漁り、読めないところは母に聞きながら、必死で頑張った。
しかし、どれだけ努力しても、これだけはどうにもならなかった。
母が言うには、私の能力は目覚めるのに時間がかかるのだそうだ。
でも、私は認めなかった。私には能力が無いのではないかという不安に駆られていたから。
すぐにでも私の力を目覚めさせて、自分を安心させたかった。自信を持ちたかった。
それができないのが悔しくて、目に涙を浮かべながら、徹夜で本にしがみ付いていたこともあった。
そんな私を見ていられなかったのだろう。
姉ちゃんに見つけられてはよく止められた。
……見つかってしまったら仕方が無い。
私は渋々ベッドに戻る。
「お姉ちゃんはいいなぁ」
「どうして?」
「だってぇ、私にできないことでも全部できるから」
「そうでもないわ。それに私はね、幽ちゃんの方が羨ましいのよ」
「えー?何で?」
「……いろいろあるのよ」
「いろいろってー?」
「いろいろよ」
私の姉。私にはできないことでも、彼女はしっかりやりこなす。
いつも落ち着いていて、賢くて、頭の回転が速い。
その能力もかなり優れたもので、母をも上回る程だそうだ。
そんな立派な姉を持ったことを、私はとても誇りに思っていた。
私はよく、何かある度に姉ちゃんと比べられた。
その度に自分を励まし、磨こうとした。
いつか姉ちゃんを追い抜いて、優等生の妹としてではなく、私、幽香自身を認めてもらうために。
───カシャーン!!
「……………………!」
「……………!…………………!!」
「…………………!!」
「………………………………!」
何かが割れる音。
下の階から、怒鳴り声が聞こえてくる。
……また、喧嘩してるんだ……。
──何でわざわざこんなもん思い出させるのよ──
「……うぅ……ぐすっ……えぐっ……」
「大丈夫……。大丈夫よ、幽ちゃん……」
「……私…にっ……力が……ないか……ら」
「違うわ、幽ちゃんの所為じゃない。
幽ちゃんは悪くないんだよ。だから大丈夫……」
姉ちゃんは、泣き崩れる私をずっと慰めていてくれた。
でも私は、自分が惨めでならなかった。
私が泣く度に、姉ちゃんの強さを思い知らされた。
──あのとき、私に力があれば──
しばらくして両親は離婚し、私は母と暮らすことになった。
姉ちゃんは、父と一緒に出て行ったらしい。
この一日は、きっとかなり取り乱していたんじゃないかと思う。
きっとというのは、あまり覚えていないから。
ただ、誰とも会いたくなかったのは確か。
その日から、私は風見の姓を持つことになった。
それから数年が経ち、私も成長した。
姉がいないこの環境で、私自身の存在が認められると思った。
だが、世間の目は変わらなかった。
「きっとあの子だったらもっと……」
「お姉さんの方が立派だったろうねぇ……」
姉がいなくなったにも関わらず、何かある度に姉と比べられていた。
この場にいない姉と比較される毎日が、いつからか苦痛に感じてきた。
こんなに頑張ってるのに……。
どうして私を見てくれないの……?
いつも姉ちゃんばっかり……。
……超えたい。……どうしても超えたい。
超えたい 超えたい 超えたいっ!!
姉ちゃんを超えられる力が欲しい!!
そして、あの日
──もういい──
私の力が目覚めた。
──やめろ!──
力を制御しきれなかった私は
──やめろっつってんのよ!!──
幼いイノチを失った。
──もういい!いい加減にしろ!!──
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
「……………………」
木の枝の隙間から日の光が射し込む。
どうやら私、風見幽香は何処かの森の中で仰向けになっているらしい。
(………最悪の寝覚め、ね)
いつまでも寝ているわけにもいかないので、起き上がろうとしたその時。
「……痛っ!!」
全身に激痛が走る。
同時に、その痛みが記憶を呼び戻す。
──────────
『何の用?』
『いや、特にこれといった用はないわ。ただ、こないだの借りを返そうと思って』
『一昨日掃除したばかりなのよ。散らかさないで欲しいわね』
『一昨日?だったら今日掃除する理由を作ってやるわ』
──────────
(そっか……。また霊夢に負けたんだ……)
近くに咲いていた花を抜き取り、傷だらけの自分の腕に刺す。
……とくん……とくん……とくん……。
花から力が流れ込んでくる。冬の花の力は、細い割にしっかりしている。
この強さこそが、冬の寒さにも負けないこの子達の秘訣だと言うことはよく知っていた。
徐々に萎れていく花を見ていた時、ふと、いつか聞いた言葉が脳裏に浮かんだ。
『生きる事はそれだけで罪な事なのです』
…………………。
『そう、貴方は少し長く生きすぎた』
………あんたなんかに、何がわかる。
「呑気に死んでられるか」
干乾びた花を放り捨て、跳ねるようにして地を蹴り、浮かび上がる。
……勢い余って、高度を上げすぎた。
やっぱ効くわ、あの子達。
周りを見渡すには十分すぎる高度。
どうやら私が居たのは、博麗神社を取り囲む森らしい。
「さ、て、とっ」
高度を下げながら、神社へ向かった。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
滅多に使われることがない賽銭箱の前に誰かがいる。
近づいていくにつれ、徐々に姿が見えてきた。
霊夢かと思えば、どうやら違うようだ。
参拝客なのだろうか。きっと明日の天気は大荒れね。
拝んで天気が荒れるなんて、一体何を祀ってるんだか。
鳥居の近くに降り立って、とりあえず歩くことにした。
彼女は私が近づいているのを知っているのか知らないのか、全く身動きする気配が無い。
背は私よりも高く、何よりも印象的なのは、はっきりと見える赤と紺の二色。
そして、三つ編みで大きく纏められた長い銀髪。
って、静まり返った神社でここまで近づいて、まだ気付いてないわけがないでしょうに。
「……あんた誰?」
「……………」
「ちょっと!人が話して……」
「……フラワーマスター……風見……幽香……」
私の名前を呟いて、くるりとこちらに向き直る。
……な、何をまじまじと見つめてるのよ。
「わ、私に何か……?」
「……ぼろぼろね」
「う、うっさいわね!関係ないでしょ!」
「丁度いいわ。貴女に渡したいものがあるの」
「はぁ?何なのよ、いきなり……」
目の前の女性が、手に持った籠から包みを取り出し、差し出してくる。
包みは綺麗に包装されていて、黄色のリボンで結ばれていた。
「はい、これ」
「何、これ?」
「服よ」
「服?」
「そ、服。丁度いいでしょ?ほら、それぼろぼろだし」
「あ、ああ。そりゃぁ……どうも……ってちょっと待って」
「何かしら?」
「何で私に服を?ってかそもそも……」
「細かいことは気にしないの。それより、貴女はどうしてここに?」
「え?……ああ、この服をぼろぼろにした奴にちょっと『お話』が、ね」
「ねぇ。ひょっとして、何度もぼろぼろにされてるの?」
「な……な、な……」
「あら?図星?」
「ぅぐっ………」
「ふふっ」
なかなか鋭い人である。これは油断できない。
でも、不思議と悪い気はしなかった。
それどころか、寧ろ居心地がよかった。
「それで、その人って、どんな人なの?」
「それがねぇ、この神社の……」
気付いたら、私達はすっかり話し込んでいた。
この人の前だと、不思議と話が弾む。
「それでね、幻想郷が花で一杯になったことがあって、そのときもあの巫女に会ったの。
あれは六十年に一度のことなのよ?楽しまなきゃ勿体無いじゃない?」
「花で一杯かぁ。私も見てみたかったなぁ」
「すっごく綺麗だったんだから。
でも、折角それを楽しんでたのに、出会い頭に『あんたが犯人でしょう?』だって?
軽く頭が痛くなったわ。放っておけばそのうち元に戻るってのに。
全く、頭の中まで花満開なのかしら。おめでたいのは色だけにしてもらいたいわ」
「きっと、貴女は花を扱えるから、そう思ったんでしょうねぇ」
「幻想郷一面に花を咲かせれるのなら季節ごとに移動なんてしないわよっ」
「それもそうね」
「「あははははははっ」」
二人同時に笑い出してしまう。こんなに笑ったのは随分久しぶりな気がする。
誰かと一緒に過ごし、素直に笑い合える、楽しい時間。
最後にこんな風に過ごしたのは、いつだったっけ……?
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
一体どれ程話し続けていたのだろう。
楽しいけれど、流石に話し疲れたみたい。
暫く黙り込む二人。久々に神社が静まり返る。
「………………」
「………………」
見れば、日は傾きかけていた。
同時に、冷たい風が私を襲う。
「……そろそろ……」
「え?」
「そろそろ、時間かな」
「……何の?」
「私、帰らなきゃいけないんだ」
「……そ、そう……」
「………………」
「………………」
「…………話せて楽しかったわ。……それじゃ」
短くそう言って、彼女は歩き始めた。
「待って!!」
思わず叫んでいた。
気付けば、私は抱きしめていた。
離れたくない……。
私には、わかってるんだからね……。
もう、置いてかないで……。
「……麟……姉ちゃん」
「………………………」
「………………………」
「……っく……うぅ……ぐすっ……」
「………変わってないのね、幽ちゃん」
懐かしい……。あの時の姉ちゃんの声だ……。
しがみ付いていた私の腕は優しく解かれ、代わりに私が抱き締められた。
そう、いつか私にそうしてくれたように。
「…………お姉ちゃん……わ……私…ね……っ!」
「………ごめんね……もう、そろそろ……行かなきゃいけないから……」
「ま、待ってよ!私まだ言いたいことが一杯……」
肩に置かれた手が、優しく私を引き離す。
私は思わず顔を上げていた。
「じゃあね、幽ちゃん」
そう言った姉ちゃんの顔は、昔のままの優しい笑顔で。
私は………
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
「………………」
「………………」
「……………………」
「……………………」
「……………落ち着いた、かしら?」
「………うん……。えっと……ごめん」
「……まぁ、別に構わないけど」
あれから泣きっ放しでこの人にずっと縋り付いていた。
漸く落ち着いた今、顔を上げることもできないでいる。
「………………」
「………………」
き、気まずい……。
どうしよう……。
ふと、遠くで誰かが叫んでいるのが耳に届いた。
「…………流石に遅くなりすぎたようね。ウドンゲが探しに来たみたい」
「え?……あ、ああ……。あの………」
「気にしないで。もし何かあったら永遠亭にいらっしゃい。相談に乗るわ」
「………あ、いや、私は……」
「それじゃ、失礼するわね」
何か言おうにも言葉が見つからず、結局そのまま去ってしまった。
独り残った博麗神社。
手に持っていた包みを、両手で深く胸に抱き込んだ。
「……いるんでしょ?そこに」
「あら?見つかっちゃった」
何もなかった空間がゆっくりと裂け、一人の女性が姿を現す。
──八雲 紫。
「どうせあんたの仕業でしょ?」
「何のことかしら?」
「……何故こんなことしたの?」
何処からか取り出した扇子を広げ、口元を覆う。
「“義理ちょこ”よ」
「……………はぁ?」
「今日は、貴女みたいな人にプレゼントをあげる日なのよ」
プレゼント?あんたが?私に?どうかして……
「言っておくけど、飽く迄“義理”よ」
……何かここまではっきり言われるのもムカツクわね。
「本命は勿論 れ・い・む♪」
そういえば、随分長く居たのに全く姿を見てないわね。
「ところで、その霊夢は今どうしてるのかしら?」
「スキマでスマキ」
「……どうりで」
「本命にあげるプレゼントは、やっぱり“本命”じゃないと♪」
「………………」
何か嫌な予感がしたような……。多分気のせいよね。
気のせいじゃなかったら、お気の毒ね、霊夢。
「そういう訳で、私は忙しいの。夜は大人の時間よ。邪魔だからどっか行ってくれるかしら?」
こ……、この年増っ!
「……自分で仕組んでおいて、随分な扱いね……」
「あらあら、言ったでしょ?私は忙しいの。それとも貴女も……」
「わ、私も忙しいんだった。そろそろ失礼するわ」
その場から逃げるようにして神社から立ち去った。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
去り際に忙しいと言ったのは、決して単なる言い訳ではない。断じて。
さっきから気になっていたことがあって、早く確かめたかったんだってば。
それは包みの中身。……そりゃ勿論中には服が入っていると思う。
でも、服を見たいわけじゃない。気になっているのはこの感触……。
ゆっくりとリボンを解き、包みを開ける。
半開きの包みの中から服が見える。
そして、服の上に封筒が1つ。
……………………。
私は慌てて封を開けた。
中には……
「………………………スペルカード……?」
……………。
───宣言
───花呪「サイネリア13」
光り輝くスペルカードから、勢いよく噴き出す桃紅と濃青の花びら。
無数の花びらが宙を舞い、空に大きな花が描かれる。
…………綺麗……。
花は、私にいろんな表情を見せた。
月夜に咲くその大きな花に、私はすっかり見惚れていた。
やがて花は、まるで風に吹かれたかのように、辺りへ花びらを撒き散らす。
その花びらは、幽香を中心に大きな円を描いて地に舞い下りた。
花が散った後も、私はしばらく呆然と立ち尽くしていた。
月夜に咲く大きな花が、目に焼きついて離れない。
瞼を閉じると訪れる闇は、またあの花を映し出す。
ふぅ……。
……全く……敵わないよ……。
包みを拾い、再び胸に抱え込んだ。
…………ありがとう……姉ちゃん……。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
日差しが気持ちいい……。
冬は確かに寒い。だが、寒さにも負けずに咲く花もある。
一面の富貴菊に囲まれて、私は日光浴を楽しんでいた。
「おや?幽香さん、ですか?」
「……何よ、折角気持ちよくお昼寝してるっていうのに」
「いや、珍しいものがあると風が言っていたので、話を伺いに来ました」
「珍しい『もの』って何よ。私は見世物じゃないわ」
「しかし……、結構印象が変わるものですね」
「そう?」
「花に紛れて、見つけられなかったかもしれません」
「それがあんたの第一印象なわけ?」
「あ、いえいえいえ。そんなことは決して」
「……………まぁいいわ」
「あの、何でまた?イメージチェンジですか?」
「……貴女はいつも、食べたいものに理由があるの?」
「え……?いえ、その時の気分次第ですが……」
「わかったらどっか行きなさい。昼寝の邪魔をしない」
「とは言っても、他にいいネタになりそうなものがないんですよ」
「私の知ったことじゃないわよ。じゃ、おやすみ」
「いや、あの幽香さんっ……」
「……………………………」
「………ふぅ………しょうがないですね」
風が舞い、気配が遠ざかる。
……どうやら鴉天狗は飛び去ったようだ。
私はそのまま眠りについた。
例え記事にはしなくても、写真は撮らせてもらいますよ。
青に身を纏った幽香さんの、幸せそうな寝顔を、ね。
苦手な方にはオススメできません。
「ゆ・う・ちゃん!」
「ひゃっ!」
「もう……。まーた夜更かししてる!」
「……お、お姉ちゃんこそ……」
「幽ちゃんが寝ないと私も寝てられないの。
もう夜も遅いんだから、そろそろ寝るわよ」
「……はぁーい……」
──これはまた、随分と懐かしい光景ね──
まだ幼かった私は、諦めずに幾度と無く頑張った。
難しい本を漁り、読めないところは母に聞きながら、必死で頑張った。
しかし、どれだけ努力しても、これだけはどうにもならなかった。
母が言うには、私の能力は目覚めるのに時間がかかるのだそうだ。
でも、私は認めなかった。私には能力が無いのではないかという不安に駆られていたから。
すぐにでも私の力を目覚めさせて、自分を安心させたかった。自信を持ちたかった。
それができないのが悔しくて、目に涙を浮かべながら、徹夜で本にしがみ付いていたこともあった。
そんな私を見ていられなかったのだろう。
姉ちゃんに見つけられてはよく止められた。
……見つかってしまったら仕方が無い。
私は渋々ベッドに戻る。
「お姉ちゃんはいいなぁ」
「どうして?」
「だってぇ、私にできないことでも全部できるから」
「そうでもないわ。それに私はね、幽ちゃんの方が羨ましいのよ」
「えー?何で?」
「……いろいろあるのよ」
「いろいろってー?」
「いろいろよ」
私の姉。私にはできないことでも、彼女はしっかりやりこなす。
いつも落ち着いていて、賢くて、頭の回転が速い。
その能力もかなり優れたもので、母をも上回る程だそうだ。
そんな立派な姉を持ったことを、私はとても誇りに思っていた。
私はよく、何かある度に姉ちゃんと比べられた。
その度に自分を励まし、磨こうとした。
いつか姉ちゃんを追い抜いて、優等生の妹としてではなく、私、幽香自身を認めてもらうために。
───カシャーン!!
「……………………!」
「……………!…………………!!」
「…………………!!」
「………………………………!」
何かが割れる音。
下の階から、怒鳴り声が聞こえてくる。
……また、喧嘩してるんだ……。
──何でわざわざこんなもん思い出させるのよ──
「……うぅ……ぐすっ……えぐっ……」
「大丈夫……。大丈夫よ、幽ちゃん……」
「……私…にっ……力が……ないか……ら」
「違うわ、幽ちゃんの所為じゃない。
幽ちゃんは悪くないんだよ。だから大丈夫……」
姉ちゃんは、泣き崩れる私をずっと慰めていてくれた。
でも私は、自分が惨めでならなかった。
私が泣く度に、姉ちゃんの強さを思い知らされた。
──あのとき、私に力があれば──
しばらくして両親は離婚し、私は母と暮らすことになった。
姉ちゃんは、父と一緒に出て行ったらしい。
この一日は、きっとかなり取り乱していたんじゃないかと思う。
きっとというのは、あまり覚えていないから。
ただ、誰とも会いたくなかったのは確か。
その日から、私は風見の姓を持つことになった。
それから数年が経ち、私も成長した。
姉がいないこの環境で、私自身の存在が認められると思った。
だが、世間の目は変わらなかった。
「きっとあの子だったらもっと……」
「お姉さんの方が立派だったろうねぇ……」
姉がいなくなったにも関わらず、何かある度に姉と比べられていた。
この場にいない姉と比較される毎日が、いつからか苦痛に感じてきた。
こんなに頑張ってるのに……。
どうして私を見てくれないの……?
いつも姉ちゃんばっかり……。
……超えたい。……どうしても超えたい。
超えたい 超えたい 超えたいっ!!
姉ちゃんを超えられる力が欲しい!!
そして、あの日
──もういい──
私の力が目覚めた。
──やめろ!──
力を制御しきれなかった私は
──やめろっつってんのよ!!──
幼いイノチを失った。
──もういい!いい加減にしろ!!──
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
「……………………」
木の枝の隙間から日の光が射し込む。
どうやら私、風見幽香は何処かの森の中で仰向けになっているらしい。
(………最悪の寝覚め、ね)
いつまでも寝ているわけにもいかないので、起き上がろうとしたその時。
「……痛っ!!」
全身に激痛が走る。
同時に、その痛みが記憶を呼び戻す。
──────────
『何の用?』
『いや、特にこれといった用はないわ。ただ、こないだの借りを返そうと思って』
『一昨日掃除したばかりなのよ。散らかさないで欲しいわね』
『一昨日?だったら今日掃除する理由を作ってやるわ』
──────────
(そっか……。また霊夢に負けたんだ……)
近くに咲いていた花を抜き取り、傷だらけの自分の腕に刺す。
……とくん……とくん……とくん……。
花から力が流れ込んでくる。冬の花の力は、細い割にしっかりしている。
この強さこそが、冬の寒さにも負けないこの子達の秘訣だと言うことはよく知っていた。
徐々に萎れていく花を見ていた時、ふと、いつか聞いた言葉が脳裏に浮かんだ。
『生きる事はそれだけで罪な事なのです』
…………………。
『そう、貴方は少し長く生きすぎた』
………あんたなんかに、何がわかる。
「呑気に死んでられるか」
干乾びた花を放り捨て、跳ねるようにして地を蹴り、浮かび上がる。
……勢い余って、高度を上げすぎた。
やっぱ効くわ、あの子達。
周りを見渡すには十分すぎる高度。
どうやら私が居たのは、博麗神社を取り囲む森らしい。
「さ、て、とっ」
高度を下げながら、神社へ向かった。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
滅多に使われることがない賽銭箱の前に誰かがいる。
近づいていくにつれ、徐々に姿が見えてきた。
霊夢かと思えば、どうやら違うようだ。
参拝客なのだろうか。きっと明日の天気は大荒れね。
拝んで天気が荒れるなんて、一体何を祀ってるんだか。
鳥居の近くに降り立って、とりあえず歩くことにした。
彼女は私が近づいているのを知っているのか知らないのか、全く身動きする気配が無い。
背は私よりも高く、何よりも印象的なのは、はっきりと見える赤と紺の二色。
そして、三つ編みで大きく纏められた長い銀髪。
って、静まり返った神社でここまで近づいて、まだ気付いてないわけがないでしょうに。
「……あんた誰?」
「……………」
「ちょっと!人が話して……」
「……フラワーマスター……風見……幽香……」
私の名前を呟いて、くるりとこちらに向き直る。
……な、何をまじまじと見つめてるのよ。
「わ、私に何か……?」
「……ぼろぼろね」
「う、うっさいわね!関係ないでしょ!」
「丁度いいわ。貴女に渡したいものがあるの」
「はぁ?何なのよ、いきなり……」
目の前の女性が、手に持った籠から包みを取り出し、差し出してくる。
包みは綺麗に包装されていて、黄色のリボンで結ばれていた。
「はい、これ」
「何、これ?」
「服よ」
「服?」
「そ、服。丁度いいでしょ?ほら、それぼろぼろだし」
「あ、ああ。そりゃぁ……どうも……ってちょっと待って」
「何かしら?」
「何で私に服を?ってかそもそも……」
「細かいことは気にしないの。それより、貴女はどうしてここに?」
「え?……ああ、この服をぼろぼろにした奴にちょっと『お話』が、ね」
「ねぇ。ひょっとして、何度もぼろぼろにされてるの?」
「な……な、な……」
「あら?図星?」
「ぅぐっ………」
「ふふっ」
なかなか鋭い人である。これは油断できない。
でも、不思議と悪い気はしなかった。
それどころか、寧ろ居心地がよかった。
「それで、その人って、どんな人なの?」
「それがねぇ、この神社の……」
気付いたら、私達はすっかり話し込んでいた。
この人の前だと、不思議と話が弾む。
「それでね、幻想郷が花で一杯になったことがあって、そのときもあの巫女に会ったの。
あれは六十年に一度のことなのよ?楽しまなきゃ勿体無いじゃない?」
「花で一杯かぁ。私も見てみたかったなぁ」
「すっごく綺麗だったんだから。
でも、折角それを楽しんでたのに、出会い頭に『あんたが犯人でしょう?』だって?
軽く頭が痛くなったわ。放っておけばそのうち元に戻るってのに。
全く、頭の中まで花満開なのかしら。おめでたいのは色だけにしてもらいたいわ」
「きっと、貴女は花を扱えるから、そう思ったんでしょうねぇ」
「幻想郷一面に花を咲かせれるのなら季節ごとに移動なんてしないわよっ」
「それもそうね」
「「あははははははっ」」
二人同時に笑い出してしまう。こんなに笑ったのは随分久しぶりな気がする。
誰かと一緒に過ごし、素直に笑い合える、楽しい時間。
最後にこんな風に過ごしたのは、いつだったっけ……?
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
一体どれ程話し続けていたのだろう。
楽しいけれど、流石に話し疲れたみたい。
暫く黙り込む二人。久々に神社が静まり返る。
「………………」
「………………」
見れば、日は傾きかけていた。
同時に、冷たい風が私を襲う。
「……そろそろ……」
「え?」
「そろそろ、時間かな」
「……何の?」
「私、帰らなきゃいけないんだ」
「……そ、そう……」
「………………」
「………………」
「…………話せて楽しかったわ。……それじゃ」
短くそう言って、彼女は歩き始めた。
「待って!!」
思わず叫んでいた。
気付けば、私は抱きしめていた。
離れたくない……。
私には、わかってるんだからね……。
もう、置いてかないで……。
「……麟……姉ちゃん」
「………………………」
「………………………」
「……っく……うぅ……ぐすっ……」
「………変わってないのね、幽ちゃん」
懐かしい……。あの時の姉ちゃんの声だ……。
しがみ付いていた私の腕は優しく解かれ、代わりに私が抱き締められた。
そう、いつか私にそうしてくれたように。
「…………お姉ちゃん……わ……私…ね……っ!」
「………ごめんね……もう、そろそろ……行かなきゃいけないから……」
「ま、待ってよ!私まだ言いたいことが一杯……」
肩に置かれた手が、優しく私を引き離す。
私は思わず顔を上げていた。
「じゃあね、幽ちゃん」
そう言った姉ちゃんの顔は、昔のままの優しい笑顔で。
私は………
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
「………………」
「………………」
「……………………」
「……………………」
「……………落ち着いた、かしら?」
「………うん……。えっと……ごめん」
「……まぁ、別に構わないけど」
あれから泣きっ放しでこの人にずっと縋り付いていた。
漸く落ち着いた今、顔を上げることもできないでいる。
「………………」
「………………」
き、気まずい……。
どうしよう……。
ふと、遠くで誰かが叫んでいるのが耳に届いた。
「…………流石に遅くなりすぎたようね。ウドンゲが探しに来たみたい」
「え?……あ、ああ……。あの………」
「気にしないで。もし何かあったら永遠亭にいらっしゃい。相談に乗るわ」
「………あ、いや、私は……」
「それじゃ、失礼するわね」
何か言おうにも言葉が見つからず、結局そのまま去ってしまった。
独り残った博麗神社。
手に持っていた包みを、両手で深く胸に抱き込んだ。
「……いるんでしょ?そこに」
「あら?見つかっちゃった」
何もなかった空間がゆっくりと裂け、一人の女性が姿を現す。
──八雲 紫。
「どうせあんたの仕業でしょ?」
「何のことかしら?」
「……何故こんなことしたの?」
何処からか取り出した扇子を広げ、口元を覆う。
「“義理ちょこ”よ」
「……………はぁ?」
「今日は、貴女みたいな人にプレゼントをあげる日なのよ」
プレゼント?あんたが?私に?どうかして……
「言っておくけど、飽く迄“義理”よ」
……何かここまではっきり言われるのもムカツクわね。
「本命は勿論 れ・い・む♪」
そういえば、随分長く居たのに全く姿を見てないわね。
「ところで、その霊夢は今どうしてるのかしら?」
「スキマでスマキ」
「……どうりで」
「本命にあげるプレゼントは、やっぱり“本命”じゃないと♪」
「………………」
何か嫌な予感がしたような……。多分気のせいよね。
気のせいじゃなかったら、お気の毒ね、霊夢。
「そういう訳で、私は忙しいの。夜は大人の時間よ。邪魔だからどっか行ってくれるかしら?」
こ……、この年増っ!
「……自分で仕組んでおいて、随分な扱いね……」
「あらあら、言ったでしょ?私は忙しいの。それとも貴女も……」
「わ、私も忙しいんだった。そろそろ失礼するわ」
その場から逃げるようにして神社から立ち去った。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
去り際に忙しいと言ったのは、決して単なる言い訳ではない。断じて。
さっきから気になっていたことがあって、早く確かめたかったんだってば。
それは包みの中身。……そりゃ勿論中には服が入っていると思う。
でも、服を見たいわけじゃない。気になっているのはこの感触……。
ゆっくりとリボンを解き、包みを開ける。
半開きの包みの中から服が見える。
そして、服の上に封筒が1つ。
……………………。
私は慌てて封を開けた。
中には……
「………………………スペルカード……?」
……………。
───宣言
───花呪「サイネリア13」
光り輝くスペルカードから、勢いよく噴き出す桃紅と濃青の花びら。
無数の花びらが宙を舞い、空に大きな花が描かれる。
…………綺麗……。
花は、私にいろんな表情を見せた。
月夜に咲くその大きな花に、私はすっかり見惚れていた。
やがて花は、まるで風に吹かれたかのように、辺りへ花びらを撒き散らす。
その花びらは、幽香を中心に大きな円を描いて地に舞い下りた。
花が散った後も、私はしばらく呆然と立ち尽くしていた。
月夜に咲く大きな花が、目に焼きついて離れない。
瞼を閉じると訪れる闇は、またあの花を映し出す。
ふぅ……。
……全く……敵わないよ……。
包みを拾い、再び胸に抱え込んだ。
…………ありがとう……姉ちゃん……。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
日差しが気持ちいい……。
冬は確かに寒い。だが、寒さにも負けずに咲く花もある。
一面の富貴菊に囲まれて、私は日光浴を楽しんでいた。
「おや?幽香さん、ですか?」
「……何よ、折角気持ちよくお昼寝してるっていうのに」
「いや、珍しいものがあると風が言っていたので、話を伺いに来ました」
「珍しい『もの』って何よ。私は見世物じゃないわ」
「しかし……、結構印象が変わるものですね」
「そう?」
「花に紛れて、見つけられなかったかもしれません」
「それがあんたの第一印象なわけ?」
「あ、いえいえいえ。そんなことは決して」
「……………まぁいいわ」
「あの、何でまた?イメージチェンジですか?」
「……貴女はいつも、食べたいものに理由があるの?」
「え……?いえ、その時の気分次第ですが……」
「わかったらどっか行きなさい。昼寝の邪魔をしない」
「とは言っても、他にいいネタになりそうなものがないんですよ」
「私の知ったことじゃないわよ。じゃ、おやすみ」
「いや、あの幽香さんっ……」
「……………………………」
「………ふぅ………しょうがないですね」
風が舞い、気配が遠ざかる。
……どうやら鴉天狗は飛び去ったようだ。
私はそのまま眠りについた。
例え記事にはしなくても、写真は撮らせてもらいますよ。
青に身を纏った幽香さんの、幸せそうな寝顔を、ね。
ただちょっと空白多いかなぁと。