「あら美鈴、良い匂いがするじゃない。その分だとずいぶん良い物食べたみたいね」十六夜
咲夜が手にしていたお盆に載っているお昼の残りのパンと牛乳を見て、紅美鈴は思わずうわあ、
と口に出して嫌そうな顔になった。
「今夜はよほど美味しいものにありつけるかと期待してたんですけど、駄目でしたねえ」落胆
した表情を浮かべる門番を見てメイド長は洒落臭いと感じた。ふん、と鼻で笑う。
「その事については多少済まなく思わないでもないわ。まあそれで職場放棄と窃盗の罪を見逃す
訳じゃないけれど」中にいる白黒についてもね、と付け加えた。
「あー、口うるさいのが出てきたな」面倒くさそうに帽子を被り直しながら小屋の外に霧雨魔理沙
が出てくる。美鈴はこの状況をどういう風に解決しようかと考えた。
「あ、そういえば咲夜さんはもう食事は済ませたんですか?」
「済ませたわ。ソーセージといつもの芋と麦のお粥よ」
答えはあっさり出た。
「まあばれてしまった物は仕方がない。粗食に慣れた咲夜さんにも私の炒飯の美味しさを知っ
てもらいましょう」共犯者にする気満々である。
「お、やるのか。じゃあ一飯の恩義には報いなきゃな」魔理沙は小屋の壁に立てかけてあった
箒をよっ、と掴むと即座に跨った。飛び上がる箒の柄に器用に掴まる美鈴を追って、咲夜も
空へと飛び上がった。
BGM:フラワリングナイト
Border of duel appears
Curtain Fire Play
Start
二人乗りしているにも拘わらずいつも通りの爆発的な加速で急上昇する魔法の箒をはるか
下から見上げ、咲夜は早々に真っ当な方法で追撃するのを諦めた。彼女の飛行速度は博麗
霊夢を多少上回る程度でしかなく、瞬間的な加速では美鈴にすら劣るのである。魔理沙の
速度に追いつける訳がなかった。
メイド長の懐中時計の針が尋常ならざる早さで時を刻む。あっという間に美鈴達を追い越し
てその頭上に占位した。
「時間も惜しいしさっさとやられて頂戴」彼女はそう言い放つと符に手をかけた。
Power of Spiritual Border wake up
メイド秘技「殺人ドール」
Set Spell Card
Attack
咲夜が両手を一閃した瞬間に現れた無数の投げナイフが放射状に飛び散り、次の瞬間に
魔理沙達を目がけて向きを揃えると次々と殺到してきた。
「おーっとっとっと」箒を右旋回させてぎりぎりで避ける魔理沙。更に追いすがる投げナイフを
見、彼女はエプロンのポケットに手を入れた。
「見てろよ。あんなものすぐに私の魔砲で・・・あれ、こっちだったかな?」反対側のポケットも
探ったが八卦炉は出てこなかった。
「何をやってるんだお前は。自慢の八卦炉はどうした!?」
「ああそうか、かまどの下に置きっぱなしだ」けろっとした表情で魔法使いが言うので、門番
は怒るよりも呆れた。
「はあ、仕方ない。私が先に仕掛けるか」器用に箒の柄の上に立つと、美鈴は自らの符に
手をかけた。
Power of Spiritual Border wake up
光符「華光玉」
Set Spell Card
Attack
大気を切り裂くようにひゅるるるん、と手刀を繰り出し、宙に彼女の身体よりも更に大きい
気の球体を作り出す。強い光を放つその球体を目前にまで迫ってきたナイフの群れ目がけ
てどん、と撃ち込んだ。
次々と投げナイフを弾き飛ばして空に道を啓開していく光の玉を目で追いながら、咲夜は
構わず波状攻撃を繰り返した。美鈴はその度に華光玉をぶっ放してくるが、幸いマスター
スパークと異なりその弾速はゆっくりである。回避は容易だった。
「今からそんなに撃ちまくって、いつまで続くかしらね」
「はは、違いない。でもお前の方こそ手元のナイフの本数でも数えた方がいいんじゃないか?」
咲夜の言葉に魔理沙が返事をした。二人の会話する間にも光の玉がナイフを弾いていく。
「あらいけない。私としたことが策にはまるところだったってわけね」紅魔館の庭中にばらばら
と散らばった投げナイフを勝負の最中にいちいち拾いに行くのは手間だった。まして夜である。
懐中時計の針がぴたり、と止まる。咲夜は庭のナイフを拾うのは諦め、素早く紅魔館の自室
にとって返すと机の抽斗からナイフを取り出して再び二人の前まで戻ってきた。
懐中時計の針が再び時を刻み始める。
二曲目が終わる頃にはレミリア・スカーレットもフランドール・スカーレットもおっそろしく気分
が高揚していた。自分たちの為に作曲したという口上の通り、『紅の双龍恋知り初めし頃』は
華麗さと可愛さの両立した彼女たちのお気に召すものであった。
続いて演奏会で定番だというふたつの曲、『ラフカディオ讃歌 ~Homage to Lafcadio』と
『全ての花びらのために蝶となって』が演葬され、二人の吸血鬼が惜しみない拍手を送る中
でいったんホールの舞台に緞帳がおりた。
「どうしましょうお姉様、アンコールをしても良いのかしら?」
「ええ勿論よ。さあ、呼びかけましょう」姉妹が拍手を続けながらアンコール!アンコール!!
と連呼すると、再び緞帳があがった。
アンコールで演奏される曲は誰でも知っている(いちいち演奏前に紹介する手間を省くため)
定番中の定番のものである場合が多い。プリズムリバー楽団のライブでは通例アンコールに
『響け森と湖と空へ』という曲をもってくる。彼女たちの住む廃洋館を取り巻く風景をモチーフに
した曲である。
「今回は独占してしまったけれど、次からは二階に貴賓席を設けて、一階席にみんなを招待
してあげても良いかもしれないわね」
「もっと賑やかになるのね。霊夢や魔理沙も呼んであげたらどうかしら?きっと素敵な人肉パー
ティーになると思うの」二人が話しているところにようやくパチュリー・ノーレッジが戻ってきた。
「あらお帰りパチェ。もう調子は良いの?」
「可もなく不可もなくね。悪いけどこの後の晩餐会は欠席させて貰うわ」元より魔法そのもの
を活力として生きている彼女だが、この上食卓まで付き合いを良くしているとまたぞろ気分が
悪くならないとも限らない。大人しく図書館に戻る事にしたのだった。
「仕方ないわね。後でお茶でも持って行かせるかな」独りごちてからレミリアは、そう言えば咲夜
はまだ料理を作ってるのかしら、と思ったりもした。
次から次へと飛んでくるナイフを紙一重でかわしながら、美鈴は咲夜の一刻も早い弾切れを
強く願っていた。
「やれやれ、このままではジリ貧だな。お前あいつの弱点か何か知らないのか?」
「猫舌で高麗人参とかゴーヤとか苦い物が苦手なくらいだなあ」
「あー?今ここにある危機を覆す弱点ではないだろそれは」
「仕方がない、取って置きを教えてやろう。頭を優しく撫でてあげると嬉しそうに笑う。あと7歳
までおねしょが治らなかった」
「・・・お前それはでっちあげだろう。そういうのは嘘吐き兎にやらせておくもんだぜ」子供が喜び
そうな与太話を弾幕勝負の最中に始める辺り、実は美鈴もまだまだ余裕があるようだった。
「そこっ聞こえてるわよ!天狗あたりに記事にされる前にその口縫ってやるから!!」流石に
怒りをかったようである。
Power of Spiritual Border wake up
「連続殺人ドール」
Set Spell Card
Attack
出てくるわ出てくるわ咲夜の姿が見えなくなるほどの無数の投げナイフが宙に現れる。もっとも
遂に手元の在庫が尽きてしまったのか、よくよく見れば包丁に果物ナイフにフォークに焼き串
に麺棒に擂り粉木まで混じっていたが。
「おい、あれのどの辺が完全で瀟洒なんだ?」
「やめろ、これ以上怒らせるな」
再度上空へと逃れようとすると、宙に浮かせたナイフその他もろともに咲夜が瞬間移動して
きた。大慌てで垂直に近い角度で上昇するその背後にナイフが迫る。
「うわついに来たぞ。お前こそ何かいい手はないのか?」
「おお、そう言えばこの前読んだ本の中に『急降下爆撃機』とかいうのがあったな。ぶっつけ
本番だがやってみるか」ナイフの波状攻撃を辛くもかわしながら、魔理沙が符に手をかけた。
Power of Spiritual Border wake up
魔符「スターダストレヴァリエ」
Set Spell Card
Attack
魔理沙は箒の向きを180度転換して咲夜に狙いを定めると物凄い勢いでダイブに転じた。
彼女を目がけて次々とナイフその他が飛んできたが、あまりの早さに間に合わずに後塵を
拝する事となる。
メイド長は自分の投げたナイフが魔法使いを追尾したまま自分に向かって飛んでくるのを
見て流石に慌てた。衝突の寸前瞬間移動で背後に下がって回避すると箒に門番の姿が無い。
おや、と思った時には既に遅く、あまりの加速に箒から振り落とされた美鈴が彼女に向かって
跳び蹴りを放った後だった。足刀から放たれた多数の気弾の直撃を受けて、咲夜は墜落して
いった。
「爆弾より先に落ちていく爆撃機があるかぁあああああああああッ!!」
「私としたことが迂闊だった。やはりぶっつけ本番はいかんな」
「え~ん、こんな連中に~」
Border disappears
「あー、これで当分は飯抜きだなお前。まあどうしても空腹に耐えられなくなったらそこのメイド
でも食ってくれ」
「メイドは食べてはいけない人類だと言い伝えられているから駄目なんだよ。嗚呼さようなら
三食昼寝付きの日々、そしてお帰りなさい食事を抜かれて湖でおかずを釣る日々」
「あらいけない、食事で思い出したわ。そろそろ晩餐の時間ね。美鈴、あなたも手伝いなさい
よ」敗者のくせに勝者をこき使うメイド長を見て、魔法使いはしみじみ門番の不遇を思った。
「・・・寝よ」彼女は図書館に行く気も失せてしまい、庭の作業小屋に戻り八卦炉を拾うと帽子
を脱ぎ、そのまま板敷きの床の上で雑魚寝した。
それが好きな所です
>捏造か実話か判りませんが美鈴のぶっちゃけとか、従者同士が死闘を繰り
>広げているのに気付かずコンサートに食い入る主達とか、面白かったです。
頭を撫でるとかおねしょとかは美鈴のねつ造でございます。猫舌うんぬん
は確かキャラ設定やキャラ同士の会話からの援用だったはずです。
大ホールはきっと防音も完璧なのでしょう。もしくは気づいてるけれども
パチュリーのようにどうでもいいと思ったのかもしれません。
>ボケ口調じゃない美鈴も珍しいよね
>それが好きな所です
紅魔郷、萃夢想そして文花帖(本)から判断するに、多少間延びした喋り方を
する場合もあるようです。一応主役なのにやってる事が十分とぼけているよう
な気がしたので、口調でまで強調することもないかと判断しました。この先他
のキャラが主役の話を書く機会があれば、その時は間延びした口調も試そうか
と思います。
戦いの行方よりこの二人のやりとりが面白く感じて仕舞いました