今回、いくらか政治的な話があり、また今更ですがオリキャラ過多になっています。
アレルギーのある方はご注意ください。
求聞史紀の設定も無視した箇所があります。
村人が寝静まった夜。
義明の屋敷で、結社の武装調査隊と、愛作村自警団の代表が激い議論を戦わせている。
傍らには、結社の支援者である八雲紫の姿も見えた。お供に二体の式神を連れている。
義明は結社メンバーに対し、八雲紫を妖怪とは違う『超人』であると説明していた。
さらに、この村を訪れた上白沢慧音が隅の方で座っている。
議題は、結社リーダー兼、愛作村村長である義明が、妖怪の調査、撲滅に熱中するあまり村民をないがしろにしているとの批判が中心である。
「妖怪調査も良いが、徴収する食糧や、金銭が多すぎる」
批判の先鋒は、この村の自警団の長。その立場上、村の部外者が多い結社に対して良い感情は持ち合わせてなかったが、それ以上に結社からの収奪に心を痛めており、事実上、彼が村民を守っていると言っても過言ではなかった。
「妖怪調査には、身を守るための武具や、長期にわたって調査するための食料がどうしても必要なのだ」
「だからといって、民にひもじい思いをさせていいわけじゃないはずだ」
「むしろこの村が貧しいのは、妖怪がうろついてろくに田畑を維持できないからだろう」
「山一つ越えた亜羽論谷では、理性ある妖怪との交易で、豊かな生活を実現していると聞く」
「あんたは妖怪のシンパか」。結社の若手幹部の一人が叫ぶ。
「何を言う! 現状を指摘したまでだ」。自警団長も激昂する。
「まあまあ、落ち着いてくれ」。義明が、自警団長と彼に絡んだ若手幹部をいさめる。
「義明殿、あなたのご両親が妖怪に命を奪われたことは大変悲しい事です。妖怪を憎むのも詮無き事。しかしながら、自警団や結社も里の経済力があってこそ維持されるもの、であれば、まず荒廃しつつある田畑の再生に、結社の人々も協力していただきたい」
紫はどちらを擁護するでもなく、ときおり唇を曖昧な微笑の形にしながら議論を見守っている。
「そうだな、自警団長の言う事にも一理ある、わかった、食糧の徴収は減らそう」
相互理解には遠かったものの、結社側の幾らかの妥協で会議は閉幕となった。
皆が帰った後、義明は一人、調査に出かけているハルカの事を思った。
「義明殿、ちょっといいか」。一人の女性が未だ部屋に残っていた。
「慧音先生、どうしてまだここに?」
「ああ、議論が白熱して、渡すタイミングがわからなかったんだ」
言って、慧音は一通の手紙を差し出した。義明は受け取る。
「……これは、玲治からか?」
「そうだ、渡してくれと頼まれた」
玲治も義明も幼いころ、慧音の学校で学んだ仲だった。それもあって、慧音は何とか連合と結社の和解を試み続けてきた。
「一応読むことは読むが、私の気持ちは変わらないよ」
「義明、妖怪が憎いのは判るが、もうこんなことは止めてくれ」
「それは出来ない、慧音先生。両親を殺された恨みなど、あなたには判るまい」
「私が何を言っても、お前には空しい響きでしかないのかも知れない。だが少なくとも、相手にも愛する者がいる、死んで泣く者がいる、殺されたら恨む者がいる、これは感傷ではなく、事実だ」
「あなたも半分妖怪なんだ、どうしても止めたいのなら、私を喰え」
「何を言うんだ」
「半分妖怪なのだろう、本能が残っているはずだ」
「全ての妖怪が人間を食うと思うのか」
「違ったとしても、人と妖怪は本質的に相容れぬ存在だ」
義明はそう言い捨て、自室に行こうとした。
「九郎さま」 屋敷の使用人が血相を変えて飛んできた。
「騒々しいぞ、どうした?」
「調査部隊が帰還しましたが、被害が大きく、およそ半数が死傷したとの事です」
「何だと!? それなりの武装はしてあったはずだ」
「はい、今まで襲われたケースでは、みな偶発的に妖怪と遭遇した場合がほとんどでしたが、今度の場合は計画的な待ち伏せだったようです、そして……あの……」
「何だ、全部話せ」
「部隊を逃がすため、月ヶ瀬様がおとりになり、行方不明になられました」
「ハルカがか!?」
突然の凶報。義明の顔から血の気が失せる。慧音は歯を食いしばり、目を伏せる。
義明の目に殺気が走った。
「慧音先生、いや上白沢慧音、あんたが仕組んだのか?」
「馬鹿な! 違う」
「違ったとしても、お前が連合のスパイでないという保証はない。恩師であることに免じて、明日の日没まで待ってやる、ここから去れ、でなければお前も無事では済まさない」
「違うんだ、義明殿」
「話も聴きたくない、屋敷から出てけ!!」
慧音は何も言えなかった。
* * *
「夜歩く人間は人外に襲われる。これこそが本来の夜の世界、二人ともそう思わないかしら」
紫が夜空を散歩しながら式神たちに語る。
その式神は、いつもの狐と猫ではない。
どちらも鮮血のような紅の髪を持ち、その背中と、両耳に同じ色の翼を生やしている。
リトルと同族の双子の小悪魔、ぼいるとれみる。
「まったくです、紫様。人間は愚かです、異質な者を排撃するばかりでは飽き足らず、同族さえ傷つける、それが自分の首を締めることになろうと、目先の欲望ばかり追う」
「お兄様、それは違うと思いますわ、物理法則に縛られた肉体を持つ人間は、物理的な資源がなければ生きていけない、その資源が有限である以上、必死にそれを求めざるを得ない、その姿を愚かだなんて笑っていられるのは、私達が基本的に食べなくても生きていけるからよ」
「れみるの言う通りよ、ぼいる、人間もまた重要なこの世の構成要素。尊重しなければならない」
「しかし、紫様、あなたは人間を狩るために僕達兄妹を呼んだのではないのですか?」
「そうよ、でも決して、彼等を有害物質そのものと思ってはいけない、あくまで本来の在り方に戻すために畏敬の念をもって命を刈り取るのよ」
「……わかりました、以後気をつけます」
「私はこれで帰るわ、あなたも寝床へ戻りなさい」
「はい、おやすみなさいませ紫様」
紫は二体の式神がどこかへ飛び去るのを見届けるた。
どこかでお風呂を借りて、隠し式神の匂いを落とさなければならない。浮気も楽じゃないなと一人笑う。
* * *
ハルカは、負傷した右腕をかばいながら、真っ暗な森を必死に走る。
あれから、どれぐらい経っただろうか。仲間達は無事脱出しただろうか。
うかつだった。自分達は妖怪の調査中、戦って傷つく可能性は覚悟していたが、それはあくまで熊や猪に出くわすようなものだと思い込んでいた。だがこれは組織的な襲撃だった。
傷が痛む、感覚は残っているが、もしかしたら助かっても切断する羽目になるかもしれない。
妖怪が気ままに森の上空を飛んでいる。万全の状態ならともかく、こんな体で空を飛んだら襲ってくれと言っている様なものだ。
枝につまずいて転ぶ、同時に痛みと疲労で気を失いそうになる。
起き上がろうとするが、力が入らない。
何者かが夜の闇を縫い、こちらに近づいてくる。味方でなければ妖怪に違いない。
「アハハ、これでおしまいなのかな」
影がハルカの姿を認めたらしく、その歩みを止める。その姿が見えた、背の丈は子供ほど、白いボタン付きのシャツに紺の半ズボンをはき、緑色の髪には神経質そうに動く触角が見える。妖怪だ。
「君、怪我してるね」 妖怪は言った。
だから何なのだ、とハルカは思う。殺して喰うならそのほうが好都合ではないのか。
その妖怪がハルカの腕の傷口に手を当てると、ぞわりとした感触が広まった。おそるおそる傷口のほうを見やった。
「ひいぃ」 うじ虫が傷口を這いまわっている。ハルカの意識が鮮明になる。あわててうじをつまみ出そうとするその手を妖怪が止めた。
「落ち着いて、うじは腐った肉しか食べないんだ、彼等は生きている組織は食べないんだよ。我慢して」
「ホントに?」
「そう、彼らのおかげで手足を切断せずに済んだ例がいっぱいある」
「どうして、人間の私を助けるの」
「う~ん、なんとなく」
「はあ、やっぱり妖怪ね」
「あっ、今バカにしたな」
顔をしかめぷりぷりと怒る妖怪。その仕草はどう見ても人間の子供のそれだった。
わずかに空気が緩む、少なくとも自分を食べる気ではないらしい。気持ち悪い治療法ではあったが。
「それは置いといて、立てる? とりあえず私の寝床へ案内するわ。ああ、自己紹介がまだだったね。私はリグル=ナイトバグ、蟲の化身、君は?」
「……月ヶ瀬ハルカ、一応弾幕使い」
「綺麗な名前ね」
「とりあえず礼を言っておきましょう、正直、弾が尽きそうだったし」
ハルカはリグルの木をくりぬいた家に案内され、落ち葉を敷きつめた床に腰を下ろすと、リグルが絹糸の毛布をかけてくれた。緊張がほぐれ、疲労もあってすぐに眠りに付く。
* * *
日が昇る。義明は集団の先頭に立ち、遺体の回収に向かう。ハルカの事が最も気がかりだったが、結社のまとめ役としての立場上、彼女のことばかり考えるわけにも行かなかった。
やがて全員の遺体を発見し、結社員のみならず、自警団員も悲しげに目を伏せる。
必死に冷静さを装う義明の肩を持ち、自警団長が言う。
「義明殿、もう妖怪退治は村の生活圏内にとどめよう、そうすれば、自警団も士気を下げず協力する事が出来る。勝手知ったる土地ならばこちらが有利だ。もうこんな犠牲は出さなくていいんだ」
「…………」
義明は何も答えなかった。
生き残った調査隊員の話によると、彼らを襲ったのは、かつて『サンプル』として捕えた一匹の妖怪と同じ特徴を持っていたいう。その事実と慧音の言葉が、義明に葛藤をもたらす。
(相手にも愛する者がいる、死んで泣く者がいる、殺されたら恨む者がいる)
「畜生、こうなったら、妖怪も、妖怪と馴れ合う人間も、みんな殺してやる」
年下の幹部が復讐を誓い、気炎を揚げていた。
* * *
目を覚ます。暖かい、小鳥の鳴き声に心が安らぐ。長い悪夢を見ていたようだった。ここはどこだろう。
ハルカの脳裏に突如として、生々しい現実の記憶が再生された。
あの夜、調査部隊が妖怪に襲われ、自分がおとりになることで仲間を逃がそうとした。必死に戦い、弾薬もスペルカードも尽き果て、逃げる自分を助けたのは…….
「ああ、もう目を覚ましたんだね」
右腕の傷を見る、絹の包帯がしてあった、何かがうごめいているような感触がしたが、とてものぞく気にはなれなかった。
リグルが桶と手ぬぐいを持ってハルカのもとに来た。桶からは湯気が上がっている。
「これで体を拭きなよ。人間は汚れやすいようだから」
「それはどこで?」
「村の人に借りてきたんだよ」
それは連合側の人里だろうか、ずいぶん遠くまで来てしまったようだ。
「ああ、それと君の事は話さないでおいたよ、訳ありみたいだったからね」
他種族の妖怪の子供たちが、リグルの袖やズボンのすそを掴んでこちらを見ている。不安そうな瞳。
「大丈夫だよ、この人は怖くないよ」 リグルが優しく諭す。
「その子達は?」
「ああ、親達が仲間をさらった集団を攻撃するとかで、一次私が預かってるの」
子供達はみな、青味がかった銀髪に、一点のしみもない白い肌を持っていた、ハルカは嫌な予感がした、
この子たちの風貌は、まさか……。
「誰が敵なの?」 ハルカが問う、子供達が口々に答える。
「どこかから来た人間達が、仲間をさらっていくんだ」
「人間と一緒に暮らしていた沙霧お姉ちゃんも捕まったんだ」
「沙霧姉ちゃんは人間にも優しかったのに」
あの妖怪の一族か! 心に衝撃が走る。
沙霧とは結社が実験に使い、散々苦しめたあげく自分が殺した妖怪の名。
子供達の瞳が、ハルカの瞳をまっすぐに見つめてくる。
目を合わせていられなかった。
妖怪たちにも家族がいた、仲間がいた。
殺された仲間を悼み、殺した者を憎む心を持っていた。
自分が敬愛する九郎義明は、そして自分が所属する結社は、いたずらに妖怪の敵意を煽り、悲劇を再生産しただけだったのか。
「人間のお姉ちゃん、どこか痛いの? 泣かないで」
敵である自分を心配してくれる。ハルカは大丈夫と一言云い、子供達に精一杯の笑顔を作り、リグルに頭を下げ、愛作村とは正反対の方向へ飛ぶ。
リグルは子供達を抱きしめ、不安な目で空を見上げた。
* * *
玲治は使用人や叢雲家と取引している商人にこう要請した。
「各村から余剰の作物を、愛作村の商人より高値で買いつけて下さい。倍額になっても構いません」
「結社に協力的な商店、魔法工房との取引は当分停止します」
「霖之助さんも、結社員からの質入は受け付けないようにお願いします」
「やれやれ、叢雲さんの頼みじゃ断われませんな」
「妖怪がいなくなれば、わしらの商売もきつくなるしなあ」
「叢雲氏は結社と徹底抗戦するおつもりのようだ」
商人達はみな玲治の要請を受け入れた。玲治はそれらの措置と並行して、阿波論谷に出稼ぎに来ていた者達の中から、結社のスパイと疑われる者をそれとなく理由をつけて入境禁止にした。それでも侵入を試みる者は拘留することにした。結社側の人間といえども、殺すことにはためらいがあった。
敵といえどもむやみに殺さないことは連合のアピールにもなった。
「ふう、あとは霧雨店にも話をつけんとな」
仕事の合間、玲治は道端で摘んだ花束をもち、村の墓場へ足を運ぶ。
「さあ義明、もっと苦痛に感じてくれ、そして妖怪撲滅なんて考えは捨ててくれ。それでもとどおり仲良くやっていた時代に戻ろう」
この村の墓地には沙霧の墓がある。結社の村から逃がそうとして、結局守りきれなかった妖怪だ。
その事件が玲治に連合を結成させる引き金となった。
せっかく人間と妖怪との共生が出来つつあるというのに、こんな時代に逆行する行為は見逃してはならないと思う。先代譲りの商家としての経済力を使い、出来ることなら平和的な圧力で何とかしたい。しかしもしそれがうまくいかなかったら……、考えていて気持ちのいいことではない、しかし、誰かがやらなければ、と自分に言い聞かせる。
墓地につくと玲治は小さな違和感を覚えた。
沙霧の墓にはすでに花が添えられている。
誰かの気配がする、こちらに気付き、人影が走り去っていく。
赤いワンピースの女性、ところどころ汚れ、すそが破れてはいるが、間違いない、沙霧を殺した弾幕使い。
「待ってくれ、君は……」
女性は振り向くと、表情をこわばらせて一言。
「勘違いしないで、ただ、最低限の敬意を払ったまでよ」
飛び去っていく、玲治は追いかけず、ただ見守るのみだった。
* * *
「九郎さま!」 義明のもとへ使用人が走ってきた。
「今度は何だ、遺体が安置されているんだぞ、静かにしろ」
「すいません、月ヶ瀬様がお戻りになられました」
「……そうか、遺体が見つかったか」
「いえ、生きて戻られました」
「本当か」
「義明様、ただいま戻りました」
「ハルカ!」
義明はハルカを抱きしめ、再開を祝う。使用人がばつが悪そうにその場を後にする。
「よかった、お前だけでも生きていてくれて」
「義明様、困ります、いまはご公務の途中です」
慌てて手を離し、それからお互いが見聞きした状況を教えあった。
二人の間に、ある確信が生まれつつあった。
「義明様、結社の人間として、提案したい事があります」
「ハルカ、私も結社のリーダーとして、皆に伝えたい事がある」
* * *
夕方、上白沢慧音はため息をつきながら、愛作村を出る準備をしている
日没の期限までに、できるだけ多くの病人やけが人の手当てをしてまわった。
人妖共生が進んでいる連合寄りの村々と違い、結社勢力圏の村々は貧しい所が多く、人間同士の交易ルートからも外れているようだ。
その貧しさが、結社が生まれた要因の全てではないにせよ、何らかの促進因子になっている可能性は否定できなかった。
玲治は結社に経済的な圧力をかけているが、慧音としてはむしろ、彼らも交易のネットワークに組み入れ、貧困を克服させると同時に、結社の目を少しずつでも外に向けさせる事で、自分達のしている事がいかに無益であるかを悟らせるほうが良いと考えていた。そのために玲治のほうへも何がしかの説得を行いたかったが、沙霧の一件以来、彼もまた頑固な態度を崩さなかった。義明も相変わらずの強硬姿勢だ。
荷造りの手つきは重い。
そんな慧音の逗留先を義明が一人で訪れ。昨夜の態度を詫び、ある提案をした。
「慧音先生、昨日は疑ってしまって申し訳ない。自分勝手な事かもしれないが、どうか聞いて欲しい」
「言ってみてくれ、義明どの」
「玲治と話がしたい、慧音先生に仲介を頼めないだろうか」
「義明どの、では……」 義明はうなずいた。
「ああ、公表のタイミングは慎重にすべきだが、連合との和解を考えている」
「ああ、待っていろ、すぐに玲治に伝える」
慧音の顔に生気が戻る。一筋の光明がようやく射したと慧音はその時思った。
* * *
夜中、何かが軽く窓にぶつかるような音で、リトルは目を覚ました。
「なんですかぁ~、こんな夜中に」
リトルは目をこすりながら起き上がり、窓を見る。仕事の依頼のようだった。
だが飛んできたのは鴉ではなく、紙で作った式神だった。式神は既に力を失ってただの紙切れと化していたが、何かが書いてあった。
救援要請
愛作村自警団
成功報酬 8000幻想郷円
弾幕使いに緊急の以来をしたい。
突如現れた妖怪が、愛作村村長、九朗義明の自宅を取り囲んでいる。
現在自警団と結社合同で排除にかかっているが、数が多く、弾幕使いの手を借りざるを得ないとの結論に至った。
結社のリーダーでもある九朗義明に恨みを持つ者もいるだろうが、それでもこの村の同胞には違いない。 当村では紅夢が流通していないので、幻想郷円でしか報酬を払えないが。どうか依頼を受けて欲しい。
「これは、結社の村からの?」
リトルはしばらく逡巡した。もし自分がこの依頼を受けて成功させたら、連合はどう思うだろうか。
裏切り者だと言われるだろうか。でも、誰かが刻一刻と死の危機に瀕していて、別の誰かが必死に救おうとしているのだ。そして、自分には彼らを助けられるだけの、文字通り人間離れした力がある。
リトルは決心した。引き受けようと。
「べ、別に、可哀想だからなんかじゃなくて、ただ結社に恥をかかせてやりたいだけ。」
自分の心の一部に対して、そう言い訳しながら静かに出発する。悪魔のあり方に反したやり方なのかも知れない。でも、これから起こす行動は誰にも止められない。一度決めたらやり遂げるのみだ。
* * *
「犬ぐらいもあるえらく気味悪い蟲が、九郎さんとこの家にびっしり張り付いてやがる」
緑色の蟲が義明の邸宅を囲んでいた。排除しようと近づいても、高温のビームを口から吐き、外からの救援を寄せ付けない。
九朗義明が、人妖連合と交渉すると発表した直後のことである。
襲撃時、上白沢慧音は交渉の準備のため不在だった。
結社や自警団の人間達が銀弾や魔法を放つ、蟲の何匹かが崩れ落ちる。
だが依然として数が減らない。内部に向けて吐き出されたビームで、蟲の囲まれた屋敷が炎に包まれ、夜空がオレンジ色に染められる。
「ああ、なんてこと、義明様、今参ります」 ハルカが強引に入ろうとする。
「姐御!! 一人で行っても殺されるだけだ!!」
部下たちが数人がかりで、必死にハルカの腕を引っ張って止める。
「結社総帥が危機なのよ、私達が動かないでどうするの」
手をこまねいていたら手遅れになる。ハルカは決心した。
「みんなお願い、全部の銀弾とスペルカードをありったけあの窓に叩き込んで。そうすれば一人分が突っ込む余裕が出来るはず、その隙に私が助け出す」
「だめだ! 姐御も死んじまう。九朗さんはもう……」
「何てこというの!」
「自警団とも揉めてるのに、このまま姐御まで死んじまったら、結社はガタガタだあ」
「大丈夫、義明様から頂いた宝具、『OP-いんてんしふぁい』がある、きっと助けて見せる」
「ハルカ様、弾幕使いが来てくれたようです、今降りてきます。えっ、妖怪?」
彼らのもとに現れたのは赤い髪の小悪魔だった。悪魔の常識からはずれた、優しい小悪魔。
* * *
「この依頼、受諾します」
「あ、あんたは、妖怪なのか」 結社員の一人が問う。緊張が走る。
「今はそれどころじゃないはずだ」 もう一人の男が進み出た。自警団長だった。
「あんたが依頼を出したのか?」
「そうだ、我々ではこの事態に対処するのは困難だと判断した」
「しかしそれでは結社の存在意義が……」
「団長さんの言うとおりね、今は種族は忘れなさい」 部下達のざわめきがハルカの一言で静まる。
「リトルさん、だったわね。見てのとおり、事態は良くない、あの蟲の群れを出来るだけ攻撃して頂戴。その隙に私が屋敷に突入して、あの人を助けるわ」
「わかりました、さあ、そうと決まれば行きましょう」
リトル、蟲達がうごめく屋敷に向けて飛ぶ、蟲達がリトルの接近に気付き、ビームを浴びせようとする。その攻撃をあるときは避け、あるときはムーンライトソードで弾き、蟲を斬り潰す。
「これは、魔界の蟲、ディソーダ―!?」
これを幻想郷に持ち込める者がいるなら、それは……。だが、今は考えている場合ではない。
悪い想像を打ち消し、ひたすらに大玉を撃ち、剣を振るい、光波を放つ。蟲の数が減っていく。
「すげえ……」 結社員のひとりが本音を漏らした。
「ハルカさん、今のうちにです」 リトルが合図する。
「感謝します」 ハルカが屋敷に駆け上がる。
今にも焼け落ちそうな邸内をひたすら走る。
人の気配を探り当て、ドアを蹴破る。
「義明様!」
「ハルカ、来るな」
寝巻き姿の九朗が胸から血を流し、膝をついていた。
彼の前に立っているのは、鮮血のような紅い髪を生やした少年。一匹の小悪魔。
「あなたはぼいる、八雲紫の式神、なぜ!」
「義明氏はもう用済みだ、ここで退場願おう」
「ハルカ、逃げろ」 うめくような義明が叫ぶ。
ハルカが銀弾をぼいるへ向けて撃つ。しかし結界に弾かれる。
「結界貫通弾が効かない!?」
「そんな武器で僕を殺せると思ったのかい?」
ぼいるの指先から数条のレーザーがハルカに向けて放たれた。
『OP-いんてんしふぁい』で回避能力が強化されたハルカはなんとか避けるが、義明を助けるにはこの小悪魔を退けねばならない、しかしこちらの弾幕はことごとく弾かれてしまう。炎は各所に回り、いまにも屋敷は燃え落ちようとしている。
「やめろ、ハルカに手を出すな」
重傷の義明がナイフを出し、ぼいるに飛びかかる、ぼいるは片腕で義明の腕を止め、突き飛ばした。
「無駄な抵抗だ」
その時、駆けつけたリトルとぼいるの目が合った。
「そんなまさか……、ぼいる君がなぜ」
「やあ落ちこぼれのリトル、噂で聞いてるよ、人間と仲良くしようとする愚かな悪魔がいるとね」
「もうやめようよ、ぼいる君、こんな事してなんになるの、悪魔幼稚園以来の友達でしょ」
「人間を襲い、畏怖させる。これが僕らの生まれてきた意味。そこから逃げた君はもう友達じゃあない」
空間に魔方陣が現れ、もう一人の小悪魔の少女が現れる。
「お兄様、タイムオーバーです。引き上げましょう」
「れみるちゃん!」
「リトル、お久しぶり、お兄様は相変わらず厳しいのね。私は貴女の生き方を批判するつもりはないわ」
「なら、ぼいる君を止めてよ」
「貴女は貴女の道を進みなさい、それがリトルにとって幸せになれる道なのならば、私は何も言わない、
だけど私は違う、悪魔の本分を全うするのが私の生きがい、だから」
れみるがナイフを持ち、義明の首を掴み、喉に刃を当てた。
「こうするの」
「やめて!」
れみるがハルカの訴えに冷ややかな笑みを返し、刃を横に引いた。
炎とは異質な赤色が、焼けた壁に飛び散り、じゅっと音を出した。
「これが私の選んだ道」
れみるが手を離す、義明はもはや何も感じず倒れた。
(……ハルカ、みんな、済まない……)
「そういうこと、人間側につくのなら、もう僕らと同じ道は歩めない」
双子の小悪魔は魔方陣に吸い込まれ、その場を去った。
「待って、ぼいる君、れみるちゃん」
彼らを助け出して、連合と和解して、それでハッピーエンド、そうリトルは思っていた。
その希望を打ち砕いたのは同族の友人達だった。
焼けた柱が、呆然とするリトルに喝を入れるように落ちた。ぶんぶんと頭を振る。
「今は、出来るだけの事はやらないと」
ハルカを引っ張り、どうにか屋敷からの脱出を果たす。
義明に単なるリーダー以上の気持ちを抱いていたハルカは、生気のない目で、焼け落ちた屋敷をいつまでも見つめていた。
(これが、報いだというの……)
「あの、報酬は、あるとき払いでいいです」
リトルもまた、それだけ自警団員に言い残すと、ふらふらと帰路に着く。
* * *
「紫様、九朗義明を始末しました」
「お疲れ様、ぼいる、れみる」
「しかし、あの女、義明を深く愛していました、生かしておいてはいずれ邪魔になるかと、本当に殺さなくて良かったのですか」
「いいのよお兄様、人間達にこのくらいのハンデはくれてあげませんと」
「飲み込みが早いわね、れみる。そのとおりよ」
「紫様、あなたが僕達を召還したとき、あなたは幻想郷の秩序をあるべき姿に戻したいと言った。あなたの境界を操る力を持ってすれば、僕たちや結社を使わなくても簡単なはず、なのにどうして、このように隙を作ってやるのですか、あなたは本当は……」
「お兄様、女性はいろいろな想いを抱えているものです」
「そうね、あなたも大きくなったら判るわ、ぼいる」
「……了解」
* * *
「さあ、目の上のたんこぶは消えたわ、これからはあなたの時代」
事件の後、結社を引き継いだ若手幹部、エムロード坂下は支援者の八雲紫からそう告げられた。
「まさか、全ては、お前が仕組んだのか」
「そうよ、妖怪を恐れない人間、人間を襲いたがらない妖怪、この幻想郷のプログラムには不要よ」
紫はこともなげに答えた、エムロードの顔が引き攣る。
「あと、自警団長だけど、今ごろ彼も亡骸になっているはず」
「どうしてそこまで?」
「人間は妖怪を恐れなくなって増長し、妖怪も人間を襲いたがらない。妖怪は人間を喰い、人間はあなたのように妖怪を恐れ、憎み、戦おうとする。それこそが人間と妖怪の共存の在り方。さあ、自由に剣を振りなさい、そして、馴れ合いを続ける人妖に罰を与えなさい」
「お前の意図などどうでも良い、俺は自分の意思で、妖怪をしとめてやる、かばい立てする人間も同罪だ」
自分もまた、この胡散臭い超人に使い捨てにされるのではないか、という不安が頭をよぎったが、そのときはこいつも殺せばよい、今は妖怪への復讐心を満たすことのみが目標、男の思考はそこで定まった。
男の引き攣った顔が、やがて凄絶な笑みに変わった。
* * *
文々。新聞には物騒な見出しが目立っていた。
『結社と自警団の対立が激化』 『結社リーダー暗殺される』
『新リーダー、妖怪と謀議した罪で、自警団長を処刑したと発表』
『結社、自警団を掌握』 『新リーダー、連合も暗殺に関わっている可能性を示唆』
『連合も警戒心強める』
リトルは震える声で、あの夜、愛作村からの依頼を受けた事をパチュリーに打ち明けた。
パチュリーは黙って聴いている。
「記事には、九朗さんが襲われたとき、自警団が妖怪の弾幕使いを雇った事が疑惑の原因になったとあります、これって私のことです、私のせいで、こんな事になったんでしょうか」
「あなたが、その九朗義明を殺したのではないでしょう」
「はい、救援の依頼を受けて飛んでった時、すでに屋敷が火に包まれていました、そして、結社の弾幕使いと協力して、屋内へ入って助けようとしたんですが、私と同族の小悪魔がいて、彼らが九朗さんを、殺しました」
「ならリトルの責任ではないわ、九朗の死で事態が悪化したとしても、それは彼を襲ったものの罪でしょ」
「私の話を信じてくれるんですね、パチュリー様」
「当たり前よ、あなたが嘘をついている時は雰囲気でわかるわ」
パチュリーは冷静な口調だったが、リトルは主の気遣いを感じて涙をこぼした。
「ありがとうございます、パチュリー様」
「別に、客観的な事実を述べたまで、それに簡単じゃない、新聞記事から見て、自警団長は日ごろ結社に批判的だった、九朗義明はそれまでの態度を変え、連合と交渉をすると発表した、でその直後に襲撃事件、九朗は死亡、自警団長も暗殺の嫌疑で処刑、分かり易すぎ。きっと結社強硬派の仕業ね」
「私、これからどうするべきなんでしょうか、戦い続けなければいけないんでしょうか」
「それはあなたが決めることよ。ただ私はそろそろ紅魔館に帰りたい、あなたが今の仕事をやめても、誰も怒る資格なんてないし、第一、人間こそ私たちに頼りすぎよ、妖怪は便利屋じゃない」
「あはは、でも私たち、その便利屋の仕事してるじゃないですか」
「レミィへの送金もだいぶしたし、そろそろ潮時かしらね」
リトル、あなたを傷つける者は何人たりとも許さない、今度は自分が守る、そうパチュリーは決心した。
たとえ幻想郷がどうなろうとも。
ちなみに過去作品はあまり知らないので、
結末は全く予想できなかったり。
ここまでが私の役割・・・レイヴン・・・
後は・・・あなたの役割
ぼいるとれみるのビジュアルイメージは、ローゼンメイデンの双子ドールあたりを意識していますが、性格はまったく異質で、こぁよりずっと悪魔的、黒幕レオス・ユカリンの隠し式神です。
霊夢にストラング役をさせようかと考えた事もありますが、やっぱやめました。
今忙しいので、前以上に書くのが遅くなるかも知れませんが、興味のある方は見てやってください。