紅魔館へと向かう霧雨魔理沙のお腹がくぅ、と可愛い悲鳴をあげた。彼女は朝から晩まで
魔法の実験を続けたあげく、その結果に満足せず余所様の図書館の蔵書を借用して勉学に
励もうと思ったのである。
「ああ、家を出る前に腹に何か詰め込んでくれば良かったな。図書館より先に食料庫に寄ら
せてもらおうかな」本泥棒の前に食料泥棒をするつもりらしい。
と、そこへ上昇してきた紅美鈴が立ち塞がった。そのお腹がやはりくぅ、と悲鳴をあげる。
「どうせ来るなら食事が終わってからにしてくれれば良いものを。自慢じゃないが空腹時の私
は物凄く弱い」本当に全く何の自慢にもなっていなかった。
「何だお前も空きっ腹を抱えてるのか。しまらないな」魔理沙は自分の腹を押さえた。本当に
お腹と背中がくっつくような事はあるのだろうか、と彼女は考えてみた。
「なあ、勝負は後にして館にあるもので腹拵えをしないか?お前の所なら何でも揃ってるだろ」
いけしゃあしゃあとそんな提案をする魔法使い。悪魔に仕える門番に悪魔の囁きをするあたり、
彼女の腹黒さも堂々としたものである。
美鈴はごくりと唾を飲み込んだ。後の祟りより目先の食欲が勝ったようである。
「非常に有意義な提案だけど、和食派じゃなかったの?」
「おお、良いところに気がついた。炒飯作ってくれ。一度食べてみたかった」
「(炒飯が和食かは置いておいて)今から作るのか。はあ、お前には振り回されるなあ」
こうして弾幕勝負は起こらず、代わりに【白黒と虹色の腹ぺこチーム】が結成された。永夜
異変以来妖怪や一部の人間の間では二人一組のチームを組んで諸々の物事に当たるのが
流行っているのである。【瀟洒な凶兆の猫舌チーム】や【巫女と死神の怠業チーム】など、
主にこのようなどうでもよい事の為に手を組むことが多い。
「まあざっとこんなものかしら。あとはケーキね」あらかたの料理の準備を終えた十六夜咲夜
は、蓋を開け放したままのポットからぬるい紅茶を自分のカップに注いだ。
血入りソーセージと薄切り血入りパンを前菜に用意し、メインには鴨のロースト薔薇ソース
添え(血入り)を予定していた。プリズムリバー姉妹が血入り料理に抵抗がない事は既に承知
済みなので、ケーキももちろん血入りだった。
主のレミリア・スカーレットもその妹のフランドール・スカーレットも、血が入っていなけ
れば絶対に食べられない、などと言うことは無かったが、レミリア曰く「吸血鬼が血を摂らない
と箔がつかない」そうなので、館外からの来訪者が居る時には特に血にこだわったメニューに
するのだそうである。
咲夜自身は特に血入り料理が食べたいわけでもないし、元より主と食事を共にするメイド
なぞ居ないので(主の食事中は給仕を務めるため)、普通のソーセージとジャガイモを加えた
麦のお粥を作って他のメイドと一緒に一足早く食事を終えてしまっていた。
「はて、何か忘れている事があるような・・・」ぬるい紅茶を飲みながらメイド長はあれこれと
考えを巡らせたあとで、門番に食事を持って行くのを忘れていたことに気がついた。
「・・・ま、後でお昼の残りのパンと牛乳でも持っていけばいいわね」大雑把な結論を導きだし
て、咲夜はケーキ作りの作業に取りかかることにした。さしもの彼女も今まさにこの瞬間美鈴
が魔理沙と結託し、食料庫に忍び込んで肉と野菜と米と卵と各種調味料に香辛料までかっ
ぱらって庭の作業小屋で自炊しているなどとは思いもよらなかった。
一曲目が終わる。
「ただいまの曲は先日永遠亭の方々に招かれた際にお披露目したものです」
「おっと先を越されたなどと思って槍など掻い込みませぬように!!お楽しみはこれから!」
「次なる曲はこの日のために作曲致しました『紅の双龍恋知り初めし頃』です。きっと皆様
のお気に召す筈です。どうぞお聴き下さい」ルナサ、メルラン、リリカの三人がほとんど休む
間もなく始める二曲目の演葬に、パチュリー・ノーレッジは早くもこれは自分の身体には合わ
ない、と感じ始めていた。喘息持ちの彼女は騒霊姉妹の合葬を聴いてあまりに気持ちが高揚
しすぎるのが不安だったのだ。もしこのタイミングで喘息の発作に見舞われたらと思うと彼女
はぞっとした。
「・・・失礼、ちょっと席を外すわ」隣のレミリアにそう言い、ろくに返事も待たずにパチュリー
は大ホールを出た。
しばし廊下を歩いた後、手近な(例によって魔法で外からは見えなくした)窓から空を見る。
星の綺麗な夜だった。
レミリアが紅霧異変を起こすよりも前に、紅魔館前でプリズムリバー姉妹のライブが行われ
た事があった。ルナサの発案で白玉楼から場所を移してきたとの事だった。
当時スペルカード作りに余念がなかったパチュリーは突然の騒音に美鈴に追い払うよう命じ
たがあまりのオーディエンスの多さにびびって逃げ帰ってくる有様で、ずいぶんと迷惑した
ものである。正直今回の招待にも彼女は最初からあまり良い気はしなかった。
「まああの二人にはちょうど良いのかもしれないけど」自分より何倍も長生きしている吸血鬼
の姉妹を子供扱いしながら、彼女は庭からひとすじの煙が立ち上るのに気づいた。何事かと
思ってよくよく見れば、その煙は庭の作業小屋の煙突から立ち上っていた。
「・・・・・・ま、いいか」別に告げ口を奨励された覚えもないので、七曜の魔女はその煙の出所
を放っておくことにした。元より無能な門番が(門番という肩書き自体無能に与える名前だけ
のものだと彼女は思っていたが)後でどんなお叱りを受けようが受けまいが彼女にとっては
どうでもよい事だった。
「いやあ、やっぱり八卦炉があると火力が違うねえ」
「そうだろうそうだろう。御陰で私もお前も美味い飯が食えるというわけだ」薪の代わりに
八卦炉の高い火力を得て、美鈴の手で中華鍋の上の米が踊っていた。
あまりの空腹に一度はご飯が炊けた時点で食事にしてしまおうかという雰囲気になりかけ
たが、持ち出した材料だけではおかずまで作るには少なかったため、とりあえず卵かけご飯
で小腹を満たしてからあらためて炒飯を作る事にしたのである。
溶き卵に塩と胡椒で味付けしただけのスープを飲みながら、魔理沙は作業小屋の中をじろ
じろと見回した。庭仕事の道具と簡素な生活道具を除けば、後は古ぼけた楽器や子供の喜び
そうな玩具がいくつかあるくらいだった。
「何だ、本でもあると思ったか?そういうのは全部館の方だぞ」
「そりゃ残念。五言絶句のびっしり書いてある巻物とか無いかと思ったんだがな」からからと
笑いながら魔法使いは言った。
普段滅多に嗅ぐことのない胡麻油の匂いが鼻腔をくすぐり、魔理沙のお腹が再び可愛い
悲鳴をあげはじめる。食用油や香辛料といった貴重な食材を惜しげもなく使うことができる
のも、紅魔館のような場所の魅力だと彼女は思った。
「はいできあがり。それじゃ早速いただきましょうか」平皿に見目よく盛られた炒飯が二つ、
先ほどのスープと共に床の間の作業台に置かれる。空腹のところに食欲をそそられる匂いが
強く立ちこめて、否応なく口内に唾があふれてくる。
「「いただきます」」二人は同時にスプーンを取り、炒飯の山に突っ込んで口へと運んだ。
「おう、流石に美味いぜ。期待以上だな」
「自分で作って言うのも何だが美味しいな」お互いにそれきり口もきかずに黙々とスプーンを
往復させるとあっという間に二つの皿が空になった。
魔理沙が鉄瓶から注いだ茶を受け取り、美鈴はほっと一息ついた。
「食べることに夢中になると会話を忘れるというのは本当だな」これまた食料庫からかっぱらっ
てきた砂糖漬けのリンゴをつまみながら、魔法使いは自分の茶碗にも茶を注いだ。
「そりゃどうも。褒め言葉と受け取っておきましょ」熱い茶を淹れて貰うのも久しぶりだった。
猫舌の咲夜に合わせているとぬるい茶しか出てこないのである。
「さあて、そろそろ門番の仕事に戻ろうかなっ」一足早く立ち上がって伸びをすると、美鈴は
小屋の外をうかがった。食事中も門の外に注意を払ってはいたが、特に近づく者は居なかった。
「もう少し食休みさせてくれ。そしたら相手してやるから」対照的に魔理沙は壁にもたれ掛かり
膝の上に帽子を載せていた。お腹がふくれて眠くなってきたらしい。
「寝てろ寝てろ。お前さえ来なけりゃうちは平和なんだよ」ひらひらと手を振って小屋の外に
出ると、折悪しく門の方から咲夜が戻ってくるのと鉢合わせした。
旨そうなチャーハンありがとうございますUGIGI(腹)
メイドさんの賄いなど細かなところまで眼に映ります。
食い物ばかり眼が行って失礼。しばらく楽しませていただけそうです。
中国と魔理沙がもそもそ炒飯食ってる姿を想像して一瞬脳内お花畑へ。
いいぞ、もっとやれ。
>旨そうなチャーハンありがとうございますUGIGI(腹)
>メイドさんの賄いなど細かなところまで眼に映ります。
こういう部分を調べておりましたら遅くなりました。それだけの価値は
あったようで何よりです。
>あれ?さっき食ったばっかりなのに腹減ってきた…
食欲を増進する程度の能力が今回の話にはあります。
>中国と魔理沙がもそもそ炒飯食ってる姿を想像して一瞬脳内お花畑へ。
私も書いている最中ずっとこの光景が頭から離れませんでした。
誰か絵にしてくれないかしら、などと他力本願な事を思ったりもします。
>ありゃ、面白いぞこの話
ありがとうございます。最高の褒め言葉です。
三姉妹の曲のタイトルに意味を持たせているのが好きです
個人的にチームを組む処や五言絶句で爆笑しました。いいノリだと想います