冬だというのに、外は雨が降り続いていた。
紅魔館の女主人、レミリア・スカーレットは一人自室にいた。リクライニングチェアに深く腰を下ろし、サイドテーブルには湯気の立った紅茶のポットが置いてある。
今、レミリアの視線は手元だけを凝視していた。
「ご主人様、大変です!」
メイドが息を切らしながら書斎に駆け込んできた。
「ど、どうしたんだ?そんなに慌てて…。」
「た、た、た、大変なのですよ!一大事です!」
「落ち着きたまえ。何を言いたいのかわからん。」
「いいですか、落ち着いて聞いてくださいね。」
落ち着くのはお前だと再度言いたかったが、ここは我慢した。
「お兄様が、部屋で死んでいるんです!」
「な、何だって?!」
ゴクリ。
レミリアは思わずつばを飲み込んだ。
手にしている本のページをめくる。視線は本から離さない。
何のことはない。レミリアは本を読んでいたのだ。
地下の図書館に行ったときに見つけた推理小説だったのだが、読み始めたら止まらなくなってしまった。普段、パチュリーに『本ばっかり読んでないで、外に出たらいいのに』と言っているのだが、今のレミリアは、パチュリー並に夢中だった。
「おい、どういう事なんだ?誰が兄を殺したって言うんだ。」
「まだわかりません。」
主人の質問に答えたのは警察ではなく、若い探偵だった。
「でも、一つだけはっきりしていることがあります。それは、犯人はこの屋敷の中にいます。」
「な、なんだって?!」
バタン!
突然、自室のドアが開いた。
びくっ!
驚いたレミリアは椅子から転げ落ちそうになった。
「お姉様ー。」
中に入ってきたのは、レミリアの妹、フランドール・スカーレットだった。
「フ、フラン…脅かさないでよ…。」
「お姉様、遊んでよ。退屈なの。」
とてとてと近づいてくる。
レミリアは、本にしおりを挟み、椅子に座りなおした。
「フラン、私は忙しいの。他の誰かと遊びなさい。」
「えー。だって、みんな寝てるもん。」
レミリアは壁に掛かっている振り子時計を見た。いつの間にか午前一時になっている。吸血鬼の自分達は起きている時間だが、夜勤のメイド達を除けばみんな寝ている時間である。
パチェと小悪魔はとっくに寝てるわね。咲夜のシフトは昼間だからもう寝てるはず。美鈴のシフトは知らないけれど、この大雨じゃ外に出られない。つまり、起きていて、遊び相手になれるのは私だけだと…。はぁー…。
「だからさ、お姉様、一緒に遊ぼうよ。」
「うーん…。」
正直、今は本の続きが読みたかった。だが、ここで追い返すと、癇癪を起こして暴れるかもしれない。それは避けたかった。
「フラン、これをあげるからおとなしくしていて頂戴。」
レミリアは、サイドテーブルの上にあったチョコレートクッキーを皿ごと差し出した。
「あ、クッキーだ。お姉様ありがとう。」
クッキーの皿を受け取ったフランドールは、その場にぺたんと座り込んで、さっそく食べだした。
これでしばらくはおとなしいわね…えっと、どこまで読んだかしら…。
しおりを挟んでおいたページを開く。
「なぜ、この中に犯人がいると言い切れるのかね?」
主人が探偵に尋ねた。
「簡単な推理ですよ。まず、第一に…。」
レミリアの視界を何かがさえぎった。
「?」
レミリアは頭を上げてみる。それは、フランドールの後頭部だった。
「ちょっとフラン。本が読めないでしょ。どいて頂戴。」
横から本を覗き込んでいたフランドールは顔を上げてこっちを見つめる。
「お姉様、何読んでるの?」
「小説よ。おとなしくしていてって言ったでしょう。」
「だって退屈なんだもん。」
フランドールは頬を膨らませて抗議をする。すでにクッキーは食べきっていた。
「なら、あなたも本を読めばいいわ。本棚の本、好きなのを読みなさい。」
「お姉様、パチュリーみたいだよ。」
文句を言いながらもフランドールは本棚へと歩いていった。
まったく、いい雰囲気が台無しだわ。…なんとなくパチェの気持ちがわかった気もするわね…。
「お姉様、漫画ないの?」
「漫画?ないわよ。」
「なんで?」
「なんでって言われても…。」
「パチュリーが言ってたよ。『レミィは少女漫画を持っていったまま返さない』って。返したの?」
う…。パチェったら余計なことを話すんだから。
「とっくに返したわ。パチェの勘違いよ。私は漫画が面白いとは思わなかったわね。」
「ふーん。」
フランドールはまた本棚を物色し始めた。
レミリアは嘘を吐いた。図書館の少女漫画は借りたままである。読んでいたら気に入ってしまいこっそり隠したのだ。寝る前に一人で読むのが最近のお気に入りだったりする。ただ、妹の前で少女漫画が大好きなところを見せるのは、なんとなくかっこ悪い。だからごまかしたのだ。
…少女漫画が好き…なんて事が知れたら、あのパパラッチが黙っていないでしょうねぇ…。
鴉天狗の新聞記者の顔を思い出した。
「お姉様、これ何?」
フランドールが紙束を持ってきた。
「ああ、これは新聞よ。」
「新聞?なんていう新聞なの、これ?」
「文々。新聞よ。」
偶然だろうが、先ほど思い出した鴉天狗の書いた新聞だった。
「へぇー、面白そう。読んでみるね。」
フランドールは床にぺたんと座り、新聞を読み出した。
…おとなしくなったからいいか…。
レミリアは椅子に座りなおすと、再度本を開いた。
「し、しかし…この屋敷の中にいるものは皆私の友人だぞ。友人が私の兄を殺すだなんて信じられん。」
「信じられなくとも、それは事実なのです。」
「そんな…。」
ゆっさゆっさ
「お姉様。」
体を揺さぶられる。
「もう、何なのフラン。」
度々読書を邪魔され、レミリアも次第にいらついてきた。
「この字、なんて読むの?」
「はい?」
「だから、この字なんて読むの?」
「…フラン、もっと勉強なさい。」
「してるよ。でも勉強始めたばっかりだもん。無理だよ。」
「…それもそうね。」
フランドールはつい最近まで幽閉されていたのだ。幽閉したのはレミリア自身であり、フランドールが読み書きできないことには責任がある。
「貸してごらんなさい。この字はね『こうむいへん』と読むのよ…ってこの記事は!」
レミリアは新聞を取り上げるとそのまま丸めてしまった。
「あっ。」
「フ、フラン。他の記事を読みなさい。さっきの記事は読んじゃ駄目よ。」
「なんで?」
「どうしてもよ。」
「ぶー。」
頬を膨らませながらも、フランドールは新聞を読み始めた。
あ、危なかった。フランが読んだらきっと勘違いするわ…。
先ほどの記事は、レミリアの起こした紅霧異変についての記事だった。この記事、読み方によっては『幻想郷を霧で包み込んでみんなが迷惑した。その犯人はレミリアである』とも取れるのだ。事実を知らないフランドールがこれを読むと『お姉様は、みんなに迷惑をかけた悪者』と勘違いする恐れがある。姉としての威厳を保つためにも知られたくはなかった。
なんか、疲れたわ…。
レミリアは本を読むのを止め、椅子に深く座り目を瞑った。
しばらくは静かな時間が過ぎていく。
レミリアはつい、うとうとしてしまった。
「お姉様ー!」
ドシン!
「げふっ。」
フランドールがレミリアめがけて突っ込んできたのだ。みぞおちに強烈な一撃をくらい、レミリアの呼吸が止まる。
そのまま椅子ごと後ろに倒れこむ。
ゴツン!
バキン!
ドカン!
「!!!」
倒れこんだ拍子にサイドテーブルに頭を強打。そのままテーブルを後頭部で破壊。そして床に頭から激突。見事な三連コンボが決まった。
「お姉様ー。」
倒れこんだレミリアにフランドールが抱きついてくる。
「怖いよ、これ怖い。」
「………。」
レミリアはあまりの激痛で返事すら出来ない。
「お姉様?」
「………。」
「…いや…お姉様死んじゃいや!」
ゆっさゆっさ、ごっつんごっつん。
レミリアの肩をつかみ、大きく揺さぶった。勢いがありすぎて、何度も後頭部を床に叩きつけながら。
「お姉様、起きてよ!」
「やめんかぁー!ほんとに死ぬわぁー!」
レミリアはフランドールを払い除けて一気に起き上がる。
「フラン!」
「は、はいい!」
「突然何をするの?私を殺す気だったのかしら?」
ぶん!ぶん!
フランドールは思い切り首を横に振って、迫り来るレミリアから逃れようとする。その目には涙が溜まっていた。
「それじゃ、何?」
「だ、だって、書かれていることが怖かったんだもん。」
フランドールは手に持っていた新聞を指差した。
「貸しなさい!」
新聞を取り上げて目を通す。『氷の妖精、大ガマに食われる』と書いてあった。
「これのどこが怖いのよ?」
「こ、怖いよ。妖精を食べちゃうんだよ。もし、そんな凄いのが私のところに来たら、私食べられちゃうもん。」
「あ、あのねぇ…。」
レミリアは、怒りを通り越してあきれてしまった。
倒れた椅子をもとに戻して腰を下ろす。
「フラン。吸血鬼ともあろうものがそんなことに怯えてどうするの。」
「だって、考えたら怖くなったんだもん…。」
「考えたのならわかるでしょう。蛙なんかのどこが怖いのよ。」
「…蛙?」
「そう、蛙よ。」
「お姉様、蛙って何?」
「…はい?」
レミリアはあっけに取られてしまった。
「フラン、あなた、蛙を知らないの?」
「知らない。何それ?」
「ああ、そうなの…。」
さらに疲れが出てきた。
確かにそうかもね…ずっと幽閉していたし、雨の日は外出できないんだから…。
「ねえ、お姉様。蛙って何?」
先ほどの涙はどこにいったのか、好奇心いっぱいの表情で尋ねてくる。
「えっと、蛙はね、両生類に分類される生物で、孵化した直後はおたまじゃくしと呼ばれているの。その後…。」
「全然わかんないよ。」
「…それもそうね。」
蛙を言葉で説明しろと言われても難しい。
「それじゃ、図書館に行って、生物図鑑を借りてくればいいわ。」
「そうじゃないよ。実物を見せて欲しいの。」
「実物?」
「そう。『百聞は一見にしかず』だっけ?実物を見たほうが早いもん。」
「実物って言っても…。」
今は冬である。蛙は冬眠している。蛙を見つけるには土を掘り返して捜さなければならない。さらに今は雨が降っている。吸血鬼が外に出るのは自殺行為だ。
「お姉様なら出来るよね。」
「う…。」
「お姉様、お願い。」
胸の前で両手を合わせてお願いをするフランドール。レミリアはこれに弱かった。
「わかったわ。任せなさい。」
ちりんちりん。
テーブルの上に置いてあったハンドベルを数回鳴らす。そして数秒後。
コンコン。
「咲夜です。お嬢様、お呼びしましたでしょうか。」
「呼んだわ。入ってきなさい。」
「失礼致します。」
ドアを開けて、メイド服の女性が入ってきた。紅魔館のメイド長、十六夜 咲夜である。彼女も寝ていたはずである。それなのにきっちり身だしなみを整えてくるのは見事だと思う。
「咲夜!」
「あら。妹様もご一緒でしたか。」
「うん。」
フランドールが咲夜に手を振った。
「咲夜、頼みがあるの。」
「なんなりとお申し付け下さい。」
「蛙を捕まえてきて頂戴。」
「…はい?」
咲夜の表情が固まった。
「か、蛙ですか?」
「そう。フランが蛙を見たがっているの。大急ぎで捕まえてきて頂戴。」
「咲夜、お願い。」
「え、えっと…。」
咲夜…あなたの気持ちは痛いほどわかるわ。でも、あなたに頼むしかないのよ。
「か、かしこまりました。」
咲夜は返事をすると、下がっていった。
「失礼致します。」
きちんと礼をして咲夜は出て行く。
「咲夜、急いでね。」
レミリアと咲夜の心境をわかっていないフランドールが無邪気に声をかけた。
「…はぁ…。」
レミリアが思い切り深くため息をついた。
「お姉様どうしたの?」
どうしてだろう…この無邪気な笑顔を見ていると怒る気が失せてしまうのは。
「何でもないわ。」
ちりんちりん。
椅子に腰掛けたまま、ハンドベルを鳴らした。そして数十秒後。
こんこん。
「レミリア様、お呼びでしょうか。」
「呼んだわ。入ってきなさい。」
「失礼します。」
ドアを開けてメイドが入ってきた。
「お願いがあるの。」
「何でしょうか?」
「お風呂を沸かして頂戴。そして、咲夜が帰ってきたら真っ先に入れてあげて。」
「かしこまりました。」
メイドは出て行った。
「…はぁ…。」
何度目になるか分からないため息をつく。
「お姉様、いったいどうしたの?」
「なんでもないのよ。そう、なんでもないの。」
レミリアは最愛の妹の顔を見上げたのだった。
癒されました。
優しくて、だけどちょっと意地っ張りなレミィがいい感じでした。
そして咲夜さん…頑張れ…
ただ、この話の流れでオチが無いのは物足りないと思ったり。
そうとしか取れないだろwww
あと咲夜さんが蛙苦手で触るのも嫌とかだったら萌える
処に見られる姉を慕う心、これもまたフランぽくって。
とても楽しませて(和ませて)頂きました。
そんでフランがうっかり振り回して頭の上に・・・な状態でぱにくったら最高
咲夜さんがつらいことにw
仲の良い姉妹には癒されます。
咲夜さんファイ!
咲夜さんは上を行くけど。
無邪気なフランちゃんは可愛いよ。
多分咲夜さんに頼まれて美鈴も一緒に探すハメに
私の予想ですけどね。
面白かったです。